入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)



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2022.08.14

「コミック乱ツインズ」2022年9月号(その一)

 「コミック乱ツインズ」9月号は、表紙が『軍鶏侍』、巻頭カラーが『そぞろ源内 大戸さぐり控え帳』。レギュラー陣もほぼすべて掲載されています。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介していきましょう。

『そぞろ源内 大江戸さぐり控え帳』(叶精作&天沢彰)
 全三話で描かれてきた「血を吸う女」編も今回でラスト。江戸で次々と発見される、血を抜かれた死体の謎に挑む平賀源内と仲間たちですが、その一人、同心・浅間和之助の妹の幸が下手人と思しきおたみと犬丸の手に落ち――という展開から、おたみのもとに源内と和之助たちが踏み込み、物語は結末を迎えることになります。

 が、前回、おたみの体に潜むある秘密に源内が気づいたような描写があったものの、今回語られる真実は正直なところ謎の解明には程遠く(特に吸血の理由が○○だったというのは大きな肩透かし)、吸血の謎を「科学的に」解き明かしてくれるのでは、という期待は大きすぎたようです。
 もちろん江戸時代の話であり、現代人の納得行くような真実を描くのは難しいのかもしれませんが、しかし源内なら――と期待してしまったのも事実。犬丸のおたみへの想いやそのおたみの結末の描写などは悪くないだけにこの謎解きの部分は残念で、正直なところ三回かける話であったかなあと感じます。


『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)
 軍鶏侍こと岩倉源太夫の弟子である大村圭二郎が、父に公金着服の濡れ衣を着せて斬殺した元大目付・林甚五兵衛に仇討ちを挑むエピソードのラストであります。旧友に依頼してかつての藩の裁定を覆し、圭二郎の仇討ちの許可を求める一方で、彼の前で長柄刀版の秘剣「蹴殺し」を使ってみせ――と、裏方(?)で頑張ってきた源太夫ですが、いよいよ今回晴れて藩の裁許が下り、圭二郎が甚五兵衛に対して挑むことになります。

 しかし甚五兵衛は還暦を迎えながらも若い頃の剣力を維持したままの藩でも有数の剣士――いや何よりも、ただ煙管を吹かしているだけで近寄った猫が激しく怯えるほどの、凄まじい凶気を放った山本悪役らしいドス黒い迫力を持った人物であります。その凶漢に、はたして若軍鶏の剣が及ぶか……
 というのがこの対決の眼目かと思いきや、決闘シーンでは、ちょっと予想を超えた展開が描かれることとなります。

 決闘の最中、圭二郎が自己流の蹴殺しを見せた時、甚五兵衛の顔に浮かんだ表情は――悪鬼として生きてきた男が迎えた、美しさすら感じさせる結末に心打たれました。猫、かわいいよ猫……


『ビジャの女王』(森秀樹)
 ヤヴェの奸計により、王家に恨みを抱く遊女屋に誘拐されたものの、第二のインド墨者・モズ(と豹とバッタのコンビ)によって無事救出されたオッド姫。今回冒頭で大臣たち(と豹とバッタのコンビ)の前で兄を糾弾するオッドですが、ヤヴェはしらばっくれた上に、オッドには継承権がないと激高する始末であります。
 この事態に、オッドは父王から王の指輪を託されていたと語るのですが――実はそれは指輪の在り処を聞いていたのみ。しかしその場所こそは、代々の王だけが知るビジャロマの谷だったのです。

 世界で唯一、この谷にのみ自生するというビジャロマの木――ビジャの王家の財力の源であり、王家の絶対の秘密である谷の存在を、オッドだけが聞かされていたのです。そしてその谷に、オッドはブブとただ二人向かうことに――って、ジイは「いい思い出ができますよう祈っておりますぞ!」と呑気なことを言っていますが、後を任されるモズたちこそいい面の皮であります。
 それはさておき、谷への旅の途中にオッドがブブに語るのは、かつて交易商であった初代ザグロス王がビジャを乗っ取るまでの物語。前回、乗っ取られた側の末裔である遊女屋の女主人が語ったように、その所業はある意味蒙古軍と変らないかもしれませんが、初代王にもそれ相応の理由が……

 一方、蒙古側には、あいかわらずひっぱりまくるクトゥルンだけでなく、ラジンの傍らに控えるいつものヒゲの男にも大きな謎があるらしく、そろそろこちらのドラマも気になるところです。


