入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)



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2020.10.25

山村東『猫奧』第1巻 猫あるあると、ちょっぴりリアルな大奥の姿と

 猫というのは犬以上に漫画の題材になりやすいのか、時代ものに限ったとしても猫漫画は相当数が存在します。そこに新たに加わったのが本作――天保期の江戸城大奥を舞台に、大奥に生きる女性たちの姿と、猫あるあるが見事に噛み合った快作です。

 数多くの女性たちが暮らす江戸城大奥――その大部分を占める大奥女中たちの実質トップであり、大奥における老中ともいうべき御年寄の一人が、本作の主人公・滝山。
 生真面目で普段から険しい表情を崩さず、お役目第一の彼女は、猫を我が子のように可愛がる女性の多い大奥で「猫が好きではない人」として知られているのですが――しかし本当は彼女も大の猫好きなのであります。

 ちょっとした巡り合わせから猫を飼う機会に恵まれずに、いつの間にか周囲からは猫嫌いと思われ、しかし今更その評判を否定することもできない滝山。そんな彼女がいま気になっているのは、上臈御年寄・姉小路の飼い猫・吉野ちゃん。
 大奥で絶大な権力を持つ姉小路に飼われているにもかかわらず(それだから?)、江戸城中のあちこちを歩き回る吉野ちゃんは、何故か滝山の部屋にしばしば出入りしては我が物顔に振るまい、滝山の心をかき乱すのであります。

 さらにライバルの御年寄・花町の飼い猫・こはるちゃんまでも遊びに来て、猫愛と周囲の目の間に板挟みになった滝山の悩みは深まるばかりで……


 というわけで、毎回1話4-6ページの短編で構成された本作。分量的に毎回サラッと読めるのですが、とにかく猫の生態が自然で、その一挙手一投足にもわかるわかる! と頷いてしまうのであります。
 それに加えて、根が真面目なだけに頑張れば頑張るほど空回ってしまう滝山のキャラクターが愉快で、彼女と対極にあるマイペースの塊の猫たちに振り回される姿が、何ともおかしかったり共感したり――なのであります。
(私もなかなか猫を飼いたくても飼えなかっただけに、悶々たる気持ちはよくわかる……)

 というわけで基本的に猫の愛らしさと儘ならなさを楽しむギャグ漫画なのですが、しかしそれも、その背景となる大奥の姿がきっちりと描かれてこそ。
 そもそも「大奥」と言われると、どうしても「女の戦い!」「女だらけの不自然な世界!」という印象を全面に出す作品が多い印象がありますが、本作は極端に走らず、ある意味、大奥の――そしてそこに暮らす人々の――素の姿を自然に描いているのに好感が持てます。(楊洲周延の浮世絵で知られる大奥の釈迦もうでも、本作のようにフィクションの題材となるのは珍しいのではないでしょうか)

 その一方で、人間よりもよほど良いものを食べている猫ちゃんたちの食費や、上役の歓心を得るために猫の子を譲り受けようとする女中たちの姿など、時折フッと生々しい題材が描かれるのも、また面白いところであります。

 実は本作の主人公である滝山(瀧山)や、上臈御年寄の姉小路、果ては花町や滝山の侍女の仲野・ませの二人(あと、ちらっと登場した滝山の弟も)実在の人物。もちろん作中の彼女たちは本作なりにアレンジされているはずですし、実際の彼女たちが猫に目尻を下げていただけではないことも言うまでもありません。
 しかし、そんな過去に確かに存在した彼女たちの世界と、現代の我々の世界が、猫を通じてつながり合うというのは、これは大いに楽しいことではないかと感じます。

 これからも、たっぷりの猫あるあると、ちょっぴりリアルでシビアな大奥の姿とを、期待したいと思います。
作者インタビューを拝見したところでは、時代もの的にも大いに信頼できそうな方なので……)


『猫奧』第1巻(山村東 講談社モーニングKC) Amazon

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2020.10.24

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第5巻 「領主」新九郎、世の理不尽の前に立つ

 後の北条早雲、伊勢新九郎が室町の渾沌の中で奮闘する『新九郎、奔る!』の最新巻では、荏原編がいよいよ佳境。慣れぬ地で思わぬ窮地に陥った新九郎の姿が描かれることになります。一方、京では新九郎の父の周囲でも激震が走り、いよいよ新九郎の明日は渾沌とした状況に……

