入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)



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2024.12.11

顕家軍、最後の祭りへ 松井優征『逃げ上手の若君』第18巻

 般若坂での高師直軍との戦いの中、師直に斬られた雫。しかし彼女は実は人間ではなく、神であったことが明らかになります。そして戦いは続き、顕家軍の最後の祭りが始まります。石津での師直軍との総力戦の中で、時行と逃若党の戦いや如何に!?

 青野原で怪物・土岐頼遠らを打倒し、京に進軍する北畠軍。しかし新田義貞との合流に失敗し、京に裏道から向かうことになった彼らは、連戦の疲れに加え、援軍と称して無能な公家たちが加わったために苦戦を強いられることになります。そして般若坂での戦いにおいて、高師直の一撃によって雫がその身を断たれ……
 と思いきや、確かに斬られたにも関わらず、平然と立つ雫。実は彼女の正体は諏訪の御左口神――いわば神力の塊だったのです。

 そんなのアリ? といいたくなるような展開ですが、それでも受け入れてしまうのがこの時代、いや時行たち。一度は敗れ、撤退することになったものの、これまで以上の結束でもって、時行たちは京を目指すことになります。

(しかし足利方において雫の能力的なライバルである魅摩、よく見ると神力を使った後に血の涙を流しているように見えるのですが、これはこの巻での雫のある言葉を裏付けているのでしょうか……)


 というわけでこの巻では、引き続き京を巡る戦いが描かれるわけですが、その敵となるのは高師直の軍。尊氏の執事という任にある師直ですが、執事という言葉から受けるイメージとはまったく異なり、彼は武将としてもひたすら強い。鎌倉時代までの武士の戦いとは全く異なる合理的な戦いぶりは――彼の冷徹かつ傲慢なキャラクターとも相まって――しばしば非人間的に映りますが、これまでになかった強敵であることは間違いありません。

 それに対する顕家の軍も、主だった武将たちに欠けはないものの、満足に補給も受けられない中で、敵地での連戦を強いられ、次第に疲労の色を濃くしていくのは、顕家たちのキャラクターがキャラクターだけに一層辛く感じられます。
 しかしそれでも歩みを止めないのが顕家という男です。こちらも執事であり、やはり戦上手である春日顕国が単独で牽制に当たる一方で、あの楠木正成の息子たちが参戦――といっても楠木党に往時の兵はありませんが、堺周辺をよく知る彼らの協力は、頼もしいことこの上もありません。

 それだけでなく、こんな状況でも、いやこんな状況だからこそ、配下の東国武者たちと祭り騒ぎを行い、楽しんでみせるのがまた顕家らしい。思えば彼はこれまでも戦いの中に祭りを見出してきましたが――日常と非日常の境目で、人間のプリミティブな感情とエネルギーを爆発させる祭りは、師直の人間性を犠牲にした合理性とは、全く対象的というべきでしょう。

 そしてテンションが上がった東国武者たちが、河原を見つけたら何をやらかすか――中世ファンの方であれば予想はつくと思いますが、ビジュアルにしてみれば本当にムチャクチャ。これも中世人の感情とエネルギーの爆発というべきでしょうか。命がけ過ぎますが。


 そして力を蓄えた末に、ついに師直との決戦に挑む顕家。ここまでくれば双方ともに総力戦、新田徳寿丸vs高師泰、結城宗弘vs仁木義長、名だたる武将たちが本作らしいスタイルで好勝負を繰り広げます。(そしてその中で炸裂する、上で述べたムチャクチャなアレ)
 そしてもちろん、その中で時行も黙ってはいません。顕家に兄のように思っていると告白し、必ずや弟が兄を勝たせると宣言した時行と逃若党もまた、それぞれの形で戦場の各地で暴れまわるのですが――その前に、再び吹雪、いや高師冬が立ち塞がります。

 上杉憲顕とはまた別のやり方で師冬を強化人間にしているらしい師直ですが、しかしこの場合恐ろしいのは、記憶を奪っているのではなく、そのエゴを、野心を強化していること。つまり師冬は操られているのではなく、自らの意思で戦っているのです。
 そんな師冬に、先の戦いでは瀕死の深手を負わされた時行ですが――彼が負けたままでいるはずもありません。一度は敗れた技を見事に破ってみせた時行の姿を描いて、次の巻に続きます。


 しかし時行のあれ、発情で良かったんだ……

 あと、今までずっと「逃者党」と書いていました。ごめんなさい。


『逃げ上手の若君』第18巻(松井優征 集英社ジャンプコミックス) Amazon

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2024.12.10

『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚』 第三十三話「禁忌の抜刀」第三十四話「逆刃刀 初撃」

