入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)



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2022.09.24

細川忠孝『ツワモノガタリ』第3巻 三番手・原田左之助、種田宝蔵院流の真実!

 新選組の強者たちが強敵たちとの戦いを語りあう、決闘特化型の新選組漫画も、二の段 藤堂平助対田中新兵衛がいよいよクライマックス。そして続く三の段は、何と原田左之助vs高杉晋作であります。左之助の槍術の由来とは、高杉の剣術の腕前とは……

 屯所での宴会の中で出た「この国において最強の剣客は誰か?」という話題に答えるため、新選組の強者たちが語る死闘を一番ずつ描いていく本作。その一の段では沖田総司が芹沢鴨との死闘を語りましたが、続いて語るのは藤堂平助、相手は田中新兵衛――幕末の四大人斬りの一人であります。

 心酔する武市半平太にとって障害である壬生狼を斬らんとする新兵衛と、その襲撃を突如受けた平助。かくて、防御ごと叩き潰す剛剣の薬丸自顕流の新兵衛と、合理的かつ洗練された技を的確な判断で放つ北辰一刀流の平助――水と油ながら、ともに人斬りに心理的制限を持たぬ者同士の対決が繰り広げられることになります。
 前巻の段階では、蜻蛉の構えから繰り出される常識外れの新兵衛の剛剣に苦戦していた平助ですが、この巻の冒頭では互いの剣の激突により、双方の刀が折れるというアクシデントが発生。どちらが有利とも言い難い状況で藤堂が繰り出した剣技は……

 いやはや、一歩間違えると曲芸めいた技ながら、しかしその技のロジックと、そこに秘められた藤堂の天才性を描いてみせるのは、格闘漫画の技法で剣戟を描く本作ならでは、というべきでしょう。そしてその平助の天才の前に、なおも己の心の強さを押し通してみせた新兵衛もまた見事と言うほかありません。

 そして個人的に一番気になっていた結末ですが――新兵衛最後の人斬りというべき姉小路公知暗殺に繋げてみせたのは、ある意味予想通りでしたがやはり面白い趣向であります。この暗殺、新兵衛が斬ったと言われるわりには姉小路が即死していなかったりと不審なところもあるのですが、平助との激闘の後であれば納得でしょう。
(と思ったらどう見ても一撃必殺しているし、何よりも姉小路殺しに向かう展開が、いくら新兵衛でも唐突に見えるのですが……)


 そしてこの巻のメインとなるのは、表紙を飾る原田左之助であります。長州の剣を知りたいという土方のリクエストに応えて身を乗り出した左之助が語るのは、なんと大物中の大物・高杉晋作との対決であります。

 しかし高杉といえば奇兵隊、奇兵隊といえば近代戦術という印象ですが――本作の(いや史実でも)高杉は柳生新陰流免許皆伝。そしてこの巻で描かれる、生前の師・吉田松陰を守って柳生新陰流を振るう高杉の姿は、(やっぱり本作でも)エキセントリックな高杉に似合わぬ流麗なものであります。
 そこに柳生新陰流という剣流の特徴を見出すのが実に本作らしいところですが、いずれにせよ、高杉が本作に登場するに足る強者であることは間違いありません。

 さて対する左之助ですが、この巻のかなりの部分を割いて描かれるのは、彼が槍術――「種田宝蔵院流」の達人となるまでの物語であります。
 かつて江戸の練兵館で恐るべき達人(その名を桂小五郎)の剣を目撃し、剣の道を断念するに至った左之助。そんな彼の前に現れたのは、巨漢三人をものともせず叩きのめす槍術の遣い手・谷三十郎だったのです。

 槍を極めれば相手がどんなに強い剣士でも勝てるという三十郎の言葉に、槍術の道に進む左之助ですが、やがて種田流に飽き足らず、宝蔵院流の門を叩くことに……

 と、上で左之助の流派をカッコ付きで記しましたが、それはそんな流派は存在しないためにほかなりません。それでは何故)左之助は「種田宝蔵院流」を名乗ったのか――ここで描かれるその理由は、ある意味極めて直球なのですが、しかし「それでこそ左之助!」と言いたくなる、小気味よさすら感じさせられるものであります。
 そもそも左之助といえば、直情径行で明朗快活、豪快な快男児というイメージがあります。二の段に登場した平助のキャラはかなり変化球でしたが、ここで描かれる左之助は、まさにイメージ通りの裏表のない好漢――そんな好漢の修業時代の物語に、大いに胸ときめかせていただきました。


