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2007.07.31

今週の「Y十M 柳生忍法帖」 首合戦、これにてうちどめ千秋楽?

 一週おいての「Y十M 柳生忍法帖」、その一週の間に(違 般若侠が会津に帰ってきたり、お千絵お笛は早くも江戸に到着していたりと、色々と情勢は動いていた様子。一方こちらは相変わらずに見える沢庵和尚とおとねさんですが、しかしこちらでも大波乱の予感が…といったところでしょうか。

 狂女の体で城内を好き勝手に歩き回るおとねさんは、既ににせきちがいであることはバレているものの、沢庵と銅伯がおかしな均衡状態にあるのをいいことに、今日は雪地獄を発見した模様(というか、隠していたんですか、あれでも…)。
 しかしその情報を受けた沢庵様が何をしていたかと言えば、城の小姓を相手に会津城攻略のための軍学伝授…ちょっとウケました。そりゃ銀四郎でなくとも生徒に突っ込みをいれたくなりますが、これ、おとねさんの情報収集がバレたときの言い訳にもなるんだろうなあ。

 と、今回も芦名側に軽い挨拶代わりの精神攻撃(いやがらせ)を食らわす和尚ですが、しかし銀四郎と虹七郎が沢庵様たちを誘ったのは、天守閣の地下の謎の空間。そしてそこに待ち受けるは芦名銅伯――いみじくも沢庵和尚が看破したように、なるほどこの空間は修法を行う壇のように見えますが、しかしよくよく見ると端の方には紗をまとったのみの女性が控えていたりして、これはむしろ黒魔術の儀式場、と言った方が良いようにも思えます。

 そしてこの会津城地下と平行して描かれるのは、上野寛永寺での天海僧正とお千絵お笛、そして千姫様の対面の様子です。おお、あの、血笑五人坊主・雪の猪苗代涙の脱出行(何それ)からそんなに時間が経ったということなのか…と変なところに感心しつつ、ここで語られる内容はと思えば、それはもちろん魔人銅伯の秘密、ひいては天海と銅伯の因縁話にほかなりませんが――

 しかしこうしてほとんど同じページに銅伯と天海が収まってみると、顔の造作は同じながら、髪や眉、髭の色が異なるだけで二人から受けるイメージが全く異なることが印象的です。白は善、黒は悪というのはステロタイプなイメージですが、この二人に対しては、それはぴったり当てはまるようです。

 それはさておき、一方の銅伯は沢庵に何をと思えば、これが何と手打ちの申し入れ。堀の女七人は許す、自分の首もやる。その代わりに江戸に帰ってもらいたい。しかし般若侠の首を差し出してもらいたい…首を引き替えに首合戦の千秋楽、勝負無しの引き分けにしようという、打ち切り勧告みたいなお話です<縁起でもない
 しかし刀をぶすり、とやってもピンピンしている人間が首をくれると言ってどれだけ信用できるものか、薬師寺天膳の「命がけ」という言葉くらいに軽いような気がしますが…
 あれ、そういえば何故わざわざ銅伯サイドと天海サイド、あんまり話の内容的には関係なさそうなのに二元中継するんでしょう、とミエミエのことを言っておいてまた来週。


 …あ、「千秋楽」って言葉がこの時代からあったのかしら、とか一瞬思ってしまったのですが、元々は宮中の儀式や法会の最後に、「千秋楽」というタイトルの雅楽を演奏したことから来ているのですね。勉強になりました。

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2007.07.30

「次郎長放浪記」第三巻 神の王国で最後の勝負!?

 若き日の清水次郎長が、次々と現れる狂ったライバルたちと、狂ったルールのゲームで対決する変態ギャンブル漫画として、一部に熱狂的なファンがついていた漫画版「次郎長放浪記」。惜しくも先日第一部完、となってしまい、そのファンの一人である私も涙を呑んだのですが、その第一部完結巻が発売されました。
 今回次郎長が対決するのは、流刑島の支配者・狂人クーマン神父。暴力とカリスマ、そしてギャンブルの腕で村人と罪人たちを支配する怪人と、次郎長が命懸けの勝負(いつも)を挑むこととなります。

 以前柘榴殿から奪回した将軍家お墨付きが元で、父は切腹、弟は流刑に処された大政。弟が流された獄衍島に向かった彼は、弟を救わんとしますが、すでに彼の弟は島を支配するクーマン神父に心酔し、兄と同行することを拒絶します。何とか弟を取り返すため、クーマンとのブラックジャック勝負に挑む大政ですが、もちろん見事なまでの噛ませっぷりを発揮して惨敗、クーマンの奴隷とされてしまう始末。

 その大政を追って島に潜入した次郎長が見たのは、クーマンの搾取により苦しむ人々の姿。かつて島に漂着した異国船に乗っていたクーマンは、同乗していた仲間たちが何者かに惨殺されて以来、神の教えとギャンブル、そしてその腕力にものを言わせて島を支配し、逆らう者は殺すか奴隷としていたのでありました。
 かくて、大政と弟を、そして島民を救うため立ち上がった次郎長は、クーマンとの大勝負に出ますが、クーマンが提案してきたのは文字通り命をチップとしたポーカー。 吊り下げられた二つの大岩を、次郎長派50人とクーマン派200人がそれぞれが引っ張る、その下で繰り広げられるポーカー勝負のルールは、チップがそのまま互いの仲間を表すというもの。つまり、勝負に勝てばそれだけ自分の仲間が増えて岩を引き上げる力が強くなり、負ければ仲間が減って引き上げる力が弱くなり、どちらかの仲間の力が及ばなくなったときには、頭上に大岩が落ちてきて死亡、というむしろ男塾チックなルールです。
 初めてのゲームを、圧倒的に相手の有利な状況下で始めることとなった次郎長。しかもクーマンは、神の力と称する謎の力により恐ろしいまでの引きの強さが! 勝てるか次郎長!?

 というわけで始まるデスゲームなのですが、ゲームの内容以上に、いやこの第三巻の何にもまして魅力的…というか印象的なのは、クーマン神父のキャラクター。
 神父でありながら酒を飲む、博打をする、人を殺す。島民たちから博打で土地と財産を巻き上げて奴隷とし、逆らう者は容赦なく殺す…と、ここまではよくある悪党ですが、しかしこのキャラクターの場合、人に愛を説き、神の王国を作ろうという神父であるという属性が、キャラの持つ狂気を何倍にも増幅させているのがたまらない。

 何せ崇めているのが、人の死体に猪の生首を載せた磔刑像という、「涜神」という言葉を絵にしたらこうなる、とでも言うべき、一目見ただけでイヤ~な気分になる代物です(これを見ても何とも思わない大政の弟は相当ナニだと思います)。
 そして大勝負に臨んでは、見ている方が引くくらいのテンションで神に祈り、そしてまさに神懸かり的な引きの強さを発揮(そしてその後、見開きで大げさに神に感謝)するという、キャラを立てるにもほどがあるという素晴らしさ。
 ちなみに実写化された場合の私の脳内キャストは大月ウルフ。つまりはそういう人です。

 しかしラストまで読み通せば、そのクーマン神父というキャラを構成する要素が――上で述べた磔刑像や大袈裟すぎる祈りも――皆、単なるハッタリやネタではなく(もちろんそういう要素も山とありますが)それなりの意味を持つことがわかるのに、また仰天。
 さらに、仲間を失った漂流者というクーマン神父の来歴にもまた、巨大な秘密が隠されており、この辺りのトリッキーな展開がまた、彼と、そして物語全体をより面白いものにしているのは間違いありません。
 …まあ、肝心要のサマの正体がナニだったりしますが――決着時の両者の手札の絵面がある意味最低、ある意味最高――これだけ素晴らしいキャラ造形の前にはそれも小さいことに思えてきます。

 が――何とも残念かつ許せないことに、クーマン神父を倒して迎えたこの巻のラストに記されたのは「第一部完」の文字。つまり平たく言えば打ち切りということです。
 …一体、編集部は何を考えているのか。これほど(局所的に)大人気の作品を! 確かに原作とは全然違う作品だけど、作者もアレしちゃってるからクレームも来そうにないのに(暴言)。

 まあ、単行本については秋田書店並に容赦のないリイド社において、こうして第三巻がきちんと発売されただけ御の字なのかもしれませんが…
 しかし、同じリイド社の「コミック乱」増刊の方では、第一部完となった「寝小魔夜伽草子」が、まさかの(いや、とても嬉しいです)第二部スタートということなので、本作もその可能性がゼロではないと思いたいところ。
 「乱」本誌でも「ツインズ」でも増刊でもよいので、いつかまた、次郎長と、素晴らしい狂人ギャンブラーたちとの対決を読むことができるよう、心から祈る次第です(…もちろん頭が猪の磔刑像に)。


 しかし――前の巻で登場したっきり、この巻の冒頭で登場するまですっかり忘れておりましたが、柘榴殿で手に入れた博打御免の将軍家お墨付き。これはもしかすると、今後の展開、次郎長のサクセスストーリーに大きくわってくる存在だったのかもしれないという気が、今になってしてきました。
 うまく使えば時代もの的に実に面白いアイテムだけに、この点からも打ち切りが惜しまれるところです。

「次郎長放浪記」第三巻(原恵一郎&阿佐田哲也 リイド社SPコミックス) Amazon

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2007.07.29

「モノノ怪」 第三話「海坊主 序ノ幕」

 「モノノ怪」第三話は本作二番目のエピソード「海坊主」の開幕篇。これまでと舞台を異にして、大海原の上の閉鎖空間にて、新たなモノノ怪の物語が始まります。

 舞台となるのは、江戸へと向かう大型商船「そらりす丸」。船とは思えぬほど巨大で豪華建築を思わせる内装を誇るこの船に乗り合わせたのは、自称修験者の柳幻殃斉に、旅の武士・佐々木兵衛、老僧に忠実に仕える青年僧・菖源、「化猫」事件の生き残りである加世、そして我らが謎の薬売りといった面々。
 これだけ怪しげな人々が集まれば、当然(?)ただで済むわけがなく、何者かの手により羅針盤を狂わされた船は航路を外れ、奇怪な空間に迷い込みます。幻殃斉の「アヤカシの海」の言葉を裏付けるように船の上空から現れた巨大な岩塊の如き怪物体(いやあ、ルルイエキタコレ! と焦りましたよ)は、無数の魚の骨のようなアヤカシを生み出して船を襲撃。かろうじて薬売りの爆弾で当座は難を逃れた一行ですが、誰もが怪しい船上は次なる惨劇の予感を孕んで…

 といったお話であったこの序の幕は、これまでと打って変わって、あるいはこれまで以上にコミカルかつ派手な印象の展開。正直なところ、舞台が豪華な巨船ということで、放送前は結局これまでと同じ閉鎖空間でのサスペンスで終わるのでは…と心配しましたが、屋内では到底出せないような大仕掛けなアヤカシが出現する一方で、逃れる場のない船という場での犯人探しの趣向を取り入れて、良い意味でこれまでとは異なる味わいの物語を展開していたかと思います。

 ビジュアル面でも、ある時はクリムトの官能的な絵画のような、またある時はマグリットの騙し絵のような、いつものことながら不思議に蠱惑的な、そして見事にジャパナイズされた、一目見たら嫌でも目を引き寄せられるような画面が構築されていたかと思います(このビジュアルが物語の真を暗示していたりするのでまた油断できないのですが…)。
 個人的には、風が吹くときの描写のときの小技が実に綺麗で気に入っています。

 しかしこの「海坊主」の最大の魅力は、その面白すぎるキャラクターのインパクトでしょう。
 呪術師と言いつつ、どう見ても瓦版の読売にしか見えないビジュアルの柳幻殃斉は、最初から最後までの長弁舌も加わってうさんくさいことこの上なしの面白すぎるキャラクター。関智一氏の軽妙なしゃべりも相まって、少なくとも存在感の点では薬売りのライバルと言って良いかもしれません。
 その他、日野日出志チックな外見に似合わぬ女性的な高音ボイスが何とも言えぬ不気味な印象を与える佐々木兵衛、そして、これはもしかして時代アニメ史上に残るキャラクターデザインになるのではと思わされる――声の浪川大輔氏(この方も最近の時代劇アニメにはほとんど登場しているような気がしますな)も「キャラクターを見てビックリ、衝撃でした」と発言しているほどの――見ちゃいけないものを見た感すら漂う菖源と、密室ものには理想的な、個性的なキャラクター勢揃いであります。
 薬売り以外で唯一再登場の加世は、正直騒ぎすぎの印象で、本作のイメージからすれば違和感もありますが、ほとんど唯一の一般人であり、視聴者の代弁者的立ち位置にいることを考えれば、これくらいでもいいのかもしれません。

 さてさて航海の方は不穏極まりない出航ですが、作品としては上々の出だし。何を考えているかさっぱりわからない薬売り(あのラストの台詞は完全にワザとだろ。楽しそうだなあこの人)の動向も含め、これからモノノケの真と理がどのように描かれていくのか、非常に楽しみです。


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2007.07.28

「織江緋之介見参 果断の太刀」 いまだ続く修羅の宿命

 上田秀人先生の剣豪伝奇アクション「織江緋之介見参」シリーズもいよいよ佳境。徳川第五代将軍の座を巡る激しい暗闘と、徳川に祟ると言われる名刀村正の連続盗難事件、さらには吉原の富に目を付けた幕閣の暗躍と、三つの事件に緋之介は立ち向かうこととなります。

 シリーズ第一作より緋之介と吉原の前に立ち塞がってきた宿敵・松平伊豆守は前の巻で退場したものの、まだまだ権力亡者たちは健在。いや、巨大な力を持った伊豆守が消えたことにより、歯止めの利かなくなったその魔手に立ち向かえるのは、一人緋之介のみ…というわけで、まだまだ彼が修羅の宿命から逃れることは叶わないようです。

 もちろん、緋之介とて独りで戦っているわけではなく、まだまだ人生経験に乏しい彼を支える人々があっての戦いではあります。そんな中で今回(も)最も輝いていたのは、緋之介の父である小野忠常と、その叔父・小野忠也という両剣豪でしょう。父・忠常は、命のやりとりでは既に緋之介に一歩譲るものの、人間としての貫目はまだまだ遙かに上。どこかの兵法指南役と違い過分の栄達を好まず、己の役目に忠実に生きる中で時折見せる剣士としての凄みは大人の男として実に魅力的であります。
 一方の忠也は、いまだに剣力では緋之介の遙か上を行く、おっかなくも頼もしい大剣士。これまで数限りなく人を斬りながらも、外道に堕ちず剣士の道を全うせんとする忠也は、忠常とはまた別の意味で、大人の男として緋之介を導いていくこととなります。

 そして、そんな中で少しずつ成長してきた緋之介を待ち受けるのは、松平伊豆守の死以上に本シリーズにおける大きな意味を持つ出来事。ここで彼が行った選択の重みは、シリーズ当初から彼の生きざまを見守ってきた者にしてみれば、実に大きく、シリーズも結末に近づいてきたかと思わされます。

 が、それでもまだまだ終わらぬ緋之介の戦い。ある意味シリーズ最大の舞台で繰り広げられた死闘を潜り抜けた先でも、未だ全ての真実は明らかにならず――要するに、次の巻へのヒキで終わっているのですが、これがまた実にいいところで切れているのだからたまらない。
 一刻も早く次の巻を! と心からの叫びを上げたくなってしまう私は、まんまと作者の手の上で踊らされていますが、それもまたよしと思える快作でありました。


「織江緋之介見参 果断の太刀」(上田秀人 徳間文庫) Amazon

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2007.07.27

今ごろ「必殺仕事人2007」

 放送からだいぶ時間が経ってしまい恐縮ですがが、実に十五年ぶりである必殺シリーズのTV作品「必殺仕事人2007」を観ました。旧来の必殺キャストは藤田まこと演じる中村主水(一家)のみ、メインとなる仕事人三人は全員ジャニーズということで、さてどうなるのかな、と思っていましたが、個人的にはそれなりに楽しむことができた作品でありました。

 ストーリー的には、キャスト目当ての、必殺ビギナーを対象にしたものかさして捻ったところはなく、むしろ新たな仕事人チームの誕生編といったところでしょうか。南町奉行所筆頭与力・鳥山と組んで悪事三昧の悪徳商人・加賀屋一味の息の根を止めるため、南町の常回り同心・小五郎(東山紀之)、抜け忍の絵師・涼次(松岡昌宏)、カラクリ屋の源太(大倉忠義)の三人+主水が集結、仕掛けを行うというもの。しかしそこに、図らずも表でも裏でも前任後任になってしまった主水と小五郎の出会い、涼次と彼に対する追っ手であるくノ一・玉櫛の関係、源太の悲恋と復讐といった、メインキャラそれぞれのドラマが絡んでくるため、間延びした印象はありませんでした。

 キャスト的には上記の通りほぼ総取り替え、しかもかなり若い面子…というのが放送前には気にかからないでもなかったのですが、考えてみればメンバー総取り替えも若手の積極的な投入も必殺の得意とするところ。それがしかも芸能事務所の中で最も若手を時代劇に送り込むことに熱心に思えるジャニーズのメンバーであれば、その辺りの懸念はまずは杞憂で、違和感なく見ることができました。
 ことに、松岡昌宏演じる涼次の、抜け忍ながら暗さは微塵もなく、今は己の絵筆一本に誇りを込めた江戸っ子絵師稼業、そして大の食道楽というキャラクターがユニークで、実に良いキャラとなっていたかと思います(食道楽ってのが池波リスペクト…というか、あのテンションの高いエピキュリアンぶりはむしろ鉄かしらん)。
 まあ、殺し業の無茶っぷりはアレはアレでいいネタということで…

 また、主水と同じく婿養子ながら、妻の手料理責めに辟易としているという対比がユニークな小五郎も、主水の後継としてはやはり色男すぎるものの、主水とはまた異なるベクトルの飄々とした昼行灯ぶりがなかなか良い造形であったかと思います。
 また、ストーリー展開上仕方ないとはいえ、あまりに仕事料が安すぎて、これはどうなの? と思ったところに、当のターゲットから押しつけられた口止め料をスッと取り出して、
「自分を仕事にかけてくれとたっての頼み。断れなくて受けてしまいました」
という実にイイ台詞と共に仕事料に上乗せしてくるシーンが――これは脚本の功績かもしれませんが――実に鮮やかで印象的でした。

 しかし驚いたのは、ラストの仕掛けである筆頭同心退治は、これはさすがに主水がやるのだろうと思いきや、主水は完全に脇に回って、小五郎が堂々と勤めたこと。冷静に考えれば当たり前の展開ではありますが、ここまではっきりと世代交代を描かれるとは…という印象でした(そーいや主水さんは死んだはずだって? いや、あの人たちは何かの拍子にタイムスリップとかしちゃうから、ほら、そういうことで)

