入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)



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2020.09.22

野田サトル『ゴールデンカムイ』第23巻 谷垣とインカラマッ 二人のドラマの果てに

 アニメ第三期も開始目前に迫った『ゴールデンカムイ』、原作の方は北海道に戻り、黄金と刺青人皮を巡る三つ巴の争いも再開されることになります。黄金を目指しそれぞれの活動を続ける三派ですが、この巻では殺伐とした争いの一つが、意外な結末を迎えることに……

 樺太から帰還し、鶴見一派に絶縁状を叩きつけた杉元・アシリパ・白石の面々。しかし刺青人皮の謎を解くためにはアシリパの存在が不可能と知った鶴見が彼女を諦めるはずはなく、そして樺太から帰還して合流した尾形からアシリパのことを聞いた土方たちも動きだすことになります。

 そんな中、杉元たちは、圧倒的に不利な状況ながら、両派を食い合わせて最後の勝利を掴むべく動き出し――と、ある意味、争奪戦初期の段階に戻ったような状態となったわけですが、しかし残る刺青人皮はわずか4枚。
 当然ながら刺青人皮を巡る争いはいよいよ激化することが予想されるわけですが――この巻はその序奏というべきものが描かれることになります。

 札幌の貧民窟で次々と娼婦を惨殺する謎の殺人鬼(ここで久々に登場し、ヒューマンダストっぷりを遺憾なく発揮する石川啄木)。そして前巻で倒した砂金獲り名人・松田の遺した砂金から存在が明らかになった強敵・海賊房太郎。ここでこの先の物語に大きく影響する二人の登場が描かれたわけですが、彼らとの激突はまだまだ先――この巻ではそこに至るまでの各派の動き等が描かれることになります。


 しかしそこで描かれるものが、鶴見を異常なまでに敬愛する宇佐美上等兵の悍ましい過去であったり、意外と可愛いもの好きの杉元とシマエナガの物語であったり――と、読んだ後に「……」という感じになってしまうエピソードが続くのが何ともツラい……
 と思っていたところに、ラストに大きな感動が待ち受けていました。

 鶴見の部下として杉元たちと共に樺太に同行し、帰還しながらも、黄金争奪戦からの決別を宣言した谷垣。しかし鶴見がそれを許すはずもなく、なおも彼を縛ろうとするのであります。何を以て? 彼の子を宿していたインカラマッの身柄を以て。
 これに抗する術はなく一度は鶴見の杉元抹殺の命を受けた谷垣ですが、しかし好漢の谷垣がそれを成せるはずもありません。彼は残された手掛かりを追ってインカラマッのもとに向かうことになります。

 果たしてインカラマッの入院する病院を守る鯉登と月島の目をかいくぐることができるのか、インカラマッと出会えたとしても、臨月の彼女とどこに逃げるのか。八方塞がりの状態となった二人の物語は、思わぬ形で一つの結末を迎えることになります。
 その詳細を書くことができないのが何とも歯がゆいのですが――ここで展開する谷垣とインカラマッのドラマだけでなく、同時に他の人々のドラマでもあるということはできます。

 偏執的な殺人鬼であったり、冷徹な軍人であったり――そんな極端なキャラクターが描かれてきた者たちがふと見せる、人間的な素顔の数々。
 特にここで描かれる、これまでメディリリーフ的な存在であったある人物の姿は、彼の大いなる成長を描いたものであって――ほとんど不意打ち気味に描かれたそれには、大いに涙腺を刺激された次第です。(それを受けたある人物の言葉もまた……)

 そしてその先に待ち受けるもの――それはこの暴力と死に満ちた物語における、大いなる救いと言うべきでしょう。


 これまで繰り返し触れてきたことではありますが、本作は時に変態的なほど濃すぎるキャラクターたちによるアクションとギャグを描きながらも、それに終わらず、丹念に丹念に、そのキャラクターたちの心情を――突き詰めれば人間としての姿を描いてきたと言えます。
 今回描かれたものは、その一つの到達点であると言っても、決して大袈裟ではないのではないか――そう心から感じるのであります。


