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2007.05.31

「大江戸ロケット」(舞台版) ジュヴナイルの良作ここに復活

 先日発売された「劇団☆新感線 20th Century Box」のおかげで、ようやく舞台の「大江戸ロケット」を観ることができました。
 一言で表せばよくできたジュヴナイル、少年が異星の少女と出会い、様々な妨害や困難に遭いつつも、周囲の善意に助けられて少女を宇宙に帰そうとするお話であります。

 もちろん、そんなある意味ベタなお話を、江戸時代を舞台にやってしまうのが中島かずき氏の、そして劇団☆新感線の工夫であり趣向であるところ。江戸時代にロケットを、それも花火の玉屋をはじめとする江戸の職人たちが上げてしまおうというほとんど一発ネタみたいなアイディアを、演劇的な意味でも時代劇的な意味でも、大まじめにやってしまった、そのパワーと熱意にはただただ感心するのみです。
(時代劇ファン的には、○○○○の口利きとはいえ、あまりにあっさりとロケット開発が認められた裏に、ロケットをある目的で使おうとした××××の意図が! という辺りの一種のドンデン返しのうまさに唸りました)
 もちろん、舞台ゆえの制限というものはもちろんあり、ロケットの打上げシーンなど「アレっ」という部分もあるのですが、しかし舞台上でワイヤーを使って人を飛ばすというシンプルかつ豪快な演出をうまく使って、空間的に広がりのあるシーンなども用意されていて、この辺りのケレン味はさすがは――と言うしかありません。

 とはいえ、ちょっと気になったのが、清吉サイドの物語と、銀次郎サイドの物語があまり噛み合っていないように感じられた点。山崎裕太演じる清吉のサイドが、色々な意味で若い演技だった一方で、古田新太演じる銀次郎のサイドは演技的にも物語的にもしっかりとしすぎていて…もちろん、この切り分け/対比は言うまでもなく意図した演出ではあったのだと思いますが、ちょっとキレイに分かれすぎてしまったかなあ、という印象です。
 また、この両者が交わるクライマックスが、ラストではなく中盤に用意されているという構成にも、こうした印象の原因があるように感じました。

 もっとも、この辺りは、あの実に情けない(役者個人が起こした)事件による中途での主役交代に起因する部分もなしとは言えませんし、そんな逆境をはねのけるかのような出演陣の熱演にはただただ敬意を表するのみです。
 そして、そんな時に
銀「ネズミ花火を末端価格二グラム二万円で所持した男。それがお前、玉屋清吉だ」
清「いや、俺じゃねえだろ!」
などというネタをブチ込んでみせたのは神というか鬼というか。


 さて、最後に現在放映中のアニメ版と比べてみれば、アニメ版においては、演劇というメディアの空間的・時間的制約上できなかったアイディア/描写を――例えばロケットや花火の打上げの描写であったり、より細やかなキャラクター描写やストーリー展開であったり――やってみせようという姿勢が強く感じられます。
 もちろん、三時間ほどの舞台と、半年全二十六話放映のアニメでは、当然変わる点、変えるべき点はあるわけですし、当たり前と言えば当たり前ではあるのですが、しかし原作を活かしつつよりよいものを作り出そう――そしてその中で、こちらのスタッフなりの味わいを生み出そう――とめざし、そして今のところそれをきっちりと成功させている点は、実に嬉しく、頼もしいことであります。

 例えば――これはネタバレにつながりかねないお話ですが、現在アニメの方で視聴者の関心を一心に集めている(?)赤井様と青い空の獣のエピソードなど、舞台の方では本作最大の穴とも言える部分であって、そこをこうも見事に昇華してみせたのには、ただただ感心するのみです。

 何はともあれ、舞台の方を最後まで観てしまったら、アニメの方がつまらなくなるのではないか、というのは全くの杞憂でありましたし、それは逆にアニメを観てから舞台を観ても、十分以上に楽しめるということでありましょう。
 本作のDVDが、現時点ではBOXでのみの発売というのは非常にもったいないことではありますが、機会があれば、是非両方を見比べて、そして楽しんでいただきたいものです。


 ちなみに…丁度この記事を書いている時に、ソラを演じた奥菜恵さんの引退のニュースを聞きました。本作では実に楽しそうに演じられていただけに、何だか複雑な気分です。


「大江戸ロケット」「劇団☆新感線 20th Century Box」収録)


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2007.05.30

「姫武将政宗伝 ぼんたん!!」第一巻 ギャグとシリアスを兼ね備えた快作

 あの伊達政宗は実は女だった! という意外にもほどがある本作、mixiにて某氏より情報をいただくまでは、恥ずかしながら私は全くチェックしていなかったのですが、早速手に取ってみれば実にギャグのテンポが良くて楽しく、それでいて時折ハッとさせられるシリアスさもある、なかなかの良作でありました。

 伊達輝宗と義姫の間に生まれた萩姫は、利発で可愛らしくも周囲をハラハラさせ通しの腕白な女の子。が、この萩姫が五歳の時に、疱瘡で右目を失明してしまったことから、娘を溺愛する輝宗は、その隻眼が将来萩姫を苦しめ、屈折した娘になることを恐れて、彼女を男子として育てることを決意します(この辺り、異常なロジックですが本当にこんな展開なので仕方ない)。
 かくて、梵天丸と名を改めた彼女は、守役のカタブツ・片倉小十郎をはじめ周囲を振り回しながらも元気に育つのですが…

 というのが本作のあらすじですが、ギャグとしてまず非情に面白いのですが、時代ものとしてもなかなか面白いのです、これがまた。何よりも、物語の中でツッコミが入りまくるように、それ無理! と言いたくなるようなある意味豪快なアイディアを持ってきながら、安易にパラレルワールドや、女体化パロに走ることなく、少なくとも現時点では真っ正面から史実にチャレンジしているところが素晴らしい。
 もちろん、ギャグの勢いに任せて突破している部分も多いものの、それでも梵天丸が実は女であることは、物語において秘されるべき「事実」であり、決して笑ってごまかせるものではありません。そしてそれが周囲の者たちに――そして何よりも梵天丸自身にとって、様々な波紋を生んでいく様は、普段が脳天気でパワフルなギャグの連発であるだけに、より印象的に感じられます。

 そして――伊達政宗といえば、その母や弟との悲劇的な軋轢のエピソードがまず浮かびますが、この第一巻でちらりと描かれるその発端は、なるほど、梵天丸が女子であるがゆえ、男子として育てざるを得なかったがゆえのものであったかと感心するとともに、今後の物語の展開が大いに気になるところです。

 とはいえ、本作の基本はあくまでもギャグ。天真爛漫なようでいてひねくれまくった梵天丸が周囲を振り回す様、そしてその父の(親)バカっぷり(さらに言えば、義姫の実家であり伊達の宿敵である最上親子のバカっぷり)は、微笑ましいやらおかしいやらで、実に楽しく読むことが出来ました。
 ギャグとシリアス両面で、これからの展開が楽しみですね。

 ちなみに本作が連載されているのは、Webコミック誌「源蔵」…じゃなかった「幻蔵」「オヅヌ」「武死道」「ガゴゼ」と、このブログでも取り上げてきた時代コミックが連載されている本誌、この「ぼんたん」といい、実はへたな専門誌よりも充実しているのではないかと思えてきました。


 あ、この漫画のタイトルが何故「ぼんたん」なのか、今頃になって気付いた…<遅いよ!


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2007.05.29

今日の微妙に古い小ネタ 「ONI零」復活か!?

 諸般の事情により小ネタですよ。それも微妙に古い。
「ONI零 戦国乱世百花繚乱」情報公開
 会社のあれやこれやで一時は続編が絶望視された「ONI零」に新作が! ということでファンの期待を大いに集めてきたその新作の新作の情報が掲載されましたが、これがアドベンチャーゲームでしかも舞台は戦国時代ということで、予想(期待)していたものとは内容もジャンルも異なるものであったため、ちょっとネット上を騒然とさせたというお話。
 さらにファミ通でPS版の「ONI零 復活」のリメイクなどと報じられたため、さらにややこしいことに(さすがはファミ通だよな。ネット上の記事でも微妙な書き方をしているしなあ…)
 要するに、現在飯島多紀哉氏が同人誌で展開していた戦国編のゲーム化で、飯島氏本人はシナリオのみで参加、ということだそうです。飯島氏としてはやはりRPG化したいと考えてらっしゃるようなので、そのためのステップとしてまずブランドとしての「ONI零」の復活の狼煙を上げたということと考えたら良いのかしら。
 何はともあれ、飯島氏お得意の戦国時代が舞台ということで、今後の展開にも期待したいところです。

 怪談好きとしては、飯島氏の「四八」の方も大いに気になるところですね。時代ものネタも出てくるようですし…


アニメ「シグルイ」放送日時と特番放送が決定
 ずいぶん前のリリースを今更で恐縮ですが、アニメ版「シグルイ」の放送は七月十九日から、そしてその前、七月一日には特番として「シグルイ 特別版 見れる、見れるのだ!」が放送されるとのこと。もうこの特番のタイトルだけで色々と許せる気分なのですが、しかしさすがに「シグルイ1200円キャンペーン」はいかがなものか。


「劇場版 仮面ライダー電王」に陣内幸村見参
 先日「劇場版 仮面ライダー電王」に千姫役でほしのあきが出演と書きましたが、今度は真田幸村役で陣内智則が出演というお話。渡辺裕之といい色々な人を呼んできて、さすがは伸ちゃん頑張ってるなあ。作品全体の中で時代劇パートがどれくらいを占めるかはわかりませんが、頑張っていただきたいものです。


「新撰組異聞 PEACE MAKER」舞台化
 演劇ユニットアクサルにより、あの黒乃奈々絵の「新撰組異聞 PEACE MAKER」が舞台化されるとのこと。恥ずかしながらアクサルについては全く存じ上げなかったのですが、これはなかなか面白いものになりそうな予感。ちょっと…いや大いに気になります。


「えんぴつで奥の細道DS」発売
“山川の「詳説日本史B」、「詳説世界史B」”がDSに

 最近何でもアリアリのニンテンドーDSで、日本史絡みの作品二つを。一本目はかの松尾芭蕉の「奥の細道」をなぞり書きにした「えんぴつで奥の細道」を電子化したもの。DSでなぞり書きって実は以外とやりにくいのよね、とは思うものの、こういう電子ブック的ソフトはなかなか面白い試みだと思います。朗読が仲村トオルってのはナニですが。
 そしてもう一本は、私的にはかなり懐かしい山川出版社の日本史(と世界史)教科書をソフト化したもの。普通であればこの手のソフトは興味の範疇外ではありますが、日本史教科書と聞くと大いに気になります。これ、検索モードとかあれば滅茶苦茶便利じゃないかと思うのですが…バンナムだしなあ。

 にしてもうるさ方からは「こんなソフトばかり出てこれだからDSは…」と言われそうですが、この訳の分からない混沌ぶり、往年のファミコンブームを知る身としてはなかなか懐かしいですし、次は何が飛び出してくるかと野次馬的にも楽しみであります。ちゃんとゲームゲームしたソフトもたくさんあるしね。<ただいま「応援団2」にハマり中。


 …相変わらず小ネタの方がよほど疲れるます。

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2007.05.28

「邪しき者」 南朝の皇胤、天下を騒がす

 以前、「天保異聞 妖奇士」の記事で「不勉強にして江戸時代に後南朝を登場させた作品は、すぐには思いつきません」などと書いてしまいましたが、すみません、大事な作品を忘れておりました。この「邪しき者」、江戸時代前期を舞台に、南朝の皇胤・新珠尊之介を中心に、尾張義直、江戸・尾張の柳生一族、鄭成功などなど、綺羅星の如き面々が理想の国家を求めて相争う一大伝奇活劇であります。

 ある日名古屋城下に飄然と現れた美青年・新珠尊之介。我流ながら無双の剣の腕と、神懸かり的ですらある無類のカリスマで、周囲の人間を虜にしていく尊之介の素性は、二百年前に吉野に滅んだはずの後南朝の末裔でありました。折しも尾張藩主・徳川義直は無類の勤皇家、大喜びで尊之介を客分として迎えますが、しかし尊之介の存在が、彼の中にあった天下取りの野心に火をつけることになります。
 一方、徳川の世を安定させるため、謀略で次々と敵対者を葬ってきた徳川家光・柳生宗矩らは、義直の叛心を察知して、尾張を取り潰すべく暗躍を始めます。…が、その義直に仕える尾張柳生の柳生兵庫は、代々南朝方であった柳生家の嫡流として義直方につき、柳生同士の激突が始まります。
 さらにこの争いに、祖国復興のために来日した鄭成功・陳元贇らも加わり、いよいよ戦いはスケールアップ。尊之介と義直・鄭成功の驚天動地の天下取りの企み、世阿弥以来常に権力者の傍らにあった能役者たちの正体、吉野山中に秘められた真の八尺瓊勾玉のゆくえ…死闘に次ぐ死闘の末、尊之介たちが掴んだものは――

 と、こうしてあらすじをまとめていても、やはり面白いなあと感心してしまう本作。尊之介や柳生一族の見せる剣戟の数々、政権の座を巡っての虚々実々の謀略戦(成瀬隼人正が格好いいんです…中巻までは)、そして皇位継承を巡る秘宝探索と、時代伝奇を盛り上げる要素がこれでもかとばかりに詰まっているのですから、これは面白いはずです。

 さらに興味をそそるのは、柳生を勤皇の家系ととらえ、それをもって江戸柳生と尾張柳生の死闘に独特の説得力と迫力を与えている点でしょうか。勤皇家としての柳生家については、柳生ものの大先達である五味康祐先生の「柳生武芸帳」にて描かれていますが、本作においては物語の序盤にて、尾張義直の柳生兵庫に向けての「柳生は確か南朝であったな」という神フレーズが炸裂、一気に物語世界に引き込まれました。

