入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)



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2024.05.23

霜島けい『うろうろ舟~瓢仙ゆめがたり~』 稼業と酔狂と 二人が追う怪談の真実

 実話怪談がブームとなって久しいですが、いつの世も、人は人が語る怪談に強く惹かれるものなのでしょう。本作はそんな江戸の怪談師・お伽屋の銀次と、この世ならざるモノを視る力を持つ医者・瓢仙が、様々な怪談の背後の真実を追う連作集です。

 「お伽屋」を自称し、この世の不思議や奇怪な事件を集めては物語に仕立て上げ、好事家に売りつける青年・銀次。そんな彼がお得意先の一人である商人の嘉兵衛から依頼されたのは、ある怪談の真相を探ることでした。

 真夜中の神田川に、青い行灯を灯したうろうろ舟が現れる――二月ほど前に江戸を騒がした怪談にすっかり取り憑かれてしまったという嘉兵衛は、そのうろうろ舟が何を売っているのか、銀次に調べて欲しいというのです。
 そのためには神田川に夜毎張り込む必要がありますが、その間に必要な費用は払うという嘉兵衛に押し切られ、銀次は依頼を引き受けてしまうのでした。

 しかしそうそう簡単に怪しの舟が現れるはずもなく、毎夜無駄足を踏む銀次。そんな彼に声をかけてきたのは、その場を通りかかったという瓢仙と名乗る隠居医者でした。
 この世ならざるモノを視る力を持ち、そしてそんなモノをこよなく愛するという瓢仙。銀次の目的を聞き、興味を持った彼は、自分も協力すると言い出します。

 かくて思わぬなりゆきで瓢仙と二人で夜の川を見張ることになった銀次。そしてついに二人の前に青い灯が……


 本作の副題「瓢仙ゆめがたり」を見て、アッと気付く方は、かなりの江戸怪談好きではないでしょうか。というのも実は瓢仙は実在の人物――文政年間末期に大森で化け物茶屋、今でいうお化け屋敷の元祖を作ったことで知られる人物なのですから。
 瓢仙が異能を持っていたというのは本作のオリジナルですが、いずれにせよ現実の彼も、そうしたモノが大好きな酔狂人であったことは間違いないでしょう。

 そんな逸話がある瓢仙が、本作では怪談の真実を追うというのですから大いに気になりますが、むしろ物語の主人公は彼ではなく、お伽屋という聞き慣れない職業を営む銀次であるのも、また面白いところです。
 お伽屋というのは、世間で噂される怪異の真実をとことん調べた上で、怪談に仕立て上げて客に売るという稼業(おそらく本作のオリジナルでしょう)。物語を人に語ることを生業とする者は江戸に幾人もいましたが、それがいわゆる実話怪談オンリーというのは、銀次くらいのものであります。

 稼業で怪異を追う者と、酔狂で怪異を楽しむ者――共に怪異の探求を行いながらも、そのスタンスは正反対に近い二人がコンビを組んで真実を求めるところに本作の面白さと、(二人が次々と怪異に遭遇してもおかしくない)巧みさがあります。


 そんな二人の初お目見えである本作は、三つのエピソードから構成されています。
 冒頭で紹介した表題作「うろうろ舟」
 とある漬け物屋に幾度も黒いバケモノが現れ、初めに主人の妻を、二度目には主人を喰らったという噂の陰に、子供の孤独な魂の存在を描く「お伽屋」
 芥子細工を得意とする職人が作った割り長屋のひながた(模型)に、小指の先程の女性が棲みついたと聞いた瓢仙が、さらに不思議な因縁に巻き込まれる「ひながた」

 これまで「霜島けい」名義で『のっぺら』や『九十九字ふしぎ屋商い中』といった妖怪時代小説/時代怪談を発表してきた作者らしく、これらのどのエピソードも個性的で、そしてそれぞれに不思議な魅力を持つ怪異が描かれます。
 たとえば「うろうろ舟」など、誰もいない深夜にうろうろ舟が川を行くという、いかにも怪談らしいシチュエーションですが――そこに青い行灯を加えることで、何とも不気味で、そしてダイレクトにその存在となっているのに感心させられます。

