入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)



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2024.03.03

重野なおき『信長の忍び』第21巻 決着、愛の忍びたちの戦い そして向かう新たな地

 第二次天正伊賀の乱のはずが、まさかのラブラブ忍者バトル編に突入した『信長の忍び』――この巻の前半では、伊賀の中枢に突入した千鳥と助蔵の戦いの結末が描かれます。そして後半では思わぬ(?)新展開、千鳥ははたして何処に向かうのか……

 再びの伊賀攻めを決意した信長に対し、暗殺という挙に出た伊賀忍びの襲撃を、辛うじて退けた千鳥と助蔵。しかし千鳥は、信長から伊賀攻めへの従軍を禁じられることになります。
 しかし伊賀忍びが信長を苦しめることが許せない千鳥は、命に逆らっても、忍術上手十一人を倒すべく伊賀に向かいます。当然それに助蔵も同行し、二人の孤独な戦いが始まることになるのでした。

 と思ったら、戦いの前の助蔵の告白にまさかのOKが出て、何だかちょっと変わった戦いのムード。明るい未来に盛り上がる二人(というか助蔵)ですが、これはもしかして(助蔵にとって)フラグでは……


 という色々な意味で意外な展開となった第二次天正伊賀の乱。まさか本作で本格忍者バトルが始まるとは! と前巻の時点で驚かされましたが、そのテンションは全く衰えることなく、城戸弥左衛門・楯岡道順・藤林長門守そして百地丹波――と、名だたる大忍者たちとの死闘に物語は突入していくことになります。

 しかしこれまでの忍術上手との死闘で二人ともボロボロ。というか助蔵はこれやっぱり死んだんじゃ――という状況ですが、愛の力は強し! 千鳥はこんなにラブラブいう(言ってない)キャラだったか――というのはさておき、二人が背中合わせで強敵たちに挑む姿は、やはり大いに盛り上がります。

 特に百地丹波は、伝説の忍びに相応しい強豪ぶりが素晴らしい最後の敵。本当にここまで全うに忍者バトルを繰り広げられるとは、忍者ものファンとしてはニッコリであります。
 もちろん、そんなシリアス展開の中で、ギャグもきっちり織り交ぜてくるのも素晴らしい。また、ボロボロになった状態からの千鳥の覚醒も、一歩間違えればズルなのですが、このギャグを交えて緩急を見事につけてくることによって、違和感を感じさせないのも巧みです。

 そんなわけで大いに盛り上がった忍者バトルですが、しかしそれが骨肉の争いであります。
 千鳥は基本的に、こちらがどん引きするほど信長の敵には全く容赦しないキャラではありますが、それでも戦いの終わりに見せる姿には、これまでと異なるものがあることは間違いありません。

 もっともそれは、自分自身が信長の命に逆らい、そして忍びというものの恐ろしさを信長に示してしまったことに対する、絶望に依るものが大きいのではありますが……
(しかしこうして見ると、そういう葛藤が全くない助蔵はコワい)


 かくて終わりを告げた第二次天正伊賀の乱。しかし千鳥にとって、その代償は決して小さなものではありません。死闘のダメージが癒えぬ傷として残っただけでなく、信長から引き離され、彼女(と助蔵)は、信長麾下の武将に預けられることになったのですから。
 さて、その武将は――と、これがまたこう来るか! と驚かされる人物。なるほど、ここで信長から視点を転じるとすれば、確かにこの人物が適切というべきでしょう。

 そして始まる、信長最後の年。「その時」に至るまでに何が起きるのか、そしてその中で千鳥が何を見るのか――この巻の後半の展開は、そこで大きな意味を持つものなのでしょう。
 まだクライマックスはもう少し先になるかとは思いますが、今からそれを見たいような、見たくないような――そんな気持ちになる展開であります。


『信長の忍び』第21巻(重野なおき 白泉社ヤングアニマルコミックス) Amazon


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重野なおき『信長の忍び』第18巻 村重謀叛に揺れる人々と、千鳥自身の戦いの始まりと
重野なおき『信長の忍び』第19巻 伊賀と村重と本願寺と
重野なおき『信長の忍び』第20巻 真っ向勝負 二人vs十一人! そしてでっかいフラグ

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2024.03.02

白井恵理子『黒の李氷・夜話』第4巻

 時を超えて生き続ける黒衣の少年・李氷と、様々な時代に転生して彼と出会い、惹かれ合い、そして憎しみ別れる美女・セイの物語もこの巻で折り返し地点となります。前漢の武帝の時代を舞台に展開する悲劇の中、二郎真君が語る大いなる謎とは……

