入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)



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2020.01.24

ロバート・ウェストール『ブラッカムの爆撃機』(その二) 戦争のもたらす死とそれに抗する生の希望と


 ロバート・ウェストールが描く奇怪な戦争物語『ブラッカムの爆撃機』の紹介の続きであります。本作で我々を震え上がらせてくれる怪異。それが示すものとは――

 爆撃機の中で仲間たちと軽口を叩きながら、ドイツ本土に爆弾を落としてきたゲアリーたち。彼らにとって最も身近な死は、それまで」敵ではなく自分たちの方のものでした。
 しかし、それが一度「敵」の死を――不幸なゲーレンの最期を目の当たりにした時、彼らはほとんど初めて、自分たちの行為の意味を知ることになるのです。敵もまた人間なのであり――さらにいえば、自分たちが無数に降らせる爆弾の下にも人間はいるのだと。

 もちろん、本作はその行為に単純に善悪の判断を下すものではありません。しかしその事実を知った直後のゲアリーたちが、ほとんど「死」に取り憑かれたような状態となったことを思えば――ウェストールが戦争に対して向ける眼差しが含むものの意味は明らかでしょう。
(そしてそんな彼らに対する親父のケアがまた実に見事なのですが――実にそれは、本作を覆う戦争が生み出す「死」に対する最大の反撃であったことが後にわかります)


 しかし本作のユニークな(人によっては困った)点は、本作が単純に反戦を声高に謳っているだけではないことでしょう。それは上に述べたある種フラットな視点にも表れていますが、より明確な表れがあります。

 と、突然ながら、ここで私が本作を読んだ版を紹介すれば、それは岩波書店から2006年に刊行され、今なお版を重ねている版であります。本作の他に短編『チャス・マッギルの幽霊』『ぼくを作ったもの』が併録され、背表紙には「ロバート・ウェストール作 宮崎駿編 金原瑞人訳」とクレジットされていて――宮崎駿!?
 そう、本書にはウェストールの作品、なかんずく本作に惚れ込んだ宮崎駿のエッセイ漫画『タインマスへの旅』が併録されているのであります。

 正直なところ、本書を手に取った時には宮崎駿がかなり前面に押し出された作りに――そもそも表紙だけ見ると、本書は誰が書いたものなのかすらわかりにくい――鼻白んだものでした。
 しかし宮崎駿が空想の中でウェストールと対面し、その作品の方向性を語り合う『タインマスへの旅』は見事な本作の見事な解題であり、そしてより即物的にいえば、見開きで描かれた爆撃機の図解は、本作の理解に非常に役立つものであり、この組み合わせには大いに納得したものであります。

 ――さて、話がずれましたが、ここで宮崎駿がほとんどファン目線で語っているように、本作は純粋に戦争文学として見ても、非常にリアルに感じられるものであり――これが真実のものであるかはもちろんわかりませんが、少なくとも本作の爆撃機描写の緻密さは凄まじい――そしてそこで描かれるものは、実に魅力的に感じられるのです。
 これはもう作者の愛ゆえ、作者は純粋にこういうものが好きだとしか思えない――好きという言葉が適切でなければ、並々ならぬ関心があったとしか思えないところであります。

 なるほど、この辺りの戦争(あるいは兵器)に対する複雑な視線は、まさに宮崎駿のそれと重なる――と感心したのですが、いずれにせよ、そんな作者だからこそ描けるものが、本作にはあります。戦争文学と、児童文学と、ホラー――その三つを自分自身のものとして描ける作者ならではのものが。
 だからこそ本作は――戦争がもたらす死と、それに唯一抗することができる生の希望を描く本作は、複雑で、そして豊饒な味わいを持つのでしょう。