 そして怖い、あるいは奇妙だというだけでなく、いずれの物語も、グッとくるような人情譚としてきっちり成立しているのも嬉しいところであります。もちろん人の情にも喜怒哀楽様々にありますが、その諸相を怪談の中に盛り込み、怪談にして人情譚として成立させる――というより、二つ揃って初めて一つの物語として完成する様は、やはりこの作者ならではの巧みさだというべきでしょう。


 さて、実は銀次が怪異を追うのには、隠された理由があります。瓢仙にも明かさない、かつて彼自身が経験した怪異の正体とは――それはこの先の物語で語られることになるのでしょう。そんな物語の縦糸も楽しみな、新シリーズの開幕編であります。


『うろうろ舟~瓢仙ゆめがたり~』(霜島けい 光文社文庫) Amazon

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2024.05.22

川原正敏『陸奥圓明流外伝 修羅の刻』第21巻 開戦、人でもなく鬼でもなく

 平安中期を舞台とした『修羅の刻』陸奥庚の章 酒呑童子編、全三巻の中編の登場です。源綱を家礼に加えた頼光に迫る鬼たちの影。そこに現れたのは一人の修羅――ついに揃い踏みした庚・綱と、「鬼」との激突が始まります。

 伊吹山で熊を素手で屠る少年・庚と出会い、坂田金時の名前を与えた(が嫌がられた)源頼光。それから八年後、都の羅城門で頼光の前に現れた庚の姉・綱は、頼光の家礼になりに来たと告げます。
 綱に源の姓を与え、配下に加えた頼光ですが、その場に都を騒がす「鬼」の頭領・酒呑童子が現れ、綱を妻に望むことに……

 というわけで、渡辺綱と坂田金時(に当たる人物)が揃ったと思いきや、思わぬ形で鬼たちと因縁を持つことになった頼光主従。そしてこの巻では、それとはまた異なる形で鬼の跳梁が描かれることになります。
 頼光にとっては主筋である関白・藤原道隆が亡くなり、その後に関白となった道兼がその直後に亡くなるという混乱――本作では、その背後に鬼たちの存在を描くのです。

 そして既に鬼たちと因縁のあった頼光――いや、綱に襲いかかるのは、酒呑童子の娘・茨鬼。父が妻にと望んだ綱を攫いに来たとはなかなかの親孝行ですが、それが綱に通じるかどうかはまた別であります。
 茨鬼を撃退し、彼女が残した「鬼の腕」を持ち帰った綱。物忌みする彼女の下にある腕の奪還に現れたのは、茨鬼のみならず、鬼同丸、土蜘蛛を名乗る「鬼」――かくて鬼と人が入り乱れての戦いが繰り広げられることになります。

 さらにそこに修羅――陸奥の名を継いだ庚が参戦。そして庚は単身脱出した茨鬼を追うのですが……


 前巻では、この陸奥庚の章の導入部として、綱・庚姉弟と頼光の出会いが描かれましたが、この巻からは人と鬼、そして修羅と鬼の戦いが始まることになります。

 そしてその背景になるのは、やはり頼光と四天王にまつわる伝説の数々であります。茨木童子のみならず、鬼同丸(鬼童丸)、土蜘蛛――この巻に登場する彼ら「鬼」は、いずれも頼光たちと戦ったといわれる鬼・もののけの類です。
 伝説では必ずしも酒呑童子と繋がる者ばかりではありませんが、ここでは皆酒呑童子の配下として一気に投入。なるほど、あの伝説をこう描くのか、というアレンジの妙を見せつつ、ある意味オールスターキャストでの戦いが繰り広げられることになります。

