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2007.08.31

「文藝年鑑」の時代小説概観が面白かったんだけど悔しかった件

 毎年日本文藝家協会が編纂している「文藝年鑑」というものがあります。年鑑という通り、その一年間の文壇・文学シーンをはじめとする文化各界の状況をまとめたもので、その一年間に文芸誌・小説誌に掲載された作品や文学賞受賞作のリストも付されており、調べものなどに重宝な一冊なのですが、そこには純文学・推理・SFなどジャンル別のその年の概観が掲載されています。
 その中に「時代小説」もあるのですが、細谷正充氏による2007年版のこれがまた実に面白かったのです。

 三段組で構成されているとはいえ、時代小説に割り当てられたのはわずか三ページ弱。その中で昨年一年間の時代小説シーンの動きを総ざらえするのだから相当駆け足ではあるのですが、しかしその中でところどころ、普通こういうところでこういう話には触れないだろう、というネタが織り交ぜてあるのですね。

 例えば、ここしばらくの一大ムーブメントである文庫書き下ろし時代小説の盛況ぶりと、それと同時に存在する問題点(これはこれで非常に頷けるものなのですが)に触れた際に言及されるのが、私も大好きな加納一朗先生の怪作「あやかし同心事件帖」(ポジティブな取り上げられ方ですので念のため)。

 また、中国歴史物について言及した際に、その他の作品全てを合わせたのとほぼ同じ分量を割いて取り上げられるのが、これまた私も大好きで、これまでもこのブログでブチブチ紹介してきた「絵巻水滸伝」というのがまた嬉しい。そのクオリティと反比例して公の場で言及されることが非常に少ない本作ですが、このように正当な評価が――それも時代小説のかつての本道であった挿絵入り単行本を引いてくるのが心憎い――下されるのは、本作のファンとして涙が出るほどありがたい話です。
 何だかうちのサイトに関係のある偏った部分ばかり取り上げてしまいましたが、それ以外の(ってぇ表現も失礼極まりないですが)時代小説一般について触れた部分も、素人目に見ても的確極まりないもので、とりあえずこのページ片手に本屋行けば読者としては大丈夫じゃね? と言ったところでしょうか。

 …と、ずいぶん持ち上げてしまいましたが、個人的には、伝奇ものをはじめとするニッチな世界にもディープに踏み込みつつ時代小説界全般にもきちんと目を向けている方がいるというのは非常に有り難いことではあるのですが、しかし私などそのニッチな世界を扱うのですら毎日ヒイヒイ言っていることを思うと、その、正直誠に悔しい話ではあります。
 ってあんた業界の第一人者を相手に何を無礼なことを! と怒られないうちに逃げる。


「文藝年鑑 2007」(日本文藝家協会 新潮社) Amazon

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2007.08.30

「雷迅剣の旋風」 新たなる旋風、無頼の牙

 江戸八百八町を股にかけた近年希にみる大殺陣の果てに、ひとまずの終わりを迎えた牧秀彦先生の「辻番所」シリーズ。その第二シリーズが、新たなる主人公を迎えてスタートしました。
 レギュラー陣はそのまま、新たなる主人公を務めるのは名門の出身ながら無頼を気取る青年・本多誠四郎。第一シリーズの主人公・辻風弥十郎とは何から何まで異なるキャラクターの登場に若干の戸惑いを覚えつつ読んでみれば、これがまた見事なまでの快作でありました。

 弥十郎が江戸から姿を消して数ヶ月。かつて彼と共に裏稼業を勤めてきた根津の辻番所の留蔵爺さんと辻謡曲の浪人・田部伊織がそれぞれに平穏な時間を送っていたところに現れたのは、無頼の青年・誠四郎。誠四郎の不敵さに戸惑いを覚えつつも、留蔵は彼に弥十郎の面影を見るのでした。
 実は誠四郎の実家は徳川直参の名門・本多家。長子でありながらも妾腹に生まれた誠四郎は、正室との間に弟が生まれたがために父と義母に疎まれ続けてきた末に、弟に家督を譲るためあえて無頼に走っていた…という裏事情。
 一方、留蔵と伊織は、裏稼業の秘密を知る弥十郎の旧知の侍・榊伊作の依頼により、さる大名家のお家騒動絡みの仕事を行う羽目となります。偶然その一部始終を知ることとなった誠四郎は、暗殺で片をつけようという伊作の卑劣さに怒り、決闘を挑むのですが――

 というのが第一話のあらすじ。新主人公である誠四郎の人となりの紹介と、それと同時に一度は裏稼業から足を洗った留蔵たちの復帰の様を手際よく一エピソードとしてまとめ上げて成立させているのはさすがと言うほかありませんが、それ以上に、この第一話から感じ取れた、作者がこの第二シリーズを始めるにあたっての狙いというものに私は感心しました。

 そもそも、親から子へといった世代交代や、脇役に焦点を当てたスピンオフという形態でなしに、同一の舞台とサブキャラクターを使って、主人公のみを新しくした第二シリーズという形式自体、時代小説の世界では相当に珍しいものであります。もちろん、サブキャラや世界観を一にすることによる安定感という利点はありますが、一歩間違えれば先代の主人公の存在に、新主人公が潰されてしまう危険性も大いにあり、それであればむしろスピンオフにするなり、全く(あるいは微妙に)異なる舞台で新作をスタートさせる方が、むしろリスクは少ないのではないか…と、普通は考えてしまいます。
 が、そうであってもあえてここで第二シリーズ、新主人公というスタイルを作者が取ったのは、むしろ先代の存在を、そのプレッシャーを、より鮮烈に誠四郎のキャラクターを深め、その成長物語をよりドラマティックにするための原動力として使うためではないか――第一話を読んだとき、私はそう感じました。

 振り返ってみれば、記憶喪失という特殊な状況にあったものの、先代主人公の弥十郎は相当に安定した、言い換えればほぼ完成された人物でありました。それに対して誠四郎は、まだまだ腕前的にも人格的発展途上、まだまだ未熟な面も多いキャラクター。人並み以上に腕は立つものの、まだまだ真の達人クラスには及ばず、また、何のかんの言ってもお坊ちゃん暮らしで性格的にも甘ったれたところ(スタイルだけの無頼というのは往々にして甘えの裏返しではあります)が見えます。
 そんな誠四郎にとって、状況的に何かと弥十郎と比べられるというのは面白かろうはずがありませんが、しかしそこでふて腐れてしまわないのが誠四郎の良い意味の若さ。かえってそれをバネにして自らをステップアップさせ、弥十郎とは違った意味で魅力的な人物として周囲に、そして読者に自分を認めさせていくというのが、本作の基本構成であると想像できます。

 もちろんこうした成長物語は、舞台も周囲の人物も含めて全くゼロから始めても全く問題ないものではあります。しかし、以前と同じ世界で、同じ登場人物を配置して――すなわち主人公以外はそのままで――主人公のみを入れ替えることで、先代主人公を含めた周囲との比較により新しい主人公の個性を際立たせるとともに、その比較されること自体を主人公の行動原理の一つとして(例えば先代への反発、例えば先代への憧れetc.)使うことで、主人公の行動に説得力と深みを与えようとしているのではないかと、私は感じました。

 いささか長くなってしまいましたが、先に書いたとおり、時代小説では極めて珍しい――それだけに難しい――主役交代劇を鮮やかにやってのけた作者の業前にはただ感嘆するのみです。
 本書に収録された残り二話も、いずれも誠四郎と周囲の世界の触れ合う様、そして誠四郎の成長に、手に汗握る剣戟を絡めてみせた佳品であり、一歩一歩己を高め、周囲に受け入れられていく誠四郎の姿が、我が事のように嬉しく、また爽快に感じられることです。
(また、第三話で居合遣いの強敵に敗北した誠四郎が、特訓の中で会得した居合の要諦を逆用して、相手の居合を封じるシーンの理詰めな、しかしダイナミックなアクションには大いに唸らされました)


 こうして鮮烈に、しかし着実にデビュー戦を飾ってみせた誠四郎。これからも彼の前には、幾多の戦いと挫折、喜びと悲しみが待ち受けていることと思いますが、しかし、そのたびに彼が少しずつ成長を遂げていくことは間違いありません。甘えるのでも拗ねるのでもなく、真に己の足で大道を往く、無頼の牙を研ぎ澄ませた旋風児の姿を楽しみに見守っていきたいと思います。
 そして――誠四郎が名実ともに主人公として恥ずかしくない人物となった暁には、先代主人公たる弥十郎との、ダブルライダー、ダブルマジンガー級の夢の揃い踏みを是非見せていただきたいものです。
 その時を楽しみにしつつ…


「雷迅剣の旋風」(牧秀彦 光文社文庫) Amazon

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2007.08.29

「大江戸ロケット」 二十一発目「脱線は三度まで」

 前回までのドシリアスエピソードも一段落ついて、さて最終回までにどうするんでしょうと思ったら、今回は何と劇中劇という展開。考えてみれば原作が原作だけに、あってもおかしくはない展開ですが、ここに来てとはちょっと吃驚しました(予告の時の眼の「俺に台本来てねーじゃん!」の意味がわかって大笑い)。しかもまさかの源蔵回とは…ある意味、これまででもっともカオスは一話でしたが、しかしそれでもきちんと終盤にひねりを入れてくるあたり、いかにもこの作品らしい一話でした。

 何だか突然ロケットの町になってしまった石川島(しかし発射台があるけれども、あんなところで打ち上げる気かしら…ロケットなめんな)。そこに何故か芝居小屋を建てたお伊勢さん、おソラさんとロケットの芝居を上演するというのはもちろん金儲けのためではありますが、銀さんが興味を持って帰ってくるかもしれないから、という女心が泣かせます。
 そしてタイミングよく(?)人間に戻った源蔵に、ふとしたことから女物の着物を着せてみたらこれがとんでもない美人さんに。さすがはビジュアル探偵(そういえばヌードを披露してたしなあ)…というのはいいとして、トントン拍子に舞台のかぐや姫(=おソラ)役に大抜擢されます。

 かくして始まる大舞台、当然台本通りにいくわけもなく脱線の連続ですが、それでも何とかラストのロケット打上げまで来てみれば、しかし、役に…いやおソラの気持ちになりきってしまった源蔵さんが、「帰りたくない!」と台本にない台詞を言ってしまったおかげでまた大波乱。アドリブで声を当てることとなったおソラは、自分自身の言葉で、心の内を語ることに…
 と、この辺りの展開が実にうまい。散々バカやってきた挙げ句に、実はこのエピソードが、この時のために――これまでうっすらと描かれてきた、そしてこれからより一層大きな意味を持つであろうおソラの清吉への想いを描くために――積み上げられてきたと気付いた時には、大いに感心してしまいました。
 まあ、大爆発オチはずるいとは思いますが(笑)

 以下、その他のキャラ・ネタ等に関する感想を箇条書きに

○源蔵さん周辺
 最近出オチ状態だった源蔵さんに文字通りスポットライトが当たって感無量。もっとも、目立ったのはやっぱりほかの連中のような気がしますが…
 にしても、源蔵さんのお母さんの「(着物は)とっくの昔に売っぱらっちまったよ」とか「(女物の衣装でも)アニメだからどうとでもなるよ」とか、いちいちオカンらしい傍若無人ぶりが妙にリアルで…

○劇団ネタ
 やっぱり個人的には一番のツボはこの辺り。メタなネタはお得意な本作ですが、ここまでメタメタだと実に愉快です。今回みんなで結成した劇団が「劇団☆東快道」ってのがまた「らしい」名前で大笑いしましたが、やっぱり圧巻は呼んでもないのに出てくる中ノ島一吉(なかのじまかずきち)。
 いやーこれはひどい(褒めてます)。名前だけ見るとかずきさんなのに(顔もよく見るとちょっと似てる)、ドリルといい髪の色といい声といい…カミナの兄貴、復活するところ間違ってるよ!(そして羽織には新幹線の柄が入っているのもまた芸コマ)
 にしてもBOXバラ売りなしはやっぱないよな。私はもちろんBOX買いましたが。

○鉄十とおりく
 ある意味、源蔵さん以上に出オチ状態の鉄十ですが、舞台ネタに鉄十を入れないとは何という片手落ち! 日曜の晩は中の人が大河ドラマで一世一代の熱演を見せてくれたというのに…<それは関係ない
 まあ、こういう時に身軽に乱入できるキャラは便利だと思いますが、ピンクのスポットライトでの登場シーンが、これまたらしくて大笑い。いや、じゅんさんならあれくらいリアルでやるよな。
 そして気がついてみると鉄十と一緒に登場する率がやたら高いおりくさん(OPからして一緒だしね)。もうあんな獣萌え純情男はやめて鉄十とくっつけばいいのに。
 あと、おりく退場の時に無駄にドップラー効果を効かせる救急駕籠が芸コマ過ぎる。

○清吉とおソラ
 そして今回の影の(?)主役カップル。もう清吉の意識しまくりっぷりは、端から見ると不審人物以外の何者でもないですが、まあ恋する男の子はこんなもんだ!(なに喜んでるんスか三田さん) いやー、舞台の下とはいえ、自分たちをモデルにしたメロドラマを二人っきりで…というのは、思春期(なの?)の男の子にはある意味拷問シチュエーションだよね…
 にしても「ずっと一緒にいたい人が」というおソラの台詞は、二人の状況を考えるとなかなか面倒な内容ではあります。おソラさん、分裂しなきゃいいが…

○その他の人々
 ほとんど裏技とはいえ、このご時世に堂々と芝居を演じられて実に楽しそうなレギュラー陣、見ているこちらも嬉しくなります。その中でも、おそらく一番喜んでいたのは、天鳳天天の二人ではないでしょうか。
 特に天鳳は、玉吉(舞台での清吉)役をボーイッシュに好演していて実によかったのですが、世の中には女に生まれたために役者になれなくて妖夷の肉食ってる人とかいるかと思うとちょっと複雑な気持ちになりました。
 …それはともかく、玉吉を演じている時の早水リサさんの発声がやたら舞台調でちょっと感心しましたよ(舞台にも出てらっしゃる方みたいですね)。

 一方、こういうのが大ッ嫌いなはずなのに、今回やけに物わかりがよかった鳥居様。水野様お墨付きとはいえ、妙にロケットに前向きなのがちょっと気持ちの悪いことです。


 と、微妙に嵐の予感を感じつつ、さて次回は…やっぱり予告だけじゃ全然わかりませんね、こりゃ。


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2007.08.28

「竜神伝説」 もう一つの水のほとりの物語?

 ここしばらくの講談社の横山光輝作品復刊攻勢は、なかなか掲載誌にまで当たれない私のような人間にとっては本当にありがたい限りで、おかげで幻と呼ばれていた作品を幾つも読むことができたのですが、この「竜神伝説」もその一つ。長らくタイトルのみしかわからなかった作品ですが、これが何と応仁の乱の頃の琵琶湖を舞台にした活劇もので、嬉しい驚きでした。

 主人公・一郎太は天涯孤独の青年。ある戦に参加したものの敗走し、落ち武者狩りにあって絶体絶命の彼は、幻術を操る幻也斉なる謎の老人に命を救われます。この幻也斉、ある目的のために各地で見どころのある若者を集めて竜神組なる武装集団を結成し、琵琶湖を荒らす湖賊たちを資金集めのために襲撃していたのでありました。
 かくて竜神組の一人として活躍するようになった一郎太。しかし、幻也斉が極秘裏に開発してきた秘密兵器・亀甲船の存在を知った近江の守護・六角高頼は、亀甲船を奪うために総攻撃を仕掛けてきて――

 というのが本作のあらすじですが、さすがに時代漫画の名匠だけあって、そのクオリティはまず水準以上。いかにも横山作品の怪老人というたたずまいの幻也斉を筆頭に、キャラクターとアクションの描写は共に手慣れたもので楽しく読むことができます。
 しかし本作の最大の魅力は、幻也斉の、竜神組のその目的でしょう。日本史上空前の混乱を招いた応仁の乱に対し、その混乱を収め、世を平和にする、という大きな理想を掲げて戦う彼らは、専守防衛や諜報といった任務のため、あるいは復讐や自らの生活のために戦うキャラクターが多かった横山エンターテイメントの中ではなかなかに珍しい存在であり、その理想の壮大さ、清々しさは注目すべきものがあるかと思います。

 が――残念ながら本作は掲載誌の廃刊により、わずか半年あまり、十回強の連載で第一部完という形で終了しており、その魅力が十全に活かされているとは到底言えないのが正直なところ。一郎太や幻也斉以外のキャラクターの個性も生かされているとは言えず、典型的な打ち切り作品になってしまったのは、竜神組の存在の独自性を考えれば、全く残念でなりません。
 本作がもしこの先も描かれていれば、和製「水滸伝」となったのではなかったのか…と考えてしまうのは、舞台が琵琶湖沿岸という水の辺の物語であり、そしてまた言うまでもなく横山先生が「水滸伝」の名コミカライズを行っていることからの連想なのですが、名匠の手により、志の下に集まった新たなるならず者の物語が生まれた可能性がここにあったことは無視できないのではないかな、と思った次第です。


