「現実」があるからこその優しさ 「ものぐさ右近義心剣」
鳴海丈先生の人情連作活劇第3弾。この巻には7編の短編と、書き下ろしの幕間1編が収められています。
鳴海先生と言えば、普段はバイオレンス&エロスで鳴らす時代小説家。そんなわけでこのシリーズの第1弾「ものぐさ右近風来剣」を手に取った時には、正直なところ、「え?」という気持ちでした。鳴海先生、宗旨替えしたのかしらん、と――そして本当に申し訳ない話なのですが、人情ものを書けるのかなあ、と。
しかし一度読んでみれば、それが全く杞憂であることがわかりました。そして後書きによれば、鳴海先生が尊敬する作家に、山手樹一郎先生がいることも。山手先生といえば、明朗時代小説・人情ものの第一人者、というより神様のような方。なるほど、そういうことでありましたか、と納得しました。
このシリーズの主人公は、天下の素浪人・秋草右近。箪笥に手足を生やしたような、と形容される巨躯の持ち主で鬼貫流抜刀術の達人ですが、人を斬るのが嫌いで腰のものは刃のない鉄刀、という一風変わった好漢であります。非人間的な武家社会のやり方で妻と子と生き別れになった右近は、元掏摸で押し掛け女房のお蝶と暮らしながら、江戸の萬揉め事解決屋として今日も弱きを助け、強きをくじく大活躍――というのが基本設定。
単に強く明るいだけでなく、自身も浮き世のしがらみに苦しんだ身だからこそ人に優しい、そんな右近のキャラクターが実に気持ち良く、彼を取り巻くレギュラー陣もみな好人物ばかりで、安心して読むことのできる、心地よい作品となっています。
もちろん、だからといって人間の善意を免罪符にしたぬるま湯に浸かったような作品かと言えばさにあらず。作中にしばしば登場する江戸のアンダーグラウンドな世界・住人たちの描写は、バイオレンスものを書いている時の筆致そのままで描かれており、凄惨とすら言えるものも少なくなく、目を背けたくなるような時すらありますが、しかしそんな「現実」があるからこそ、苦しむ人々に優しい目を向け、悪党どもに本気で怒りをぶつける右近の存在は輝いて見えるのでしょう。
この巻での個人的なベストは、お蝶姐さんの過去を描いた「お天道さま」。辛かった過去に直面させられながらも、天に恥じぬ自分の今の生き方を貫くために命を張るお蝶と、その心意気に応えるかのように大暴れを見せる右近の姿には、思わずほろりとさせられました。
これからも末永く続いていただきたいシリーズです。
と、ここで伝奇オタ的なことを一つ。
作中、馬上筒(小型火縄銃)遣いの悪漢と対決することになった右近が見せた神業的奥義、どこかで聞いたような、見たような…と思ったら、実に懐かしい鳴海先生原作のある作品に登場する技でありました。そうかあ、あの技は今(?)でも受け継がれていたのだなあ、とマニア以外にはわかりそうもない感慨にふけってしまったことです。
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