「吉原宵心中 御庭番宰領」 ウェットな、そしてドライな
文庫書き下ろし時代小説として再生した「御庭番宰領」シリーズ第三弾は、吉原を巡る人の愛欲の闇に御庭番宰領(御庭番を補佐する私雇の配下)・鵜飼兵馬が巻き込まれます。
ある晩、男たちに追われている少女を救った兵馬。薄紅という名のその少女は吉原を抜けてきた振袖新造であり、彼女を追っていたのは吉原の亡八衆…と、それに加えて薄紅を追って謎の武士たちも暗躍し始めます。
一方、御庭番・倉地文左衛門より本業(?)である御庭番宰領の任務として、吉原通いをしていた旗本の行方不明事件の探索を命じられた兵馬は、奇しくもそれが薄紅を巡る事件に繋がることに気付きます。が、事態は刻一刻と悪化して亡八衆と旗本の対立は既に一触即発の域。兵馬はそれを何とか収めるべく奔走しますが…
はっきり言ってしまえば、これまでのシリーズに濃厚だった伝奇色はほとんど影を潜めてしまった本作。その意味では個人的にはかなり残念ではあるのですが――もっとも、市井のある意味ミクロな事件を巧みに御庭番の任務に絡めてみせる辺りはうまいものだと感心しましたが――本シリーズの一つの特色である、ウェットなようで妙にドライな人間関係は健在で、物語の方向性は変えつつも、雰囲気としては変わらないという職人芸を味わわせてくれます。
特に兵馬とレギュラーの一人・岡っ引きの駒蔵の間の、一歩間違えれば刃傷沙汰になりかねないギスギスフィーリングはほとんど芸の域。また、互いに惹かれ合いつつも一緒になれない兵馬と女始末屋のお艶の関係は、これまでの人生のしがらみが地層のように積み重なって自由になれない大人の切なさがあって、今回の事件の発端である若い男女の後先考えぬ愛欲とは好一対であったかと思います。
今後本シリーズがどのような方向に向かうかはわかりませんが(本作のような方向性となるのではとは感じますが)、この人間描写はこれからも健在であろうと信じている次第です。
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