入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)



| | トラックバック (0)

2020.01.22

高橋留美子『MAO』第3巻 解けゆく菜花の謎と、深まる摩緒の謎


 大正時代に迷い込んだ現代の女子中学生・菜花が、平安時代から妖魔と戦い続ける青年(?)陰陽師・摩緒とともに、謎に満ちた冒険を繰り広げる伝奇ホラーの第3巻であります。ついに発生した大正大震災の混乱の中、ついに明かされる菜花の秘密。その一方で摩緒にも思わぬ因縁の存在が……

 8年前に謎の事故で一度は呼吸を停止しながら復活した少女・菜花。その事故現場に近いシャッター通りから突然大正時代に迷い込んでしまった彼女は、そこで平安時代から妖魔・猫鬼を追い続ける摩緒と出会うのでした。
 秘法を盗み、不老不死の力を得たという猫鬼と、その呪いで不老不死となったという摩緒。しかし何故かその呪いが自分にも影響を及ぼしていることを知った菜花は、現代と大正を行き来して謎を追うことになります。

 そして大正大震災で、妖魔を封じたと言われる要石が崩壊したことを知り、大正時代の摩緒のもとに急ぐ菜花ですが――まさにその時、大震災が発生。周囲が炎に包まれる中、巨大な猫の姿が……


 というわけで、冒頭から物語を引っ張ってきた菜花にまつわる謎の多くが明かされるこの第3巻。
 両親を失った事故で彼女だけ生き残った――いや蘇生したのは何故か。そもそもあの事故は何が引き起こしたのか。事故の瞬間、彼女が見た怪物は何者なのか。その時危篤だった筈が、今は自分を見守っている祖父は何者なのか。そして何故彼女は妖の力と体質を持つのか……

 この巻の前半では、これだけの謎の大半が、震災の炎の中で激突する摩緒と猫鬼の姿と並行して、明かされることになります。
 そのテンポのよさ、そして何よりも謎解きの鮮やかさには、さすがはと感心しつつも、しかしまだ第3巻の時点で(全てが解けたわけではないとはいえ)ここまで明らかになってしまってよいのかしら、と心配にならなくもないのですが――そこはもちろん心配御無用であります。

 ここで明かされるのは、あくまでも主人公の一人である菜花の謎のみ。もう一人の、そしてタイトルロールである摩緒のそれは、これから深まっていくことになるのですから。


 震災の後、荒れ果てた浅草凌雲閣で囁かれる怪異の噂。それに何を感じ取ったか凌雲閣に向かった摩緒たちの前に現れたのは、彼を裏切り者と呼ぶ青年――それこそは、摩緒の兄弟子の一人・百火だったのであります。
 ――しかし、摩緒が陰陽師の修行をしていたのは平安時代ですから、約900年前のこと。猫鬼の呪いで不死となった摩緒は格別、何故百火はこの時代まで生きているのか? しかも彼の場合、摩緒の不死とはまた性質の異なるもののようなのであります。

 これまでも断片的に描かれてきた摩緒の過去。しかしそれはあくまでも断片であり、実は摩緒にとっても欠落の多いものでありました。炎の中で対峙した猫鬼が、自分たちの因縁の裏の事情を示唆する言葉を残したように、考えてみれば不審なことばかりなのですが――その疑いがここで一気に吹き出すことになります。
 果たして摩緒の過去に何が起こったのか、そして彼が戦うべき本当の敵は誰なのか? 菜花の謎が解けたと思えばこんどは摩緒の謎が――いやはや、全く楽しませてくれます。

 そして楽しませてくれるといえば、百火のキャラクターであります。
 作中で菜花にツッコまれるほどの自信過剰ぶりと、それとは裏腹の間が抜けた行動、たぶん本気になれば強いと思うけれどもムラのありそうな実力――こうしてみればこの百火は、作者の作品にはお馴染みのライバル(?)兼コメディリリーフキャラと感じられます。

