入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)



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2022.06.26

『翔べ! 必殺うらごろし』 第2話「突如奥方と芸者の人格が入れ替った」

 江戸で芸者の染香を助け、もてなされる先生たち。しかし突如染香の様子がおかしくなり、自分は上州漆が原の代官・山地半十郎の妻、琴路だと言い出す。漆が原に向かった先生たちは、山地が土地の百姓から苛烈な取立てを行っており、その悩みが琴路に憑依現象を起こさせたと知る。しかし時既に遅く……

 前回どこに向かったかと思いきや、江戸に辿り着いていた先生一行。しかしおばさんが先生の祈祷の呼び込みをしても客はなく、正十と若は有り金を倍にするといって賭場に乗り込むも予想通りに文無しに。そこに柳橋芸者の染香に絡む破落戸浪人二人組が現れ、先生が処刑用BGMの冒頭をバックにこれを軽くのしたことから、今回は始まります。
 染香と店の主に歓待される一行ですが、超自然主義者の先生だけは刺し身の上の菊の花を食べるくらい。しかし正十がいたずらで水と偽って酒を飲ませると、そのままばったりとぶっ倒れて……

 と、ある意味必殺らしいコミカルなシーンにちょっと顔も緩みますが、それもここまで(正確にはこの後、代官所で仲間たちから世間知らずぶりを突っ込まれる先生のくだりも可笑しいのですが)。この後、染香の態度がおかしくなり、自分が漆が原の代官の奥方だと言い出し、そして同時刻、その代官の奥方は自分は染香だと言い――というところで今回のタイトルになるわけですが、今回の超常現象は、ナレーションによれば「憑依」。実は憑依自体はこの先のエピソードにも何度か出てきますし、そもそも毎回先生が死者の言葉を聞くのも一種の憑依のような気もしますが、生きている人間同士の人格が完全に入れ替わってしまうのは、確かに「稀有な例」でしょう(いや、現代の青春ものでは結構あるか……?)。

 そこで「世の禍々しき災いを取り除くのが俺の修行だ」と先生たちは(正十は楼の主人からちゃっかり染香の治療代をいただき)
上州に足を運ぶわけですが、ここで情報収集に当たる先生たちと、家族が代官所に訴えに行ったきり行方不明になった百姓たちの姿が交錯し、新たな不幸が始まります。
 埒が明かないので代官所に潜入し、奥方を拉致する先生と若ですが、そのどさくさで捕まってしまったのは、親を探して忍び込んだ百姓の若者。この若者は地下牢で拷問を受けた末に、自分の親たちの死骸を見せられた上に自分も後を追わされることに……

 そしてこれこそが琴路の精神に負担を与え、憑依現象を起こしていた原因。江戸の貧乏御家人であった山路は琴路に見初められて婿に入ったものの、出世するために年貢を一方的に釣り上げ、訴え出てきた百姓たちは死人に口なしとしていた――それを知った琴路の煩悶が、同じ生年月日だった染香への憑依現象を起こしていたのであります。
 その山路の所業を、若は琴路の口から聞き出し、それでも夫を「かわいそうな人」と語り、戻ろうとする琴路を止めようとするのですが――その彼女に、琴路が「おなごの気持ちは男のそなたにはわかりません!」と撥ね除けるのは、今回のクライマックスの一つでしょう。もちろん正十が若の涙に気付いたように、若に琴路の気持ちがわからないはずはないのですが……

 結局、山路の元に戻り、ためごかしで慰められるものの、地下牢の死骸を見てしまってショックで染香と入れ替わったところを夫に殺されてしまう琴路。そして山路に昇進を伝えに来た江戸の役人・永井はこれを見逃したどころか、代官所に火をつけて証拠隠滅を図れと入れ知恵する始末。かくて今回のターゲットは、山路、軍内、永井の三人となります。
 江戸に帰る三人の行列を上から大岩を転がして足止めし、その隙に馬に近づいて山路を叩き落とす正十(意外に手並みがいい)。そして若はボディーブローの連打で山路をダウンさせたところに、岩を振り下ろして叩き潰すというプリミティブな処刑を下すのでした。