 古代から近代に至るまで、中国大陸の歴史の様々な場面に現れる少年・李氷。老師こと太上老君を親代わりとし、妖鳥・畢方が変化した黒衣をまとう、皮肉な少年である彼は、夏朝末期に出会った美女・成湯に強く惹かれるものの、皮肉な成り行きで引き裂かれ――その後も、転生した「セイちゃん」と出会い、別れる運命にあります。

 そしてこの巻の前半の「蠱」の舞台となるのは、前漢の武帝の時代。川で溺れていた子供・阿古を助けた李氷。実は阿古が武帝の孫だったことから、李氷はその護衛役である霍子侯(霍去病の子)として転生したセイと出会い、阿古のもとに留まることになります。

 そんな李氷の前に現れ、天界から逃げ出した邪気が、災いを起こそうとしていると語る二郎真君。はたして長安の周辺では奇怪な巫蠱――呪いのかけられた木彫りの人形を手にしたものは、たちどころに顔が崩れ落ちて死ぬ――が流行していたのです。
 これに対し、武帝の寵臣・江充は、これが皇太子・劉拠の仕業と唱え、ついに武帝と劉拠の軍が激突するに至るのでした。
 巫蠱を放っているのは何者なのか。そして何故、誰を狙っているのか。やがてあまりに残酷な真実を知った李氷は……


 前漢の全盛期であった武帝の時代の末期、長安を騒がした巫蠱が、ついには骨肉の争いにまで発展することとなった巫蠱の禍(あるいは巫蠱の乱)。
 これまでも様々な呪術・妖術を題材としてきた本作ですが、実在の(?)呪術を扱ったこのエピソードで描かれる巫蠱は、老若男女を問わず顔が崩れ落ちるというビジュアル的にインパクトの大きなもの――しかも李氷ですら手を焼く凶悪さで、天界から二郎真君が乗り出すのも納得であります。
(ちなみに二郎真君がセイと初めて出会ったのは、彼女が荊軻に転生した時なので、彼にとっては「荊ちゃん」なのが可笑しい)

 しかし真に凶悪なのは、クライマックスに明かされる、その巫蠱の術者であります。あるタブーが元で生まれたという、何ともやりきれない存在である上に、およそ普通の主人公であれば手出しできそうにない相手なのですが――だからこそ李氷が、ということになるものの、しかしそれでも彼の選択は、あまりにもやりきれないものであります。
 どこか似たもの同士である故か、二郎真君を前にしては生の感情を出す傾向にある李氷ですが――本作のラストでの叫びは強く印象に残るのです。

 しかしもう一つ見逃せないのは、作中で二郎真君が口にする、ある疑問でしょう。何故天帝はセイを――それも大陸に異変が起きる時に――転生させるのか。そして李氷は何者で、誰が仕組んで何故セイの転生を追わされているのか?
 これまである意味自明のものと思われていた李氷とセイの関係性の謎は、この先、後半の物語を引っ張っていくこととなります。


 そしてこの巻の後半の「妖貴妃」は、サブタイトルで察せられるように、唐の楊貴妃を題材とした物語であります。

 おかしな縁で、天才的な腕を持つ彫り物師・柳青と出会った李氷。そこで彼が出会ったのは、柳青の幼馴染の少女・玉環でした。
 幼いうちから李氷を驚かせるほどの無意識の蠱惑的な魅力を持ち、成長していくにつれてさらにその力は強くなっていく玉環。しかし柳青は玉環から寄せられる好意を拒み、彼女はやがて宮中に上がることになります。

 そしてその後の彼女の運命は歴史が示すとおり――ついに国を乱すまでとなった彼女の存在。誰もが彼女に惹かれ、そして憎む中、自分の心の中と向き合った柳青が彫った彼女の姿は……

 セイは登場しない、いわば脇筋ではあるものの、それぞれ一方方向に終わる男女の情の哀しさが印象に残るこのエピソード。
 玉環の妙にリアルな存在感(安禄山が、彼女のあまりに蠱惑的な美を恐れて逃げ出し、乱を起こす描写に不思議な説得力)もさることながら、クライマックスに柳青が彫った彼女の姿が、不思議な余韻を残します。

 あれはやはり真実の姿だったのか、それともそれもまた、男の勝手な視線に過ぎなかったのか、と……
(ちなみにラストを見るに、柳青の存在は、天津の楊柳青木版年画からの逆算なのでしょう)