 考えてみればそれなりにコミカルな場面は多かったものの、結構フラットなキャラではあった摩緒と菜花(特に前者)。それだけにシリアスなトーンであった物語を、百火が引っ掻き回し、さらに混沌とした物語として。
くれるのではないか――そう感じます


 どうやら序章を終えて本当の物語が始まった印象もある本作。この先の物語の拡がりが今から楽しみになるところであります。


『MAO』第3巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス) Amazon
MAO (3) (少年サンデーコミックス)


関連記事
 高橋留美子『MAO』第1-2巻 少女が追う現代と大正と結ぶ怪異

|

2020.01.21

栗城祥子『平賀源内の猫』第1-2巻 少女と源内と猫を通じて描く史実の姿、人の姿


 様々な時代猫漫画が掲載されてきた「お江戸ねこぱんち」誌の中でも、数少ない史実との繋がりを巧みに物語に織り込んだ本作が電子書籍でまとまりました。タイトルどおり平賀源内とその猫、そしてお手伝いの少女の二人と一匹を中心に展開する、実にユニークな連作であります。

 生まれついての赤い髪が幼い頃からコンプレックスとなっていた少女・文緒。父を亡くし、江戸に出て人の紹介で住み込みで手伝いをすることとなった相手は平賀源内でありました。
 そして源内邸に彼よりも前から住みついていたという猫・エレキテル――その名が示すように自分の帯電体質を自在に操る猫――とともに、文緒は二人と一匹で暮らすことになります。

 派手好きな粋人で、何が本業かもわからない――しかし文緒の姿を全く気にせず受け容れてくれる源内、ちょっと性悪でマイペースのエレキテルに振り回されながら、文緒は様々な事件に巻き込まれていくことに…… 


 そんな文緒の視点から描かれていく本作は、個の第2巻までで8話が収録されています。
 初めて源内のもとを訪れた文緒が、戸惑いながら源内の人となりに触れ、自分自身を見つめ直す第1話「其の名エレキテル」
 今でいうストーカーに悩まされる笠森お仙を源内が匿ったことで起きる騒動「笠森お仙 雪花こころ模様」
 農民出身の用人・三浦を軽んじる田沼意知に、源内が人の価値を教える「日本橋通りの怪」
 ぎやまん製の鏡を大奥に献上したことがきっかけで、源内が大奥の勢力争いに巻き込まれる「うぬぼれ鏡」
 江戸参府してきたカピタンに会おうと奔走する中川淳庵を源内が見守る「中川淳庵、走る」
 望まぬ縁談に悩む工藤平助の娘・あや子のために源内が一肌脱ぐ「あや子の縁談」
 行方不明になった鈴木春信の猫探しと、旅に出た父を待つ少年の物語が交錯する「八百八町ねこ探し」
 大名同士の菓子作り競争に巻き込まれた源内が、かつての主である松平頼恭と再会する「殿さまとお砂糖」

 ――と、各話のあらすじを見ればわかるように(そして冒頭に述べたとおり)、本作はほとんどのエピソードで史実を題材とし、それをアレンジして物語を紡いでいくことになります。
 一見それは当たり前のことに感じられますが、しかし「お江戸ねこぱんち」誌に掲載されている漫画は市井ものが――言い換えれば特定の史実と絡まない作品がほとんど9割以上を占める中で、本作は異彩を放っているのであります。

 しかし本作の魅力は、単に史実を題材としている点だけでなく、その題材選びの巧みさにあります。
 源内が主人公だけに蘭学絡みのものや、彼自身の事績によるものも少なくありませんが、しかし本作で描かれるのはそれに留まりません。さらに有名な史実だけでなく、あまり知られていないような史実や、知っている人であればニヤリとできるような史実など――時にその意味を作中では伏せて――実に様々なのです。

 例えば田沼意次の用人・三浦庄司を題材とした作品はほとんど見たことがありませんし、工藤平助の娘のその後の人生は――こちらは様々な作品で描かれていますが――知っていれば大いに納得できるところであります。
 さらに「笠森お仙 雪花こころ模様」など、お仙の家の中にまで「忍んで」くるストーカーと聞いて、あっこれはと思いきや――と、知っていると逆に引っ掛けられる仕掛けが用意されているのも心憎い。

