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2006.04.30

「妖霊星」(再掲)

 新進の能楽師・鷹矢は、ある舞台で異様な気配を持つ妖艶な美女を目にする。その女こそは、妖艶な肢体を地獄絵図の打掛に包む、細川勝元の愛妾・地獄大夫だった。この世の全てを呪い、世の騒乱を望む彼女は、白峰の大天狗・相模坊を都に招き、様々な妖術でもって都を混乱に陥れる。更に彼女は、魔王と化した崇徳上皇の復活を目論むが…

 地獄大夫と言えば一休宗純との関わりでご存じの方も多いはずですが、この作品では、この世こそ地獄との想いのもと、世に騒乱を広めるべく暗躍する妖女として造形されていて(しかも細川勝元の愛妾というのが面白い)、このキャラ設定にまず「伝奇魂」を感じさせていただきました。物語の内容はと言えば、応仁の乱前夜というべき世界を舞台に、この妖女が巻き起こす「地獄」の有様が次々と描かれていくというもので(ちなみに主役…というより狂言回しの鷹矢は状況に振り回されるばかり)、一歩間違えると非常に陰惨なだけの物語に成りかねないのですが、それがある種のユーモラスさすら感じられる作品に昇華されているのが面白いところ。これは一重に、物語の中で跳梁する天狗・妖魔・怨霊の類が実に生き生きと、いい意味で人間くさく(つまり現実感を持って)描かれているためであり、それを可能とした作者の筆力と、何よりそうした存在たちに対する愛には感心させられました。

 強いて難を挙げれば、結末が、ある程度予想されてしまう点と少々あっけない点があるかとは思いますが、この作品の持つ魅力の前ではむしろ些細なこと。室町の世に地獄が現出するのはまだまだこれから、地獄大夫には今後も登場願って、天下逆しまの騒乱の中で物の怪が思う様暴れ回るさまをこの先も続けて読みたい…と思ってしまったのは、これは私が物語の毒だか蜜だかに当てられてしまったのでしょうか。

 それにしても、こうしてあちらこちらから室町という時代の持つ豊かな伝奇の鉱脈(私も最近気付いたので偉そうなことは言えませんが)を掘り起こす試みが生まれてくるというのは、読者にとっては実に喜ばしい限りであります。


「妖霊星」(瀬川ことび トクマノベルス) Amazon bk1


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 「月華伝奇」 昏く妖しく、猥雑でパワフルに

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「月華伝奇」 昏く妖しく、猥雑でパワフルに


 「暗夜鬼譚」シリーズを最近完結させた瀬川貴次氏が、約10年前に発表した室町伝奇。
 ある事件が元で心の中に獣を住まわせながらも、今は申楽一座に身を寄せる少女・美保が、何者かに追われる少年・九郎を助けたことにより、人間と妖と、双方の思惑が複雑に絡み合う暗闘に巻き込まれていく様を描いた作品です。

 ある意味爛熟の極みにあり、崩れ落ちていく寸前にあった応仁の乱前夜が舞台であるためか、物語も登場人物たちも、どこか昏く妖しく、それでいて猥雑でパワフルな雰囲気をまとって描かれているのが、何ともこの作者らしく、楽しめました。
 特に、美保を妻に迎えると公言するその名の通りの妖猫の王・猫王(まお)と、日野富子の兄・勝光の背後で何事かを画策する妖人・相模という、本作で活躍する二人の大妖は、妙に人間臭く不思議な愛嬌すら持ちながらも、その一方で人間の情理を遙かに越えた次元で動く怪物として描かれており、この辺りのキャラクター造形は瀬川氏ならではと感心いたしました。

 …もっとも、美保が心の中に獣を飼うに至った経緯が、妖怪や魔神の類が徘徊する本作においては、正直なところ迫力不足なのが何とも残念なところではあるのですが、しかし、現在のところ単発で終わっているのが残念なほど楽しめた作品でありました。

 と、いま単発で、と書きましたが、実は本作には、
・主人公が能楽師一座の人間
・舞台は応仁の乱前夜。日野富子が重要なキャラとして登場
・妖怪変化、特に天狗の跳梁。っていうか相模
など、同じ作者(名義は異なりますが)の伝奇ノベル「妖霊星」との共通点が多く見られます。おそらくは本作が結果的に「妖霊星」のパイロット版の役割を果たすことになったかと思いますが、ティーンズ向けファンタジーと、アダルト層を対象としたノベルで、どのように物語を描き分けているか、比べてみるのもまた一興かと。


「月華伝奇」(瀬川貴次 集英社スーパーファンタジー文庫) Amazon bk1


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 「妖霊星」(再掲)

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2006.04.29

今週の「SAMURAI DEEPER KYO」 崩れゆく邪悪の塔!!

 最後の力で鬼神と化そうとする先代紅の王。が、そこに現れた紅虎とサスケが手にした先代の心臓には、紅十字の印が刻まされていた。先代もまた作られし者、壬生京一郎だったのだ。真の壬生一族が死に絶えた後、神の代わりとして人々の倖せを求めながらも、争いの絶えぬ世に絶望し、この世を滅ぼそうとしていた先代。しかし狂たちの力強い言葉を耳にした彼は、自らの心臓を体に戻し、朽ち果てることを選ぶ。そして紅の塔が崩れ落ちる中、狂は先代を看取るため、一人塔に残る…

 遂に本作も今週を含めてあと二回。それだけの回数で本当に終わるのか心配になりましたが、今回だけで
・禁断の扉の向こうにあったもの
・壬生京一郎の行方
・椎名望が知った禁断の秘密
・先代の変貌の理由
・狂の出生の秘密
と、残されていた謎のほとんどが解明された形になりました。
 まあ、最初二つは意外性皆無でしたし、最後の一つはほのめかされただけですが(というか、こんなのあり?…って何を今さらですな)、それでもこれだけ片づけてくれれば大したもの。個人的には望が知った秘密を明かすことにより、同時に先代の真の顔を描いてみせる手法にはちょっと感心しました。

 そして、狂をはじめとする仲間たちが、人生大変なことだらけだけど、それでも、それだからこそ俺たちは自分自身で道を切り開くぜ! と語ることによって先代が己を取り戻すというのは、もう本当にベタな展開なのですが、しかし王道少年漫画らしくてよろしい。
 と、その時、一人一人が人生の苦しさ・ままならなさを語るのですが、これがまたそれぞれのキャラ設定・ストーリーにあった内容なのに感心しましたが、その中で梵天丸の台詞が自分の出番のなさを訴えているように聞こえて可笑しかったですよ。

 可笑しいと言えばもう一つ、一人崩れゆく塔の中に残った狂に対し、仲間たちが「先に行って待ってるぜ」と見開きでサムズアップを決めるシーンがあるのですが、あまりにも唐突かつキメキメで吹きました。特にトラ。
 いや、たぶんいいシーンなんだからそれは失礼かな、と思ったけどネット上で見ると大半の人が同様に吹いたようなので、やっぱりあれは笑っていいのだ。うん。

 そして次回遂に最終回。センターカラーで大増ページという扱いは、まずVIP扱いと言ってよいでしょう。皆が幸せになれる大団円に期待します。

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2006.04.28

「豪談 霧隠才蔵」 霧か霞か、才蔵奔る

 自分の身を霧と化す能力を持つ美少年・霧の才蔵。孤児たちを率いて盗賊を働いていた彼だが、賞金目当ての忍びに仲間を皆殺しにされてしまう。かろうじて生き延びた恋人の薊と共に不思議な力を持つバテレンたちに保護された才蔵は、争いのない世を作るためという彼らの言葉に従い、神の子として生き始める。その背後には陰謀の影があるとも知らずに――

 豪談第2巻は、お馴染み霧隠才蔵を主人公としたエピソード(内容・時代的には「豪談 猿飛佐助」の方が先に来るのですが、発行されたのはこちらが先。まあ、細かい話ですが)。
 霧隠の名の通り、霧を呼んで姿をくらます霧隠才蔵はしばしば登場しますが、本作の才蔵は、己の身を霧と化す奇っ怪な能力を持つキャラクターとして描かれます(同じダイナミックプロの「虚無戦史MIROKU」の霧隠才蔵を思い出しますな)。

 そんな個人ではほとんど無敵の才蔵ですが、仲間を狙われてはそうもいかず、たちまち孤独の身の上に。その彼を救ったのは、念力や雷撃、果ては獣人化という、これまた奇っ怪な能力を持つ(何というか、ダイナミックプロ作品のキャラを評するには不適切な表現ですが、巻来功士作品のキャラチックな連中であります)バテレンたちで、彼らに乗せられて天草四郎の先触れみたいなキャラクターとして活動する才蔵ですが、まあ、こんな奴らが真っ当な人物なわけはありませんな。
 当然(?)日本侵略の先兵であったバテレン衆に加え、後半には体制側の忍びたる服部半蔵、更に猿飛佐助を初めとする真田“九”勇士が登場、一気に物語りはクライマックスに向かうことになります。

 「豪談 猿飛佐助」の稿でも書きましたが、本シリーズにおいては、(日本の)異能力者たちは日本古来の神を奉ずる山の民の力を継ぐ者と設定されており、その意味では佐助、そして才蔵らは服部半蔵にとっては同族、外つ国の神を奉ずるバテレン衆にとっては宿敵というわけで、この辺りを突っ込んで書くとまた別の展開があったようにも思いますが、本作はあくまでもアクション重視。それはそれで破天荒な面白さがあって面白いので全く問題なしではあります。

 そして物語は、ある意味本編である「豪談 真田軍記」に続くのでした。


「豪談 霧隠才蔵」(永井豪とダイナミックプロ リイド文庫ほか) Amazon bk1


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 「豪談猿飛佐助」 佐助、天空を駆ける

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2006.04.27

「くもはち」 のっぺら坊の時代


 明治の御代を舞台に、三流怪談作家の「くもはち」と挿絵画家でのっぺら坊の「むじな」のコンビが、明治の文人・作家たちが出くわした不可思議な事件の数々を解き明かす(?)妖怪ものの連作短編集。

 得体の知れないところはあるが、基本的に人なつっこく妖精…おっと陽性のくもはちと、のっぺら坊になってしまったものの人間的にはごく常識人のむじなのコンビは、陰々滅々としたキャラクターの多い大塚作品の中では比較的珍しいタイプのキャラクターで、また、各エピソードに登場する有名人たちも、八雲・漱石・花袋・啄木・ドイル・そして柳田国男とメジャーどころで、かなりライト(もちろんいい意味で)な味わいの作品でありました。

