入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)



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2020.12.04

『半妖の夜叉姫』 第9話「冥王獣の冥福」

 さる武将の砦を落としたという妖怪退治の依頼を受けて砦に向かった夜叉姫たち。そこで待ち受けていたのは、四凶の一人・渾沌だった。かつて最強の硬度の甲羅を持つ冥王獣を殺し、その甲羅を鎧とする渾沌に苦戦する三人。一時撤退した三人の前に、渾沌を仇と狙う冥王獣の子・冥福が現れるが……

 ここ数回に続き、四凶たちの一人との戦いが描かれる今回。今回登場するのは渾沌――混沌という言葉の由来とも言われるだけにメジャーな怪物ですが、本作で描かれるのは(少なくとも今回の段階では)神話伝説に登場する得体の知れない怪物とは異なる、烏帽子に総髪、ドジョウ髭という、二本の角を除けば学者か占い師のような姿であります。

 この渾沌、単に生えている樹が気に入ったという理由だけで武将の砦を一瞬で文字通り潰し、そこに住みついてしまったというはた迷惑な妖怪。そのおかげで(正体は知られていないままで)賞金首となり、屍屋経由で夜叉姫たちに狙われることになるのですから、抜けているという気もしますが――しかしこれまで何度も差し向けられた兵を壊滅させているだけはある実力の持ち主です。
 式神である風の獅子と雷の獅子の力もさることながら、その身を守るのは、妖怪の中でも最も硬いと言われる冥王獣の甲羅――ん、どこかで聞いたことがあるようなと思えば、『犬夜叉』で魍魎丸や奈落の防具に使われて犬夜叉たちを苦しめたあの甲羅の持ち主ではありませんか。

 正直なところ、本体より防具としての印象の方が強い冥王獣ですが、しかしそれだけの相手を倒して甲羅の一部を奪い、鎧に加工して使っているのですから、渾沌の力もかなりのものと言うべきでしょう。しかもこの鎧、妖力による防御ではなく単純に物理的に硬いため、妖気相手に特攻を持つとわの能力も通用しないという、厄介な相手であります。
 おかげで最初の対決では攻撃が通じず、追い詰められた三人は、冥王獣の息子・冥福に助けられてようやくその場を逃れる始末。しかもその冥福も、いかにも長生きしそうな一族の中ではほんの子供――というわけで、あまり当てにならない状態なのですが……


 というわけで、三人娘+冥福vs渾沌のバトルが描かれたほかは、あまり本筋に絡むような展開はなかった今回。相手から妖力を吸い取るのではなく、逆に与えることで鎧にされた冥王獣の魂を復活させるというとわの策は面白かったのですが、やはり地味な印象のエピソードでした。

 むしろ今回印象に残ったのは、冒頭部分――屍屋からの依頼を受けたものの、とわとせつなは「グループの方向性の違い」(妖怪退治屋と賞金稼ぎの違い――と言われてもわかりにくいのですが)で参加せず、半ベソをかいているもろはの姿。
 半妖の子としてただ一人この戦国の世に放り出されて、様々な苦労をしてきたもろはにとって、二人は初めてできた仲間だったのに――というわけで、三人の中で一番世慣れていて、そして豪快に見える彼女の隠された一面が描かれ、ますます好印象であります。
(結局、夢の胡蝶探しのために金が必要になったとわとせつなが後から合流するわけですが、その時無理にツンぶろうとするのがまたかわいい)


 何はともあれ、また細かい所で絆を深めた三人ですが、結局渾沌自身は逃れてしまい、決着は先送りということに。おそらくはその時に、渾沌の真の姿が登場するのではないか――と思います。
(と、そういえば渾沌の虹色真珠は?)


関連サイト
公式サイト

関連記事
『半妖の夜叉姫』 第1話「あれからの犬夜叉」
『半妖の夜叉姫』 第2話「三匹の姫」
『半妖の夜叉姫』 第3話「夢の胡蝶」
『半妖の夜叉姫』 第4話「過去への扉」
『半妖の夜叉姫』 第5話「赤骨御殿の若骨丸」
『半妖の夜叉姫』 第6話「古寺の猫寿庵」
『半妖の夜叉姫』 第7話「林檎の出会い」
『半妖の夜叉姫』 第8話「夢ひらきの罠」

