入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)



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2024.06.18

「コミック乱ツインズ」2024年7月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2024年7月号の紹介の続きです。

『ビジャの女王』(森秀樹)
 今回も続くモンゴル軍のビジャ攻め――最後の攻城塔を倒したものの、それがかえって城壁を崩壊させて、窮地に陥ったビジャ。城内に潜入してオッド姫を狙った敵兵は、密かに彼女の傍らに控えていたブブが撃退したものの、まだまだ蒙古軍の攻勢は続きます。
 さしものモズも「こりゃあ、まいったな!」と冷や汗タラリしている一方で、オッド姫の豹とブブの仲間の巨大イナゴ・墨蝗(やっぱり虫部隊の成果だったりするんですかね……)が仲良く戯れるという異常な状況ですが、それはさておきラジンの父・フレグからの伝令が状況を動かします。

 伝令が伝えたフレグの指令とは、そしてその原因となったものは――なるほど、ここでこう繋がるのか、といったところですが、多民族混成部隊というモンゴル軍の特徴を突くのは、さすがは、とうべきでしょう。(そして本当に久しぶりに登場、言われなければ誰だかわからなかったノグス!)
 これで戦いは振り出しにと思いきや、状況はまだまだ転がり、さてラストシーンの先に描かれるのは――これまた気になる引きです。


『かきすて!』(艶々)
 任務のため、鵜沼宿(今の岐阜県各務原)に向かったナツ。子宝祈願の祈祷に向かう、とある武家の奥方の護衛が今回の任務ですが、新たに側室を立てようとする一派が、神社に奉納する御神体を奪うなどの妨害を企んでいる――というわけで、その御神体の守りをナツは任されることになります。
 しかし問題は、その祈祷が行われるのが田縣神社の豊年祭で――と、ここで噴き出す人もいるかもしれません。

 田縣神社の豊年祭とは、要するに男性自身を模した神輿を担いで練り歩くという奇祭。それを女性が撫でるとご利益があるという――昔はおおらかというかなんというかですが、ナツにとっては目のやり場に困る祭りであります。そしてこの手の話となるとやっぱり登場するのは、敵方に雇われたナツのライバル(?)、スタイルは良いけれどもそっちの知識はどっこいどっこいのイト!
 というわけで、跡継ぎの不在からのお家騒動というのはよくある話ですが、奇祭の盛り上がりを背景に、おぼこい忍び同士がわちゃわちゃ戦うという微笑ましさは、非常に本作らしいと思います。

 御神体争奪戦のオチは誰もが予想する通りなのですが、今回はそれがいい。主人公の性格と任務、そして艶笑要素が見事に結びついて、個人的にはこれまでの本作の中でもベストエピソードかもしれません。(そんなに気に入った!?)


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 三村家との激闘に勝利し、さらにお福さんを娶ってと、ノリに乗っている直家。しかし一応主家の浦上宗景に目をつけられ――と、まだまだ前途多難な状況で、直家は松田元輝・元賢を次の狙いに定めます。
 しかし問題も問題、大問題は、先妻との娘が、元賢に嫁いでいることで……

 と、いつかは出るだろうと思われた、娘の嫁入り先攻略、いわゆる『宇喜多の捨て嫁』話。女性が政略の道具に使われる戦国の世らしく、自分の娘が嫁いだ先を攻撃するという話自体はあまり珍しくないような気もしますが(それはそれで本当にひどい世界ですが)、直家の場合に特に問題視されるのは――少なくとも本作の場合は、娘の母つまり先妻が、彼女の父を直家が攻め滅ぼしたことで命を落としているためでしょう。

 当然というべきか、そんな父に反発する娘ですが、それをあの子も自分の意思を持つように――といい話のように描くのは、ギャグとはいえブラックすぎるかと思います。しかしそれ以上にインパクトがあったのは、そんな直家の策を平然と受け入れるお福で――いや、直家よりもよっぽどこの人の方が真剣に怖いです。


