入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)



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2019.11.18

岩崎陽子『ルパン・エチュード』第4巻 大団円 重なり合いそして分かたれるルパンとジョジーヌの道


 ラウールとアルセーヌ、二つの魂を持つルパンの冒険を描く『ルパン・エチュード』は、いよいよ「カリオストロ伯爵夫人」完結編。激しい愛を交わした末に、今は敵意と憎しみをぶつけ合うルパンとジョジーヌ。二人の対決の決着は、そしてクラリスの運命は……

 天真爛漫な青年ラウール・ダントレジーの中に眠っていたもう一つの魂アルセーヌ・ルパン。周囲の悪意を感じた時に表に出ることができるルパンは、己を現実に繋ぎとめることができるカリオストロ伯爵夫人を名乗る美女・ジョジーヌと出会い、激しい恋に落ちることになります。
 彼女とともに、七本枝の燭台に秘められた莫大な財宝の秘密を追うルパン。しかし「ルパン」の存在を信じようとせず、そして何よりも目的達成のためには手段を選ばないジョジーヌから次第に心が離れていくのでした。

 そしてついにジョジーヌと袂を分かち、もう一つの財宝を狙う勢力であるボーマニャン一味と三つ巴の戦いを繰り広げるルパン。その中に、ラウールが愛する善意の固まりのような美少女クラリスも巻き込まれて……


 と、ルパンとジョジーヌ、クラリスが一堂に会するという、修羅場というほかない場面から、この第4巻は始まることになります。
 ルパンとラウールの関係を理解しないジョジーヌにとっては、クラリスは自分の恋人を奪う不倶戴天の敵。そんな魔女の手に落ちたクラリスを救うため、ルパンは財宝の謎を解くことになります。
 原作ではこの謎解きは、面白いものでありつつも、少々古めかしさを感じさせるものだったのですが、本作ではここにルパンとラウールの関係を二重写しにするという離れ業を見せてくれるのが心憎いところであります。

 そして二重写しといえば、本作においてはルパンとジョジーヌの姿もまた、そのような形で描かれているのに感心させられます。
 ラウールの体の中に眠り、限られた時にしか表に出られないルパン。親友であるヴァトー、そしてクラリス以外、誰もそのことを理解できない――すなわち、ルパン自身としてこの世に存在できないルパンの背負う孤独は、あまりに大きいと言うほかありません。

 そしてジョジーヌもまた、不老不死の美女・カリオストロ伯爵夫人という仮面の下でしか生きられない人間。「父」であるカリオストロ伯爵の名と、そして母の姿と名前――この二つを背負わされた彼女もまた、自分自身としてこの世に存在できないのであります。
 ここで描かれるのは、いわば犯罪と恋愛以外の、彼女のもう一つの顔――原作ではほとんど描かれなかったと感じられるこの顔を描き出したことは、本作の大きな収穫の一つと言うべきでしょう。

 そしてもう一つ、これほど似通った存在であり、一度は身も心も一つになりながらも、しかし決定的に道を違えた彼女と対比する形で、ルパンという人間の核にあるものを描いてみせたこともまた。


 さて、そんな相手であっても、いやそんな相手だからこそ、ルパンは負けるわけにはいきません。ここから先の戦いは一進一退、いや経験と組織力が上回るジョジーヌの勝利かと思いきや――しかし、最後にはルパンが高らかに笑うという痛快な展開で、物語は大団円を迎えるのことになります。
 が、ここで本作は、原作とは近しくも、大きく異なる結末を迎えることになります。その違いの詳細はここでは伏せませんが――おそらくそれはラウールの存在によるのでしょう――この改変がこれからのルパンの物語を大きく変えることは間違いないでしょう。

 しかし、本当に残念ながら、本作はここでひとまずの結末を迎えることになります。巻末の作者の言によれば、本当の本作の結末は、原作の第1話である『ルパンの逮捕』とのこと。今回の結末からそこに至るまでに何が起き、何が描かれるのか――それがすぐには読めないことは、無念と言うほかありません。