 とはいえ、こうしたタイプの作品でもきっちり設定や物語にそれなりの意味合いを持たせてくるのが、いかにも大塚英志らしいところ。実は作品解題は作者自らが小説版・漫画版両方のあとがきではっきりすぎるほどはっきり書いているので、今さらここであれこれ述べるのもこっ恥ずかしい話ではありますが、私なりに思ったことを少し。
 本作は、近世から近代への移行期にあり、己の姿・行く先が未だ定まらない「のっぺら坊」な状態であった時期の日本を描いた物語。本作に登場する文人・作家たちは、自らの作品をもって近代的な日本像・日本人像を描きあげた人々であり、いわば「のっぺら坊」に顔を描いた人々。その彼らが、移行期特有のきしみからこぼれ落ちた妖怪たちに振り回される(振り回した方もいますが)のは、ある意味必然であったかと思うのです(その事件の顛末を綴るのが、のっぺら坊(であった)むじなという人物であるのもまた、何とも象徴的と言えましょう)。
 ノリこそ違え、この作品もまた、伝奇ものを通じて、近代日本の(そして当然その後に続く現代日本の)姿を描いてきた大塚作品でありました。

 なお、最終話に登場した魔所・八幡不知は実はうちの近所で、しばしばその前を通りましたが、その伝説の奇怪さに比して、今では全く残念なほど小さなスペースに追いやられてしまっています(つい数年前、道路拡張で更に狭くなってしまいました)。これもまた、「あってはならない」ものとして時代に追いやられた存在の一つかな、という印象であり、それが物語のラストに登場してきたことに全く個人的に感心したことです(ちなみにその近所に思いっきり神社があるんですけどね。全くどうでもいい話ですが)。

 …と、そういった点に感心しつつもこの作品、妖怪もの、という点に期待しすぎるとどうかな…という部分はありますし、ストーリー構成的にもドタバタしすぎてちょっと首を捻る点もあって、満点とは言い難いのは残念なところ。
 とはいえ、くもはちとむじなの二人は、ただ出てきて会話しているだけでも楽しいまさに名コンビであり、面白さという点では確実に合格点の遥か上を行く作品でありました。
 そしてまた、最終話に至って、何故くもはちがむじなの側にいるのか、むじなの側でなくてはならないのかがわかるという仕組みにも感心。物語自体は、この最終話で綺麗な輪を書いており、これはこれで一つの結末としてうまくまとまっているとは思うのですが、やはりもっとこの二人の活躍を読みたいな、というのが正直な気持ちです。少なくとも、むじながのっぺら坊でなくなる時まで、くもはちとむじなの真の別れは訪れないのでしょうから――

 ちなみに山崎峰水氏による漫画版の方は、やはり小説版に比べるとどうしても情報量が不足しており、物語の背景やそこに込められたものが読みとりにくくなっているのは何とも残念なのですが(何よりも漫画のみの石川啄木編のストーリーのナニっぷりには驚いた)、しかし絵のムードとしてはなかなかよく、「河童と白足袋」のエピソードなぞ、物語の背後の陰惨なムードが、実によく描かれていたと思います。日本人ばなれした風貌のくもはちも、なるほどな、というデザインではありますし…
 全く個人的にはむじなは髪の毛なしというイメージだったので(よく頬かむりしていたせいか)、何だか若者らしい髪型をしているのにちょっと驚きましたよ。頬を染めた表情など妙に可愛いし。


「くもはち」(小説版)(大塚英志 角川文庫ほか) Amazon bk1
「くもはち」(漫画版)(山崎峰水&大塚英志 角川コミックス・エース) Amazon bk1

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2006.04.26

「聖八犬伝 巻之四 庚申山の怪猫」

 「聖八犬伝」も残すところあと二巻、前の巻で関東に散った犬士たちそれぞれの冒険が、この巻では描かれます。
 まず登場するは、上州白井城に一族の仇・太田道灌を狙う犬山道節。いまだ己が里見の犬士と知らない道節ですが、白井城潜入のために利用しようとした荒芽山の盗賊の長・酒顛二が、犬川荘助の仇敵であったことから彼と知り合い、犬士の存在を知ることとなります。

 犬士二人が手を組んだことにより、道節は首尾良く城に潜入し、荘助も酒顛二を討ち取ることができたものの、道節が太田道灌の影武者にして真の仇である怪人・風魔の罠により囚われ人になってしまうという展開。
 一方、庚申山を訪れた犬飼現八は、そこで赤岩一角なる武芸者と、その息子である犬村大角の存在を知ることになって――と、ここからは八犬伝物語でも知られた場面の一つ、化猫退治の物語。

 原作でもファンタジー色の強いこのエピソードですが、本作では、化猫一角が、化狸妙椿をはじめとする妖怪変化と談合するシーンがあったりして、さらにその傾向が強くなっています。
 なるほど、ここで妙椿尼を出してくるのはなかなかうまいアレンジだな、と感心する一方で、これまでの史実と強く結びついた展開からいきなり日本昔ばなし的テイストになってちょっと面食らったのは事実ですが、これはこれでよしとしましょう。

 そして物語は再び道節と荘助を中心とし、道節を逃がそうとして捕らえられた荘助を、風魔の罠と知りつつ救出に挑む犬士たち――というところで最終巻に続く、という展開。
 果たしてあと一冊で終わるのだろうか、という不安感はなきにしもあらずですが、この八犬伝がいかな結末を迎えることになるのか、最後まで見届けたいと思います。


「聖八犬伝 巻之四 庚申山の怪猫」(鳥海永行 電撃文庫) bk1


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2006.04.25

5月の伝奇時代劇関連アイテム発売スケジュール

 5月の伝奇時代劇関連アイテム発売スケジュールを更新しました。右のサイドバーからも見ることができます。

 書籍については、飛び抜けて凄い! というわけではありませんが、かなり粒が揃った印象。
 特に菊地秀行先生の作品二点が文庫化されますし、また、長らく絶版となっていた光文社文庫の名短編集「影を踏まれた女」が新装版として復活するのもうれしいお話です。綺堂怪談の入門に最適の一冊、これからの季節におすすめです。
 あと、いつの間にか延期になっていた古龍の「金鵬王朝」「繍花大盗」がようやく発売になるのが武侠小説ファンとして猛烈に嬉しい。絶対買いますよ、私ゃ。
 
 DVDでは劇場版響鬼のディレクターズカットが発売されますが、単純計算でも劇場公開版より13分長い仕様。噂によれば、劇場公開版でカットされていた歌舞鬼周りの終盤のドラマと、時代劇パートのクライマックスが復活しているらしく、コミカライズ版に近い形となるのかもしれませんが、これはかなり楽しみです。
 また、個人的には「透明剣士」がDVD化されるのが楽しみなところ。

 なお、CD「新 鬼武者 スペシャルパック オリジナル・サウンドトラック」はUMD-VIDEO「新 鬼武者 THE STORY」が付くらしく、鬼武者ファンがこれを見るためにPSPを買ってPSP生還、次(ry

 と、カタギの方にはわからないネタを出してきたところでおしまい。

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2006.04.24

「柳生雨月抄」 これ何て民明書房?


 荒山徹先生の最新作「柳生雨月抄」をようやく手に入れました。20日辺りに発売と聞き、その前後一週間本屋日参しましたよ…(本当)
 本来であれば全部読んでから感想を書きますが、冒頭一話を読んだだけであまりに凄かったので、予定を変えてとりあえず第一話のみざっと紹介。

○いきなりタイトルが「恨流」(はんりゅう)。そしていきなり今上天皇の発言を引用。

○冒頭から本作が「十兵衛両断」の、それも「太閤呪殺陣」の直接の続編と判明。柳生矩香も登場するので、「柳生薔薇剣」とつながりがあることも判明(って、「薔薇剣」にも登場した柳生友景が主人公なので当然なのですが)

○あの崇徳上皇が突然改心。朝鮮人の恨みの深さに辟易したからというすんごい理由で。伝奇ものに登場した崇徳上皇数あれど、こんな改心したのは初めて見た…

○文字通り、やりすぎなパワーアップをする友景さん。やっぱり柳生にまともな人なんていないんだ…

○朝鮮の対日本組織・征東行中書省結成。もちろんバックには妖術師ですよ。どこの悪の帝国ですか、これは。

○日本-朝鮮の古代史に基づく征東行中書省の霊的侵略の陰謀。「日本書紀」をはじめとして色々な書物が引用されるのですが、だまされないぞ、もう(笑)

○到底美形主人公とは思えない手段で敵の陰謀を粉砕する友景さん。そして友景が仕えることになる人物が伝奇ものお馴染みのあのお方だった、というオチにびっくり。

 とにかく短編だというのにこれだけの要素が一気に詰め込まれているのでもうおなかいっぱい。先生、やりすぎです。
 さらにひっくり返った、というか大丈夫か心配になってきたのは、敵の妖術師が操る巨大な蛾の妖魔に関する解説のあたり。ちょっと引用すると、
高句麗の始祖王朱蒙の父・解慕漱が頤使した蠡であるを以て、慕漱蠡なる名前の由来とされている」
というもの。これだけ読むと別に普通なんですが…
 解慕漱は「ヘモス」、木食い虫を意味する「蠡」は「ラ」と読むので「慕漱蠡」という名前はつまり――まさかこんなに堂々と民明書房な解説を繰り出されるとは思いませんでしたよ。

 とにかく真顔でこういう遊びというか騙しを混ぜてくるのが荒山作品の恐ろしいところで、どんなに真面目な、もっともらしい解説・引用が出てきても、上にも書きましたが「だまされないぞ!」という気分にさせられてしまうのがある意味荒山マジック。まさか「日本書紀」の記載が信じられなくなるとは思いませんでしたよ(笑)
 しかし、何が書いてあっても信じられなくなる、つまり虚実の境がわからなくなるというのは、伝奇物語として、伝奇作家として、ある意味一つの極に達したとも言えるようにも思います。
 まだ単行本十冊にも満たない間にこの境地に達するとは、荒山先生、何とも恐ろしい存在ではありませんか…ってまただまされてる気がする。

