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2006.05.31

「真田十勇士 猿飛佐助」 悩める忍者・佐助走る

 意外な、そして素晴らしい執筆陣で印象に残る講談社の「痛快世界の冒険文学」の一冊たる本作は、立川文庫の「猿飛佐助」をベースに、現代文学としての味付けを加えた快作。以前に「読んで悔いなし! 平成時代小説」で紹介されているのを見て以来、読みたいと思っていたのですが、ようやく入手することができました。

 冒頭で述べたとおり、本作は立川文庫がベース。主人公の猿飛佐助は、鷲塚佐太夫の息子であって戸田白雲斎に忍術を学び、真田幸村に見出されて彼に仕え、三好清海入道と共に諸国を巡って勇士を集めた、あの猿飛佐助です。佐助以外の登場人物たちも、皆、真田十勇士の物語でお馴染みの面々ばかり。その意味では、極めて堅実な作りの作品と言ってよいかもしれません。

 が、単なる古典の焼き直しなどでは当然ない本作。その最大の特長は、個性的で陰影に富んだ人物描写にあります。
 他人とほとんど接することなく父や師と山中で暮らしてきた佐助は、ほとんど他人と接することなく育ってきた少年。真田家に仕えて後、真面目で陽性の性格と、優れた忍術の腕前で周囲の人々には受け入れられても、心から打ち解けることができず、また、自分が自分らしく生きたいと願いつつも、その生き方が何なのかまだわからずにいるという、そんなキャラクターとして描かれています。
 一口で言えば、悩める青少年、とでも言うべき佐助を取り巻く人々も、また単なる書き割りでない、血の通った、個性的な顔ぶれ.ここでくだくだしくは述べませんが、みな、どこかで会ったことがあるようでいて、初めて出会う、魅力的な面々たちであります。

 立川文庫がネガティブに評されるとき、必ずといってよいほど挙げられるのが、その人物造形・描写の薄っぺらさですが、本作はその欠点を見事にクリアしていると言ってよいでしょう。
 そして一歩間違えれば深刻でしかめつらしく、また鬱々としたものになりかねない設定を、巧みに料理して痛快なエンターテイメントとして成立させているのは、これは作者の腕前の見事さというものでしょう。

 そして冒険の中で数々の出会いと別れを経験した佐助が掴んだもの、手に入れたものは…これはここで詳しくは触れないでおきますが、実に清々しく、そして暖かいもの。本書は猿飛佐助の物語であると共に、真田十勇士の誕生編であると、今更ながらに感じさせられた次第。
 …そしてまた、本作が児童文学として成立している所以、児童文学として描かれる必然性というものも、同時に感じ取れたことです。

 もちろん、「児童」でなくとも読んでいただきたい本作。伝奇的にも、鷲塚佐太夫が実は信長を暗殺した凄腕の忍びで、後に○○に渡って×××となったなどいう驚天動地のネタがさりげなく盛り込まれていたり、また十勇士ファン的には、筧十蔵が、十蔵史上に残る屈指の格好良さでほとんど主役級の大活躍をしたりと、実に面白い作品ですので、機会があれば、ぜひ。


「真田十勇士 猿飛佐助」(後藤竜二 講談社) Amazon bk1

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2006.05.30

作品集成を更新しました

 このblogと元サイトで扱った伝奇時代作品のデータを掲載した作品集成を更新しました。右のサイドバーからも行くことができます。
 4~5月にblogで紹介した作品と、先日の年表更新で掲載した作品について、データを追加しています。
 それにしてもこの作品集成、シリーズもの作品の扱い(特に連作長篇・短編)、圧倒的な書誌データ不足など、まだまだやらなければいけないことだらけなのですが…ぼちぼちやっていきますよう(しかしwikiに慣れるとexcelのデータベースからhtmlに変換ってやっぱり面倒ね)。

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「天正マクベス」 天才劇作家、戦国を往く

 SF、冒険小説、時代小説、推理小説と、エンターテイメントのありとあらゆるジャンルで活躍する山田正紀先生が、シェークスピアの戯曲を題材に、日本の戦国時代を舞台に(!)描いた時代伝奇推理小説であります。
 織田信長の甥・織田信耀を主人公として、そして彼の友人であり英国より来た修道士シャグスペアを狂言回し役とする本作、「颱風」「夏の世の夢」「マクベス」の三つの短編から構成されており、それが結びついて一つの長編を描くというスタイルとなっています。

 船の難破で孤島に漂着した信耀が、魔法を操る怪老人と出会う「颱風」、信耀の婚礼の晩に奇妙な妖術使いと化外の民が姿を現す「夏の夜の夢」、そして戦国最大の主君殺しである本能寺の変を裏側から描く「マクベス」と、作品の題材と、自身の名前からわかるとおり、シャグスペアこそが、後の天才劇作家シェークスピア。そして彼が日本で経験した怪事件の数々が、彼の戯曲の題材となった、という何とも人を食った展開となっているのが、いかにも山田正紀らしい趣向と言えましょう。

 シェークスピアの戯曲を戦国世界で描き出してみせただけでも驚きですが(特に前二作)、さらにシェークスピア自身を日本に引っ張ってくるというのは(歴史推理ものでは決して珍しい手法ではないものの)、奇想の極みというべきもの。さらにその意外性・伝奇性を逆手に取って、後世の人々を悩ますシェークスピアの「正体」に、独自の解釈を提示してみせるところなど、流石としか言いようがありません。

 正直なところ、(如何に意外性があるとはいえ)題材に縛られて物語自体にダイナミズムが失われている部分、いささか展開に不自然な部分はなきにしもあらずですし、あたかも舞台の緞帳が突然落ちてきたかのような結末には好みが分かれるかとは思いますが、光秀の信長殺しの「動機」の推理が――そしてそこに至るまでに提示される状況証拠(?)も――なかなかユニークであったこともあり、私は十分以上に楽しむことができました。

 個人的には、「夏の夜の夢」のラストにおいて、被害者となった男を追いつめた非人間的な社会制度に怒りを露わにする信耀の姿に、自分の大好きな山田正紀節を見ることができたのが嬉しかったことですよ。


「天正マクベス 修道士シャグスペアの華麗なる冒険」(山田正紀 原書房) Amazon bk1

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2006.05.29

「カタリベ」 歴史の陰を駆け抜けた少年

 南北朝時代を舞台に、明王朝に滅ぼされた豪族の末裔の少年が、倭寇に村を襲撃されたことをきっかけに、奇怪な海の「神」に導かれて波乱に満ちた旅を繰り広げるという、海洋伝奇冒険もの。作者は「もやしもん」の石川雅之氏です。

 「もやしもん」は以前から読んでいましたが、石川氏が時代漫画を描いていたことを知ったのは、恥ずかしながら最近の話。さらに恥ずかしいのを承知で言えば、本作の存在は、単行本化されるまで知りませんでした。そんな「もやしもん」しか知らぬ状態で読んだ本作は、想像以上に重く、そして黒い黒い世界。

 さらわれた村の民を救うために倭寇を追った名のない御曹司の少年ですが、逆に捕らえられ、引き渡された先は北朝方の「鬼師」のもと。戦乱の中で正気を失った者が変化する狂戦士「鬼」を、人肉でもって操るというおぞましい鬼師たちに、仲間たちを文字通り「食い物」にされ、ただ一人残った少年は、自らもあわやというところを、異形の海神・バハン様と、大海賊のマエカワに救われます。
 半年生きる毎に、死んだ百人の民を一人ずつ生き返らせてやるというバハン様の言葉を信じ、この乱世で生き抜くことを誓った少年は、マエカワから「カタリベ」という名を与えられて、マエカワ一党と行動を共にすることになります。

 誰が味方で誰が敵か、誰が善で誰が悪か、めまぐるしく入れ替わっていく南北朝の動乱の世界は、海の上でも変わらず、その中で翻弄されながらも様々な人々の生き様を見つめていくカタリベ。時としてキツい描写・エピソードも交えつつも、彼の目に映った動乱の世界が、その中でそれぞれの重荷を抱えつつも逞しく生き抜いていく人々が、語られていくことになります。

 というようにストーリー、キャラクターともに非常にユニークで、印象的な本作でありますが、いくつか残念なところがあるのも事実。
 その一つが、「絵」。石川氏の絵自体は、既にこの時点で完成されていると感じられるのですが、あまりに密度が濃すぎて、合戦・乱戦シーンなど、人大杉状態で、何だかギャグっぽくなってしまっているというのが正直なところです。

 さらに、そして最も残念なのは、カタリベの冒険がこれから、とぃうところで物語がばっさりと打ち切りになってしまったこと。当たり前ですが、これが実に残念としか言いようがない。はっきり言ってしまえば、登場して以来やることなすことが裏目に出まくる――あまりに凄いのでギャグの域に達しているというのは流石に非礼に過ぎるとは思いますが、もうそんな印象――カタリベの成長が、あまり見られなかったところで物語が幕になってしまったのは、本当に勿体ない。
 もっとも、これはこれで、歴史の陰を駆け抜けた「カタリベ」の名を持つ少年の物語の結末に相応しいと言えなくもありませんが――

 と、万人にお奨めしがたい部分もある本作ではありますが、不思議と心に残るものがあるのも事実。石川ファンは言うに及ばず、時代伝奇を愛する人であれば、是非一度手にとって、この不思議な味わいを感じて欲しいと思います。


「カタリベ」(石川雅之 リイド社SPコミックス) Amazon bk1

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2006.05.28

妖異大年表にデータを追加しました

 ここしばらく毎日少しずつやってきた妖異大年表の更新が一段落。
 今回追加したのは、「荒墟」「恐怖燈」「五瓶劇場 劇場国邪神封陣」「邪宗門伝来秘史(序)」「十兵衛両断」所収の五作品、「修羅の刻 陸奥左近の章」「自来也忍法帖」「ソウルエッジ」のデータ。その他、「死霊解脱物語聞書」と講談の「寛永御前試合」のデータを追加しています。
 また、「東京魔人學園外法帖」「南総里見八犬伝」分を追加・修正しています(「外法帖」は、媒体によってちょこちょこ事件の起こった日時が異なるので本当に困る…)
 全くもって統一性のないラインナップですが、あまり固まっても面白くないので(私が)わざと年代的にもばらけさせているところです。
 wikiなんだからもっと少しずつ更新していけばいいのですが…今後はもう少しやり方を考えないといけないですね。

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2006.05.27

「百鬼斬り 四十郎化け物始末」 からす四十郎再びのお目見え

 「妖かし斬り」に続く「四十郎化け物始末」シリーズ第二弾。剣の腕は立つものの、どうにも貧乏くさいヒーロー、常に烏を連れている(つけ狙われている)ことから人呼んで「からす四十郎」こと月村四十郎さんが、またもや難儀な化け物退治稼業に勤しむ羽目になります。