 一方、駕籠から逃げ出した永井の目に留まったのは、道端に腰掛けたおばさん。これが死神と思うはずもなく横柄に道を聞こうとした永井に、おばさんは答えます。「一本道だよ……この道をずーっと行くと」ここで脇腹に匕首を叩き込み、「地獄に行くのさぁ!」と叫び、力の抜けた永井の体を薄の穂を散らしながら押し突き進むおばさん。カタルシスを感じて良いのか悪いのか、情緒がグシャグシャになる本作ならではの名シーンです。
 そして残る軍内が馬で逃げるのを、徒歩で、しかも山道を疾走して追いかけ、しかも追い抜いて道の真ん中で待ち受ける先生。そして真っ向から突っ込む軍内の上を飛び越しざまに放った旗の柄は軍内を貫くのでした。

 というわけで、悪の中心である山路を若が、軍内を先生が始末するのは少々意外にも見えましたが、これは(軍内役が五味龍太郎だったからというだけでなく)、琴路と関わりのあった若が、女の恨みを晴らしたということなのでしょう。
 しかし憑依中に憑依先の肉体が殺された染香の安否が気遣われますが、結局劇中ではその後語られず……


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2022.06.25

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』田虎王慶篇3 強襲幻魔君! そして出会う運命の二人

 「晋」を僭称する田虎との戦いもいよいよ佳境。田虎王慶篇第三巻の表紙は、昔からの『絵巻水滸伝』ファンには感慨深い、あの二人――いよいよ運命の二人が出会うことになります。

 情報撹乱のために大将の所在地を隠す田虎軍に対し、許貫忠が残した絵図面によって田虎がいるのは威勝であると知った梁山泊軍。そこで相手の裏をかくべく、陽動として盧俊義が大軍で汾陽を目指す一方で、宋江は少数精鋭で威勝に奇襲をかけることになります。
 途中、要害・壺関を守る山士奇に苦戦しつつも、関勝が旧友の唐斌を説得したことで形勢逆転。本書の前半では威勝の手前の拠点である昭徳城を攻める宋江軍ですが、その前に恐るべき敵が姿を見せることになります。

 その名は幻魔君喬道清――晋の軍師にして護国霊感真人の称号を持つ道士、言い換えれば妖術使いであります。
 その力は、幻魔君の二つ名に表れている通り――生きているような黒い霧の中に李逵たちを包み込んで捕らえ、水と氷を自在に操る力は、混沌の法の封印を解いた樊瑞をも退ける。さらには巨大な金人や五色の竜をも呼び出す――と、幻を自在に操る魔人なのです。

 力自慢の梁山泊の豪傑たちが唯一苦手にしているのが、妖術幻術の類であることは、これまでの戦いで描かれてきたところではありますが、それにしても喬道清は桁が違う。ただ一人で戦況を根こそぎひっくり返す――妖術師の恐ろしさがここで存分に描かれることになります。(そしてその術の由来にも仰天!)

 しかし妖術師が相手であれば、梁山泊にはそれを上回る最強の術者がいます。その力を以てすれば、喬道清を討つことも不可能ではないかと思われたのですが――しかし彼を討ってこの戦いは終わるのか。もはや魔道を行く彼を救うことはできないのか……
 ある意味、敵を倒すよりも難しいことを成し遂げたものがなんであったか。盧俊義との激闘の末に敗れた彼の親友・唐斌ともども二人の豪傑の心が辿り着いた場所は、この血で血を洗う死闘の果ての、一つの希望と感じられます。


 さて、一つの死闘が終わった先に描かれるのは、あの復讐の美少女・瓊英の本格始動であります。

 幼い頃に田虎に父を殺され、母を奪われた瓊英。以来、忠僕の葉清に支えられつつ、復讐の牙を研いできた彼女は、田虎の国舅である鄔梨に接近してその養女に収まるのですが、これはまだ序の口であります。
 鄔梨に毒を盛って力を奪い、彼に代わって戦場に立つ瓊英。そこで功名を上げて田虎に近付き、復讐を果たす――冷静に考えれば水滸伝でも屈指のハードな復讐の人生を送る彼女ですが、しかし彼女が功名を上げるということは、梁山泊を倒すということであります。

