山田風太郎「八犬伝」
新年にはTBSで「里見八犬伝」がTVドラマ化されるということで、手元にある八犬伝関係の書籍を不定期に採り上げていくことにしました。
さて、その特集の第一弾は、山田風太郎による八犬伝記と言うべき「八犬伝」。わざわざ「八犬伝記」などという呼び名を使ったのは、この作品が滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」のリライトに留まらず、同時に馬琴が「南総里見八犬伝」を悪戦苦闘しつつ執筆する様を描き出しているからに他なりません。
本書の構成は、八犬伝の構想を馬琴が語る形で描かれる八犬伝ダイジェスト「虚の世界」、そして八犬伝を執筆する馬琴とその周囲の人々の姿を描いた「実の世界」の、二つが交互に描かれる形となっています。
正直なことを言えば、学生時代に本書に初めて触れた時、最初のうちは「虚の世界」だけでいいのに…と思いました。事実、ダイジェストとはいえ、山風流の美文で描かれる八犬伝の世界は実に面白く、この部分だけでも八犬伝の一流のリライトとして存在していると言えるのですから。
しかし、「実の世界」も合わせて読み進めていくと、こちらも実に面白いのです。何せこちらで扱っている時代は、江戸の文化の爛熟期とも言える化政文化の真っ盛り。現代にまで名を残す文人画人が綺羅星のごとく群れ集っていた時代です。
その文化人たちと馬琴の交流の様は、馬琴自体が実に波瀾万丈な人生を送っている様もあって、それ自体が一つの伝奇小説のような味わいがある、と言っても過言ではないでしょう。
そして平行して進行する虚実二つの世界が、終盤に向けて溶け合っていき、遂には奇跡的な執筆状況の下で堂々完結の日を迎える様には、不思議な感動を覚えました。
いささか変化球ではありますが、不世出の伝奇小説と、不世出の小説家の伝記――八犬伝の物語そのものと、その成立過程を同時に知ることが出来る本書。八犬伝には初めて触れる、という方にもおすすめできます。
と、もう一つ忘れてはいけないのが、本作の新聞連載時を毎回華麗に飾った宮田雅之先生の切り絵。残念ながら単行本には収録されていませんが、白と黒をメインにしたわずか数色で、八犬伝と化政文化の芳醇な世界を描き出して見せたその様は、まさに光と影の魔術と言えます。
八犬士をはじめとする登場人物たちも、こちらのイメージ通りの、あるいはそれを超えるクオリティで描き出されており、特に八犬士最年少の犬江親兵衛については、山田風太郎先生も絶賛したほど。
この切り絵を全て収録した別冊太陽の「宮田雅之の切り絵八犬伝 宮田雅之追悼記念号」は、現在入手がちょっと困難となっているようですが、一見の価値あり、です。
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