悲恋の太刀 織江緋之介見参
サルベージシリーズその2。最近続編が出た、上田秀人先生の新シリーズ第1弾であります。
物語の舞台となるのは吉原。その吉原にふらりと現れた謎の青年剣士、そしてそれを受け入れるこれまた謎を抱えた吉原の惣名主とくれば、否が応でも思い出されるのは隆慶一郎先生の「吉原御免状」でありますが、この作品は、隆先生のそれとはまたベクトルを異にしつつも、面白さでは決して劣らない作品となっています。
上田先生の作品に一貫するのは、誰もが知る歴史の背後で張り巡らされる権力者の陰謀と、それに立ち向かう個人の剣というモチーフ。私は単行本化された上田作品は全て読んでいますが、読む度に、よくもまあこれだけ「表の史実」に影の如く張り付く「裏の史実」を考えつくことができるものだと感心させられています。
そして、その一方で、作品が単なる陰謀小説にも政治小説にもならず、痛快なエンターテイメントとして成立させているのは、そんな影の歴史とそれを隠そうとする者たちに立ち向かう剣士たちの活躍。理不尽な暴力にも権力にも屈せず、正義の剣を振るう剣士というのは、一歩間違えればうさんくさい、リアリティのない存在になりかねませんが、そんなことを微塵も感じさせないのは、これは作者の筆力と言うしかないでしょう。
この作品でもそんな上田作品の魅力は遺憾なく発揮されていますが、これまでの作品よりも一段とひねってあるのは、主人公である緋之介の正体が伏せられている点。物語の背景に存在する秘密に加えて、主人公自体が抱える秘密があることで、物語により一層の深みと、ダイナミズムが生まれたと言えるでしょう。そしてまた、物語後半で明かされる緋之介の正体と、なぜ正体を隠して吉原に現れたかという秘密については、なるほど! と感心させられました。
そしてラスト、物語を貫く二つの秘密が交差して(その舞台となるのが、史上有名なあの事件というのがまたうまい)、その結果緋之介が手にすることとなるものは――正直なところ、タイトルである程度予想はついていたのですが、それでもなお切なく、そしてこの先、緋之介がどのような道を歩むことになるのか、気にかけずにはいられませんでした。
「悲恋の太刀 織江緋之介見参」(上田秀人 徳間文庫) Amazon bk1
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