 しかし伝説では鬼・あやかしの類だったとしても本作では彼らはあくまでも人――いや、人でありながら、鬼・あやかしと呼ばれ、貶められた存在であります。
 この辺りの、いわば「まつろわぬ者」たちを鬼として描き、都の貴族たちによる社会体制から弾き出された存在として描くのは、ある意味最近の酒呑童子もの(?)のトレンドといえるでしょう。

 しかし、そのように生まれ、「人」に対する怨念を抱えた「鬼」に対し、本作においてはその怨念とは無縁の、いわば第三の存在を描くことになります。
 そう、それはある種純粋な闘争本能の塊である「修羅」。強い奴と、己の力と技のみでやりあってみたいという想いに突き動かされる者――いつの時代も存在する「陸奥」であります。

 なるほど、当時の社会体制へのカウンターとしての「鬼」に対し、本作はさらなるカウンターとして「修羅」を描くのか――というのは、こちらの深読みかもしれません。
 ここではまず、物語の性質上、比較的分別臭い性格の陸奥が多かった『修羅の刻』の中でも、庚がかなり純粋な「陸奥」として描かれていることを喜ぶべきでしょう。そんな彼を通じて描かれるのは、歴史を描くための手段としての戦いではなく、歴史を舞台とした強者たちの戦いでしょうから……

 そんな陸奥の求める戦いが、はたして人と鬼との間に如何なる結末をもたらすことになるのか――次巻、酒呑童子編完結であります。


 しかし綱・庚姉弟の母があやかしの血筋ということ、晴明の名を聞いた綱が微妙な表情であやかし呼ばわりしていたことを考えると、二人の母は……


『陸奥圓明流外伝 修羅の刻』第21巻(川原正敏 月刊少年マガジンコミックス) Amazon


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2024.05.21

高橋留美子『MAO』第20巻 ジョーカー幽羅子が真に求めるもの

 一つの謎が解けたと思っても、また次の謎が深まっていく『MAO』も、気が付けばもう第20巻。この巻では表紙を飾る新御降家の双馬との戦いと、土の術者・夏野と猫鬼の対決、そして摩緒と幽羅子の再会が描かれることになります。平安から謎めいた動きを見せる幽羅子の真の望みとは……

 不忍池に誘い出され、猫鬼と対峙した摩緒と夏野たち。そこで彼らは、平安の世から土人形として生きてきた夏野が、猫鬼の泰山府君の法により命を繋いできたことを知ります。
 大五を復活させるため、夏野を利用してきたという猫鬼。しかし大五の肉体が復活した後も戻ることがなかった魂は、夏野の瞳に宿っていたことがわかり……

 と、これまで以上に物語での重要度が高まった夏野。そして自分の命の源を知り、同じ土の術者の素養を持つ菜花を育てることを決めた彼女は、実はこの第20巻では、ほぼ出ずっぱりの活躍を見せることになります。


 そんなこの巻の前半で描かれるのは、新御降家の金の術者・双馬との戦いであります。家に伝わっていた御降家の獣の巻物の力で、邪悪な獣をその身に宿すことになった双馬。彼は、これまでも幾度となく摩緒、そして菜花と戦ってきました。
 しかしそれでもどこか甘さや躊躇いが残っていた彼は、白眉の命で暗殺を繰り返した末に、ついに殺人を何とも思わぬ人間に変貌していきます。そしてそんな彼の姿を初めから見ていた菜花は、自ら人間であろうとすることを辞めた双馬に激しい怒りを見せるのですが……

 そんな状況下で、ここでも菜花のメンター的な立場を見せるのが夏野です。
 確かに、どれほど双馬の獣が成長していたとしても、摩緒と夏野の二人が揃っていれば、獣を滅ぼすのは難しくありません。しかしそんな状況下でも、夏野は菜花に獣を祓わせようとします。どれほど愚かな相手であっても、殺してしまうよりはいいと――それは普段寡黙でマイペースな彼女なりの、菜花への思いやりであるのかもしれません。

