「射雕英雄伝 4 雲南大理の帝王」 荒唐無稽の中に光る人間ドラマ
「射雕英雄伝」も後半戦の第4巻。前巻で西毒の蝦蟇功の魔手を受けて瀕死となった郭靖は黄蓉の献身的な働きの前にようやく命を取り留めますが、今度はその黄蓉が悪漢裘千仭の鉄掌を受けて重傷を負うことに。謎の女・瑛姑に、黄蓉の命を救うことができるのは、天下広しといえども南帝・段智興しかいない、と教えられた二人は、段皇帝を求めて旅に出ますが…。
というわけで、この巻もまた、郭靖が豪快に周囲の状況に振り回されているという印象ですが、これまでがそうであったように、郭靖の前に次々と現れる人物がまた実に印象的で面白い(というか、ある意味それがこの作品の魅力の大半じゃないかというのはナイショ)。
そしてその最たるものが、この巻で初登場の南帝・段智興であることは間違いありません。
江湖に名を残す伝説の四人の達人、東邪・西毒・北乞・南帝で最後に登場したこの人物は、「帝」の名が示す通り皇帝の身分にあった人物。と言っても南宋の皇帝ではなく、雲南は大理国の皇帝であります。
大理国は、中国の西南部の雲南地方に実在した王国で、十世紀前半に建国され、この物語の少し後に元に滅ぼされることとなりますが、辺境国家とはいえ歴とした独立した国家。しかるに、郭靖と黄蓉の前に現れた南帝は、出家遁世し、一灯大師と名乗って隠棲している姿で現れます。
一国の皇帝ともあろうものがなぜ…というのはここでは伏せますが、彼が己のエゴに悩み苦しみ、ついに全てを抛つことになった過去の事件こそが、まさにこの巻のクライマックスとも言うべき部分。シチュエーションこそ、武侠小説にしかありえないような荒唐無稽なものではありますが、その中で浮き彫りにされるのは、そうしたものを超越した、全ての男女に普遍的な愛憎の姿であり、その直後に(現在の時間軸で描かれる)一灯大師と瑛姑の対面シーンと合わせて、非常に印象的な人間ドラマが展開されています。
伝奇的なシチュエーションの中で地に足のついた人間描写を行い、その特異な世界の中だからこそより一層鮮明に普遍的な人間の姿を浮かび上がらせてみせるというのは、金庸先生の得意とするところでありますが、はその姿は、初期の、時代伝奇作家であった頃の吉川英治先生にかぶって見えると感じるのは私だけでありましょうか。
何はともあれ、この作品もラスト一巻。上で褒めておいて何ですが、だんだん金庸先生のタガも外れつつあるように感じられて色々な意味でドキドキしますが、最後まで楽しませていただきます。
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