入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)



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2020.05.29

宮本昌孝『武商諜人』(その一) 颯爽たる作者の単行本未収録短編集

 『剣豪将軍義輝』発表からほぼ四半世紀、希有壮大かつ爽快な歴史時代小説を次々発表してきた作者の、単行本未収録の短編9編と描き下ろし1編で構成された作品集であります。戦国時代を中心に、江戸、明治とバラエティに富んだ作品が収録された本書の収録作品を一作ずつ紹介していきましょう。

『幽鬼御所』
 北畠具教・具房親子に可愛がられながらも、織田信長に見初められ、三男信孝を生んだ佳乃。時は流れ、信長が北畠家を攻撃した際に、何とか北畠家を救うために佳乃は奔走するのですが――そして時は流れ、関ヶ原合戦の後に……

 巻頭に収められた作品は、本書のために書き下ろされた作品――賤ヶ岳の戦の後に非命に倒れた信孝の母・佳乃を中心に展開する物語であります。
 といっても、信孝の母は記録上は坂氏としか知られていない女性。それを本作は、若き日に北畠具教に恋し、自らも武芸を修めた(そしてそれがきっかけで信長と出会った)女性という、実に作者らしい造形で描きます。

 しかし本作は彼女を中心としつつも、一人の力では抗えない歴史の動きを描くことになります。そして果たして物語がどこに向かうのか、予想がつかぬままに読み進めてみれば、結末に描かれるのはなんと……
 正直なところ、あらすじを紹介するのが難しい物語ではあり、結末も感動と驚き(呆気にとられたと言うべきか)が入り交じった奇妙な後味なのですが――これはそういう意味であったか、と唸らされることは間違いありません。

 そして同時に、懸命に、誠実に生きた者が、どこかで必ず報われる(たとえそれが墓に手向けられた一輪の花であっても)という、実に作者らしい作品であると感じ入った次第です。


『戦国有情』
 桶狭間の戦で信長とともに先駆けし、武名を挙げた四人の赤母衣衆。しかしうち三人は古参の臣に讒言を受けて相手を討って逐電、徳川家に身を寄せるのですが……

 「歴史街道」掲載作のためか、分量的には掌編に近い本作。大きな武勲を残しながらも、運命の悪意に翻弄された若者たちの熱い友情を描く一編であります。
 しかし短くとも、史実にごく僅か残された記録から、そこに生きた者たちの姿を活写するという、見事に歴史小説としての魅力を持った物語です。

(それにしても前作も含め、作者の信長像は『ドナ・ビボラの爪』で描かれたそれが基調に感じられるところであります)


『不嫁菩薩』
 政略で婚約しながらも、幼い頃から強く惹かれ合ってきた信長の嫡男・信忠と信玄の娘・於松。戦国の流れに引き裂かれながらも、なおも純愛を貫いてきた二人ですが、ついに信忠は天目山で武田家を滅ぼすことに……

 戦国最大の悲恋といえば、まず筆頭に挙げられるであろう信忠と於松――戦国のロミオとジュリエットと言うべき二人を、於松の視点から描いたのが本作であります。

 幼い頃のたった一度の出会い(この一種伝奇的な出会いにおける因縁が、後々に影響するのがまた実に作者の作品らしい)を胸に、相手の愛を信じて生きながらも、時にそれを手放してまでも人としての信義を貫こうとする於松。
 その愚直なまでの姿は、もの悲しくはあるものの、同時に強く心を打つものであり――一歩間違えれば強烈な皮肉となりかねない結末の展開も、純愛と至誠を貫いた者の勝利として素直に感じられます。

 ちなみに本作、鬼武蔵として悪名を轟かす森長可が、それとは裏腹(?)の実に格好良い役どころを演じているのも印象に残ります。
(この森長可も含め、過去のある時点で出会った者たちの運命が、後に味方として、あるいは敵として絡み合うという作劇もまた、実に作者らしいと再確認しました)