 さて、この巻ではそんな二人の男のこれまで歩んできた道程を描き、種田宝蔵院流 原田左之助 対 柳生新陰流 高杉晋作の決闘が始まるところで次巻に続くことになります。
 ある意味これまでで最も結末が読めないこの一番、予想できるのは、それぞれ存分に「らしさ」を見せてくれるであろうことのみであり――そして今はそれを見ることが楽しみでなりません。


『ツワモノガタリ』第3巻(細川忠孝&山村竜也 講談社ヤンマガKCスペシャル) Amazon

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2022.09.23

「青春と読書」2022年10月号で山本幸久『大江戸あにまる』の紹介記事を担当しました

 『大江戸あにまる』(山本幸久 集英社文庫)の紹介記事が「青春と読書」2022年10月号に掲載されました。タイトルのとおり、江戸を舞台に動物たちを巡る騒動を描く時代小説なのですが――しかし登場する動物たちがどれも並みではない、何ともユニークな作者初の時代小説です。

 かつては若君時代の藩主の御伽役として兄弟のように過ごしたものの、今は代々の江戸留守居役手添仮取次御徒士頭見習という、凄いような凄くない役職に就いている青年・木暮幸之進。御伽役時代を懐かしく思い出しながらも平凡な毎日を送る彼は、国元から江戸に留学してきた少年・乾福助の付き添いとして、本草学マニアが集まる物産会合に顔を出すことになります。

 そこでかつて若君と共に見物に行った駱駝が再び江戸に来ていると聞き、懐旧の想いに駆られる幸之進ですが、会合の帰り、道端に傷だらけで倒れていた男――国定村の忠次郎を拾って下屋敷に匿ったことで、思わぬ騒動に巻き込まれることに……


 そんな第一話から始まる本作は、駱駝以降も、豆鹿・羊・山鮫(ワニ)・猩猩(オランウータン)と、およそ時代小説ではあまりお目にかからないような、本来であれば江戸にいないはずの動物たちを中心に起きる騒動を描くことになります。
 その騒動に巻き込まれ、何とか収めようと奔走するのはもちろん幸之進ですが、彼は困っている人を見過ごせない好人物ながら、いつもうまくいかずに痛い目に遭ってばかり。福助や、途中から登場する藩主の奥方で男装の剣士でもある小桜らの手を借りて奮闘するものの、やっぱり大変な目に――というのが、本作の基本パターンであります。

 冒頭で触れたとおり、本作は作者の初の時代小説ですが、これまで作者が発表してきたのは、現代を舞台に、ごく普通の人々が自分の仕事に懸命に打ち込む姿を、時にユーモラスに、時に感動的に描く作品が中心でした。
 その点からすると、普通の人である幸之進が奮闘する本作もその時代小説版といえるかもしれませんが――しかし本作には、上で触れた国定忠治をはじめ、平手造酒、勝麟太郞、鳥居耀蔵などなど、実在の人物、歴史上の有名人が次々と登場することになります。

 幸之進は、動物たちだけでなくこの有名人たちにも散々振り回されることになるのですが、そんな非日常的な状況で自分のベストを尽くそうとする彼の姿に、大笑いしてそして時にグッとくるのは、やはり作者ならではというべきでしょうか。
 そして実はそんな動物たちも有名人たちも、それぞれに抱える「私はどうしてここにいるのだろう」という一種哲学的な想いに対して、幸之進の姿を通じて描くその答えには、胸が熱くなるのです。


 というわけで動物と有名人と普通の人が織りなす愛すべき作品である本作ですが、終盤ではちょっと驚くような伝奇的なアイディアが投入されてきたりと、伝奇時代小説ファンとしても油断できない作品であります。

 さらに、それまで登場人物たちの「今」を楽しく賑やかに描いてきたの最終章では、上記の想いを通じて、一転して歴史の重みを描いてみせるなど(まさか鳥居様に泣かされるとは……)、これが初とは思えない時代小説としての切れ味を見せてくれる本作。
 紹介記事を書いたからということは全く抜きにしても、自信を持ってお勧めできる快作であります。


『大江戸あにまる』(山本幸久 集英社文庫) Amazon

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2022.09.22

富安陽子『博物館の少女 怪異研究事始め』 少女の成長と過去からの怪異と

 明治時代、思わぬ運命から上野の博物館で働くことになった少女が、博物館の古蔵に収められた奇妙な曰く因縁を持つ「黒手匣」を巡る事件に巻き込まれる、YA小説の快作であります。長崎の隠れキリシタンにまつわるという黒手匣の秘密とは……

