「幕末屍軍団」(短編) 屍者から見た幕末
まだ単行本化されていない長編版を読むことが出来たので、その紹介の前に、プロトタイプというべき短編版の本作を紹介いたします。私の知る限り、菊地秀行先生最初の時代ものかな? 収録された単行本は長らく絶版となっていましたが、少し前に双葉文庫のアンソロジー「妖異七奇談」に収録されたので、比較的簡単に手にすることができるかと思います。
舞台は幕末。とある長屋に、九日前に神隠しにあった男が還ってくる場面から物語は始まります。何処からか還ってきたその男は、人間的な感情を失い、そして人間離れした力を振るい、心臓は動いていても呼吸は止まっているという何とも奇怪な状態でありました。その謎に挑むのは、岡っ引きの東六親分と、謎の医師・源八の二人。幾たびも襲いかかる謎の武士の集団、そして生きているとも死んでいるともつかぬ奇怪な存在へと変貌した者たちとの戦いを経て、二人が辿り着いた黒幕の、意外な正体とは…
今の目で見ると――いや正直に言うと当時から感じていましたが――キャラ造形やガジェット(特にラストに主人公二人が使用する武装など)があまりにも「菊地秀行の超伝奇もの」っぽすぎて、時代ものとしては少々違和感を感じないでもありませんが、しかしそれは同時に、エンターテイメントとしての面白さは折り紙つきということ。いま読み返してみても、一気に最初から最後まで読み切ってしまう熱さというものがあります。
何よりも、日本の幕末にゾンビを真っ正面から出すというコロンブスの卵的アイディアの素晴らしさに留まらず、ゾンビ出現の理由が、あっと驚く意外な、しかし、ゾンビが存在している世界であればなるほどとうなづける不思議なリアリティを持ったものである点については、何度読んでも驚かされます。
そして――人外の存在を通すことにより、現実世界を通常では有り得ない角度から、そしてそれだからこそより一層深く現実の諸相描いてみせる、菊地伝奇の妙味は、短編といえども本作でも健在でありました。
この世界観が、果たして長編版でどのように活かされることになるのか、それについては稿を改めさせていただきます。
(そういえば、本作の登場人物と浅からぬ因縁を持つ人物が主人公の「逢魔が源内」の第一話も「還ってきた男」が題材となっていましたが、この辺りはやはり意識されていたのかしら)
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