 しかし、アルセーヌ・ルパンという存在は、ラウール・ダントレジーという殻を破って表に出たのであります。今はまだ、本書の表紙のように鏡に映るかりそめの像でしかなくとも。
 だから私は信じるのです。「「アルセーヌ・ルパン」が陰から姿を現し世界を従える様子」を、「常識も理不尽もひっくり返して笑い飛ばす」痛快なその姿を、いつかまた必ず見ることができると……

 その日を待ち続けようと、本書を閉じながら誓った次第です。


 もう一つ心残りなのは、できればジョジーヌにはラウールときちんと会って欲しかった、という点であります。ラウールと会えるということは、それは――なのですから。


『ルパン・エチュード』第4巻(岩崎陽子 秋田書店プリンセス・コミックス) Amazon
ルパン・エチュード(4) (プリンセス・コミックス)


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 岩崎陽子『ルパン・エチュード』第3巻 運命の二人の恋、すれ違う二人の想い

 モーリス・ルブラン『カリオストロ伯爵夫人』 最初の冒険で描かれたルパンのルパンたる部分

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2019.11.17

『無限の住人-IMMORTAL-』 六幕「羽根 はね」

 縁日で生意気な少年・練造と出会った凜。一方、万次もその練造の父・川上新夜と遭遇していた。実は逸刀流の剣士であり、母を陵辱した新夜に怒りを燃やす凜だが、練造のことを想い、単身新夜の家に乗り込んで母に詫びるよう迫る。しかし凜は隙を突かれて新夜に追い詰められ、駆けつけた万次も……

 原作では第4巻丸々一冊+1話という長さで描かれたエピソードを、一話でまとめた今回。初読時には長い+話が辛気くさい+新夜がゲスいわりに戦い方が地味というのが苦手だったのですが――こうして一話にまとめられてみると、なかなか味のある話であったと今更ながらに思わされます。
(というより初期の面白剣士との対決から、このエピソードを期に人間群像絵巻的な展開に推移していったのに、当時は面食らっただけだったのだと今ならわかります)

 復讐対象の過去の悪行を知らない肉親の存在を通じて、主人公の復讐の正当性を問いかける――復讐ものではかなりの頻度で描かれるパターンですが、今回のエピソードはまさにそれだと言えるでしょう。
 しかしこのパターン、うまく描かないと何だか煮え切らない話になるだけになりかねないのですが、本作は凜が親の仇を討たんとする物語であるだけに、練造に自分の姿を重ね合わせて復讐を迷うという展開には、それなりに説得力があると言えるでしょう。

 もっとも、だからといって単身新夜のもとに乗り込んでいって謝れ、というのは甘いにもほどがあると言えるかもしれません(しかし作劇上仕方ないとはいえ、凜と万次は、お互い単独行動を取ってピンチになるというパターンが本当に多い)。
 やはり新夜が言うとおりに、自分の手を汚す覚悟がないといえばそれまでですが、しかし本作では実際に戦うのは凜の用心棒である万次であることを考えれば、凜の心境にもある意味納得できるものがあります。

 さて、冒頭に述べたように戦い方が地味な――というより逸刀流として何がウリだったのかよくわからない――新夜ですが、原作ではわざわざ箪笥や燭台を動かして部屋の中で自分の有利な戦場を作るという面白キャラだったのが、こちらでは真っ正面から戦うというさらに地味な展開に。
 おかげで万次がさらに弱く感じられるような気がしますが、この話では戦いは短めでよかったようにも感じます。

 ただ一つ残念だったのは、人の恨みは誰かが死なないと消えないのかという凜の問いに対する、万次のある意味身も蓋もない、しかしどうしようもない真実の答えが省略されていた点ですが――このアニメ版、こういう省略が意外と多いのは、やはり意図してやっているのでしょうか。