 そしてもちろん、この史実とのリンクが、文緒という一人の少女の目を通じて、血の通った人々の物語として――言い換えれば一種の人情ものとして――語り直される様も巧みであります。
 掲載誌でほとんど読んでいたものの、今回まとめて読んでみて、改めて本作の面白さを再確認させられた次第です。


 ただ一つ、蛇足を承知で申し上げれば――そしてこれは作者の責任ではないと思いますが――2巻構成の本作、第1巻と第2巻で表紙絵が同じだったり、目次ページが存在しないのに、いささか寂しい気分になったのもまた事実。
 紙の書籍で単行本化されていないものが電子書籍の形でまとめられたのは本当にありがたいお話ではありますが……


『平賀源内の猫』(栗城祥子 少年画報社ねこぱんちコミックス) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
平賀源内の猫(1) (ねこぱんちコミックス)平賀源内の猫(2) (ねこぱんちコミックス)

|

2020.01.20

「コミック乱ツインズ」2020年2月号(その二)


 「コミック乱ツインズ」誌、2020年2月号の紹介の続きであります。様々な個性が集う本誌らしく、今回もユニークな作品が並びます。

『カムヤライド』(久正人)
 埴輪をセールスしにきたら、他人の空似(?)で大王から抹殺命令を出されてしまったモンコ。その命を受け、配下の「黒盾隊」とともにモンコを襲うオトタチバナ。そんなこととは露知らず、トレホと話し込んでいるヤマトタケル。そして彼らを探してヤマトに現れたウズメの同族(?)であるコヤネとイシコリドメ――ヤマトを舞台に、入り組みまくった人間関係が、物語を動かしていくことになります。

 そんな中でも、やはり一番注目してしまうのは、遂にカムヤライドに変身したモンコとオトタチバナメタルの本格対決。ついに日本史上初のヒーローバトルが――と思いきや、ここでさらりとヒーローの心意気を語ってオトタチバナたちを受け流してみせるモンコが最高に格好良い。
 オトタチバナの方も、肉体に鎧を装着するのではなく、鎧に魂を宿らせるという独特の変身スタイルを利用した、意外に(失礼!)クレバーな戦闘スタイルからの必殺技を見せてくれたのですが――ここはモンコの方が役者が上だったと言うべきでしょう。

 何しろあれだけスマートに、小粋に逃走を決められたら、それは人外だって胸のときめきが――ん?
 何だかとんでもないものを見てしまった気がしますが、さらにとんでもないのはこの後。なかなか見つからないモンコたちに業を煮やしたイシコリドメは、懐から取り出したコンパクト(?)で変身! そのパターンといい、変身後のビジュアルといい、これまた時代を数千年先取りしたような代物で――この調子では、全ての変身ヒーローの原点は古墳時代にあったことになりそうです。(おそらくウ○○○○○も最後には登場するでしょうし……)

 それはさておき、ヒーローをおびき出すために怪人がやることといえば一つ。この先、どんな惨劇が描かれることになるのか、そしてそれにヒーローたちはいかに立ち向かうのか――注目です。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 義姫による政宗毒殺未遂の前後から、特に重いムードが続く本作。母を誅するわけにはいかず、代わって、というのが適切かはわかりませんが、弟である小次郎を誅することを決意した政宗は――と、ついに事ここに至ってしまったか、という印象であります。
 もちろん今回もギャグは織り込まれるものの、しかし当然と言うべきか、どうにも辛い――と思いきや、いきなり政宗がずいぶんと男らしい選択を!?