 現に緒戦では、女には色々な意味で滅法弱い王英と、水滸伝の元祖娘武芸者というべき扈三娘が、あわやというところまで追い詰められたのですが――しかし本来であれば瓊英と梁山泊は田虎を敵にするという点では同志であるはず。
 そしてこの両者を、奇縁が結びつけることになります。

 偽名で鄔梨のもとに潜入した安道全と、その弟子を装うことになった張清。この張清と瓊英の出会いこそは、まさに運命の出会いというべきものでしょう。
 強引に鄔梨の妻が瓊英の婿選びをしていたところに居合わせ、彼女と武術の手合わせをすることとなった張清。瓊英が放った礫を受け止めた張清は、その礫で以て彼女の第二弾を弾き――ここに礫で結ばれた二人が出会うこととなったのであります。
(その直後、張清の「求婚」の際に、張清といえば何かと組まされるアイツが間接的に役立つのに思わずニッコリ)

 もちろんこの時点での二人はいわゆる契約結婚(?)、真実の夫婦ではないのですが――しかし頑なな瓊英の心を、物柔らかな張清の心が受け止め、礫投げの練習を通じて少しずつ二人が心を通わせていく様は、それまでの瓊英の生き様が苛烈だっただけに、ひどく暖かいものとして心に残ります。
 そしてここで明かされる張清の過去が、瓊英に対する一つの決意に繋がっていくのも巧みで――いつか二人が真に結ばれる日が来るのを、心から祈りたくなるのです。


 いよいよ田虎の本拠・威勝も目前。その前に現れた三眼の怪人・馬霊の、これまでとは全く異なる妖術に苦戦しつつもこれを退けた梁山泊に敵はないように思われますが、さて……
 いよいよ次巻、田虎戦の完結であります。


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 「絵巻水滸伝」第1巻 日本水滸伝一方の極、刊行開始
 「絵巻水滸伝」第2巻 正しきオレ水滸伝ここにあり
 「絵巻水滸伝」第3巻 彷徨える求道者・武松が往く
 「絵巻水滸伝」第四巻 宋江、群星を呼ぶ
 「絵巻水滸伝」第五巻 三覇大いに江州を騒がす
 「絵巻水滸伝」第六巻 海棠の華、翔る
 「絵巻水滸伝」第七巻 軍神独り行く
 「絵巻水滸伝」第八巻 巨星遂に墜つ
 「絵巻水滸伝」第九巻 武神、出陣す
 「絵巻水滸伝」第十巻 百八星、ここに集う!

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2022.06.24

安田剛士『青のミブロ』第3巻 対決、五人の暗殺者 正義vs正義!?

 新選組に加わった京の三人の少年の目を通じて描かれる異色の新選組伝の第三巻であります。会津藩の者ばかりを狙う辻斬り五人を追うことになった壬生浪士組(ミブロ)。その一員として下手人を追うにおとはじめですが、逆に待ち伏せを受けて窮地に陥ります。はたして反撃の機会は……

 同じ地元からミブロに加わった少年である太郎、そしてはじめと、紆余曲折はありながらも距離を縮めてきたにお。そんな中、芹沢・近藤以下ミブロの面々は、京都守護職たる会津藩藩主・松平容保と対面の機会を得るのですが――そこで会津藩から、会津藩士ばかりを狙い、その目を抉っていくという暗殺者退治を依頼されることになります。

 ミブロの面々が五人組だという彼らを捕らえるべく腕を撫す一方で、におとはじめはこの暗殺者に対して情報を持っているらしい大店の跡取りの少年・世都と対面。しかしその帰りに、暗殺者に待ち伏せを受けて……

 しかし、におたちが子供と見て説得にかかる暗殺者。隣の清国のように、いまこの国が外国に狙われていること、そしてミブロの面々がそれをにおたちに教えず、無知につけこんでいると語る暗殺者、いや倒幕の志士ですが――しかしそれでにおが退くはずもありません。
 他の四人の情報を聞き出すため、無謀にも殺さず捕らえると言い出すにおですが、何とそこに暗殺者がもう一人出現。はじめがそちらと対峙している間に、におは最初の一人と対峙するものの、到底敵うべくもなく……