 毎夜そば屋に美女の姿で現れる閻魔様、武家屋敷に「首洗え」と現れる生首の怪、猫好きの女が死後化けたという化け猫の跳梁に、とある農村を夜毎脅かす百鬼夜行と、化け物退治で有名人となった四十郎の元に持ち込まれるのは難事件ばかり。
 さらに、前作で、遠山金四郎と鳥居耀蔵の暗闘に巻き込まれた四十郎は、今回もまた金四郎に見込まれて、行方不明となった西洋の大砲を探す羽目になります。
 奇怪な化け物たちの相手に加え、鳥居の密偵ともやりあう事となった四十郎が、いかにこの苦境を乗り切っていくか…と書くと如何にもヒーロー活劇っぽいですが、基本的に生活に疲れた中年男の四十郎さん、生活のため借金のため、ひいこらいいながら奮闘する姿が何ともペーソス溢れるものとなっています。

 さてこのシリーズ、ネタをばらしてしまえば、いずれも怪異の陰には人間の姿があるのですが、しかし、その怪異を生み出す人間の心というものが、下手な化け物よりもよほど奇怪で恐ろしい。生首の怪を見事解決したあとに描かれる和解の姿にこちらが感じるのは、本当にこれでいいのかな? という薄気味悪さでありますし、化け猫騒動を入り組んだものとさせたある人物の行動も、何ともぞうっとさせられるものがあったことです。

 と、色々と考えさせられるものがある一方で、いい意味で「しょーもない」雰囲気が漂う本作。毎度毎度面倒に巻き込まれる四十郎さんには本当に同情しますが(今回のラストなんて「浦安鉄筋家族」みたいなオチだったしなあ)、これからも、恐ろしくもどこかユーモラスな冒険を繰り広げていただきたいものです。


「百鬼斬り 四十郎化け物始末」(風野真知雄 ベスト時代文庫) Amazon bk1

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 「妖かし斬り 四十郎化け物始末」 心に闇、人が化け物

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2006.05.26

妄想企画 石川賢・画「妖星伝」

 以前から、「神州纐纈城」も見事(?)漫画化したわけだし、次に石川賢が原作付コミックを描くとしたら何がいいかなー」と、頭に深刻な欠陥がある人特有の妄想にふけっていて、思いついたのが半村良先生の名作「妖星伝」
 その時このネタで一つエントリ書こうと思ったのですが、さすがになぁ…と思って封印していましたが、ある意味先を越されたので書きます、石川賢・画「妖星伝」はこうなる。
 当然のことながら「妖星伝」と、石川賢の某作品に関するネタバレが大量に含まれていますので、お気をつけ下さい。読んだ後に後悔しない人だけ読んでくださいね。色々な意味で。

○時は18世紀中頃。太古からその血を受け継ぐ異能者集団・鬼道衆は、外道皇帝と黄金城を求め、因陀羅の信三郎に率いられる反主流派と、宮毘羅の日天に率いられる主流派に別れて相争うことになります(この辺、原作とあんまり変わらないので略)。それはもう、「ドワォ」とか「ムン!」とか「○○○かぁ~!」とかそういう感じで。

○もちろん鬼道衆はフリーキーでバイオレンスな連中です。でも作者の資質上エロはちょっと…です(艶笑話はいいんだけどな…ってなんの話だ)。巻頭の扉絵にキャラはたくさん登場しますが、本編には出てこないor微妙に姿が変わっています。鬼道衆は色々登場しますが、一般人でロクに戦えやしねえ桜井俊策や栗山定十郎はチョイ役です。お幾さんは信三郎の許嫁にしときます。あと、殺人鬼の石川光之介が原作以上に大活躍。

○そして色々と「ドワォ」(超省略)の果てにして黄金城に入城した信三郎・日天たち。が、そこで鬼道衆の記憶装置・カタリにより、彼らは自分たちの真の敵の正体を知ることになります。かつて宇宙の果てで外道皇帝が死闘を繰り広げ、その果てに地球に漂着することとなった敵…それは、意志を持った時間、であった。

○そして時をほぼ同じくして、鬼道衆の戦いが生んだ強大なエネルギーを察知して、地球に到達する意志を持った時間の細胞?の一つ。その強大な力の前に、次々と鬼道衆は倒されていきます。蛇丸と朧丸のブラックホール自爆攻撃も効かず、遂に日天までもが倒されてしまったそのとき――

○信三郎が凄まじい力を見せ、「意志を持った時間」を圧倒します。そして彼の中で目覚めた外道皇帝の記憶。地球に辿り着いた外道皇帝は、ある目的で地球の進化に介入し、地球を生物が溢れる星、生命同士が互いに啖いあう妖星へと変えたのでした――意志を持った時間に打ち勝つため、進化を武器とするために!

○覚醒した信三郎は、意志を持った時間を粉砕。そしてさらに進化した鬼道衆の血を残すため、呆然とした田沼意次を残し、お幾と共に何処かに去っていくのでした

○…そして遙かな未来の荒廃した地球。エスパーとして生まれた鬼道衆の子孫たちは、遂に始まった意志を持った時間の決戦に参戦すべく、遂に霊船を起動させる! 「いくぞ!」


 …ってこれ「虚無戦史MIROKU」じゃねえかバカヤロウ!

 と、セルフツッコミせざるを得ないほどの、原作を知っている方には途中でオチがバレバレ、原作を知らない方には何のことだか全くわからない上に重大なネタバレかましやがってこの野郎! と怒られそうな妄想話でありました。

 まあ(よく考えたら以前にもこのネタを日記でちょっと書いたのですが)真面目な話、「MIROKU」は上記の通り(?)、ほぼ間違いなく「妖星伝」の影響を受けて描かれていると思うのですね(もしかしてオフィシャルに言及していたりするのかしらん。「幻魔」の影響は聞いた頃ありますが)。しかしある意味作品の最もキモである「進化」の扱いが正反対となっている辺り、両作者の資質・方向性の違いがこれ以上ないくらいくっきりと顕れていて、非常に面白いな、と思っているところであります。

 …いや、本当に悪かった。ごめんなさい。あと、石川賢に「ですます」調は本当に似合わないとわかった。

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2006.05.25

「武死道」第2巻 サムライvsそるじゃあ

 文庫化も進む朝松健の名作「旋風伝 レラ=シウ」をベースとしつつ、独自のバイタリティ溢れるバイオレンスアクションを展開する「武死道」に早くも第2巻が登場です。
 第1巻のラストで、ほとんど最終回的なテンションで土方が亡くなった後の、志波新之介の死闘の道程が描かれるこの巻でも、ヒロモト流バイオレンスは健在。いつものことながら、途方もなく暴力的でありながら、どこかユーモラスで、そして猛烈に熱いヒロモト作品として、見事に成立しています。

 この巻のハイライトは、からくも生き延びてアイヌ人兄妹と共に逃避行する新之介と、彼らの前に現れた一人のサムライキラーの「そるじゃあ」との対決でしょうか。
 伝奇ファン、新撰組ファンとしては、その手があったか! と驚くと共に否応なしに納得させられたこの人物、間違った方向にパワーアップした黒いサザンクロス(シベリア帰りだしな)のようなビジュアルですが、実に個性的で面白い。
 なるほど、この世界であればあの人物もこう描かれるのか…と感心する一方で、新之介との対決の中で見せた様々な表情の中に、こうなるまでの半生を想像させられたりもして、いやはやまったく刺激的な展開でした(そしてまた、死闘の果てに胸襟を開いたこの人の男臭さがまたいいんだ)。

 そんな、油断しているとどこから何が出てくるかわからない、飛び道具だらけの本作ではありますが、その根底には、権力の暴威と歴史の激動の中で全てを失った少年が、極限状態の中で己の生きる意味と依って立つものを見つけていくという、「旋風伝」のスピリッツが脈々と波打っているのが、ふとした拍子に透けて見えるのがまた面白いところです。

 この先本作がどこに行くのか、どこまで行ってしまうのかはわかりませんが、その行く先をハラハラしつつも胸躍らせて見守りたいと思っている次第。


「武死道」第2巻(ヒロモト森一&朝松健 バーズコミックス) Amazon bk1

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 「武死道」第1巻 武士道とは土方に見つけたり

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2006.05.24

今週の「Y十M 柳生忍法帖」 心の糸が切れるとき

 さて、シバQの不意打ちにより床下に転落した十兵衛とお圭さん。落ちた先は…加藤家江戸屋敷で殺された犠牲者たちの骸が浮かぶ水の墓場。深い穴を登る手段はなし、登ったとしてもそこに待ち受けるのは五本槍(…代表? の一眼房)と怒りに震える加藤明成。戦闘不能となったお圭を守りつつ、さらに自らの正体を隠すため盲人を装ったままで戦うことを余儀なくされた十兵衛(片肌脱ぎでサービスサービス)の運命は…もうだめかもしらんね。

 ということでまさに必殺の死地に陥った十兵衛とお圭。「柳生忍法帖」前半のヤマ場、水の墓場の段に突入であります。
 正直なところ、花地獄のそのまた下に広がる地獄というべき水の墓場のおぞましさは、原作ほどねっちりとは描きこまれてはいないのですが(描かれてもあまりうれしくないけどなあ)、それを補ってあまりあるほどのキツさを見せてくれたのが本作オリジナル展開。

 水の地獄の骸、その中には竹のくつわをはめられた男の死体が…そう、物語冒頭で悲惨な運命を辿った堀の男たちの死体が。それを目の当たりにしたお圭の悲しみがどれほどのものか――
 もちろん、それが果たしてお圭さんの夫の遺骸かはわかりませんが、愛する者の死に目に会えなかった者として、そこに大した違いはない。思わず我を忘れるのも無理はないお話であります。まったく、せがわ先生も人が悪い。

 かろうじて十兵衛に守られているものの、既にお圭の顔に浮かぶのは、自棄とも諦めともつかぬ表情。考えてみれば十兵衛と共に囮となって以来、
・十兵衛との偽新婚初夜でドキドキ
・バカ殿にあわや手込めに
・漆戸虹七郎に一歩も引かぬ気迫で対峙
・死地に陥った上に夫?の遺骸と対面
と、(最初のはともかく)かよわい女性にはちと酷な事態の連続に、もはやお圭の心の糸は切れる寸前。
 果たしてプツンと切れたときにお圭はどうするのか、ワクテカしながら(っておい)待ちたいと思います。

 …あ、十兵衛先生もがんばれ。

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2006.05.23

荒山作品における「朝鮮」とは

 「柳生雨月抄」の感想を書き終わってから書こうと思っていたのですが、そちらがなかなかうまいこと進まないので、切り離してこのネタだけ書きます。荒山徹にとって「朝鮮」とは何なのか? というお話。
 荒山作品の読者であれば、誰もが「荒山先生って朝鮮のことが好きなの? 嫌いなの? もう徹のことがよくわからないよ!」という気分になったことがあるのではないかと思います。私も、これまでは――宗矩くんみたいな黒い人物が日本(=柳生)側にも登場しているうちは――適当に自分を納得させていたのですが、ほぼ全面的に朝鮮が悪の帝国と化したの「柳生雨月抄」に触れるにあたり、さすがにちょっと考えさせられました。
 「一人韓流」を自認するほどの荒山先生ともあろうものが、単純な嫌韓厨になったとも思えない。それでは何が先生をしてここまで書かせるのか!? そして悩んだ末にある結論に達しましたよ。すなわち――

