入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)



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2019.12.10

夏原エヰジ『Cocoon 修羅の目覚め』 花魁剣士、哀しき女の鬼を斬る

 第13回小説現代長編新人賞奨励賞を受賞し、いきなり単行本シリーズとして登場した時代ファンタジーの開幕編であります。表の顔は吉原屈指の花魁、裏の顔は江戸に出没する鬼を狩る剣士・瑠璃の死闘が、ここから始まることとなります。

 時は天明、天災が相次ぎ、世情不安定な中で、そこだけはこの世の盛りと咲き誇る吉原の大見世・黒羽屋で花魁を務める瑠璃。絶世の美しさで男どもの目を一身に集めながらも、気ままに客を振り、身揚がりしてしまう彼女には裏の顔がありました。
 実は黒羽屋こそは、江戸を騒がす奇怪な鬼を対峙する集団・黒雲の本拠。そして瑠璃は、髪結いの錠吉、料理番の権三、若い衆見習いの豊二郎と栄二郎兄弟を率いる黒雲の頭領だったのであります。

 生まれながらに強大な力を持ち、妖刀・飛雷を振るう瑠璃。彼女は、強い恨みと悲しみを呑んで死んだ女性が変じる鬼たちを、夜毎狩っていたのであります。
 しかしその強大な力から周囲の人間たちに壁を作り、自分に寄ってくる妖たちと酒を飲むのが唯一の楽しみである瑠璃。そんな孤独な彼女が心を許せる数少ない人間の一人が、朋輩の津笠だったのですが……


 日本人には古くから馴染み深い存在であるためか、そして人間に近しい姿を持っているためか、今なお様々なメディアで、様々な時代を舞台に描かれ続けている鬼退治の物語。本作もその一つと言えますが、やはり最大の特徴は、鬼を狩るのが吉原の花魁であるという点でしょう。

 そもそも本作の鬼は、強い恨みを持って死んだ女性が変じ、自分の無念を晴らすために――そしてそれに留まらず、より多くの人々を自分と同じ目に遭わせるために――闇に蠢く存在。
 本作には古来からの妖怪や精霊、付喪神といった妖たちも登場しますが、それらとは全く別の――一種の怨霊とも言うべきモノが、本作の鬼なのであります。

 その鬼を狩るのが、男の極楽、女の地獄である吉原の頂点に立つ花魁というのは、ある意味納得であり、同時に極めて強い皮肉であるといえるでしょう。苦界で辛酸を舐めている遊女が、同じ女性として苦しみ抜いた末に変じた鬼を討つというのですから……


 もっとも、その主人公たる瑠璃自身は、比較的その葛藤が薄い人物として描かれます。
 何しろ彼女は持って生まれた美貌と才能で、吉原に売られて早々に花魁の座についた女性。黒雲としての任のためもあるとはいえ、そして花魁という高嶺の花であるとはいえ、好き勝手に振る舞うことを許されている――そしてその気になれば自由になれるだけの金を持っている――のですから。

 この辺りのスーパーウーマンぶりは、本作の面白さ――素顔は酒好きで不精者という残念美人ぶりもちょっと楽しい――であると同時に、弱点ともいえるでしょう。
 彼女にも、養い親が亡くなってすぐに義理の兄に売り飛ばされるというかなり悲惨な過去があり、そしてその力故の悩みもあるのですが――少なくとも、苦界に生きる者故の悲壮感は薄いと感じられます。

 もっとも、その役割は他のキャラクターたちに割り振られているところではあります。そして瑠璃の悲壮感の薄さ――それは彼女の人間としての生の実感の薄さに起因するものですが――こそは、ある意味本作の核心に迫る部分ともいえるかもしれません。
 とはいえ、登場した瞬間に「あ、最終的に敵になる人だ」とわかってしまうキャラがいるのはいかがなものかと思いますし、終盤に至って、それまで物語に全く関わって来なかった(ように見える)存在のことが語られるのは、少々違和感があるのですが……


 このようにひっかかる部分はあるものの、しかし文章の点ではとても新人とは思えぬ筆致で大いに読まされますし、また敵味方が用いる様々な術の面白さもなかなかに魅力的であります(特に瑠璃の最終兵器とも言うべき「楢紅」はその由来もさることながら、ビジュアルの強烈さが素晴らしい)。
 そして何より、ラストに描かれる瑠璃の花魁としての情と意気地は天晴れというほかありません。