 が…個人的にどうしても受け付けないのが、主人公たる新珠尊之介のキャラクター(の薄さ)。先に述べたとおり、無敵の強さを誇り、老若男女誰にでもモテモテの尊之介なのですが――では何故強いのか、何故魅力的なのかと言えば、それが「そう書いてあるから」あるいは「生まれつきだから」としか言えない点に、何ともすっきりしないものがあります。
 強さはまあ置いておくとして、魅力の点については、物語を動かす原動力の一つであるだけに、もっと説得力のある描き方はなかったのかと残念に思います。

 もっとも、本作における尊之介の存在は、その姓たる新珠→荒魂が示すように、一種の神のごときもの、物語の中心にあって周囲の者たちを刺激し動かしていく存在――この意味において、尊之介は、人格を持った柳生武芸帳のようなもの、と言えるかもしれません――として想定されているかと思われます。
 それゆえ、尊之介のキャラクターとしての書き込みの薄さは、作者としてある程度織り込み済みのものであっただろうと想像できるのですが、しかし、このために本作が万人に――特に伝奇入門者に――お勧めとは言い難いものとなっているように感じられるのが何とも残念ではあります。
(尊之介が立川流の修行者で、嬉々として「修業」に励むというのも個人的には違和感ですが、これは完全に趣味の問題でしょう)

 終盤のバトルロワイヤル状態など、本当に尋常でないほどの盛り上がりを見せるだけに、この辺りのキャラクター描写がどうにかなっていればと、つくづく残念に感じるところです。


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2007.05.27

「大江戸ロケット」 八発目「恋も殺しもやるってさ」

 待ちに待っていた「劇団☆新感線 20th Century Box」が届いたので、ようやく舞台の「大江戸ロケット」を観ることができました。その感想は近日中に書きますが、大まかな流れはアニメ版とほぼ同一ながら、この第八話は、オリジナル展開でありながら、舞台で穴があった部分をフォローする内容となっていて、ちょっと感心しました。

 さて、そんな今回の内容は
・おソラさん正体バレその二
・赤井様更なる闇堕ち
・黒衣衆の華麗な連係攻撃
といったところ。今回は清吉たち長屋の連中は遠景に置いて、ソラの敵役である青い獣回りのエピソードとなっています。

 前回ラストで衝撃の殺人シーンが描かれた赤井様、操られているんだ、擬態されているんだ、という期待も空しく、己の意志で人を殺しては、その生き血を集めては青い獣が変じた女(以下、青い女)に差し出していたのでした。簡単に言えば、青い女の色香に迷ったという――着物の上からもわかるくらいすンごいナイスバディのお姉さんではありますが、本性は、なんか獣の槍を使いすぎた人たちみたいなアレなんですが。
 しかし、吸血美女に魅入られて辻斬りしては生き血を集める男、というと、個人的には岡本綺堂の名作「一本足の女」を思い出しますね。

 それはさておき赤井様、赤子連れの女を殺すわ、苛立ち紛れに清吉をボコボコにするわと、やっていることはゲスいのですが、それでもその姿に、嫌悪感よりも先に哀しみを感じるような造形となっているのはさすがかと思います。
 ことに、町をさまよいながら、長屋の連中はあんな暮らしをしていながら楽しそうなのに、何で自分は楽しくないんだと呟くという形で、彼の抱えた空虚さが描き出されるシーンにはハッとさせられました。
 ちょっとネタバレになりますが、舞台の方では、赤井と空の獣回りのエピソードに、ちょっと無理があったのですが、それをフォローしつつもこのようなドラマとして成立させてみせるとは、これだけでもアニメ化した甲斐はあった! というのは大袈裟にしても、一つの収穫かと思います。

 そんな、放っておくと異界を開きそうな有様の赤井様と対照的に、空の獣の出現により己の身の置きどころを見つけたのが銀次郎。今回、奉行所に押収された宇宙船のノズルを手に入れようと現れた獣姿のソラとやりあった結果、遂にソラが空の獣の一人だと知ってしまいますが…そこでソラを信じて共同戦線を張るのがいかにも銀さんらしくて格好良いのです。
 そして、ハニーフラッシュ…というよりデービール! という感じに変身したソラと青い獣の激突から、ソラ援護を決めた銀次郎指揮による黒衣衆の連係攻撃が、今回のアクション面のハイライト。特に黒衣衆の連係攻撃は、各人(除く耳。あ、あと臍様)が己の名となっている長所を生かして見事なアクションを見せつつ、それが同時にネタっぽさ満載のおかしさになっていて――特に腕の室伏チックな遠投で飛ばされた膝が空中から猛烈なニードロップ→着地して正座したまま滑っていく膝を踏み台にして踵がバーニングスマッシュばりのキックというシチュエーションが素晴らしすぎる――ある意味本作を象徴したかのような実に楽しいシーンとなっていました。

 そしてラストでは、長屋の面々が楽しく月見している一方で(そして今回も炸裂する源蔵さんのお母さんの息子いじめ)、赤井様が青い女と微妙に心をすれ違わせながら、またも凶行に手を染めんとする姿を描いて幕。
 何だかもう、月ロケット以上に赤井様の末路が気になって仕方がありませんが、何となく赤井に対して利用以上の心の動きを見せ始めたように思える青い女が気になります。


 そうそう、イベントの時聞いたミキティモデル未遂のキャラは青い女のことだったんですね。そりゃーいかんでしょう。


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2007.05.26

「柳生十兵衛七番勝負 最後の戦い」 第七回「柳生の剣」

 さて、「柳生十兵衛七番勝負 最後の戦い」も残すところ今回を入れてあと二回。今回は冒頭から母との対面-実の弟である兵衛との対決と雪崩れ込み、その一方でいよいよ由比正雪の決起が近づいて…と怒濤の展開であります。

 が、残念ながら兵衛は最後までちょっとすっきりしないキャラだったなあ…という印象があります。設定的には実においしいキャラではあったのですが、正雪・忠弥・頼宣・そして各話のライバルとただでさえ十兵衛と対立構造にあるキャラが多すぎる今シリーズにおいては、今ひとつ、存在感をアピールできていなかったように感じます。
 ぶっちゃけてしまえば、あまり強そうに見えなかった(これは役者と演出と双方に原因があると思いますが)というのが最大の理由ではあるのですが…でも、又十郎には勝てそうだけど。
 同じような立ち位置にあった、第五回に登場した水野美紀様演じる笙との絡みがもう少しあれば…要するに水野美紀様がレギュラーだったら…また違った印象のキャラクターになったとは思うのですが。

 となんだかんだ言いつつも、やむなく十兵衛に斬られた後に、その腕の中で息絶えるシーンはグッときました。
 …しかし、この展開で一番割り喰ったのは、シリーズ第一作からのレギュラーなのに、あっさり殺されてフェードアウトした寛平さんだと思います。

 そして後半では、本作の裏主人公(俺ビジョン)と言うべき正雪の決起が迫りますが、ここで正雪が暴走。伊豆守の間者や頼宣らの裏をかいて一日早く決起というのは、なるほどと感心させられる策ですが、そこで全部燃やし尽くしてやるのだ! と言い出したものだから配下はドン引き。
 ことにただでさえ人の良い忠弥は己の良心と正雪への忠義との板挟みになって苦しむわけですが…そこで忠弥は十兵衛に本当の決起日を明かしてしまって――バカ! 忠弥のバカ!

 …いや、忠弥はこれでいいのでしょう。正雪と十兵衛、二人の友(と敢えて表させていただきます)のために、己が裏切り者の汚名を着たとしても、あえて二人の想いを遂げさせるように行動したのでしょう。

 それにしても、一度は正雪を斬ってでも止めようとしていた忠弥がそれを思いとどまったのが、正雪の熱い抱擁母のことを(そして忠弥のことを)嬉しそうに語る正雪の姿を見てというのが何とも…
 事破れた後のことを考えるとあまりに可哀想なので、そのままフェードアウトして欲しかった母のことを言い出すのは反則です。もはや引くに引けない状態とはいえ、この辺り、何らかの救いを用意してくれたら嬉しいのですが…

 何はともあれ、次回最終回。タイトルはもちろん「最後の剣」ということで、出来る限り多くの人間が幸せになれる結末であって欲しいものです。


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 「柳生十兵衛七番勝負 最後の戦い」 第一回「母恋の剣」
 「柳生十兵衛七番勝負 最後の戦い」 第二回「恩義の剣」
 「柳生十兵衛七番勝負 最後の戦い」 第三回「孝養の剣」
 「柳生十兵衛七番勝負 最後の戦い」 第五回「緋の剣」

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2007.05.25

「海の荒鷲」 さすがは大佛先生…?

 あの大佛次郎先生が、「少年倶楽部」誌に昭和八年に連載した時代冒険小説が、この「海の荒鷲」。強い正義感を持った少年武士・椿新太郎が、瀬戸内海を舞台に、薩摩の御用金を奪った海賊・味岡太郎左衛門や、その上前を跳ねんとする奸悪な武士たちを向こうに回して大活躍する、はずなんですが…ですが…
 この新太郎少年、はっきり言ってしまえばとにかく活躍しない(できない)。冷静に読み返してみると、冒頭で海に落とした老武士の紙入れを拾ってあげた他はほとんど何も成し遂げていないのには驚かされます。
 周囲の状況に振り回されて、次々と窮地に陥る新太郎君を見ていると、…もしかしてこの子はヒーローではなくてヒロインだったのかしらん(悪漢に捕まる回数でいえばヒロイン役の女の子と同じくらい)、と思ったりしてしまったのですが、それはともかく。
 が、これが作品としてつまらないかというとそうではなく、一気にラストまで読まされてしまうだけのパワーがあるのが面白いところです。ストーリーに起伏があまりなくても、主人公があまり活躍しなくても、個々の場面、個々のキャラクターの描写がしっかりとしているので、それなりに緊迫感をもって楽しめるのです。この辺り、さすがは大佛次郎先生…と感心いたしました。
 もちろん、今から七十年ほど前の子供向け小説を、現代のおっさンが見てどうこう言う自体がナンセンスではありますが…(でも、同じ雑誌の同じ作者の「角兵衛獅子」は今読んでもガチで面白いんですよね)


「海の荒鷲」(大佛次郎 講談社少年倶楽部文庫)

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2007.05.24

「帝立愚連隊」 何でもありありの痛快エンターテイメント

 大正時代の日本を舞台に、世界制覇を狙う魔人クロウリーと、彼の使徒シュタイナーに立ち向かう規格外れの面々の活躍を描く本作、魔術に武術、昼行灯に男装の麗人、さらにはロボにメイドまで詰め込まれた、何でもありありの痛快エンターテイメントです。

 この世の新たな神を生みださんとする魔術師シリル・クロウリーの手により転生を遂げた魔術的教育者ウォルフ・シュタイナー。彼らの狙いが日本であることを知ったミカドの隠密・八瀬童子は直ちに迎撃体制を整えるべく、天文局魑魅魍魎討伐部の設置を献策しますが、時既に遅し。魔人に立ち向かうべき各界の術師は次々と暗殺され、切り札である対魔術兵器までもが敵の手に落ちてしまいます。
残ったのはミカドの外戚で奇怪な刀を手足の如く操る男装の麗人・柳原風音と、彼女と妖術師の戦いに巻き込まれた正体不明の昼行灯・赤城宗一郎のみ。死人を自在に操るシュタイナー魔術が日比谷に屍の宮殿を生み、さらには暴走を開始した魔術兵器「鞍馬」が迫る中、果たして誰が帝都を守るのか!?

 と、作者が好きなものをひたすらブチ込んだろコレ…と、ニコニコしながら突っ込みたくなるような本作は、冷静に考えると架空戦記の部類に入るのかも知れませんが――「法の書」を書いたり、人智学の祖だったりしながら、クロウリーとシュタイナーそれぞれの名前が変えてあったり…もっとも、クロウリーの名が「シリル」というのにはニヤリとさせられます――それは物語の持つテンション・勢いの前には些細なことと思わされます。
 登場キャラクターの方も、ライトノベル的切り口では何となくありますが、十分以上に立っていて、掛け合いを読んでいるだけで楽しい。昼行灯にもほどがある宗一郎が実は…というのも、ベタというよりは美しきお約束と言うべきで、この手のキャラが好きな私としては大いにワクワクさせていただきました。

 もっとも、投入されるキャラクター・ガジェットの数々に、物語の構成・展開がついていっていないきらいがあり、バランスを欠くように思われる箇所が諸処にあったのも事実。最初から最後まで、力なき人間が死にまくる展開にも好みが分かれるでしょう。
 それでもなお、この手の伝奇ものが好きな向きにとっては、読んでいる間理屈抜きに楽しめる作品であることは間違いありません。本作はいわばグランド・プロローグ、まだまだこの先楽しませていただきたいものです。

 しかしうちのサイト的には、風音に仕えながら、慇懃無礼極まりないメイドの瑠衣さんが、、主人の命で担いだ荷から変態刀を投げるってシチュエーションだけは、それなんて「ジパング」? と突っ込みたくなりましたけれども。


「帝立愚連隊」(水城正太郎 竹書房ゼータ文庫) Amazon bk1

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2007.05.23

「真説・李舜臣」 荒山徹-(伝奇+ネタ)=?