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 野田サトル『ゴールデンカムイ』第6巻 殺人ホテルと宿場町の戦争と
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第7巻 不死の怪物とどこかで見たような男たちと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第8巻 超弩級の変態が導く三派大混戦
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第9巻 チームシャッフルと思わぬ恋バナと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第10巻 白石脱走大作戦と彼女の言葉と
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第11巻 蝮と雷が遺したもの
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第12巻 ドキッ! 男だらけの地獄絵図!?
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第13巻 潜入、網走監獄! そして死闘の始まりへ
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第14巻 網走監獄地獄変 そして新たに配置し直された役者たち
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 野田サトル『ゴールデンカムイ』第16巻 人斬りとハラキリとテロリストと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第17巻 雪原の死闘と吹雪の中の出会いと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第18巻 ウラジオストクに交錯する過去と驚愕の真実!
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第19巻 氷原の出会いと別れ さらば革命の虎
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第20巻 折り返し地点、黄金争奪戦再開寸前?
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第21巻 二人の隔たり、そして二人の新たなる旅立ち
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第22巻 原点回帰の黄金争奪戦再開

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2020.09.21

唐々煙『煉獄に笑う』第12巻 最終決戦開始! 大団円への前奏曲

 実に『曇天に笑う』本編の倍の巻数を費やして描かれてきた本作も、いよいよこの巻より最終決戦に突入であります。本能寺の変で「織田信長」が炎に消えた今、果たして大蛇は誰なのか。あまりにも残酷な真実が明らかになったかに見えたまさにその後から、本当の戦いが始まることになります。

 明智光秀が本能寺に織田信長を襲撃、弑した本能寺の変。しかし本作において本能寺の炎に消えたのは、信長の影武者である比良裏でありました。
 そしてこの変を受けてのいわゆる中国大返しの最中に、それぞれ安倍晴鳴と国友勇真の襲撃を受けた佐吉と芭恋。救援に現れた弦月により晴鳴は倒されたものの、佐吉は一時的に失明、そして執念の勇真に追い詰められた芭恋に対し、勇真は「お前が大蛇や」と冷たく告げて……


 という引きで終わった前の巻。正直なところ大蛇の正体についてはこれまでもフェイクがありましたし、『曇天に笑う』でも大きなドンデン返しがあったことを考えれば、素直に芭恋が大蛇とは考えにくい――と思われたものの、その芭恋の周囲には、不気味なヘドロの如き物質が蠢き、何よりも芭恋のトレードマークである眼帯の下には、蛇の鱗の痣が潜んでいたではありませんか。

 まあ確かにここで芭恋が大蛇になると、佐吉との関係でも阿国との関係でもドラマチックだし――などとメタいことも頭をよぎりますが、しかしそんなことを考えた罰が当たったか、山﨑の戦いにおいて、物語は最悪の事態を迎えることになります。芭恋と阿国の対決という形で……
 互いの想いの丈をぶつけ合った末、佐吉が到着する寸前に悲しい結末を迎える双子の戦い。しかし、これこそが本当の戦いの始まりだったのであります。

 ある意味予想通りと言うべきか――あの城に潜む男の身を依り代に、ついに降臨した大蛇。しかしその力はまさしく空前絶後、他の時代に復活した大蛇とは桁違いの力(秀吉への攻撃にはさすがにびっくり)を以て天地を蹂躙することになります。
 この怪物を阻むには、一人の将だけでは足りない――と、三人の将がまさかの集結。さらにこのまま消えるとは思えなかったあの男と配下たちも参戦! そして佐吉もまた、逆転に向けた最後の希望を求めて、仲間たちと動き出すことに……


 と、何だかぼやかした表現ばかりで恐縮ですが、善魔まさに役者は揃ったという状況で決戦に雪崩れ込むという、この最高の盛り上がりばかりは、実際にその目で確かめていただきたい、というのが正直なところであります。
 これまで長きに渡って描かれてきた物語に登場してきたほとんど全ての生き残りのキャラクターたち(正直なところ、忘れていた奴も……)が一堂に会し、結末に向けて動き始める姿は、まさしく伝奇ものの興趣横溢というほかありません。

