入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)



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2024.04.13

木下昌輝『剣、花に殉ず』 剣と友情に生きた男が最後に辿り着いた場所

 これまで宮本武蔵を題材とした長編を二篇発表してきた作者が、その武蔵が最後に立ち会ったという剣豪・雲林院弥四郎を主人公として描く剣と友情の物語であります。剣の名門に生まれ、己の剣に悩みつつも、終生の友である細川忠利のために死地に赴く弥四郎。彼が最後に辿り着いた場所とは……

 鹿島新当流兵法の奥義「一の太刀」の伝承者である父とともに、修行の旅を続けてきた雲林院弥四郎。しかし関ヶ原の戦の際、父と石垣原の戦いに参加した弥四郎は、そこで宮本武蔵と遭遇、彼の自由奔放な太刀筋に圧倒されながら、強く惹かれることになります。
 味方の裏切りもあって敗走した弥四郎は、以前から感じていた新当流の剣に飽きたらぬ想いをいよいよ強くし、父の死を契機に流派と袂を分って江戸に出るのでした。

 そこで自分同様、強さを求めて武術の腕を磨く男たちと友誼を結び、共に汗を流す弥四郎は、とある大名の小姓だという少年・光に、剣を教えることになります。
 やがて仲間たちが戦場を求めて海を渡るのに対し、一度国元に帰った後、家を出て外つ国に渡ると語った光を待って、江戸に残る弥四郎。そんな弥四郎の前に見違えるような姿で現れた、光の真の名は……


 本作は、この弥四郎の新当流との決別と、光こと細川光千代――すなわち細川忠利との出会いをいわば序章として展開する物語であります。

 忠利に細川家への仕官を求められながらも、「友のままでいたいから」と断った弥四郎。彼はその言葉を守り、友として、忠利のために剣を振るうことになります。
 大坂の陣で豊臣側に入った忠利の兄・興秋。細川家お取り潰しを狙う幕閣。九州で蜂起せんとするキリシタン。ついに勃発した島原の乱を率いる天草四郎。そして忠利の弟を指嗾して追い落としを図る細川忠興――弥四郎と忠利が出会ってから約四十年の間に、幾度となく忠利と細川家を窮地に陥れる相手に、弥四郎は挑むのであります。

 そんな弥四郎は、武蔵を含めて、これまでどこか陰性の、あるいは受け身の主人公が多かった印象のある作者の作品には比較的珍しい、陽性で豪快な造形のキャラクター。
 普段は道場の用心棒として暮らし、事あらば弟分の元風魔忍びの宇多丸を連れて乗り出す彼の姿は、その行動理由も含めて、まず剣豪ヒーローと呼んでよいといえるでしょう。

 しかしもちろん、そんな弥四郎にも、背負ったものが、そして内に秘めたものがあります。父から学んだ流派を捨ててまで拘った己の剣――自分の中でもどこに向かうべきか、どこが終着点なのかわからぬままで彼が歩む剣の道は、本作の縦糸として描かれることになります。
 そんな彼の前に立ち塞がるのは、あの足利義輝の落胤である非情の剣士・足利道鑑、その息子で、自分では相手を斬らず相手の前に出した刀で自らを斬らせる魔剣士・西山左京といった新当流の強敵たち。彼らの存在は、ある意味迷える弥四郎を映す、一種の鏡のような存在といえるかもしれません。

 そして何よりも、弥四郎の剣の道は、宮本武蔵へと続いています。
 かつての戦場での出会い以来、弥四郎の心の中にあった武蔵。いつの日か武蔵と戦いたい――その想いを抱きつつも、武蔵と出会うことができず、そしてついに出会った時には武蔵が剣を捨てていた(この辺りのエピソードは、作者の『孤剣の涯て』を読んでいると胸が塞がる想いがします)という運命の皮肉に、弥四郎は翻弄されることになります。


 しかし、それでも道をたゆまず歩み続けた者のみがたどり着ける境地があります。物語の結末において、ついに忠利を前にして武蔵と対峙した弥四郎。そこで彼が武蔵に語る剣の道とは――そうか、そういうことか! と、誰もが強く胸を打たれることでしょう。
 江戸で紅白の椿という花をきっかけに始まった忠利との友情、戦場で武蔵と出会ったことをきっかけに踏み込んだ新たな剣の道――様々な戦い、出会いを別れを経た末に、その二つが絡み合い、一つの美しく、爽快極まりない境地を描く様には、ただ嘆息するほかありません。

 作者がこれまで描いてきた宮本武蔵の物語とはまた異なる角度で描かれた――それでいて武蔵にとっても一つの結末ともいえる――剣と友情の物語。それは己の道に迷う者たちの、強い支えとなる物語だと感じます。


『剣、花に殉ず』(木下昌輝 KADOKAWA) Amazon

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2024.04.12

田中文雄『髑髏皇帝』 後醍醐帝の魔に挑む少年二人、足利直冬と北条時行!

