入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)



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2019.12.15

森野きこり『妖怪の子預かります』第2巻 まだまだ読みたい漫画版完結


 第1巻と同様、ほぼ時を同じくして原作最新巻が刊行された廣島玲子の『妖怪の子預かります』、その第1作の漫画版である本作も、この第2巻で完結。思わぬことから妖怪の子預かり屋を勤めることになった弥助の過去の因縁が、ついに描かれることとなります。

 盲目の美青年・千弥と暮らす少年・弥助。過去の記憶を持たず、千弥以外の人間とはろくに口も利けないほど引っ込み思案の彼は、ふとしたことから妖怪・うぶめの棲み家である石を壊してしまうのでした。
 その罰として妖怪奉行所の奉行・月夜公から、うぶめに代わり、妖怪の子預かり屋となることを命じられた弥助。かくて夜な夜な現れる奇怪な妖怪たちの子供に悪戦苦闘することとなった彼は、何故か助っ人を買って出た女性妖怪・玉雪の助けもあって、妖怪の子預かり屋としての日々を送るのですが……


 というわけで、何とも奇怪な運命に巻き込まれてしまった弥助。子供が(知らぬこととはいえ)妖怪を怒らせたために恐ろしい罰を与えられる――というのは洋の東西を問わず存在する物語類型かと思いますが、しかしその中でもこれほど奇妙な罰もないでしょう。
 この漫画版では、その奇妙な罰の奇妙たる所以――預けられる妖怪の子供たちの姿を、時にユーモラスに、時に恐ろしく描いてきました。

 そしてそれはもちろん、この第2巻に入っても変わることはありません。酒に目がない酒鬼の子、あの月夜公の甥・津弓、そして伝説の妖鳥の子だという雛の君――どれも個性的なのですが(特に原作ではレギュラーとなる津弓は、期待通りの可愛らしさ)、その中でも雛の君との出会いが、弥助の運命を大きく動かすことになります。

 そもそも通常のルート(?)とは異なり、傷だらけの妖怪から卵を託されたことで弥助のもとにやってきた雛の君。妖怪を食らうという恐るべき妖怪・冥波巳に狙われている彼女が、成長して力をつけるまで守る羽目になった弥助ですが――それが彼の、そして彼の周囲のある人物に関わってくることに……


 ここから先は本作の核心に触れる展開なので詳細は伏せますが、弥助の秘められた過去と千弥との出会い、そしてついに姿を現した冥波巳との対峙――と物語的に大いに盛り上がるクライマックスを、この漫画版は巧みにビジュアル化しています。
 特に冥波巳のおぞましい姿は、このために森野きこりを起用したのではないか――と思ってしまうほどであります。
(ただ、弥助が初めて○○を上げるシーンは、原作と読み比べてみると、もっとテンションを上げて良かったのではないかな、という気も)

 一方、原作ではそこまで強い印象はなかったのですが、この場面の前、千弥と久蔵が酒を酌み交わすシーン――そしてそこで語られる久蔵と千弥、そして弥助が初めて出会うくだりは、ビジュアルがついてみるとなかなか印象的に感じられたところであります。
 特にちょっとホラーが入ったかつての千弥の行動など印象的で、これは嬉しい驚きだったのですが――この辺りはやはり、第1巻の紹介でも強調したとおり、森野きこりによる違和感ゼロのビジュアルによるところが大と言うほかありません。


 さて、これでこの漫画版は完結とのことですが、やはり漫画化が原作1巻までというのはあまりにもったいない。あの美しくも恐ろしい妖怪の姫君たちや、千弥とあいつの感情が重すぎる過去、そしておぞましく歪みを抱えた妖怪たちなど、まだまだ描いてほしいキャラクターや場面は数多くあるのですから……
 まだまだ漫画で(も)この微笑ましくも恐ろしい、暖かくもヒヤリとさせられる世界を見てみていたい――そんな気持ちにさせられた漫画版であります。