 もちろん、良い点ばかりではなくて、荒削りであったり掘り下げが足りなかったり、という部分も色々と目に付いたのは事実。特に、全くの一般人であった源太が仕事人に加わる件があっさりしすぎていて――そのくせ仕事になると強んだまた――、その辺りの葛藤が欲しかったな、という気が強くしましたし、涼次を付け狙いながらも殺せず、自らも抜け忍となってしまう玉櫛の扱いも、どうにも中途半端ですっきりしないものがありました。
 特に後者は、玉櫛を演じる水川あさみが見事なクールビューティーぶりの上、こっそり涼次の住処に忍び込んでブリ大根食べちゃったりという茶目っ気もあって、なかなか良いキャラクターであっただけに実に残念…このままつかず離れずのカップル仕事人でも良かったのではなかったかな、と思います。
 も一つ言えば、敵が今時(という言葉を時代劇に使う理不尽さよ)地上げ屋で、しかも働く悪事が相当頭の悪いものというのが…石橋蓮司・佐野史郎・伊武雅刀という、インテリ変質者的役者を揃えておいてこれはちょっともったいなかったかと思います(特に石橋・佐野親子が実にいい意味で厭なオーラを出していただけに…)

 とはいえ、この辺りはまあ許容範囲。連続シリーズは無理にしても、年何回化のスペシャルドラマ化は狙っているでしょうし、上記の不満点も、その中で解消されていくのでは…というのは楽観的すぎますかそうですか。
 もちろん、昔からの熱心極まりない必殺ファンであれば、さらに厳しい感想があるのではないかと思いますが、本作が狙っているであろう視聴層を考えれば、まずは健闘したのではないかな、と私としては思った次第。

 そんなわけで続編を強く希望いたします。

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2007.07.26

「柳生大戦争」第三回 大戦争とは何だったのか

 さて、前回あまりと言えばあまりのネタっぷりに思わず取り乱してしまったほどの怪作「柳生大戦争」ですが、連載第三回の今回で最終回。さてその内容はと言えば、意外や意外、ネタ度は極めて低い歴史小説的な展開(ファンにわかりやすく言うと、「魔風海峡」「魔岩伝説」の後半的展開。要するに主人公たちがほとんど何も出来ずに歴史のうねりを目撃するという…)であり、柳生の三兄弟を目撃者に、李氏朝鮮が女真族の清により蹂躙されていく「丙子の乱」の様が、描かれていくこととなります。

 朝鮮王・仁祖の反清親明路線の高まりの行き着くところにより、遂に朝鮮への攻撃を開始した清。この清国皇帝ホンタイジの側に仕えていたのが、前回日本を追われ、そしてまた朝鮮をも追われた漂泊者・柳生友矩。そしてまた、その友矩を討つために海を渡った十兵衛と宗冬は、朝鮮側の賓客として迎えられ、ここに日本にとっては異国である二つの国家に、柳生の兄弟が分断されて滞在することになります。
 そして物語は、主に三兄弟の目を通しつつ、この清と朝鮮の「大戦争」の有様を描いていくこととなります。ここにおいては三兄弟はほとんど傍観者の立場。幾度か小競り合いはあるものの、結局巨大すぎる歴史のうねりの中では柳生の剣の力も微々たるもの、狂言回しというか、荒山先生自らが記すようにダシ扱いであります。なるほど、ここに来て「大戦争」とは何のことであったか、ようやくわかりました。図られた!(もっとも、第三者として、そして戦争を知らない世代の代表として、この戦争を目撃した十兵衛と友矩の心中描写についても、何とも切なくも重いものがあり、これはこれで大いに意味のある設定であったと思います。が…)

 荒山先生には、以前古巣の読売新聞のインタビューに答えて「作品に伝奇色を持ち込んだのは、歴史に関心の薄い今の読者が手に取りやすくするため。本当の狙いは、日本とコリアの密接な交渉史を知ってもらうこと」という発言がありましたが、最初見た際にはには、またまた先生ご冗談を…と失礼ながら思ったこの発言が、豈図らんや、真実からの言葉であったとは!

 そんな失礼極まりない感慨はさておき、真面目な話をすれば、初の朝鮮通信史来日を祝う江戸の呑気な有様と、朝鮮王が清太宗に文字通り膝を屈する悲惨な有様を並列して描いてみせた部分には、読んでいて震えが来ました。(内実はともあれ)日朝史に記念すべき出来事と、中朝史上の不幸な戦争がほぼ同時期に起きていたとは! まさしく「信長だの深川だの」の読者である身(…一般人面するなって?)にとっては、全くもって驚きの一言。まさにこの時のために、この物語はあったのではないか、とすら思えます。

 一方、荒山ユニバース的には、「処刑御史」や最近の祥伝社の短編で活躍していた妖術者・安巴堅(の名をこの時代に継いだ者)が登場。一種のファンサービスかと思ったら、それがラストに来てとんでもない結末に物語を導くことに…
 この山風の某作品へのオマージュと思われるラストの展開は、ネタとしては非常に面白いですし、連載全三回それぞれで時代も舞台も登場人物も異なる本作において、背骨をきっちりと通ったものとして評価できるのですが、上に記した通り、これまで十兵衛や友矩たちが見て、感じたものが、無に帰すようなオチはどうだったのかな…という気持ちが正直いたしました。それこそが歴史の皮肉と言えばそれまでですが――
 また荒山ファン的には、荒山ユニバースの中核をなすであろうこの世界観でのこの結末を、今後どのように扱っていくのかが大いに気になるところではあります。

 …そして、一見殊勝な態度を取るようでいて、司馬遼太郎先生に公開説教を喰らわす大人げなさには、何というか、これまでとはまた異なる執念のようなものを見た思いで、ある意味感動いたしました。


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2007.07.25

「大江戸ロケット」 拾六発目「あたしがアレよ!」

 ここしばらくずいぶんのんびり…というかじっくりした展開だった「大江戸ロケット」ですが、今回はあっとびっくり急展開。予想できた展開ではあるものの、やはり実際に来てみると本当にツラい、おソラさん正体バレの巻であります。

 今日も今日とて青い女のために白い獣探しに血道を上げる赤井様は、手がかりである清吉をしょっぴくため風来長屋を独断で急襲。駿平を「眼鏡キャラは一人でいいんだよ!」と、いかにも粟根さんが言いそうな台詞とともにイビったりしながら(ここで駿平から取り上げた眼鏡を自分の眼鏡の上に掛けるのがまた舞台チックな小芝居だと思います)、清吉らしき男を締め上げたら…謎の遊び人の金さん!
 もちろん正体バレバレな金さんの前に赤井様もタジタジ。すげえ…金さんが普通に(?)金さんチックに役に立ってる! ――いや、赤井様の画像を自分のブログに掲載すると脅して自分の言いなりにさせるのが金さんチックと言えるかどうかは別として。そしてここでちゃんと女の生首の刺青ネタを出してくるのはさすがだと思います。

 そんなこんなで自分の長屋に泣いて帰って、青い猫型ロボット…ではなく青い女に泣きつこうとする赤井様ですが、青い女は不在(これで押入で寝てたらすごいよな)。仕方なくこの時代には存在しなかったどら焼きを食べて待ちますが、その頃青い女は清吉の作業小屋に出現。
 ちょうどおソラさんと銀さんの微妙な距離にイラついていた清吉の前に現れた青い女は、正体を知るソラ・銀さんに出会ってもたじろぐことなく逆にソラと清吉の仲を揶揄して、怒ったソラを一方的に(清吉にとって)悪役に仕立てる頭脳プレー。清吉に限らず、この番組の面子は騙されやすそうだから効果的でしょう…

 さらに変身したおソラさんは、折悪しく清吉を追ってきた風来長屋の面々に袋叩きにされる(しかし命知らずな一般市民の皆様だ)という悲劇。反撃もできず、悲しい顔を見せる獣形態のおソラさんが切なすぎます…
 しかし青い女の側の状況も色々と複雑怪奇。そして青い女も本当に自分は故郷に帰りたいのか自問自答したと思ったら、今度は分裂能力が暴走し、しかも分裂体が青い女を襲おうと――この分裂能力暴走は何を意味するのか。やっぱり地球に来てから摂取したモノがよくなかったのかなあ…

 しかし、ここまでの話を観て気になったのは、ジャバウォック星人(仮称)のメンタリティ。明らかに地球人よりのおソラさんと、基本的に人間を見下している青い女では、明確にその態度が異なるのですが、彼女らの母星において、ソラが普通なのか青い女が普通なのか? という点は、いくらでも解釈できる問題でありますが、こと青い女の心情描写が出てきた今となっては、些か気になる点ではあります(というより姿は似ているけどそもそも同じ種に属するのかこの二人? 色はともかく青い女は分裂するしなあ…)。

 と、ここまででも十分イヤな展開ですが、さらに事態は黒い方向に進んでいきます。まず、おソラさんたちの頼もしい後ろ盾になるはずであった金さんが、大目付に栄転という名目で町奉行を罷免。折角風来長屋に住み込んでまで守ってくれようとしていたのに…ってそんなことをしているから罷免されたんじゃ…

 一方、青い女は正体を黙っていることと清吉のロケットを引き替えにしようとおソラさんに取引を持ちかけますが、もちろんそれを肯んじるわけがない。しかしそれはそれで青い女の思うつぼ、というわけで遂に青い女は赤井におソラさんの正体を…勇躍赤井様は、今度は黒衣衆を率いて風来長屋を急襲。清吉を取り押さえます。
 そこに現れたご隠居は、ベタベタな葵マークのご印籠ネタでその場を鎮めようとしますが、先に平賀源内って正体が割れているんだからそりゃ無理な話。だからといって印籠をぶった切る赤井様はさすがにいかがなものかと思いますが(それだけ切羽詰まっていたのかもしれませんが)、いずれにせよご隠居使えねえ…

 そして勢いに乗った赤井は、おソラさんの目の前で何とその刀を清吉に振り下ろさんとしますが――ここでついにおソラさんは妖獣ゴッドに対するデビルマンの如く(全然違います)ヒロイン清吉の目の前で大変身。白い獣の姿に変じて黒衣衆を、赤井を薙ぎ倒しますが、しかし清吉のみならず長屋の面々までおソラさんの正体を知ってしまって…と、タイトルどおり「あたしがアレよ!」と知れたところで以下次回。


 ――と、やはり実にツラい今回の展開。こんな状況で次回に続くとは、番組始まって以来のシリアスなヒキですが、いやはやどうなることか、舞台(のDVD)を観た身でもわかりません。対外的に役に立ちそうな金さんは左遷、上記の通りご隠居の平賀源内ネタは使用済みですし…いや、そんなことよりも、おソラさんが実はジャバウォック星人(仮称)だと知ってしまった清吉と長屋の面々にとっては、ギャグで流すのも難しい、あまりに衝撃的な事実でしょう。
 空を飛べるちょっと変わった女の子と、殺人疑惑のあるジャバウォック星人(仮称)では、その違いは大きすぎるわけで…(しかし、最初のこの姿を見ていながら青い女に惚れて、いまだにべったりの赤井様は、ある意味男として見上げたものなのかもしれません…いや、それだけナニがアレなのかもしれませんが<台無し)。まあ、舞台版のプレデターの着ぐるみみたいな正体に比べればモフモフしている分可愛くない? …ないか。

 さて、ここで問われるのは清吉の心意気。冗談抜きにここでおソラさんを見捨てたら、赤井以下の存在ということになってしまいます。果たしておソラさんへの清吉の気持ちはそんなに軽いものだったのか(いや、無茶を承知で言っています)、そして月まで届く花火を作るという決意は何のためだったのか、ある意味、清吉の主人公としての資格が問われることとなるのでしょう。
 まあ、まだ来週再来週くらいは色々と重~い展開になりそうですが…さて。


 …あ、源蔵さんのお母さんの息子も眼鏡キャラだったっけ? 真剣に思い出せません。


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 今週の大江戸ロケット


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2007.07.24

「陰陽師 夜光杯ノ巻」 変わらぬ二人の世界

 何だか短編集はずいぶん久しぶりのような気がしますが、夢枕獏先生の「陰陽師」シリーズの最新短編集「夜光杯ノ巻」が刊行されました。夜光杯とは、名玉でつくられた夜中にでも光る杯のことですが、なるほど、暗がりの中でもきらりと光るような作品がいくつも収録された、味わい深い作品集となっています。

 収録されている作品は、「月琴姫」「花占の女」「龍神祭」「月突法師」「無呪」「蚓喰法師」「食客下郎」「魔鬼者小僧」「浄蔵恋始末」の全九話。これまでよりも収録作数は多めですが、既に円熟の域といいますか、素晴らしい安定感がある本シリーズだけに、どの作品も安心して読むことができますし、変化に死霊、神仏に鬼神が入り交じっての物語は実に賑やかであります。

 個人的に印象に残ったのは、あまりに豪快なクライマックスの展開にに初めびっくり次ににっこりの「龍神祭」(晴明が時折、博雅の方が力は上などと言っているのは全くもって正しいと思えます)、一切衆生悉有仏性という教えが何という優しい思想であることかと感じ入った「月突法師」、そしてあまりに純粋な恋の姿を描いた「浄蔵恋始末」といったところでしょうか。特に最後の作品は、他の作品とは少々晴明の立ち位置が異なるのですが、人の心の機微を知り尽くした上で、一見不思議でも何でもない事件の絵解きをしてみせる晴明の見事な名探偵ぶりが、切なくも美しい結末と相まって心に残ります。

 正直なところ、さすがにこれだけ長期に渡っているシリーズということもあり、口の利けぬ女の怪など、シリーズのこれまでの作品とちょっと被っているかな…と思わないでもない題材もありますが、しかしそれはマニアの見方というものかもしれません。
 何よりも、いつもと変わらない晴明と博雅の姿、二人の何気ない――それでいて実に味わい深い会話を聞くことができるだけでも「ああ、いいなあ…」としみじみ感じ入ってしまいます。
 いつもと変わらぬ二人がいるこの居心地の良い世界が、この先いつまでも続くように…心から願う次第です。


…にしてもやっぱり晴明と博雅の仲はどう見てもただごとではないのですが。何なのですかあの晴明のデレっぷりは。


「陰陽師 夜光杯ノ巻」(夢枕獏 文藝春秋) Amazon

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2007.07.23

「モノノ怪」 第二話「座敷童子 後編」

 「モノノ怪」第二話は「座敷童子」の後編。前後編のため良くも悪くも早い展開でしたが、内容としては第一話の伏線をきっちりと受けた、いかにもこの作品らしい残酷で、それでいて切なく心を打つ物語となっていたかと思います。

 宿の女将が語り、そして志乃が見た開かずの間の秘密。それは、かつて遊郭であったこの宿で身籠もった遊女が、この場で女将の手により無理矢理赤子を堕ろされていたという過去の事実でありました。
 そして座敷童子はその赤子たちが変じたものであり、志乃の腹を借りて現世に生まれ出でようとしていた――それが座敷童子の真と理、ということなのでしょう。

 正直なところ、宿の過去を知った時点で十分予測できた座敷童子の正体と展開ではありますが、しかしそれを安易と感じさせないのが本作のビジュアルと演出のセンス。ちょっと技巧に走りすぎたかな、という面もありますが、緊迫感を煽り、残酷な真と理を描く様は、相変わらず見事であったと思います。
 特に、開かずの間の過去、遊女たちが堕胎されるシーンでは、赤く染まる水とその中に浮かぶ起上り小法師、引き裂かれる布と赤子の泣き声と、何を指しているかは明白ながら、あからさまにはちょっと描けそうにない過去の事実を浮かび上がらせていて、なるほどこういうやり方があったか…と感心したと言いますか、ゾッとしたと言いますか(しかしこんなところでどうやって…などと思っていたら女将のあまりに直截的な行動にひっくり返った)。

 そして志乃と薬売りの前に座敷童子たちが現れて以降、ラストまでの展開については、これは見る者によって色々と解釈は分かれそうですし、正直なところ、わかりやすいとは言い難い描写でしたが(もちろんこれはスタッフの狙い通りでしょう)、黄色の座敷童子はこれまで死んだ赤子の化身ではなく自分自身の赤子だったと解釈すれば(見返してみると、前編で登場した時点で、黄色の座敷童子の足元から志乃の足元に、赤い布が繋がっていたのですね)、大体全体像は見えてくるかと思います。
 ラストの志乃の姿についてもまた解釈は分かれるかとは思うのですが、それもまた良し。いかにも本シリーズらしい、見返す度に色々と発見できる作品であって、画面のクオリティだけでなく、内容的にも繰り返しの観賞に堪える作品であったかと思います(もっとも、その「らしさ」に縛られて自由な物語作りができなくなってしまうのが恐ろしいのですが…まあそれはこれからを観てから心配しましょう)。

 ただ少し残念だったのは、クライマックスの薬売り周りの描写が、「化猫」を観ていない方には何だかさっぱりわからなかったであろうこと。もっとも、あそこまで観ている側に感情移入させた座敷童子たちと、派手にバトル展開されても大弱りですが――
 個人的には、座敷童子たちが消えてゆき(この時の笑顔がまた綺麗で…)、そして志乃が振り返ると退魔の剣を抜きはなった薬売りの本性(?)が、一瞬だけ映るという演出は、非常に気に入っております(その後のEDへの入り方もまた…)。

 そして次回は「海坊主」。よりによって「海坊主」で小中千昭氏が脚本とは…ホラーファン的には色々な意味でたまらないエピソードになりそうです。そしてよくよくキャストを見てみたら「化猫」のあの子が。これもまた楽しみです。


「モノノ怪 座敷童子」(角川エンタテインメント DVDソフト) Amazon


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2007.07.22

八月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 梅雨なんだかそうでないのかすっきりしないうちに夏はやってきて、八月の時代伝奇アイテム発売スケジュール更新です。

 八月は文庫の小説よりも漫画の方が充実の印象。文庫で目に付くのは、版元とタイトルからして辻風弥十郎シリーズ第二部と思しき牧秀彦先生の「無頼剣の施風(仮)」と、八月も連続刊行と絶好調なんだけどタイトルのセンスは相変わらずの風野先生の「耳袋秘帖 谷中黒猫殺人事件」、そしてネット上で私くらいしか注目してないんじゃないかと心配になる城駿一郎先生の「神保鏡四郎事件控」の最新巻くらいでしょうか。おっと、中国もので既刊の文庫化ですが、田中芳樹先生の「岳飛伝」が刊行開始です。

 一方、漫画の方ではいよいよアニメ放送開始の「シグルイ」第九巻の登場。藤木vs伊良子の死闘と、牛股師範代の大暴走が描かれます。と、第九巻と同時に、「シグルイ奥義秘伝書」なる書籍が発売されるようですが、これはいわゆるムックや解説本と思われます。この手の本には、正直外れも多いのですが(「修○の刻」とか「バ○リスク」とか)、さてどうなることでありましょう。
 また、講談社からは、この冬に「シリウス」誌に掲載されたホラーコミック特集の単行本化と思われる「怪奇宴」が登場、朝松先生の「ぬばたま一休」シリーズの漫画化である「紅紫の契り」が掲載されるはずです。しすて、しばらく単行本が出ていなかった「九十九眠るしずめ」が、「明治17年編」と仕切直して続巻の刊行開始の模様。
 その他、「ガゴゼ」の第三巻や、雑誌もろともどこかに消え去ったかと思われた「東京事件」第一巻(この作品、ジャンルは何と言ったらよいのかしら…)に注目です。

