入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)



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2024.07.12

松井優征『逃げ上手の若君』第16巻 宿敵との再戦、「一人前」を目指す若武者二人!

 アニメもいよいよ放送が始まった『逃げ上手の若君』ですが、単行本最新巻では、鎌倉を再び奪還した時行が、引き続き北畠顕家の下で足利勢との激戦を繰り広げます。戦いの地は青野原――「一人前」を目指す、若武者二人の戦いが描かれます。

 雌伏の時を終え、北畠顕家の下で南朝方として足利勢との戦いを開始した、時行と逃者党。因縁の斯波家長との死闘を終え、再び鎌倉を奪還した時行ですが、鎌倉に腰を落ち着けているわけにはいきません。
 わずか数日で鎌倉を離れ、西へと進軍する南朝方ですが――この巻の前半では、合戦に至るまでのいくつかのエピソードが描かれます。

 その中でも特に印象的なのは、冒頭の北条泰家との別れでしょう。これまで、時行の叔父の「やるぞ」おじさんとして、作中で強烈なインパクトを見せてきた泰家。しかしある意味時行以上の逃げ上手として奮戦してきた泰家も、家長に捕らわれ、心身ともに大きなダメージを負いました。
 そしてここでは、時行が泰家を引退させるべく、ある策(?)を巡らせるのですが――その内容もさることながら、それを受けての泰家の姿が、涙腺を刺激します。

 華々しく戦った末に討ち死にするという、当時の武士の理想を真正面から否定してきた本作。ここで描かれた泰家のリタイア劇もまた、それに相応しいものというべきでしょう。史実との整合性をドラマの余韻に活かしてみせたのも、また見事というほかありません。

 そしてもう一つ印象に残ったのは、途中で兵糧不足に陥った南朝方が、ついに略奪に手を染めるというエピソードです。
 兵糧不足は前巻でも描かれましたが、一度は解消したそれが再び深刻なものとなり、ついに――というのは、少年漫画の主人公が属する軍の所業としては、やはり衝撃的であると同時に、そこから逃げずに、正面から描いて見せたのには、好感が持てます。

 そしてそこから顕家の内面と、奥州武士との絆が描かれるのも巧みなのですが――この略奪での汚れ役に、史実(太平記)がシリアルキラーの結城宗広という、これ以上ない適任を配置してみせたのには、もしかしてこのためにこの人を出したのか!? と感心させられた次第です。
(しかしシレッと大変なことをいう秕は色々と不安すぎるので、やはりなるだけ弧次郎と一緒に配置して、支援Sにしてほしいところです(FE脳))


 さて、こうしたエピソードを経て始まるのは、青野原――後の関ヶ原(の近く)で繰り広げられる、足利勢との大激突です。

 鎌倉を抜いて勢いに乗る南朝勢と、京を守るべく布陣を固める足利勢――加わる将の数も兵の数も多い合戦ですが、ここで注目すべきは、北条時行vs小笠原貞宗、弧次郎vs長尾景忠の二つの対決でしょう。
 時行にとって信濃時代からの最初の敵であり、これまで幾度となく死闘を繰り広げてきた弓の達人・小笠原貞宗。小手指原で弧次郎と激突して以来、上杉憲顕に改造された人間兵器として立ち塞がってきた長尾景忠――それぞれに宿敵というべき相手です。

 既に何度目かわからない対決でありながら、なおも底知れぬ実力を見せる強豪の相手は、いまだ少年というべき二人はあまりにも不利というほかありません。しかしそれでも二人は臆することなく挑みます。強敵との戦いの先に、武士としての未来があると信じて。
 死闘の果てに「一人前」を勝ち取ったとなった二人の姿は、二人の、そして仲間たちの戦いを始まりから見ていた身には、本当に感慨深いというほかありません。

 そしてまた、敵ながらその姿を讃える――そしてその中で、あの胡散臭い人の名を口にするのが泣かせる――貞宗の言葉は、戦いの一つの区切りを告げるものといってよいかもしれません。


 と、そんないい感じで終わるかと思いきや、そこからとんでもない方向に振り切ってみせるのが本作の恐ろしいところであります。

 勝利を重ね、あとは顕家の本隊が勝負を決するのみ、というところまできたと思えば、その本隊を壊滅寸前まで追い込んでいた土岐頼遠――配下たちの生死の感覚をバグらせるほどのフィクションみたいな(フィクションです)戦闘力の前に、さしもの顕家もあわや、というところまで追い込まれます。

