入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)



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2024.10.10

架空史大年表をnotion化しました!

 以前からdokuwiki形式で公開しておりましたフィクション年表サイト「架空史大年表 妖異の世界史」について、notionのデータベース形式で作成・公開しました。
 データベースとしては「時代区分別」「国・地域別」「フィクション年表」の形で掲載しています。フィクション年表は、ギャラリービューを使って作品のカバー画像(の一部)を表示しています。
 また、以前から別途公開していた「朝松健 一休もの年表」「鬼切丸年表」、「伝奇時代劇事件地図」もリンクしました。

 以前のdokuwiki形式に比べると、圧倒的に更新がラク(元々Googleスプレッドシートで整理しているデータを一つ一つdokuwiki化していましたが、同じデータをほとんどそのままnotionに流し込める)なのもさることながら、フィルターや並び替え、検索などデータベースとしての機能が(当たり前ですが)非常に使いやすいのが嬉しいところです。
 表形式で一覧できるのも年「表」らしくよいと思いますが、その一方でフィクションの作品だけで1200オーバー(!)とかなり分量が多いこともあり、表示がかなり重くなるのではないかとちょっと心配しています。

 上記のとおり、以前からいくつか年表をnotionのデータベース形式で公開していましたが、まだまだnotion初心者ということもあり、データベースの使い方、表示方法等これからも勉強して、よりよいものとしていきたいと思います。


 なお、前回は今年の2月に更新しましたが、その時からさらに100件ほど作品データを追加しています。一つ一つのタイトルは挙げませんが、京極夏彦の時代ものを色々と追加したほか、シリーズものとしては『必殺からくり人』、『影の軍団』、『大航海時代』、『シャドウハーツ』、『アローン・イン・ザ・ダーク』等を追加しています。また、H・G・ウェルズとジュール・ヴェルヌの作品もかなり追加しています。
 伝奇時代劇から大きく離れてきましたが(いまさら)架空史全般ということでご笑覧下さい。

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2024.10.09

容疑者は三つ子!? 深まる謎と「歴史」ミステリとしての必然性 潮谷験 『伯爵と三つの棺』

 フランス革命の頃、ヨーロッパのさる小国で起きた奇怪な殺人事件を描く、歴史ミステリの傑作です。D伯爵の領地に建てられた「四つ首城」で起きた、元吟遊詩人の射殺事件。何人もの目撃者がいたにもかかわらず、容疑者が三つ子だったことから、捜査は難航を極めるのですが……

 ヨーロッパの通称「継水半島」のD伯爵領の四つ首城――貴族の娘と吟遊詩人の間に生まれた私生児である三つ子の兄弟が、城持ちの身分を目指して、廃城を改修した城です。
 三兄弟の少年時代からの友人であり、今はD伯爵の下で書記官を務める語り手は、D伯爵との繋ぎに一役買ったこともあり、友人たちの活躍を喜ぶのですが――しかし、思わぬ運命の変転が訪れます。三兄弟が生まれてすぐに姿を消した彼らの父親――フランスに渡り、そこで後ろ盾を得た元吟遊詩人・アダロが、帰ってきて三人と面会したいと連絡をよこしたのです。

 複雑な心境の三人ですが、フランス革命直後の微妙な時期に、フランスと繋がりのある人間を邪険にもできません。かくしてD伯爵と語り手をはじめとする人々も同席し、城でアダロを迎えることになったのですが……
 しかし、三兄弟が気を落ち着けるためとその場を離れた間に到着したアダロは、D伯爵たちが見ている前で射殺されたではありませんか! しかも偶然垣間見えたその犯人の顔は、三兄弟のそれ――しかし共通のアリバイがある彼らの誰が犯人なのか、一目ではわかりません。

 かくしてD伯爵の指揮の下、犯人探しが始まります。しかしアダロが身につけていた手紙に記されていた驚くべき事実が、さらに状況を複雑なものにします。幾度も状況が変化していく中、D伯爵たちはついに犯人を突き止めるのですが……