「竜神伝説」(横山光輝 講談社漫画文庫) Amazon

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2007.08.27

「極東綺譚」第二巻 この世のものならぬ海のほとりで

 明治の世を舞台にした異形の海洋伝奇とも言うべき「極東綺譚」、早くも第二巻のお目見え。人の身に咲く人媒花を宿した少女・暮緒を守る民俗学者・九鬼銃造の冒険は早くも佳境に入り、銃造が挑む「敵」の姿の一端が描かれることとなります。

 わずかな手がかりと共に暮緒の故郷に向かった銃造と暮尾を待っていたのは、奇怪な怪物に変化した人々と、山中に現れた太古の海中にも似た異形の世界――それこそは銃造の恩師が存在を主張した世界、陸と海の間に太古より存在したこの世のものならぬ海=冥海。
 暮緒の胸に咲いた人媒花もまたそこから生まれたものであり、そして冥界を現世に広め取って代わらせようとする黒幕と、銃造は対峙することになります。

 ここで登場する冥海は、第一巻ラストに登場した悪夢のような世界。第一巻の感想にも書いたように、画力については折り紙付きの衣谷遊氏によるこの異界描写のパワーは圧倒的としか言い様がなく、こういう表現はいかがかなものかとは思いますが、虫と海産物が苦手な人間はひきつけを起こすのではないかとすら思わされます。
 それにしてもこの冥海というのは、非常に大雑把な表現ではありますが、「妖怪ハンター」のヒルコのようにもう一つの進化を遂げた――それも、海中のものが陸上のそれと成り代わった形で――生物たちの世界と考えれば良いのでしょうか。海につながる異界というと、どうしてもクトゥルー神話のそれを想像してしまいますが、これは、それとはまた距離を置いた形でありうべからざる世界を構築しており、大いに感心いたしました。

 もっとも、こうして「敵」の正体がある程度語られたことにより、逆に物語を覆っていた言い様のない不安感を薄らいだ印象と結果となってしまったのは、これはしかたのないこととはいえ、残念といえば残念。また、敵の黒幕が狂気の美青年というのは、いささかドラマとして出来すぎで、逆に本作のようなどこか歪んだ(もちろん良い意味で!)物語においては逆に違和感を感じないでもありません。

 しかし、この世の全てを飲み尽くさんと世界そのものを敵とした絶望的な戦いの中で、人媒花の宿主となった暮緒の存在が意外な、しかし大いに納得のいく形で逆転の切り札となる展開は実にうまいと思いますし、第一巻の時点では正直薄かった、本作のドラマとしての面白さを引き出してくれたように思えます。

 そして第二巻のラストでは、銃造とはワケありな印象の超美女・美櫛が登場(ただこのキャラもビジュアル的にキャラ立ちしすぎていて現時点ではちょっと違和感アリ)、舞台を山中異界から都市のど真ん中に移し、帝国海軍にまつわる物語が展開されていく模様。ある意味新しい時代の象徴である軍という存在と、冥海がどのように関わっていくというのか、期待したいと思います。


「極東綺譚」第二巻(衣谷遊 マガジンZKC) Amazon


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2007.08.26

「モノノ怪」 第七話「のっぺらぼう 後編」

 「モノノ怪」三つ目のエピソード「のっぺらぼう」、前後編の後編である今回は、いよいよ薬売りがモノノケの形と真と理を暴く解決篇。仮面の男…の面はあっさりと冒頭で封印され、あとは薬売りの仕切る芝居「お蝶の一生」によりお蝶の過去とその深層の心理が描き出されることとなりますが、さて、のっぺらぼうとは誰かと言えば…

 毎回色々と凝ったスタイルで物語を見せてくれるこの「モノノ怪」ですが、今回は(これまでのエピソードに比べれば)構成的にはかなりシンプル。「お蝶の一生」で描かれるお蝶が凶行に至るまでの人生を通じて、お蝶の心の中に潜んでいたもの、お蝶が心の中で育んで――そして殺してきたものが描かれますが、それがそのままモノノケ・のっぺらぼうの真と理に繋がることとなります。
 母の過剰な期待に応えるために自分の心を無くし、自分を道具にして望まぬ家に嫁いだ彼女の心から生まれたもう一人の彼女。自分を殺し、自分という存在を――すなわち自分の顔を失ったお蝶に取り憑いたモノノケ、それこそがのっぺらぼう、ということなのでしょう。
 
 モノノケの形と真と理さえわかってしまえば、その力を発揮した退魔の剣の敵ではもちろんありませんが、しかし何よりもモノノケを祓う力となったのは、お蝶が自分の過去と心の内を直視することができたからなのでしょう。正直、見ていたときは、薬売りに過去を見せつけられて悶え苦しみ嗚咽する彼女の姿は正視に耐えないくらい辛いものがあったのですが、その果ての「ばっかみたい」という言葉、そしてラストを見れば、その辛さがあったからの救いだとわかります(にしてもお蝶を演じた桑島法子氏の演技の見事さたるや…この「モノノ怪」という作品、見事なビジュアル面にまず目が行きますが、声優陣の素晴らしい演技あってこそのこの作品とわかります)。
 それにしても今回の薬売り、終わってみればその行動はカウンセラーのようでした。薬を売るだけでなく、カウンセリングもしてくれるとは、何とも芸達者です。


 さて――お話の方はこのような内容かと思いますが、細かいところに目を向けると突然難しくなる今回。私も観ている最中に色々と悩みましたし、ネットで他の方の感想を拝見しても、色々な意見が出ていましたが、一番大きな疑問点は、「仮面の男の正体は?」に尽きるかと思います。
 この点については、以下の三つの考え方があるかと思います。
1.純粋なあやかしである
2.お蝶の心が生んだ分身である
3.薬売りの自作自演である

 1.については、解説の必要はないでしょう。前編で描かれていたように、彼は本当にお蝶に恋していたアヤカシの類で、モノノケとは別の存在ということです。また、2.は、自分自身を殺したお蝶の想念がもう一人の自分を生み出したように、誰かに愛されたいと願うお蝶の心が、自分を必要としてくれる、一途に慕ってくれる相手を生み出したということで、仮面の男もまた、モノノケの分身とも言えるかと思います。
 さらに一番ドラスティックな3.は、薬売りと、変身後の薬売り(通称ハイパー薬売り)が示し合わせてお蝶を巡って芝居を演じ、お蝶の本音を引き出したということになります(今回も含めた本作での描写を見るに、薬売りとハイパーは別個に存在しているようですので、それも不可能ではないかと)。

 うち、3.についてまず考えてみると、根拠は二点あります。一つは、仮面の男のビジュアルが、ハイパー薬売りに酷似していたこと。もう一つは、結末で勝手口に座った薬売りが、仮面の男の煙管を吹かしていたこと。どちらもなるほど、と思いますが(特に後者)、どちらも別の理由は色々とつけようがあるようにも思えます。特に、「モノノ怪がその面の男を操り あなたを欺き あの家に縛り付けた」という薬売りの台詞から考えると、ちょっと苦しいように思えますし、既に婚礼の席で出現していたことを考えると(記憶を改竄していた可能性もありますが)、やはり薬売りだった、というのは難しいように思えます。

 また2.は、モノノケ誕生の過程を考えると、これはこれで非常に説得力がありますし、ドラマ的にも何とも哀しくてよい(という言い方は本当に申し訳ないですが)かと思います。この場合、仮面の男との婚礼の結果は、お蝶が幻想の幸せの中に没入して、現実から完全に心を閉ざしてしまうこととなるのでしょう。
 ただし、この場合も上に挙げた台詞がひっかかってきます。仮面の男が本当にお蝶の生み出したもの、モノノケの分身であれば、また違った表現になるのではないでしょうか。

 そして1.ですが、やはりこれが本編の描写との矛盾も生じず、一番通りが良いように思えます。彼は不幸な境遇のお蝶に惹かれてきたアヤカシであり、彼女を陰ながら見守ってきた存在。薬売りの言葉のように、モノノケに操られて、お蝶を操る道具として利用されていたことになりますが、これはこれで幸せだったのでしょう。 と、この考えを採る場合、実は自分でもどう解釈したものかと悩んでいたのが、クライマックスでの、お蝶とハイパー、薬売りの三人の以下の会話。
お蝶「ひとつ聞いてもいいですか のっぺらぼうは何故…何故私を助けてくれたんでしょう?」
ハイパー「救われたなどと…思っているのか?」
薬売り「強いて言うなら 恋でも したんじゃないですかね 貴女に」
お蝶「え…」
薬売り「叶うわけなどないのに 哀しき モノノケだ」
お蝶「哀しき モノノケ… ありがとう…ありがとう…もう大丈夫」

 この台詞だけだと仮面の男=モノノケと聞こえて、2.でも良いように思えてくるのですが、ここはのっぺらぼう≠モノノケと解すればよいのかと思います。薬売りが「哀しき」と評しているのは、仮面の男ではなく、モノノケ(=薬売りと話しているお蝶)と考えると、その後のお蝶の「ありがとう」という言葉に綺麗に繋がってくるように思えます。

 もちろん、以上述べてきたのはあくまでも一つの解釈。観た人の人数だけの解釈が存在するのが本作だと思いますし、それが魅力なのですが、私はこう解した、ということで。


 しかし今回のエピソード、時代を変えれば「夢幻紳士」に出てきても違和感ないかも…


「モノノ怪 のっぺらぼう」(角川エンタテインメント DVDソフト) Amazon

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2007.08.25

「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」第二巻 伝奇小説の知的快感

 大作伝奇「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」も第二巻にして早くも佳境。一連の奇怪な事件の源に、かの楊貴妃の影があることを知った空海と橘逸勢が、その謎を追い求めるうちに、唐の国の大秘事に直面することとなります。

 人語を話す猫の妖物との対決から、一連の怪事に、五十年ほども昔にこの世を去った楊貴妃の存在を感じ取った空海は、大胆不敵にも、楊貴妃の墓所を暴かんとします。
 成り行きとはいえそれに同行するのは、空海の親友たる逸勢と、二人と偶然知り合った後の大詩人――そして後にその楊貴妃と玄宗皇帝を歌った「長恨歌」を著すことなる――白居易(白楽天)というもの凄い顔ぶれ。
 空海たちと白居易が出会っていたというだけでも胸躍るのに、この三人がよりにもよって楊貴妃の墓暴きを行おうとは!

 しかしそれはまだまだ序の口。白居易からの縁で、唐代きっての文学者であり、当時の革新派の官僚であった柳宗元と知己となった空海は、彼から阿倍仲麻呂――唐に留学して玄宗皇帝に重用され、遂に祖国に還ることなく異国の土となったあの阿倍仲麻呂が、天才詩人・李白に宛てた日本語の書状の存在を知らされることとなります。

 その手紙の内容こそが、実に本作の核心に向かう鍵であり扉であるわけですが、いやもう、その内容たるや、奇想もここに極まれりと言うべきもの。
 何せ、中盤でまず明かされた、この書状の題名を見たときの衝撃と言ったら――冗談抜きで、一瞬頭の中が真っ白になりました。

 時代伝奇小説の魅力は色々とあるかと思いますが、その一つは、史実の裏側に隠された「真実」が明かされる際に、我々が知る歴史とのギャップから生まれるインパクトに由来する、一種の知的快感ではないかと思います。
 その点からすれば、わずか二行程度の文章から、とてつもないインパクトと知的快感を生み出してくれた本作は、素晴らしく魅力的な時代伝奇小説と申せましょう。

 しかし、この書状の内容が――「楊貴妃の死」を巡る大秘事が明かされた時点で、本作はまだ全体の半分、折り返し地点に達したばかり。
 果たしてこの先何が空海と逸勢を待っているのか、そしてどれだけ我々を驚かせてくれるのか――想像しただけでもうたまりません。一読巻を措く適わずとは、まさに本作のような書物に言うべき乎。


「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」第二巻(夢枕獏 TOKUMA NOVELS) Amazon

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2007.08.24

最近の「御庭番 明楽伊織」 やっぱりビフォアストーリー?

 掲載誌の方があまり元気がないこともあって、第一話を取り上げて以来しばらく様子見していたのですが、「御庭番 明楽伊織」がなかなか面白くなってきました。第一話の感想でブチブチ言っていたように、やはり「明楽と孫蔵」のビフォアストーリーであった(可能性が非常に高い)本作、後々に繋がる要素も色々と出てきて、ファンには実に嬉しい展開となっています。

 何と言っても嬉しいのは、前作では、伊織と並んでタイトル・ロールを務めた老忍者・孫蔵の登場でしょう。伊織の先代の代から明楽家に仕えてきた凄腕の老忍者、かつては荒吐の孫蔵の名で恐れられた伝説の忍びながら、伊織の頼もしい従僕として、いや相棒として歳を感じさせぬ痛快な大暴れを見せてくれた孫蔵が、ようやく姿を見せてくれたのです。
 もっとも、まだ老人というにはちょっと若い本作での孫蔵は、まだまだおっかない部分を残した強面の忍び。何せ、本作での孫蔵は、伊織の父から依頼されて、伊織を仕留めるために現れたのですから…!

 前作では――すなわち後年には――洒脱で豪毅な男ぶりを見せる伊織ですが、若き日はまだまだ悩める青年。文武に秀でた兄へのコンプレックスから、家をしばしば飛び出しては無頼の生活を送り(その一つが第一話で見せた偽名を使っての人足寄場暮らしですが…無頼にもほどがある)、実母の葬式にも顔を見せなかったほどだったのですが、苛烈をもって鳴る御庭番の家に連なる者がそれで済まされるわけはありません。そこで伊織の父は、孫蔵に伊織の心根と技を試すように命じます。…伊織の未熟で命を落とすようであれば、それもやむなし、と。
 この辺りの、命じる方も受ける方も、現代人から見るとちょっと常軌を逸した神経というやつは、しかし、時代ものではしばしば登場する感覚ではありますが、やはり森田節に乗せて描かれるとそのテンションも格別であります。

 そして繰り広げられる前作読者には夢の対決、伊織vs孫蔵ですが、やはりまだまだ現時点では伊織は未熟。それなりに戦っては見せたものの、底知れぬ孫蔵の力の前には完敗。それなりの見どころはあると命は救われたものの、伊織にとっては屈辱以外の何ものでもないわけで…
 冷静に考えると、基本的に無敵の森田主人公にあって、このような敗北シーンは珍しいのですが、一度は敗北して悔しさの中から立ち上がるのも男の見せ場。ええい、修業のし直しだ…というところでまたもや前作ファンにとってはサプライズゲスト、前作「明楽と孫蔵」第九巻の冒頭に登場した伊織の拳法の師で明からの亡命者の末裔・景鶴芝先生がここで登場いたします。この景先生、主人公の師匠という重要な位置付けのキャラクターで、ビジュアル的にも背景設定的にもなかなかキャラの立った方だったのですが、惜しくも前作ではたった一度きりの出番だったのですが、ここでよもやの登場。設定的にはここで登場して当然ではあるのですが、前作との繋がりをきっちりと意識してくれているようで嬉しいことです。

 さて、再修業した伊織の捲土重来やいかに…というところですが、この先、きっちりと孫蔵に借りを返して、前作に見られるような名コンビ結成、ということになるのだろうとは思われるものの、まだまだ先が見えない本作。何せ、今の伊織は「御庭番」でも何でもない、ただの武士の次男坊であるわけで――
 まあ、前作読者あるいは森田ファンであれば十人が十人とも予想しているように、伊織の父も兄も惨死することになるとは思いますが、さて、その際にその後に、伊織がどのように変貌を遂げることとなるのか? 見たいような見たくないような複雑な気持ちではありますが、その前に連載終了(あるいは廃刊…)などということがないように祈りつつ、色々な意味で胸躍らせて毎回毎回読んでいる次第です。

 …というか、角川でも双葉でもいいので「明楽と孫蔵」は文庫化なり再版なりするべきよねえ。


「御庭番 明楽伊織」(森田信吾 「コミックチャージ」連載中)


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2007.08.23

「天保異聞 妖奇士 奇士神曲」 獄一「嘆きの河」

 早すぎた放送終了から四ヶ月…DVD収録のオリジナルストーリーという形で、「天保異聞 妖奇士」が帰ってきました。全五話の新作エピソード「奇士神曲」の第一話である獄一「嘆きの河」は、TV最終回から半年後の江戸を舞台に、奇士たちの新たなる戦いが幕を開けることになります、が…
(以下、ネタバレ注意でお願いいたします)

 時は天保十五年。水野忠邦は罷免され天保の改革は失敗したものの、清吉のロケットは打ち上がっても庶民の暮らしは変わらないままのある日、江戸湾で釣りに出た旗本たちが次々に姿を消すという事件が発生します。跡部良弼の命を受け、(蛮社改所復活と引き替えに)再び集結した奇士たちは、事件の中心と思しき佃島に向かいますが、そこで彼らを待ちかまえていたのは、白魚穫りの漁師たち――いや、幕府設立以来、江戸湾を守ってきた隠密・佃衆。奇士たちを不逞の輩として捕らえようとする佃衆に、自分たちが罠にはめられたと気付く往壓たちですが、時既に遅く、やむなく彼らをその手に掛けるのでした。
 と、そこに出現する巨大な人魚のような妖夷。実はただ一人生き残った佃衆の青年に操られていた妖夷を迎え撃つ奇士たちは、これを粉砕するのですが――彼らに差し向けられたのは、蛮社改所の痕跡をこの世から消そうとする阿部・跡部の配下たち。江戸を逃れることを余儀なくされた奇士たちの運命やいかに…

