一休シリーズ長編第4弾。長編シリーズの方は今のところ毎回ロードノベルとなっていますが、今回も京から駿河へ、趣向を凝らした物語となっています(マヌケな感想で恐縮ですが、よくぞまあ、毎回毎回異なりつつも魅力的な「敵」と「目的」を設定できるものだと感心します)。
読み終わってから冷静に考えると、キャラ数は抑えめで、ストーリー自体もさほど複雑というわけではないのですが、きっちりと、そして執拗に書き込まれた世界観と異界観(?)の描写の巧みさ、面白さで普通の作品の1.5倍はあろうかという分量でもダレることなく、一気に読むことができました(特に作中の異界描写には、作者の初期の代表作・逆宇宙シリーズのそれを感じ取り思わずニンマリ)。
何よりも面白いのは、一休が今回追い求めることとなる天の瓊矛の設定と、物語の背景世界を支える中世神話、なかんづくその日本誕生秘史でしょう。天の瓊矛については作品のネタバレになりかねないので伏せますが、中世神話の世界観は、そこらの伝奇小説やファンタジーなど及ばないような不可思議かつ魅惑的なもの。そしてホラーファンであれば、神により世界から追放されながらも復権を虎視眈々と狙う異神、という設定には、あのクトゥルー神話のそれと重なるものを感じ取るのは容易いことだと思います。
そうした背景設定を受けてか、今回の一休の冒険行は、これまでのそれと聊か趣を異ならせているようにも感じられます。うまくはいえないのですが、物語全体に不思議な紗がかかっているというか…作中で一休が陥る混沌の世界に、こちらも取り込まれているような、というのは言い過ぎかもしれませんが、おそらくはこれまでの長編シリーズ中、最も幻想色の強い作品でしょう。
伝奇時代小説ファンのみならず、ホラーファン、ファンタジーファンにも読んでもらいたい作品だと感じます。
個人的にはもう少し天の瓊矛と、「魔仏」という魅力的な存在の在り方をねっちりと絡めて書いてもよかったかな、という印象はありますが、中世神話を背景とした「魔仏」と一休の対峙はこれがむしろ序章。中世神話の世界で一休がいかなる冒険を見せてくれることか、これから先も大いに期待できそうです。
追記:
これはもちろん私の勝手な想像ですが、中世神話の日本誕生秘史の存在を知って誰よりも狂喜したのは、ほかならぬ作者自身だったのではないでしょうか。
作者が昔から追い続けてきたクトゥルー神話の世界が、今最も得意とする中世日本の歴史世界に、向こうから飛び込んできたようなものなのですから――
クトゥルー神話の本質と魅力は、その特異な神々や魔道書の名称・存在といった一種の固有名詞にあるのではなく、「正統」な神々や宗教に対峙・対比して描かれる世界観そのものにあると私は考えています。
このような視点から眺めてみると、この作品が、日本を舞台として描かれたクトゥルー神話を描くこと――そしてそれは簡単なようで実は非常に難しいことであることが過去の様々な作品が証明しているように思うのですが――の、一つの優れた答えとして私には感じられました(それはもちろん、作中に登場するある土地が、クトゥルー神話中で有名なあの土地を明らかに意識して描写されている、という表面的な点を考えに入れずとも、です)。
もしかすると、本当の意味で日本発のクトゥルー神話が誕生しつつあるのかもしれません…というのはファンの誉めすぎかもしれませんが、そんな印象すら受けるのです。
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