『カムヤライド』(久正人)
 運命の走水決戦もついに決着――海水と一体化して巨体で迫る、フトタマことアマツ・シュリクメに取り込まれたワカタケを救うため、メタルボディに魂を宿す時のロジックで、自らの魂とワカタケのそれを入れ替えるという荒技を見せたオトタチバナ。オトタチバナの肉体に宿ったワカタケが見守る中、彼女の最後の戦いが始まります。
 その絵柄が本当にシュールなのはさておき、水と一体化して不定形となった相手(さらに言えば、明確には描かれていないものの、自らの存在を幾つにも分けることができる相手)の動きを封じるために、この手があったか! というか、この人しか使えないなこの手段――というところからの、説得力十分のフィニッシュは、決戦に相応しいものであったかと思います。

 その後のオチもホッとさせられる(かなあ……)ものですが、その一方で今回はツッコミなのかボケなのか、妙な立ち位置だったのがタケゥチ。「ええと?」連発は仕方ないにせよ、「忘れていました」は流石にいかがなものか。いや確かに、あまりにも描かれないのでこちらももう解決したのかと思っていましたが……
 そんなこんなで、次回、重要な真実が明かされそうです。


 次号は、3号連続掲載の特別読み切り(読み切りとは?)『口八丁堀』(鈴木あつむ)が掲載。シリーズ連載の『~江戸に遺る怪異譚~古怪蒐むる人』(柴田真秋)も掲載とのことで、楽しみです。


「コミック乱ツインズ」2024年6月号(リイド社) Amazon

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2024.06.17

「コミック乱ツインズ」2024年7月号(その一)

 早くも今年も(号数の上では)もう後半戦、「コミック乱ツインズ」7月号は、表紙&巻頭カラーが連載再開の『そば屋幻庵』。レギュラー陣もほぼ勢揃いであります。今回も、印象に残った作品を一つずつ取り上げます。

『そば屋幻庵』(かどたひろし&梶研吾)
 というわけでVIP待遇でお帰りなさいの幻庵ですが、お話の方は普段着の内容なのが、これはこれで実にらしいところでしょう。

 網五郎の語る名物・出雲そばに興味津々の玄太郎。当然の如く幻庵でも早速チャレンジしますが、意外にもちょっと物足りない味と、磯吉に言われてしまうのでした。
 おりょうの方が上手いと言われ、常磐家に押しかける玄太郎。おりょうはおりょうで、この機会を利用して、常磐家から逃げ出そうとするのですが……

 というわけで、常磐家の人々にフォーカスされた印象もある今回ですが、その中でもやっぱり台風の目はおりょう。本作の女性陣の中でも、バイタリティでは一番の彼女らしく、今回も周囲を引っ掻き回しますが、しかしお人好しなのもいつも通りであります。
 おりょうにかかれば玄太郎もウザいオヤジ扱いなのが愉快ですが、物語は収まるべきところに収まって、微笑ましい結末を迎えます。実に安心できる「いつもの味」というべきでしょう。


『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)
 気が付けば連載陣で唯一の剣士(というか真っ当なお侍)が主人公の本作は、今回から新章「商館長の従者」に突入。タイトルから察せられるように、物語の背景となるのは、長崎出島のオランダ商館長(カピタン)――その江戸参府から、矢背蔵人介の新たな戦いが始まります。

 ことの起こりは、カピタンの将軍拝礼の後の「蘭人御覧」――要は幕府の人々がカピタンらオランダ人を見物するというイベントですが、そこでカピタンが自分が連れてきた武芸自慢の男を披露(「〝鉄の棒〟が如き異人じゃ!!」という将軍家慶の表現がおかしい)。二本の棒を自在に操るこの男は、攘夷大好きの水戸藩が送り込んだ藩士を一蹴するのですが――ここで橘右近が、次なる対戦相手として、蔵人介をいきなり推薦するのでした。
 相変わらず碌なことをしない橘ですが、異国の武術者との決闘は、ある意味剣豪ものの華。もちろん主人公の貫目をきっちり見せる蔵人介ですが――もちろんこれが発端となって、またもや蔵人介は新たな役目を背負い込むことになります。本当に何でもやらされる鬼役……(というか何でもやらせる橘)


『前巷説百物語』(日高建男&京極夏彦)
 原作完結編の発売も目前ですが、こちらは又市最初の仕掛け「寝肥」の完結編。お葉の殺しは、睦美屋で起きた寝肥の怪事に紛れて有耶無耶になりましたが――今回はその真相だけでなく、損料屋・ゑんま屋のお甲の口から、さらに意外なもう一つの真実が語られることになります。