 荒山徹における「朝鮮」とは、板垣恵介における「アントニオ猪木」である

あるいは

 荒山徹における「朝鮮」とは、大塚英志における「柳田国男」である


 …わかる人にはこれだけでわかってもらえると思いますし、わからない方はさっぱりわからないと思いますので解説はくだくだしく書きませんが、簡単に言えばラヴが高じて必要以上に強大に書いちゃったり、必要以上に凶悪に書いちゃったり、必要以上に叩き潰しちゃったりという感じですか。可愛さ余って…ですな。

 言うまでもなく、上の「朝鮮」を「柳生」に入れ替えても立派に成り立ちます。この公式。

 と、自分では大発見した気分になった次の瞬間、「このくらいイン殺様でとっくに書かれているんでは」と暗い気分になったのでこのエントリおしまい。

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2006.05.22

6月の伝奇時代劇関連アイテム発売スケジュール

  6月の伝奇時代劇関連アイテム発売スケジュールを更新しました。右のサイドバーからも見ることができます。

 6月は、書籍関係でなかなかアイテムが豊富の様子。小説では、上田秀人の織江緋之介シリーズの最新巻が登場、牧秀彦作品も二シリーズ同時新刊発売(学研M文庫の方はちょっと不安かなあ…新刊情報が一月くらいずれることよくあるし)と、シリーズものが快調のようです。個人的には城駿一郎の久々の新刊も嬉しかったり。
 また、復刊ものでは、5月から刊行開始された岡本綺堂の怪談シリーズも第二弾として「白髪鬼」が登場、さらに柴錬の「岡っ引どぶ」に横溝正史の「髑髏検校」と、伝奇・怪奇の名作が登場します。個人的には、「髑髏検校」のカップリングは今回も「神変稲妻車」なのかが気になります。
 武侠ものでは、金庸の「神雕剣侠」の文庫化がスタートで、こちらも楽しみですね。あ、リストには入っていませんが、「絵巻水滸伝」の第二巻も発売になるはずです。

 漫画の方では、「TAKERU」「闇鍵師」と中島かずき原作の作品二つの続巻が発売となるのがまず目に付くところ。また、あまりにキッチリと完結してファンの方が驚かされた石川賢の「武蔵伝」の完結巻も登場。いつもの飛ばしっぷりは影を潜めていますが、伝奇もの、剣豪ものとして非常に楽しい作品となっていますので石川賢初体験の方も是非。
 また、「バガボンド」「真田十勇士」と、シリーズものも順調に巻を重ねております。


 あと、伝奇時代劇とは全く関係ないけれど6日に宇野比呂士先生の「恐竜世紀ダイナクロア」第一巻が発売されることは、自分とケイトさんのためにここに書いておくよ。

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2006.05.21

「最後の忍道」 忍者アクション一つの極


 ちょっと時間ができたので部屋の中を片づけていたら出てきたので久し振りにプレイしてみたこのゲーム。かつて職人芸的ドット絵と難易度の高さでゲーマーを唸らせてきたアイレムの名作忍者アクションゲームです。

 抜忍“月影”が、父を殺した忍者集団に復讐戦を挑むというストーリーの本作、こういう喩えはいかがなものかと自分でも思いますが、雰囲気的にはタイトーの「影の伝説」をちょっとだけ彷彿させるものがありますが(ジャンプ感覚とかジャンプ感覚とか)、内容的にはぐっと洗練されて、忍者もののテイストがダイレクトに伝わってくる作品となっています。

 特に面白いのが武器のシステム。月影は刀・手裏剣・爆竹・鎖鎌の四種類の武器を常時選択可能なのですが、それぞれの性能がきちんと差別化されていて――例えば刀はリーチは短いが敵の攻撃を弾ける、爆竹は連射能力に劣るが破壊力が大きいetc.――一つ一つ使いどころを意識しながらプレイできる、する必要があるのが面白いのです。
 単純に設定上主人公が忍者というだけでなく、実際にゲーム中のアクションとして主人公(=自分)が忍者であることを実感させてくれるのは見事だと思います。

 と、その一方で、冒頭にも書きましたが、その完成度だけでなく、難易度でも語り草となっている本作。僕のプレイしたPCエンジン版には、難易度等が調整されたアレンジモードが収録されていて、かなり簡単になっているはずなのですがそれでも鬼のように難しい。
 特に最終第七面後半の縦穴面はやはり異常。簡単に言えば、主人公が長い長い縦穴の中を自由落下していくのですが、その途中途中で刀を頭上に突き出した敵忍者が待っているという寸法で、空中での主人公の動きにある程度の慣性がかかる本作では、敵の出現位置を覚えていないと絶対クリア不可能という難所であります。PCエンジン版は体力制が採用されているのでまだマシですが、一撃死のアーケード版でここをクリアした方には本当に尊敬します。

 と、そんな年寄りゲーマーの感想はさておき、忍者アクションゲームの一つの極として記憶されるべき本作。PCエンジン版は、出来は良いのですがグラフィックの面でさすがに劣るものがあり、ちょっとそこが勿体ない。最近は、コンシューマ機でのレトロゲーム復刻版発売が続いていますので、本作も復活してくれないかなァとひそかに祈っています。


「最後の忍道」(アイレム PCエンジンソフト) Amazon

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2006.05.20

「NHK時代劇の世界」 40年を越える伝統の世界


 こういうサイトやらblogやらを運営している人間としてちょっと問題かもしれませんが、個人的に苦手なのがNHKの大河ドラマ。どうもお行儀が良すぎてちょっとなのよねえ(時々赤マフラーとか出てくるので油断できませんが)という感じなのですが、その反対に昔っから大好きなのが、NHKの水曜/金曜/木曜時代劇。曜日はコロコロ変わっていますが、要するに週に一回、九時過ぎとかに放映されているあれです。現在は「柳生十兵衛七番勝負 島原の乱」をやっていますね。

 前置きが長くなりましたが、この、大河ドラマじゃないNHK時代劇の世界を、タイトルのとおり集めたのがこの「NHK時代劇の世界」。実に41年前(!)の「人形佐七捕物帳」から、つい先日の「出雲の阿国」まで、揃いも揃ったり名作・佳作・怪作の数々がオールカラーで紹介されています。

 さすがに、作品毎に割かれているスペースはかなり小さくはあるのですが、わずかなスチールやスタッフリストを見るだけで思い起こされる作品の数々。小さい頃何故か大好きだった「御宿かわせみ」、大河ドラマより個人的には面白かった「武蔵坊弁慶」に「宮本武蔵」、大丈夫かNHK! 的快作・怪作の「びいどろで候」「赤頭巾快刀乱麻」(あと「天晴れ夜十郎」も原作から離れてかなり狂ってましたな。特に最終回)…。さらにさらに、個人的にはものすごく見たいのに見れない幻の作品群――「天下御免」に「天下堂々」、「日本巌窟王」等々――もあって、見るだけでちょっと幸せな気分になりました(しょうがないね、既知外はどうも…)

 もちろん企画記事も充実で、NHK時代劇に登場した役者さんへのインタビューはもちろんなのですが、裏方さんにスポットを当てた記事など、なかなか渋い内容もあるのが面白い。
 さらに「天下御免」に関しては、山口崇インタビュー4p、山田隆夫インタビュー2pという、正気とは思えない構成のプチ特集で、上記の通り作品自体を見ることができなかった(母がこの番組大好きで、ことある毎に話してくれるんですが…)私にとっては嬉しいような悔しいような気分になりましたよ。さすがはペリーさん、GJ。

 いずれにせよ、僕の時代劇好きの一端は、間違いなくここにあったわなあ…と気付かせてくれた楽しい一冊。いつものことながら妙に定価が安いNHKの本ですが、オールカラーで980円というのはお買い得。時代劇ファンならば買って損はないと思いますよ。


「NHK時代劇の世界」(NHKサービスセンター ステラMOOK) Amazon bk1

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2006.05.19

「悪鬼裁き 書院番殺法帖」 陰に潜む鬼を斬れ

 下総の遠国調査を命じられた加納左馬ノ助。勝麟太郎と共に下総に赴いた左馬ノ助がそこで見たのは、飯岡助五郎と笹川繁蔵の二大勢力が激しくしのぎを削る様だった。繁蔵の元で鬼切りの太刀を持つ用心棒・平手造酒と出会い、この混乱の背後に、歴史の陰に蠢く“鬼”の存在があることを知った左馬ノ助は、鬼の野望を阻むため、大利根河原の決闘に赴く。

 第三作がもう出ているのに今頃紹介でごめんなさいの書院番殺法帖シリーズ第二作は、江戸の武家の世界を舞台としていた前作とはがらりと趣を変えて、天保水滸伝の世界を背景に、関東を混乱の世界に変えようとする鬼に、主人公・加納左馬ノ助と仲間たちが挑みます。
 前作は江戸城とその周辺を舞台とした物語でありましたが、今回は上記の通り、江戸を離れ、博徒たちがしのぎを削る無法の地での大活劇。正直なところ、これほど前作とノリを変えてくるとは、全くもっと嬉しい驚きです。

 そしてまた、物語の伝奇性においても、少し抑えめに感じられた前作に比べて大幅増量。
 単なる(?)やくざ者たちの縄張り争いかに見えたものが、実は幕府の転覆にすらつながりかねぬ陰謀に連なるものであり、そしてその背後には、歴史の闇に潜む鬼たちの姿が――という、正直のところ全く予想もしていなかった展開に、良い意味で驚かされました。一条惣太郎のシリーズといい、最近のえとう作品のシリーズ二作目は油断できません。

 そしてまたチャンバラアクションとして見ても、本作の面白さは一級。クライマックス、かの大利根河原の決闘に乗り込んだ左馬ノ助が斬って斬って斬りまくる様は、まさに大殺陣という言葉が相応しい(その直前、博徒たちが勢揃いして名乗りを挙げまくる様は、あまりに豪華すぎる面子も相まって、面白すぎる名シーン)。

 左馬ノ助の獅子奮迅の活躍の果てに落着を見た一件ですが、まだまだ鬼たちの陰謀は序の口。
 鬼たちの首魁にも、なにやら意外な秘密がある様子(時代背景を考えればある程度は予想がつきますが…)で、まだまだ油断できないシリーズになってきたことです。


「悪鬼裁き 書院番殺法帖」(えとう乱星 大洋時代文庫) Amazon bk1


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 「書院番殺法帖」 主役設定の妙が光る

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2006.05.18

「柳生薔薇剣」 美しき剣の物語

 荒山徹先生の最新長篇は、お得意の「日本と朝鮮」「柳生新陰流」を扱った時代活劇。表面上は、良くも悪くもさほど重たくない作風に見えて実は…という、相変わらずの曲者ぶりが発揮されています。
 なんと言ってもこの作品、主人公はうら若き美女にして柳生新陰流の達人・柳生矩香。柳生宗矩の娘にして、弟・十兵衛以上の剣才を誇るスーパーヒロイン。その矩香が、鎌倉東慶寺に逃げ込もうとする女性・うねを救ったのが、全ての始まりであります。

