入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)



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2023.10.03

藤田和日郎『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』第5巻

 雑誌連載の方は一足先に大団円を迎えましたが、単行本の方は今こそクライマックス。ついにメアリーがエルシィの「正体」を知った一方で、エルシィもまた、己が何者であったか思い出すことになります。はたして舞踏会を目前に、二人は何を選ぶのか……

 女王陛下のプランタジネット舞踏会に送り込まれる〈7人の姉妹〉を迎え撃つため、その一人の身体と村娘の頭を繋ぎ合わせて生まれたエルシィと、彼女の貴婦人修行の教師に選ばれたメアリー・シェリー。
 本番前の予行として参加した舞踏会で、暗殺者の末妹であるジャージダの襲撃を受け、追い込まれたエルシィは、あることをきっかけに別人のような動きを見せてジャージダを撃退――一方メアリーは、息子のパーシーとエルシィの接近に悩みつつも、エルシィの「正体」に疑問を抱き、その真実を探ることを決意するのでした。

 そしてある疑惑を深めたメアリーは、エルシィの生みの親であるディッペル博士の研究室に乗り込むのですが――というわけで、ここからがこの巻の最初のクライマックス。メアリーの小説のフランケンシュタインよろしく死体からエルシィを生み出した博士に、メアリーはある「事実」を突きつけることになります。
 その「事実」についてはここでは述べません。しかし物語当初から微かに違和感を感じていたにもかかわらず、設定的に何となく納得していた点を一気にクローズアップしてみせた時――ほとんどミステリのトリックが明かされた瞬間のような衝撃を受けることは、間違いありません。

 しかし衝撃を受けるのはそれだけではありません。そこで明かされた「犯人」のあまりに非道な行為は、読んでいる我々も、それを聞いたメアリーと同じような表情になるほどのものなのですから。
 しかし、そこからのメアリーの行動は、これまでの彼女の奮闘と苦しみを見てきたからこそ、喝采を上げたくなるのもまた、間違いありません。
(尤も、暴を以て暴に易うが自立の証と読めなくもないのは――もちろん誤読なのですが――どうにもモヤモヤするところですが)


 さて、メアリーが真実に直面する一方で、エルシィもまたほぼ同時期に、己の真実を知ることになります。その時、彼女が何を選ぶのか――本作はその重要極まりない場面を、本作を構成するもう一つの要素と結びつけることで、この上なく感動的に描きます。
 真実を知ったものの、はたしてエルシィに如何に向き合うべきか、答えのないままに帰ってきたメアリー。かつて『フランケンシュタイン』を発表した時の世間の態度を思い出し、迷い続けるメアリーが、そこで見た光景とは……

 いうまでもなく、本作の重要なモチーフであり、作中で様々な意味を持たされている『フランケンシュタイン』という物語。それは人造人間エルシィのイメージの原点であり、メアリーがエルシィと関わるきっかけであり、そしてすぐ上で触れたようにメアリーにとっての大きな成果にしてトラウマであります。
 そしてここで『フランケンシュタイン』にもう一つ、新たな意味が加わります。ここで与えられた意味とは……

 これまた詳細は触れませんが、ここでどうしても思い出してしまうのは、誰もが知る物語を新たな角度から見つめ直し、語り直してみせた作者の『月光条例』。あちらでは物語の登場人物を一度狂わせることでその物語の意味を問うてみせたわけですが、本作は「人造人間」自身に人造人間の物語を触れさせることで、それと同じ効果を挙げてみせたと感じます。
(そしてそれが共に陰の存在である「月」をモチーフにしているのは実に興味深い――というのは蛇足ですが)


 いずれにせよメアリーは、そしてエルシィもまた、自分の意志で決断し動き始めました。その決断の先にある結末は――次巻、バッキンガム宮殿に舞台を移して、いよいよ最終章であります。


『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』第5巻(藤田和日郎 講談社モーニングコミックス) 

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藤田和日郎『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』第4巻 過去からの刺客と怪物の表情と

