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2006.06.30

「新編 日本の怪談」 アンソロジストとしての八雲

 小泉八雲ことラフカディオ・ハーンが、日本の民話・伝承・古典等から集めた怪談・奇談の数々を編者のオリジナル編集で収録した一冊。

 「雪女」「耳無し芳一」「むじな」「茶わんの中」といった非常にメジャーな物語から、登場する怪異が不気味ながらもユーモラスな「ちんちん小袴」、日本人の一種異常でしかし見事な美意識を描いた「十六桜」、歪められた愛情が壮絶なゴアシーンを呼ぶ「破られた約束」など、まずは八雲作品の精華集と呼んでよい内容でしょう。

 それにしてもこうして本書を見て今さらながらに驚かされるのは、八雲の怪談を見る目・選ぶ目の確かさであります。当然のことながら(?)八雲のものした怪談・奇談には原話・元ネタが存在するわけであり、江戸時代等古典怪談のファンであれば、ほとんどの作品を目にしているのではと思わないでもないですが、しかし、そうした好事家以外には忘れ去られた感のある物語を、外国人である八雲が「発見」し、遺したというのには感じ入るものがあります。
 その意味では、八雲の再話者としての側面は格別、一種のアンソロジストとしての側面にも、改めて気付かされたことです。

 正直なところ、各章のタイトルの付け方にはいささかどうかな…と感じさせられるものがないでもないですが、しかしそれで本書に収められた作品自体の質が下がるわけではもちろんありません。
 八雲が遺した日本の豊穣な文化の産物である怪談・奇談の数々を少しでも多くの人に味わって欲しいと強く願う次第です。


「新編 日本の怪談」(ラフカディオ・ハーン 池田雅之編 角川ソフィア文庫) Amazon bk1

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2006.06.29

「外法陰陽師」第2巻 外法陰陽師vs姫君?

 「外法陰陽師」第二巻は、朝廷での覇権を巡る暗闘の中で命を狙われた道長の娘・大姫(後の彰子)のために、半人半竜の超美形・漢耿星が活躍します…と書いてもまるっきり間違いではないのですが、やはり正しいとも言えない本作。
 相変わらず耿星は人嫌い、人の命が無くなろうが、人の世が滅ぼうが全く我関せずの態度ですが、そんな彼の唯一の泣き所、藤原行成が関わってくることでしぶしぶ立ち上がることとなります。

 というのも、泰山にあるという人の寿命を示す蝋燭、その中の行成と道長の蝋燭が、いかなる理由にか、溶け合って一体化してしまったため。つまりは行成と道長は、文字通りの運命共同体となってしまったということになります。
 大姫の身に危難が及べば、彼女を将来入内させることにより権力を固めようという道長も没落することとなり、行成にもまた害が及ぶ。一方、行成が命を失うようなことがあれば、道長もまた同様の運命を辿るわけで、今度は日本の国が乱れる(=太上老君に告げ口される)もととなる――

 そんな状況でやむを得ず、宮中を騒がす怪事に首を突っ込むこととなった耿星。大姫の身代わりとなって鬼に攫われたという侍女を捜す羽目になりますが…さらに厄介なことに、彼のやる気のなさを見抜いた大姫自身が、お目付役として耿星に張り付くことに。ほとんど無敵の力を持ちながらも仏頂面で無愛想な耿星と、無邪気で好奇心旺盛な大姫の組み合わせは、なかなかに微笑ましく、この部分がこの第二巻の魅力の一つかと思います。
 それにしても、普通のお話であれば、どんな悪人や非人間キャラでも少女の無垢な魂にほだされて…というのが定番だと思うのですが、そんな状況でも全く変わらない耿星はある意味さすがだと思いました。

 と、クライマックスではそんな耿星の心が唯一動く相手の行成が死地に飛び込んだことにより(ここまでアレだと、ほんとは全て計算づくでやっているんじゃないかという気がしてきました)、耿星が前巻にも登場した奇怪な蟲使い・蘆屋清高と死闘を繰り広げることとなります。
 個人的に気に入っているのは、この耿星が操る術に関するルール。万物に宿る精霊(本作では「異形」と呼称)の力を借りる耿星の術の効果・使用法は、実はかなりロジカルに構成されていて、いかに竜の力を持つ耿星であっても、そのルールを破ることは出来ないという設定。いい意味で(言葉の元々の意味で)ゲーム的な描写となっていて、耿星の力に一定の歯止めをかける(むしろ耿星の力がマイナスに働くシーンもあって)と同時に、作品にリアリティを与える効果を上げているのには感心しました。

 三部作の真ん中ということで、物語のまとまり的にはちょっとゆるいところはありますが、まずは十分以上に楽しむことが出来ました。


「外法陰陽師」第2巻(如月天音 学研M文庫) Amazon bk1

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2006.06.28

「影風魔ハヤセ」最終回 平和という名の大忍法

 森田信吾先生の戦国忍者コミック「影風魔ハヤセ」が、「イブニング」誌最新号で完結しました。最終回は、前回で秀吉と家康を同時に捕らえ(!)、××××と名を変えて秀吉の側に仕えることとなったハヤセたちその後を描いた、いわばエピローグというべき内容でありました。

 ハヤセが提案し、秀吉と家康が乗った策、それは戦国の世を平和に導くための、身も蓋もない言い方をすれば出来レース。戦国大名たちの力を削ぎつつ国の地力を固め、そして関ヶ原という戦場で、豊臣(を継ぐ者)と徳川という二大勢力を激突させ、戦国の世の最後を演出する――それが、戦いの世に倦んでいた三人が天下に仕掛けた秘策、いわば平和という名の大忍法と言ったところでしょうか。

 正直なところ、最終回の展開は(上記の秘策も含めて)前回を読んでから予想したとおりだったのですが、××××たるハヤセもやはり処刑されることなく生き延びて、影風魔の一族は歴史の陰に消えていくという(その彼らが安住の地とした先が、また伝奇ものにはしばしば登場するあの地なのにはニヤリ)実に綺麗にまとまったラストで、まずは大団円と言うべきでしょう。

 それにしても、最後の最後までいい役をもらったのが秀吉。元々尋常でないキャラ立ちであったのですが、野心と奸智の塊のような人物に見えながらも、その実、光秀を罠にはめて信長を本能寺に弑逆してまで平和の訪れを望み、その一方で信長に複雑な敬慕の念を持つ陰影に富んだキャラクターとして描かれていて、実に印象的な秀吉像でありました(折角最後まで生き延びた光秀の影が完全に薄れてしまうほどに…)。
 そしてまた、ある種悲劇的な事実として語られることの多かった秀吉の死後の祀られ方についても、本作の秀吉像からしてみれば、なるほどと思わされたことです。

 考えてみれば、本能寺の変を起こして物語の幕を開けた人物であり、またハヤセをして陽忍術使いと言わしめた秀吉。彼こそは、この忍者コミックのもう一人の主役にふさわしい人物であったかと今更ながらに気付かされた次第です。


 しかしハヤセ、あんまり女の子を待たせるもんじゃありませんよ。


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2006.06.27

「楚留香 蝙蝠伝奇」 暗闇の魔境に希望の光を

 さて楚留香の「蝙蝠伝奇」の本編であります。上巻のラストで登場した彼の親友にして痛快男児・胡鉄花がもたらしたある知らせを聞いた楚留香が、その謎を追ったことにより、思わぬ謎と陰謀の大冒険に巻き込まれることになります。

 胡鉄花がもたらしたもの…それは、厳格をもって鳴らす華山派の女総帥・枯梅大師が、還俗したという知らせ。一見、何でもないことのようですが、世俗から隔絶した中で武術を磨く老女侠が、今頃になって世俗に還るというのは、江湖や武林においては(すなわち作中世界においては)大事件。好奇心を刺激された二人はその謎を追おうとしますが、その前に現れるのは、秘伝のはずの華山派の奥義を操る少女、海賊の頭領、謎の鞄を持つ軽功の達人等々、曰くありげな面々で、こうなると古龍の面目躍如といった感があります。

 そしてあれよあれよというまにストーリーは進み、楚留香一行は海賊船に乗り、この世のあらゆる謎と秘密が売買され、歓楽の限りが尽くされるという蝙蝠島を目指すことになります。しかしながら船の中には、あたかも彼らの運命を予告するかの
ように六つの棺が…そして次々と船中で引き起こされる惨劇の数々。
 と、この辺りの怪奇色の強いサスペンスタッチは、古龍の面目躍如たるものがありますし、同時に、本シリーズを語る上でよく引き合いに出されるルパンものに通じる雰囲気もあります。

 そして幾多の死の罠と怪事件の果てにようやくたどり着いた蝙蝠島は、謎の男・蝙蝠公子に支配された光なき暗黒の世界。圧倒的不利な状況下で、果たして楚留香の運命は!?――と、ここまで来るとルパンというよりは、戦前の冒険小説か黄金期のジャンプの漫画みたいなノリですが、そういうのが大好きな人間にとってはたまらない作品となっています。

 もっとも、楚留香のキャラクターが(他の古龍作品の主人公と比べると)普通に格好良すぎるので、古龍お得意の、希望とか愛とか信念とかの連呼が鼻につくところがなきにしもあらずですが、しかし、このストレートさがかえって気持ちいいのも事実。
 何よりも印象的だったのは、物語の後半、蝙蝠島に潜入してからの一シーンであります。仲間たちとはぐれ、孤立無援の状況で島に潜入した楚留香。その彼の眼前で、文字通り暗黒の中で肉の地獄に囚われた女性が、最後に残された人間性の一片までも踏みにじられそうになった時、彼は我が身の危険も省みずに飛び出して外道を叩きのめし叫ぶ!「忘れるな、この女たちも人なんだ!」
 その後、彼と合流した他のキャラクターたちが――悪人に至るまで――彼女にさりげなくも暖かい心遣いを見せるシーンも含めて、ベタではありますが実に熱く、かつ気持ちのよい侠気であったことです。

 正直なところ、超展開(さすがに終盤のジェノサイドっぷりには驚きましたよ)とどんでん返しの連続には――いつものことながら――好みが分かれるだろうとは思いますが、やはりこの一作で終わるにはあまりにも勿体ないシリーズかと思います。陸小鳳シリーズの翻訳が終わったら、次はこちらのシリーズを! と心から祈る次第です。


 以下おまけ。本作の中で、扶桑の甲賀から伝わったという「大拍手」なる技が披露されるシーンがあります。これ、要するに真剣白刃取りのことなのですが、古龍ユニバース中の扶桑=日本が、どのように設定されているのか、非常に気になるところであります。
 ちなみに楚留香シリーズの他の作品には伊賀忍者も登場するようで…き、気になる!