 本格ミステリは、どれだけ複雑な謎が設定された、不可解な事件が起きるかというのが一種の条件と言えますが、本作は、それをきっちりクリアしてみせたといえるでしょう。
 何しろ起きる事件は、衆人環視下での殺人――しかも犯人までその顔を露わにしているのです。一見謎などないように見えますが、しかしその容疑者が三つ子なのですから、、事態は一気に複雑なものへと変わります。

 もちろん、犯人が実は三つ子だったと後から提示されたらそれは大きなルール違反ですが、本作の場合、物語の初めから三つ子として提示されているのですからフェアというべきでしょう(もっとも、途中でさらに大変なひねりが加わるのですが……)。
 舞台は18世紀、科学捜査がほとんど存在しない状況下で、外見だけで判別できない、共通のアリバイがある容疑者三人からいかに犯人を見つけるのか――言い換えれば純粋にロジックで謎を解くことができるのか? 事件そのものはシンプルですが、しかし刻一刻変化する状況下で展開する謎解きは、本格ミステリの興趣に満ちているといえます。


 しかし本作がさらに見事なのは、「歴史」ミステリとしての必然性でしょう。舞台となるのは、フランス革命直後のヨーロッパ――フランスほど急激な変化はまだ生じていなくとも、いつそれが伝播し、国内の情勢がどう変わるかわからない時期です。
 そんな中で、フランスに縁のある人間が殺されたこの事件は、デリケートなものとなりかねません。そこにD伯爵が自ら捜査の陣頭指揮を取る必然性の一つが生まれるわけですが――しかしこの封建制度、貴族を中心とした身分制度が揺らぐ時代が、物語が進むにつれて、想像以上に大きな意味を持つことがわかります。

 これは物語の核心に関わるため、うかつなことは書けませんが――貴族の血を引く子として育てられながら複雑な立場にある三つ子が、この時代に何を思い、どのように行動したか――作中で謎めいた形で描かれるそれは、物語の終盤、この時代背景と照らし合わせることで、驚くほど重く、深刻なものとして立ち上がるのです。

 歴史ミステリの最上のものは、単に過去の時代を背景とするだけでなく、その時代であることに必然性があり、その時代性そのものがある種の「動機」となるものだといえます。その意味で本作は最上の歴史ミステリであるといえるでしょう。
(そして物語は謎が解けたその先で、残酷な歴史に回収されることになるのですが……)


 しかし本作の恐るべき点は、結末にあります。幾重にも解決が覆されたその先に待つ最後の真実――それが明らかになった時、物語は全くその姿を変えるのですから。
 少なくともこの『伯爵と三つの棺』という題名を見た時、我々がそれまでと全く異なる感慨を抱くことは間違いないでしょう。


 ちなみに本作は、上に語ったように深刻な物語ではあるのですが、随所に描かれるユーモアが、格好の清涼剤となっています。
 特に己の捜査の方向性に悩むD伯爵が「私は×××になりたい」などと言い出すのには爆笑不可避で――途中で描かれるアクションシーンの格好良さといい、ぜひD伯爵の勇姿を他の作品でも見たいものです。
(それが難しいことは、十分承知しているのですが……)


『伯爵と三つの棺』(潮谷験 講談社) Amazon

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2024.10.08

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第1話「帰郷」

 無界閣に消えた浪巫謠を思い、打ちひしがれる殤不患。そんな彼に対し、凜雪鴉は失望したと姿を消す。一方、阿爾貝盧法と刑亥と共に魔界を行く浪巫謠は、父から試練として魔物をけしかけられる。そして魔界に関心を抱く禍世螟蝗は、斥候として覇王玉と花無蹤の二人を送り込もうとしていた。

