入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)



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2024.12.08

1月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 ようやく師走になったと思ったらもう新年の情報が、というわけで、2025年最初の新刊情報、1月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 といっても1月は点数はそこそこの印象。小説文庫の新刊では、新シリーズ(であろう)の『籠城忍 備中高松城(仮)』(矢野隆 講談社文庫)、シリーズ第二弾の『戦国快盗 嵐丸 朝倉家をカモれ』(山本巧次 講談社文庫)が、そして『芥川龍之介は怪異を好む』(遠藤遼 笠倉出版社キキ文庫)が登場します。

 また、文庫化・復刊では『月下の黒龍 浮雲心霊奇譚(仮)』(神永学 集英社文庫)、『薄紅天女』〈新装版〉上下巻(荻原規子 徳間文庫)のほか、作者の時代小説を集成した『妖刀地獄』(夢野久作 河出文庫)に注目でしょう。
 そして12月に続き登場の『風の忍び 二、恋の闇』(鈴峯紅也 角川文庫)も……


 一方、漫画の方はなんといっても『龍と霊―DRAGON&APE―』第1巻(東直輝&久正人 講談社モーニングKC)が一押し。恐竜人間のガンマンとスパイといえば、そう、あの作品に連なる世界観です。
 また、しばらく休載していたところから復活した『千年狐~干宝「捜神記」より~』第11巻(張六郎 KADOKAWA MFコミックス フラッパーシリーズ)は、新章も大変なことになっています。
(その他、新登場では『大江戸お絵描きおじさんウタクニ』第1巻(目黒川うな コアミックスゼノンコミックス)が楽しいですが、これはちょっと飛び道具的かな……)

 そしてシリーズものの続巻は、『寺の隣に鬼が棲む』第2巻(木々峰右 スクウェア・エニックスGファンタジーコミックス)、『だんドーン』第6巻(泰三子 講談社モーニングKC)、『青のミブロ―新選組編―』第3巻(安田剛士 講談社コミックス)、『フォーロン・ホープ 警視庁抜刀隊戦記』第2巻(TAKUMIサメ男&井出圭亮 ヒーローズコミックスわいるど)、『岩元先輩ノ推薦』第10巻(椎橋寛 集英社ヤングジャンプコミックス)、『黒巫鏡談』第2巻(戸川四餡 KADOKAWAハルタコミックス)が気になるところです。

 また、重野なおき作品は、この月は『雑兵めし物語』第3巻(竹書房バンブーコミックス)、『信長の忍び』第22巻(白泉社ヤングアニマルコミックス)、『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』第2巻(リイド社SPコミックス)と、一挙三作刊行です。


 というわけで、最初の週が実質休みであることを考えれば、それなりに数が多いと言えるかもしれない1月です。


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2024.12.07

吉原+大女+グルメ!? 安達智『あおのたつき』第15巻

 異界から吉原の裏表を描いてきた『あおのたつき』も、巻を重ねてこれで第15巻。前巻、前々巻と重いエピソードが続いてきましたが、この巻では比較的コミカルな――しかし当事者にとっては深刻この上ない物語が描かれます。

 ある日、冥土の薄神白狐社に迷い込んできた三十路も近い役人・作之輔。生真面目な性格で周囲の評判も上々ながら、自分に自信が持てず、何よりも女性に全く接したことがない――そんな彼のために、あおと冥土の覗き常習犯・豆右衛門が色道指南に乗り出して……

 という前半部分が描かれた「手入らずの筆」ですが、この巻では、作之輔の初めての(となるかもしれない)体験が描かれます。
 といってもあおは野暮はせず、敵娼に玉くしという女郎を選んだだけで、あとはほとんど見守るだけなのですが――しかしそのチョイスの理由はなるほど、と言いたくなるもの。これで後は彼女の手練手管で、と言いたいところですが、それでも先に進まないのがこじらせ男の面倒なところで、さて、この状況をどう収めるのか……

 と、いかにもな艶笑譚の題材ではありますが、しかし見ようによってはこれは(これまでも作中で様々に描かれてきた)コミュニケーション不全にまつわる内容といえます。
 それに対して、作之輔を笑いものにするのでもなく、玉くしがボランティア的に受け止める「イイ話」にするのでもなく――一定のバランスを取った物語展開は、本作ならではというべきでしょう。