 というわけで、この「柳生雨月抄」全六話、一体何が飛び出してくるのか不安と期待で一杯ですが、十分以上に楽しむことができそうです。
 …とりあえず、雑誌掲載時の「李朝懶夢譚」という表題を、単行本収録にあたり「八岐大蛇の大逆襲」に改題したりしている時点で不安。まさか荒山先生が特オタとは思いませんが…「慕漱蠡」だからなあ。

 にしても、後で読んで自己嫌悪に頭抱えそうな文章ですが、まあこの本読んで頭をやられない方が…という気もします。いやもう大好きですが。


「柳生雨月抄」(荒山徹 新潮社) Amazon bk1


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 「十兵衛両断」(1) 人外の魔と人中の魔
 「十兵衛両断」(2) 剣法、地獄。
 「十兵衛両断」(3) 剣と権の蜜と毒

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2006.04.23

作品集成更新しました

 本サイトとこのblogで扱った作品のデータ集作品集成を更新しました。
 今回から、左フレームに個別の作品名リンクを用意しました。いつの間にか収録作品も1000を超えてしまい、五十音別に別れているだけの今までの形式だと、作品を探すのが非常に面倒だったので、何よりも自分自身のために(よく「この作品は日記に書いたっけ?」とか本人も忘れるのです)作ってみました。上フレームからJAVAスクリプトで同時ジャンプするので、JAVAはONにしていただきたく。
 データ集といいつつ、データ抜けもまだまだ山のようにあるのですが、それは今後の宿題ということでご勘弁を。
 ちなみに今回もこちらのフリーソフト「Word Bank」を使わせていただきました。正直、このソフトがないと作るのムリです。いつも助かっています。
 今日は休日出勤なのでこれだけで失礼。

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2006.04.22

「乱飛乱外」第1巻 くノ一大乱戦

 頭の角のために村八分にされていた孤独な少年・雷蔵。ある日、傷を負って倒れていたくノ一・篝と出会い、介抱する雷蔵だが、彼女はさる戦国大名の落胤である雷蔵を探していたのだった。かくて彼女とその仲間たちとともに、お家復興のために旅に出る雷蔵だが、次から次へとトラブルが…

 ある意味少年漫画の定番たるおちものの時代劇版とも言うべき本作、優しいばかりで大した取り柄のない(?)少年が、ある日突然可愛い女の子(…若干一名異なるのもいますが)たちに囲まれてさあ大変、という実にわかりやすいストーリーであります。

 個人的にはこのテの作品はあまり好きではないのですが、本作はタイトル通り敵味方入り乱れての大乱戦(「乱飛乱外」とは、乱れているさま・乱暴なさまの意)、ギャグのテンポはとても良いし、キャラクターも個性的。画も達者ですし、普通に漫画として面白い作品となっていました。
 
 面白いな、というかうまいな、と思うのは、篝の操る忍法・神体合の描写。初めて口づけを交わした殿御の視線を受けると、ゾクゾクきてパワーアップしてしまうという…まあその、描写的にかなりナニなのですが、お色気的にもラブコメ的にも面白い技かと思います。

 そしてまた、その設定がうまく生かされたのがこの第1巻のラストのエピソード。主君たる雷蔵への恋心が押さえられなくなってきた篝は、思わず彼に「自分を見ないで」と言ってしまうのですが、それが、雷蔵がかつて村八分にされていた頃にぶつけられた心ない言葉を思い出させてしまい――という展開で、ラブコメでは定番のすれ違いを、設定とうまく絡めて見せるのには感心しました。

 果たして雷蔵はお家復興に成功するのか、篝の、くノ一たちの恋心の行方は――肩の力を抜いて、でも少しだけ真面目にこの先の展開を楽しみにしているところです。


 …しかしあれだ、本作のMVPは、一歩間違えると容易に少年誌にあるまじき展開になりかねぬところを見事に引き締める「位牌の母上」でしょうな。個人的には懐かしのボヒョーギースを思い出しましたよ(あんなにしゃべったりしないけどね)。


「乱飛乱外」第1巻(田中ほさな 講談社シリウスKC) Amazon bk1

関連サイト
 少年シリウス公式サイト

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2006.04.21

今週の「SAMURAI DEEPE KYO」 ラスト2回…?

 先代紅の王の中で、今は亡き当代に起こされる京四郎。京四郎を先代の中から救い出そうとする当代だが、二人を鎭明が妨害する。が、当代の言葉に己を取り戻した鎭明は、死ぬまで朔夜を守ってやれと、当代と二人力を合わせ京四郎を救い出す。折りしも狂と先代の死合は最終局面。あと一撃というところで狂の手から離れた愛刀・天狼だが、その天狼を、脱出したばかりの京四郎が掴み、狂に投じる。そして一瞬の差で相手を断ったのは、狂の刃だった…

 ついに先代戦決着。あのタイミングで天狼をキャッチ&トスして間に合う京四郎はどんだけ素早いんだ、という気はしますがまあご愛嬌。今回一番インパクトを残したのは、四度目の正直で遂に成仏した鎭明の最期。
 あまりのしつこさに、正直もういい加減…という気分になりかけたところで、己の過去(=生き様)を忘れ、狂気の中で暴走していた鎭明が、弟(当代)の言葉にかつての生き様を、愛した女性のことを思い出し、京四郎を救うというのは、まあ実にパターンではありますが、その鎭明の心境の変化、狂気からの救いを、血の涙から透明な涙への変化によってビジュアライズしてみせたのは、うまい表現であったと思います。最後の最後で、良い最期を迎えることができました。

 と、最後の最後なのは本作も同様。今週のマガジンのカラーページを良く見ると、5月10日発売の第22号にて遂に完結という告知が…
 いや、22号って(次号はGW前の合併号なので)あと残り二回ってことなんですが。確かに単行本の話数的にもぴったりではあると思っていましたが、まさか本当にこのタイミングで終幕とは思いませんでしたよ。
 あと二回で先代いい人化・禁断の扉の向こうの秘密・るる登場(あと謎の壬生京一郎)といった積み残しを消化できるのか!? お楽しみの後日談は!?(江戸夏の陣だけはやめてな) という心配というか不安というかがムクムクと沸いてきますが、その辺を除けば、盛り上がり的には実にいいところで綺麗に終わることができるのではないかと思います。

 もちろん、ここまで来たら小生も最後まで付き合いますよ、ええ。

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2006.04.20

「雨柳堂夢咄」其ノ十一 変わらず在り続ける物語


 実に2年ぶりの「雨柳堂夢咄」最新巻。前の巻で物語にひとまずの決着のついた贋作師の篁氏もつくろい師の柚月さんも今回は出番なしで、純粋に、雨柳堂の蓮君を狂言回しに、骨董とそれを取り巻く人々(ヒト以外もあり)の物語が描かれているというシリーズ初期に近い味わいとなっています。

 この巻では比較的掌編に近い作品も幾つか収録されており、全体としての読み応えはちょっとあっさり目ではありますが、しかしそれと作品の完成度はもちろん別の話。ぐっと来る泣かせの人間ドラマあり、ミステリアスな物語あり、コメディータッチの奇譚あり…と、バラエティに富んだ構成で楽しませてくれます。

 冒頭に書いたとおり、一つの長編として本作に流れと動きを与えていた篁と柚月の二人が登場しないことで、全体の流れとしては留まって動かないのですが、しかしそれが欠点にならないのはこの作品の読者であればご存じの通り。
 時の流れと無縁な――いや、時の流れが凝縮されたかのように変わらず存在する骨董品たちと同様、変わらないことこそがむしろ重要であり、味わいとなるものが、世の中には間違いなくあるのだと思います。

 もちろん、そんな世界を成立させることができるのは、作者の確かな筆力あってのこと。本作では、美しい美術品や妖しくユーモラスな人外のもの、佳人や美男子などが、活き活きと存在感を持って描かれているのはもちろんですが、それ以上に、登場人物たちの浮かべる表情それぞれが、実に見事で、心動かされるものがあります。
 厳格なヒロインの養父が見せた一瞬の表情が大きな感動を生む「秋の鈴音」、高慢な姫人形が人間以上に豊かな表情を見せる掌編「銀の台・金の盞」など、読んでいてハッとさせられるものがあったことです。

 いずれにせよ、時の止まったような世界で変わらず続く優しい物語である本作。雨柳堂の佇まい同様、いつ訪れても安心できる世界が、ここにはあります。


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 「雨柳堂夢咄」第10巻

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2006.04.19

「絵巻水滸伝」第1巻 日本水滸伝一方の極、刊行開始

 正子公也&森下翠の「絵巻水滸伝」がついに単行本として刊行開始されました。
 ついに、と書いたのは他でもない、私が、もともとweb連載だった本作の大大大ファンであって、毎月一回の更新を楽しみにしていたからにほかなりません。あの名作が、本になってやってくる、本として手に取ることができるというだけで、ファンとしては否応なしに胸が躍るのです。

 三国志の陰に隠れて、表にはなかなか現れませんが、実は日本はかなりの水滸伝大国。再販も含めれば(名前だけ借りたものを除いても)毎年毎年なにがしかの形で「水滸伝」が生み出されているお国柄なのです(現に、本作の他、先月は私の知るだけで4冊水滸伝関連書籍が出版されています)。
 その、日本産水滸伝数ある中で、一方の極を北方謙三の「水滸伝」とすれば、間違いなくもう一方の極は本作。北方版が、水滸伝という物語のエッセンスを汲み取りつつ、どこまでも「リアルな」世界を再構築していったのに対し、本作は、水滸伝という物語のキャラクター・シチュエーションを可能な限り尊重しつつ、ファンならば原典に当たる時必ずや疑問に思い、もどかしく感じた点の一つ一つに、納得のいく解をもって答えていくスタイルを取っています。
 こうしたスタイルは、ややもすれば書き手の独りよがりになりかねないものではありますが、本作に関してはその心配はご無用と言っておきます。古典物語が、現代の読者に応えてその装いを変えていくことには賛否があるかと思いますが、それが真にその物語を愛し、かつその物語のパワーを真っ向から受け止めるだけの力量を持つ者の手によってなされるのであれば、問題はありますまい。

 おそらくは日本一、いや世界でも指折りの水滸伝絵師・正子公也と、彼と長い間コンビを組んでその世界を文章でもって描きあげてきた森下翠のコンビによる本作は、大げさに言ってしまえば、誰もが知っている、そして誰もが知らない水滸伝。水滸伝ファンであれば、必ず手にするべき書物と言っても過言ではありません(褒めすぎ? いや、まだまだ褒めたらないですよ)