 かつて秀吉の朝鮮出兵の際に、日本軍に「拉致」された朝鮮の人々。徳川幕府と朝鮮の国交正常化に伴い、彼ら「拉致被害者」を帰国させるべし、ということになったものの、これは全く政治的動きであり、過酷な朝鮮の身分制度を逃れ日本にやってきた者もいる、彼ら個々人の思惑を全く無視したものでした。
 そして矩香が救ったうねも、そんな強制的に帰国させられようとしていた朝鮮女性。朝鮮の身分制度を逃れ、肥前加藤家の武士と結ばれた彼女は、妻を、母を朝鮮に送り返させてなるものかと主家に逆らった夫と子の犠牲により、縁切り寺である東慶寺に逃れてきたのでした(それにしても拉致被害者の帰国をこのような形でパロディしてみせるあたり、荒山先生もなかなかお人が悪い。荒山徹が山田風太郎の衣鉢を継ぐ由縁は、秘術合戦などよりもこのシニカルなパロディセンスにあるのではないかと思った次第であります)。

 東慶寺に逃れた女性は、現世の悪縁から逃れる決まり、しかし事は日朝の外交に関わる問題であり、加藤家を離れて幕府を二分しかねない問題に。そしてそれに輪をかけてややこしいことに、時の将軍家光は、実は東慶寺庵主たる天秀尼(豊臣秀頼の娘)への秘めたる恋心から、大っぴらにはできないものの東慶寺を支持。その家光の相談を受けた柳生宗矩が、ガードのために東慶寺に送り込むことになったのが美しい中に無双の棘を秘めた女剣士・矩香…というお話であります。

 物語の基本構成を書いただけで随分長くなってしまいましたが、正直、荒山節は比較的薄めな本作。「柳生」も「朝鮮妖術」も登場しますし、何よりもバトルヒロインが次々と登場する強敵と対決するという展開も悪くありませんが、いつものやりすぎ感は、それほど強烈ではないという印象です。
 いや、そんな感想を抱いてしまうのは、当方が、拉致被害者帰国のために朝鮮が妖術師送り込んでくる展開を平然と受け容れてしまう荒山ジャンキーだからであって、普通に考えれば十分インパクトのある展開であるとは思います(宗矩くんは相変わらず黒いしな)。

 もちろん、上記のように、庶民のささやかな幸せを踏みにじって顧みることのない権力者の暴威と、それに対する人々のささやかなしかし強靱な意地という、荒山作品の派手で強烈な外見の下で脈々と波打つテーマは健在でありますし、何よりも、ラストに至って護る者と護られる者が逆転し、それが一つの魂の解放をもたらすという構図は、うまくまとめたな、という感がなきにしもあらずですが、やはり実に感動的でありました。

 チャンバラアクションに見せかけて、実は純愛ものという曲者の逸品。帯の「柳生武芸帳」に比肩しうるというのはどうかと個人的には思いますが(それはむしろ「十兵衛両断」の方だと思う)、荒山ビギナーにも自信を持って薦められる快作であります。
 最近発売された「柳生雨月抄」で大活躍の柳生友景さんも登場しますので、「雨月抄」を読まれた方はこちらも、逆にこちらを先に読んだ方は「雨月抄」の方もどうぞ。


 と、これからはマニアの話。
 既に多くの人に指摘されていますが、本作、山田風太郎先生の「柳生忍法帖」へのオマージュが強烈であります。時代こそ少々遡るものの、舞台は鎌倉東慶寺、うねを追ってくるのは肥前と会津の違いこそあれ加藤家と、意識しているのは明々白々。しかし、東慶寺の「門を蹴破り、力ずくにても」うねを引き立てて行こうと言う人物の名が「鷹ノ巣康祐」というのには吹きましたよ(しかも名前も微妙にまずい気がする)。

 …やっぱり荒山作品は油断できない。


「柳生薔薇剣」(荒山徹 朝日新聞社) Amazon bk1

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 「柳生雨月抄」 これ何て民明書房?

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2006.05.17

今週の「Y十M」 地獄の蓋が開くとき

 さて、バカ殿とほとんど二人羽織状態で五本槍(…?)をいたぶるお人の悪い十兵衛先生。こちらは全然余裕の表情ですが、お圭さんは気合い十分、睨み合いでは剣鬼・虹七郎と互角の勇ましさ。う~んいい表情。

 そして刀を手にしたお圭さん、十兵衛先生の戒めを外し、さらに花地獄に囚われた女性たちを解き放つという活躍。そして十兵衛先生はと言えば、わざわざバカ殿の意識を取り戻させた上で、竹橋御門前に放置プレイ(プレイ?)宣言。ひどい! ひどいよ先生! すげー嬉しそう!
(ここで十兵衛に気絶させられた三人の女をちらっと出してくるところがうまいなーと原作ファンとしては思います)

 …が、好事魔多し。死中に活あり、乾坤一擲の大勝負に勝ったかに見えた十兵衛とお圭の前に、いや下に…床下から一眼房part2。確かに、よくよく見てみれば五本槍でなく四本槍でしたなあ。
 憎き明成は上に残り、十兵衛お圭は床下に落下という大ピンチで以下次号。次回では二人の前に花地獄の本当の地獄たる由縁が姿を現すことと思われますが、さて、せがわ先生の筆はこの地獄を如何に描きますか。見たいような見たくないような、そんな気分であります。

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2006.05.16

一年間連続更新できました

 全くもって個人的なことなのですが…このたび、表のblogの連続更新期間が365日となりました。つまり、一年毎日更新。
 半ば意地になってやってきましたが、何とか(伝奇)時代劇ネタだけでここまでこぎつけました(NGワーオ:うち何分の一かはKYOとY十Mの感想じゃねえか)。

 自己満足とはいえ、読む人の存在を(そこそこ)意識しながらネタを集めたり、文章を考えたりするのはなかなか面白いもので、自分の読みたいものよりもネタになりそうなものを優先したりしたこともあって、さすがにそれはどうよとも思いますが、いい経験になったと思います。
 別に商売でやってるわけでもないものに何故ここまで…と我ながら思いますが、道楽ってそういうもんだからなぁ。

 あまり積極的によそ様のところに出かけていかないので、ネット上の交友範囲はあまり広くないのですが、それでもこの一年間で色々な方と交流することができて、これは貴重な経験でありました。
 父親が倒れて入院した時も、自分が39℃の熱を出して寝込んだ時も、更新しつづけた甲斐があった…ってバカですか私は。

 と、いい機会だからと、この一年間に書いたものをざっと読み返してみましたが、たまに「なかなかいいこと書いてるなあ」と思うこともあったりする一方で、頭を抱えたくなる文章も(相当量)あって恥ずかしいことこの上ないのですが、まあ今更格好付けても仕方ないのでこれからも頑張りますよ。

 恥ずかしいついでに、自分で読み返してそこそこ面白かった記事・印象に残った記事10本を挙げときます。
限界突破を超えて 「SAMURAI DEEPER KYO」第32巻
狐の姿に漂う情念 文楽「芦屋道満大内鑑」
青春小説として 「吉原御免状」再読
陸奥三代と闘った男 「修羅の刻 雷電編」第3回
「SUN-山田浅右衛門-」 心優しき斬首人の物語
「十兵衛両断」(3) 剣と権の蜜と毒
「劇場版 仮面ライダー響鬼と7人の戦鬼」 仮面ライダー戦国世界を駆ける
「暁けの蛍」 禅道と芸道と、現実と幽玄と
「嵐山スターウォーズ」 SUPER REAL FICTION復活!?
「怪~ayakashi~ 四谷怪談」 拡散する物語の魔

 次の一年は、もっともっと面白いことが書けるように、またこれから頑張ります。

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プチニュースサイトモード 魔界転生舞台化その他

 今日は楽そうなわりに以外と手のかかるプチニュースサイトモードですよ。特にゲームネタが多いです。

ハドソンは100タイトルを「バーチャルコンソール」に、サードの作品も?
 任天堂の次世代ゲーム機「Wii」では、過去のゲーム機の作品をダウンロード販売する「バーチャルコンソール」が一つのウリになっていますが、往年の名機PCエンジンの発売元ハドソンは、サードパーティ(簡単に言えばハドソン以外のメーカ)のソフト発売に向けて努力中とのこと。
 実はPCエンジンは伝奇時代ゲームが結構な本数発売されていたゲーム機なので、弁慶外伝! 逐電屋藤兵衛! 最後の忍道 源平討魔伝! と今からワクテカして待ちたいと思います。

福井晴敏氏「椿三十郎」「用心棒」をリメイク
 あの福井晴敏氏が、「用心棒」「椿三十郎」のリメイク版の小説化を担当するとのこと。うーん、うーん、どうも想像がつかない。
 ただ一つ言えることは、この二作品もまた、福井ユニバースの中に加えられるであろうということで(福井作品は、全て同じ時間・空間軸の世界で展開されているというのは有名なお話)、つまり用心棒がターンエーガンダムと一直線上で描かれるわけですよ! ユニバース! …三十郎と一緒に戦う美少年とか出てこないだろうな。
 しかしasahi.comの記事中、「漫画化やゲーム化を絡めたメディアミックスの手法を取る」という文章が超不安。

カプコン、PS2スタイリッシュ英雄アクション「戦国BASARA2」発売日が7月27日に決定
 今回は前田慶次が主人公格のようですね。個人的には秀吉史上色々な意味で最強かもしれない豊臣秀吉が気になりますね(しかも置鮎声)。
 続編殺しというありがたくない異名を持つカプですが、今回は頑張っていただきたいもの…

るろ剣新作ゲーム登場
 前から噂になっていましたが、るろ剣の新作ゲームが開発中とのこと。なにゆえ今頃…という気はしますが(完全版発売に合わせてかな?)、「聖闘士星矢」や「幽遊白書」など、懐かし漫画のゲーム化が最近ちょこちょこ行われていますので、そういう流れなのかしら。画面を見た限りでは、何というか…地雷臭が強く…

PS3にGENJI2見参
 既に発売すること自体が壮絶なネタのような気がしてきたプレイステーション3用に「GENJI2」が開発されていることは以前から聞いていましたが、先日のアメリカでのゲーム業界イベントE3でデモが展示・プレゼンされていたとのこと。
 「GENJI」と言えば、大枚はたいて呼んだ清原のCMが壮絶にナニだったり、あわや史上最速ベスト化されるところを小売りの怒りの声で止められたりと、これまたネタには事欠かない作品なわけで、ネタの二乗でどうなりますやら。とりあえず、プレゼンを収めた動画を見ましたが、会場のあまりの静けさにこちらがいたたまれない気分になってしまいました。


舞台版魔界転生(公式?はこちら
 天草四郎を成宮寛貴、柳生十兵衛を中村橋之助というキャスティングで、この9月に「魔界転生」が舞台化されるとのこと。なるほど成宮四郎の美形っぷりは今から想像できますし、橋之助であれば、殺陣も大丈夫でしょう(こないだの映画化でのチャンバラのしょぼさには泣かされましたからなあ)。
 キャストを見ると、ちゃんと紀州三人娘も登場するようでなにより。特に馬渕英俚可さんは、可愛らしくも芸達者な人なので楽しみです。
 しかし、またチケット取りにくそうな舞台だなあ…
 ちなみに上記の記事で「舞台化は25年ぶり」とありますが、前の舞台化ってあれか、まぼろしの天草四郎が志穂美悦子版のことかーっ! 唯一メディア化されていない「魔界転生」なので、この機会にどうにかなりませんでしょうか。

