夢源氏剣祭文
父・藤原秀郷を訪ねての旅の途中に母を亡くした少女・茨木は、黒蔵主なる鬼に襲われて耳を噛まれ、鬼の毒により年を取らない体となってしまう。いずれは千年の魔鬼と化す宿命を見抜いた安倍晴明の導きにより一度は大江山で眠りにつくも、やがて目を覚まし都に出た茨木。彼女を待っていたのは、羅城祭開催に向け奸計を巡らす藤原一門に命を受けた源頼光による鬼騒動だった。果たして茨木の運命や如何に――
平安時代を舞台にした伝奇ロマンの大快作。年に百作以上伝奇時代もの、時代ものを読んでいれば、いいかげん作品に対して冷静に接するようにもなってくるものですが(…そうか?)、この作品に関しては、薄幸…というより明らかに不幸な主人公・茨木の運命にハラハラしっぱなし。特に中盤の坂を転がるような茨木の転落ぶりは、「史実」に残る茨木童子の運命から鑑みて明るい未来は想像しにくいだけに、真剣に気持ちが暗くなったり心配したりと感情移入しまくりでした。
そうした優れたエンタテイメントである一方、作品の早い段階で「見える鬼=いわゆる人ならぬ者としての鬼」と「見えぬ鬼=権力とそれに対する執着」という2つの「鬼」の概念が提示され、登場人物のそれぞれが、その両者の間で揺れ動き、物語を紡いでいくのがまた味わい深い。人の心が見えぬ鬼を生み、そしてその見えぬ鬼により脅かされた人々が、見える鬼と化していく。物語の中に様々な形で登場する「鬼」は、陳腐な言い方かもしれませんが、人間の業の象徴なのでしょう。言い換えればこの作品を貫くテーマは、鬼とは何か――裏返せば人間とは何かという普遍的かつ重いものと言えます。さすがは小池一夫先生。
ちなみにこの作品、上に上げたほかにも、平将門、藤原純友、八百比丘尼、芦屋道満、藤原道長、渡辺綱、金太郎etc.と平安時代の有名人、オールスターが勢揃い。歴史を知っている方であれば、あれ、ちょっと時代ずれてない? と気づくかと思いますが、何せ茨木は年を取らないという設定なのでそこもまたうまいところ。時代伝奇ものとして、一風変わったお伽ばなしとして、そしてそれらの姿を借りた優れた人間ドラマとして、少しでも多くの人に読んでいただきたい作品です。
おまけ話。この作品、NHK-FMのラジオドラマ「青春アドベンチャー」でドラマ化されているようですが、このシリーズ、改めて見るともの凄いラインナップですね。いわゆるYA向けノベルから新本格、SF、歴史時代ものまで非常に幅広いラインナップで、ちょっと聞いてみたくなる作品が山のように…が、その中にあの「妖異金瓶梅」が入っていたのにはさすがに驚きました。いいのか、そんなんやって。
「夢源氏剣祭文」全2巻(小池一夫 毎日新聞社) Amazon bk1
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