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2023.10.02

三好昌子『無情の琵琶 戯作者喜三郎覚え書』

 京を舞台に、美と妖と情を描く時代小説を発表してきた作者の最新作であります。戯作者を夢見る呉服屋の三男坊が、不可思議な力を持つ美貌の琵琶法師と出会う時、妖と因縁の物語の幕が上がることになります。

 江戸時代中期の京で、周囲の反対にもめげず戯作者を目指す呉服屋の三男坊・喜三郎。しかしある日、父に呼ばれた彼は、酒屋・一蝶堂の娘・千夜に婿入りするように命じられます。
 商売上手の美人として知られながらも、許婚になった男が次々命を落としたため「婿殺し」と呼ばれる彼女に恐れをなして、「心魔の祓い」を行う顔馴染みの清韻和尚を訪ねる喜三郎。そこで見知らぬ美貌の琵琶法師の琵琶の音を耳にした彼は、あり得べからざる幻の景色を垣間見るのでした。

 その幻はさておき、清韻に自分の縁談について相談する喜三郎ですが、無情と名乗る琵琶法師は、苦しんでいるのは千夜の方であり、彼女を救わなければならないと語り、釈然としないながらも喜三郎は縁談を受ける羽目になります。

 その最中に、以前から自分が手に入れようとしていた、主が亡くなって以来閉まっている祇園の芝居小屋・鴻鵠楼を、千夜が買おうとしていると知る喜三郎。さらに鴻鵠楼では、夜毎灯籠に火が灯り、鳴り物の音が聞こえるという怪事が起きているというではありませんか。
 なりゆきから千夜とともに夜の鴻鵠楼を訪れることとなった喜三郎は、その怪異を目の当たりにするのですが……


 戯作者志望の喜三郎が、不可思議な魔力の籠もった琵琶を手にした琵琶法師・無情とともに出会う怪異の数々を描く、全四話構成の本作。
 この第一話「鴻鵠楼の怪」で、無情の琵琶の力で鴻鵠楼の怪異の正体と、千夜の秘めた想いを知った喜三郎は、千夜から鴻鵠楼の再建を任されることになるのですが――その後も様々な怪異に出会うことになります。

 かつて子供を拐かされ、探し続けた母親が非業の死を遂げた辻に建てられた地蔵像が壊されて以来、幼子の拐かしが連続する「子隠の辻」
 茶道具屋で持ち合わせがないと侍が置いていった刀を抜いた店の嫡男が狂乱して周囲に切りつけ、その後も触れた者を刀が狂わせていく「蜘蛛手切り」

 いずれもこの世のものならざる怪異を描く物語でありながらも、しかしその中心にあるのは、異界の魔ではなく人間の情。それだからこそ、物語から受ける印象は恐ろしさよりもむしろ哀しさであり――その中で、自分勝手な若者であった喜三郎は少しずつ成長していくことになります。
 そしてそんな彼に対して、直接教え諭すことはないものの、どこか見守り、導く態で接する存在が、無情であります。物語に登場する怪異に秘められた想いを形にし、導いていく彼の琵琶――まさしく「無情の琵琶」が物語を動かすことになります。

 しかしそんな無情も、見かけは美貌の若者でありながらも年齢は清韻よりも上であり、時にその長髪が黒から白に、白から黒にと一瞬で変わるという、自身が怪異のような存在であります。
 最終話「呼魂の琵琶」では、そんな無情の過去と、ついに再建された鴻鵠楼のこけら落としが描かれるのですが――ここで描かれるもの悲しくも美しい因縁と情の姿は(作者のファンであればある程度予想できる構図ではあるものの)、物語の掉尾を見事に飾るものとして印象に残ります。

 実は本作は、物語から十数年後、功成り遂げた喜三郎が、兄に対して秘められた過去の出来事と、そこから生まれた想いを語るという構成を取ります。その上で終章で示される意外な真実も鮮やかに決まる、作者らしい佳品であります。


