入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)



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2020.07.08

松田朱夏『鬼滅の刃 ノベライズ 炭治郎と禰豆子、運命のはじまり編』 ダイジェストで振り返る物語の基点

 タイトルの通り、『鬼滅の刃』のノベライゼーション――先行して書籍として先月発売され、今月原作第21巻・小説版第3弾と同時に電子書籍化された作品であります。集英社の児童書レーベル「集英社みらい文庫」より刊行された本書は、第1弾として原作の第1巻から第4巻の途中までが収録されています。

 『鬼滅の刃』の小説版としては、上述の通り第3弾が発売された矢島綾のものが既にありますが、あちらがオリジナルストーリーだったのに対して、本作は完全に原作そのままのノベライゼーション。。
 竈門家を襲った悲劇から炭治郎の修行、藤襲山での最終選抜、沼の鬼との戦い、鬼舞辻無惨や珠世との出会いから二人組の鬼との対決、鼓屋敷での戦いから那田蜘蛛山への出発まで――冒頭に述べたとおり、原作の第1巻から第4巻(第28話の途中)、アニメでいえば第14話までを、原作の台詞などをほとんど全く変えることなく収録しています。
(挿絵も原作漫画をページそのまま使用)

 その点だけみると、極端なことをいえば原作読者であれば本作を読む必要はないようにも感じられるかもしれません。
 しかし小学校の読書の時間に読んでもらうことや、アニメや漫画は触れさせてもらえないけれども小説であれば買ってもらえるという読者層を考えれば、なるほどこうした児童文庫レーベルの漫画ノベライゼーションにもしっかりした需要があるのでしょう。


 しかし、それでは原作既読者が単独で読んでみてつまらないかといえば、それはそういうわけでもなく、原作ダイジェストとしてはかなり良くできた部類と感じさせられます。
 本作の場合、ダイジェストとは言いつつも、はっきりと削られたエピソードはなく、省かれた描写は最小限。それでいて原作には明示されていない――けれども描写の裏に存在することは理解できる――心理描写などが追加されており、なかなか好感が持てます。
(ちなみに手鬼の「いまは明治何年だ?」の問いに対し、地の文で「明治は終わった――つい数年前に。」と書いているのが個人的に嬉しかったところでありますが、これはまあごく少数派)

 もちろんこれは、ノベライゼーションであれば当然の内容というべきかもしれませんが、ダイジェストの形で原作が完結したばかりの時期に物語の基点を振り返ってみるのも、なかなか感慨深いものがあります。


 もっとも、原作そのままの、作者独特の台詞回しが必ずしも小説に合っているかと言えば必ずしもそうではなく、炭治郎と初対面の時の義勇さんの怒鳴りの唐突さや、同じく初対面の善逸の言動の異常さは、やっぱり違和感を感じる――と思いましたが、これはこれである意味原作どおりなのかなあ。

 また、本作に収録された部分が(これはこれでキリはいいものの)アニメ版とずれがあるのが気になったところですが、これは分量的に第2巻にアニメの『無限列車編』までが収録されるのかもしれません。
 そう、このノベライゼーション版はこの7月中に第2巻が発売されるとのこと――本作の完成度を考えればこちらも期待できそうなところ、いずれ取り上げたいと考えているところです。


『鬼滅の刃 ノベライズ 炭治郎と禰豆子、運命のはじまり編』(松田朱夏&吾峠呼世晴 集英社みらい文庫) Amazon


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 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第20巻 人間と鬼と――肉体と精神の二つの地獄絵図
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第21巻 無惨復活、そして二人の「超人」の間の相違

 矢島綾&吾峠呼世晴『鬼滅の刃 しあわせの花』 鬼殺隊士たちの日常風景
 矢島綾&吾峠呼世晴『鬼滅の刃 片羽の蝶』 柱たちの素顔を掘り下げた短編集

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2020.07.07

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第21巻 無惨復活、そして二人の「超人」の間の相違

 連載は先日完結しましたが、本書と同日に小説版(電子版では児童向けノベライズも)も刊行され、いまだ人気絶頂の本作。黒死牟との死闘もようやく終結し、残る鬼舞辻無惨とついに対峙した炭治郎ですが、果たして無惨の実力とは、そしてその果てに炭治郎が見た光景とは……