 さて映像作品ですが、何と言っても注目は新作エピソード「奇士神曲」の獄一「嘆きの河」が収録される「天保異聞 妖奇士」第六巻が必見(ちなみに七月に第五巻が発売されるのを前回更新時に書き忘れておりました。何やってるんだ)。何だか本当にDVDが売れてないみたいで真剣に心配ですが、私はもちろん買ってます。新作のレビューも当然書くよ!
 と、その一方でえらい傾向が違って恐縮ですが、「まんが水戸黄門」がDVD-BOX化されるというのはちょっとしたニュースだと思います。
 また、香港の歴史アクション大作(って間違ってはいないんだけど似合わない表現だな…)「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ」シリーズのうち、ジェット・リー&ツイ・ハークの三部作が再DVD化。ド派手なアクションを展開しながらも、いかにもツイ・ハークらしいテーマ性が盛り込まれた傑作群であります。何と言っても第二作「天地大乱」が最高なので、万が一未見の方は是非。あと、ゲキレンジャーファンも! と、その陰で「迎春閣之風波」がDVDに! これはびっくり。

 最後にゲームですが、PS2用の「戦国無双2 猛将伝」が発売となります(それに合わせてか、「戦国無双2」がベスト化)。にしても毎度限定版がもの凄い無双シリーズですが、今回は通常版を含めて四バージョン発売というのは、さすがにどーなんでしょう。次回作がPS3で爆死確定なだけにここで稼いでおこうというのかしら…
 が、私にとっての大本命は、ニンテンドーDS用の「ONI零 戦国乱世百花繚乱」。いや、わかってる! 地雷なのはよくわかってるんだが、あえて飛び込む狂…いや侠気を買って下さい。

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2007.07.21

「大江戸ロケット」 拾五発目「突然! 正月に大空爆」

 前回は大晦日ときたら、今回はやっぱりお正月の「大江戸ロケット」。暑い夏の盛りに見るには違和感バリバリですが、何だかお正月らしい明るい賑やかさが漂う楽しいエピソードでした。
 ちょっと今回はネタが多すぎたので以下箇条書きで。

○いきなり始まる長屋の一同のご挨拶。それを受けて山ちゃん…じゃなくて銀さんは「耳」を相手にDJのノリでキャラクター紹介を開始(にしても銀さんの守備範囲の広さには恐れ入る)、さらにはおソラさんの年表解説とメタメタな展開の連発にいきなりノックアウトです。

○年表解説では遠山様罷免や玉屋清吉所払いなど、キャラの行く末に係るある意味ネタバレ部分を宣言してしまうのが、むしろ今後の展開を期待させて心憎いところです。しかし「他の番組」が「縁起悪い」って、あやまれ! 「妖奇士」の脚本家にあや…(ここで今回の脚本家を確認する)

○そしてネタは留まるところを知らず、PUFFYコスまで登場。女装兄弟…

○前回の源蔵のお母さんとの会話以来、微妙に心境の変化が生じているらしい青い女。(こちらの希望込みで)何やら人間味が出てきたようにも思えますが…が、それをあざ笑うように突如怪物に変化する彼女の腕。彼女の意志に反して変化した?(この腕、前から何かに似てると思ったら「ARMS」のジャバウォックだ)

○その頃、長屋では新左がご隠居から見せてもらったという設計図を元に作成した、今でいうヘリコプターの飛行実験に職人トリオがチャレンジしますが、さすがに人力ではうまくいかず…そんなことよりレオン・ジョルダーノって! ご隠居がサージェスの関係者でももう驚かないぞ。そしてこういうネタは好きなので、脚本家の方は楽しいのでもっとやって下さい(と、カメラ目線? で)

○その一方で清吉・駿平兄弟がは先週からの伏線である凧に乗っての空中発射実験にチャレンジ。凧に乗ってというと、白影さんのようにムササビのように凧に張り付いて、というイメージがありますが、さすがに発明兄弟らしくスマートなゴンドラを取り付けてのフライトです(まあ、そうでもなければエアロンチなぞできませんが)。打ち上げるモデルロケットは、清吉発案の四連ノズルと駿平考案のジャイロを連動させた優れもの。…欲しい人材だ。

○さて実験開始、というところに格好良く凧から出現したのは、清吉の周辺を嗅ぎ回っていた赤井様。が、そのドタバタのおかげで凧がコントロールを離れて漂流開始…しかし今回の赤井様は、シリーズ当初を思わせる普通に困った同心という感じでちょっと安心(?)しました。

○清吉たちを救うため立ち上がった天鳳天天は、黒衣衆(特に「腕」)に頼み込んで救出作戦開始。人間ピラミッド状態から、上の段が下の段を踏み台にして多段ジャンプ、最上段の天鳳が凧に辿り着こうとしますが――まあ、失敗するのがお約束。しかし三回も繰り返しバンクでやってくれるとは思いませんでした。大丈夫かマッドハウス! …じゃなくて、そんなに多段式ロケットの発想を刷り込みたいのか。

○このピンチに、自分の算学は実際には何の役にも立たないと落ち込む駿平。職人トリオが理論は至らないものの腕と経験でチャレンジする姿に劣等感を感じていた彼ですが――ここで清吉が珍しくお兄ちゃんぶりを発揮して駿平を激励。お前を信じる俺を信じろ!…とは言いませんが、駿平が机の上で考えた理論も、現実に繋がって、そこで活躍するためのものなんだ! という励ましに、駿平はゴンドラの周囲に等間隔に取り付けた花火を一斉点火して制動をかける作戦を立てます。

○まあ、一端うまくいったように見えた作戦も失敗するのがお約束…かどうかは知りませんが、そこに駆けつけたのは、ご隠居発明のスチームインジン搭載の新左のヘリコプター。ご隠居のバランスブレイカーぶりは相変わらずですが、駿平も立てて新左も立てる、物語の流れに即した展開でめでたしめでたし。


 と、冒頭のネタ連発にひっくり返りましたが、やはり今回もドタバタの中にそれぞれのキャラを立てたイイ話の中でロケット開発も進展させるという黄金パターンの今回。この手の開発もの(?)では、何となく現場至上主義で理論が軽視されるような傾向があるように思っていましたが、ここでは実際に手を動かす奴も頭を働かせる奴も、どっちが偉いのではなく、どっちも凄い! という素敵な結論で、実に良かったと思います。まあ、黒衣衆は報われませんでしたが…

 そんな一方で、上記の通り年表解説の中で先の展開を予告するような発言が出てくるのが何とも心憎いところ。年表(史実)ではこうだけど、この物語の中の現実ではこうなんだぜ! という時代伝奇ものの楽しさを描いていくぞ、という一種の挑戦状のように感じました。特に気になるのは玉屋清吉の所払い…元々の舞台では、本作における清吉は史実の玉屋清吉と完全にイコールではなく、モチーフにして作られたキャラ、という位置付けだったかと思いますが、アニメのスタッフ(というかメインライター)が、こんなおいしいネタをスルーするはずはないでしょう。どんなことになるのか、期待して待ちたいと思います。


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2007.07.20

「モノノ怪」 第一話「座敷童子 前編」

 昨年、深夜アニメ「怪 ayakashi」中の一エピソードとして放映され、そのクオリティの高さで絶賛された「化猫」。私も折に触れては見返している大好きな作品ですが、その中でゴーストハンター役を務めた謎の薬売りが帰ってくる! と言うことで非常に楽しみにしていたのが本作「モノノ怪」であります。
 その第一回は「座敷童子」の前編。不幸にもサッカー放送が延長したおかげでビデオを録画し損ねて大いに悲しい思いをしましたが、第二回放送のその日に、ようやく見ることができました。

 雨の中、謎の薬売りが飄然と現れたのはとある老舗宿。彼の後から現れた一人旅の女・志乃は、一度は満室と断られたものの、自分が妊娠していること、そして追っ手に追われていることを必死に訴えます。
 宿の女将は、渋々普段客を泊めないという最上階の部屋に志乃を通しますが、そこにまで伸びてくる刺客の魔手。が、その時何者の手が刺客を捕らえ、そして残されたのは奇怪な姿を晒す刺客の遺体のみ…
 そこに現れた薬売りは、これがモノノ怪の仕業と断じ、部屋に結界を張るや、降魔の利剣を抜き放ちますが、さてそのモノノ怪、座敷童子の真と理とは――

 というあらすじの第一回ですが、全体的なクオリティの高さは相変わらず圧倒的。和紙のようなテクスチャによる背景美術は、無国籍的でありながらも「和」の香りを濃厚に孕んでおりますし、その中で息づくキャラクターたちも、声優陣の抑えた、しかし血の通った演技もあって、安心してみることが出来ました(それにしても、オサレなテイストを狙いながら、その狙いをほぼ成功させているのは、冷静に考えてみれば大したものかと思います)。
 しかし何よりも、その奇怪な舞台と物語の中で、こちらの不安感を否応なしに煽り立てる演出が、私にとっては印象に残りました。
 いかにも曰くありげな館に、志乃にのみ聞こえる子供たちの声。そして開かずの間にどこからともなく現れ消える子供…文章で表すと、大して新味のない要素も、本作のビジュアルと演出で描かれると、なかなか新鮮に感じられます。

 尤も――あまりにアーキスティックなビジュアルのおかげで、どこからどこまでが美術としての演出で、どこからどこまでが伏線なのか判別できない点もあったのが残念と言えば残念なところ(この時点で既にスタッフの術中に陥っているのかもしれませんが…)。
 そして何よりも、今回のエピソードの舞台と、「化猫」の舞台となったどこか歪んだ印象のある閉鎖空間――おぞましい曰く因縁を孕んだ屋敷という舞台とが、どうしても被って見えるため、全体のお話の印象も似てきてしまうのが気になります。

 もちろん、新番組第一話であって「化猫」を観ていない方、今回初めて薬売りに触れる方も多いと思われますので、その辺りはこちらの考えすぎかもしれませんが…まずは後編の仕上がりを待つとしましょう。

 ちなみに本作のOPは小松亮太&チャーリー・コーセイという色々な意味で信じられないようなコンビ。映像もなかなか意味深なビジュアルの連続で、既にOPの時点から作品世界が始まっているのだな、と思わされました。

 も一つちなみに漫画版は「ヤングガンガン」誌で「天保異聞 妖奇士」漫画版を連載していた蜷川ヤエコ氏により連載予定。…「妖奇士」の後に「ayakashi」発祥の作品を漫画化というのも、何だか因縁めいた話ではありますね。


「モノノ怪 座敷童子」(角川エンタテインメント DVDソフト) Amazon


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2007.07.19

「若狭殿耳始末」 室町よりの闇電話

 異形コレクションで私的に注目しているのは、何と言っても朝松健の室町伝奇もの。全巻に執筆しているわけではないとはいえ、登場の際には、どのようなテーマでも室町伝奇――それも水準以上の――に結びつけて描いてみせる作者の力量には、いつもながら感心しているのですが、本作「若狭殿耳始末」はそんな中で、異形コレクションのうち「闇電話」に収録された作品です。
 若狭守護・一色義貫とその正室・茅野局を襲った恐怖を描いた本作は、当然ながら電話というものがいまだ発明されていなかった時代を舞台としていますが、さてそんな中で如何にして電話の怪を描いたものかと言えば…

 幼い頃の義貫と茅野が、城の倉で見つけたもの――それは、義貫の父が救った南蛮の難破船の乗員が遺したと思しい陶製の首でした。陶製でありながら、生身の温もりと感触を持つ奇怪な耳と唇を持つその首を玩ぶうちに、その二つが取り外し式になっていたことに気づいた二人は、更に、その耳を男が、その唇を女が使うことにより、遠く離れても互いの言葉を、周囲の音を聞き、伝えることができることに気づきます。が、二人が面白がって使ううちに、伝わってくる音の中に奇怪な声が入り交じるようになり、そして耳と唇から奇怪な粘液が滴ってくるに至り、恐れをなした二人はそれをしまい込むのでした。
 それから二十五年後。仲睦まじい二人を見て茅野に横恋慕したた暴君・足利義教(この人も一休の次くらいの常連ですね)は、彼女を奪うために義貫を亡き者にせんと、次々と周囲に戦を仕掛けては、義貫をそれに送り込みます。その中で辛くも生き延びつつも、義教の悪意を悟った二人が、戦場と若狭に引き離された中で互いの安否を確かめ、義教の奸計に立ち向かうために持ち出したのは、あの陶の耳と唇。その力で繋がりあう二人ですが、やがて耳と唇からは、忘れていたあの奇怪な声と粘液が――

 そしてこの奇怪な耳と唇が二人にいかなる音の地獄をもたらしたか、そしてその顛末については、ここでは伏せますが、なるほど、厳密には「電」話ではなものの、遠くの者と会話をし、相手の言葉を聞くことができるという電話の機能そのものが内包する、しかし普段は気にも留めていなかった恐怖を描いており、その意味では立派な電話ホラーだわい…と感心いたしました。
 音の地獄の描写が少な目なのが残念ではありますが、作品全体を覆う奇妙な不安感といい様々な意味でのグロテスクさ――なるほど室町バロックとは言い得て妙です――といい、朝松室町伝奇としてなかなかに魅力的な作品であって、単行本への収録が待たれるところです。


「若狭殿耳始末」(朝松健 「異形コレクション 闇電話」所収) Amazon

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2007.07.18

「シグルイ特別版 見れる、見れるのだ!」

 もう明日から本放送開始という時期の紹介で恐縮ですが、現在WOWOWのサイトで公開中の「シグルイ特別版 見れる、見れるのだ!」を観ました。アニメ第一景「駿府城御前試合」に加え、若先生こと漫画「シグルイ」の作者である山口貴由氏のインタビュー映像が冒頭に挿入された内容で、原作ファン(「駿河城御前試合」の方も、「シグルイ」の方も)にとって実に興味深い内容でした。

 冒頭のインタビュー映像は、若先生の原作「駿河城御前試合」そして自作「シグルイ」への想い、そしてアニメ「シグルイ」への期待を語るという内容で、特に前者はこれまでも雑誌インタビュー等で語られている内容ゆえさほど新味はなかったのですが、何と言っても、訥々と語る若先生自身の口調の中に重く熱いものが籠もっているようで、印象的でした。何だか藤木とダブりますね。

 そしてアニメ第一景は、原作の第一景「駿府城御前試合」から第三景「一虎双竜」の半ばあたり、すなわち忠長の切腹から御前試合の開幕、そして過去に戻って藤木と伊良子の最初の対決を経て、牛股の「不作法お許しあれ」までが描かれておりました(しかし今見てみるとずいぶん藤木が感情豊かだなあと感じますが、原作でも初期はこんな感じだったのですね)。
 そのクオリティはと言えば、まずもって合格点と言ったところでしょうか、緊張感溢れる映像で、久々に背筋を伸ばしてアニメを観てしまいました。
 画面の色合いは、ほとんどモノトーンに近いほどの抑えめ、登場人物の描写や声優陣の渋い演技、またOPEDともインストゥルメンタルということもあり(ただし今回の放送は無料放送用の特別版とのことなので、本放送では変更になるかもしれません)、雰囲気的には白黒時代の時代劇映画を観ているような印象で、ここまできっちりと作ってくるとは…と嬉しい驚きです。

 内容的にも基本的には原作に忠実だったのですが、目についた違いと言えば、原作では非常に印象的に使われていたナレーションの類が、ほとんどなくなっていたことでしょうか。このナレーションは、原作ではある意味台詞以上に名フレーズが多く、間違いなく原作の魅力の一つではあるのですが、これをアニメでそのままやるとナレーションの出番が異常に多い作品になりかねませんので、まずは仕方のないことでしょう。
 そんな中で面白かったのは、虎眼流の道場破りに対する心構えである「他流のもの丁重に扱うべし 斃すことまかりならぬ 伊達にして帰すべし(後略)」を、藤木と伊良子の対決を見守る虎子たち――宗像・丸子・ちゅぱ・興津が、リレーするように次々と唱えていくという形で描かれていたことで、これは原作ではこの時点では未登場だった虎子たちの顔見せという意味も含めて、実に面白いアレンジだったかと思います。

 ちなみに原作にあった残酷描写は、例えば冒頭の鳥居土佐守の腸掴み出しはCGとモノクロ描写の組み合わせで描かれていて、ああ、頑張って工夫したんだなあ…というところでしょうか。また、若先生のピンナップ等によく登場する、藤木や伊良子の骨や内臓が透けて見える画も思わぬところで挿入されていて、この辺りの描写には感心させられました。

 もっとも、冷静にみればバンクや止め絵が相当多く、当然全力投入してくるべき第一話でこれはちょっと不安要素ではありますが、しかしその辺りもこの第一景では違和感なく使われており、これはこういう演出と、考えてもいいのかもしれません。
 何はともあれ、クオリティについては定評のあるマッドハウス製作なので、ここは今月十九日からの本放送でのお手並み拝見、というべきでしょうか。

 ちなみにアニメの公式サイトでは、第六景までのサブタイトルが公開されていますが、それぞれ「駿府城御前試合」「涎小豆」「鎌鼬」「童歌」「秘剣伝授」「産声」と、原作読者であれば、これを見ただけで一発で内容がわかるでしょう。しかし全十二話の半分でこの内容ということは、やはりアニメ版は虎眼先生の死辺りまでなのでしょうね。


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2007.07.17

今週の「Y十M 柳生忍法帖」 沢庵説法地獄

 月曜日がお休みだったので土曜日発売だったヤンマガ最新号。でも更新が遅れてこの様…はともかく、今週の「Y十M 柳生忍法帖」は、前回ラストのおとねさんの衝撃も褪めやらぬまま、またもやおとねさんが大暴れです。

 フラフラと城門から外に出ようとするおとねさんの身体検査をしようとしたら、いきなり晒した玉の肌。確かに何も隠し持ってはいないことをアピールするには適した手段かもしれませんが、いきなり開始早々見開きでアッピールされては、見ているこちらが困ります。そして検査しようとした方も困った。
 それにしても前回のアレといい今回のコレといい、原作ではわずか数行でサラッと書かれた描写をここまでインパクトあるものにしてしまうとは、画の力というものの偉大さというものをまざまざと見せつけられた思いです。というかせがわ先生のエッチ。