 次回に続きます(全三回)。


『武商諜人』(宮本昌孝 中公文庫) Amazon

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2020.05.28

大西実生子『フェンリル』第2巻 新たなる仲間とテムジンの求める世界を結ぶもの

 かのテムジン=チンギス・カンが、宇宙からやって来た美女の助けを借りて世界統一に乗り出すという、奇想天外なSF歴史漫画の第2巻であります。

 偶然落ちた湖の底で、青く輝く狼と、美しい裸女に出会った青年テムジン。自らを「地を揺らすもの(フェンリル)」の化身と語る彼女こそは、かつて宇宙からこの星に墜落した金属生命体であり、地球の引力圏から脱するために、テムジンに近づいたのであります。
 テムジンがフェンリルを水中から引き上げようとする最中、集落を襲うタイチュウト族。皆を逃がすために戦った末に力尽きたテムジンに、フェンリルは自らの命を分け与えるのでした。

 復活したテムジンは、タイチュウト族の将を討つと、かつて自分の父の盟友であったケレイト族の長老トオリル・カンの力を借り、タイチュウトと戦うことを決意するのですが……


 かくて、フェンリルの導きによって、世界の王となるべく第一歩を踏み出したテムジン。この巻の冒頭で語られるのは、その彼にトオリル・カンから与えられた兵――三人の蛮戸兵との出会いであります。
 一人が二十騎に匹敵する力を持ちながらも、そのあまりの異文化ぶり、そして何よりも剽悍さでケレイトでも持て余し、獣のような扱いをされていた蛮戸兵。ファーストコンタクトからその力に圧倒されるテムジンですが、しかしその後の彼の反応こそは、ある意味この巻の白眉と言うべきでしょう。

 フェンリルの導きもさることながら、それ以前から、単なる草原の一部族の若者に収まらない、独特の視点を持っていたテムジン。いやその彼の視点は、フェンリルとの出会いによって、遙か世界の彼方まで広がる視野となったと言うべきでしょうか。
 いずれにせよ、彼にとっては生まれも育ちも文化も信仰も異なる、女戦士すら存在する蛮戸兵の存在は、彼が求める多様性の象徴、彼の求める世界の縮図なのであります。

 ほとんど裸一貫から身を起こした若者が、異能の仲間たちの力を借りて戦場に風雲を起こす――というのは、これは古今東西を問わず、国盗りもの、戦国ものの定番であります。
 しかしその定番の中でテムジンの非凡さを浮き彫りにしてみせるのは、これは本作ならではの独自性と言うべきでしょう。

 世界帝国を築いた英雄であると同時に、情け容赦のない征服者としてのイメージも強いチンギス・カンですが――その若き日の姿を描くに、このようなアプローチで描くというのは(その実像がどうであれ)面白い試みであると思います。


 もっともそのテムジンの先進性と器の大きさが、あまりにも優等生に見えてしまうのもまた事実。
 特にここでの敵であるタイチュウト族長のタルグタイが、ビジュアルといい言動といい、あまりにもわかりやすい悪役として描かれているだけに、主人公の優遇ぶりが際立って感じられてしまうのは、残念に感じられるのですが……

 何はともあれ、いよいよ次の巻で描かれるであろうテムジンとタルグタイの激突の中で何が描かれるのか――注目であります。


 ちなみに基本的に歴史上の人物がほとんどの本作の中で(蛮戸兵はともかく)タイチュウト側の弓使い・ラキザミは聞いたことがない名前だと思ったら……


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 大西実生子『フェンリル』第1巻 テムジン、宇宙からの美女に道を示される!?

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2020.05.27

武内涼『源平妖乱 信州吸血城』 霊宝を巡る絶望の死闘

 京の殺生鬼を壊滅させたものの、自分たちも大打撃を受けた義経ら畿内の影御先。濃尾の影御先に身を寄せた義経と巴は、邪鬼と結ぶ立川流の寺院を急襲するが、そこに待ち受けていたのは不死鬼・黒滝の尼の罠だった。木曾義仲らに辛うじて救われた義経たちだが、影御先の霊宝を狙う敵の魔手が迫る……

 平安時代を舞台に血吸い鬼たちとの死闘を描く『源平妖乱』待望の続巻であります。
 古代に海を渡り日本に渡来した血を吸う鬼たち――人を殺さず人と共存する不殺生鬼と、人を吸い殺し仲間を増やさんとする殺生鬼、そして一度死んだ殺生鬼が復活し邪悪な力を得た不死鬼。このうち、殺生鬼と不死鬼(合わせて邪鬼と呼称)を敵とし、人知れず死闘を繰り広げてきた者たちが「影御先」であります。(東欧世界でクルースニックと呼ばれる者、と明言されているのが熱い)