 かつては鬼殺隊の剣士・継国巌勝でありながら、天才剣士であった弟の縁壱へのコンプレックスの果てに鬼と化した黒死牟に挑んだ悲鳴嶼・不死川兄弟・時透の四人。死闘に継ぐ死闘の果てに彼らはついに黒死牟を滅ぼしたものの、年若い二人が命を落とすという衝撃的な結末を迎えることとなります。

 かくて上弦の鬼は(まだ新たな上弦の肆の鳴女はいるものの)打倒され、残るは鬼舞辻無惨のみ。その無惨も、先代のお屋形様の自爆、悲鳴嶼の渾身の一撃、珠世の人間化薬を喰らって深手を負ったはずですが――しかし傷を癒やし続けてきた無惨は、体中に大量の口を生じさせた異形の姿で、ついに復活。
 折悪しくその前に辿り着いていた鬼殺隊士たちを喰らい、完全復活を遂げた無惨の前に、あたかも導かれたかのように炭治郎と義勇は立つのですが……


 物語のほとんど冒頭から登場しながらも、これまで本格的な戦闘シーンがほとんど描かれることのなかった無惨。その前の黒死牟が能力的にも設定的にも強力すぎたために、無惨は実力では一歩譲るのでは? と頭に一瞬よぎった想いは、すぐに徹底的に否定されることになります。

 今のところ無惨の攻撃は、体中から伸びた触手による打撃という一種類のみ。しかしその早さが、間合いが、軌道の変幻自在ぶりが、全てが異常に高レベルの上に、一撃でも食らえば猛毒の血で死亡確定という反則クラスの性能であります。
 炭治郎と義勇、後から加わった甘露寺・伊黒・悲鳴嶼・不死川らが一斉攻撃を仕掛けてもこれを凌ぎ、反撃するその力は、やはりラスボスに相応しいものといえるでしょう。

 が、無惨の場合、彼を最後の敵たらしめているのは、その力だけでなく、精神性によるところも大であると言うほかありません。
 炭治郎と義勇を前にした時に放った言葉――自分の所業を当然のものとして語り、これに抗する鬼殺隊を異常と断じる、その尋常でない自己肯定感と他者への無関心こそは、これまで物語の中で描かれてきた鬼という存在の、ある意味極みと感じられます。

 少なくとも、これまで幾度かあったように怒りで目からハイライトが消えた炭治郎だけでなく、あの鉄面皮の義勇までもがはっきりと怒りの表情を浮かべるのですから、これは本物というほかありません。


 しかしこの巻の終盤では、その無惨とある意味対になる者――継国縁壱の姿が描かれることとなります。彼の少年時代と鬼殺隊時代、そして最期は、以前に兄である巌勝の目から描かれましたが、ここではこれまで描かれなかった時代の彼が、そして何よりもその内面が描かれるのであります。

 自らも相当の使い手であった巌勝をして強い劣等感を抱かせ、鬼に走らせたほどの天才であった縁壱。巌勝の目に映るその姿はまさしく「超人」――凡俗にとっては、その強さだけでなく、あまりに広い心の器も含めて、そう評したくなってしまうほどであることは間違いありません。
 そしてそんな彼の姿は、人間の域を遥かに超えたという点で無惨に通じるものがあると言えますが――しかし、炭治郎が先祖の記憶の中で見た姿は、どうであったでしょうか?