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2020.12.03

千葉ともこ『震雷の人』(その2) 巨大な「敵」の姿と人が往くべき道

 第27回松本清張賞受賞作にして作者のデビュー作、安史の乱を背景に大事な者を奪われた兄妹の戦いを描く物語の紹介の後編であります。その作中で語られる、世を動かす志の向けられる先とは……

 本作の背景となる安史の乱における人的被害は、二次的なものも含めて一説によれば3600万人、世界有数の死者を出した乱とも言われます。その大半は、本書でも随所に描かれる長安や洛陽をはじめ、燕軍が攻め込んだ先での蛮行によるものであることは間違いありませんが――しかしそのそもそもの乱を生み出した理由の一つは、唐という国、唐の政の腐敗にあるのです。

 本作において、それは唐と戦況を追う張永、そして安禄山を追って旅する采春の視点から、様々な形で描かれることになります。安禄山を迎え撃つべく出陣した将軍を些細なことから更迭し、罰する。街に迫る安禄山の軍に立ち向かうこともなく、民を見捨てて逃げ出す――そんな唐という国の乱れこそが、安史の乱の背景にはあります。
 そしてまたそれは、上に述べたように、乱が起きようと起きまいと、季明が、そして張永が(直接的に)挑もうとしていたものでもあります。

 そう考えれば、本作における「敵」が、単に安禄山や安慶緒といった燕軍だけではないことは明らかでしょう。敢えて本作の「敵」を挙げるとすれば、その一つは、こうした乱を招き、人々を苦しめる国の政の乱れであるとも言えるでしょう。


 しかし、人を苦しめるのは、そうした国のみではありません。そうした巨大な人々の集団でなくとも、もっと小さな人々の集団――例えば街、例えば隣人、例えば家族すら、人を苦しめる源と成り得ます。

 物語の中で描かれる、軍人になる前の張永――下級役人として大雨への対策に当たり、誰よりも避難の必要性を訴えながらも無視された彼は、いざ実際に被害が出てみれば全ての責任を押し付けられ、周囲からも憎しみの目で見られたという過去がありました。
 そして采春もまた、武術を好み、自ら戦場に出ることを厭わないその生き方が、母から疎まれ、悩ませることになります(これはむしろ苦しむのは母や張永の方ですが……)

 本作における最大の「敵」は、こうした人が生きる上で出会う様々な苦しみを生み出すもの――人が自分の信念に基づいて生きることをことを妨げる世の在り方といえるかもしれません。しかもそれは、時に「忠」や「孝」という、生きる上で当然守るべきとされるものの姿で現れることすらあるのです。

 そしてその苦しみとそれを生み出すものの存在は、張永や采春だけでなく周囲の様々な人々――二人の母や、采春が潜り込む旅芸人の一座の長・福娘、そして物語後半で采春の運命に意外な影響を与える人物に至るまで、様々な視点から描かれることになります。
 この物語のテーマと結びついた丹念な人間描写が、本作を大活劇だけで終わらない、深みのある物語として成立させていることは間違いありません。(特に福娘の半生は、この安史の乱に大きく影響を与えた、しかし本作には直接登場しないある人物のそれを仮託しているようにも見えるのですが……)


 しかし、このような巨大な「敵」を相手に、人に為すすべはあるのでしょうか。相手が個人であれば、采春がそうしようとしたように、武によって除くことができるかもしれません。ところがこの敵には武は通じない――いや、そうしようとすれば、まさに安禄山や安慶緒と同様の存在になりかねないのです。

 そんな極めて難しい問いかけに対して、本作は、我々の前に一つの答えを提示してみせます。しかしそれは、極めて険しい道のりであります。仮に行く手に希望の光が見えたと思っても――本作でも描かれたように――すぐにかき消されてしまうかもしれません。非力な一庶民には、踏み出すことすら覚悟が必要でしょう。
 それでも、それでも人は、一人の人は、決して無力ではない。人は、その言葉で以て世を動かすことができる――いや、そうでなくてはならない。本作はそう静かに、そして力強く語りかけるのです。


 そしてその問いと答えは、決して過去の、異国の、架空の物語においてのみ存在するものではありません。それは現在の、この国の、我々が生きる現実においても通底するものであり――だからこそ、先に述べた季明の言葉は、いよいよますます、我々の心に強く響くのです。まさしく震雷の如く。

