入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)



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2020.08.05

横山光輝『伊賀の影丸 影丸旅日記の巻』 影丸、戦闘者から隠密に帰る

 葉山藩に潜入した隠密・栗林伝蔵からの連絡が途絶えたことから、現地に向かった影丸。しかしその途中に幾度も影丸は謎の忍びの襲撃を受け、ようやく会った伝蔵も連絡は行っていると語る。何が起きているか調査する中、藩内で阿片の密売が行われていることを知った影丸だが、更に敵の魔手は迫る……

 『伊賀の影丸』全エピソード紹介も、長編はこれでラスト、第8部の『影丸旅日記』であります。ラストではあるものの、正直に申し上げればかなり地味なエピソードなのですが、しかし考えてみるとなかなかに味わい深い内容ではあります。

 物語の筋としては、葉山藩潜入中に消息を断った隠密の安否を探るよう服部半蔵から命じられた影丸が、何故か自分の行動や技を読んでいるような謎の忍びにてこずりながらも、藩内で出回っている阿片の謎に一歩一歩迫っていく――というもの。
 本作としては定番の潜入・探索ものではありますが、謎解き要素が強め(と言っても最大の謎である謎の忍びの正体はすぐにわかるわけですが……)のエピソードであります。

 残念ながら本作の最大の魅力である忍法合戦要素はかなり控え目で、名のある敵忍者は銀之丞と夢之丞のわずか2名(+1名)、味方の側も影丸以外はほとんど役に立たず、影丸単独で全て敵を倒したようなもの。
 もっとも、銀之丞の分身の術と、夢之丞の相手の夢の中に現れて操り味方を殺させる術はほとんど超能力レベル(特に後者)で、単独の戦力で見ればかなりの強者なのですが、それでもラストエピソードとしては寂しいのは否めません。


 そんな物語において印象に残るのは、影丸の隠密としてのある種の安定感、経験値の高さであります。
 例えば冒頭、葉山藩に向かう途中で謎の敵の襲撃を受け、「半蔵さまによびだされ命じられたときはそれほどむずかしい仕事とはおもわなかったが……」というモノローグなど、隠密としての貫禄すら感じさせますし、その後の幾度もの窮地も、淡々と対応していく姿に凄みを感じさせられます。
(特に前述の夢之丞の、ほとんど初見殺しの技を回避した上で、術中に陥った仲間を実験台に攻略法を探るくだりも凄まじい)

 何よりも、(冷静に考えれば本作では全編通じて唯一である)裏切り者との対決という、一番メンタルが揺れそうな場面においても、全く冷徹かつ用意周到に相手を殺しにかかるのには、敵に対しては影丸は容赦ない人間だと知っているこちらも驚かされるほどであります。

 こうして見ると、どうも忍法合戦というある意味イレギュラー(本作ではそれが常態ではありますが、どう考えても隠密の任務には本来はトーナメントバトルは入ってないわけで)がなければ、影丸というのはこんな隠密なのかもしれない――と、彼の普段の姿を垣間見させるのが、このエピソードであったとすら思えます。


 そして、こうした隠密としての影丸の姿がある意味はっきりと表れているのは物語のラスト――全ての陰謀が明るみに出て、中心人物が責任を取って腹を切った後の仲間との会話でしょう。
 「われわれとすればありのままを報告するだけだ」「しょせんわれわれにできることはしらべるというだけだからな」――これらの言葉の中にあるのは、これまでのエピソードの結末にあったような、命がけの戦いに感じる虚無感とはまた異なる感覚でしょう。

 この辺りを突き詰めていくと、あの『影丸と胡蝶』における影丸像になるのでは(発表順は逆ですが)と感じますし、この『伊賀の影丸』という作品のラストエピソードにおいて、影丸という存在が命がけのトーナメントバトルを繰り広げる戦闘者から、本来の姿である隠密に帰ったと言えるのではないか……
 というのはさすがに牽強付会に過ぎるかもしれませんが、最後の最後の台詞がこれというのは、やはり何とも象徴的に感じられるのであります。