 にしても練造、ここで本当に退場できていればよかったのに……


『無限の住人-IMMORTAL-』(Amazon prime video) Amazon


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 『無限の住人-IMMORTAL-』 二幕「開闢 かいびゃく」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 三幕「夢弾 ゆめびき」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 四幕「斜凜 しゃりん」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 五幕「蟲の唄 むしのうた」

 無限の住人

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2019.11.16

『お江戸ねこぱんち 猫遊びの巻』


 猫を題材とした時代コミック誌という無二の個性を持つ「お江戸ねこぱんち」誌。私も創刊時から全号読み、ほぼ全号紹介してきましたが、今回大幅なリニューアルが行われました。さて、その結果は……

 このリニューアル、web上の紹介文を引用すれば「長期に渡り続いてきたお江戸ねこぱんちを大幅にリニューアル! 判型、表紙、執筆陣のラインナップを大きく変えて若い女性読者をターゲットに再始動!」とのこと。

 ここで個人的にまず驚かされたのは、若い女性読者をターゲットに――という点で、読者コーナーを見れば、同誌は実はかなり読者の年齢層が高いことが窺われるからであります(実際、リニューアル前の葉書を掲載した本号の読書コーナーも結構年齢層が高い)。
 それを若い女性読者を――というのは思い切ったものだと思わされますが、もちろんこれはこちらがあくまでも読者コーナーのみを見ているからであって、ターゲットを切り替える根拠というのがそれなりにあるということなのでしょう(そもそも私は前からターゲット外の読者ですが)。

 しかし一番ショックだったのは、執筆陣のかなりが入れ替わり、作品においては総入れ替えとなった点であります。もちろん毎号読み切りが売りの同誌ではありますが、しかし続きものもそれなりにあった中で、問答無用で総入れ替えというのは、かなり残念に感じます(かなり長期に渡って連載していた作品もあったのに……)。

 それではどれくらい変わったのか、とこちらも少々意地になって、かなり雑ながら、掲載15作品の傾向を調べてみると――
新妻もの 3
お仕事もの(奉公もの含む) 2
ファンタジー要素ありの恋愛もの 2
ファンタジー要素ありの人情もの 2
男性職人もの 2(どちらもファンタジー要素少しあり)
タイムスリップもの 1(ある意味お仕事もの)
隠密もの 1
猫主人公のギャグ 1
絵コラム 1

 と、リニューアル前とそれほど変わったかなあ――という気もするラインナップ。強いていえば、新妻ものが3作品あったり、他の分類に入れたものも含めればお仕事ものが6作品と一番多かったりと、何となく頷けるところもあるのですが……
 その意味では、謳い文句を見て覚悟していたほどではないかな――というのが、正直な感想であります。もちろん、上で述べた連載(連作)作品がほぼ全てなくなったのはショックなのですが。
(特に、史実とのリンクありの作品がほぼ完全になくなったのは個人的に残念)


 さて、繰り言が多くなってしまいましたが、印象に残った作品が少なからずありますので、挙げていきましょう。

 『縁結びの猫』(ひるのつき子)は、縁を呼ぶという猫がいる茶屋の娘を主人公にした物語です。
 猫が持ってきたかんざしをきっかけに、その持ち主である美しいけれどもちょっと浮き世離れした娘と知り合った茶屋娘。好いたヒトがいたが縁談が来てしまったという娘の正体は――と、よくある恋愛ものかと思えば、思わぬ方向に転がっていくのがなかなか楽しい作品であります。(さりげない言葉遣いが伏線になっているのが嬉しい)

 また、今回唯一の伝奇的(?)な作品である『又七股旅忍び旅』(ひのや)は、さる藩に潜入した隠密――山猫ならぬ化け猫廻しの又七郎と猫の紅虎が、何事かを企んでいるという家老に迫る物語。
 と思いきや、半ば強引に協力者となった、家老に襖絵の依頼を受けた絵師のキャラクターがエキセントリックで、かなりそちらに持っていかれた印象。シリアスかと思えば間の抜けた展開もあって、ちょっとどっちつかずな気もしますが、楽しめる作品であります。