『妖怪の子預かります』第2巻(森野きこり&廣嶋玲子 マッグガーデンBLADE COMICS) Amazon
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 廣嶋玲子『妖怪の子預かります』 「純粋な」妖怪たちとの絆の先に
 廣嶋玲子『妖怪の子預かります 2 うそつきの娘』 地獄の中の出会いと別れ
 廣嶋玲子『妖怪の子預かります 3 妖たちの四季』 大き過ぎる想いが生み出すもの
 廣嶋玲子『妖怪の子預かります 4 半妖の子』 家族という存在の中の苦しみと救い
 廣嶋玲子『妖怪の子預かります 5 妖怪姫、婿をとる』 新たな子預かり屋(?)愛のために大奮闘!
 廣嶋玲子『妖怪の子預かります 6 猫の姫、狩りをする』 恐ろしくも美しき妖猫姫の活躍
 廣嶋玲子『妖怪の子預かります 7 妖怪奉行所の多忙な毎日』 少年たちが見た(妖怪の)大人の世界?
 廣嶋玲子『妖怪の子預かります 8 弥助、命を狙われる』 逆襲の女妖、そして千弥の選択の行方

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2019.12.14

星野之宣『海帝』第4巻 鄭和の旅を左右するもう一つの過去


 明代、驚異的な規模の航海を成し遂げた鄭和の冒険を描く海洋ロマンの第4巻で描かれるのは、鄭和が宦官となった過去の物語と、そして現在に戻ってのスマトラを舞台とした海賊との一大攻防戦であります。そしてその中で起きた出来事から、鄭和のもう一つの過去の物語が語られることに……

 永楽帝の命により、海の向こうの国々を訪ねる巨大船団の長となった鄭和。爪哇(ジャワ)で中国と回教徒、すり寄ってきた双方の
商人をはねのけ、彼らの罠をくぐり抜けた鄭和ですが、その最中で語られたのは、彼が棄教者だという事実でありました。

 回教徒の村に生まれながらも、燕王――若き日の永楽帝に父を殺された上、男であることを奪われた鄭和――馬和。さらに北方の戦場に送り込まれた彼は、血で血を洗う戦場の中で、命を救うことの意味を知ることになります。そして馬和の身命を賭した行いは、ついに非情に見えた燕王の心をも動かし、馬和は燕王の腹心となって……

 本作においては冒頭からその暴君ぶりが描かれながらも、鄭和との間に不思議な絆の存在が窺われた永楽帝。この鄭和の――馬和の過去の物語は、同時に馬和と燕王の物語でもあります。
 馬和にとっては父を、己の未来を奪った不倶戴天の敵とも言うべき燕王。しかし、本作で一貫して描かれてきた馬和の、命を救うためであれば己の命を賭けるという姿は、ついに燕王の心すらも動かすことになるのです。

 思えば、王子でありながらも(本人からすれば理不尽な理由で)父から疎まれ、辺境に追いやられていわば使い捨ての駒とされた燕王。それが、同じく使い捨てとしか見ていなかった馬和の姿に心を、魂を救われる――その不思議な共感の姿には、いかにも猜疑心の強い暴君然とした姿の燕王だけに、強い感動があります。


 そして物語は「現在」に戻り、蘇門答剌にさしかかる鄭和の船団。しかし豊富な水に囲まれ、舟とともに生きる蘇門答剌の人々の中には、それを略奪の手段とする者たち――海賊も多く含まれていたのであります。

 そしてここで鄭和を待ち受けるのは、中国人の大海賊・陳祖義と、彼と結んで執念深く鄭和を狙うイスラム商人たち。
 地元の商人たちを脅して仕掛けてきた罠を見破った鄭和ですが、これに対して「威信は示すもの」と、あえて罠にはまったふりをして、真っ正面から海賊たちとの激突を選ぶことになります。