 応仁の乱が地方に飛び火していた頃、父の名代として領地の東荏原に向かった新九郎。しかしいざ到着してみれば、伯父の領地である西荏原との境界や経理が曖昧な上に、父が京の政治にかまけっきりだったために領民から領主と認識されていないという、何とも困った状況にあったのであります。
 それでも持ち前の真面目さと几帳面さで領地経営に取り組む新九郎ですが、そんな彼の行動を煙たがる、新九郎の従兄弟にして西荏原の名代・伊勢九郎盛頼と、伯父にして荏原政所長官の珠厳は、新九郎を「落馬」させるべく企みを進め……


 というわけで、いきなり苦闘続きの新九郎の領地経営。西荏原の面々だけでなく、領民からも軽く見られ、味方となるのは京から連れてきた同年代の腹心たちのみ――と、大人でも胃が痛くなる状況ですが、新九郎はわずか16歳であります。
 もちろんこの時代には元服を済ませた立派な大人の年齢ではありますが、しかしそれにしても――いかに応仁の乱のただ中で京の政治の複雑怪奇な様を目の当たりにしていたとはいえ、そしておそらくはこの時代の地方の一般的な状況とはいえ、やはり一足飛びに大変な状況に巻き込まれてしまったとしか言いようがありません。

 そしてこの巻の冒頭で描かれるのは、新九郎を「落馬」させようとする企み。「落馬」といってももちろん字義通りではなく一種の隠語――要するに彼を力づくで取り除く、つまりはコロコロしてしまおうという物騒な企てであります。
 もちろん新九郎もただ座しているわけではありませんが、しかしいきなりの命の危険にその場は大混乱。果たして新九郎の運命は――というところで、事態は全く意外な展開を迎えることになります。


 結局、最初から最後までほとんど蚊帳の外で、経験豊かかつ悪知恵の回る大人相手に振り回される形となった新九郎。それでも何とか窮地をくぐり抜け、恋の予感(?)などもあったりして、少しずつ成長していくのですが――しかしこの巻の後半では、そんな状況を一気に危うくしかねない事態が発生することになります。

 というのも、新九郎の伯父にあたる伊勢伊勢守貞親が、義政を隠居させてその子・春王(後の足利義尚)を将軍位に就けようとした企てが露見し、政所の職を解かれた末に京より遁走。そしてその懐刀として裏工作に従事していた新九郎の父・盛定も無役にになってしまったのですから……
 冷静に考えるとこの二人、本作の物語当初も似たような形で都落ちしたような気がしますが――しかしその時は次代の将軍候補を巡る政争に敗れた末の都落ちであったものが、今回は当代の将軍を引きずり降ろそうとしていたのですから、今回は流石に復権は難しいでしょう。

 しかも貞親は義政の育ての親とも言うべき存在であるのに対し、盛定は言うなれば貞親の単なる部下。この修羅場において全く思わぬ形で描かれた義政と貞親の結びつきには思わずホロリとくるのですが、しかし盛定に対しては全く容赦ないところが、やはり義政の義政たる所以と、天を仰ぎたくもなります。
 読者ですらそうなのですから、そんな親世代の勝手な陰謀合戦の、そして相変わらず気まぐれで気分屋な義政の割りを食う羽目になった新九郎こそいい面の皮でしょう。

 しかしそんな前半とは別の意味での大きな窮地の中でも、新九郎が領地経営をより良くするための新たな仕組み作りに臨む姿は、後の彼――北条早雲が領地経営に長けていたと伝えられることを考えれば、ニヤリとさせられるものがあります。
 もっとも、あくまでもそれは、彼が大人の世界に対してほんの一矢報いたのみに過ぎません。それも「虎」に対しては到底及ぶべくもない一矢を……

 果たして新九郎が世界の理不尽に対して真に対抗し得る時はいつ来るのか。この巻のラストではまたもや大変な事態が勃発し、まだまだ新九郎の向かう先は闇深いようです。


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2020.10.23

『啄木鳥探偵處』 第十二首「蒼空」

 探偵處設立のきっかけとなった星野達吉殺しに始まる殺人事件と告発状を巡る事件の連続。その陰に潜む告発者Xを追う啄木は、教会から出てきた成瀬という男に目を付け、一計を案じて誘き寄せる。そして翌朝、ただ一人、告発者Xと対峙する啄木。果たしてその正体とは、そして啄木の選択は……

