入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)



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2024.09.09

「エリマキ」の男と追う、妻の亡霊の謎 北沢陶『をんごく』

 第43回横溝正史ミステリ&ホラー大賞史上初の三冠受賞、「このホラーがすごい! 2024年版」第3位と話題に事欠かない『をんごく』――大正時代の大阪船場を舞台に、亡き妻の面影を追い求める画家が、霊を喰らう奇妙な存在と共に、妻の亡霊にまつわる謎と恐怖を追う物語です。

 関東大震災で焼け出され、実家のある大阪船場に帰った画家の壮一郎。しかし、震災で負った傷がもとで妻・倭子を喪った彼は、強い喪失感に苛まれることになります。
 未練のあまり巫女に降霊を依頼した壮一郎ですが、降霊はうまくいかず、それどころか「奥さんは普通の霊と違う」と告げられてしまい。そしてそれを裏付けるように、壮一郎の家では次々と奇妙な出来事が起こり、彼自身も妻の不気味な声や気配を感じるのでした。

 そんなある日、壮一郎の前に襟巻きのようなものを巻いた奇妙な男(?)が現れます。見る人によって異なる顔を見せるにもかかわらず、壮一郎の目にはのっぺらぼうのように顔のないものとして映るその存在――通称「エリマキ」は、死を自覚していない霊を喰らっていると語り、倭子の霊をも喰らおうとします。

 しかし、大量の異常な気配に阻まれ、倭子の霊を喰らうことに失敗するエリマキ。さらに周囲に犠牲者が出るまでに至ったことから、壮一郎とエリマキは、倭子の霊に何が起きているのか、その謎を追うことに……


 壮一郎が巫女を訪ねて不可思議な体験をする静かで不穏な場面から始まり、淀みない語り口で、徐々に恐怖感とスケール感を高めていく本作。
 震災によって親しい人間を失うという、現在の我々にとっても決して他人事ではない出来事から始まり、少しずつ主人公の周囲が異界に染まっていく展開は、その語り口も相まって、怪談ムードを一層高めてくれます。

 しかし、本作の最大の特徴は「エリマキ」の存在にあることは間違いありません。赤黒い鱗のようなものに覆われた襟巻き状のものを巻いていることからその名で呼ばれる彼は、明らかに人間ではないものの、不思議な人間臭さを感じさせる存在です。
 いかなる理由か、見る人によってその顔が異なる――見る者の心に最も深く根付いている人間の顔に見えるため、ほとんどの者は抵抗や疑いなくエリマキに惹かれてしまうというその能力(?)も非常にユニークですが、しかし壮一郎のみは誰の顔を見ることができない、というのが面白いアクセントとなっています。

 そもそも、壮一郎であればエリマキに倭子の顔を見るはず。それがのっぺらぼうにしか見えないのはなぜなのか――その理由は、(比較的シンプルな)壮一郎の人物像に深みを与えていると感じます。

 そして成り行きとはいえ、一種のバディ的関係として行動を共にすることになった壮一郎とエリマキ。二人が倭子の霊が得体の知れない存在となった謎を追うという、冒頭からは予想もつかなかった方向に物語は展開していきます。
 その先で解き明かされる真相は、民俗的な整合性を感じさせつつも伝奇性が高く、そして何よりも同時に、人間の業の深さを感じさせるものであるのが嬉しい(という表現はいかがかと思いますが……)。ここまで語られてきた壮一郎の設定一つ一つに意味が生まれるのも、見事としか言いようがありません。


 しかしその一方で、物語がどこかボリューム不足に感じられてしまうのは、全般的に展開がシンプルで、淡々と進行しているように感じられるためでしょうか。
 もちろんそれは、本作が無駄を削ぎ落とし、スムーズに進む物語であることと表裏一体ではあるのですが――そのためか、壮一郎とエリマキの結びつきが生み出すクライマックスの盛り上がりが、少々唐突に感じられてしまったのは、残念なところではあります。

 もちろん、エリマキのキャラクターそのものは非常に面白く、その背後に大きな広がりを感じさせてくれます。本作自体は非常に綺麗に完結していますが、舞台と趣向を変えた彼のさらなる物語があれば、読んでみたいと感じるのは間違いないところです。


『をんごく』(北沢陶 KADOKAWA) Amazon

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2024.09.08

10月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 もう今年もあと四ヶ月という事実に冷や汗をかきますが、新刊情報はあと三回。ああそれなのに十月の新刊は――というわけで、いきなり暗く始まる10月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 そんなわけで新刊がとても少ない10月。しかし文庫小説の方は比較的良い状況です。