 ちなみに先に述べた併録作『チャス・マッギルの幽霊』『ぼくを作ったもの』についても簡単に紹介しておきましょう。

 『チャス・マッギルの幽霊』は、主人が疎開した屋敷に一家で住むことになった少年チャス・マッギルが、屋敷にあるはずのない部屋に蠢く者の存在を知り、ついにそれと出くわして――という短編。「幽霊」と言いつつ実は――というひねりも面白く、またチャスの機転がもたらす非常に心温まる結末が印象的なのですが、しかし人間何度も戦争という愚行を繰り返しているのだな、という苦味も見逃してはならないでしょう。

 また、『ぼくを作ったもの』は、作者と、第一次世界大戦に従軍した祖父の物語。気難しい祖父がふとした時に見せる人間性と、やがて二人が辿る和解の姿、そして作者に遺したもの――それらを通じて、戦争に対して人間ができること、ある種の希望を描いてみせる、掌編ながら印象的で象徴的な一編であります。


『ブラッカムの爆撃機 チャス・マッギルの幽霊 ぼくを作ったもの』(ロバート・ウェストール 岩波書店) Amazon
ブラッカムの爆撃機―チャス・マッギルの幽霊/ぼくを作ったもの

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2020.01.23

ロバート・ウェストール『ブラッカムの爆撃機』(その一) 戦争文学として、児童文学として、ホラーとして


 第二次世界大戦中、イギリス軍が行ったドイツへの夜間爆撃を背景に、搭乗した者を死に至らしめるという爆撃機にまつわる奇譚――一級の戦争文学であり、児童文学であり、そして何よりもホラー小説でもある名品であります。

 「親父」と呼ばれるベテランパイロットと、同年代の若者たちとともに南オードビーの基地からドイツ本土への夜間爆撃を繰り返す新米航空兵のゲアリー。彼らが乗るウィンピー――ウェリントン爆撃機は、アルミ管の骨組みの上に、布を張って作られた代物であります。

 そんなウィンピーでのある爆撃の帰路、彼らは同じ部隊ながら、粗野で下品で鼻つまみ者のブラッカム軍曹の機体と遭遇するのですが――そこにドイツ空軍のユンカースが襲来。ゲアリーの警告で難を逃れたブラッカムの爆撃機はユンカースを攻撃し、敵の機体は炎に包まれるのでした。
 ドイツ軍の周波数に合わせていた無線機から聞こえてくるドイツのパイロット・ゲーレンの断末魔の叫びと、それを嘲笑うブラッカムたちの声――それを耳にしたゲーレンたちは、自分たちが今している行為に、強く心を痛めることになります。

 しかしその後の出撃において、ブラッカム機で奇怪な事態が発生します。出撃から帰還した機体の中ではクルーの一人が拳銃で撃たれて死に、後のクルーはパラシュートで脱出に失敗して死亡、唯一の生存者であるブラッカムは正気を失っていたのです。
 結局原因は不明のまま、別のチームに回されることとなったブラッカム機。しかしそのチームも、その次のチームも、出撃から帰還した後におかしな様子を見せ、その次の出撃で命を落としたではありませんか。

 司令官の要請で元ブラッカム機に乗ることになった親父と、志願して彼に同行することになったゲアリーたち。無事に爆撃を終えて帰還する一行ですが、その時、通信機からドイツ語の声が……


 自分の第二次大戦中の経験等を題材として、数々の児童文学を残したロバート・ウェストール。それと平行して、作者は超自然的な題材を扱った作品も描いてきたとのことですが――本作はその両者が、非常に密接に絡みあった作品であります。

 作中でブラッカムの爆撃機を巡る怪異の正体――その詳細は伏せますが、ホラーは比較的良く読む人間にとっても、その様は非常に恐ろしく、そして不気味かつ悍ましいものであります。まず間違いなく飛行機――特に無数の爆弾を腹に抱えた爆撃機の中では最も遭遇したくないものの一つであると、本作を読みながら震え上がりました。
 とはいえ、それは冷静に考えれば直接的な脅威ではないと言えるかもしれません。しかしそれはある意味「死」を具現化した存在であり――そしてそれに遭遇したパイロットたちの生きる意思を奪っていくという点で、非常に恐ろしい存在であります。

 本作はそんな怪異の存在を、語り手であるゲアリーの目と口を通じて、臨場感たっぷりに浮かびあがらせてみせます。
 あり得べからざるもの――それも形を持たぬものと、それが生み出す恐怖を描くのがホラーの醍醐味であるとすれば、本作は第一級のホラー小説であることは間違いありません(特にクライマックスで描かれる怪異の凄まじさたるや!)