 第三期以来、実に三年ぶりの登場となった第四期。その初回である今回は、第三期の最終話からほとんどそのまま続く形で、三つの勢力の動向が描かれることとなります。

 まずは主人公サイドですが――激しく落ち込んでいるのは、西幽来の親友である浪巫謠を崩れ落ちる無界閣に置き去りにしてしまった(と思い込んでいる)殤不患。睦天命に合わせる顔もない――などと言ったらまた滅茶苦茶怒られると思いますが――と沈む彼を、捲殘雲は静かに見守ります。というか、酒場の払いを持ったり、呼びに来た護印師(?)への態度といい、いつの間にか大侠の風格が出てきたな捲ちゃん……

 一方、全く優しく接しないのは凜雪鴉です。今のお前は退屈だ、面白味に欠ける。行く先々で騒動を引き起こす厄介者のお前だからこそ興を唆られてきた。血湧き肉躍る冒険譚がここで幕引きというならもうこれ以上つきまとう理由もない――一見、落ち込んでいる人間に容赦なく追い打ちをかけているように見えますが、この場合はツンデレな叱咤激励の影が感じられます。いつかまた血の滾りが抑えきれなくなったら、その時はまた一緒に世間を引っ掻き回してやろうじゃないか、とまで言っていますし……(完全に同類扱いなのはさておき)

 さて、その浪巫謠はといえば、父にして母の仇である阿爾貝盧法、そしてその配下となった刑亥と共に魔界に赴いたわけですが――いよいよ本格的に描かれることとなった魔界は、さぞかし強豪がひしめく弱肉強食の地獄に違いない! と思いきや、これが刑亥が驚くほど寂れた地に変貌していました。というのも、窮暮之戰の人間界侵攻が中途半端に終わったばかりに、侵攻用に召喚した魔神を養わなければならなくなり、毎週生贄を用意しなければならなくなったとか……
 何かの寓話のような話ですが、別の意味で弱肉強食になってしまった魔界の皆さん、殤不患が神誨魔械を持って行ったら喜ばれるんじゃないでしょうか。

 そんな状況もどこ吹く風と歩みを進める魔界伯爵ですが、いまだ生々しい死骸が転がる地にやってくると、浪巫謠に試練と称して魔物退治を命じます。人間には倒せないというその魔物の実力や如何に……

 そしてもう一つ、蠢くのは禍世螟蝗一派です。第三期ラストで驚くべきその正体を明かした禍世螟蝗ですが、いよいよ本格的に魔界への侵攻を決意したものか、斥候を送り込もうと企みます。一体どうやってと思いきや、そこに顔を出したのは鬼奪天工――第三期で時空の狭間に落ち込んだ婁震戒の前に現れ、面白片腕サイボーグに改造した老科学者です。その時は、うっかり七殺天凌を馬鹿にしたばかりに置いてけぼりをくらったこの怪人物が、ついに人物紹介に載る身分に昇格しました。

 いつ元の世界に戻ってきたかはしりませんが、その技術を用いて禍世螟蝗が送り込むのは二人の幹部――というか幹部二人しか残っていないような気もしますが――、その名も覇王玉と花無蹤! 片や蜂の紋章を持つ西幽最強の女傑、片や蜘蛛の紋章を持つ計略自慢の盗賊と、正反対のキャラクターの持ち主ですが、予想通り相性は最悪です。そんな二人を競わせて成果を上げようという禍世螟蝗ですが、どう考えても惨事の予感がします。
(特に自意識過剰っぽい計略自慢の盗賊は、誰がどう見てもアイツの餌食のために出てきたとしか)


 なにはともあれ、これで三つの勢力のうち、二つはすぐに魔界でかち合いそうですが、残る主人公たちはどうするのか――というより殤不患はいつ復活するのか。
 今回がTVシリーズとしてはラストとのことですので、集大成となるような展開に期待したいと思います。