 明治16年、大阪で古物商を営んでいた父と母を相次いで喪い、ただ一人、母の親戚を頼って東京を訪れた少女・花岡イカル。厳格な親戚の下で窮屈な日々を送るイカルですが、自分の遠縁に当たる河鍋暁斎の娘・トヨと出会ったことがきっかけで、上野の博物館を訪ねることにおなります。
 博物館の見事な収蔵品の数々に目を奪われるイカルは、トヨの付き添いで館長の田中と対面するのですが――かつて父の店を訪れ、幼いイカルとも出会っていた田中に目利きの才を認められた彼女は、博物館の古蔵の管理をしている老人・織田賢司、通称「トノサマ」の手伝いをすることになったのです。

 折しも数日前、古蔵に何者かが押し入ったことから、中の品と目録の照合を任せられ、「黒手匣」なる収蔵品が行方不明になっていることに気付いたイカル。長崎から寄贈された曰く付きの品だというその箱を、政府のお雇い外国人が探していたと聞かされたイカルは、トノサマや織田家の奉公人・アキラとともに、その行方を探すことになるのでした。
 その中で不老不死をもたらすという噂まである黒手匣。その奇怪な由緒を知ったトノサマとイカルは、手がかりを追って神田の教会を訪ねるのですが……


 妖怪や異界を題材とした作品を数多く発表してきた児童小説のベテラン・富安陽子。その作者が描く本作は、文明開化の時代、上野の「博物館」(後の東京国立博物館)を舞台に、自分の生き方を探す少女の成長小説であると同時に、この世ならざる奇怪なアイテムを巡る、伝奇ホラーとしての性格を色濃く持つ作品であります。

 何しろ、主人公であるイカルが働くこととなった古蔵というのが、元々は上野戦争で焼け落ちた寛永寺の学問所の蔵という設定。しかもその学問所が、怪異研究を専門としていたというのですから、思わずニッコリしてしまいます。
 そんな由来もあって、博物館で行き場のない品が収められ、口さがない連中からはガラクタ蔵などと呼ばれているその蔵から盗まれたと思しい「黒手匣」の謎を本作は追うことになりますが――途中で語られるその曰く因縁がまた凄まじい。

 隠れキリシタンというある種の「現実」から、一瞬にして有り得べからざる世界に放り込まれるようなその過去の物語には、理不尽な怪談を聞かされたような不気味な味わいがあり――そこに直結していくクライマックスの展開もまた、思わぬ異界を覗き込んだような内容に、唖然とさせられます。
 この辺り、実はある有名な伝奇作品のエピソードを感じさせるものがあるのですが、そこに日本人なら誰もが知っている別の物語を絡めることにより、奇妙な現実感を感じさせるのも巧みとしか言いようがありません。


 さて、思わず本作の伝奇性の方に力を入れて紹介してしまいましたが、本作は先に述べたように、明治という新たな日常を生きる少女の物語であります。そして描かれる怪異が意表を突いたものである一方で、物語の大部分を占めるその日常は、史実を踏まえつつ、静かに、そして丹念に描かれているのに好感が持てます。

 そんな本作の姿勢に繋がるのが、主だった登場人物の多くが、実在の人物であることでしょう。河鍋暁斎の娘であるトヨ(後の河鍋暁翠)、信長の末裔であるトノサマこと織田賢司(織田信愛)、博物館館長の田中芳男に先代館長の町田久成、さらには神田教会の修道士・本宿賢郎――実に彼ら一人ひとりが本当に明治を生きた人々なのです。

 そんな中でも特に面白く感じるのが、(これは作中では明記されないのですが)元高家の旗本であり上野戦争にも参加したトノサマ、蕃書調所に仕えていた田中、島津家一門だった町田という、博物館に奉職する人々の出自であります。かつての敵味方が関係なく、新たな日本の文化的礎を作るために努力する姿自体、実に興味深いるのですが――そう考えると、近世から近代に至る時代、そして未来のために過去を収蔵する博物館という場所を舞台に、新たな世代であるイカルの物語が描かれることに、大きな意味があると感じます。