 そして本作は同時に、戦争を舞台として初めて成立する作品でもあると言えます。
 それは本作の主な舞台が(そして怪異が猛威を振るう場が)爆撃機の中という、戦争でなければ登場したいような場であることはもちろんですが――それだけでなく、本作の背景に広がるもの、そして怪異の源ともいうべきものが、まさしく「戦争」に由来するものであるからにほかなりません。

 ゲアリーと(親父を除く)チームの仲間たちは、皆つい先頃まで学生であり――それがほとんど促成栽培のような形で最前線に投入されてきたことが、ゲアリーの語りの中から浮かび上がります。
 彼らにとってそれまで全く無縁だった、どこか遠くの話であった戦争が、突然身近なものになる――というほど、しかし状況は単純なものではないでしょう。空の上から爆弾を落とす彼らにとって最も身近な死は、敵ではなく自分たちの方のものであり、それに対する恐怖は、は戦争とはまた微妙に異なるものとも言えるのですから。

 しかし――と、中途半端なところで恐縮ですが、長くなりましたので明日に続きます。


『ブラッカムの爆撃機 チャス・マッギルの幽霊 ぼくを作ったもの』(ロバート・ウェストール 岩波書店) Amazon
ブラッカムの爆撃機―チャス・マッギルの幽霊/ぼくを作ったもの

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2020.01.22

高橋留美子『MAO』第3巻 解けゆく菜花の謎と、深まる摩緒の謎


 大正時代に迷い込んだ現代の女子中学生・菜花が、平安時代から妖魔と戦い続ける青年(?)陰陽師・摩緒とともに、謎に満ちた冒険を繰り広げる伝奇ホラーの第3巻であります。ついに発生した大正大震災の混乱の中、ついに明かされる菜花の秘密。その一方で摩緒にも思わぬ因縁の存在が……

 8年前に謎の事故で一度は呼吸を停止しながら復活した少女・菜花。その事故現場に近いシャッター通りから突然大正時代に迷い込んでしまった彼女は、そこで平安時代から妖魔・猫鬼を追い続ける摩緒と出会うのでした。
 秘法を盗み、不老不死の力を得たという猫鬼と、その呪いで不老不死となったという摩緒。しかし何故かその呪いが自分にも影響を及ぼしていることを知った菜花は、現代と大正を行き来して謎を追うことになります。

 そして大正大震災で、妖魔を封じたと言われる要石が崩壊したことを知り、大正時代の摩緒のもとに急ぐ菜花ですが――まさにその時、大震災が発生。周囲が炎に包まれる中、巨大な猫の姿が……


 というわけで、冒頭から物語を引っ張ってきた菜花にまつわる謎の多くが明かされるこの第3巻。
 両親を失った事故で彼女だけ生き残った――いや蘇生したのは何故か。そもそもあの事故は何が引き起こしたのか。事故の瞬間、彼女が見た怪物は何者なのか。その時危篤だった筈が、今は自分を見守っている祖父は何者なのか。そして何故彼女は妖の力と体質を持つのか……

 この巻の前半では、これだけの謎の大半が、震災の炎の中で激突する摩緒と猫鬼の姿と並行して、明かされることになります。
 そのテンポのよさ、そして何よりも謎解きの鮮やかさには、さすがはと感心しつつも、しかしまだ第3巻の時点で(全てが解けたわけではないとはいえ)ここまで明らかになってしまってよいのかしら、と心配にならなくもないのですが――そこはもちろん心配御無用であります。