 なお、この第一巻「伏魔降臨」に収録されているのは、一百八の魔星の封印が解かれる序章から、九紋竜史進、花和尚魯智深の物語を経て、豹子頭林冲が梁山泊に向かう件まで。web連載時に比べ、相当文章・イラストとも手が入っている様子なので、web連載時に読んだ方でも、十分以上に楽しめるかと思います。何より、モニタの画面を見るのと、本として己の手の中にあるものを見るのでは、やはり感覚として全く別なものがありますしね。

 最後に一つだけ不満を述べれば、全十巻を予定されている本作が、原作の第七十回、すなわち一百八人の豪傑勢揃いのところまでで完、となっているところ。その後の部分の物語に向けた伏線も色々とあったのに(この第一巻でも、あるキャラクターの子供時代が登場して、ファンならば思わずニヤリとさせられること請け合い)…とちょっとショックでしたが、公式サイトによれば「第一期」全十巻ということなので、気が早い話ではありますが、その先の物語にも期待している次第です。


 …そういえば、巻頭口絵に書かれている三人の豪傑の渾名の英語名、"Nine Dragoned"や"The Tattooed Monk"はいいとして、"Leopard the Great"はさすがにどうかと思った。いや、格好良いっちゃいいんですが。


「絵巻水滸伝」第1巻(正子公也&森下翠 魁星出版) Amazon bk1

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2006.04.18

今週の「Y十M」 実に感想が書きにくい回でした

 さてさて三載一休の「Y十M」、三週目の今回は、遂に加藤屋敷に潜入した十兵衛とお圭にそれぞれ危難が迫るの巻。新婚初夜のまねごとまでして般若党を誘き出した二人ですが、香炉銀四郎の霞網に捕らわれ、意識を取り戻してみればお圭は加藤明成の腕の中…という最悪のシチュエーション。

 嗚呼、哀れお圭はこのまま獣欲の贄となるのか…というところで思わぬ救いの手。花婿(十兵衛)を襲った女たちが何故か次々と意識を失うという奇っ怪な事態が発生、明成がそちらに気を取られたおかげで、お圭は一時的にその手を逃れますが…さて、十兵衛先生の方は大丈夫なのでしょうか、というところで次回に続く。ご本人は暢気にいびきなぞかいているようですが…

 と、粗筋だけ書くと(いつもながら)非常にあっさりしているのですが、今回はまた何とも実に描写がナニです。ぶっちゃけエロいです。
 いや、お圭さんが手込めにあいかけるシーンはそうでもないのですが、インパクトがあったのは冒頭。般若党をおびき寄せる偽初夜のシーン、心の中では亡き夫の名を呼んでいたお圭さんが、現実では思わず十兵衛(の偽名)を呼んでしまうシーンがただごとではないナニっぷりで驚かされましたよ。驚いてどうする、という気もしますが。

 と、妙齢の女性も読んでいる(というか兄弟親戚も読んでいる)ブログでまっこと感想を書きにくい今回の「Y十M」でありました。

 にしても十兵衛先生、またもんのすごいイイ体つきで、あれで「医者でござる」っても誰も信じないのでは、と余計な心配をしてしまったことです。

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2006.04.17

「KAIKETSU!赤頭巾侍」 赤頭巾侍、人の世の狼を斬る!?


 鯨統一郎氏による、正義に燃える覆面の剣士を主人公にした連作時代ミステリ(…と言ってよいのかしら)の怪…いや快作であります。
 主人公・久留里一太郎は、父の創始した津無時円風流を操る無敵の浪人剣士。普段は寺子屋で子供たちを教えている一太郎ですが、江戸で次々と巻き起こる無法な事件に彼の怒りが頂点に達したとき! 彼は赤頭巾に顔を隠して、人間の皮を被った狼をバッサバッサと斬り倒す赤頭巾侍となるのです。なるんですが…

 格好良く悪を倒して気分もすっきり…と思いきや、そこで顔見知りの同心から知らされるのは、アリバイやら何やらで、斬った相手が実は犯人ではなかった!? というショッキングな「事実」。これじゃ俺って単なる殺人鬼…という訳で頭をフル回転させた一太郎が、「事実」の背後に隠された「真実」を見破ってめでたしめでだし(?)というのが本作の毎度のパターンとなっています。

 いや、本当に呆れるのを通り越して感心するくらい毎回毎回おんなじパターンで物語が展開される本作。作中の雰囲気や作品としての完成度等、全てをひっくるめて一言で表するとすれば、「ユルい」という言葉が一番しっくりくる作品であります。表紙イラストを唐沢なをきが担当しているのも伊達じゃない(?)。
 時代小説としても、推理小説としても、合わない人は徹底的に合わないだろうな、と正直なところ感じます。

 しかしこのユルさ、私にとっては決して不快なものではありませんでした。そりゃあ作品毎のトリックには苦しいものもありますが(特に最終話のはヒデエ)、しかし二段、三段返しで展開していく物語はなかなかに面白いですし、一太郎をはじめとする登場人物たちの微妙な間の抜けっぷりが、実はかなり重い・黒い各話のストーリーの印象を、うまく中和していると言えます。

 ちなみに本作の登場人物中、もっとも破壊力があるのは、間違いなく一太郎の顔見知りの同心・小田左右衛門丞和正。一太郎に冷厳な「事実」を突きつける役のこのお方、冒頭数話はごく普通のお堅い人物に見えましたが、実は一太郎のことを…というとんでもない人物であることが途中で判明。以下、登場するたびに、切ない胸の内をどこかで聞いたようなフレーズ(ヒント:名前)に乗せて一人口ずさむという怪キャラとしての地位を、作中で確立するのでした。
 いや、この人についても、正直、途中でネタが苦しくなってくるのですが、それでもこのキャラ立ちは素晴らしい。

 最終話で、探し求めていた父の仇を倒して江戸を離れる一太郎の姿を描いて、ひとまずの終わりを告げる本作。しかし、ここまできたらユルさと繰り返しギャグをとことんまで極めて欲しいところ。
 いつの日かまた、赤頭巾侍の勇姿と――あてが外れて真っ青になる一太郎の顔、そして切なくため息をつく小田様に会いたいと感じた次第。


「KAIKETSU!赤頭巾侍」(鯨統一郎 徳間書店) Amazon bk1

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2006.04.16

妖異聚成はじめました

 以前から試しにwiki化していた年表とデータベースを、一つのwikiにまとめてみました。名前は「妖異聚成」。相変わらず恥ずかしい名前です。
 機能面からどうしてもpukiwikiが使いたかったので、わざわざlacoocanに申し込んで設置しましたが、いざ設置してみるとAutoLink機能が非常に便利です。年表とデータベースの連携は、ずっと昔からやってみたいと思っていたのですが、それがこんなに簡単にできるとは思いませんでした(まあ、年表全体でAutoLinkが使えるように、coler指定を全ページ外したりと大変だったのですが)。
 しかし年表の方で使っていたpyukiwikiの方はpukiwikiへの移行は非常に簡単だったのですが、泣かされたのはデータベースの方の@wiki。個別ファイルの作り方(正確にはファイル名の付け方)が全然異なっていたので、その変換作業にえらく手間取りました。
 と、そんなことはさておき、ようやく形ができたので、あとは中身をどんどん充実させていきたいと思います。折角(比較的)データの追加が簡単な形に なったわけですからね。
 lacoocanはlacoocanで、wikiにしか使わないのも勿体ないので、ブログをMTに変更しようかしら。まあ、まだまだ先のことではあります。
 も一つ地道な更新。今日は何の日のデータを更新しました。年ベースでなく月日ベースで年表を眺めてみるというのもなかなか面白いですね。

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「伊庭征西日記 徳川直参の生き様と明治維新」 剣士、幕末を生きる


 「コミック乱ツインズ」誌に半年強連載されていた森田信吾のコミックの単行本化。幕末史に名を残した白皙の美剣士・伊庭八郎の壮絶な一生を描いた作品ですが、さすがは森田信吾、伊庭のキャラクターが実に生き生きと描かれており、客観的に見れば悲劇的なはずの物語が、実に清々しい味わいの作品となっておりました。

 伊庭八郎と言えば、名門・心形刀流の天才剣士にして、その美貌で知られた存在。官軍との戦いの中で片腕を失いながらも箱館まで奮戦を続け、遂に壮烈な死を遂げた、最後の剣客の一人と言ってよい人物であります。
 もとより剣戟アクションを描かせたら当代五本の指に入る作者、この伊庭八郎を果たしていかように描くのか――と期待しつつ蓋を開けてみれば、そこで描かれていたのは、単なる剣客としてだけではなく、一人の青年として幕末を颯爽と生きた等身大の伊庭八郎の姿でした。

 幕末を舞台とした物語というと、どうしても思想的な――勤王あるいは佐幕――要素が入ってきますが、本作の伊庭は、立場は旗本として幕軍で戦ったものの、そこに思想的なものが感じられないのが興味深いところ。
 江戸で生まれ育ち、幕府の禄を食んだものとして、ごく自然に、それが当然の生き方として己の生を生きた観があります。

 こう書くと、それはごく普通にあることのようにも思えますが、幕末に限らず、果たしてどれだけの人間が、己の生を真っ正面から受け容れ、一途に生き抜くことができるかと思えば、伊庭の生き様の素晴らしさがわかろうというものです。
 この辺り、名作「栄光なき天才たち」で、様々な偉人たちの生き様を描いてきた森田信吾ならではの味わいなのではないかな、と思った次第。

 惜しむらくは、前半の物語展開と後半のそれの雰囲気と物語の進行速度が明らかに異なることで、この辺り少し勘ぐりたくなるものもありますし、画の荒れ様もかなり厳しいものがありますが、それは今言っても仕方ありますまい。

 迫力ある剣戟アクションと、哀しくも気持ちの良い人物描写と――本作が、森田作品の二つの魅力が融合した魅力的な作品であることは間違いありません。


 …あ、カステラや鰻を食べて喜ぶ伊庭の姿に、名作「駅前の歩き方」の花房先生の姿を感じたのは私だけでありましょうか。そうすると三つ目の魅力もありますね、と蛇足バリバリなことを書いておしまい。


