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2007.02.13

「うそうそ」 いつまでも訪ね求める道程

 「しゃばけ」シリーズ第五弾は、久々の長編。湯治のために江戸を離れた若だんな・一太郎が、箱根の地で思わぬ事件に巻き込まれて大騒動となります。

 地震が頻発する中、湯治と避難をかねて箱根に出かけることになった若だんな。お供は仁吉と佐助の兄やんズに腹違いの兄・松之助、あと鳴家三匹で、賑やかながら平和な度になるかと思いきや、旅に出るなり兄やんズが行方不明という異常事態――二人の若だんなへの忠義と、その真の力から考えれば、これは紛れもない異常事態でしょう――が発生します。
 二人と三匹になってしまった道行きですが、そこにさらに襲いかかるピンチの数々。若だんなを狙う正体不明の武士たちに天狗の群。挙げ句の果ては箱根周辺の住人たちまでもが若だんなを追いかけ回すことに。若だんながモテモテなのは今に始まったことではないですが、ちょっと今回は度を超しております。
 が、その中で一人、若だんなを毛嫌いする謎の少女が登場。この少女こそは本作の真・ヒロイン、お比女ちゃんであります。なりは幼いけれども実は彼女、悲しい過去を持つ姫神さまで…

 あまりネタばらしすると興を削ぐので、あまり詳細には書きませんが、何故彼女が若だんなを毛嫌いするか、その理由こそが、一連の大騒動の原因であり、そして本作のテーマにつながってきます。
 中身を知ればその理由、なあんだと拍子抜けするかもしれませんが、当人にしてみれば大問題と言ってよいでしょう。どれほど恵まれた暮らしを送っても、どうしても見つからないもの。自分が恵まれていると自覚しているだけに、そんな悩みを持っていること自体に罪悪感を感じてしまって、さらに気は重く…一緒にするなと言われそうですが、個人的にそういう類の悩みを抱えたことがあるだけに、比女の悩み・辛さには十分共感できます。

 悩みというものは決して絶対的な尺度で量れるものではなく、人それぞれに軽重があるもの。他人からは贅沢な悩みのように思えても、当人にとってみれば本当に辛いものであるかもしれない。
 心優しいだけでなく、比女とはどこか似たもの同士である若だんなが、彼女のそんな悩みを理解して、その心を開き、力になろうとする姿が、なんとも微笑ましく、かつ頼もしく思えました。

 そしてまた、若だんなや比女に限らず、誰もが悩みや望みを持ち、それぞれの形でその想いの重さに惑う姿が、本作では時にユーモラスに、時に大まじめに描かれていくこととなります。そのそれぞれの想いが重なって、一つのクライマックスを迎えるわけですが…
 そこで比女が見せた行動は、全てを解決する唯一絶対の解答ではないものの、一生をかけて訪ね求めていく長い道のりへの、その第一歩として、大いに尊重されるべきものでしょう。

 久しぶりの長編、そして舞台が舞台ということで、これまでの作品に比べて違和感を抱く方もいるかもしれませんが、しかし、このシリーズらしい、賑やかで楽しい外見の中の苦い現実と、それに対する優しい眼差しは、本作でも健在と自信を持って言えます。

 まだまだ若だんながうそうそと訪ね求める道のりも長く険しいものかと思いますが、それでも若だんなが、そして登場人物・妖物みんなが、どんな風にこの先歩んでいくのか、これからも見つめていきたいと思います。

 それにしても…やっぱりお似合いだと思うんだがなあ。
 上で紹介しそびれましたが、おそらく本作での好感度ナンバーワンの大人キャラ・雲助の新龍さんともども、比女ちゃんにも再登場していただきたいものです。


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