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2020.08.04

『啄木鳥探偵處』 第二首「魔窟の女」

 堅物の京助をけしかけて浅草の私娼窟に繰り出した啄木。京助はそこでお滝という女郎をあてがわれるが――その晩、下宿に警察が現れ、お滝が刺し殺され、現場に京助がいたと啄木が証言したと告げる。互いに嘘の証言をしたと激しく言い争う京助と啄木だが、ついに京助は逮捕されることに……

 原作ではラストのエピソード(といっても時系列では初期なのですが)を実質最初に持ってくるというちょっとユニークな構成となった今回。しかし内容としては最初の事件どころか、探偵處が空中分解しかねない大変なお話であります。
 というのも浅草の魔窟、すなわち私娼窟で女郎が殺され、その犯人が京助と疑われる――のはまだしも、それを指摘したのが啄木だというのですから。今回はそのエピソードのいわば前編、事件のあらましから京助が逮捕されてしまうまでが描かれるのですが、その描き方がちょっとユニークであります。

 相変わらず酒と女に溺れる自分を非難する京助を、女を知らないとからかい、「どどど童貞ちゃうわい!」となったところを逆に私娼窟に引っ張り出した啄木。そこで自分はちゃっかりと馴染みの敵娼のところにしけこみ、お隣の部屋の京助とお滝なる女の様子に聞き耳を立てる啄木ですが――初めは何となくいいムードだったのが、やがてお滝の方が激昂、京助も憤然と店を出て下宿に帰ることになります。
 ところがその直後、短刀を突き立てられて血塗れになったお滝の死体が発見されて――というわけで京助は当然のように第一容疑者になったわけですが、その模様を、最初は啄木視点(聴点?)で、次に京助視点から別々に語り直すのが面白い。

 立場的には客観性のある啄木ですが、しかし彼はあくまでも隣の部屋から聞き耳を立てているに過ぎない状態、しかも途中でムラムラきた敵娼に押し倒されかかったりして、ところどころの情報が抜けている状況にあります。
 一方の京助の方は、当然ながら当事者であり、啄木が音だけで受け取っていたものが、客観的な情報のようでいて実は主観的な解釈に過ぎなかったことを明らかにするのですが――しかしその典型例が、エロいことをしているかと思ったら肩を揉んでもらっていただけだったという、今どきこれか!? という展開だったのを何と評すべきか――しかしそれもまた、京助の主観的な情報に過ぎない(かもしれない)のであります。

 ところでこの「藪の中」状態において、数少ない啄木が「見た」と証言しているのは、お滝が死体となった時間帯に京助が同じ部屋にいたというものなのですが――しかし作中の描写を見れば、この証言の真偽も怪しいものであります。現にお滝の部屋には、啄木のローマ字日記と二枚の銅貨が残されていたのですが――しかし仮に啄木の証言が嘘であったとしたら、何故そんなことをしたのか。啄木の方が犯人だとしたら、彼の動機は何なのか?

 あるいは第三者が犯人だとしても、啄木が京助を犯人に仕立て上げる理由が不明なのは変わらず――いずれにせよ売り言葉に買い言葉でお互いが犯人だと罵り合うことになった二人は、早くもコンビ解消の危機であります。
 そこでラストにはミルクホール三人組(相変わらず胡堂以外は誰が誰かわかりにくい)野村胡堂・吉井勇・萩原朔太郎のトリオが立ち上がるのですが――主役コンビ以外が謎に挑んでいいのかしら? という展開で次回に続きます。