 足利尊氏の庶子・直冬、そして北条高時の遺児・時行が、後醍醐天皇に憑いた奇怪な魔物と対峙する時代ホラー長編です。尊氏に都を追われ、吉野に逼塞する後醍醐天皇の前に現れた異国の魔――吉野で相次ぐ奇怪な事件の謎を追う若き武士たちが、魔に挑みます。

 本作の舞台となるのは、鎌倉幕府の滅亡、建武の新政の失敗、南北朝の動乱と、うち続く動乱の時代。その渦中でそれぞれに父母と早くに引き離され、肉親の温かみをほとんど知らぬ中、打ち続く戦乱の中で懸命に生きてきた二人の少年が、主人公であります。

 若き日の足利尊氏と土地の娘の間に生まれながらも、何故か尊氏に強く疎まれ、庶子として鎌倉の寺に預けられた足利直冬。その尊氏らによって鎌倉幕府を滅ぼされ、父・北条高時や兄を始めとする一族郎党を失い、諏訪に逃れた北条時行……
 鎌倉幕府滅亡後、寺を出た直冬は、叔父・直義の養子として育てられ、後醍醐天皇方と袂をわかった足利家の一員として戦うことになり――一方、諏訪で育った時行は、北条の遺児として起ち、一度は鎌倉を奪還するも敗北、ただ一人北に走り、北畠顕家の庇護を受けることになります。

 そして各地を転戦する中、吉野の後醍醐天皇の下に使者として赴き、そのまま吉野守護を命じられることとなった時行。そこで年の近い楠木正成の遺児・正行と交誼を結ぶ時行ですが、やがて吉野で奇怪な事件が続発しているのを知ります。
 次々と姿を消す後醍醐天皇の侍女、何者かによって奇怪な死を遂げた足利方の暗殺者たち――そんな中で正行の前には父の亡霊が現れ、時行は夜に響く不気味な女たちのすすり泣きを耳にするのでした。

 一方、高師直が独断で送った暗殺者たちの謎めいた死の様を知った尊氏は、不吉な予感を覚え、直冬を密かに吉野に送ります。そこで直冬は、今は亡き新田義貞の愛妻・勾当内侍が、奇怪な女怪たちに襲われるのを目撃、駆けつけた時行と肩を並べて魔物と戦うことになります。
 復命した直冬に、後醍醐天皇が以前隠岐に流された際、そこで出会った元軍の亡霊が憑いていると語る尊氏。そして尊氏の命の下、直冬は時行と呉越同舟、魔物と対決すべく、隠岐に向かうことに……


 というわけで、いまや一気に知名度が上がった北条時行と、これから上がるであろう足利直冬を主人公とした本作。
 作品が発表されたのは今から約30年前の1995年ですが、現在の状況が予見できるはずはないにせよ、その着眼点のユニークさは、さすが様々な(伝奇)ホラーを発表してきた作者だと感心させられます。

 なるほど後醍醐天皇といえば、教科書に記される事績だけでも非常にユニークな人物。それに加えて、かの立川流の大成者とも言われ、本作でも出番の多い文観上人に帰依していたといわれるなど、伝奇ものの題材にぴったりな人物であります。
 そこにさらに、かつて帝が隠岐に流されていたことから、元寇と絡めてみせたのは、実にユニークな着想というべきでしょう。

 そしてその異国の怨念と帝の妄念が結びついた魔物――ある意味戦乱の象徴のような存在にに挑むのが、直冬と時行(そして出番は少ないものの正行)という、父の世代が起こした戦乱に翻弄された、この時代の申し子というべき少年たちという構図も、巧みと感じます。


 このように設定、キャラクターともに実に魅力的な本作なのですが、実際に読んでみれば、鎌倉幕府滅亡から南北朝動乱までの歴史のダイジェスト、つまり物語の前史ともいうべき内容が、全体の七割ほどを占めているのに驚かされます。