 そこに駆けつけた時行たちは、はたしてこの怪物を能く制し得るのか!? 時行たちと奥州勢が総がかりで挑んでもまだ不安が残る戦いの行方は、次巻にて。

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2024.07.11

ふくやまけいこ『東京物語』 日常と非日常を結ぶ優しい眼差しの探偵譚

 昭和初期の東京を舞台に、二人の青年が時に人情豊かな、時に不可思議な事件に挑む姿を描く、ふくやまけいこの代表作の一つがこの『東京物語』であります。お人好しの出版社社員・平介と、飄々とした風来坊の草二郎――凸凹コンビの冒険が温かいタッチで描かれます。

 缶詰になっている作家の原稿を取りに行った池之端の旅館で、宝石の盗難事件があったことを知った桧前平介。密室での事件に関心を抱いて調べ始めた平介は、旅館のそばの空き地でぼーっとしていた青年・牧野草二郎と出会います。
 たまたまその場に居合わせただけながら、平介を手伝うと言い出した草二郎。まるで関係ない話を聞いているだけにみえたにもかかわらず、近所の聞き込みだけで見事に犯人を探し当ててみせるのでした。

 それ以来、気の置けない友人となった平介と草二郎は、町を騒がす様々な事件を追いかけることに……


 作者の作品は、一目見ただけでホッとさせられるような、温かく柔らかな絵柄に相応しいストーリーという印象が強くありますが、本作もまたその例外ではありません。
 ジャンルでいえばミステリ、探偵ものになるものの、本作に流れるのは、どこかのんびりとした、温かい空気なのです。

 タイトル通り、本作の主な舞台となるのは東京――それも浅草や上野近辺といった下町。そこで主人公二人が出くわすのは、犯罪捜査というよりも(もちろんそうしたエピソードもありますが)、むしろ「日常の謎」的出来事が中心となります。
 そしてそこで描かれるのは、事件だけではありません。草二郎が想いを寄せるそば屋の看板娘のフミちゃんをはじめ、東京で懸命に生きる人々――そんな人々に寄り添い、温かく見守る本作の視点は、古き良き東京の情景と相まって、何とも心地よい読後感を残します。


 しかし本作ではその一方で、そうしたムードとは大きく異なる、何やら黒ぐろとしたものを感じさせる、本作の縦糸ともいうべき物語も描かれます。

 フミちゃんを誘拐した、洋館に潜むピエロ姿の怪人。不思議な力を持つサーカスの美形兄妹。次々と巨大な機械で宝石店を襲う怪人・機械男爵。中国奥地の崑崙機関なる組織で行われていた謎の研究。政財界に隠然たる影響を及ぼす不老不死の少女……
 草二郎の周囲で起きる不可解な出来事、そしてそこで蠢く怪しげな人物たちを描く中で徐々に明らかになっていくのは、草二郎自身の大きな秘密と、その秘められた過去なのです。

 これはこれで、舞台となる昭和初期に描かれた探偵小説や科学小説を思わせる、伝奇ムード濃厚で、私などはそれだけで嬉しくなってしまうのですが――何よりも素晴らしいのは、こうした非日常的なエピソードもまた、その他の日常的なものと違和感なく、地続きの世界として描かれていることです。

 もちろんその日常と非日常は、草二郎という共通項で繋がっているものではあります。しかしそれだけでなく、本作においては、非日常の物語であっても、その中に在る人々の営みや想いを温かく見つめる視線があるからこそ、そう感じられるのでしょう。


 日常の謎と伝奇的活劇と、相反するようなそれを違和感なく一つの世界で描き、そこで暮らす人々の営みとして優しく受け止めてみせる本作。
 現在、ハヤカワ文庫全三巻で刊行されているものが一番手に取りやすい版ですが、こちらには描き下ろしで本編終了後であろうワンカットが収録されています。それがまた、温かい余韻を感じさせるものなのも嬉しいところです。


『東京物語』(ふくやまけいこ ハヤカワコミック文庫全3巻) Amazon

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2024.07.10

久保田香里『きつねの橋 巻の三 玉の小箱』 謎の玉がもたらすきつねの危機と心の光

 平安時代を舞台に、少年武士・貞通と神通力を持った白きつね・葉月の交流を瑞々しく描く『きつねの橋』の第三作が刊行されます。橋のたもとで謎の女から託された小箱。それをきっかけに、葉月と敬愛する姫との関係を引き裂きかねない事件が起こります。(本作はNetGallyにて閲覧しました)