 その想いは、結局は双馬には届かないのですが――御降家の面々に比べれば明らかに腕も精神も未熟だった新御降家の面々が、悪い方向に「成長」していく様は、菜花が真っ当に成長していくのと対照的に、胸に重く残ります。


 さて、この巻の後半では、菜花は一旦現代に戻り、その間に摩緒と夏野が、過去にまつわる事件に巻き込まれることになります。
 摩緒の見立てでは手の施しようがない患者が、突然快復した――その背後には、猫鬼の泰山府君の法がありました。そして猫鬼は幽羅子と結び、摩緒と夏野を誘き寄せようとしていたのです。猫鬼は夏野の持つ大五の魂を、幽羅子は摩緒の心を求めて……

 本作で摩緒サイドと敵対しているのは、簡単に言って白眉たち新御降家と、猫鬼がいますが、幽羅子は新御降家に協力しながらも、何を考えているのか今ひとつわからない、独自の動きを見せる存在であります。

 平安の世では、御降家の頭首の娘として紗那と双子に生まれながらも、呪いの器として日の光の入らぬ場所に閉じ込められ、醜い姿で生かされていた幽羅子。それが偶然出会った摩緒の優しい心に癒やされ、強く惹かれるようになった――というのは、今回彼女の口から改めてはっきり語られることではありますが、それがはたしてどこまで真実であるのか。
 いや、彼女の摩緒への想いは真実であったとしても、それが摩緒たちと敵対しないという意味ではないことは、今回、幽羅子が猫鬼に与えた妖が、夏野を襲撃することに使われたことでも明らかなのですから。

 新御降家の他の面々のように、邪悪な目的を持っていたり、あるいは他人を盲信しているわけではないようではあるものの、それだけに何を仕出かすかわからない幽羅子。
 だからこそ実に人間的で、そしてそれがある意味魅力にも感じられるキャラクターですが――どうやらこの先も、彼女の存在がジョーカーとなって物語をかき回していくように思われます。


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2024.05.20

『鬼滅の刃』柱稽古編 第二話「水柱・冨岡義勇の痛み」

 周囲に頑なな義勇と話してほしいというお館様の頼みを聞き、朝から晩まで義勇につきまとう炭治郎。自分は水柱の資格がないと語る義勇は、ついに自分の最終選別の際の出来事を語り始める。一方、しのぶはカナヲにある事を告げようとしていた……

 今回はサブタイトル通り義勇の過去編がメインですが、本編に入る前のアバンタイトルで描かれるのは、前回ラストで異常に声が良い、ラスボスみたいな声の鴉に産屋敷邸に招かれた珠世のその後の決断。ここは実は原作ではここで描かれていない場面で、ある意味この先の展開をわかりやすくするためかな、という気もしますが、珠世の回想の形で、戦国時代のあの場面が描かれるのに注目すべきでしょう。(もちろん、そこで何が起きたかが語られるのは、相当先ですが……)

 そして本編ですが――前回、「失礼する」「失礼すんじゃねぇ」、「俺はお前たちとは違う」と柱合会議で問題発言を連発した挙げ句、勝手に退場した義勇。自分ではもう動くこともできなくなったお館様は、それでも義勇の身を案じるという、無惨とは正反対の管理職の鑑のような精神を見せるのですが――そこで炭治郎に託すのは果たして正しかったのかどうか。
 一人屋敷に閉じこもる義勇に対して、ごめんくださいこんにちはと連呼した末に、応答もないのに勝手に侵入する。おそらく断りもせずに、文字通りの膝詰め談判の距離で義勇に話しかける。そして義勇に相手にされなくとも、昼夜を問わず場所を問わず、風呂やトイレ(の外)までつきまとう――もはや公然たるストーカーぶりであります。