 もちろんこのダイジェストがなかなか良くできている上に、随所に直冬と時行の視点が入り、本編(?)と密接に結びつく内容ではあるのですが――時代伝奇ホラーを期待して読み始めたのに、なかなかそれが始まらないと鼻白むのも正直なところです。
 どうしても読者の多くに馴染みの薄い時代、馴染みの薄い人物を描くのに、それだけの必要であったのだろうとは思いますが……

 ちなみに本作の尊氏は、ある理由で直冬を遠ざけつつも、そこまで厭な人物ではなく、むしろ終盤は主人公たちの後ろ盾になる立ち位置。後醍醐天皇のことも最後まで信じ、救おうとする、ある種の人の良さも、それなりに納得できます。
 そんな尊氏が後醍醐天皇と袂を分かつのが、文観の増長であったり、直義の強硬派ぶりだったりするのも、なかなかうまいアレンジというべきでしょうか。


 そんなわけで、構成には難があると言わざるを得ないのですが、やはり題材の独自性・新奇性は大いに光るものがあります。万人にお勧めする――とはいえないものの、いまは電子書籍で手軽に読めるだけに、興味のある方は手を取ってみていただければと思います。


『髑髏皇帝』(田中文雄 アドレナライズ) Amazon

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2024.04.11

松井優征『逃げ上手の若君』第15巻 決着、二人の少年の戦い そしてもう一人の少年

 捲土重来を期して北畠顕家の下での戦いを開始した時行と逃者党。その前に立ち塞がるのは、奥州総大将兼関東執事として鎌倉を守る斯波家長であります。杉本寺で周到な防御を固め、あらゆる策で時行に揺さぶりをかける家長との対決の行方は――いま、二人の少年の戦いが決着します。

 「中先代の乱」が敗北に終わり、一度は伊豆に逃れたものの、南朝に帰参し、北畠顕家の下で再起した時行と逃者党。二年ぶりの戦いの緒戦では、かつての関東庇番衆の一人、今は奥州総大将兼関東執事となった家長と激突、勝利を飾るのでした。
 しかしその策士ぶりに磨きをかけた家長は、鎌倉の杉本寺で防御を固め、顕家と時行を待ち受けます。短期決戦を望む顕家は力攻めを決意、時行はその先鋒を務めることに……


 というわけで、この巻の前半で描かれるのは、顕家・時行と家長の決戦である杉山寺の戦い。かつては庇番衆最年少であり、未熟な部分も感じられた家長も、その長い役職名に相応しい実力でもって、時行たちを待ち構えます。
 それも、狭く急な石段の上で待ち構えるという単純明快かつ強固な陣構えだけでなく、捕らえた時行の叔父・泰家を人質に取ることで時行の動揺を誘い、そこにドーピングにドーピングを重ねた長尾景忠が襲いかかるという周到な策。逃げるも戦うもならず、時行たちは絶体絶命の状態に陥ることになるのですが……

 捨てる神あれば拾う神あり。どう見ても新たな仲間だったあのキャラがついに参戦、滅茶苦茶にケレン味たっぷりなアクションで初陣を飾ります。さらに顕家が、それ以上に美しいんだか何だかわからない秘技を披露――新キャラが大活躍して状況を変えるという、新章の冒頭として理想的な展開となります。

 しかしこの先を決めるのは、両軍の大将である二人の少年です。それぞれに大切な人々の想いを背負ってきた時行と家長が、それぞれの持てる力を出し尽くしてぶつかり合う様は、ただ激しく美しく、そして切なく映ります。
 人を食ったようなギャグやパロディを連発しつつも、その中で真摯な人の想いの交錯を真正面から描いてみせる――これは、そんな本作の魅力の一つが存分に描かれた名勝負というべきでしょう。

 そしてその先に家長が見た未来も、これまたいきなりなパロディのようでいて、家長がその生を燃焼し尽くしたことを逆説的に描いているのに、また唸らされるのです。


 そして二年ぶり再びの鎌倉帰還を飾った時行ですが、この巻の後半で描かれるのは、軍の食糧難を解決するために顕家立案で行われる狩猟大会。
 これがまた幕間のコミカルなエピソードかと思いきや(いやその通りではあるのですが)、その中で様々なキャラクターの顔が描かれるのですから油断できません。

 そしてその中でも強くスポットが当てられているのが雫と亜也子――ともに長きに渡り最も近くで時行を支えてきた二人が、時行に対する想いを垣間見せるくだりは、少年漫画らしいドキドキ展開のようでいて、不安定な未来にためらう少女たちが一歩踏み出す姿を瑞々しく描いて、爽やかな後味を残します。
(今の所、イヤミな方言キャラの南部師行をさり気なく立ててみせる展開も実に巧い)