「楚留香 蝙蝠伝奇」(古龍 小学館文庫) 中巻 Amazon bk1/下巻 Amazon bk1


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2006.06.26

「影を踏まれた女」 郷愁と死の影の物語

 光文社文庫で以前に発売されていた岡本綺堂の怪談集が、先月から新装版で刊行開始されました。その第一弾がこの「影を踏まれた女」ですが、綺堂怪談の精華とも言うべき「青蛙堂鬼談」全十二話と、「近代異妖編」から表題作を含む三話が収録されています。
 文庫で読める綺堂の怪談集としては、これまでちくま文庫から発売されていたものがありましたが、(一冊辺りの収録作こそ少ないものの)より手軽に読むことのできる光文社文庫版が復刊を遂げたのは、綺堂ファン・怪談ファンにとって、まずめでたいことです。

 全く個人的な話になりますが、表題作の「影を踏まれた女」は、私が初めてきちんと読んだ綺堂怪談であります(もっとも、光文社ではなく旺文社文庫版でですが)。つまり本作がつまらなければ以後綺堂作品に手を触れないことだってあり得たわけですが、結果としてみれば、極めて幸せな出会いであったと今でも思います。

 月夜に遊ぶ子供たちに影を踏まれたのが元で、影を踏まれることを異常に恐れるようになった少女の運命を描く本作は、因果因縁から解放されたことによる超時代性と、それと密接に結びついたリアルな恐怖感、そしてそれを包み込むように点描される失われた江戸の情緒という点で、綺堂怪談のお手本のような作品なのですが、本作の魅力には、綺堂の筆の冴えに加えて、題材選びの見事さがあるかと思います。
 
 本作の題材――影踏みは、実に他愛のない、ゲームというより一種じゃれ合いに近いものがあるようにも思える遊びであって、私が子供の頃にももちろん何度も遊んだ覚えがあります。…ただし日の光の下で、ですが。
 本作で怪異を招くきっかけとなるのは、影踏みは影踏みでも、月夜の影踏み。なるほど、明るい月の下であれば、影を踏むのは十分に可能でありましょうが、しかし考えてみれば、闇の中に照らし出された互いの影を追うというのは、何だか非現実的で、そしてどこかまがまがしいものが感じられる姿であります。

 太陽が陽であり、昼が生の世界であれば、月は陰であり、夜は死の世界。そんな中で古来より人の生命の顕れの一つとされる影を追うというのは、実に象徴的な姿であり、誰でも遊んだことのあるような影踏みという、どこかノスタルジックな世界の中に、濃厚な死の影を配置するという綺堂のセンスに、なにやらひどく心惹かれるものがあるのです。

 と、ネットで影踏み(鬼)のことを調べていて、影踏み鬼を詠んだ短歌を二首、見つけました。どちらも本作に――影踏みという遊びに――漂う空気をよく表しているように思えますので、ここに引用させていただき、本稿の結びとしたいと思います。

 月夜だし都忘れが咲いてるし影踏み鬼がまだ終はれない  紅月みゆき

 踏まれたる実感もなく鬼となる影踏み鬼を不意に怖れぬ   藤田美智子


「影を踏まれた女」(岡本綺堂 光文社文庫) Amazon bk1

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2006.06.25

壬生狂言を観てまいりました

 昨日、国立劇場壬生狂言を観てきました。今回が初見――というより恥ずかしながらつい先日まで存在も知らなかったのですが――だったのですが、なかなか面白いものでありました。

 壬生狂言は、狂言という語こそ付いていますが、狂言とは全く別物(演目の一部は狂言からも採っていますが)。演者は全員面をつけ、一切台詞は無しで、所作と鉦・太鼓・笛のお囃子のみで物語が表現されます。元来は鎌倉時代の円覚上人が民衆を教化するために始めた宗教劇で、これが14世紀初めから現在に至るまで絶えることなく、壬生寺の本尊である延命地蔵菩薩に奉納されているとのことです。

 この回の演目は、閻魔に裁かれ責め苦を受ける餓鬼が地蔵尊に救われる「賽の河原」、壬生寺に詣でた美女が大尽に見初められるもそこに妻が現れて…という「桶取」、そして鳥羽院に仕える女御玉藻前、実は九尾の狐と、その正体を見破った安倍泰成らが対決する「玉藻前」の三本。当然(?)、伝奇者として私の目当ては「玉藻前」でした。

 が…この三本の中で一番面白かったのは、実は一番期待していなかった「桶取」だったというのが面白い話。
 確かに「玉藻前」は、玉藻前が九尾の狐と知った際の泰成の驚きの描写や、御幣でもってチャンバラを行う泰成と玉藻前(途中で九尾の狐に変化…というか入れ替わり)、さらに劣勢とみた九尾の狐が逃れる際に、舞台の「飛び込み」(歌舞伎でいう「奈落」)に豪快にダイブするなど、面白い場面も色々とあったのですが、それ以外の場面は以外と淡々としていたというか…演劇的に面白いと思える部分が少なかったというところでしょうか。

 対して「桶取」は、他の二本に比べれば、あくまでも日常の範疇の物語。美女・照子が壬生寺に参拝して閼伽水を汲んでいるところに大尽が現れ、彼女を見初めて戯れかかり、初めは素っ気なくあしらっていた照子もやがてほだされ、大尽に踊りを教えて二人で楽しげに踊るように。が、そこに大尽の身重の妻が現れ、不実を責めるも、照子は大尽に逃がされ、そして大尽も照子を追って消える。そして一人残された妻は、己の容姿を嘆き、化粧をするも…という内容です。
 物語が起伏に富んでいるわけでも、特段派手な演出があるわけでもありませんが、しかし、台詞なしで所作とお囃子のみで内容を見せるという、壬生狂言の特長と魅力が一番はっきりと出ていたと感じられたのは、間違いなくこの演目だったかと思います。
 大尽にぴったりと身を付けて踊りを教える照子の姿には、甘ったるい恋のときめきと、その先のもっと生々しい悦びの息吹きが確かに感じ取れましたし、また、一人残され、閼伽水に己が顔を映して化粧をしながら一喜一憂する妻の姿には、女性の持つ可愛らしさと哀しさ、更に言えば業のようなものが強く感じられたことであって――つまりは、省略と記号化が、より深く強く現実感を与えることになっているように思えるのです。

 演劇という非日常的空間においては、同じく非日常的な物語よりも、時としてごく日常的な描写、ごく自然な人間の感情の発露方がより印象的に、先鋭的に観客の目に映るということは、これまで人形浄瑠璃などを観た際にも感じていたのですが、はからずもそれを再確認させられた気がします。

 そして同時に、この「桶取」が直面で演じられた場合、内容的にも描写的にも、地蔵菩薩に奉納するのに適しているとはちょっと考えがたいようにも感じられます。すなわち、その意味では仮面は(つまりは壬生狂言というスタイルは)、現実性を記号化することによって和らげ――極端に言えば神仏の世界に近づける効果を持っていると言えるかもしれません。
 言い換えれば、壬生狂言の中の記号化は、舞台上を現実に近づける効果と、現実から遠ざける効果という、矛盾する二つの効果を生んでいるように感じられるのですが…それはあるいは、この壬生狂言が、民衆教化という目的と、地蔵菩薩への奉納という目的の、二つの(それぞれ対象がある意味正反対の)目的を持っているからなのかもしれません。

 と、わかったようなわからないようなことを書いているうちに自分でも混乱してきたのでこの稿おしまい。

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2006.06.24

「水妖伝 御庭番宰領」 水面に浮かぶ水妖の貌

 新レーベル「二見時代小説文庫」創刊ラインナップの一つである本作、先日紹介した「幻の城 遠国御用」の続編であります。前作で己の過去と訣別した主人公・鵜飼兵馬が、もう一つの消せない過去であるかつての愛人の行方を追ううちに再び暗闘の世界に巻き込まれていくという内容です。

 物語の始まりは前作で死闘を繰り広げた弓月藩から、再び兵馬が江戸に帰還するところから始まります。御庭番宰領と並ぶ彼の生業である用心棒稼業を再開した彼の元に舞い込んだのは、呉服商葵屋の店主・吉兵衛からの依頼。兵馬のかつての愛人であるお蔦を囲っていたという、何とも複雑な関係にある吉兵衛ですが、彼の回りで次々と殺人事件が起き、彼もまた何者かに命を狙われているという訴えに、しぶしぶ用心棒を引き受ける兵馬ですが、それは、ある日突然彼の前から姿を消したお蔦の過去にまつわる奇怪な事件の始まりに過ぎなかったのでした。

 本作のヒロインというべきお蔦は、「幻の城」にも登場していますが、さして出番のないうちに「あたしは、水のあるところから来たの。そして水のあるところへ帰ってゆくわ」という謎の言葉と連れ子の少女・小袖を残して、彼の前から、そして物語から消えてしまったキャラクター。
 「幻の城」では、その後に展開された本筋を追うのに夢中ですっかり忘れていましたが、本作では、彼女が何故姿を消したのか、そして彼女が何者だったのかが、ミステリタッチで描かれていくことになります(ということは、前作の段階から本作の構想はあったということなのでしょう)。

 本作で兵馬を取り巻く人物は、小袖や御庭番の倉地、兵馬を慕う侠女・始末屋お艶に、兵馬と因縁浅からぬ地回りの駒蔵と、前作でもお馴染みの面々。兵馬を含めて、相変わらず一癖も二癖もある人物ばかりで、物語の雰囲気もこれまた相変わらずの乾いたタッチのギスギスフィーリングですが、謎解きあり剣戟ありと、やや文庫書き下ろし時代小説的展開に軸足を移しつつある本作においては、それがかえって特長として感じられます。

 果たして一体誰が味方で誰が敵なのか、雇い主であり仲間であるはずの倉地に対しても疑いの目を向けざるを得ないほどの窮地に追い込まれた兵馬が、苦闘の末に掴んだ真実への鍵は、関東の怨念を背負って生き続ける水妖の一族という実に伝奇的な存在であり(さすがに「怨泥沼」という強引な当て字はどうかと思いましたが)、そしてそれがまた御庭番宰領の任務につながっていくという終盤の展開には、ラストの妖剣使いとの死闘も含めて、大いに唸らされました。

 かつての愛人の行方という、もう一つの過去の軛から解放された兵馬ですが、彼の現在の生はまだ続きます。彼を主人公としたさらなる続編の登場に期待する次第です。

 なお本作、冒頭に記した通り「幻の城 遠国御用」の続編でありますが、それがどこにも記載されていないのが、どちらも面白い作品であるだけに残念であり、事情はあるのでしょうが些か不親切に感じられます。もちろん独立して楽しめる作品ではありますが、できれば先に「幻の城」を読んでいただきたいというのが正直なところです。というか「幻の城」も文庫化希望。


「水妖伝 御庭番宰領」(大久保智弘 二見時代小説文庫) Amazon bk1

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 「幻の城 遠国御用」 過去と現在を繋ぐ幻の城

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2006.06.23

「髑髏検校」 不死身の不知火、ここに復活

 吸血鬼という存在は、どこまでの人の心を引きつけるらしく、およそ文学の世界に吸血鬼が登場して以来、それこそ無数の吸血鬼物語が生まれ、語られたのではないかと思います。そしてまた、吸血鬼同様、そうした物語も(もちろん「貴種」ともいうべき優れた内容のものに限られますが)極めて長命で、一度姿を我々の前から消したように見えても、またしばしの時を経て復活するものと見えます。
 この「髑髏検校」も、もちろんそうした吸血鬼物語の一つ。そしてその生命力たるや、一度どころかほとんど不死身と思えるほど幾度も復活するほど(私の知る限りでも、四度は文庫化されているかと思います)。もちろんそれは、本作がそれだけ優れた作品である証しにほかなりません。

 と、持ち上げておいてなんですが、本作を一言でストレートに評すると「吸血鬼ドラキュラの翻案」以外の何物でもありません。
 異境で吸血鬼の一党に出会った若者の手記に始まり、その吸血鬼が都に現れ、若者の恋人をはじめ、次々と人々を毒牙にかける。やがてその魔の存在に気付いた老碩学が仲間たちとともに吸血鬼と対峙し、死闘の果てに遂に魔人を滅ぼす…
 もちろん、これは吸血鬼ものの定番展開ではあるのですが、それにしてもこれはあまりにもそのままの構成かと思われます(もちろんレンフィールドに相当する狂人も登場しますしね)。