 先日「小説NON」誌を当たったら荒山徹先生の短編を二つ見つけてしまったので、これはまだあるかもしれんね、と探してみたところ、やはりありました。2005年11月号掲載の「真説・李舜臣」という歴史小説であります。

 秀吉の朝鮮出兵に際し、亀船にて大戦果を挙げ、朝鮮王と並んで「海中王」と称された李舜臣については、デビュー作たる「高麗秘帖」(及び第二作「魔風海峡」)にて詳細に語られているところでありますが、本作は、その李舜臣の一生を、朝鮮王からの視点を交えつつ描いた作品となっています。

 本作が他の荒山作品と大きく異なる点は、やはり伝奇性が非常に薄い…というよりほとんどゼロという点。その意味では、短編集としての「サラン」収録作に近いラインの作品と言えるかもしれませんし、実に真っ当な歴史小説の味わいがあります。
 「高麗秘帖」でも描かれていたように、武人として国家のために奮闘しながらも、まさにその国家を治める王や貴族たちの政争と嫉みに翻弄された李舜臣の姿には、運命の残酷さ、皮肉さというものを痛いほど感じさせられますし、彼に対置される朝鮮王についても、その救いようのない器の小ささに憤りを覚えつつも、同様に運命に翻弄された一般人の哀しさを感じました。
 何より、普段は派手な伝奇ガジェットや、やりすぎのネタ要素にばかり目が行ってしまって、さまで感じなかった荒山先生の文章力の確かさを再確認させていただいたのは、収穫でした。


 が――ここから先は伝奇既知外のタワゴトと思っていただいて結構ですが、本作が面白いか、と言われたら
「うーん……普通」
と言わざるを得ません。

 もっともこの印象は、基本的に本作の内容、特に李舜臣の後半生が、ディテールの違いこそあれ、「高麗秘帖」で既に描かれているものと被っているというのが大きいのだとは思います。
 が、やはり私が荒山作品に期待しているのは、何よりも天馬空を行くが如き奇想と、それに逆説的に写し出される歴史の・人間の真実の姿なのだな、とつくづく思わされました。

 もちろん荒山先生にとって伝奇やネタ要素はあくまでも方便、本当に書きたいのは本作のような生真面目な歴史ものなのかもしれませんし(もっとも、本作でも唐突に中国武将が「アナタ、何ンニモ判ッテナイアルネ! 李舜臣ノオ蔭アルヨ、アレモコレモ!」とか喋り出すのでこの辺りは先生の素の部分なのやもしれず)、他の多くの時代小説家が歩んできたように、若い頃は派手な(伝奇)時代エンターテイメントを飛ばしておいて、ベテランになってから至極真っ当な時代/歴史小説を描くというパターンをこれから歩もうとしているのかもしれませんが、もうしばらく、いつもの荒山節を聞かせて欲しいな、と、誠に失礼ながら感じた次第です。


「真説・李舜臣」(荒山徹 「小説NON」2005年11月号)


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 荒山短編備忘録

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2007.05.22

今週の「Y十M 柳生忍法帖」 悪魔の手鞠歌?

 さて今週の「Y十M 柳生忍法帖」は、別れて行動開始した三チームの一番手として、沢庵&おとね組が登場。前回のラストで、他の二チームのために加藤方の目を引きつけておくと言い出した沢庵和尚ですが、その言葉通りに陽動作戦を開始します。…それも猛烈に人を喰った形で。

 その陽動作戦とは、会津の子供たちを連れて、城の回りで手鞠歌を歌いながら遊ぶというもの。子供と遊ぶお坊様というと、(本作より後の時代の人ですが)良寛さまが浮かびますが、この時の沢庵和尚はいかにも好好爺然とした善知識といった印象です。この辺り、さすがは…と言いたいところですが、歌っている手鞠歌の内容がひどい。
 簡単に言ってしまえば、これまでの加藤明成と七本槍の所業を、皮肉たっっっぷりに歌い込んだもの。
 しかし考えてみれば手鞠歌や子守歌の歌詞というやつは、よくよく聞いてみると恐ろしい内容も多いものではあります。悪魔の手鞠歌とか赫乃丈の手鞠歌とか死神の子守歌とか…最後のはちょっと違うか
 そういった、内容的にちょっとアレでも許容されるような手鞠歌を、歌詞の意味も分からないので平気で歌える/歌っても咎められない子供に歌わせるというのは、沢庵和尚は恐ろしいまでの策士ぶり、ここまで来ると心理ゲームというより陰惨な精神攻撃に思えてきましたが、以前にも沢庵和尚は本陣門前念仏攻撃with甲州流十面埋伏の計をプロデュースしているので、本質的に好きなのかも、こういうの。
(そういえば、はっきりとは描かれていませんが、同様に子供を使ったシバQドッキリ恐怖の雪だるまも、今にしてみれば沢庵和尚発案くさい)

 対する加藤方はと言えば…よりにもよって、一名を除いてはそんな精神攻撃に対して堪え性がない面子。沢庵和尚の一挙手一投足にいいように踊らされています。いや、ここまで陽動作戦にハマりやすい連中も珍しい。
 名目上の大将がそんな有様ではありますが、実質上の大将――上に挙げた一名、すなわち芦名銅伯翁はさすがに落ち着いたもの。気持ち悪いほど落ち着き払ったその態度で、沢庵和尚とも対等にやり合います。

 と、そこで沢庵和尚が秘密兵器を投入…それこそはおとねさんその人でありましたが、しかし、その表情たるや何とも印象的であります。前回登場したときにも、おっ、と思いましたが、強(こわ)さと艶やかさを同時に湛えたかのようなその佇まいは、ほりにょとはまた異なる女性の強さというものを感じさせます(髪に刺した櫛がまた格好良い)。
 それにしても、自分を無惨に弄んだ憎んでも余りある相手ながら、その記憶ゆえに最も会いたくない相手であろう明成の前に敢えて立つおとねさんの決意は相当のものでしょう。何やら、画からも覚悟というか凄みというか漆黒の意志というか――そういったものが伝わってきます。ようこそ………『女の世界へ』…………

 と、いかにおとねさん本人が望んだこととはいえ、ここで彼女を投入してくる沢庵様の鬼っぷりに震えながら再来週を待つこととします。

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2007.05.21

「かまいたち」青い鳥文庫に現る

 書店で青い鳥文庫からこの「かまいたち」が刊行されていたのを見たときは、ちょっと…いやかなり驚きました。以前から宮部みゆき先生の作品が、青い鳥文庫から刊行されているのは知っていましたが、まさかあの「かまいたち」が…という気分だったのですが、手にして納得。こうしてみると、テーィンズが読むには全くもってお誂え向きの作品集であります。

 享保の世を舞台に、江戸を騒がせる辻斬り「かまいたち」の凶行を目撃した少女・おようの冒険を描いた本作は、ほとんどの場面が彼女の視点。自分だけが犯人の正体を知っているという孤独感・焦燥感と、それにもくじけず「かまいたち」と対決しようというおようの心の動きは、宮部先生一流の筆でもって見事に描き出されており、誰が読んでも面白いものではもちろんあります。
 が――おようは十八歳の乙女。三十半ばのおっさンよりも、十代の女の子の方がより親近感を抱き、感情移入できることは自明の理であります(ちなみに標題作以外の三編のうち、「師走の客」を覗く「迷い鳩」「騒ぐ刀」は、言うまでもなく、あの霊験お初シリーズのパイロット版とも言うべき作品。つまりは、これらも十代の少女を主人公とした作品であります)。

 そんな簡単な事実を、こういう形の本になるまで気がつかなかったというのは、これは己の目の節穴っぷりを恥じるしかないのですが(また冷静になって読んでみると、「かまいたち」はキャラクター配置やストーリー展開が見事に女の子向けしてたりするわけで…)、何はともあれ、この名作をより多くの読者が手にしてくれれば、これは素晴らしいこと。
 内容的には、新潮文庫版から、ふりがなを多くし、また漢字の一部をひらがなに改め、いくつかの用語に解説を付しただけのものであって、私みたいなマニア以外は、大人が改めて手に取る必要はないかと思いますが、お子さんや教え子の洗脳…じゃなくて英才教育には最適の一冊ではないでしょうか(いま読み返してみると「騒ぐ刀」など伝奇ホラーとしても実に面白いのです)。


「かまいたち」(宮部みゆき 講談社青い鳥文庫) Amazon bk1

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2007.05.20

「大江戸ロケット」 七発目「トンデモない飛んだ女」

 もう一話先の展開が全く読めない「大江戸ロケット」、第七話の今回は、
○長屋の面々がロケット開発に一致団結
○ソラの正体バレ(その一)
○赤井様闇堕ち
というストーリー上大きなイベントを、ナンセンスにもほどがあるギャグを織り交ぜつつ、一話の中でスムーズに繋げて描いてしまうという離れ業を見せてくれました。

 今日も今日とて青い獣による殺人事件の捜査に奔走する黒衣衆は、殺人事件の発生地点を元に潜伏地点を割り出そうとしますが…そこで今までと離れた地点で起きた新たな殺人事件。が、その被害者が長屋のカラクリ名人・新佐の知人だったのが(いろんな意味で)面倒のもとでありました。
 被害者が新佐の傘を持っていたというのを、殺されたのは新佐と思いこんだ長屋の住人たち(除く銀次郎。このシーンでの山ちゃんの「みんな話聞こうよぉ…」が絶品)。本人がそこにいるのにもかかわらず新佐が殺されたと思いこんで、当の新佐までも自分が死んだと思いこんで…ってこれは「粗忽長屋」か! ベタだけど楽しいなあ。
 特に、「とりあえずおろく(死体)もらわねえと」「自分のこったろ、自分でおやりよ!」とか、「新佐が西方寺でくたばってるんならここにいる新佐は誰だーっ」「わかった、幽霊よ!」「バカの二乗ー!」の辺りは、ポンポンとテンポ良く台詞が飛び出してきて、ギャグ芝居の基本を見ているようで大笑いさせてもらいました。

 さて、疑い(?)は晴れたものの、自分のカラクリがばれたのではないかと気が気でないのは新佐ですが――隠しておいたカラクリを完成させなくちゃと慌てて、かえって開発途中のカラクリを起動させてみれば…それはゴエモンインパクト巨大藤娘ロボ!? 突如としてアキバ辺りに出現した巨大藤娘に周辺は大騒ぎ。これは「ロボットカーニバル」…いやスタッフ的にやっぱり「ヒヲウ戦記」か! そうか新佐が機の民だとすれば巨大ロボット作っても何の不思議もないな。納得した<すんな
 それにしても天保当時のアキバには「サンオー」「虎穴」なる建物があったり、木製ガシャポンコスプレ茶店、おまけにみなもと太郎先生やサムシング吉松まで歩いていたりして、いやあ日本のマニア文化は長い長い歴史があったんだ、すごいなあ(棒)。

 そんなお遊びはともかく、新佐を乗せたまま暴走を開始した巨大藤娘に江戸中大混乱。清吉たちが止めようとするものの、その巨体は長屋に向かって歩を進め…って、物干場に取り残されて助けを求める源蔵とその母に対して「源蔵のお母さん!?」「隣の野郎はどこの誰だい!?」って鬼のような源蔵イジメに噴いた。
 その長屋絶対の危機に、ソラは単身巨大藤娘にジャンプ…というより飛行してみせるや、制御ボルト(?)を抜いて巨大藤娘を分解した上に新佐をキャッチして静かに着地。そのまま、寂しげな表情を見せてその場を去ってしまって…

 にしても心配になるのがこの後始末。いくら何でもここまでやったら新佐は市中引き回しの上獄門間違いなしだろ、と思ったら、秋葉原の藤娘喫茶の看板が倒れた…ってそんなのアリか!? 見えないところで遠山様は大活躍してるんですな。そんなことより何故藤の精が喫茶店に? と思いきや、藤娘が藤の精になったのは、歴史的に見ればかなり最近のことなのですね…(こちら参照)。負けた!<誰に
 しかし今回の真のMVPであるソラは一人何処かへ…と、そこに追いかけてきた清吉(あ、ソラって呼び捨てにした!)は、江戸っ子気質を爆発させてソラを長屋に連れ帰り、破壊された長屋もご隠居のボタン一つで復活。長屋の一同も清吉に協力することになって、ソラを乗せるのも「月女飛」と書いて「ロケット」と命名…って全然読めないよその当て字!