 ここで明かされるのは、あくまでも主人公の一人である菜花の謎のみ。もう一人の、そしてタイトルロールである摩緒のそれは、これから深まっていくことになるのですから。


 震災の後、荒れ果てた浅草凌雲閣で囁かれる怪異の噂。それに何を感じ取ったか凌雲閣に向かった摩緒たちの前に現れたのは、彼を裏切り者と呼ぶ青年――それこそは、摩緒の兄弟子の一人・百火だったのであります。
 ――しかし、摩緒が陰陽師の修行をしていたのは平安時代ですから、約900年前のこと。猫鬼の呪いで不死となった摩緒は格別、何故百火はこの時代まで生きているのか? しかも彼の場合、摩緒の不死とはまた性質の異なるもののようなのであります。

 これまでも断片的に描かれてきた摩緒の過去。しかしそれはあくまでも断片であり、実は摩緒にとっても欠落の多いものでありました。炎の中で対峙した猫鬼が、自分たちの因縁の裏の事情を示唆する言葉を残したように、考えてみれば不審なことばかりなのですが――その疑いがここで一気に吹き出すことになります。
 果たして摩緒の過去に何が起こったのか、そして彼が戦うべき本当の敵は誰なのか? 菜花の謎が解けたと思えばこんどは摩緒の謎が――いやはや、全く楽しませてくれます。

 そして楽しませてくれるといえば、百火のキャラクターであります。
 作中で菜花にツッコまれるほどの自信過剰ぶりと、それとは裏腹の間が抜けた行動、たぶん本気になれば強いと思うけれどもムラのありそうな実力――こうしてみればこの百火は、作者の作品にはお馴染みのライバル(?)兼コメディリリーフキャラと感じられます。

 考えてみればそれなりにコミカルな場面は多かったものの、結構フラットなキャラではあった摩緒と菜花(特に前者)。それだけにシリアスなトーンであった物語を、百火が引っ掻き回し、さらに混沌とした物語として。
くれるのではないか――そう感じます


 どうやら序章を終えて本当の物語が始まった印象もある本作。この先の物語の拡がりが今から楽しみになるところであります。


『MAO』第3巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス) Amazon
MAO (3) (少年サンデーコミックス)


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 高橋留美子『MAO』第1-2巻 少女が追う現代と大正と結ぶ怪異

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2020.01.21

栗城祥子『平賀源内の猫』第1-2巻 少女と源内と猫を通じて描く史実の姿、人の姿


 様々な時代猫漫画が掲載されてきた「お江戸ねこぱんち」誌の中でも、数少ない史実との繋がりを巧みに物語に織り込んだ本作が電子書籍でまとまりました。タイトルどおり平賀源内とその猫、そしてお手伝いの少女の二人と一匹を中心に展開する、実にユニークな連作であります。

 生まれついての赤い髪が幼い頃からコンプレックスとなっていた少女・文緒。父を亡くし、江戸に出て人の紹介で住み込みで手伝いをすることとなった相手は平賀源内でありました。
 そして源内邸に彼よりも前から住みついていたという猫・エレキテル――その名が示すように自分の帯電体質を自在に操る猫――とともに、文緒は二人と一匹で暮らすことになります。

 派手好きな粋人で、何が本業かもわからない――しかし文緒の姿を全く気にせず受け容れてくれる源内、ちょっと性悪でマイペースのエレキテルに振り回されながら、文緒は様々な事件に巻き込まれていくことに…… 