 そしてこの巻の後半には、冥土の花魁・恋山の深い悩みを描くエピソード「白飯比翼」が展開します。

 ある晩、薄神白狐社にやってきた妓楼・大黒屋からの使者。大黒屋といえば筆頭の恋山は冥土の吉原でも名高い花魁ながら、ここしばらくその姿を見た者はなく、そして見世も閉まっている状況――そこであおと楽丸は大黒屋に向かうことになります。
 そこであおと楽丸が見たものは、総出で料理を作る見世の人々。そしてそれを片っ端から食べていくのは、二階の天井にまで頭がつきそうなほど巨大な恋山だったのです。

 そう、悩み事とは恋山の食い気――彼女は満たされぬまま食べ続けた果てに、そんな巨大な姿に化してしまったのです。そしてそこまで至った彼女が抱えたわだかまり、叶えたい望みとは、ほかほかの白飯に合う最高のお菜を見つけること!

 ――いやはや、吉原+大女+グルメという、なんだか別の漫画が始まってしまいそうなキャッチーな(?)展開に驚かされますが、しかし恋町の巨大化は、冥土の吉原だからこうなるのであって、これが現実世界であればどういう状態になっているのか、語るまでもないでしょう。
 過酷な現実に対して、冥土の吉原という異界を舞台とすることによって一種のフィルターをかけ、漫画として描いてみせる――本作ではこれまでもこうした形で様々なエピソードが描かれましたが、今回はその中でも特にユニークなものの一つであることは間違いありません。

 正直なところ、彼女にとっての最高のお菜というオチは読めないでもないのですが、わだかまりを乗り越え、ラストに蘇った恋町の美しさには思わず見とれてしまうものがあります。


 なお、単行本恒例の巻末番外編ですが、今回のエピソードは「筏流し」。新吉原への恋文配達を頼まれた筏流しの男の旅を描く物語は、シンプルではあります、途中の難所でのダイナミックな描写には思わず目を奪われるものがある掌編です。


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安達智『あおのたつき』第10巻 再び集結廓番衆 そして冥土と浮世を行き来するモノ
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安達智『あおのたつき』第12巻 残された二人の想いと、人生の張りということ
安達智『あおのたつき』第13巻 悪意なき偽りの世界で
安達智『あおのたつき』第14巻 彼女の世界、彼女の地獄からの救い

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2024.12.06

『大友の聖将』(赤神諒 ハルキ文庫)の解説を担当しました

 12月13日発売の『大友の聖将』(赤神諒 角川春樹事務所ハルキ文庫)解説を担当しました。戦国時代末期、九州の大友宗麟に仕えた実在の武将にして「大友の聖将(ヘラクレス)」と呼ばれた天徳寺リイノの生涯を描く歴史小説です。
 その名が示す通り敬虔なキリスト教徒であり、大友家が斜陽の一途を辿った末に、九州制覇を目指す島津家に追い詰められた時もなお、宗麟の下で戦い続けたリイノ。しかしその前半生は、裏切りと殺人を繰り返した悪鬼のような男だった――という設定の下、戦国レ・ミゼラブルというべきドラマが描かれます。


 この作品は刊行順では作者の第二作に当たる作品ですが、私が初めて読んだ赤神作品でもあります。その際に大きな感銘を受け、作者のファンになった作品であり、その文庫版の解説ということで、大いに気合を入れて書かせていただきました。

 文庫の帯には「赤神作品の原点」とありますが(解説のタイトルの一部でもあります)、単純にデビュー直後の作品だからというわけではなく、初読時には意識していなかった(当たり前ではあるのですが)現在に至るまで作者の作品を貫くあるテーマについて、解説では触れさせていただいています。
 私が作者の作品をこよなく愛する理由である(そして作者の作品に悲劇が多いことの理由でもある)そのテーマとは何か――それはぜひ解説をご覧いただきたいのですが、単行本刊行から六年を経てもなお、それが古びておらず、むしろいまこの時に大きな意味を持つものであることは発見でした。


 というわけで赤神作品ファンの方にも、これから触れられる方にもおすすめの『大友の聖将』、作品を楽しまれる際の一助になれば、本当に嬉しいです。
 どうぞよろしくお願いいたします。