 おそらくは、この先描かれるであろう瑠璃の過去を読めば、また大きく物語の印象も変わってくることでしょう。そしてまだまだ物語には秘密と謎が散りばめられていることを思えば――やはりこの先の物語も読まないわけにはいかないのです。


『Cocoon 修羅の目覚め』(夏原エヰジ 講談社) Amazon

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2019.12.09

2020年1月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 まだ実感は全く湧きませんが、いよいよ来月は一月。新しい年の始まりであります。来年も良い本をたくさん読みたいもの、その手始めに一月の新刊は――というわけで、2020年1月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 といっても、新年早々、いきなり少々寂しい状況の1月。
 そんな中でも文庫小説で最も注目は、仁木英之『魔王の子、鬼の娘』と築山桂『左近 浪華の事件帳』第4巻でしょう。前者はおそらくアンソロジー『妙ちきりん』に掲載された作品の長編版、後者はシリーズ復活第2弾と、どちらも楽しみな作品であります。

 その他の新作としては、堀川アサコの変格ファンタジー『仕掛け絵本の少女 鬼と光君』と、快調に巻を重ねる上田秀人『聡四郎巡検譚 5 急報(仮)』でしょうか。
 また伝奇ものではありませんが、注目のレーベル・ハヤカワ時代ミステリ文庫からは、誉田龍一『よろず屋お市 深川事件帖 2 親子の情』と新美健『六莫迦記 これが本所の穀潰し』が登場。さらに乾緑郎『機巧のイヴ 帝都浪漫篇』は、早くもシリーズ第3弾であります。

 そして文庫化では、待望の夢枕獏『ヤマンタカ 大菩薩峠血風録』が上下巻で登場。谷津矢車『信長様はもういない』、輪渡颯介『欺きの童霊 溝猫長屋 祠之怪』も要チェックです。


 一方、漫画の方では――ちょっと驚いたのが、嶋星光壱『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』第1巻。島田荘司の作品がいま漫画化であります。

 その他、『竜侍』第2巻、『幕末イグニッション』第2巻と忠見周の時代ものが同時発売。ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第3巻、小山ゆう『颯汰の国』第3巻も大いに楽しみなところですが――12月の異常なラッシュぶりに比べると、注目の作品は少ないというのが正直なところであります。


 一月の間、このほかに何を読むか――いきなり悩まされることになりそうです。


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2019.12.08

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第18巻 鬼の過去と、人の因縁と

 この巻の初版が100万部と、ちょっとびっくりするくらい景気の良い状況の『鬼滅の刃』。栗花落カナヲが表紙のこの巻で描かれるのは、水の呼吸の兄弟弟子と上弦の参・猗窩座との決着戦、そしてカナヲと上弦の弐・童磨との対決であります。その戦いの中で描かれる過去と因縁とは……

 鬼舞辻無惨を巻き込んでのお館様の自爆を烽火代わりに始まった無限城での最終決戦。仇敵・童磨を前に蟲柱・胡蝶しのぶが最期を遂げ、かつての兄弟子であった上弦の陸・獪岳に善逸が快勝し――と激闘が続く中、ついに炭治郎は宿敵と対峙することになります。
 かつて炎柱・煉獄を倒した猗窩座に対し、兄弟子たる水柱・冨岡義勇とともに挑む炭治郎。頼もしい味方とともに、そしてかつての自分から大きく成長した剣で猗窩座と渡り合う炭治郎ですが――しかしそれでもなお、実力差は歴然として存在するのであります。

 絶体絶命の窮地の中、炭治郎の心をよぎるのは、かつて病で余命幾ばくもなかった父が、巨大な熊の首を断ってみせた姿。そして相手の闘気を頼りに超反応を見せる猗窩座に対し、一切の闘気を断った「透き通る世界」の境地に達した炭治郎の刃がついに……


 と、この巻の開始早々決着か、と思われたこの戦い。しかしドラマとしては、むしろここからが始まり――この先に描かれるのは、これまで失われていた、猗窩座が鬼になる前の、人間であった頃の記憶なのであります。

 かつて病気の父のために様々な罪を犯しながらも、そのために父を喪い、自分は江戸処払いとなった少年時代の猗窩座=狛治。流れ流れた先でとてつもなく強く、そして気のいい道場主・慶蔵と、病弱なその娘・恋雪と出会った狛治は、二人に迎えられ、道場で共に暮らすようになります。
 二人との暮らしの中で、ようやく父の遺言通りに真っ当な生き方を手にしたかにみえた狛治ですが――嗚呼!