『黒の李氷・夜話』第4巻(白井恵理子 eBookJapan Plus) Amazon

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2024.03.01

『戦国妖狐』 第8話「魔剣士」

 旅の途中、闇が守る村を訪れた一行。しかしその闇が生贄を求めていることに反発して飛び出した真介は、闇を倒した烈深と出くわす。灼岩の仇である烈深を前に激高し、戦いを挑む真介だが、実力差は歴然で叩きのめされてしまう。そんな中、真介の精神に魔剣・荒吹が語りかけてくるが……

 前話のあまりに衝撃的な結末(原作を読んだ時はあまりに衝撃的だったので、その後のこの辺りのエピソードのことがほとんど頭から抜け落ちかかっていました……)を受けて、物語やキャラクターの雰囲気も変わったような気がする本作。その中でも最も変わったのが真介であるのはいうまでもありません。

 そして今回の前半は、その真介がメイン。別人のように据わった目と濃い隈で、ひと目でヤバい精神状態にあることがわかる真介ですが、さらにその状態で想像会話によって魔剣とブツブツやり取りしているのですから、なおさらヤバさは際立ちます。
 そんな真介は村を守る代わりに生贄を取る闇・かごもりを斬りに行くのですが――それを止めようとするたまのロジック(この辺り、普段の理想論からいきなり闇側に傾いた感あり)に噛み付いたかと思えば、彼女の幻術を一喝で破ったりと、かなりの変わりようであります。とはいえ、精神状況がシビアになれば強くなれるのであれば苦労はないわけで、迅火たちを追ってきた烈深には手も足も出ず叩きのめされてしまうのですが――しかし流れ的にはこれこそ覚醒のチャンスであります。

 はたしてダウンしたところに魔剣・荒吹の精神が現れ、「力が欲し(略)」と語りかけてくるのですが――ここであっさりとその言葉を受け入れたりしないのがまた本作らしいというか作者らしいところ。そもそも、剣の力を我が物にするために、剣の仮想人格と想像会話するというやり方自体が実に「らしい」。ここでの真介のパワーアップは、その独特のロジックに則って、何とも不思議な説得力があります。
 といってもまだまだ烈深の方が技というか文字通り手数では上。あっさり逆転されたかと思いきや、ここでまさかの男の解除不可武装・巨武志が炸裂! 迅火ではなく真介の方が受け継いでいた(?)のは意外な気もする――というのはさておき、さらにかごもりの思わぬ追い打ちで烈深はダウン。無抵抗な相手に刃を向ける真介ですが――ここでとどめを刺すか(灼岩たちの幻が見えたとはいえ)一瞬ためらってしまうのは、まだ彼が彼である証拠なのでしょう。
 そして思わぬ水入りが入り、それぞれ真の名を名乗り合って別れる真介と烈深。これは互いがそれぞれの立場や地位抜きでやり合うべき相手と認めたからでしょうか、悪因縁ではありますがこれも一つのライバル関係ではあるのでしょう。

 と、前半だけでかなり濃密な回でしたが、後半は打って変わって(?)味方と名乗る美女・山の神が登場。たまが対神雲対策を立てはしたものの、実質無策に近かったところに文字通り救いの神が現れたわけですが――しかし彼女が語る前に、当の神雲たちが現れ、山の神が残した二人の巨大な天狗は、神雲の連れた少年・千夜の奇怪な「腕」によってあっさりと倒され――というところで次回に続きます。

 にしてもたまよ、妖精眼のことを知らなかったのか――『散人左道』ファンであれば常識なのに!(無茶言うな)


『戦国妖狐 世直し姉弟編』上巻(フリュー Blu-rayソフト) Amazon

関連サイト
公式サイト

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2024.02.29

瀬川貴次『紫式部と清少納言 二大女房大決戦』 奇妙なバディ、宮中の霊鬼に挑む!?

