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2005.12.31

偕成社版「南総里見八犬伝」

 八犬伝特集の第三回は、偕成社の児童向け「南総里見八犬伝」。児童向けの八犬伝は多数出版されており、またそれを全てチェックしているわけでは当然(?)ないのですが、しかしこの偕成社版は、児童向け八犬伝の中でも相当レベルが高いのではないかと感じているところです。

 この偕成社版、長大な原作の物語をうまくダイジェストして、全四巻に収めています。それぞれの巻の内容は、
第一巻:伏姫の死から信乃の物語、芳流閣の決闘まで
第二巻:小文吾の登場から荘助奪還、道節の上杉定正襲撃と五犬士集結まで
第三巻:毛野の仇討ちから庚申山の化け猫退治、浜路姫の登場と船虫の最期まで
第四巻:蟇田素藤と親兵衛の対決、関東連合軍対里見軍の決戦、結末まで
という構成。さすがに原作後半(素藤と親兵衛の対決以降)は相当ダイジェストされており(親兵衛の京行きのエピソードなどは丸々オミットされていますが、これはまあ、大人向けも含め、リライト版でダイジェストしていない方が皆無なので仕方のないところでしょう)ますが、総体として、物語自体の面白さを殺すことなく、巧みにまとめてみせたナイスなリライトだと言えます。

 そのほか、この八犬伝では、八犬士のキャラクターがより個性的に描かれているのが目に付くところで、例えば弁が立って目立ちたがりの道節、遊び人でさばけた人柄の小文吾、四角四面で合戦中に相手を説教してしまう大角(こうやって書くと悪ノリしているようですが…)などなど、キャラクターをはっきり立てる方向のモディファイが楽しく感じられました。

 また、本書ならではのすごいリライトがなされているのは船虫の扱いで、(ここから先はネタバレになりますが)管領側に捕らわれた荘助と小文吾を救うために五犬士が死闘を繰り広げる中に飛び込み、管領軍を向こうに回して刀を振るっての奮闘(まあ、荘助と小文吾を殺しに行ったら乱闘に巻き込まれたわけですが)。阿修羅の如く大立ち回りを演じた果てに壮絶な斬り死にを遂げ、その死によって一切を水に流した大角をはじめとする七犬士に看取られるという、おそらく船虫史上に残る破格の扱いの最期でありました。
 さすがに児童向けで牛に突き殺されるのはないだろうと思っていましたが、ここまで大暴れしてくれるとは思いませんでした(一応、取り憑いていた玉梓が怨霊のせい、という説明ですが)。原作ファンはしかめっ面をするかもしれませんが、正直、こういうアレンジは個人的には大好きです。

 さて、もう一つ本書で忘れてはならないのは、その美麗なイラストでしょう。イラストを担当しているのは、平成の伊藤彦造とも言うべき山本タカト氏。山田風太郎作品から官能小説まで、さまざまな小説のカバー・挿絵等でお馴染みの氏ですが、ここでもその絢爛妖美なタッチは健在で、元々物語に歌舞伎的な色彩の強い八犬伝の世界には、まさにうってつけと言えましょう。
 各巻表紙を飾る八犬士たちも、目元など何とも悩ましいいずれ劣らぬ美少年ぶりで、表紙だけ見ていると絶対児童向けとは思えない色気と迫力。もちろん挿絵も多数収録されており、山本タカト氏のファンならずとも必見と言えます。

 色々と話題が拡散してしまいましたが、児童向けということで子供にだけ独占させておくのはあまりに惜しい本書。内容自体の充実ぶりといい、イラストの見事さといい、大人の読者が読んでも絶対楽しめる本だと断言できます(そうそう、第四巻の巻末には、登場人物事典が収録されているのも嬉しいところであります)。ハードカバーなのでちょっとお高いですが、見かけたら手に取ってみてもまず損はないと思う次第です。


「南総里見八犬伝」全4巻(浜たかや編著 偕成社) 
1「妖刀村雨丸」 Amazon bk1/2「五犬士走る」 Amazon bk1/3「妖婦三人」 Amazon bk1/4「八百比丘尼」 Amazon bk1
南総里見八犬伝〈第1の物語〉妖刀村雨丸南総里見八犬伝〈2〉五犬士走る南総里見八犬伝〈3〉妖婦三人南総里見八犬伝〈4〉八百比丘尼


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コメント

久しぶりに書き込みさせていただきます。
八犬伝情報がありがたかったです。昔好きだったのですが、年月が経ちすっかり物語を忘れてしまっていて、再読したいなと思っていたのですが、どれを読んだものやら頭を抱えておりました。この偕成社のは読みやすそうなので図書館で探してみようと思っています。

それとこちらで紹介されていた本を読みました! 小沢章友氏の『夢魔の森』幻想的でとてもよかったです。続きも図書館から借りてきました。

それでは失礼いたします。

投稿: 朱咲りつき | 2006.01.02 16:26

朱咲さんこんにちは。記事がお役に立てたようでなによりです。八犬伝特集、もう少し続ける予定です。この偕成社版は、なかなかオススメですよ。

また「夢魔の森」を楽しんでいただけたようで、こちらも嬉しい限りです。いわゆる「陰陽師もの」とは一線を画すユニークな作品ですよね。

投稿: 三田主水 | 2006.01.03 19:15

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» 南総里見八犬伝にみる山田風太郎に想う天徳内裏歌合。 [平太郎独白録 親愛なるアッティクスへ]
親愛なるアッティクスへ 正月に、八犬伝やってましたよね。 私は、録画したまま、、まだ見てないのですが、昭和36年~40年生まれくらいまでの世代では、まず殆どの方が八犬伝というものには、特別の感慨をお持ちなのではないでしょうか? 昭和48年、当時の子供たちを魅了したテレビ番組に、NHK 人形劇 「新・八犬伝」というモノがあります。 (詳細はコチラが詳しいです!→新八犬伝をもう一度見ようよ!) エンディング・テーマで坂本九さんが、「巡る巡る巡る因果は糸車~♪ 明日はどんな人に会うだろう... [続きを読む]

受信: 2006.01.06 17:46

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