 本作の主人公・源義経は、恋人を殺した殺生鬼・熊坂長範を追って鞍馬山を下り、影御先に参加した若者。長範の娘であり、長範を母の仇と狙う静らとともに京の邪鬼を倒し、仇を討った――のが前作の物語でありました。
 しかしその代償に畿内の影御先も壊滅、義経は静らと別れて濃尾の影御先に加わり、それから一年後の物語が本作となります。

 邪教として名高い真言立川流が、邪鬼と結び、勢力を拡大していることを知った濃尾の影御先たち。彼らは立川流の、邪鬼たちの根城と目される熊井長者の屋敷に急襲をかけるのですが――地下の破戒壇に突入した義経たちは、邪鬼たちを取りまとめる謎の魔人・黒滝の尼の罠と仲間の裏切りにより、一転窮地に立たされます。

 一方、屋敷の外を固める巴たちの前には、半ば不死鬼、半ば餓鬼(死人の血を吸い、異形と化した邪鬼)という怪物・屍鬼王が出現。血吸い鬼としての弱点を持たない屍鬼王に、影御先は次々と屠られていくことになります。
 義経と弓使いの娘・氷月は仲間たちの犠牲により辛うじて地底の地獄を脱出、巴も異変に駆けつけた木曾義仲・今井兼平ら、木曾の荒武者たちによって救出されたものの、濃尾の影御先はほぼ壊滅状態となるのでした。

 しかしそれでも彼らは戦いを止めるわけにはいきません。影御先の秘宝である四種の霊宝のうち、戸隠山に隠された豊明の鏡、そして東の影御先が守る小角聖香を狙い、黒滝の尼が動き出したのですから。
 かくて身を休める間もなく、義経・氷月・巴らは、絶望的な戦いに挑むことに……


 というわけで、冒頭から結末まで、ほとんど全編に渡り、影御先と血吸い鬼の死闘が描かれる本作。基本的な設定は既に前作に語られている分、本作では思い切りバトルに振った印象で、一時たりとも息は抜けません。
 特に本作の前半部分、熊井長者屋敷地下は、何が飛び出すかわからない、まさしく地底魔城というべき地獄。罠の詰まったまさに敵の根城で、しかも味方と様々な形で分断されての戦いは、主人公側が苦闘を強いられることが非常に多い作者の作品の中でも、屈指の絶望度と言うべきでしょう。

 一方、そんな中で数少ない救いとなっているのが、木曾義仲と今井兼平の存在です。
 言うまでもなく、木曾義仲は河内源氏の出身で、義経とは従兄弟同士――後に義経同様平家に対して挙兵し、朝日将軍とも呼ばれた人物。そして今井兼平は義仲の乳兄弟であり、四天王とも呼ばれた勇将であります。
 そんな彼らの後の姿はここでは置いておくとして――本作の義仲は、不器用でぶっきら棒な荒武者ながら、心は熱く温かいものを持った好漢。そして兼平は冷静沈着ながら民を愛し慈しむ心を持つ人物として描かれます。

 そんな二人の姿は、邪悪な人外の魔物や、人間でも醜い権力や金の亡者たちが蠢く物語の中で、数少ない「生きた人間」として描かれ、こちらの胸を熱くさせてくれるのです。


 その他、徐々に明らかになる黒滝の尼の伝奇的な正体や、いわば本作版のゾンビというべき餓鬼や様々な動物の血吸い鬼の登場、そして最終兵器ともいうべき四種の霊宝の存在と――ぎっしりと詰め込まれたアイディアと起伏に富んだ展開で、最後まで一気に読まされてしまう本作。

 まさにこれぞ時代伝奇と言うべき内容なのですが、黒滝の尼という、明確に「悪」との戦いに終始した印象が強く、前作にあった、血吸い鬼という存在を通した人間性への問いかけとも言うべき要素が薄く感じられた――そしてそのために義経の戦いがさらに苦く感じられた感は否めません。

 まだまだ邪鬼たちとの戦いが続く中、義経が武士として、人として辿り着く道はどこにあるのか――この先の物語で、険しくとも希望の光が描かれることを期待したいと思います。


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2020.05.26

原哲夫『いくさの子 織田三郎信長伝』第14巻 小さな戦の二つの大きな出来事

 いよいようつけの仮面をかなぐり捨て、戦国の世に立つこととなった信長。その視線の先にあるのは、当然ながら今川義元であります。尾張に侵攻する今川方が築いた砦に挑む信長は、本領発揮の戦を繰り広げるのですが……