 何といっても人気シリーズ最新巻として、『藁化け 古道具屋 皆塵堂』(輪渡颯介 講談社文庫)と『ばけもの好む中将 十三 攫われた姫君』(瀬川貴次 集英社文庫)が登場。『いろは堂あやかし語り 2』(霜月りつ 角川文庫)もめでたく続編が登場です。

 そのほか、『カタリゴト 帝都宵闇伝奇譚』(柴田勝家 角川ホラー文庫)、『霊獣紀 鳳雛の書』下巻(篠原悠希 講談社文庫)が気になるところですし、タイトル的に『大江戸綺譚 時代アンソロジー』(細谷正充/宮部みゆきほか ちくま文庫)も絶対期待できそうです。

 まだ、文庫化では『首取物語』(西條奈加 徳間文庫)のほか、『チンギス紀』(北方謙三 集英社文庫)がいよいよ刊行スタートとなります。


 一方、漫画の方ですが――これが本当に少ない。発売日で見ると月の前半に発売がないのが悲しい。

 そんな中で大きな救いは『戦国怪獣記ライゴラ』第1巻(星野泰視&志名坂高次ほか 秋田書店ヤングチャンピオン・コミックス)でしょう。

 その他、『だんドーン』第5巻(泰三子 講談社モーニングKC)、『ヤヌス~鬼の一族~』第3巻(琥狗ハヤテ 芳文社コミックス)、『白花繚乱 ―白き少女と天才軍師―』第4巻(栗美あい&田中芳樹 秋田書店プリンセス・コミックス)が刊行されます。
 復刊では『ムジナ』《完全版》第1巻(相原コージ 復刊ドットコム)も楽しみです。


 しかしこれだけ……

 10月はこれまで以上にまだ見ぬ過去の名作探求を行う必要がありそうです。

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2024.09.07

剛腕僧侶の意外な正体!? 木々峰右『寺の隣に鬼が棲む』第1巻

 「寺の隣に鬼が棲む」というのは、慈悲を施す寺の隣に邪悪な鬼が棲むように、この世は善人と悪人が入り混じっているという喩えですが、本作は本当に寺の隣(近所)に棲む鬼と、ある僧侶の奇妙な交流の物語。最強を目指す鬼の少年がつきまとう、やたらと腕っぷしの強い僧侶の正体とは……

 時は平安時代、とある山奥の寺に身を置く僧侶・真蓮のもとには、毎日のように鬼の少年・山吹が現れ、勝負を挑んでは適当にあしらわれていました。

 最強の武士・源頼光を倒し、最強の鬼になって妖の頂点に立つという目的のため、僧侶ながら異常に腕っぷしの強い真蓮を乗り越えようとムキになる山吹。しかし真蓮から、源頼光は百年も昔の人物で既にこの世にないと教えられた山吹が愕然とするのでした。
 しかし真蓮の同僚の僧・早達は、そんな山吹に、今生きている中で一番強い人間を倒せばいいと吹き込みます。源頼光の子孫であり、かつて鵺を退治したという武士・源頼政を。

 俄然やる気になり、頼政がいるであろう京に向かって旅立つ山吹ですが、その前に現れたのは……


 本作は、そんな内容でSNSで評判となった「最強になりたい鬼っ子と最強のお坊さんの話」を第一話として連載化された作品です。

 ある意味、この第一話のタイトルが全てを示しているともいえますが、物語がこの後、素手の一撃で大妖を文字通り叩き潰し、刀を振るえば大地を切り割るという、常人離れした真蓮と、夢は大きいけれども実力がまったく追いつかない山吹が、わちゃわちゃと日々を過ごす姿を中心に描かれていきます。

 そもそも山吹が最強を目指す理由というのが、源頼光に頭領である酒呑童子を倒されたため、鬼族の地位が妖の間でダダ下がりして、今では人間にも舐められるほどになった名誉を挽回したいから――というのはなかなか健気ではありますが、何しろ山吹は弱い。というより真蓮が強すぎる。
 本作では基本的に、そんな鬼と人間で立場が逆転したような二人の交流がのどかに描かれます。

 しかし、これだけ常人離れした力を持つ真蓮にも、何か秘密があるのでは、と想像するのは当然ですでしょう。実は彼こそは――というのはわかる方にはすぐわかるかもしれませんが、それでもそう来るか! と驚かされることは間違いありません。