 かくて展開するのは、鄭和の巨大艦隊と、海から小舟で奇襲を仕掛ける海賊たちとの、本作始まって以来の規模で展開する大海戦。
 真っ正面からぶつかり合えば、どう考えても鄭和側有利と思えるこの戦いですが、しかし相手は剽悍な海賊たち。しかもこの地は彼らのホームグラウンドであります。こんな手段がありなのか、という意外な手段で襲いかかる敵に、鄭和の打つ手は……

 と、個対個の戦いに留まらない、集団戦の面白さが存分に描かれるこの海戦。しかしその最中に、思わぬ強敵が鄭和自身を襲うことになります。
 そして、辛うじてこの戦いに勝ったものの、新たな危機の火種を抱えることとなった鄭和。そしてついに、彼は己の近くに存在する、恐るべき敵の存在を知ることになるのですが――そこから、更なる鄭和の過去の物語が始まるのであります。

 本作で鄭和が抱える巨大な秘密であり、そして本作最大のフィクション――永楽帝に滅ぼされたはずの先帝・建文帝とその娘を、鄭和が密かに匿い、この艦隊で海の向こうに逃がそうとしているという「事実」。
 しかしそもそも永楽帝に仕えてきた鄭和にとって、建文帝はいわば敵であったはず。そして如何に人の命を救うことに命を賭ける鄭和であったとしても、先帝は背負うに大きすぎる存在と言えるでしょう。それなのに、何故鄭和は建文帝と娘を救おうとするのか……


 この巻が、過去と過去に現在が挟まれる形の構成となったのは――言い換えれば、過去の物語のために現在の旅があまり進んでいないのは――どうかなと思うところもありますが、しかし先に述べたとおり、この過去は、本作最大の仕掛けに繋がるものであり、そして現在にも大きな影響を及ぼしているのであります。
 果たしてその過去がどのように現在に繋がるのか――もう一つの過去の物語は、まだ始まったばかりであります。


『海帝』第4巻(星野之宣 小学館ビッグコミックススペシャル) Amazon
海帝 (4) (ビッグコミックススペシャル)


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 星野之宣『海帝』第2巻 海に命を賭ける者「たち」の旅立ち
 星野之宣『海帝』第3巻 鄭和という不屈の「男」の素顔

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2019.12.13

『無限の住人-IMMORTAL-』 十幕「獣 けもの」

 凜の後を追おうとする万次は、町で偶然出会った宗理から手形を与える条件に凶の人探しを手伝うよう求められるが、その相手こそは尸良だった。一方、尸良は百琳と真理路の居場所を逸刀流に売り、手形を手に入れていた。逸刀流に捕らえられ、凄惨な暴行を加えられる百琳。その行方を追う偽一だが……

 『無限の住人』でもトップ3に入る――というかダントツに見ていて気が重いエピソードである百琳受難。相変わらずヒューマンダスト界でも上位(下位?)に属する尸良によって逸刀流に売られ――尸良はそれによって手形を手に入れるというのがさらにクズ度が高い――凄惨な拷問と陵辱を受ける百琳の姿が、今回描かれることとなります。

 といってもこの辺り、原作に比べるとかなりマイルドになった――というかかなり描写が省略された――印象で、直接的な描写は唐辛子塗った釘だったのには救われた(?)気分であります(原作で一番厭な気分になった台詞もカットされていたようですし)。とはいえ、間接的には非常にイヤな気分になる描写はさりげなくあったわけですが……
 しかし比較的あっさり目の描写だっただけに、偽一が助けに来た時の安堵感というものが薄かったなあ――と思ってしまうのも正直なところで、これは本当に百琳に対して申し訳ないと思います。

 申し訳ないといえば、これまでリアリティレベルが低い低いと思っていた百琳の金髪の理由も今回描かれるのですが、こちらもあまりに凄惨なその内容に、今まで失礼なことを思って申し訳ありませんでした、という気持ちに。
 そして自分を捕らえていた逸刀流最後の一人に復仇の一太刀を浴びせ、その血しぶきが自分の過去に重なっていくというのは、無惨な描写ではありますが、しかしいかにも本作らしい外連味と言うべきでしょうか。