 それはさておき、めでたしめでたしでいつも通りサブタイトルがラストに出てお仕舞い…と思いきや、再び発生する殺人事件。獣の爪に似た凶器(古典的だねどーも)を使ったその下手人は…赤井様!? というところで本当にお仕舞い。


 さてさて、冒頭に書いたとおり三つの大きなイベントを盛り込みつつ、きっちりドラマとしても盛り上げてくれた今回。正直なところ、巨大藤娘が闊歩する世界でちょっとくらい超能力を発揮したくらいでそんなにみんな怖がるかね、という印象はあり(しかしソラの超能力を見ただけでは化け物扱いしなくても、白い獣の姿を見せればどうなるか…意地悪な見方ではありますが、今後の展開として少々気になります)、それはナンセンス・コメディとそれなりにシリアスな時代ものの二つの顔を持つ本作の構造的な弱点の現れかとは思いますが、それは気にするだけヤボってもの…なのかなあ。
 とはいえ、ドタバタやっている中でも、例えば「みんなを巻き込みたくなかったから」というソラの台詞に、清吉が、ロケット作りに回りの手を借りようとしなかった自分自身の姿を重ね合わせてハッとするシーンなど、きっちりとキャラの心理描写も見せてくれるのが本作の魅力。この丁寧な作りがある限り、心配することはないのでしょう。

 そして赤井様! ついにヤってしまいました。もちろん、あれが本物の赤井様と決まったわけではなく、青い獣が化けている/取り憑いているなどという展開もアリですが…さすが人を殺しそうな目つきの人が舞台で演じていただけはあるぜ。
 しかしイヤミではあったものの、あの世界では一番良識派だった愛すべきキャラクターがこんなことになってしまって一体どうなるのか。やっぱり黒い黒い展開が待ち受けているのでありましょうか。赤井様の行方は大いに心配です。


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2007.05.19

「武芸十八般」 武術様々、らしさ様々

 俗に武芸十八般と言いますが、さてその中身はなんだろうと、例えば広辞苑を見てみると、日本では「弓術・馬術・槍術・剣術・水泳術・抜刀術・短刀術・十手術・手裏剣・含針術・薙刀術・砲術・捕手術・柔術・棒術・鎖鎌術・もじり(金ヘンに戻。いわゆる袖搦みのことのようです)術・隠形術」とあります。…意外と色々入っていますね。まあ、乱暴な言い方をしてしまえば、「八百万の神」みたいなもので、武芸いっぱい、というか武芸全般を指すものだと思っておけばよいのでしょう。
 と、前置きが長くなりましたが、本書はその武芸十八般にまつわる短編を集めたアンソロジー。剣術(剣豪)もののアンソロジーはそれこそ山のようにありますが、武芸全般をターゲットとしたものは、かなり珍しいのではないでしょうか。

 収録作品は全部で八編。
 「水鏡」(戸部新十郎)-剣術
 「鳴弦の娘」(澤田ふじ子)-弓術
 「野見宿禰」(黒岩重吾)-相撲
 「鼻くじり庄兵衛」(佐江衆一)-鼻ねじ術
 「武太夫開眼」(杉本苑子)-管槍術
 「柔術師弟記」(池波正太郎)-銃術
 「銃隊」(東郷隆)-鉄砲術
 「紀州鯨銛殺法」(新宮正春)-銛打ち術

 最初と最後の作品については既にこのブログでも取り上げていることですし、個々の作品全てについては触れませんが、なかなか面白いチョイスかと思います。

 個人的に、集中のベストを挙げれば、「鳴弦の娘」でしょうか。この作者らしく、京の市井で暮らす人々を描いた作品ですが、主人公は弓術を得意とする浪人父娘。仇討ちの旅に振り回されて不幸のどん底に落ちかかった青年武士と出会った彼らが、その弓術で一肌脱ごうとするのですが…
 終盤で待ちかまえる急展開には誰もが驚き、次にはにっこりして大きく頷きたくなるのではないか、と感じる、素晴らしく爽やかで暖かい読後感の作品であります。

 正直なところ、最初に読んだときはあまりにバラエティに富んでいて戸惑う部分もあったのですが、それはいわゆる「剣豪もの」に慣れすぎていた部分もあったのかもしれません。武術が様々に存在するということは、その存在理由も、術の扱われ方も様々ということであって、それを描いた小説のスタイルも様々ということなのでしょう。上の「鳴弦の娘」も、まさにそれに当てはまる作品かと思います。
 そして何よりも、読んでみれば、それぞれの作品がただ単にアンソロジーのテーマに沿っているだけでなく、いかにもその作者「らしい」作品ばかりがチョイスされていて、感心した次第です。

 …しかし「柔術師弟記」のオチはすごいよな


「武芸十八般 武道小説傑作選」(細谷正充編 ベスト時代文庫) Amazon bk1

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 「水鏡」 秘剣が映す剣流の発展史
 「不知火殺法」その一 ヒーローのいない世界で

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2007.05.18

「源氏九郎颯爽記」 時代小説のおもしろさをここに結集!

 ある作家のどの作品が好きか、という話をしている時に、他人からは「それは違うだろう…」と言われそうだけど自分は何だかこの作品がとても好き! ということは、ままあることなのではないかと思います。私にとって、柴錬先生の作品におけるこの「源氏九郎颯爽記」はまさにそれ。秘剣揚羽蝶を操る美剣士・源氏九郎のまさに颯爽たる活躍を描いた伝奇大活劇であります。

 時は江戸時代後期…主人公の源氏九郎は、白狐の化身かと上から下まで純白の出で立ちに身を包んだ青年剣士。氏素性は不明ながら、白皙典雅の美貌に浮かんだ貴人の相から見るに、およそただ者とは思えません。そしてその彼が操る剣法こそは、伝説の秘剣揚羽蝶。両腕を左右水平に開いて、切っ先を天に向けて直立させるという異様の構えから繰り出される剣はまさに無敵で――つまりは絵に描いたようなスーパーヒーローということになります。

 その彼が活躍する物語は都合二編――正編においては、源義経の財宝の在処が秘められるという水煙剣・火焔剣の争奪戦が描かれ、続編は、バラエティに富んだ四つの事件に九郎が挑む中編集となっています。
 いずれの物語にも、邪剣・魔剣の遣い手に清楚な美女、忠心溢れる忍びに悪女や奸商と、時代エンターテイメントに欠けてはならないキャラクターたちが登場、そこにスーパーヒーローが絡むのですからつまらないわけがない。あの、テンションの高さでは並ぶもののない春陽文庫のカバー折り返しのあらすじをして「時代小説のおもしろさをここに結集!」とまで言わしめたのは伊達ではありません。

 が――この源氏九郎、柴錬ヒーローとしてはいささか特異な存在ではあります。暗い宿業を背負い、男は殺し女は犯す(ってこりゃ物怪野獣郎か)柴錬ヒーロー、心の中に巨大な虚無を抱え、独り彷徨するニヒリストの系譜からは、少々外れている印象があります。
 もちろん(?)九郎もひねくれ者の要素はありですが、彼の場合はニヒルというよりむしろクール。巻き込まれ型ではありますが、心の中に確たる正義感があると――そう感じられます。すわなち、従来の大衆文学のヒーロー像の延長線上にいるのが、この九郎と言えましょう。

 これは表現を変えれば、彼がよくあるヒーローであり、さらにキツい言い方をすれば、新味のないキャラクターであるということでもあるわけで…なるほど、柴錬ヒーローの代表格である眠狂四郎と比べれば、その点で大きく水を開けられているとも言えます。
 ちなみに本作の執筆時期は、この眠狂四郎の執筆時期ととほぼ同時期の昭和三十年代初頭ではあるのですが、あちらがその後も一大シリーズとして二十年近く書き継がれたのに比べれば、本作は上記の通り二編きり。まことに寂しい状況ではあるのですが、それはまあ、エポックメイキングなヒーローと、既存の延長線上にあるヒーローの違いというものかな…とは思います。

 が、それが作品自体の出来不出来、キャラクターの魅力の有無にそのまま繋がるかと言えば、答えはもちろんNo! なのは、既に述べた通り。
 普段散々ひねくれた作品ばかり読んでる私のような人間にとっては、九郎のようなストレートなヒーローがむしろ心地よく感じられますし、また、その定番ヒーローぶりは、ある意味時代を超えて通用するものがあるのでは、いやむしろ今みたいな時代には、九郎のような問答無用のヒーローの方が受けるのでは、と個人的には思っている次第です。

 間違えても本作を大名作、とまで言うつもりはありませんが、素直に格好いい時代劇ヒーローに出会いたければ、本作は自信を持っておすすめできます。


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2007.05.17

「飯綱颪 十六夜長屋日月抄」 人情ものと伝奇ものの不思議な融合

 「僕僕先生」で日本ファンタジーノベル大賞を受賞した仁木英之氏が、メジャーデビュー後に時代小説にチャレンジした第一作目が、この「飯綱颪」。長屋を舞台とした人情ものと、信州松代を舞台とした伝奇ものが融合した、不思議な魅力を持った作品です。

 深川の十六夜長屋に住み、男手一人、泥鰌捕りで愛娘を育てる甚六は、ある日、深手を負って倒れていた巨漢を助けます。困った者を捨てておけない甚六は、記憶喪失だったその巨漢を自分の長屋に連れ帰り、「山さん」と呼んで共に暮らし始めます。
 この山さん、巨漢ながら尋常でなく身が軽く、そして素手で刀を持った相手数人を簡単に捻るほどの力を持っていながら、異常なまでに戦いを恐れる心の持ち主。どこをどう考えてもワケありの山さんですが、しかし、甚六をはじめとする長屋の一同は、過去を詮索することなく優しく受け入れます。
 が…これで終わるわけがないのは言うまでもない話。山さんの周囲には、彼の行方を追う者たちの姿が見え隠れし始めます。そして、大家の代参で信濃善光寺に向かった甚六は、その旅の中で、山さんの意外な正体を知らされ、彼を巡る暗闘の中に巻き込まれていくことになります。

 記憶を失った、あるいは過去を隠した凄腕の男が、市井の人々の中で暮らすうちにその優しさに触れ、再び立ち上がる力を得るというのは、時代ものに限らずエンターテイメントでしばしば目にする定番パターンでありますが、本作もまさにその系列に属する作品であります。
 が、本作のユニークな点は、冒頭に記したとおり、人情ものと伝奇ものという、ある意味最も距離のある二つのジャンルをまたがる形で物語を構成していることでしょう。この二つのジャンルの距離は、そのまま、物語中で描かれる二つの世界の距離であり――その距離が大きければ大きいほど、その二つを往復する物語はダイナミックなものとなり、そしてその二つが結びついた時の感動・驚きも大きくなります(まあ、人情もので始まった物語がラストには「北斗の拳」チックな死闘で終わるとは誰も思わないわけで…)

 この取り合わせの妙により、シチュエーション的にはベタではあるストーリーが、なかなかに面白くエキサイティングな物語として成立しているのは、大いに評価すべき点でしょう。
 そして、それに一定のリアリティと、適度な複雑さを与えているのが、多彩な登場人物それぞれの視点から、それぞれの主観で物語が紡がれていくというスタイルでしょう。
 荒っぽいが気のいい江戸っ子の甚六に、しっかりもののその娘、夫と子を失って以来心を閉ざした女に、喧嘩ばかりしている長屋の三人兄弟、何やらワケありの寺子屋の先生。快活な仮面の下に仇への憎悪を秘めた青年武士、山さんを執拗に追う異貌の怪人…しっかりキャラの立った人物が善悪入り乱れて登場し、そのそれぞれの想いがやがて一点に集約されていく様は、本書の見所の一つかと思います。

 もちろん、結構な点ばかりではありません。目まぐるしくキャラクターを変え、その主観で物語を進めていく本作のスタイルは、正直なところ、視点変更が多すぎて感情移入がしにくい部分や、個々の人物の心情描写が過剰でくどいとすら思える部分もあり、物語のテンポを削いでいることも少なくありません。
 また、時代小説を初めて書いた人にありがちな(と、私には思える)、時代もの特有の用語に対する説明過多のような不慣れさも、若干ひっかかる点ではあります。

 もっとも、こういった点はこれから経験を積んでいくことで解消できる点ではあり、作者のキャリアを考えれば、仕方のない面もあるのでしょう。
 それは裏を返せばまだまだ伸びしろがあるということであり、それだけこの先が楽しみということでもあります。この先、本作のようなユニークな作品が次々と生み出されることを楽しみにしたいと思います。


「飯綱颪 十六夜長屋日月抄」(仁木英之 学研M文庫) Amazon bk1

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2007.05.16

「御庭番 明楽伊織」 帰ってきた明楽!

 15日は待ちに待った「コミックチャージ」の発売日。いや、正確に言えば「御庭番 明楽伊織」の連載開始の日!
 何をこんなにエキサイトしているか、わからない方はわからないかと思いますが、森田信吾ファン、時代アクションファンにとっては不朽の名作(でも知名度は悲しいほど低い…)、ヒラコーも大好きの「明楽と孫蔵」の明楽伊織が帰ってきた(らしい)のですから!

 物語の幕開けは1846(弘化3)年、石川島の人足寄場。そこで開幕早々グッドシェイプを見せつける無宿人・武州高麗川の三郎――何やらいわくありげな彼を慕うらしい辰巳芸者や、彼に怨みを持つ四人の無宿者がこの第一話には登場します。そして寄場に火をつけるという暴挙に出てまで襲ってきた無宿者たちに、三郎は…というところで以下次号。

 …うーむ、「え、これで終わり?」というくらいあっけない第一話で、期待しまくっていた分スカされた感は正直あります(そもそも、アオリ文で言われないと三郎が伊織ってわからないのは大問題かと)。
 もちろん、無宿者たちの面構えが実に森田風ザコ顔だったり、「あんた端ッから真人間さ! ……俺らとちがって……!!」という三郎の台詞に、…を多用した森田節がうかがえたりと、森田ファンとしては楽しめる部分はあるのですが、「影風魔ハヤセ」の第一話の狂ったようなテンションに比べると、ちょっとおとなしすぎるかな…という印象です。
 まあ、今回おとなしかった分、次回は大惨事になると思います。もちろん無宿者たちの方が(大体、人を襲うときに「もし こときれたら……」とか考えている時点で、森田漫画の敵役としては下の下であります。この頃の江戸はまだ平和だったんだナァ…と変な感心の仕方をしてしまいました)。


 …と、あんまり元気良くないことを考えていても仕方ないので、本作と「明楽と孫蔵」の関係を勝手に考察してみましょうか。
 本作の設定年代は、上記の通り1846年。黒船が来航する七年も前のお話であります。一方、「明楽と孫蔵」の方はと言えば、終盤で新選組の関する描写があったり、グラバーが登場したことを考えると、まずは1860年代前半くらいの物語と考えて良いのではないでしょうか。
 とすると、本作との年代差は十数年ほど。仮に全くのパラレルワールドということでなければ、本作はビフォアストーリーということになるのでありましょう。

 まァ、あんまり細かい事を考えていると「いいじゃねえかよ 細かい事はよ!(略)テキトーを身につけろよ テキトー!!」と言われてしまいそうなので、考えるのはほどほどにして素直に楽しみます。とりあえず、


 ちなみに…なんとこの第一話、「コミックチャージ」の公式サイトで丸々読めてしまうのですね。ちょっと驚きました。


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 「明楽と孫蔵」(再録)