 本当にこんなことをして大丈夫なのか、そしてどちらに転んでも絶対哀しいことになる状況で次回に続きます。


『鼓草の根』(鶴岡孝雄)
 これまでも何度か読み切りが掲載されている作者の新作は、とある藩を舞台とした、独特のムードを湛えた剣術ものであります。

 かつては道場で「鬼刃」と呼ばれたほどの腕を持ちながら、今は郷廻役として自然の中で静かに妻子と暮らす半田直次郎。しかし突然組頭に呼び出された彼は、近頃城下で次々と腕に覚えのある者を叩き潰す剣士・赤沼との立ち合いを命じられることになります。
 かつて奉納試合で自分の息子を破られた家老の意趣返しであることは明らかながら、辞退することも許されず、城内で赤沼と試合に臨む半田は……

 舞台といい物語といい、さらに(まことに失礼ながら)絵柄といい、何とも地味な本作。かなりのコマで半田が伏し目がちの表情をしていることもあって、ひたすら重いムードが続きます。
 しかし、それまでの剣士としての人生を捨て、ようやく地に足のついた暮らしを送ることにも慣れてきた半田の姿には、何となく身につまされるものがあるわけで――もちろんこれは個人の感想ですが――かつての自分が属していた世界に背を向けて、家族の元に帰っていくのも立派な生き方であるよな、と半ば自分に言い聞かせるように感じ入ってしまった次第です。


 次号は巻頭カラーで『勘定吟味役異聞』が新章突入のほかは、基本的にレギュラー陣が通常営業で掲載される模様です。


「コミック乱ツインズ」2020年2月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2020年2月号 [雑誌]


関連記事
 「コミック乱ツインズ」2020年1月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2020年1月号(その二)

|

2020.01.19

「コミック乱ツインズ」2020年2月号(その一)


 実質今年初めての号となる「コミック乱ツインズ」2月号は、何かと話題が多い『暁の犬』が表紙&巻中カラー、そして『鬼役』が巻頭カラーであります。今回もまた、印象に残った作品を一つずつ紹介します。

『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)
 今回は原作の『鬼役外伝』からの漫画化とのことですが、主人公は蔵人介の養母・志乃であります。
 質屋の帰り、絡んできた破落戸を叩きのめしたことがきっかけで、とある仏具屋の主人に声をかけられた志乃。なりゆきから相手の相談に乗ることになった志乃は、武家との縁談を嫌がっているという娘の相談に乗ることになるのですが……

 普段から鬼役のお勤めより悪人殺しに精を出している印象のある本作ですが、今回は町人の悩み相談まで!? と思いきや、その相談にしっかりと理由と必然性があるのが楽しい今回。しかもクライマックスでは、蔵人介(今回は義母にこき使われる一方なのも愉快)が鬼役としての姿を、しかし意外なところで見せてくれるのに感心いたしました。
 外伝ならではのエピソードかもしれませんが、このような物語をもっと読みたいところであります。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 今回で『相剋の渦』編は最終回――といっても結局聡四郎は自分では謎を解けず、冷静に考えれば妙な形で尾張浪人たちの吉宗暗殺計画に割って入ることになります。
 野良犬よりも狼でありたいと妙にカッコいいことを言う(しかし言うだけ)の浪人たちに対して、生存者バイアスバリバリで言い返す――これはまあ、上田作品定番ですが――のも、あまりスッキリしないところであります。

 そんな中で一人気を吐いていたのは、言うまでもなくまだ紀州公の吉宗。気さくなようなふりをして実はブラックさの片鱗を見せつつ、聡四郎とのファーストコンタクトを飾ることになります。何だかあらゆる点で聡四郎を上回っている感が強いこの相手と、聡四郎はこの先どう関わっていくのか――何だか一部では不幸の手紙扱いされている聡四郎の明日はどちらでしょうか?