 夫の音吉を殺し、さらに自分を殺そうとした睦美屋の女将・おもとをはずみで殺してしまった――そんな境遇に陥ったお葉を救うためにゑんま屋が仕組んだ寝肥の怪事。その真相は、角助・仲蔵をはじめとする面々によなはる仕掛けで――というのは、話の流れ的に明らかでしたが、今回はそれを又市の目から描く点がユニークです。
 もっともそれは原作の時点で同様なのですが、読み比べてみるとこの漫画版においては、そのディテールを独自の描写(又市をはじめとする一味のやり取りなど)で補完しているのが面白いところでしょう。そして何よりも印象的なのは、又市が音吉の顔を見ようとして、結局果たせない――そしてその後も音吉の顔は作中ではぼかして描かれる点であります。この辺りは、漫画だからこその表現というべきでしょうか。

 その描写の補完は今回の後半――お甲が語る今回の依頼の裏側、音吉・おもとそしてお葉の関係の真実を描く中でも効果的に働いています。特におもとの「人間性」の描写は、一歩間違えるとまさに不良子犬理論になりかねないところを、彼女の不安定な人間性の表れとして描いていたのが印象に残るところです。
 そして結末では、その本作ならではの描写でもって又市の青臭さを描いた上で、又市の仕掛け稼業の始まりがきっちり決まっており、ここから始まる『前巷説百物語』のこの先も期待できそうです。


 残りの作品は次回に紹介します。


「コミック乱ツインズ」2024年6月号(リイド社) Amazon

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2024.06.16

よしおかちひろ『オーディンの舟葬』第2巻 歴史のうねりに呑まれた復讐鬼二人?

 11世紀初頭のヴァイキングのイングランド侵攻を背景に描かれる復讐譚、第二巻であります。狼に育てられた青年ルークと彼の仇であるヴァイキング・白髪のエイナルの激突は、ヴァイキング王そしてイングランド軍の思惑も絡み展開していくことになります。

 幼い頃から二匹の狼と共に育ちながらも、村の神父・クロウリーに保護され、人間性を取り戻していったルーク。しかしヴァイキングの襲撃を受けた村で、クロウリーは白髪のヴァイキングによって首を落とされ、ルークも片目を奪われることになります。
 十年後、本格的な侵攻を始めたヴァイキング王・双叉髭のスヴェンの軍勢を次々と襲撃し、壊滅させていくルーク。そして二匹の狼を連れた隻眼の彼は、ヴァイキングたちから「戦狼(ヒルドルヴ)」と呼ばれるようになるのでした。

 そしてついに仇である白髪の男・エイナルと相まみえたルーク。しかし、二人が激しくぶつかり合う最中にイングランド軍が横槍を入れたことから、ルークはエイナルに深手を負わされて……


 そんな大いに気になる展開から始まる第二巻ですが、ルークの復讐行は、イングランドとヴァイキングという二つの勢力の間で翻弄されていくことになります。

 そもそも本作の背景となっているのは、11世紀初頭のスヴェンによるイングランド侵攻。ヴァイキングの猛攻によってイングランド王が逃走、ついにロンドンにスヴェンが入る――というあまりにドラマチックな展開(そしてそれが史実であること)には驚かされますが、当然、イングランド側が指を咥えて見ているばかりではありません。
 体勢の立て直しが必要な状況の中、単身でヴァイキングと戦い、壊滅させるルークのような存在がいれば、それを利用しない手はない。そんな思惑からルークの前には、奇妙な目出し帽の少年アラン・ミューアが現れます。

 明らかに胡散臭い風貌ながら、賢人会議(国王や聖職者・貴族等から構成される会議体)の使いを名乗るアラン。当然、ルークにとってはイングランドも賢人会議も知ったことではありませんが、深手を負った上、エイナルに兄弟同然の狼・フィーを連れ去られたことから、やむなくアランに協力することになります。

 その一方で、エイナルも複雑な立場に置かれることになります。ルークの復讐の相手でありながら、実は彼自身、叔父に当たるスヴェンに両親を殺された復讐鬼でるエイナル。正体を隠して機を伺う彼は、ルークを逃したことでスヴェンから散々に屈辱(本当に野蛮人……)を味合わされた末、その息子・第二王子クヌート付きとされるのでした。
 ボンボンのようで食えない少年である(そして実は従兄弟である)クヌートに振り回されるエイナルもまた、アランの策に巻き込まれていくことになるのです。


