「修羅の刻 陸奥天兵の章」(再録)
歴史の陰に陸奥あり、様々な時代での陸奥圓明流伝承者の闘いを描いた「修羅の刻」シリーズも、ぐっと時代が下って明治時代。今回陸奥と対峙するのは、かの姿三四郎のモデルである西郷四郎です。
このシリーズは、陸奥自身が主人公というよりも、陸奥を狂言回しにある時代や人物を描くという性格があって、特に最近は顕著なのですが、今回も主人公である陸奥天兵(幕末編の主人公・出海の息子)はむしろ遠景にあって、柔道という新たな道を往きつつも、自らの中の鬼のために道を踏み外していく四郎が主役、と言えます。
ストーリーはいたってシンプル。嘉納治五郎に入門し、講道館四天王として頭角を現していく四郎が、かつて一度だけ出会い、その技に戦慄した“陸奥”、陸奥天兵と再会し、自らの未来を擲ってまで天兵と野試合を行う、というもの。しかもドラマ部分の大半は前半で消化で、後半100ページ近くはひたすら二人のガチ勝負というから嬉しい話です。
これでもかこれでもか、これでもまだ足りないかとばかりに、二人が文字通り死力を尽くしてぶつかり合う様は――「修羅の門」がそうであったように――ダイナミックな中にむしろ荘厳さすら感じさせる描写で、しばらくこの作者の格闘漫画に飢えていた身にとしては大いに満足しました。
伝奇的にも、奥の手を使い果たしたかに見えた四郎がついに見せる真の秘術と西郷姓の秘密、という大いに盛り上がるネタがあり(まあ、最後まで柔道を使って欲しかった、という気もしますが)、楽しめました。
欲を言えば、明治という闘いのなくなった時代に、なお闘いを求める四郎の、格闘家の、哀しさや業というものがもっと強く描かれていても良かったとは思いますが(四郎に敗れて身を持ち崩していく柔術家がそれを象徴しているわけではあるのですが)、これだけ格闘一本で楽しまされれば、あまり贅沢はいいません。壮大なファンタジーもよいですが、またこういう一対一のゴツゴツした闘いも描いていただきたいものです。
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