 ただ愛する人との静かな暮らしを望み、それを喪った時、悲しむ。鬼を生み出した無惨に静かに怒りを燃やす――そんな縁壱の姿は、炭治郎と、そして我々読者たちと――つまりは普通の人間と変わるものではありません。
 もちろん、その力は常人を遥かに超えたものであったにせよ(千八百のうち千五百余を斬るって……)、その精神性はあくまでも人間のそれであり――強大な力を手にして他者を下に見ることしかできなくなった無惨とは、明確に異なるものなのであります。

 何よりもこの巻のラストでの姿を目にすれば、縁壱という「超人」の内面が、痛いほどわかるのですから……


 そしてこの過去の物語において、これまで謎であった日の呼吸の型がヒノカミ神楽として竈門家に伝わった事情が描かれたわけですが――しかしそれを受け継ぎ、振るうべき炭治郎は今、絶体絶命の状態にあります。
 果たしてそこから立ち上がることができるのか、そして決戦の地に急ぐ禰豆子の行動の意味は。残すところあと二巻、まだ最終決戦は、そして真の地獄は始まったばかりであります。


『鬼滅の刃』第21巻(吾峠呼世晴 集英社ジャンプコミックス) Amazon

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 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第20巻 人間と鬼と――肉体と精神の二つの地獄絵図

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2020.07.06

白鷺あおい『シトロン坂を登ったら 大正浪漫 横濱魔女学校』 魔女の卵にして○○たちの冒険

 『大正浪漫 横濱魔女学校』という副題がそのまま示すとおり、大正時代に、横浜の魔女養成学校を舞台とした一風変わったファンタジー――と思いきや、実は○○ものでもあるという、実にユニークな作品の開幕編であります。横浜に出没する巨大な化け豹の正体を追う、三人の女学生の活躍や如何に!?

 大正の横浜にある横濱女子仏語塾。一見普通の女学校であるこの学校は、実は魔女が創立し、魔女を育成する魔女学校――フランス語の授業はもちろんですが、薬草学や占い、そして何よりダンスという名の箒による飛行術の授業まである、立派な学校なのです。
 その横濱仏語塾に通う丸顔に鼈甲縁の眼鏡の少女・花見堂小春が本作の主人公。故あってダンスはちょっと苦手ですが、夢二風の美女の藤村宮子、見かけは十歳そこそこの樹神透子といった親友たちと、元気に勉学に励む毎日であります。

 さて、本作の物語の始まりは、小春の年上の甥で新聞記者の周太郎が持ち込んできた怪事件の噂。何と横浜のあちこちで、人の言葉を喋る豹が目撃され、中には襲われた者までいるというのであります。
 周太郎の頼みで化け豹のことを調べることとなった小春たちですが、なかなか手がかりは見つからない中、彼女たちはとある富豪が屋敷に作った西洋絵画の展示室を見学に行くことになります。そこで見事な熱帯の密林を描いた絵を見学した小春たちですが、実はこの絵には、描かれた獣たちが動くという噂が……


 というわけで、横浜に出没する化け豹と曰くつきの絵画、この二つを軸に展開していくことになる本作。なるほど、これは小春たち魔女の卵が、その術を使ってこれらの事件解決に挑むお話なのだな――というこちらの予想は、半分当たり、半分外れることになります。
 何故なら――(以下、内容の詳細に触れることになりますのでお気をつけ下さい)


 何故なら、小春たち三人をはじめ、この横濱仏語塾に通う生徒の多くは「妖魅」――簡単にいえば妖怪変化の類。小春は抜け首、透子は幽谷響、宮子は――と、それぞれが特異な能力を持つ妖魅の眷属なのです。
 なるほど、いくら開明な土地柄であり、文明開化からも相当時が経っているとはいえ、さすがに魔女学校に子を通わせる親は少ないのでは――と最初に思いましたが、こうした出自であれば、ある意味納得であります。

 何はともあれ、こうした設定を背景とする本作は魔女もの(?)にして妖怪もの――というより、彼女たちの活躍は魔女として以上に妖魅としての力を発揮しての場合が多いため、実際には変格の妖怪ものという印象が強くあります。
(そしてまた、このジャンルでも賑やかなヒロインたちが中心というのはかなり珍しく、それだけでも十分に個性的と言えるでしょう)

 さらに物語は終盤、化け豹の正体を巡る物語から一転、まさかの××××ものとなるのですが――これはさすがに伏せておきましょう。ウィリアム・ハドソンのある作品を背景とするこの展開は、意外でありつつも、「魔女」という点で、小春たちの物語と重なる部分があるのも、また興味深いところであります。