 が…それでもなお、本作が我が国の吸血鬼文学史上燦然と輝くのは――単に時代小説で初めて「ドラキュラ」をやったというコロンブスの卵的存在だからではなく――そのあまりに見事な翻案ぶりによります。
 その翻案の見事さを一つ一つ検証はしませんが、例えば物語の冒頭、吸血鬼不知火検校の侍女、松風と鈴風(もちろんこちらも人外の魔性)が初登場するシーン。「ドラキュラ」では、彼女らに相当するキャラクターは、吸血鬼として棺から現れるですが、本作においては、不知火検校の骨寄せで登場するのです。ナイスジャパナイズ!
 その他、登場する事物の一つ一つが見事に日本風にアレンジされており、翻案ものにままある違和感というものは、まずもって感じられません(おそらくは、「ドラキュラ」を読んだことのない方が読んで、全く元ネタの存在は感じ取れないのではないでしょうか)。

 もとより、妖異陰惨であると同時に、どこか歌舞伎的絢爛華美な作風を備えた作者の時代小説であるが、本作ではその特長がもっとも良き形で現れたのではないかと思います。
 本来は日本から遠く離れた欧州の果ての、一梟雄の伝説と、土着的妖怪譚とを混淆させた、いわば純粋に欧州産である物語が、これほどまで違和感なく日本の物語として描かれるとは、驚くほかありません。
 
 正直なところ、想定よりも連載期間が大幅に短縮された関係で、終盤の展開にやや食い足りない部分はあるのですが、既に伝説と化した感もあるラスト(検校の正体)のインパクトの前には、それももう、小さなことのように感じられます。
 本作が、ほとんど不死身の生命を持つかのように思えるのもむべなるかな。今回の復活で、一人でも多くの餌食が生まれることを願ってやみません。


 …と、「髑髏検校」の名パートナーたる「神変稲妻車」について書く余裕がなくなってしまったので、そちらはまた別の機会に。


「髑髏検校」(横溝正史 徳間文庫) Amazon bk1

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2006.06.22

ファミコン「新・里見八犬伝」

 何だかあんまりポジティブなことが書けなくて申し訳ない八犬伝ゲーム紹介、ラストの三作目はファミコンのRPG「新・里見八犬伝」(通称「げぼ」)。
 これまで紹介したのは、あくまでも八犬伝ベースの作品でしたが、本作は正真正銘、里見八犬伝のゲーム化…と言いたいところですが、正確には、「南総里見八犬伝」をベースにした鎌田敏夫の「新・里見八犬伝」の映画化である「里見八犬伝」のゲーム化という…ややこしい。

 それはさておき、本作では遂に八犬士全員が仲間になる展開。更に原作(not南総里見八犬伝)でのヒロイン・静姫も仲間になるので、最大九人パーティ。多くとも五、六人パーティが限度だった当時のコンシューマRPGにおいて、これはおそらく最大記録で、素直に快挙だったのではないかと思います。
 さらにさらに、本作はマルチオープニング形式。すなわち、開始時に八犬士の誰か一人を選択し、その犬士独自のイベントをこなしながら仲間を集めていくという…これまた、同時期のコンシューマでは同年に発売された「ウルティマ 聖者への道」くらいしか採用していなかった気がする(いや、たぶん他にもあると思いますが)快挙です。

 これだけ斬新なシステムを搭載した作品であれば、八犬伝抜きにしてもプレイしたくなるのが人情でしょう? 八犬伝ファンなら尚更です。が、一つだけプレイする前に見落としていたことが…

 本作の発売元、その名は――東映動画

 …と、このメーカー名が持つ意味は、レトロゲーマーでなければさっぱりわからないと思いますが、一言で言えば、バンダイなんて目じゃない(強いて言えば「烈戦人造人間」クラス…って普通の人にゃさっぱりわからないよ!)原作付きクソゲーを連発していたメーカーでありまして…
 技術力やセンスがアレなメーカーが、なまじ凝ったシステムのゲームを作るとどうなるかと言えば、これは想像が付くと思いますが、まあその、色々と大変な作品でしたよ…げぼ。

 先に述べたように、システムは斬新ですし、題材も良かった本作、本当に勿体ない作品だったなあ…としみじみ残念に思います。どこかがトチ狂ってリメイクでもしてくれないかしら<無茶言うな


 と、最後まで色々な方面に申し訳ない内容となってしまった八犬伝ゲーム紹介。最後に一つ、ちょっと不思議に感じた事実を。

 実はこれまでに取り上げた三作品、ほぼ同時期に――1988~1989年に――発売となっているのですね。ジャンルやメーカー、プラットフォームが異なるとはいえ、同じ物語をベースにした作品の発売時期がこれだけ重なるというのは、例えば一昨年の新選組ゲーム、昨年の義経ゲームなどがありますが、しかしこれらの八犬伝ゲームについては理由がよくわからない。
 すぐに頭に浮かんだのは、角川映画の「里見八犬伝」を当て込んだプチブームですが、実は映画の公開は83年とかなり前(まあ、映画公開から3年後にこういう作品(これはアーケード)も出ているので、時期はあんまり関係ないのかもしれませんが)なので、それと関係があるとも考えがたいところです。
 私の知る限り、この三本以降、八犬伝ゲーム(ゲームの一部のネタに使った、というのはもちろんありますが)というのはほとんど発売されていないのもまた不思議なことであります。…あ、こちらはちょっと違うと思いますのでここではパス。

 何はともあれ、今の技術力で八犬伝をゲーム化したら相当面白いものができるのでは…と思ったのですが、ここでなぜか「GENJI」が頭に浮かんだので、やっぱり止めておいた方がよいのかもしれない――とはなはだ言いがかりめいたネガティブなまとめでこの稿おしまい。


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2006.06.21

新感“染”新作その他のお話

 そういえばすっかり書き忘れておりましたが、先日「メタル マクベス」を観た際にもらった演劇チラシの山の中に、劇団☆新感線の次々回公演「朧の森に棲む鬼」のものがありました。
 主演は市川染五郎! 古田新太も、阿部サダヲも、粟根さんも聖子さんも出る! そしていのうえ歌舞伎! つまりは伝奇時代劇! と小躍りしつつも、内容などの情報がないなあ…などと思っていたのですが、ごめんなさい、一ヶ月も前のサンスポに記事が出ていました。

 もう新感線ファンとしても伝奇時代ファンとしても失格級の情報収集力のなさでお恥ずかしいですが、それはとりあえず置いておくとして、記事の内容を見てみれば…モチーフはシェイクスピアの「リチャード三世」。「マクベス」からさほど間をおかずにシェイクスピアですか…今度こそ予習しておこう。
 そして、驚いたのは主演たる染五郎が悪役! ということ。この記事読む前は、勝手にお染さんがヒーローで古田さんが大悪人やるもんだと思ってましたが(大変に陳腐なセンスでお恥ずかしい)、確かに「アオドクロ」で染五郎が演じた天魔王は、尋常でなく恐ろしく、そして独特の美学を感じさせる見事な悪役ぶりだっただけに、今回も期待できそうです。考えてみれば歌舞伎だって悪役が主役の演目は山とありますしね。

 それ以外の配役はまだわかりませんが、チャンバラファンとしては、(どっちが善でもどっちが悪でも構わないので)染五郎vs古田新太のチャンバラを見たい、と心から思います。
 今回もまた、チケットを取るだけで一苦労かとは思いますが、もちろん万難を排して見に行く所存です。


 ちなみに「メタル マクベス」のパンフでは、いのうえひでのり氏が、これからやってみたいものの一つとして、時代劇歌謡ミュージカル(狸御殿シリーズみたいな)を挙げていて、これはこれで実現を心待ちにしたいところです。ヘビーなのもいいですが、また明るく楽しく大バカな作品も見たいですしね。

 も一つ新感線がらみで言えば、「大江戸ロケット」がアニメ化されるらしいのにちょっと驚いたり。実は上記のパンフの中で、いのうえ氏がミュージカルとしてリメイクしたい過去作として挙げていた作品だったので…(まあ、上演の時は主役がバカやったからねえ)。
 なお、脚本はアニメで時代劇ものならこの人! の會川昇で、製作はマッドハウスとくれば、質は心配しないでよさそうですが――

 と、とりとめがなくなったところでこの稿おしまい。

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2006.06.20

今週の「Y十M 柳生忍法帖」 お笛血笑

 さて、なにやら駆け引きめいたことを五本槍が言い出したところで続くとなった「Y十M」ですが、お千絵さんはそれをものすごい勢いで一蹴。そりゃあそうだと思いつつ、ますます立場のなくなる五本槍…

 そしてお千絵さんの命で五本槍を荒縄で数珠繋ぎにするお笛。まったくどんな恰好をさせても司馬Qは(面白い)絵になるわい…と思っていたら、お笛が何やら怨念が籠もったような笑いを。あれ、尻を踏んづけられた恨みは前回晴らしたよな、と間抜けなことを考えていたら…ごめんなさい、彼女たちには晴らすべき大いなる恨みがあったのでした。自分の家族を、親兄弟を、主人をこうして数珠繋ぎにされて引き回された上に、この花地獄で惨殺されたという恨みが――
 その恨みを込めたお笛の、涙を流しながらの笑いは、まさに血笑とも言うべきものでしょう。普段がコミカルなキャラであるだけに、その表情がいっそうに印象的に感じられることです。

 が…残念なことにこの血笑、物語の進行上か、さらっと流されてすぐ次のシーンに移ってしまったのが何とも残念。原作でもかなり迫力のあるシーンだっただけに…。まあ、原作のお笛は「ちょっとアレな子」なので、その笑いには別の凄みがあるような気もしないでもないのですが。

 と、ここでようやく十兵衛先生生還。堀ガールズに負けじと片肌脱ぎのサービスカットですよ! というのはともかく、静かな怒りに燃える(救い出された直後にピキピキいってますね)十兵衛先生は、この場で明成を殺しはせず、予告通り明成を竹橋御門に晒すぞ宣言です。
 実現したら凄まじい生き恥となるプレイ宣言に激高したのは、鷲ノ巣廉助。猛然と十兵衛に腰の入った見事なハイキックを食らわせんとしますが…

 この「Y十M」における廉助というキャラ、私は初めて見たときから、橋本じゅんさん演じるところの剣轟天に似ているなあと思っていました。拳法主体の派手なアクションといい、暑苦しい顔といい――もう廉助の台詞はじゅんさんの声でしか想像できない。と、まあこれは橋本じゅんファンの妄言なんですが、しかし今回、もう一つ似ている点があったと気付きました。
 後先考えないバカっぷりという点が――

 さて、最終ページの破壊音は、何がどうした音なのか…というところで以下次の次の号。

 おまけ。せがわ先生の公式サイトのこの記事を拝見して、友達で弓道をやってた女の子がいるのを思い出しましたが、さすがにどうすれば全裸でうまく射ることができるのかなどとは聞くわけにもいかず…っていうかそんなシチュエーションねえよ!