 本作ではすっかりお馴染み、というよりも本作の大きな魅力の一つである、鬼たちの過去。炭治郎の宿敵たる猗窩座にも、当然描かれるべき過去が、それも相当にドラマチックなものがあるに違いないと誰もが考えていたはずですが――ここまでのものであったとは。

 異常なまでに強さを求め、弱者を憎む。至る所に入れ墨の入ったような体で無手の武術を振るう。氷の術を使うわけでもないのに技を放つときは雪の紋様が現れ、そして花火にちなんだ名を持つ奥義を放つ。
 そんな猗窩座という鬼を構成する要素の一つ一つに込められたものを思えば、彼のこれまでの言動がまた違ったものに見えてくるのであり――そしてそれはまさに本作ならではものと言うべきでしょう。
(にしてもこれだけ描いた上に、なおおまけページを使ってまで補完される過去とは!)


 さて、この死闘の次に描かれるのは、童磨と、炭治郎の同期であるカナヲの対決。冒頭に述べたとおり、自分を仇と狙うしのぶを斃した童磨ですが、しのぶの弟子であったカナヲにとってはこれは仇討ちに――ある意味二重の仇討ちに当たることになります。

 しかしカナヲが剣技にどれだけ天賦の才を持とうとも、レスバで異常なまでの煽り性能を発揮しようとも、そして仇敵に激しい怒りを燃やそうとも――それでもやはり埋められないのは、上弦の鬼との実力差であります。
 何しろ童磨は猗窩座を実力で負かして上弦の弐の座に就いた男。明るく親しげな見かけと態度に似合わぬ多種多様な血鬼術にカナヲが追いつめられた時――思わぬ乱入者が!

 本作で乱入といえばあの男しかいませんが、しかしカナヲとも童磨とも繋がりはなく、最終決戦でのこれまでの戦いに比べれば、因縁というものが欠けるのでは――と思いきや、明かされるのは意外な真実。
 あるいは伏線ではと思われた彼の過去が、ここでしっかりと使われたわけですが――皆が過去の因縁持ちすぎという印象は否めないものの――しかしやはり、天涯孤独と思われていた男が、己の大切な者の仇討ちのために立ち上がるという展開は、大いに燃えるものがあります。


 かくて意外な局面を迎えた上弦の弐戦、果たしてこの先如何なる展開を迎えるのか――という実に心憎いところで、次巻に続くことになります。


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 『鬼滅の刃公式ファンブック 鬼殺隊見聞録』 ファンであればあるほど納得の一冊!

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2019.12.07

賀来ゆうじ『地獄楽』第8巻 人間の心、天仙の心

 島から生きて戻るため、一丸となった死罪人と浅ェ門たちの戦いもいよいよクライマックスであります。島の中枢である蓬莱に突入した画眉丸たちの前に立ちふさがるのは、最強の天仙たち。自分たちを遙かに上回る力を持つ相手に、画眉丸たちの戦いは如何に……

 自分たちが送り込まれたこの島が、あの徐福が作った一種の実験場――真の不老不死を生み出すための場と知った死罪人と浅ェ門たち九人。この地から脱出し、そして自由を手にするため、彼らは仙薬、そして脱出口を求めて蓬莱に突入することになります。
 しかしその行動はすべて読まれ、三方に分かれた九人の前に立ちふさがるのは、彼らを自分たちの修行の贄に変えんとする天仙たち。

 画眉丸と杠の前には蘭が、厳鉄斎と付知、桐馬の前には菊花と桃花、そして弔兵衛が、士遠とヌルガイの前には朱槿が――分断され、強敵と対峙することになった彼らは、しかし敢然とこの強敵に挑むことを決意。
 そして一番手たる画眉丸と杠は、体術の達人であり、無機物を自在に操る蘭を追いつめるのですが……