 かと思えばおとねさん、おゆらさんと一緒の明成のところを訪れていきなりの接吻攻勢。大破倫のエロ大名も、さすがに後ろめたいのか、おゆらさんの目を気にして大慌てですが――当のおゆらさんはおとねさんがいる間ずっと水木漫画チックな糸目顔でだんまり。普段さんざん雪地獄の生け贄を交えてあんなだったりこんなだったりするであろうに、この反応は意外というかなんというか(いや、あれはおゆらさん承知の上だからOK、ということなのでしょう…)
 しかしこの二人…というよりおゆらから明成に対して愛情というものがあるのか否か、今更ながらに気になってきましたが、それはまあ今後の展開に関わってくるので言わない。

 さて、それ以上にヒドいのは沢庵和尚、ありがた~い仏様の話を聞かせてやろうと講話の押し売りです。はっきりとは描写されていないものの、その講話たるや、おそらくは沢庵和尚が腕によりをかけて(?)用意した、退屈極まりない上に長時間のものでしょうから、これは嫌がらせ以外の何物でもありません(沢庵和尚も体力ありそうだから、数時間のマラソン講話とかやりそうです)。
 何せ将軍家も帰依しているありがたいお坊様の講話ですからして、断ったり途中で寝たりしたらどんな後難がふりかかるやもしれず…いや、こんな嫌がらせ良く考えるなあと感心すると同時に、こればかりは明成に同情いたします。

 そんな嫌がらせの連発でゲンナリの明成にとって、さらにゲンナリなのは般若面の存在。前回、芦名衆に変装した般若面=十兵衛は、そのまま国境の番所に向かってそこを守る芦名衆を殲滅。しかし撫で斬りにされた芦名衆には申し訳ないですが、この時の見開き描写が実に格好良くて…これももちろん画の力。
 そして真・野呂万八と十兵衛があまりに似てなくて笑いました。

 と、そんなおっかない般若面が領外に出たとの報に、もう帰ってこないのではって言い出す明成はどんだけヘタレですか。
 しかし銅伯はその可能性を否定、さらに般若面再来の狼煙代わりに国境の芦名衆を使うと――すなわち、国境を守る彼らが斬られればそれは再来の証と――言い切ります。なるほど確実な手段ではありますが、しかし配下を見殺しにする、いや配下を捨て駒にするこの戦法の件、銅伯の酷薄な性格が出ているようで印象的な描写でした。

 しかしいい加減嫌がらせの連発に飽きてきたか、その銅伯がついに沢庵に対して「幻法 夢山彦」の使用を宣言したところで今回は〆。あの天衣無縫の沢庵を封じ、般若面を引きずり出すことに絶対の自信を見せる銅伯の、その秘術とは…と、気を持たせておいて再来週というのが何とも残念ですが、楽しみに待つとしましょう。

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2007.07.16

「天保異聞 妖奇士」DVD第四巻解説書が豪華な件について

 本放送終了から早三ヶ月の「天保異聞 妖奇士」ですが、DVDの方は現在第四巻まで発売されています。各巻、何かしらオマケがついているのですが、最新第四巻は、特製解説書一(ブックレット)が付録となっています。
 この手のDVDにブックレットというのは、特に珍しくないのかもしれませんが、今回のブックレットは全六四ページ、なかなか作りの細かい豪華版でした。

内容は
・インタビュー(會川昇・川元利浩・山村竜也)
・設定画・原画(往壓の初期設定画も!)
・背景美術集
・各話粗筋(説十五まで)
・用語解説(同上)
・妖夷&漢神解説(同上)
と、一部ムックと重なる部分もあるものの、ファンであれば正直なところ金を出して買っても惜しくない充実ぶり。
 これまで報じられてこなかった情報も、往壓の初期モデルがオダギリジョーやジョニー・デップだったとか、現在放送中の「大江戸ロケット」の作業は本作と同時進行だったとか、その時から若本規夫氏に両方の鳥居様の声を演じてもらうと決めていた(「妖奇士」が一年放送だったら、同じ声の二人の鳥居様がTVに登場する異常事態になっていたのか…)とか、(このブログでも取り上げましたが)えどげんとアビの元ネタの存在への言及があったり、興味深い内容が多く掲載されていました。

 残念ながら放映は半年で終了、正直なところ一般的な(アニメファンに対する)人気も…だったため、雑誌記事等による情報掲載が少なかった本作(以前に紹介したようにムックは素晴らしい内容でしたが)ですが、こうした形でフォローしてくれるのは本当に嬉しい話ですね。掲載されているストーリーダイジェストや設定資料などは、この巻までに収録されたエピソードまで、また會川氏へのインタビューは第八巻解説書に続くとあるので、おそらく最終巻となるであろう第八巻にも同様のブックレットが付いてくるものと思われます。第六巻以降、新作エピソード全五話が収録される予定ですので、そこまで含めた完全版の内容となるであろうブックレットが楽しみです。

 と、ブックレットのことばかり書いてしまいましたが、この第四巻に収録されている吉原編は、放送中も人気の高かった屈指の名編。時代劇ファン的にも、吉原の姿を裏も表もきっちりと描いてみせた上で、さらにそれを本筋にきちんと絡めて物語を展開してみせたのには、本当に驚かされました。ラストの、夕日に溶けるように消えていく蝶の姿がまた…
 ちなみにジャケット絵は今回から登場の狂斎なのですが、ジャケ裏が怖いです。怖すぎます。


「天保異聞 妖奇士」第四巻(アニプレックス DVDソフト) Amazon

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 今週の天保異聞 妖奇士

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2007.07.15

「旧怪談」 怪談の足し算引き算

 「幽」誌に掲載されていた京極夏彦の「旧耳袋」が、「旧怪談」のタイトルで単行本化されました。根岸鎮衛の「耳袋」を現代語訳…というより現代の実話怪談の文体で書くというユニークな試みでありますが、一冊にまとまったものを読んでみると、単なる現代語訳というものを超え、怪談というものの成立について考えさせられるものを含んだ興味深いものとなっておりました。

 「耳袋」(「耳嚢」)と言えば、江戸南町奉行を勤めた根岸鎮衛が、奇談巷説の類を書き留めた随筆集であり、時代小説の世界でも、宮部みゆきの「霊験お初捕物控」シリーズや、風野真知雄の「耳袋秘帖」シリーズの題材にもなっています。近年ではかの実話怪談集「新耳袋」が、これにあやかった題名としているわけですが、本書の雑誌掲載時のタイトルは、言うまでもなくこのパロディ。ある意味一発ネタ的企画ではありますが、それに留まっていないのはさすが…と言うべきでしょうか。

 そもそもの「耳嚢」からして、内容的には現代人――というより怪談ファンの目で見てもユニークで興味深いものも多く、それをそのまま現代語訳しただけでも十分に面白いと思われるのですが、本書では語り手を「侍のUさん」とするなど、いかにも現代の実話怪談集チックな文体で描くことにより、怪談ファン以外の読者にとっても、より親しみやすいものとしているのがまずはお見事と言ってよいかと思います。

 また、本文の後には、「耳嚢」の原話を収録してあるのもありがたい話です。…そして、怪談ファンにとって何よりも興味深いのは、この原話と「旧怪談」バージョンの比較から浮かび上がる両者の差異であります。
 本書に収められたエピソードのどれか一つでも読み比べてみれば瞭然でありますが、原話からこの「旧怪談」至るまでには、もちろん主たる内容はそのままであるものの、相当に原話にない描写が――ほとんどの場合、登場人物、特に語り手の心情描写が――追加されています。
 もとより登場人物の心情については控えめの原話でありますが、そこに付された描写は、原話に足りなかったものを補うのと同時に、再話者たる京極夏彦の作家性の現れでしょう。再話者が何を足し、何をそのままとしたのか、そしてそれは何故なのか――怪談の足し算引き算の理由を考えてみるもまた一興です(私の見たところ、その追加補足された心情が、怪異に対する懐疑の念が多数を占めているのが、実に興味深い)。

 さらに言えば、この追加補足については、実話怪談においてどこまで原話に対するデコレーションが許されるか、そしてどこまでを実話怪談と呼ぶのか、というある意味根元的な問題に繋がってくる点で、怪談ファン的には実に刺激的に感じられます。

 もっとも…アレンジによって原典と物語の方向性が正反対になったり、過剰な現代表現の使用により雰囲気が壊れている作品もあり、諸手を上げて面白いと言いかねる部分もありましたが、それはマア個人の感じ方にもよるでしょう。

 何はともあれ、まだ見ぬ実話怪談で大いに怖がりたい! という方の求めるものとは少し異なるかもしれませんが、江戸諸国奇談ファン・実話怪談ファン・京極ファンとしては、様々な角度から楽しめる一冊であるかと思います。
 なお、広告等を見たところでは、本書は児童書扱いとのことですが、内容的に特段に子供向けということはなく、漢字にルビが振られていたりやイラストが多めだったり、というくらいですので、本書を楽しむのには大人でも全く問題ない旨、申し添えておきます。


 と、これは重箱の隅で恐縮なのですが、「尾州公外山御屋敷」を「尾張(いまの名古屋)の外山にある尾州公のお屋敷」と明らかに誤訳しているのだけは気になりました…(今の新宿区の戸山のことです)


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2007.07.14

「大江戸ロケット」 拾四発目「一筆啓上明日が見えた」

 オープニングが変わった!(ちょっとだけ)といきなり驚かされた今週の「大江戸ロケット」。単なる一発ネタだと思っていた源蔵鳩ネタがここまで引っ張るとは…(もちろん、このOPの方が一発ネタという可能性もありますが)。が、何ぞ知らん、このネタが本編にまで密接に関わってくるとは――

 時は流れて天保十三年の大晦日。こちらは夏だというのに、グランセイザー並みの季節感のなさですが、まあ半年で天保十四年閏九月までいかないといけない(はずな)ので、まあ仕方ない。と、時代劇で大晦日と言えば、売り掛け回収ネタ。ここで回収にやってくるのは登場キャラの中で数少ない金持ち・お伊勢さんですが…
 恥ずかしながら私、ずっとお伊勢さんの稼業を献残屋だと思いこんでたんですが、損料屋だったんですね(銀さんの鍵十手を預かってたんだからわかるだろうに…)。そんなわけであれやこれやのレンタル料の回収に風来長屋にやってきたお伊勢さんの長屋の職人衆は戦々恐々。あの六兵衛のおかみさんすら震え上がってるのだから大したもんです。ていうかおかみさん、すね毛…

 そんな職人衆のほかにも、ほとんど新婚みたいな空気感の清吉とおソラ、それにいたたまれなくなって家を飛び出してきた駿平とおぬい(お前ら見てるこっちが照れくさいからもう結婚しろ!)、天鳳天天に天鳳をまだ追っかけていた黒衣衆・腕と、それぞれのキャラを組み合わせて描かれる大晦日模様。が、ここで思わぬ組み合わせが…

 神社で源蔵が遺した軌道計算が記された絵馬を見つけたのは青い女。そこに源蔵のお母さんが現れたことから、青い女は謎の源蔵の正体を探るため、母親の方に接近してきます。
 これまでほぼ満遍なく描かれてきた長屋の面々の中で、息子がネタ扱いであったためか少し後ろに引いていた感がある源蔵のお母さんですが、まさかここで、しかも青い女と絡ませてのクローズアップとは、いやはや驚きました。まさか源蔵の影の薄さ、消息不明ぶりをこんな形で持ってくるとは…全くもって油断できません。
 何とか源蔵のことを聞きだそうと、白濱屋からくすねてきた切餅二十五両×八つの二百両(お伊勢さん大パニック)を積み上げる青い女ですが、生活が苦しいはずの母親は、「お金なんてつまらない物」と言って、最後まで口を噤みます。逆に――聞いた側には特別な意図はなかったものの――名前を聞かれ、初めて自分に名前がなかったことに気付いてしまい、青い女の方が何事かを考え込んでしまいます(そして彼女に名前を聞かれて「青い獣」と答えてしまう赤井の空気の読めなさがまた…)

 結局、青い女が道ばたに捨てていった金を、偶然見つけた銀さんがお伊勢さんに返し、どさくさに紛れて長屋の連中も掛け売りから逃れてまずはめでたしめでたし。
 …が、例よって例の如く、コメディばかりに見えてしっかり話が進んでいたり、ギャグばかりに見えて人物の掘り下げもかっちり見せてくる本作。今回はおりくが鳥居様からの依頼を受け、空からの船の復元に着手することになり、図らずも清吉のライバルの位置づけになりそうな様子(ここでもしかして鉄十が絡んでくるのかな…)。そして上記の通り、人間の、そして自分自身の存在に目を向け始めたかに見える青い女の去就も気になります。
 そして感心したのは、実に二十人近いレギュラーキャラのほとんど全員を、出番の大小はあるとはいえ、大晦日の風景の中に当てはめて物語と絡めつつ展開して見せたことでしょうか(登場しなかったのはご隠居と鉄十くらい?)。あまりにスムーズに話が進むので見落としがちですが、これは地味に凄いことであります。

 さて、冒頭でOPに触れましたが、そして番組も後半突入ということでEDも完全に新しいものに。ちょっと癖のある絵柄なので最初見たときにはキャラのアップに違和感がありましたが、しかし落ち着いた中に疾走感のある曲に、そして本作の明るいムードによく似合った良いEDだと思います。

 そして次回は…「江戸特捜指令」か!? 


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2007.07.13

今週の「Y十M 柳生忍法帖」 おとねさんご乱心

 さて、送れてしまいましたが今週の「Y十M 柳生忍法帖」は、お坊様方の壮烈な最期の悲しみに浸る間もなく新展開。前半には、何だかずいぶんお久しぶりのような気がする十兵衛先生が登場です。そして後半は舞台を再び会津城内に移して…何というか、こう、大変なことになっております。

 領外へ立ち去ろうとする尼僧の群を追う芦名衆の前に現れたのは、久々登場の真・般若面たる十兵衛先生。いやはやさすがに十兵衛先生は強いこと強いこと、何だか先週までの坊様たちの死闘が虚しくなりそうなくらいの勢いで芦名衆をダッシュ斬りで一掃。しかし、なんと他愛ない…鎧袖一触とはこのことか。
 そして立ちションしていたおかげでただ一人残った、いや残した芦名衆を捕まえて首筋に刃を押し当てた十兵衛、そのまま刃をぐっと…とはいかずに、首の回りだけをぐるりと薄く斬って赤い筋を入れた状態に。いやはや十兵衛先生も人が悪い、なまじばっさりやられるよりも、これはよほど辛い状態だと思います。というか、こんなことを、んふっ笑いを浮かべつつやってしまう辺り、やっぱり十兵衛先生も常人とは異なる感覚の剣士だと思います。道場破りは伊達にして帰すくらいはやってそうだ。

 そして捕まえた芦名衆から、何故追ってきたかを吐かせた十兵衛は、般若面を取って、包帯をぐるぐる巻きにした姿で芦名衆に化けることに。そして捕まえた芦名衆ともども番所に行って、尼僧の群を無事に領外に出そうという計略です。ふむ、これならこちらは何事もなく収まりそうです。
 しかしこの時、般若面を取った後の十兵衛先生が妙に男前で…前髪下ろした髪型のせいでしょうか? そして包帯を巻いた後、片目を覗かせている姿も何だか格好良くて…せがわ包帯キャラと言えば、「バジリスク」の筑摩小四郎ですが、小四郎の方は何だか陰気だったのが(当たり前だよ文字通り顔を潰されたんだから)、こちらは何だかえらく楽しそうな表情を見せているのがポイント高しです。

 さて、これで終われば「ああ今週は十兵衛先生が格好良かった」で終わるのですが――舞台は変わって再び会津城。自ら敵の懐に飛び込んだ沢庵和尚の側に視点は移ります。軟禁状態でも呑気な沢庵和尚ですが、その傍らにいるはずのおとねさんは行方不明。気が触れてしまった(のを装っている)ので、あちこちふらふらとしているとのこと、今もお手水に行っているのではとのことですが…
 そして、そのおとねさんを探しに出たお小姓たちが、庭木の下を通ったとき、上からパラパラと――気が触れた、お手水、上からパラパラと…何だか猛烈に悪い予感がしてきましたよ。

 …
 …おとねさん、あんた何やってるの!

 いや、原作でも直前の坊様方の最期が印象に残りすぎて、この辺りを完璧に忘れていたので、見たときにはひっくり返りましたが、何というか、バカ殿と人前でナニしていたおゆらさんを遙かに上回る、もの凄い「見ちゃいけないものを見てしまった」感です。
 おとねさん、おゆらさんの直球ド真ん中な色気に対抗するために、何だか取り返しのつかない変化球を投げてきた気がしますが(それはどう考えても違う)、しかし冷静に考えれば、当然銅伯辺りが疑っているであろう、おとねさんが本当に正気を失っているか否かを、これだけはっきりと示す手はないとも言えます(まあ、おとねさんに生の鯉をバリバリ食べさせたり、神の声を聞いてギャンブルさせるわけにはいかんですし)。さすがにこれは沢庵和尚の発案ではないとは思いますが、おとねさんのまさに捨て身の一撃です。
 にしても、前回まであれだけ壮烈な坊様たちの最期を描いておいて、次の回にこれとは、緩急自在すぎるにもほどがある。十兵衛先生を巡る超ラブコメ展開の直後に女人袈裟が飛び出したのを思い出してしまいました。
 まあ、原作だとわずか数行の描写なんですけどね。

 …ちなみに、今までほとんど取り上げてきませなんだが、毎回いい仕事をしているラストページ柱の煽り文。今回はちょっとナニ過ぎるラストの展開を、何だか素晴らしく風流なオブラートに包んでいて、拍手したくなるくらいGJであります。いや、編集さんって凄いと思います。

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2007.07.12

「入門者向け時代伝奇小説五十選」公開中

 特別企画として「入門者向け時代伝奇小説五十選」(第一期)を掲載しています。
 入門者にとって、間口が広いようで狭いのが時代伝奇小説。何となく興味はあるのだけれど何を読んだらよいかわからない、あるいは、この作品は読んでみて面白かったけれど次は何を読んだらよいものか、と思っている方は結構な数いらっしゃるのではないかと思います。
 そこで今回、これから時代伝奇小説に触れるという方から、ある程度は作品に触れたことのある方あたりまでを対象として、五十作品(冊)を紹介したいと考えた次第です。

 さて、第一期五十選については、膨大な作品の中から以下のような条件で選定しています。
(1) 広義の時代伝奇小説に当てはまるもの
(2) 予備知識等がない方が読んでも楽しめる作品であること
(3) 現在入手が(比較的)容易であること
(4) 原則として分量(巻数)が多すぎないこと
(5) 一人の作者は最大二作品まで
(6) 私自身が面白いと思った作品であること

 そして、その五十作品を、それぞれ五点ずつ以下の十のジャンル・区分で分けています。
1.定番もの
2.剣豪もの
3.忍者もの
4.SF・ホラー
5.平安もの
6.室町もの
7.戦国もの
8.江戸もの
9.幕末・明治もの
10.期待の新鋭