 と、さすがに第2話にして、しかも探偵處に持ち込まれた事件でないものでこの危機というのは、構成としていかがなものか――というのは強く感じてしまうのですが、逆に言えばお互いのキャラクターが(少なくとも視聴者には)まだよくわかっていない初期の段階だからこそ仕掛けられるエピソードなのかもしれません。
 少なくとも啄木のヒューマンダストっぷりは前回以上によく伝わってくる展開ではあることは間違いありません、というか本当にこの展開で二人の友情は大丈夫なのだろうか――と、ある意味次回が非常に気になるヒキであります。


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2020.08.03

久正人『ジャバウォッキー1914』第1巻 相棒から家族へ 新たな恐竜と人間の物語

 歴史の陰で密かに活動してきた恐竜人たちと人間の繰り広げる伝奇冒険活劇『ジャバウォッキー』の続編にして後日譚であります。前作から約四半世紀の後、第一次世界大戦の裏側で蠢く恐竜人たちの陰謀に対し、新たな恐竜と人間のコンビの冒険が始まります。

 人類史上初の世界戦争が始まって2年――戦線が次第に膠着しつつある中、イギリス軍とドイツ軍がにらみ合うソンム。その戦場に投入されたイギリス軍の新兵器・戦車の強靭な装甲と強力な武装に、塹壕に篭もるドイツ兵たちは次々と命を落としていくのでした。
 そんな地獄に現れたのは、戦場には不似合いな少年と少女――鉄兜を被り、拳銃を片手にした少年・サモエドと、オートバイに乗った少女・シェルティ。戦場の何でも屋・アプリコット商会の主力である彼ら「鉄馬の竜騎兵(ハーレー・ドラグーン)」は、ドイツ兵を逃がすため、戦車に立ち向かうことになります。

 一方その頃、ドイツ軍の司令部に潜入した彼らの「母」、リリー・アプリコットは、ドイツ軍の内部に食い込んだ「殻の中の騎士団(ナイツ・イン・ザ・シェル)」――すなわち恐竜の復権を目論み、この戦争で暗躍する恐竜と対峙。騎士団は、戦車という強力な新兵器を投入することによって更に戦闘を激化させ、より多くの人間を殺し合わせようとしていたのであります。

 兄妹の活躍によって次々と撃破されていく戦車。しかし追い詰められた恐竜たちはさらに強大な兵器を起動させ、更なる人間の死をもたらそうと動き出します。人間たちを逃がすために、サモエドとシェルティ――オヴィラプトルの少年と人間の少女は、決死の戦いを挑むのですが……


 19世紀末を舞台に、人間と恐竜の共存を目指す「イフの城」に所属する恐竜のガンマン・サバタと、人間の元スパイ・リリーのコンビの活躍を描いた前作。それから時は流れ、本作は1914年に始まった第一次世界大戦を舞台とした物語であります。

 リリーも約四半世紀の年を重ね、アプリコット商会の主としてそれなりの貫禄を見せる身となり、そして何よりも恐竜と人間、二人の子持ちに――ってそれは!?
 いくらリリーとサバタがいい感じだったからといって、いくら何でもリリーがサモエドの卵を生むはずもありません。だとすればシェルティの父はいったい――いや、何よりもサバタは何処へ……

 というこちらの興味を絶妙にじらしつつ展開していく最初のエピソード「フランス共和国ソンム 1916年9月」は、元々前後編の読切として想定されていただけあって、全ての要素が小気味よいほどに見事に絡み合い、作り上げられた、ファーストエピソードのお手本のような物語であります。

 「@」という文字の読み方という、一見全く関係ないような、しかしそれだけに大いに心そそられる幕開けから、戦車の猛威とそれに立ち向かう主人公二人のいい意味で緊張感のないやりとり、そしてリリーと恐竜人の登場、そしてサモエドの素顔――と、前編の時点で、流れるように作品世界に引きずり込んでくれるのはさすがというほかありません。
 そして後半ではさらにバトルは激化するわけですが――それだけに終わらず、そこで描かれるのは、サモエドの素顔を見たドイツ兵たちの反応と、さらにそれに対するシェルティの反応。そしてそこから浮かび上がるのは、人間と恐竜の――いや、「家族」という言葉で象徴される、この世に生きる者同士の関係性とであります。