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2006.06.19

「楚留香 蝙蝠伝奇」上巻 怪盗紳士、怪事件に挑む

 陸小鳳のおかげで古龍熱がぶり返したので、古龍の既刊をも一度チェック&紹介しますよ。
 まずは陸小鳳と並ぶシリーズヒーロー楚留香シリーズの「蝙蝠伝奇」の上巻。死んだはずの少女が、別人の魂を宿して復活したという「借屍還魂」の謎に怪盗紳士・楚留香が挑みます。

 本作の主人公たる楚留香は、盗賊の元帥、「盗帥」の異名を取るほどの凄腕の義賊。見た目は瀟洒な美男子ですが、軽功(体を軽くして跳び、走る武術の一種。香港映画でワイヤーアクションですっ飛ぶ様を想像していただければよろしいかと)の腕は天下一品で、その侠気と冒険心から江湖で知らぬものとてない存在であります。

 物語は、その楚留香が旧知の友人・左軽候の館を訪れるところから始まります。折しも館では、左軽候の最愛の娘が、原因不明の病で息を引き取ろうとしていたところ。が、楚留香らの眼前で息絶えたはずの娘が、別の少女の魂を宿したとしか思えない有様で復活するという怪事が発生します。
 これぞ伝説の怪現象「借屍還魂」か!? と驚く一同ですが、その身に宿ったと思しき少女の魂が、左軽候の宿敵の剣客・薛衣人の縁戚の娘の名を名乗ったことからさらに事態はややこしいことに。
 かくして楚留香は「借屍還魂」の謎を追って、血衣人の異名を持つ凄腕・薛衣人のもとへ赴き、件の娘がほぼ同時期に確かに亡くなったことを知るのですが、そこに更なる怪事件が…という、ホラーミステリタッチの作品となっております。

 以前も述べたように、ミステリ色の強いストーリー展開が特長の古龍作品らしく、本作でも一つの謎が新たなる謎を呼び、また、次から次へと登場する怪人・妖人たちが物語をどんどんややこしくしてくれるのが楽しいところ。ぶっちゃけ、オチ自体は相当のバカミスっぷりなのですが、そこに至るまでに派手なアクションあり、ちょっと色っぽいシーンもあり(何せ楚留香氏も酒と美女をこよなく愛する古龍ヒーローですから)、十分以上に楽しむことができました。

 そしてラストは一波乱を予感させる事件が勃発、体を休める暇もなく楚留香は次の冒険へ…というところで物語は「蝙蝠伝奇」中巻・下巻に続きます。
 …実は本作、「蝙蝠伝奇」と銘打ちつつ、上巻のみ別の作品なのですね。上中下とあるうちのなぜ上巻のみ先に取り上げたか、不思議に思う方もいたかもしれませんが、こうした理由です。


 と、ここからはマニアの蛇足。上記の通り、単発として読むと楽しい作品なのですが、楚留香…というより古龍の本邦初訳が本作だった(そうだったんですよ)のが正しいチョイスであったかは正直なところ疑問符が付きます。
 楚留香が個性的で魅力的なヒーローであることは間違いないのですが、本作がシリーズ第一作というわけでもなく、また、本作ではそのキャラクター設定の要たる義賊としての活動がほぼ見られない(つまり派手な盗みをしない)というのはちょっと苦しい。 私は本シリーズの設定に予備知識を持っていたから良いのですが、そうでなければシリーズ特有の固有名詞・人物名に置いてけぼりをくったように思います。
 色々と事情はあったのでしょうし、もう何年も前のことではあるのですが、満を持して本邦に紹介された(と思える)金庸に比べると、ちょっと勿体なかったなあとファンとしては思うのでした。


「楚留香 蝙蝠伝奇」上巻(古龍 小学館文庫) Amazon bk1

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 「金鵬王朝」 四本眉毛の男見参!
 「繍花大盗 陸小鳳伝奇」 姿なき怪盗を追え!

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2006.06.18

岡崎司「ワークス」 幻の楽曲、復活!

 と、このサイト的にはやはり一日一回は(伝奇)時代ネタで文章を書かねば…というわけで、新感線は新感線でも、伝奇時代ものにも絡むお話。
 「メタル マクベス」を観に行った時に、劇場の売店で、このCDを買いました――岡崎司「ワークス」を。

 岡崎司氏と言えば、この十年以上、劇団☆新感線の楽曲を担当されている方。私の大好きな伝奇時代もの――いのうえ歌舞伎のみならず、SFチックなコメディやファンタジーまで、幅広く、そして実に格好良くクオリティの高い曲を書かれている方であります。もちろん私も大好きです。

 が――この方の新感線の舞台のサントラが、実に手に入りにくいのはファンの方ならご存じの通り。最近の「SHIROH」のような例外はありますが(ってこれも販売終了か!)、その作品の上演中の劇場でしか販売されていないので、その時に買い逃すと後はヤフオク頼みになってしまうという――私のような遅れてきた新感線ファンには、実に厳しい状況であります。色々と集めましたが、苦労しましたよ(´Д⊂

 そんなことをしているうちに発売されたのがこのCD。1994年以来の氏の新感線のための楽曲の中から、選りすぐりの50曲がCD3枚に収録されたまさしくベスト版。さすがに対象の作品数が30作近いため、一作品につき多くても3曲程度ですが、それでも今ではほとんど幻となってしまった名曲がまとめて聴けるというのは、本当に有り難い話です。曲自体はその作品のDVDで聴けるといえば聴けますが、やっぱり曲だけ取り出して聴きたいことも多いですしね。

 ちなみに伝奇時代もので収録されているのは「野獣郎見参!」「髑髏城の七人」「SUSANOH~魔性の剣」「阿修羅城の瞳」「阿弖流為」「レッツゴー!忍法帖」「SHIROH」「吉原御免状」等々。どれもタイトルを聞いただけで伝奇者ならテンションが上がってしまいそうな作品ばかりですが、曲を聴くと更に上がりますね、これまたどれも。

 というわけで帰ってきてからずっとこのCDを聴いていて、いい買い物したと思っているのですが(ちなみにイーオシバイで買わなかったのは、注文してから家に届くまでが待ちきれなかったから)、しかしカラオケでメドレーを歌うとやっぱりきちんと全部歌いたくなって結局一曲一曲歌い直すみたいなもので、矢張り全曲聴きたくなって、結局またヤフオクでサントラを探すことになりそうな地獄。

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「メタル マクベス」を観て参りました

 昨日は青山劇場で劇団☆新感線の「メタル マクベス」「メタル マクベス」を観て参りました。正直に白状すると、シェイクスピアにはほとんど無縁でもちろん「マクベス」も観ていない(そんな奴が先日「天正マクベス」の記事書いたのか…)、メタルも縁がなし。このサイト的に言えば時代劇でもない…それなのに何故観に行ったのかと言えば、ひとえに新感線の舞台であったのと、運良くチケットが手に入ったからで…と、真面目なファンから刺されそうなお話ですが、キャストも尋常でなく豪華だし、新感線のメンバーもお馴染みの面子がほとんど出演しているから大丈夫でしょう、少なくともじゅんさんだけでも観る価値はあるぜ! と行ってみたら――いや、とんでもなく面白かったです、これは。

 舞台は2206年の東京。戦争で既に文明は滅び、北斗の拳みたいな世界で、レスポール王に仕えるランダムスター将軍(内野聖陽)はある日三人の魔女に出会い、自分が未来の王になると予言されます。そしてそれと共に渡されたのは、1980年代の幻のヘヴィメタバンド「マクベス」のCD。そのCDの歌声に導かれるように、そして妻(松たか子)に唆され、王を暗殺してその罪を王子になすりつけ、王位を簒奪するが、やがてランダムスターは罪の意識と猜疑心に苛まれ、やがて破滅へと突き進んでいきます。そしてそれは奇しくも、シェイクスピアの「マクベス」の物語と、80年代のバンド「マクベス」の運命と同じ道だったのでした…
 と、斯様な内容の本作、面白いのは単純に「マクベス」の世界をヘヴィメタで調理するのではなく、2200年代に始まった「マクベス」写しの物語と、それと並行するように語られていく1980年代のもう一つの「マクベス」の物語が、重なり合い、やがて渾然一体となって一つのカタストロフィと向かっていくこと。
 最初にこの二つの「マクベス」の設定を聞いたときには、わかりにくくなるんじゃあと不安でしたが、実際に観てみるとそんなことは全くなく(どちらの物語もキャラクターが強烈だからね)、後半の、二つの物語が溶け合っていく様が実にダイナミックで、同時に恐ろしく、感心させられました。

 しかし何よりも一番感心したのは、ヒロインを演じた松たか子の素晴らしさ/凄まじさで――初登場時のバカップルぶり、中盤の夫を焚きつける烈婦ぶりもさることながら、後半から終盤にかけて徐々に…そして完全に壊れていく様は、ただただ圧巻でした。まことに、壊れ演技は観ていて心配になるほどに、真剣に寒気がするほどの迫力で、それだけに、一瞬正気に戻ったときの哀しさがまた胸に迫るものがあったことです(特にバカップルぶりが一瞬リフレインする様が、もう…)。
 白状しますと、全くお恥ずかしいことに、今までこの方の演技というものを全く観たことがなかったのですが、いや流石だわいと感心した次第。ファンクラブに入ろうかと思いましたよ。

 一方、楽しみにしていた橋本じゅんさんは、主人公の親友で、しかし予言を共に受けたことから恐れられ、疎まれて――という役で、中盤で退場してしまうのですが、実にじゅんさんらしいバカバカしくも格好良いキャラクターで、私は満足いたしました。冒頭のアクションシーンは相変わらず格好良いし、えらく爽やかな歌もあったし…一瞬轟天も出たしね!
 …しかし、あのモヒカンの中に絶対何か仕込んでいると思ったんだけどなあ。
 が、じゅんさん以外の新感線勢の扱いは、ちょっと勿体なかったように思います。皆それぞれ楽しく役を演じてはいるのですが、ちょっと出番とキャラが薄いというか…特に粟根さんは、パンフレットの写真が思わず吹き出すくらいエセビジュアル系だったので期待していたら、普通に格好良い役だったので残念でしたよ(いや、ファンに怒られるなしかし)。

 何はともあれ、休憩を含めて四時間という、尋常でない長さであっても全く飽きることがなかったこの舞台、非常に楽しませていただきました。終演後のアンコールでは、客席総立ちになっていましたしね。おそらくはゲキ×シネ化されると思いますからその時にはまた見に行こうと思います。

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2006.06.17

「外法陰陽師」第1巻 最強の外法使い登場

 平安時代を舞台とした陰陽師ものの異色シリーズ第一巻。
 それこそ陰陽師ものといえば、これまで相当の数が出版されているわけですが、その多くに共通するのは、主人公がクールでひねくれた天才陰陽師で、その相棒となるのがごく普通の人間たるお人好しの貴族or武士というパターン。本作もその例外ではないのですが、しかしそれでもなお私が本作を「異色」と呼ぶのは、その強烈なまでに個性的な主人公のキャラクター造形に因ります。

 主人公・漢耿星は、京の無法地帯に一人住まう人嫌いの陰陽師で、本朝の陰陽道とも、中つ国のそれとも異なる術を操る彼は、人から外法陰陽師と呼ばれ敬遠されているという設定。ここまでは良いのですが、しかしとんでもないのは彼の正体――彼こそは、かつて中つ国においてその美貌と術を武器に、唐を滅ぼし、五代十国の滅亡にも関わったという半人半妖の魔人。太上老君より、その所業に対する罰として、人の世で静かに暮らす、という定めを課せられて、今は不承不承平安京に暮らす彼ですが、通常であれば主人公というよりも、主人公の強力な敵役ともなるべき存在であります。

 そんな彼にも苦手なものが二つ。太上老君からのお目付役として付きまとう黒猫の妖・羅々(の告げ口)と、何故か彼を恐れず友達として振る舞う青年貴族・藤原行成。特に、まるで子供のように無垢な心を持つ――というよりド天然という言葉が相応しい――行成は、人間を憎んでいるとすら言える耿星が、不思議と拒めない存在というのは、お約束と言えどもなかなか楽しいものがあり、この耿星の設定でもって、本作は他より一歩抜きんでたと言っても過言ではないでしょう。

 本作は、時の関白・藤原道隆にかけられているという呪詛を打ち破って欲しいという行成の依頼に応えて(そして道隆が死んで国が乱れたら耿星のせいと言いつけるという羅々の脅しもあって)耿星が重い腰を上げる、というのお話。
 時の帝の寵愛を集めた中宮定子をバックに権勢を振るった道隆の晩年と、その死の直後の藤原氏内の暗闘(そしてその後の藤原道長の台頭)は、比較的平安もので扱われることの多い題材ですが、本作ではその暗闘を後宮の、中宮周辺から描くというのが工夫かと思います。