 上記はあくまでも便宜上の区分であり、必ずしも厳密に該当するわけではない(あるいは複数に該当するものも多い)のですが、ご覧になる方に一種の目安としていただくためのものとしてご了解ください。

 この五十選が、楽しい読書の一助となればこれに勝る喜びはありません。

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入門者向け時代伝奇小説五十選 10.期待の新鋭

 さて、長きに渡って続けて参りました入門者向け時代伝奇小説五十選も最終回。最後はこれからの活躍が楽しみな期待の新鋭五人の作品を紹介します。
何をもって新鋭と呼ぶかは難しいところではありますが、(時代小説家としての)デビューが約十年以内の方をここでは想定しているところです。
46.双眼
47.太閤暗殺
48.竜門の衛
49.竜虎の剣 世話焼き家老星合笑兵衛
50.魔風海峡

46.「双眼」(多田容子 ランダムハウス講談社文庫ほか)
双眼 (ランダムハウス講談社 た) (時代小説文庫) 自身も柳生新陰流をはじめとする武術を修める文字通りの剣豪作家・多田容子のデビュー作が本作。西国へ隠密行に出た若き日の柳生十兵衛と、東郷重位率いる薩摩示現流百人組との死闘を主軸にした本作は、そのエンターテイメント性だけでなく、死闘の中で十兵衛が抱く葛藤を通じて「剣法」とは何かという点にまで踏み込んだ快作であります。
 そしてこの作品を彩り、いやむしろリードしていくのは、その見事なまでの剣戟描写。剣法を、それを構成する体の動きとその働かせ方のレベルにまで還元して描く本作の手法は、圧倒的な説得力を――それでいて理屈臭さはほとんど感じさせずに――作品に与えるとともに、その描写の素晴らしさが、逆に、十兵衛の心中の葛藤を説得力あるものとして浮かび上がらせるという効果を上げています。
 作品の方向性を鑑みるに伝奇小説作家と呼ぶにはためらいもありますが、しかし作者が武術の達人を中心に据えた、伝奇色の強い佳品を次々と生み出しているのは間違いのないところ。確かな剣理とエンターテイメント性の融合に今後も期待したいところです。


47.「太閤暗殺」(岡田秀文 光文社文庫)
太閤暗殺 (光文社文庫) 年に一、二作程度の寡作ではあるものの、ミステリやポリティカル・スリラー色の強い高水準な作品を安定して送り出すことでいまや見逃せない存在となったのが岡田秀文。第五回日本ミステリー文学大賞受賞作である本作は、関白秀次の家老の依頼により太閤秀吉暗殺に向けて動き出した石川五右衛門と、それを阻まんとする前田玄以・石田三成との対決を描いた名品です。
 本作で展開されるのは、秀吉-秀次間の確執の背後で繰り広げられた、戦国版「ジャッカルの日」とでもいうべき手に汗握る攻防戦。特にクライマックスの暗殺決行シーンは、冒険小説的空気も漂う緊迫感溢れる展開の連続で、ラストまで全く目が離せない状態ですが、まさにそのラストで明かされる、作品全体の背後にあったある人物の戦慄すべき心理たるや――その大どんでん返しには、誰もが仰天することでしょう。
 岡田作品にはこの他にも「秀頼、西へ」「最後の間者」など、本作同様にミステリ色の強い戦国の裏面史を描いた作品がありますが、どの作品も、全編に漲る緊迫感とどんでん返しの衝撃は健在であり、自信を持ってお薦めできます。


48.「竜門の衛」(上田秀人 徳間文庫)
 現在の時代小説界を見回しても、ほぼ伝奇オンリーという作家は、大変に少ないというのが事実。更にその中でも一定以上の水準を保ち続けている作家は、大変に貴重な存在ではありますが、上田秀人は間違いなくその一人でしょう。
 八代将軍吉宗の時代、嗣子家重の将軍宣下を巡る暗闘に巻き込まれた南町同心・三田村元八郎が、江戸から京を股にかけて冒険行を繰り広げる本作は、元八郎が活躍する全六巻のシリーズ第一作でもあると同時に、作者のデビュー作であります。権力を巡る幕閣たちの暗闘と、その背後に隠された伝奇的秘密に挑む剣の達人、という上田作品の基本フォーマットはこの時点で既に確立しており、本作で描かれる事件も、次代将軍を巡る争いに止まらず、時の天皇の周辺にまで及び、二転三転のサスペンスフルな展開を見せてくれます。
 本作で描かれる権力の闇に屈しない主人公の心意気は、吉原を舞台にした剣豪もの「織江緋之介見参」シリーズ、勘定吟味役の青年を主人公とした「勘定吟味役異聞」シリーズでも健在で、重くなりがちな物語に爽快な味わいを与えています。


49.「竜虎の剣 世話焼き家老星合笑兵衛」(中里融司 小学館文庫)
竜虎の剣 世話焼き家老星合笑兵衛  小学館文庫 時代小説と架空戦記、さらにライトノベルと、三つのジャンルにまたがった活躍を見せる中里融司の時代小説の中でも、伝奇性と新規性で群を抜くのが本作。瀬戸内のとある小藩を舞台に、何と藩政を自主的に幕府に返上してしまおうという驚天動地のプロジェクトを遂行しようとする家老・星合笑兵衛一家の活躍と、それを阻まんとする謎の敵との打打発止の対決が描かれます。
 およそ時代小説数ある中でも空前の不可能ミッションの面白さと、一人一人が主人公クラスである星合一家のキャラ立ちの楽しさが本作の魅力ではありますが、それに加えて、彼らの行動原理が「世話焼き」という名のノーブレス・オブリージュに貫かれている点が本作の素晴らしい魅力。理屈抜きの面白さの中に込められた、武士らしい、いや人間らしい生き方とは何かという問いかけが胸を打ちます。
 本シリーズはこの後、江戸に出た星合一家が天下を向こうに回して大活躍する「悲願の硝煙」「義侠の賊心」と続編が発表されており、今後の展開が楽しみな、現在一押しのシリーズであります。


50.「魔風海峡」(荒山徹 祥伝社文庫全二巻)
魔風海峡 (上) さて期待の新鋭のラストは、日本と朝鮮を舞台とした挑発的な物語と常識外れな妖術・剣術の応酬で、いま時代小説ファン以外からも熱い視線を集めている荒山徹の作品を紹介しましょう。若き日の真田幸村率いる十勇士と、悲運の朝鮮王子・臨海君率いる檀奇七忍衆が、任那日本府の隠し財宝を巡り壮絶な忍法合戦を繰り広げる伝奇活劇「魔風海峡」です。
 単に危険かつ馬鹿馬鹿しいネタを投じてくるのみならず、その中に、国家や民族という巨大な存在が生み出す歴史のうねりに立ち向かう人間の姿を描くのが、荒山作品の隠れた魅力。そんな荒山作品の中でも本作は、日朝どちらが善で悪という形に描くのではなく、幸村と臨海君をはじめとして、本来であれば同じ想いを抱く者たち(特に全員がそれぞれ被差別階層出身という檀奇七忍衆のキャラ造形が見事!)同士が激突する様を描き、人間ドラマと伝奇活劇が高レベルで一体化した名作となっています。
 この他の荒山作品としては、李舜臣暗殺計画を巡る忍者同士の攻防戦「高麗秘帖」、若き日の遠山金四郎が朝鮮に渡り日朝の大秘事を暴く「魔岩伝説」の初期作品が、比較的刺激(とバカ度)が小さく、入門者にもお薦めできます。


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2007.07.11

入門者向け時代伝奇小説五十選 9.幕末・明治もの

 さて時代別の入門者向け時代伝奇小説紹介も今回でラスト。幕末・明治を舞台とした作品であります。この辺りの時代は、史実そのものが実にドラマチックなため、半端な伝奇では勢い負けしまいかねませんが、もちろんここで紹介する作品は、そんな心配は無用でしょう。
41.風の武士
42.カムイの剣
43.警視庁草紙
44.旋風伝 レラ=シウ
45.鬼神新選

41.「風の武士」(司馬遼太郎 講談社文庫全二巻)
風の武士 (上) 幕府最後の年を舞台に、伊賀同心の末裔で部屋住みの青年・柘植信吾が巻き込まれた冒険を描いた本作、ふとしたことから、巨万の秘宝が隠された伝説の秘国・安羅井国を巡る暗闘の中に巻き込まれた主人公が、三つ巴、卍巴の戦いの中、秘宝を求め旅に出るというあらすじや設定だけを見れば、司馬遼太郎にしては珍しいほどの、フォーマット通りの時代伝奇小説に見えます。
 が、もちろんこれがただの作品で終わるわけがありません。信吾は主人公の自覚なしにその場の勢いと変なプライドで突っ走り、また悩みまくるという、要するに実に青いキャラであって何とも「時代伝奇小説の主人公」らしくないのですが、しかし、その彼の人間くさすぎるキャラが、伝奇的事件にも激動の史実に負けることなく、地に足の着いた感覚を生み出しているのです。
 司馬遼太郎と言えば、もちろん明治という時代(の陽の部分)の素晴らしさを高らかに謳い上げた作家ですが、その司馬遼が、明治の直前を舞台にこうした物語を書いていたというのもなかなか興味深いことであります。


42.「カムイの剣」(矢野徹 電子書店パピレスほか)
カムイの剣 (ハルキ文庫) 謎の敵に育ての親を殺された和人とアイヌの混血の少年・次郎が、キャプテン・キッドの遺した財宝の謎を追って激動の幕末を舞台に冒険を繰り広げるのが、このSF界の長老・矢野徹の名作「カムイの剣」。宝探しと復讐いう大衆娯楽の二大要素を中心に据え、日本はおろかカムチャツカから北米まで、海を越えて展開する希有壮大な大活劇であり、日本の冒険小説中の白眉であります。
 本作は、しかし単に優れたエンターテイメントであるのみならず、周囲から虐げられ、過酷な運命に翻弄されながらも一歩一歩成長し、やがては個人の復讐に囚われるだけでなく、世界に視線を向けた堂々たる大丈夫として立つ次郎の姿を描いた成長小説でもあります。そしてそんな次郎の姿は、近代国家として第一歩を踏み出そうとする日本の姿にも重なって見えてきます。。
 本作は、また、名匠りんたろう監督により角川映画絶頂期にアニメ映画化され、高い評価を得ているのですが、ソフトが現在絶版となってしまっているのが大変残念なところです。


43.「警視庁草紙」(山田風太郎 ちくま文庫全二巻)
警視庁草紙〈上〉―山田風太郎明治小説全集〈1〉 (ちくま文庫) そして訪れた新しい時代・明治の象徴としての組織・警視庁と、最後の江戸町奉行や元同心らとの知恵比べを描いたこの「警視庁草紙」は、記念すべき山風明治伝奇の第一作。初代大警視・川路利良をはじめとして、夏目漱石・幸田露伴・森鴎外・三遊亭円朝・山岡鉄舟・山田浅右衛門・清水次郎長などなど豪華かつ意外な顔ぶれが、正史の合間を縫って次々と登場しドラマを展開するという本作のスタイルは、山風明治伝奇全体のスタイルとして受け継がれていくこととなります。
 もちろん、単に登場人物の豪華さだけでなく、「知恵比べ」というスタイルで展開される連作スタイルの物語は、どれもミステリ・サスペンスとして、実にクオリティの高いものばかり。そしてまた、その中で展開される江戸の残党とも言うべき人々の痛快な反撃の姿は、同時に、明治とそれ以降の時代に対する、優れた異議申し立てとなっていることにも注目したいところです。
 山風の明治ものは、長短様々に描かれていますが、本作ともう一作ということであれば、川路の若き日を描いた、そして特にミステリとして完成度が非常に高い「明治断頭台」を強くお薦めいたします。


44.「旋風伝 レラ=シウ」(朝松健 ソフトバンククリエイティヴGA文庫全三巻)
旋風伝 レラ=シウ 一 (GA文庫) 年号は明治に入っていたとはいえ、幕末最後の戦いというべき五稜郭の戦から始まる本作は、敗残兵となった少年・新之介が新政府軍の追っ手と死闘を繰り広げつつ北へ、北へと向かう大蝦夷ウェスタンの大作です。
 生き延びるため、そして弾圧されるアイヌの人々のため、新政府軍や賞金稼ぎたちと新之介が繰り広げる壮絶な銃撃戦は、マカロニウェスタンの大ファンである作者ならではのガンアクション。その一方で、新之介の旅の途上で次々と現れる蝦夷地の神々・妖魔の存在が、蝦夷地の、そしてこれ以降の時代に破壊され消費されていく自然を象徴しており、本作を単なるアクションものに留まらない、より奥深い作品にしています。
 江戸から明治という時代の移り変わりと重ね合わせて本作で描かれるのは、侍の時代の終焉と、人が自然と共生してきた時代の終焉であり、新之介の銃声はその終わりゆく時代の最後の咆吼とも言うべきでしょうか。また、本作をベースとしたヒロモト森一の劇画「武死道」は、本作の精神を継承しつつもいかにも作者らしい作品となっています。


45.「鬼神新選」(出海まこと メディアワークス電撃文庫)
鬼神新選 京都篇 (電撃文庫) 幕末・明治もののラストには、新選組版「魔界転生」とも呼ぶべきライトノベルを。元新選組二番隊隊長・永倉新八が、岩倉具視から恩赦と引き替えに命じられた任務、それは行方不明の近藤勇の首奪還だった…という導入部からして引き込まれますが、その新八の前に現れ、死闘を繰り広げることとなるのが、死んだはずのかつての同士である土方・沖田・原田というのがたまりません。
 ライトノベルらしいくっきりしたキャラ立ちと派手な展開が楽しい本作ですが、ここで描かれているのは、生者と死者に分かれたとはいえ、新しい時代から取り残された者同士の潰し合いという、重いテーマ。そして、ここで描かれる戦いとその行き着く先は、明治という時代の行き先を象徴するものとなるのではないか…と予感させます。
 そんな本作の最大の欠点は、刊行ペースが非常に遅い…というより第三巻までで止まっていること。それでもなお本作を取り上げたのは、もちろん、それだけの魅力があるからに他なりませんが、誠に残念な話ではあります。続刊希望の意味も込めて、ここで取り上げた次第です。


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 「武死道」第1巻 武士道とは土方に見つけたり
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2007.07.10

入門者向け時代伝奇小説五十選 8.江戸もの

 やはり時代劇といえば、江戸時代。江戸時代を舞台とした時代小説の数の多さは今更言うまでもありませんが、それに比例して江戸時代を舞台とした伝奇時代小説の数もまた相当なものです。今回の時代伝奇小説五十選は、その中からできるだけバラエティに富んだ作品を選んでみました。
36.暴れ影法師 花の小十郎見参
37.かぶき奉行
38.闇の傀儡師
39.山彦乙女
40.写楽百面相

36.「暴れ影法師 花の小十郎見参」(花家圭太郎 集英社文庫)
暴れ影法師―花の小十郎見参 (集英社文庫) 江戸時代、諸大名が最も恐れたことはといえば、それは幕府の手によるお取り潰しでしょう。本作は、お取り潰しの危機に瀕した佐竹藩を救うために立ち上がったホラ吹き…いや有言実行の男・戸沢小十郎の活躍を描いた痛快作です。
 主人公たる小十郎は、戦国時代の遺風を残す傾き者で、剣では柳生宗矩にも勝る痛快男児。しかしそんな彼とて一人の力では、一度幕府の陰謀のターゲットとされた藩を救うのは至難の技であります。その不可能ミッションを如何にして達成してみせるか、かの土井大炊頭や大久保彦左衛門を味方につけての小十郎の作戦は、むしろ経済小説的な味わいを持ったもの。緻密さと野放図さと…小十郎自身と同様の味わいを持つ物語が、最後にあっと驚く伝奇的結末にたどり着くまで、一気読み間違いなしの快作です。
 この小十郎の活躍は、もちろんこの一作で終わるものではなく、「荒舞」「乱舞」そしてつい先頃上梓された「鬼しぐれ」と、天下を相手にした彼の大暴れは、今も続いています。


37.「かぶき奉行」(えとう乱星 ベスト時代文庫)
かぶき奉行―織部多聞殺生方控 (ベスト時代文庫) 江戸時代前期を舞台とした時代伝奇ものでの定番イベントといえば由比正雪の慶安の変ですが、本作は、これを背景に置いた時代伝奇エンターテイメントのお手本のような作品です。
 殺生方控シリーズの第一弾であるこの「かぶき奉行」は、将軍家の狩りを司る殺生奉行の養子となったかぶき者の青年・多聞の活躍と、由比正雪一党との対決を描いたもの。必要とあらば将軍を相手にしても一歩もひかない快男児・多聞の横紙破りな活躍の楽しさはもちろんのこと、彼が殺生奉行としての激務をこなしつつ、人間的に成長していく姿が何とも爽快で魅力的に描かれています。その一方で、伝奇的展開の中でも青春の切なさを描くことを得意とする作者らしく、多聞と対照的に、父の道具とされ、やがて狂気に堕ちていく正雪の息子のキャラクターが強く印象に残ります。
 本シリーズはその後、それぞれ綱吉の時代を舞台とした「ほうけ奉行」、吉宗の時代を舞台とした「あばれ奉行」と描き継がれ、全三部の年代記となっています。


38.「闇の傀儡師」(藤沢周平 文春文庫)
 続いては、幕府転覆を狙う謎の集団・八嶽党の跳梁と、それに立ち向かう人々の姿を描いた藤沢周平唯一の伝奇ものを。
 市井に暮らす浪人が、ふとしたことから瀕死の男に密書を託され、それがもとで幕府の命運を左右する暗闘の渦中に巻き込まれるという本作のスタイルは、驚くほど伝奇時代もののフォーマットに則った構成であり、それだけ藤沢作品の中では異彩を放つ作品ではあります。しかし、主人公と亡き妻の妹との恋模様などに見られるように、細やかな人物周りの描写は、やはり藤沢作品ならではのものであり、こうした地に足が着いた丹念な描写が、史実の裏側で展開する伝奇物語にリアリティを与えていると言えるでしょう。
 そしてまた、権力に取り憑かれた者と、それに立ち向かい正そうとする者の対決という、藤沢作品でしばしば登場するモチーフは本作でも健在であり、それが伝奇ものとこれほど相性がよかったのか、と驚かされます。伝奇ものファンのみならず、藤沢ファンにも目を通していただきたい作品です。