 個人のドラマが、巨大な歴史のうねりと結びつくことにより、新たなドラマが生まれる――歴史ものの醍醐味は、そこにあるといえるでしょう。そしてこの点は、個人の復讐劇が国の興亡と結びついていく本作においても同様であります。

 その点は相変わらず魅力的なのですが、しかし正直なところ、この巻ではルークとエイナルのドラマは、巨大な歴史の流れの前に霞みがちに感じられます。
 というより、この巻の時点では、そうした巨大なものの代理人というべきアランに脚光が当たり、二人(特にルークの方)が完全に食われているという印象が強くあります。

 そんなこの巻でのアランの重みは、終盤ほぼ一対一でスヴェンと対峙するのが彼であるという点にも表れているといえるでしょう。あるいは、行動原理が明確すぎるルークは、混沌とした時代を描く歴史ものを引っ張っていくのには、あまり向いていないのかもしれませんが……

 いずれにせよ、まだまだ二人の復讐鬼には、歴史の中に埋没してほしくはありません。この巻のラストで再び出番の回ってきたルークが、次の巻で不安を吹き飛ばすような活躍を見せることを、期待したいところです。


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2024.06.15

宮本福助『三島屋変調百物語』第3巻 ごく普通の表情の陰に潜む恐怖

 宮本福助による漫画版『おそろし 三島屋変調百物語事始』もいよいよ佳境、この巻は、四つ目のエピソードである「魔鏡」を中心に展開することになります。既に滅んだ商家の出だという語り手は、一体何を語るのか……(それにしても、中身を知っていると「ヒッ」となってしまう表紙……)

 自分とは兄妹のように育った松太郎に許嫁を惨殺され、その直後に松太郎も自ら命を絶った――そんな凄絶な体験により心を閉ざしていたおちか。実家を離れて叔父が営む江戸の三島屋に身を寄せた彼女は、ある出来事がきっかけで、店を訪れる人々から不思議な話を聞くという役目を担うことになります。

 その三人目として、女中のおしま相手に自らの過去を語ったおちか。それを受けておしまは、自分が以前働いていた店のお嬢さんだったというお福を紹介するのでした。
 そして福々しい美貌のお福が語るのは、鏡にまつわる物語――そして姉と兄がきっかけで滅んだ自分の家の物語であります。

 長きに渡った療養から実家に戻った、お福の姉・お彩。人並み優れた美貌を持つ彼女とすぐ仲良くなったお福と兄の市太郎ですが、やがてお彩と市太郎は、道ならぬ関係に踏み込むのでした。
 大きな犠牲を払って終わったこの関係ですが、外で修行することになった市太郎は、お福に一枚の手鏡を託して家を出ます。やがて嫁を連れて戻ってきた市太郎ですが、ある日その嫁の手には、お福がしまい込んでおいたはずの手鏡がありました。

 それから家の中で漂うある違和感。そしてその正体が明かされた時、大きな悲劇が……


 これまでとはまた異なる趣向の物語であるこの「魔鏡」。いつまでも続くと思われた平凡な日常に、ある出来事をきっかけにヒビが入り、一度は修復されたかに見えたものの、ついに決定的な破滅が訪れる――そんな本作は、一歩間違えれば扇情的な題材ながら、クライマックス直前まで比較的淡々と語られていきます。

 それはそれで厭な話ではあります。しかし、クライマックスで明らかになる一つの「真実」の衝撃的なまでの恐ろしさたるや……。しかしそこからさらにこちらを震え上がらせるのは、それを生み出した者の心理でしょう。ことにその結末に至るまでの経緯を考えればなおさら…

 そんな恐るべき物語を、この漫画版は巧みに描き出します。
 ことに物語の中心となるのが美しい姉弟、そしてキーとなるアイテムが物を映す鏡という事もあって、もともとビジュアル化するのに映える内容ではあるのですが――しかしやはり特に印象に残るのは、これまでの物語でもそうであったように、物語の中心人物の顔に浮かぶ表情であります。