 と、妖夷の跳梁に始まり、奇士たちのその後の描写に時代に忘れ去られた佃衆の悲劇、妖夷との激しい戦いと、そして奇士たちを襲う幕閣の罠と、短い時間の中に、これでもかといわんばかりに物語を詰め込んでみせたこの第一話。しかもレギュラーキャラはほとんど全員(あ、本庄と花井がいなかったか)登場させているのですから驚きます。
 さすがに劇中時間は半年しか経っていないためか、それぞれのキャラはさほどイメージ等変わっていません――大変に貧乏臭いビジュアルになった小笠原様は除く――し、懐かしいという言葉が当てはまるほど、実時間も経っているわけではないのですが、やはりあの個性的な面々に会えるのは嬉しいものです。
 あと男の尻! 相変わらず男の尻は気がつくと画面に映っていますが、これは別に嬉しくありません。いや、玉兵親分の顔と同じくらい何だか懐かしかったですが。

 閑話休題、時代ものとして見た場合では、佃島を――すなわち江戸の突端を、いや江戸の海を守る命を代々受け継ぐ佃衆なる集団の存在が面白いところでしょう。将軍直々に命じられての任に誇りを持ちながらも、いつしかその役目は――任じた側から――忘れ去られ、周囲からは単なる白魚漁師としか見られぬジレンマ。そしてその想いが、妖夷を動かし、そして結果的に自分たちを滅ぼすこととなるという皮肉は、いかにもこの作品らしい苦い味わいかと思います。
 ちなみに今回登場する妖夷は、デザイン的にはボディスーツをまとった人魚、とでも表すべきもので、それだけでもユニークですが、その正体が実は…というのも意表をついていて面白い。なるほど、今でも普通に見られる×××も、その原材料と製法を見れば実におぞましいものであります。


 さて、ここまで結構な点ばかりを挙げてきましたが、あまり芳しくない印象の部分もあるのもまた事実。
 上記のようにこの一話に数多くの要素をちりばめた結果――特に全体の大きなストーリーに押されて――今回の物語の中心たるべき佃衆の影が相当に薄くなってしまっており、それが単独のエピソードとして見た場合のこの物語の印象を少々ぼやけたものとしてしまっているのは事実かと思います。あまりにもあっさりと佃衆が斃れてしまった部分もそうですが、かつての役目・誇りと今の姿との間で揺れ動く佃衆の姿がもう少し描けていれば…と些か残念に感じました。
 また、何よりも、絵的なクオリティがTV版に比べるとどうにも…別に私は絵だけに惹かれて本作を愛するものではありませんが、しかしやはりTV版のクオリティに慣れた目からすると、些か違和感を感じたのが正直なところ。OPとEDが歌なしというのも、これはやむを得ないこととはいえ、寂しいことです。色々な意味で寂しいストーリーであるだけに、絵とかこういうところまで寂しいと何だかもう…
 もちろん、ここで挙げた点はいずれも諸般の制約を考えれば仕方はない部分もあるのかと思いますし、贅沢といえば贅沢なのかもしれませんが…ぶっちゃけ、こうして新作が見れるだけでも本当にありがたいことではありますし(…と、スタッフの方のブログを見ると、最終話はもの凄いクオリティになるようですので、素直に期待するとします)。


 何はともあれ、ここに始まった奇士たちの神聖喜劇。幕府という後ろ盾を失った――いや、幕府という巨大な存在を向こうに回した奇士たちが、これから如何なる道を歩むことになるのか。収録された獄二の予告の時点で、既に心騒がされるものがありますが、さて。
 そしてこの獄一のタイトルを良く見れば、この「奇士神曲」は、いきなり地獄の最深部から始まったことがわかります。地獄の深奥、魔王ルシフェルが眠るコキュートスを流れる河の名を冠して物語が始まるということは、さて、一体何を意味するのか。獄二のタイトル「ディーテの市」は、地獄で言えば中間地点と言うべき場所ではありますが、それではこれから天界へ上っていくということなのでしょうか? 神が去ったこの世界で、往壓たちは誰と、何と出会うことになるのでしょうか――残り四話、心して見る所存です。


「天保異聞 妖奇士」第六巻(アニプレックス DVDソフト) Amazon

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2007.08.22

「大江戸ロケット」 二十発目「難儀に微笑む女」

 いよいよ青い獣との対決も大詰めの「大江戸ロケット」。第二十話の今回は、さすがにギャグもパロディも抑え目、しかし作画は結構な力を入れて終シリアスにストーリーが展開し、意外な形で一つの決着を迎えることとなります。

 ついに浮上した巨大宇宙船を巡る戦いは、三つ巴、卍巴と大混戦。それぞれの使命、それぞれの想い、それぞれの因縁が幾重にも絡み合って、実に見応えのあるドラマとなっていたのですが、存在自体がウザい(そこまで言ってない)鉄十はアバンタイトルで強制退場…(´Д⊂ おソラなめんな。
 それはともかく、銀次郎により自分の心の鍵を開けられたと嘯く赤井(ここで「徳川(とくせん)」とちゃんと言っているのは、当たり前といえば当たり前ですが好印象)の前に、あっけないほど簡単に敗れ去った銀次郎。やはり心の中、自分で自分に嘘をついている人間は、自分(の欲望)に正直な人間には勝てないのか…勝って欲しいんだけどなあ。何とか黒衣衆と清吉に助けられて彼らと和解、一気…じゃなかった一揆コールで薬も飲んで復活、久々の黒衣衆ファイト一発! で先に宇宙船に突入したおソラと青い女を追います。

 その二人は、一時休戦して青い獣分離体を追い詰めますが、ここでわかったのはこの分離体が、青い女の帰りたいという気持ちから生まれたものだということ。青い女の、帰りたくないという気持ち(≒赤井と共にいたいという気持ち)と、故郷に帰りたいという、文字通り引き裂かれた想いが生み出した存在…今回のこの分裂は意図せざるものでしたが、青い女はこれまでもこの「心の分裂」を行ってきたらしく、それが彼女たちの母星では大罪であったということが語られます。
 正直なところ、心を分裂させることが永久禁固に値する大罪、という考え方はよくわからないのが困ったものですが、まあ心を分裂させると体も勝手に分裂するのであればそれはそれで迷惑…なのかなあ。あ、もしかしてピッコロ大魔王と神様みたいなものなのか。これは確かに迷惑だ。
 …閑話休題、以前青い女が「楽しい」という感情を単純でくだらないこと、というように評していましたが、元々は彼女たちは相当複雑な思考形態を持つ生物なのかもしれません。おソラさんを見ているとそうは思えなかったりしますが…

 一方、状況は戦いの継続を望む眼の思わぬ乱入もあって、船のコントロールルームへ。あくまでも帰還を望む分離体は、鉄十の竜勢を飲み込んで自分の腕をロケットランチャー状態に変形、その攻撃から赤井を庇った青い女は瀕死の重傷を…そして青い女が自爆装置を起動させたことを知ったソラは清吉銀次郎と共に脱出、残された赤井と青い女は、二人だけで最期の時間を迎えることとなります。
 ああ、何だかズォーダー大帝の超巨大戦艦に特攻しそうな感じだねえ…とか爺臭い感想はさておき、青い女の心が、母星への帰還以上に自分と共にあることを望んでいることを知った後の赤井の穏やかな表情が、何とも印象的で――それまでつまらない人生を送ってきた、いや、自分の心の中で自分の人生をつまらないと思いこんできた男がようやく手にした幸福感、心の充足だったのでしょう。
 そして、青い女を「ゆう」と呼ぶ赤井。夕日は西に沈む、夕日は赤い…赤井西之介が男を見せた時ですが、幸せは一時。赤井はゆうにより船外に脱出させられてしまうのでありました。

 その直後、様々な想いを飲み込んで爆発する宇宙船。清吉とおソラは、手に手を取り合って宙を舞う一方で、己は一人地べたに落下という、これ以上はない美しいビジュアルで失恋する銀次郎が拙なすぎます。そのショックから銀さんは一人旅の空へ…残されたお伊勢さんは何を想う。
 と、銀さんは可哀想ですが、江戸に残った面々は、本当にうまくいきすぎて気味が悪いくらいのハッピーエンド。清吉が所払になるだけで、他は一切お咎めなし。所払と言うと重そうですが、これは幕府の公事方御定書に定められた六段階の追放刑の中でも最低ランク、住んでいる所から追い出されるだけですし(もっとも人別を消されていると無宿人になってしまうわけですが…あ、ここでは浮民と言った方がいいのかしら)、石川島に作業場も用意されたらしく、至れり尽くせりです。

 そして慌ただしくも希望に満ちた新しい一歩を踏み出した清吉とおソラですが、清吉はおソラに白い獣の姿を見せて欲しいと頼みます。何だかこの白い獣の姿となったおソラさんは、羞じらっているようで、何というか、こう、妙にエロい演出だったのですが、これは考えてみれば好きな男の子の前で、生まれたままの姿を晒しているのだから無理もない話でしょう。しかしまあ、清吉もすっかり赤井のことをどうこう言えない獣萌えに…
 と、この場合男(地球人)の方はどうでもいいのですが、ちょっと心配なのはおソラさんの方。この調子でいくと、彼女もゆうのことをどうこう言えない状況になってしまうのではないか、心配になってきます。
 劇中でも言われている通り、己の本音と建て前――とまで極端ではないものの、己の中に相反する心を持つというのは、少なくとも我々人間にとってみれば当たり前の話。もちろん、日々の生活を送る上では、そうした複数の心の折り合いをどこかでつけなくてはいけないわけですが、それがそうそううまくいったら苦労はないし、もしそんなことをみんなが出来るようになったら、たぶん世の中から文化芸術というものの大半は消えてなくなるのではないかなあ…宇宙人をロケットに乗せて帰す話が、ずいぶんと面白い方向に向かってきたものです。

 さて残すは六話。多いような少ないような、微妙な話数ですが、青い女と鳥居様という二大障害がなくなった今、むしろやることがあるのか…という気がしないでもありませんが、本題であるロケット開発に加えて、まだまだ問題は山積。銀さんもあのままでは追われないでしょうし(何となく、銀さんの大坂でのエピソードが入るような気が)、分裂体に取り込まれたように見える眼の存在も不気味。粘着気質では誰にも負けない鳥居様もこれくらいで黙るとは思えませんし、何よりも、生き残ってしまった赤井の行く末が気にかかります。
 こう挙げてみれば、退屈している余裕はなさそうですね。そして最終回までに源蔵と鉄十の活躍はあるのか…


 しかしあれだけのサイズの宇宙船が爆発したら、月の基地の方から何か言ってこないかしら。あ、そういえば舞台版のラスト…

 も一つ。ラストに出てきたピンクがゆうの魂ってことは…ないよねえ(本当にそうだったら泣けます。良い意味で)。


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 今週の大江戸ロケット


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2007.08.21

今週の「Y十M 柳生忍法帖」 沢庵敗れたり…

 さて、お盆休みを挟んで一週間ぶりの「Y十M 柳生忍法帖」。前回は、上野寛永寺で天海が己と銅伯の秘密を千姫らに語る一方で、会津城の地下祭壇で銅伯が沢庵らを前に奇怪な修法を行うという、宿命の双生児を江戸と会津に置いての二元中継でした。そして、その宿命の糸によるものか、あたかもこの二つの舞台を繋ぐかのように、会津の祭壇に据えられた鏡に、奇怪、天海の姿が映し出されたところで引きとなりましたが、さて、この奇怪な現象の意味は…

 銅伯の奇怪な修法により、眼前に江戸にいるはずの天海の姿を見せつけられた沢庵とおとねさんは、思いもよらぬ天海…いや展開にただ驚き、震えるばかり。もちろん、TVが至極当たり前に存在する現代とは異なり、遠方のものを、あたかも目の前にあるかのように映し出すというのは、おとねさんが怯え、そして沢庵も冷や汗をかくほどのインパクトだったかとは思いますが、しかし、単に遠くの状況を移すだけであれば、慣れれば恐れるに足らぬもの。しかし、何ぞ知らん、本当に恐ろしいものは、これから沢庵たちが見せつけられるものだったとは――

 一方、ついに自分と銅伯の不死の秘密を語った天海。将軍と松平伊豆守しか知らぬというその一大秘密を知る者に、これで千姫様も加わったわけですが…いや、あと二人。その一人であるお笛は、ここでこともあろうにお笛は自分の懐剣に手を…いや、確かに誰でも思いつくことではあるんですが、しかしさすがにそれはいくら何でも…と、見ているこちらが慌ててしまいますが、ここでくわっと見開かれる天海の目! 「今…両者の星の力は伯仲しておる…いや! 少なくともわしは負けぬ!!」その表情たるや、到底百八歳の老人とは思えぬ気迫に満ちたもの。ドスの利いたピカード船長みたいな声で喋りそうな天海様の迫力の前には、お笛も金縛り状態です。

 しかし――緊迫したシーンの時にこんなことを言うのは何ですが、今回の漫画化で一番得をした登場人物はお笛ではないでしょうか。ビジュアル的なものもさることながら、原作では結構アレなキャラクターが、こちらではちょっと…いやかなりそそっかしくて考えたことがだだ漏れで、しかしそこがむしろ飾り気のない可愛らしさになっているという…
このシーンも、原作では何も考えずに文字通り単刀直入しようとしたのですが、こちらでは、さまでに単純ではなく、それなりに覚悟した上での行動と取れるように描かれており、やはり単なるおバカさんではありません。
 また、その後にお千絵になだめられている姿が可愛いんだ…<何言ってるんスか三田さん

 閑話休題、銅伯が芦名家復興のために執念を燃やすのと同様、天海にも徳川幕府を盤石のものとするという執念があります。その執念はおそらく銅伯と同じくらい、いや、対象が大きい分、より激しい想いなのではないかと感じられるのですが、その天海にとって一つの区切りとなるのが、三代将軍家光への天台の血脈相承の儀式。
 血脈とは、その文字が表しているように、あたかも脈々と血筋が受け継がれていくように、その一門の教えが、師から弟子へ受け継がれていくこと。その血脈を、すなわち天台の秘儀を伝えるという行為は、武術で例えるならば免許皆伝、いや、仏教界における将軍宣下のようなものでしょうか。
 すなわち、遠く平安から受け継がれ、間違いなく我が国最大の仏教宗派の一つである天台宗の血脈を受けるということは、これは言い替えれば、世俗のみならず、仏教の世界においても、家光が頂点に立つことにほかなりません。徳川の世を盤石のものとすることを悲願としてきた天海にとって、これはまさに己の想いが形となって結ばれるということであります。しかも、それを他の誰でもない、自分自身の手で成し遂げることができるのですから、その思い入れたるや、凄まじいものがあるのでしょう。

 そして千姫に対し、自分に出来ることは、沢庵と堀の女たちを無事に引き揚げさせるために、銅伯と和睦することだけと語る天海。が、それはお千絵たちにしてみれば、自分たちの悲願を断念することと同義、すなわち敗北を意味します。そこで思わず非難めいた大きな声をあげてしまったお千絵ですが――そこで天海が見せたのは、意外にも、先ほどのお笛を恐れさせた炯々とした眼光とはうって変わった、実に人間的な悩みと悲しみの表情でありました。
 …もちろん、天海ほどの人物が己一人の命惜しさのために死を恐れるものではないでしょうが、しかし上述の通り、彼の命は、今や徳川家安泰の鍵とでも言うべきもの。が、将軍の師であると同時に彼も一人の仏僧。一族の怨みを晴らすために――いやいや、いまや天魔外道を討つという正義のために自分たちの若い命を燃やす乙女たちの悲願を、己一人の悲願ために断念させるというのは、まさに苦渋の決断、まさに身を引き裂かれるような思いでしょう…

 と、本当に身を引き裂かれるように苦しみ始めた天海。それもそのはず、遠く会津では、何と銅伯が虹七郎と銀四郎に己が身を刃でもって貫かせていたのでした。眼前の、そして遠く江戸の惨劇の前に、ついにおとねさんは失神。そして、いかに強情偏屈の沢庵も我慢できなくなったか、銅伯を止め…遂に、銅伯との和睦を受け容れます。
 が――ここで悪鬼の本性をむき出しにしたのは銅伯。「くくくく…おそい…おそうござるな沢庵どの!」の言葉とともに嵩にかかって銅伯が要求するのは、和睦…すなわち沢庵たちの敗北宣言のみならず、般若面の首。さすがにそれは拒もうとする沢庵ですが、しかし眼前で天海の苦しみ悶える姿を見せられては分が悪すぎる話ではあります。
 当然、沢庵も天海の血脈相承のことは承知していることでしょうし、仏道のためであれば将軍家にも平気で楯突く沢庵であっても、天海の悲願をここで捨てさせることはできないでしょう。いや、それ以前の問題として、己にとって大先達である以上に大恩人である人物をいわば人質に取られて、しかもその苦しむ姿を見せつけられて、普通の心を持つ人間であれば、悩まぬ者がいるでしょうか。
 …いや、悩みそうにない人間がいました。ここの、痛烈なジレンマに苦しむ沢庵に対し、一片の良心の呵責などなきが如く邪悪な笑みを見せる銅伯の表情は、まさに悪魔のそれ。己の目的を果たすためであれば、己以外の人間を踏みつけにしても恥じぬ、人間悪の塊のような表情であります。
 先ほどの天海の苦渋に満ちた表情と、銅伯のこの表情と――あまりに対照的な表情を見せる二人の姿は、間違いなく今回のハイライトでしょう。ちょっとオーバーかもしれませんが、こと、この二つのシーンにおいては、せがわ先生の画力が、山風の文章力を上回った感があります。