 波乱万丈の歴史活劇であると同時に、今ここで読まれるべき人の生きるべき道を描いた物語――私にとって今年ベストの作品と呼びたい、そんな作品であります。


『震雷の人』(千葉ともこ 文藝春秋) Amazon

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2020.12.02

千葉ともこ『震雷の人』(その1) 「武」の兄妹の戦いと「文」の人が遺した言葉

 中国は唐代の安史の乱を舞台に、安禄山とその息子・安慶緒によって許婚を失った娘とその兄が、それぞれの立場から動乱の時代に挑む一大歴史ロマン――混沌の時代の中で人の世の在り方を問う、松本清張賞受賞もむべなるかなの逸品であります。

 親友で平原郡太守・顔真卿の甥・顔季明と、妹の采春の婚礼を間近に控えていた張永。しかし張永・采春・季明の運命は、安禄山の蜂起により、大きく狂っていくことになります。
 顔真卿の命を受け、平原軍の第一大隊の隊長として叛乱軍を迎え撃つ張永と、兄と共に戦う武術自慢の采春、そして常山太守の父を支えて奔走する季明。しかし常山で籠城の末に敗れ、捕らえられた季明は、賊に下るのを潔しとせず凶刃に斃れるのでした。

 その悲報を受け、許婚の仇を討つために旅芸人の一座に潜り込み、洛陽で燕王を僭称する安禄山の下へ向かう采春。共に国を変えようと誓った親友の死を悲しみつつも、燕軍を滅ぼすために軍で戦いを続ける張永。
 全く異なる道を辿ることとなった兄妹は、やがてあまりにも意外な形で再会することに……


 実に九年間に及び、唐の中央集権体制を破綻させる契機となったと言われる安史の乱。「長恨歌」に描かれた楊貴妃の悲劇的な運命も含め、しばしばこの唐代を舞台とした作品の題材となるこの大乱ですが――本作は既存の作品とは大きく異なる形で、それを描き出すことになります。

 それは言うまでもなく、本作の主人公像にあります。庶民の出でありつつも、顔真卿に見出され軍人として力を尽くす張永と、旅の僧侠から武術を学び、兄を上回るほどの腕前を持つ采春――身も蓋もないことを言ってしまえば架空の人物である二人は、決して英雄豪傑でも貴族でもなく、言い換えれば歴史に埋もれた、庶民の立場の代表とも言うべきキャラクターなのです。
 もちろん顔真卿や安禄山といった歴史上の人物も様々に登場しますが、それこそ先に名を挙げた楊貴妃や玄宗皇帝などの「雲の上の人々」は、ほとんど全く登場しない――本作はそんな物語なのであります。

 もちろん、作中における二人の活躍は、主人公に相応しい、勇壮で痛快なものであります。特にいわゆる侠女ともいうべき采春の規格外のキャラクターは、自らの手で許婚の仇を討つという動機づけといい、そこに向かう破天荒で波乱万丈な冒険ぶりといい、まさに中華活劇の主人公に相応しいものなのですが――しかし彼らの、特に采春の物語は、ちょうど半ばを過ぎた辺りで、やがて全く思いも寄らぬ方向に向かっていくことになります。

 そして、その彼らの運命、運命の変転に大きく影響を及ぼす存在こそ、物語の途中で非命に倒れる顔季明であります。
 顔家という名門に生まれ、尊敬する叔父のように書に打ち込み、そして政に情熱を持っていた季明。その姿は張永や采春とはある意味対極にあるようにも見えますが――その理想に向かう情熱が、三人を堅く結びつけることになります。

 もちろん「武」の二人に対して、あくまでも季明は「文」の人。そのため、物語冒頭で、彼は平原を襲った安慶緒に、ただの書生と侮られることになるのですが――しかし彼はそこで一歩も引かず、言葉を返すのです。
「書の一字を侮るなかれ。一字、震雷の如しといいます。刀でも弓でもない。人の書いた一字、発した一言が、人を動かし、世を動かすのです」と。

 実にこの言葉こそは、本作のタイトルである「震雷の人」――「世を動かさんとする激しい志を持った人」の由来であり、物語の上で思わぬ大きな意味を持つ言葉、何よりも、本作の描かんとするものを象徴する言葉なのであります。


 そしてその言葉が向けられる先は――長くなりますので、次回に続きます。


『震雷の人』(千葉ともこ 文藝春秋) Amazon

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2020.12.01

阪口和久『小説落第忍者乱太郎 ドクタケ忍者隊 最強の軍師』 ハードで「らしい」忍者たちの「戦い」

 昨年惜しまれつつも連載を終了した(アニメ版は今も放送中ですが)『落第忍者乱太郎』、その現時点で唯一の小説版であります。あの物語とキャラクターをどのように小説に……? と思えば、これが想像以上にハードなストーリー。土井先生と六年生がほとんど主役状態の大活劇であります。