 そんな本作においては、怪異もまた、受け継がれる、あるいは忘れ去られていく過去の一つとして受け止めるべきものなのでしょう。


 少女の成長小説として、一種の歴史小説として、そして伝奇ホラーとして、独自の輝きを放つ本作。ぜひとも事始め以降の物語も読みたいものです。


『博物館の少女 怪異研究事始め』(富安陽子 偕成社) Amazon

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2022.09.21

士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第7巻 人が他者と触れ合い、結びつくことで生まれるもの

 大長編としての手法で『どろろ』を描く『どろろと百鬼丸伝』も順調に巻を重ね、これで第7巻。数多くのキャラクターが集結した木曽路での戦いを終え、どろろと百鬼丸は、そして多宝丸は、再びそれぞれの道を歩き始めることになります。百鬼丸が遭遇した新たな死霊の正体とは……

 木曽路での戦いの末、ひとまず和解した百鬼丸と多宝丸。しかしそこに白馬鬼と化したミドロ号に乗って現れた醍醐景光によって、どろろは再会したばかりの父・火袋を眼前で喪うことになります。
 怒りに燃える百鬼丸と多宝丸は、それぞれの力を振り絞って景光に挑んだものの、既に人外の魔人と化した景光には及ばず、むしろ景光は息子たちの成長を喜ぶようにその場を去るのでした。


 そんな前巻の展開を受け、百鬼丸と多宝丸はそれぞれに力を求め、これまで出会った人々に一旦の別れを告げて再び旅に出ることになります。
 もっとも、百鬼丸の傍らにはどろろがいることは言うまでもありません。この巻の前半で描かれるのは、そんな二人が出会った新たなる死霊との対決を描く「古寺の入道の伝」であります。

 川の中に仕掛けられた、蜘蛛の巣のような奇怪な罠に触れた手が離れなくなってしまったどろろ。罠を仕掛けた相手を倒せば解けるはずと、どろろを残して探しに行った先の荒れ果てた山寺で、百鬼丸は四化入道と名乗る
僧と出会うことになります。
 見るからに常人とは思えぬ奇怪な風貌の四化入道ですが、やはりその正体は死霊。攫われたどろろを助け、自らの体の一部を取り戻すために入道に挑む百鬼丸ですが、そこに現れたのは……

 原作でも登場した僧形の妖怪・四化入道――戦略的に意味がある山に砦を建てようとした景光に逆らったため、生き埋めにされた僧が、妖怪となって生まれ変わったという奇怪な出自を持つ存在であります。
 本作でもそれの設定は基本的に変わるものではないのですが(いや、さらに奇怪な内容に変わっていると言うべきかもしれませんが)、しかし大きく異なるのは、その先の展開であります。

 その内容についてここでは詳しくは述べませんが、それはこれまでに本作で、そして他の『どろろ』において描かれてきた人間と人間ならざるものの関係に、また新しい視点を与えるものといえるでしょう。
 四化入道が持っていた百鬼丸の体の一部も、それが体の一部か? という気がしないでもないのですが、しかしそれが入道の正体を知ったどろろの、そして百鬼丸の選択に繋がる結末は、決して悪くはありません。


 そしてこの巻の後半「背負いしものの伝」では、ついにどろろが文字通り背負ってきた秘密が明かされることになります。
 一種の義賊であった父・火袋が、庶民の蜂起のために溜め込んでいた黄金――その黄金の在処が記された地図の存在を、百鬼丸に明かすどろろ。本当に心から頼れる人にだけ見せなさいと、今際の際の母が言い残した地図を見せたどろろが百鬼丸に願ったものと、それに対する百鬼丸の答えは……

 本書は一度登場したキャラクターが、他のバージョンの『どろろ』のようにそのエピソード限りで退場することなく、その後も引き続き登場して、どろろと百鬼丸の旅に関わっていく姿が描かれることになります。
 そこで描かれるのは、人が他者と触れ合い、結びつくことで生まれるもの――決してネガティブではないものの存在であり、それこそが、極めてドライな味わいの強い他の『どろろ』と比しての、本作の特徴のようにも感じられます。

 本書の前半の四化入道の物語だけでなく、このどろろの背負った地図のくだりもまた、そんな本作ならではの内容であると感じられるのですが――さて、そんな本作ならではのキャラクターとなった多宝丸にも、新たな他者との出会いが描かれることになります。