 なのですが…そこで何故主人公が平然と女装して潜入しますか。しかも行成がそれと知らずにその女装に一目惚れしてしまうという邪悪なお約束展開。いやはや、隙がありません(?)。
 と、そんな連中はさておき、シリアスに邪悪な動きを見せるのは、本作の敵役の外道陰陽師・蘆屋清高。その姓が示すとおり、蘆屋道満の門下である清高は、奇怪な蟲を操る蠱毒の法を操って暗躍、そしてそのおぞましい術の生贄として目を付けたのが行成で――というわけで、クライマックスは、「べ、べつに人間(行成)のことなんて気にしてないんだからねっ!」と(口調はともかく、本当にこんな感じで)鬼神の如きツンデレっぷりを発揮した耿星が大暴れすることになります。

 なにはともあれ、人間を――自分自身の血の半分も――嫌い、時に憎みながらも死地に赴く耿星の姿はなかなかに魅力的で、キャラクターものとしての面白さはなかなかのものかと思います。個人的には、行成の魅力があまりはっきりしないのと、清高の術が生理的にあまりに厭すぎるのを除けば(一つ目は、本作の設定上、一歩間違えると命取りになりかねない点ではあるのですが…)、十分以上に楽しむことができました。
 本作は全三巻とのこと、あと二冊も楽しみに読むことにします。

 なお、作者には、本作にも登場した安倍晴明&賀茂光栄の青年時代を舞台にした「平安陰陽奇譚」シリーズもあり、こちらもいずれ読んでみたいものです。


「外法陰陽師」第1巻(如月天音 学研M文庫) Amazon bk1

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2006.06.16

PCエンジン「魔界八犬伝SHADA」

 何だか続きものでやるのが申し訳ない気分になる八犬伝ゲーム紹介、二本目は、データイーストのPCエンジンソフト「魔界八犬伝SHADA」。ジャンル的にアクションRPGに分類されるこの作品、一言でゲーム内容を表せば…「イース」以外の何ものでもないのが困ったところ。

 いや、本当にイースなんですわ。基本的に体当たりバトルなのですが、最初のうちは半キャラずらししないとすぐ死ぬとか、そんなところまでイースをパ…いやインスパイアしまくり。しかし、新しい敵と初めて戦う時は一撃で半死半生になるのに、ある程度レベルが上がると全くダメージを受けない(経験値も入らない)という仕様には泣かされました。理不尽なトラップや謎解きも結構ありますしね…

 と、内容に触れるのを完璧に忘れておりましたが、本作もあくまでも「和風」の、八犬伝をベースにした作品。八犬士や八玉はもちろん登場しますが、実は本作は、八犬士たちが八玉で玉梓が怨霊を封じてから、長き時間が経った後の世という設定。そして登場する八犬士は、かつての八犬士の生まれ変わり、言うなればネクスト・ジェネレーションということになります。
 まあ、言い換えれば、登場人物の一部と八玉のみ原作をベースにした、ということでもあるのですが…
 ちなみに操作できるのは主人公の「しん」(親兵衛のこと)ただ一人(まあ、アクションRPGだからね)で、あとは脇に回っております。

 何はともあれ、時として(というかしょっちゅう)尋常ではない濃さを発揮していたデコらしさを発揮してくれればまだ楽しめたのですが、コンシューマでは結構空気読んで普通の作品を作ることも多いデコ、ここでも、それなりに遊べるんだけど…レベルの作品に収まってしまっているのが、生まれて初めてクリアしたアーケードゲームがカルノフだったというデコファンの私としてはちょっと残念かなあ…って何で最後に自分語りになってるのやら。


「魔界八犬伝SHADA」(データイースト PCエンジン用ソフト) Amazon


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 「八犬伝」リスト

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2006.06.15

今週の「影風魔ハヤセ」とおまけ

 これまで幾度か紹介してきた森田信吾の戦国忍者アクション「影風魔ハヤセ」ですが、いよいよ「イブニング」誌次号で最終回を迎えることとなりました。つまり「イブニング」最新号が最終回一話前ということになるのですが…そこで大変な展開が。

 信長と光秀という、正使では死すべき二人が生き延びたところから始まった本作、終盤はハヤセら影風魔の力を得た信長が、最新火器の力で秀吉軍を圧倒、さらに光秀とも合流するという架空戦記めいた展開(しかしそれでいて史実との整合性は損なっていないというのが素晴らしい)で、ここで歴史は変わるのか…と思ったところで急展開。
 家康の言と、己自身の野望により信長に反旗を翻した光秀が、真の本能寺ともいうべき戦場で遂に信長を打倒。その一方で、宿敵の忍者・山王を倒したハヤセが遂に秀吉を追い詰めてその首を取り、いよいよもってこの先の展開が読めなくなったところで、今度はハヤセが家康の陣を襲い…というのが前回までのあらすじ。

 打倒信長の忍者連合最後の一人、若き天才忍者・服部半蔵正重を、実に森田作品らしい剣技で打ち破ったハヤセは、家康を拉し去り、何処かへ連れて行きますが、そこに待っていたのは死んだはずの秀吉。本作冒頭の信長と同様のトリックで死を装った秀吉と、家康に対し、ハヤセが語ったこととは…

 と、場面は変わり時は流れて、遂に関白の地位を手にした秀吉。その側に付き従うのは、まだ若い身でありながら知勇と才を感じさせる美青年…もとよりそれはハヤセでありますが、秀吉の傍らでの名というのが、何と○○○○…!!
 さすがにこれは伏せ字にさせていただきましたが、戦国末期の立役者の中で、冷静に考えてみれば非常にその前半生があやふやなこの人物を、まさかハヤセの後身として持ってくるとは…全くもって、本作には驚かされてばかりです。

 果たしてハヤセと秀吉、家康が戦国の世に対して図った試みが、いかなるものであるか、そしてその帰結は(さらに○○○○が果たして正史同様の最後を遂げるか)は、最終回を待つしかありませんが、優れた忍者アクションであると同時に、戦国武将たちの優れた人間ドラマであった本作ですが、ラストまでその魅力を貫いてくれそうです。


 と、ここでおまけ。以前森田先生も連載していた(そういえば「慈音」の続巻は一体どうなっているのか!)「コミック乱ツインズ」誌ですが、先月号で「武蔵伝」を(あまりにキレイにまとまりすぎてかえってファンがとまどうような形で)完結させたばかりの石川賢が、次号から「戦国忍法秘録 石川五右衛門」なる作品を連載開始とのこと。予告ページには主役らしきキャラのドアップのカットが載っているだけでしたが、いかにもケンイシカワらしい凶暴そうな顔で期待できそうでしたよ。

 …が、今月号の「乱ツインズ」で一番インパクトがあったのは、巻頭カラーページの母里太兵衛オールヌード(by平田弘史先生)でありまして――本当、全裸に般若面×3なんて目じゃない破壊力の絵面でしたよ。


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 ちょっと面白すぎるんですが 「影風魔ハヤセ」
 戦国武将の人間力を見よ 「影風魔ハヤセ」第1巻
 「影風魔ハヤセ」第2巻 忍法合戦と人間力勝負

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2006.06.14

「夢幻の剣」 悲劇と別れの果てに得たものは

 中国を舞台とした恋愛アクションもので知られる作者が、足利義教の時代を舞台に描いた時代アクション。無頼のヒーロー・夢路流之介が、己の実家である地方豪族・御櫛笥家を巡る暗闘に巻き込まれて死闘を繰り広げます。

 流之介は、赤子の頃に捨てられていたのを盗賊の頭領に拾われ、気侭に育った美青年。裏切りにより育ての親を初めとして仲間を失った彼は、ただ一人生き残ったところを謎の仙人・紅夢斎に救われ、五年の修行の後に、実の親を求めて旅に出ます。
 憎き裏切り者を討って京に出た流之介は、そこで自分が十数年前に鷹にさらわれた御櫛笥家の長子であったことを知ります。が、御櫛笥家は、かつて滅ぼした高辻家の残党の度重なる襲撃を受けて青息吐息。かくてなかば無理矢理御櫛笥家に誘われた流之介は、高辻家の遺児・阿修羅の操率いる恒河沙組の襲撃を退けつつ、御櫛笥家に伝わるという秘宝を探すために奔走する羽目に…というのがあらすじであります。

 全二巻の本作、第一巻のうちはあまりノれなかったというのが正直なところ。脳天気で自信過剰で女好きの流之介のキャラクターは、ある意味類型的で、あまり魅力や親しみが持てませんでしたし、ストーリー的にもよくあるパターンの作品なのかな、と思っていたのですが…
 第二巻に入って、その印象も少しずつ変わっていきました。気侭な流浪の旅暮らしから、突然一大名家の存亡を背負わされ、愛する者を犠牲にしてまで戦い続ける中で、少しずつ、この世界で生きていくことの重さ・苦さを知っていく流之介の姿には、単なる書き割りでないキャラクターの息吹を感じることができるようになりました。
 また、そんな流之介が、幾多の死闘を繰り広げながらも、己のネガとも言うべき存在である阿修羅の操に惹かれ、そして彼女もまた流之介に惹かれていくのも、頷けるところでありました。

 そして…幾多の戦いと、いくつもの悲劇と別れの果てにようやく彼らは小さな幸せを掴むのですが――ラストに来てとんでもない真っ黒などんでん返しが来たのには驚かされました。いやもう、このラストのためだけに読む価値がある、などとはさすがに言いませんが、一瞬頭の中が真っ白になるような驚きでしたよ。

 室町時代を舞台にした必然性があまり感じ取れなかったのは残念ですが、それなりに楽しむことができた作品でありました。


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2006.06.13

今週の「Y十M 柳生忍法帖」 勝利の女神見参!

 絶体絶命のピンチに陥った十兵衛とお圭の二人(今週は出番なし)を救うため、三人の般若面が颯爽と現れた! …全裸で。
 という前回の前代未聞のヒキから続く今週の「Y十M」、般若面の下から現れたのは、お千絵・さくら・お笛の三人の堀の女でありました(お千絵…だよな?)。

 むう、よりにもよって、人気投票をすればベスト3になりそうな三人にこんなことをさせるとは、おそるべし山風、おそるべしせがわ先生! と照れ隠しに感心してみせる馬鹿は置いておくとして、今回描かれるのは、一体どうやってここへ!? という明成と五本槍の当然と言えば当然の疑問に対する解答編。
 先に十兵衛とお圭の手によって逃がされながらも、再び捕らえられてしまった花地獄の生け贄たち。が、加藤屋敷の周囲を張っていた三人の堀の女は、逃れてきた女たちとすり替わり、更には十兵衛の変体当て身を喰って気絶した三人の般若面たちに入れ替わっていたのでした。

 結果だけ聞けば、ごく当たり前の逆転劇のようにも感じられますが、ごくわずかの時間のうちに、この潜入作戦を考案し、更には外道たちの前に乙女の肌を惜しげもなく晒して一発逆転の勝利の女神となって見せた三人の知恵と勇気と覚悟たるや、見事というほかありますまい。

 さて、己の命はどうなろうとも、明成だけは道連れと命を張っての大勝負に出た三人でありますが、真に得るべきは明成の命ではなく、十兵衛とお圭の命であるべきで、さて…というところで以下次号。ところでそなたら、得べくんば、その、なんだ、やはり何かをまとった方がよろしいです。照れくさくて人前で読めません。