 そして――「さあ! 御坊が大切に思われるは徳川の大柱石南光坊天海か! それとも般若面か!」「ただ今選んで即刻返答なされい!!」と畳み掛ける銅伯の前に、遂に沢庵の口から漏れたのは、「…われ負けたり…」の一言。
 同じような内容であっても、かつて会津城に現れた際に、同じ銅伯に対して「負けたよ」とにこにこと言ってのけたのとは、全く異なる、あまりにも悄然と弱々しい表情は、痛ましいと言うしかありません。

 さて、あまりにも意外な展開の末、ここに沢庵敗れたり。それは同時に十兵衛の、そしてまた堀の女たちの敗北、いや死をも意味することにほかなりませんが――本当に、本当に打つ手はないのか? 「すまぬ…十兵衛」って謝られても十兵衛困るんですが…
 というところで以下次号…じゃなくて次々号? 確かに、本来であれば三号連続掲載であるところ、一応今回で四号連続掲載ではありますが、こんなところでまた一週待たされるとは殺生な! と、こちらも悄然としつつ、再来週を待つことといたします。

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2007.08.20

「無明逆流れ」朗読CD 味わいは原作通りに

 第一報を聞いたときに「さすがにこれはネタだろう…」と思ってしまった、若本規夫氏朗読の「無明逆流れ」朗読CDをようやく聴くことができました。このCDは「チャンピオンRED」誌10月号の付録、「無明逆流れ」は言うまでもなく本誌で連載中の「シグルイ」の原作であって、ある意味究極のネタバレではあります。
 私はもちろん、原作は既読であるのでその辺りは別に気にしないのですが、それではこの朗読版の印象はと言えば…当たり前といえば当たり前ですが「ああ原作通り」というものでした。

 若本規夫氏といえば、最近は望んでか望まれてか、どの作品でも「ぶるぁ」節が目立っており、その是非はさておくとして、この朗読CDでもやられたらちょっと困るなあ、と思っていたのですが、すみません、それはあまりにもプロを舐めた考えでした。
 もっとも、虎眼先生はプチぶるぁでしたが、これはこれで原作の「五十に近い年でありながら、強靱な体躯と絶倫の精力に恵まれた虎眼」には忠実な演技に感じられます(ちなみに、私も「シグルイ」の印象が強すぎてちょっと忘れていたりしましたが、原作の虎眼先生は別に曖昧ではありません)。
 また、ファンの間では期待半分不安半分だった、いくと三重という二人の女性キャラの演技ですが、これがまたかなりいい感じで、特に三重の複雑なピュアぶりをなかなかうまく表現していたのではないかと思います。というより――この朗読を聴いて、本で読んだとき以上に、本作における女性の存在の大きさを感じさせられました(いや、単に若本氏の声のインパクトのせいかもしれませんが…)。いや、やっぱりプロの方は本当に凄い。

 個人的には、原作を全六章に分けている、その各章の間をもう少しタメてくれた方がもっとよかったかな、という印象はあるものの、上々の印象。もうこれで「駿河城御前試合」一冊丸々CD化しようよ! というのはちょっと調子に乗りすぎかもしれませんが、若本ファン、原作ファンとして偽らざる気持ちです。原作未読の方にとっては、冒頭に書いたとおりネタバレではあるのですが、これはもう原作と「シグルイ」の乖離具合を考えれば、今さら原作の展開を知っても、「シグルイ」の先の展開が、楽しみにこそなれ、興味を失うことにはならないでしょう。
 これが雑誌本体の価格五百八十円で買えるのは安い、と思います。…本屋で手に取る際に、「チャンピオンRED」誌を取り巻く何とも言えぬピンク色の空気に耐えられれば、ですが(このCDに並ぶもう一つの付録が、「どきどき魔女神判!」のクリアファイルたぁ…)。


「チャンピオンRED」2007年10月号(秋田書店) Amazon

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2007.08.19

九月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 暑い暑いなんでこんなに暑いのだ! と思いつつ、本業の方が今が一番繁忙期なのでさあ大変。お盆休みなんてなかったですよ! と一応リーマンの悲哀を叫んでいるうちにもう九月の新作情報が聞こえてくる時期となりました。ああ、夏が終わる…とのたうちまわりながら、九月の時代伝奇アイテム発売スケジュール更新です。

 九月も(文庫の)小説よりも漫画の方が豊作の印象。小説の方でパッと見て目に付くのは、まず何よりも上田秀人先生の講談社初登場作「開封<奥佑筆御留箱秘帖>」、えとう乱星先生久々の新刊「暗闇の香(仮)」、鳴海丈先生の「大江戸降魔伝」(うーん、「大江戸降魔陣」と関係はあるのかしら)、あとは火坂雅志先生の「武蔵と無二斎」の文庫化といったところでしょうか。

 その一方で漫画の方はと言えば、まずは「Y十M 柳生忍法帖」の最新巻が登場。丁度お坊様たちの大血戦の辺りが収録でしょうか。そして下旬には、ついに死闘決着?の「武死道」最終巻にドラマCD化も決まった「BRAVE10」第二巻、劇場作品のコミカライズ「ストレンヂア-無皇刃譚-」、そしてそして何よりも、「殿といっしょ」待望の第一巻が全て同日に発売となります。一体どうせいというのですか。何はともあれ、「殿といっしょ」の単行本化は嬉しすぎるお話です。
 また、西洋伝奇譚としては藤田和日郎の「黒博物館 スプリンガルド」が単行本化。これは単行本化の暁にはきちんと感想を書こうと思っていたので頑張ります。
 あと、これは時代伝奇じゃないので私らのための備忘録代わりですが「恐竜世紀 ダイナクロア」と「おとぎ奉り」の最新巻は買わないとなるまいよ。特に後者の限定版。

 さて、ゲームの方では先日も紹介したコーエーのWii用ソフト「戦国無双KATANA」が登場。どうもチャンバラというよりはFPS的作品になるようですが、WiiとFPSの相性は相当良いので、むしろ楽しみです。

 最後に映像ソフトでは、何といっても「天保異聞 妖奇士」のDVD第七巻。残り二巻ということで、TV版の最終三部作のうち二話と、何よりも完全新作「奇士神曲」の「獄二」「獄三」が収録されているのですから…
 また、「バジリスク 甲賀忍法帖」も DVD-BOX化ということで、あの極悪な単品の発売形式に泣いた身としてはなかなか気になるところです。

 というわけで、このブログばかりは夏が終わっても(まだ終わってねえ)相変わらずです。

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2007.08.18

「モノノ怪」 第六話「のっぺらぼう 前編」

 早いもので「モノノ怪」も早くも中盤にさしかかり、第五話の今回は三つ目のエピソード「のっぺらぼう」。色々と賑やかだった前回までとはガラッと趣を異にして、今回はメインに登場するのは三人のみ、その三人のやりとりで進む一種舞台劇的な味わいのある、ユニークなスタイルで描かれた今回ですが、しかし何が真で何が偽か、迷路の如く入り組んだ展開は変わらず、早くも次回が待ち遠しい内容でありました。

 夫と姑、義弟夫婦の四人を惨殺した咎により、市中牽き回しのうえ磔獄門に処されることとなった女性・お蝶と同じ牢に入ってきたのは、何とあの薬売り。女手一つで行えるとは思えない凶行の背後にモノノケの影を感じ取った薬売りですが、お蝶は言を左右にしてなかなか本心を見せません。
 と、そこに現れたのは仮面の男。お蝶を救い出しにきたこの男こそはモノノケの形…と打ちかかる薬売りですが、退魔の剣は男には反応せず、かえって男の術で薬売りは顔を奪われてのっぺらぼうになってしまう有様…
 そして牢を抜け出したお蝶と仮面の男ですが、たとえ一生追っ手に追われたとしても「あの場所」には戻りたくないというお蝶に対し、仮面の男はお蝶にプロポーズ(超展開)。お蝶もこれに応じ、美形声に似合わぬちょっともの凄い喜びっぷりの男は、仲間である奇怪な仮面たちが祝福する中、早速祝言を挙げようとしますが――そこに現れたのは薬売り。
 あっさりと己の顔を甦らせてみせた薬売りと仮面の男の第二ラウンドは薬売りに分があったか、薬売りの鏡に映し出された男は苦しみ悶え、そしてその顔からついに仮面が落ちて…以下次回。

 冒頭から「化猫」での初登場時を思い出させる饒舌さを見せる薬売りのすっとぼけぶりに煙に巻かれた思いの今回ですが(「味噌で煮ようが塩で焼こうが鯖は鯖」って敏樹ですかアナタ)、それに続く展開も謎また謎の連続です。
 物語の大半を占めるお蝶と仮面の男の会話の中身も、どれもこれも意味深に聞こえて戸惑うばかりですが、しかしその戸惑いが気持ちいいのがこの「モノノ怪」という作品。
 どれが伏線でどれがフェイクなのか、どこからどこまでが真実でどこからどこまでが偽りなのか、さんざん振り回され、次の展開を予想する(そして裏切られる)のが楽しくてなりません。

 今回を見たところで頭に浮かぶのは、やはり多重人格と内面世界、というテーマではあるのですが、では仮に仮面の男がお蝶の別の人格であり、二人が存在するのが彼女の精神の内面世界であるとして、ではそのどこに薬売りが――すなわちモノノケが絡むことになるのか。
 薬売りは全てをモノノケがお蝶を騙すための芝居と断じましたが、さてそれではモノノケが彼女を騙す、その目的は何なのか。なぜ仮面の男は退魔の剣に反応しないのか。さらに物語のそもそもに目を向ければ、何故お蝶は自らの行った殺人の詳細を記憶していないのか。四人を殺したのは本当にお蝶なのか。いや…そもそも殺人事件自体が存在したのか?

 そんな謎の数々に目を奪われつつも感心させられたのは、今回の舞台――というか背景。これまで大なり小なり、閉鎖空間でのサスペンスが描かれてきた本作ですが、ここでは閉ざされた女の心(本当に内面世界かどうかというのは別にして)という、思いも寄らぬ形で閉鎖空間が飛び出してきて、いやはやこの手があったか、という気分です。

 ちなみにその複雑な女ゴコロを見せるお蝶さんと、クールなんだか熱血何だかわからぬ仮面の男の、二人の声を当てるのは、「化猫」が放映された「怪 ayakashi」のご同輩(?)「天守物語」の主役カップルを演じていたお二人。内容的な関係はもちろんありませんが、現世の男と異界の女を演じた二人が、今回はある意味立場を逆転させた役柄をとなっているのはなかなか面白いことかもしれません。

 さて今回は前後編ということで、次回は早くも大詰め。正直なところ、この後に如何様にも転がすことの出来るお話ではありますが、それだけに予想がつかず大いに気を持たせられます。
 本当の「のっぺらぼう」は誰なのか――楽しみで仕方ないのですが、とりあえず次回はまさかの津波攻撃だけは勘弁していただきたいところです。


「モノノ怪 のっぺらぼう」(角川エンタテインメント DVDソフト) Amazon


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今週のモノノ怪

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2007.08.17

「絵巻水滸伝」第八巻 巨星遂に墜つ

 隔月で刊行されてきた「絵巻水滸伝」もいよいよ大詰め、第八巻では托塔天王晁蓋最後の戦いが描かれますが、そこに至るまでの道のりは混沌の一言。並みいる敵に打ち勝ってきたか無敵梁山泊が、思わぬ脅威に晒されることとなります。

 この巻の混沌を予告するかのように(?)まず梁山泊の前に現れるのは混世魔王樊瑞。実に久しぶりの登場である九紋竜史進の梁山泊入りと絡めて描かれる樊瑞一党との対決には、本書の特徴の一つである武侠小説的味わいが色濃く漂っており、武侠小説と水滸伝という、我が国ではコロンブスの卵的組み合わせの妙が感じられます。
 それに続くエピソードでは、鉄壁を誇る梁山泊の弱点を突くかのような、内部からの破壊工作を行う怪人たちが襲来。基本的にオリジナルエピソードではありますが、原典では悲劇の(?)好漢であった韓伯竜に思わぬ活躍の場が与えられるのが何ともユニークです(原作のネタキャラっぷりも素敵なんですけどね)。

 そしてまだまだ続く混沌の展開。事件の黒幕と目される曾頭市、女真族の一族に占拠された武装都市に戦いを挑む好漢がいる一方で、智多星呉用は梁山泊の新たなる力とするべく河北の玉麒麟、大富豪盧俊義へと接近します。
 そうこうするうちにも暗殺者の魔手に倒れた××の命は旦夕に迫り、そして梁山泊先鋒の惨敗の報に、ついに梁山泊首領たる晁蓋自らが軍を率いて曾頭市に向かうものの、そこには晁蓋を兄の仇と付け狙う史文恭の姿が――

 と、まさに怒濤の展開。一つのエピソードが次のエピソードにバトンタッチし、そのまた次も…と、エピソードの連鎖で描かれる水滸伝には珍しく、一つのエピソードが二つの流れに分岐する、あるいは二つ以上のエピソードが平行して展開するこの巻(以降)のスタイルは、梁山泊を取り巻く状況の容易ならざる様をうかがわせてくれます。

 しかし…このように盛りだくさんの第八巻、大変に面白いのは間違いないのですが、ちょっと引っかかる部分がないでもありません。複数のエピソードの同時展開は、物語の厚みと緊迫感を増す効果を確かにあげているものの、しかしその一方で一つ一つのエピソードの印象が薄くなり、また現時点でも数十人に及ぶ登場人物が錯綜しすぎて、何だかずいぶんと慌ただしい印象となっています。
 また、上に述べたとおり武侠小説テイストの導入も、オリジナル展開の中で、原典のテイストとの融合が十全に行われていると言い難い面もあり、違和感が皆無とは言えません(はっきり言ってしまえば白骨猫目立ちすぎ)。
 これが北方水滸伝並みに原典から離れていれば格別、なまじ原典の味わいをうまく出しているだけにちょっとしたところが気になってしまうのが皮肉と言えば皮肉なのですが…

 と、珍しく厳しめの感想を書きましたが、しかしそれでもなお、本作が「水滸伝」として群を抜く面白さであることは間違いのない話。ことに、混沌たる状況の中でも「らしさ」を失わない好漢たちのキャラクター描写の巧みさは健在であります(石勇・孟康・楊雄といった、原典ではあまり目立たない好漢にも見せ場がちゃんとあるのがまた素晴らしい…特に楊雄の活躍シーンにはちょっと驚かされました)

 実はこの巻で梁山泊を襲った混沌は、現在公式サイトで連載中の「絵巻水滸伝」最新話でも進行中。つまりはおそらく最終巻のラスト近くまではこのスタイルで物語が展開されていくということでしょう。果たしてそれが物語全体にとってどのような影響を与えるか、これは終わってみなければわかりませんが、残り二巻、最後の最後まで追いかけていこうと思います。

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2007.08.16

「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」第一巻 たまらぬ伝奇世界のはじまり

 実に十七年間の連載の末、先年完結し単行本化された夢枕獏の大作「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」が、ノベルズ化されました。単行本は相当の大部であったため、気軽に手にするにはちょっと厳しいものがあったのですが、これで思う存分(?)作品世界に浸ることができます。

 舞台は九世紀初頭の唐は長安の都。当時の世界有数の国際都市であり、文化の最先端にあった長安ですが、しかし、その闇の中では数々の怪異の怪異が蠢いていたのでした。
 官吏の家に現れ、人語を話し皇帝の死を予言する猫の妖物。綿畑で夜毎に地中から声を発し、皇太子の発病を予言する声の怪――やがてその予言は真実となりますが、しかし事態はそれで収まらず、なおも怪異はうち続くことになります。
 折しも長安を訪れていた修行僧・空海とその親友・橘逸勢は、好むと好まざるとに関わらず、その怪異の渦中に巻き込まれていくこととなります。

 そんな本作ですが、全四巻の第一巻ということで、本書はまだまだプロローグという印象。空海と逸勢をはじめとして、本作を彩る様々な人物が顔を見せ、これからいよいようち続く怪異の真相を求めていこうかというところですが、しかし、それでも多彩な登場人物の顔ぶれや、舞台となる長安の描写を見ているだけで、十分以上に楽しくなってきます。
(ちなみに登場人物には、この巻ではほとんど名前のみの登場でしたが白居易も名を連ねており、なるほど、空海と白居易は同時代人であったか! と、今更ながらに感心した次第)。