 いま書店では紫式部や源氏物語、平安時代の関連書籍が様々並んでいますが、平安ホラーコメディの名手が送る本作もその一つ。彰子の女房として出仕した紫式部が、宮中で皇后・定子の霊鬼騒動に巻き込まれ、そこに清少納言が参戦――と、副題通りの、そしてそれにとどまらない快作です。

 源氏物語でその筆名を上げたものの、故あって執筆を中断していた紫式部。しかし中宮・彰子の女房として宮中に招かれた彼女は、彰子の父の藤原道長から、源氏物語執筆の催促を受けることになります。
 源氏物語の続きをダシに、帝の関心を彰子に向けさせようという道長に内申反発しつつも、先輩女房である赤染衛門の強い勧めもあり、やむなく執筆を再開する式部。

 しかし夜更けまで執筆していた彼女の部屋で怪異としか思えぬ現象が起きた上、白い靄のようなものまで目撃してしまったのです。噂によれば、亡き皇宮・定子の霊が宮中を彷徨っているというのですが……

 そんな騒ぎもあり、また恋愛経験の乏しさ(?)もあって、執筆に行き詰まってしまった式部ですが、そこで彼女が思い出したのは、少し前に目撃した光景でした。
 定子が亡くなって零落し、尼になったという清少納言。その屋敷の前で彼女を嘲った男たちを一喝した少納言が印象に残っていた式部は、定子在りし頃の宮中の様子を聞き出そうと考えたのです。

 素性を隠して接近し、気難しい少納言に源氏物語を腐されて憤激しつつも、当時の様子を聞くことができた式部。しかしうっかり定子の霊鬼の噂を口走ってしまったことから、少納言がエキサイト――二人揃って、霊鬼の正体を見極める羽目に……


 ほぼ同時代人であり、そして共に現代に至るまでその文学作品が残っていることもあり、並び称されることが多い紫式部と清少納言。本作のタイトルは、その状況を表しているともいえます。
 その一方で、仕えた相手が一条天皇の中宮と皇后と、いわばライバル関係にあった二人。さらに紫式部が日記の中で清少納言をこき下ろしていることもあって、フィクションの中では、この二人はライバルあるいは険悪な関係として描かれることが多い状況です。本作の副題はそれを表している、かどうかはわかりませんが……

 例えばその典型である岡田鯱彦の『薫大将と匂の宮』のように、その場合は大抵清少納言が損な役回りとなります。しかし本作は二人を対等な立場、というよりそれぞれの立場に敬意を持って描くのです。

 本作の紫式部は、基本的に等身大の女性として描かれるキャラクターであります。
 愛する娘を女手一つで育てるため、慣れない宮仕えで奮闘する。自分の作品である源氏物語に振り回されながらも、作品を愛し評価に一喜一憂する。霊鬼の存在を信じ、恐れる――もちろん豊かな才能は持つものの、彼女はあくまでも「普通の」女性なのです。

 一方の清少納言は、宮中から退き、侘び住まいに暮らしながらも、気持ちは枯れずに強い自負心を持つ人物。他人に対しても他人の作品に対しても歯に衣着せぬ言葉をぶつけ、そして今は亡き主人を騙る(?)霊鬼も恐れない――そんな「強い」女性であります。
 もちろん紫式部に比べて清少納言の方がどう見てもアクが強いキャラクターですが、それは決して悪いのでも劣っているのでもない。あくまでも一つの個性である――そんな本作の視点から描かれる清少納言の存在感は爽快ですらあります。

 思えば作者は『ばけもの好む中将』シリーズにおいて、時に陰に陽に、自分自身の生きる道を求め、それを貫こうとする女性たちの姿を描いてきました。その姿勢は、本作においても健在といえるでしょう。
 そしてクライマックスで明かされる霊鬼の正体(これがまた、「歴史ミステリ」として実に見事なのですが)と、それに対する言葉にもその姿勢は明確に示されています。本作は二大女房という奇妙なバディの活躍を通じて、懸命に己の生を生きようとする/生きた女性たち全てに向けた大いなる肯定の物語である――そういってもよいかもしれません。

 個性豊かな(そして史実を巧みに拾った)二大女房のキャラクター、そして巧みな平安ホラー色&コメディ色と、作者らしさが横溢する本作。意外すぎる(そしてある意味適任すぎる)人物の解説も含め、実に内容の濃い一冊であります。


 ちなみに本作には実はもう一人、第三の女房――和泉式部が登場します。タイトルには入っていないものの、二人とは全く異なる、そして凄まじく説得力のあるそのキャラ造形は必見。これは確かにモテる……!