 そんな文緒の視点から描かれていく本作は、個の第2巻までで8話が収録されています。
 初めて源内のもとを訪れた文緒が、戸惑いながら源内の人となりに触れ、自分自身を見つめ直す第1話「其の名エレキテル」
 今でいうストーカーに悩まされる笠森お仙を源内が匿ったことで起きる騒動「笠森お仙 雪花こころ模様」
 農民出身の用人・三浦を軽んじる田沼意知に、源内が人の価値を教える「日本橋通りの怪」
 ぎやまん製の鏡を大奥に献上したことがきっかけで、源内が大奥の勢力争いに巻き込まれる「うぬぼれ鏡」
 江戸参府してきたカピタンに会おうと奔走する中川淳庵を源内が見守る「中川淳庵、走る」
 望まぬ縁談に悩む工藤平助の娘・あや子のために源内が一肌脱ぐ「あや子の縁談」
 行方不明になった鈴木春信の猫探しと、旅に出た父を待つ少年の物語が交錯する「八百八町ねこ探し」
 大名同士の菓子作り競争に巻き込まれた源内が、かつての主である松平頼恭と再会する「殿さまとお砂糖」

 ――と、各話のあらすじを見ればわかるように(そして冒頭に述べたとおり)、本作はほとんどのエピソードで史実を題材とし、それをアレンジして物語を紡いでいくことになります。
 一見それは当たり前のことに感じられますが、しかし「お江戸ねこぱんち」誌に掲載されている漫画は市井ものが――言い換えれば特定の史実と絡まない作品がほとんど9割以上を占める中で、本作は異彩を放っているのであります。

 しかし本作の魅力は、単に史実を題材としている点だけでなく、その題材選びの巧みさにあります。
 源内が主人公だけに蘭学絡みのものや、彼自身の事績によるものも少なくありませんが、しかし本作で描かれるのはそれに留まりません。さらに有名な史実だけでなく、あまり知られていないような史実や、知っている人であればニヤリとできるような史実など――時にその意味を作中では伏せて――実に様々なのです。

 例えば田沼意次の用人・三浦庄司を題材とした作品はほとんど見たことがありませんし、工藤平助の娘のその後の人生は――こちらは様々な作品で描かれていますが――知っていれば大いに納得できるところであります。
 さらに「笠森お仙 雪花こころ模様」など、お仙の家の中にまで「忍んで」くるストーカーと聞いて、あっこれはと思いきや――と、知っていると逆に引っ掛けられる仕掛けが用意されているのも心憎い。

 そしてもちろん、この史実とのリンクが、文緒という一人の少女の目を通じて、血の通った人々の物語として――言い換えれば一種の人情ものとして――語り直される様も巧みであります。
 掲載誌でほとんど読んでいたものの、今回まとめて読んでみて、改めて本作の面白さを再確認させられた次第です。


 ただ一つ、蛇足を承知で申し上げれば――そしてこれは作者の責任ではないと思いますが――2巻構成の本作、第1巻と第2巻で表紙絵が同じだったり、目次ページが存在しないのに、いささか寂しい気分になったのもまた事実。
 紙の書籍で単行本化されていないものが電子書籍の形でまとめられたのは本当にありがたいお話ではありますが……


『平賀源内の猫』(栗城祥子 少年画報社ねこぱんちコミックス) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
平賀源内の猫(1) (ねこぱんちコミックス)平賀源内の猫(2) (ねこぱんちコミックス)

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2020.01.20

「コミック乱ツインズ」2020年2月号(その二)


 「コミック乱ツインズ」誌、2020年2月号の紹介の続きであります。様々な個性が集う本誌らしく、今回もユニークな作品が並びます。

『カムヤライド』(久正人)
 埴輪をセールスしにきたら、他人の空似(?)で大王から抹殺命令を出されてしまったモンコ。その命を受け、配下の「黒盾隊」とともにモンコを襲うオトタチバナ。そんなこととは露知らず、トレホと話し込んでいるヤマトタケル。そして彼らを探してヤマトに現れたウズメの同族(?)であるコヤネとイシコリドメ――ヤマトを舞台に、入り組みまくった人間関係が、物語を動かしていくことになります。