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2007.05.15

荒山短編備忘録

 単行本はともかく雑誌についてはほとんどノーチェックでお恥ずかしい限りなのですが、またまた恥じ入ることがありました。
 「オール讀物」五月号に荒山徹先生の最新短編「朝鮮通信使いま肇まる」が掲載されていたことを、掲示板にてご指摘いただいてようやく気づいたのですが、そのチェックに図書館に行ってみれば、「小説NON」にも短編が掲載されていたではありませんか。しかも四月五月連続で。
 五月号には「対馬はおれのもの」、四月号には「怪異高麗大亀獣」と、見るからにマズそうなタイトルが並んでいますが(特に後者)、考えてみれば祥伝社と言えば荒山初期三部作の出版元。生まれ故郷に帰ってきたと言えるかもしれません(ちなみに挿絵が堂昌一先生なんだけど似合わないんだこれが…)。
 とりあえず「怪異高麗大亀獣」をざっと読みましたが、十四世紀末~十五世紀初頭を描いた本作の構成要素を挙げれば
・処刑御史
・シルミド
・大亀怪獣
(微妙にジンメンっぽい)
の三題噺。
 「朝鮮通信使いま肇まる」がおとなしめの作品だったので心配していましたが、やっぱり荒山先生はこうでなくっちゃ!
 処刑御史が未来に行くことも可能だったり、安巴堅が代々伝わるマジカル・ネームだったことがわかったり(当時の安巴堅は「対馬はおれのもの」にも登場)と、荒山時空的にも新事実が発覚してなかなか興味深いことになっています。あと、小ネタとはいえついに荒山先生がガ○○ムネタを使ったり。
 この三短編についてはいずれ取り上げますが、まずはメモ代わりに。

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「大江戸ロケット」 六発目「決闘大初恋」

 色々あって観るのが遅れた「大江戸ロケット」第六発目は「決闘大初恋」。何だか宮内洋がプロレス技使いそうなタイトルですが、それはさておき、アニメオリジナルキャラの鍵屋おりくの登場に、赤井様方面のドラマが絡み、さらにしょーもない(ほめ言葉)楽屋落ちネタも満載と、絵は微妙にアレでしたが、内容的にはいつもながらの充実ぶりです。

 何故か全裸で動物たちと寝ている(熊の吉川くんに中の人が! 舞台だったら田尻さん辺りかしら?)鉄十の小屋を突如襲撃するヘリの機影…ヘリ。時代劇にヘリ。
 こ  れ  は  ひ  ど  い。
 股間に狸一丁で飛び出してきた鉄十も、「謝れ! 劇団☆新感線に謝れ!」と、ツッコミも中の人が中の人だけに実に説得力…ないな、いやない。そこでパッとヘリを駕籠に、パイロットスーツを町娘の姿に変えて登場した謎の美少女は、清吉の行方を鉄十に問いただした上に、写真から漢神(いや本当に。じゅんさんも言ってたんだから間違いない。何故かカタカナでしたが)を引き出してソラの名前を知り、さらには鉄十を天空高く打ち上げて亡き者にしてしまうというやりたい放題ぶり。自分で書いてても状況がよくわかりませんが、アバンタイトルから超星神シリーズなみの超展開です。

 さて、謎の美少女の正体は鍵屋のおりく。あの、玉屋ときたら鍵屋の鍵屋、つまり花火屋の娘さんということになります。しかしこのおりくさん、爆発小町の異名の通り、とにかくすぐ花火を爆発させるのでおっかない。清吉よりもまずこっちを奉行所は捕まえるべきだと思います。
 それはさておき、彼女は清吉の幼なじみ。実は鍵屋で修行をしていた清吉は、金持ち相手の旦那花火に飽きたらず、方向性の違いというやつで鍵屋を飛び出してきてしまった…と。そんな清吉を追いかけてきたおりくさん、何というかこう、登場シーンの八割くらいは頬染めてるんじゃないかと言わんばかりのデレっぷり。もちろん、ツン(…いや、江戸時代らしくお侠と言うべきか。侠デレ?)もたっぷりで、まあ絵に描いたような幼なじみキャラです。当然、ソラに瞋恚の炎をメラメラと燃やすことに…

 一方、青い獣による女性殺害事件は続き、臍様こと銀次郎をはじめとする黒衣衆――何故か今回は変着(not 変態が着エロ)シーンや名乗りシーンまであってやりたい放題――も、獣を追って飛び回ることに。その黒衣衆と行動を共にしつつも、一人置いてけぼり状態の赤井様は…被害者の死体にヨクジョーしてました。さらに戻ってきた青い獣に襲われて失禁。もの凄い勢いで(やな方向に)キャラ立ちしてます。さすがは舞台で粟根さんが演じただけはあります。
 しかしアニメ版で声を当てている川島さん、小笠原様の時といい、風来坊に振り回される役人役が似合うな…

 さて、おりくの一方的な嫉妬をぶつけられたソラは、鍵屋まで出向いて、自分を月に送り届ける(=自分と別れる)ための花火を作ろうとしている清吉が、自分に惚れているはずはないと語ります(――女心もなかなか難しいですが、男心もフクザツなのを、ソラはわかっちゃいねえ! まあ宇宙人だし仕方ないか)。
 そして清吉の花火バカっぷりという共通の話題で盛り上がったソラとおりくさん、何だかうち解けたムードに…とお約束の展開で終わるかと思いきや、そこに飛び込んでくる青い獣。一方、ヤケになったおりくが前に密告していたのが元で、赤井様は清吉を捕らえるために鳥居様まで引っ張り出して(お奉行様まで引っ張り出す赤井様ナイスガッツ! しかも鳥居様にうろたえた声をあげさせるとは)と、こちらもピンチですが…
 そこで手製の花火筒を取り出したおりくさん、GSみたいな台詞とともに橘さんばりのゼロ距離射撃で青い獣を撃退。その爆発を見て赤井様の追求も清吉から逸れてと、二つのピンチを一つの手で解決してみせるのは、素直にうまい展開だと感心いたしました。

 そして――一人暮らしの侘び住まいに帰ってきた赤井様を待っていたのは、何と深手を負った青い獣。それが目の前でナイスバディな美女に変身してしまったものだから、赤井様は…というところで来週に続く。
 赤井様、第一話から面白いキャラだと注目していましたが、ここで俄然色々と(変態方面にだけでなく)キャラ立ちしてきて、ますますその動向から目が離せません。どうやら舞台とは相当設定が変わってきたようですが、何とか幸せになってもらいたいものです。
 しかし青い獣がわざわざ赤井さんのところに来たのは、やっぱりあれの臭いを覚えていたってことなのかな…


 何はともあれ、おもちゃ箱をひっくり返したような賑やかさは相変わらずで、あっという間の三十分でした。が、滅茶苦茶やっているようで、おりくの話という形で当時の奉行所の町内取締りの手口を説明したり、また何よりも、おりくの父の鍵屋が手鎖をかけられている有り様をさらっと映してみせることにより、当時がどのような時代であったか、わかりやすく描いてみせる様は相変わらず見事でありました(また後者は、今回の清吉を追ってのおりくの暴走の一つのきっかけとなっているのでしょう)。
 この辺り、「妖奇士」でも光っていた時代語りのセンスは健在で、ある意味、時代劇のお手本的な作り方――というのは褒めすぎですが、さすがに当代きっての時代もの通が三人も噛んでいるだけあって、良くできているな、と今さらながらに感心させられた次第です。


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2007.05.14

今週の「Y十M 柳生忍法帖」 「七郎」登場

 さあ今週も真面目に頑張ります「Y十M 柳生忍法帖」の感想<反省しました
 今週も前回同様会話メインの回ですが、色々と漫画オリジナルの小ネタが出てきたり、女性陣もそれぞれに生き生きとした表情を見せてくれて、新展開への導入部としてなかなか面白い回でした。

 前回のヒキで沢庵様が言った十兵衛の任務とは、これまで芦名衆の手から救い出した娘たちを会津領内から逃がすというもの。大層な人数がいたようですが、彼女たちに雲水の格好をさせて領内徘徊させていたとは、攪乱にもなるしさすが沢庵様頭良いな!(よく考えたら救い出した女子たちをぞろぞろ連れて歩くわけにもいかないしねえ)
 でも、彼女たちが検問の芦名衆に捕まったらどうするんだろう。沢庵様ひどいな…
 …あ、そのために沢庵様の書き付けがあるのか。すっかり忘れていました。やっぱり沢庵様頭良いな!<むしろ自分の頭の悪さを痛感した

 そして残る五人のほりにょは、おとなしく潜伏しているもよし、十兵衛を手伝ってもよしと、一種遊軍的立場ということで、これでチーム分け完了…いや、もう一人、おとねさんがいました。
 彼女はなんと、城内に赴く沢庵について、身の回りの世話やら連絡を担当すると…なるほど、前回毒殺の危険やら挙げられていましたが、彼女一人ついていけばその辺りも大分違うことでしょう。
 しかしそもそも彼女が沢庵たちに同行することとなったきっかけを考えれば、二度と顔を合わせたくもない相手がいる会津の城に足を踏み入れるというのは、大変な決意と言えますし、その勇気には敬意を表したくなります。この決意を示すときのおとねさんの表情が、しかし、力強さを感じさせると同時に何だか艶っぽくて…

 もう一つ、城内から十兵衛たちへの通信手段ですが――ここで登場するのは何と鶯。かつて十兵衛たちに救われた「あんちゃあ娘」の家から連れてきたというこの鶯を伝書鳩のように使おうというのですから面白い。
 しかしそれよりも何よりも面白い、今週のハイライトは、その鶯に沢庵がつけた名前。その名も「七郎」――それを聞いた途端に十兵衛先生の様子がおかしくなり、あわてて別の名前を挙げ始めますが…それもそのはず、「七郎」は彼の幼名。
 それを聞かされたほりにょの皆さんも大喜びで、ことさらに「七郎」「七郎」と呼んで可愛がりまくりです。いやあ十兵衛先生愛されているなあ、いろんな意味で。そして小学生みたいなこと言ってるのはやっぱりお笛。

 この「七郎」のネーミングと出自は原作にはない、漫画オリジナルではありますが、十兵衛やほりにょたちのこんな楽しい反応を引き出してくれたのはまことにグッジョブ。色々と血生臭い展開が続いた/続くであろうことを考えると、こういった息抜きを、決して不自然ではない形で入れてくれるのは嬉しいサービスですね。
 一方、オリジナルといえば、隠れ家としていた豪農の小さな娘からは、城に攫われていった姉に櫛を渡して欲しいと頼まれるのですが…これはどうにもイヤな予感でハラハラします。

 そんなこんなで出撃準備完了。三チームに分かれる一行の運命や如何に、というところで何だか沢庵様がまた企んで…というところで以下次号。

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2007.05.13

六月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 ゴールデンウィークが終わってしまった…と思っていたら、もう六月の新作情報が入ってきました。というわけで、六月の時代伝奇アイテム発売スケジュールを更新しました。

 伝奇もの、という観点からするといささか寂しい六月の時代小説ですが、何と言っても楽しみなのは、中里融司先生の「世話焼き家老 星合兵衛」シリーズの第三巻。果たして今回はどんなとんでもない世話を焼いてくれるのか、今から楽しみです。また、武侠小説の方面では、金庸の大作「秘曲 笑傲江湖」が刊行開始。未読の方はこの機会に是非!

 漫画の方では、何と言っても「Y十M」第七巻が発売。この巻はおゆらさん祭りとシバQ猟奇殺人が見所でしょうか。
 また、前の巻の発売からちょっと間の空いた「takeru」の第四巻も登場。丁度原作舞台が収録されたDVD-BOXも発売されて間もない頃なので、なかなかタイムリーでしょう。と、第四巻だけでなく、外伝の「oguna」も同時発売。この展開は予想できなかったわ…「kumaso」はハブですかそうですか。
 その他、最終章突入の「無限の住人」、相変わらず伊藤様が狂ってる「泣く侍」も最新巻が登場、超絶賭博時代劇「次郎長放浪記」も、最し…最終巻だと!?(出してもらえるだけありがたいと思うよ…)

 そして映像作品では、あの深作版「魔界転生」が再DVD化。何度観てもあれはいい…。
 また、これまでBOXで発売されていた必殺スペシャル実に十七作が一気にバラ売りになって大変なことに。とりあえず「仕事人大集合」は当然として、個人的には「大暴れ仕事人!横浜異人屋敷の決闘」もも一度観たいと思ってます(うるさ方には評判悪いかもしれませんが、滝田栄の清河八郎が好きなんですよ)。
 も一つ絶対忘れていけないのは「天保異聞 妖奇士」第四巻。DVDオリジナルストーリーもいずれ始まりますのでそれまでの予習も兼ねてぜひ。

 最後に、ゲームでは「月華の剣士」の廉価版が登場。廉価版と言えば「るろうに剣心」のも発売されますが、何と同じ日に「武装錬金」のゲームも発売されます(こちらはフルプライス。しかしマベから発売なのか…)。月初には、「るろうに剣心完全版ガイドブック 剣心皆伝」も発売されるので、五月に続き、六月も和月ファンには嬉しい月ですね。

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2007.05.12

「柳生十兵衛七番勝負 最後の戦い」 第五回「緋の剣」

 前回(先々週)の感想を書き忘れましたが、気がつかないふりして「柳生十兵衛七番勝負 最後の戦い」第五回の感想を。十兵衛が尾張柳生、それも水野美紀様演じる女剣士と激突するという今回、前々から大いに楽しみにしていたのでした。

 今日も今日とて悪事を企む紀伊頼宣と由比正雪。今回の作戦は、尾張の若き藩主・光友の名で自分を将軍に推薦した偽書状を作って、四代将軍の座に就こうという豪快すぎるものでした(全く個人的な話ですが、丁度羽山信樹の「邪しき者」を読み返していたので、この辺りの面子には思わずニラニラしました)。