 張の奇剣に苦戦しながらも、青空に託された赤空の最後の一振りで勝利する剣心。その刀こそは逆刃刀の真打だった。そして剣心は、初めて逆刃刀を抜いた時のことを思い出す。それはかつて上野戦争の直後に高熱を発して倒れた自分を介抱してくれた、元岡っ引き夫婦を救うためだった……

 今回はちょっと内容的に中途半端な組み合わせですが、二話まとめて紹介(といってもメインは三十四話の方)します。

 第三十三話は、前話から引き続いて十本刀・張との対決。薄刃刀にいきなり苦戦する剣心を最初は見捨てて子供を助けようとした青空は、剣心の格好良い啖呵に考えを改めて父・赤空の最後の一振りを託し、剣心は子供を手に掛けようとした張相手に思わず本気を出して一閃するも、実は逆刃刀だったのでセーフ――という展開になります。 この辺り、運良く人斬りにならなかっただけ(刃衛の時も危なかったですが、あれは薫殿が頑張ったので)というのにモヤモヤしますが、これはまあ仕方がないことでしょう。むしろここは、あれだけ殺人奇剣を作ったにもかかわらず、最後は心を改めた赤空の遺志が彼を、息子と孫を助けたと考えるべきでしょう。(あと、「峰打ち不殺」みたいなことにならなくてよかった……


 さて、原作では葵屋で剣心が改めて逆刃刀を受け取って「よし!」だったわけですが、アニメの方では、剣心の回想の形で、ほぼ一話かけたオリジナルエピソードが描かれることになります。

 剣心が赤空に別れを告げ、刀を託されておそらく程なく――江戸に現れた剣心は、折悪しく高熱を発してダウンしたところを、皐月という女性に救われます。時あたかも上野戦争の直後、夫の義一と共に暮らす彼女は、剣心を新政府軍に追われる旧幕軍の敗残兵と思って助けたのです。 そんなわけで二人(と猫たち)のもとで養生することになった剣心。しかし、かつて義一は岡っ引きとして御用盗を追っていた中で片腕を失い、勝てば官軍と復讐を企んでいる元御用盗たちから隠れ住んでいることを知ります。そしてついに義一の家を突き止め、襲撃してきた元御用盗たち。皐月とお腹の子を助けるために命を投げ出そうとする義一を助けるため、剣心はついに刀を抜くのですが……

 というわけで、結構派手な内容だった第零幕に比べると、初期エピソードに近いムードの物語ですが――しかし舞台はまだ戊辰戦争の最中だけに、いつ庶民が戦いに巻き込まれてもおかしくない世界であり、そして戦いに名を借りて今回の御用盗たちのような悪事を働く人間の存在には、厭な生々しさがあります。もっとも、そんな時代だからこそ、傷付いてもなお明るい明日を目指そうとする二人の姿が印象的であるわけで、やはり時代の混乱の中で傷つき剣を捨てた剣心が、二人のために剣を再び手にする展開には納得がいきます。(ただ、義一はもうちょっと元岡っ引きらしい喋りでも良かったのではないかなあ、という気持ちは、時代劇ファンとしてはあります。もちろん、色々な岡っ引きがいるわけですが……)

 その一方でちょっと引っ掛かったのは、剣心が刀を抜いて初めて、それが逆刃刀であると気付くくだりですが、これはまあ、それまで刀を抜く気にもならなかった、ということなのでしょう(しかしいざ抜いてみたら、面白殺人奇剣でなくて本当によかった……)。また、最終的にその場を収めたのが、剣心の過去の雷名であったというのは、これもまあ初期エピソード的でもあります。 
 もう一つ余計なことをいえば、せっかく「御用盗」というワードが出てきたのですから、いつもの関俊彦のナレーションで「御用盗とは〜」と解説すればよかったのに、と一瞬思いましたが、そうすると相楽隊長の暗い過去が言及されかねないから――というのは考えすぎですが、単なるそこらの賊のように単純化して描かれたのは、ちょっともったいなかったと感じます。

 なお、この第三十四話の脚本は、もちろん黒碕薫。というわけで、アニメオリジナルとはいえ、ほぼオフィシャルと考えてよい内容なのかな、と思います。(ちなみに登場した猫の中に、聞き覚えのある名前が……)


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2024.12.09

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第10話「託された心」

 殤不患の頼みで、謎の少年に稽古をつける捲殘雲。その頃丹翡たちは、鬼歿之地にあって邪気を浄化する祠の中で、遂に最後の神誨魔械を見つける。一方、魔界では阿爾貝盧法の手引きにより、魔王と禍世螟蝗が会見に臨もうとしていた。しかし遂に姿を現した魔王の顔は……