 長くなりますので次回に続きます(全三回予定)


「コミック乱ツインズ」2022年9月号(リイド社) Amazon

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2022.08.13

戸部新十郎『日本剣豪譚 戦国編』 剣豪列伝にして剣法・兵法という「芸道」の発展史

 様々な剣豪・剣法を描く作品の名手が、戦国時代の実在の剣豪たちの姿たちを通じて剣法・兵法の成立を描く短編集であります。兵法はいかにして成立したのか、そしてその兵法を通じて、いかにして剣豪たちは、激動の時代を生きたのか……

 実在・虚構を問わず様々な剣豪の操る秘剣を描く「秘剣」シリーズをはじめとして、様々な剣豪もの/剣法ものを描いてきた作者。その中でも本作は、各時代を生きた実在の剣豪たちの姿を、列伝形式で描いたシリーズの第一弾であります。

 さて、剣豪列伝の始まりが戦国ということは、言い換えれば、剣豪の登場が――いや彼らが用いる剣法の誕生が、この時代であったことにほかなりません。
 その点について、作者は巻頭の「塚原卜伝」の冒頭で、興味深い論を記しています。少々長くなりますが、引用してみましょう。

「兵法が一個の独立した、
〈芸道〉
となったのは、そんなに古いことではない。室町末期から織豊期にかけてのことである。
(中略)
 その芸道としての兵法の発達ということは、
 一、理論や体系の確立
 二、それらの研究、ならびに弘布伝播しようという運動
 である」

 つまりここで描かれる兵法とは、強者個人が体得し用いる闘争術ではなく、内部に一つの理論体系を有し、それをさらに洗練し多くの人々に広く伝えていくことを志向した「芸道」である――これは必ずしも本書独自の視点ではないかもしれませんが、しかし引用の部分は剣法/兵法の一つの本質を語るに、簡明かつ正鵠を射るものと感じられます。


 さて、そのようなスタンスで描かれる本書で描かれるのは、以下の面々です。
 塚原卜伝〈新当流〉
 上泉伊勢守信綱〈新陰流〉
 富田勢源〈中条流〉
 根岸兎角〈微塵流〉
 柳生三代〈柳生新陰流〉
 伊東一刀斎景久〈一刀流〉
 小野次郎右衛門忠明〈一刀流〉
 東郷肥前守重位〈示現流〉
 宮本武蔵〈二天一流〉

 塚原卜伝と上泉伊勢守という、まさに上記に定義された「兵法」を成立させた二人の太祖から始まり、その後に続く面々も、文字通り一流を成した巨人ばかりであります。
 本書は、その各話において、小説と史伝とエッセイと――そのそれぞれを織り交ぜたようなスタイルで、これら剣豪たちの姿を浮き彫りにしていくことになります。


 ――が、剣豪ファンであるほど、この顔ぶれの中に疑問を抱く箇所があるのではないでしょうか。四番目の根岸兎角が、明らかに格落ち、というより例外なのではないか、と。
 なるほど根岸兎角といえば、諸岡一羽に他の二人の弟子とともに師事しながら、師が病で倒れるや見捨てて逐電、自分で一流を打ち立てた末に、これを恨んだ兄弟子に破れて江戸を逐われた人物。実力から言ってもその所業からしても、何よりも本書でいえばその剣豪史上の位置づけからも、名を連ねていることに違和感は否めません。

 しかし兎角のような生き方も、この時代の剣豪の一典型――つまり、この時代を生きるために剣豪(と呼ぶには様々なものが足りない男)が選んだ道の、一つのサンプルといえるのではないかと感じます。
 実はこのエピソードの冒頭では、兎角が一羽の前に斎藤伝鬼房に弟子入りしていたと、おそらく本作オリジナルの設定で語られています。天狗めいた派手な衣装で評判を集めた末に、決闘で破った相手の弟子たちに襲撃され横死した伝鬼房もまた、この時代の剣豪の一典型であることを思えば、伝鬼房と兎角を繋げることに意味があるといえます。

 そして兎角以前に語られた三人が、いずれも折り目正しい出自であったのに対し、兎角以降の面々が(もちろん柳生のような例外はあるものの)、出自がはっきりしない人々であることもまた、興味深く感じられます。
 ある程度の地位にあるものが(一種の余技として)「理論や体系の確立」を行い、それがより下の身分(という表現は適切ではないとは思いますが)のたつきの道として広がっていく――それもまさに、「芸道」の広がる道筋と感じられます。