「伊庭征西日記 徳川直参の生き様と明治維新」(森田信吾 リイド社SPコミックス) Amazon bk1

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2006.04.15

「手習重兵衛 天狗変」 これまさに大団円


 全六巻の「手習重兵衛」シリーズも本作で完結。前巻で故郷の諏訪に帰った重兵衛が、主家とりつぶしの陰謀を巡らせる謎の天狗面一党を相手に、最後の大活躍を見せます。

 遂に故郷である諏訪に帰り着いた重兵衛。が、故郷の人々は、罠にかかったとはいえ友を斬って出奔した重兵衛に対し、非常に冷たい態度で当たります。そんな人々の態度に憤りと哀しみを覚えつつも、しかし侍を捨てることを決意した重兵衛は、新しい生に踏み出そうとするのですが――
 そこに影を落とすのは、これまで重兵衛たちを抹殺するために数々の陰謀を巡らせてきた諏訪忍びの一党と、彼らを操る謎の天狗面の男。更には宿敵・遠藤恒之助もまた、新しい一歩を踏み出すために重兵衛を斬ろうと狙います。

 が、天狗面の狙いは更に深いところに――重兵衛の主家を取り潰しに導かんとするところにありました。ここで面白いのは、天狗面の陰謀遂行のために、重兵衛のかつての主家が諏訪であることに、きちんとした意味が持たされていること。詳しくは書けませんが、なるほど、この手があったか、と陰謀が明かされた時には大いに感心いたしました。この辺り、一貫して剣豪ミステリをものしてこられた作者の巧みな業前と申せましょうか。

 そして遂に発動した天狗面の計画の前に、風前の灯火と思われた諏訪家の命運ですが、もちろん重兵衛たちが黙っているはずがない。苦心の果てに敵の陰謀の正体を掴み(ここで反撃の糸口を見つけるのが、ぼんくら同心の河上惣三郎というのがシリーズファンには何とも嬉しいところ)、後は一気にクライマックスの大殺陣になだれ込みます。

 まあ、折角江戸から駆けつけたのに、その大殺陣に加われずお留守番で終わってしまった人がいたり、結局人捜し屋の出番が短編一作しかなかったり、師匠の角右衛門の恋話は不明のままだったり(と、これは後に意外な形で語られるのですが)と、微妙に残念なところがなくもないですが、まずは見事というほかない大団円、これで文句を言ったら時代劇の神様にバチを当てられるでしょう。
 それどころかむしろ、続編を期待したくなる本シリーズではありますが、まずはこれにて全六巻の完結。
 設定的にはまだまだ続けられるように思えるシリーズですが、本作での重兵衛の決断を思えば、これ以上の戦いを彼に求めるのは酷というものでしょう。まずはこの痛快な作品を最後まで読むことができたことに感謝したいと思います。


「手習重兵衛 天狗変」(鈴木英治 中公文庫) Amazon bk1


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2006.04.14

今週の「SAMURAI DEEPE KYO」 みんなの願いが一つになれば

 紅の塔が破壊されたことにより力を失う血の兵士に対し、四聖天&壬生一族の反撃と、人間軍の追撃が始まる。一方、紅虎とサスケは禁断の扉の前に辿り着くが、扉のために命を落とした人々の邪魂が二人を襲う。が、四方堂が運び、寿里庵がメンテし、時人が力を与えた村正の小太刀が遂に妖刀・村正の力を発揮。遂に四本揃った村正の力により扉が開く。そして狂と先代も、最後の太刀を交えようとしていた――

 先週に引き続き、全員揃って快進撃な今回。遅れてきたくせにゲームなぞ提案するほたるは相変わらずで何よりです。その弟の挑発に乗って真っ先に飛び出していく兄上も(そしてその提案に喜んで飛びつくバカ師匠)。

 が、今回の助演男・女優賞は寿里庵&四方堂コンビ。見てくれはダメ人間そのものですが、共に心の奥に深く、重いものを抱えた二人の大人が時人を支え、励ますシーンは素直に良いシーンでした。そしてそこで初めて見せた時人の凛とした表情も実によろしい。

 しかし村正が同じ場所に揃わなくともOKというのはさすがに予想できなかった。だとしたらわざわざ危ない思いして扉に突撃したトラとサスケの立場は…いや、トラに出番があるのは結構な話ですが。

 そして、まだやってたの?感漂う狂と先代の対決もそろそろ終わり。一歩間違えるとあと二、三回で終わりそうですが、まずは先代回想→いい人化展開があるでしょうし、バラバラに戦っていた面子が一つところに集結して、最後の敵と戦って終わり、というようなもう一山を期待する次第です。

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2006.04.13

今日の小ネタ(非時代ネタ)

シンガポール人が探した「秘伝書」あった
 事実は小説よりアレなりを地でいくような素晴らしいニュース。赤兜様のところで見て以来気になっていたのですが、まさか続報(完結編)があるとは思いませんでした。

「北海道ではない北の果てにいる日本人の空手家」
「ソーマ」「秘伝書」「人里離れた道場」
「気の流れの「波動」を自在に操るという空拳法道の極意」

 などという現実社会でお目にかかることは到底出来そうにない、どう考えてもこれ夢枕獏先生の小説だろ、ってなワードが連発されるだけでうっとりですが、その果てに迎えた結末が何ともふにゃふにゃしてて愉快です。そもそものきっかけなどを踏まえてよく考えてみると、何の解決にもなっていないのがまた素晴らしい。あと、実に微妙な故シンガポール人武道家評(とそれに納得する武道家の家族)とか。

 普段、タイムスリップしてきた日本人武芸者との決闘に感銘を受けたドラキュラ伯爵が子孫を捜して来日する話や、秘術バスク流殺法の使い手のフランシスコ・ザビエルさんがオリハルコンを探すため日本にやってくる話、日本に来たガリヴァーが堀部安兵衛と一緒にキャプテン・キッドに奪われた草薙剣を追う話みたいなのばかり読んでいる私ですが(いや全部実際にある小説なんだって)、現実にもこういう話があるんだから素敵だな、としみじみ感じ入った次第です。

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今週の「Y十M」 花婿争奪戦!?

 さて今週の「Y十M」、いきなり室賀豹馬が登場したのでどうしたのかと思いました。
 …と、ベタなネタはさておき、うれし恥ずかし新婚初夜のカップル、盲目の婿に…はて、花嫁は誰?

 というところで時間は少々戻って、前回ラストの十兵衛花婿宣言のシーンに。
 般若党誘き出しのために花婿花嫁を用意するのであれば、当然花嫁さんが必要に。
 さて――誰が十兵衛を婿にするのか?

 というところで色々と意識しまくりのホリガールズ。何というか、もう、「・・花嫁・・」のコマに爆笑いたしました。

 お笛の「日本一のいい男」という天然発言に、一瞬色々と複雑な表情を浮かべた後に、何となく微笑み合ってしまうコマも、こちらまで微笑ましくなってしまうものがあります。
 今回の描写の数々は、決してあからさまではないのですが、ホリガールズの十兵衛先生への想いというものが温かく伝わってくる、なかなか良いものであったかと思います。

 個人的には、何でみんなが積極的におよめさん役に立候補するのか気づかない、十兵衛先生のニブチンぶりをもっと強調してもらいたかった気もしますが、これ以上コメディパートをやると物語の深刻さを殺しかねないので、まあ仕方ないのかもしれません。

 そしてくじ引きの末に選ばれた花嫁はお圭さん。何だか大変にうれしそうです。冒頭のシーンに戻って、十兵衛の腕の中でガチでドキドキしているお圭さん。扱いに困って早く襲ってこいと天井裏の般若党どもに念じてしまう十兵衛先生ともども、何なんでしょう、この微笑ましさは。

 さて、首尾良く般若党を誘き出した二人ですが――というところで以下次号。

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2006.04.12

「木島日記」(小説版) あってはならない物語

 民俗学者・折口信夫は、ある日誘い込まれるように訪れた古書店・八坂堂の一角で、構想中の己の小説の題が冠せられた、己の名義の書物を発見する。それは八坂堂の主人にして奇怪な仮面を身につけた男・木島平八郎の手による偽書であった。「この世にあってはならないもの」を仕分けることを裏の生業とする木島に導かれるように、折口は次々と奇怪な事件に巻き込まれていく。

 「偽史」、というものが以前から気になっておりました。
 歴史好きで伝奇好きの僕にとって、偽史というものはもちろん避けて通れない存在であり、いずれはうちのサイトの年表の中に全て取り込んでくれようと不遜に思っていたのですが、さて、偽史と伝奇の違いとは何だろう、と思ったのは、間抜けなことについ最近のこと。

 おそらくは歴史に根ざすフィクションであって、己をフィクションとして自覚してその域に留まっているのが伝奇なのに対し、自覚しているといないとにかかわらずある意図の元に己を事実・史実として主張するようになったものが偽史なのでありましょうが、さて、それではフィクションを偽史たらしめる意図・意志とは――というところでこの「木島日記」。

 本作の舞台は昭和初期、二・二六事件後の、日本がまさに戦争の狂気に飲み込まれていかんとする時代。その昏く狂熱的な時代を背景に、仮面の古書店主・木島に魅入られた折口信夫が目撃する事件の数々は、いずれも正史と偽史のあわいを縫うように現れ消えるものばかり。

 木島の仮面の下の素顔にまつわる物語「死者の書」、サヴァン症の子供たちによる未来予測計算の顛末が語られる「妣が国・常世へ」、偽天皇とキリスト日本渡来説とロンギヌスの槍という奇怪な三題噺「古代研究」、帝都を騒がす赤子攫いと八百比丘尼伝説が意外な交錯を見せる「水の女」、ジプシーの記憶する水が語るヒトラーの出自とユダヤ人満州移住計画を描く「若水の話」――本書に収められた物語で扱われる“ネタ”は、伝奇好きであればどこかでお目にかかったものも少なくありませんが、しかしそんなフィクションを偽史たらしめんとする意志の存在が、木島たちの存在を介して描かれることにより、物語を実にエキサイティングなものとしているのは、本作の収穫でしょう。

 我々が正史と信じているものに、どれだけ虚構で構成されているか。我々が偽史と嗤うものに、どれだけ真実が含まれているか。本書を読み進むうちに、確かなものと信じていた過去=歴史が、もしかすると…という気分が自分の心の中に生まれていくのは、木島の手による偽書の中に己の姿を見いだした折口の姿に重なるものがあって、一種倒錯した愉しさも感じられることです。
 そしてまた、その愉しさの中にある危険性(それはもちろん本作や姉妹編「北神伝綺」で描かれる民俗学の孕む危険性と同種のものですが)に気づかせてくれるのは、なるほど悔しいが大塚英志ならではの業前と言わざるを得ません。

