「サラン 哀しみを越えて」 哀しみの先にあったもの
朝鮮伝奇王・荒山徹先生が、秀吉の朝鮮出兵を背景に描いた短編集。
先日の「柳生雨月抄」のエントリへの神無月様へのコメントや、インターネット殺人事件様のエントリで、これは読まねば! と連休初日に書店に駆け込み買って参りました。
荒山ファンのふりをしながら何故今まで読んでいなかったというと、単行本は高いからどうも伝奇性が薄いように思われたのでというのが正直なところですが、ごめんなさい。本当に僕が悪うございました。
本書に収録されている短編は全六編。時代背景を同じにする他は、全て独立した作品ですが、共通するのは、ごく普通に暮らしてきた一個人が、巨大な歴史のうねりと厳然たる社会制度の悪意に飲み込まれ、その中で己の愛と意地を貫き通そうとする(そして大抵無惨に打ち砕かれる)という点。
以下、各作品を簡単に紹介いたします。
「耳塚賦」
数奇な運命の果てに朝鮮に辿り着き、朝鮮の武人と結ばれた少女が、因縁の秀吉の朝鮮出兵を期に、運命の大きな変転を迎える様を描いた物語。冒頭から鬼のような作品で、猛烈に凹みました。もう燈籠を見てもこの作品しか思い出せない。
ラストには、おや? という点もあるので、もしかしたら何かつながっていくのかしら(不勉強で申し訳ない)
「何処か是れ他郷」
朝鮮出兵を語る際にしばしば登場する武将・沙也可の一生を描いた作品。その前半生を描いたものは少なくありませんが、後半生までも描いた作品はさほどないのではないでしょうか。秀吉への意地を貫き、そして勝利した沙也可。その彼が、親友と道を違えてまで守ろうとし、得たものは何であったか…これまた鬼のような結末でまた凹む。そりゃあ○○もしたくなります。私だってする。
「巾車録」
こちらは視点を変えて、日本軍に拉致された両班(貴族)が、己の意地と愛する者のため、不屈の精神で日本への因果応報のため奮闘するも…という一編。荒山作品では基本的にド外道の代名詞の両班ですが、本作の主人公は、日本への反攻のために日本の情報を探り出そうとする熱血漢。そんな彼が、遂に帰国という時に目にした「因果応報」は、なかなか皮肉で面白くはあるのですが、頭の悪いおこちゃまが読んで勘違いしないかちょっと心配になったり。
「故郷忘じたく候」
日本人武将と結ばれ、自ら望んで日本に渡った朝鮮人女性が、個々人の想いを全く無視した日朝の政治的思惑の中で翻弄されていく様を描いた、またまた鬼のような作品。朝鮮からの「拉致被害者帰国要請」が招いた悲劇は、長篇「柳生薔薇剣」でも描かれていますが(本作の舞台となるのも同じ肥後加藤家)、こちらは何とも悲しく重たい意地が貫かれます(というか、この題材で「柳生忍法帖」パロをやった「柳生薔薇剣」が異常)。
「匠の風、翔ける」
朝鮮でひたすら差別されてきた陶工の三兄弟が、それぞれの形で職人としての意地を貫き抜く様を描いた一編。前作を含めて荒山作品では何度か描かれる自ら望んで日本に渡った朝鮮の人々の物語ですが、本作の主人公たちが選んだ誇り高き道には、全くもって頭が下がります。そしてその意地の精華とも言うべき結末で引用される文章が感動を呼びます。
「サラン 哀しみを越えて」
…と、ここまでは実に荒山作品らしい、個人の尊厳と権力の暴威の相克を描いた短編ばかりだったのですが、ラストにして表題作の本作は、その路線を引き継ぎつつも、別の意味でもの凄く荒山作品らしい作品――すなわちバカ伝奇(あ、書いちゃった)として成立しているある意味奇跡的な作品。
村の人々の安全のために日本軍に協力しながらも、売国奴として両親を虐殺された少女・おたあが、日本武将・三木輝景への愛と神への信仰を胸に強く生き抜く様は、演出のしようによっては韓流ドラマみたいなタイトル(これは絶対狙ってつけたと思いますが)から連想されるような感動のロマンスとしても描けたかもしれませんが、まあ荒山先生がそんなことするわけないですわなガハハハ。
いや勿論、「そういう作品」として読むことも可能で、ネットで書評を検索してみると、ネタに気付いている人と気付いていない人(反応している人と反応していない人)の差が凄まじく大きいのでちょっと愉快なのですが、とにかく、哀しみを越えた先にあったものは――
これはもう、何を書いてもラストのオチに触れかねないので難しいのですが、衝撃のラストには(いつもながら)「せっ…先生ッ! なんたる無茶をッ…!!」と思わざるを得ませんでした。途中で登場するある人物の名前に「あれ? この人は…」と感じたその予感(不安感)は正しかった! とだけ書いておきます。
…するとアレですか、伝奇小説史上に冠たるあの秘術には、やっぱり朝○○術が関わっているわけですね。そうなんですね。
色々と書きましたが、本作もまた、何だか人を冷静にさせないものがある荒山作品でありました。ガチガチの伝奇ものを望む方には「あれ?」かもしれませんが、読んで勿論損はない作品集であると自信を持って言えます。
あと、伝奇オタ的には、冒頭の「耳塚賦」でさりげなく、○○○○が若き日の放浪時代に朝鮮にも渡っていたというお話が出てきたりして、これだけで一本書けますね。もちろん細○○○○アには韓人の血が! とかそういう展開で。
も一つ言っておきますと、「サラン」の主人公は実在の人物ですから。○○○○に仕えたとか宗教上の理由で○○されたとかも本当。それなのに、ああそれなのに…伝奇時代小説ってこわいねえw
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コメント
おお、早速読まれましたか。
やはりあの先生の例の作品を知る方は
「サラン」ラストのオチには一発で砂。
ちなみに、当方はサランを称して、
「ベヘリット型」と呼んでおります。
この覇王の卵が割れたら、
中からどんなスーパー荒山大戦(仮)が
出るのかと思うと、もうそれ以外に
名前が思いうかばねぇ有様です。
あと、私事ながら先月、
柳生の里に行ったのですが、
そこにあった家系図を見たところ、
兵庫介の息子の一人が、かの戦で
討ち死にしてることが判明し、
もう、どんな超絶柳生剣士が
出てくるのかと、今から楽しみで
なりません。
投稿: 神無月久音 | 2006.05.04 01:14
神無月様:
スーパー荒山大戦、非常に楽しみです。「サラン」の冒頭にはあの連中も出ていましたしね(そういえば「高麗秘帖」ラストの伏線もまだ残っていました…)
そしてあの戦で亡くなったのは、柳生清厳という人物ですね。兵庫助の嫡子にあたるのかな?
尾張柳生はまだ本格的に登場していないので、どんなことになるのか楽しみです<既に確定事項
投稿: 三田主水 | 2006.05.04 22:18