 もっとも、史実に照らすと真蓮が出家したのは相当年を取ってからであり、その頃には本作に登場する××は既にアレしていたりしているので、これはもう史実をアレンジしたファンタジーとして受け止めるべきなのでしょう。
(そもそも史実には鬼はいない、とか言わない)


 それでも、それぞれに色々と抱えるもの、背負っているものがある二人が、不器用ながらも交流をしていく姿は微笑ましくはあるのですが――いかんせん、第一話のインパクトが大きすぎて(そして綺麗にまとまりすぎていて)、それ以降は厳しい言い方をすれば余談のように感じられてしまうのが辛いところです。

 この巻のラストのエピソードでは、物語が一気にシリアス方面に展開することになるのですが、さてこれがこの後、どのように影響することになるのか?
 山吹が真蓮の正体を知ってからが本番のような気もしますが、ここからどのようにして物語を盛り上げていくのか、気になります。


『寺の隣に鬼が棲む』第1巻(木々峰右 スクウェア・エニックスGファンタジーコミックス) Amazon

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2024.09.06

『君とゆきて咲く~新選組青春録~』 第19話「2人でゆく道のこと」

 第二次長州征伐の情報がなかなか入ってこない状況に苛立つ新選組幹部たち。そんな中、伊東甲子太郎は、内部に長州の間者が紛れ込んでいるという疑いが残っているためではないかと指摘する。そんな中、龍馬のもとを訪ねた丘十郎。しかしその行動がきっかけで、彼に疑いの目が向けられることに……

 意外と静かな回と思いきや、終盤にとんでもない展開が待ち受けていた今回。大作は相変わらず長州藩士への闇討ちを繰り返している一方で、丘十郎はそんなことも知らずにまず平和に暮らしていたわけですが――しかし時代は確実に動き続けています。

 時は慶応二年に入り、第二次長州征伐への緊張が高まっていた頃――しかし、新選組は完全に蚊帳の外で、近藤や土方は焦りを募らせます。この時期、史実でも新選組は出陣に向けてかなりリキを入れて備えていたわけですが、前回の松平容保による微妙なスルーのように、放置されていればそれはイライラもするでしょう(しかし本作の容保の頼りにならなさ感は何ともすごい)。
 そしてそこで余計なことを言い出したのは伊東甲子太郎――前回、拉致された形で桂と会談したのをおくびにも出さず、長州の間者問題を有耶無耶にしているのが祟っているのでは、などと言い出します。それを聞いて、またもやピリピリくる土方ですが……

 そんな状況の中で、間が悪いことに龍馬のもとに行っていたのが丘十郎。もちろん、彼にとっては主義主張は関係なく(というか龍馬の立場わかってないんじゃないかという気も……)、純粋な興味からの行動ではありましたが、時期が悪すぎる。何しろこの時、まさに龍馬の仲介で桂と西郷が対面し、薩長同盟が成立しようとしていたのですから。
 この場面と前後して、桂と龍馬の会話が描かれるのですが、この場面とそこからの昔の桂と龍馬を描く回想シーンを観ると、本編では実に憎々しい桂も、結構まともに見えてきてしまうのは、これはさすがにチョロすぎる印象かもしれませんが――国事のために周囲の人間を駒にする人間と、愛情のために同志を斬り殺しまくる人間と、どちらが真っ当かは、悩ましいところではあります。

 それはさておき、龍馬から借りてきた本の中から、長州からの密書が――というとんでもない疑いをかけられて、連行されてしまった丘十郎。どうやら、周囲の隊士を見下したことを言っていたら、兄様じゃなくて自分の言葉で話せ、などと丘十郎に火の玉ストレートをくらった鈴木三樹三郎が、根に持って裏でなにかやったようですが……
 
 当然ながら大作が愕然としたところで、次回予告を見たら次回最終回だったのでこちらも愕然。あと一回、結末はある程度見えているとはいえ、いくらなんでも時間がなさすぎるのでは!?
 というかこのままだと、新選組――いや特に近藤と土方は、周囲の思惑に振り回されまくって同志たちを切り捨ててきた奴にしか見えないのでは、というのが不安で仕方がありません。せめて伊東は切り捨てて終わってほしいと思います。弟の方は史実の壁があるので仕方ないですが。