『無情の琵琶 戯作者喜三郎覚え書』(三好昌子 PHP文芸文庫) Amazon

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2023.10.01

やまざき貴子『LEGAの13』第4巻

 16世紀末のイタリアを舞台に繰り広げられる絢爛な錬金術伝奇もいよいよ後半に突入、物語は大きく動き出します。元首の監禁からようやく解放されるかと思いきや、次の元首の囚われ人となったレガーレは、軟禁先の島で、奇妙な老人と出会うことになります。そして懐かしい友人たちにも……

 薬師の父・ゲオルグの下で薬師見習いをしながらも密かに錬金術の研究を行っていたのが露見し、ヴェネチアの元首パスクアーレの下に監禁されて黄金作りの研究を強制されることとなった青年・レガーレ。
 しかし囚われ人といいつつもマイペースに研究を続け、時に外の世界にも抜け出していたレガーレの運命にも、大きな転機が訪れることになります。

 パスクアーレが陰謀によって失脚、新たな元首マリーノによって、厳重な監視の下で黄金作りの研究を強いられるレガーレ。しかし元首の妻・カテリーナと思わぬ関わりを持ったことから、ひとまず元首の監視下からは離れることに……


 ここでレガーレが過ごすことになったのは、孤島にある変わり者の学者ネピ・ロマーノの屋敷。最初のエピソード「変な爺ィ」では、彼はネピの執事だというセバスチアーノに、次々と謎かけを出されることになります。
 その一方で、ネピの美しい二人の姪から、どちらが早く彼を落とすかの賭けの対象とされるなど、相変わらず美女に縁があるレガーレ。そして変な爺ィの謎かけと美女二人の鞘当てが思わぬところで結びつき、彼の運命を大きく動かすことになるのです。

 前巻では牢獄に放り込まれた末に、元首が変わったことで周囲の人々からも引き離され、一際孤独な状態に置かれたレガーレですが――この巻ではネピ・ロマーノという新たな知己を得たことで、一気に状況は好転していくことになります。
 実はネピこそはゲオルグの旧友であり、彼の過去を知る人物。大学で天文学と幾何学の教鞭を取る彼がいわば後見人となったことで、レガーレの人生は、そして彼の錬金術の研究は、大きく前進することになるのですから。

 そしてその好転は、次のエピソード「ロマーノの魔女」でも続きます。美女たちとの鞘当ての最中にホレ薬(と称する蒸留酒)を作り出したレガーレ。ネピの後見で、魔女に扮してこのホレ薬を売り出したレガーレですが、そこに客として現れたのは、トルコの商人・クリストバルと、その右腕であるオルベテロの二人――いずれもレガーレとは縁浅からぬ若者たちであります。

 かつて道ならぬ恋に悩む最中、レガーレと出会い救われた、彼の悪友・クリストバル。レガーレの弟子となり、献身的に仕えるも、彼が牢獄に入れられたため引き離されたピエロ・オルベテロ。
 それぞれ、レガーレが腹蔵なく語り合える(=安心してバカをできる)友人たちの登場は、これまで自分よりも立場が上の存在に翻弄されることが多かったレガーレにとって、大きな救いと感じられます。

 そしてこの出会いは、思わぬ形でレガーレの運命を変えることになります。不慮の事故で重傷を負ったクリストバルを救うため、レガーレが作りだし使った薬、それは錬金術師であれば誰もが夢見るもので……


 しかし好事魔多し――この巻のラストエピソード「仮面」で、胸を張って久しぶりにヴェネチアを訪れたレガーレ一行(素顔を隠すために仮面をつけて市場をぶらつく三人が、普通の若者っぽくてイイ)ですが、待ち受けていたのは意外な決定。
 さらに自分の正体を知るらしい仮面の暗殺者に狙われ、逃げ込んだ貧民街の少年を救ったことで、レガーレは魔女として捕らわれることに……

 一難去ってまた一難どころではない運命の変転に晒されるレガーレですが、しかしこれは真実に向かう第一歩。ヴェネツィアを離れ、ゲオルグとネピが若き日を過ごし、そして今また、行方不明のゲオルグが目撃されたというフィレンツェへ――仲間たちとともに、レガーレの新たな旅が始まります。