 しかし何度見ても霞江斎の狂人ぶりは異常ですが……(天津の祖父と話が合いそうであります)


 さて、今回凜の方は食べ物に困って妙に大きなザリガニを食べてたり、万次の方は町で出会った宗理から何だかんだで手形をもらえることになったりと、出番はかなり少なかったのですが――あれ、原作ではもっと苦労していたようなと思ったら、万次が手形を奪うために百琳たちとともに逸刀流の坊主・ジョンレノン・ターバンと戦うエピソードが省略されていたのでした。この辺りは結局徒労に終わる展開だったので省略しても別に良かったように思いますが、結果として万次の出番が減ったのは、これはこれで痛し痒しだったか、とは思います。(ただし、凜を煽ったことが引っかかって万次を助ける百琳、という展開がなくなったのは残念……)

 にしても、前々回にタイトルに掲げられておきながら、早くもまともに戦えるのが偽一一人になった無骸流よ……


 そして今回、ある意味一番衝撃だったのは、絵コンテが福田己津央だったことでしょうか。ずいぶん久しぶりに名前を拝見した印象で、個人的にはかなり意外な登板であります。


『無限の住人-IMMORTAL-』(Amazon prime video) Amazon

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 『無限の住人-IMMORTAL-』 五幕「蟲の唄 むしのうた」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 六幕「羽根 はね」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 七幕「凶影 きょうえい」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 八幕「無骸流 むがいりゅう」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 九幕「群 むら」

 無限の住人

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2019.12.12

響ワタル『琉球のユウナ』第4巻 もう一人の祝女、もう一人のユウナ

 古琉球時代を舞台に描かれる、霊力を持つ朱色の髪の少女・ユウナと若き日の尚真王・真加戸の物語も、順調に巻を重ねて第4巻。互いに惹かれ合いながらもなかなか縮まらないどころか様々な障害続きの二人ですが、それでもユウナは真加戸のため、失われた伝説の勾玉の求める冒険に出ることに……

 生まれついての不思議な力のために周囲に忌避されてきたユウナと、叔父から奪った形となった王位を孤独に守ってきた真加戸。互いの欠落を補い合う二人は、その絆をいよいよ強めていたのですが――そこに現れたのは、かつて真加戸の父によって滅ぼされた第一尚氏の生き残り・ティダでありました。

 復讐のため、ことあるごとに真加戸の前に立ちふさがるティダと何度も対峙することとなるユウナ。さらに(?)真加戸の従姉であり許嫁である居仁まで現れ、ユウナと真加戸の周囲はいよいよ波乱含みに……


 というわけで、前王家の末裔に許嫁にと、真加戸とユウナそれぞれに大変な相手が登場することとなった本作。
 もっとも居仁の方は許嫁の立場を迷惑がっている上に、ちょっと特殊な(ある意味お約束の)趣味だったこともあって、意外とあっさりと問題は解決するのですが――しかしティダの方は、そうそう簡単に解決するものではありません。

 折しも琉球の聖地・琉球開闢七御嶽で異変が起きる中、第一尚氏の秘宝であり、今は失われた七つの太陽の依り代の勾玉をティダが取り戻そうとしていると知ったユウナ。
 彼女は、真加戸のために勾玉を追いかけようとするのですが――しかし真加戸が、想う相手をみすみす危険な場所に向かわはずもないのであります。

 それでも懸命な想いでそれを乗り越え、ついにユウナは王家の祝女(ノロ)に任命されたユウナは、周囲の嫉妬と蔑視にもめげることなく、ついに七御嶽の一つ、安須森御嶽の調査を許されることになるのですが……