 というわけでこの巻の始まりは、鬼尸解――怪物化した蘭と、画眉丸・杠の決戦から。どう考えても時代劇のキャラではないその巨大さと異形ぶり、それ以上に即死攻撃と異常な回復力を持つ鬼尸解は、天仙の中で最初に撃破された牡丹ですら6人がかりで、しかも1人犠牲を出したほどであります。
 その怪物に挑むのは画眉丸と杠――ともに忍びでありながらも、どこまでもストイックな画眉丸と、快楽主義者の杠と、水と油の二人。噛み合えば強い(かもしれない)が、本当に噛み合うのか疑わしいコンビであります。

 とはいえ九人の中でも最強クラスの能力の持ち主であり、何よりも真っ先に「氣」に目覚めた二人だけに、相手が氣の扱いに長けるのを利用した「一の手」でダメージを与え、鬼尸解に追い込むのまでは早かったののですが――しかしさすがにそこからは荷が重い。二人ともほとんど致命傷を食らった身で、画眉丸が繰り出した「二の手」とは……

 ここから先の展開は伏せますが、二の手の内容は、言われてみれば充分あり得たものの、普通であれば流石にそこまではするまい――と思うような、凄絶きわまりないもの。
 それであっても、生きて妻に会うために「命を懸けるつもりなど毛頭ない」「だから命以外は全て懸ける」と迷いなく告げ、その二の手を使ってみせる画眉丸の姿を何と評すべきか――しかしその選択は、ある種逆説的な意味ながら、極めて人間的だとも感じられるのであります。


 そして最初の戦いが大波乱のうちに決着した後に描かれるのは、厳鉄斎・付知・桐馬vs菊花・桃花・弔兵衛の一戦、なのですが――まあ、あの賊王が、弟もろとも世界を花に変えようという連中につくかどうか――いや、相手が誰であれ、人の下風につくか考えれば、展開は明らかでしょう。

 何はともあれ、この集団戦の中で最初に描かれるのは、厳鉄斎・付知組と桃花の対決。
 よく考えてみれば、この島に送り込まれた当初の死罪人と浅ェ門の組み合わせて、二人が生きて行動を共にしているのはこの組み合わせのみですが――しかしこの二人、バトルマニアと解剖マニアと、無茶苦茶な組み合わせであります。

 そんな二人と、天仙の中でも賑やかしとお色気担当であった桃花の異次元対決がここで繰り広げられるのですが――しかしこの戦いを通じて、少々意外とも思えるものが描かれることになります。
 それは味方側でも一番目に見えるものしか信じないように思われた付知の意外な心と、そしてそれ以上に尋常な心などないように思われた桃花、そして菊花の中の心なのです。

 確かに彼らも決して名乗っているほどの絶対的な存在でも、迷いない存在でもないことは、これまでもほのめかされていたものの、ここまで真っ正面から、天仙たちの想いが描かれるとは――と驚かされますが、敵の背負うものが明らかになったことで、戦いがより盛り上がることは間違いありません。

 そしてその一方で、厳鉄斎が実にこの男らしいやり方で「八洲無双の剣龍」ぶりを見せてくれるのも嬉しい。「氣」の概念が登場してから、誰もが「氣」を用いて戦うことで、バトルの興が削がれるのでは――と懸念しておりましたが、ここでの厳鉄斎のように、その中であくまでも自分らしさを発揮して戦う姿を見れば、杞憂とわかります。


 そしてついにこの戦いも第二段階に突入するのですが、そこに現れたものは――と、まだまだ盛り上がる本作。(またもや追加組が忘れ去られていたりもしますが)やはりいま一番先の展開が気になる作品であります。


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 菱川さかく『地獄楽 うたかたの夢』 死罪人と浅ェ門 掬い上げられた一人一人の物語

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2019.12.06

『無限の住人-IMMORTAL-』 九幕「群 むら」

 尸良に訴えられ、辻斬りとしてお尋ね者になった万次と凜。以前飯盛女から聞いたある話に賭けて、万次を置いて一人、小仏関の近くの村に向かった凜は、そこで関を抜ける手助けをするという宿を訪れる。主人の惣八・砂登夫婦の助けを得て関の奉行と対面したものの、厳しい尋問を受ける凜だが……