 というわけで、単なる破落戸や悪党ではなく、ある意味自分の思想、自分の正義を持つ相手と、初めて対峙することとなったにお。しかし思想――とまではいえないまでも、自分自身の正義という点でははっきりと自己を確立しているのがにおというキャラクターの特徴であり強みであります。

 たとえ一見正論を言っているようでいても、自分よりも遥かに上の腕前であっても、自分自身の正義と照らして、偽りや矛盾があれば絶対に屈しない――そんなにおの姿勢は、ここでも崩れることはありません。
 ありませんが、それでも敵わない相手は敵わないわけで――この辺り、一歩間違えればにおが口先だけの理想論キャラになってしまうのが悩ましいところですが、しかしそこをフォローするのは兄貴分たちの役目というところでしょうか。

 その兄貴分である沖田と土方の姿勢――におのことを否定するのでも矯めようとするのでもなく、彼の方向性を受け止め、伸ばそうという姿は、理想の先輩像であることは間違いありません。
 そしてそれを受けて改めて自分の原点を確かめ、まだまだ未熟で八方破れながらも、なおも前に進もうとするにおの姿も、青春ものの主人公としてみれば納得いくものがあります。

 さらに、そんなにおのことを口では散々言いながらも、その最大の長所がどこにあるかを直感的に認め、一度は及ばなかった相手を前に自分自身の真の力を見せるはじめの姿も、実にイイ。
 そして近藤も芹沢も、それぞれ「らしさ」を見せて暗殺者を対峙し、そしてラストはオールスターキャストを揃えつつも、近藤の信頼の下、におが一皮むけた強さを見せる――と、実にいい形で五人の暗殺者編は決着することになります。


 正直なところ、先に述べたようなにおの良くも悪くも青臭いキャラクターは、読者によって好き嫌いがハッキリ出るものだと感じます。
 また、時にミブロの面々のキャラクターが賑やかすぎて、物語の枠をはみ出して暴走しそうな危なっかしさもあるのですが――それでも長所短所併せ持った本作の空気は実に楽しく、その空気にもっと触れてみたいと思わされるのは、間違いがないところではあります。

 青春ものとしての新選組をどこまで貫くことができるか――この先の展開を待ちたいと思います。


『青のミブロ』第3巻(安田剛士 講談社週刊少年マガジンコミックス) Amazon

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2022.06.23

野田サトル『ゴールデンカムイ』第30巻 五稜郭決戦に消えゆく命 そして決戦第二ラウンドへ!

 連載は大団円を迎えましたが、まだまだ単行本が完結するまで油断できないのがこの『ゴールデンカムイ』。残すところは本書を入れてわずか二冊ですが、この巻でも驚くほどの加筆修正が施されています。いよいよ始まった五稜郭包囲戦の中、次々と失われていく命。はたして最後に残るのは?

 刺青人皮が示す黄金の在処、五稜郭に集うことになった生き残りの全勢力。先に五稜郭に入った杉元・アシリパ・白石と土方一派、さらにソフィアとパルチザンに対して、鶴見も第七師団を招集、鯉登父の駆逐艦まで加わっての全面対決は、もはや戦争というレベルにまでエスカレートすることになります。
 アイヌのために残された土地の権利書、そして土方のアイヌとの繋がりからようやく発見された黄金――長きに渡り求めてきたものをついに発見したアシリパたちは、決して退けない戦いに挑むのですが……

 と、まさしく死闘がひたすら続くこの巻。ここでは名前は挙げませんが、一人、また一人とキャラクターが退場していくのは、もはや仕方がないこととはいえ、やはり胸が痛みます(もっともそんな中、新たに、そして最高のタイミングで駆けつける律儀すぎるマタギには胸が躍るのですが)。