 剣豪列伝としての内容の面白さはもちろんのこと、剣法・兵法という「芸道」の発展史として、内容豊かな一冊であります。


『日本剣豪譚 戦国編』(戸部新十郎 光文社文庫) Amazon

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2022.08.12

川原泉『バビロンまで何マイル?』 高校三年生コンビが見届けたボルジア家の運命

 川原泉が独特のタッチで描く、タイムスリップ漫画の名編であります。幼い頃に出会った不思議なおじいさんから与えられた魔法の指輪の力で様々な時代にタイムスリップしてしまう高校生コンビ・仁希と友理。二人が見たボルジア家の姿は……

 幼い頃、家の裏の雑木林で、池にはまっていた小さなおじいさんを助けた仁希と友理。グノーシスと名乗るおじいさんは、近いうちに必ず礼をすると言って消え、それから12年――高三になってその記憶もすっかり薄れた二人の前に再び現れたグノーシスは、二人にそれぞれ指輪を与えるのでした。
 ソロモンの指輪の改訂版だというそれは、いつの時代いかなる国の言葉も自由自在に操れる上、タイムスリップの力も秘めているのですが――それがいつ発動してどの時代に飛び、いつ帰ってこれるかわからない代物。かくて二人は恐竜時代、次いでルネサンス期のイタリアに飛ばされることに……

 というわけで、幼馴染の高校三年生コンビが様々な時と場所にタイムスリップして様々な出来事に巻き込まれるという趣向の本作。このタイムスリップ、上に述べたとおり全くのアトランダムに発動するという厄介極まりないものなのですが――しかしその辺はあまり悩まず、さらりと適応してしまうのが、本作の楽しさの一つでしょう。。

 基本的に二人は(指輪の力で読み書きに全く問題ないほかは)、基本的にごく普通の高校生なのですが――受験生としての知識量と、あとは何よりもそのあっけらかんとしたバイタリティで、それぞれの時と場所に適応してしまうのが、何とも愉快です。
 このあたり、すっとぼけた軽めのトーンとペダンチックな情報量の多さ、自分や周囲の状況へのどこかフラットな視点(あと恋愛っ気の薄さ)など、実に作者らしいテイストというべきでしょう。そして内容的にも、二人が主体的に事を起こすのではなく、あくまでも見届け人として描かれることになります。


 そしてそんな本作のスタイルは、全体のほぼ3/4を占めるイタリア編で特に明確であります。突然のタイムスリップで、15世紀末のイタリアの教会に飛び出してしまった二人――そんな二人の姿をたまたま目撃し、天使だと思いこんでしまったのはルクレツィア・ボルジア――そう、あの歴史に名を残すボルジア家の美女だったのです。

 二度目の嫁ぎ先であるナポリの王子アルフォンソへの兄チェーザレの仕打ちに幻滅し、逃げ出したばかりのルクレツィア。彼女は、二人と行動を共にしようとするものの、あっさり兄に連れ戻され――そして二人もそのままボルジア家の食客に収まることになります。とりあえず衣食住を確保した二人は、無為徒食の状態で、チェーザレとルクレツィアの織りなすドラマを目撃することに……

 ローマ教皇の子でありながら政治家・軍人の道に進み、卓越した手腕によって諸勢力が林立するイタリアに覇を唱えんとしたチェーザレ。彼は、目的のためであれば手段を選ばない、まさにマキャベリストの元祖として後世に悪名を轟かせた人物であります。
 本作においても彼の行動は後世に伝わるものと変わらず、特に利用価値のなくなったアルフォンソに対する行動が、本作のクライマックスとなるのですが――しかし単純な極悪非道の人物として描かれないのが面白いところです。

 妹が連れてきたとはいえ得体の知れない二人を厚遇し、特に全く物怖じしない仁希には再三に渡って頭ポンポンするなど、不思議なところで人間味を見せるチェーザレ。いや、そうした表に見える部分だけではなく、彼が特に妹を前にして見せる姿には、どこか不思議な緊張感と、そして同時に強い孤独感を感じさせるものがあります。

 チェーザレだけでなくルクレツィアも、いやチェーザレの懐刀である冷徹なドン・ミケロットまで――登場人物一人ひとりが背負った無限の想いを、本作は全て言葉にして描くのではなく、しかしその表情と佇まいでもって浮き彫りにします。そう、仁希と友理が見届けるのは、どこか己の運命に殉ずるような、そんな彼らの姿にほかならないのです。