 残すところ三分の一を切って、なお物語が落着するところが見えない本作。特に敵方は幹部クラスがほぼ退場という状況ですが……

 そんな中である意味一番よくわからない動きをしているのが殤不患ですが、前回その頼みで謎の少年――公式サイトによれば任少游に捲殘雲は稽古をつけます。といっても任少游の技はつぎはぎだらけのでたらめ、捲殘雲から見ても未熟ですが、そんな相手に捲殘雲は何故強さを求めるのか、ひいては勝利することの意味を問いかけ、何を以て勝利とするか、道は一つではないことを語ります。
 ここで捲殘雲が語る内容は、初めて登場した時の、江湖で腕と名を上げることしか考えていなかった彼であれば、全く考えてもいなかったことでしょう。そして彼がそう考えるに至ったきっかけを与えたのは、まず間違いなく殤不患と思われます。これは小説版の『東離劍遊紀』で明確ですが、本作が、実は捲殘雲という青年が好漢の何たるかを知り、それを目指していく物語でもあることを思えば――ここで捲殘雲が求めるものが、任少游に託されたことには、大きな大きな意味があることでしょう。

 自分の故郷を求めて、逢魔漏を用いて様々な世界を渡り歩いている任少游――捲殘雲との出会いを経て、自分自身の武術、名付けて「拙剣無式」を会得することを目指すと決めた彼の正体が何者であるか、それは我々の予想通りだと思います。だとすればいささか奇妙な関係にも思われますが、さて……
(というか刃無鋒といい、どれだけ捲殘雲からいただいているんですか殤不患)

 そんな思わぬところで未来の大侠が生まれた(?)とは知らず、睦天命がその鋭敏な感覚で植物の存在を察知し、向かった先にあったのは、この鬼歿之地にあるとは思えないオアシスのような場所。そしてそれを成立させていた清浄な気を放っていたのは石造りの祠――その中に安置されていた最後の神誨魔械を、ついに殤不患は手にするのでした。

 さて、ついに丹翡たちが目的を果たした一方で、護印師の偉い人は予想通り朝廷の説得に失敗。いや、これは危機感の全く無い朝廷の人間がいけないのですが、そんな連中に対して護印師たちは自分の力で鬼歿之地に陣地を作ると宣言――かなり無茶をしている感がありますが、新たに鬼歿之地に向かう護印師たちの中には、かの萬軍破将軍の元部下たちが加わっていたのがアツい。将軍の遺志を受け継ぎ、魔界の脅威に立ち向かおうという彼らの決意は、これも「託された心」なのでしょう。

 一方、何だか繭になってずっと寝ているので当初思ったよりは存在感が薄れてきた浪巫謠ですが、そんな彼に迫るのは悍狡の群れ。哀れ黒い人も休德里安も、骸になってしまえば餌と同じ、さらに繭まで襲いかかってきた悍狡を前にしては、聆牙は手も足も出ない――と思いきや、何だか不吉なことを言い出したので、これはもしや!? と思いきや、本当に手足が出た!
 いや、あの状態から変形して手足が出るのかと焦ったら、なんかいきなり小西克幸の声で喋る(当たり前)イケメンに変化! 魔界パワーを吸収してパワーアップしたらしく、こればかりは楽器らしいというべきか、妖糸を放ってノリノリで大暴れする美麗の魔人の姿は、天工詭匠ロボに並ぶサプライズというか、再び武侠とは――と深遠なる問いに頭を悩ますことになりそうです。

 そんなヒーロー側が何だかよくわからない状況になっている一方で、手勢がどんどん失われていく禍世螟蝗猊下は、異飄渺の凜雪鴉に長々と実は気付いていましたよアピール。実は本当に気付いていないんじゃないかとハラハラさせられましたが一安心、しかし自分の手駒であれば別に正体が誰でも構わん的なことをインチキキセル野郎に対して言い出すのには、大変な不安が残ります。
 そしてその大物ぶりを発揮して、異飄渺の凜雪鴉を連れて魔界に赴く禍世螟蝗。阿爾貝慮法と刑亥の導きで魔宮に足を踏み入れた二人の前に、魔王がついにその姿を現すのですが、刑亥も知らなかったその素顔は――凜雪鴉!?


