「真田十勇士 猿飛佐助」 悩める忍者・佐助走る
意外な、そして素晴らしい執筆陣で印象に残る講談社の「痛快世界の冒険文学」の一冊たる本作は、立川文庫の「猿飛佐助」をベースに、現代文学としての味付けを加えた快作。以前に「読んで悔いなし! 平成時代小説」で紹介されているのを見て以来、読みたいと思っていたのですが、ようやく入手することができました。
冒頭で述べたとおり、本作は立川文庫がベース。主人公の猿飛佐助は、鷲塚佐太夫の息子であって戸田白雲斎に忍術を学び、真田幸村に見出されて彼に仕え、三好清海入道と共に諸国を巡って勇士を集めた、あの猿飛佐助です。佐助以外の登場人物たちも、皆、真田十勇士の物語でお馴染みの面々ばかり。その意味では、極めて堅実な作りの作品と言ってよいかもしれません。
が、単なる古典の焼き直しなどでは当然ない本作。その最大の特長は、個性的で陰影に富んだ人物描写にあります。
他人とほとんど接することなく父や師と山中で暮らしてきた佐助は、ほとんど他人と接することなく育ってきた少年。真田家に仕えて後、真面目で陽性の性格と、優れた忍術の腕前で周囲の人々には受け入れられても、心から打ち解けることができず、また、自分が自分らしく生きたいと願いつつも、その生き方が何なのかまだわからずにいるという、そんなキャラクターとして描かれています。
一口で言えば、悩める青少年、とでも言うべき佐助を取り巻く人々も、また単なる書き割りでない、血の通った、個性的な顔ぶれ.ここでくだくだしくは述べませんが、みな、どこかで会ったことがあるようでいて、初めて出会う、魅力的な面々たちであります。
立川文庫がネガティブに評されるとき、必ずといってよいほど挙げられるのが、その人物造形・描写の薄っぺらさですが、本作はその欠点を見事にクリアしていると言ってよいでしょう。
そして一歩間違えれば深刻でしかめつらしく、また鬱々としたものになりかねない設定を、巧みに料理して痛快なエンターテイメントとして成立させているのは、これは作者の腕前の見事さというものでしょう。
そして冒険の中で数々の出会いと別れを経験した佐助が掴んだもの、手に入れたものは…これはここで詳しくは触れないでおきますが、実に清々しく、そして暖かいもの。本書は猿飛佐助の物語であると共に、真田十勇士の誕生編であると、今更ながらに感じさせられた次第。
…そしてまた、本作が児童文学として成立している所以、児童文学として描かれる必然性というものも、同時に感じ取れたことです。
もちろん、「児童」でなくとも読んでいただきたい本作。伝奇的にも、鷲塚佐太夫が実は信長を暗殺した凄腕の忍びで、後に○○に渡って×××となったなどいう驚天動地のネタがさりげなく盛り込まれていたり、また十勇士ファン的には、筧十蔵が、十蔵史上に残る屈指の格好良さでほとんど主役級の大活躍をしたりと、実に面白い作品ですので、機会があれば、ぜひ。
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