 第1話で描かれた星野達吉殺しのように、殺人事件の被害者が巨悪を告発する告発状を残しており、それによって悪事の存在が明るみに出るという事件――冒頭で啄木が語るところによれば、これまで実に13件もの同様のケースがあったこれらは、単純な殺人事件ではなく、殺人を装った自殺、あるいは実質的な自殺(結果的に殺人に繋がることを覚悟しての行動)であり、告発を行うこと自体が目的であった――そしてその背後に存在する、告発を教唆したいわば告発者Xとの対決が、今回描かれることになります。
 ミステリアニメの最終回で、物語全編を貫いてきた縦糸である事件の謎が明かされるというのはある意味王道ですが、このように犯罪とはいえない犯罪、犯罪者とはいえないない犯罪者というのは実に面白い設定で、警察権力ではない私立探偵が挑むに、まことに相応しい相手とも言えるでしょう。

 そして啄木は、この告発者Xを暴くため、怪しいと目を付けた――アバンタイトルでこれまでの告発者たちが登場する中、いかにも怪しく振る舞っていた、そしてビジュアルもちょっと怪しい――成瀬なる男を、牛鍋屋で開いた京助の誕生会に招き寄せることになります(普通に考えるとかなり無茶なやり方なのですが、まあこの時代の文士、というか啄木だしなあ――で済むのがちょっと面白い)。そして皆が酔い潰れた中抜け出した啄木は、告発者Xと対峙するのですが……

 この告発者Xの正体、いわば真犯人の正体はここでは明記しませんが、意外と言えば意外であり、すぐ予想がつくといえばすぐ予想がつくという人物。要するに、消去法で考えるとまあこの人物しかいない(今回用意されたミスリーディングは、正直ミスリーディングにもなっていない)のですが、さてミステリとしてそれを示す伏線があったかと言えば、ほとんどゼロに近い――という存在であります。
(実際、啄木もほとんど偶然に近い発見から告発者Xに辿り着いているわけで……)

 もちろん、告発者Xがそれぞれの告発者をどのように見つけていたか、そしてどのように教唆していたかのシステム自体はなかなか面白いのですが――正直なところ、その過去も含めて、いきなりそういうことを言われてもなあ、という想いは否めません。
 年齢についてもちょっと若過ぎではという印象で、その年齢で(直接犯行を行ったわけではないにせよ)これだけのことができるか――という違和感が先立ち、また自身が仄めかすこれまでの辛い半生も、説得力が薄いというほかありません。

 もっとも、「自分の命に意味を持たせるため」「社会に役立つ存在になるため」に、死と隣り合わせの告発に走った/人を走らせた者たちと対峙するのが、こうした「世のため人のための」想いとは対極にあるような、そして「何の役に立つかわからない」文学者であるという構図自体は実に良かったと思います。
 啄木も、一度はまさにその告発者の一人であった環と接することで、そうした想いを抱いたのであり、そして結局はそれに挫折しただけに……

 この点は、原作で希薄だった(意外性という点以外で)啄木が私立探偵となる意味・必然性に対する一つの答えとして、大いに評価できると感じます。
 それだけに、物語全編を通じて、もう少しこの構図がはっきり見えてくるような構成にして欲しかった、という印象は強くあります。さすがに全編告発者ネタで通すのは不可能にしても……


 というわけで、最終回というのに少々厳しい反応で恐縮なのですが、内容に対して途中で感じた幾度か違和感や不満点は最後まで拭われなかった――というのが、本作の全編を通じての正直な印象であります。
 特に、原作自体わずか五話しかなく、オリジナルで埋める必要があった――といっても、私は今どき珍しいオリジナル大歓迎派ではあるのですが――とはいえ、やはり江戸川乱歩オマージュを何度もやっている場合ではなかったのではないか、という点は強く感じます。

 同じオリジナルであっても――原作の啄木と京助の関係性を延長した先にあるような――若き文学者たちのわちゃわちゃする姿はなかなか楽しく、また啄木の結構容赦ないヒューマンダストぶりも、ある意味痛快ですらあったのですが、しかしミステリアニメ、それも原作付きの作品としてはどうだったか? そんな気持ちが後に残ってしまう作品でありました。