 というわけで、聆牙イケメン化が今回のハイライトかと思いきや、最後の最後に全てを攫っていった魔王様。殤不患と凜雪鴉、二人の主人公のルーツ的なものが同じ回で何となく描かれたわけですが、風来坊主人公好きとしては、別に出自はわからなくても――と思います。もちろん、そういう人間は少数派だと理解していますので、黙って成り行きを見守ります。


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『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第5話「魔宮貴族」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第6話「謀略の渦」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第7話「魔道の果て」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第8話「再会」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第9話「覚醒」

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2024.12.08

1月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 ようやく師走になったと思ったらもう新年の情報が、というわけで、2025年最初の新刊情報、1月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 といっても1月は点数はそこそこの印象。小説文庫の新刊では、新シリーズ(であろう)の『籠城忍 備中高松城(仮)』(矢野隆 講談社文庫)、シリーズ第二弾の『戦国快盗 嵐丸 朝倉家をカモれ』(山本巧次 講談社文庫)が、そして『芥川龍之介は怪異を好む』(遠藤遼 笠倉出版社キキ文庫)が登場します。

 また、文庫化・復刊では『月下の黒龍 浮雲心霊奇譚(仮)』(神永学 集英社文庫)、『薄紅天女』〈新装版〉上下巻(荻原規子 徳間文庫)のほか、作者の時代小説を集成した『妖刀地獄』(夢野久作 河出文庫)に注目でしょう。
 そして12月に続き登場の『風の忍び 二、恋の闇』(鈴峯紅也 角川文庫)も……


 一方、漫画の方はなんといっても『龍と霊―DRAGON&APE―』第1巻(東直輝&久正人 講談社モーニングKC)が一押し。恐竜人間のガンマンとスパイといえば、そう、あの作品に連なる世界観です。
 また、しばらく休載していたところから復活した『千年狐~干宝「捜神記」より~』第11巻(張六郎 KADOKAWA MFコミックス フラッパーシリーズ)は、新章も大変なことになっています。
(その他、新登場では『大江戸お絵描きおじさんウタクニ』第1巻(目黒川うな コアミックスゼノンコミックス)が楽しいですが、これはちょっと飛び道具的かな……)

 そしてシリーズものの続巻は、『寺の隣に鬼が棲む』第2巻(木々峰右 スクウェア・エニックスGファンタジーコミックス)、『だんドーン』第6巻(泰三子 講談社モーニングKC)、『青のミブロ―新選組編―』第3巻(安田剛士 講談社コミックス)、『フォーロン・ホープ 警視庁抜刀隊戦記』第2巻(TAKUMIサメ男&井出圭亮 ヒーローズコミックスわいるど)、『岩元先輩ノ推薦』第10巻(椎橋寛 集英社ヤングジャンプコミックス)、『黒巫鏡談』第2巻(戸川四餡 KADOKAWAハルタコミックス)が気になるところです。

 また、重野なおき作品は、この月は『雑兵めし物語』第3巻(竹書房バンブーコミックス)、『信長の忍び』第22巻(白泉社ヤングアニマルコミックス)、『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』第2巻(リイド社SPコミックス)と、一挙三作刊行です。


 というわけで、最初の週が実質休みであることを考えれば、それなりに数が多いと言えるかもしれない1月です。


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2024.12.07

吉原+大女+グルメ!? 安達智『あおのたつき』第15巻

 異界から吉原の裏表を描いてきた『あおのたつき』も、巻を重ねてこれで第15巻。前巻、前々巻と重いエピソードが続いてきましたが、この巻では比較的コミカルな――しかし当事者にとっては深刻この上ない物語が描かれます。

 ある日、冥土の薄神白狐社に迷い込んできた三十路も近い役人・作之輔。生真面目な性格で周囲の評判も上々ながら、自分に自信が持てず、何よりも女性に全く接したことがない――そんな彼のために、あおと冥土の覗き常習犯・豆右衛門が色道指南に乗り出して……

 という前半部分が描かれた「手入らずの筆」ですが、この巻では、作之輔の初めての(となるかもしれない)体験が描かれます。
 といってもあおは野暮はせず、敵娼に玉くしという女郎を選んだだけで、あとはほとんど見守るだけなのですが――しかしそのチョイスの理由はなるほど、と言いたくなるもの。これで後は彼女の手練手管で、と言いたいところですが、それでも先に進まないのがこじらせ男の面倒なところで、さて、この状況をどう収めるのか……

 と、いかにもな艶笑譚の題材ではありますが、しかし見ようによってはこれは(これまでも作中で様々に描かれてきた)コミュニケーション不全にまつわる内容といえます。
 それに対して、作之輔を笑いものにするのでもなく、玉くしがボランティア的に受け止める「イイ話」にするのでもなく――一定のバランスを取った物語展開は、本作ならではというべきでしょう。