 さて、分量的にはここまででこの巻の三分の二(3話収録の2話分)となるのですが、しかし個人的にはこの先の物語は、内容的にはその分量以上にはるかに大きなウェイトを占めるものとして感じられます。
 何故なら、ここでユウナが出会うのはもう一人の彼女ともいうべき存在なのですから。

 そもそもユウナが向かった安須森御嶽があるのは、琉球の北部、かつて北山国と呼ばれた地域。琉球の中でも紛争・内乱が相次いだこの北山国を滅ぼした第一尚氏はこの地を治めるため北山看守という役職を配置――そしてティダの先祖こそが、その役目を務めていたのであります。
 そして到着早々マジムンに襲われたユウナが出会ったのは、この北山地域の祝女を束ねる阿応理屋恵である真鶴。強い霊力を持ちながら、それ故にこの地に縛られた存在であり、そしてそれ故に己の心を閉ざしていた――真鶴はそんな少女であります。

 生まれついての霊力故に、周囲からその力を利用され、普通の生き方を望んでも得ることが許されない――その点において、ユウナと真鶴はまさに近しい存在と言えます。
 そしてそんな互いのことを知った二人は(コミュ障気味同士)たちまち意気投合するのですが――しかしそれでも、二人の間には決定的な違いがあります。

 それは言うまでもなく、二人が拠って立つものの違い――第二尚氏の王である真加戸のために行動するユウナと、第一尚氏の流れを汲む巫女である真鶴と、その立場はあまりに大きく異なります。
 そして何よりも、ユウナには真加戸がいるのに対して、真鶴には自分に勇気という力を与えてくれる相手が(今は)いないことも。

 そんな二人の違いは、やはり聖地に勾玉を求めてやってきたティダの存在により、よりはっきりと示されることになるのですが……


 古琉球という、我々の多くにとっては馴染みの薄い、それだけに新鮮で魅力的な世界の歴史を描く物語(上で触れた北山国なども非常に興味深いところであります)であると同時に、等身大の少女の成長物語でもある点が、大きな魅力である本作。

 今回登場した真鶴は、そんな物語の主人公であるユウナと好一対――大変申し訳ない表現ですが――彼女のネガとも言うべき存在であります。
 そんなもう一人の自分を通して、ユウナは何を見るのか、感じるのか。そしてもう一人の自分を救うことができるのか……

 何だか明らかにマズい感じのことを言い出したティダとの関係も含めて、先の展開が気になるところであります。


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2019.12.11

幹本ヤエ『十十虫は夢を見る』第8-10巻 二つの爆弾が見せてくれた素晴らしい「夢」

 喫茶店「十十虫」を舞台に、人の夢に現れては「お告げ」をする壱高生・高月英兒と、店の怪力ウェイトレス・叶美和子が繰り広げてきた物語もついに完結。ついに自分たちの気持ちに気づいた二人の選ぶ道は、そして高月の「お告げ」の正体とは。いま、驚愕の真実が描かれます。

 これまで悩める人に夢の中で「お告げ」をしてきた(しかし自分自身はそのことを全く知らない)英兒と、その「お告げ」が引き起こした騒動解決のため、彼とともに奔走してきた美和子と――はじめはケンカ友達のような関係だった二人も、様々な事件を経て、互いに抱く気持ちに気付くことになります。
 そしてそんな状況の二人が密かに向かう先は――浅草の支那そば屋。しかしそこに割って入るのは、英兒を溺愛し、美和子は彼に相応しくないと敵視する兄の瑛一に雇われた八研調査會の若手所員・葉室。果たして英兒と美和子は妨害を乗り越え、二人っきりで支那そばを食べることができるのか?