 そして一歩間違えればひどく物悲しく、あるいは索漠としたものになりかねない物語を、どこかホッとさせられる味わいにしているのは、上で述べた作者ならではのテイストによるものであることは間違いないでしょう。


 残念ながら二つのエピソードのみで終了している本作ですが、スタイル的にはまだまだ描けるはず。いつか二人が様々な時代を経た末に、古代バビロニアにたどり着く姿を見てみたい――今でもそう夢見てしまうのです。


『バビロンまで何マイル?』(川原泉 白泉社文庫) Amazon

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2022.08.11

堀川アサコ『伯爵と成金 帝都マユズミ探偵研究所』 昭和ノワールの不穏な世界に正義は貫けるか

 昭和初期を舞台に、思わぬことから犯罪に巻き込まれた成金の放蕩息子と、恵まれた立場から探偵研究所を営む伯爵家の次男坊のコンビが市井で起きる様々な事件に挑む、どこか奇妙で不穏な味わいの連作であります。彼らの前に幾度となく現れる、犯罪者ばかりを惨殺する「黒影法師」の正体とは……

 昭和六年、顔を赤いペンキで塗られ、射殺された姿で発見された強欲な成金の牧野求助。その三男であり放蕩の末に家を飛び出していた心太郎は、父の死に久々に家に帰ってきたものの、父殺しの濡れ衣を着せられ、警察に捕らえられるのでした。
 そして留置場で出会った実家の元奉公人から、父がかつて幼い長男を虐待の末に命を奪ったことを聞かされる心太郎。その後釈放された心太郎は、自分にかけられた疑いを晴らすため、無料で探偵をするという伯爵家の次男坊・黛望のもとを訪れます。

 しかしその後さらに眼前で殺人事件が起き、一層窮地に陥る心太郎。唯一の理解者である次兄に助けられ、身を隠す心太郎ですが……


 この第一話「むざんの事なり」で黛に助けられた心太郎が、その縁で住み込みの助手となり、黛とともに様々な事件・騒動に巻き込まれる姿を描く本作。
 心太郎の恋人(というか彼がヒモとなっていた相手)の逸子が姿を消し、男爵である彼女の父から相談を受けて行方を探す二人が、彼女の元恋人が次々と命を落としていることを知る「死神令嬢」
 文通相手の少女から、自分と姉が継母に命を狙われているという手紙を受け取ったという男から相談を受け、少女のもとに調査に向かった心太郎が、次々と明らかになる意外な真実に翻弄される「文通ガール」
 黛の学友である浦川と結婚した心太郎の女友達が、夫から与えられたという市松人形を預けに来たのをきっかけに、ある企てを巡らせる浦川と謎の一団との暗闘に、二人が巻き込まれる「ゲシュペンシュテル」

 この全四話で本作は構成されますが、それとともに、いわば物語の縦糸として語られるのが、「黒影法師」なる殺人者の存在です。
 法で裁かれなかった悪人・犯罪者を殺害し、顔に赤いペンキで塗った上で晒し者にする――一種の劇場型犯罪者であるこの「黒影法師」の「影」は物語の随所に現れ、やがて二人の行く先に大きな影響を与えるのです。


 そんな本作全体に漂うのは、どこか不穏で不透明、不健全な空気であります。もちろん、舞台となるのが昭和六、七年と、いよいよ「暗い時代」に突入していく頃だけに、それは一見当然に感じられるかもしれません。
 しかし本作はそうした歴史上の事象への積極的な言及は控えつつも――そして作中のかなりの割合でセレブな世界を舞台にしつつも、そんな社会の表裏に存在するドロドロとしたもの、時に「雰囲気」でしか描けないようなものを、巧みに浮かび上がらせます。

 主人公コンビは(というか心太郎は)、そんな不穏な雰囲気の中をもがきながら進み、事件に何とか真実の光を照らそうとするのですが――しかしそれにも限りがあり、幾度となく苦闘する姿が本作では描かれるのです。
 そんな本作の空気は、私にとっては作者の『月夜彦』に通じるものがあると感じられました。一見華やかな世界の陰に存在する、途方もなくドロドロとした、危険で不気味なものの存在を、しかし同時に必然的にこの世に在るべくものとして、どこか淡々と、時にユーモラスに描く物語として。

