「十兵衛両断」(2) 剣法、地獄。
「十兵衛両断」の感想の続き、今回は第二話から第四話まで。
「柳生外道剣」
第二話はぐっと時代が遡り、秀忠の二代将軍就任の頃が舞台。家康の悲願である朝鮮との国交回復(なぜ家康が国交回復に執着したかは同じ作者の「魔岩伝説」でとんでもない裏面史が描かれていますが)の条件として朝鮮側から提示されたのは、怨敵秀吉の墓を暴き、死体を切り刻むという「剖棺斬屍」の実行。そしてその実行役として選ばれたのが柳生石舟斎と宗矩であった…という設定です。
主君の命とはいえ、己の修得した剣をそのような目的のために振るうことに迷いを隠せない石舟斎ですが、そこで「剖棺斬屍」実行の場に乱入してきたのは、「新陰流」を操る謎の一団。煩悶のあまり、その剣士たちが、既に鬼籍に入って久しい師・上泉伊勢守が送り込んだ者と思いこんだ石舟斎は、伊勢守の影を追いますが…
何せ死体が歩き回ろうが、死者の魂が復活しようが不思議ではない荒山伝奇。この作品でもその伝かと思わされますが、さて、最後に明かされる真実は如何に。勿論ここでは詳細は伏せますが、剣法史に詳しい方であれば、成る程そうであったかと、ミステリ的な興奮を感じるのではないでしょうか。
それにしてもこの作品の肝は、石舟斎と宗矩という対照的な親子の姿。第一話同様、ここでも冷徹なリアリスト(マキャベリスト?)の顔を見せる宗矩に対して、自分の修得した剣、師から伝授された剣を外道の所業のために振るうことに躊躇いと恐怖を感じる石舟斎の姿は、人間としてはまことに正しい姿と言えましょうが、しかし主君に仕え、その命のままに剣を振るうべき侍としては、パラドキシカルな存在であります。
権力という、甘い蜜とも恐ろしい毒ともなるモノに触れたとき個人はどう振る舞うのか、振る舞うべきなのか…そんなことを考えさせられます。
「陰陽師・坂崎出羽守」
ずいぶんと挑発的なタイトルですが、内容的にもある意味この短編集最大の問題作と言えるこの作品。何せ冒頭から引かれるのが、F・ポール・ウィルスンの名作伝奇ホラー「ザ・キープ」なのですから尋常ではありません(というかぶっちゃけありえない)。
タイトルとなっている坂崎出羽守が実は朝鮮人だった、という「史実」については、本編中でも触れられている通り既に五味康祐先生がその作品中で述べているところですが、ここではそれを更に…というか地平線の彼方まで押し進めてみせた怪作。
坂崎出羽守と言えば、大坂城落城時に家康孫娘の千姫を火中から救いだし、千姫との結婚を望むも果たせず、遂には柳生宗矩の説得を受けて切腹したという人物。果たしてその「真実」や如何に、と言えば…
元宇喜多家家臣とは仮の姿、その実は朝鮮陰陽術を操り日本に害をなさんとする怪人・鄭玄秀、まさに陰陽師・坂崎出羽守。この出羽守の陰謀に立ち向かうのは、三話連続登場となる柳生宗矩ですが、今度ばかりは相手が悪く、命どころか己が己たる「存在」が危うくなるという恐怖を味わう羽目となります。
そしてまた、その恐怖から彼が救い出されたという事実が、彼にとって、彼のような人間にとっては更なる恐怖につながっていくという結末が、実に皮肉な味わいでありました。
それにしても坂崎出羽守が企む陰謀、ジャック・フィニィのあの古典…というよりはむしろ「バビル二世」を思い出してしまいました。
「太閤呪殺陣」
第四話はまた時代が遡り、秀吉の晩年…すなわち、朝鮮出兵が背景。秀吉が死ねば日本軍が撤兵することを察した朝鮮側は、三人の刺客を日本に送りますが、驚くべし、その一人は柳生新陰流の剣士。朝鮮の柳生流は、第一話にも登場いたしましたが、それを遡ること数十年、柳生新陰流の剣士は既に朝鮮に存在していたことになります。剣法史に詳しい方なら思い当たるかもしれません、その剣士の名は柳生純厳。朝鮮出兵に従軍し蔚山で戦死したと伝えられる人物です。
そしてその純厳が守るのは、奇怪な術をもって太閤を呪殺せんとする朝鮮陰陽師・羅儀衛。彼が用いんとするのは、かつて骨肉の争いから宮廷を追われ、孤独と失意のうちにその生を終えた過去の朝鮮王の恨…と、ここまで読んだところで、なるほど、海の向こうにも似たようなお話はあるものだなあと思っていたところ、その「似たような」お方、白峰に眠る日本最強の魔王が本当に登場してしまったのには驚かされました。
同様の境遇の日朝二人の王の恨を共鳴させ、太閤を討ち、さらには…という恐るべき陰謀に立ち向かうのは石舟斎と、前話で華麗なデビューを飾った剣豪陰陽師・柳生友景、そしてもう一人、純厳の父・柳生厳勝ですが…そこで振るわれるのは、破邪顕正の太刀などではなく、骨肉の因縁が生んだ怨念と宿業の剣。まさに血で血であらう剣法地獄の一言に尽きます。
死闘の果てに、その自らの怨念に満ち満ちた姿に気づいた純厳が辿った運命は悲痛なものではありますが、しかしそれが彼に人の心を思いおこさせ、さらには魔王の中の人の心を甦らせたことは、救いといってもよいのでしょう。どれほど己の血を嫌悪しようとも、彼もまた、引き裂かれた己の存在に苦しんだ柳生の剣士であったと言えましょうか。
この感想、もう一回続きます。
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