 しかしそんな炭治郎に対する義勇の答えこそが、真の恐怖でしょう。義勇が炭治郎に対して感じていた怒り――その理由は炭治郎が水の呼吸を極めず、水柱にならなかったこと。何故ならば今は「水柱が不在」であり、「俺は水柱じゃない」から……
 それまでは炭治郎と義勇のあまりに噛み合わなさに笑っていたこちらも、「あっ、この人、本物だった……」と思わず言葉を失ってしまう戦慄シーン。今まで水柱として作中で扱われてきた人物が、突然それを否定するというどんでん返しに、炭治郎だけでなく、見ている我々も愕然となります。いやはや、『鬼滅の刃』全編を通しても、ここまで怖かったシーンはなかったでしょう。

 それでも負けずに、先に述べたようなストーキングを繰り返すのが炭治郎の炭治郎たる所以。もはや光のコミュ障vs闇のコミュ障の様相を呈してきたこの状況に、さすがに闇の側も耐えかねて、ついに自分がなんでそんなことを言うかの理由を語りだして……(あ、やはりお館様は正しかったのか)
 と、ここで原作のごく初期に登場した錆兎を登場させるのが見事で、そして義勇にとっての錆兎の存在を想像する時に煉獄さんを思い浮かべる炭治郎(ここでまたあのBGMのアレンジを流した上に、無限列車編からの映像を流すという――煉獄さんは何時まで我々を泣かす気なのか!)にグッときます。しかしまあこの辺り、身も蓋もないことをいえば、最終選別のシステムはどうしようもなさすぎただけなのでは――という気がします。確かに義勇が自分を恥じるのもわからないでもありません。
(それはさておき、原作ではよく見るとなんとなくいるレベルだった村田さんがはっきりその場にいるのはちょっと楽しいですが)

 なにはともあれ、前回の柱合会議での問題発言も、
「(俺は実際には柱の資格はないので痣も出せないだろうし、この場にはこれ以上いられないので)失礼する」
「俺は(名実ともに立派な柱である)お前たちとは違う(からこの場にいる資格なんてない)」
だったという――図らずも(?)しのぶの言葉が足りない発言が正解だったわけですが、もし真意が明らかになっていたらいたで、もっと周囲に怒られていたことは間違いありません。
 しかし、そんな面倒すぎる根性の義勇も、炭治郎が放った「錆兎から託されたものを繋いでいかないんですか?」という質問が(勝手に)クリーンヒットして改心。ここで最後まで義勇が語ればいい話で終わるのですが、何分本人の内面で完璧に完結しているので、炭治郎の面白発言に繋がってワヤになってしまうというのは、これはこれで、非常に鬼滅っぽいオチなのは間違いありません。

 そしてオリジナル台詞でなんとなくしのぶのことを気にする義勇にニヤニヤさせられるのですが、そのしのぶは――ということで次回に続きます。

 しかし蝶屋敷組といえば、義勇の元に行く前に、炭治郎がアオイに助言を求めるオリジナルのシーン、ここでのアオイの発言が全く役に立たなかったのは凄い――と思いましたが、自分自身(が戦えないこと)を引け目に感じている者という意味で、義勇に重ねてのことなのかもしれません。炭治郎には完璧に無視されましたが……


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2024.05.19

「コミック乱ツインズ」2024年6月号(その二)

 今月の「コミック乱ツインズ」紹介の続きであります。

『~江戸に遺る怪異譚~古怪蒐むる人』(柴田真秋)
 今号二つある特別読み切りの一つは、初登場の柴田真秋による時代ホラー。これまで『WEAPONS&WARRIORS 武器と戦士たち』などファンタジー漫画を発表してきた作者が、時代ものを描くのはこれが初めてではないかと思いますが、舞台となる夜の闇の暗さが印象に残る作品です。