 景光に対抗できる力――百鬼丸にあって自分にない魂念力を得るために、琵琶法師と行動を共にしようとする多宝丸。そんな彼を琵琶法師が誘った先で待っていたのは、意外な存在だったのです。
 はたしてこの出会いが、彼に対して、そして物語に対してどのような意味を持つのかはまだわかりませんが――その一方でこの巻のラストで百鬼丸たちの前に現れた、奇怪な存在を見れば、百鬼丸と多宝丸の道は意外と早く交わるのではないか、という印象も受けます。

 その印象が正しいかどうかはさておき、いよいよ盛り上がるであろう大長編の向かう先に期待です。


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2022.09.20

平岩弓枝『椿説弓張月』『私家本 椿説弓張月』 抄訳とリライトと、二人の英雄像

 『南総里見八犬伝』に並ぶ曲亭馬琴の代表作『椿説弓張月』を、馬琴をこよなく愛する平岩弓枝が甦らせた二つの作品であります。抄訳とリライトと、スタイルはそれぞれ異なるものの、海を超えて大活躍を繰り広げる源為朝を描いた原典の魅力を伝える名品です。

 源義家の曾孫であり、強弓で知られた源為朝は、九州を平らげたことから、またの名を鎮西八郎と名乗った剛勇無双の武将。保元の乱では父とともに崇徳上皇側につくも敗れて伊豆大島に流され、そこでかの地を平らげた末に討伐を受けて逝ったという、ある意味この時代の武士を体現したような人物です。

 『鎮西八郎為朝外伝 椿説弓張月』は、この源為朝の事績と伝説を踏まえ、馬琴がその奇想を縦横無尽に活かして描いた読本――前編・後編・続編・拾遺・残編と全五編二十九冊六十八回の長編であります。そのうち前編・後編は、上に述べた為朝の史実を軍記物語「保元物語」を踏まえて展開します。
 信西入道に疎まれて都を離れ、九州に下った為朝は、終生の忠臣となる豪傑・八町礫紀平治や妻となる白縫姫と出会った末に、やがて彼らを残して、保元の乱に参戦。敗れた末に伊豆大島に流され、そこで佞人の讒訴で追い詰められた末、周囲の人々の犠牲で生き延びて、白縫たちと再会することになります。

 一方、続編以降は琉球王国史「中山世鑑」等に見られる、生存した為朝が琉球に渡り、その子が琉球王家の始祖となったという伝説を踏まえた物語であります。
 まず語られるのは、為朝が琉球に現れるまでの物語――暗愚な時の王・尚寧王が、かつて禁断の蛟塚を暴いたことで妖僧・曚雲が出現、曚雲や奸臣たちに操られた王は王位継承者である寧王女や忠臣たちを退けた末、命を落とすことになります。

 一方、為朝は清盛を討つために一族郎党で船出したものの嵐で遭難、白縫の入水と魔界の崇徳上皇の加護で生き延び、琉球に漂着。そして白縫の魂が憑いた寧王女と為朝は、彼女や忠臣たちとともに反撃を開始、曚雲らを討って琉球を平定し、自らは崇徳上皇に迎えられて去る――という結末であります。


 さて、江戸で大好評を博したこの『椿説弓張月』ですが、しかし『南総里見八犬伝』に比べ、現在ではなかなかアクセスしにくい作品となっています。もちろん活字本は岩波文庫等で刊行されていますが、現代語訳やリライトが非常に少ない状況にあるのです。

 そんな中で数少ない、今でも容易に手が入るものが、平岩弓枝による『現代語訳・日本の古典 椿説弓張月』(その後、学研M文庫から『椿説弓張月』として刊行)と、『私家本 椿説弓張月』の二点であります。
 前者は原典の抄訳本、後者はリライトというべき内容で、いずれも一巻本のためダイジェスト味は強い――特に作者が「続編」の琉球王国の御家騒動のくだりに一番愛着を持っているためか、それ以外の部分、特に終盤が慌ただしい――ものの、まず『椿説弓張月』の何たるかを知るには十分な内容と感じます。

 しかしこの二作、並べて読んでみると、そのアプローチから生じる人物描写――特に為朝のキャラクター像の違いには非常に興味深いものがあります。元々読本は、現代の小説に比べると人物の内面描写については控え目であって、それは『現代語訳』においても受け継がれているといえます。それに対し、『私家本』は、作者によるキャラクターの掘り下げがはっきりと施されているのです。
 そんな中での為朝の人物像の違いを表せば、前者の為朝は行く先々の強敵を打ち砕く「豪傑」、後者は流転を続ける悲運の「英雄」と呼べるかもしれません。もちろん物語の本筋は同一ながら、これだけ印象が異なるというのが面白いところですが、後者は為朝を死に場所を喪った英雄として描いている点が、その大きな理由ではないかと感じます。