 相変わらず尾張の内憂外患が続く中、萱津の戦で勝利を収め、真の姿の一端を示した信長。それを警戒する美濃の斎藤道三との対面を、平手政秀の切腹という大きな犠牲によって実現した信長は、その桁外れの器の大きさを見せ、道三を味方につけることに成功するのでした。
 さて、美濃の憂いがなくなったところで、挑む相手は今川義元と、今川方に靡く尾張の諸将たち――というわけでこの巻で描かれるのは村木城の戦であります。……と言われても「?」となる方も多いと思いますが、この戦国史から見れば小さな戦では、二つの大きな出来事が起きており、そしてそれは本作においても存分に活かされているのです。


 尾張と駿河の境に位置し、今は織田方に属する水野信元の緒川城を攻めるため、今川方が築いた村木砦。砦といっても鉄桶の構え、さらにはその砦に続く陸路は、今川方に寝返った諸将によって寸断された状態にあります。
 この状況で敵の油断を突くため、信長は荒れ狂う海に乗り出すという源義経のような手段に打って出ると、信元そして叔父の織田信光(本作ではかなりいい人)と共に、三方から砦を攻めるのですが――たどり着いたはいいものの、砦は難攻不落。これを落とすための信長の切り札――それこそが鉄砲であります。かつて織田家当主となって初の戦いである赤塚の戦いでは封印していた鉄砲を、ここに至りついに信長はフル活用するのです。

 相手の矢の届かないところに陣取り、相手が顔を見せたところに斉射を食らわせる――いかにも信長らしい合理的かつ慎重な戦法ですが、食らう方はたまったものではありません。実にこの戦は信長が実戦で鉄砲を使った初めての戦と言われており、後の信長の戦で鉄砲が果たした役割を思えば、この出来事が大きな成功体験であったと言えるのではないでしょうか。


 しかし、それだけでは戦には勝てません。鉄砲で相手を怯ませ、その隙に壁を乗り越えて中に突入し、門をこじ開ける――城攻めの定石ですが、それがどれだけ危険であるかは言うまでもないでしょう。もちろんそれを恐れるような信長の母羅衆ではありませんが、しかしそこでついに、大きな犠牲が支払われることとなります。

 ここで描かれるのは、以前から信長に従ってきた二人の男の死――うち一人は、正直なところこれまであまり目立った活躍はなかったのですが(信長のリアクションも小さくて切ない)、もう一人は、物語のかなり初期から信長とともに冒険を繰り広げてきたレギュラーであり、ここで命を落とすとは、かなり意外な展開でありました。

 戦には勝ったものの、彼らを初めとする多くの犠牲に、さすがに衝撃を隠せない信長。その彼の目には熱い涙が……
 実はこの戦の結末は、太田牛一の「信長公記」でも珍しい、信長が「泣いた」と記録されている特徴的な出来事。意地の悪い見方をすれば、そこから逆算しての――という気がしないでもありませんが、これまで快進撃を続けてきた信長が、涙を見せるに相応しい場面であることは間違いありません。


 そして去る者がいれば、来る者――来るサルあり。そう、ここでついにあの男が――信長に猿と呼ばれ、愛された人物が登場することになります。
 正直なところ、ここでの登場はいささか唐突感は否めないのですが――あるいは彼が後のこの人物では? というキャラが二人ほどいただけに――まずは本作らしいデザインで(それでいていきなり結構エグい策を実行したりして)、先が楽しみなキャラクターであることは間違いありません。

 そして信長が戦と成長を続ける中、相変わらず悪役一直線の信行とその周辺ですが、ただ一人、柴田勝家のみは信長の勝利に感じ入ったことがある様子。
 これがこの先どのような展開に繋がるか――その辺りは次巻のお楽しみであります。


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2020.05.25

瀬川貴次『ばけもの好む中将 九 真夏の夜の夢まぼろし』 大混戦、池のほとりの惨劇!?