 公務で尾張国は犬山に向かう侍・喜多村が渡し場で出会ったもの――それは逆立ちになって手と首で道を征く女の幽霊。驚いて刀を抜く喜多村ですが、川向うの村の庄屋の妻と名乗り、仇を討つために船に乗りたいという彼女の言葉を信じ、船頭を叩き起こすも……

 という、まず逆立ち幽霊の画的なインパクトに驚かされ、そして次にその願いを叶えようとする喜多村の豪胆さというか律儀さに妙なおかしみも感じる本作。しかしその先に待つのは、逆立ち幽霊という凄絶な存在に相応しい恐ろしい結末であります。
 物語的にはシンプルで、もう少し怪異を見ていたい気持ちもありますが、しかし、怪異に寄り添うような突き放すような喜多村の立ち位置から生まれる客観性は、不思議な後味を残します。(しかし首はどこに……)

 冒頭に「シリーズ読み切り」と記載されており、作者のSNSでも新連載と記されていることから、これからも本作は登場するのでしょう。諸国の監察を任としている喜多村が、次に如何なる怪異に出会うのか、楽しみにしたいと思います。


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 三村元親を明禅寺合戦で破り、西備前を手中に収めた直家。お互いの気持ちを確かめあったお福ともラブラブで絶好調――と、お福さんが直家に理解がありすぎて、これイヤ歴史小説だっりしたら絶対お福さんは裏があって直家に近づいていて、後で裏切る気まんまんにしかみえないのですが、さすがにそれは考えすぎでしょう。

 それよりも裏切るといえば、直家の一応主君である浦上宗景は、勢力を伸ばす直家をついに切り捨てることを決定。以前から腹黒いところは見せていましたし、意外ではありませんが――当時の勢力図を見ると、浦上領と宇喜多領が面積上は同じくらいで、いやこれは宗景でなくとも危機感を覚えるでしょう。というか、いかにも黒幕っぽい大物感を出してる場合ではないのでは……

 ついにお福と婚礼を挙げて幸せ一杯であっても、もちろんその動きに気付かぬ直家ではなく、それどころか彼の目は備前の外に向かいます。そこに現れるは、毛利、尼子、そして織田――と、新たなる強豪たちが登場し、ほとんど第一部完というノリで続きます。


『カムヤライド』(久正人)
 己の命を擲って海と一体化し、マイナス1.0な感じで海上のヤマトタケルたちに迫る天津神フトタマ。オトタチバナ・メタルは自重を考えずに突撃して豪快に沈み、モンコはある意味緊縛要員で行動不能、残るヒーローはヤマトタケルの神薙剣だけという状況です。
 次々とフォームチェンジを繰り返し、巨大なフトタママイナス1.0を撹乱しにかかる神薙剣ですが、パワーの源がニ=ギである彼は、地球の海の力を味方にしたフトタマに苦戦を強いられることに。そんな中、海に沈んだオトタチバナは……

 結果だけみれば神話通り、海に飛び込んだオトタチバナ。しかし彼女が自爆したのは、フトタマに奪われた(向こうにしてみれば元に戻した)ワカタケを取り戻すためですが、この状況下で彼女にできることはないのか。そしてそもそも吸収されたワカタケは既に存在を失っているのではないか――その答えが、今回描かれます。
 生まれも育ちも、姿形も力も全く異なるオトタチバナとワカタケ。しかしそんな二人をこれまで結びつけていたのは――その絆が二人を結びつける展開には、こちらもほう! と唸りたくなります。
(もっとも、今までオトタチバナの変身の技術・理屈が作中ではっきりと描かれていないこともあり、こういうことができるの? とちょっとすっきりしないところもありますが――いやもうこれはそういうものだと思うべきでしょう)

 本当にこれでいいの!? と思わなくもありませんが、ワカタケの神話上での位置づけを考えれば、これもある意味納得。さて、ここからの反撃は……


 次号は久々復活の『そば屋幻庵』が表紙&巻頭カラーで登場とのことです。

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2024.05.18

「コミック乱ツインズ」2024年6月号(その一)