 してみると本作は――物語の設定や内容的には一見そう感じられなくとも――昭和ノワールというべき作品なのかもしれません。


 そしてもう一つ本作で印象に残るのは、本作で黛が開業しているのが、探偵社ではなく「探偵研究所」である点ですが、その理由は、作中で明確に黛の口から語られています。
「ここは探偵社ではなく、研究所です。ご依頼を受けても、お金は受け取りませんよ。」
「そもそも華族とは、かの伊藤博文公が、市民の規範となる階級として拵えたもの。世にご奉公するのが、われわれの義務です。」と。

 これは一見実にヒロイックで、かつ本作の独自性を示す言葉として印象的なのですが――本作は同時に、それがヴィジランティズムと紙一重であることをある存在との対比で示して、本作は結末を迎えることになります。

 その先、黛は、そして心太郎は、このノワールな世界において、自分たちの正義を貫くことができるのか。いまだ大きな謎と不穏な疑問が残るところでもあり、この先の二人の物語を読みたいものです。


『伯爵と成金 帝都マユズミ探偵研究所』(堀川アサコ 新潮文庫nex) Amazon

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「月夜彦」 真っ暗闇の平安ノワール

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2022.08.10

町田とし子『紅灯のハンタマルヤ』第2巻 長崎の独自性と、怪異というマイノリティ

 江戸時代後期の長崎を舞台に、長崎奉行所の隠密同心・相模壮次郎と、丸山遊郭の菊花太夫と三人の禿が怪異に挑む時代アクションの第2巻であります。長崎での人と怪異の複雑な関係に悩む壮次郎が遭遇した新たな事件。そこに浮かび上がる長崎の姿とは……

 長崎奉行付きの隠密同心として江戸から赴任してきた壮次郎――彼の任務は、この町で人に仇なす怪異を討つこと。そして怪異にとどめを刺す力を持つ銀製の十字剣を武器に戦う彼を助けるのは、丸山遊郭のまるた屋の菊花太夫と、雛あられ・清・こもれびの三人の禿であります。
 しかし彼女たちの正体は実は怪異。強大な力を持つ怪異である太夫と、それぞれ吸血鬼・妖狐・影の怪異の血を引く三人の禿と――壮次郎は怪異の力を借りて怪異を討つのです。


 そんな基本設定の本作ですが、この第2巻の前半では、何者かに殺されたペーロンの楫とり役を慕う人魚を追う者たちと対決する清、そして壮次郎と束の間の休日を共に過ごす雛あられと、二人を中心としたエピソードが描かれることになります(もう一人、こもれびのエピソードは第1巻に収録)。

 しかしこの巻でより印象に残るのは、後半で描かれるエピソードでしょう。夜廻りの最中、小料理屋の主から、怪しげな術を使う下女に襲われたと助けを求められた町司(地元採用の目付役)の中山。主が、下女たちは切支丹だと訴えるのを聞いた彼は、半ば強引に壮次郎と上司の与力が行う詮議に同席するのですが、踏み絵を迫られた下女の一人が突如変貌し……

 このようにこのエピソードは切支丹にまつわる内容ですが、なるほど、本作にはまだ切支丹についての言及はほとんどなかったか、と今更ながらに気付かされます。
 もちろん、長崎=切支丹というイメージは一種短絡的であるかもしれません。しかし本作でも言及されているように、物語のわずか十数年前には「浦上一番崩れ」という潜伏切支丹の摘発があったわけで、やはり切支丹と長崎との繋がりは大きかったというべきでしょう。
(そしてこの浦上での摘発は幕末まで続くわけで……)

 しかしこの浦上一番崩れのユニーク(?)なのは、事件の拡大を恐れた長崎奉行所が(つまりは幕府が)、信徒たちを切支丹扱いせず、「穏便に」処理した点といえます。そして本作は、その長崎奉行所の切支丹への対応を、怪異に対するそれと重ね合わせてみせるのであります。
 すなわち、怪異も切支丹同様、表立って騒ぎ立てなければ追求しないという対応と……

 それはある意味、理に適った対応といえるかもしれません。しかしそれは彼らが長崎の住人として存在を認められているのではなく、むしろ捨て置かれている――つまりいないものとして扱われているのと同じ。そしてその判断は、結局は力を持つ者の胸先三寸なのであります。
 これまで物語の中で、特に禿たちと触れ合う中で、怪異たちもまた長崎の住人として受け止めてきた壮次郎にとって、この事実がどれだけの重みを持つのか、推して測るべしでしょう。