 しかしそんな死と暴力の最中でも、一人一人のキャラクターの輝きを見せてくれるのが本作の魅力であります。
 特にこの巻の序盤、キラウシが懸命に戦う姿は、彼がほとんど巻き込まれてここまで来たようなキャラクターだからこそ、彼の中に生まれた希望を感じさせる名場面だったと感じます。
(そしてその想いが、ある人物の最期に繋がる無情さもまた……)


 しかしこの巻で圧倒的なのは、冒頭に述べたように単行本における加筆修正シーンでしょう。それこそ細かいところまで挙げれば数限りないのですが(例えば上のキラウシのシーンも、わずか一つの台詞を追加しただけで印象がさらに強くなっています)、やはり数ページにわたる追加部分は、特に強烈に印象に残ります。

 その一つは、五稜郭の元陸軍訓練所での鶴見と鯉登との対峙であります。かつて鯉登が鶴見に命を救われ、彼に心酔するきっかけとなった地で、彼のつく嘘と――いや、嘘をつかずにはいられない彼の心(この辺り、連載最終回時の雑誌附録を見ているとニヤリ)と正面から対峙する鯉登の言葉は、途中で一部が薩摩弁になる部分も含めて、彼のこれまでのドラマが凝縮されているようで、胸に迫るものがあります。
(そしてアッここに繋がるのか――と驚かされるのですが、それはまだ先)

 そしてもう一つ胸に刺さったのは、実に6ページにわたり、ソフィアの内面を、過去を描いた場面であります。
 五稜郭で斃れたパルチザンの仲間たちの名前を呼ぶ姿から始まり、彼女の脳裏に浮かぶ、かつてのロシア皇帝暗殺の場面。そこでは、ウイルクが顔に傷を負うこととなったもう一つの理由、そしてその理由がソフィアの心に終生残った傷の理由と通底するものであったことが、語られることになります。

 そんな彼女が背負ったものを顕わにした果てにソフィアが呼んだのは――いやはや、このページを見たときには、思わず声が出そうになりました。個人的にはこの巻のハイライトと感じた次第です。


 さて、そんな数多くの生と死が描かれた五稜郭決戦も、この巻の後半でアシリパと杉元たちが五稜郭から脱出したことで、否応なしに終わりを迎えることになります――が、それは最終決戦が終わったという意味ではありません。
 決戦の第二ラウンドの舞台、それは函館駅に向かう列車の中。逃亡中偶然出会った列車に乗り込んだ杉元たちが見たものは、中にすし詰めになった第七師団の第二陣たちだったのであります。

 鶴見たちも追いつき、もはや逃げ場のない車内、そして頭巾ちゃんとの対決を終えた尾形も乗り込み、もはや大混乱の中、暴走列車は地獄へと一直線に向かうことになります。
 その先に待つものは――いよいよ次巻大団円であります。


『ゴールデンカムイ』第30巻() Amazon

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 野田サトル『ゴールデンカムイ』第27巻 解かれゆく謎と因縁 そして鶴見の真意――?
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第28巻 「ノラ坊」と「菊田さん」――意外な前日譚!
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第29巻 解かれたなぞ そして最終決戦開始!

 『ゴールデンカムイ公式ファンブック 探究者たちの記録』 濃すぎる作品の濃すぎるファンブック!

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2022.06.22

横田順彌『日露戦争秘話 西郷隆盛を救出せよ』 バンカラ快男児、シベリアの大地を駆ける

 これまで竹書房文庫で復刊されてきた横田順彌の「中村春吉秘境探検記」、最後の長編が登場しました。日露の対決も近づく中、シベリアで生存していることが判明した西郷隆盛を救出するため、バンカラ快男児が決死行に挑む冒険小説であります。

 明治34年、宮内大臣・田中光顕に突然呼び出された中村春吉。田中と対面した春吉は、信じがたい言葉を聞かされることになります。
 西南戦争で命を落としたはずの西郷隆盛がロシアに生存している――それだけでも驚くべき内容であるところに、西郷が今はシベリアに幽閉されていることを知った明治天皇から救出の勅命が下され、その白羽の矢が春吉に立ったというのであります。