『大友の聖将』(赤神諒 角川春樹事務所ハルキ文庫) Amazon

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2024.12.05

兄の代役となった女と、人外の血を引く男と 木原敏江『夢の碑 とりかえばや異聞』

 木原敏江の代表作(シリーズ)である『夢の碑』――様々な時代を舞台に、人と人外の関わり・交わりを描く物語の第一弾です。「とりかえばや物語」をモチーフに、戦国時代、双子の兄の代役となった女性と、異国の人外の血を引く男――愛し合いながらもすれ違う二人の運命が描かれます。

 織田信長が各地に侵攻していた頃、一仕事終え、京で羽を伸ばしていた腕利きの忍び・風吹。彼は、背が高く凛々しい、一見美男子のような遊女・紫子と出会い、恋に落ちるのですが――しかしほどなくして、紫子が実は安芸の大名・佐伯家の当主の双子の妹と判明、実家に連れ戻されてしまうのでした。

 規模は小さいものの、代々独立独歩の姿勢を取っていた佐伯家。その当主である碧生は英傑の誉れ高い青年でしたが、織田と毛利の争いが激化する中、体を壊し、その代役を紫子が務めることになります。
 一方、そんな彼女の状況は知らず、謀反を企む佐伯家の家老・天野外記の依頼で碧生暗殺を請け負った風吹。しかし事情を知った彼は紫子に味方することを決めるのでした。

 折しも毛利家の姫が碧生のもとに輿入れすることとなり、快復した碧生が迎えるのですが――しかし婚礼の直前に彼は逝去し、再び紫子は身代わりを務めることになります。そして閨での代役を紫子が風吹に頼んだことで、二人の間に溝が深まるのでした。
 そんな中、ふとしたことから碧生の死を知った外記は、既に邪魔者になった風吹に刺客を送った末、毛利に身を寄せ、佐伯家には毛利家と織田家の連合軍が殺到します。

 これに対して、自分の正体を明かしながらも、碧生として佐伯家を率いる紫子。しかし戦場で彼女に危機が迫るたびに、不思議な力が彼女を守ります。その正体は風吹――実は遥か過去に異国からやって来た「びきんぐあ」の血を引く彼は、異形の姿と力を持ち、その力で紫子を守るのですが……


 平安時代、対照的な性格の兄妹が互いに入れ替わる「とりかえばや物語」。非常にユニークな内容の古典ですが、本作はそれをモチーフにしつつも、大きくアレンジして描きます。確かに男女の入れ替わりはあるものの、むしろ物語的には御家騒動もの――替え玉になって家を背負うことになった紫子の姿が、、物語の縦糸として描かれるのです。

 しかし本作が面白いのは、紫子が、家を背負う重圧もさることながら、風吹とのすれ違いにより深く悩む点でしょう。
 この点で本作は大きく恋愛もの的性格を持つのですが――この辺りはもう完全に作者の自家薬籠中のもの。時に極めてシリアスに、時にコミカルに描かれる男女の姿は、歴史ものでありつつも、普遍的な味わいがあります。(特に後者の軽みは、シリアスな場面以上に男女のリアルさを感じさせることすらあります)


 しかし本作の更にユニークな点は、とりかえばや要素だけでも成立する物語に、さらに横糸――風吹の秘められた力とその出自を巡る物語を絡めたことでしょう。

 冒頭から、時に目が緑色に光るなど不思議な様子が描かれていた風吹。実は彼の母は、遠い昔に日本に渡ってきた民「びきんぐあ」の末裔――様々な不思議な力を持ち、頭に二本の角を生やす、いわば鬼の末裔なのです。
 愛する紫子に対しても自分の力を、そして真の姿を隠してきた風吹。本当の自分自身を隠さなければならないという点では紫子同様の――いやそれ以上に深刻な立場に風吹は在るのです。(終盤に描かれる紫子の反応が、それを強く感じさせます)

 真の自分を抑圧しながらも、互いを求めて懸命に生きる――そんな二人の物語の結末はある種「お伽噺」的ですが、しかし大きな救いがあるといって良いかもしれません。


 なお、本書にはその他に「桜の森の桜の闇」と「君を待つ九十九夜」の二編が収録されています。

 前者は鎌倉時代末期を舞台に、恋人を故郷に残して暴れまわる武士崩れの野盗の男と、花を食う美しい鬼が出会う物語。美しい不滅愛の物語であるはずが――という強烈な結末が印象に残る本作は、発表順では『風の碑』シリーズ第一作となります。
(内容的にも『とりかえばや異聞』より先に読んだほうがいいかもしれません)