 何よりも印象的なのは、主人公たる天才・空海と、彼とコンビを組む橘逸勢の二人の人物。夢枕獏作品で、超常的な力を持つ天才と、その親友たる愛すべき凡人のコンビというと、どうしても「陰陽師」の安倍晴明と源博雅が浮かびますが、本作の空海と逸勢も、なかなかどうして魅力的です。
 確かに二人の間の会話の呼吸こそ、晴明×博雅のそれを感じさせるものがありますが、空海と逸勢の場合は、どちらも青雲の志を胸に秘めて唐に渡ってきた人間だけに、ちょっと生臭いところが見えるのが何ともユニークであります(空海が怪事に挑む理由が、基本的に売名行為、というのが素晴らしい)。
 しかし生臭いと言っても、それが鼻につくということはなく、かえってそれがスパイスとなって、空海という人物の得体の知れぬスケール感をうまく中和し、また逸勢を何とも愛すべき才人として描き出す効果を上げているのが何とも愉快であり、この辺りの呼吸については、さすがは、と言ったところです。

 先に述べたとおり、物語はまだまだ始まったばかり。空海と逸勢を取り巻く人物たちも、誰も彼も一癖ありげで、彼らが空海やこの事件とどう絡むか、考えるだに胸躍りますし、まだまだ全体像の見えぬ怪異は、どうやら玄宗皇帝と楊貴妃の昔にまで遡るものである様子。
 この先の展開を考えただけで、夢枕獏チックに言えば、「たまらぬなあ…」と口の端を吊り上げたくなってしまう本作、伝奇ファンにとして、実に楽しい骨太の伝奇世界のはじまりです。


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2007.08.15

「大江戸ロケット」 拾九発目「とち狂って候」

 さあほとんど最終回直前のノリとなってきました「大江戸ロケット」、Web拍手で声援もいただいたので頑張って感想書きます。
 今回は作画的には崩壊手前という感もありましたが、とにかく後から後からギャグやらパロディやらシリアスやらが飛び出してくるテンポの良さは健在で、間違いなく本作のクライマックスの一つであろう展開を、大いに盛り上げてくれたと思います。

 さて前回のヒキ、赤井の短筒で背中からズドンとズドンとやられた清吉ですが、銭酸…じゃなくて銭帷子でがっちりガード。しかしそれならばと刀を抜いた赤井の前には手も足も出ず、黒衣衆を向こうに回していたおソラさんは、見るに見かねておソラさんは自分の身を差し出すと…
しかしこの辺りの、自分の暗黒面を露わにして清吉をいたぶる赤井様の迫力はなかなかのもので、自分の不安定な身分を語った上での「テレビで見るより遥かに厳しい」という台詞は、何だかもんの凄い説得力で思わずうなづいてしまいました。
 しかし、確かに原則一代限りのお役目である町方にとって、役目から外されるというのはそのまま幕府のお役人という身分をも失うわけで大いに恐ろしかっただろうとは思いますが、現実にはよほどやらかさない限り世襲のお役目ですし、町人や武家屋敷からの付け届けのおかげで普通の役人よりかは余程裕福で、また隠密廻り同心といえば実際に事件の捜査に当たる三廻同心の一つで花形であったはずなのですが(あ、隠密廻りだから付け届けはないか)、どうなんでしょう(この辺は自分でもう少しちゃんと調べてみないといけないかな)。

 それはさておき、そこにタイミング良く駆けつけたのは天鳳天天。前回赤井宅で発見した獣爪に、青い女が獣に変身する決定的瞬間を収めたビデオまで出てきて絶体絶命。何とかごまかそうとはしたものの、ツッコミ体質が災いしてか、あまりに天然すぎるおソラさんへのツッコミの中で超自爆――この辺りのやりとりの呼吸は、新感線ファンなら「あるある」と言いたくなるような実に見事な呼吸の自爆劇で、大いに笑わせていただきました。
 しかしハルヒダンスから大伴昌司ってどんだけ幅広いんですかこの番組のネタは。

 さらにそこに現れたもう何言ってんだかわからないテンションで吼える若本耀蔵にばっさり袈裟懸けに峰打ちされて捕らえられた赤井。しかし鳥居様の刃は収められることなく、そのままおソラと清吉に向かいますが――そこに突如現れて立ちふさがったのは、どことなく若き日の山口崇似(に見えるのは思いこみかなあ)の美形剣士!? この期に及んで新キャラ? と思えば何とそれはご隠居=平賀源内。お手製の若返り薬で一瞬だけ若返っての登場でしたが、インパクトは十分でした。

 さらに、そこに駆けつけた遠山様が携えていたのは水野忠邦の書状。おソラに清吉、みんなまとめてお構いなしというその書状の前にはさすがの鳥居様も怒りに燃えつつも逆らうわけにはいかず、赤井も捕らえられて、これにて一件落着…?
 ちなみに、水野様の書状圧力であっさり難関クリアというのは、正直あまりすっきりしない展開ですがこれは原作舞台通り。しかし、やはりご隠居の正体ばらしのタイミングは舞台通りこのシーンの方がインパクトが大きかったような…いや、これ以上ネタを増やすと焦点がぼやけるか。
 また、ここまでの件で示される、私利私欲のためなどではなく、ただ日の本を守るという信念のために行動する鳥居像は、明確に「天保異聞 妖奇士」の鳥居像と重なっており、ビジュアル的には正反対ながら、二つの作品で一本筋の通った描写にはニヤリとさせられます。

 が、怒濤の展開にすっかり忘れていましたが、青い女はまだ健在。その場に乱入した青い女は赤井を救い出した上に、勝利のメイクラブと言わんばかりに熱烈な接吻を交わして――まったく、公衆道徳ってもんを知らないから近頃の宇宙人は…そしてそれを思い出すたびに赤くなる清吉のおぼこぶりも凄い。
 それはさておき、赤井を連れた青い女は、自分から分裂した獣を追って消え、さらに黒衣衆が、そして赤井の裏切りをお伊勢から聞かされて怒りに燃える銀さんが、そして何よりおソラと清吉が、二人を追って舞台は秩父へ――
 …どうでもいい話ですが、眼が青い女に目ん玉を持っていかれたシーンは、人食いガラスにほじくられた目ん玉をあっさりはめ込んだタツマキみたいなオチになるかと思ったのに。

 さて江戸の騒ぎも知らずにマイペースの鉄十ですが、こちらはこちらで大騒動。何だか知らないが暴れ回るさゆりこと青い獣分裂体をなだめるのに必死になっていたかと思えば、いつも懐にいた謎の生命体が突然分裂体と融合、その催眠術(?)にやられて、分裂体にすっかり魅了されてしまい…
 そうとは知らず、それぞれの想いを胸に秩父に向かう者たちのうち、銀次郎と赤井が遂に激突。
 しかし、真っ正面から銀次郎を迎え撃った赤井が、「俺はこれから一生面白おかしく生きるのさ」と、奇しくもかつて銀次郎が大塩を失った時に叫んだのと同じ言葉を嘯くのが実にいい。同じ言葉を胸にしながらも対照的な道を歩むこととなった二人の行く末は…微妙に銀さんが崖から落ちて生死不明になりそうで怖いです。

 一方、ようやく鉄十のもとに駆けつけた清吉おソラが見たものは、辺り一面を掘っくりかえす鉄十と青い獣の姿。そうこうしているうちに獣が掘り出したのは――でっかいソラマメ!? 以前に登場した青い女のそれとは比べものにならないほどに巨大ですが、こんなに簡単に浮上できるのであれば、鉄十の言うかぐや姫は何故すぐに帰らなかったのか…


 というわけで、冒頭にも書きましたが、本当にもう最終回一話前と言われても信じてしまいそうな怒濤の展開。次回を入れてもあと七話もあるのに、果たしてこのあと一体どうなってしまうのか…(まあ、清吉の銀次郎越えの話がないといけないと思うのですが)。
 それにしても、今回登場人物の中の人たちがそれぞれに熱演していた中で、それとはちょっとベクトルの違った熱演を見せてくれたのが、鉄十役の橋本じゅんさん。暴れるさゆりちゃんをなだめるシーンやら、催眠術(?)でやられてちょっとダンディ方面におかしくなったシーン(本当、じゅんさんのエセダンディっぷりは粟根さんのエセ美形っぷりに匹敵するぜ…)やら、じゅんさんアドリブでやってない? と言いたくなるようなアレっぷりで最高でした。まあ、台詞のネタを見る限り、ちゃんと台本はあるようですが、普段からちょっとおかしい奴が、別の方向ににおかしくなったらどうなるか、その演じ分けが本当に見事だったと思います。表の「とち狂っ」た奴が赤井だとしたら、裏は鉄十と言ってもよいのではないでしょうか。何はともあれ、鉄十の出番がもっと増えることを祈りつつ、次回を楽しみに待つとします。


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2007.08.14

「泣く侍」第二巻 地獄に仏、か…?

 最近、私が「コミック乱ツインズ」誌で唯一、毎月楽しみにしている作品である「泣く侍」の第二巻が発売されました。物辺総次郎が辿る修羅道にまだまだ先は見えませんが、それでもこの巻では頼もしき仲間となるであろう人々も現れ、まさに地獄に仏、という印象です。

 姪の沙絵と共に江戸に向かう総次郎に次に迫る魔手。それはごく普通の市井の人々の姿を変えて襲い来る、雇われ忍びの群でありました。その毒針に自由を奪われ、絶体絶命の総次郎(…なのですが、このシーンの総次郎が、ほとんどホラー映画の怪物みたいなテンションで大暴れする様はある意味必見)を救ったのは、何と旅芸人の一座。
 蟻助と名乗る老人以外、ほとんど全員が年端もいかぬ子供たちである一座に拾われて療養する総次郎と沙絵は、久方ぶりに安らぎを味わいますが、もちろんそれで収まるわけがない。蟻助と浅からぬ因縁を持つ邪悪な忍びの頭領が、僕らのヒーロー・伊藤清之進を操って(清之進様は総次郎のことになると文字通り盲目になるからなあ)総次郎らに襲いかかります。

 と、今までひたすら孤立無援で戦ってきた総次郎に、何と味方が――それも一人二人でない人数、しかも妙齢の美女まで――現れた今回。これまでのひりつくような緊張感に満ちた展開が崩されるのではと心配になりましたが、しかしそれは同時に更なる敵の登場と因縁の存在を語るものであり、まだまだ総次郎は楽にはなれそうにありません。
 何よりも、たとえ並の人間ではないとはいえ、旅芸人の一座はほとんど全てが女子供。味方が一転、足枷となることもあるわけです。元々が女子供に全く容赦しない作品だけに…

 と、物語の方には動きがあった一方で、その物語を彩る、異常なまでに情念と狂気と迫力に満ち満ちた画風は変わらず。いやむしろパワーアップ。何もそこまで恐ろしく描かなくても…と言いたくなるほど、子供たちなど一部を除いて、物語の登場人物、構成要素が全て怖い(味方のはずの蟻助老人が一番怖い)。その描写たるや、ほとんどホラーの技法で…と、作者はホラー漫画においても名手なのですが。

 ほんのわずかとはいえ光明が見えてきた総次郎の旅。敵の姿や目的も少しずつ見えてきましたが、しかし、まだまだ彼を待つのは茨の道でしょう。しかも後ろからは清之進様もついてきますし。果たして彼は守るべき者を守り、生き延びることができるのか。これからもまだまだ不安の種は尽きず、こちらもしっかりハラハラさせていただこうと思います。


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2007.08.13

「モノノ怪」 第五話「海坊主 大詰め」

 「モノノ怪」の第二エピソード「海坊主」もいよいよ大詰め。遂に形を現したモノノケに対し、源慧はその真を語り始めますが、そこに待っていたのは…というわけで、久々に薬売りも解き放ち、まさに大詰めに相応しい内容の濃い一話となっておりました。

 異界と化した船内の生け簀から現れたうつろ舟。中にはこの海を魔境と変じさせたと思しき源慧の妹・お庸が潜むかと思われましたが、いざ封印を解いて(ここでこのエピソード初登場の御札)中を改めてみればそこには…誰の姿もない。お庸はどこに消えたのか、いや何よりモノノケの真は何処に…
 と、ここで自分とお庸の過去を語り始める源慧。この竜の三角の海域近くの島で生まれ、早くに両親を亡くした二人は身を寄せ合って生きてきましたが、それがやがて互いを道ならぬ想いに駆り立てることとなります。やがて島の決めたことで僧侶となった源慧は、お庸への想いを断ち切るために修行に励みますが、その心中に常にあったのは、お庸が誰かのものとなることを恐れ、嫉む心…(と、真面目な話の時に何ですが、この回想シーンでの若き日の源慧のビジュアルがどう見てもきんどーちゃんで噴いた)

 と、アヤカシが出没する以前から海難事故が多発する竜の三角を鎮めるため、島に帰ってきた源慧は、お庸への執着心を断ち切るために島に帰ってはきたものの、いざうつろ舟を前にして、臆病風に吹かれる有り様。が、そこに現れたお庸は、兄と結ばれないのであれば、他の者と結ばれる前に御仏の元に参りたいとうつろ舟に乗ることを志願したのでありました。
 そしてお庸は哀れ海に消え、その想いが凝ってこの海を魔境に変えた、これが源慧の語るモノノケの真。

 が――薬売りはそれは真ではないと冷然と否定し、源慧が手で隠していた片目をどうしたのかと問いかけます。そして薬売りが語る真、源慧が包み隠そうとしていた真の真…それは、この海を魔境に変えたモノノケ、天空から見つめる目の姿をしたモノノケが、お庸を、己の心の中の本心を恐れる心が膨れあがった末に本体から身を分かって生まれた、源慧の分身であるという、そのことでありました。
 そして甦るかつての源慧の本心。源慧の心中にあったのは妹への愛などではなく、ただ己が立身出世して、いい暮らしをしたいという欲望であり、そのためであれば、お庸が自分の身代わりとなっても胸一つ痛まず、かえって嘲笑うような酷薄な男の姿でありました。だがしかし、お庸がうつろ舟に乗る直前になって初めて妹の本心を、彼を心から慕う心を知らされた源慧は、そこで初めて己の浅はかで醜い心に気づき、それを悔い恥じた末に、その現実を封印して、その上に、自分とお庸の甘美な、しかし背徳的な感情を上書きすることによって、お庸の真の心と、己の偽りの心に折り合いをつけることを選び――しかしその歪みからモノノケが生まれてしまった、ということなのでしょう。

 己の真に気付いた源慧は、半身を滅せられることを望み、その心に応えた薬売りが遂に抜きはなった退魔の剣により海坊主は打ち砕かれ、そして過去の後悔と恐怖から解放された源慧の姿は美しく変わって――ここに「海坊主」大団円ということと相成るのでした。


 …と、複雑なお話をできるだけ噛み砕いて再構成してみましたが、つくづく感心させられたのは、「化猫」の時に見せられた偽りの真と真の真の関係を、裏返しにしてみせたかのような物語の妙。私も前回の感想に書きましたが、「化猫」を見ていた方の大半は、源慧の語る内容が偽りであることは予想済みであったのではないかと思います。いかにも悲劇めかして描かれたお庸の物語は全くの偽りであり、真実は、お庸は身勝手な男の欲望の犠牲となって果て、その怨念がモノノケを生んだのだろうと――
 が、それが半分当たりであり、半分は大ハズレであったことは、上に書いたとおり。確かに源慧の中には浅ましく利己的な心があった一方で、お庸の心の中にあったのは、まぎれもなく源慧への心からの愛であり、そしてそれだけが源慧の内にあった二つの過去、真のそれと偽りのそれとの中で、唯一共通する真実でありました。
 「化猫」同様に偽りに違いないと頭から決めてかかっていた、男が語る女の側の心情こそが唯一の真実であった――そしてそれこそが、回り回ってモノノケを生み出す原因であった――という、この鮮やかすぎる逆転劇を目にした瞬間の驚きは、うつろ舟の上でお庸の告白を聞かされた瞬間の源慧の驚きと並ぶ…というのは大げさすぎるかもしれませんが、視聴者たるこちらの驚きと、物語中の源慧の驚きのタイミングを見事に重ね合わせて見せた小中千昭氏の手腕は、全くもって見事と言うほかありません。

 も一つ見事と言えば、今回の主役と言うべき源慧を演じた中尾隆聖氏の声の当てぶりでしょう。老若二人の源慧を演じ分けた様は言うまでもないことですが、その聖人ぶりが一転して若き日のゲス野郎の姿を現す「出世してぇんだよぉ」以降の台詞回しのハマり様には、ただ唸らされました。
 これは勝手な想像ですが、源慧役が当初予定されていた(こちらの下から二つ目を参照のこと)速水奨氏から中尾氏に変更となったのは、まさにこのシーンのためだったのではないかとすら思ってしまいます。

 そしてこのシリーズといえば忘れてはならない伏線・象徴の数々についてもやはりお見事。何故、海座頭が皆に「恐ろしいもの」を問うてきたのか、そして天に浮かんだモノノ怪が何故目の形をしていたのか。そして、ちょっとベタ過ぎる気もしますが、やはり船名の「そらりす丸」も伏線というか象徴なのでしょう。
 もっとも、源慧の右目についてはちょっと唐突すぎたなあというのが正直なところで、これは伏線とは無関係ですが、ここまで散々目立ってきた幻殃斉がいらない子となってしまったのと合わせて(まあ、彼はそういう存在といえばそれまでなんですが)大詰めのちょっと残念な点ではあります。