『いちげき』(松本次郎&永井義男)
 もはや一撃必殺隊は指揮官に至るまで任を解かれ、ほとんど実体を失った中で残された男たちを(敵を含めて)描く本作。自分たちが初めから生きては帰れない捨て駒だと知った丑五郎と市造は、復讐のために指揮官だった島田を襲撃しようとするのですが――同士討ちという迷走の極みというべき展開の中、彼らを巧みに操り、争いを生み出した者が、この戦いを利用すべく動き出します。

 島田にとって市造と丑五郎を捌くのは雑作もないこと、しかしそこにもう一人、さらにトリッキーな相手が加われば――絶体絶命の緊迫感とスピード感溢れる決闘シーンのアクション描写にはシビレます。
 しかしまだまだ油断はできない展開、果たして生き残るのは誰なのか――やるせない戦いはまだ続きます。


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 胴斬りの暗殺者を仕留める依頼に加え、その暗殺者の可能性がある遣い手三人も斬ることとなった小野寺佐内。そこに現れたのは、同じ益子屋に周旋を受けたご同業の剣士で――と、孤独な暗殺者という風情だった左内に、味方が登場するのですが、これがまたこれまで本作にはいなかったタイプのキャラクターであります。
 見た目はタヌキのような中年で、酒好き女好き、さらにやたらと口数が多いという、いや本当に正反対のキャラなのですが、しかしいざ刀を構えれば一目で遣い手とわかる――これはもちろん、それをしっかりと描いてみせる作者の筆力によるものですが――実に味のあるおっさんキャラです。

 が、そのおっさんによってまた「芳町」「寺小姓」「衆道」などという語を正面からぶつけられる左内――もはや彼がセクハラを受けるのは本作の名物というべきなのでしょうか。しかし冷静に考えると、本当に女性っ気の少ないお話ではありますが……

 そんな賑やかな展開でニコニコさせつつ、後半で描かれるのは、父が富田流の必殺剣を出しながらも全く及ばなかった相手に怯える左内の姿。イメトレでも自分が惨死する姿しか見えないという重症ぶりですが、さて――この先の三番勝負が彼を変えてくれるのでしょうか?


 次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2020年2月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2020年2月号 [雑誌]


関連記事
 「コミック乱ツインズ」2020年1月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2020年1月号(その二)

|

2020.01.18

『無限の住人-IMMORTAL-』 十五幕「臓承 ぞうしょう」

 万次の四肢を移植することにより、その不死力を出羽介に移そうと試みる歩蘭人。しかし一度は成功したかに見えた実験は失敗し、出羽介は命を落とす。絶望に沈む歩蘭人だが、しかしその目は次第に狂気の光を帯びるのだった。一方、瞳阿と夷作とともに町を歩いていた凜は役人に絡まれるが……

 何故か年が明けてから放送が一週空いた今回、いよいよ不死力解明編の真骨頂ともいうべき展開――つまり頭のおかしい人による不毛な実験の姿が描かれることとなります。。
 といっても前半ではまだおかしくなかった歩蘭人は、ちょっとおかしい感じの山田浅右衛門(別の手段で不死の薬探しに行きそうな感じの弟子付き)の精妙な剣術を手術道具代わりに実験にチャレンジ。万次の手足を切っては出羽介にくっつけ、しばらくしてからまた別の部位と取り替え、それによって出羽介の体に血仙蟲を移そうという、それなりに理には叶っているけれどもやはり頭がおかしい手段で、かなりイイ線いったのですが――成功させたいのかさせたくないのか無駄にプレッシャーをかける鉤群(何故か声が変わった)の眼前で大失敗、出羽介は無残な最期を遂げることになります。

 今冷静に見てみれば、肉体の相性もさることながら、いくら肉体が不死に近づいても体を切り刻まれ、別人と繋げられるという精神的なストレスを全く考えに入れていなかったのもいけなかったような気もしますが――それはさておき、ここまで派手に失敗してしまえば御払い箱確定。それはすまわち、国禁を犯して海外渡航し、捕らえられた彼は罪人に逆戻りということを意味します。いやそれ以上にこの失敗は、彼がそこまでの犠牲を払い、人々の命を救うために会得した自分の医術が――敵視し、下に見ていた東洋医学と同様に――無力であったことを証明することにほかならないのであります。