 偽史が――それもロマンの欠片もないつまらない代物が――大きな顔をして白日の下で跋扈する今という時代に読む(書かれる)に相応しい作品であると申せましょうか。


「木島日記」(大塚英志 角川文庫) Amazon bk1


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2006.04.11

「物語柳生宗矩」 “でもあった”宗矩像

 昨日は柳生十兵衛を取り上げたので今日は柳生宗矩…というわけではないですが、タイトルの通り、柳生宗矩の一生を、彼の一族・周辺の人々、そしてその剣理を通じて描いた作品を。何の気なしに足を踏み入れた古本屋で発見したので確保、早速読んでみたものです。

 柳生宗矩というと、どうも重厚な人柄で堅苦しい性格の剣聖か、さもなくば剣の道を外れた陰険な陰謀家として描かれることがほとんどですが、本書においてはそのどちらでもなく、実直な人柄の勤め人、家光の指南役というより教育係として捉えているのが面白いところ。「宗矩は剣術家であったのではなく剣術家でもあった」という一文が、何よりも作者のスタンスを良く表していると言えるでしょう。
 なるほど、フィクションの宗矩像に慣れた身としてはいささか真っ当すぎる気もしますが、剣術指南から大名にまで上り詰めた宗矩の姿を史実をベースに眺めると、本書の宗矩像はなかなかに卓見のように思えます。

 物語といいつつ、基本的に史実を追った歴史記事の集合といった趣で、特に必ずしも編年体で描かれているわけではなく同じような記述が何度か現れたり、また、客観的でいるようでいてかなり作者の主観が入っていたり(そこが「物語」たる所以かもしれませんが)、微妙な点はあるものの、父や息子たちに比べていささか地味に感じられる柳生宗矩の事績をこのような形でまとめたというのはなかなか貴重な本かと思います。

 宗矩の「兵法家伝書」、沢庵が宗矩に与えた「不動智神妙録」「太阿記」のほぼ全文が収録されているのもポイントが高いところでしょう。拾い物でありました。


「物語柳生宗矩」(江崎俊平 社会思想社現代教養文庫) bk1

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2006.04.10

「柳生十兵衛七番勝負 島原の乱」 村上十兵衛再び!

 迫力ある剣戟シーンと豪華なゲストで楽しませてくれた「柳生十兵衛七番勝負」の続編「柳生十兵衛七番勝負 島原の乱」がスタートしました。主役・十兵衛を演じるはもちろん村上弘明、今回はタイトルの通り、島原の乱を背景に十兵衛が死闘を繰り広げるという展開の模様です。

 今回十兵衛のライバル(となると思われるの)は、あの荒木又右衛門。鍵屋の辻で首尾良く仇討ちを果たしたものの藤堂家お預かりとなっていた又右衛門ですが、主家を思う心を逆手に取られて罠にかかり、心ならずも悪公家・円条寺業平(杉本哲太)らの反幕の陰謀に荷担することに(この辺りのロジック展開はかなり無茶な気もするのですが、まあ気にしない)。
 又右衛門を演じるのは高嶋政宏。ずいぶん老けたな地獄極楽丸…と失礼なことを感じてしまいましたが、なかなかの貫禄を感じさせる風貌です。何よりも、懊悩の末かつて仇討ちに出立する際に但馬守に与えられた刀をへし折り、決別の証とするシーンの、ほとんど特殊メイク級の鬼気溢れる表情には圧倒されました。「儂は人間を捨てた」などという台詞もあったので、魔界転生するんじゃと心配になりましたよ。
 そして、正月時代劇では又右衛門を演じた村上弘明が、今度は彼と戦う立場になるというのもなかなか面白い話ではあります。

 また、個人的に非常に嬉しいのは、由比富士太郎(若き日の由比正雪!)を演じるのが、和泉元彌ということ。このままフェードアウトしてくのかと心配してましたが、NHKに出れて良かった…じゃなくて、総髪の才子面が非常に似合っていていい感じであります。十兵衛と対決シーンはないのかなあ(いや、島原の乱の頃に斬られちゃ歴史が変わりますが)。
 も一つ、若手役者で一、二を争うくらい忍者の似合う男と思うところの高野八誠演じる青年忍者・大次郎が再登場してくれたのも嬉しいところです。

 何はともあれ、いまやTV時代劇最後の頼みの綱、という観のあるNHKの金曜時代劇改め木曜時代劇。思いっきりチャンチャンバラバラ、痛快にやって欲しいものです。


 しかし博雅、すっかりグレてしまって…いや、杉本哲太の話。


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2006.04.09

「怪~ayakashi~ 四谷怪談」 拡散する物語の魔


 ビデオに撮り溜めておいた「怪~ayakashi~ 四谷怪談」全四話をようやく見ることができました。四谷怪談といえば、日本人であれば怪談に興味がない人間でも知らぬ者はないであろう(そしてその割に全貌を知っている人は少ない)怪談。その四谷怪談を深夜アニメで、しかも脚本は小中千昭氏ということで、期待半分心配半分で見たのですが、これがなかなか面白かった。

 本作は、原作「東海道四谷怪談」の作者である四世鶴屋南北が、四谷怪談の物語を語っていくという趣向。最終話の前半まで、かなり原作に忠実に四谷怪談の世界が語られていくのですが、絵はキャラクター原案の天野喜孝の妖しくも恐ろしいビジュアルをうまくアレンジしておりましたし(最終話でかなり作画が崩壊したのが残念ではありましたが)、声優陣も渋い芸達者揃い、何よりも時にじわりじわりと、時に一気呵成に、恐怖を描き出していく脚本と演出がなかなか良くできており、これァ深夜にリアルタイムで見ていたらかなり恐ろしかったろうな、と素直に感心いたしました。
 個人的には、直截的な超自然現象の恐怖よりも、第三話のように人の心が生み出す地獄模様が非常に恐ろしく、心に響いたのですが、これはそれだけこの作品の描写が成功していたということではないかと思います。

 が、さすがは小中千昭。冒頭で心配半分と書いたのは、実にここしばらくの(もしかしたらずっと変わらずかもしれませんが)小中作品が、自分の趣味に走りすぎて時に暴走気味になるところがあったためなのですが、本作でもその期待(?)に応えてくれました。
 先に「最終話の前半まで」と書きましたが、四谷怪談の物語はここまでで語り終えられ、残る部分では、四谷怪談という物語が生み出した怪奇(四谷怪談上演前にお岩様にお参りしないと怪我をする等の曰く因縁話など)が、南北により語られていきます。
 つまり、それまではあくまでも「四谷怪談」という物語の中の怪奇が描かれていたものが、ここに至って物語の外を浸食していくという、一種「うつる怪談」へと物語は変容。しかも、南北の口からは、明確にこの物語が――実在の人物と事件をモデルにしながらも――あくまでもフィクションであることが語られるにもかかわらず、フィクションの中の魔が現実を浸食していく様が淡々と描かれていくのです。
 そして、単なる演出と思われた、南北が四谷怪談を語るというスタイルが、実は南北自身は己が故人であることを自覚しつつ現代にその姿を現し、TVの向こう側の我々に語りかけている形式であったと明かされるに至って、一つの物語が、それを望む我々の存在により再生産され、拡散していくという構図(これ、つい最近も「ウルトラマンマックス」で小中氏がやってましたな)が描き出されて物語は終わりを告げます。

 さすがにラストのこの展開は、ホラーファン以外の堅気の衆にはキツいんではないかな、またやっちゃったかな、と思いつつ、しかし私個人としてはかなり満足できたのも事実。
 「うつる怪談」というのは、「リング」などのフィクションを問わず、「かしまさん」やいわゆる自己責任系の実話怪談を問わず、ホラー・怪談の世界ではかなりポピュラーなものではありますが、あの「東海道四谷怪談」もまた、その系譜に連なる――というよりその嚆矢とも言うべき存在であった、という視点は実に刺激的であり、そしてまた作者が物語の魔に取り込まれるというメタなホラー展開を、よりにもよってこの「東海道四谷怪談」でやってのけるという小中氏の心意気にしびれたとでも申しましょうか。

 お馴染みの物語を丹念に語りつつも、そこに全く別の色彩を付与してみせるその手腕――やはり何だかんだ言いつつも、小中氏が優れたモノ書きであることを再認識させられた次第です。

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2006.04.08

「天下騒乱 鍵屋ノ辻」 人物配置の妙が光る仇討ち物語


 日本三大敵討の一つとして名高い荒木又右衛門の鍵屋の辻の仇討ちを題材に、池宮彰一郎先生が独自の観点で描いた大作。
 鍵屋の辻の仇討ちを、単なる個人対個人の遺恨・争闘の物語に終わらせず、より大きな江戸時代の社会全体に関わる事件として描き、また、又右衛門の戦いを、武術対武術に止まらず、情報戦・謀略戦の域にまで高め、一つの「戦(いくさ)」として描いている辺り、この作品の独自性がうかがえます。

 …まあ、「それ何て「四十七人の刺客」?」という気もしますが、あちらと異なるのは、この又右衛門の戦いの結果如何に、天下が再び騒乱の巷と化すか否かがかかっている点と、騒乱を抑えるためにあえて己を「悪」として戦いをプロデュースする存在――土井大炊守がいること。

 単なる一家中の刃傷沙汰に過ぎなかったはずの事件が、揉めに揉めた末に天下の耳目を集めるほどの騒動となったのは、徳川家の下風に立つとはいえ万石取りの大名と、石高で劣るとはいえ徳川直参の誇りを持つ旗本と――その両者の対立構造の中に、ぴたりとはまりこんでしまったがため(あ、もしかして又右衛門の三十六人斬りが喧伝されて、この事件が単なる剣豪譚になってしまったのはその辺りから目を逸らすためだったりして…って、最近変な本の読み過ぎですな)。
 この視点から鍵屋の辻の仇討ちを描くのは、この作品が初めてというわけではありませんが、その対立が、ようやく安定したばかりの徳川幕府を覆しかねない、すなわち天下騒乱の火種として捉え、その巨大なうねりに立ち向かう者として――それも立ち位置がマクロなレベルとミクロなレベルのそれぞれの代表として――土井大炊守と荒木又右衛門を配してみせたのは、まさに池宮先生の見事な業、と申せましょうか。
 つまり、争闘の当事者たる又右衛門だけでなく、政治の大所高所からこの事件を俯瞰する土井大炊守の存在により、この事件が天下騒乱を招きかねぬ大事である、ということを存分に描き出すことに成功していると感じた次第。