 そして「相棒」からより踏み込んだ「家族」という関係性こそは、本作が『ジャバウォッキー』の単に時系列的な先を描いただけでなく、その物語の中にあったものの更に先を描いてみせた象徴ではないか――と、いきなり結論めいたことを述べてしまいましたが、少なくとも本作が、前作とはまた異なる方向性の物語であることは間違いないでしょう。


 さて、続くエピソード「中華民国青島 1916年10月」では、あの嘉納治五郎が登場。どうやら彼はリリーの空白の過去にも関わりがあるようですが――しかし物語は日本軍の音響兵器を巡り急展開することになります。
 恐竜と人間の、サモエドとシェルティの絆を早くも試すような敵の魔手に、二人の、家族の絆は打ち勝つことができるのか。第2巻以降も近日中にご紹介いたします。


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2020.08.02

海上剣痴『仙侠五花剣』 剣仙と弟子と宝剣と 幻の剣侠小説邦訳

 電子書籍オリジナルには時折思わぬ宝物があることはこれまで何度か申し上げましたが、本作もその一つであります。清朝末期、上海の新聞に連載された剣侠小説である『仙侠五花剣』――日本ではタイトルとあらまししか紹介されていなかった剣仙と宝剣の物語が、編訳の形で電子書籍化されたのです。

 時は宋の高宗の時代、(みんな大嫌いの)秦檜の親族であり、金国の侵略に備えると称して駐屯しながら庶民を苦しめる軍司令官・秦応龍に家族を惨殺された少女が、自らもあわや――というところで現れた女剣士・紅線に救われる場面から始まる本作。
 実は紅線は世の乱れを愁い、下界で弟子を取って剣を伝えて義侠の行いをしようと志す剣仙の一人。彼女は仙界で花のしずくから錬られた五色五本の宝剣の一つ・桃花剣を素雲に授けると、剣術を伝授し、素雲はそれを用いて秦応龍を付け狙うことになります。

 しかし敵は単なる悪人ではなく凄腕の達人、苦戦を強いられる素雲を助けたのは、同じく剣仙の黄衫客と、近くの雷家堡の村主である好漢・雷一鳴。彼らを巻き込んで激化した戦いの末に討たれる秦応龍ですが、今度は彼と繋がっていた県長官・甄衛の悪事が人々を苦しめることになります。
 彼に横恋慕された末に秦応龍殺しの罪を着せられた妓女・薛飛霞と、彼女を助けんとする義侠の君子・文雲龍もまた剣仙たちと出会い、その剣術と仙剣を継いで悪との戦いに身を投じることに……


 というのが本作のほぼ前半部分の物語。貪官汚吏に苦しめられる人々を、義侠の好漢たちが助ける――という展開自体は、これはもう中国の豪侠小説や侠義小説ではお馴染みのものではありますが、本作の特徴は言うまでもなく、仙界からやってきた剣仙とその弟子たちの物語であるという点でしょう。

 本作に登場する剣仙たち――?髯公、聶陰娘、空空児、黄衫客、紅線は、実はいずれもいわゆる「唐代伝奇」に登場する有名な剣侠たち(例えば聶陰娘の物語は近年でも映画『黒衣の刺客』の題材となっています)。
 その彼ら彼女らが、その後仙人になっていた――という設定だけでも実に面白い(というより物語の主人公たちが「史実」として取り入れられているのがたまらなく伝奇的です)のですが、そこに五本の仙剣と五人の弟子たちが絡むことで、物語がより起伏に富んだものとなっているのです。

 紅線ー白素雲と桃花剣のほかにも、黄衫客ー雷一鳴と葵花剣、?髯公ー文雲龍と薊花剣、聶陰娘ー薛飛霞と榴花剣と、剣仙と弟子と仙剣の組み合わせは、それぞれの剣が花と色を象徴することで、華やかに物語を――剣戟場面で剣の色の輝きが印象的に描かれることもあって文字通りに――彩ることになります。