 とはいえ、上記の通りストーリーは実に本作らしく捻った展開で大いに楽しめた上に、ちょっと希望の持てる美しい結末でありましたし、アクションの方も、あの袖の長いな衣装が実に映える薬売りの大見得から、実に久々のトキハナツ(゚皿゚)! もあって、「モノノ怪」という作品のエピソードの一つとして恥ずかしくない、充実の作品であったと思います。


 と――忘れてはならないのは、このシリーズ恒例の、ラストエピソードED後のあと一幕。今回は、物語中怪しげな動きをしていた佐々木が「今までありがとう」と呟きながら見つめる彼の愛刀・九字兼定が砕けてその破片が目の中に入り、彼が狂笑めいた笑いとともに「絶対忘れないよ」という謎の言葉を残したところで本当の幕となります。
 これは色々と解釈が出来そうですが、ここは素直に(?)、彼が第二の海坊主となったと解することにしておきます。ラストカットでは、笑う彼の背後にもう一人の彼の姿が見えておりますし、モノノケは消えたはずなのに、彼の後ろにあった生け簀の水は赤いままでしたから――
 思えば、二ノ幕で海座頭が「恐ろしいもの」を問うた時、彼のみは恐れなどないと、己の心を偽る答えを返した挙げ句、己の内心の罪の意識に苦しむ様が描かれたわけですから、源慧同様の存在となることも十分あり得るのではないでしょうか(そう考えると、海座頭は海坊主の仲間を生み出すための試験官のような存在だったのかも…)。
 もっとも、ラストカットにはもう一人、二人の佐々木のその間に、薬売りがこちらを(=笑う佐々木の方を)向いて立っている姿も描かれていましたので、彼が野放しになることはないと思いますが…幕切れで襖が閉まったときに聞こえる「カチン」は単なる効果音か、退魔の剣の歯鳴りの音か…いずれにせよ、最後の最後まで、本作には楽しく振り回していただいたことです。


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2007.08.12

「耳袋秘帖 深川芸者殺人事件」 美しき幻の道行き

 内容は本当に面白いのに芸のないタイトルで損をしているとしか思えない「耳袋秘帖」シリーズの久々の新刊は、「深川芸者殺人事件」。…またもや、いかがなものかしらという気分になるタイトルですが、しかし、内容の方はこれまでと変わらず充実の一言。行方不明となった自分の恋人である売れっ子深川芸者を追う中、赤鬼奉行・根岸鎮衛が己の過去にもつながる事件と対峙することとなります。

 自分が出ていた座敷に人語を喋る人形が持ち込まれた直後に、行方不明となった根岸奉行の恋人で深川一の売れっ子芸者・力丸。その直後に彼女の妹分の芸者が死体で発見され、さらに探索に当たっていた根岸の部下の新妻までもが行方不明に…。南町奉行所を挙げて事件を追う根岸ですが、その前には、深川と吉原の確執と、そしてまた思いも寄らぬ彼自身の過去の痛みが待ち受けているのでありました。

 と、数ヶ月ぶりの登場となった本作ですが、一冊を通じての大きな事件を追ううちに出会った様々な謎を解き明かすうちに、かつて彼が「耳嚢」に記した数々の怪事の謎解きに繋がっていくという、ここ数巻を通じてのスタイルは、本書でも健在。
 もっとも、このような、怪異に合理性の光を当てていくスタイルは――それが時代推理の宿命とはいえ――一歩間違えるとひどく味気ない、野暮なものになりかねませんが、否定しようのないほど不合理極まりない存在を主人公の傍らに配置することによりその辺りをうまく回避してみせるセンスはうまいものだといつもながら感心します。

 それに加えて、今回は、自分の恋人の行方不明という「現在」の視点においてだけでなく、彼の忘れかけていた心の傷に繋がる人物の登場という「過去」からの視点、二重の意味で、根岸鎮衛自身の事件となっているのが面白いところ。
 そこにさらに、深川と吉原という、江戸の新旧二つの大歓楽街の確執が絡み、そしてそれが渾然一体となって、クライマックスの大事件に発展していくという構成は見事であったかと思います。

 もっとも、その事件の描写がいささか淡泊に思えたのが残念ではありますが、しかし、美しい妄執の極まるところに生まれた幻のような道行きを描くには、このくらいでむしろ良いのかもしれません。

 相変わらず安心して楽しめるシリーズですが、八月には早くもシリーズ第五弾が登場。あまり急いで、物語の泉を枯らすようなことがあってはと心配にならないでもありませんが、まずは期待して待つことといたします。


「耳袋秘帖 深川芸者殺人事件」(風野真知雄 大和書房だいわ文庫) Amazon

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2007.08.11

久々の小ネタですよ ゲームほか色々…というかBASARA話ばかり

 ひさびさに小ネタ集。しばらくぶりなのであんまり新しくありませんがご勘弁を。ゲームネタが固まっています。というか後半BASARA関連に占領されてます。

松山ケンイチで「カムイ外伝」初実写化!崔洋一監督と初タッグ
 公式サイトはこちら(まだ何もありません)。
 カムイと言えば個人的には中田浩二(もちろん声優の)ですが、松山ケンイチのカムイはまあいいんじゃないでしょうか。問題は脚本ですかな…原作のどの辺りの話を使うのかしら。そしてまた、記事の「必殺技、変わり身などの忍術アクションでは最新技術を駆使する予定」という一文も、この手の映画にはお約束ながら不安を煽ります。
 にしても…よく白土先生OK出したなあ。それが一番の驚きです。


きだ版ライダー絵巻 激突!電王vs信長
 毎年お馴染みの太秦映画村オリジナルショーですが、今年は仮面ライダー電王vs織田信長。…信玄じゃないのか。まあ、元々が時間を超えるお話ですし、劇場版では真田幸村も出ているので信長と戦っても別に違和感はない…かな。何故か一号・二号も登場するのはご愛敬。むしろオカンデネブが出るか心配だ。
 しかしサイトトップのきだつよし氏の煽り文句ですが、ライダーなんだから「あの「仮面ライダー響鬼」(前半)の」、って言ってあげればいいのに…A先生とか間違って行くかもしれませんよ?


「モノノ怪」漫画版新連載
 既にだいぶ以前から告知されていますが一応。「モノノ怪」と言いつつ、内容は「怪 ayakashi」の「化猫」のようです。おそらくは短期~中期の連載になると思われるので丁度良いかな。
 作画担当は「天保異聞 妖奇士」漫画化を担当していた蜷川ヤエコ氏なので、絵的には問題ないと思いますが、薬売りが普通にハンサムだ…もっとこう、薬売りは目つきが怪しく…


 以下、ゲーム話。

戦国無双KATANA
 Wiiのチャンバラゲー三羽烏のその一。当初「戦国無双WAVE」のタイトルで発表されていた作品が「戦国無双KATANA」と名を改めて出直し再登場です。バリバリにリモコン振り回しゲーですが、当初の作品はかなりナニだったようなので、どのくらい改善されているかがカギでしょう。リモコン&ヌンチャクは、個人的には優れたインタフェースだと思っていますので、それをいかに爽快感に結びつけることができるか…同じWiiのリモコンチャンバラゲーの「ドラゴンクエストソード」は賛否両論だったようですが、さてこちらはどうでしょう。正直なところ、無双シリーズについては既に袋小路に入っているだけに…
 ちなみに本作は一人称視点になりましたが、これは個人的には改良かな。雨のステージで、単騎先行して走っている自分の背中を見ていると、何だかえらく寂しい気持ちになるので…ってそりゃ私だけか
 と、タイミング良く動画を紹介している記事がありましたのでご参考まで。


ソウルキャリバーレジェンズ
 その二。武器持ち3D格闘の代名詞とも言える「ソウルキャリバー」シリーズの外伝作品で、お話的には「ソウルエッジ」と「ソウルキャリバー」の間の位置付けのようです。ということは、キャリバーII、IIIでは二十九歳だったタキが七歳も若返って…よかったなあ(いや、たぶん一番よかったのは三十路になってもあんな格好をしていたアイヴィー)。
 それはともかく、タキ周りなんて異常なくらい設定が用意されていたので、その辺りを活かしていけば幾らでも面白い作品が作れるのではないでしょうか。元々ソウルシリーズ自体、家庭用では一種のクエストモードが毎回用意されていましたから、その辺りの呼吸はよくわかっているのではないかと思います。


戦国BASARA2 HEROES
 その三。PS2で発売されていた「戦国BASARA2」の外伝作品がWii(とPS2)に登場です。この作品ではリモコンは振り回さないようで、それはそれで残念ですが、これはPS2とのマルチだからということなのでしょうか(それはそれでどうかと思いますが)。
 大きく変更となった点は、キャラ絵等がアニメ調になったことのようですが…正直なところ別にこれはこれでいいんじゃないでしょうか。一作目にもアニメOPはあっりましたしね(ブッ飛び具合はCG版の方が凄かったですが…)。それより大事なのはOP曲ですよ曲。是非ともTMRに戻していただきたい。
 内容的には、今のところ公開されている情報は存外少ないのですが、無印2で敵役だった片倉小十郎、浅井長政、お市がプレイヤーキャラとして登場、敵役として松永久秀が登場とのこと。松永弾正は敵役と言わず、プレイヤーキャラで動かしてみたいなあ。やっぱり悪党ですが、なかなかのダンディさんのようです。

 にしてもWiiは外伝ハードだなあ…


戦国BASARA-X(クロス)
 戦国BASARAでも一つ。以前から噂になっていたとおり、カプコンの新作2D格闘はやはり戦国BASARAでした。確かに異常にキャラが立った連中ばかりですし、これはこれでなかなか違和感はないかと思います。
それにしても、特長である援軍システムが、KOFの黒歴史ストライカーシステムを彷彿とさせてくれて、ちょっとだけ生暖かい気持ちに…
 しかし開発がGGのアーク・システムワークスなのは別に良いのですが、三年ぶりの2D格闘でこれというのは、カプコンに自社制作能力がなくなったみたいで何だかフクザツ…


「太秦戦国祭り上洛決戦2.0」
 さらにBASARA…というか、時代ゲー全般でもう一つ。この春に開催された「太秦戦国祭り」の第二回が九月二十九~三十日に開催されるというお話です。前回は行こうか行くまいか悩みつつ、結局止めてしまいましたが、今回はカプだけでなくアクワイアも出展、シンポジウムにはコーエーの方も来るとのことで、結構な規模になりそうです。
 うーん今回はどうしようかなあ…別にコスの方には興味ないし…って、シンポジウムの基調講演は金庸だよ! これはもう行くしかないのか…


「BRAVE10」ドラマCD化(Web拍手より)
 更にBASARAつながりと言えなくもないお話。「戦国BASARA」漫画版を担当していた霜月かいり氏の新感覚十勇士アクション漫画「BRAVE10」が早くも(?)ドラマCD化とのこと。まだ真田側のキャストしか明らかになっていませんが、それなりに良いキャストかと思います。
 なお、本件についてはWeb拍手にて情報をいただきましたが、紹介が遅れて申し訳ありませんでした。


 というわけで、労多くして益少なしという、うちのサイトを象徴するかのような小ネタ集おしまい。

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2007.08.10

「地の業火 勘定吟味役異聞」 陰謀の中に浮かび上がる大秘事

 おそらく時代小説界でいま最も窮地に陥っている男の一人ではないかと思われる勘定吟味役・水城聡四郎の苦闘を描く「勘定吟味役異聞」シリーズも、気がつけばもう第五巻。前の巻に引き続き、次の、第八代将軍位を狙う者たちの暗闘に巻き込まれた聡四郎が、江戸を離れて京に向かうこととなります。

 次の将軍位を狙いつつも、何者かに毒殺された尾張吉通。その犯人と目され、吉通の死後行方をくらました愛妾・お連の方とその兄の行方を追うことを新井白石から命じられた聡四郎は、手がかりを求めて京に向かうことになります。と、そこに何を企んでか現れた紀伊国屋文左衛門が聡四郎に同行を申し出て、京の旅は思わぬ呉越同舟。そこを、前の巻で聡四郎に藩の暗部を知られた尾張藩の者たちが執拗に狙います。一方、江戸では柳沢吉保の庇護を受けた大剣鬼・浅山鬼伝斎が凶行を繰り返し、その終生の宿敵であり、聡四郎の師である入江無手斎は、これを止めるために命を賭けた決闘に臨みます。
 かくて東西二つの都で血風吹き荒れる中、事件は思わぬ巨大な秘事へと繋がっていくことに…

 というわけで、これまでの中心であった江戸を離れて物語が展開される本作、読み始めた時は、聡四郎の京行きの理由が今ひとつピンとこなくて(勘定吟味役のお役目と結びつかなくて)、いかに半キチの白石の命令とはいえ、これはどうなのかな…と思っていましたが、いざ物語が動き始めればそんな思いはどこへやら飛んでいきました。
 入り組んだ物語の中で少しずつ明かされていく徳川幕府創世期の大秘事は、その驚くべき内容とスケールは言うまでもなく、経済という本シリーズのテーマにも密接に結びついた、見事、の一言に尽きるアイディア。それと平行して描かれる次代将軍争いの暗闘の中で描かれる吉宗のあまりにヒドすぎる陰謀(いや、こういう手があったとは考えもしませんでした)も、それと見事に結びついたものであって、なるほど時代伝奇と経済を絡めるのにこういう手があったか! と大いに唸った次第です。
 そしてもちろん、物語に緩急をつけるように巧みに差し挟まれる剣戟描写の見事さは言うまでもなく、上田伝奇の醍醐味というものを十分に堪能させていただきました。
(ただし、前の巻から引っ張ってきた入江無手斎と浅山鬼伝斎の因縁の対決が――決闘の内容自体は非常に面白かったものの――あまり物語に絡んでこなかったのが少々残念)

 ラストに至ってはほとんどミステリ的などんでん返しもあり、内容的には今回も思い切り次の巻に引く結末ではありますが、これだけ盛り上げてくれれば言うことはありません。
 前の巻の感想でも書いたので恐縮ですが、おそらくは物語の終幕となるであろう徳川吉宗の将軍就任までまだまだ間はあります。そこに至るまでにどれだけの死闘暗闘が繰り広げられることか…そして何よりも、聡四郎の行く末が本当に気になります。
 正直なところ、シリーズ開始当初はそれほどの作品とは思わなかったのですが、今となっては先が最も気になるシリーズの一つであることは間違いありません。


「地の業火 勘定吟味役異聞」(上田秀人 光文社文庫) Amazon

関連記事
 今日も二本立て 「大江戸火盗改・荒神仕置帳」&「破斬 勘定吟味役異聞」
 「熾火 勘定吟味役異聞」 燻り続ける陰謀の炎
 「秋霜の撃 勘定吟味役異聞」 貫く正義の意志
 「相剋の渦 勘定吟味役異聞」 権力の魔が呼ぶ黒い渦

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2007.08.09

今週の「Y十M 柳生忍法帖」 一心同体、不死人二人?

 今週の「Y十M 柳生忍法帖」も二元中継、会津城地下の祭壇で沢庵和尚らと対峙した芦名銅伯、上野寛永寺で千姫様たちと対面した南光坊天海、それぞれの姿が描かれます。

 さて、前回ラストに般若侠と自分の首の交換によって首合戦の打ち止めを申し出た銅伯ですが、もちろん沢庵がそれを飲むわけがない。無惨に殺された堀一族の代わりに明成と残る二本槍の首をもらい受けて、初めて勘定が合うと大見得を切ります。
 …そういえば和尚の台詞見るまで、漆戸・香炉の二人を殺さないといけないのを忘れていました。ほら、あの二人もう存在感ないし、放っておいても十兵衛先生にバッサリやられそうだし<それはルール違反
 さて、その回答は予想済みであった様子の銅伯は、不敵な笑みを浮かべると目を閉じて…コックリコックリと船を漕ぎ始めてって、おじいちゃん呆けちゃった?