 ……などと、そんな何とも脱力かつ微笑ましい展開を迎える二人。しかし現代人の目から見れば普通の食べ物であっても、この昭和初期では不良の食べ物だったというラーメンを二人で食べるというのは、なるほど彼らにとっては大冒険でしょう。
 そしてこの試練(?)をクリアして、また一歩距離を縮める――というか思い切り縮めようとして英兒が超自爆するのがまた微笑ましい――二人ですが、しかしその先行きは前途多難であります。

 壱高祭にはかつて英兒のお告げに救われた――そして密かに彼を慕っている女優の志づ乃が現れ、そして十十虫の店長のかつての恋人の死の謎を追う英兒と美和子の前には瑛一が選んだ花嫁候補が現れと、美和子も心中穏やかではないのですが……
 というわけで、終盤に至り、一気にクローズアップされる二人の恋。そのためか、英兒のお告げの要素は――すなわちミステリとしての要素は、だいぶ控えめになった印象があります。

 そんな中でも、美和子と津吹が探偵役を務める「銀座三丁目小夜曲」――銀座の裏名物・松屋颪(松屋のビル風)によって女性の衣服がまくれあがってしまうスポットで、盗撮する男と盗撮されたがる女という、いささか乱歩的な変態心理の交錯などは実に面白いのですが、やはり少々寂しいところではあります。
(が、実はこのエピソードには本作最大の仕掛けが……)


 しかし、物語も最後の最後まで来て、このお告げにまつわるとんでもない爆弾が炸裂することになります。
 そもそも人の夢の中に英兒が現れ、「お告げ」をするのは何故なのか。何故その「お告げ」が当たるのか。そして英兒本人はそのことを知らないのは何故なのか? この辺りは、物語が進むにつれてこちらも慣れてしまい、「そういう設定」とこちらが受け入れてしまったものですが――その真実が、ここで明かされるのです。

 ……しかしこの真実、事前に予想できていた人間は絶対いない、と断言できるほど、とんでもないもの。その内容については断じてここで明かすわけにはいかないのですが、これは果たしてアリなのか!? とただただ驚くほかありません。
 しかしそんなとんでもない真実によって、作中であえて現実から変えていた(もじった)かと思われたものに、エクスキューズが与えられることになったのもスゴいところで――そしてここからさらに、最後のもう一つの爆弾に繋がっていくのであります。


 英兒と美和子の恋の、その先に立ちふさがる最大の障害。実はそれは二人の仲に反対する英兒の兄・瑛一――ではなく、美和子自身の側にあります。
 実は美和子は高名な柔道家の家系(嘉の……いや叶家)の一人娘。美和子はそんな自分の立場と、英兒への想いの間に挟まれることになります。そんな状況の中で美和子が出した答えとは……

 これがまた、ええええ、これもアリなのか!? といいたくなるようなとんでもなく、そして痛快なもの。いやいやいや、さすがにフィクションが過ぎると思っても、しかし第一の爆弾のことを考えれば、立派に成立してしまうのであります。
 個人的には苦手な部類の仕掛けではあるのですが、しかしこれはもう、ここまでの物語の積み重ねと、そしてそれがもたらす幸福感を考えれば、OKというしかないでしょう。

 果たしてこの先、英兒と美和子に、登場人物たちにどのような未来が待っているのかわかりませんが――いい夢見せてもらいました! と、ただただこの結末に感謝するばかりなのであります。


『十十虫は夢を見る』(幹本ヤエ 秋田書店ボニータコミックスα) 第8巻 Amazon/ 第9巻 Amazon/ 第10巻 Amazon

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2019.12.10

夏原エヰジ『Cocoon 修羅の目覚め』 花魁剣士、哀しき女の鬼を斬る

 第13回小説現代長編新人賞奨励賞を受賞し、いきなり単行本シリーズとして登場した時代ファンタジーの開幕編であります。表の顔は吉原屈指の花魁、裏の顔は江戸に出没する鬼を狩る剣士・瑠璃の死闘が、ここから始まることとなります。

 時は天明、天災が相次ぎ、世情不安定な中で、そこだけはこの世の盛りと咲き誇る吉原の大見世・黒羽屋で花魁を務める瑠璃。絶世の美しさで男どもの目を一身に集めながらも、気ままに客を振り、身揚がりしてしまう彼女には裏の顔がありました。
 実は黒羽屋こそは、江戸を騒がす奇怪な鬼を対峙する集団・黒雲の本拠。そして瑠璃は、髪結いの錠吉、料理番の権三、若い衆見習いの豊二郎と栄二郎兄弟を率いる黒雲の頭領だったのであります。

