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2006.03.20

「あやかし同心事件帖」 江戸の町に怪魔現る


 巷では時代小説ブームということらしく、毎月のようにかなりの数の新刊が発売され、また文庫レーベルでも非常に多くの出版社から――それまで時代小説が発行されていなかったところからも――文庫(書き下ろし)の時代小説が出ているのが現状ということは、今さら私が言うまでもない話。
 しかし個人的には、その大量の作品の中で、パッと見で食指が動くのはかなり数少ない…ってのは私が単にニッチな時代伝奇マニアに過ぎないからなのですが、しかし、例えばタイトルや作者名だけでは何が何だかわからない状況にあるのは事実。今回紹介する「あやかし同心事件帖」も、誠に失礼ながら、タイトルだけみればよくあるものにしか見えなかったのですが、何せ作者が加納一朗先生、ワンツー時代小説文庫という全く新しいレーベルながらも、これはチェックせねば! と読んでみたところ、これが見事に当たりの作品、天明期の江戸を舞台に、南町奉行所とホラーではお馴染みのあの怪魔が真っ向から激突する伝奇ホラーものでありました。

 時は天明7年、凶作が続き米価が高騰する中で、売り惜しみであくどく稼いでいた米問屋の娘が、奇怪な赤い目を持つ何者かに拐かされるという事件から物語は始まります。翌朝帰ってきた娘は、首筋に咬み傷があり、日光を嫌うという状態に。そして探索に乗り出した南町の隠密廻り同心・香月源四郎の目前で、被害者の娘が日の光に当たった途端に溶け崩れ、塵と化して消えてしまうという展開とくれば――もうこれはアレしかありません。

 物語の早い段階で明かされることなのでここに書いてしまいますが、この怪事件の背後に蠢くのは、やはりホラーではお馴染みの吸血鬼。古くは聖徳太子の時代から、新しくは幕末、それ以降まで、時代ものにおいて吸血鬼が登場する作品はそれほど数がないわけではありませんが、しかしやはり一般に西洋産の怪物を純和風の舞台に持ち込む際には、それなりの工夫が必要であることは言うまでもありません。
 その点、本作はさすがは大ベテランの加納先生だけあって、抜かりなし。本作の吸血鬼たちは、米問屋を中心に狙うという変わり種ですが、それには時代背景と吸血鬼たちの出自に根差した理由がきっちりあるのが面白いところ。もちろん、それだけでは今いちスケール感に欠けるわけで、ちゃんと(?)将軍家までをも眼中に入れた大陰謀が同時に進行するわけですが、ラストで明かされる吸血鬼たちの出自を知れば、なるほど、将軍家を狙うわけだわいと、伝奇的に納得させられてしまう仕掛けがきっちりと用意されています。

 そしてその奇怪な陰謀に立ち向かうのが、主人公・源四郎をはじめとする南町奉行所の人々と、源四郎の師である蘭学者たち。本作にはスーパーヒーローが存在しないため、主人公たちの探索も地道なものとなりますが、それがかえってリアリティといいますか、なるほど、江戸の町に吸血鬼が出現すればこういうリアクションが取られるだろうな、という時代ものとしての味を殺さない結果につながっているところであります。
 まあ、源四郎の個性が今ひとつはっきりしないのと、地に足がつきすぎてちょっと地味目な展開なのが残念なところではあるのですが…

 何はともあれ、文庫書き下ろし時代小説という、ある種保守的に(個人的には)感じられる媒体を舞台に、これだけ真っ当な時代ホラーを描いて見せたのは心からの賞賛に値します(同じレーベルの他の作品が皆人情ものなだけに特に)。いや、本当に感心しました。
 願わくば、本作をシリーズ化して、これからも江戸を襲う怪魔と南町奉行所の攻防戦を描いていただきたいものです。


「あやかし同心事件帖」(加納一朗 ワンツーマガジン社ワンツー時代小説文庫) Amazon bk1

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コメント

加納さんは、いかにも年季の入ったホラー映画マニア、といった感じで好きです。僕のフェイバリットは、ソノラマ文庫の《是馬・荒馬》シリーズですが、あれもブーム前からホラー・ネタが多かった。
今回も、ハマーにロメロが混ざった感じがなんともいいです。「髑髏検校」をさらにひと捻りしたような設定も面白い。これで、吸血鬼の誕生についてもう少し突っ込んだ説明があれば――というのが惜しまれます。
ともあれ、シリーズ化待望。

投稿: 笹川吉晴 | 2006.03.26 04:49

笹川様いらっしゃいませ。
確かに江戸で吸血鬼というと「髑髏検校」が浮かびますが、あちらが(事情はあるのでしょうが)「ドラキュラ」の翻案で終わってしまった感があるのに対し、こちらは独自の展開を見せることができていましたね(誕生については、まあ僕も少し突っ込みたくなりましたが)
まさか文庫書き下ろし時代小説でこのようなホラーが登場するとは思っていませんでした。さすが加納先生、ベテランの味というところでしょうか

投稿: 三田主水 | 2006.03.27 00:03

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