 と、予想だにしなかった要素や展開が盛り込まれた、実にユニークな物語である本作。
 正直なところ、それらの要素が有機的に活かし合っているとは言い難い印象もあり(特に魔女学校ものと上記の××××ものの組み合わせなど……)、また物語的にも大きく次の巻以降に引いているのもちょっと気になるところではありますが――しかしそれでもなお、本作ならではの魅力があるのは間違いありません。

 予告では三部作とのことですが――それであれば残り二作でどのような物語が描かれることになるのか。本作のラストでまた意外な展開があっただけに、ますます先が読めない物語になることを期待したいと思います。


『シトロン坂を登ったら 大正浪漫 横濱魔女学校』(白鷺あおい 創元推理文庫) Amazon

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2020.07.05

岡村星『テンタクル』第1巻 謎また謎に挑む杖術 幕末アクション開幕

 時は幕末、福岡藩で側用人・黒田の元から宝刀を奪った賊を追う命を受けた津春と聡吾。二刀流を操る少女を得意の杖で撃退し、二人が取り返した刀には、想いもよらぬ秘密が隠されていた。その秘密を知ったことをきっかけに相次ぐ人死にと謎の数々。恐るべき事態に巻き込まれた津春の運命は……

 恥ずかしながら連載時にはチェックしていなかったのですが、単行本発売時の「本格幕末ミステリー×異色アクション」という謳い文句に、一も二もなく手に取った本作。なるほど、どこから何が飛び出してくるかわからない、驚きに満ちた物語でありました。

 冒頭から描かれるのは、藩の追っ手を次々と斬殺して逃亡する遣い手を追う二人の青年――一人は医学生の津春、もう一人は城下一の剣士・聡吾。二人は目の前に現れた二刀使いの美少女を得意の杖術で倒したものの、処遇を巡って二人が争う間に、少女には逃げられてしまうことになります。
 それでもそもそもの目的であった刀を取り返した二人ですが――その刀には思わぬ秘密が。その晩、刀の持ち主である側用人の黒田に呼び出された二人ですが、二人に自分の目論みが露見したことを悟った黒田はその場で切腹を遂げることに……


 と、第一話の時点で次から次へと想定外の事態が飛び出す本作。
 さらに第二話では城内に潜んだ真の「敵」の巨大すぎる野望が示され、第三話では更なる秘密の存在と恐るべき刺客の手腕と哀しい別れ、そして第四話では刺客との死闘と「敵」の行動の真意(?)が語られ――と、毎回毎回ラストに衝撃的すぎるヒキが用意されているのですから、息つく暇がありません。

 正直なところ、この巻の時点では、この衝撃的な「事実」の提示に終始している感が強く、「本格幕末ミステリー」というには未だしという印象は否めないのですが、しかしここまで大風呂敷を広げてくれれば、その謎解きが楽しみにならないはずがありません。

 一方、残る「異色アクション」の方ですが――こちらは現時点でなかなかのものであります。そもそも「異色」の理由は何かと言えば、それは主人公の用いるのが刀ではなく、杖である点にと言ってよいでしょう。
 そう、津春の武器は杖――彼は神道夢想流杖術の遣い手なのです。

 神道夢想流杖術といえば、宮本武蔵と死闘を繰り広げたという夢想権之助が生み出した流派。一度は敗れた権之助が、再度立ち会った際に武蔵を破ったという伝承もある武術であります。
 そもそも聡吾はともかく、性格的に向かぬ津春が追っ手に選ばれたのは、このように神道夢想流杖術が、二刀流の天敵とも言うべき流派だから、という設定の時点でシビれるのですが――その独特の動きは、時代ものでメインに扱われることが珍しい技だけに、大いに興味をそそるものがあります。
(基本的に人を殺さぬ技が、津春の性格にマッチしているのも良いと思います)


 さて、「謎」は配置され、それを飾るアクションも用意されました。後はそれを動かして、どのような物語が紡がれるのか――先が全く読めないだけに、楽しみも大きな作品であります。