 もちろん、まだ大蛇との決着に向けては一波乱も二波乱もあるでしょう。そして何よりも、この決戦の場に真っ先に加わるべき男がもう一人、まだ姿を見せていないのであります。
 そんなわけでまだまだ先は見えませんが、しかしこの巻の盛り上がりを見れば、最高の結末を期待してよいのではないか――そんな大団円への前奏曲ともいうべき第12巻であります。


『煉獄に笑う』第12巻(唐々煙 マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ) Amazon


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2020.09.20

叶輝『残月、影横たはる辺』第1巻 公儀助太刀人、明治の世に仇討ちを助ける

 明治の世になり、禁止令が出された仇討ち。しかし東京警視庁内には高額な報酬と引き換えに仇討ちを請け負う「公儀助太刀人」がいた。その一人、鬼塚千明のもとに、母親を無惨に殺された少女から仇討ちの依頼が舞い込むが……

 時代劇の大きな要素として存在し、そして江戸から明治へと時代が移り変わる中で失われたものの一つとして、仇討ちという行為が挙げられるのではないでしょうか。普遍的な現実であったかは別として、復讐のため、武士の面目のため、あるいは刑事制度の補完のため存在する仇討は、フィクションの世界において様々なドラマを生み出してきました。
 そんな仇討も明治6年には公的に禁止されるに至ったわけですが――その後も警視庁に密かに仇討ちを代行する者が存在していたという、ある意味奇想天外な設定の物語が本作であります。

 明治12年、新橋の高級妓楼で浮名を流す、官服に帯刀の伊達男・鬼塚千明。その彼に持ち込まれたのは、年端もいかぬ少女・小春からの仇討の依頼でありました。
 浅草で生人形を作っていた人形師の母が何者かに殺され、大通りで見世物人形のように晒されるという悲劇を経験した小春。彼女は千明に――一等巡査にして「公儀助太刀人」である千明に、仇討ちの助太刀を依頼してきたのであります。

 ある理由から小春の母の死に様に心を動かされながらも、殊更に冷たく当たり、一度は依頼を断る千明。しかし警察として独自に動き、下手人を捕らえた千明は、小春の前に現れ……


 このあらすじを見た限りでは、本作は仇討ちというより、いわゆる仕事人もの的な要素が強いようにも思えるかもしれません。
 しかし金をもらって復讐を行う――すなわち依頼人は金を払うだけ――のとは異なり、本作で千明が行うのは、少なくとも表向きは助太刀であり手を下すのは依頼人本人、というのが「公儀助太刀人」の名のゆえんなのでしょう。

 この第1巻のメインとなる小春のエピソードはまさにその点を中心に据えたものといえるでしょう。ここで中心になるのは復讐の是非――というよりも、人が自らの手で人を殺めることの重みなのですから。
 母の仇討ちを依頼した際に千明から人殺しの覚悟を問われ、「下手人が自分で招いた結果でしょ」と、ある意味えらく「現代的な」態度で応える小春。しかし実際に千明が下手人を追い詰め、後は止めを刺すだけとなった時、彼女の選択は……

 という展開はまず定番という印象ですが、しかしそれは、仇討ちが法で禁じられた時代に、それでもあえて仇討ちをしようとする者がいるという物語だからこそ、より映えるものなのかもしれません。


 この第1巻の時点では「公儀助太刀人」なる奇妙な役目が、東京警視庁内に半ば公然と存在する――しかもその後楯はかの川路大警視!――理由が明確となっていないため、(主に時代ものとして)どのように評価すればよいか、まだ悩ましいというのが正直なところではあります。

 しかし物語の中で断片的に描かれていく千明の過去――会津生まれでかつては日新館に通う少年武士であり(飯盛山には行っていないようですが)、そして戦後に養父から剣を学び、そしてその養父を惨殺されたという過去――が、この公儀助太刀人という存在とどのように結びついていくのか、これは大いに気になるところです。
(おそらくはその時の名残であろう、千明の義眼の由来もまた)

 そしてさらに、今なお根深く残るらしいその事件の背後に潜むもの、大きく世間を動かしかねないその存在が何なのか――この先の展開が気になる作品であることは間違いありません。


 しかし妓楼通いを続ける息子が家に帰ってくるたびに、医師を呼んでおいて花柳病の診察を受けさせる義母というのは、どうなのかなあ……(それに対する千明の明治ならではの弁明もなかなか面白いのですが)