 早くも号数の上で今年も半分過ぎたことになる「コミック乱ツインズ」誌、表紙は『鬼役』、巻頭カラーは『不便ですてきな江戸の町』。特別読み切りで『懊悩寺おつとめ日鑑』と『~江戸に遺る怪異譚~古怪蒐むる人』が掲載されています。今回も特に印象に残った作品を紹介します。

『前巷説百物語』(日高建夫&京極夏彦)
 前回番頭たちから通報のあった睦美屋で起きたという怪異。それを調べるために睦美屋を訪れた南町の同心・志方たちは――というわけで、今回は怪異の「正体」が描かれることになります。

 肉で満ちたという座敷の襖を無理やり開けてみた先にあったのは、恐ろしいほどに膨れ上がった女主人・おもとの変わり果てた姿と、同じ座敷の中で圧死していた亭主の音吉の亡骸。その場にやってきた学者の久瀬は、この怪異は「寝肥」だと述べて……
 というわけで、既に材料は提示されていただけに、読者にとっては何が起こったのかほぼわかっている今回の「怪異」ですが、改めて絵としてみてみると、その仕掛けも思わず納得させられてしまうインパクトがあります。

 この仕掛け、後の又市のそれとはまた異なる、『前巷説百物語』らしい荒削りさ乱暴さではあるのですが――それはさておき、その又市といえば、三十両の借金を背負ってしまい、最後の酒をヤケ気味に飲んでいる有様。そんな又市に一生懸命話しかけるおちかさんがいじらしくてカワイイのですが、それはさておきそこに現れたのは――
 そういえばまだこの人が出ていなかった、という大物登場で今月は幕。次回で「寝肥」編は完結でしょうか。


『江戸の不倫は死の香り』(山口譲司)
 読んだらだいたい厭な気分になるのについつい読んでしまう本作、今回は妻を亡くした初老の武士・今井が、牛天神参りの帰りに仇な女・おとはと出会ったことから始まる悲劇。
 人並みに色好みではあれど、これまで本作に登場した男たちのようなギラギラしたものは感じさせない(中途半端に落ち着いた感じがまた厭にリアル)今井は、勝ち気なおとはの積極的なアプローチに深間になるも、実はおとはには夫と子がいて……

 とくれば、なるほどこれで密通扱いで大変なことになるのだな、と思ったらここからが変化球。無事に想い想われ結ばれて、と思いきや――誰が悪いといえばそれは決まってはいるのですが、しかしもう少しどうにかならなかったのか、と暗い気持ちになります(いつも)。
 冒頭と非常に厭な形で対になる結末も印象に残るのですが――天保10年の設定であれば、5月にしておけば、ラストで河鍋周三郎少年が……(やめなさい)


『ビジャの女王』(森秀樹)
 今回も続くビジャと蒙古軍との総力戦――蒙古の最後の攻城塔がビジャの城壁にのめり込みながら倒れたことで、図らずも橋になってしまった状況で、必死に水際で蒙古兵を食い止めるビジャの兵ですが、ついに三人の蒙古兵がオッド姫に迫ります。

 これまで城壁に一人立ち、督戦していたオッド姫。ビジャの城壁に守られていた状況、そして一兵も無駄にできない総力戦という状況では、彼女を守る兵はなく、もはやその運命は風前の灯……
 というところで、この先どうなるかは伏せますが、また色々な意味で大胆だなこの人、という気持ちになる展開が待ち受けます。そして滅茶苦茶信頼されているな、とも。

 まだまだ戦況はわかりませんが、ここでちょっと気になるのは、ビジャに突入した蒙古兵の中にいたムスリムの少年の存在。ナレーションによれば、次に登場するのはずっと先ながら、やがて大きな事を成すというのですが――このパターンは主人公側に碌な事がなさそうで不安になります。


 残りの作品はまた次回に。


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