 最近は一年に一度の再会なのが少々寂しいところではありますが、『ばけもの好む中将』の最新巻の登場であります。最近は色々不穏な空気が漂っておりましたが、この巻では原点に返って(?)ばけもの好む中将・宣能と、彼に振り回されまくる宗孝の姿がたっぷりと描かれることになります。

 本シリーズは、右大臣の嫡男にして容姿端麗という恵まれまくった人間であるにも関わらず、寝ても覚めても考えるのは怪異のことばかりという宣能と、タイプの異なる十二人の姉がいるほかはごく平凡な中流貴族の宗孝――このコンビが(というか宣能に宗孝が一方的に引っ張られて)京を騒がす怪異を求めて騒動を繰り広げる連作であります。

 最近は冷酷で陰謀家の父の跡を、その後ろ暗い部分まで含めて継がされることとなった宣能が暗黒面に引きずられかけていたりと、重めの展開もあったのですが(そしてその要素は今回も健在なのですが)、今回のメインは二人の怪異巡りとなります。
 もちろん、収録されている二つのエピソードはどちらも実に個性的。毎度毎度の怪異騒動でありつつも、趣向を凝らしたシチュエーションが今回も展開されます。


 というわけで本作の前半に収録されているエピソード「夏衣つれづれ織り」で描かれるのは、宣能の友人であり、同じく中将である宰相の中将・雅平の物語であります。
 当代きっての色好みとして知られる雅平が暑気あたりで倒れた時に介抱されたのは、とある庵の美しい尼御前。たちまち好き心を発揮した雅平は、満更ではない相手の様子に有頂天となるのですが――豈図らんや、その庵こそは、誰も住まう者がいないのに夜明かりが灯り怪しい人影がよぎるという噂で、宣能が訪れようとしていた魔所だったのです。

 さては雅平が恋したあの女性こそは、かつてこの庵に住みながら病で身罷った尼御前の幽魂であったのか――というのが真実であるかどうか、本シリーズの読者であれば百も承知でしょう。
 しかしそこから転じて、雅平を懲らしめるために宣能たちが一計を案じたことで、さらに騒動が拡大して――というのは、実に「らしい」展開。○○に目覚めた宣能や、さらりと投入されたネタ攻撃、そしてラストでさらにややこしい火種が撒かれたりと、相変わらずの賑やかさであります。


 一方、後半の表題作「真夏の夜の夢まぼろし」は、スケールもややこしさも、そして怪異の愉快さ(?)もさらにパワーアップした、実に楽しいエピソードです。

 皇太后の父が立てた別邸「夏の離宮」――小島が浮かぶ広大な池で知られる、この邸宅で開かれる宴に招かれた宣能や宗孝。しかしそこで耳ざとく宣能は、怪異の噂を聞きつけてきたのであります。
 夜な夜な邸内に現れる怪しい人影やうなり声、不気味な物音に、突然姿を消してしまう女房。実はこの離宮が建てられた土地では、かつてとある殿上人が故なき嫉妬から妻を殺害し、さらに自分の子である二人の姉妹を斧で惨殺、自分も自殺したという陰惨極まりない事件があったというではありませんか!

 広い池のほとりで若い男女が恋愛沙汰を繰り広げているところに、斧を手にした殺人鬼(たぶん何かの面を被ってる)が出現する――かはわかりませんが、とにかくこの手の話を宣能が見逃すはずもありません(そして宗孝が引っ張られないはずもありません)。
 そんな中、この宴を訪れていた春若こと東宮は、宗孝の十二の姉である真白と出会い、逢い引きの約束をして有頂天。周囲の監視の目をかいくぐって真白に接近大作戦を企てることになります。さらに禁断の恋(?)に悩む雅平まで加わり、夏の離宮はいよいよ混戦模様に……

 というわけで閉鎖空間での大騒動という、面白くなること間違いなしのシチュエーションで展開するこのエピソード。まさか如何にこの作者とて平安時代に『○○○の○○○』ネタを投入してくるとは思いもよりませんでしたが、終盤の意外な展開の連続で、大いに楽しませていただきました。
 その一方で、黒宣能ともいうべき彼の顔がチラリと描かれたり、シリーズ最大の鬼札というべき十の姉の謎が少しずつ(本当に少しずつ)明かされていったりと、シリーズを通しての物語も、面白さ・楽しさの背後で着実に動いている印象もあります。

 いやそれだけでなく、宣能と宗孝の周囲の人々の人間関係が着実に動いている様からは、時と物語の流れというものを感じさせられます(個人的には「癒やしの君」こと有光中将のエピソードにそれを強く感じました)。
 果たしてその流れがどこに向かうのか――そんなことも大いに気になる作品であります。