 ここで感心させられるのは、仙人として様々な神通力を持つ――その最たるものが、一条の光となって剣に乗って飛ぶ剣遁の術ですが――剣仙たちと、人並み優れた剣術を操りながらもあくまでも人間並みである弟子たちとを配置することにより、アクションを複層的に描いていることでしょうか。
 特に前半の仇討ち物語は、剣仙たちが出れば簡単に決着するのですが、そこで弟子たちが苦闘することで、より物語が盛り上がるという構成が巧みであります。

 ちなみに本作の、武術とそれを用いる際の掟で繋がった師匠と弟子の構造は、『中国の英雄豪傑を読む』所収の岡崎由美「武?小説の世界を読む」によれば、後の武?小説における「武林」の概念に繋がっていく――とのことで、武?小説との繋りの点でも、見逃せない作品であります。


 さて、上に述べた四組の剣仙と弟子と剣の繋りですが、仙剣は五本――ということはもう一組存在することになります。それが空空児と弟子の燕子飛と芙蓉剣なのですが、何とこの燕子飛が実は大悪人。
 空空児を騙して剣術と仙剣を手にし、それを使って盗む・殺す・犯すと悪行の限りを尽くすとんでもない奴で、物語の後半は、この燕子飛との対決が描かれることとなります。

 ここで仙剣vs仙剣の戦いが描かれることとなり、上で触れたカラフルな剣戟も真骨頂、そして何より同じ能力を持った者同士の死闘という実に盛り上がる展開になるのですが――この戦いが長すぎるなあというのが正直な印象。また、物語的に弟子たちではなく剣仙たちがほとんど前面に出てきてしまうのもちょっと残念なところではあります。
(おまけに途中で触れられた目的が完全に忘れ去られて物語が終わってしまうのが……)

 そんなところもありますが、それはまあご愛嬌というべきでしょうか。伝奇ファンタジーと武侠小説の間を繋ぐ物語として、やはり本作は同好の士にとって実に魅力的であり――それをこうして手軽に読めるのは、まことにありがたい話なのですから……


『仙侠五花剣』(海上剣痴 八木原一恵編訳 翠琥出版) Amazon

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2020.08.01

『大江戸もののけ物語』 第三話「新海家の秘密」

 父・源之進から勘定奉行・池田の一人娘との縁談を持ち込まれた一馬。寺子屋の師匠をやめるよう厳命され、悩む一馬だが、突然一之進が、自分が代わりに養子に行くと言い出す。普段優しい兄の突然の行動を不思議に思う一馬は、兄と母の会話から思わぬ真実を知ってしまう。そして源之進の選択は……

 あらすじを見ると全く妖怪要素のない回に見えますが、実は前半はほとんどそのとおりの今回。全五回の中盤ですが、正直色々とすっきりしない回であります。

 前回以来、お雛の偽手紙(気付けよ……)による逢引もどきもあって距離が縮まる一馬とおよう。しかしそこに源之進がいきなり養子の口を持ち込んだことで、一馬の周囲は一気に複雑な状況となります。
 この養子、いつもながら封建家長主義の権化のような源之進の強引な行動――に見えますが、一応旗本であってもどう見ても金のない(使用人見たことない……)新海家に厄介叔父を養う余裕がないのは明らかで、しかもその養子先が三千石の勘定奉行・池田家とは、とてつもない幸運であることは間違いありません(源之進は勘定方らしいので、一気にトップの跡継ぎを輩出することに)。