 後者は大正時代を舞台に、没落華族の娘と、実家が成金の青年の二人が主役の物語。あちこちで浮名を流す青年からの求婚に対し、娘は小野小町と深草少将の百夜通いのように、百夜通うことで誠意を示すよう求めるのですが――思わぬ(?)ゲストが登場する、あっけらかんとした結末の味わいも楽しいラブコメです。


『夢の碑 とりかえばや異聞』(木原敏江 小学館フラワーコミックスα) Amazon

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2024.12.04

呪いと鎮魂の間に舞う 瀬川貴次『もののけ寺の白菊丸 桜下の稚児舞』

 とある曰く付きの寺を舞台に繰り広げられるホラーコメディ待望の続編が刊行されました。帝の御落胤ながら、故あって寺に預けられた十二歳の白菊丸が寺で巻き込まれる騒動はまだまだ続きます。今回はなりゆきから稚児舞の舞い手に選ばれた白菊丸が悪戦苦闘する羽目になるのですが、その裏には……

 帝の最初の子として生まれながらも、母の身分が低かったことから存在を隠され、密かに育てられてきた白菊丸。十二になった年に大和国の勿径寺に預けられ、稚児となった彼は、そこで封印されている大妖怪・たまずさと出会います。
 実は勿径寺は、京から焼け出されたもののけ縁の品が封印された寺。たまずさに妙に気に入られ、自分も懐いた白菊丸は、そんなもののけたち絡みの事件に次々と巻き込まれることに……

 という設定で描かれた前作では、いい加減ながら非常に強い法力を持つ定心和尚、稚児たちのカリスマで白菊丸も憧れる千手丸といった寺の人々、そして正体はあの九尾の狐とも噂される白い獣の大妖・たまずさなど、個性的な人々(?)が登場――作者らしい、時におどろおどろしく基本おかしい、テンション高い物語が展開しました。
 そのノリはそのままに、新たなキャラクターたちを迎えて、物語は展開します。

 奇病に倒れて医者にも見放され、定心和尚を頼ってきた近くの村の悪名高い地主。しかしその正体は奇病ではなく何者かの呪いであり、定心の法力で返された呪いは意外な人物の元に返されることに……
 という第一話において、思わぬ形で呪いと関わることになった白菊丸は、その後、夜の境内を闊歩する巨大なザトウムシのような土地神と遭遇し、それが神楽に聞き惚れている姿を目撃します。

 それを聞いた定心和尚は、たまずさが解放されたことが原因と考え、かねてから進めていた<勿径寺/花の寺計画>の一貫として、鎮魂の法会を開き、桜の下で稚児舞を行うことを発案。たまずさ解放に責任のある(?)白菊丸もその一人に選ばれてしまうのでした。
 舞など全くやったことはないにも関わらず舞い手に選ばれてしまい、悪戦苦闘を続ける白菊丸ですが、その周囲では怪異が相次ぎます。その影には、「呪い」を請け負うある男の存在がが……


 全四話構成の本作ですが、第四話である表題作が全体の半分を占め、前三話はそこに至るまでのプロローグという印象が強い構成となっています。そして物語の内容を一言で表せば、呪いと鎮魂の物語といえるでしょう。

 舞台となるのはおそらく鎌倉時代――戦乱で宇治の寺が焼かれ、そこに封じられていたもののけたち縁の品が勿径寺に移されているという設定があるので――いまだ呪いが力を持つものと信じられ、同時に死者の怨念・無念が力を持つと信じられていた時代です。このように、呪いの実効性と鎮魂の必要性が人々に信じられていたからこそ、本作は成立する物語といえます。

 もっとも本作の場合、呪いを積極的に仕掛ける人物が登場することから、物語はさらにややこしくなります。呪いを引き受ける謎の青年、背中に「禍」の字を染めた衣を着たその名は禍信居士――事の善悪を問わず、依頼を受ければ呪詛を請け負う彼は本作の敵役ではありますが、ターゲットに妙な拘りを持っているのがユニークです。
 もっともその拘りを含めて定心和尚からは生暖かい目で見られてしまうのも、また本作らしいところですが……