 生まれながらに強大な力を持ち、妖刀・飛雷を振るう瑠璃。彼女は、強い恨みと悲しみを呑んで死んだ女性が変じる鬼たちを、夜毎狩っていたのであります。
 しかしその強大な力から周囲の人間たちに壁を作り、自分に寄ってくる妖たちと酒を飲むのが唯一の楽しみである瑠璃。そんな孤独な彼女が心を許せる数少ない人間の一人が、朋輩の津笠だったのですが……


 日本人には古くから馴染み深い存在であるためか、そして人間に近しい姿を持っているためか、今なお様々なメディアで、様々な時代を舞台に描かれ続けている鬼退治の物語。本作もその一つと言えますが、やはり最大の特徴は、鬼を狩るのが吉原の花魁であるという点でしょう。

 そもそも本作の鬼は、強い恨みを持って死んだ女性が変じ、自分の無念を晴らすために――そしてそれに留まらず、より多くの人々を自分と同じ目に遭わせるために――闇に蠢く存在。
 本作には古来からの妖怪や精霊、付喪神といった妖たちも登場しますが、それらとは全く別の――一種の怨霊とも言うべきモノが、本作の鬼なのであります。

 その鬼を狩るのが、男の極楽、女の地獄である吉原の頂点に立つ花魁というのは、ある意味納得であり、同時に極めて強い皮肉であるといえるでしょう。苦界で辛酸を舐めている遊女が、同じ女性として苦しみ抜いた末に変じた鬼を討つというのですから……


 もっとも、その主人公たる瑠璃自身は、比較的その葛藤が薄い人物として描かれます。
 何しろ彼女は持って生まれた美貌と才能で、吉原に売られて早々に花魁の座についた女性。黒雲としての任のためもあるとはいえ、そして花魁という高嶺の花であるとはいえ、好き勝手に振る舞うことを許されている――そしてその気になれば自由になれるだけの金を持っている――のですから。

 この辺りのスーパーウーマンぶりは、本作の面白さ――素顔は酒好きで不精者という残念美人ぶりもちょっと楽しい――であると同時に、弱点ともいえるでしょう。
 彼女にも、養い親が亡くなってすぐに義理の兄に売り飛ばされるというかなり悲惨な過去があり、そしてその力故の悩みもあるのですが――少なくとも、苦界に生きる者故の悲壮感は薄いと感じられます。

 もっとも、その役割は他のキャラクターたちに割り振られているところではあります。そして瑠璃の悲壮感の薄さ――それは彼女の人間としての生の実感の薄さに起因するものですが――こそは、ある意味本作の核心に迫る部分ともいえるかもしれません。
 とはいえ、登場した瞬間に「あ、最終的に敵になる人だ」とわかってしまうキャラがいるのはいかがなものかと思いますし、終盤に至って、それまで物語に全く関わって来なかった(ように見える)存在のことが語られるのは、少々違和感があるのですが……


 このようにひっかかる部分はあるものの、しかし文章の点ではとても新人とは思えぬ筆致で大いに読まされますし、また敵味方が用いる様々な術の面白さもなかなかに魅力的であります(特に瑠璃の最終兵器とも言うべき「楢紅」はその由来もさることながら、ビジュアルの強烈さが素晴らしい)。
 そして何より、ラストに描かれる瑠璃の花魁としての情と意気地は天晴れというほかありません。

 おそらくは、この先描かれるであろう瑠璃の過去を読めば、また大きく物語の印象も変わってくることでしょう。そしてまだまだ物語には秘密と謎が散りばめられていることを思えば――やはりこの先の物語も読まないわけにはいかないのです。


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