 そして、こんな話数が少ない時に脱隊騒動で二回も使った新之丞と南無之介は、のどかに暮らしているようですが、なんで普通に上半身裸で歩いてるの南無之介……


関連サイト
公式サイト

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手塚治虫『新選組』 悩める少年が新選組で知ったもの

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2024.09.05

おかしなトリオが見せる「うたの力」 木原敏江『ふるふる うたの旅日記』

 時に叙情的に、時にコミカルに多くの歴史ものを描いてきた作者の作品の中でも、今回紹介するのはコミカル色強めのユニークな物語です。とんでもない悩みを抱える修行僧、泥棒もお手のものの美貌の遊芸人、そして記憶喪失の怨霊(?)というおかしなトリオが賑やかな旅を繰り広げます。

 雨宿りしているお堂に飛び込んできた女性と見紛うばかりの美形の遊芸人・活流、そしてそこに落ちた雷と共に現れた記憶喪失の女官の怨霊・おぼろ式部と出会った旅の僧・青蓮法師。
 そこでその地の長者から法事での読経を頼まれた法師は、一度は固辞したものの、是非にと頼まれて仕方なく読経を行ったものの、そこでとんでもない事態が――実は彼は、一心に経を読むと、聞く者が皆ぐっすりと眠ってしまうという悩みを抱えていたのです。

 活流がなぜか経を聞いても眠らないことに喜ぶ法師ですが、活流が全員眠りこけた長者の家から金品を盗み出したために、仲間扱いされて慌てて逃げ出す羽目になります。
 かくして青蓮法師の名を使えなくなった彼は、俗名の降日古を名乗り、活流、そしておぼろ式部と共に旅を続けることに……


 経文を唱えれば菩薩や飛天が現れるほどの奇瑞を発揮しながらも、常人は眠ってしまうという特異体質(?)を持つ降日古、時には盗賊に早変わりする遊芸人の活流、恋を夢みて現世に戻ってきたもののなぜか降日古に憑いてしまったおぼろ式部――本作は、そんな一癖も二癖もあるユニークな主人公トリオが織り成す物語です。
 本作では、このトリオが行く先々で様々な事情を抱えた人々と出会い、それを彼らならではのやり方で解決していく様が描かれます。

 一旗揚げるために出ていった恋人を待つことに疲れた土地の名家の娘、下働きの娘が家を乗っ取ろうとしていると思い込んだ孤独な老女、幕府への謀反に巻き込まれて逃げる夫婦、さらには式部を調伏しようと追ってきた「護法の天狗」を自称する修験者――最後の一人はともかく、どの登場人物も一筋縄ではいかない悩みを抱えているのを、基本コミカルに、そして時に叙情的に降日古たちは助けることになります。。

 そしてそんな中で大きなウェイトを占めるのは、言葉の持つ不思議な力です。古来より、人間が様々な願いや想いを込めた言葉――その最たるものである「うた」の力を本作は描きます。

 特にそれがよく現れているのは第二話のクライマックスでしょう。ようやく自分のもとに帰ってきた男を、意地を張って一度は追い返したものの、後悔して後を追う娘。しかし男は既に遥か先に行ってしまい、追いつくのは到底不可能に思えたところで、降日古と活流が歌ったうたは……
 通常であればありえない奇瑞ともいうべきそれを、本作は巧みなドラマの盛り上げと画の力、そしてそこで歌われるうたの絶妙ななチョイスで、不思議な説得力を持って描きます。それを見れば、本作の副題が「うたの旅日記」というのも納得できるでしょう。

 そしてそんな本作の主人公が、これも一種の「うた」である経文を読む僧侶と、「うた」に合わせて舞い踊る遊芸人というのもまた象徴的であると感じられます。


 そんな一方で、生真面目な降日古と、いい加減で脳天気な活流という水と油の二人が旅を通じて友情を育んでいく様も本作の楽しいところです。そんな二人に比べるとちょっと引いた感もあるおぼろ式部も、物語のラストで判明する正体はびっくり仰天、何とも愉快な幕引きを迎えることになります。(特に「天狗」との対峙から正体を思い出す展開はお見事!)

 物語的には単行本全一巻でまとまってはいるものの、テーマといいキャラクターといい実に魅力的で、まだまだその先の旅を見たいと思わせる快作です。


『ふるふる うたの旅日記』(木原敏江 集英社クイーンズコミックス) Amazon

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2024.09.04

伝奇西部劇の極北 黒人ボクサーVS獣人魔族! 技来静也『ブラス・ナックル』

 決して数が多いわけがない伝奇西部劇漫画の中でも、極北と呼ぶべき作品は本作でしょう。人間社会に潜む人食いの獣人魔族を狩るため、元ヘビー級黒人ボクサーが己の拳を武器に孤独な戦いを続けるバイオレンスアクション――『セスタス』シリーズの技来静也のデビュー作です。