 一方旅を続けて尾張にやってきた十兵衛主従は、そこで柳生の二枚笠紋の脇差を持つ女剣士と出会います。何だかちょっとやつれ気味の水野美紀様演じる彼女は、柳生兵庫助の庶子・笙。現当主柳生兵庫厳包(この名については後述)の妹ながら、家を出されて/出て山中に一人暮らしております。
 その時は何事もなく十兵衛と別れた笙ですが、もの凄いタイミングで旅行中別居状態の十兵衛の妻・おるいさんが目の前でブッ倒れたおかげで、再び十兵衛と縁を持つことに…

 一方、頼宣と対面した十兵衛は、母と弟を人質にするかのような頼宣に、何かあったらぬっ殺すよ、と言わんばかりににらみつけますが…いくら変態でも御三家の当主相手に滅茶苦茶言っているようですが、十兵衛はすでに死んでいる存在なので、その辺りは死人が最強の隆慶理論(ちょっ、原案違う人)。
 しかしそこに思わぬ頼宣の切り札が…出た、木村助九郎! ここでは宗矩が自分の妻であるりんのお目付役として送り込んだという設定ですが、何かあったときには後腐れがないようにりんを斬れと命令済みとは…どこまで黒いんだこのオヤジ。死してなお十兵衛を苦しめる宗矩! テーマ的には本作の大ボスですが、それにしても素晴らしい。

 さて、偽書状作戦も順調に進んでいる頼宣と正雪ですが、よせばいいのにこういうときについでにヒーローを倒してしまおうと考えてしまうのが悪の組織のダメなところ。しかし笙に目を付けるとは、正雪はなかなかよいところに目を付けます。まっ正直な丸橋さんと、笙の境遇に自分と重なるものを見た十兵衛の弟くんは不満なようですが…

 それはさておき、自分が自分自身として生きるために剣士になりたい! と強く念じる笙は、おとなしく嫁にでも行け(うちに来て!)という兄ではダメだと十兵衛に弟子入りを請いますが、何だか自分に酔ってる十兵衛に相手にされず、ますます焦りを募らせます。
 しかしこの時に「剣など…」とか言っちゃう十兵衛様、正雪への「武士をやめればいいじゃない」発言といい、彼個人としては別に間違ったこと言ってないのに、ことごとく相手のアイデンティティを叩き潰す発言となっているのが…素晴らしいまでのぶきっちょさです。

 そんな行き違いが積み重なり、ついに笙は刺客として十兵衛の前に立ちふさがります(この時の男装が実に凛々しくて素晴らしい)。
 結局、今一つ腰の入っていないチャンバラの末に(その前のvs吉田栄作よりはよかったと思いますが)ついに十兵衛は笙をバッサリと…うわ、十兵衛使えねえ。しかもまたもやるいの目の前での凶行です。

 それにしても自分なりに十兵衛の傍らで生きるという、るいの話をどう受け止めたか、自分にはこの道しかない、と思い詰めてしまった果てに、若い命を散らした笙。正直なところ、彼女がたびたび口にする「生きるために」っというキーワードが上滑りしていたように感じますが、この思い詰め方がいかにも世慣れぬ若い人っぽく、痛ましく感じました(ここで十兵衛の弟くんがもう少し絡んでくれば、面白くなったと思うのですが…一話限りのゲストだったのが残念)。笙もまた、本作のテーマである親子の相克に悩まされた一人でありました
 チャンバラの方はもうちょっと、でしたが、水野美紀様の実は地味な顔立ち(本当にファンなんだろか自分)が、その薄倖な役柄によく似合っていたと思います。

 さて、偽書状作戦の方は、別動隊の大次郎たちが思わず爆笑してしまったくらいわかりやすくこれを粉砕、ついに四代将軍が誕生して追いつめられた頼宣は…というところで来週に続く。
 次回、亡霊宗矩はでるわまつろわぬ者はでるわ正雪はどんでん返しするわといよいよますますやりたい放題で、これはまた見逃せませんね。


 さて、今回本筋とは別に気になったのは、吉田栄作が演じた柳生厳包のこと。この人物、EPGの番組情報や公式サイトでは厳包となっていましたが、作中では(字幕でも)兵庫と呼ばれていました。
 ここで剣術ファンの方は「あれ? 兵庫(正確には兵庫助)と言ったら父親の如雲斎じゃないの?」と思ったのではないでしょうか。厳包のことを調べてみると、大抵の本で兵助・七郎兵衛と書かれているわけで…ここで私は「オヤジと混同してやんのm9(^Д^)プギャー」とか書こうかな、と思ったのですが、吉梨さんのところに「あれで正しい」という指摘があったということもあり、色々調べてみたら…
 灯台もと暗し、一番最初にチェックしなければいけない柳生新陰流公式サイトの「道統」のページに、しっかりと「柳生 兵庫    平 厳包(連也)」と表記されていました。参った!(にしても公式サイト、柳生新陰流を「明らかに故意に歪め」ている本ばかり普段読んでいるので精神的に敷居が高くて…と言い訳)

 しかし連也も妹は斬られるわ姉はヨーロッパに攫われるわ、女の身内には苦労させられますね


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 「柳生十兵衛七番勝負 最後の戦い」 第二回「恩義の剣」
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2007.05.11

「神火兵アビ」 つわものアビ、天を撃つ

 「天保異聞 妖奇士」のえどげんの元ネタ…というか先行作品については先日紹介した「狼人同心」をずっと以前から読んでいたためにすぐわかったのですが、アビにも同様の作品があることは、恥ずかしながらつい先日まで全く知りませんでした。その作品の名は「神火兵アビ」…十二世紀半ばを舞台にしたバイオレンス・アクション短編です。

 大和朝廷に破れ、俘囚として九州に移住させられたエミシの兵(つわもの)一族の村を、ある日平氏の猛将・平景秋が襲撃します。その頃、源為朝の躍進の前に押され気味だった(ということは時期的には1150年代前半の物語ですね)平氏の反撃の切り札として、景秋は、兵一族に伝わる神宝、天をも打ち破るという強弓「破天」を求めて現れたのでした。一族の長の息子で超人的な膂力を持つ青年・アビは一人これに抗しますが、親友の裏切りにあって捕らえられてしまいます。が、なおも続く景秋軍の暴虐にアビの怒りが爆発、それまで誰も引くことが出来なかった破天の力を振るい、侵略者を叩き潰す…というのがあらすじです。

 作画がバイオレンスものを得意とする猿渡哲也氏ということもあってか、正直なところ、本作は良く言えばよくまとまった、悪く言えばパターン通りのバイオレンス・アクションという印象。暴力により弱者を虐げる悪党に、ヒーローの積もり積もった怒りが爆発! というやつですね。
 もっとも、これはわずか数十ページの短編だから、という点も大きいでしょう。どうやら本作には、アビが為朝のライバルとなるという構想があったようで、もしその先の物語が描かれていれば、まつろわぬ者の怒りと哀しみが、よりしっかりと――もちろんは本作にもそうした要素はあるのですが、十全に描かれているとは言い難いのが残念――描かれたのではないかと思います。

 最後に無粋を承知で、「天保異聞 妖奇士」のアビと比べてみましょうか。
 同じ神火の意味の(というのはこちらの短編では語られていないのですが)名前を持ちながら、「妖奇士」のアビが漂泊者としての生き方を――それ以外に選択の余地はないとはいえ――受け入れているのに比べ、本作でのアビは、強い反抗の意志を持って最後まで戦う姿勢を見せているのが大きな差異と言えます。
 これはもちろん、平安時代後期と江戸時代後期という、約七百年の長い時を隔てた二つの時代の在りように起因するものではあります。しかし、通常であれば全く無関係に思えるこの二つの時代を、エミシの在りようという視点から比べてみることは可能なのだなと、いささか牽強付会ではありますが、この二人のアビの在りようから感じたことです。


「神火兵アビ」(猿渡哲也&會川昇 ヤングジャンプコミックス「ダムド」第三巻所収) Amazon


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 「狼人同心」 えどげん、生と滅びの端境を行く

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2007.05.10

「耳袋秘帖 浅草妖刀殺人事件」 「耳袋」というフィルター

 三ヶ月連続刊行の三ヶ月目、「耳袋秘帖」シリーズの第三作目が登場しました。これまで同様、全五話構成の連作短編スタイルながら、同時に一つの巨大な事件が描かれる趣向となっています。タイトルは「浅草妖刀殺人事件」…何だか即物的なネーミングですが(第二作目もそうでしたが、仮題の方が格好よいというのはいかがなものでしょう)、内容としてはいつもながらに安心して読めるウェルメイドな作品です。

 刀屋や武具屋ばかりを狙い、邪魔する者は女子供でも容赦しない外道の盗賊二人が江戸に出没。互いを「タ」「スケ」と呼び合うことから、所業には似合わぬ「おたすけ盗賊」と呼ばれるその凶盗に、根岸肥前守と配下たちが挑むというのが今回の縦糸です。
 が、事件はそれに留まりません。ちょっとした出来心から、おたすけ盗賊が隠した金を盗んでしまった男の転落譚、とある小藩の御家騒動とその背後で暗躍する殺し屋の影…そこに、各話それぞれに、まるで「耳袋」に登場しそうな怪事が絡むのですから、ずいぶんと賑やかな構成となっています。

 個人的に本書で一番印象に残ったのは、縁の下に籠もってしまった少女の物語「縁の下の怪」です。江戸の怪談をよく知っている方であれば、大奥で行方不明になった女が、何かに憑かれたような姿となって縁の下で暮らしているのが見つかったという話をご存知かと思いますが、このエピソードはそれをベースに、とある商家で起きた同様の事件の謎をお奉行たちが解き明かす物語。
 この真相というのが、冷静に考えてみると、現代のある社会現象そのままのお話ではあるのですが、しかしそこには陳腐さよりも、不思議な説得力が――あるいは原話の真相もそうだったのではないかと思わされてしまうような――ありました。そしてそれは、お奉行の的確な、そして優しい人間観察眼ゆえのものであると言ってもよいのではないかと思います。

 その一方で、人々の運命を狂わせ、更なる数え切れない犠牲者を生み出す元となった――そして回り回ってあの大盗賊を生み出すこととなった――一人の人間の悪意に対しては、容赦のない怒りを爆発させるのも同じお奉行。庶民に優しく、悪人には厳しくというのは、これはもう時代ものの名奉行に必須の条件ではありますが、「耳袋」というフィルターを噛ませることにより、陳腐さを免れているようにも思えます(そしてそれは、お奉行のキャラだけでなく、物語全体に言えることかもしれませんが)。

 さて、連続刊行はこの三作目で終了ですが、一息おいて夏にはシリーズ四作目がお目見えとのこと。気付けば風野作品としては最長のシリーズとなるわけで、ファンとしてはまだまだ楽しみが続くようで嬉しい限りです。


「耳袋秘帖 浅草妖刀殺人事件」(風野真知雄 大和書房だいわ文庫) Amazon bk1

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2007.05.09

今週の「Y十M 柳生忍法帖」 三パーティ制導入?

 場所によっては連休中に発売されたところもあったらしい今週の「ヤングマガジン」。一瞬、また発売日見落としてたか!? じゃあ今週の「Y十M 柳生忍法帖」感想はお休みでいいかな( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \ とか思ったりもしましたが、それはさておき。久しぶりの感もある今回、内容的には一見地味な、会話のみの週ではありましたが、しかし、その内容はかなり密度が濃く、この先の展開に大きく関わってきそうな印象です。

 般若侠と芦名衆の戦いは、ほとんど報復テロの様相を呈し初めて犠牲者は増えるばかり。しかしこういう展開になれば、音を上げるのは正義の味方側と決まっております。ましてや仏教者である沢庵和尚においてをや。
 ひそかに匿ってもらっているらしいとある豪農の家で、沢庵・十兵衛・ほりにょ七人・五人坊主・おとねさんの秘密会議
(この秘密基地に入るための合い言葉が「山」「芋」ってのがまた…確かにこりゃ予想もつきませんが、その微妙に間の抜けたところが坊さんたちらしくていいですね。ちなみに「山」「川」ってのは忠臣蔵でメジャーになったので時代考証的に合っている…わけではない)の席上で、凶行を止めるため自らお城に乗り込むと言い出した沢庵和尚。
 さすがに自分の目の前では銅伯は非道を控えるだろうという理屈ですが、さてそれはどうか…そりゃ十兵衛ならずとも心配になりますが、そこで和尚が怒った! おお迫力! さらに沢庵様、十兵衛に向かって「いかなおまえでも四十万石のあの城に斬り込む勇気はあるまいが?」と言ってのけます。しかし冷静に考えれば今回の沢庵様の行動は、それに等しい勇気が必要なわけで…さすがは天下の名僧善知識、度胸の据わり具合が違います。
 もっとも、十兵衛は十兵衛で、後先考えずに孤剣ひっさげて会津城に乗り込むくらいはしてのけそうですが…そんなことされたら惚れるね!<誰が

 それはさておき、ここで間髪入れずにお笛が「そりゃあ! あたしたちが一緒でなけりゃ何にもなりませんよォ!!」といつもながら素っ頓狂に発言。「何にもな」らないのは、普通に考えたら、ほりにょたちの復讐行なのに十兵衛が単騎突撃しても仕方ない、という意味でありましょうが、お笛の場合は自分(たち)がいないと十兵衛は何もできないという意味で言ってそうなのが素敵です。

 そんなお笛とお千絵に対して沢庵様が授けた使命、それは、江戸に戻って天海僧正から出生の秘密、銅伯との関係を聞いてくるというもの。一見、何のことはない話のように思えますし、わざわざお千絵が行く話にも思えませんが、それがいかに重要なことか、沢庵様の台詞を太字にしてまで強調されると、なるほど、と思えるから不思議<単細胞
 しかし「その秘密を知ることが…あるいは銅伯を討つ鍵となるような気がしてならぬ…」というのは、何だかRPGチックでちょっと面白いですね(と、ここで、伊賀の影丸が阿魔野邪鬼の不死身の秘密を探りに行ったけど結局何の意味もなかったという展開を思い出したジジイ)