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2020.09.19

夢枕獏『大江戸火龍改』 久々登場、夢枕獏流時代伝奇活劇

 夢枕獏による新たなる時代伝奇小説――万妖異事相談(よろずあやかしごとそうだん)を謳い、江戸に起きる怪奇の事件に挑む、博覧強記にして白髪の異人・遊斎を主人公とした連作シリーズであります。

 人形町の鯰長屋に一人居を構える男・遊斎――年の頃は30代後半程度に見えるものの、髪は全て白く、瞳は赤いという異貌の男。
 その住まいには見たこともないような奇怪な品々がところ狭しと積み重ねられ、彼を慕う近所の子供たちが遊びに来たと思えば、かの平賀源内が話し込んでいくというような、何とも得体の知れない人物であります。

 そんな遊斎の生業(?)が、万妖異事相談――すなわち、この世のものとも思えぬ怪事に悩む人の相談に乗り、これを鎮めるという、世間広しといえども、彼以外にはできそうにない稼業であります。
 さらにこの遊斎、幕府の陰のお役目である火龍改――正式には化物龍類改、すなわち人間に害をなす人外のもの狩り、祓い鎮める役所に遊斎は助力しているという噂。

 かくて、今日も様々な者たちが持ち込んでくる怪事件に、遊斎は飄々と挑むことに……


 と、何とも魅力的な基本設定で展開する本作は、三つの短編と一つの長編で構成されています。

 怪事に対する遊斎の日常(?)を描く「遊斎の語」
 ある日突然、意識を失っては主人たちの秘密を語るようになった商家の小僧の謎を解く「手鬼眼童」
 釣り指南書を著した武士のもとに夜な夜な現れる、首のない男の幽霊の正体に挑む「首無し幽霊」
 これら「小説現代」誌に掲載された(うち「首無し幽霊」は以前にあるアンソロジーも収録)短編は、いずれも作者自身が本作を評するに「江戸版陰陽師」と述べたのに相応しく、軽妙な味わいの物語。派手さはありませんが、遊斎が手慣れた様で様々な怪異に対するのが何とも楽しいエピソードであります。

 一方、「web小説現代」に連載された長編の「桜怪談」は、満開の桜の下で茶会を催していた大店の女将が、何者かによって桜の中に引き上げられ、生きながら食い殺されるという、衆人環視の下での奇怪極まりない惨劇から始まる伝奇活劇の要素も大きい物語です。
 遊斎の手足として働く飴売りの土平、退屈を持て余した剣の達人・如月右近、火龍改与力の間宮林太郎、そしてあの平賀源内(本作と似た題名の『大江戸恐龍伝』の主人公ですが、あちらとは特に関係のない様子)といった遊斎を取り巻く仲間たちが登場、彼らの力を借りて、遊斎は相次ぐ奇怪な人死に挑んでいくことになります。

 このエピソードに登場するのは、実は夢枕作品ではお馴染みという印象もある怪異なのですが、それを指す業界用語(?)の「らしさ」といい、遊斎や土平の操る奇妙な術といい、そして事件の陰に見え隠れする怪老人・播磨法師の存在といい――いかにも作者らしい要素が横溢で、久々に夢枕獏流の伝奇活劇を楽しませていただきました。
 もっとも、事件のスケール自体は意外とこじんまりとしていたり、そもそもタイトルの『大江戸火龍改』はそれほど出てこなかったような――という印象もありはするのですが……


 何はともあれ、謎めいて魅力的なキャラクターが、江戸を騒がす怪奇の事件に挑むという、私にとっては好物の要素しかない本作。是非とも続編を――できればさらにスケールアップした長編を――期待したいところであります。

(しかし播磨法師、ビジュアルといい言動といい「播磨」といい、作中で図らずも評されるように「千年生き」てきたあの人物にしか見えないのがニヤリとさせられるところであります)