 一方、寛永寺で自分と銅伯の因縁、そして銅伯の野望を語る天海僧正。銅伯にとっては芦名家存続・復興こそが大悲願、そのためには会津に封じられた大名の懐に潜り込み、その血筋を芦名のものに変えんとして暗躍してきたのでありました。つまりは娘のおゆらを明成に差し出したのはそのためであり…自分の野望の障害となる堀一族を滅ぼさせたのもそのためであった、と。
 あ、なるほど、この戦いの発端である堀一族と明成の対立は、表面的には硬骨の臣と暗君の争いでありますが、芦名衆は単に明成の手足となっただけでなく、そもそも芦名衆こそがこの争いの背後で糸を引いていたと――サラッと書かれていますが、これはちょっと凄い話かもしれません。
 こう見てくると、明成がお千絵に目を付けたのは、銅伯にとってはまさに奇貨、渡りに船だったのかもしれません。さらに言えば、いずれは公儀に目を付けられること間違いなしの明成の大乱行を黙認し、むしろ煽ってきたのは、バカ殿を自滅させて、その跡に芦名の血を引く子を入れようとしていたのかもしれません(もちろんそれにはおゆらさんに子ができねばならず、また正室には既に子がいるわけですが、それぐらい銅伯ならどうとでもできるでしょう)。

 そして視点は再び地下祭壇、居眠りしているぬらりひょんの何がそんなに怖いのか、狂女のふりも忘れておとねさんがおびえるなか、始まったのは奇怪な儀式。二本槍がなにやら怪しげな呪文を唱え(それにしてもこの二人がこういうことやってると違和感がもの凄いですね。特に剣術バカっぽい漆戸さん)、脇に控えていた裸女二人は何とリスカしてその血を鉢の中に…

 さてまた寛永寺に戻り、遂に天海僧正が語ったのは、銅伯を殺せば、天海僧正の命も絶えるというあの千姫様をして顔色を変えさせる大秘密。
 銅伯を殺せば天海も死に、天海が死ねば銅伯も死ぬ。裏を返せば、銅伯が生きていれば天海も生き続け、天海が生きていれば銅伯も…どんだけ二人の絆が強いんだ、という感じですが、「バジリスク」版薬師寺天膳もちゃんと生まれていたらこうなっていたんでしょうか。
 もっとも、冷静に考えれば、両者の釣り合いがとれればといっても、それはあくまでも元気な頃の事故や病気に対してであって、いずれは老衰でどちらもダウンするような気がするんですが――よく考えたらどう見ても老衰とはほど遠そうな二人なので、ごめんやっぱ無理。

 しかしこの二人の関係、まるで魔王サイコとサイコラーの関係。あ、ということは二人同時にぬっ殺せばいいじゃん! と思っても、もちろんそういうわけにはいかず。天海僧正がなんの悪事を為したわけでもなく、そして何よりも天海僧正といえば、徳川将軍三代の帰依厚い人物。むしろ徳川幕府の最高顧問と言うべき存在であり、僧正にどれだけ発言力があったかと言えば、第三代将軍選びのために甲賀と伊賀の忍者のバトルロワイヤルなんてバカアイディアを提案して、それが通ってしまうくらいですから。
 いやはや、藪蛇というかなんというか、敵の弱点を聞きに行ったはずが、出てきたのは自分たちを縛る鎖というのが何とも皮肉であり、また、一読者にとっては実に面白い話です。この辺の物語に対する縛りの設定のセンスが、やはり山風先生は抜群ですね。
(もっとも、この辺りある程度予備知識がないとわからない話であって、それをどのように見せるかは、せがわ先生の腕の見せ所でしょう」

 そしてラストは再び会津城地下。奇怪な儀式が続く中、銅伯の背後の鏡に、何と遠く江戸にいるはずの天海僧正の姿が映ったところで、以下次の次の…ではなくて次号。えっ、四号連続掲載!? と一瞬喜んだのですが、お盆休みが入ってヤンマガ自体来週お休みなので、結局一週間が空いてしまうのでした。残念。

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2007.08.08

「大江戸ロケット」 拾八発目「相手は神君の隠し穴」

 色々な意味でどん底展開から何とか上向きテイストになってきた前回を受け継ぎ、今回はレギュラーキャラ総出演でおソラ救出作戦に挑むという総力戦。話数で言えばまだ全体の三分の二を超えたところですが、何だかあと八話を残して最終回みたいな盛り上がりになってきました。
 あまりにも盛りだくさんだったので今回は箇条書き。

○凶悪な顔の清吉おソラの手配書を貼りだして世人に二人の凶悪ぶりをアッピールする赤井様。視聴者全員が突っ込んだかと思いますが、「女に骨抜きにされた」のはアンタだアンタ(まあ、人間、他人を煽る時には、自分が言われたくないことを相手に言う傾向があるようですが…)

○その手配書を鉄十の元に届ける役割を果たしたものの、残った熊に襲われた源蔵鳩…存在感が薄いは薄いなりに知恵を巡らせたのにメインライターにも疎まれた挙げ句こんなところで惨死とは(違

○遠山様のヒントを元に、町奉行ブログ(しかし何というネーミング…)のエントリを立て読みする天鳳天天。が、途中で見つけたメッセージは「しにがみはりんごしかたべない」…バカ! バカ! 敏樹! しかし、ねっと茶屋といい、メイドコスの天鳳といいポスタービームサーベル差したアキバ系天天といい、この辺りの展開は360度隙なくツッコミどころなのがもの凄い。

○それはさておき、二人が立て読みで見つけた言葉は「そらぬけあな」。つまり神君徳川家康が江戸城に作った抜け穴(…熊木赤針斎謹製?)におソラさんが捕まっていると…この時の「遠山様は…やっぱり金さんだ!」という天鳳の台詞が何げに泣かせます。ちなみに抜け穴から抜け出しては下々を徘徊していたという暴れん坊な将軍様がサンバを踊るというベタベタなギャグもありましたが、バックダンサーには何故か今は亡き源蔵の姿が…

○さてそんな動きがある一方、前回微妙に死亡フラグを立てていた銀さんは、単身鳥居様&黒衣衆に立ち向かってボコボコに。銀さん、不器用だねえ…とそこに現れたのは天鳳天天に、二人に引っ張られてきたスケバン刑事白波姿のお伊勢さんの小悪党チーム。ここでお伊勢さんの桜の代紋(あ、夜桜だからか)が唸って砂嵐を起こし、銀さんを連れて小悪党チームは撤退しますが、それにしても天鳳天天は中盤に入ってから大活躍だなあ…小悪党チーム結成の時の三人の会話がまた、時代劇してて良いのです

○その頃、青い女は分離した獣と融合しようとするも失敗、そんな中、おソラ救出に駆けつけた鉄十は偶然青い獣と対峙して…そのまま意気投合、スキップしつつ、何しに来たかすっかり忘れてどこかに消えていくのでした。ってそんなオチありか! 折角のじゅんさんの出番――鉄十のアクションみたかったのに! てゆうかさゆりって誰よその女! …青い女は相変わらず名無しなのに。

○ご隠居邸で目を覚ました銀さんに「男が余裕なくしたら格好悪いよ」と声をかけるご隠居…そしてご隠居と銀さんが向かった先は老中・水野忠邦邸。この時に「堀田様や土屋様(? じゃあ頼りにならないからね」と言いながらご隠居が見せる黒い表情がこれまたいい。そして銀さんのディバイディング鍵十手で連れ出された水野様は、ご隠居の顔を見るや、不倫相手が家に押し掛けてきた男みたいなことを言い出しますが…この二人の過去に一体何が<微妙に誤解を招く表現

○そして始まる救出作戦。以前に登場した人力カタパルトでロケットからの脱出ポッドを打ち上げるという、おりくの花火テロという陽動があるとはいえ豪快にもほどがある作戦ですが、まあ、幕末になると江戸城の警備もザルでご金蔵破られたりしていたようですからこれはこれでOKでしょう。もともと存在を忘れ去られているような涸れ井戸が目的地でしたからね。

○一方、なんか微妙にエロいことを言い出すお伊勢さんを連れて天鳳天天が向かったのは赤井宅。微妙にせこいっちゃあせこいですが、これが思わぬ大発見につながるとは…そう、布団の下から出てきたコレクションがもう大変(そっちかい)。さすがは死体や獣に萌える男…というかショタ声の弟は用心した方がいい、などと色々と衝撃的だったもので、獣に見せかけた時の凶器が発見されたのをスルーしそうになりましたが、これでついに赤井の悪事が暴かれることに…そして現れた青い女に単身立ち向かうお伊勢さんが男前すぎます

○遂に抜け穴で再会した清吉おソラ。牢を挟んでお互いの気持ちをぶつけ合いますが、純情と天然で、何だかおぼこいな君たちは。しかし異文明同士の交流をこういうスタンスで描く作品は、それこそ山のようにありますが、やっぱりベタでもいいものはいいですね。「驚いたのは本当のことを知らなかったからだ」という台詞もまたいい。いなせってのはどうかと思いますが

○そして何だか急にイイ奴になった赤井様が牢を開けてくれて牢から脱出できたおソラを連れて逃げようとする清吉。赤井はその背中に短筒を向けてバァンと…これ、舞台版の粟根さんが同じことやったら絶対信じてもらえなさそうですが(たぶん言った直後に「信じられるか!」とボコられる)、アニメ版の川島氏の声で言われると一瞬信じそうに…なったのは私だけか。何はともあれ、気になりすぎるヒキで次回に続く。


 と、物語の構成上仕方なかったとはいえ、色々とスッキリしなかった展開の多くが覆され、一転、実に熱い展開になってきた今回。
ここであまり大マジメになっても照れくさいものがありますが、そこはいつも通りふんだんにギャグやパロディを取り込むことにより、物語のテンションにうまく緩急付けているのはさすがといったところでしょう。
 何よりも、風来長屋チーム+おりく、小悪党チーム、そしてご隠居と銀さんと、それぞれが自分の出来ることを尽くしておソラさんを助けるために尽力するというのは実に心躍る展開です。個人的には職人連中があまりにもあっさり気持ちを改めてしまった気がしないでもないですが、まあ江戸っ子らしいということでいいか。

 が、個人的には、鉄十がその輪の中から今回ほとんど出オチ状態で退場してしまったのが何とも残念で…大河ドラマで一瞬ご尊顔を拝めたとはいえ(関係ねえ)、橋本じゅんさん分があまりにも不足しているので、次回こそは鉄十の活躍をどうか…出番があってもそれはそれで悪い予感しかしませんが。


関連記事
 今週の大江戸ロケット


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2007.08.07

「怪異いかさま博覧亭」 面白さは本物の妖怪コメディ

 お江戸は両国の見世物小屋を舞台に、人間たちと妖怪変化が織りなす妖怪ドタバタ人情コメディが、この「怪異いかさま博覧亭」。
 恥ずかしながら雑誌連載時はノーチェックでしたが、こうして単行本第一巻がまとまったところで読んでみればこれが実に私好みの面白さ。もっと早く読んでいれば良かった…と心から思います。

 舞台となるのは、江戸一の娯楽の町・両国の見世物小屋・博覧亭。しょーもない見世物ばかりで閑古鳥が鳴くこの小屋の若き主人・榊を中心に、番頭の少年・柏、家事担当の少女・蓬、ある事件がきっかけで転がり込んできた忍び娘・八手、そして榊の幼なじみで腐れ縁の貧乏絵師・蓮花といった面々が織りなすドタバタというのが基本的展開ですが、そこに絡んでくるのが「妖怪」だからまた話は(もちろん良い意味で)ややこしくなります。

 何せ主人公の榊からして、何か面白い妖怪ネタがあると、趣味と実益を兼ねて飛び出していく大の妖怪馬鹿というキャラクター(なんという感情移入しやすいキャラ…って私だけ!?)。一攫千金を夢見て様々に手を尽くしますが、寄ってくるのは妖怪変化でもどこかズレた連中ばかりで、結局くたびれもうけ…というのはこの手の話にはお約束ですが、榊が純粋に妖怪好きなのがヒシヒシと伝わってくるだけに、いやみなく素直に悪戦苦闘を楽しむことができます。
 ちなみにその榊と共に暮らす柏は実は算盤小僧、蓬はろくろ首、さらに榊の着る羽織は小袖の手と、わざわざ探さなくとも身の回りには妖怪だらけ。しかし彼は人間が出来ているのか単に抜けているのか、自分の目の前にいる妖怪は妖怪扱いしないでスルーしてしまうのがこれまたお約束。

 と、そんな連中が集まってのお話は、どのエピソードもテンポの良いギャグの連打で、ついつい一気読みさせられてしまいます。実は作者の小竹田貴弘氏の作品は、某ジュヴナイル伝奇のアンソロジーコミックで以前から読んでいて、そのギャグの切れ味にいつも感心していたのですが、そのセンスはオリジナルである本作でも健在であります。
 もっとも、本作のウリ(?)の一つである江戸豆知識の描写が、このギャグテンポを損なっている面がなきにしもあらずで、思わぬところで時代ギャグの難しさを見た気分…もっとも、この点は回を追うごとにこなれていっているので、必要以上に気にすることはないのでしょうが。

 ちなみに個人的に印象に残ったエピソードは、そのギャグが比較的抑えめだった第六話。舞台を過去に移して、ろくろ首少女の蓬が博覧亭にやってくる顛末を描いたこのエピソードは、育ての親に虐待される蓬に対する榊の優しさを描いて、人情話として出色の出来。冷静に考えれば、ろくろ首の少女を見世物小屋の人間が買いに来るというのはネタ的にナニではありますが、その辺りをうまく回避した物語構成はなかなかうまいものだと思いますし、何よりも、親が彼女を虐待しつつも手放そうとしない理由というのが、妖怪ものとして実に秀逸で、大いに感心いたしました。

 何はともあれ、妖怪好き、ギャグ漫画好きであれば読んでみてまず損はない本作、タイトルこそ「いかさま」ですが、面白さは本物ですよ、と、ベタなオチで恐縮ですが、真面目にお勧めいたします。


「怪異いかさま博覧亭」第一巻(小竹田貴弘 一迅社REXコミックス) Amazon

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2007.08.06

「モノノ怪」 第四話「海坊主 二ノ幕」

 先週より始まった「海坊主」、全三幕の二ノ幕。乗客の一人一人に「恐ろしいものは何か?」と問いかけるアヤカシ・海座頭の出現により、乗客の心底が暴かれていくこととなる展開で、動き的には地味でしたが、各キャラクターそれぞれの心理描写が面白く、なかなか見応えのある回でした。

 さて、まんざら幻殃斉の口からでまかせでもなく本当に存在していた魔境・龍の三角。船の羅針盤に何者かが行った細工を抜きにしても、アヤカシの集うこの海域に、薬売りは退魔の剣の導きで連れてこられたと語りますが、しかしそれはアヤカシ退治のためではなく、モノノケを斬るため。前回も少し触れられていた通り、本作においてはアヤカシとモノノケはまた別の存在とのことですが――これは色々とややこしいようですが、千差万別の起源を持ち、人とは異なる理を持って動くこの世ならざるものがアヤカシ。そしてそのアヤカシと激しい人の負の情念がアヤカシと結びついたモノがモノノケ、と考えれば良いのでしょうか。

 などと話していたところに現れたのはアヤカシ・海座頭。この海座頭、怪優・若本規夫が声を当てるだけあって無闇な迫力(しかしこの海座頭、いわゆる魚人という奴ですが、これまでの半漁人の常識を覆すような(?)ユニークなデザインでちょっと感心)で、「うぉまえがうぉそろしいことわぁ…ぬわんだあぁぁぁ!」と、相手の恐ろしいものを問うて答えさせては、それを幻影にして見せるという、ちょっとどころではなくイヤな能力を持っている様子。
 その問いに対し、財を失い一文無しになることを恐れた三國屋は、虎の子の金魚を口から吐き出して色々な意味のショックでダウンし、怖いものなどないと答えた佐々木は、今まで辻斬りなどで斬殺してきた者たちの怨霊に飲み込まれて半狂乱に。そして加世は…もの凄い勢いで乙女の夢を語った末に、突然妊娠し、立ったまま魚人の胎児を産み落とすというグロテスク極まりない幻覚を見せられて狂乱…するところを薬売りに抱き留められて何とか回復(この時の妙にエロい薬売りの仕草が面白いんですが、これは何かしら術を使ったのかもしれませんな。また幻殃斉は「饅頭怖い」とベタなことを答えた挙げ句…何を見せられたかはわかりませんが、まあこれも大変な目にあった模様です。…しかし、他の人間に比べると答え方を自制できたこの人は、見かけよりもしっかりとした人間なのかもしれません。

 そして真打ち、薬売りの答えは…「この世の果てには形も真も理もない世界が、ただ存在しているということを知るのが怖い」という意味深なもの。その答えを受けて見せられた幻覚では、己が虚無に浸食されてただ消えていく様を見せられますが、さすがは薬売り、他の者のように取り乱しはしませんでした(が、現実に戻ったときに拳を握っていたところを見るに、やはりなかなかキツい体験だった様子)。
 この薬売りの答えには色々と解釈があるかと思いますが、どのようなモノノケであっても形と真と理さえあれば粉砕する退魔の剣を持つ薬売りにとって、その三つが存在しない世界というのは、それは確かに厄介極まりないものでしょう。更に言えば、それはおそらく彼の存在意義であろうモノノケ退治を不可能とするものであって…ちと大げさに言えば、まさに彼にとっては存在の根幹に関わる恐怖なのかもしれません。

 閑話休題、残る菖源と源慧のうち、菖源は自分の師である源慧が恐ろしいと答えます。そんなにアブノーマルなことを強要させられたのか… 源慧の不審な態度に不信感を抱いていたた菖源は、羅針盤に細工できたのは源慧のみと答え、そしてその源慧の答え――この五十年間彼が恐れてきたもの、それはこの海にあり、漂い続けこの海を魔境に変化させたモノ…五十年前に彼の妹が乗って流されたうつろ舟でありました。
 そしてその言葉こそは薬売りが望んだもの。食わせ物揃いのこの船の真を暴くために、海座頭の力を利用したということなのでしょう。アヤカシまで利用して事件を暴こうとは、やっぱりこの人は一枚上手でした。…巻き込まれた周囲の人はたまらんですがな。