 そしてこの巻の後半には、冥土の花魁・恋山の深い悩みを描くエピソード「白飯比翼」が展開します。

 ある晩、薄神白狐社にやってきた妓楼・大黒屋からの使者。大黒屋といえば筆頭の恋山は冥土の吉原でも名高い花魁ながら、ここしばらくその姿を見た者はなく、そして見世も閉まっている状況――そこであおと楽丸は大黒屋に向かうことになります。
 そこであおと楽丸が見たものは、総出で料理を作る見世の人々。そしてそれを片っ端から食べていくのは、二階の天井にまで頭がつきそうなほど巨大な恋山だったのです。

 そう、悩み事とは恋山の食い気――彼女は満たされぬまま食べ続けた果てに、そんな巨大な姿に化してしまったのです。そしてそこまで至った彼女が抱えたわだかまり、叶えたい望みとは、ほかほかの白飯に合う最高のお菜を見つけること!

 ――いやはや、吉原+大女+グルメという、なんだか別の漫画が始まってしまいそうなキャッチーな(?)展開に驚かされますが、しかし恋町の巨大化は、冥土の吉原だからこうなるのであって、これが現実世界であればどういう状態になっているのか、語るまでもないでしょう。
 過酷な現実に対して、冥土の吉原という異界を舞台とすることによって一種のフィルターをかけ、漫画として描いてみせる――本作ではこれまでもこうした形で様々なエピソードが描かれましたが、今回はその中でも特にユニークなものの一つであることは間違いありません。

 正直なところ、彼女にとっての最高のお菜というオチは読めないでもないのですが、わだかまりを乗り越え、ラストに蘇った恋町の美しさには思わず見とれてしまうものがあります。


 なお、単行本恒例の巻末番外編ですが、今回のエピソードは「筏流し」。新吉原への恋文配達を頼まれた筏流しの男の旅を描く物語は、シンプルではあります、途中の難所でのダイナミックな描写には思わず目を奪われるものがある掌編です。


『あおのたつき』第15巻(安達智 コアミックスゼノンコミックス) Amazon

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安達智『あおのたつき』第7巻 廓番衆修験編完結 新たな始まりへ
安達智『あおのたつき』第8巻 遊女になりたい彼女と、彼女に群がる男たちと
安達智『あおのたつき』第9巻 「山田浅右衛門」という存在の業
安達智『あおのたつき』第10巻 再び集結廓番衆 そして冥土と浮世を行き来するモノ
安達智『あおのたつき』第11巻 二人のすれ違った想い 交わる想い
安達智『あおのたつき』第12巻 残された二人の想いと、人生の張りということ
安達智『あおのたつき』第13巻 悪意なき偽りの世界で
安達智『あおのたつき』第14巻 彼女の世界、彼女の地獄からの救い

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2024.12.06

『大友の聖将』(赤神諒 ハルキ文庫)の解説を担当しました

 12月13日発売の『大友の聖将』(赤神諒 角川春樹事務所ハルキ文庫)解説を担当しました。戦国時代末期、九州の大友宗麟に仕えた実在の武将にして「大友の聖将(ヘラクレス)」と呼ばれた天徳寺リイノの生涯を描く歴史小説です。
 その名が示す通り敬虔なキリスト教徒であり、大友家が斜陽の一途を辿った末に、九州制覇を目指す島津家に追い詰められた時もなお、宗麟の下で戦い続けたリイノ。しかしその前半生は、裏切りと殺人を繰り返した悪鬼のような男だった――という設定の下、戦国レ・ミゼラブルというべきドラマが描かれます。


 この作品は刊行順では作者の第二作に当たる作品ですが、私が初めて読んだ赤神作品でもあります。その際に大きな感銘を受け、作者のファンになった作品であり、その文庫版の解説ということで、大いに気合を入れて書かせていただきました。

 文庫の帯には「赤神作品の原点」とありますが(解説のタイトルの一部でもあります)、単純にデビュー直後の作品だからというわけではなく、初読時には意識していなかった(当たり前ではあるのですが)現在に至るまで作者の作品を貫くあるテーマについて、解説では触れさせていただいています。
 私が作者の作品をこよなく愛する理由である(そして作者の作品に悲劇が多いことの理由でもある)そのテーマとは何か――それはぜひ解説をご覧いただきたいのですが、単行本刊行から六年を経てもなお、それが古びておらず、むしろいまこの時に大きな意味を持つものであることは発見でした。


 というわけで赤神作品ファンの方にも、これから触れられる方にもおすすめの『大友の聖将』、作品を楽しまれる際の一助になれば、本当に嬉しいです。
 どうぞよろしくお願いいたします。


『大友の聖将』(赤神諒 角川春樹事務所ハルキ文庫) Amazon

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