39.「山彦乙女」(山本周五郎 新潮文庫)
 時代小説の大御所の、これまた実に珍しい伝奇ものをもう一編。山本周五郎の郷里である甲州を舞台に、武田家再興の悲願に燃えるみどう一族と、武田家の莫大な遺産が眠る「かんば沢」の秘密を巡る暗闘を描いた、作者には珍しい怪奇・伝奇風味が濃厚な作品です。
 ことに、平凡な青年武士であった主人公が事件の渦中に巻き込まれるきっかけとなる、彼の失踪した叔父の言動とその遺品を描いた冒頭部分は、ほとんどそのまま怪奇小説の導入部のような内容で、それだけでも一読の価値があります。
 が、それでももちろん本作は山本作品。様々な人物が欲に動かされて入り乱れ、世の裏側で繰り広げられる戦いを描きながらも、人間が生きていく上で本当に大切なことは何か、人としてあるべき生き方とは何なのかという問いかけと、その答えの一つが、本作には描かれています。スリリングな伝奇ものでありながらも――いやむしろそんな物語であるからこそ――そんな小さな灯火のような暖かみが心に響く名品です。


40.「写楽百面相」(泡坂妻夫 文春文庫ほか)
写楽百面相 (文春文庫) 最後に取り上げるのは、スマートかつモダンな推理小説を描く一方で、江戸情緒を濃厚に湛えた時代小説をも得意とする泡坂妻夫の、初の長編時代小説です。今なお謎多き存在である東洲斎写楽の謎を追ううちに、次々と起きる怪事件。一見無関係に見えるそれらが結びついたときに、江戸と京を結ぶあっと驚く大秘事が浮かび上がるというその本筋もさることながら、それと平行して描かれる、江戸後期のアートシーンの姿がまた実に魅力的な作品であります。
 後世まで名を残す芸術家を多数輩出しながら、同時に空前の文化統制期にあった寛政期を活写することにより、「写楽とは誰なのか」を超えた「写楽とは何なのか」を、時代伝奇推理的内容に絡めて描いてみせた業前には、ただ感服です。
 作者の伝奇ものとしては、この他に、尾張藩江戸屋敷に隠された黄金の謎が次々と意外な方向に展開していく「からくり東海道」があり、これもまた実に作者らしい人を食ったユニークな作品で、一読の価値ありです。


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2007.07.09

入門者向け時代伝奇小説五十選 7.戦国もの

 さてまだまだ続く入門者向け時代伝奇小説五十選、今日は戦国時代を舞台にした作品から五つを取り上げます。戦国時代といえば、江戸時代に並んで時代伝奇小説の主たる舞台の一つ。それだけバラエティに富んだ名作ばかりで、選ぶのに嬉しい苦労を味わいました。
31.血路 南稜七ツ家秘録
32.神州纐纈城
33.黎明に叛くもの
34.魔海風雲録
35.幻の城 慶長十九年の凶気

31.「血路 南稜七ツ家秘録」(長谷川卓 ハルキ文庫)
血路―南稜七ツ家秘録 (時代小説文庫) まずは戦国乱世を駆け抜けた山の者「南稜七ツ家」を描いた活劇から。七ツ家とは、深山に棲み、卓越したサバイバル能力を活かして人質の救出や貴人の脱出を助けることを生業とした者たちのこと。その彼らが、武田晴信に滅ぼされた芦田家の嫡男・喜久丸を救ったことから、武田の暗殺集団「かまきり」と死闘を繰り広げることとなります。
 本作で描かれる七ツ家の戦いぶりは、通常の武術とも忍術とも異なる、まさに山の者ならではの自然戦闘術で、これがまた実に新鮮。そしてそれに加え、戦いの中で男として、そして山の者として育っていく喜久丸の成長物語としての側面を持つことが、本作を味わい深いものとしています。
 長谷川卓は最近では剣豪もの・奉行所ものがメインですが、本作の系譜に連なるものとして、七ツ家として成長した喜久丸が活躍する続編「死地」、そして武田勝頼の遺金を巡るもう一つの山の者の物語と言うべき「嶽神忍風」シリーズがあります。


32.「神州纐纈城」(国枝史郎 河出文庫ほか)
神州纐纈城 (河出文庫) 何年かおきに復活してはまた消えていく不思議な作家・国枝史郎。その代表作であり、そして時代伝奇小説史上に輝く妖星と言うべき作品が本作です。
 偶然手にした深紅の布に導かれて主家を出奔した若侍、憑かれたように人を斬り続ける殺人鬼、生き面作りの美女、人の臓腑から霊薬を作る薬師、剣聖塚原卜伝、神秘的な教団を率いる聖者、そして纐纈城に潜む仮面の城主…富士山麓に集った奇怪な人々の交錯が、人の生き血でもって布を染める魔の纐纈城を中心に描かれていく様は、一種の曼陀羅とでも評すべきでしょうか。
 ここで展開される物語は血腥く恐ろしいものではありますが、しかしそれに留まらず、同時に人間の業を描いて不思議な荘厳さすら感じさせるのが、実は未完の作品でありながら今なお語り継がれ、多くの作家に影響を与えてきた魅力の淵源かと感じられます。
 なお、その作家の一人である石川賢により描かれた漫画版は、原作の要素を可能な限り取り入れつつ、作者らしい味付けをほどこし完結(!)させた、もう一つの纐纈城と言うべき作品であり必見です。


33.「黎明に叛くもの」(宇月原晴明 中公文庫)
黎明に叛くもの (中公文庫) 「信長――戴冠せるアンドロギュノス」「聚洛――太閤の錬金窟」「安徳天皇漂海記」と、伝奇――というより幻想色の強い奇想の作品を次々と発表してきた宇月原晴明が、戦国の梟雄・松永弾正久秀を主役に据えた戦国絵巻が本作。もちろんそれが凡百の作品であるはずもなく、本作での松永久秀は、波斯渡りの暗殺術を操る美貌の妖人という意表を突いた造形となっています。
 本作ではその久秀が天下を目指して暗躍する様が描かれるわけではありますが、しかしこの久秀は、単なる悪逆の野望の男ではなく、敬愛する兄弟子(!)斎藤道三を屈服せしめた織田信長、まさに戦国の世に輝く日輪とも言うべき存在に憧れを抱きつつも、しかし遂に光及ぶことのない明けの明星――すなわち、神に対するルシファー――としての哀しみを抱く者として描かれます。伝奇小説として絶後のガジェットを用いつつも、勝者になれなかった者たちの哀しみの姿を描いた様が、何とも印象的であります。
 なお、本作はノベルズ化の際に外伝短編四編が書き下ろされておりますが、こちらは現在「天王船」の題で文庫化されています。


34.「魔海風雲録」(都筑道夫 光文社文庫)
魔海風雲録 (光文社文庫) 時代は一気に下って戦国も末期、天才・都筑道夫が描くのは、真田の若君・大助を主人公とした大冒険活劇、退屈な日常を嫌って実家を飛び出した大助を待ち受けるのは秘宝の謎を秘めた魔鏡の争奪戦であります。大助を中心に、奇怪な山大名、異形の忍者・佐助に非情の密偵・才蔵、大泥棒に海賊、南蛮人…これでもかとユニークなキャラクターを詰め込んで木曽の山中から始まる物語は、あれよあれよという間に駿府に飛び出し、果ては大海原を舞台に冒険が繰り広げられることとなって全く飽きることがありません。
 都筑道夫といえば、やはり洒脱でモダンな味わいのミステリやハラーストーリーの人、という印象がありますが、本作に見られるように実は時代小説の名手でもあります。自由闊達な味わいの本作のほか、死より甦った平賀源内がゾンビを操って大暴れする「神州魔法陣」、オーソドックスな時代伝奇かに見えた世界が意外な次元に飛翔する「神変武甲伝奇」など、伝奇ファンであれば見逃せない作品を遺しており、こちらの方面の再評価が望まれるところです。


35.「幻の城 慶長十九年の凶気」(風野真知雄 祥伝社文庫)
 歴史上の区分で言えば既に江戸時代の事件ではありますが、戦国時代のエピローグと言える戦いこそ大坂の陣であると言えるでしょう。本作はその大坂の陣の陰で繰り広げられた最後の暗闘を描いた異色の作品です。
 大坂城の束ねとなる総大将不在を憂いた真田幸村により、関ヶ原の戦に敗れて流刑となった宇喜多秀家奪還の命を受け、八丈島に向かった根津甚八。しかし総大将となるべき当の秀家が狂気に陥っていたことにより、事態は二転三転、意外な方向に向かっていくこととなり、思わぬ結末を迎えることとなります。
 最近では老境に差し掛かった武士を主人公とした人情味の強い作品が多い風野真知雄ですが、「刺客江戸城に消ゆ」「魔王信長」など、伝奇ものも少なくありません。この二つの作品群に共通するのは、歴史の表舞台から忘れ去られた者たちへと向けられた作者の視線であって、それは宇喜多秀家という、関ヶ原以降の歴史から置いていかれた戦国人を中心に据えた本作においても健在であり――それが本作を戦国ものとしてここに取り上げた所以でもあります。


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2007.07.08

入門者向け時代伝奇小説五十選 6.室町もの

 他の時代に比べると、些か馴染みが薄いように感じられはするものの、いざ分け入ってみると、事件文化人物あらゆる局面において実に興味深いことばかりの室町時代。当然それは時代伝奇の世界においても同様です。今回はそんな絢爛豪華でパワフルな時代に関連する作品五作を挙げましょう。
26.小坂部姫
27.一休闇物語
28.彷徨える帝
29.剣豪将軍義輝
30.妖怪

26.「小坂部姫」(岡本綺堂 学研M文庫「岡本綺堂妖術伝奇集」所収)
岡本綺堂妖術伝奇集―伝奇ノ匣〈2〉 (学研M文庫) 小坂部姫といえば、姫路城天守に棲むという伝説の女怪、泉鏡花の「天守物語」の姫のモデルでもありますが、その小坂部姫の誕生を描いたのが本作です。綺堂の作品としては、もちろん「半七捕物帳」「青蛙堂鬼談」がまず挙がるかと思いますが、本作はこれらとは全く異なる伝奇色濃厚な作品となっています。
 かの高師直の娘として生まれた小坂部姫が魔道に堕ちる顛末を描いた本作は、前半は父の悪逆非道に心を痛める姫の姿を描いた一種の悲恋譚。しかし、遂に父の元から逃れ出た姫の前に奇怪な異人が現れた時、本作の背景は、長きにわたり人の世を呪ってきた魔の世界に塗り替えられ、一気に伝奇ものとしての貌を見せます。ここで綺堂一流の抑制の効いた筆により描き出される伝奇世界からは、伝奇作家としての綺堂の姿が鮮明に浮かび上がります。
 綺堂の伝奇ものとしては、この他、平安ものの「玉藻の前」がありますが、こちらはよりロマンスの色彩が強い作品となっており、綺堂の作品世界の奥深さというものを感じさせます。


27.「一休闇物語」(朝松健 電子文庫パブリほか)
 室町伝奇と言えば、近年最もこの分野で活躍を見せているのが朝松健。本作はその朝松室町伝奇中、最大のヒーローと言うべき一休宗純を主人公とした闇と怪異の短編集です。
 一休と言えば、やはりとんち小僧が真っ先に頭に浮かぶかと思いますが、朝松一休は既存の一休像とは全く異なる、闘う一休。己の行くべき道に悩みつつも、杖術と強い心を武器に、様々な怪異・妖魔に立ち向かい、これを打ち砕く好漢・一休の姿は、室町の闇を照らす一筋の光明として描かれます。本書は短編集ということもあり、アクションは控えめではありますが、しかしそこで描かれる闇の深さと、そこに囚われた人々を時に救い、時に導き、時に討つ一休の活躍ぶりは、長編に全くひけを取るものではありません。
 朝松一休は、これまで長編五冊と、本書に続く第二短編集として、日本推理作家協会賞候補となった表題作を収めた「東山殿御庭」が発売されており、今後も朝松一休の活躍が期待されます。


28.「彷徨える帝」(安部龍太郎 角川文庫ほか)
彷徨える帝〈上〉 (角川文庫) 「隆慶一郎が最後に会いたがった男」という伝説を持ち、骨太の歴史小説を得意とする安部龍太郎による室町伝奇の大作が本作。足利義教の時代を中心に、南朝を復興させるほどの力を持つという後醍醐天皇の呪力が込められた三つの面を巡って、南朝方と幕府方が激しい争奪戦を繰り広げ、やがてその争いは、義教暗殺事件たる嘉吉の乱、嘉吉の土一揆という時代の巨大なうねりを巻き起こしていくこととなります。
 南北朝という、天皇家が二つに分かれて相争った時代の特殊性は言うまでもないことですが、本作においては、それに端を発する暗闘を伝奇エンターテイメントとして描いていくのと同時に、天皇とは、そして国家とは何なのかという命題にまで踏み込んでいくことになります。作者としては異色作に属するかもしれませんが、室町時代の混沌の姿と同時に、時代を超えたこの国の姿を伝奇的手法で切り取ってみせた業前にはただ感服です。


29.「剣豪将軍義輝」(宮本昌孝 徳間書店全二巻ほか)
剣豪将軍義輝〈上〉 松永久秀に弑された悲運の第十三代将軍・足利義輝が、実は塚原卜伝らに学んだ剣の達人であったということは、剣豪小説好きにはよく知られた話ですが、その義輝の生き様を痛快この上ない筆致で描いたのが本作です。
 なにしろ素の状態であまりにも個性的なこの人物を描くのが、柴錬の後継とも目される宮本昌孝なのですから、面白くないわけがありません。義輝が剣を学び、剣を極め、そしてその壮図の途上で剣に死する姿を描いた本作は、大河ロマンであると同時に、手に汗握る剣豪小説であり、また見事な青春小説でもあります。そしてまた、宮本作品全体の特長である作中に終始漂う爽快な空気は、悲劇に終わる物語でありながらも、本書の読後感を爽やかなものとしており、終わりゆく室町という時代を駆け抜けた剣豪将軍の生き様が、大きな感動をもって迫ってきます。
 なお、本作の外伝短編として「将軍の星 義輝異聞」があります。また、作者のこの時代を舞台とした作品としては、本作にも登場する斎藤道三を主役とした伝奇色豊かな大作「ふたり道三」も自信を持ってお勧めできます。


30.「妖怪」(司馬遼太郎 講談社文庫)
妖怪 室町もののラストには、戦国という混沌に満ちた次なる時代の扉を開いた応仁の乱の、その前夜を描いた司馬遼太郎の異色作を挙げましょう。
 本作は、八代将軍義政を巡る正室・日野富子と側室・今参りの局の対立に巻き込まれ、それぞれに味方する幻術師たちと対決することとなった、足利義教の落胤を自称する青年の姿を中心に描かれた物語。しかしそんな伝奇的趣向の中で描かれていくのは、主人公の運命や幻術師の幻術であるよりも、むしろ、応仁の乱前夜の、京の騒然とした空気そのものであると感じ取れます。
 主人公を初めとして登場人物たちの運命がふわふわと流れていく、それこそ「妖怪」のように掴みどころのない本作の不思議な感触には好き嫌いが分かれるるかもしれませんが、その感触自体が、当時の世相を写し取っているようにすら思えるユニークな作品です。
 ちなみに近代精神を描いてきた司馬遼太郎に幻術という取り合わせは、かなり異色に思えるかもしれませんが、氏にはデビュー作の「ペルシャの幻術師」をはじめ、幻術を題材とした作品も少なくないことを申し添えておきましょう。


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2007.07.07

「大江戸ロケット」 拾三発目「あんたこいつらどう思う」

 ここしばらく
清吉の実験⇒他のキャラ絡んで騒動⇒一方で赤井様暗躍⇒さらに大騒動⇒何となくいい話になってオチる
というパターンだった「大江戸ロケット」ですが、折り返し地点の第十三話でも基本は変わらず。しかし今回物語の中心になるのは何と黒衣衆の面々。風来長屋を舞台に、思わぬ攻防戦(?)が繰り広げられることになります。

 今日も今日とて人殺しを続ける赤青カップル。そこに駆けつけた臍様率いる黒衣衆ですが、白い獣は放っておいて、(黒衣衆の知る限りではもう死んだはずの)青い獣ばかり追おうとする臍様に配下は不審顔。その不審を黒衣衆・目が煽ったことで、ついに目と耳を除く一同は、秘密のありそうな風来長屋に潜入しようとしますが…

 お前ら本当に隠密働きか!? と突っ込みをいれたくなるようなへっぽこぶり。行き倒れる奴、持病の癪を起こす奴、天鳳のストーカーになる奴(よく見るとカリオストロの城ネタをやってるし)…今日びそこらの時代劇でもやらないようなベタなネタをやらかすも、これを信じてかつぎ込んでしまう長屋の面々。臍様=銀さんは、ロケットのことを隠そうと躍起になりますが、まあこれでうまくいくわけがないのはお約束。かくて今日も今日とて始まるドタバタ騒動、ということに…

 そして積もり積もったアレコレが爆発して、その場の全員を巻き込んで始まる大乱闘。これがまた、ボカボカと土煙だか何だかが上がる中にキャラの顔やら何やらが見え隠れするという、あまりにも古典的な喧嘩描写が、何だか微笑ましくて、この長屋の雰囲気にはよく合っていたと思います。

 が、そんな中でもロケットのヒントを得る清吉。黒衣衆を四人まとめて畳でブン殴った時に、畳から四つ並んで飛び出した頭を見て思いついたのは、一つでは安定を取りにくいロケットのノズルを四つ並べて安定させてしまおうというアイディア。これはこれで大変なんだけど、まあいいか…(このちょっと前に、独楽回しの独楽を見てジャイロコンパスを思いついたらしいのに無視される駿平カワイソス)

 一方、乱闘の中でついにロケットのことを配下に知られてしまった銀さんは、ついに清吉のロケットのことを(もちろんおソラさんのことは伏せて)話すことに。と、そこで四本ノズルの試験をしようとした清吉を青い獣が襲撃、駆けつけた銀さん以下、黒衣衆はこれを撃退します。

 清吉は新しい工夫を思いついたし青い獣の生存を証明できた。そして黒衣衆たちも、清吉の心意気に感じいってロケットについては口を噤むことに。うむ、めでたしめでたし!
 …と言いたいところですが、明らかにオーバーテクノロジーなロケットの存在と、それに清吉が絡んでいることが青い女と赤井に知られてしまったのは大問題。そして他の黒衣衆は知らず、今回の騒動の発端である目もまだまだ何をしでかすかわからず、状況はさらに悪化していると言えそうです。

 といったお話の今回、終わってみれば、黒衣衆の結束と存在意義を問うたエピソードとして綺麗にまとまっていたかと思います。これまではラストに表示されたサブタイトルですが、今回の「あんたこいつらどう思う」は、何度も何度も途中で挿入されるのも、象徴的ですね。
そして、色々と疑問を持ちながらも活動する彼らの想いを「正義の味方」の一言でまとめてみせたのもまた見事。結局今回も、ここしばらくのパターン通りではありましたが、毎回毎回、それなり以上に満足できるクオリティなのは、実は凄いことだと思います。

 ちなみに今回の主役とも言うべき黒衣衆の扮装…というか素顔ですが、ガマの膏売りが膝、独楽回しが踝、飛脚が踵で良いのかな? 初登場のような気がする膏売りと独楽回しのビジュアルが、なかなか時代劇っぽくて良かったですね。

 しかしあの円周率まで知っている奇っ怪な鳩は、最終回まであのままなのかしら。せめて正体は明かして終わって欲しいですね。


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2007.07.06

今週の「Y十M 柳生忍法帖」 坊主凡て斃る

 申し訳ありませんが今日明日くらい五十選はお休みして連載ものを。
 さて前回、嘯竹坊・竜王坊・心華坊と次々と命を落とし、七人坊主も残すところ薬師坊ただ一人となってしまった「Y十M 柳生忍法帖」。このあまりに大きな犠牲の前に、涙するしかないお千絵お笛ですが、まだまだ残る敵は一行の元に迫ります。
 「沢庵さまはそなたたちに江戸へ行けと仰せられた…。そなたたちは江戸へ行かねばならん。わしたちはそなたたちを江戸へやらねばならん」と、美女二人の涙を背に、薬師坊も遂に死地へと足を踏み出します。

 すでに三分の一ほどに減じた芦名衆は血眼で一行を追いますが、その前に現れたのは、彼らにとって鬼より恐ろしい般若侠…何だかずいぶん福々しい般若ではありますが。
 これはおかしいと気付くだろう、普通…と一瞬思いましたが、よく考えてみれば、以前には太った般若、猿みたいな般若、片腕般若と色々やらかした連中がいるので、これくらいは違和感ないのでしょう…そうか?