 その他、木戸番をしている(ちゃんと焼き芋を売っている)しゃべる猫を狂言回しとした『木戸ニャン太郎』(月みとう)は、亡き夫/父との再会を願う一家を描く人情ものですが、死者との再会という題材のためか、夜の闇の深さの描写が印象に残ります。
 また、『猫間師匠の江戸噺』(桐丸ゆい)と『風来坊の忠治』(きっか)は、それぞれ絵コラムとギャグ漫画という全く異なる内容ながら、古参の安定感が素晴らしい作品であります。


 と、色々言いつつも、今回もきっちり読んでしまった「お江戸ねこぱんち」。この先どのような展開があるのかわかりませんが、こうなったらとことん付き合いたいと思います。


『お江戸ねこぱんち 猫遊びの巻』(少年画報社にゃんCOMI廉価版コミック) Amazon
お江戸ねこぱんち 猫遊びの巻 (にゃんCOMI廉価版コミック)


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 『お江戸ねこぱんち 紅葉狩り編』
 『お江戸ねこぱんち 藤まつり編』

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2019.11.15

山本巧次『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 北からの黒船』 江戸に消えたロシア人を追え!


 ついにドラマ化も実現した『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう』の最新作、シリーズ第6弾であります。江戸を現代を行き来するおゆうが今回挑むのは、護送中に脱走したロシア人船員にまつわる数々の謎。江戸時代後期の外交事情も踏まえつつ、おゆうの活躍が始まります。

 1822年のある日、常陸国鉾田に上陸し、代官所に捕らえられたロシア人船員ステパノフ。しかし長崎に移送されるはずだったステパノフは護送中に何者かの手助けで脱走、江戸市中に潜伏した可能性があることが判明します。
 伝三郎やおゆうたちをはじめとする、ごく一部の与力同心、岡っ引きに探索の命が下るのですが――しかし何分極秘の捜査のため、ステパノフの行方は杳として知れません。

 そんな中、自分たち同様に、鉾田代官所の手代がステパノフを追っていることを知ったおゆう。しかしその矢先に手代は何者かに殺害された姿で発見されることになります。
 それでも苦心の捜査の末、ある事件をきっかけに、ついにステパノフの潜伏場所を突き止め、捕らえた伝三郎とおゆう。しかしステパノフは駒込のとある武家屋敷に留めおかれ、おゆうはその世話に通うことになるのでした。

 そんな中で起きる第二の殺人。果たして一連の殺人とステパノフの関係は、怪しげな動きを見せる幕府の真意は。そして何よりも、ステパノフは何のために日本を訪れたのか――おゆうは、宇田川の助けで思わぬ真実の一端を知ることになるのですが……


 第4弾で歴史上の実在の人物と対面し、第5弾ではおゆうの現代でのブレーンである宇田川が江戸に登場と、この数巻、趣向を凝らした大きな動きが見られる本シリーズ。本作でのそれは、史実との――江戸時代の外交史とのリンクと言えるでしょうか。

 本シリーズの舞台となっている19世紀前半(正確な年代が明示されたのは今回が初めてかもしれません)は、日本近海に異国船が現れ、通商や外交を求め始めた時代。本作ではちょっと面白い形で登場した大黒屋光太夫のように、実際に海外の空気を吸った人間も現れた頃であります。
 そんな中、日本にロシア人が密入国を企て、江戸に潜入しようとすればどうなるか――作中でも言及されるように、ゴローニン事件はわずか十年前のこの頃、いつ日本とロシアの間に火がついてもおかしくない空気が、本作の背景にはあります。

