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2006.02.15

「聖八犬伝 巻之一 伏姫伝奇」

 今回取り上げるのは電撃文庫で全5巻のシリーズとして刊行された鳥海永行の「聖八犬伝」――電撃文庫だからして当然ライトノベル版八犬伝…と思いきや、単純にそうとは言えない、数ある八犬伝物語の中でもなかなかユニークな存在となっているのが面白いところであります。

 ではこの「聖八犬伝」のユニークな点とは何かと言えば――まだ全巻読んでないところで言うのもよく考えたら如何なものかとは思いますが――史実とのリンク、という点。もちろん原作「南総里見八犬伝」自体、舞台となる室町時代の史実をそれなりに踏まえているのは言うまでもありませんが、あくまでもそれは主人公たちの活躍の遠景としての史実。しかしこの「聖八犬伝」では、史実がかなり密接に、物語の構造の中心にまで関わってくるのではないか、という印象があります。

 この第1巻は、終盤にようやく犬塚信乃が登場するものの、その大半を費やして描かれるのは永享の乱に始まり、以後、結城合戦から延々と続くこととなる関東騒乱の世界。
 歴史の教科書などでは、たださえややこしい騒乱の続く室町時代の政治文化の中枢である京周辺で起きた騒乱が中心に描かれ、関東でのそれは、中央に関係のあるもののみクローズアップされて描かれている感がありますが、しかし当時の関東は、中央に負けず劣らずの無法地帯…と言っては言い過ぎかもしれませんが、プレ戦国時代ともいうべき状況であったかと思います。

 本作では、その状況を背景にして――というよりその状況の中に、八犬伝の設定とキャラクターをブチ込んだ、といったところ。そしてこれがなかなか面白いのです。
 特に感心したのは、第1巻の実質的主人公ともいうべき里見義実のキャラクター描写。原作では名君仁君のイメージのある里見義実(そういえば正月の「里見八犬伝」では長塚京三がえらく理想主義な義実を演じていましたっけ)ですが、本作では知略縦横…と言えば聞こえがいいが、むしろ陰謀謀略の人ともいうべきキャラクター像となっているのが実に面白い。
 考えてみれば結城合戦でボロ負けした状態から安房に逃れ、当時四者が割拠していた中に入ってあれよあれよという間に安房を統一してしまった人間が、人の良い正義の味方であったとは思えませんですね。

 更に面白いのは、このように史実をよりクローズアップして描き、登場人物をより生臭く描きつつも、八犬伝として抑えるべき点はきちんと抑えている点。もちろん、本作ならではのアレンジは随所に為されているのですが、イベント進行――こういう言葉の使い方はあまり良くないとは思いますが――とその(表面的な)結果は原作とほぼ同じ、というのが、かえって原作との違い――というよりもむしろ原作で描かれたものを、別の側面から見た場合に浮かび上がるものを明確にしているように思えます。

 史実に虚構をぶつけた時に生じる火花でもって、隠された史実の陰の部分を照らし出すのが伝奇物語とすれば、本作は、伝奇物語の虚構に史実をぶつけることにより、虚構の陰の部分を照らし出そうとしている、というようにも感じられることです。

 と、まだ第1巻しか読んでいない時点で思いこみで語りすぎたような気もしますので今回はこれまで。次巻以降、八犬士たちが登場する中でこの印象がどこまで変わるのか、はたまた変わらないのか。これもまた一つの楽しみであります。


「聖八犬伝 巻之一 伏姫伝奇」(鳥海永行 電撃文庫) bk1


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