 ある出来事がきっかけで、神通力を持つ白きつね・葉月と奇妙な友情を結んだ平貞通。源頼光の郎党である彼は、これまで葉月と助け合い、同僚の季武や友人の公友らと共に、今日で起きる不思議な事件を解決してきました。

 そんなある日、瀬田橋で奇妙な女から小箱を預けられた遠助という男と知り合った貞通。しかしあやかし相手に安請け負いした遠助の言葉に危うさを感じた貞通の予感は、思わぬ形で当たることになります。
 貞通も参加していた盗賊退治に遠助が巻き込まれてしまったことで、開いてしまった箱の蓋。女との約束を破り、その中に入っていた不思議な光を放つ玉を見てしまった遠助は、それ以来玉に魅入られたようになってしまったのです。

 一方、妹のように思ってきた尊子姫に今日も仕える葉月ですが、そこに新たに、厳しく姫宮に教育を施そうとする年かさの女房・中務の君がやってきます。彼女に厳しく対抗心を燃やす葉月ですが、何故かどうにも調子が出ません。
 そんな中、帝と対面することになった姫宮。しかし姫の屋敷で働くようになった遠助が、小箱を持ち続けていたことがきっかけで、思わぬ事件が起きてしまうのでした。

 その事件以降、姫宮の下から姿を消してしまった葉月。葉月の異変を知った貞通は、事態を収拾するため、小箱を本来の届け先に渡そうとするのですが……
 武士の貞通と化け狐の葉月を主人公とする本シリーズですが、前作は不思議な鬼に憑かれた季武を救おうとする貞通の冒険が中心となり、葉月の出番は控えめでした。しかし嬉しいことに本作では、葉月が再び物語の中心となります。

 しかしそれを喜んでばかりはいられません。本作の葉月は、貞通以上に近しい存在である姫宮との関係に、危機と言えるほど大きな変化が生じてしまうのです。厳格で女房としてはまことに「正しい」振る舞いを見せる中務の君の登場によって、そして不思議な玉の小箱の存在によって……

 一度は賀茂保憲によって京を追われながらも、姫宮の近くに在るために、京に戻ってきた葉月。そんな葉月を狐と知りつつ慕ってきた姫宮。そんな変わらぬ固い絆で結ばれた二人ですが、誰かと誰かの関係性というものは、そもそも変化するのが当然なのかもしれません。
 この世の則の外にあるようなあやかしはいつまでも変わらなくとも、人は年月を経て変わっていきます。いや、本人たちは変わらずとも、本作において中務の君が姫宮を教育しようとしたように。そして姫宮が帝と対面しその境遇が変化したように、周囲がその在り方を変えようとする場合もあるのです。

 そんな望まない変化をどう受け止め、どう行動すべきなのか。本作の葉月の姿からは、そんなことを考えさせられます。
(そしてこの変わる者と変わらない者の関係には、作中で思わぬ捻りが加えられているのですが――それは読んでのお楽しみです)
 しかし、たとえ変わっていくものだとしても、誰かと誰かが一時でも心を通じ合わせ、共に在ることは、素晴らしいものであることは間違いありません。
(そしてそこから生まれる「記憶」が、一時のものだからこそ、なお一層かけがえのない宝であることもまた!)

作者の作品は、過去のある時代を舞台としつつ、その時代だからこその――しかし同時に、我々の暮らす現代にも通じる――シビアな現実の姿を描きます。しかしそれと同時に、その中で美しく輝く、誰かの心が生み出す光の存在もまた、描いてきました。
 それは小箱の中の玉の光のように、眩いものとは必ずしも限りません。あるいはそれは、蛍の光のように小さく儚いものかもしれませんが――確かに光はそこにあるのです。

 本作は、葉月たちの姿を通じて、そんな光を描き出した物語なのです。


『きつねの橋 巻の三 玉の小箱』(久保田香里 偕成社) Amazon

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2024.07.09

8月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 今年も半分過ぎたことに愕然とさせられましたが、容赦なく時は過ぎて、8月の新刊情報がやってきました。7月は正直なところ夏枯れ時という印象でしたが、8月は――というわけで、8月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 と振っておいてなんですが、引き続き夏枯れ時という印象の8月。やはりお盆休みが間に入るのは大きいのかもしれません。

 そんな中、文庫新刊は、実は戦国ものの名手でもある作者の『戦国鉄砲異聞 義信を奪還せよ』(鈴木英治)、久々登場という印象のある『ばけもの好む中将 12 狙われた姉たち(仮)』(瀬川貴次)と、地道に巻を重ねる『大奥の御幽筆 ~約束の花火~』(菊川あすか)の三点(のみ)。