 今回は、個人的には原作でもかなり好きな、凜の関越えのくだりを丸々一回使って再現。アクションはほとんど全くない内容ですが、凜と奉行の息詰まる駆け引きが実に良いエピソードであります。
 何しろ原作の廉価版コミックでは「流離の関所越え編」のタイトルで刊行されている上に、「凜が「小仏の関」突破を図る顛末は、作中屈指のバトルだ!」と宣伝されているのですから、こう考えているのは私だけではないのでしょう。

 さて、前回尸良が惨殺した二人+瀕死の一人の濡れ衣を着せられて(自分の罪を他人に密告の形でなすりつける辺り、尸良のヒューマンダストっぷりが実によく出ている)、天津を追っての関所越えどころか往来を歩くことすら難しくなってしまった主人公二人。
 今まであれだけ往来で斬り合ったりしていた割りには、急にリアリティレベルが上がった気もしますが、以前言及されたように、今まで逸刀流絡みの事件は見逃されていたということなのでしょう。もっとも、この件がなくとも百人斬りの万次が真っ当に関を越えられるわけもないのですが……

 何はともあれ、自分だけなら抜けられるかも! とまたもや単身飛び出した凜は、小仏関の近くの村の宿屋を訪れ、主の惣八に養女にして欲しいと言い出すのですが――養女!? と思いきや、これは一種の隠語のようなもの。村人が関の下番役に就いている関係で、村人は関を越えるのに手形不要、その余得は一族縁者全てに及ぶ――ということで、要は金をもらって縁者と偽り、関を越えさせるのがこの宿屋の副業だったのです。
 しかし数年前に失敗して依頼者の娘が処刑されて以来、副業はやっていないという惣八と砂登を説き伏せて――というよりあることで以て砂登の側に覚悟を見せて――関に向かう凜ですが、さてお話はここからが本番であります。

 凜の顔が辻斬りの手配書に似ていると見て取り、砂登の妹を名乗る凜にあの手この手で尋問を行う関の奉行・島田。これに対し、凜は事前に覚えておいた妹の設定を諳んじて軽々とクリア。
 さらに両親は健在かと問われて、涙ながらに過去に起きた悲劇のことを語るのですが――このくだり、あまりにも芝居がかり的に凜の台詞に感情が過ぎて、さすがにちょっと浮いている感は否めませんが、しかしそれに合わせて、バックで凜の(実の)両親の悲惨な最期の映像を流すのは、うまい演出でしょう。なるほどこれならば感情も篭もるわい、と納得であります。

 さらに島田奉行の最後のいじわる質問に対し、文字通り体を張っての迫真のリアクション(ただ、この場面のBGMが――非常に合わない)で突破。ここで島田奉行の――たぶん察しがついているにもかかわらず、凜の胆力と体当たりぶりに免じての――名台詞「大した女だ」(ちなみに島田役はベテラン・てらそままさき)が、実に渋く物語をシメてくれるのもグッとくるのであります。


 冒頭に述べたとおり、アクションなしで関所越えの攻防を描いた今回、(考証的にどうなのかはわかりませんが)これまでとは大きくリアリティレベルが上がり、身も蓋もないことをいえば、良くも悪くも地味になっていく本作を象徴するエピソードとも感じますが――それでもなお、息詰まるバトルを描いた面白い時代劇であったことは間違いありません。
(脇役の惣八・砂登夫婦と島田奉行もまた実にイイキャラで……)

 正直なところ、全体の流れから言えば省略しても成立するエピソードではありますが、しかし今回こうしてきっちり映像化してくれたのは、やはり嬉しいことであります。

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 無限の住人

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2019.12.05

武川佑・澤田瞳子・今村翔吾『戦国の教科書』(その二)

 テーマごとの短編小説と解説・ブックガイドによる「授業」形式というユニークなスタイルのアンソロジー『戦国の教科書』の紹介の後編であります。残る3限も、個性的で内容豊かな作品が続きます。