『紫式部と清少納言 二大女房大決戦』(瀬川貴次 集英社文庫) Amazon

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2024.02.28

平谷美樹『貸し物屋お庸謎解き帖 髪結いの亭主』

 白泉社招き猫文庫で四作、そしてこのだいわ文庫で四作目、通算八作目となり、長期シリーズとなってきた『貸し物屋お庸』。江戸のレンタルショップを舞台に、品物を借りに来る客たちの人間模様が、そしてそれにまつわる幾つもの謎が、今回も描かれることになります。

 故あって貸し物屋・湊屋の両国出店を預かっている少女・お庸。顔は可愛いが口は悪い、そして好奇心とおせっかい焼きでは右に出るもののない彼女は、手代の松之助や店を手伝う陰間長屋の面々を振り回しつつ、今日も威勢よく働いております。

 そんなある日、店にやって来たのは、台箱(髪結いの道具を入れる箱)を借りたいという初老の男。以前髪結いをしていたが、今は棒手振りをしているという男は、髪結いを再開するために道具を借りにきたというのですが――お庸の勘は、何やら裏の事情があることを感じとるのでした。
 そこで男の様子を調べた追いかけ屋(店が詐欺にかけられたり、品物が犯罪に使われたりするのを避けるため、客の身辺調査を行う役)によって、おかしな状況が判明するのでした。

 折角借りた台箱を使うこともなく、住処に置きっぱなしだという男。しかも男は棒手振りの傍ら、面体を隠して、普段商売に行くのとは別の町を歩いているというではありませんか。
 はたして男は何のために台箱を借りたのか。そして男は何のために町を歩いているのか――やがてお庸は、男の過去にまつわる、ある事情を知ることに……

 本書はそんな表題作「髪結いの亭主」から始まります。髪結いの亭主といえば、妻に働かせて自分は左うちわの男を指す言葉ですが、さて本作では――と、一種の「日常の謎」が描かれることになります。
 そしてその謎の先にあるのは、何ともほろ苦く、そして切ない事情――ある一つの事実から、男の行動の意味が明らかになっていくミステリ味はもちろんのこと、そこに強く漂う人情味も含めて、ある意味本シリーズらしいエピソードといえるでしょう。


 そして本書には、この他に以下の四編、全部で五編が収録されています。

 割れた鼈甲櫛を拾った少年の枕元に若い女の幽霊が出現、少年が櫛を店に持ち込んだことをきっかけに、お庸が人のエゴのぶつかり合いに巻き込まれる「割れた鼈甲櫛」
 幼なじみの叔父が、店から上物の釣り竿を借りたものの、家に置いたまま毎夕出かけていくという謎に挑む「六尺の釣り竿」
 火の用心の拍子木を借りに来た元鳶の親方とお庸の短い道行きを描く「火の用心さっしゃりやしょう」
 法事で親戚が集まるので大火鉢を借りたいという呉服屋にお庸が感じた小さな違和感が大事件に発展する「凶刃と大火鉢」

 今回も人情あり、幽霊との対峙あり、事件の謎解きありと、バラエティに富んだ内容であります。(特に本物の幽霊が登場するのは、本シリーズならではの特色の一つでしょう)
 正直なところ、ちょっと内容的に小粒かな、という印象もあるのですが、しかしどのエピソードも、作中にキラリと光るものがあるのは間違いありません。

 特に「火の用心さっしゃりやしょう」は、掌編といっていい分量ながら、個人的には今回のベストと感じる作品です
 若い衆が自分愛用の拍子木を忘れてきてしまったので、代わりを借りに来たという隠居した鳶の親方。若ぇ者を鍛えるという親方を面白がり、番屋まで同行することになったお庸は、言葉を交わしながら夜道を行くのですが……

 実は同様の趣向のエピソードは以前にもあったのですが、もちろんこちらはまた別の一捻りが加わった内容。もの悲しいようで、どこか粋さを感じさせる結末が印象に残ります。

 また、「凶刃と大火鉢」は、本書の掉尾を飾るのに相応しいオールスターキャストのエピソード。これまでお庸を支えてきた面々が力を合わせてのクライマックスは、ある意味彼女のこれまで辿ってきた成長の道のりを示すものかもしれません。

 その一方で気になるのは、主の清五郎に対するお庸の想いの変化であります。他の面ではまだまだ大人らしさよりも自分らしさ優先のお庸ですが、はたして彼女は彼女はこのまま「成長」して終わってしまうのか。まだまだ先が気になる物語です。


『貸し物屋お庸謎解き帖 髪結いの亭主』(平谷美樹 だいわ文庫) Amazon


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2024.02.27

都筑道夫『新顎十郎捕物帳』

 久生十蘭が生み出した極めて特異な捕物帳ヒーロー・顎十郎。その設定を受け継いで都筑道夫が描く、新たな顎十郎の活躍であります。ユニークな探偵がトリッキーな事件の数々に挑む、時代ミステリの名編ぞろいの連作短編集です。