 文庫化・復刊の方では、これはもう本当に凄い作品なので必読の『子宝船 きたきた捕物帖 二』(宮部みゆき)のほか、『大江戸怪奇譚ひとつ灯せ』(宇江佐真理)、『かげろう絵図』上下巻(松本清張)、そして先日の『安倍晴明くれない秘抄』のおかげか新装版となった『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)に注目です。


 一方、漫画の方の初登場は、異色の平安アクション(?)の『寺の隣に鬼が棲む』第1巻(木々峰右)のみ。

 シリーズものの続巻では、掲載誌のリニューアルも気になる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第24巻(永尾まる)のほか、いつもどおりに時代順に並べると『カムヤライド』第11巻(久正人)、『峠鬼』第7巻(鶴淵けんじ)、『新九郎、奔る!』第17巻(ゆうきまさみ)、『無限の住人~幕末ノ章~』第10巻(陶延リュウ)、『MAO』第21巻(高橋留美子)、『黄金バット 大正髑髏奇譚』第3巻(山根和俊)があります。『黄金バット』は残念ながらこれで完結とのことです。
(にしても、時代順に並べると大体先頭になる『峠鬼』の前がいるのも珍しい)


 というわけで二ヶ月連続の寂しい状況ですが、積ん読も相変わらず大変なことになっているので、夏は少しでもその量を減らすことといたします……


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2024.07.08

『逃げ上手の若君』 第一回「5月22日」

 1333年、鎌倉幕府執権の跡継ぎである北条時行は、武芸の稽古を嫌い、逃げ回るばかりの毎日。そんなある日、時行の前に現れた胡散臭い神官・諏訪頼重は、彼がやがて英雄となると告げる。しかしそれからまもなく、足利高により幕府は瞬く間に滅亡。ただ一人残された時行の前に再び頼重が現れる……

 原作の連載も快調な『逃げ上手の若君』のアニメ版がスタートしました。原作連載開始時は、そのあまりにニッチな題材に驚いたものですが、しかし瞬く間に人気となり、こうしてアニメとなったのは欣快の至りであります。
 しかしそうはいってもやはり題材が題材、そしてあの原作の独特のノリをどのようにアニメにするのか――と思いきや、この第一回は、冒頭から「まんが日本の歴史」的ブツを見せるという、ある意味非常に挑発的なことをやってくれるのには、こちらもニッコリするほかありません。

 さて物語の方は、原作第一話をほぼ忠実になぞってはいるものの、本編冒頭の入り方を、弓の稽古から逃げまくる(単行本最新刊の内容を思うとなかなか感慨深い)時行の姿から描くというのは、わずかなアレンジながら良いものであったかと思います。
 その後も、時に原作の台詞を最小限ながらアレンジ・省略したり、同じ台詞であっても、キャラクターの動きやエフェクトを重ねることで、原作に忠実だけれどもそのままではない、という作り方は好感が持てます。
 本来は当たり前と言えば当たりですが、原作で描かれたもの、原作から描かれるべきものをきちんと踏まえた上で、アニメとして何をどう見せるかを考えた跡が窺える作品というのは、やはり(本当は大胆なアレンジが大好きなタチの悪い)原作ファンとしても嬉しいものです。

 ただ少々残念というか、引っかかってしまったのは、その一方でギャグシーンになると途端に原作そのままになってしまうことで――これは原作のギャグシーンの独特のノリを考えると、仕方がない点ではあるのですが、何となく見ているこちらが(原因不明の)気恥ずかしさを感じてしまうところではあります。
 とはいうものの、ギャグシーンの大半を占める頼重の描写については、いちいちギラギラ輝く後光というかエフェクトは、もちろんこれもアニメならではの楽しさではあって、そこに変t――いや、胡散臭いイケメンを演じさせたら実に巧みな中村悠一氏の声も相まって、文句なし。本作の序盤を引っ張る存在である頼重のデビューとしては、ほぼ満点というべきかもしれません。

 そしてまた、今回のクライマックスというべき、頼重が一度は助けた時行を崖から落とし、敵方の武士に時行の存在を告げて――というくだりから始まる時行の「逃げ殺陣」とでもいうべきアクションも実に良かった。
 第一回なので過剰な期待は禁物とは思うものの、普通のバトルシーンとは組み立て方が全く異なるであろうアクションをこうして見せてくれるのであれば、この先も期待できるというものでしょう。


