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2007.04.13

「鳥居の赤兵衛 宝引の辰捕者帳」 スマートかつトリッキーな江戸模様

 伝奇ものではありませんが、たまには真っ当な(?)時代ものでも。ミステリの名手・泡坂妻夫先生の時代ミステリ「宝引の辰捕者帳」の現時点での最新巻、「鳥居の赤兵衛」です。
 宝引の辰親分は、神田千両町にその人ありと知られた腕利きの岡っ引き。鉤縄の名手のうえに頭の回転が早く、次々と難事件怪事件を解決する江戸の名探偵の一人であります(ちなみに「宝引」とは、今でいう福引きのようなもので、その景品作りを副業にしていることからの異名。この辺りのアイテムのチョイスがうまいですね)。

 と、これだけ見ると、よくある捕物帖のように思えますが、特筆すべきはその執筆スタイル。実はこのシリーズ、捕物帖には比較的珍しい一人称スタイルの上に、なんと毎回語り手が違うのです。
 もちろん辰親分やその子分たちが語り手になることもあるのですが、圧倒的多数は、事件に巻き込まれた江戸の住人たち。エピソード毎に全く違う語り手が登場するため、最初は戸惑うこともありますが、しかし、様々な職業・年代の人物の視点から物語ることにより、発生する事件や登場する人物・風物を様々な角度から描き出すことに成功しており、ちょっと大げさにいえば「カレイドスコープ」的な面白さが、本シリーズにはあるのです。
 泡坂先生は、作家であると同時に奇術師でもあるためか、トリッキーな内容の著作が多いように思いますが、本作はそのスタイルがトリッキーと言えるかもしれません。

 そしてもう一つ、本シリーズの魅力は、上記の様々な視点から浮かび上がる、江戸の風物の楽しさ、面白さでしょう。捕物帖と言えば、江戸の風物や人情を描くのがお決まりとなっている面もあり、それは本シリーズも同様ではあるのですが、しかし、なんと申しましょうか、本シリーズのそれは、ひどく自然なものに感じられるのです。一生懸命調べて書きました、というのではなく、まるでそれが当たり前のことのようにサラッと、あたかも今自分の目の前にあるものを写したが如くスマートに…
 それもそのはず、泡坂先生は先祖代々生粋の江戸っ子、江戸時代から受け継がれてきた紋章上絵師というもう一つの顔を持っているのですから、ちょっと悔しいですが、そんじょそこらの人間が資料と首っ引きで挑んでもこれァ分が悪いというものではないでしょうか。

 さて、それでこの「鳥居の赤兵衛」ですが、標題作のほか、「優曇華の銭」「黒田狐」「雪見船」「駒込の馬」「毒にも薬」「熊谷の馬」「十二月十四日」の全八話を収録。上で褒めちぎっておいてなんなのですが、シリーズ全体の水準からすると、ミステリとして見た場合にちょっと軽いかな、という印象があります。分量的にも短めの作品が多いためかもしれませんが…もちろん、あくまでもシリーズ全体として見た時のお話。

 そんな中で個人的にベストに挙げたいのは、珍しく辰親分自身が語り手となった「黒田狐」。さる大名家からの使いを名乗る男に招かれて屋敷に向かった辰親分ですが、先方では心当たりはないという話。これはどうも邸内に奉られたお稲荷様の仕業ではないか、という話が出たその時、屋敷に盗賊が侵入。勇躍これを捕らえた親分ですが、盗賊には捕らえられた際の記憶がなく、これもお稲荷様の神通力かと大評判になりますが、さて…
 と、題名通りに狐にまつわる一連の怪事件。もちろんその裏には種も仕掛けもあるのですが、そのトリックがなかなか面白く、読み終わってみれば、なるほどと膝を打ちたくなりました(辰親分が事件の真相に気付くきっかけとなるアイテムが、またこの作者らしいもので愉快です)。
 そしてまた、ミステリでいうところのホワイダニットの部分も実にユニークで、迷惑な事件ではあるのですが、何だか笑って許したくなるようなおかしみのある、粋な味わいでありました。特に最後のオチが面白くて…
 時代ものとしてもミステリとしても一級品の、このシリーズの象徴的作品と言ったら言い過ぎかもしれませんが、私の大好きな作品です。

 果たしてこのシリーズ、この先どれほど書き継がれるかはわかりませんが、これからもスパイスの利いたミステリの妙味と、時代ものとしての爽やかな味わいを合わせ持ったシリーズとして、楽しませていただきたいものです。


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