 このように、とにかくキャラの動かし方・見せ方の巧みさに感心させられるこの巻なのですが、最後の最後に、それが極めつけの爆弾となって投下されることになります。

 時行の前に現れた同年代の少年――かつて鎌倉東勝寺の小坊主として北条家滅亡をその目で見届けたというその少年(まさかの第一話からの伏線!)が、父との関係に悩んでいるというのを励ます時行。
 その言葉に力を得て、父と会う決心をつけたその少年の名は……

 いやはや、ここで! ここでこうくるか! と絶句するしかない展開であります。
 史実では時行とほとんど交錯することのないこの人物が、この先物語でどのような動きを見せるのか、またもや未来が気になるヒキなのです。


 しかし時行生存を知った尊氏、「許るさーん!!」と言い出しそうな勢いで……


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2024.04.10

冲方丁『剣樹抄 不動智の章』 明かされた真実 魂の地獄から少年を救うもの

 江戸時代初期を舞台に、明暦の大火によって大切な人を失い、幕府の隠密組織「拾人衆」に加わった少年・了介が、水戸光圀らと共に火付け盗賊集団と対決するシリーズ第二弾であります。ついに光圀が隠していた残酷な真実を知り、地獄に堕ちかけた了介の魂。そんな彼を新たに導く者とは……

 幼い頃に武士に父を殺害され、その後自分を育ててくれた育ての親を明暦の大火で失った少年・了介。大火が火付け盗賊の一味によることを知った彼は、自己流の剣術で一味の一人を襲撃した際に、同じ一味を追っていた水戸光圀と出会うことになります。
 少年少女ばかりの幕府の隠密集団「拾人衆」とともに、火付け盗賊の一味「極楽組」を追っていた光圀。その光圀の誘いで、了介は拾人衆に加わることになります。

 そして前作のラストでは、極楽組の面々を追い詰めたものの取り逃してしまった了介と光圀ですが、本作ではその後も極楽組の手がかりを追う彼らの姿が描かれます。
 そしてそれと平行して描かれるのは、了介の成長――物心ついて以来一つところに留まることなく、一度は孤独の中にあった了介が、拾人衆という場所で少しずつ人間として変化していく、その先が描かれるのです。

 その一つの現れが冒頭の「童行の率先」です。何者かに殺された仲間を追って、独自に行動する拾人衆の少年少女。ついに捕らえた犯人を私刑にかけようとする彼らに対して、了介はある行動にでることになります。
 復讐の念に駆られ、相手と同じ立場に堕ちようとする仲間たちと相対する了介――ここで描かれるその姿には、かつてとは大きく異なるものがあります。そしてそれに対する仲間たちのリアクションもグッとくるのですが――それが今後の物語に大きな意味を持つことになります。


 極楽組の後を追う中で、互いに疑心暗鬼に駆られる光圀ら御三家側と、老中ら幕閣側。そんな中で光圀は、かつての悪仲間たちが極楽組と繋がりを持っていると知ります。一方、町奴に絡まれた了介は、斬りかかってくる相手の刀を奪い取り、そのまま相手の鞘に突き戻すという神業を見せる男――柳生列堂義仙に救われるのでした。

 さる人々から頼まれたと現れた義仙を加え、かつての仲間である旗本奴を捕らえた光圀。しかしそれをきっかけに、光圀は了介に真実を語る覚悟を決めます。かつてこの悪仲間たちに唆され、了介の父を殺したことを。

 これまで了介に身分を超えた親しみを持って接してきた光圀――しかし彼こそ、かつて了介の父を無惨に殺した張本人であることは、前作の時点で読者に明かされていました。
 それがいつ了介に明かされるのかという、読者にとっての大きな関心事が、本作の折り返し地点で、描かれることになります。

 これまでも姿も名もわからぬ仇に復讐心を抱き、腕を磨いてきた了介。その仇が、身分の違いを超えてある種の親しみを持っていた光圀であったと知った時、その裏切りに対しどう出るか――いうまでもないでしょう。
 そしてそれは、シリーズのタイトルである剣樹――刃の枝葉を持つ樹に貫かれる魂の地獄に、彼が堕ちることを意味します。

 しかしその地獄が生まれる寸前、いとも簡単に了介を止め(ついでに光圀に一撃を与え)、「鬼を人に返します」と告げて了介を連れ去る義仙。物語はここで(これまで描かれてきた御三家と老中の反目の真相が明らかになったこともあり)第二部というべき展開に入ることになります。