 しかも今回は――これは少々ネタばらしになりかねない表現で恐縮ですが――その表情が決して特別なものとして描かれないこと自体が、大きな恐怖を招くのが見事です。
 人間が一番恐ろしい、などというありきたりな言葉は使いたくありません。しかしその時はごく普通に見えた、その表情の陰にあるものを後になって思い起こした時――そこにあるのは、紛れもなく人の心の恐ろしさであると気付くのです。


 そして物語の内容そのものもさることながら、それを語るお福の言葉(それ自体は良い事を言っているのですが……)によって、心に複雑な波風を立つこととなったおちか。この巻のラストでは、そんな彼女の前に懐かしい実家の兄・貴一が現れます。
 妹の身を案じてやってきた兄の懐かしい姿に涙ながらに喜ぶおちか。しかし貴一がもたらした知らせは、あまりにも意外なものでした。

 ここから始まるのは五番目の物語「家鳴り」――これまでの物語を飲み込んで語られる、作品そのものの一つのクライマックスを、この漫画は如何に描いてくれることになるのでしょうか。この先は名場面の連続であるだけに、期待は膨らみます。


『三島屋変調百物語』第3巻(宮本福助&宮部みゆき KADOKAWA BRIDGE COMICS) Amazon

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2024.06.14

浅井海奈『八百万黒猫速報』第2巻 人間と妖魔の間での苦闘の末に

 人間が妖魔を取り締まる明治時代を舞台に、黒猫の妖魔という正体を隠し、人間と妖魔の間の架け橋となろうとする巡査・黒井の苦闘を描く物語の第二巻、完結編であります。恐るべき力を持つ炎の妖魔・不知火と対決する最中、ついに恐れていた事態に追い込まれた黒井の運命は……

 警察が妖魔たちを取り締まる明治時代。八岐大蛇の怨念を飲み込んだ神剣・草薙の力を借りて妖魔を駆逐する部隊の一員である巡査・黒井――しかしその正体は、故あってその姿を借りる黒猫の妖魔でした。
 人間と敵対しない妖魔までもが容赦なく狩られていく現状に胸を痛め、仲間たちに隠れてそんな妖魔たちを救おうとする黒井。しかしその最中に情報で食っているという男・篠田に正体がばれて弱みを握られたり、恐るべき力を持つ妖魔との戦いを余儀なくされたりと、数々の困難が彼を待ち受けます。

 そんな中、一つの町を焼き尽くす恐るべき
力を持つ妖魔・不知火と対峙した黒井は、彼女が妖魔と人間の間に生まれた半妖であることを知ることに。
 そしてその後も、人間に騙され利用される妖魔や、己の恐れを妖魔の力で乗り越えようとする人間など、黒井は様々な人間と妖魔の姿を目の当たりにします。

 しかしそんな中で深手を追い、妖魔の姿となったところをこともあろうに不知火に救われた黒井は、不知火ともども仲間たちに追われることに……


 物語が始まって以来、人間と妖魔が激しく対立し合う世界において、人間と妖魔の共存を助け、互いが傷つけ合うのを避けるために、奮闘してきた黒井。しかし彼は妖魔との戦いの中で体を、そして同時に人間の仲間との間で心を傷つけてきました。

 はたして人間は、妖魔はそんな苦難に値するものなのか――そんな想いすら浮かぶ中で愚直に奮闘してきた彼の行動に、この巻では一つの答えが示されることになります。

 その答えは――ここで書くだけ野暮というものでしょう。
 全編のクライマックスで描かれるものは、正直なところ、些かあっさりという印象はあります。しかしそれは同時に、確かに納得がいく結果であり――そしてそれを納得させてくれるのは、これまでの物語、すなわち黒井のこれまでの苦闘がもたらしたものであることはいうまでもありません。

 もちろん、それでも信じて裏切られることはあります。想いがすれ違うこともあるでしょう。しかしそれでもその先に、一つでも希望の光があるとすれば――それを信じてみることは決して無駄ではないと、本作は力強く描くのです。


 この巻では篠田の出番がほとんどなかったり、結末で描かれる世界はあまりにも楽天的であったりと、気になる点がないではありません。(しかし後者には、きっちりそうなる理由が用意されているのは上手い)
 それでも、今まで物語の中で描かれてきたものが、違和感なく全て収まるべきところに収まった美しい結末は、最後まで本作を読んで良かったと、感じさせてくれるものであります。