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2006.06.12

八犬伝特集 インデックス

 これまでこのブログで取り上げてきた八犬伝関係のエントリです。

八犬伝特集その一 山田風太郎「八犬伝」
八犬伝特集その二 「新八犬伝」(小説版)
 八犬伝特集その三 偕成社版「南総里見八犬伝」
 八犬伝特集その四 TVドラマ「里見八犬伝」前編
 八犬伝特集その五 TVドラマ「里見八犬伝」後編
 八犬伝特集その六 「新・里見八犬伝」
 八犬伝特集その七 「魔空八犬伝」
 八犬伝特集その八 「忍法八犬伝」
 八犬伝特集その九 「現代語訳 南総里見八犬伝」

 八犬伝特集その十の一 「聖八犬伝 巻之一 伏姫伝奇」
 八犬伝特集その十の二 「聖八犬伝 巻之二 芳流閣の決闘」
 八犬伝特集その十の三 「聖八犬伝 巻之三 対牛楼の仇討」
 八犬伝特集その十の四 「聖八犬伝 巻之四 庚申山の怪猫」
 八犬伝特集その十の五 「聖八犬伝 巻之五 妖怪城の逆襲」

 八犬伝特集その十一の一 「THE 八犬伝」 第一話「万華鏡」
 八犬伝特集その十一の二 「THE 八犬伝」 第二話「闇神楽」
 八犬伝特集その十一の三 「THE 八犬伝」 第三話「婆娑羅舞」
 八犬伝特集その十一の四 「THE 八犬伝」 第四話「芳流閣」
 八犬伝特集その十一の五 「THE 八犬伝」 第五話「夜叉囃子」
 八犬伝特集その十一の六 「THE 八犬伝」 第六話「鬼哭蝉」
 八犬伝特集その十二の一 「THE 八犬伝 新章」 第一話「妖霊」
 八犬伝特集その十二の二 「THE 八犬伝 新章」 第二話「対牛楼」
 八犬伝特集その十二の三 「THE 八犬伝 新章」 第三話「妖猫譚」
 八犬伝特集その十二の四 「THE 八犬伝 新章」 第四話「浜路再臨」
 八犬伝特集その十二の五 「THE 八犬伝 新章」 第五話「犬士冥合」
 八犬伝特集その十二の六 「THE 八犬伝 新章」 第六話「欣求浄土」
 八犬伝特集その十二の七の二 「THE 八犬伝 新章」 第七話「厭離穢土」(その一)
 八犬伝特集その十二の七の二 「THE 八犬伝 新章」 第七話「厭離穢土」(その二)

 八犬伝特集その十三 「これだけは読みたいわたしの古典 南総里見八犬伝」
 八犬伝特集その十四 「八犬士スペシャル」

 八犬伝特集その十五の一 「伏 贋作・里見八犬伝」(その一)
 八犬伝特集その十五の二 「伏 贋作・里見八犬伝」(その二)
 八犬伝特集その十六の一 「「伏 少女とケモノの烈花譚」第1巻
 八犬伝特集その十六の二 「「伏 少女とケモノの烈花譚」第2巻
 八犬伝特集その十六の三 「「伏 少女とケモノの烈花譚」第3巻

 八犬伝特集その十七 會川昇『南総怪異八犬獣』
 八犬伝特集その十八 『まんがで読む 南総里見八犬伝』
 八犬伝特集その十九の一 時海結以『南総里見八犬伝 一 運命の仲間』
 八犬伝特集その十九の二 時海結以『南総里見八犬伝 二 呪いとの戦い』
 八犬伝特集その二十 越水利江子『南総里見八犬伝 運命に結ばれし美剣士』

 八犬伝特集 番外の一 ファミコン「里見八犬伝」
 八犬伝特集 番外の二 PCエンジン「魔界八犬伝SHADA」
 八犬伝特集 番外の三 ファミコン「新・里見八犬伝」

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「熾火 勘定吟味役異聞」 燻り続ける陰謀の炎

 「破斬」でデビューした新ヒーロー・水城聡四郎が活躍する「勘定吟味役異聞」シリーズの第二弾です。
 「破斬」は、「あんまり伝奇っぽくない」という冷静に考えれば非常に失礼な評価をしてしまって反省しているのですが、そんな偏った視点に囚われずに触れた本作は、実に面白く読むことができました。

 前作で、聡四郎の活躍で勘定奉行・荻原重秀を追放した新井白石の新たなターゲットは、吉原からの運上金。年一万二千両にものぼる表に出ない金が吉原から幕府に流れていることを知った白石は、そんな不浄の金が流れるとはけしからん! というか御免色里自体が許せん! と四角四面なキャラクターを発揮して再び聡四郎に無茶なオーダーを出して…という展開。

 「吉原御免状」を初めとして、時代小説ではしばしば登場する「御免色里」としての吉原は、実は本作と同じ作者の織江緋之介シリーズでも、時代こそ違え題材とされているのですが、本作は、シリーズ自体の特長である江戸の経済・財政の観点から吉原に切り込んでいるのが面白いところ。
 吉原からの運上金についても、時代小説に登場するのは決して珍しいことではありませんが、よくよく考えてみれば確かに不思議な存在であり、そこに目を付けたのは作者の慧眼かと思います。

 もちろん、時代アクションとしての面白さも健在。聡四郎と白石を自らの存亡に関わる敵と見なした吉原の忘八衆(正統な剣術ではない暗殺術との対決シーンが見応えアリ)に加え、前作で敗れ去ったかに見えた紀伊国屋文左衛門や荻原重秀、さらにはあの柳沢吉保までも敵に回して、果たして如何に聡四郎が戦い抜くか、それは読んでのお楽しみ。
 そしてまた、ラストに示される何故吉原が御免色里となったか、という謎解きの伝奇的意外性にはなるほどと思わされましたし、ラストで姿を現す吉原の真の主の貫禄には大いに感心させられた次第です。

 さて、何とか吉原との死闘を凌いだ聡四郎ですが、まだまだ強大な敵たちは健在。さらに、唯一の後ろ盾であり、おっかない上司である白石の地位を脅かす事件がラストに発生し、果たしてこの先、聡四郎の運命が如何相成りますか、心配半分楽しみ半分で今後の展開を待っているとこです。


 あと、前作同様、相変わらずヒロインがツンデレ通り越して荒くれなのには感心しましたよ。


「熾火 勘定吟味役異聞」(上田秀人 光文社文庫) Amazon bk1

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2006.06.11

7月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

   7月の伝奇時代劇関連アイテム発売スケジュールを更新しました。右のサイドバーからも見ることができます。

 7月の文庫小説はなかなか充実のラインナップ。文庫書き下ろしでは、荒崎一海の「闇を斬る」シリーズの最新作、えとう乱星の「裏小路しぐれ傘」続編が登場。単行本の文庫化では、山本周五郎賞効果か? の宇月原晴明「黎明に叛くもの」、菊地秀行の幽剣抄最終巻「妻の背中の男」、岡本綺堂怪談コレクションの第三弾「鷲」が発売されます。特に文庫化作品は、どれも名品揃いなので、これまで読んでいなかったという方は、ぜひ。
 …と、ここで思わぬ作品が復刊、かつてハヤカワ文庫から出ていた宮本昌孝の「旗本花咲男」がベスト時代文庫から復活。いや、まさかこの作品がこういう形で復活するとは…まだ作者がファンタジーや時代劇ものっぽい当時の作品ゆえ、今のノリを期待するとアレですが、何にせよ復活は嬉しいことです。ついでにどこかで「長嶋十勇士」を収録してくれないかしら。

 そして、中公文庫と並んで古典怪談ファンには目が離せない存在である角川ソフィア文庫から「桃山人夜話~絵本百物語~」が文庫化。同時発売は「改訂版雨月物語」と…来た! 志村有弘編の怪談集「新編 日本五大怪談」。本当に志村先生は何を出してくるか予想もつかないぜ…
 また、時代ものオンリーでも伝奇ものというわけでもないのですが、種村季弘先生の「江戸東京《奇想》徘徊記」が文庫化。東京歩きのエッセイ集ですが、タイトルの《奇想》が物語る通り、その中で語られるのは、江戸と東京にまつわる奇譚の数々。下手な伝奇小説よりも遙かに面白い、刺激的な一冊です。

 漫画の方では「SAMRAI DEEPER KYO」の最終巻が発売。サービス精神旺盛な作者だけに、書き足しページに期待しましょう。そしてその一方で懐かしの名作 「るろうに剣心」の完全版が刊行開始。見かけで敬遠していると勿体ないほどの良作なので、未読の方はこの機会に触れていただけると私も嬉しいです。気が早いですが、最終巻には単行本未収録の短編も収録されるかな?

 ゲームの方では「戦国BASARA2」が登場。どこまで格好良いバカに徹することができるか、期待しましょう。
 そしてDVDでは、異色の深夜番組として注目を集めた古典怪談アニメ「怪~ayakashi~」がソフト化。映像感覚の斬新さと、コミカルなようでいてヘビーな人間ドラマで好評だった「化猫」はもちろんですが、ホラーファンには「四谷怪談」もおすすめですよ。


 ホラーと言えば、時代ものとは全く関係ありませんが、夏は怪談話のかき入れ時。あれよあれよという間に今やブランド化した感すらある「「超」怖い話」の最新巻を初めとして、毎年毎年「今回で終わり」と作者(と読者)が思いつつ続く、平谷美樹「百物語」の五冊目など、今年もファンにはたまらん季節となりそうです。
 …が、上記の「「超」怖」を含めて、平山夢明先生の実話怪談本が三冊も発売(予定)なのは、色々な意味で心配ですよ。


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2006.06.10

ファミコン「里見八犬伝」

 半年ほどダラダラと続けてきた八犬伝特集、あとに作品ほど紹介して終わる予定なのですが、その前に懐かしの八犬伝ネタゲームをいくつか紹介させていただきます。
 まず一本目は、SNKのファミコンソフト「里見八犬伝」。私の乏しい知識からすると、コンシューマでは初の八犬伝ゲームである本作、内容は、まあ20年近く前(って微妙にショッキングな真実)のRPGといったところで、町の周りをフラフラしてモンスターを斬殺、経験値を稼ぎつつ、お使いイベントをこなすというやつです。

 さて八犬伝といえば当然八人の仲間が集うわけですが、本作は最大四人パーティーで、仲間になるのは主人公・しの(変更可能)、げんぱち、そうすけ、どうせつの四人。それでは残りの面々は…という疑問が浮かびますが、あまりにもアレな真実なのでここでは書きません。馬琴先生が泣いているぞ。いや、八犬伝ファンならみんな泣く。

 はっきり言ってしまえば、本作は内容的には八つの玉を持つ里見の八犬士という基本設定(だけ)をベースにした和風RPG。時代や場所を超越して時代ものの登場人物やネタが次々と登場するのはそれなりに楽しいのですが、和物が珍しかった当時ならいざ知らず…という印象は否めません。ゲームとして見てもバランスが結構きついですしね…と、20年近く前のゲームを今の視点でアレコレ言うのは野暮もいいところですけどね。

 ちなみに本作のスタート地点は九州の肥後。設定では、ここにある城は、妖怪軍団に滅ぼされて逃れてきた里見家の人々が作ったということなのですが…一体どれだけ逃げてきたんですか。
 また面白いことに、マップ画面でその時点の年月日を確認することができるのですが、ゲーム開始時点では1190年1月1日…鎌倉幕府成立前じゃないですかっ

 …いずれにせよ、SNKにもこういうソフトを作っていた時代があったのね、とちょっと感慨深くなりましたよ。


「里見八犬伝」(SNK ファミコン用ソフト) Amazon(←レビュアーが「里見の謎」と間違えてるのはあんまりだと思う)


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2006.06.09

「繍花大盗 陸小鳳伝奇」 姿なき怪盗を追え!