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2006.05.15

「陰陽師 鉄輪」 絵物語で甦る代表作


 「陰陽師」絵物語の第三弾は、恋の闇に迷う女性が鬼と化す「鉄輪」。前作の「首」同様、こちらも既に発表された短編ではありますが、挿絵が付されることにより、より一層原作の味わいが引き立つ形となっています。

 この「鉄輪」という作品、上記の通り短編として発表された後に、「生成り姫」として長編化されたり、舞踏劇となったり(後述)、劇場版「陰陽師」の中の一エピソードとして使用されたりと、非常に登場頻度が多く、まずは「陰陽師」シリーズの代表作と言ってもよいかもしれません。
 そんなわけで既にお馴染みと言ってもよい本作などのですが、この絵物語を彩る村上氏の挿絵は、闇を闇として描きながらも、しかしどこかしっとりと柔らかい感触で、恐ろしくも哀しい存在であるヒロインの姿を、優しく、艶やかに描き出していたと思います。

 また、本書には、この「鉄輪」を舞踏劇化した「鉄輪恋鬼孔雀舞」(かなわぬこいはるのパヴァーヌ)の、夢枕獏の手による脚本も収録されています。
 歌が、舞いがあってこその舞踏劇ではありますが、しかし、この脚本に付された村上氏の挿絵がまた見事でして――「鉄輪」に付されたものが絵物語の「絵」であるのに対して、こちらに付されたのはむしろ装飾的・デザイン的な「絵」であり、舞踏劇というメディアの持つ躍動感を、不思議に連想させるものがあったことです。


 ちなみにこの「鉄輪」、我が身の恥を晒すようですが、読む度に泣けてしまうんですなあ…作中で博雅が見せる不器用な優しさもかなりクるのですが、物語の結末で博雅がヒロインに言い聞かせる言葉がまた、心に染みて…
 オリジナルでも泣きました。「生成り姫」でも泣きました。そして本書でもまた泣きました。私が単純っちゃあ単純ですが、でもこれは凄いことなのかも知れない(私の頭の回路のダメさ加減が)。


「陰陽師 鉄輪」(夢枕獏&村上豊 文藝春秋) Amazon bk1


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 「陰陽師 首」 本当は恐ろしい…のに魅力的なおとぎ話

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2006.05.14

携帯で「天外魔境 ZIRIA」をクリアしたこと

 まったく今さらで恐縮ですが、「天外魔境 ZIRIA」をクリアしました。いや、XBOX360版ではなく、携帯電話のiアプリ版です。

 「天外魔境」という作品については、以前の記事でも書きましたので繰り返しませんが、発売当時、初のCD-ROMゲーム! という触れ込みで、アニメーションや生ボイスを売りにしていたゲームが携帯電話でプレイできるようになるなんて…と感慨半分驚愕半分の気分でした。もちろん、ボイスなどかなり削られているとは思うのですが(永井真理子の声とかなかったし。なくていいけど)、アニメーションはiモーションでやっていたのには驚きました。

 この作品、PCエンジン版でプレイしてクリアもしているのですが、何せ十ン年前のこと、細部はだいぶ忘れていたので新鮮な気持ちで楽しむことができました(足下兄弟の外道っぷりだけはよく覚えてましたが…あ、こいつらはIIにも出ていたからか)。
 もちろん、ゲーム自体は、システム回りが改善されているらしく感じたものの、さすがに「昔のRPG」というゲーム感覚なのですが、しかし当時から魅力の一つだった、一ひねりも二ひねりもあるストーリー展開や、微妙に毒の混じった台詞回しなどは健在で、単に物珍しさだけで受けてきた作品ではなかったと実感させられました。
 と、ゲーマー的な視点ではなく、このサイト的に見れば、あくまでも現実とは離れた「和風ファンタジー世界」とはいえ、あの当時に、コンシューマ機のゲームで「仁木弾正」や「悪路王」、「芦屋道満」などと登場させてきたのは、偉大なる先駆者である「ONI」シリーズ以外はなかったわけで(こう言っては何ですがあちらは「大作」ではなかったですし)、その点では、現在のゲームやコミック、ライトノベルの世界における「ファンタジーとしての時代劇」の先鞭をつけた作品の一つではないかとも感じた次第です。

 次は神移植という評判のニンテンドーDS版の「天外魔境II MANJIMARU」でもプレイしてみようかなあ。
 いや、本当はXBOX360版(評判を全然聞かないんだけど、大丈夫なのかしら)をプレイしてみたいんですが、さすがに本体ごと買う気はせんのでねえ。


 …と、ハドソンのサイトを見ていたらこんなゲームを見つけました。あー…いやー…プレイしてみるか。


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 和風ファンタジーの復権はなるか 「天外魔境 ZIRIA」復活
http://denki.txt-nifty.com/mitamond/2005/08/_ziria_aa39.html

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2006.05.13

「楓の剣! 2 ぬえの鳴く夜」 女剣士再びのお目見え


 シリーズ第一作が本年初頭に発表されたと思ったら、早くも第二作が登場の「楓の剣!」、好評のようで何よりであります。今回は、楓と弥比古のコンビが、人を斬った後に自分も自害する辻斬り続発の謎を追うことになります。

 主役二人は相変わらずのWツンデレバカップルぶりで、日頃「憎い! バカップルが憎い!」と血の涙を流している小生(信じませぬよう)にとっては何ともアレですが、これはこれで慣れればなかなか微笑ましいもの。

 今回は、その二人の前に、超美形の上に剣の達人という柳生家当主・柳生但馬守俊由とその妹・美鶴の兄妹が登場、当然のことながら二人の間に波風が…と思いきや案外そうでもなかったりしますが(チッ)、主人公たちに輪をかけてエキセントリックなキャラの登場で俄然賑やかになった本作。
 前作では主役を食う活躍を見せた主役二人の幼なじみで不思議な力を持つ和菓子屋の若旦那・嘉一と、彼に仕えるおしゃまな女の子と見せて実は…の羽瑠の二人ももちろん健在で、それぞれの扱いがこなれてきたこともあり、キャラの面ではなかなかの充実ぶりです。

タイトルに登場する鵺が今一つ出番が少なかったり(まあ、内外に複雑な顔を持つある人物を暗示する存在として描かれているのだとは思いますが)、敵がオールマイティーすぎてどうなのかしら、という点はありますが、これは個人の趣味の問題でしょう。内容的には、アクションとそれ以外の場面の緩急の付け方がしっかりしていることもあり、最初から最後まで退屈することなく一気に読むことができました。
 特に、ラスト近くでタイトルとなっている「楓の剣」が、作中の人物の言葉として使われるシーンは、かなりの盛り上がり方で、これはなかなかうまい使い方だな、と感心いたしました。

 相変わらず主役コンビの言動が武家の子女のものと思えませんとか、イラストでのキャラの髪型がアリエナス(特に柳生の殿)など、普段この手のことには気にしない私でも気になるような点はありますが、これはこういうもの、と割り切るのが正しいのでしょう。
 細かなところは気にせず肩の力を抜いて楽しめる、数少ない時代伝奇ライトノベルとして、このシリーズに期待しているところです。


「楓の剣! 2 ぬえの鳴く夜」(かたやま和華 富士見ミステリー文庫) Amazon bk1


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 「楓の剣!」 ライトノベル界に女剣士見参!

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2006.05.12

今週の「SAMURAI DEEPER KYO」 そして道は続く

 あの戦いから3年。将軍職を継いだ秀忠。修行の旅を続けるアキラ、ほたる。死の病の研究を続ける灯。壬生再建に勤しむ辰怜。天下を窺う幸村――それぞれが新しい人生を歩むが、そこに狂の姿はなかった。そして賞金稼ぎを続けるゆやの前に、京四郎が現れる。かつてゆやと二人のKYOが初めて出会った土地で、狂のことを思い出す二人。と、その時、天狼が強烈な光を放つ。皆の、そしてゆやの呼ぶ声に応えて、狂が長い旅から還ってきたのだ――(完)

 遂に遂にこの「SAMURAI DEEPER KYO」も完結。非常にベタな展開ではありますが、大団円と呼ぶしかない綺麗な結末だったと思います。
 ラストなのでちょっと詳しく紹介しようかとも思いましたが、それもまあ野暮なので、紅虎が普通の将軍の恰好してたらどうしようと思ったとか、アキラと時人の関係は、かつての狂とアキラの関係をなぞってるのねとか、アップで真面目な顔してるとほたるって幸村と見間違えるねとか、辰伶何でお前眼鏡かけてんの?ププッ(あと、ずっと名前間違えて書いててゴメン)とか、梵天丸は3年で10歳は老けたように見えるけど大丈夫か? とかゴチャゴチャ言わない。(…)

 ただ、真面目な話、ほとんどあきらめかけていた、るるの存在にまできっちりと答えを用意していたのには感心しました。…もしかして、薬になるから「るる」なんだろか。

 何はともあれ、センターカラーで大幅増ページ、さらに一ページ使って作者の挨拶というのは、非常に円満な終わりを見たと言うほかないでしょう。終盤、かなり慌ただしかった感がありますが、終わってみれば、落ち着くべきところに落ち着いたという感があります。

 全編を通しての感想は、コミックス最終巻が出てからにしたいと思いますが、一つだけ。
 本作の一つのキーワードとなっていた「生き様」という言葉ですが、その言葉を持って全編の終わりとしたのは、この「SAMURAI DEEPER KYO」物語が、キャラクターそれぞれの生き様が連なる・絡み合うことにより生まれる歴史につながっていく、変容していく物語ということであり――極端な言い方をすれば、本作の延長線上に今があるということであり――本作の「時代もの」としての意味を示したということになるのかな、と牽強附会もはなはだしく感じた次第。

 と、時代劇既知外の妄説はさておき――上条先生、この七年間、本当にお疲れさまでした。本当に楽しませていただきましたよ、と心からの敬意と共に述べさせていただきたく思います。

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2006.05.11

「陰陽師 首」 本当は恐ろしい…のに魅力的なおとぎ話


 夢枕獏&村上豊「陰陽師」の絵物語第二弾は、二人の男に対する姫の無邪気な肝試しの提案が思わぬ恐怖を招く「首」。作品自体は「陰陽師 龍笛の巻」に収録されているものでありますが、村上豊氏の挿絵と組み合わさることにより、えもいわれぬ味わいが生まれています。

 本作は、どちらかと言えば静かで長閑な印象のあるこのシリーズでは珍しく、かなりの血が流される物語。肝試しのために封印の石が取り除かれたことにより復活した(この辺りの展開は古今東西同じなのですなあ)餓えた生首の怪に狙われる藤原為成を救うために晴明が活躍するのですが、しかし、それでも物語全体にどこかユーモラスな印象があるのは、もちろん原作自体が持つ空気もありますが、まず大半は村上氏の挿絵の功績でしょう。

