「ぬしさまへ」 妖の在りようと人の在りようの狭間で
病弱な若旦那とおかしな妖たちの交流が楽しかった「しゃばけ」の続編が待望の文庫化。
妖の手代・仁吉に届けられた恋文が思わぬ事件を呼ぶ「ぬしさまへ」、作った餅で人が死んだ親友・栄吉を救うために若旦那が一肌脱ぐ「栄吉の菓子」、生き別れになった若旦那の兄・松之助の孤独な魂を救った絆を描く「空のビードロ」、若旦那の新品の布団が泣き出すという怪異に始まる「四布の布団」、色男の仁吉の叶わぬ恋の顛末「仁吉の思い人」、そして突然若旦那の身辺から妖が消えてしまう「虹を見し事」の全六編が収録されている短編集となっています。
紹介編でもあった長編の前作を受けて、今回は最初から若旦那のちょっと(?)変わった日常の有様が存分に描かれており、また、前作のレギュラー・サブレギュラーも健在。若旦那のヒロインっぷりも、仁吉と佐助の過保護ぶりも、脳天気な妖たちの騒々しさも変わらずで、読んでいて旧友に出会って話し込んでいる時のような心地よさが感じられます。
と、その一方で、本書で描かれる事件は、あくまでもシビア…というよりむしろ「黒い」ものがほとんど。前作のような派手な事件ではない分、そこで描かれる悲劇の数々と、人間のどうしようもないナマの感情は、脳天気な妖と対比されることで、より一層リアリティをもって読む者の胸に迫ってきます。
商家が舞台の場合がほとんどのためか、宮部みゆきの「あやし」のような奉公人ものホラー(そんな言葉あるのか!?)に極めて近い味わいがある、と言えば何となくわかっていただけるでしょうか。
しかしこの世の出来事がそう悪いものばかりではないのと同様、本書で描かれる世界もまた、決して重く塞がったものばかりではありません。
この世の法の外で脳天気に生きる妖たちの在りようと、この世の枠の中で時として重く苦しい生を過ごす人間の在りよう。その両方の世界を覗くことになる若旦那ですが、だからこそ、人として正しく、前向きに生きようとする若旦那の気持ちは、嬉しくも気持ちの良いものであり、素直に応援したくなるものがあります。
本書に収められた「空のビードロ」のラストで松之助が見いだしたものと同じもの…と言ってはちと大げさにすぎるかもしれませんが、それに近しい感動があるのではないかと思います。
成長小説として、妖怪小説として。もちろん時代小説・推理小説として。今後が非常に楽しみなシリーズであることは間違いありません。やっぱり文庫になるまで待っていられないですね。
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