 今日も今日とて挑戦状を叩きつけてきたタソガレドキ城の諸泉尊奈門を、文房具を使ってあしらっていた土井先生。しかし思わぬアクシデントから彼は崖から転落、それっきり消息を絶ってしまったのでした。
 部下の不始末を詫びに来た雑渡昆奈門を代理教師に据えて、その間、六年生たちが極秘理に先生の捜索をすることとなった忍術学園。一方、それと時をほぼ同じくして、ドクタケ城が周囲の城に対して不穏な動きを見せるようになります。

 どうやらその動きの背後には、ドクタケ忍者隊が最近迎えた軍師・天鬼なる人物の存在があるようなのですが……


 と、あらすじをまとめてみると忍たま三人組が登場しない本作。その冒頭から描かれるのは、土井先生と尊奈門の忍者同士の術を尽くした戦いであり、続いて六年生六人の警戒厳重な城への潜入任務であり――と、忍者らしい(?)忍者たちの活躍であります。

 そのうち、土井先生vs尊奈門の決闘は、忍具を駆使した(といっても土井先生はいつも通りチョークと出席簿が武器なのですが)忍者同士の迫力溢れる一対一の決闘が展開。
 一方、六年生組の方は、「いけいけどんどん!」な人がいるおかげで派手な展開もありますが、基本は入念な準備と下調べ、そして人間心理の裏を突いた行動によって任務を達成する姿が描かれることになります。

 この辺り、忍者の「戦い」というものを、様々な側面から、丹念に描いているのに感心させられます。特に忍具などは、微塵をはじめかなりマイナーなものもきっちり登場するのが嬉しく、さすがに『乱太郎』の名を冠する作品として、押さえるべきところは押さえている――と言うべきでしょう。

 その一方で、(忍術学園とは何かと縁があるとはいえ)よりによって作中屈指の魁偉な、いや怪異な風貌の昆奈門が忍術学園の教師になって、乱太郎たちをげんなりさせるという展開があったり、もちろん三人組や八方斎のコミカルかつベタなやりとりがあったり――と、こちらも十分「らしい」展開が用意されているのですが……


 しかし本作は、かなりの部分でシリアスなムードで展開していくことになります。そしてその象徴というべき存在が、本作のオリジナルキャラクターである、天鬼であります。

 白い忍び装束に白い頭巾と覆面、冷え冷えとした無感情な声と涼やかながら虚無的な視線――と、いかにもシリアスな描写で以て描かれる天鬼。彼は、「武」はともかく「智」の方はナニだったドクタケ忍者隊の作戦を一変させ、昆奈門に危機感を抱かせるほどの軍略の冴えを見せる人物であります。
 はたして謎に包まれたその正体は――まあ、大体の方は予想がつくと思うのですが、しかしそれだからこそ一層、物語のハードさが際立つのです。(特に天鬼を味方につけた今回の八方斎は、面白キャラの部分はあれ、明確に「邪悪」な行動を見せることに……)

 そんな物語の中で、三人組の存在感はどうしても薄れがちになってしまうのですが――それでもクライマックスにはきっちりとおいしいところを持っていってくれます。
 特に土井先生絡みのストーリーとくれば、当然ながらクローズアップされるのはきり丸。彼にとっては肉親ともいうべき先生を前に、普段のドケチキャラの陰の、彼の情の厚さが描かれるのには、やはりグッときます。


 そのほかにも、忍術学園の重鎮としてこの非常事態に存在感を見せる山田先生(ちらりと登場の利吉も実にいい)や、そしていつもながらに不気味だけどいい人で、しかし同時に一つの忍軍の頭領としての存在感を見せてくれる昆奈門など、キャラクター描写のらしさ・巧みさも楽しい本作。
 物語の内容的に、オールスターキャストとはいかなかっただけが残念ですが――これはまあ仕方ないところでしょう。

 残念ながら7年前に本作が刊行されて以来、小説版は後に続いていないのですが――しかしこういう作品であれば、ぜひまた読んでみたい、と思える一冊であります。


 しかし本作、小説ではあるものの、どう見ても天鬼のキャラは声優の当て書き状態で、ぜひアニメでも観てみたい――と思うのは、これはおそらく私だけではないでしょう。

『小説落第忍者乱太郎 ドクタケ忍者隊 最強の軍師』(阪口和久&尼子騒兵衛 朝日新聞出版) Amazon

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2020.11.30

正子公也『水滸 一百零八将』 日本一の水滸伝画集、中国で刊行!