 舞台は1885年のアメリカ西部――何人もの白人を無惨に殺した罪で追われる賞金首「血の雨ヴィクター」こと元ヘビー級ボクサー、ヴィクター・フリーマン。今日もまた、酒場に逃げ込んだ女性を無慈悲に撃ち殺して保安官に捕らえられた彼は、自分の身には頓着せず、殺した女の死体を気にするのでした。

 その晩は満月――安置されていた女の死体が突如蘇り、葬儀屋を無惨に食い殺します。実は女の正体は、古くから人間に化けて社会に潜み、夜にその正体を現しては人々を食らう獣人魔族。そして実はこれまでにヴィクターが殺してきたのもまた、全てこの獣人魔族たちだったのです。
 満月の夜に力を最高潮に発揮する獣人魔族には、通常の武器は通用しません。しかし、ヴィクターは身につけたボクシングの技、そして左手に装着した銀の弾丸を発射する鋼鉄製の拳「ブラスターナックル」を武器に、単身で魔族に立ち向かいます。

 死闘の末、魔族を滅ぼしたヴィクター。しかし魔族は死ねば人間の姿に戻ってしまうため、彼は「殺人鬼」としてさらなる汚名を背負うことになります。しかし彼はそれを意にも介さず、新たな狩りへ……


 人間社会に潜む魔物と人知れず孤独に戦い続ける戦士――伝奇ものでは定番のシチュエーションです。
 しかし本作はそれを踏まえつつも、舞台を19世紀のアメリカ西部に置き、主人公ヴィクターを黒人にすることで、物語に異様な緊迫感を生み出しています。

 物語の背景となっているのは、奴隷解放宣言から約二十年後とはいえ、依然として根強い黒人差別が残るアメリカ西部。そんな中、ヴィクターが戦う獣人魔族の多くは、今なお支配的な立場にある白人たちに擬態して、黒人たちを文字通り「食い物」にしているという状況にあります。
 そんな中で、黒人のヴィクターが獣人魔族を追い詰めるのは困難であるだけでなく、相手を倒しても、残るのは白人の死体――人知れぬ戦いであるがゆえに誤解され、逆に追われるという設定も定番ではありますが、ここまで厳しい状況も珍しいでしょう。

 特に二番目のエピソードでは、白人の町長に擬態した魔族が近隣の黒人の村を蹂躙するも、手下として動くのは単に差別感情に駆られた人間であり、そしてそれに抗する黒人たちも、捕らえた手下たちを法で裁くのではなく、私刑にかけて――と、きっかけは魔族であっても、暴力の連鎖を生むのは人間の心という、実に胃の痛くなるような状況が描かれます。

 その一方で、後半展開される長編エピソードでは、ヴィクターの首を狙う賞金稼ぎが集団で登場、様々な技で襲いかかる――という展開もあり、シチュエーションからもアクションの面からも、西部劇として魅力的に感じられます。


 しかし、自分以外は全て敵という絶望的な戦いの中にあって、どのような状況にあっても心折れないだけでなく、己の手で魔族たちを叩きのめすヴィクターのアクションは、見どころであると同時に一つの救いといえます。
 作者はこの作品の後に、古代ローマを舞台に本格ボクシング漫画を描くという離れ技を見せますが、その筆力はこのデビュー作の時点で既に確立されています。さらに必殺のブラスターナックルは、魔物に抗する銀の弾丸という古典的な武器に、新たなカタルシスを与えているといえます。

 とはいえ、そのボクサーとしての技があるとはいえ、なぜ彼が魔族を狩るようになったのか、そもそもその技や装備はどこで得たものなのか――それも物語の中で徐々に明らかになり、やがて巨大な伝奇物語の枠組みが浮かび上がる様も、また見事というべきでしょう。

 単行本全三巻と決して長くはありませんが、高い完成度を持つ本作。もし作者がこの路線を続けていたら――というifを夢見たくなる、異形の西部劇アクションの佳品です。


 とはいえ、人間に擬態し死んだ後には人間の姿に戻る魔物と戦う、腕に武器を仕込んだ孤独な巨漢(後半にはさらにそのものずばりの片手を持つキャラも登場)という設定には、既視感がないでもないですが、作者にはあの作品とも浅からぬ縁があるので、これはまずご愛敬でしょう。
 ここはむしろ、この設定を現実世界を舞台にして、自分の得意な題材で描いてみせたことを、大いに評価すべきと感じます。


『ブラス・ナックル』(技来静也 白泉社ジェッツコミックス) Amazon

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