 そんな中でも、やはり一番注目してしまうのは、遂にカムヤライドに変身したモンコとオトタチバナメタルの本格対決。ついに日本史上初のヒーローバトルが――と思いきや、ここでさらりとヒーローの心意気を語ってオトタチバナたちを受け流してみせるモンコが最高に格好良い。
 オトタチバナの方も、肉体に鎧を装着するのではなく、鎧に魂を宿らせるという独特の変身スタイルを利用した、意外に(失礼!)クレバーな戦闘スタイルからの必殺技を見せてくれたのですが――ここはモンコの方が役者が上だったと言うべきでしょう。

 何しろあれだけスマートに、小粋に逃走を決められたら、それは人外だって胸のときめきが――ん?
 何だかとんでもないものを見てしまった気がしますが、さらにとんでもないのはこの後。なかなか見つからないモンコたちに業を煮やしたイシコリドメは、懐から取り出したコンパクト(?)で変身! そのパターンといい、変身後のビジュアルといい、これまた時代を数千年先取りしたような代物で――この調子では、全ての変身ヒーローの原点は古墳時代にあったことになりそうです。(おそらくウ○○○○○も最後には登場するでしょうし……)

 それはさておき、ヒーローをおびき出すために怪人がやることといえば一つ。この先、どんな惨劇が描かれることになるのか、そしてそれにヒーローたちはいかに立ち向かうのか――注目です。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 義姫による政宗毒殺未遂の前後から、特に重いムードが続く本作。母を誅するわけにはいかず、代わって、というのが適切かはわかりませんが、弟である小次郎を誅することを決意した政宗は――と、ついに事ここに至ってしまったか、という印象であります。
 もちろん今回もギャグは織り込まれるものの、しかし当然と言うべきか、どうにも辛い――と思いきや、いきなり政宗がずいぶんと男らしい選択を!?

 本当にこんなことをして大丈夫なのか、そしてどちらに転んでも絶対哀しいことになる状況で次回に続きます。


『鼓草の根』(鶴岡孝雄)
 これまでも何度か読み切りが掲載されている作者の新作は、とある藩を舞台とした、独特のムードを湛えた剣術ものであります。

 かつては道場で「鬼刃」と呼ばれたほどの腕を持ちながら、今は郷廻役として自然の中で静かに妻子と暮らす半田直次郎。しかし突然組頭に呼び出された彼は、近頃城下で次々と腕に覚えのある者を叩き潰す剣士・赤沼との立ち合いを命じられることになります。
 かつて奉納試合で自分の息子を破られた家老の意趣返しであることは明らかながら、辞退することも許されず、城内で赤沼と試合に臨む半田は……

 舞台といい物語といい、さらに(まことに失礼ながら)絵柄といい、何とも地味な本作。かなりのコマで半田が伏し目がちの表情をしていることもあって、ひたすら重いムードが続きます。
 しかし、それまでの剣士としての人生を捨て、ようやく地に足のついた暮らしを送ることにも慣れてきた半田の姿には、何となく身につまされるものがあるわけで――もちろんこれは個人の感想ですが――かつての自分が属していた世界に背を向けて、家族の元に帰っていくのも立派な生き方であるよな、と半ば自分に言い聞かせるように感じ入ってしまった次第です。


 次号は巻頭カラーで『勘定吟味役異聞』が新章突入のほかは、基本的にレギュラー陣が通常営業で掲載される模様です。


「コミック乱ツインズ」2020年2月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2020年2月号 [雑誌]


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 「コミック乱ツインズ」2020年1月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2020年1月号(その二)

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2020.01.19

「コミック乱ツインズ」2020年2月号(その一)


 実質今年初めての号となる「コミック乱ツインズ」2月号は、何かと話題が多い『暁の犬』が表紙&巻中カラー、そして『鬼役』が巻頭カラーであります。今回もまた、印象に残った作品を一つずつ紹介します。