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2020.09.18

『啄木鳥探偵處』 第七首「紳士盗賊」

 巷を騒がす紳士盗賊がとある会社から5千円の金を盗んだ。その後盗賊は逮捕されたものの、5千円は行方不明のままで、懸賞金までかかる始末だった。そんな中、京助は啄木の持っていた二銭銅貨の中に暗号文が仕込まれているのを発見。平井太郎の助けで暗号を解いた京助だが、そこに記されていたのは……

 ある意味本作で最大の問題作である今回、その理由はひとえに内容がほとんどそのまま江戸川乱歩『二銭銅貨』であることによります。

 原案(と書いてしまいますが)未読の方、本作を未見の方のために詳細は書きませんが、原案の中心人物である下宿人の貧乏青年コンビが、本作における啄木と京助になっている以外は、事件の発端である紳士盗賊の存在も二銭銅貨の中の暗号の存在も、オチにドンデン返しが存在することもほぼそのままであります。
 もちろん異なる点はあって、本作の方で京助が見つけた暗号の謎解きを担当するのは平井太郎(言うまでもなく後の江戸川乱歩)ですし、その太郎が作中で言っているように暗号のレベルも低い。また、ドンデン返しの内容とその後の展開は本作オリジナルのものです。とはいえ、びっくりするほど今回が『二銭銅貨』をなぞっていることは間違いありません。


 まあエンドクレジットでは「参考」という表示で『二銭銅貨』が掲げられていますし、既に著作権も消滅している作品であることを考えれば問題はないのかもしれませんが――一種のオマージュということを理解しつつもすっきりしないのは、本作があくまでも原作付き作品であることに尽きます。
(しかしあまりの完成度に海外の作品の翻案ではないかと疑われたという『二銭銅貨』が、逆に翻案として使われるというのは皮肉というかなんというか)

 原作が全5話ということもあってオリジナルエピソードの多い本作。それ自体は全く問題ない(そもそも本作の場合、はっきり言ってしまえば啄木と京助が探偵をするという概要以外はほとんどオリジナルに近いわけで)ですしむしろ大歓迎なわけですが、だからといって原作で全くない他の作者の他の作品のオマージュを行うのはいかがなものかなあ、(おそらく今回の内容を知らないであろう)作者としては不本意ではないのかなあ――とと感じてしまうのです。
 ちなみに原作でも作中に平井太郎と二銭銅貨が登場するのですが、その部分はアニメの第3話で既に使っているわけで――考えてみると二銭銅貨は二度目の登板ということになります。


 そんなわけでちょっと斜に構えて観てしまった今回なのですが、しかし本作オリジナルの結末部分――この二銭銅貨の真実を知った京助が、前々回からわだかまりを残して絶交中であった啄木と和解するという展開自体は、京助への甘えからか、彼に対しては無遠慮な啄木が、まだ減らず口を交えながらも真情を吐露するところなど、実に良かったとは思います。
 また、これだけのために色々仕組んだ軍資金が、実は啄木が先に懸賞金を手に入れていたのでは――と匂わすのも洒落ているのですが、色々考えるとちょっと無理があって、これは啄木が(仲違いの原因となった金を使って)自腹を切っているのでは、と想像させるのもまたグッとくるところであります(原作から盗まれた金額と懸賞金が一桁減となっているのもこの辺りを考慮したのでは、という気もいたします)。

 そしてさらに、そうまでして和解した次の瞬間に、別れを予感させる啄木の体の異変が描かれる点も……


 もう一点、第1話から描かれてきた、殺人事件とそれによって大企業の不祥事が明るみに出るという流れが続いていることが今回も描かれ、そこにいわば「告発者X」が匂わされるのもまた、後半戦に向けての仕掛けとして大いに気になるところであります。


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 『啄木鳥探偵處』 第一首「こころよい仕事」
 『啄木鳥探偵處』 第二首「魔窟の女」
 『啄木鳥探偵處』 第三首「さりげない言葉」
 『啄木鳥探偵處』 第四首「高塔奇譚」
 『啄木鳥探偵處』 第五首「にくいあん畜生」
 『啄木鳥探偵處』 第六首「忍冬」

 「啄木鳥探偵處」 探偵啄木、浅草を往く

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2020.09.17

「コミック乱ツインズ」2020年10月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2020年10月号の紹介その二であります。