 生首の怪が登場する作品は決して少なくはありませんが、本作に登場するのはその中でもかなり凶悪な部類に入る輩。自在に宙を舞って襲いかかってくる人食いの怪物(ビジュアル的には「うしおととら」で、デパートでとらと戦った飛頭蛮を想起されたし)というだけでも十分イヤですが、どうも犠牲者はこの首の仲間になって同様に獲物を求める存在になってしまうという吸血鬼的な味付けとなっているのが恐ろしい。更に、首だけで下がないので、食べても食べても満たされることがないというわけで…冷静に考えればとんでもないタチの悪い怪物のように思えるのですが――

 が、それなのにこの怪物たちが、どうにもユニークに、親しみあるものに見えてしまうのです。
 もちろん実際に自分が追いかけ回されたらショック死するくらい怖いのでしょうが、村上氏の筆により、どこか暖かみがあり、ちょっと抜けた印象もある愛すべき存在たちとして、この首たちは生まれ変わった感があります。単純に人に害を為すだけの怪物から、物騒ながらも血の通った存在に変わったと言えばよいでしょうか…
(まあ、ユニークな印象は、ほとんどリアクション芸人なみの素晴らしい表情を見せてくれた藤原為成どのの功績も大きいとは思いますが)

 何だか、小さい頃に読んだ、恐ろしい怪物たちが登場するのに、それでも何故か怪物たちが親しみやすく魅力的に感じられたおとぎ話――例えば「三枚のおふだ」等々――を思い起こさせられたことです。

 ちなみに本作では、平安のマイクロフト・ホームズこと賀茂忠行も登場(確かこのシリーズには初登場じゃなかったかしらん)。あの晴明をコキ使うことのできる貴重なキャラクターですが、その式神の黒猫がまた可愛く描かれているんですわ…と変なところで猫好きの本性をむき出しにしておしまい。


 あと、やっぱりおヒゲのある晴明と博雅は、正直個人的には(ry


「陰陽師 首」(夢枕獏&村上豊 文藝春秋) Amazon bk1


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2006.05.10

「巴の破剣 羅刹を斬れ」 第三の剣登場


 最近ではNHK教育TVにも出演されていた牧秀彦先生の最新作は、直参旗本の次男坊で剣の達人・深谷真吾を主人公にした裏稼業もの、つまりいわゆる必殺もの。短編三本が収められた連作短編集の形で、法で裁けぬ悪を討つ主人公たちの活躍が描かれます。

 と、このブログでも牧作品はしばしば取り上げているので、あれ、と思う方もいるかもしれません。実は牧先生の裏稼業ものはこれで三作目。しかも先行する二シリーズとも、基本的に短編三本一セットの形式となっており、版元こそ違え、今回もなの? と思う方もいるかもしれません(…いないかな)。
 が、それでは本作が単なる同工異曲の安直な作品かと言えば、もちろんそんなことはありません。さすがは熱烈な必殺ファン・時代劇ファンでもある作者だけに、その辺りの差別化の仕方は、なかなか巧みなものがあります。

 冒頭に主人公の真吾は直参旗本の次男坊と書きましたが、冷や飯食いとはいえ確たる身分のある彼が最初から裏稼業に手を染めるではなく、物語の中で裏稼業の猛者たちと出会い、争い、そしてうち解けていく様が丹念に描かれているのが本作の見所の一つ。
 もちろん、シリーズ(?)第一作としてそれは当たり前と言えば当たり前の展開ではありますが、しかし本作の独自性は、真吾を
、道場剣法では達人ながら、命のやりとりの実戦では全くの素人として描いている点にあります。まだまだ剣士としても、裏稼業の人間としても未熟な真吾が、果たしてどのように――その真っ直ぐな気性を失わずに――成長していくかという、成長小説の要素も本作は持っているのです。

 また、本作における裏稼業は、公事宿の裏の顔として設定されているのもまた、面白い点であります。公事宿というのは、江戸時代に訴訟のために地方から出てきた者が泊まる施設ですが、同時に訴状の作成や手続きの代行等も行っていたという、現代で言えば司法書士的な性質も持っていた存在。いわば、江戸時代における法律のエキスパートですが、そんな彼らでもどうにもならない法の裏道を行く者に泣かされた被害者の恨みを果たす役割を、公事宿が果たすというのは、物語的にも面白いですしある種合理的ですらあります。

 も一つ、牧作品は、剣戟描写を丹念にしようとするあまり、些か描写が生硬になるきらいがあるように個人的には思うのですが、その辺りが本作ではうまくこなれていたのも評価点ですな。

 何はともあれ、真吾と仲間たちの物語はまだまだ始まったばかり。おそらくはシリーズ化されるであろうこの作品、この先を見守りたいと思います。


「巴の破剣 羅刹を斬れ」(牧秀彦 ベスト時代文庫) Amazon bk1


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 「陰流・闇仕置 隠密狩り 松平蒼二郎始末帳」(再録)
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2006.05.09

今週の「Y十M」 バカ殿布団巻き地獄

 さて、GWを挟んで久しぶりの「Y十M」は、十兵衛先生の鉄壁のふんどしも風前の灯火!? な大ピンチ…のはずが、何故か近寄る般若軍団もノックアウト、本人は呑気に高鼾のシーンから(書いてて自分でもどんな作品なんだかわからなくなってきました)。

 相変わらず呑気な十兵衛先生、ニセ盲人を疑われて瞼をひっぱられたりもされますが(運良くないものの方でしたが)それでも尚自分の正体をひた隠しにします。そしてバカ殿・加藤明成が無防備に近づいた瞬間! 布団の中に明成を引きずり込むという微妙にイヤな反撃。この時に、何故前回十兵衛先生を襲おうとした般若軍団が気絶したかが語られるのですが…原作でもわかったようなわからなかったような原理のこの技、こちらでは腹を使った当て身と解説されて、一瞬わかったような気になりましたが…ええっ、これってそういう技だったのですか。腹で当て身と聞いて、なぜか「もんがーダンス」を思い出してしまいましたよ。

 と、ジジイの連想はさておき、殿を人質に取られて七本槍の慌てまいことか。お圭さんを引きずり出して脅しにかかりますが、もちろんそんなことを恐れるお圭さんではなく、反対にえらい剣幕の啖呵をくらいます。うむ、キャラ立てのチャンスとばかりに頑張ってますな。

 そしてどんなに脅されても王将は十兵衛先生の手の内に(煽り文句の「王将」を「○玉」と読んでしまったのは、状況的に勘弁して下さい)。布団巻きの上にナデナデされてしまった殿の運命や如何に!? というところで以下次号。
 今週は総じてコメディ調でしたが、それがいい緩急を生んでいましたね。


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2006.05.08

「オクタゴニアン」第1巻 陰謀家が集う列車


 大塚偽史・戦後篇たる本作は、戦前、特高警察の指示で共産党に潜入し共産党を壊滅に導いたスパイM(実在の人物。「木島日記」の円盤篇でも大暴れしていましたな)と、天皇ヒロヒトの影武者だった男・菊人のコンビを主人公とした奇怪な作品。
 顔のない男と、あってはならない顔を持った男、戦争の終結により寄る辺なき身になった二人の男が、戦後日本を騒がす謀略の数々に立ち向かうというのが基本ラインであります。

 えらく芸のない感想で恐縮ですが、本作を一読しての第一印象は「よくもまあこんな作品出せたな…」の一言。何せ、菊人は天皇陛下の影武者であったからして、顔は陛下と瓜二つ。その彼が、スパイMと組んでの探偵(という名の何でも屋)稼業、何故か行く先々でトラブルに巻き込まれて、陛下の顔で活劇を繰り広げるインパクトは筆舌に尽くしがたいものがあります。
 しかも本物の陛下も登場、非常に格好いいのですが時々えらくストレートな物言いをなさるので、読者であるこちらの方がハラハラさせられます。さすがは豪腕大塚先生、この人でなければこんな作品は書けません…というより世に出せません。

 いや、こんなわかりやすい表面的なことを騒いでいる場合ではありませんでした。そんな事以上に面白いのはこの物語の構造。
 進駐軍として日本を占領した米軍が、如何に日本を支配するか≒隠然と日本社会をコントロールするかというその目的のために、731部隊、共産党の転向者、民俗学者(またもや登場柳田先生)といった戦前の亡霊たちをかき集め、支配のツールとして利用するために走る列車…それが標題となっている「オクタゴニアン」。

 史上実在したこの列車は、かつて天皇陛下の御用列車でありながら、戦後は進駐軍に徴用され、利用されたという存在。そのオクタゴニアン号が、GHQによる日本支配の陰謀の象徴として東京の闇を走るというのは、何とも皮肉かつ蠱惑的なものがあります。おそらくは大塚先生、オクタゴニアン号の存在を知ったとき快哉を上げたのではないかしらん。
 そしてまた、そのオクタゴニアン号に集い、あってはならない謀略を行う者たちに、己の依って立つところを失った者たちが立ち向かうという構造は、実にスリリングであり、かつ刺激的であると同時に、戦直後の日本直後の伝奇的・象徴的縮図と言えます。

 最初読んだときは、帝銀事件や下山事件といったメジャーな事件が、エピソードのオチ的に使われているのにちょっと違和感を感じたのですが、しかし、オクタゴニアン号に集う者たちの暗躍の結果として日米の闇の部分が結びついていく様を描くことこそが物語の主眼で、怪事件はその結果、と考えれば、むしろこの形となるのは当然の帰結と申せましょう。

 太平洋戦争の敗戦は、一つの時代の終焉であるとと申せましょうが、これまで「北神伝綺」「木島日記」で描かれてきた戦前の暗い闇のわだかまりが、敗戦で終焉を迎えることなく、現代に至るまで、時代の陰で脈々と生き続けてきたということを示すこの物語。今名前を挙げた二作に比べ、かなりエンターテイメント寄りの作品であり、それがまた魅力となっているのですが、それでもやはり大塚作品ならではの昏い輝きを放っていることは間違いありません。


「オクタゴニアン」第1巻(杉浦守&大塚英志 角川コミックス・エース) Amazon bk1


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 勝手に負けた話
 「木島日記」(小説版) あってはならない物語

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2006.05.07

「オヅヌ」第1巻 新たなるまつろわぬ民の物語


 「コミックバーズ」誌に連載第二回まで掲載されながらも諸般の事情で中断し、媒体と絵師を変えてwebコミック誌「幻蔵」で復活した朝松健原作の伝奇コミックの単行本第一巻がようやく発売されました。
 最初の連載時から読んでいた身としてはずいぶん待たされましたが、まずはめでたいことです。

 本作の主人公であり、その名がタイトルに冠された「オヅヌ」とは、かの役行者、役小角のこと。
 人ならざる力を持つ日本の先住民「キ」の民の末裔であるオヅヌを主人公とした物語は、おそらくは第一巻の時点ではまだまだ序章であり、これからどういった方向に転がっていくのか、まだまだわかりませんが、一つの国家により全てを奪われたまつろわぬ民であるオヅヌを物語の中心に据えることにより、単なる伝奇活劇に留まらないものを見せてくれるのではないかと想像している次第。