 そんな茶々はさておき、恐怖感もあってか般若面に襲いかかる芦名衆。その槍を避けることなく般若面は受けて…芦名衆も驚くほどあっさり倒れた般若面の正体はもちろん薬師坊。合掌。
 そして薬師坊のあまりにあっけない死が思わぬ効果を生んだか、これが揺動作戦と思いこんだ芦名衆は、お千絵お笛が会津領外へと向かっているとも知らず、方向転換。…五人の坊さんの任務完了、と言うべきでしょうか。

 それにしても払われた犠牲は決して小さなものではありません。元より犠牲者、それも無辜の民の犠牲者は決して少なくはない本作。しかし彼ら五人、いや七人の坊さんは、確実な死に向かって、恐れも見せず、むしろ笑顔すら浮かべて飄然と歩みを進め、想像以上の戦果を上げました。
 一体何が彼らをここまで尽き動かしたのか――仏教者としての無私の愛、と言ってはそれまでかもしれませんが、それならば、彼らはいかなる高僧善知識も及ばぬことをしてのけた、と言えるかもしれません。

 ちなみにこの五人坊主散華の件、原作では、山風一流の筆になる煽り(?)があまりに見事で、何度読んでもこちらの体温が上がってくる名文中の名文。
 ここまで持ち上げておいて何ですが、さすがにそれに比べれば、こちらの方は相手が悪いという印象があります。この辺り、徹頭徹尾、作品の中にナレーションを入れない(これはこれでもちろん、大いに評価すべきであることは間違いありません)スタイルが足を引っ張った気がしないでもありませんが…と、これは原作ファンの贅沢か。

 さてラストでは、会津領からの脱出を図る女人たちを連れた十兵衛が登場。沢庵組、お千絵組に続く三つ目のパーティーの登場ですが…さて、剣の力だけでは超えられそうにない苦境を如何に超えたものでしょうか。

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2007.07.05

入門者向け時代伝奇小説五十選 5.平安もの

 さて今回からは時代別の観点から、作品を挙げていきましょう。トップバッターたる平安伝奇は、陰陽師ものに代表されるように、空想の翼を大きく自由に広げた、ファンタジックな要素の強い作品が目立ちます。
21.陰陽師 生成り姫
22.地獄の佳き日
23.夢魔の森
24.花月秘拳行
25.カーマロカ 将門異聞

21.「陰陽師 生成り姫」(夢枕獏 文春文庫)
陰陽師生成り姫 (文春文庫) あまりにも鉄板で恐縮ですが、平安ものでやはり第一に挙げるべきは夢枕獏の「陰陽師」シリーズでしょう。大陰陽師・安倍晴明を見事に現代に甦らせた本シリーズは、いわゆる陰陽師ブームの火付け役かつ中心というべき作品として、これまでに漫画化・ドラマ化・映画化されており、最もよく知られた平安ものなのではないかと思います。
 その「陰陽師」シリーズに初めて触れる方にどれか一冊、ということであれば、この「生成り姫」をお勧めします。短編「鉄輪」を長編化した本作は、内容の素晴らしさ、「陰陽師」らしさはもちろんのこと、晴明やその親友・源博雅の人物像について、シリーズ未読の方にもわかりやすく、一から語り起こした総集編的作品。「陰陽師」入門には最適の一冊かと思われます。
 ちなみに本作のベースとなっている「鉄輪」は、人の心の哀れを強く感じさせるシリーズ屈指の名編。これまで映画の一挿話や舞踊劇にもなっており、ある意味シリーズの代表的作品と言えるかもしれません。


22.「地獄の佳き日」(富樫倫太郎 光文社文庫)
地獄の佳き日 (光文社文庫) 陰陽師ブームは、様々なフォロワーを生みましたが、その中で全く独自のスタンスで活動してきたのが富樫倫太郎。正伝全十巻という大長編「陰陽寮」でその人ありと知られるようになった作者のデビュー作をリライトしたものが、本作です。
 平安時代も後期を舞台に、謎の大陰陽師・安倍泰成と、魔神・阿修羅の遣わしめである金毛九尾の狐の死闘を描いた本作は、背景に存在する世界観の巨大さといい、その激しいバイオレンス描写といい、様々な意味で富樫伝奇の典型と言うべき作品。富樫伝奇は、本作と「陰陽寮」のように、実はそのほとんどが世界観を共通しており、富樫クロニクルとも言うべき作品群となっていますが、この広大な伝奇世界の入り口として、本作は格好の一冊と言えるでしょう。
 なお、富樫クロニクルには、平安末期を舞台とした活劇「雄呂血」、幕末の蝦夷地を舞台に泰成と九尾の狐の最後の死闘を描いた「殺生石」などがあり、今なお、あらゆる時代広がりつつある一大サーガとなっています。


23.「夢魔の森」(小沢章友 集英社文庫)
夢魔の森 (集英社文庫) 平安幻想の描き手として独特の姿勢を貫く小沢章友の作品群の中でも、常連キャラクターである土御門典明をはじめとする土御門家の人々を描く土御門クロニクルの第一作が本作です。
 老境に入った典明が、次々と人々の夢の中に現れる夢魔と死闘を繰り広げる本作は、一見いかにもな、陰陽師による魔物退治ものに見えるかもしれませんが、しかしそれに留まらないのはもちろんのこと。戦いの中で、典明が、己と土御門一門の封印された記憶を辿り、それと向き合い乗り越えていく後半の展開は、現実とその向こう側を行き来しつつ、自分という存在を確かめる主人公の魂の遍歴の物語であり、その行き着く先が夢魔との戦いの結末に繋がるクライマックスには、静かな感動があります。
 本書には続編として、典明の養子・狼明が妖人・薫の大納言と対決するフランケンシュタインテーマの名作「闇の大納言」があり、また「曼陀羅華」「炎舞恋」などの平安幻想譚においても土御門家の人々の活躍を見ることができます。


24.「花月秘拳行」(火坂雅志 廣済堂文庫)
 2009年の大河ドラマの原作者となった火坂雅志は、その作家生活の当初は、派手なアクションと奇想が光る伝奇ものを得意としていました。デビュー作である本作は、かの西行法師を伝説の秘拳・明月五拳の伝承者として、同じく伝説の流派である暗花十二拳との死闘を描いた、火坂伝奇の代表作の一つです。
 歌人として知られつつも存外謎の多い西行という人物を、月をその技の名に冠した拳法の達人としてしまった奇想には感動すら覚えますが、しかし宿敵たる暗花十二拳の背景設定や、終盤の舞台となる和歌地獄の謎解きの面白さなど、単に勢いだけではない面白さが間違いなくここにはあります。
 火坂伝奇としては、本作の続編「北斗秘拳行」「魔都秘拳行」の他、火坂版妖星伝ともいうべき「神異伝」が圧巻。今ではすっかり伝奇から離れてしまった感のある作者ですが、ぜひ過去のこうした作品にも目を向けていただきたいものです。


25.「カーマロカ 将門異聞」(三雲岳斗 双葉社)
カーマロカ―将門異聞 最後に若き才能による平安伝奇の雄編を紹介しましょう。平安伝奇の常連といえば、これまでに挙げた作品に登場する人物に加え、平将門の名が挙がるかと思いますが、本作は、実は生きていた平将門と、彼を追う者との死闘を描く快作です。
 生き延びた彼は 何をしようとしているのか、そしてそもそも何故彼は兵を挙げることとなったのか、そして討たれなければならなかったのか――そんな興味をそそる伝奇的趣向に加え、平貞盛に甲賀の望月三郎、賀茂保憲に夜叉姫と、多士済々の登場人物たちが激しく入り乱れて死闘を繰り広げる様が、勢いある筆致で描かれ、冒頭から結末に至るまで、読む者の気を逸らすことがありません。ことに、ラストに待ち受けているどんでん返しには、あっと驚かされること請け合いです。
 作者はライトノベル出身で、時代ものは本作が初めてと記憶していますが、伝奇的アイディアの面白さといい、虚実織り交ぜた描写の達者さといい、時代ものの分野での活躍も期待したいところです。


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2007.07.04

入門者向け時代伝奇小説五十選 4.SF・ホラー

 第四回の今回は、時代SF、時代ホラーに属する作品からチョイスしました。一見堅いように見える時代ものではありますが、実は他ジャンルとの親和性は相当に高く、これまでも様々なクリエイターにより、ジャンルを超えた、ジャンルの可能性を広げた名品が生まれています。ここではSF二作品、ホラー三作品を挙げましょう。
16.産霊山秘録
17.吉原螢珠天神
18.髑髏検校
19.震える岩
20.幽剣抄

16.「産霊山秘録」(半村良 集英社文庫ほか)
産霊山秘録 (集英社文庫) 時代伝奇でSFと言えば、真っ先に挙げるべきは、半村良によるこの名作でしょう。戦国時代を皮切りに、江戸時代・幕末・戦中戦後と、長い時の流れを背景に、強大な超能力を秘め、歴史を陰から動かした謎のヒ一族の姿を描き出した、壮大なスケールの連作であります。
 光秀も天海も佐助も竜馬も新選組もヒの一族だった! というのは一歩間違えるとトンデモな世界になってしまいますが、もちろん伝奇SFの名手・半村良にそんな心配は無用。それどころか、最後にはアポロ宇宙船まで飛び出す伝奇的面白さの中に、「生きること」とは何か、という静かな問いかけが込められている見事なドラマ設計の前には、ただただ圧倒されるばかりです。
 そして、本作で示された生命に対する作者独自の視座は、日本の時代伝奇小説史上、そしてSF史上に不朽の名を残す大作「妖星伝」に先行するものであり、いずれはぜひこちらにも触れていただきたいものです。


17.「吉原螢珠天神」(山田正紀 電子文庫パブリほか)
 SFのみならず、ミステリそして時代小説でも活躍を続ける天才・山田正紀の作品中でも、時代SFの名品として強く推したいのがこの中編です。
 御庭番という身分を捨て孤独な暗殺者として暮らす主人公が、不思議な珠を奉じて徳川幕府創設以来暗躍する謎の黒衣衆と死闘を繰り広げる姿を描いた本作は、一口で言ってしまえば、SFと「必殺」と山田風太郎のハイブリッドであります。しかし、その中には、山田正紀作品全般に通底する、人間性を阻害するものへの激しい怒りが確かに脈打っており、いかにも作者らしい作品と言えるでしょう。
 なお、本作を表題作とした短編集には他に「あやかし」「辛うござる」の二作を収録。作者の作品としては比較的初期に入る作品ばかりですが、いずれも印象的な佳品です。また現在入手困難ではありますが、作者には「闇の大守」「風の七人」といった時代伝奇小説の名品があり、こちらの方面での再評価が望まれるところです。


18.「髑髏検校」(横溝正史 徳間文庫)
髑髏検校 これ以降はホラー色の強い作品を。ホラーモンスター数ある中で、吸血鬼はその筆頭格ですが、その西洋スタイルの吸血鬼を江戸のど真ん中で活躍させたコロンブスの卵的名作が本作であります。
 異境の吸血鬼一党が都に現れ、夜の闇に紛れて跳梁し、それに気付いた老碩学らと死闘を繰り広げるという本作の展開は、ストレートに評すると「吸血鬼ドラキュラの翻案」そのものではあるのですが、しかし、横溝正史の筆は、異国で生まれた吸血鬼という存在を全く違和感なしに江戸の世に登場させ、そしていかにも作者らしい絢爛で妖美な姿で描き出しており、単なる翻案の域を超えた名作として成立させていると言えます。物語の展開自体は駆け足気味ではありますが、見事な結末の前には小さいこと、と言い切ってしまいましょう。
 ちなみに本作以外に吸血鬼を扱った時代ものとしては、山田正紀「天動説」、井上雅彦「ヤング・ヴァン・ヘルシング」シリーズ、加納一朗「あやかし同心事件帖」など、少なくない数が発表されており、吸血鬼ファンの方はこちらも要チェックでしょう。


19.「震える岩 霊験お初捕物控」(宮部みゆき 講談社文庫)
震える岩―霊験お初捕物控 (講談社文庫) 推理・ファンタジー・ホラーとジャンルを超えて活躍する宮部みゆきは、時代ホラーの名手でもあります。本作はその中でも、見えないものを見ることができる霊感少女・お初が、南町奉行・根岸鎮衛の下で活躍する「霊験お初捕物控」シリーズの第一作。
 死人が生き返る死人憑き事件に、子供を狙った連続殺人。夜な夜な鳴動する岩に赤穂浪士の討ち入りの真相…一見バラバラに見える怪事件の一つ一つが、お初たちの探索により、少しずつ結び合わされていく伝奇ホラーとしての面白さもさることながら、いかにも宮部作品らしい、人の心の弱さと強さの機微に踏み込んだ細やかな描写が、超常的な事件の存在により、一層鮮やかに浮かび上がる様にも感心させられます。
 本シリーズには続編として、嫁入り前の娘が一陣の風と共に次々と消えていく「天狗風」がありますが、パイロット版的位置づけの作品として「迷い鳩」「騒ぐ刀」の二短編が発表されており、どれも見逃せない時代ホラーの佳品となっています。


20.「幽剣抄」(菊地秀行 角川文庫)
幽剣抄 (角川文庫) 最後に、珠玉の時代ホラー短編集を。そのタイトルの通り、「剣」を通して人の世の怪奇を描いた短編集である本書は、様々な時代・様々な人々の姿を題材とした、バラエティに富んだ作品揃いですが、しかし共通するのは、そんな非日常的状況の中でより鮮明に描き出される人の――ポジティブネガティブを問わない――心の有りようでしょう。
 そんな意味からも、本書の収録作中強く強く印象に残るのは、横領の罪で斬られた人間嫌いの男が、奇怪な幽鬼と化して必殺の剣を振るう「這いずり」。封建社会特有のものでありながら、しかし同時に、人が人であり続ける限り、いつでも出現しうる地獄を描いた本作は、私に時代ホラーとは何か、時代ホラーを描く意味は何か、ということを教えてくれた作品であり、名品中の名品と自信を持って言うことができます。
 本シリーズは、「追跡者」「腹切り同心」「妻の背中の男」と全四冊刊行されておりますが、いずれも作者のホラーと時代劇への深い愛と理解が伝わってくる名品揃いであり、必読です。


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2007.07.03

入門者向け時代伝奇小説五十選 3.忍者もの

 剣豪と並んで時代伝奇小説の華といえば忍者。入門者向け時代伝奇小説五十選の第三回は、そんな忍者にスポットライトを当てて作品をチョイスいたしました。古典から期待の新鋭の作品まで、様々な形での忍者の活躍をご堪能下さい。
11.甲賀忍法帖
12.赤い影法師
13.真田十勇士
14.御三家の犬たち
15.黄金の忍者

11.「甲賀忍法帖」(山田風太郎 講談社ノベルスほか)
甲賀忍法帖 (講談社ノベルス) 忍者もの一番手は、あまりにも鉄板で恐縮ですが、山田風太郎の忍法帖第一作を。徳川三代将軍を決するためのゲームの駒として選ばれた甲賀卍谷と伊賀鍔隠れ、各十名の死闘を描いた本作は、つい先頃、「バジリスク」のタイトルで漫画化・アニメ化され、若い世代にも山風と忍法帖の名を知らしめた名作です。
 それぞれ奇怪極まりない――それでいて医学的合理性を備えた――「忍法」を操る二十人の忍者の戦いは、いわゆるトーナメントバトルの鼻祖として記憶されるべきものであると同時に、権力者の意志に翻弄される恋人たちの姿をも描き出している本作は、単なるバトルものに留まらぬ味わいを湛えた名品として、この先も多くの読者に愛されていくことでしょう。
 山風忍法帖は、本作以降、長短合わせて数十編書かれていますが、いずれもユニークな忍法と、歴史感覚(パロディセンスと言い換えてもよいでしょう)に貫かれた名品揃い。本作の次のステップとしては、講談社文庫に収録された諸作をお勧めしておきます。


12.「赤い影法師」(柴田錬三郎 新潮文庫)
 もう一作、忍者ものの古典的名作を。三代将軍家光の御前で行われたという、いわゆる寛永御前試合十番を背景に、伝説の忍者「影」の娘と服部半蔵の間に生まれた若き天才忍者「若影」の暗躍を描いた柴田錬三郎の代表作の一つです。
 御前試合に出場する十組二十人の武芸の達人が繰り広げる決闘模様を縦糸に、その勝者を次々と襲い、賞品として与えられた刀を奪う「若影」の姿を横糸にした本作は、そのエンターテイメント性・伝奇性はもちろんのこと、いかにも柴錬らしい独特の乾いた美意識に貫かれた名作であります。
 剣豪作家として知られる柴錬ではありますが、本作やその続編「南国群狼伝」のように、忍者を主役とした作品も少なくありません。本作の他では、伝奇の宝箱とも言うべき短編連作「柴錬立川文庫」の猿飛佐助ものなどは、ぜひ一度手に取っていただきたいところであります。


13.「真田十勇士」(笹沢左保 電子文庫パブリほか)
猿飛佐助諸国漫遊―真田十勇士〈巻の1〉 猿飛佐助と言えば真田十勇士。このヒーローたちを描いた作品は、長短枚挙に暇がありませんが、ここではその中でも決定版と言うべき、笹沢左保の作品を挙げましょう。智将・真田幸村一の臣である猿飛佐助が、幸村の股肱の臣たるべき勇士を求めて諸国を巡る発端から、十勇士集結、豊臣・徳川の開戦、そして凄絶な決戦からその結末に至るまでを描いた本作は、設定的にはオーソドックスですが、面白さは折り紙付きの伝奇活劇であります。何よりも、個性的な十勇士が背負った過去、あるいは彼らが出会う事件それぞれが、みな実に伝奇色濃厚で、さながら戦国意外史の感すらあります。
 本作は全五巻十六話と、分量的には多めですが、中編を積み重ねた連作形式となっているため、スムーズに読み進めることができるのもお勧めの点です。また、本作は原作にかなり忠実な形で岡村賢二により漫画化されておりますので、まずこちらから、というのも良いかも知れません。