 以降、物語後半では、義仙によって旅に連れ出された了介が、江戸から逃れた極楽組を二人で追うことになります。そしてそれと重ね合て描かれるのは、旅の中で義仙が不動智――一つところにとらわれることない、融通無碍な心の在り方を了介に学ばせる、一種の修行の姿なのです。
 義仙が求める活人剣の道と重なるその道、一種の理想論とも感じられるそれが、地獄に踏み込みかけた了介の心を本当に変えることができるのか? その疑問を、本作は丹念に彼の心の動きを描くことで答えてみせます。

 そもそも、これまでの了介の心の旅路は、決して無駄ではないことを、物語は描きます。皮肉な形で裏返されたかのように見えた「童行の率先」の結末――しかしそれは決して無意味ではなかったことが、義仙の存在自体を以て描いているのですから。


 もちろん、了介の心は迷いの中にあります。そして義仙が語るように、光圀が誰かに利用されて了介の父を斬ったのか(了介の父の死に他の意味があったのか)も謎のままです。
 さらに、了介の存在が、光圀の政敵に利用されかねない状況の中で、二人の旅がこの先いかなる旅路を辿るのか――今年六月に刊行されるという完結編が楽しみでなりません。


『剣樹抄 不動智の章』(冲方丁 文春文庫) Amazon

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2024.04.09

馬伯庸『両京十五日 Ⅰ 凶兆』 南京から北京へ、決死行を描く「歴史冒険小説」の傑作

  記念すべきハヤカワ・ミステリ2000番は、『長安二十四時』『三国機密』の原作者による、歴史冒険小説の傑作。十五世紀の明を舞台に、皇位を狙う巨大な陰謀に巻き込まれた皇太子が、たった三人の仲間と共に南京から北京までわずか十五日間で向かう姿を描く、一大スペクタクルであります。

 時は1425年、明の第四代皇帝・洪煕帝の時代――北平(北京)から金陵(南京)への遷都が計画される中、南京に遣わされた皇太子・朱瞻基の船が、南京に到着したところで大爆発。船の乗員のみならず、岸に出迎えに来ていた役人たちの多くが爆発に巻き込まれ、無数の死傷者が出ることになります。

 偶然、船尾にいたことで川に吹き飛ばされた朱瞻基を助けたのは、南京一番の捕吏・呉不平――の不肖の息子であり、ろくでなしのドラ息子の呉定縁。相手の正体に気付かない呉定縁によって、爆破事件の容疑者として取り押さえられた朱瞻基は、下級官僚の于謙が気付いたことでようやく解放されたものの、再び何者かの襲撃を受けるのでした。
 于謙に助けられて逃れる朱瞻基ですが、敵がどれだけいるのか、味方が誰なのか、全くわからない状態。再度の襲撃を予見していた呉定縁を仲間に加えた二人ですが、やがて南京の禁軍を指揮する朱卜花までが敵に回っていることが判明します。

 手元に届いた密書により、北京でも異変が起きていることを知り、十五日以内に北京に帰って謎の敵の企てを暴かなければ、父の命が危ないことを悟った朱瞻基。
 朱卜花に深い恨みを持つ女医・蘇荊渓を仲間に加え、南京脱出を目指す一行ですが、その前には禁軍に加え、敵に協力する白蓮教の妖人が立ち塞がります。孤立無援の状況で、絶望的な逃避行を繰り広げる一行の運命は……


 というわけで、明代の南京で大規模な爆破テロが発生という、ド派手かつ大胆な発端(にしても『長安二十四時』といい、作者は爆破テロを題材にするのが好きなのでしょうか)に始まり、周囲の全てが敵となった中を、皇太子とわずか三人の仲間たちが決死行を繰り広げる本作。
 とにかく始まってから一瞬たりとて止まることなく、危機また危機の連続で――それがまた、一つとして同じものがないためにダレることがない――一気呵成に物語は進んでいくという、まさに一読巻措く能わざるとは本作を指すためにあると言いたくなる物語です。