 なお、華門氏に変わって本作の絵師を務める梶原にき氏の画は、さほど綿密な画風ではないですが(むしろ白い)、どこか妖しい暗さを感じさせるものがあり、存外本作の雰囲気に似合っているように思えます。
 個人的には、人間側(?)のキャラクターにもう少しエッジがあってもいいのではないかと思うのですが(特に韓国広足が普通の美形っぽいのが非常に勿体ない)、これはこれで個性と捉えるべきでしょうか。

 オヅヌと同じく「キ」の民であるゼン爺とコウ、いまだ名前が語られるのみの「キ」の民の秘宝、オヅヌのライバルであろう藤原不比等の持つヒヒイロカネの剣、そして何より、それぞれに複雑な思惑で動く朝廷の人々――物語を構成するこれらの要素が、果たしてどのように動き、絡み合っていくか、この先の物語を期待して待ちたいと思います。
 しかし、もう少し物語がスピードアップしてもよいのでは、とも思いますが…

 そうそう、最初の連載時にうちのサイトで本作に関連の人物の史実をまとめたこのようなコーナーを作っていました。もしよろしければご参考までにご覧下さい。


「オヅヌ」第1巻(梶原にき&朝松健 幻冬社バーズコミックス) Amazon bk1

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2006.05.06

「伝奇城」の荒山徹先生

 「伝奇城」については、いずれ一編一編きちんと紹介しようと思いつつ、何故だか果たせないでいるのですが、「柳生雨月抄」のおかげで熱病の如くプチ荒山徹ブームが内外で荒れ狂っているので、もしかして作品の存在自体知られていないんじゃ…と不安になったりもする「伝奇城」の荒山作品を紹介。

 「伝奇城」とは、一年以上前に光文社文庫で刊行された書き下ろし伝奇時代小説アンソロジー(全く以て僭越ながら小生もちょっと企画ものを手伝っています)なのですが、収録作品のトリを務めているのが荒山先生。もちろん朝鮮を題材とした作品を、それも三編も掲載されているのですが、ごく短いながらもそれぞれにこれまでの作品とは少し違った趣向が凝らされていて実に面白いのです。以下、一編ずつ紹介。

「柳と燕――暴君最期の日」
 柳と燕と言えば、風流で美しいものの取り合わせでありますが、本作の「燕」とは、「柳生雨月抄」などでも何度か言及された朝鮮史上最悪の暴君「燕山君」。燕山君の暴虐の陰に在ったある力を描いた本作。「燕」が燕山君ならば「柳」は――というお話ですが、三編の中でこの作品がいわゆる荒山作品っぽいかな。

「黒鍬忍者の密訴」
 前作から時代はぐっと下って時代は徳川第五代将軍綱吉の時代。徳川の黒い血が目覚めたか(何せ荒山ユニバースでは家康がアレですから)、朝鮮ラヴの余りに将軍就任にあたって「日本を朝鮮にする」と言い出した綱吉に、幕閣は大弱り。悩んだ果てに、一人の黒鍬忍者に解決策を講じさせるのですが――もうね、オチの破壊力は長短編合わせても荒山作品一と言っても過言ではないでしょう。荒山先生以外の人間がこれをやったら怒られること必至の、ある意味非常に荒山作品らしい作品です。

「其ノ一日」
 さらに時代は下って19世紀半ばのある一日に川のほとりで交わされる、ある人物と従者たちの何の変哲もない会話を描いた本作。特に大きな事件が起こるわけでもなく、静かで穏やかな空気の中に終わる一編なのですが、それでもなおかつ強烈に時代伝奇小説の、時代伝奇小説家の何たるかを謳いあげた作品で、私の大好きな作品です(NGワード:先生それ自分自分!)。
 このアンソロジーの掉尾を飾る一編として、誠に相応しい作品と感じた次第。


 と、この三編の前には「作者口上」として、作者自身の時代伝奇小説観と、時代伝奇小説家としての己の目指すところが掲げられており、これもまた非常に興味深いものがあります。
 以上、掌編ながら実にユニークな作品ばかりですので、未読の方は、是非。もちろん他にも面白い作品ばかりですので、読んで損はないですよ。あと巻末の変な年表とか…


「伝奇城」(朝松健&えとう乱星・編 光文社文庫) Amazon bk1

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2006.05.05

「無限の住人」第19巻 怒りの反撃開始!


 いつまで続く不死力解明編…と待ちくたびれていた「無限の住人」、前の巻で凛たちが江戸城地下の秘密実験場に突入して動きが出てきましたが、この巻ではこれまでに積もり積もったものを吹き飛ばすかのようにアクションと剣戟のつるべ撃ち、久々にむげにん流アクションを堪能いたしました。

 まず最初に血祭り(笑)にあげられるのは、狂気の実験者と化した蘭方医・綾目歩蘭人。ようやく万次と再会した凛の前に現れたのが運の尽き、さんざん解体された万次の! 万次を追って苦闘を続けた凛の! 実験の犠牲となった数知れぬ無辜の民の! そしてそして、さんざんかったるい(あ、言っちゃった)展開につき合わされた俺たち読者の! 怒りをこめたかのようにほとんど格闘ゲーム並みの乱舞を食らわせるのには、全くもって溜飲が下がりましたよ。

 そして復活した万次が対峙するのは、万次を上回る剣力を持つ吐鉤群。一度は完敗した相手に、弱った体で如何に立ち向かうか、と思いきや、実に(ドラマ的に)見事な手段でもって吐に一撃を食らわせてくれて、これまた実に気持ちが良い。虫けら同然に扱われた弱き者の怒りと怨念が込もったかのような逆転の一撃は、お見事と言うしかありません。

 が、そこで戦いは終わらない。さらに万次の前に立ち塞がるのは、あの山田浅右衛門その人。弟子との絶妙の(?)連携の前に窮地に追い込まれる万次と凛がまさに絶体絶命の危機に陥ったときに助っ人に現れたのは、まさかの大復活を遂げた逸刀流の心優しき巨人・夷作で、これまた大盛り上がりの展開であります。
 そして万次に代わり首斬り浅右衛門に挑むのは、逸刀流の爆弾娘・瞳阿。一度は愛する者を奪われた怒りで圧倒するかに見えた彼女ですが、実力もキャラクターも変態級の浅右衛門はその力を上回り、さあどうなる! といったところで万次が元祖不死人の貫禄を見せて復活…という盛り上がったままでこの巻おしまい。

 思わず感想を書いているこちらがテンション高くなってしまいましたが、それだけの爆発力を持ったこの巻。溜めが長すぎてどうなることかと思いましたが、それだけ待った甲斐があったというものです。いよいよ不死力解明編ラストとなる次巻も楽しみです。

 そういえば武器フィギュアも買わないとなあ…


 …と、全くどうでもいい話なのですが、このシリーズで繰り広げられる「実験」の黒さと、登場キャラのキレっぷり、どこかで見たなあと思っていましたが、あれだ、サムライガンでした。


「無限の住人」第19巻(沙村広明 講談社アフタヌーンKC) Amazon bk1

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2006.05.04

「サラン 哀しみを越えて」 哀しみの先にあったもの


 朝鮮伝奇王・荒山徹先生が、秀吉の朝鮮出兵を背景に描いた短編集。
 先日の「柳生雨月抄」のエントリへの神無月様へのコメントや、インターネット殺人事件様のエントリで、これは読まねば! と連休初日に書店に駆け込み買って参りました。
 荒山ファンのふりをしながら何故今まで読んでいなかったというと、単行本は高いからどうも伝奇性が薄いように思われたのでというのが正直なところですが、ごめんなさい。本当に僕が悪うございました。

 本書に収録されている短編は全六編。時代背景を同じにする他は、全て独立した作品ですが、共通するのは、ごく普通に暮らしてきた一個人が、巨大な歴史のうねりと厳然たる社会制度の悪意に飲み込まれ、その中で己の愛と意地を貫き通そうとする(そして大抵無惨に打ち砕かれる)という点。
 以下、各作品を簡単に紹介いたします。

「耳塚賦」
 数奇な運命の果てに朝鮮に辿り着き、朝鮮の武人と結ばれた少女が、因縁の秀吉の朝鮮出兵を期に、運命の大きな変転を迎える様を描いた物語。冒頭から鬼のような作品で、猛烈に凹みました。もう燈籠を見てもこの作品しか思い出せない。
 ラストには、おや? という点もあるので、もしかしたら何かつながっていくのかしら(不勉強で申し訳ない)

「何処か是れ他郷」
 朝鮮出兵を語る際にしばしば登場する武将・沙也可の一生を描いた作品。その前半生を描いたものは少なくありませんが、後半生までも描いた作品はさほどないのではないでしょうか。秀吉への意地を貫き、そして勝利した沙也可。その彼が、親友と道を違えてまで守ろうとし、得たものは何であったか…これまた鬼のような結末でまた凹む。そりゃあ○○もしたくなります。私だってする。

「巾車録」
 こちらは視点を変えて、日本軍に拉致された両班(貴族)が、己の意地と愛する者のため、不屈の精神で日本への因果応報のため奮闘するも…という一編。荒山作品では基本的にド外道の代名詞の両班ですが、本作の主人公は、日本への反攻のために日本の情報を探り出そうとする熱血漢。そんな彼が、遂に帰国という時に目にした「因果応報」は、なかなか皮肉で面白くはあるのですが、頭の悪いおこちゃまが読んで勘違いしないかちょっと心配になったり。

「故郷忘じたく候」
 日本人武将と結ばれ、自ら望んで日本に渡った朝鮮人女性が、個々人の想いを全く無視した日朝の政治的思惑の中で翻弄されていく様を描いた、またまた鬼のような作品。朝鮮からの「拉致被害者帰国要請」が招いた悲劇は、長篇「柳生薔薇剣」でも描かれていますが(本作の舞台となるのも同じ肥後加藤家)、こちらは何とも悲しく重たい意地が貫かれます(というか、この題材で「柳生忍法帖」パロをやった「柳生薔薇剣」が異常)。

「匠の風、翔ける」
 朝鮮でひたすら差別されてきた陶工の三兄弟が、それぞれの形で職人としての意地を貫き抜く様を描いた一編。前作を含めて荒山作品では何度か描かれる自ら望んで日本に渡った朝鮮の人々の物語ですが、本作の主人公たちが選んだ誇り高き道には、全くもって頭が下がります。そしてその意地の精華とも言うべき結末で引用される文章が感動を呼びます。

「サラン 哀しみを越えて」
 …と、ここまでは実に荒山作品らしい、個人の尊厳と権力の暴威の相克を描いた短編ばかりだったのですが、ラストにして表題作の本作は、その路線を引き継ぎつつも、別の意味でもの凄く荒山作品らしい作品――すなわちバカ伝奇(あ、書いちゃった)として成立しているある意味奇跡的な作品。
 村の人々の安全のために日本軍に協力しながらも、売国奴として両親を虐殺された少女・おたあが、日本武将・三木輝景への愛と神への信仰を胸に強く生き抜く様は、演出のしようによっては韓流ドラマみたいなタイトル(これは絶対狙ってつけたと思いますが)から連想されるような感動のロマンスとしても描けたかもしれませんが、まあ荒山先生がそんなことするわけないですわなガハハハ。