 そして五人坊主は、そのお千絵・お笛のガードにつくことに。相変わらず剽げたお坊さんたちですが、今は亡き二人の坊さんが、vs廉助戦の勝利の鍵となったこともありますし、ぶっちゃけ、山風作品ではこういう一般人が一番強かったりするので(ぶっちゃけすぎ)油断できません。
 さらに十兵衛には別の任務が…というところで以下次号。これで、沢庵、お千絵・お笛・五人坊主、十兵衛という三パーティ(残るほりにょも入れたら四パーティ?)に分かれての行動となりますが――寡兵でもって大軍にあたるに戦力を分散するのはあまりよいことではないものの、何せ相手が相手なので仕方がない話でしょう。
 もちろん、どのパーティも危険と隣り合わせなのは言うまでもない話。それぞれに降りかかる危難をいかに乗り越えていくのか、楽しみにしたいと思います。

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2007.05.08

今日の小ネタ 訃報から新帝都まで

 ゴールデンウィーク終了ですが/なので淡々と小ネタですよ。
池宮彰一郎先生死去
 池宮先生については、私はあまり良い読者ではないので、多くを語ることはできません。ただただご冥福をお祈りするのみです。
 しかし、これは今言っても詮無いことではありますが、先生がもう少し早く作家として活動を始められていれば…という思いは――隆慶一郎先生と同様――やはり強くあります。


「御庭番・明楽伊織」連載開始
 あの幕末バイオレンスアクションの名作「明楽と孫蔵」を思わせるタイトルの新作が、角川書店の「コミックチャージ」第5号(次号)から連載開始とのこと。もちろん、作者は森田信吾先生です。
 行田に行った時に「ゼリーフライ」の看板を見て興奮したくらい森田ファンの私にとっては実に嬉しいニュースですが、果たして続編なのかリメイクか、そしてタイトルにいない孫蔵爺さんはどうなったのか、大いに気になるところです。
 ちなみに、発刊当初から連載は予定されていたのですね。


今泉伸二先生、「悪忍 加藤段蔵無頼伝」を漫画化?
 6月15日発売の「週刊コミックバンチ」29号から、今泉伸二先生が海道龍一朗先生の「惡忍 加藤段蔵無頼伝」を漫画化とのこと。現在ネット上では葵屋様に情報が掲載されているだけのようですが、今泉先生のサイトにはそれらしきキャラクターたちの画像が公開されています。正直、意外な取り合わせだと思いましたが、意外といい感じの絵ですね。
 しかし、「惡忍」も「海道龍一朗」も大変に字を間違えやすいですね。


ほしのあきがお姫様役に!「仮面ライダーに守ってほしーの」
 RSSリーダーで「時代劇」キーワードにやたらほしのあきが引っかかっていたので、「またアクセス目当ての出鱈目キーワード設定か」と思ったら…大変失礼いたしました。「仮面ライダー電王」劇場版で、恐竜時代や江戸時代にタイムスリップする中で、ほしのあきはあの千姫役で出演とのこと。
 別の記事では「白倉伸一郎プロデューサー(41)は「全く違和感がない。時空を超えるテーマと、年齢を超えたほしのさんの可愛さがぴったり」」とか言ってますがさすが白倉P如才ないな! これで脚本が敏樹だったら言うことないのに…
 ほしのあきについてはノーコメント。そんなに胸出したかったらおゆらさん役でもやればいいのに(千姫との対比で挙げたので他意はありません)。


「新帝都物語」六月に発売?
 最後に新刊情報から。六月に角川書店から「新帝都物語」が遂に刊行されるとのことです。同時期に連載されながら、同様にいつまで経っても単行本化されなかった「帝都幻談」が先日登場したばかりですが、こちらもいよいよ刊行とはめでたい。予定では江戸時代末期から明治初頭の物語になるはずですが、さて。
 果たして予定通り六月に出るかだけが心配ではありますが…


和泉元彌が「陰陽師」を踊る
 おまけ。正雪が矢部野彦麿に…もはや何でもありですな。だがそれがいい。
 記事の方はドワンゴの話ばかりで悲しいです。

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2007.05.07

作品集成かなり更新

 このサイトとブログで扱った本のデータをまとめた作品集成を更新しました。
 更新自体は前回から一月ほどしか経っていないのですが、今回は
・初出等の書誌データを調べのついた限りで追加
・本の画像がなかったものに一部追加
・検索機能を追加(というか復活)
と、色々やりました。検索機能はまだまだβ版もいいところですが、ある作家の本のデータを知りたいという時に、使えるかもしれません。
 今後は、まだまだ書誌データを調べないといけませんし、検索も機能をもう少し強化したいですね。個人的には、更新をもう少し簡単にできるようにしたいのですが…
 何はともあれ、連休中かかった作業が一段落してちょっとだけ安心。

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2007.05.06

「大江戸ロケット」 五発目「論」

 大江戸ロケット第五話は、銀さんのイキな(?)計らいのおかげで清吉とソラがいきなり秩父の(これ伏線)温泉に二人っきりで仲直り旅行という大変な展開。何だか今回の方がよっぽど「ドキドキ無用」だよ! と思ったら、そんなことはどうでも良くなるようなあのお方の登場で何だか全てブチ壊しに。舞台のオリジナルキャスト・橋本じゅんさんが声を当てた鉄十の、個人的には待ちに待った登場です。

 ソラが花火に乗ろうとしていたことを黙っていたこと以上に、今の自分の花火では到底月には――ましてやソラを乗せては――行けないことに気付いた清吉は落ち込み気味で、ソラのさりげなく重要な「かぐや姫」発言もスルー状態ですが…そこに釣られて現れたのは犯罪的に濃い男。
 いきなり謎の言語でソラに話しかけ、ソラもそれに応える様に、ひょっとしてソラの同類!? と半分信じかかったら、ソラのノリが良すぎただけというベタなオチでしたが(というか新感線ファンだったらこの手のネタには気づけ自分)、じゅんさん…じゃねえ鉄十が普通に喋れるキャラで良かった。いやほら、じゅんさんだったら最後まであの調子でブッ通しそうだから。

 ソラを姫と呼ぶ鉄十は、代々この秩父の山に棲む一族の末裔。かつて空から降ってきた光り輝くソラマメに乗ってきた姫の世話を先祖がしたとのことですが――なるほど、前回も登場した空の獣のポッドの形はソラマメと言えばソラマメチックです。
 そんな伝承と共に暮らしてきた鉄十、今は山のたぬきたちと生活してしている様子ですが…微妙に楽しそうだな、これ。異常にサムシング吉松顔のクマもいるし。

 それはさておき、清吉のことを「日本じゃあ二番目だ」とどっかで聞いたようなベタな言葉で切り捨てる鉄十。どうやら清吉とは同業者らしく、自信たっぷりに自分の花火であれば月にソラを届けられると言い切りますが…
 と、色々あった末に清吉が鉄十の小屋で見つけたのは、巨大な(今の言葉で言うところの)ロケット花火。なるほど、竹にくくり付けた鉄の本体に火薬を詰め込んだこのスタイルであれば、飛行距離・高度ともに稼ぐことができることができると――ってその名は龍勢!?

 なるほど、だから秩父が舞台でしたか、と大いに感心(龍勢についてはこちらこちらを参照)。滅茶苦茶をやっているようで、きちんとその時代ならではのネタを押さえて使ってくるその姿勢は、時代ものファンとしてはとても嬉しく思えますし、またある意味挑戦されているようで油断できません。
 また、すったもんだの末にその竜勢で天空に打ち上げられてしまった鉄十が、たぬきの一匹を道連れにしたことにきちんと意味があったりと、その辺の描写も、ナンセンスギャグはギャグとして、丁寧でよいですね。

 しかし鉄十、見かけは風魔流忍拳の継承者みたいな変態ぶりながら、マジになった時は妙に男前声(そりゃこの人の声も当ててるくらいですし)、もちろん実力は折り紙付きという、実に面白いキャラ。橋本じゅんさんが声を当てるということで番組放送前から大変に期待していたのですが、いやはや期待通りのキャラ、期待以上の好演で、嬉しい限りです。

 次回以降も出演するようですし、銀次郎とは別の意味で清吉の先輩キャラ的立ち位置になるのかな、腕っ節も強そうだからアクションシーンも期待できるかなと、この先もいよいよもって楽しみですよ。

 …それにしても鉄十のアップきめえwww


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 今週の大江戸ロケット


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2007.05.05

「花嫁新仏 菅原幻斎怪異事件控」 現世と異界の媒介者

 神田川は姿見橋のほとりに一人住まう霊媒師・菅原幻斎を主人公にした奇譚シリーズも、なかなかの好評らしく第三巻目。日常生活にぽっかりと開いた不可思議の世界を、幻斎が垣間見る全五話が収録されています。

 かの菅原道真公の血を引く幻斎は、住まいこそ貧乏臭いものの、優れた力を持つ霊能者。現世と異界の間に現れる幽霊や魍魎と対峙することとなるのですが、単純なゴーストハンターものというより、人情話的色彩が強いのが特徴でしょう。
 例えば、標題作である「花嫁新仏」は、幼子を遺して先妻が亡くなってすぐに後妻を入れた男の前に、先妻の亡霊が現れるという趣向。すわ先妻が恨んで出てきたか、といえば実は…という話で、幻斎はむしろ調停者の役割を果たすことになるのですが、考えてみれば霊媒とは霊の媒介をする者。その意味では幻斎は正しく霊媒としての責を果たしていると言えます。

 さて、もう一つ本シリーズの特徴は、各エピソードに原話が存在していること。正直な話をすれば、上に挙げた「花嫁新仏」なども、大変にベタな、どこかで聞いたことのある話なのですが、それも道理。本シリーズにおいては、日本や中国の古典怪談集をベースとした物語を描き、そこに幻斎を置くことにより、新たな物語を生み出そうとしているのです。
 その試みがうまくいくかは、ひとえに原話のチョイスと、幻斎の存在により何が生まれるかによります。正直なところ、シリーズ当初はその噛み合わせがあまり良いと言えない部分もあったのですが、第三作である本書においては、かなりうまく回りだした印象があります。

 原話のままでは、さすがに現代の読者にとっては古くささを拭えない物語であっても、異界の神秘と人情の機微を知り尽くした(割りには微妙に人間が出来てないのはご愛敬)幻斎を狂言回しとして配置することにより、それなりに読ませる物語として成立させてしまうのはお見事。
 これもいにしえの霊異の世界と現代の我々を媒介している…というのは牽強付会に過ぎるかな。

 ちなみに本書の全五話中、最も私の印象に残ったのは、とある筆屋を舞台に、あたかも死の呪いが連鎖したかのように、自らの幻影を見た男女が次々と命を落としていく「怨霊輪廻」でした。いわば「伝染する怪談」で、またえらく現代的(?)な趣向でありますが、その果てに待ち受ける死魔の正体というのがまた実にユニークで、感心させられました。
 恥ずかしながら、原話の見当がつかないのですが、死魔の正体まで含めた原話があるのであれば、これは怪談ファンとして大いに興味深い話ですし、本作の作者が原話をこのような形にアレンジしたのであれば、時代ホラーファンとして作者には大いに敬意を払わねばと感じた次第です。


「花嫁新仏 菅原幻斎怪異事件控」(喜安幸夫 徳間文庫) Amazon bk1

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2007.05.04

「狼人同心」 えどげん、生と滅びの端境を行く

 「天保異聞 妖奇士」放映中に取り上げるつもりが、勿体ぶっているうちに放映が終わってしまって残念無念の本作、徳川幕府開府前の江戸を舞台に、“えどげん”が活躍する時代アクションコミックです。

 時は1590年、小田原攻め直後の江戸。秀吉より家康に対し与えられたこの江戸の代官として赴任してきた家康の腹心・天野康景の前に、風変わりな武士が現れます。自らの刀を封印し、武張ったところのまるでない彼の名は江戸玄蕃、人呼んでえどげん。
 当時の江戸は他の土地にいられなくなった者たちが吹き溜まった、主のいない無法の地…一筋縄ではいかぬ者ばかりが集まったこの江戸の顔役として慕われるえどげんは、江戸の町を守るため、片腕である元忍びの松之丞とともに、天野の下で同心として手を貸すこととなります。

 本作を初めて読んだのは相当前のことですが、その時に――そしていま読み返してみても――感心するのは、その舞台設定の妙であります。家康が入城する前の江戸…いわばえどげんならぬ「原江戸」は、我々が知っているようでまるで知らない未知の世界。私の知る限りでは、この原江戸を扱った作品は、漫画はもちろんのこと、時代小説や時代劇においてもほとんどないように思えます。
 未知の世界であるということは、フィクションを自在に展開する余地があるということ。本作では、この江戸を上記のような一種の聖域かつ魔都として描くことにより、アクションエンターテイメントとして、時代ものとして、斬新かつ自由度の高い舞台を構築することに成功しています。

 自由であるということは、襲われ、奪われることからも自由であるといこと。そんなわけで、江戸の地を狙って襲い来る勢力も実に様々…ということはえどげんの敵にも事欠かないということ。
 そしてまた、家康にとって、秀吉より与えられた地の経営を失敗することは、すなわち秀吉の意に背いたことであり、秀吉の徳川家取り潰しの口実となる(これ、よく考えたら後に徳川が諸大名に対してやったことですね)わけで、この点からも、えどげんたちは負けられない戦いを強いられることとなります。