『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)
 今回は原作の『鬼役外伝』からの漫画化とのことですが、主人公は蔵人介の養母・志乃であります。
 質屋の帰り、絡んできた破落戸を叩きのめしたことがきっかけで、とある仏具屋の主人に声をかけられた志乃。なりゆきから相手の相談に乗ることになった志乃は、武家との縁談を嫌がっているという娘の相談に乗ることになるのですが……

 普段から鬼役のお勤めより悪人殺しに精を出している印象のある本作ですが、今回は町人の悩み相談まで!? と思いきや、その相談にしっかりと理由と必然性があるのが楽しい今回。しかもクライマックスでは、蔵人介(今回は義母にこき使われる一方なのも愉快)が鬼役としての姿を、しかし意外なところで見せてくれるのに感心いたしました。
 外伝ならではのエピソードかもしれませんが、このような物語をもっと読みたいところであります。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 今回で『相剋の渦』編は最終回――といっても結局聡四郎は自分では謎を解けず、冷静に考えれば妙な形で尾張浪人たちの吉宗暗殺計画に割って入ることになります。
 野良犬よりも狼でありたいと妙にカッコいいことを言う(しかし言うだけ)の浪人たちに対して、生存者バイアスバリバリで言い返す――これはまあ、上田作品定番ですが――のも、あまりスッキリしないところであります。

 そんな中で一人気を吐いていたのは、言うまでもなくまだ紀州公の吉宗。気さくなようなふりをして実はブラックさの片鱗を見せつつ、聡四郎とのファーストコンタクトを飾ることになります。何だかあらゆる点で聡四郎を上回っている感が強いこの相手と、聡四郎はこの先どう関わっていくのか――何だか一部では不幸の手紙扱いされている聡四郎の明日はどちらでしょうか?


『いちげき』(松本次郎&永井義男)
 もはや一撃必殺隊は指揮官に至るまで任を解かれ、ほとんど実体を失った中で残された男たちを(敵を含めて)描く本作。自分たちが初めから生きては帰れない捨て駒だと知った丑五郎と市造は、復讐のために指揮官だった島田を襲撃しようとするのですが――同士討ちという迷走の極みというべき展開の中、彼らを巧みに操り、争いを生み出した者が、この戦いを利用すべく動き出します。

 島田にとって市造と丑五郎を捌くのは雑作もないこと、しかしそこにもう一人、さらにトリッキーな相手が加われば――絶体絶命の緊迫感とスピード感溢れる決闘シーンのアクション描写にはシビレます。
 しかしまだまだ油断はできない展開、果たして生き残るのは誰なのか――やるせない戦いはまだ続きます。


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 胴斬りの暗殺者を仕留める依頼に加え、その暗殺者の可能性がある遣い手三人も斬ることとなった小野寺佐内。そこに現れたのは、同じ益子屋に周旋を受けたご同業の剣士で――と、孤独な暗殺者という風情だった左内に、味方が登場するのですが、これがまたこれまで本作にはいなかったタイプのキャラクターであります。
 見た目はタヌキのような中年で、酒好き女好き、さらにやたらと口数が多いという、いや本当に正反対のキャラなのですが、しかしいざ刀を構えれば一目で遣い手とわかる――これはもちろん、それをしっかりと描いてみせる作者の筆力によるものですが――実に味のあるおっさんキャラです。

 が、そのおっさんによってまた「芳町」「寺小姓」「衆道」などという語を正面からぶつけられる左内――もはや彼がセクハラを受けるのは本作の名物というべきなのでしょうか。しかし冷静に考えると、本当に女性っ気の少ないお話ではありますが……

 そんな賑やかな展開でニコニコさせつつ、後半で描かれるのは、父が富田流の必殺剣を出しながらも全く及ばなかった相手に怯える左内の姿。イメトレでも自分が惨死する姿しか見えないという重症ぶりですが、さて――この先の三番勝負が彼を変えてくれるのでしょうか?


 次回に続きます。


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