 そして一度はどん底に落ちた歩蘭人の精神はわかりやすく壊れ――とサラッと書いてしまいましたが、今回はこの過程を嫌と言うほど丹念に描写――鉤群にもやる気を認められた(というか単に後任が見つからなかっただけだと思う……)彼は、死罪人をどんどんおかわりして、じゃんじゃんバラバラにしていくのでした。カワウソだから人間じゃないもん! とばかりに、犠牲者の顔に戯画的な獣の顔の絵を描いた袋を被せて……


 と、方法はちょっとどうかと思うけれども目的は真っ当だった人が、方法は全くダメだし目的は覚えてますか? という頭のおかしな人になっていく様を、微妙に前衛的な演出も交えてじっくりと見せられた今回。
 自分は一体何を見せられているんだろう、これは何の話だったんだろう――と、次第に自分の正気も怪しくなってくる(あるいは真面目に付き合っている自分に怒りが湧いてくる)内容は、不死力解明編ならではであります。

 そして、あまりといえばあまりの歩蘭人の所業につきあわされる助手の虎右ェ門に、何だかとても親近感を感じたり……


 しかし事ここに至って、もはや万次が画面にもほとんど登場しなくなった一方で、凜はようやく終盤に登場。なんとなく共同生活にも慣れた瞳阿・夷作と歩いていたところに役人に絡まれ、ついに戦闘モードに移行して逸刀流の本領を発揮した瞳阿と夷作の大暴れに巻き込まれることになります。
 しかし夷作の犠牲で何とか逃れたものの、彼が囚われてメンタルがポッキリ折れた瞳阿を、逸刀流のことは追っかけのアタシが一番知ってるんだからね! と言わんばかりに励ます凜の姿には、これまでの戦いで無駄にタフになったことが窺われて微笑ましいところではあります。

 しかし何でこんな無宿人狩りみたいなことが行われているのかな――と、わかりやすい伏線も張られ、ようやく万次と凜の間が繋がりそうな気もしてきたところで、次回に続きます。
 いやもう早く気づいて万次助けにいこうよ、というこちらの切なる願いが、早いところ叶ってほしいものです。


『無限の住人-IMMORTAL-』(Amazon prime video) Amazon

関連記事
 『無限の住人-IMMORTAL-』 一幕「遭逢 そうほう」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 二幕「開闢 かいびゃく」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 三幕「夢弾 ゆめびき」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 四幕「斜凜 しゃりん」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 五幕「蟲の唄 むしのうた」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 六幕「羽根 はね」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 七幕「凶影 きょうえい」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 八幕「無骸流 むがいりゅう」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 九幕「群 むら」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十幕「獣 けもの」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十一幕「秋霜 しゅうそう」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十二幕「終血 しゅうけつ」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十三幕「誰そ彼 たそかれ」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十四幕「改起 かいき」

 無限の住人

|

2020.01.17

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第2-3巻 応仁の乱の最中のホームドラマが生み出す「共感」


 伊勢新九郎こと後の北条早雲の姿を描く『新九郎、奔る!』――第1巻をご紹介した後、紹介しようしようと思っているうちに時間は流れ、第3巻まで発売されたため、今回は第2巻と第3巻を合わせてご紹介いたします。ついに始まった応仁の乱の渦中で翻弄される新九郎の、伊勢家の人々の運命は……

 室町幕府の政所(財政担当)執事・伊勢貞親の義弟である父に呼ばれ、京で腹違いの兄・八郎や姉の伊都と暮らすことになった少年・千代丸(新九郎)。早々に貞親や両親が政争の末に都落ちという波乱の中で始まった千代丸の京での生活ですが、更なる波乱が彼を巻き込むことになります。
 それは応仁の乱――細川勝元の近くに仕えることとなった千代丸ですが、勝元と山名宗全の対立を原因の一つとして、乱が勃発することになります。

 その騒乱の中で少しでも早く周囲の役に立つべく、千代丸は元服して新九郎と名乗るのですが――しかしもちろん、彼が元服したからといって何が変わるはずもありません。
 発石木(カタパルト)の投入や足軽を利用した狼藉など、勝元の形振り構わぬ反攻が続く中、乱はいよいよその規模を拡大し、被害を広めていくことになります。