関連サイト
公式サイト

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2024.10.07

『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚』 第二十五話「京都へ」

 斎藤と別行動をとり、一人東海道を急ぐ剣心。その頃東京では、剣心を追おうとする左之助の前に斎藤が現れ、お前たちは剣心の弱みだと指摘、怒った左之助は斎藤に殴りかかる。一方、剣心に別れを告げられて以来気力を失った薫のもとには恵が現れ、厳しい言葉をかけるが……

 というわけで、いよいよ始まった新アニメ版『るろうに剣心』、「京都動乱」というシリーズタイトルがついていますが、オープニングはまだ剣心と仲間たちの京都への道中を感じさせます。しかし、恵って京都行ったっけ……(行ってないこともない)

 さてその初回となる今回は、原作三話分プラスαを順調に消化。そのα部分は冒頭の剣心と斎藤のやり取りで、原作では次回に当たる回で描かれましたが、時系列的には順当ですし、ここで出さないと今回主人公が出ないので、まず納得のアレンジです。
 そしてそれ以外の部分は、問題の月岡津南の炸裂弾が明らかに巨大化している点――というよりよりリアルな形になっている点を除けば、まあほぼほぼ原作通りということで、原作との違い中心に見ている人間は困ってしまうのですが、改めて見てみると、キャラクターの立ち位置というのがわかって、なかなか面白いものです。

 たとえば斎藤は、前シリーズのラストからひたすら小姑のようにネチネチツッコミをいれるキャラのように感じられますが、前シリーズでは現在の剣心の実力のチェック役、さらに今回は剣心に京都までの移動手段を伝えにきたり、足手まといの左之助が京都に来るのを止めようとしたり(結果として実力チェック役にもなりましたが)――なんというか、自分一人ではなく全体を考えて動いていることがわかり、興味深い。
 もちろん彼の場合は、組織人として上がいるわけですし、自分の動きやすさを優先に考えているのも間違いありませんが、しかしやはり新選組で隊長を張っていた人間は、チームとして人を動かす視点があるのだな、と感心させられます。その点、初め人斬り後に遊撃剣士として動き回っていた剣心や、赤報隊を抜けてからは一匹狼を気取っていた左之助とは全く違うわけで――というか、人斬りなのにあれだけカリスマがある志々雄は何なんでしょう。

 それはさておき、その左之助や薫が動く決意を固める時に居合わせるのが弥彦というのも面白いところで、彼の存在はある種の目撃者であると同時に、他のキャラクターを引っ張り、動かす役割でもあるのだな、と感じさせられます。もっとも弥彦の場合、未熟な割に自分も動くので、物語のノイズに見えかねないのが難点ですが……
(その辺りがはっきりと噛み合ったのはこの先の人誅編であるわけで)

 さて、今回の中盤の山場が左之助vs斎藤のステゴロだとすれば、終盤の山場は薫と恵の心のぶつかり合い――というか、薫が左之助以上に一方的にボコボコにされていた気がしますが、これは一から十まで恵が言うことが真っ当すぎるので、もう仕方ないといえば仕方ない。二人の歩んできた人生というか、二人の立ち位置の違いが生んだ結果なので、どちらが正しく、どちらが間違っているということもないのでしょう。
(昔だったら恵の方に感情移入したような気がしますが、今は薫も素直に頑張れと思えるのは、これは見ているこちらが老けたからの気もします)

 そしてEDでは、その薫を差し置いて、謎の新キャラ(現時点では)がほとんどヒロイン状態なのも、なかなか趣があるものです。


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公式サイト

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2024.10.06

棠庵の悩み、藤介の悩み 京極夏彦『病葉草紙』(その三)

 京極夏彦『病葉草紙』の紹介の第三回です。これまで謎に包まれていた棠庵の正体(?)が徐々に明らかになっていく中、棠庵と藤介の関係性にも少しだけ変化が……?