『テンタクル』(岡村星 白泉社ヤングアニマルコミックス) Amazon

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2020.07.04

伊藤正臣『恋とマコトと浅葱色』第3巻 彼女と左之助の恋路の結末に待つもの

 スマホ越しに幕末を覗き込むことになった女子中学生改め高校生・マコトと新選組の原田左之助の恋を描く奇想天外な物語もこの第3巻でついに完結。池田屋事件に立ち会うこととなったマコトは左之助を救えるのか、そして二人は絶対的な時間の壁を超えることができるのか――驚きの結末が待っています。

 修学旅行で訪れた八木邸でスマホに雷が落ちたことがきっかけで、時を隔てた幕末で同時に(?)脇差に雷が落ちた原田左之助と、スマホと脇差越しに出会うこととなったマコト。
 芹沢鴨の粛正を目撃した後、一度は東京に帰ったマコトは、翌年の6月に再び京都を訪れ、左之助と再会するのですが――彼は池田屋に突入。そこで短筒を持つ相手に追い詰められた左之助を、新米隊士の大木とともに助けようと奮闘するマコトですが……


 と、しっかり参加していたにもかかわらず、フィクションの世界では取り上げられることの少ない左之助の池田屋事件の顛末を通じて、これまで以上に絆を深めたマコトと左之助。しかし二人の間には、時間に留まらず、空間の壁が変わらず立ち塞がります。
 つまり、スマホと脇差が通じ合うのは、空間的に近い――簡単に言えば同じ京都にいる間のみ。あくまでも東京の中学生であるマコトは、旅行が終われば京都を離れなければならないわけですが――ここでそう来るか! の力業でクリアしてみせたのにはむしろ感服いたしました。

 かくて始まる高校編、早速山口県出身の長門さんという、旧前川邸の住人である新選組マニアのおじさん・田部さん並みに面白い(というよりライバル)キャラが愉快な活躍を見せるのですが、しかしマコトにはそれどころでない悩みが重くのしかかることになります。
 それは左之助の結婚――史実では池田屋事件の翌年春、新選組屯所が西本願寺に移った後に「菅原まさ」なる女性と結婚している左之助。だとすれば、今まさに左之助はまさと結婚直前のはずなのです。

 これまで、恋する左之助の身に危険が迫ることはあっても、厳しい言い方をすれば傍観者であるマコトにはダメージはありませんでした。しかしまさに傍観者であるがゆえに、いま(精神的に)深刻なダメージを負おうとしているマコト。
 果たして物語始まって以来の危機をどう乗り越えるのか――といっても敵は史実というあまりに強大な相手。その証拠に彼女の手元のスマホには、左之助はまさと結婚したというネットの画面が冷たく表示されているのですから……


 と、ここから先の展開については詳しくは書けないのですが――正直に申し上げれば、これはさすがに豪快に過ぎるのではないか、という印象であります。こちらの一番見たかった部分を(冒頭に繋がる部分まで含めて)一気に突き抜けていったのには、さすがに驚かされました。

 この辺りは――特にどの時点で物語が終わるのかについては――対象とする読者層を考えると、この結末はやむなしなのかな、という気がしないでもありませんが、やはり少々寂しい気持ちになるのは否めません。

 ただ――それはそれとして、左之助の純情さ、一途さ、男っぷりの良さは、これはこれまでフィクションで描かれてきた左之助の中でも相当上位に入ることは間違いないのではないかと思います。
 だからこそ、この物語の中で、左之助の生の全てを見届けたかった、という気持ちはあるのですが……


『恋とマコトと浅葱色』第3巻(伊藤正臣 LINEコミックス) Amazon

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2020.07.03

吉川景都『鬼を飼う』第7巻 大団円 この世界に生きる同じ「いきもの」たちを描く物語

 神話や伝説に登場する様々な妖怪や魔物たちを思わせる幻の獣たち・奇獣との出会いと戦いの物語『鬼を飼う』も、ついにこの第7巻で完結であります。恐るべき力を持つ伝説の奇獣「ナンバー04」の行方は、奇獣商ザイードの目的とは。そして全ての謎と因縁が解き明かされた時、鷹名とアリスの運命は……