 実は本作は、これまでの作品に比べると、ミステリ味や科学捜査要素は比較的抑え目なのですが――もっとも、今回も科学捜査のおかげで大きなどんでん返しが明らかになるのですが――この、大げさに言ってしまえば一種のポリティカルサスペンス風味が、本作の特徴といえるでしょうか。
 特に後半から終盤にかけて明らかになっていくステパノフの正体はなかなかに面白く、ある意味時間旅行者のおゆう以上に意外な秘密を背負った存在として印象に残ります。

 しかしそんなステパノフの中の唯一の真実が実は――と、泣かせる展開になっているのも心憎いところであります。
(作品自体のオチは途中で読めるのがちょっと残念ですが……)


 ちなみに前作でちょっとおゆうとの関係性の変化を見せた宇田川は、前作に比べれば出番は控え目なものの、相変わらず要所要所でおゆう以上の活躍を見せるのも楽しいところ。
 一方伝三郎の方も、今まで今一つ生きていなかったある設定が意味を持つ描写があったのが印象に残るところですが、さてこの設定が今後シリーズでどのような意味を持つのか。何だか宇田川がおゆうよりも先に気づいてしまいそうな気もしますが……

 何はともあれ、そんな三人の気になる関係も含めて相変わらず楽しく、肩の凝らないエンターテイメントである本作。この先もどのような趣向で攻めてきてくれるのか、楽しみにしたいと思います。


『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 北からの黒船』(山本巧次 宝島社文庫『このミス』大賞シリーズ) Amazon
大江戸科学捜査 八丁掘のおゆう 北からの黒船 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)


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2019.11.14

芦辺拓ほか『ヤオと七つの時空の謎』(その二) 少女が辿り着いた時の先


 狂った世界を修復するために様々な時代を巡る少女・ヤオの冒険を描く連作集も後半に突入。いよいよ現代に近づいてくるのヤオの冒険、その先に待つのは……

「天狗火起請」(高井忍)
 海の向こうから来た金色姫の伝説が残る小田原に現れた、絡んできた侍たちをあっさりと叩きのめし、大山天狗の姫君と呼ばれるようになった奇妙な服装の少女。
 彼女が見せた剣技に惹かれ、つきまとうようになった北条家の侍・斎藤主馬助と、その弟子の手紙を読み、小田原に現れた剣豪・塚原卜伝。しかしその矢先に城下で十一人もの侍が斬られ、ヤオは無実を証明するため、火起請にかけられることに……

 剣豪ミステリ、そして歴史ミステリを得意とする作者による本作は、やはり剣豪を題材とする物語。
 内容的には『柳生十兵衛秘剣考』のような秘剣そのものを題材としたものではなく、謎解きも小粒なのがちょっと残念ではありますが――しかし結末で描かれる剣術者の業と、時を超えて旅する少女の姿の交錯は、何とも言えぬ余韻が感じられます。


「色里探偵控」(安萬純一)
 吉原で廻船問屋の次男が障子の向こうから吹き矢で殺されたという事件を持ち込まれた岡っ引き・染井岩徳(ガントク)。両腕を縛った奇妙な格好と奇妙な喋りの少女・ヤオとともに謎解きにとりかかったガントクですが、どう見ても密室での殺人に頭を悩ませるばかり。しかも今度は、同じ部屋で次男のお守り役だった大番頭の死体が発見されて……

 驚愕の忍者ミステリ『滅びの掟 密室忍法帖』で読者の度肝を抜いた作者が描くのは、江戸時代を舞台とした、やはり(?)密室もの。障子が閉められた外から、正確に吹き矢を打ち込まれた男――しかも犯人と疑われる相手は目の前にいた――という不可能犯罪に、ヤオを用心棒につけた岡っ引きが挑みます。
 何だかこれまでと全くキャラ付けが違うヤオの言動に目を奪われがちになりますが、人間くさいガントクのキャラクターと、結構豪腕なトリックもなかなか楽しい、よくできた一編であります。