 というわけで、少なくとも原作ファンとしては納得のいく滑り出し、原作を知らない方でも、頼重のインパクトと、アクションのクオリティ、あとはまあ時行の可愛さで結構掴めるのではないかと思えた第一回ですが――これは本当に個人の印象なのですが、気になってしまったのはOPとEDの映像です。

 原作では(もちろんアニメ版でも)厭な感じに即惨殺されたキャラクターが、きっちりOPとEDに顔を出しているのがどうも妙に心に残ってしまうところで、原作ではキャラ的な重みはほとんどない(けれども立ち位置やビジュアル的にそれなりに印象に残る)キャラだけに、OPEDで元気な姿を見ると、毎回微妙な気分になりそうだな――というのは取り越し苦労だとは思いますが、正直な感想ではあります。クライマックスで豪快に裏切った奴が楽しそうに仲間していることについては――まあここでは仕方ないですね、こればっかりは)


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2024.07.07

冲方丁『剣樹抄 インヘルノの章』(その二) 敵の「正体」 そして心の地獄を乗り越えるために

 『剣樹抄』シリーズ第三作にして完結篇の紹介の後編であります。江戸で、関東で、極楽組を追ってきた了介と光圀が知った、敵の陰謀の目的と、その先にある彼らの「正体」。それははたして……

 了介や光圀の戦いを通じて、徐々に明らかになっていく、極大師と極楽組の陰謀。二人をはじめとする人々のの苦闘にもかかわらず、輪王寺宮や八王子千人同心、「向崎甚内」といった、様々な人々を巻き込んでその陰謀が進行していく中、敵の背後にある目的、いや敵が掲げ依って立つものの存在――いいかえれば彼らの「正体」が明らかになります。

 その詳細ははここでは伏せますが、なるほど、舞台となる明暦年間で過去のものとするにはまだ新しい記憶に関わる存在(それでいて現代の我々からは一区切りついた過去の存在と見えていた存在)であるのに、唸らされます。
 そしてここで登場するある人物の名は、ちょっとやりすぎ感はあるものの、その象徴としてはこれ以上はないものでしょう。

 そしてそれと同時に明らかになるのは、この世を混沌に包み込もうとしていた敵の心の中にもまた、一つの地獄が存在していたという事実です。

 地獄の一つである「剣樹」を題名に冠する本作において、地獄は一つのキーワードであり、その地獄をどう受け止めるかが、一つのテーマであるとといえます。
 極楽組との闘争の中で了介が見た修羅の世界、そして何よりも、父の死の真実を知って彼が覗き込んだ心の地獄――特に物語の後半は、この心の地獄をいかに克服するかが、了介の旅の一つの目的として描かれてきました。

 了介は、義仙という得難い師の存在によって(実は彼もまた地獄を覗き込んだ者であったことが、本作では語られます)、そしてこれまで出会った人々との触れ合いによって成長し、地獄と対峙してきました。
 しかしその彼に地獄を見せた極楽組もまた、それぞれの地獄に苦しんでいた――冷静に考えればそれは第一作で錦氷ノ介が登場した時点でその一端が描かれていたのですが、しかし了介の地獄の方に気を取られていられたところで、ある意味虚をつかれた思いがあります。

 しかし、了介にも極楽組にも、心の中に地獄がある――それは言い換えれば、誰の心にも地獄があるということでしょう――のだとすれば、はたしてそれと向き合い、乗り越えることはできるのか? できるとすれば、どうすればよいのか?

 極楽組は、それをある方法で(ある概念というべきか)乗り越えようとしたことが、本作では語られます。
 しかし了介が、それとは全く異なる道を歩んできたこと、そしてその彼が辿り着いた一つの答えは、シリーズの掉尾を飾るに相応しいクライマックスの先に、その了介を通じて示されます。

 そしてそれを可能にしたものが何であるかは、シリーズの読者には、説明する必要もなく理解できるはずです。
(同時に、それを乗り越える道が一つではないことは、本作で大変な扱いを受ける光圀の姿からも明らかですが――まだそれは彼の場合は先のようではあります)


 心の地獄に直面した少年の成長小説として、様々な人物と事件を巧みに織り込んだ時代伝奇小説として、江戸幕府が完成する過程での暗闘を描いた謀略小説として――様々な顔を持ち、そのいずれもが高いレベルで結びついて迎えた本作のクライマックス。
 正直なところ、物語が始まった当初は、このような結末を迎えることは予想しておらず、嬉しい驚きでした。まさに大団円というべきでしょう。


『剣樹抄 インヘルノの章』(冲方丁 文春文庫) Amazon

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