 信じがたい話ではありますが、尊敬する西郷の救出、それも明治天皇の勅命によってとあらば、春吉が拒むはずもありません。かくて春吉は勇躍海を渡り、商業視察を名目にシベリアに足を踏み入れることになります。
 原住民との交流、猛獣との対決などの冒険を繰り返しつつ、シベリアを往く春吉。その前に、難攻不落の骸骨監獄・幽霊監獄が立ち塞がり……


 自転車世界一周無銭旅行を繰り広げた実在の快人・中村春吉。押川春浪の天狗倶楽部とも交流が深かった彼を主人公に、横田順彌は「中村春吉秘境探検記」というシリーズを展開してきました。
 これまで竹書房文庫で復刊された短編集『幻綺行』と長編『大聖神』では、海外で知り合った雨宮志保、石峰省吾ら仲間とともに世界を巡る春吉が、様々な怪物や事件に遭遇する姿が描かれましたが、本作は時系列的にはこの二冊の前に位置する物語となります。

 そのために志保と省吾は登場しない――さらにいえば、春吉の代名詞というべき自転車世界一周無銭旅行出発前である――本作ですが、それ以上に最大の特徴は、SF要素のない、純粋な(という言い方が正しいかはわかりませんが)冒険小説という点でしょう。
 先に触れたとおり、世界中で春吉が遭遇する様々な怪物との戦いや事件を描いた前二作ですが、その背景には必ずSF的要素が織り込まれておりました。それに対して本作はそうした要素はなく、西郷隆盛生存説という伝奇的アイディアこそあるものの、あとはひたすらに現実の枠内での冒険が描かれるのです。
(これは初出のレーベルが、懐かしの光栄歴史キャラクターノベルズであるためかもしれません)

 というとスケールが小さいように見えるかもしれませんが、さにあらず。現実といっても、あくまでもこの世ならぬものが登場しないということであって、盗賊団との対決あり、二度に渡る牢獄破りあり、猛獣との交流あり(ネコかわいいよネコ)と、春吉の桁外れの暴れっぷりが存分に堪能できるのですから。
 その暴れっぷりたるや、押川春浪の海底軍艦シリーズで、やはりロシアに幽閉された西郷隆盛を救出するために、獅子をお供に大暴れした蛮勇侠客・段原剣東次を彷彿とさせるものがあります。(というよりそのオマージュであろうとは思いますが……)

 何はともあれ、SF的という縛り抜きの方が、春吉の冒険は純粋に楽しめるのではないか――というのは言いすぎかもしれませんが、実在の人物であるにもかかわらず、春吉という主人公が、史実・伝奇・空想科学の枠などお構いなしに暴れまわるポテンシャルの持ち主であることは間違いないでしょう。

 残念ながら本シリーズは本作でもって結果として終了した形となりますが、横田順彌の明治SF長編でまだ復刊されていない

がゲスト出演している『火星人類の逆襲』『人外魔境の秘密』もぜひ復刊していただきたいものです(後者には春吉とは一字違いの探検家・中村直吉も登場するので――というのは強引ですが)。


 ちなみに本書は本編のほか、エッセイ「中村春吉波瀾の人生」、ショート・ショート/短篇5篇(うち未収録4篇)を併録。エッセイ以外は本編と全く関係ないボーナストラックではありますが、作者の熱烈なファンにはありがたいプレゼントでしょう。

 そしてもう一つ、このシリーズといえば、新刊なのに古本にしか見えないその凝りに凝った(凝りすぎた)装丁ですが、今回は全く普通――と思いきや、意外な(?)ところでそれっぽさを出しているのに脱帽です。(『幻綺行』でも施されている仕掛けではありますが……)


『日露戦争秘話 西郷隆盛を救出せよ』(横田順彌 竹書房文庫) Amazon

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2022.06.21

高橋留美子『MAO』第13巻 彼女の死の謎 彼女の復讐の理由

 御降家の後継者を巡る九百年前からの暗闘と、大正時代に御降家を復興しようとする白眉たちとの戦いと――先の見えない二つの戦いが続く『MAO』。この巻ではその始まりの一端というべき、紗那の死を巡る真実が描かれます。そして表紙を飾る白眉の配下・芽生の過去も……