『ばけもの好む中将 九 真夏の夜の夢まぼろし』(瀬川貴次 集英社文庫) Amazon

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2020.05.24

横山光輝『伊賀の影丸 邪鬼秘帖の巻』 影丸と邪鬼 宿敵同士がお家騒動に挑む異色編

 秋月藩で横行する辻斬り――その正体は、お家乗っ取りを企む次席家老・黒木弾正に雇われた阿魔野邪鬼ら四人の武芸者だった。ついに主席家老まで暗殺された中、江戸から派遣された影丸は、武芸者たちと対決する。さらに、口封じを企む黒木弾正が雇った忍者集団・土蜘蛛党が両者を狙うことに……

 『伊賀の影丸』全エピソード紹介の第七弾は、ある意味異色作の『邪鬼秘帖の巻』。タイトルから察せられるとおり、あの不死身の甲賀忍者・阿魔野邪鬼が三度登場するのですが――準主役として、これまでとは少々変わった役回りを果たすことになります。

 舞台となるのは城主が原因不明の病気に見舞われ、床から離れられない状態にある秋月藩。さらに主席家老が辻斬りに殺され、幼い藩主の嫡男までもが何者かに命を狙われる――という、まず典型的なお家騒動になりそうな状況にある藩です。
 ……そう、このエピソードはまさしくお家騒動もの。藩内の不穏な動きを察知した服部半蔵から派遣された影丸は、お家乗っ取りを企む次席家老の黒木弾正の陰謀に立ち向かうのであります。

 それでは邪鬼はといえば、黒木弾正が雇った四人の凄腕武芸者の一人として登場することになります。
 自分を含めた甲賀七人衆が影丸に敗れて若葉藩は改易、その後由比正雪と影丸の戦いに割って入るもこの時も一歩及ばず――と、その後どうやら自分の腕を頼りに諸国を放浪していたと思しき邪鬼。ここであからさまに悪人の弾正に雇われ、人斬りをしているというのも、邪鬼らしいと言えば言えます。

 もっとも200年生きているという彼にとっては、この稼業にも特に拘りがないらしく、同僚の他の三人が金だ酒だと言っているのにも一歩引いた形でクールさを崩さないのもまた「らしい」ところ。
 そんなある意味自由な立場の彼の存在が、物語をかき回していくことになるのです。


 さて、物語は影丸と邪鬼たちの戦いで展開していく――と思いきや、面白いのはここで両者共通の敵として、土蜘蛛党なる忍者集団が登場することでしょう。
 藩を探りに来た影丸と、自分を強請にかかるようになってきた雇われ武芸者たち――その双方を除くため弾正に雇われた土蜘蛛党。かくて展開する、影丸と邪鬼、そして土蜘蛛党の三つ巴の戦いが、お家騒動という定番の物語を複雑に、そしてより面白くしているのです。

 そして何よりも盛り上がるのは、こうした戦いの中で、影丸と邪鬼の共闘――とまではいかないものの、お互いが相手を好敵手として意識し、それぞれの危機にフォローに入るくだりでしょう。
 特に邪鬼はラストに至り、別にお前が好きだから助けたわけじゃないからね! と見事なツンデレぶりを発揮。お約束の倒されて復活――という展開もあるため、影丸に比べると少々割りを食った印象もありますが、終始このエピソードでは邪鬼が楽しそうにしているのが、何だかこちらも嬉しくなってくるのであります。


 その一方で、忍者アクションとしては、土蜘蛛党が集団戦主体であること、名のある敵が頭領の幻斎坊と小頭の勘助しかいない(しかも勘助は途中でフェードアウト)こともあり今ひとつに感じられるのですが――その代わり、邪鬼以外の三人の武芸者が、槍・鎖鎌・刀とそれぞれの得物で、並みの忍者では歯が立たない強豪ぶりを見せてくれるのが楽しい。
 忍者ものである、武士の活躍がほとんど見られない本作ですが、そんなこともあってここで描かれる手練れの武士のアクションは実に新鮮で、この点も、定番のようでいてユニークなこのエピソードを盛り上げる一因となっているといえるでしょう。

 一方、忍者アクションの方は、後日譚である『土蜘蛛五人衆の巻』で描かれることとなりますが――こういう物語の引きも含め、やはり本作の中では異色のエピソードであります。


『原作愛蔵版 伊賀の影丸』第7巻(横山光輝 講談社KCデラックス) Amazon

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