 いや勿論、「そういう作品」として読むことも可能で、ネットで書評を検索してみると、ネタに気付いている人と気付いていない人(反応している人と反応していない人)の差が凄まじく大きいのでちょっと愉快なのですが、とにかく、哀しみを越えた先にあったものは――
 これはもう、何を書いてもラストのオチに触れかねないので難しいのですが、衝撃のラストには(いつもながら)「せっ…先生ッ! なんたる無茶をッ…!!」と思わざるを得ませんでした。途中で登場するある人物の名前に「あれ? この人は…」と感じたその予感(不安感)は正しかった! とだけ書いておきます。

 …するとアレですか、伝奇小説史上に冠たるあの秘術には、やっぱり朝○○術が関わっているわけですね。そうなんですね。


 色々と書きましたが、本作もまた、何だか人を冷静にさせないものがある荒山作品でありました。ガチガチの伝奇ものを望む方には「あれ?」かもしれませんが、読んで勿論損はない作品集であると自信を持って言えます。

あと、伝奇オタ的には、冒頭の「耳塚賦」でさりげなく、○○○○が若き日の放浪時代に朝鮮にも渡っていたというお話が出てきたりして、これだけで一本書けますね。もちろん細○○○○アには韓人の血が! とかそういう展開で。

 も一つ言っておきますと、「サラン」の主人公は実在の人物ですから。○○○○に仕えたとか宗教上の理由で○○されたとかも本当。それなのに、ああそれなのに…伝奇時代小説ってこわいねえw


「サラン 哀しみを越えて」(荒山徹 文藝春秋) Amazon bk1

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2006.05.03

時代小説に隕石 あるいは幸せな妄想

 と、暴れん坊将軍というか時代劇に彗星&隕石の話の続き…いやむしろおまけ。
 先のエントリで「吉宗が江戸の花火職人にこしらえさせた大玉で彗星を迎撃するエピソードと思いこんでいた」と書きましたが、何でこんなこと考えたかというと、実は理由がないでもない。それに近いシチュエーションが時代小説上ないこともなかったのです。

 朝松健先生のだいぶ前の作品で、「妖戦十勇士」という作品があります。諸般の事情で惜しくも2巻まで書かれた時点で中絶、リメイクとも言うべき「真田三妖伝」のシリーズが発表されたことで、続く見込みは残念ながらまずないと思うのですが、その第2巻のラスト。

 これはもう上記のような事情の作品なのでネタバレさせていただきますが、このラストでは、十勇士と対立する徳川方の妖術者・林羅山が、ペルシア妖術「星辰落乱」により、アステロイドベルトの小惑星を地球目がけて呼び寄せるという衝撃的展開。そしてシチュエーション的に、どうもそれを迎え撃つのが、伊達政宗と大久保長安が極秘に開発した、鉱山の坑道を丸ごと砲身とした超々遠距離砲「鉱山砲」らしいという――
 いや、作者ご本人は嫌がられると思いますが、この先の展開読みたかったなあ…本当に勿体ない。あ、あくまでも鉱山砲で迎撃というのは私の勝手な予想ですが。


 しかし、今後このような豪快かつ燃える展開を時代小説で見ることはできないものか!(何故時代劇に限定するかは、筆者がそういう病気なので気にしない)と思っているところですが――一人いました。今後やってくれそうな方が。
 いや、きっとやってくれるはずですよ、朝鮮妖術「護螺栖」とかいって! まあ、友景さんの活躍で、日本を狙ったはずが半島に落ちちゃうんですが。

 と、連休初日からある意味幸せな妄想にひたりつつ、おまけの話おしまい。

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暴れん坊将軍 「江戸壊滅の危機!すい星激突の恐怖」

 昨日は有給をいただいてお休みしたのですが、その前の晩にテトリスDSのwifi対戦しすぎて寝ぼけ眼をこすりながら起きてきたのですが、新聞のTV欄を見たら一気に眠気がすっ飛びました。「暴れん坊将軍 江戸壊滅の危機!すい星激突の恐怖」という文字を見たら。
 これ! まさか時代劇ファンの間でプチ伝説と化しているこのエピソードが、偶然私がお休みしている日に再放送されているとは! 小躍りしながらビデオをセットした次第。

 この「江戸壊滅の危機!すい星激突の恐怖」というエピソードは、こんなお話。
 ある夜、望遠鏡を覗いていて地球に近づくほうき星を発見した吉宗(天文マニア)。地球への落下を懸念した吉宗は、在野の天文学者・西川如見を長崎から呼び寄せ、ほうき星の軌道を算出させようとする。が、その如見を襲う不逞浪人集団・世直し天狗党。実は吉宗のライバル・尾張宗春の配下である天狗党は、如見を利用してほうき星に対する人々の不安を煽らせ、その隙に江戸を騒がせて吉宗の権威を失墜させようとしていたのだ。果たしてほうき星は江戸に落ちるのか!? そして吉宗は天狗党の陰謀を阻むことができるのか!?

 というわけで、時代劇に彗星! という素晴らしいミスマッチ感覚の今回。なんと申しますか、彗星と隕石がごっちゃになっていたり、ほうき星のビジュアルが歌舞伎で人魂を出す時に使う焼酎火みたいだったり、地表に落下したほうき星が豪快に炎をあげて爆発(結局ほうき星は江戸直撃を免れて日野に落ちるわけですが、まあ日野ならいいや…ってよくねえ! というくらいの爆発でした)
したりと、(期待通りの)突っ込みどころは色々ありましたが、想像以上に真っ当なお話でした。

 いや、これで「真っ当」と言ってしまうのはどうかと思いますが、小生の脳内では、吉宗が江戸の花火職人にこしらえさせた大玉で彗星を迎撃するエピソードと思いこんでいたので、これは小生の(明らかに狂った)期待のかけすぎというもの。内容的にはたまたま彗星だったのでナニですが、世を騒がす手段・きっかけが別のもの――米不足とか変な予言とか――だったら、まあ普通の時代劇かと思います。ほうき星の軌道観測のために呼ばれたのが西川如見だったり、妙なところでしっかりしているのも楽しいですね(西川如見が吉宗に招かれたのは史実)。

 それにしても、明治時代のハレー彗星騒動のことを考えれば、劇中でパニックに陥る人を笑えないし、天下を騒がす手段としては、如見を騙してほうき星の危機を町中で訴えさせ、その騒動に乗じて爆弾入り蝋燭(!)を配り、江戸を混乱させるというのは悪人の手としてはなかなかうまい手だなぁ…と真面目に分析してどうするのだ、私は。

 しかし、ちゃんと(?)ほうき星も江戸の近くに落ちてきたし、これに悪人たちの陰謀が重なったからいいものの、冷静に考えたら今回の話、望遠鏡で偶然観測した彗星を「地球に激突するかも知れん!」と将軍様がはた迷惑にエキサイトしただけじゃないかと…ほとんど、ほりのぶゆき先生の世界です。


 ちなみに脚本の井川公彦って「飯盛り侍」の原作の方かしら…。あと、女御庭番が東風平千香さんで驚いた。

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2006.05.02

「闇を斬る 残月無情」 そろそろダッシュしては…


 「闇を斬る」シリーズ第四巻の本作は、とある商家を襲った「闇」一党の陰謀に、主人公・鷹森真九郎と同心・桜井琢馬が立ち向かうという内容。
 そこに、前作で登場した美貌の深川芸者・染吉が絡んできて、どうする真九郎! というのが本作の趣向と言ったところでしょうか。

 以前書きましたが、これまでの本シリーズは
真九郎の日常→琢馬に呼ばれて事件の話→情報収集→敵の襲撃→琢馬と話す→日常→情報収集or襲撃…
というのが基本パターンですが、それは本作も同じ。 パターンではありますが、バランスよくチャンバラと真九郎の日常が平行して描かれていくのは、物語に適度な刺激と同時に安定感を与える結果となっており、これはこれで嫌いではありません(真九郎さん刀もらいすぎ! とか大商人に慕われすぎ! とか突っ込みたくなることもありますが)

 ただし、正直なところを言えば、前作で折角「闇」の大きな動きが出てきたのに対し、本作はミステリー的部分にバランスを割きすぎたか、スケール感で言えば一歩も二歩も劣るというのが残念なところです。
 ホップ・ステップと来て、またホップに戻ったかなあ、という印象で、せめて内容的に前作と本作が逆の順番であったら…というのはもちろん無理な注文ですが、ちょっとシリーズ構成としてどうなのかな、という気はしました(タイトルでラストの展開も予想できますしね…)。

 ルーチンをこなしながら物語全体のドライブ感を少しずつ高めてきた本シリーズ、そろそろ全力疾走に移ってもいいのではないかな、というのは読み手の方の勝手な言いぐさかもしれませんが、期待の裏返しと思っていただければ。


「闇を斬る 残月無情」(荒崎一海 徳間文庫) Amazon bk1


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2006.05.01

「シグルイ」第6巻と今月の「シグルイ」 魔神遂に薨ずるも…


 「シグルイ」最新第6巻は、一巻丸々使っての伊良子清玄vs岩本虎眼の因縁の(元)師弟対決第2ラウンドが描かれます。

 既に決着の回については、雑誌掲載時に(えっれえ大仰な)感想を書きましたし、あちこちのサイトでもこの巻について紹介されているので、ここでくだくだしくは書きませんが、やはり虎眼先生の存在感は、強烈を通り越して壮絶とでも評すべき凄まじさで、正直なところ、何度読んでも負けたのが何かの間違いとしか思えない展開でありました。

 特に、用意周到に策を巡らせ、自分に有利な流れに持っていったかに思われた伊良子の眼前で、まさかの虎眼先生第三の貌・魔神モードが発動したシーンには、思わず伊良子に同情してしまった次第。まさか本当に虎の眼に変貌するとは…
 冷静に考えてみると、本作で一番ひどい目にあっているのは伊良子だなあ…いくらオナゴにもてても伊良子にはなりたくない。

 と、そんなド派手でドぎつい展開が全編に渡り続く中で、伊良子と藤木の二人が、それぞれ秘剣に開眼する様子を描いたエピソードが挿入されるのが面白いところ。真面目な話、このエピソードは純粋な剣豪ものとして読んでも楽しめるもので、私は気に入っています。

 さて、「チャンピオンRED」の最新号では藤木の回想という形で、彼と虎眼の出逢いが描かれていますが、藤木ビジョンの若き虎眼先生がえらく格好良い人で、吹き出したり感心したり。
 しかし、伊良子に敗北という形でもって完結した虎眼先生の人生ですが、それは逆に、確とした結末があることにより、そこに至るまでのエピソードを、今回のように回想の形でもって幾らでも語ることが可能になったということでもあり、それはそれでより一層始末に悪い存在になったような気がします、虎眼先生。

 そしてまた、かつて読者を戦慄と笑いの渦に巻き込んだ藤木の「真顔で伊良子の顔面をドォンドォン」のルーツが奈辺にあるかもよくわかりました。実のところ、虎眼先生と駿河大納言の次くらいに始末に悪いと思います、藤木って。


「シグルイ」第6巻(山口貴由&南條範夫 チャンピオンREDコミックス) Amazon bk1


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