『LEGAの13』第4巻(やまざき貴子 小学館フラワーコミックスα) 

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2023.09.30

『るろうに剣心』 第十三話「死闘の果て」

 剣心たちと御庭番衆の死闘が終わったところに現れ、ガトリング砲を乱射する武田観柳。蒼紫を守り、剣心を行かせるために次々と御庭番衆が身を挺した末、観柳は剣心に叩きのめされる。そして観柳は逮捕され、恵の罪も不問となったものの、全てを失った蒼紫は、剣心打倒を胸に闇に消えることに……

 今回で第一クールもラスト、そして観柳・御庭番衆編もラストと、大きな区切りとなった今回。ここで描かれるのは、観柳との決着とその後始末、恵と蒼紫の去就であります。

 というわけで前回ついに伝家の砲塔を持ち出し、ガトガト大暴走した観柳ですが、今回もお前そんなこと原作で絶対言ってなかったろ的なガトリングへの愛(妄執)とインチキ英語連発で再び大暴走。今原作を読み返してみると、この章は記憶していた以上に観柳の影が薄かったのですが、しかし今回のアニメでは(前回も触れましたが)その後の様々なメディアでのイメージを逆輸入して、観柳の印象が大きく強化されていたかと思います。
(そして今回の、誰も信用せずただ一人ガトリングを乱射して自滅する姿は、北海道編を読んだ後だとなるほど、と思わされる、というのはさておき)

 しかしここまで観柳が大暴れすると、命という名の盾になって散った御庭番衆たちの印象が薄くなってしまうのですが(しかし火男、観柳の目の前まで行ったんだったら、もっとどうにかできたのでは)、そんな中でオリジナル描写で目を惹いたのが般若でした。
 ガトリングを引きつけながら疾走する般若の心をよぎるもの、それはかつて仲間たちの前で蒼紫に稽古をつけられていた時の思い出――と、いうわけで描かれる般若の回想シーン。ここで描写的に般若が一番新参っぽいのがちょっと意外というのはさておき、仲間たちと他愛もないやり取りをする素顔の般若が笑っていたと蒼紫が指摘し、般若もそれを納得する――このくだりは、異形を通じて人の情を描くという点で、実に原作者らしいテイストが出ていたと感じます。

 色々とフォローされてはいたものの、一歩間違えれば悪役たちの勝手な結びつきともなりかねなかった御庭番衆の絆を、はっきりと情の通ったものとして描いてみせたのは実に良かったと思います。
 もう一つ、式尉の剣心への言葉がラストに語られるのも、(内容的にはそこまで引っ張るものではないような気もするものの)御庭番衆たちの記憶を残しているのは蒼紫だけではないということを示す意味で印象的でした。

 さて、この後、観柳も倒され、警察の介入から恵を庇うために、自分の過去の権力(?)を利用する剣心という、冷静に考えればかなり珍しいシーンが描かれるのですが――過去の所業への悔恨は悔恨として、自分が死んで償うのではなく、今自分のできることで償って生きるよう恵に語るのは、今まさにそうしている剣心ならではの説得力があるのはいうまでもないでしょう。
 そしてそれは、死んでいった者たちに報いるために生きながら修羅道に堕ちた蒼紫とは、対照的な生き方であるといってもよいかと思います。(もっとも、ある意味その生き方を与えたのも剣心なのですが……)


 何はともあれ、色々な意味で物語の折り返し地点には相応しい締めとなった今回の結末。正直なところ作画的には微妙なところもあったような気がしますが、後半戦にも期待したいと思います。


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関連サイト
公式サイト

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2023.09.29

張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第10巻

 『捜神記』を題材に妖狐・廣天の冒険(?)を描く本作もついに単行本二桁に突入。都の妖考事部に入った廣天を描く「捜神怪談編」も、いよいよこの巻で完結であります。思わぬ出来事から深手を負った末、殺人犯として獄に繋がれてしまった廣天の運命は、そして石良の夢の真実とは……