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 『啄木鳥探偵處』 第十一首「逢魔が刻」

 「啄木鳥探偵處」 探偵啄木、浅草を往く

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2020.10.22

『半妖の夜叉姫』 第3話「夢の胡蝶」

 時代樹を通じて現代に現れた三つ目上臈とせつな、もろは。生き別れのせつなとの再会を喜ぶとわは、協力する形で三つ目上臈を倒すが、しかしせつなには姉の記憶はなかった。そこに飛頭根に取り憑かれ、せつなに襲いかかるとわ。さらに飛頭根はとわから妹の芽衣に乗り換えるが、とわは芽衣を庇い……

 前回ラストでついに巡り会うこととなったとわ・せつな・もろはの三人。さらに日暮家の面々も登場して、この第3話では色々な意味で賑やかかつ懐かしさが漂う展開が繰り広げられることとなります。

 今回冒頭から描かれるのは、三人娘――というよりとわ&せつなと三つ目上臈との戦い。不良との悶着が終わったかと思えば、ご神木から団子状態の妖怪とせつな&もろはが飛び出してくるというとんでもない状況ですが――現代での妹である芽衣がピンチとなり、さらに生き別れだった戦国での妹であるせつなまで現れて俄然テンションの上がった(?)とはは、折られた菊十文字の刃を妖気で補い、せつなとともにあっさりと三つ目上臈を倒すこととなります。

 が、肝心のせつなは自分のことを全く覚えておらず、しかも父親譲りの剣呑な態度でとわに接してくる始末。部外者のもろはですら、妖気の匂いで二人が姉妹、しかも殺生丸の娘と見抜かれているのですが……(そのもろはも、自分の祖母である大ママから、かごめの子ではないかと見抜かれたわけですが)。
 さて当のせつなは、自分は剛臆の試し、つまりは獅子は我が子を千尋の谷に云々――というやつで、親から捨てられたと思っているようですが、殺生丸の場合本当にやりかねないので困ります。ちなみにとわとせつなは赤子の頃に楓の村(ということは母親はやはり――?)から殺生丸の手で連れ出されたということのようですが、前回のとわの回想には殺生丸がいなかったのは、はたして……

 このせつなの素性、どうやら楓も琥珀も気付いていなかった模様ですが、赤子の頃にいなくなったとはいえ、一度は身近にいた子のことを忘れていたというのは、これは戦国時代人が人の生き死にに淡白なのか、それとも何か別の理由があるのか……
 何はともあれ、感動の再会となるはずがあわや刃傷沙汰になりかけていたとわとせつなは、戦国時代からその場に紛れ込んでいた妖怪・飛頭根(完璧に忘れていましたが、これも『犬夜叉』に登場組)にとわが取り憑かれたことでガチの戦いに発展。巻き添えになることを恐れたか、とわの体から抜け出した飛頭根が今度は芽衣に憑いたことで、事態は最悪の方向に転ぶかと思いきや――せつなの術によって皆眠らされ、その間に薬によって飛頭根も除去、ということで、まずは一見落着するのでした。

 そして何だかんだでとりあえず日暮家に転がり込むこととなったせつな&もろはですが、どちらも全く別の意味で周囲のことを気にしないためか、見知らぬ時代だろうが場所だろうがお構いなし。一方の日暮家も、かごめのあれこれがあっただけにこちらも全く動じず、ごく自然に受け入れているのが愉快なところであります。特に草太の奥さんで芽衣の実母である萌さんなど、日暮家の血を引いていないのに、全く平然と受け入れているのに驚かされますが……
(しかしえらく広いタワーマンションに住んでいる上に、国宝の刀まで家にある草太は何をやって暮らしているのか――まあ、実家が太いといえば太いのですが)