 しかし源之進と一馬以外が見ればどう考えても裏があるとしか思えないこの話、勝手に武家の事情に首を突っ込むお雛と、妖怪本を捨てなければいけないために(いうだけではないですが)ブルーな一馬を見て探りに来た河童が見た結婚相手は、酒は飲むタバコは吸うと絵に描いたような不良娘。
 それでもそんな状況であろうとお家のために受け入れるのが武士と、話は粛々と進み――と思えばそこに待ったをかけたのは、兄の一之進であります。突然自分の方が三千石に相応しい、お前ではだめだと言い出す一之進ですが、これまで出来の悪い弟にも優しかった彼とは思えぬ言動に、これはもしや――と思えば、ここで明らかになるのがタイトルの「新海家の秘密」です。

 その秘密とはほかでもない、実は一之進は子供のなかった新海家に来た養子であり、一馬はその後に生まれた実子だったのであります(あ、それで二人とも名前に「一」の字が――と感心)。
 そしてその真実を知って自分が養子に行くと言い出した一馬の覚悟を、木刀を交わして確かめる一之進や、涙ながらに一之進も自分の子だと告げる母、そして息子たちの想いのぶつけ合いを黙って受け止める源之進と、出演者の熱演もあって、普通にいい時代劇していたのですが……


 しかし、ここで意を決して縁談を断った源之進に対して恨みを抱いた池田に、百鬼がちょっかいをかけたことで一気に雰囲気が怪しくなります。百鬼に妖気を植え付けられた(取り憑かれた?)池田は、家臣を率いて帰り道の源之進を襲撃。そこに悪い予感がして駆けつけた一之進・一馬兄弟も加わって、全く刀を抜くことに禁忌のない連中(一馬、前回もすぐ刀抜いてたからな……)の斬り合いがスタート。

 一之進を助けるために飛び出した猫又の奮闘(河童は速攻で逃げました)があるも、さらに何もそこまで――と言いたくなるくらいに火の玉をブッ込まれた池田様は落ち武者スタイルで一馬たちに襲いかかり……
 と、もちろんここで頼りは天の邪鬼なのですが、例によってお堂には結界が。何とか体当たりで抜けようとするも、結界は手強く――と、そこにどこからか七支刀が出現! 何だか雑なパワーアップを遂げた天の邪鬼は戦いの場に駆けつけると七支刀一閃! 池田様は火の玉を吐き出して倒れるのでした(死んでないよね?)

 というわけで、何となく一馬とおようの距離もまた縮まり、新海一家も絆が深まってめでたしめでたし――と言いたいところですが、結局源之進は勘定奉行に睨まれたままだし(悪くすれば刃傷沙汰で目付に絞られるし)、池田家の方も大勢で刃傷沙汰を起こして、跡継ぎ以前の問題でお家の存続が危ういのでは――と心配になります。
 しかしこの状況、別に百鬼が手を下さなくとも刃傷沙汰以外は変わらなかったわけで、言い替えれば今回妖怪ものである必然性がほとんどなかったのが大いに引っかかるところではあります(これが池田家の娘の素行が妖怪のため――とかであれば納得なのですが)

 さらに気になってしまうのは、友達友達言いつつ、結局一馬たちと天の邪鬼たちのどの辺りが友達なのか、説得力がない点で――特にお雛のジャイアン的な一方的友情の押し付け描写はかなり不快であります――猫又が新海家に肩入れする理由は見えてきましたが、あとは河童のように気まぐれに手伝うくらいは納得できるところで、なぜ天の邪鬼が一馬にあそこまで肩入れできるかの説得力は感じられません。

 どうやら次回、その辺りの関係性が語られるようではありますが――さて。


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2020.07.31

『啄木鳥探偵處』 第一首「こころよい仕事」

 親友の金田一京助と浅草をひやかしていた中、待合から飛び出してきた男・小栗とぶつかったことをきっかけに、部屋で殺されていた男・星野を発見した石川啄木。逮捕された小栗の元から凶器と血塗れの告発状が発見されたと知る啄木は、それが偽物と見抜き、警察と森林太郎の前で真実を語るが……