 さて陸小鳳シリーズ第二作は、牡丹の花を刺繍しながら現れ、目撃者の目を悉く潰すという神出鬼没の妖盗・繍花大盗の謎に陸小鳳が挑みます。

 屈強な護衛たちが守護する輸送隊を、水も漏らさぬ警護の王府の宝物庫を襲い、数多の犠牲者を出した上に莫大な宝物を奪う繍花大盗。酒と女と同じかそれ以上に冒険を愛する難儀な性格の我らがヒーロー陸小鳳が、こんなに面白そうな奴を見逃すわけがありません。旧知の友であり、凄腕の捕り手である金九齢がこの事件の担当となったのを幸いと、強引に捜査に首を突っ込むことになります(この、首を突っ込むまでの陸小鳳のやんちゃというかガキっぽい言動が非常に愉快)。

 繍花大盗が現場に残した刺繍が、女性の手になるものと知った陸小鳳は、犯人が男に化けた女と睨み、追跡を開始。これまた旧知の友である広州の裏社会の元締めを脅かす謎の赤い靴の女の存在を知った彼は、女ばかりの秘密結社の首領であるその女と死闘を繰り広げますが…

 古龍のミステリ趣味は本作でも健在、最初から繍花大盗が読者の前に姿を現すため、一見単純な事件かと思えばさにあらず。誰が味方で誰が敵かわからぬまま、どんでん返しに次ぐどんでん返しの果てに辿り着いた真実は…もちろんここでは述べませんが、鬼面人を驚かすような展開でありながら、トリックの小技も効いていて、満足満足。
 前作ではあまり派手に拳を振るうことのなかった陸小鳳ですが、本作のクライマックスでは憎むべき大悪人と一対一の大決闘を展開、アクションものとしても非常に楽しい作品となっています。

 ちなみに本シリーズ、それぞれが独立した連作長編のスタイルを取りつつも、各エピソードが密接につながり合うスタイルらしく、前作で残された謎や伏線が思わぬところで明らかにされたのは、嬉しい驚きでした。
 そして本作のラストにおいて、飛び込んでくる大ニュース。それは、彼の友である剣鬼・西門吹雪が、宿命のライバルである剣豪・葉孤城と遂に雌雄を決するというもの。もちろんこんな大事件を彼が放っておけるはずもなく――というところで、第三作「決戦前夜」に続く。
 あああ、待ち遠しい! 待ち遠しいったら!


「繍花大盗 陸小鳳伝奇」(古龍 早稲田出版) Amazon bk1

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2006.06.08

「聖八犬伝 巻之五 妖怪城の逆襲」

 「聖八犬伝」もいよいよ最終巻。玉梓が怨霊に、そして動乱の関東にどのように八犬士が対峙していくか、注目の第五巻であります。
 前巻ラストで捕らえられた荘助を救うため、刑場破りをしてのけた五犬士(物語も終盤にさしかかってこのエピソードが入るというのも面白い)。唯一仲間になっていなかった毛野もほどなく合流することとなり、八犬士勢揃いというところで、この第五巻もいよいよ本筋に突入、という展開ですが――

 副題にある通り、八犬士たちの前にまず立ち塞がるのは、玉梓が怨霊の力を手にした妙椿尼と結び、難攻不落の要塞、人呼んで妖怪城に籠もる蟇田素藤。原作通り里見家の嫡子を手中に収め、里見家を危機に陥れますが…しかし、八犬士の前に存外あっさりと敗北。
 てっきり、素藤・妙椿との決戦が本作のクライマックスかと思っていたので、肩すかしを喰った気分ですが(まあ、原作でも親兵衛のデビュー戦の噛ませと言えなくもなかったですが…)、しかし大事なのはその戦いが終わった後。

 本作における里見義実は、原作の如き仁者善人ではなく、権謀術数でもって安房を手中に収めたくせ者として描かれます。伏姫の悲劇により、一度はそうした修羅の世界と距離を置いた義実ですが、年を経るに従いかつての魂が甦ったか、関東の動乱の中で己の勢力を伸ばすべく、周囲を虎視眈々と窺うようになった矢先に、妖怪城との、玉梓との戦いが起きることとなったのです。
 が――玉梓の怨念、そして何よりも、それに抗するために現れた伏姫の姿が義実を変えます。今度こそ争いの虚しさを思い知った義実と里見家。しかし動乱の世の中でその虚しさを、どのように平和への力と変えていくか? それこそが本書の真のクライマックスとして描かれます。

 原典の終盤は、里見軍が、管領たちの連合軍を散々に打ち破り、一種の理想郷を築くという、史実とはかけ離れた展開を見せますが、当初から一貫して史実に沿った物語を展開してきた本作は、ここでも史実に則しつつ――しかし同時に原典の精神を受け継いだ王道楽土の理想の世界を、安房に描き出すという離れ業を見せてくれます。
 詳しくはここでは述べませんが、現実の歴史の中で、虚構の物語の魂を再構築してみせるという、見事な虚実合一の境地には、心から感服いたしました。

 優れた八犬伝物語として、優れた時代伝奇小説として――機会があれば是非手にとっていただきたい名品であります。


「聖八犬伝 巻之五(鳥海永行 電撃文庫) bk1


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2006.06.07

「幻の城 遠国御用」 過去と現在を繋ぐ幻の城

 賭場の用心棒と御庭番の宰領という二つの顔を持つ男・鵜飼兵馬の孤独な戦いを描く本作。タイトルや設定を見て、忍者もの・隠密ものなのかな、と思って手に取りましたが、読んでみればその実、陰を背負った主人公が江戸のアンダーグラウンドで現在を生き抜きつつ、重い過去と対峙するという、時代ハードボイルドの佳品で、嬉しい誤算でした。

 山中の小藩・弓月藩の剣術指南役だった兵馬は、御前試合の不始末で心と顔に深い傷を追い、妻を離縁して藩を出奔。流浪の末、江戸にたどり着き、そこで賭場の用心棒として無頼の生活を送ることに。そんなある日、その剣の腕を御庭番・倉地文左衛門に見出された兵馬は、彼を支える宰領として、もう一つの顔を持つことになります。
 宰領とは取締りの役、監督役という意味ですが、ここでいう宰領とは、御庭番に雇われた、私的な配下のこと。同心と岡っ引きの関係に似ていますが、陰の存在である御庭番のさらにまた陰であって、日の当たらない世界の住人であることは間違いありません。

 本作は、兵馬の江戸での生活を描く前半と、倉地に従って遠国御用として弓月藩に向かう後半に大きく分かれます、
 正直なところ、前半は、兵馬をはじめとする登場人物ほとんどが屈託を抱えて生きているという独特の重さ、ギスギス感が良いのですが、各回が約半年に一回ペースで雑誌掲載されていたためか、単発エピソードの連続という形で、ちょっとブツ切り感があるのが残念なところ。決して格好良くもなく、泥の中を這いずるようにして生きていく登場人物たちの姿は魅力的なのですが…

 対して後半は、舞台とストーリーが一本に集約されて、物語が一気にドライヴしていく印象。弓月藩に隠されるという何事かを探るという御用は、裏を返せば、半ば追われたように捨てたとはいえかつての主家を窮地に陥れる行為であり、さらにそこにはかつての妻とその現在の夫、そして子供(その子供が実は…という鬼展開)が居ます。現在を取るか過去を取るか…あまりに重い選択です。
 そしてそんな人間ドラマに加え、弓月藩に眠る秘密の意外性と、その秘密と兵馬の過去の悲劇との結びつき、そしてそれら全てを清算するかのような強敵との決闘など、時代小説としても面白さは一流。ドラマチックなラストまで、月並みな表現ですが手に汗握って読むことができました。

 個人的には、クライマックスの決闘を前にして兵馬が江戸で出会った人々を思い起こすシーン(上記のようにやや雑駁に感じられた前半の展開が、一気に重みを増して感じられるのは驚き)と、ラストに至り本書のタイトルがダブルミーニングが明かされるのには、大いに感心させられたことです。

 なお、本書の続刊は、「水妖伝」のタイトルでつい先頃刊行されております。こちらもなかなか面白い作品でしたので、近いうちに紹介する予定です。


「幻の城 遠国御用」(大久保智弘 実業之日本社) Amazon bk1

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2006.06.06

今週の「Y十M 柳生忍法帖」 …色々大変なことになってます

 さて、一週おいて今週の「Y十M」。水の墓場に落ちてはい上がる術はなく、上には司馬Qと加藤明成という色々な意味で最悪なシチュエーションに陥ってしまった十兵衛とお圭さんです。
 かろうじて矢をかわし、打ち落としつつも追いつめられていく二人。矢の雨の中、刀を振るう十兵衛先生に対するお圭さんの言葉は…

( ゚д゚)

(つд⊂)ゴシゴシ

(;゚д゚)

(つд⊂)ゴシゴシ
  _, ._
(;゚ Д゚)

 …いや、何だか大変なことを言ったように見えたのは、私の心が汚れてしまっているからに違いないです。うんそうだ、そうに違いない。原作でも思わず本音が出そうになったからと言って、漫画版でもそうだとは限らない。限らないんだったら。

 と、思わず動揺して、十兵衛との対決を望む虹七郎さんの剣術バカっぷりとか(なんだかんだ言って似た者同士ですね)、またもや暴言を吐く銀四郎とそう言われても仕方ないバカ殿の「それならあたる!」発言など、危なくスルーするところでした。

 それにしても、地獄から逃がすと同時に、助けを呼ぶ手段ともなるはずだった花地獄に囚われの女性たちが全て捕らわれてしまったのは痛恨の極み。自分たちの力で脱出するのは不可能、助けも来ないという絶望的な状況で十兵衛とお圭さんの運命は…ってこれじゃ前回の引きと同じでは、と思った矢先に…

 けっこう仮面が三人助けに来ました。

 顔を隠して身体隠さず。
 原作で読んで知っていても、ビジュアルでみると大変なインパクトで、頭が真っ白になったところで以下次号。

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2006.06.05

月曜日の朝に読む本は

 突然自分語りの巻。
 昔から、通学通勤の電車の中が主な読書時間なのですが、意外と気を使うのは月曜日朝の本のチョイス。一週間の始まりの時間に、一気に弾みと勢いをつけるため…というより、基本的に重い気分の月曜の朝に、これ以上重い気分にならないため、という実に情けない理由もあったりするのですが、まあとにかく何を読むかというのは、何を食べるかと同じくらい大事なことなのです、私にとって。

 そんな私が月曜日に読む傾向にあるのは、基本的に、
○必要以上深刻だったり暗かったりしない
○娯楽ものとして単純に面白い・格好良い
○あんまり専門知識を必要としない
作品という、まあ当たり前っちゃあ当たり前のもの。幾ら名作だからといって、月曜の朝から南條範夫先生の残酷ものや新宮正春先生の作品(作品の暗黒率結構高し)を読むのはちょっとキツいですからね。

 そんなわけで意外とチョイスの可能性が高いのは、柴錬作品。明るい作品というのもまあ少ないですが、どんな作品でも読んで暗ぁい気分になることはないし、何よりも基本的に血湧き肉躍る伝奇もの・剣豪ものであって(五味康祐先生も近いものはありますが、基本的に作品の出来が端正すぎるのですね)、もちろんクオリティの高さは言うまでもないこと。作品数も多いですしね。
 そういう意味では、超展開連発、友情と楽しい人生万歳!な 古龍作品も非常に良いのですが、何分邦訳作品が少ないのが悲しいところです。


 ちなみに僕は、時代小説というのは読んで単に楽しむべきものであって、それ以上のもの(例えば人生訓とかナントカ)は期待していないのですが、どうしようもなく疲れた時、色々悩んでいる時、一気に元気を出したい時に読む本というのも確かにあります。
 恥を忍んでタイトルを挙げると、それは高橋三千綱先生の「剣聖一心斎」と古龍の「歓楽英雄」。どちらもいずれきちんと紹介しようと思っているのですが、かたやナンセンス剣豪小説、かたやモラトリアム武侠小説(いや本当にそういう内容なんだって!)という一風変わった作品ながら、これだけ生きるということに力を与えてくれる作品も少ないのではないかと思っている次第。

 いや、同じ本読んで同じように感じる人がいるかどうかはわかりませんが…

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2006.06.04

「金鵬王朝」 四本眉毛の男見参!