「肺積」
 長屋で特にしつこい住人であるお澄が棠庵に持ち込んできたのは、何と彼への縁談。さすがの棠庵も困惑する事態ですが、相手は以前、彼が助けた宿場の本陣の娘・登勢でした。
 棠庵が去ってから登勢の様子がおかしくなり、周囲から、恋の病ではということになったのですが、しかしその振る舞いは、厠の近くを好んだり、辛いものばかりを食べるようになったという、確かにおかしなもので……

 物語もいよいよラスト一話前に来て、棠庵がある意味事件の発端となるエピソードが描かれます。これまで、棠庵が年に一度か二度、姿を消す時期があるという謎が語られていましたが、その際に出会った娘が棠庵に恋煩いを!? という、およそありえないシチュエーションから物語は展開していきます。

 しかし一番不可解なのは登勢の症状で、これはもう、何かおかしな虫に憑かれたとしか思えない状態。それを棠庵が、以前に彼女と出会った時の状況のほかは、安楽椅子探偵状態の知見で解決してしまうのが痛快です。(まさか××××が伏線だったとは!)

 それにしても、嫁を迎えるかもしれないという話に対する棠庵の(住環境というか保存環境に関する)戸惑いには、理解できる方も多いのではないでしょうか……


「頓死肝虫」
 その日は父親が家で転倒したり、長屋では泥棒騒動が起こったりたりと、散々な状況だった藤介。しかも伍平のもとには銅物屋の主人の死体が持ち込まれ、棠庵は検屍を依頼されることになります。
 騒動はさらに続きます。長屋に越してきた登勢の部屋を訪ねていた志乃が、登勢と間違えて攫われ、棠庵に五百両もの身代金が要求されたのです。銅物屋の主人の死と関わりがあるらしいこの事態に頭を悩ませる棠庵に対し、藤介は……

 サブレギュラーであるお志乃の誘拐、これまで謎だった棠庵の資金源(いきなりサラッと伝奇的な秘密が!)の判明など、最終話に相応しい展開となった今回。しかし何よりも印象的なのは、自分の存在が、自分の行動が事件のきっかけとなってしまった棠庵の姿でしょう。

 これまでにも棠庵は、幾度となく物語の中で判断を迫られ、悩んできました。彼はこれまで、法を守ることと、人の命や心を救うこと――その両者のジレンマを、「虫」という存在を持ち出すことによってくぐり抜けてきたといえます。
 しかし今回彼が迫られるのは、法を守るのではなく、法を破ること――はたして人の命を救うために悪事に加担することは許されるのか? 何よりも理を重んじてきた棠庵にとっては最大の問題であり、それが彼の限界というべきかもしれません。

 そしてここで語られる本作のタイトルの意味にも唸らされるのですが――そこから繰り広げられる怒涛の展開は痛快の一言。語り手に当たる人物が、探偵役の変人に振り回されてひどい目にあうというのは京極作品ではおなじみのシチュエーションですが、しかし――その意味でも、最終話にふさわしい物語だったといえるでしょう。


 かくして本作は完結し、棠庵と藤介との、そして周囲との人間関係も少しずつ変化を見せましたが――しかしまだまだ棠庵を主人公に描ける物語はあるはずです。

 本作は天明年間を舞台としていますが、『前巷説百物語』は文政年間と、40年近い差があります。もちろんその間を全て埋める必要はありませんが、この朴念仁で理屈屋の――しかしどこか人間臭い棠庵の物語を、もっと読んでみたいと思うのが今の正直な気持ちです。
(実のところ、巷説百物語シリーズでほぼ唯一、去就が不明な人物ということもあります)

 何よりも、「針聞書」にはまだまだ「虫」がいるのですから……


『病葉草紙』(京極夏彦 文藝春秋) Amazon

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2024.10.05

相次ぐ怪事件ととんでもない解決 京極夏彦『病葉草紙』(その二)

 京極夏彦の『病葉草紙』の紹介、第二回目です。物語がいよいよテンションを上げていく中、藤介は棠庵と周囲の人々に振り回されるばかりで……

「脾臓虫」
 料亭・うお膳で働いていた在所の娘・おたかが死んだと聞かされたという長屋の住人・幸助。一方棠庵のところには、平次の親分・伍平が、うお膳の客四人が店で食事した翌日に全員不審死を遂げた話を持ち込んでいました。
 食中りや毒を疑う伍平から聞いた死者の様子から、棠庵は虫の仕業と断ずるのですが……