 そんな新キャラクターが存在感を発揮する一方で、たまずさはちょっとおとなし目で、ほとんど白菊丸の保護者役に徹していたため、前作ほどの危険性と、それと背中合わせの魅力を感じられなかったのはやや寂しいところではあります。
 もっとも彼女の正体については、九尾の狐かと思えばはっきり異なる点もあり、まだまだ気になる存在であることは間違いありません。

 今回描かれた厄介事は実質的には解決しておらず、まだ尾を引くことを予感させます。この先描かれるであろう物語もまた、楽しみになります。


『もののけ寺の白菊丸 桜下の稚児舞』(瀬川貴次 集英社オレンジ文庫) Amazon

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瀬川貴次『もののけ寺の白菊丸』 稚児と白い獣の危うい綺譚

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2024.12.03

漫画に映える水と油の二人 うゆな『大正もののけ闇祓い バッケ坂の怪異』第1巻

 昨年、ポプラ文庫ピュアフルから刊行された、あさばみゆきの大正もののけ退治ものが漫画化されました。東京の山の手を舞台にに、堅物の剣術指南と軟派な八卦見という水と油の二人が、様々な怪異と出会う連作の第一巻です。

 目白で父親の跡を継いで剣術道場の師範を務める柳田宗一郎が、出稽古の途中で出会った八卦見の男・旭左門。道端で女性相手に商売をする左門の胡散臭さに反感を抱く宗一郎ですが、左門は彼に「死相が出ている」「女難」に遭うと告げるのでした。
 腹を立ててその場を離れた宗一郎は、出稽古の帰り、自分の道場があるバッケ坂の入口で、あけ乃という女性を助けるのですが――彼女を送っていった先の屋敷から、出られなくなってしまうのでした。

 怪しい態度を見せるあけ乃と、時間と空間が歪んだ屋敷に閉じ込められてしまった宗一郎。そこに屋敷の外からやって来たのは、あの左門で……


 という第一話から始まる本作は、原作に忠実に展開していきます。はたしてあけ乃とこの奇怪な屋敷の正体は何か。そこに平然と入り込んで宗一郎を助けようとする左門は何者なのか。そして宗一郎と左門は、屋敷から逃れることができるのか。
 第一話からなかなかヘビーな状況ですが、どんな怪奇現象に出会っても気の迷いで済ましてしまう宗一郎と、ヘラヘラと軽薄な態度ながら不思議な術を使う左門――相反する個性の二人が、それぞれの力を活かして窮地を切り抜ける様はユニークな怪異譚として楽しめます。

 というより宗一郎の場合、これが窮地だと理解していないのが面白いところで、それ以外の部分も含めて、ほとんど「漫画のような」四角四面の石頭、いや鉄頭なのですが――それが実際に漫画になってみると実にハマります。
 ちょっとやり過ぎ感があるくらいの宗一郎のキャラクターですが、こうして時にデフォルメも加えた絵で見せられると、違和感がないのが面白いところです。
(ちょっと可愛すぎるキャラデザインかな、とも思いますが、美男子設定ではあるので……)


 ただ、それ以外の部分も含めて漫画として見ると、ちょっと不安定な部分があるのも正直なところです。
 重箱の隅を突くようで恐縮ですが、例えば宗一郎が井戸で水浴びする場面など、本作では服を着たまま頭に水を被っているのですが――確かに原作には細かい描写はないものの、さすがに上は諸肌脱いでいないと無理があるわけで、そこは絵で補う必要があったのではないでしょうか。

 その他、原作では狭苦しい居酒屋だったのが妙に広い空間として描かれていたり(これはまあ、展開的にはあり得ないこともない、と擁護できるかもしれませんが)、原作の内容を漫画という別メディアに移し替えられているか、というと、厳しいことを言えばまだ苦しいように感じます。


 この第一巻では、宗一郎がかつて尊敬していた兄弟子と不思議な再会を遂げる原作第二話まで収録されていますが、原作は全五話構成。この先、いよいよドラマ的に盛り上がる内容を、どこまで漫画として描き留められるか――早くも正念場という印象です。


『大正もののけ闇祓い バッケ坂の怪異』第1巻(うゆな&あさばみゆき 一迅社ZERO-SUMコミックス) Amazon

あさばみゆき『大正もののけ闇祓い バッケ坂の怪異』 水と油の二人が挑む怪異と育む関係性

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