 道術大会の仲間たちと別れ、色々あって都の怪奇事件を担当する妖考事部に入った廣天(と神木)。そこで異常に暗がりを恐れる青年役人・石良とチームを組んだ廣天は、次々と事件を解決していくのですが――石良の親戚で異常に彼に執着する大富豪・石崇に目を付けられてしまうのでした。
 そんな中、とある宿に現れる狐の化物を逃がそうとして、わざと負った傷が想像以上に深手だった廣天。さらに狐に戻って倒れてしまったところを、よりによって石崇に目撃されてしまった彼女は、石崇の手回しによって殺人の冤罪を着せられ、妖考事部も解散することに……

 という風雲急を告げる展開から始まるこの第十巻。廣天が牢に入れられるのは確か第一巻以来ですが、その時以降、廣天と比較的長期に渡って行動を共にするのは、基本的に彼女の正体を知っている者ばかりであったように思います。
 そのため、廣天が狐と知れて大事になるのは不思議な気がしてしまいましたが、それはこちらの感覚が麻痺してしまっただけなのでしょう。

 それはさておき、廣天の方も傷を負っていたとはいえ、第一巻で牢に入れられた時の余裕ぶりとは異なる印象があるのは、彼女が様々な「人間」と触れ合い、そして「人間」として暮らしてきたから――というのは、彼女の妖考事部への馴染みっぷりを思えば、決して考え過ぎではないと感じられます。

 思えばこれまでも、廣天は「狐」なのか「人間」なのか、はたまた「妖」なのか、様々な形で問われてきました。それを思えば、人間たちの暮らす街に入り交じって現れる妖たちを描いてきた「捜神怪談編」のクライマックスに、これは相応しい展開というべきかもしれません。

 しかしあくまでも「廣天」は「廣天」。彼女が何者かを決めるのは、彼女本人と、そして彼女と行動を共にした者ではないでしょうか。だとすればこの「捜神怪談編」で廣天以外にそれを決められるのは――そう、石良であります。
 その石良が何を想い、どのように行動したか、それはここで詳しく述べる必要はないでしょう。しかしそんな彼の存在が、廣天にとって、そして彼女を見守ってきた我々にとっても、一つの救いであることは間違いありません。
(しかし、石良が連れてきた証人のインパクトがありすぎて……)


 さて、この「捜神怪談編」には、もう一つ解決されるべき問題、石良を苦しめてきた悪夢の存在があります。
 熱を出して寝ていた子供が、高い窓から覗き込んでいる何者かに気付き、部屋から抜け出して廊下の闇の中で何かを見る――第八巻の、すなわち「捜神怪談編」の冒頭で描かれ、石良が異常なまでに暗がりを恐れることとなったその原因である悪夢の正体は一体何なのか?

 ここで廣天の導きで自分の夢の中に入った石良が見た真実は――これも詳しくは述べませんが、そうか、そうきたか! といいたくなるような一種ミステリのトリック的な内容には唸らされました。
 これまでのエピソードでも小さな伏線を積み上げて、思いも寄らぬ、しかし納得の真実を描いてきた本作ですが、それはこの章においても健在というほかありません。

 そしてその悪夢から解放された石良が見る夢は――それは何と恐ろしくも、何と魅力的であることか。もちろんそれは、この「捜神怪談編」全体にも当てはまる言葉なのですが……


 これまでと違い、次章のタイトルや内容がまだ決まっていない様子なのは少々気になりますが、またいずれ遠くない日に、新たな一歩を踏み出した廣天の姿を見ることができるのを楽しみにしてます。


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2023.09.28

『アンデッドガール・マーダーファルス』 第13話「犯人の名前」

 〈鳥籠使い〉・ロイズ・〈夜宴〉の三つ巴の戦いの末に、睨み合う人間たちと人狼たちの前に現れた鴉夜。一連の殺人事件の犯人の名を挙げた彼女の呼びかけに答え、ついに犯人が人々の前にその姿を現す。その正体と一連の犯行のトリックは、そしてその動機とは……