 そんな中、帰還した父と共に現れたのは、駿河から来た守護職・今川義忠。その義忠が伊都を見初めて婚約するなど明るい(?)出来事もあったものの、なおも先が見えない状況は続きます。
 そんな中、京に帰ってきた八郎。今出川様(足利義視)の近くに仕え、彼に従って京を離れていた八郎のその顔は……


 第2巻冒頭で元服して新九郎と名乗り、いよいよタイトルロール登場となった本作。登場人物も増え続け、ちょっと気を抜くと伊勢家関係者の中でも誰が誰だかわからなくなるほどなのですが――そこにさらに、複雑なことでは定評のある応仁の乱の勢力分布が絡むのですからもう大変であります。
 しかしその大変さも違和感なく飲み込める――というより、大変さを大変なままで何となく理解させてくれるのは、本作が新九郎の、いや彼だけでなく伊勢家の人々の目から、そして彼らの立場から、当時の社会を描いている点にあるのでしょう。

 これは第1巻の時点からなのですが、本作を読んだ時にまず受けるのは、「面白い」はもちろんのことながら、むしろ「巧い!」という印象であります。
 応仁の乱という大きな歴史と新九郎の個人史を絡める手法の面白さや、キャラクター描写の巧みさ、そして適度に投入されるコミカルな描写等による緩急の付け方――そのそれぞれが絶妙な形で絡み合い、漫画ならではの、漫画でしか描けない世界を、ここに生み出しているのには、感心させられるばかりです。


 そしてそんな本作ならではの物語の骨格となっているのが、ホームドラマとしての視点であります。

 すぐ上で述べたように、大きな歴史と小さな歴史――社会全体の歴史と個人の人生を時に並行して、時に重ね合わせて描く本作。
 もちろん社会を構成するのが個人であり、そしてその個人の集団の最小単位が家族であることを考えれば、これは当然の手法ではあるのかもしれませんが――しかしそれによって生み出される物語において、わかりやすさ、親しみやすさというものがこれほど大きくなるとは、正直なところ驚きであります。

 たとえば教科書などで見れば到底正気の沙汰とは思えぬ応仁の乱の有様。しかし新九郎や伊勢家――いやその乱の真っ只中に生きていた伊勢一家の視点から見れば、それがある種自然なものとして(あるいは不自然であってもその理由が)腑に落ちるのであります。
 その上で、第2巻で伊都が語る(彼女自身が理解する)「女の戦」や、第3巻で八郎を襲う骨肉の悲劇(とその根本にある確執)など、この時代ならではの人間像と個人の生き方を直結させ、ドラマとして――後者の衝撃的なあの場面のように絵の力を用いつつ――再構築してみせるのですから……

 実は歴史ものをマニア以外の層にまで届かせるのに最良の手段は、ホームドラマの要素を加える――そしてそれによって現代の我々との間に「共感」を生み出す――ことだと以前から考えておりましたが、本作はその最良の証拠といえるのではないでしょうか。


 さて、悲劇を経て新九郎も逞しく成長し、いよいよ次巻からは舞台を変えて新章に突入することになります(その直前に挿入される、彼の父もまた、自分自身の主であろうとしていたことを描く番外編もまた楽しい)。
 新九郎と彼の家族たちが、この混迷の時代の中でどこに向かうことになるのか――いよいよもって先が楽しみな作品であります。


『新九郎、奔る!』(ゆうきまさみ 小学館ビッグコミックス) 第2巻 Amazon / 第3巻 Amazon
新九郎、奔る!(2) (ビッグコミックス)新九郎、奔る!(3) (ビッグコミックス)

関連記事
 ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第1巻 ややこしい時代と世界を描く「漫画」の力

|

«さいとうちほ『輝夜伝』第4巻 二人天女、二人かぐや姫の冒険!?