 さて、今回とわとせつなの姉妹が大暴れしている一方で、立ち回りはほとんど見せなかったもろはですが――全く別の形で強烈に存在感をアピールすることになります。というのも彼女はこの渾沌とした状況の中で的確な状況分析力や推理力、観察眼などを発揮――上に述べたとわたちの素性を見抜いただけでなく、せつなのちょっとした言葉から、彼女が夢と眠りを奪われた状態であること、さらに昔の記憶がないことも含め、「夢の胡蝶」によるものだと判じてみせるのですから驚かされます。(冒頭で、簡単に折れた菊十文字の刀身を一瞥してそれが偽物と断じたのにもびっくり)
 言動自体はかなり豪快で野生児めいたもろはですが、その一方でこのようにクレバーなところを見せるのは、両親の良いところばかり継いだような気がいたします。もっとも、その両親の姿が全く見当たらないのが心配なのですが、その辺りは次回辺りに見えてくるのでしょうか……


 なにはともあれ、妹の異常なよそよそしさの原因らしきものを知ったとわ。果たして彼女は妹のために如何なる行動を取るのか、そして再び戦国時代への扉は開くのか――というところで次回に続くことになります。が、次回予告で時代樹のもとに現れた幻影めいた姿は――桔梗!? ある意味、一番ややこしい人が出てきた気もしますが、さて……
 今のところ、『犬夜叉』の要素を十二分に活かしつつも新しい物語を展開しているだけに、次回も楽しみであります。


関連サイト
公式サイト

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『半妖の夜叉姫』 第2話「三匹の姫」

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2020.10.21

琥狗ハヤテ『ねこまた。』第6巻 仁兵衛とねこまたの過去・現在・そして未来

 江戸時代の京を舞台に、岡っ引きの好漢・ささめの仁兵衛親分と、彼にしか見えない不思議な存在「ねこまた」たちの日常を描いてきた四コマ漫画シリーズも、ついにこの巻で完結となります。仁兵衛の過去と今、これから――ねこまたと共に在る彼の物語も、一つの終わりを迎えることに……

 一軒に一匹憑いている、頭巾を被った何だか猫っぽい生き物(?)ねこまた。仁兵衛は、幼い頃の経験が元で、常人には見えないこのねこまたたちが見えるようになり、しかも自分に憑いた一匹、さらに家に居る四匹と暮らす岡っ引きであります。

 彼らと話している姿が独り言を言っているようにしか見えないことから「ささめ(つぶやき)」という渾名を頂戴している他は、偉ぶることも役目を笠に着ることなく、町を守ってくる存在として慕われている仁兵衛。
 そんな彼は、言うなれば「良い岡っ引き」というイメージそのままの存在という印象ですが、そんな彼も――作中でも言われているように、何となくこちらもそんな気分で見ていたのですが――もちろん最初から岡っ引きだったわけではありません


 そしてこの巻で登場するのは、仁兵衛を岡っ引きの世界に招いた、彼にとっては師匠とも「父」とも言うべき存在である蛟の親分。恐ろしげな名前に相応しい、ちょっと強面の親分ですが、しかし仁兵衛の師匠だけあって、やはり人情味溢れる男であります。

 本作では各巻にいくつか、四コマではなく短編で描かれるストーリー性の高いエピソードが収録されていますが、この巻での一つが、その蛟の親分と仁兵衛の出会い。
 今でこそ(ささめ以外は)ねこまたを見る力と折り合いを付けている仁兵衛ですが、若い頃は――というわけで、ある意味仁兵衛親分誕生秘話とも言うべきこのエピソードは、やはり本作らしく、時に仄暗くも温かい物語となっているのが印象に残ります。

 そしてもちろんこの巻では、ほかにも人情味に溢れた、そして微笑ましくも温かい仁兵衛と彼の周囲の町の人々、町のねこまたたちの日常が描かれるのですが――しかし、この巻の終盤では、そんな町とねこまたたちが、思わぬ、そしてあまりにも大きな危機を迎えることになります。

 その危機とは――ここでその詳しい内容は書きませんが、描かれてみれば、確かにこういう事もあり得るのだった! と、驚かされつつも、ある意味納得させられる展開。そしてこのために京という舞台だったのか!? というのは、ちょっと深読みしすぎかもしれませんが……
 いずれにせよ、これまでになかった規模の危機の中で描かれる仁兵衛とねこまた、人間たちのドラマは、これまで人と家と町に寄り添って描かれてきた物語の一つの総決算として――というにはあまりにも辛く、重い内容ではあるのですが――大いに胸打たれました。