14.「御三家の犬たち」(南原幹雄 徳間文庫)
御三家の犬たち (徳間文庫) これまでに挙げた作品の忍者は、いずれも超人的な能力を備えた忍者個人の活躍・戦いを描いた作品ですが、御三家の犬――徳川の御三家それぞれに仕える忍者たちを通して徳川第八代将軍の座を巡る暗闘を描いた本作は、個人の争闘に留まらない、よりマクロな視点からの描写が特徴的な作品です。
 南原作品の特長の一つとして、伝奇エンターテイメントに、当時の政治・経済のシステム(特に後者)を絡めた展開がありますが、本作もその一つ。スパイスリラー、ポリティカル・フィクション的要素を加味することにより、伝奇ものとしての楽しさはそのまま、従来の忍者ものになかったスケール感を与えることに成功しているかと思います。
 「御三家」ものは、本作のほか「御三家の黄金」「御三家の反逆」と発表されており、また、現在絶版ではありますが、幕府の秘密機関・中町奉行所の同心たちの隠密行を描く「灼熱の要塞」「北の黙示録」なども、南原伝奇を存分に味わうことができる名品です。


15.「黄金の忍者」(沢田黒蔵 学研M文庫)
黄金の忍者―伊賀暗闘録 今回最後に取り上げるのは、忍者小説の期待の新鋭の代表作。天正伊賀の乱から本能寺の変に至る激動の時代の流れに翻弄されつつも、自分自身の戦いを模索していく伊賀忍者・江ノ市之丞の姿を描いた作品です。
 誰が敵で誰が味方かもわからぬ無明の闇の中で、幾度も傷つき、裏切られる市之丞の姿を、リアルでハードなタッチを基調として描くだけでなく、彼が求める究極の忍者像「黄金の忍者」の謎を一方に配置することにより、一種の伝奇ヒーロー活劇的色彩をも与えることに成功している本作。ここに並行して存在するリアルさと伝奇性は、そのまま忍者の持つ、影と光それぞれの側面を描いているやに感じられ、興味深いものがあります。
 本作はその後、続編続々編が発表されていますが(現在シリーズが途絶しているのが残念)、作者はこの他にも「不問ノ速太、疾る」「忍び鬼天山」「真田の狼忍」といった忍者ものの佳品を発表しており、昨今、存外に刊行数の少ない忍者小説において一人気を吐く存在と言えるかと思います。


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2007.07.02

入門者向け時代伝奇小説五十選 2.剣豪もの

 さて入門者向け時代伝奇小説五十選の第二回は剣豪もの。時代伝奇小説においては、主人公が剣豪であるケースも大変多いのですが、今回は、主として剣豪・剣術といった存在を物語の中心に据えた作品を挙げたいと思います(物語の性質等から、短編集が多くなっておりますが、便宜上一冊で一作とカウントしております)
6.秘剣・柳生連也斎
7.秘剣水鏡
8.柳生非情剣
9.駿河城御前試合
10.剣聖一心斎

6.「秘剣・柳生連也斎」(五味康祐 新潮文庫)
秘剣・柳生連也斎 (新潮文庫) まず最初は、五味康祐の珠玉の短編集から。未完の大作「柳生武芸帳」をはじめとする柳生ものなどで知られる五味康祐の剣豪小説は、達人同士が己の人生と矜恃をかけてぶつかり合う様を描くことにかけてはまさに天下一品、独特の品格すら感じさせる名品揃いであります。兄弟のように育てられた二人の剣士が、数奇な運命の果てに激突する様を描く「秘剣」、そして尾張柳生の連也斎が、宮本武蔵の薫陶を受けた剣士の決闘に至るまでを描いた「柳生連也斎」という本書の二つの標題作は、ともに剣とそれに生きる者の生き様を描いたマスターピース。ことに、後者のラストの対決シーンは、剣豪小説史上に残る伝説の決闘と呼んでも良いでしょう。
 本書には、この他にも芥川賞受賞作「喪神」や「桜を斬る」といった名作佳品が収められており、さながら五味康祐のベスト盤という趣があります。五味康祐には、本書の他にも剣豪小説の短編集として「剣法奥儀」「兵法柳生新陰流」といった名品があり、こちらも手にとっていただきたいものです。


7.「秘剣水鏡」(戸部新十郎 徳間文庫)
 五味康祐とはまた違ったベクトルで、様々な剣豪の姿を活写したのが、戸部新十郎のいわゆる秘剣シリーズ。実在虚構・有名無名を問わない剣士列伝とも言うべきこの短編群は、どちらかと言えば淡々とした穏やかな筆致ですが――いやむしろそれだからこそ、クライマックスで披瀝される秘剣の冴えが、強く強く心に残ります。
 本書の標題作である「水鏡」は、幻の秘剣・水鏡を操ったという伝説の剣士・草深甚四郎から分かれた三つの流派の姿を描いた作品。魔剣と化した一派と、古体を伝える一派との玄妙怪奇な決闘を描いたクライマックスもさることながら、物語の中で、剣術というものが生まれて以来の発展の姿が描き出されており、実に興味深い内容です(詳しくはこちらをご覧いただければと思います)。
 本書にはこの他、「大休」「水月」「空鈍」と言った名品が収録されています(特に前二作は柳生ファン必見)。またその他の短編集としては「秘剣虎乱」「秘剣埋火」「秘剣龍牙」「秘剣花車」があり、これもまた、いずれ劣らぬ名作揃いです。


8.「柳生非情剣」(隆慶一郎 講談社文庫)
柳生非情剣 (講談社文庫) 再び登場の隆慶一郎作品は、かの柳生一族の面々を描いた短編集。十兵衛、友矩、宗冬、連也斎…いずれも様々な作家により描かれてきた綺羅星の如き名剣士でありますが、隆慶一郎作品においては敵役・悪役として描かれることの多い彼らを主役にして描いた本書は、剣豪小説としてのダイナミズムと同時に、剣と同時に政治に生きた特異な一族の人間像がくっきりと描き出されており、圧巻であります(ちなみに集中の「柳枝の剣」を漫画化している田畑由秋は「ガンダムで例えるならザビ家列伝のような話に当たる」と表していますが、なかなか面白い観点かと思います)。
 集中、私が好きなのは、柳生宗矩の子供たちの中では最も凡人に近かった柳生宗冬の剣法開眼を描いた「ぼうふらの剣」と、その宗冬と御前試合を行うこととなった連也斎を主人公とした「慶安御前試合」でしょうか。どちらも剣豪小説としての興趣はもちろんのこと、一個の等身大の、裸の人間としての剣士の生きざまが描き出されており、強く印象に残ります。


9.「駿河城御前試合」(南條範夫 徳間文庫)
駿河城御前試合 (徳間文庫) 現在、「シグルイ」のタイトルで山口貴由に漫画化されている本作が、伝奇ものの範疇に本作が収まるか、チト気になるところではありますが、しかし剣豪ものとして見逃すわけにはいきません。暗愚の駿河大納言徳川忠直が己が城中で開催した十番の真剣勝負を描いた本作は、残酷時代小説で一世を風靡した作者ならではの武士道残酷物語。しかしそれと同時に本作は、単なる残酷ものに留まらず、実に様々な流派の武術が登場する剣豪ものとしても超一級の作品であります。
 片腕の剣士と盲目の剣士、マゾヒスト剣士に奇怪なガマ剣法…個性豊かな剣士たちとその武術が炸裂する死闘十番は、それぞれに見事な剣豪小説であり、残酷ものと剣豪ものの希有なハイブリッドとして実に珍重すべき作品となっています。
 なお、冒頭に挙げた「シグルイ」は、既に九割九分オリジナル作品となってはいますが、その精神性においては原作のそれをしっかりと再現しており、是非両者を読み比べていただきたいものです。


10.「剣聖一心斎」(高橋三千綱 文春文庫)
剣聖一心斎 (文春文庫) 最後に、一風変わった剣豪・中村一心斎の生きざまを描いた連作短編集を挙げましょう。一心斎先生は実在の人物ですが、しかし本作での描かれようは、定職も就かず、出会った人間から金をせびる、女の子のお尻を触る…これだけ見ると単なる困ったオヤジです。
 が、一見滅茶苦茶やっているように見えて、一心斎の言動は、振り返ってみれば皆悉く正鵠を射たもの。そして本書に登場する若き日の偉人たち――千葉周作、勝小吉と男谷精一郎、高柳又四郎、遠山金四郎、斎藤弥九郎など――は、いずれも進むべき道に迷い悩む中で一心斎と出会い、振り回されているうちに、いつの間にか己の行くべき道に気付き、新たな一歩を踏み出すことになります。
 人を正しき道に進むべく教え、導く者を聖人と呼ぶのであれば、その意味でまさしく一心斎は剣の聖人、剣聖と呼ぶに足る人物と言えるのでしょう。派手なチャンバラがあるわけでも、素晴らしい剣技が描かれるわけでもありませんが、たまにはこういう剣豪ものがあっても良いのではないでしょうか。なお、一心斎先生は、この後も「暗闇一心斎」で、変わらぬ元気な姿を見せてくれます。


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2007.07.01

入門者向け時代伝奇小説五十選 1.定番もの

 入門者向け時代伝奇小説五十選の第一回目は、これぞ時代伝奇、と呼ぶべき定番の名作群。あまりにも有名な作品ばかりではあり、ある意味鉄板のチョイスではありますが、未読の方には是非読んでいただきたいクラシックな名作ばかりです。
1.髑髏銭
2.鳴門秘帖
3.丹下左膳
4.眠狂四郎無頼控
5.吉原御免状

1.「髑髏銭」(角田喜久雄 春陽文庫)
 今では誠に残念ながら知名度こそ高くないものの、紛れもなく時代伝奇小説界の巨人と呼ぶべき角田喜久雄の代表作の一つがこの作品。莫大な財宝の在処を示す八枚の“髑髏銭”を巡り、青年剣士・怪人・大盗・悪女・奸商入り乱れての争奪戦が繰り広げられる本作は、まさに時代伝奇の教科書ともいうべき、この五十選の一番目に取り上げるにふさわしい名作です。
 その本作の中でも特に印象的なのは、髑髏銭を求めて跳梁する覆面の怪人・銭酸漿のキャラクター。冷酷で陰惨な殺人鬼のようでありながら、実は悲しい宿命を背負った、人間的な側面を持つ人物であり、その造形は現代においても立派に通用すると思われます。
 なお、角田喜久雄といえば、むしろミステリの流れでその名を知る方も多いかと思いますが、本作をはじめとして、角田伝奇の諸作は、物語の諸処でミステリ的趣向が見られるのが特徴。本作に並び称される作品として、「妖棋伝」「風雲将棋谷」といった名作がありますが、いずれもこのミステリ的味わいが濃厚な作品であり、ミステリファンの方にも読んでいただきたい作品ばかりです。


2.「鳴門秘帖」(吉川英治 講談社吉川英治歴史時代文庫)
鳴門秘帖〈1〉 吉川英治と言えば「宮本武蔵」や一連の歴史もので現在は知られていますが、その作家活動の初期に優れた伝奇小説を残しています。その中でも代表作と言うべきは、阿波蜂須賀家の謀叛の秘密を探るうちに消息を絶った公儀隠密を追って外界と隔絶された阿波国で繰り広げられる冒険を描いた本作でしょう。
 善魔入り乱れての大活劇は伝奇ものの醍醐味の一つですが、本作においては水際だった美青年ぶりを見せる主人公・法月弦之丞をはじめとして、怪剣士・お十夜孫兵衛、海千山千の女掏摸・見返りお綱など、実に個性的で魅力的なキャラクターばかり。そして、波瀾万丈の活劇を、単に鬼面人を驚かす体の物語に陥ることなく、一つの人間ドラマとしてきちんと構成して見せた手腕は、さすがは吉川英治、というべきでしょうか。
 吉川英治の伝奇作品には、このほかにも武田勝頼の遺児の活躍を描いた少年小説「神州天馬侠」や、本作に比べるといささか入手が難しいかもしれませんが「神変麝香猫」といった名作が多数あります。本書を皮切りに、国民作家の手になる時代伝奇の醍醐味を、是非味わっていただきたいと思います。


3.「丹下左膳」(林不忘 光文社文庫)
丹下左膳〈2〉こけ猿の巻 (光文社時代小説文庫) 広く人口に膾炙しながらも現代ではその実像があまり知られていないヒーローの一人が、この丹下左膳でしょう。天才・林不忘が生み出したこの隻眼隻腕の剣狂の生まれを辿れば、元々は「新版大岡政談」(現「丹下左膳 乾雲坤竜の巻」)に登場した悪役の怪剣士ですが、そのキャラクターが大受けするのだから人生わからない。そのため、続く「丹下左膳 こけ猿の巻」「日光の巻」では、その特異な風貌はそのままに、彼はより人間臭い存在として、堂々主役を張ることとなります(数年前相次いで製作された丹下左膳ものの映画なども、こちらの左膳が元となっています)。
 今回お勧めしたいのは、その「こけ猿の巻」「日光の巻」。莫大な財宝の在処を秘めたこけ猿の壷争奪戦に、柳生家の御家騒動が絡む本作は、ややもすれば血なまぐさくなりかねぬ物語を、スラップスティック・コメディ調の味付けによりカラリと明るい陽性のものとして――何よりもまず孤児に懐かれて父親役になってしまった左膳のキャラが実に愉快――楽しませてくれます。何よりも、物語全体のトーンが、到底七十年以上(!)も前に書かれた時代ものとは思えぬほどモダンな空気を漂わせていて、これはもう他の作者・他の作品では味わえぬ妙味。是非一度ご賞味を。


4.「眠狂四郎無頼控」(柴田錬三郎 新潮文庫)
 さてもう一人、知られているようで知られていないヒーローの作品を。柴田錬三郎が生んだ、ニヒリスト剣士・眠狂四郎のデビュー作である「無頼控」であります。
 転びばてれんの異国人と大目付の娘の間に生まれた狂四郎は、その呪われた出生を背負って一人さすらう異貌の剣士。あまりに有名なその秘剣・円月殺法は、対峙した相手の心を空虚と化さしめたところを斬る、一種の邪剣であります。その剣に象徴されるように、決して正義の味方ではない狂四郎の行動は、およそヒーローらしくない自儘なものに見えますが――しかし、そこにいささかも不快さが感じられないのは、彼の行動が、何者も頼らぬ独立独歩の男の心意気、ダンディズムに貫かれているからでしょう。タイトルに言う「無頼」とは、実にこの心意気のことであります。
 さて本作は正編五冊・続編一冊の全六冊という大部ではありますが、週刊誌に連載されただけあって、一話一話はごく短く、それでいてきっちりと各話が独立した物語として成立しているため、スムーズに最後まで読むことができると思います。また本シリーズは、この後も「独歩行」「殺法帖」「孤剣五十三次」「虚無日誌」「無情控」「異端状」と続きますので、一度ハマったらシリーズを最後まで読むまで止まらなくなることうけあいであります。


5.「吉原御免状」(隆慶一郎 新潮文庫)
吉原御免状 (新潮文庫) 五冊目には、その作家活動期間の短さにもかかわらず、今なお多くの読者を魅了して止まぬ隆慶一郎のデビュー作を挙げましょう。宮本武蔵に育てられた好青年・松永誠一郎が吉原に姿を現す場面から始まるこの物語は、彼の出生の秘密、柳生一門との死闘、吉原に隠された神君家康の御免状の秘密といった、娯楽性の高さは言うまでもないことながら、無縁・公界など網野善彦の歴史学の成果をも取り込んだ、一種アカデミックな伝奇世界を作り出した点で、長く記憶されるべき作品です。
 そしてまた、高貴の生まれと卓越した剣技を持ちながら――いやそれゆえに、己のあり方について悩み惑う誠一郎の姿を瑞々しい筆致で描いた本作は、伝奇小説であると同時に青春小説としても、一級の味わいを持つと申せましょう。
 残念ながらその作家生活はあまりに短かった隆慶一郎ですが、本作の続編である「かくれ里苦界行」や、本作でも描かれている家康×××説を中心に据え「影武者徳川家康」など、隆史観とでも言うべきものに貫かれた数々の名作・大作を遺しており、こちらもぜひ触れていただきたいものです。
 なお、本作は堤真一主演で劇団☆新感線により舞台化されていますが、これが驚くほど原作に忠実なものとなっておりますので、興味のある方はぜひ。


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 時代劇ファンとしては満足だが… 劇団☆新感線「吉原御免状」

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「入門者向け時代伝奇小説五十選」をやります

 さて、二周年記念の特別企画として「入門者向け時代伝奇小説五十選」(第一期)を掲載したいと思います。
 入門者にとって、間口が広いようで狭いのが時代伝奇小説。何となく興味はあるのだけれど何を読んだらよいかわからない、あるいは、この作品は読んでみて面白かったけれど次は何を読んだらよいものか、と思っている方は結構な数いらっしゃるのではないかと思います。
 そこで今回、これから時代伝奇小説に触れるという方から、ある程度は作品に触れたことのある方あたりまでを対象として、五十作品(冊)を紹介したいと考えた次第。
 本来であればもっと早く…それこそこのサイトを作ったときにでもやるべきことではあったのですが、ついつい延ばし延ばしにしてしまったのは全くもって情けない話ですが、今回、ブログ連続更新二周年というきっかけがありましたので、ようやくふんぎりをつきました。

 さて、なんだかんだと言いつつも膨大な作品の中から、第一期五十選を決めるために、以下のような条件を自分に課すこととしました。

(1) 広義の時代伝奇小説に当てはまるもの
(2) 予備知識等がない方が読んでも楽しめる作品であること
(3) 現在入手が(比較的)容易であること
(4) 原則として分量(巻数)が多すぎないこと
(5) 一人の作者は最大二作品まで
(6) 私自身が面白いと思った作品であること

 そして選び出した作品を、それぞれ五冊ずつ、以下の十のジャンル・区分に分けることとしました。

1.定番もの
2.剣豪もの
3.忍者もの
4.SF・ホラー
5.平安もの
6.室町もの
7.戦国もの
8.江戸もの
9.幕末・明治もの
10.期待の新鋭

 これはあくまでも便宜上の区分であり、必ずしも厳密に該当するわけではない(あるいは複数に該当するものも多い)のですが、ご覧になる方に一種の目安としていただくためのものとしてご了解ください。

 これから一ジャンルずつ、十回にわたって紹介していきたいと思いますのでどうぞよろしくお願いいたします。

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