『八百万黒猫速報』第2巻(浅井海奈 KADOKAWAハルタコミックス) Amazon

浅井海奈『八百万黒猫速報』第1巻 人間と妖魔のシビアな狭間を駆ける男

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2024.06.13

『君とゆきて咲く~新選組青春録~』 第8話「疑惑の愛」

 庄内が会津藩の役人を襲撃する事件が発生、松平容保からの情報漏洩の疑いを受け、壬生浪士組に外出禁止令が出される。そんな中、芹沢の使いで外に出た丘十郎は渋皮の不審な動きを目撃、後を追ったものの、長州藩士の集団の襲撃を受ける。謎の男のおかげで辛うじて逃げ延びた丘十郎だが……

 時間は一気に流れて春から初秋――ということは前回は本当にピクニック回(というか実際には大作と丘十郎が距離を縮める回)で、芹沢の策云々はこちらの深読みだったわけですが、いずれにせよ今回は間者の存在を巡り、一気に物語は動き出します。そして久々に原作を踏まえた場面も……
 というわけで原作ベースの場面の一つは、初めの方の松平容保と近藤・土方・山南の会話。ここで芹沢がいないことに関する会話が原作を踏まえたものですが、その一方で長州の動きが問題となり、壬生浪士組に間者がいるのでは――という話になるのは、本作のオリジナル展開であります。

 実のところ原作では間者を巡る話はそれほどウェイトは高くなく、終盤で結構いきなり出てくる感すらあるのですが、本作ではほとんど物語の中心になっているのが興味深い(その理由もほぼ明らかなわけですが)。特に今回はその間者を巡る疑惑が決定的な悲劇を――ということで、これまで(というか前回)描かれてきた要素が一気に結びついていくのですが、その中心となるのが渋皮であります。

 これまで芹沢に何かと使われてきた渋皮ですが、前回出会った遊女にベタ惚れして、彼女に会うために外出禁止令が出ているにもかかわらず外出するという、絵に描いたようなご法度で切腹くらう平隊士ムーヴを披露。さらに間が悪いことに、前回なんとなく町中で庄内と顔を合わしたところを原田に見られていた上に、彼を追った丘十郎が(たぶん)偶然出くわした長州藩士の襲撃を受け――と、不運に不運が重なります。
 正直なところ彼が間者では――と、私もずっと疑ってきたわけですが、正直すまんかった。ここまで来たらどう考えても彼が間者ではないわけですが、土方に目をつけられた時点でもう彼の運命は決まったようなもので……
(というところで、渋皮役の役者さんがSNSでお別れの挨拶をしているのを見てしまう、思わぬネタバレをくらいました)

 しかし考えてみると、今後この件はさらに大きな影響を及ぼしそうに思われます。先に触れたように渋皮は芹沢派の隊士、しかも芹沢は間者を泳がせろと言っていたのに逆らって土方が渋皮を間者として捕らえ(て処断し)たとくれば、芹沢が面白かろうはずもありません。原作での芹沢は、この辺りで大坂力士乱闘事件を起こしたり、大坂奉行所の与力を殺したりと、大暴れしていたわけですが、本作では表立って暴れてはいない――ということは逆に近藤・土方たちの敵として悪役にはしにくい――わけですが、そろそろ敵対関係が生まれるということでしょうか。

 なお、今回は原作のベースの展開がもう一つ――それもかなり重要なものがあります。窮地に陥った丘十郎を救ったのは、以前にも登場した土佐弁の謎の男。その正体は――もういうまでもなく坂本龍馬なのですが、ここで龍馬は丘十郎に日本の狭さと、そこで争うことの無意味さを教えます。そして仇討ちをすれば後悔すると、予言めいたことを語るのですが――さてそれが当たるかどうかはわかりませんが、この先も龍馬が物語に関わることは間違いないでしょう。

 そしてもう一人の主人公・大作の想いについては、次回本格的に描かれるでしょうからここでは触れませんが――今回新之丞がわざわざ触れたことで今更ながら気付きましたが、これまで何度も出てきた大作や庄内、光永が青春していた場所は、あれは松下村塾だったのでしょうか。だとすると、それはそれで、何故大作と庄内は残されたのかが謎になるのですが……


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