4限目 戦国大名と家臣:『鈴籾の子ら』(武川佑)
 御館の乱で上杉景勝を支持したものの、領地を減らされた上に兄を謀殺され、怒りに燃える新発田重家。重家は、この地に豊かな実りをもたらすという兄の残した籾を守り育てるため、ついに起つことになります。
 蘆名家や織田家に接近し、新発田城に籠もる重家。しかし信長が滅び、秀吉が天下を取った末に、彼は秀吉と結んだ景勝に追いつめられて……

 基本的に強固な主君と家臣の絆に結ばれていたように思える戦国大名家。しかし本作で描かれるように、各地の国衆は、地域に根付き一種独立した存在として、決して大名も無視できぬ存在だったのであります。
 本作の主人公である新発田重家もその一人。上杉景勝に対して反旗を掲げ、実に7年にわたり戦った彼は、その最後も含めて、国衆の一つの典型といえるでしょう。

 しかし何よりも印象に残るのは、自身のためでなく、この土地に暮らす者のため、一握りの種籾に命を賭けた重家の姿でしょう。
 作者の作品の主人公は、時に愚かな、誤った――いや、世間一般から見れば賢くない、正しくない道を歩む者が多く登場します。しかしその道を貫いた、貫かずにはいられない彼らの姿は、強く我々の胸を打つのであります。本作の重家のように……


5限目 宗教・文化:『蠅』(澤田瞳子)
 秀吉の命の下、急ピッチで進む方広寺大仏殿の工事に東寺から派遣された曉旬。しかし彼が出会った工事の総指揮者・興山上人は、秀吉に阿り、揉み手をすることから「蠅」の渾名で呼ばれる人物でありました。
 戸惑いながら興山上人の下で働く曉旬ですが、大仏完成を目前としながら起きた大地震によって工事の行方は大きく変わることに……

 作者には珍しい(初の?)戦国ものである本作は、しかし宗教・文化というまさに作者の得意ジャンル。大仏建立といえば『与楽の飯』が思い浮かびますが、本作の主人公である興山上人(木食応其)は、奇しくも行基の再来と呼ばれた人物であります。
 しかし本作の木食応其は――木食という名に似合わず――端から見ればかなりの俗物。秀吉の権威を振りかざし、そして不良の孫を甘やかす、周囲の僧からも白眼視されがちな人物として描かれます。

 しかしその一方で、彼は客僧にもかかわらず、ただ一人秀吉から高野山全山の束ねを任され、そして戦乱で荒れ果てた寺院の復興に尽くしてきた人物でもあります。
 人間の弱さと強さ、戦乱の時代の宗教と文化の意味・在り方――「蠅」の生き様の中に、そんなものの存在を浮かび上がらせてみせる物語であります。


6限目 武将の死に様:『生滅の流儀』(今村翔吾)
 三度信長に背き、ついに信貴山城に追いつめられた松永久秀。貧しい身から成り上がった彼の原動力は、この世に己が生きた証を残すことでありました。
 それを共に誓った弟を失い、謂われのない悪名を背負わされ、信長に膝を屈した久秀。しかしそれでもなお、己の名を歴史に残すため走り続けた久秀が最後に見せたものは……

 本書の掉尾を飾るに相応しいテーマで描かれるのは、戦国時代に最も派手な最期を遂げたのではないかと思われる松永久秀。
 主君を殺し、将軍を弑し、大仏を焼き――戦国の三大悪人の一人として知られ、時代歴史小説でも悪役が多い久秀ですが、しかし本作は悪名もまた名と嘯き、最後の最後まで自分の生を支配してのけた、実に熱い久秀像を描くことになります。

 そんな本作のクライマックスの一つは、信長が、久秀を周囲に紹介するに、上の三つの悪事を以てしたという逸話の件でしょう。
 本作においてはそれはいずれも濡れ衣ながら、しかし昂然と顔を上げて自分の生きる理由を信長にぶつけ、信長もそれを受け止める――その姿は、新たな久秀像として、そして信長が久秀の謀反を幾度も許した理由の解釈としても、大いに頷けるのであります。


 以上6限――奇をてらったようでいて、極めて内容の濃い力作ぞろいの本書。それもそのはず、ここで作品を発表した6人は、今の、そしてこれからの歴史時代小説界を背負って立つ面々なのですからむしろ当然と言うべきでしょう。
 ユニークなスタイルに負けない、本物の作品で構成された本書――ぜひ第2弾を期待したいところであります。


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