 ついに最終回、人間と人狼、二つの村を股にかけた殺人/殺人狼事件の謎解きも大詰めです。前回の最後の最後に全ての謎を解いたと告げた鴉夜ですが、彼女が皆を集めてさてという前に、いつものOP曲に乗って繰り広げられるのは、前回のEDで繰り広げられた三つ巴の戦いの続き――アリスvsクロウリー、カイルvsヴィクター、静句vsカミーラの三元バトルであります。そこに津軽も乱入してさらに賑やかに、そして(さすがにOP後にも食い込んだものの)相当にハイテンポで展開するバトルは、それだけでもなかなかの見応えですが、これが謎解きの前座なのですから、この回の密度を思うべしであります。
 特にこのバトルの中でも、色々な意味で描写が難しそうだった静句vsカミーラ戦は、色彩的にも画的にもちょっと想像していなかったような演出で驚かされました。
(ただ、それぞれの戦後の描写が大胆にカットされたのは残念。津軽とクロウリーの会話は見たかった……)

 そして前々回に静句が、そして十三年前にローザが登らされた羊の櫓の前で睨み合う、二つの村の人々の前に現れた鴉夜が語る内容こそが、今回の事件の「犯人の名前」。密室からルイーゼを攫ったのは何者なのか。一年前から二つの村を震撼させた連続殺人/殺人狼事件の真実とは。そしてルイーゼとノラを殺したのは……
 正直なところ、ルイーゼの事件については犯人の予想がついていた方は少なくなかったかと思いますが、事件の全体像としてみると、まさに「本格」と言いたくなるようなその豪快なトリックには改めて驚かされます。内容的には、文章であればともかく、映像にするのは結構難しいものがあったわけですが、それをうまく成立させてみせたのには感心するほかありません。

 しかし感心したといえば、この複雑な事件の鴉夜による説明が、ほぼAパートで終わったことで――どうやら最終回の脚本には原作者も協力したようですが、これまで同様にかなり細かい部分は省略しているとはいえ、やはり巧みなアレンジであります。

 それでは後半は、といえば、逃走した犯人と津軽との対決、そして犯人が語る真の動機の提示という、さらなるクライマックスが用意されているのがまた心憎い。津軽のラストバトルは、冷静に考えるとこれもどうやって映像化するのか、という内容だったのですが、それを本作らしいビジュアルで見せてくれたのもお見事。もっとも、ちょっとテンポが早すぎて、あっさり決まってしまった感があったのは残念ですが……(あのオチの落差は、敵の強力さがあってこそ引き立つと思うので)
 しかし、戦いの最中に津軽が相手にかける言葉は、彼らしい諧謔に満ちたものでありつつも、ドキッとするような鋭さに満ちたもので、ある意味この物語を象徴するものであったと感じます。

 一方、犯人の真の動機ですが――犯行のトリックをほぼ完璧に見破った鴉夜が、唯一見破れなかったその動機は、明かされてみれば、どこまでも切実なものでありました。正直なところ、アニメの描写のみで真相にたどり着くのはかなり厳しいように思いますが――それでもなお、この環境、この犯人だからこそのものでありながら、しかし同時にある種の普遍性を持つからこそ、この動機からは、胸に突き刺さるような衝撃を受けます。そしてだからこそ、鴉夜のラストの選択も十分に納得できるのです。

 誰もが何かを失ったともいえるこの事件――しかしそれでもどこか爽快感が残るのは、ここで描かれたのが、束縛からの解放の物語であったからなのでしょう。

 そして元々何にも束縛されていないように見える津軽の言葉(?)で終わるこのアニメ版。原作の胸躍るエピローグが描かれなかったのは残念ですが、しかし怪物・怪人たちとの再会を予感されるラストは、これはこれで不思議な広がりを感じさせてくれます。


 仮にアニメの第二期があったとしても相当先のことになるかとは思いますが――しかしその日を期待して待ち続けたくなる快作でした。


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