「天地の魔鏡」(柄刀一)
 明治時代、人里離れた警視庁の訓練施設・奥川駐留練学所に、国学者・山本を訪ねてきた奇妙な少女。しかしその前の晩から山本は行方をくらませており、連学所の人々は捜索に駆り出されることになるのでした。
 遅々として進まぬ捜索に苛立ちを募らせ、朝礼の場で激高する指揮官の兵藤中警部。そんな中、ヤオが見抜いた真実とは……

 単なる行方不明事件に思えたものが、やがて意外かつ恐ろしい真実を明らかにする本作。その展開自体が謎と密接に関わるために詳細は述べられませんが、前代未聞の犯行方法にはさすがに驚かされました。
 そして「魔鏡」――光を当てることでその下の凹凸を浮かび上がらせる仕組みの鏡――になぞらえて殺人の構図を、人の世の姿を描く本作は、ある意味本書の中で最も「鏡」という存在に自覚的と言えるでしょう。

 しかしここで恥を忍んで申し上げれば、本作で仄めかされている作中の(あるいは史実の上での)真実が何を指しているのか、私にはどうしても理解できませんでした。本当に悔しいのですが、敢えて白状する次第です。


「ヤオ最後の冒険またはエピローグ」(芦辺拓)
 そしてついに最後の時代にたどり着いたヤオの姿を描くのは、冒頭を担当した芦辺拓ですが――やはりただでは終わりません。

 いずことも知れぬ時代に現れ、遠くに見える町らしきものに向かうヤオ。途中、向こうから必死に駆けてくる美しい女性とすれ違ったヤオは、やがて無数の追っ手に取り巻かれ、その国の首長殺しの犯人として捕らえられてしまうのでした。処刑寸前のヤオがたどり着いた犯人の正体とは、そしてこの時代は……

 最後の最後に待っていた絶体絶命の窮地。ここから逃れるための手がかりはあまりに少なく――と大いにハラハラさせられるのですが、明かされた真相には、なるほどこれは歴史ミステリだわい、と思わず納得。
 そしてそこから本書に仕掛けられたある真実(それによって味わいが増すエピソードも!)が語られ、さらにそこには連作をまとめる上の苦労も忍ばれて――と、やはりこの作者らしい大団円と言うほかありません。


 連作として見てみるとちょっと納得がいかない部分があったり、やはりヤオが通りすがりで終わっているエピソードがあるのは勿体なく感じるのですが――しかし豪華執筆陣による連作、それも歴史ミステリという本書の趣向は唯一無二のもの。存分に楽しませていただきました。


『ヤオと七つの時空の謎』(芦辺拓・獅子宮敏彦・山田彩人・秋梨惟喬・高井忍・安萬純一・柄刀一 南雲堂) Amazon
ヤオと七つの時空の謎

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2019.11.13

芦辺拓ほか『ヤオと七つの時空の謎』(その一) 少女が巡る歴史と謎の旅


 この数年、本格ミステリプロパーによる時代ミステリ・歴史ミステリが、少なからず見られるようになってきました。本書はその極めつけ――芦辺拓・獅子宮敏彦・山田彩人・秋梨惟喬・高井忍・安萬純一・柄刀一という豪華メンバーが、七つの時代を巡る少女ヤオの活躍を描く連作であります。

 おそらくは現代に近い時代――ある一点を除けば平凡な女子高生・ヤオは、街を襲う奇怪な事態に遭遇することになります。ある者は電子機器から溢れた無数の文字に襲われ、またある者は陳腐なファンタジーの一員になり――そんな中で唯一難を逃れた彼女は、偽りの歴史の蔓延により歴史を映す鏡が崩壊したことが、この事態の原因であることを知るのでした
 かくてヤオが向かった先は……

 という芦辺拓「プロローグまたはヤオは旅立つ」 から始まる本書。以降、割れた鏡の欠片を追って様々な時代に現れ、そしてそこで様々な謎と対峙する(時々通り過ぎるだけだったりもしますが……)ヤオの姿が描かれていきます。