 その一つの象徴ともいうべき、仁兵衛と蛟の親分の物語を見ればなおさらに……


 正直なところ、同じ作者の『アタリ』で描かれた仁兵衛とねこまたの姿が少々衝撃的であっただけに、こちらでも少々身構えてしまっていたのですが――あちらはあちらで一つの結末として、しかしここで描かれた、この『ねこまた。』という物語に相応しい、温かさと力強さと希望に溢れた、未来に開かれた結末には、大いに安心いたしました。

 そして、本書のあとがきで作者が語る、物語の外側から――物語の中におけるねこまたたちの正体は、『アタリ』で明かされてはいるのですが――彼らに込められた想いもまた実に心打たれるものであって、最後の最後までこの物語を読んできて良かった、と心から思った次第です。

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2020.10.20

高橋留美子『MAO』第6巻 深まりゆくなぞ そして五人目……?

 平安・大正・現代を結んで展開する怪奇/伝奇アクション漫画『MAO』の最新巻であります。失われた摩緒の過去と兄弟子たちとの因縁、そして摩緒の婚約者である紗那の存在。平安時代から900年の時を経て大正の世に繰り広げられる物語は、いよいよ謎を深めていくこととなります。

 呪禁道の家系として知られた御降家の宗家、すなわち師匠の娘・紗那の婿として選ばれながら、その実、残酷な後継者争いの贄として、木火土金水それぞれの術を操る五人の兄弟子の標的となる運命にあった摩緒。
 その直後に起きた猫鬼の一件によって師匠と紗那は命を落とし、摩緒も不死の呪いを受けたわけですが――どうしたことか、五人の兄弟子たちも、一種の不死者と化して、大正時代に摩緒と菜花の前に次々と姿を見せることになります。

 そのうち、百火と華紋は成り行きで摩緒と行動を共にするようになったものの、第三の兄弟子・水の術者である不知火は京から幾度となく摩緒たちを狙い、ついに東京に乗り込んでくることに。そしてその傍らには、紗那と瓜二つ(?)の女性・幽羅子の姿があるのでした。
 そして不知火に協力する金の術者の術によって、摩緒は捕らえられ……


 と、物語が進むにつれて、謎が謎呼ぶという表現が相応しい内容となってきた本作。この第6巻の中心となるのは、金の術者――すなわち第四の兄弟子・白眉の存在であります。

 日露戦争で重傷を負ったという触れ込みで素顔を奇怪な鉄面に隠した怪軍人・白州――奇怪な術で大量の人間を平然と殺める、軍部の始末屋というべき彼の正体こそは、やはりというべきか白眉その人。
 御降家の中でも特に師匠の信任厚く、数多くの呪詛を行っていたという白眉(ちなみに文字通りの外見なのがちょっと面白い)。やはり平安時代から不死者として生き続けている彼ですが、その因縁の相手が、何と百火というのが意外で面白いところであります。

 というのも、一番最初の兄弟子として登場しながらも、威勢の良さと喧嘩っ早さとは裏腹の、妙に抜けたところのあるキャラクターとして描かれてきた百火。作者の作品には大抵彼のようなキャラがいるような気がしますが――どうしてもコメディリリーフ的な役回りで、明らかに菜花にも舐められていたその彼が、意外な活躍を!

 という表現はいささか失礼ではありますが、ここでの彼の活躍は火の術者としての面目躍如たるものがあり――そして何よりも、兄弟子同士の戦いにおける、重要なルールがここで示されることになります。果たしてそれがこの先如何なる意味を持つことになるか、それはまだわかりませんが……


 そして――その百火や菜花たちが、摩緒の代わりに妖怪医として奮闘するコミカルなエピソードを挟み、この巻のラストには、「土」を用いる謎の術者が登場。
 さらに不知火や白眉との対決の行方、そして死んだはずの紗那生存(?)の真実と彼女に課せられた役割、猫鬼誕生の秘密に至るまで、いまだ明かされぬ謎は数多い――というよりも、謎は解けるどころか、次々と増えていっている状況にあります。

 もちろんこれは伝奇ものとしては大いに理想的な状況というべきもの。この先の展開も、大いに気になることは言うまでもないのであります。


 それにしても、作中の「この家の存在を快く思わない表の陰陽師」という言葉を見るに、今後展開によっては、御降家以外の陰陽師も絡んでくることもあるのでは――と、こちらも少し期待してしまうところなのです。

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