 本放送終了後に取り上げ始めるのも恐縮ですが、ソフトは今月から発売、漫画版も始まったばかりということでしれっと取り上げますアニメ版『啄木鳥探偵處』。
 アニメ版というのはほかでもない、本作の原作は実に約20年前に発表された伊井圭のミステリだからですが――それが今何故、というのはやはり文豪ものの流行(?)によるものでしょうか。何はともあれ、有名人探偵ものがこうしてアニメ化されるのは嬉しいお話であります。

 さて、この第1話冒頭で描かれるのは、本編から十数年後の金田一京助の姿。既に故人である同郷の親友・石川啄木と青春時代を過ごした下宿・蓋平館を訪れた京助は、そこであるものを目にして過去を思い出し――というスタイルで本編が始まることとなります。

 金が入れば酒と女に使い果たしてしまう啄木に京助が振り回されていた頃――ひやかしに出かけた浅草の歓楽街で、待合から出てきた男と突き当たったことがきっかけで、そこで男が殺されていたのを発見した啄木と京助。
 その場に残された痕跡から、現場から何かの手紙が奪い去られたことを推理する啄木ですが――はたして犠牲者の星野は、犯人と目される突き当たった男・小栗が大番頭を務める荒川銅山の告発状を残しており、それが小栗の元から発見されたというではありませんか。

 しかしそれに疑念を抱いた啄木は、知人であった森林太郎を引っ張り出して警察とともに小栗邸に入り込み、本物の告発状が既に小栗によって焼かれていたことを解き明かしたことで、捜査は振り出しに戻ることに……


 というのが今回のあらまし。実はこの星野殺し自体は今回解決せず、啄木が小栗が犯人ではないことを証明するのみですが、ずいぶん粗い推理(というか捜査)だなあと思っていたら、きっちりトリックがあったのは、冷静に考えれば定番ではありますが、ちょっと愉快ではあります。

 そしてこの体験が一つの引き金となって、この回のラストで啄木が「啄木鳥探偵處」を設立することになるのですが――そしてそれが冒頭の十数年後に繋がる――その経緯がちょっと「らしい」のが面白い。
 遊蕩の末に家賃を溜め、ついに下宿を追い出されることになった啄木。そんな彼に対して、京助は自分の蔵書を全て売り払って金を啄木に渡し――と、いかにも啄木らしいヒューマンダストっぷりですが、さすがに気が咎めたのか、「歌人と探偵は似ている」などと探偵處を設立するに至るのであります。

 つまりはこの第1話は探偵處誕生編といったところで、推理物としてみるとさまで面白くはないのですが――何よりも殺人事件そのものは解決していないのが残念――二人の関係性を描くという上では、まず納得でありますし、本作においてはそれは何よりも重要な点であるというのは十分理解できます。
 個人的には、二人で駿河台の坂を歩きながら、当時の御茶ノ水駅を見て「ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」は、自分ではなく自分と京助の友情が詠んだのだ――と言われて京助が感激して啄木に飯を奢るくだりが、風景の美しさと彼のチョロさが相俟って印象に残っているところですが……

 ちなみにこのアニメ版が原作と大きく異なる点は、二人以外の文豪たちが幾人も登場することですが、早くもこの回では、二人の行きつけのミルクホールの常連として野村胡堂たちが登場(が、誰が誰かわからず、エンドクレジットで声優と照らし合わせないとわからないのですが、それはそれで声優を知らないので詰まるという……)。
 また、上に述べたとおり、ゲストとして森林太郎が登場するのですが、これはそこまで必然性があるわけではなく、ちょっと苦しいというのが正直な印象でありました。


 と、あまりすっきりしない感想となってしまい恐縮ですが、個人的には原作の大胆なアレンジは大歓迎。どこまであの原作を盛ることができるのか――すなわち、どこまで
文豪たちを盛ることができるのか、そしてその中で啄木と京助の存在感を失わずに描けるか、楽しみにしたいところであります。


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