 御降家の呪い(とは別の理由で?)平安時代から生き続ける夏野が、何者かの命で集める体のパーツ。その最後の一つである右腕を、何と猫鬼が現代で、あの菜花の運命を変えた事故現場で発見、御降家の五色堂の地下に眠っていた謎の男のもとに持っていく――という、不可解かつ衝撃的な場面で終わった前巻。
 ここで体の全てが揃い復活した謎の男は、しかし精神は復活していないのか、人事不省のまま歩み去り、一旦物語から姿を消すことになります。

 それに変わって描かれるのは、摩緒たちの師匠――御降家の当主の娘・紗那の死の真実。これまで摩緒に濡れ衣が着せられていたその前後の事情が、ようやくここで整理されることとなります。
 そのきっかけとなったのは、紗那を殺したのが誰か知りたくないかという百火への夏野の言葉。彼女に託された火の呪具・睨み火で陸軍兵舎を狙い(これはこれでいい度胸)、白眉をおびき出さんとする百火の策は当たり、夏野・百火・摩緒・菜花の前に白眉が現れます。

 そもそも、摩緒が紗那を殺したと言い出したのは白眉。しかし実際には摩緒は殺していないわけで、だとすれば白眉が嘘をついていることは間違いありません。そして夏野は、邪気が紗那を殺したと語るのですが、邪気を操るといえば……
 そう、幽羅子であります。かつて幽閉されていた屋敷を抜け出した時に摩緒と出会い、それ以来彼を慕っていた幽羅子。だとすれば、彼女が嫉妬心から摩緒と結ばれる紗那を殺しても不思議ではありません。そして白眉もそれを認めるのですが……

 しかし本当にそれが真実なのか、わからないのが本作の恐ろしいところ。現在のところ確かなのは、白眉が幽羅子に――ありのままの彼女に惹かれているということだけのように思われます。それも、怒らせて平手打ち食らってニヤニヤするような、ちょっとまずい感じの形で……

 そしてさらに百火の口から語られるのは、実はその晩に宝物殿を焼いたのは、紗那の頼みで動いた百火であったこと、そしてそこで殺されていた師匠の手の中から、青い光の玉が飛び去ったという事実。
 はたして師匠は誰が殺したのか、そして青い光の玉とは――一つ謎が解けたと思えば二つ謎が増える。まだまだ本作の闇は深そうです。


 さて、この巻の後半では、芽生を巡る物語が描かれることになります。不知火の館の延命の庭を守る芽生は、一見常に笑みを絶やさない物柔らかな美少女ですが――しかし庭の中に掘られた穴に人間たちを落として争わせ、その怨念を集めるという人間の蠱毒というおぞましい呪法を行っているのですから、常人であるはずもありません。

 それではそんな彼女が呪術に手を染めた理由は――不自然な旱魃が起きた村に現れて雨乞いをするという少年・流石の登場がきっかけで、彼女の過去が語られることになります。
 その村に乗っ取り屋(いわゆる地上げ屋)が現れたと知った芽生と蓮次、そして呪術の存在を感じ取った摩緒と菜花――それぞれ村に向かった両者を待っていたのは、かつて芽生を襲った悲劇の張本人であり、そして芽生が人間の蠱毒を行う理由だったのです。

 ここで語られる過去を見れば、彼女の行為には一定の正当性があるといえるでしょう。しかしそれは、蓮次が復讐から始まり金目当ての暗殺者と化したように、当初の目的を超えて際限なく暴走し、人として引き返せないところまで行きかねないものであります。
 それを助けるのが、いや導くのが御降家の呪具、呪術だとすれば――やはり御降家は存在してはならないもの、終わらせなければいけないものなのでしょう。そしてそれは、前半で語られた紗那の行動の理由と重なるものでもあるのです。


 さて、この巻のラストでは、廃屋の祟りを祓うことになった摩緒たちですが、その源である古井戸から現れたのは――はたしてこの存在が物語の本筋と絡むのか否か、相変わらず物語の先は読めません。


『MAO』第13巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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