「聖徳太子の探偵」(獅子宮敏彦)
 飛鳥時代で、刺客に襲われている少年を助けたヤオ。少年は聖徳太子に仕える<探リ部>ノ穂牟豆――太子の命で様々な謎を調査する彼と行動を共にすることになったヤオは、宝鏡を用いて儀式を行っていた蘇我ノ善徳(蘇我ノ馬子の長男)が、密室で奇怪な死を遂げた事件を調査することになります。
 何故か箸が落ちていた密室の両隣の部屋にいたのは、それぞれ蘇我ノ蝦夷と小野ノ妹子。怪死の原因を突き止めた穂牟豆ですが、真犯人とは……

 一番手を務めるのは、歴史ミステリ『砂楼に登りし者たち』でデビューした作者。言ってみれば歴史ミステリは原点でありますが――本作はゲストキャラとして穂牟豆(ほむず)なる少年探偵が登場するのが実に楽しいところであります。
 謎の方も、密室トリックでありつつも、ハウとフーだけでなくホワイの部分でも一ひねりがあるのが面白い。エッとなるような結末の後に、もう一段、歴史ものとしての仕掛けがあるのも嬉しい物語です。


「妖笛」(山田彩人)
 笛に耽溺した末に京に笛の修行に向かう途中の武士の子・妹尾九郎。ある晩、宿を借りた堂で貴族から注文を受けた笛を届ける途中だという笛師と出会った九郎は、惚れ込んだ笛を思わず吹いてしまうのでした。
 しかし朝になってみれば笛師の姿はなく、手元にはあの笛が残るのみ。笛師に注文した貴族の館を訪れるも、誰も心当たりがなく途方にくれた九郎は、偶然、そこで幽閉された娘を見つけ、助け出すのですが……

 奇妙な笛に魅せられ、それを吹き鳴らした男が体験する奇怪な事態を描く本作は、ある意味本書の中で最も異色作かもしれません。それはヤオが通りすがり状態でしか登場しないこともそうですが、何よりも、真実がほとんどホラーとも言うべき点によります。
 しかしその怪異を描くのは、○○トリックとも言うべき手法――なるほど、こういう料理の仕方もあるのか、と感心いたしました。


「鞍馬異聞 もろこし外伝」(秋梨惟喬)
 実は個人的に本書で最も楽しみにしていたのが本作であります。何しろ、作者の代表作である武侠ミステリ「もろこし」シリーズ、その外伝だというのですから。しかし中華世界のバランスを守る銀牌侠の活躍を、日本を舞台に如何に描くかと思えば……

 鞍馬寺に預けられていた牛若丸のもとに飛び込んできた事件の報――鞍馬周辺に暮らす子供が、またも殺害されたというのです。
 またもというのは他でもない、同様の事件はこれで十一人目――いずれも首を斬られて持ち去られるという無惨な事件の連続に、牛若丸と行者の少年・童鬼、そして唐土の商人に連れられてきた異国の少年・鉄丸は、謎解きに乗り出すのでした。

 彼らを見守るのは、鉄丸と行動を共にする仙人のような老人・雲游。はたして彼らが知った事件の真相とは……

 なるほどこういう手できたか、と思わずニンマリの趣向の本作は、謎自体はさほど意外ではないものの、しかしこの時代背景と登場人物と結びつけば納得の内容と言えるでしょう。
 そして何よりも、結末で明かされるある「真実」の楽しさたるや――本作もヤオは通りすがり状態ですが、それもほとんど気にならない快作です(そしてもう一人、水滸伝ファンであればニッコリの、あるキャラの存在も嬉しいのです)。


 後半の作品は次回ご紹介いたします。


『ヤオと七つの時空の謎』(芦辺拓・獅子宮敏彦・山田彩人・秋梨惟喬・高井忍・安萬純一・柄刀一 南雲堂) Amazon
ヤオと七つの時空の謎

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