 個人的には、荒木又右衛門の絵に描いたような(美化された)武士っぷり以上に、土井大炊守の「正しさ」(己が「悪」を為していることを本人が先に認めてしまっているだけに一層たちが悪い)に馴染めないものを感じるのですが、それは単に私がひねた小人だから、なのでありましょう。
(しかしこの「正しさ」感、隆慶一郎先生の作品にも通じるものがあるのですが、戦前生まれの方特有のものなのかしらん)

 ちなみに本作、今年の正月時代劇としてTVドラマ化されましたが(私の感想はこちら)、原作ではチョイ役だった柳生十兵衛を主役の一人にフィーチャーして、大分アレンジがほどこされておりましたが、これはこれで正しいアレンジではないかとも思います。


「天下騒乱 鍵屋ノ辻」全2巻(池宮彰一郎) 上巻 Amazon bk1/下巻 Amazon bk1


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2006.04.07

「秘剣孤座」 剣士独り座す


 佐伯泰英先生の「秘剣」シリーズ第四弾は、前巻で描かれた徳川光圀と、柳沢吉保&水戸家の反光圀派の暗闘がいよいよ本格化。光圀の食客となった主人公・大安寺一松も、否応なしにその渦中に巻き込まれていくことになります。

 尤も、不動の巌の如き存在感を持つようになった一松は、繰り広げられる暗闘の中でも変わることなく剣を磨く日々。前巻辺りから感じられることですが、時に侮蔑の意を込めて、時には親しみを込めて「偽侍」と呼ばれる一松の方が、権力闘争に明け暮れ、あるいは己よりも弱い立場にある者を踏みつけにして顧みない生まれながらの武士たちよりも、遙かに真の武士らしく見えてくるのが面白いところです。

 そしてこの巻では、ついに一松が一家を――流浪の旅の合間に立ち寄る仮初めの宿とはいえ――構えることに。孤独の中に生まれ育った彼が、守りたいもの、守るべきものを得てどのように変わっていくのか、気になるところです。
 なお、この巻で彼が編み出す剣は、これまでの激しい動きを基本とした技とは大きく異なる、静の姿勢に始まる秘剣・孤座でありますが、この新たなる剣が、そのまま彼の変化しつつある生き様を映しているというのは、あながち穿った見方でもないでしょう。
 それにしても、一松の初登場時における「これだけ感情移入できない主人公も珍しい」という印象は、この巻までですっかり拭い去られた感があります。

 厳しいことを言えば、シリーズ初めからの宿敵である薩摩藩が、場繋ぎ的な便利な敵役扱いになってしまっているのが気になるところではありますが、今の一松を描き出すには、水戸藩の暗闘の中の方がより似合っているように思えますので、それもまあやむなしかもしれません。

 深みという点では他の作品に一歩譲るかもしれませんが、続刊が気になる作品であることは間違いありません。


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2006.04.06

今週の「SAMURAI DEEPER KYO」 大団円へのプレリュード

 狂に黄龍の一撃を加えた先代紅の王は、倖せを求める人の欲望が果てない争いを生むことを哀しみ、全てを無に帰すと決めたとゆやに語る。その意を体現するかの如き血の兵士たちの前に四聖天が屈しかかった時、しかし、村正・吹雪・ひしぎの魂に導かれてほたるたちが復活。更に、外界を制圧するはずの兵士たちも、幸村の呼びかけで集結した徳川・真田・伊達連合軍の前に阻まれていた。それでもなお、自分がいる限り勝利は動かないと確信する先代だが、その眼前で紅の塔が粉砕される。皆の呼ぶ声の前に、狂が再び立ち上がったのだ――

 一気にオールスターキャストとなった今回。まずは予想通り、電池を抜かれていたほたる・辰怜・時人・遊庵とオヤジの壬生勢が復活。冷静に考えると、何をどうすれば村正たちの導きで復活できるのか全くわからないのですが、まあ最終決戦に出番があってよかったよかった(四聖天が何だか可哀想な気がせんでもないですが)。

 また――何年ぶりでありましょうか、阿国さんが登場。てっきり壬生で何か秘密を探っていたかと思ったら(あんまり前なのでもう覚えておりませんわい)、幸村のパシリで家康の元に向かっていたことが判明。というか、先代の外界制圧作戦を探っていたんですね。それにしても「信念」の一語に弱い本作のSAMURAIらしく、幸村の要請に応えて立ち上がった家康はいい人。
 そして家康の傍らには幸村のお兄さん信之。さらに十勇士-2(真田と伊達には彼らが回ったんでしょうな)、おまけに元・村正の近衛隊長の庵里まで参戦。
 かつて十勇士二人に足止めを食らった徳川軍が今更役に立つかという声もあるかと思いますが、当の十勇士たちが味方についているし、侵攻を押さえるだけだったら結構いけるんではないでしょうか。マジメに考えるもんじゃないですが。

 そして四方堂と紅虎・サスケは禁断の扉に向かい、幸村は――何で戻ってきてるんでしょう、この人。先代を挑発するときは実にいい顔をしてますが。
 まあそれはともかく、SAMURAIもそれ以外も、人間も壬生も力を合わせて一つの敵に立ち向かう姿は実に熱血少年漫画のクライマックスらしくて素晴らしい。あと二ヶ月程度で完結になりそうな勢いですが、ここまで盛り上がってくれば文句なし。来るべき大団円を楽しみに待つことにしましょう。

 あ、忘れてましたが、遂に抜け殻となった体まで崩壊してしまった鎭明に合掌。というか、体が残っていれば京四郎の復活は大アリということですね。もうここまで来たらいいモンは全員揃ってゴールを迎えて欲しいものです。

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2006.04.05

今週の「Y十M」 お鳥さん一歩リード?

 今回はストーリー的進展はほとんどなし。十兵衛先生を囲んでのホリ・ガールズ(by村某殿)のディスカッション…と言っては何ですが、そんな感じ。でもこれはこれでキャラクターの表情の変化がじっくりと見て取れて面白かったのですよ。

 今回特に印象に残ったシーン(表情)は二つ。一つは漆戸虹七郎の剣の凄まじさを語る時の十兵衛のまなざしであります。普段は飄々と、どこか人を食った観のある十兵衛が一瞬見せた、剣士あるいは剣鬼としての表情は、どこまでも鋭く、インパクト十分でありました。コマ割で十兵衛の眼をアップにして見せているのもうまいところ。

 と、個人的に感心したのはこの直後――相手が斬る気であったならば唐竹割りになるところだったと語りながら、なおかつそこで「んふっ」と笑ってみせ、更にそれが強がりだと自分で口に出来る十兵衛の有りよう。
 己の敗北を正直に認め、そして自分が強がりを言っていると平然と認めてしまう、しかもそれで周囲を暗くさせたり悲壮感を感じさせずに、というのは、なかなかもって出来ることではありません。十兵衛先生の男としての、人間としての器の大きさとでも言うべきでしょうか。

 原作では、ここでホリ・ガールズの心の中のさざ波について語られるのですが、ここで思わぬ変化球――今回特に印象に残ったのものその二。何とお鳥さんに「んふっ」伝染(その直後にお笛にも伝染)。
 いや、原作の微妙な心理描写は、どう描いても空々しく、あるいは生々しくなってしまいそうではあるのですが、そこで「口癖の伝染」という場面を入れることにより、ホリ・ガールズが十兵衛に抱く親近感・親愛の情を何よりも雄弁に(原作の描写とは少々ずれてはいますが)語る形になっているのには唸らされました。

 …と、真面目っぽいことを書きましたが、何というか異常に可愛いんですが、このシーンのお鳥さん。一体彼女に何が、というかせがわ先生に何があったのか。
 先の孫兵衛戦でのフィーチャーぶりは、まあ原作通りなのですが(しかしamazonのレビューでも一躍人気者に)、まさかここで、このような形でキャラ立ちしてくるとは。可愛いじゃねえか、ちくしょう。

 と、馬鹿なことを書いているうちに、十兵衛が「自分が花婿役になる」と意外な(?)作戦を語ったところで以下次号。さて、花婿がいればおよめさんも要るわけですが…果たしてこの調子ではどんなことになりますか、ワクテカしながら次週を待ちましょう。

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2006.04.04

魔人ハンターミツルギ 第01話「宇宙忍者サソリ軍団をつぶせ!!」

 ある夜日本に落下する怪しい流れ星。宇宙からサソリ魔人が地球を狙ってやってきたのだ。それを察知したミツルギ一族の長老・道半は、一族に伝わる智・仁・愛の短刀を、銀河・彗星・月光の三兄弟に与えるのだった。その頃、徳川家康を狙うも服部半蔵に阻まれたサソリ軍団は、家康の孫娘・濃姫を誘拐。姫を救い出したミツルギ三兄弟だが、その前に巨大な怪物デノモンが出現。三兄弟は三つの刀を合わせて巨大神ミツルギに変身、その力でデノモンを打ち砕くのだった。

 今回の特撮時代劇ヒーロー紹介は、ただでさえカルトな特撮時代劇ヒーローの中でもカルト度では一、二を争う「魔人ハンターミツルギ」、その第1話であります。
 

○長老を襲うサソリ軍団の前に颯爽と現れたミツルギ三兄弟…ヘ、ヘルメット!? しかも微妙に和風にアレンジされているとはいえ、身にまとっているのはどう見ても現代の軍服・戦闘服の類(肩口には手榴弾らしきものまで)。

○魔人サソリ、その姿は…赤い袈裟をまとった即身仏。怖いです。怖すぎます。しかも配下のサソリ軍団は、スケキヨマスクの集団。特撮界でもたぶん有数のイヤなビジュアルの連中です。それはいいのですが、わざわざ宇宙からやってきて徳川の世を転覆するのが目的というのは…

○広大な宇宙のあらゆる妖術・幻術を会得したという魔人サソリ。宇宙にも妖術や幻術はあるのか…まあ、宇宙にも忍法があるってジャカンジャが教えてくれたのでまったく不思議ではありません

○御庭番の頭領・服部半蔵。御庭番…まあいいや。一般の忍者や侍が役に立たない中、サソリ軍団と何とか戦えるなかなか格好良いお人です。そして大御所と呼ばれている家康。そういう時代のようです。

○磔になった濃姫に化けて攪乱する月光。本物の姫は磔のままですが…と、その姫に凧で近づく銀河。おお、忍者だ。忍者らしい。穴を空けられた凧からは、「忍法落下の術だ!」と布をかぶっただけでスムーズに着陸するミツルギ忍法。

○ちょっと目を離すと捕まっている月光。妙に色っぽい声をあげながら運ばれていきそうになりますが、あっさり救出。

○そして遂に変身の時! 「ミツルギ参上! 智!」「仁!」「愛!」と叫んでから一度手元で短刀をくるりと回すのがなかなか格好良いのです。

○満を持して出現したミツルギ。ここで微妙なモーションで突っ込んでいくデノモンがかわいい

○デノモンが吐く火を盾で防いでいるはずが、どうみても全身燃えているのがミツルギクオリティ。っていうか、本当に体に火がついているんですが!(人形ってこういう時いいな)。そしてもの凄くわかりにくく無事っぽいミツルギに、「馬鹿な!?」という表情を見せるデノモン<かわいい

○火の玉を撃て! と胸のミツルギマークの中央からミサイルを連発。火の玉…?