 台湾の武侠小説作家・古龍の代表作の一つにして、数年前にシリーズ第一巻が訳されて以来、長らく音沙汰なしだった「陸小鳳伝奇」が、遂に復活しました。
 第一弾たる本作「金鵬王朝」は、「四本眉毛の男」と異名を取る江湖の快男児・陸小鳳が、滅亡した王朝の遺産を巡る暗闘の中で大活躍する痛快な伝奇活劇であります。

 陸小鳳は、天下無類の武術の腕と明晰な頭脳、そして義侠心に富んだ男として知られる好漢。鼻の下の見事な二本の髭から、「四本眉毛の男」という、ちょっとそれってどうなの? 的な渾名で呼ばれる男ですが、その四本眉毛が天下御免のパスポート、今日は東へ明日は西へ、名酒と美女と冒険を求めて江湖をさすらう毎日を送っています。
 そんな彼が、謎めいた美女に誘われて出会ったのは、数十年前に滅亡したという金鵬王朝の皇子。王朝滅亡の折り、王家復興のための莫大な財宝を預けられながらもそれを私して財を成した三人の遺臣の行方を追う老皇子の依頼を引き受けた陸小鳳は、相棒の美青年・花満楼と共に冒険の旅に出る、というのが基本的なストーリーです。

 さて本作、いやこのシリーズ、いやいや古龍作品は、登場人物の個性という点では群を抜く面白さ。主人公の陸小鳳は勿論のこと、彼の親友・花満楼は、名家の出身で武術の達人の美青年ですが、生来目が見えないという設定。それでも己の生をこよなく愛する彼は、花の香り、風の囁きにも楽しみを見出すことができる風流子であります。
 そしてまた、彼らの助っ人として登場する剣士・西門吹雪は、一度剣を抜けば己が死ぬか、阿相手が死ぬかの二つに一つという孤高の剣鬼。ひたすら己の腕を磨き、強敵との対決を愉しみとする彼は、武侠小説界の五右衛門(ルパン三世のとこのね)と言ったところでしょうか。
 その他脇役も次から次へと登場する怪人・快人のオンパレードで、キャラクターを見ているだけでも全く飽きません。

 そしてもちろん、登場人物だけでなくストーリーの面白さも折り紙付き。三人の遺臣の居所を突き止めてからが物語の本番と言うべきか、陸小鳳、そして読者の前に次から次へと現れる謎と怪事件、どんでん返しに次ぐどんでん返しの連続は、まさに一読巻を置くあたわずと言ったところ。
 元々古龍作品は、ミステリ色の強い展開が特徴ですが、本書もそれは同様で、一連の事件の背後に潜む黒幕の正体に一歩一歩迫っていく展開は、思わぬシーンに伏線が隠されていたりして感心したり驚いたり。トリッキーなキャラクター、スピーディーな展開と相まって、よそでは味わえない古龍節を構成しています。
 正直なところ、文体は少々独特ですし、かなりの超展開の部分もありますが、一度ハマれば(波長が合えば)病みつきになること請け合いであります。病みつきになっている本人が言っているのだから間違いない。

 なお、冒頭でも少し触れましたが、本作は以前にも小学館文庫から「陸小鳳伝奇」のタイトルで刊行されていましたが、その際に一部抄訳されていたものが、今回この「金鵬王朝」として目出度く完訳版として刊行されました。同時に第二巻「繍花大盗」も発売され(ちなみに、本作のラストで工エエェェ(;´Д` )ェェエエ工となった方は、ぜひこの第二巻も読んでいただきたいと思います。更なるどんでん返しが待っていますので…)、今後もシリーズ続巻が刊行されるというファンにとっては誠に嬉しい事態となっています。

 何はともあれ、一ファンとして、今後も古龍作品はいちいち採り上げていこうと心に決めている次第。


「金鵬王朝」(古龍 早稲田出版) Amazon bk1

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2006.06.03

「曲者時代」 世直しという心意気

 柴錬の最晩年の作品、完結した長編としてはおそらくラストの作品である本作は、田沼時代を舞台に、「世直し」への強烈な想いを胸にした曲者たちが活躍する異色作です。

 主人公は、鋭利な知性と凄まじい武芸の業前、そして非情とも言える冷たく冴えた心根を持つ若者・禁門影人。英明を謳われながらもそれ故に暗殺された桃園天皇を兄に持ち、それ故に世をすねた生活を送っていたという、まさに絵に描いたような柴錬主人公なのですが、しかし彼が他のヒーローと明確に異なるのは、世直しを目的に活動を開始する点。
 およそ世の中の動きに、他人の生に――いや自身の生にすら――興味を持たぬのが大半を占める柴錬主人公の中で、数少ない世直しという目的を持ち、社会変革のために戦おうとする影人の存在は、柴錬ファンの目にも異彩を放って見えることです。

 もちろん、世直しという巨大な目的に一人で立ち向かえるものではないの事実。そこで彼がスカウトするのは、いずれも劣らぬ心根と技を持つ「曲者」たち。
 平賀源内、公儀御庭番・鬼堂天馬、上田秋成、女忍者・無香、高山彦九郎、掏摸の元締め・松井源水…虚実ないまぜにした、生まれも育ちもそれぞれ大きく異なる曲者たちの力を束ねて、影人が天下に挑むか、というのが本作の眼目の一つであります。

 もちろん柴錬主人公だからして(?)、尋常な、常識的なやり方ででそれを成そうとするわけもなく、その世直しの手段も破天荒なもの。
 己の意志の代弁者としてあの田沼意次に目を付けた影人は、偶然命を救った銭屋五兵衛の身代や、数々の死闘の果てに手に入れた末次平蔵の隠し財宝を意次に与え、意次を最高権力者にまで押し上げます。更にとんでもないことに、平賀源内が作った麻薬をばらまいて、大奥すら手中に収めてしまうという有様。ヒーローはヒーローでも、ピカレスクヒーローというのが相応しいかもしれません。

 しかし、影人の行動に生臭さが感じられないのは、それが己自身の欲望・野望から出たものではなく、一種純粋な想いに依っているから。社会を変えていくことがきれい事だけでは叶わないと知りつつ、そして己があくまでも礎であることを自覚しつつ世直しのために戦う彼は、どこまでも純粋で、己の美学に殉ずる者として感じられます。

 もちろん、歴史を見れば、田沼意次とその時代がどのような運命を辿ったかは明白であり、そこに初めから結末を提示された物語としての哀しみも感じてしまうのですが、しかし、操っていたはずの意次の反抗に遭い、次々と仲間たちを失いながらも一人立つ影人の姿からは、どこか清々しさすら感じられるのは、その向かう先に違いこそあれ、彼もまた己の「心意気」を何よりも尊ぶ者――無頼の徒、だからなのでしょう。

 ちなみに、本作の執筆動機の一つであり、また田沼意次の一種モデルともなっているのは、あの田中角栄の存在。柴錬が、角栄首相誕生時に寄せていた期待と、それが裏切られた際の複雑な心境については、エッセイ集などに明らかですが、それを心の片隅に置いておけば、より興味深く本作を読むことができるでしょう。

 田沼時代の終焉から江戸幕府が消滅するまで80年。田中角栄の時代から今に至るまで約35年、あと45年で果たしてこの世の中が如何変わっていくのか…本作を読了してふとそんなことを考えさせられた次第です。


「曲者時代」(柴田錬三郎 集英社文庫) Amazon bk1


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2006.06.02

「怨天賦」 中国方士vs日本妖魔

 時は平安末期、平清盛の命を狙う怨霊・妖魔に、日本人の血を引く中国の方士・滋丘秋比斗と相棒の少年・迦利丸が立ち向かうというアクション伝奇。ファンタジーノベルやSNK格闘ゲームのノベライゼーションで知られる嬉野秋彦氏のオリジナル作品です。

 何者かの妖術攻撃を受ける清盛を守護するため、平重盛に雇われた秋比斗たちの前に現れるのは、剛力を誇る謎の鎧武者・八郎、いずれも奇怪な術を操る妖女・柚羅と真那児、そして彼らを束ねる翼持つ男・相模と、いずれ劣らぬ妖人魔人。
 ある人物(相模とくればその主人は…)の命を受け、平家への昔年の恨みを晴らすべく暗躍する彼ら妖人衆と対決するのが、本朝の術者ではなく、大陸の方術を操る方士というのが本書の独創と言えるでしょう。

 とはいえ、中国の方士vs日本の妖魔という本書の特長が、十二分に活かされているかといえばそこは少々首を傾げざるを得ないのが正直なところ。この辺り、もう少し双方の術の違いなどを明確に見せられていれば、さらに面白く、また平安伝奇ものにおけるエポックメイキングな作品にも慣れたかもしれないと思うと、少々残念ではあります。

 その意味では「よくできたライトノベル」という印象が強い本書ではありますが、もちろんつまらない作品などでは決してなく、特に平安伝奇もののファンの方には、一度触れてみていただきたいと思う次第です。


「怨天賦」(嬉野秋彦 角川書店スニーカーブックス) Amazon bk1

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2006.06.01

「松平長七郎旅日記」 良くも悪くも大らかな…

 学陽書房人物文庫で復刊が続く村上元三先生の松平長七郎シリーズも第三巻目、「松平長七郎 旅日記」が登場です。
 タイトルに旅日記とある通り、謎の一団の陰謀に立ち向かうため、江戸を離れて京に、さらにその先に旅をする長七郎の活躍が描かれます。

 本書は「~旅日記」と「白妖鬼」の二編を収録。前者は、元婚約者からの救いを求める声に、幕府転覆を企む謎の万字組の陰謀を追って京に向かう長七郎主従が描かれ、後者は、京に滞在していた長七郎が、琉球王朝の秘宝を巡る争いに巻き込まれる、という内容となっています。

 正直なところ、前者は光文社文庫版で既読だったのですが、伏線らしきものが置き去りになっていたり、謎のはずの敵の首領の正体が、登場した瞬間にわかってしまったり(これは以前読んだときも同様だったので、既読のせいではないですよ)、何ともその…まあ大らかというか何というかな内容。
 それに対して後者は、時代活劇では比較的よく扱われる琉球王朝ネタではありますが、長七郎がお見合いする羽目になったり、その相手の姫君が謎の鬼面の一党に誘拐されたりと展開も二転三転、秘宝の行方と拐かされた姫を追って、京から西海の孤島、そしてさらに西へと場面転換も多く、飽きさせない作りとなっていてなかなか楽しめました。ラストで明かされる真相もちょっとだけ意外でしたしね。

 と、上記の通り、何とも大らかなところもある作品ですが、肩の凝らない大衆時代活劇と考えれば、十分以上に楽しめる作品であります。ある意味、ライトノベル的と言いますか…(こう書くと怒られるかな、あちこちから)


 …と、ここからはマニアの話。掲載順及び作中年代で見ると、「旅日記」「白妖鬼」の順で並んで問題ないのですが、作中の描写を見ると(宅兵衛さんとおれんさんの関係とか)どうもつながりがよろしくない。おそらくはこの二作品、連続して書かれたものでなく別々に書かれた作品なのだろうな、と思いますがあくまでも想像なので、一度調べてみたいと思っています。


「松平長七郎旅日記」(村上元三 学陽書房人物文庫) Amazon bk1


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