 元々原典では、史実における為朝の人生のハイライトというべき保元の乱の描写がかなりあっさりした扱いとなっています。『私家本』ではその印象がさらに強い(というより為朝は直前に父によって後事を託されて逃がされる)のですが、さらに敬愛する崇徳上皇に殉ずることができず苦しむ――と、こちらの為朝は、武士としての華々しい見せ場を奪われた人物として描かれるのです。
 それが(これは原典でも描かれているのですが)ラストの為朝の奇妙な「殉死」に繋がっていくのには大いに納得させられるのですが――考えてみれば琉球での為朝は「神人」とも呼ばれることになります。それは妻の白縫とはまた別の形で、既にこの世から離れた存在として描かれているということなのかもしれません。


 もちろんこれはこちらの深読みかもしれませんが――いずれにせよ名作を、名手の手で比較的手軽に読むことができるのは、まことに有り難いことであるのは、間違いありません。


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2022.09.19

わらいなく『ZINGNIZE』第8巻 死闘決着! そして新たなる敵の魔手

 不死身の魔人、いや不死身の怪物と化した風魔小太郎と三甚内の対決もついに決着。封印を解いた高坂甚内の超忍法の前に、ついに最後の刻を迎えた小太郎の胸中に去来するものは、そして高坂甚内の前に現れるのは……

 ついに集結した高坂・鳶沢・庄司の三甚内の死力を尽くした攻撃に、徐々に追い詰められていく風魔小太郎。しかし自分に不死身の力を与えていた返魂樹と完全に一体化した小太郎は、山よりも巨大な、もはや怪獣としか言いようのない存在に成り果てるのでした。
 これに対して、ついに七十二の五右衛門忍法のうち「ぬばたま」の封印を解く高坂甚内。マイクロブラックホール斬ともいうべきこの超忍法の前に、さしもの小太郎の巨体も崩壊し……

 という超絶決戦もほぼ決着し、あれだけ怖れていた死を待つだけとなった小太郎。彼の心に去来するのは、戦の中で自分の名を残せなかったことの悔恨――いや自分の名が、存在が忘れ去られることの恐怖でありました。
 そしてそれに対する高坂甚内の答えは、これは定番といえばそうかもしれませんが、しかしこの戦いを締めくくるには相応しいものと感じます。そんな高坂甚内の想いを受けて、ついに消え去る小太郎――常に己の心のままに、自由に生きたいと願いつつも、何かに縛られ続けていた男の最期であります。


 と、物語冒頭から高坂甚内の前に立ち塞がってきた最強最大の敵が消え、もはや物語はエピローグモード、戦いの中でかなりいい感じになった甚内とお菊さんが結ばれてめでたしめでたし……

 というにはまだページ数が残りすぎている、と厭な予感がしてきたところに現れたのは、小幡道牛(勘兵衛)であります。
 これまで風魔小太郎の傍らにありながらも常に不穏な動きを見せ、特に高坂甚内に、彼の五右衛門忍法に異常な執着を見せていた道牛。その彼が、高坂を待つお菊の前に現れ、彼女を捕らえて……

 本作のヒロインでありつつも、いや、本作という伝奇バイオレンス漫画のヒロインであるからこそ、これまで幾度となく大変な目に遭わされてきたお菊。そんな彼女も、紆余曲折を経てようやく幸せを手に入れることができる――というその目前で、最大の不幸が襲うことになります
 正直なところ、この辺りの展開は非常に辛い、というより――特に道牛がお菊に術をかけるシーンなどは――胸糞なのですが、もちろんこれで高坂甚内が怒らないはずがありません。

 ヤンデレっぷりを全開する(いや本当にあの言い草はひどすぎて逆に笑ってしまう)道牛に対して高坂甚内も怒り全開、これでもかとボッコボコにして――と思いきや、ここで恐るべき力を発揮する道牛。と思いきやさらに……


 ここにきて新たなプレイヤーが現れ、いよいよますます混沌としていく物語。次巻からは京に舞台を移しての第二部がスタートとのことですが、はたして風魔小太郎のインパクトを超える敵が登場するのか? その点も含めて、何が飛び出すかわからない物語に期待したいと思います。


『ZINGNIZE』第8巻(わらいなく 徳間書店リュウコミックス) Amazon

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