『はんなり半次郎』(叶精作&篁千夏)
 今日も今日とて求善賈堂に入り浸っている土方(と今回は沖田も)。半次郎・小夜・喜代といういつもの面子と呑気に京野菜談義をしていたところに、出入りの種屋が唐柿(トマト)を持ってきて――と、なるほどこの頃は既にトマトが日本に入っていたのか、と感心していたら、このトマトから、物語は思わぬ方向に転がっていくことになります。

 攘夷浪人たちから、神国日本で異国からの草木を育てるのは無礼千万と、非常に馬鹿馬鹿しい理由で脅されているという種屋。そんな話を聞かされれば、本業として土方も沖田も見過ごしにするわけにはいきません。そこに当然半次郎も合力して……
 と、予想通り合力というレベルではなく、一番ノリノリで大暴れする半次郎。どう考えてもこの場面でそうする必要ないですよね、と言いたくなるような必然性のないヌードよりも、槍を手に大立ち回りを演じる土方の方に目が引かれました。

 敵役も題材も小粒ではありましたが、ラストで意外な形で現代に繋がっていったり、トマトを食べた沖田が――というという目配せもなかなか面白く、盛り沢山なところは本作らしいかと思います。


『カムヤライド』(久正人)
 単行本第4巻が発売されたばかりの本作、ここしばらくは激動また激動の連続でしたが、今回もまた、とんでもない展開が次々と飛び出すことになります。

 敵幹部との死闘の末に深手を負った上、オシロワケ大王の追手に追われたところをトレホ親方に救われ、ヤマトを脱出したモンコ。しかし一難去ってまた一難、そこに襲撃してきた国津神を思いもよらぬ形で撃退したのは、モンコが師匠と呼ぶ薬師・ノツチだった――というところから始まる今回ですが、モンコが師匠と呼ぶだけあって、ノツチには見るからにただものとは思えぬ雰囲気が漂います。
 ちょっとこっちが引くくらいの勢いでモンコの傷口を「治療」したと思えば、到底カタギとは思えぬノリでお代を請求――と、トレホと弟子たちが可哀想になるような言動を見せるノツチ、ビジュアル的にはいかにも作者らしい初老の美女だけに、とてつもない曲者ぶりが伝わってきます。

 しかし色々とひどい目に遭いながらも、なんだかんだで人の良いトレホ親方にとって、気になるのはモンコ――というより、モンコとノミ親方の関係。そしてトレホの問いに応えてノツチが語りだすのは、モンコとの出会いであり、そしてそれはどうやらノミの宿禰との関係にも繋がっていく様子ですが――今回もまた、何とも気を持たせる場面で、次回に続くことになります。


『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 いよいよ「梅安乱れ雲」編もクライマックス、ついに江戸に乗り込んできた白子屋菊右衛門と音羽の半右衛門の全面対決の時は迫ります。

 白子屋本人が江戸に現れる前から入念に準備を重ねてきた音羽の元締めは、彦さんと小杉さんに白子屋への仕掛けを依頼。この戦いに先手を取ったようにみえますが――しかし白子屋ももちろん只者ではありません。
 何だかよくわからないうちに手駒の多くを失いながらも、なおも動じない白子屋。彼はおそらくは切り札であろう鵜ノ森の伊三蔵――仕掛けの引き出しが無尽蔵にあるという凄腕を、梅安の元に送り込むことになります。梅安の人となりを知り尽くした白子屋の策と伊三蔵の腕――この二つが結びつけば、さしもの梅安も苦戦は必至と言わざるを得ません。

 そしてそんな状況をさらにややしいものとするのが、田島一之助の存在であります。かつては梅安を狙う刺客でありながら、そうとは知らぬうちに梅安に命を救われ、梅安を殺せなくなってしまった一之助。一種の鬼札となってしまった彼の行動は、この先大きく周囲の運命を変えることになるのですが……

 覚悟を決めた彦次郎と小杉、怒れる梅安、迷える一之助――多くの人間の運命を巻き込んで、次回決着であります。


 次号からは、落合裕介による池波正太郎『侠客』の連載がスタート。ハードな絵柄と作風の作者ですが、おそらく時代ものは初めてではないでしょうか。本誌らしい新鮮な組み合わせに期待したいと思います。


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