 四人の怪死の謎自体は、この時代でなければ成立しない(謎にならない)ものですが、そこに女中のおたかの死が加わることで、途端に謎が深まる今回。
 思わぬところで以前のエピソードと繋がるのもユニークですが、目を惹くのは、「犯人」と「被害者」、双方の事情を慮って悩む棠庵の姿でしょう。事件の謎はあっさり解いても、答えの出ない人の心の綾に苦しむ彼の悩みは、本作全体を貫くテーマと言えるかもしれません。


「蟯虫」
 父の友人で同じく長屋の大家である金兵衛から、長屋で庚申講が流行って困っていると聞かされた藤介。たまたまそこに家賃を払いに来た棠庵は、金兵衛に尋ねられてあっさり虫などいないと言うのですが……

 体内に住むという虫・三尸が閻魔に告げ口に行かないよう、庚申の晩に眠らず起きているという庚申講。ポピュラーな風習ですが、なるほど虫にまつわるものとして、本作で扱うのに相応しい題材です。
 しかし、年寄り中心の長屋の住人が「爺婆は互いに抓り合ったり叩き合ったり、そりゃ悲惨なもんらしいからよ。泣き乍ら徹夜してんだもの」と金兵衛が語るほど、必死に庚申講を続けているのが謎というのは、本作ならではというほかありません。

 そんな謎を一点突破で解き明かし、さらにとんでもないビッグゲストの投入で解決してしまう棠庵の豪腕ぶりが楽しい一編です。
 そして最後まで引っ張られる艾ネタがここで初登場することに……


「鬼胎」
 棠庵のもとに武家の妻女がやって来たと大騒ぎになる長屋。なりゆきから彼女と棠庵の対面に立ち会うことになった藤介は、そこでとある娘が、医者から鬼胎なる虫がいると診察されたと聞かされます。
 はたしてその医者は信用できるのか。棠庵は調べを始めるのですが……

 長屋を離れ、武家の世界を題材にした今回は、正直なところ事件の内容や謎解き的にはあまり目に付くものはないのですが、子供を産むこと・産まないことに対して考えを巡らせる棠庵の姿が印象に残ります。
 それ以上に印象に残るのは、冒頭に描かれる艾トークと、そして今頃になって語られる棠庵の正体(?)探しかもしれません。


「脹満」
 長屋の空いていた部屋に入った新たな住人・仙吉。しかし彼は仕事にも行かずに部屋に引きこもり、どんどん不健康に太っていると住人たちの間で噂になります。そんな中、長屋の皆の前で行き倒れた仙吉に、藤介は頭を抱えます。
 そこに飛び込んできたのは、反物屋の入り婿が殺されたという一件。犯人はすぐに捕まったのですが、この事件が思わぬ形で長屋の騒動と繋がり……

 ある意味謎解きという点では最も豪快なのが本作でしょう。部屋に引きこもり、どんどん太っていく男(しかもそれだけ太っているにもかかわらず、何も食べていないと倒れてしまう)と、とある反物屋での入婿殺し――一見全く無関係ながら、ある一点でのみ繋がる二つの事件(椿事)が、とんでもない形で解決を見ることになります。

 その真相は、いくらなんでも――と言いたくなってしまうシチュエーションではあるのですが、しかし、それでも何となく納得させられるのは、棠庵の言葉の奇妙な説得力と、ほとんど落語状態の登場人物たちのやりとりの妙に丸め込まれているのかもしれません。
 何しろ『どすこい。』の作者ですし――というのはさておき、そういえば棠庵のデビュー作である『前巷説百物語』の「寝肥」も、肥満体に関する奇譚でありました。


 次回が最終回となります。


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