 そしてその物語展開と同時に感心させられるのは、主人公たちの人物造形であります。
 戦場経験もあり、決して単なるお坊っちゃんではないものの、しかしやはり世間知らずで一行の足をひっぱりがちな朱瞻基。
 科挙に合格しながら、あまりに剛直な物言いを疎まれて左遷された官吏であり、一行唯一の常識人だが頭の固い于謙。
 腕利きの父にも似ず、酒浸りで遊郭に出入りする皮肉屋のろくでなし――でありながら実は切れ者で南京の裏の世界に通じた呉定縁。
 医術に加えて人間の心理にも通じた優秀な女医である一方で、親友の仇討ちのためには別人のような苛烈さを見せる蘇荊渓。

 生まれも育ちも性格も全く異なる、この事件がなければ決して出会うことがなかった四人が、生き延びるためにやむを得ず手を携え、時にぶつかり、時に協力しながら絆を育んでいく――定番といえば定番ですが、この絶望的な状況だからこそ、その結びつきは一層強く感じられます。
(特に過去に秘密をもつ、やさぐれの切れ者という呉定縁は、誰と絡んでもおいしすぎる、見事なキャラ造形であります)


 しかしその物語展開もキャラクターも、歴史ものとしての枠の巧みさがあるからこそ成り立ちます。

 本作のタイトルにある両京――北平(北京)と金陵(南京)、二つの都があり、北から南へと遷都が行われようとしているこの時代と、本作の物語は一体不可分であります。
 それは単に本作が二つの都の間の旅を描く物語だからではありません。その旅の中で描かれる(そしてそこで朱瞻基が学んでいく)社会の在り方が、そしてそこで生きる人々の姿が、この物語に必要不可欠な要素として存在し、物語とキャラクターを走らせる原動力として機能しているからなのです。

 だからこそ本作は「歴史冒険小説」の傑作と呼ぶにふさわしい――そう感じます。


 さて、苦闘の末に南京を脱出し、北京に向かう一行ですが、次々と襲いかかる危難の数々に満身創痍。この巻のラストではついに仲間の一人が――という展開となります。
 はたして彼らの運命は、そして物語の結末に何が待つのか!? 完結編である第2巻も近日中にご紹介いたします。


『両京十五日 Ⅰ 凶兆』(馬伯庸 ハヤカワ・ミステリ) Amazon

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2024.04.08

5月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 いきなり暖かくなって桜も咲いて――と言っている間に、もう5月の新刊情報が。しかし5月は悲しいくらい新刊が少ない。悲しみをこらえて、5月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 というわけで文庫小説が非常に少ない5月、最も気になるのは『うろうろ舟 瓢仙ゆめがたり(仮)』(霜島けい 光文社文庫)。どうやら江戸時代後期に大森のお化け屋敷を作った医者・瓢仙が登場するらしく、内容的にも作者的にも気になるところです。

 その他、新装版で『新・若さま同心 徳川竜之助 5 薄闇の唄』(風野真知雄 双葉文庫)が、また内容的にホラーが含まれることを期待の『ササッサ谷の怪 コナン・ドイル未紹介小説傑作選』(中央公論新社中公文庫)がある程度です。

 これではあまりに寂しいので、4月の追加分、単行本では、『火の神の砦』(犬飼六岐 文藝春秋)、『さまよえる神剣』(玉岡かおる 新潮社)、『歴屍物語集成 畏怖』(天野純希&西條奈加&澤田瞳子&蝉谷めぐ実&矢野隆 中央公論新社)となかなかのラインナップ。特に『歴屍物語集成 畏怖』は、この顔ぶれで歴史ホラーの連作を! という、期待しかない一冊です。


 一方、漫画の方はそれなりの点数が並びますが、なんといっても筆頭は『信長のシェフ』第37巻(梶川卓郎 芳文社コミックス)。実に13年の連載をどのように終えるのか、これは必見です。

 その他、今回も時代順に並べると、『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』第6巻(伊藤勢&夢枕獏 KADOKAWAヒューコミックス)、『修羅の刻』第21巻(川原正敏 講談社コミックス月刊マガジン)、『大江戸ブラック・エンジェルズ』第5巻(平松伸二 リイド社SPコミックス)、『イクサガミ』第4巻(立沢克美&今村翔吾 講談社モーニングKC)、『神様の用心棒』第3巻(冬野ケイ&霜月りつほか KADOKAWA角川コミックス・エース)、『八百万黒猫速報』第2巻(浅井海奈 KADOKAWAハルタコミックス)、『MAO』第20巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス)と並びます。

 また海外ものでは『オーディンの舟葬』第2巻(よしおかちひろ コアミックスゼノンコミックス)が登場します。


 というわけで、来月はゴールデンウィークから積ん読解消に努める月にするのがよいかもしれません……



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