 このブログでは基本的に一般に手に入るもの、入れられたものを対象にしていますが、今回紹介するのは微妙にそこから外れるかもしれません。絵巻作家・正子公也の水滸伝画集『絵巻水滸伝 梁山豪傑壱百零八』の中国版『水滸 一百零八将』の紹介であります。

 三國志や戦国もの(特に最近は後者が多いでしょうか)を中心に、美麗かつ迫力満点、そして何よりも対象のことを深く理解していて初めて成立する、物語性を深く感じさせるイラストを描く正子公也。
 しかし水滸伝ファンにとっては、言うまでもなく日本で描かれた水滸伝において、その原典の理解度と面白さで頂点にある(断言)『絵巻水滸伝』のビジュアル担当であり――言い替えれば日本一の水滸伝絵師であります。

 その正子公也が水滸伝のイラストが初めて(少なくとも一定数以上まとめて)掲載されたのは1997年の『水滸伝 天導一〇八星 好漢FILE』かと思いますが、私はその時からの大ファン。そしてその作者が梁山泊の好漢百八人全員を描いた画集が、1999年にグラフィック社から刊行された『絵巻水滸伝 梁山豪傑壱百零八』であります。
 一部の好漢のみだった『好漢FILE』掲載作品だけでも素晴らしかったものが、百八人全て勢揃いした時のインパクトたるや――冗談や誇張抜きで呆然とさせられたほどだったのを今でも思い出します。

 その後、この画集は2006年に『絵巻水滸伝』の書籍化と合わせて魁星出版から(収録作品にはほとんど変更はないものの、好漢の渾名の英語名など修正を加えて)復刊されましたが、以来残念ながら絶版となっております。

 それが今年になって、水滸伝の母国である中国の人民文学出版社から、全4巻の正子公也画集『正子公也の宇宙』の第1巻として発売される――というニュースを知った時は、ある意味凱旋帰国という点は喜んだものの、正直なところ、日本版両方とも持っていることもあり、そこかで感心をそそられませんでした。
 しかしその内容が決定版とも言うべきもの――これまでの版では好漢の並びが作中の登場順であったものが席次順に変更され、さらに『絵巻水滸伝』の第一部の中で印象的な装画、さらに第二部の遼国篇と田虎王慶篇の表紙も収録されていると公式ブログで見れば、むむっとこないはずがありません。

 しかしさすがに中国国内のみでの発売のものだからこればかりは仕方ない――と思っていたところに、少数ながら国内でも通販されると知り、慌てて飛びついた次第であります(と言っても本当にギリギリのところだったのですが……)


Img_20201129_213946_1 さて、実際に届いた画集はといえば、これが写真で見れば判るように、縦横でいえば一回り、厚みでいえば倍近く違う外観。縦横はともかく厚みがここまで異なるのは、実は日本版は一ページに好漢一人、すなわち見開きで好漢二人だったものが、この中国版の百八星のパートは、見開きで好漢一人に変更になっているためであります。
 左側のページに好漢名が大きく迫力ある字体で記され、その他に日本版の巻末に収録された森下翠による好漢列伝の中国語訳や好漢の英語名等を掲載。そして右側に正子公也のイラストが掲載される形となっています。

 ちなみに本書は四章構成、「三十六天コウ星」「七十二地サツ星」は百八人のページですが、作中の名場面は「流星幻影」、第二部の表紙は「万里征途」――と、実にシビれる章題となっています。
(その他細かい仕様は、公式ブログの記事を参照)

 それにしてもこの中国版の百八星のページは、正子公也の画集としては言うまでもなく、水滸伝の百八星図鑑としても優れたものとなっている――としか言いようがなく、水滸伝ファンとしては、良いものを手に入れた! というほかありません。
 もっとも、日本版では、原典でペア扱いだった好漢たちは見開きで並ぶことを想定したような構図(例えば見開きで対峙する形の呂方と郭盛、阿吽の形で大見得を切っている杜遷と宋万など)になっていたものが、切り離されてみると――これはこれでもちろん成立しているものの――また違って見えるのは、ちょっと不思議な印象がありました。