 長崎という土地の独自性を踏まえたゴーストハントを描くだけでなく、そこから一種のマイノリティへの視線にまで繋げて描いてみせる本作。
 色々とマズいフラグを立てているような気がしてならない壮次郎ですが、彼がこの先どこに向かうのか。そして長崎の怪異側の裁定者というべき太夫は何を思っているのか――個々のエピソードはもちろんのこと、物語全体の流れも気になるところであります。


『紅灯のハンタマルヤ』第2巻(町田とし子 講談社シリウスKC) Amazon

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2022.08.09

羽田豊隆『幕末賭博バルバロイ』第1巻 将軍位を目指す大博打の始まり

 『賭ケグルイ』の原作者が原作を務めることで注目された幕末ギャンブル漫画の単行本第1巻であります。ギャンブルで将軍位すらも左右される世界を舞台に、将軍を倒す大望を持つ賭博師と、侍として生きんとする女剣士が強敵に挑むことになります。

 時は幕末、父の剣術道場で師範代を務める大御神甘楽は、剣の実力では道場屈指ながら、女に生まれたというだけで侍として認められないことに鬱屈したものを覚える毎日。そんな中、彼の前に奇妙な青年・秀が現れます。
 賭博師を名乗る彼は甘楽の剣名を一晩で江戸中に轟かすと言い出し、わけもわからぬままに秀の勢いに飲み込まれた彼女は、江戸に剣名を轟かす旗本・山里頼隆の屋敷で開かれる賭場を訪れることになります。
 そこでの丁半博打に大勝したものの、山里との勝負に敗れる秀。しかし秀は勝手に大御神家の家宝の脇差をカタに、三百両の大勝負を望んで……


 冒頭、年端もいかぬ少女が賭博で負かした先代将軍の首を斬り、十四代家定として将軍位に就く、という奇怪な場面から始まる本作。これに象徴されるように、本作の幕末は、賭博が大きな意味を持つ一種の異世界として描かれます。

 そんな世界で、将軍打倒を目標に掲げるのが、賭博師・秀――豊臣秀。そう、その姓からわかるように、豊臣秀吉の末裔を名乗る青年であります。
 単に先祖の復仇だけではないのか、いかなる理由か牢に閉じ込められている姉を救い出すために戦う秀――そんな彼が、半ば強引に巻き込んだ甘楽とともに、将軍との御前博奕に挑むための軍資金を集めるために大勝負に挑む姿が、この巻では描かれることになります。

 最初の勝負は上に述べた大旗本との丁半博打、そして次なる勝負は治外法権の黒船内のカジノで行われるペリーの孫娘・リリアンとのルーレット勝負――この時代の日本で普通に行われていたもの、行われていなかったもの、様々な賭博に、秀は挑むことになります。

 一方、それに続く第三の勝負はいささか変則的というべきか――面子を潰されたリリアンの刺客として送り込まれた坂本龍馬と岡田以蔵のコンビとの対決から始まります。
 こういう時の用心棒として選ばれた甘楽ですが、さすがにこの二人を相手にするのはいささか荷が重く、以蔵を相手にするのががやっと。一方、龍馬の拳銃に追い詰められた秀は、この絶体絶命の窮地に文字通り命懸けの勝負を挑んで――という展開になります。


 このように、世界観自体はかなり豪快なものでありつつも、そこでいかに賭博を行うか、如何に賭博が行われるかという点について、趣向が凝らされている本作――というより、それこそが本作の最大の魅力というべきでしょうか。

 その一方で、個々の勝負の内容については、ちょっとまだ食い足りないものがあるというのもまた事実。当然ながら(?)個々の勝負ではイカサマが行われ、それを如何に見破り、あるいは逆用するかがキモとなるわけですが――少なくともこの巻の段階では、簡単に言ってしまえば、知恵というより知識で勝っている、という印象があります。
 そのため、勝負以前で勝敗が決している感が否めないのですが、この辺りはまだ物語は始まったばかりだから、と解するべきでしょうか。

 この先、本作がギャンブルものとして華麗な逆転を見せてくれることを期待したいと思います。
(と思っていたら連載中の最新話では、ちょっと驚くような展開に……)


『幕末賭博バルバロイ』第1巻(羽田豊隆&河本ほむら 集英社ジャンプコミックス) Amazon

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