○鎧の留め金を壊すと、中から現れたのは巨大な骸骨。身軽に動き、剣もすり抜けるが…腰骨をぶった切って自重で破壊させるという頭脳プレーで勝利!

○昇る朝日に戦い抜くことを誓い、何処かへ消えていく三兄弟。格好良いんですが、その後に銀河が見せるハンドサインが謎。でも格好良い。


 とにかく、初見の身にはミツルギ三兄弟のヘルメットのインパクトがあまりにも凄かったのですが、冷静に見ると時代劇ヒーローものの開幕編としてなかなかよくまとまっている第1話であります。
 短い時間の中でアクションを山盛りにしつつ、敵の存在(目的設定に多々疑問はありますが)、主人公たちの立ち位置(ラスト、三兄弟は自ら礼を言うという家康を無視して旅立つのです)、そして時代劇に巨大ヒーローを登場させる必然性をそれなりに見せてくれるのが面白いところ。
 まあ、単純な設定だし、と言ってしまえばそれまでなんですが…

 そして本作の最大のウリであるモデルアニメーションによる巨大戦シーンは、二人の鎧巨人の激突という、敵味方のキャラクター的にも面白い見せ場…のはずなのですが、今の目で見るとどうにもこうにも…という印象。
 失礼を承知で言えば、二昔前のRPGやSLGの戦闘シーン的というか…一方が攻撃してくるのをジーッと待ってから、今度はもう一方が攻撃、というのの繰り返しの観があって、緊迫感があまり感じられないのと、何よりも人形がチョコチョコ動いている感が強すぎて、巨大戦には正直見えない…というのが大きいなあ、と思います。

 設定自体は、宇宙から来た魔人vs巨大神を奉じる謎の忍者一族という、伝奇もの的に非常に燃えるシチュエーションであるだけに、特撮シーンがナニなのが本当に勿体ないと思った次第。


<今回の怪獣>
デノモン
 魔人サソリの命で江戸の町を襲った鎧巨人。手に持ったトゲ付き鉄球と、口からの火炎が武器。デモンストレーション代わりに江戸を襲った後、濃姫を救い出した三兄弟の前に出現。実は鎧の下はガイコツで、ミツルギの火の玉も剣もすり抜けてしまうが、腰骨を切られて崩壊した。ミツルギに対して火炎は効果なく、格闘戦でも押されていた気がする…


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2006.04.03

「影風魔ハヤセ」第2巻 忍法合戦と人間力勝負


 森田信吾の戦国忍者アクション「影風魔ハヤセ」の第2巻が発売されました。この巻では生きていた信長と彼を護る影風魔を倒すため、各地から凄腕の忍びが集結。それと並行して、本能寺の変の黒幕である秀吉が、着々と己の勢力を増していく様が描かれていきます。

 前の巻では、あまりに魅力的な戦国武将たちに押されて、タイトルになっていながら活躍がちょっと少なめだったハヤセですが、この巻では「いかにも忍者もの!」な奇怪なライバルたちが次々登場、自分の能力を存分に活かして活躍を見せてくれます。特に、中盤に登場する飛び加藤(そう、あの飛び加藤であります)との空中戦は、飛び加藤のキャラクターとビジュアルの異常っぷりも相まって、久々に忍者ものらしい忍者ものを見た気分になれました(まあ、この飛び加藤戦以後また出番が減るのですが…)。

 もちろん、本作のもう一つの主役とも言うべき戦国武将たちも、相変わらず大活躍。特に秀吉のキャラクターは、基本的に従来の秀吉像の延長線上にありながらも、いかにも森田信吾らしい描写によって実に個性的で魅力的に描かれており、特に強烈な人間力により周囲の人心を次々と掌握していく様(ハヤセ評すところの「陽忍の法」)は、この巻の見所の一つと言えるでしょう。
 そして、その秀吉が唯一恐れる魔王・信長も遂に行動開始。秀吉の策により、完全に死んだこととされた信長がこれから如何に動くか――そしてまた、もう一人の「生ける死者」である明智光秀もまた活動をはじめ、この三者の対決がこれからの物語をどのように動かしていくか、非常に楽しみです。

 小生、本作は基本的に雑誌掲載時にずっと読んでいたのですが、それでも単行本としてまとまった本作を読んでみて、改めてその面白さに驚きました。忍者たちの壮絶な忍法合戦と武将たちの人間力勝負、二つの魅力が相まっており、いま目の離せない作品の一つと言って間違いないでしょう。


「影風魔ハヤセ」第2巻(森田信吾 イブニングKC) Amazon bk1


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 ちょっと面白すぎるんですが 「影風魔ハヤセ」
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2006.04.02

桜と伝奇時代小説

 私の職場は周りが桜の樹に囲まれていて、春先にはそれはもう結構な眺めとなります。会議室など窓の外の、手を伸ばせばすぐ届きそうな所に桜の花があるという素晴らしいロケーション。
 職場にいながらにして花見ができる…というより桜の花に囲まれて仕事ができるというのは、誠に結構な話であります。
 と、桜自慢をしていても仕方ないので、私が桜から連想する伝奇時代小説を長編短編一編ずつ。

 まず長編は山田風太郎「柳生忍法帖」。いや別にさくらさんがステキってんじゃなくて、その最終章で印象的に桜の花が描かれているのでいるのであります。

 桜、さくら。
 蒼空を吹雪のごとく流れ舞ってゆく桜の花びら。
 その美しさを、美しいと見た者が何人あったろう。
(後略)

 この文章から始まる最終章で繰り広げられる死闘とその先の大団円については、(「Y十M」という作品として)ある意味現在進行形の作品だけに詳しくは書けませんが、満開の桜の下を舞台にヒロインたちに迫る運命は、桜の下であるからこそ、より一層美しくも恐ろしく感じられることでありますし、また十兵衛の臨む最後の決闘は、時代小説の決闘シーンとして五本の指に入る見事さでは…と個人的には感じているところであります。
 いや、まあ、桜抜きにして小生が「柳生忍法帖」の大大大ファンなだけなんですが。


 そして短編は、五味康祐の「桜を斬る」。吹上御殿試合、いわゆる寛永御前試合に出場した二人の居合術の達人、菅沼紀八郎と油下清十郎の対決を描くこの物語は、御前試合ものの伝統に則り(?)、それぞれの剣士が試合に臨むまでの半生が描かれ、そして最後に二人の対決が描かれるのですが、見事なのは、そして桜が登場するのはこの二人の試合の趣向であります。

 居合と言えば、本身の刀で行うものですが、二人が居合の達人であれば、その業を競うのもまた、本身で行われるべきもの。しかし――どこぞの狂った殿様はともかく――御前試合で真剣勝負などというのはまずあり得ない話なわけで、さてそれでは如何にして二人がその業を競うのか?
 …と、ここでタイトルにつながるわけですが、文庫本でわずか一、二ページであるにもかかわらず、その「試合」は、およそ「美」の表現という点では時代小説史上に残るのではないかと思われるほどの、奇跡のように美しい存在として感じられる次第です。

 ちなみに本作が収められている短編集「秘剣・柳生連也斎」は、そのほかに「喪神」「秘剣」「柳生連也斎」「一刀斎は背番号6」といった、五味短編の精華とも言える名品ばかりが収録された名短編集なので、本作抜きにしても一度読んでみることを強くお奨めします。

 というところで珍しく季節ネタでした。


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今日の小ネタ 「風林火山」にあのお方が

来年の大河ドラマ「風林火山」のキャスティング発表
 赤兜さンのところで取り上げられるまで気がつかなかったけど、記事の日付が3月31日だからエイプリルフールってわけじゃないですよね…上杉謙信。
 憎い! 最近は富野にも愛されているだけでもアレなのに大河ドラマで大抜擢されるGacktさんが憎い! …などとは申しません。だってGacktさんだから。
 しかしこの「風林火山」、私的に大爆発してくれた「北条時宗」「武蔵 MUSASHI」などと同じ香りが漂ってくるようで、タチの悪いファンとしては今から辛抱たまらんものがありますネ。

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2006.04.01

映画「どろろ」公式 正子デザイン作品=地雷とならないことを祈ります

映画「どろろ」公式サイト
 すみません、今日はちょっと小ネタで。いつの間にか公式サイトができていました映画版「どろろ」。タイトルページの他はまだ粗筋とメインキャストを書いた作品概要があるきりですが、ちょっと驚いたのは絶っっ対に合わないと思っていた柴咲コウのどろろが意外といい感じに見えること。男には見えないが荒くれキャラで頑張って欲しいところです。妻夫木百鬼丸は…やっぱりどうにも顔つきが甘くてナニですね。
 その他、目についたところでは百鬼丸の父で物語の黒幕とも言うべき醍醐景光を中井貴一が演じるとのことで、何だかすっかり最近は陰険な野望の男の役が板についてますなあ。
 まあ、個人的にはアクション監督が程小東なのがちょっと嬉しい(「またバカの一つ覚えのワイヤーアクションか」とか言うなあ!)。あと、衣装の色遣いとかテカりぐあいが妙に正子絵っぽいと思ったら本当に正子公也先生がヴィジュアルコンセプトを担当していてファンとしては非常に嬉しい話でありますよ。…「PROMISE」に続き地雷にならないといいのですが。

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