 与力である叔父・森川庄兵衛の伝手で北町奉行所例繰方の役についている仙波阿古十郎――顔の半分を顎が占めているような異相で、ついたあだ名が顎十郎の阿古十郎ですが、しかし実は素晴らしく頭の回転の早い推理名人。
 難事件に弱った庄兵衛が謎解きを持ち込んでくると、御用聞きのひょろ松をお供にスッパリと謎を解いては、叔父から小遣いをせしめる――というのが、久生十蘭の『顎十郎捕物帳』であります。

 残念ながら今ではいささかマイナーな部類ではあるものの、今の目で見てもミステリとして見ても実によくできたこの『顎十郎捕物帳』。それにかねてから惚れ込み、自身の『なめくじ長屋捕物さわぎ』のルーツの一つと公言している作者が、作者の遺族の了承を受けて手掛けたのが本書。
 文体などは作者自身のものを用いていますが、登場人物や背景となる時代設定は原典のものを用いて、新たなエピソードを描いたというべき作品であります。
(ちなみに顎十郎、原典の後半では奉行所を辞めて駕籠かきになるというとんでもない展開なのですが、「新」の方はさすがに奉行所時代のお話となっています)

 さて、その原典譲りのミステリとしての面白さは、冒頭の「児雷也昇天」から発揮されています。
 湯島天神の境内の小屋でかかっていた児雷也の芝居の上演中に起きた怪事件。児雷也が大蛇の精の菖蒲太夫を斬り、捕手を妖術できりきり舞いさせて逃げおおせる――そんな内容そのままに、児雷也演じる市川登美五郎が、菖蒲太夫演じる岩井珊瑚を舞台上で本当に斬り殺し、蟇になって、飛び去って消えたというのです。

 話に尾ひれがついた部分はあるものの、珊瑚が斬り殺され、登美五郎が舞台から消えたというのは事実。何のかんの文句を言いながら乗り出した顎十郎ですが、やがて新たな殺人が起きて――という一編であります。
 この冒頭のまさしく外連味たっぷりな謎の提示も嬉しいのですが、それだけに留まらず、新たな事件が起き、そしてそこから、そもそも何故顎十郎が――というところまで踏み込んでみせる本作。凝った構成が実に面白い(そして話の落とし方もなんとも愉快な)、幕開けに相応しい内容です。

この作品を含めて、本書に収録されているのは全七篇。こちらもユニークな時代ミステリ揃いであります。
 大盗・伏鐘の重三郎が江戸に帰ってきた噂が流れる中、浅草寺一帯が消えてしまったのを見たと語る男が現れる「浅草寺消失」
 高輪東禅寺の英吉利領事館で、副領事の袂時計が消失した謎を解くため、顎十郎が出馬する「えげれす伊呂波」
 盗賊を追っていたひょろ松が誤って別人を殺し、死骸を両国の見世物小屋に隠したという疑いを晴らす「からくり土佐衛門」
 迎えに来た駕籠に乗せられていった先で姫君に憑いた狐を落とすことになったのが、意外な顛末をたどる「きつね姫」
 二人の女性の幽霊が出るという旗本屋敷に拐かされた娘を取り返しに向かった先で、当主が被害者の密室殺人が起きる「幽霊旗本」
 南町同心・藤波友衛とともにとある武家屋敷に拉致された顎十郎が、「あるはずのないものがあったり、あるはずのものがなくなった」謎を解く羽目になる「闇かぐら」

 いずれもあらすじの時点で一筋縄ではいかないのがわかる――だからこそミステリとして素晴らしく楽しい名品ばかりであります。

 特に、原典でも二度登場し、とんでもない大掛かりな事件を引き起こした伏鐘の重三郎がまたもやとんでもない事件を起こす「浅草寺消失」、原典でも顎十郎の(一方的な)ライバルとして登場する藤波友衛と呉越同舟、共に謎を解くことになる「闇かぐら」など、シリーズの設定を踏まえつつ、捻った展開が実に面白い。
 また、いかにも幕末らしい設定の「えげれす伊呂波」は、ミステリファンは思わずニッコリのオチも楽しく――と、仕掛けが満載された作品揃いです。

 意表を突いた謎の解決(それ自体がいずれもフェアで実に面白いのですが)だけに終わらず、そこからさらに物語に隠された謎と仕掛けが浮かび上がる、凝った構成の作品がほとんどというのも、作者の気合の入りようが窺えるようで楽しい本書。
 後半六作品を収録した第二弾、そして原典そのものの、いずれ近いうちにご紹介できればと思います。


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