 そんな徳川と豊臣の危うい均衡の上にある江戸、生と滅びの端境で揺れる江戸を舞台とした本作、設定的には非常に面白いし、登場するガジェットも、風魔の残党、北条氏直と家康の娘・督姫の間の子、二代目半蔵に音羽の城戸、生きていた堀秀政に根岸兎角…と、伝奇もの、というよりこの当時を扱った時代ものとして、硬軟取り混ぜてうまく取り込んであって、なかなかうまいな、と感じさせられます。

 が――これだけ持ち上げておいて何ですが、その物語を描く絵柄の方がなんとも…であって、結局、いかにもヤンジャン系のアクションバイオレンスといった体の作品に留まっている、というのが正直なところであり、その設定を十分に活かしきっていないのが誠に残念です。
 これは好みの問題もあるかとは思いますが、もう少し時代劇に慣れた人が描けば、また全く異なる魅力の作品になったのではないかと、強く感じる次第です(特に終盤の展開など、微妙に隆慶チックでなかなか面白かっただけに…)。

 と、最後に蛇足を承知で「妖奇士」との関連性に触れれば、本作のえどげんが、代々江戸の町を守ることを使命とする家の出身と語られているのが目を引きます。
 もちろん(?)こちらには前島聖天の設定はありませんし、えどげんも立派に男のなりをしていますが(その代わりと言っては何ですが松之丞が女装キャラ)、どちらのえどげんも、代々江戸を守ってきた、「江戸」を姓とする血筋という点ではイコール。だとすれば、玄蕃と元閥の違いはあれど、何かしらの繋がりがあると考えた方が楽しいでしょう。

 「ヒヲウ」と「妖奇士」が地続きなんですから、本作と「妖奇士」が地続きでもいいじゃない…と言ったら怒られるかもしれませんが、まあ時代伝奇マニアの戯言ということでご勘弁を。


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2007.05.03

「るろうに剣心」完全版最終巻 そして新たなる一歩

 和月伸宏先生の「るろうに剣心」完全版が、昨日二日発売の第二十二巻をもって、完結いたしました。本編については、完全版第一巻発売時に語るべきことは語ってしまったので付け加えることは今はないのですが、この最終巻については語る必要があると思います。何となれば、本書にはほとんど幻と化していた後日談短編「弥彦の逆刃刀」が収録されているのですから――

 越後の剣術道場に出稽古に行くこととなった弥彦。が、道場に着いてみればそこは脱走犯に占拠され、弥彦も道場の弟子たちや道場主の娘と共に人質とされてしまいます。実は剣心や弥彦とも意外な因縁を持つこの脱走犯に、一人相対する弥彦は…
 というストーリーの本作、正直なところ雑誌掲載時に読んだ際には可もなく不可もなく…という印象だったのですが、こうして「るろうに剣心」最終巻に収録されてみると、また違った印象で見えてきます。

 弥彦が脱走犯に正面から勝負を挑むというのは、これは少年漫画としては当然のこと。しかしその対決シーンは、比較的あっさりと決着が――弥彦がその逆刃刀を抜くこともなく――ついてしまいます(思えばこの辺りが、初読時の印象につながっているのかも)。
 それではタイトルに謳われている「逆刃刀」の出番は…と言えば、これがまたちょっと意外な形で、弥彦の手によって抜かれることになります。これはさすがにネタバレになるのではっきりとは書きませんが、敵を倒すためでなく、人の命を守るために。

 思えば、剣心が逆刃刀を抜くのは、人を守るためとは言い条、あくまでも敵を打ち倒すためのものでした。それを、本作においてまたそれとは異なった使い方を弥彦が見せるのは――多分に結果論的ではあるのですが――一つの前進であると言えるのではないでしょうか。
 読者に近い視点から本編の物語を俯瞰するためのキャラと言うべき立ち位置にあった彼が、しかしそれに留まらず、苦しい戦いの果てに「新たなる一歩」を踏み出した剣心のバトンを受け取り、立派に走り始めたということが、本作からは読みとれますし、その弥彦の「逆刃刀」のあり方こそは、本編の最終話からさらに一歩踏み出した、新しい時代における剣の――ひいては戦いの在りようを象徴的に示していると感じられます。

 剣心の贖罪の象徴の一つであった逆刃刀――それが、そうした過去からの鎖を持たない弥彦に受け継がれたということは、単なる主人公の継承以上の意味があったと、今更ながらに気付かされたことです。
(そしてまた、その逆刃刀の在りようの変質は、いわゆる「少年誌のバトルもの」を描いてきた作者の方向性の変化をも同時に示しているように思えるのですが、それはまた別の話)


 と、牽強付会にダラダラ書いてしまいましたが、何はともあれ、これにて「るろうに剣心」も大団円。巻末にはムックに掲載されたフルカラーの掌編「春に桜」も掲載されており、完全版の名に恥じない締めくくりかと思います。
 そして、この完全版の刊行が、本作の――さらにまた和月先生の「新たなる一歩」となることを、願ってやみません。


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2007.05.02

「包丁浪人」 武士が生んだペーソスの味

 伝奇ものではありませんが、たまにはこういう作品もよいでしょう。帯の「まあ食いねえ、事件はそれからだ」という惹句もユニークな、芦川淳一先生のユーモア時代小説です。

 本作は文庫書き下ろし時代小説の定番の一つである浪人もの(っていう表現でよいのかしらん)でありますが、実に楽しいのは主人公・刀根新三郎のキャラクター造形です。
 故あって生家を捨て、日本橋小舟町の棟割長屋で気ままに暮らす新三郎は、自他ともに認める料理マニアで腕前はプロはだし。まさにタイトル通りの「包丁浪人」であります。
 しかもこの新三郎、凛々しい顔立ちで大柄な体格、見るからに頼もしい好男子で、時代小説のヒーローにはピッタリの人物…と言いたいところですが、実は新三郎さん、腕っ節の方はからっきしで、喧嘩荒事は大の苦手。普通こういう時は「弱そうに見えても実は…」となるものですが、いや本当に弱い(笑)。それでもその外見と、そしてお人好しでお節介焼きの性格が災いして、次々と持ち込まれる難題に、新三郎は刀ならぬ包丁でもって――すなわち料理でもって挑むことになります。

 もちろん、料理で人助けをしたりもめ事を収めたりするのは、料理ものの定番中の定番ではありますが、本作は江戸時代を舞台とした時代小説。仇討ち騒動や用心棒稼業など、その舞台にふさわしい題材、その時代に即した事件が描かれていくことになり、そこに本作ならではの味わいが生まれています。個々の素材自体はそれほど珍しいものでなくとも、取り合わせの妙、味付けの技によって、個性的で、もちろん美味しい作品が生まれていると言えるでしょう。
 そして、そんな本作の隠し味となっているのが、武士という存在から生まれる、何とも言えぬペーソス。本作に描かれる事件の幾つかは、新三郎と同様の浪人、あるいは武士が絡んだものですが、そこには江戸時代もだいぶを過ぎて、かつての姿からは相当に変質してしまった武士像、過去と現在の在りようの差に(自覚的にせよ、無意識のうちにせよ)戸惑い迷う姿が透けて見えます。
 そもそも主人公の新三郎にしてからが、ある意味武士にはあるまじきキャラクターでありながら、しばしば彼が武士であるということをもって、事件に巻き込まれていくのですから…家を、身分を捨てたつもりでも追いかけてくる武士という存在は、なるほど江戸時代特殊なものかもしれませんが、しかし己の属する集団・立場によって、本人の意図せざる状態に置かれるというのは、いついかなる時代でも普遍的に存在すること。
 新三郎の姿は、そんな遠くて近い人の姿として、不思議な親しみを感じさせられます。

 親しみやすい味付けながら、それでいて奥の深さも感じさせるこの物語を、もっと味わってみたいというのが正直な気分。おかわりを期待したいところですね。


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2007.05.01

「次郎長放浪記」 時代ものとして、ギャンブルものとして

 一部で熱烈なファンを持つこの作品、タイトル通り次郎長、若き日のあの清水の次郎長の姿を描いているのですが、断じて任侠ものではありません。一言で言えばギャンブルもの。それも言うなれば変格ギャンブルもの――勝負のカタに内臓や命を取られたり、人間をコマにしたゲームが展開されたりと…まあそういう類のギャンブルものであります。が、これが最高に面白い。

 大変大ざっぱに本作のあらすじを記せば、平凡な暮らしに飽きたらず家を飛び出した次郎長が、諸国を放浪しての博打稼業の中で、様々な強敵と、そして頼もしい仲間たちと出会っていくという、まあそんな感じの話のはずなのですが、登場するギャンブル、登場するキャラクターのインパクトが大きすぎて、細かい話はもうどうでも良くなってくるのが恐ろしいのです。

 その真骨頂が、これまで発売されている単行本二冊の約四分の三を占める柘榴殿編であります。
 とある賭場で博打はズブの素人である侍・政五郎(人呼んで大政!)と知り合った次郎長は、博打打ちの間では伝説となっている魔の柘榴殿に誘われます。勝てば一攫千金、負ければ身ぐるみはがれるどころか目や鼻を、命までも失うという博打打ちの終着駅である柘榴殿。この柘榴殿で大負けして幽閉された、主家の家老の息子を救い出すという大政の話に乗って柘榴殿を訪れた次郎長ですが――彼を迎えるのは、柘榴殿最強のギャンブラー、その名も石松!
 が、登場時の石松は、巷説とはほど遠い狂気と陰気さをまとった怪人。その石松が次郎長とのファーストコンタクトで迫った勝負は…寿司でのロシアンルーレット。互いに鉄火巻を一つずつ口に入れ、当たった方が負け、というのは、バラエティ番組にありそうな話ですが、もちろんこちらの寿司に入っているのは、山盛りのワサビなどではなく致死量の猛毒。なんとこの柘榴殿、他の賭場同様飲み食い自由の食べ物飲み物はありますが、その半分には毒が混ぜられているという…く、狂ってる。
 その柘榴殿の鉄火巻でロシアンルーレットをやろうというのが石松。そしてその時のセリフというのが「食いねぇ 食いねぇ 寿司食いねぇ!!」なんですからもう…あまりに邪悪なパロディセンスには脱帽です。

 もちろんこれはほんの挨拶代わりで、次郎長と石松が文字通り死命を決することとなるゲームは、柘榴殿双六なる巨大双六。そのルールを大まかに示せば、
・一チームは、コマ役と賽振り役の二人一組
・使う賽は二つ。一つは通常の賽、もう一つは進×2・戻×2・休・枕が書かれている。
・進・戻・休は、もう一つの賽の目だけ進み・戻され・休みとなる。枕はその場でゲームオーバー
・盤には黒いマスがあり、その下には様々なアイテムが用意されている。そのアイテムをコマ役がどう使っても自由。
 この中でもおかし…いや恐ろしいのは最後のアイテム。何があるのかわからないアイテムの中には武器もあり、それを使って相手をヌッ殺してもOK! …既に双六じゃねえ。

 このデスゲームに、大政と共に挑むことになった次郎長。相手は石松と、この柘榴殿の主・保下田久六(きちがい)ですが、ルールを知り尽くした相手に、当然ながら次郎長組は大苦戦することに。一歩間違えて「枕」が出れば一発でスッ飛ぶ上に、黒いマスのアイテムの使い方が文字通り死命を決するのがこのゲーム。目指すのは同じ「上がり」ながら、対戦相手が先に武器を手にしてしまったりしたら、その側に近寄るのも危険なわけで、もう上がりを目指すどころではなくなったり。
 賽を振る次郎長と石松は既に自分の思うままに賽の目を操れて当然のレベルだけに、そうそう「枕」を出すことはありませんが(それでもこの一発逆転の手段を残しているのが心憎い設定)、大変なのは盤上の大政。何せ相手の久六は、文字通りきちがいに刃物を地で行くヤツなので…

 しかし、そんなブッ飛んだ設定の中にも、時代ものらしい仕掛けが織り込まれているのが面白いところ。
 そもそも、公には賭博が禁じられている江戸時代にあって、如何にマンガとて、こんなに堂々と賭博の魔殿が経営されているのはおかしな話。実はこの裏には、巨大な力の影があり、さらにそれが大政のもう一つの、いや三つ目の使命に繋がっていて――と裏を明かされてみれば、ドラマ的に「なるほど!」と、無茶苦茶ながら納得させられてしまう展開となっています。

 もちろん、そうした表裏の仕掛けに負けない、ギャンブルものとしての面白さも、言うまでもなく本作にはあります。次郎長がクソ度胸と正統派のテクニックを武器とする一方で、石松の武器は、駆け引き一切抜きの強運のみ。「運」という、人知が及ばぬ敵がいきなり(プロローグを除けばこの柘榴殿編が最初のエピソードであります)登場しちゃってどうするんだろうと真剣に心配になりますが、そんな相手を駆け引きで打ち破っていくのがギャンブルものの、心理ゲームの醍醐味。次郎長が石松の牙城をいかに打ち破るかは、ここでは触れませんが、決着の痛快さは(そういうオチかい! という愉快さも含めて)実に印象的です。

 何だか柘榴殿編だけの感想になってしまいましたが、実在の人物を使った時代ものであると同時に、ネタっぽさ満載のギャンブルものとしても成立している本作。一見、とてもつながりがあるとは見えない二つの要素が、実にうまく絡み合って、一度読み始めたら止まらない不思議な魅力に溢れています。
 聞くところによれば、この後に待ち受ける、現在雑誌連載中のエピソードは、さらにとんでもないものらしく、いろんな意味で今からドキドキしている次第です。って今月で打ち切り!? き、聞いてないよ…


「次郎長放浪記」第一~二巻(原恵一郎&阿佐田哲也 リイド社SPコミックス) 第一巻 Amazon bk1/第二巻 Amazon bk1

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