 恐るべき殺傷力を持ち、奇獣を食うと言われる「ナンバー04」。かつて日露の戦場でこの奇獣と遭遇し、友人であった三条を殺されて以来、それを追うことのみを目的として来て生きてきた四王天、この04の力を手に入れてクーデターを起こそうとする宍戸、04を求めて日本政府に接近し暗躍するザイード……
 彼ら04を巡る者たちの戦いは、鷹名と司、「夜叉」の面々、マルグリッド、天久と徳永、そして何よりもアリスを巻き込んで、いよいよ決戦に臨むことになります。

 そんな中、ついに異形の奇獣・スキュラと化したアリスと、それでも彼女を受入れ、共に在ろうとする鷹名。しかし何故か彼女を執拗に狙う宍戸にアリスを連れ去られ、四王天と夜叉、鷹名たちは予測される次の04出現場所――富士山麓に向かうのでした。
 そしてそこで待ち受けるザイードと宍戸と対峙した時、ついに出現する04。

 果たして04の正体とは。宍戸の、ザイードの真実とは。そして人間と奇獣の運命は。決戦の地で、全ての真実が明かされた時、アリスと鷹名の選ぶ道は……


 かくて本作は、まさに「大団円」と呼ぶべき結末を迎えることになりました。

 前巻の紹介でも述べたように、終盤に来て、一気に一点に収束していくこととなった作中の要素や登場人物。その収束点こそがナンバー04であり――そして出現の地であることは言うまでもありません。
 そこで次々と明かされていくのは、登場人物たちの、そして物語に散りばめられた秘密また秘密――それが明かされていくたびに、パズルのピースが一つ一つ嵌っていくように、巨大な絵が浮かびあがる様は、まさに伝奇物語の醍醐味というほかありません。

 しかし、それは同時にまったく紹介者泣かせであります。何しろ物語のほとんど全てが秘密でできているようなもので、読みどころを紹介することができないのですから……
(それでも、無力に見えたあの人物が、その背負わされた過酷な運命の力で一矢報いた場面、そして最終決戦の最後の最後で逆転の鍵となったのが、今となっては実に懐かしいものであった場面にはグッと来た――と言うのは許されるでしょう)

 そのため、あいまいな表現となってしまい恐縮ではありますが――しかし鷹名とアリスの物語の結末には触れないわけにはいかないでしょう。
 希少な鬼飼血統の末裔として生まれた鷹名と、奇獣スキュラの幼生であるアリス。二人の出会いから始まった物語は、同じ二人によって幕を閉じることとなります。それがどのような形となったのか――その詳細は述べられませんが、そこに一抹の寂しさが伴うものであったことは否定できません。

 しかしそれを「運命」と評するつもりはありません。ここで二人が選んだ道は、そんなものに――すなわち二人が持って生まれたものに流されたのではなく、これまでの出会いから二人が感じたもの、二人の中に生まれたものを受け止めた上で、自分たちで選んだものなのですから。
 その二人の選択とそこにある意志は、あるいは未来への希望ということができるでしょう。そしてその点において二人の物語は、本作のもう一方の軸でありながら、初めから過去に因われ続け、奇獣に挑み続けた四王天の物語と対象的なものであると感じます。

 そしてまた、その二人の選択に、我々読者の分身とも言うべき司――鷹名に振り回され、その後をついていくのがやっとであった愛すべき凡人の存在が、決して意味がないものではなかったと感じるのも、決して故なきことではないでしょう。


 かくて物語は終わりを告げました。しかしその結末の先には我々の世界が存在します。そしてそのどこかには――そう考える時、どこかホッとした気分になるのは私だけではないでしょう。

 「実在の」妖怪や魔物たちを題材にしつつも、そこに新たな命を与え、既存の神話や伝説とは異なる伝奇物語を生み出してみせる――それだけでなく、同じ世界で暮らすごく普通の人々の姿をも同時に描いてみせた本作。この結末は、そんな物語だからこそ辿り着けたものであると感じられます。
 この世界に生きる同じ「いきもの」たちを描いた物語として……


『鬼を飼う』第7巻(吉川景都 少年画報社ヤングキングコミックス) Amazon


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