 何はともあれ、少し早い自分へのクリスマスプレゼントとなったこの画集(作者のサイン入りの上、おまけで素敵なクリスマスカード(写真左)が!)。
 来年は『絵巻水滸伝』がついに完結することになりますが、最後の最後まで、いやその先まで応援していこう! と誓いを新たにした次第であります。


 しかし、見落としかもしれませんが、大事な人が一人抜けているような……(いや、作中の絵はあるのですが)


『水滸 一百零八将』(正子公也 人民文学出版社)


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2020.11.29

百舌鳥遼『鎌倉鬼譚 大江広元残夢抄』 異能の政所別当、鬼と魔に挑む

 先日来、再来年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』のキャスティングが話題になっていますが、ある意味タイムリーな作品――鎌倉幕府の創生期に源氏三代、そして北条氏を支えた政所別当・大江広元を鎌倉を陰から守る陰陽術の達人として描いた、極めてユニークな設定の物語であります。

 源頼朝、頼家亡き後、三代将軍実朝を支え、政所別当として奔走する広元。その彼を夜毎悩ますのは、頼朝と頼家の亡霊が恨みを訴えてくる夢、そして世にも恐ろしい風貌をした巨大な黒鬼が空から降り立つ夢でありました。
 蛍惑星の人と呼ばれた異才・大江匡房の子孫であり、自らも鬼一法眼直伝の陰陽術の遣い手である広元は、これが何者かの術に因るものと断じ、密かに調べ始めることになります。

 その頃、鎌倉を騒がしていたのは御家人ばかりを狙った辻斬り。その魔手は広元にも迫るのですが、彼の前に姿を現した相手はまさしく「鬼」と言うべき奇怪な怪物だったのであります。
 さらに時同じくして、共に幕府を支えてきた執権・北条義時と侍所別当・和田義盛が、不可解なほどに感情をぶつけ合い、一触即発の状態に。この一連の事態の陰に、「鬼」と、さらに恐るべき存在を察知した広元ですが、時既に遅く、最悪の事態が勃発して……


 比較的フィクションの題材となることが少ない鎌倉時代。源氏三代(と元寇)はその数少ない例外ですが、しかしそんな中でも、大江広元を主人公とした物語はほとんどなかったのではないでしょうか。
 源頼朝に招かれて京から鎌倉に下向し、はじめ公文所別当、後に政所別当として、文と政によって鎌倉幕府を支えた広元。しかしあくまでも武士ではなく貴族出身の彼の存在は、いささかならず地味に感じられるのですから。

 しかし本作で語られているように、彼は異才を以て知られた大江匡房の子孫。この匡房は学者・歌人であると同時に兵法にも優れ、あの源義家の師であったという伝説が残る、不思議な人物であります。
 そしてその曾孫である広元には――あまり(伝奇的に)面白いエピソードはないのですが、武人だらけの鎌倉の中で、数少ない文人として幕府を支えた彼に、武に対する術の人というキャラクターを与えたのは、本作のユニークな着眼点であることは間違いありません。


 その一方で、彼の敵となる「鬼」、そしてその背後の魔の正体は、これはこの時代の伝奇ものの定番中の定番で、人によってはすぐにわかってしまうのがいささか残念なところではあります(そもそも、版元などの作品紹介では明示されてしまっているのですが……)。
 また、その魔に操られた人々によって、史実の上でのある事件が引き起こされたという展開も、いささかストレート過ぎるように感じられます。

 こうした点は正直なところ勿体なく感じられるのですが――しかし終盤の魔との決戦は、広元だけでなく、意外な人物の意外な活躍もあり、なかなか盛り上がるところではあります。
 また、出番はそこまで多くはないものの、義盛の子であり、豪勇を謳われた朝比奈義秀のキャラクターは魅力的で、特に終盤で描かれる「鬼」の正体との繋がりは泣かせどころ。そこから彼のある伝説に繋げていく結末も巧みであります。


 本作はそれ自身で物語は完結はしていますが――しかしまだまだ混沌と動乱の時代である鎌倉初期。何よりも本作で広元が支えた実朝にも、この後過酷な運命が待つわけですが――その中で陰陽師・大江広元がどのような役割を果たしたのか、この先の物語を見てみたい気持ちは、確かにあります。


『鎌倉鬼譚 大江広元残夢抄』(百舌鳥遼 青燈舎) Amazon


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