 と、ここで登場したうつろ舟。ゲーゲーやってても不屈の解説魂に燃える幻殃斉は、大木をくり抜いて作られた、一度乗ったら出られない舟と解説します。
 実際の書物等で言えば、「平家物語」では源三位頼政に倒された鵺をこれに入れて海に流したという記載があります(あれ、そう言えば「モノノ怪」にも「鵺」のエピソードが…)。もっとも、それ系の方面では圧倒的に有名なのは、曲亭馬琴の「兎園小説」に登場した虚舟のエピソードかと思いますが、流すにしろ流れてくるにしろ、常ならざるモノが乗せられた舟ということに間違いはないようです。
 そして源慧の言葉に応えるかのように異界と化した船の中から現れたモノ、五十年前に海に消えたはずのうつろ舟の中から、「カリ、カリ…」と、何かをひっかくような、何ともご勘弁いただきたいようなホラーな音が聞こえてきたところで、次回に続く。


 さて、源慧曰く、このうつろ舟には、妹が彼の身代わりとして自ら乗り、流されたと事件の真相に近づく発言をしたものの、それが源慧にとってだけの真ではなく皆にとっての真であるかどうか、まだわからないというのは「化猫」を観た者であれば皆知っていること。おそらくはまた、おぞましくも哀しい真が待っているのでしょう…
 どうも作画的には色々と厳しいようですが、次回大詰めでどのようなドラマとアクションが待っているか――小中千昭氏が脚本を書き、古橋一浩氏が絵コンテを切っている以上、なまなかなものが出てくるわけがありません。大いに期待して次回を待ちます。


「モノノ怪 海坊主」(角川エンタテインメント DVDソフト) Amazon


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 今週のモノノ怪

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2007.08.05

「怪談実話集」 「近世」と「現代」の間に

 毎回毎回思わぬアプローチで怪奇・伝奇時代ものファンを驚かせてくれる志村先生ですが、この夏の新刊はなんと実話怪談!
 どうも実話怪談の当たり年らしいですが(どっぷり浸かっているとかえってわからないものです)、ついに志村先生も…と思って早速手に取ってみれば、実話は実話でも、明治・大正・昭和初期の実話怪談がメインというユニークな一冊。怪談ファンにとってはなかなかもって面白い本となっていました。

 収録されているのは「怪談実話揃」(昭和四年)、「日本怪奇物語 明治大正昭和篇」(昭和十年)、「別冊大都会」(昭和二十三年)に収録のものを中心に(中心に、と書いたのは、何と志村先生自身の話(!)も収録されているため)していますが、元本の出版時期を見ればわかる通り、収録されている怪談は明治・大正のものがほとんどで、怪談ファン的には実に興味深いこととなっています。
 何となれば、この時代は百物語本・諸国奇談本などがそれなりに紹介されている江戸時代と、この現代の間にあって――田中貢太郎先生という巨人の諸作を除けば…って前提大雑把すぎか――ぽっかりと空いてしまっているエアポケット状態の時代。実際に元本にあたっている熱心なファンでもない限り、基本的には当時の怪談に接する機会がほとんどないと言ってもよいのではないかと思います。

 もちろん、それが収録された怪談のクオリティと結びついているかと言えば、それはまた別のお話ではあります。まさか今日び「タクシーに乗った幽霊」の話を堂々と収録している本があったとは…ですとか、終盤はほとんど猟奇実話だったり(しかしこの収録エピソードの配列の意図もちょっとよくわからない)と、現代の怪談ファン、それもいわゆるジャンキークラスになると、色々と不満も出てくるのは無理もない話ではあります。
 が、書かれた時代に注目してみると、本書に収められた怪談話から、なかなか興味深いものが浮かび上がってくるのも事実です。本書においては、お話としてはいかにも古式ゆかしい因果因縁ドロドロの物語が展開される一方で、そこに登場する加害者・被害者・目撃者の姿は、どこまでも文明開化以降の人間としてある程度の合理性を備えた――それでいて幽霊や妖怪変化を現実のものとして恐れる心を持つ――「近代」的な存在として描かれているものが大半を占めています。
 実話怪談の中で、「近世」から変わらぬものと「現代」へ繋がっていくもの…そのそれぞれについて考えてみることは、すなわち実話怪談の変遷・進化の過程を考えてみることとイコールであり、そしてまた、これはちと大上段に構えすぎではありますが、逆に実話怪談の有り様の変遷を辿ってみることは、近世・近代・現代それぞれの時代の本質を考えることとにも繋がっていくのかな、とも感じられます(その意味では、この数年で氏が関わってきた、末尾の関連記事に挙げた怪談本と併せて読むとなかなか面白いかもしれません)。

 と、大袈裟な話は置いておくとして、個人的に本書の中で純粋に怪談として特に楽しめたのは、冒頭に描かれる怪異の超現実的なビジュアルと、その怪異を招いた因縁の意外すぎる真相が印象的な「死んだ僧」、内容的には典型的な妖怪退治譚ながらも、それに翻弄されるのが警察署というところにユニークさを感じる「人を殺す池の狸」、マキノ・プロの撮影所を舞台に、実名連発で描かれるのが別の意味でインパクト大の「幽霊現像事件」、そして登場する幽霊の生々しい描写とその背後の異常心理の存在が、平山夢明氏の怪談を思わせる「ポケットの中の指」の四篇でしょうか。

 上記の通り不満な点も皆無ではありませんが、シーズンに数十冊は出版されているであろう怪談本の中で、本書が実にユニークな輝きを放っていることは間違いありません。とにかく怖がりたいんだ! という向きにはどうかと思いますが、それなり以上の怪談ファンの方にとっては、色々と楽しめる一冊ではないかと思います。


「怪談実話集」(志村有弘 河出文庫) Amazon

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2007.08.04

「TITLE」誌の時代小説特集をひねくれつつ楽しむ

 文藝春秋社の「TITLE」誌の最新号に「ビジネスに効く時代小説 全203冊」という特集が掲載されていると知り読んでみました。
 いきなりで恐縮ですが、私は時代小説をビジネスに役立てようという考え方がどうにも好きになれないのですが(もちろん役立てても構わないのですが、どうもそういう考え方の裏には「役に立たない本、意味のないものはダメ」的な思想があるような気がして…)そういうひねくれた根性を抜きにして読めば、様々な切り口で時代小説の魅力に迫った、かなり面白い特集であると思います。

 冒頭の「経営者・指揮官が明かす「成功する」時代小説」という記事こそ、ケッという印象でしたが(器が小さすぎるよ三田さん…)、百ページ近い特集の中には、そうした定番の記事にとどまらず、「藤沢周平でめぐる山形・庄内の旅」や、「時代小説から読み解く、江戸の町のビジネスマップ」(この企画面白いなあ、うちでも真似したいなあ…と思ったら時代小説SHOWさんの記事でした)といった、なかなかユニークな、それこそビジネスマンや時代小説ファン以外の人でも楽しめそうな記事が用意されていて、素直に、そして大いに楽しんでしまいました。

 そして何よりも、末國善己氏による「組織」「名君」「商売」「職人」「改革」「戦国」「経済」「幕末」「隠居」「家族」という十テーマ×十冊のキーワード別の時代小説ガイドがやはり出色の出来。ある意味これを目当てに読んだようなものではありますが、ビギナーの方でも十分楽しめる内容は期待通りのクオリティで、さすがは…と素直に感心いたしました。タイトルこそ「ビジネス力を鍛える天下無双の時代小説案内」ですが、ビジネスという観点からはもちろん、それを抜きにしても十分以上に面白い記事です(そうか、キーワード別の小説ガイドってのも面白いな…)

 この「TITLE」誌は、「都市型ライフスタイルを提案するワンテーママガジン」とのことですが、このようなちょっとオサレ目のスタンスからの、そして小説誌や書籍情報誌とはまた違う色々な切り口での時代小説特集は、普段時代ものの世界にどっぷり嵌っている私のような人間にとっても、いやそんな奴だからこそなかなか新鮮で、魅力的に映りました。
 ビジネスと時代小説といえば、冒頭の私のタワゴトのようにネガティブなイメージを持つ方もいるのではないかなとも思いますが、その辺りはうまくかわして――もちろんメインテーマからは大きく外れず――きちんと読ませるものになっているのには感心した次第です。
 オールカラーの割には驚くくらい定価も安いので、まずは買ってみても損はないのではないかなと思います。


 …そして個人的には、やはり広い読者層を相手にした記事を読むのは勉強になるなあと変なところで感心しました。


「TITLE」2007年9月号(文藝春秋) Amazon

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2007.08.03

歴史に忘れ去られた者の逆襲についてダラダラと語る

 実は大河ドラマは苦手の私ですが、現在放送中の「風林火山」は、内野聖陽さんをはじめとする老若男女の役者さんたちの好演ぶりに加え、ストーリーや演出に男泣き要素あり、適度なネタっぽさありと、なかなかに私好みのドラマであって、毎週楽しみに見ています。
 さて、前回で千葉真一さん演じる板垣信方が退場し、オープニングのキャストに登場しなくなりました。前々回で大河ドラマ史上に残りそうな壮絶な戦死を遂げたのでこれはまあ仕方ないのですが、この板垣殿の名の登場しないオープニングを見ていたら、まだ死んでいないのにオープニングから消えてしまった登場人物を思い出しました。
 それは仲代達也氏が演じた武田信虎、すなわち晴信/信玄の父であります。

 このドラマをご覧になっている方であればよくおわかりかと思いますが、この人物、色々とやらかしたおかげで息子と家臣に追放され、そのまま歴史の表舞台からフェードアウトしてしまったお方です。では、この人がいつ亡くなったかご存じですか?
 それは天正2(1574)年、年表で見れば信長が東大寺の寺宝・蘭奢待を切り取ったりして絶頂期だった頃。そして武田信玄が亡くなった次の年であります。
 …この人物が、これほど長く生きたことを知る人は、存外少ないのではないかと思います。これはひとえに、息子に追放されて以来、戦国史からほとんど全く姿を消してしまったからではありますが、本人はまだ生きているにもかかわらず、表舞台から消えてしまったくらいでほとんど死人並みの扱いを受けるというのは、これは仕方ないことではありますが、さて本人はどう思ったことでしょう。

 さて、ここまで考えて思い出したのは、山田風太郎先生の室町もの長編「室町お伽草紙」であります。絶世の美姫を巡り、若き日の信長・謙信・信玄がしのぎを削る本作ですが、実は物語をかき回し、姫らを苦しめる黒幕的存在が、武田信虎という設定となっています。
 正直なところ、その情婦の玉藻の方がキャラが立っていて、それほど印象に残るキャラクターでもないのですが、しかし、戦国という時代の青春期、英雄綺羅星の如く輝く時代において、それらに対する存在として、実績・因縁・意外性から考えて、これ以上の適任はいないのではないかと思います。

 さすがは山風、史実と虚構の間で筆を遊ばせたら右に出る者がない…と今更ながらに感心しますが、この「歴史に忘れ去られた者の逆襲」というものの味を初めて私に教えてくれたのも山風でした。
 その作品の名は「東京南町奉行」。そこそこに知られた作品かと思いますので明かしてしまえば、この作品、かの天保の妖怪・鳥居耀蔵を中心に据えた短編であります。

 最近ではアニメでも大活躍の鳥居様が、実は明治まで生きたというのは、知ってる人は皆知っている(?)お話ですが、やはり天保時代にあれだけ大暴れした人物が、その後歴史の表舞台に全く立つことなく生き残り、明治という時代を迎えたというのは、考えるだに不思議な気分になります。
 ちなみに鳥居様が、自分がハメた水野忠邦の逆襲にあって罷免され、讃岐丸亀藩にお御預けとなったのは弘化2(1845)年。釈放されたのは明治2(1869)年…二十五年間という長さはともかく、黒船が来航し、維新の嵐が訪れ、幕府が倒れた、まさにその激動の時代を幽閉されて過ごした彼が、その間に何を考えていたのか、大いに気になるところではありますし、そうした歴史の荒波に没した者の想いを引き揚げることができるのも、時代小説、なかんずく時代伝奇小説ならではないかと思います。

 さてもう一作、明治の鳥居耀蔵を描いた作品として思い出されるのが、風野真知雄先生の「黒牛と妖怪」。鳥居様の孫の嫁の視点から語られるこの短編は、新橋-横浜間の鉄道開通を背景に、その鉄道――すなわち黒牛――に異様に敵意を燃やす元・天保の妖怪の姿を、ペーソスとミステリ風味で描いた作品であります。
 文明開化の象徴の一つである鉄道と、江戸時代の暗黒面の象徴とも言える鳥居様の対比が面白く、またすっかり偏屈じじい扱いの鳥居様の姿に切なさを感じる、なかなかの佳品ですが、本作もまた「歴史に忘れ去られた者の逆襲」でしょう。

 しかし風野先生は、最近の文庫書き下ろし時代小説ブームの中でほとんど一貫して、老境にあるか、あるいはドロップアウトした人間を主人公にした、ペーソス溢れる作品を書かれていますが、これはデビュー最初期から変わっていなかったのですね…
(と、これは先日入門者向け五十選で紹介したばかりなので詳しくは書きませんが、この風野先生の「幻の城」は、これはドシリアスな作品ですが、この逆襲劇を最も痛烈な姿で描いた作品であります)

 …何だか今回はまとまりがなくなってしまいましたが、たとえ歴史の表舞台から消えたとしても、それがそのままその人物の死を意味するわけではないという、冷静に考えれば実に当たり前の、しかし実はとても大事な事実を気付かせてくれるという力を時代伝奇小説は持っているんですよ、というお話でした。

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2007.08.02

「大江戸ロケット」 拾七発目「黎明の殺し節」

 衝撃のおソラさん正体バレから引き続く今回の「大江戸ロケット」、いかにもこの作品らしくギャグとボケで笑い飛ばしてめでたしめでたし…とはさすがにいかず、何ともドシリアスで重~い展開に。さらに銀さんまで正体がバレ、清吉はお尋ね者にと、番組始まって以来の暗黒時代到来であります。

 赤井や黒衣衆から庇ったものの、その清吉からは恐れられ、疎ましがられるおソラさん獣フォーム。舞台の方のプレデターの着ぐるみみたいなのに比べれば、こちらは随分マシなのに…モフモフできそうだし。というのはこちらの勝手な感想で、血吸いの怪物と思いこんでいればこれもまあ仕方のない話かもしれません。
 さらに職人トリオにボコられるおソラさんですが、それよりも何よりも(見ている側にとっても)キツいのは、源蔵のお母さんの「人様の命を奪うなんて…そんな恐ろしいこと、どうしてしたの?」という言葉ではないでしょうか。おかん口調なだけにこれは厳しい。そしてそんな中でただ一人、人ならぬおソラさんの身を気遣ってくれたおぬいちゃんは本当に良い娘だ…(ここでおぬいまでおソラを責めたら人間不信になるところですぜ)

 そこにディバイディング鍵十手で青い女を片づけた(分裂能力が暴走したので、既に能力は失ったかと勝手に思いこんでいましたが、変身も再生も普通にしてましたね)銀次郎が駆けつけますが、こちらまで正体がバレてしまって状況はますます悪化。ほとんど駆け落ちまがいの台詞でおソラさんと逃げようとする銀次郎ですが、そこに現れた鳥居の銃弾がおソラさんを貫き(ショックで中途半端に変身してしまったおソラさんの姿が、実に衝撃的であります。スタッフの鬼!)、銀さんもやむなく皆の前で鳥居に膝を屈することに…

 命知らずの長屋の皆さんの文字通り「必殺」技のおかげで清吉はその場を逃れたものの、状況は絶望的。遠山様も更迭同様で、途方に暮れた天鳳は、銀さんに頼ろうとしますが、しかしつらいのは銀さんも同じ…いやそれ以上。
「何でもかんでも俺に頼るなっ! …もう勘弁してくれ」
と舞台でも実に印象的だった名台詞を思わず吐いて、一人去っていくのでありました。…このシーン、原作舞台での古田新太の、飄々としていた中に押し込められていたものが爆発するような口調も良かったのですが、このアニメでの山寺宏一一流の切なさがこもった口調もまた良し。本当に舞台といいアニメといい、銀さんは恵まれたキャラです。

 そして辛くも逃れた清吉は、作業小屋で一人呆然。そこに現れた青い獣に襲われて初めて、おソラさんの潔白を悟るものの、獣を撃退するために小屋もろとも爆発させて、これまでの成果もすべておじゃんに。
 最愛の女性を失い、生き甲斐の仕事を失い、おまけに官憲に追われる身となり、およそ男としてドン底に落ちた清吉は飛鳥山でぼんやりと土器(かわらけ)投げをするしかなく――

 ちなみに、この土器投げ(瓦投げだとちょっと前の必殺攻撃と一緒になってしまうのでこちらの表記としてます)は、花見の際などに高いところから願い事を込めて(書いて)素焼きの皿などを投げた遊びとのこと。現在ではさすがに飛鳥山ではこの遊びはできませんが、近所ではこれにちなんで「かわらけせんべい」なるものも売っているとか。
 閑話休題、土器を買い占めて自棄投げしていた清吉ですが、それを横から土器を投げつけて次々と撃ち落としていく奴が――誰だ? と思えばそれは銀次郎でありました。

 普段の優しい兄貴ぶりとはうってかわった憎々しげな口調で、厳しい言葉をぶつけてくる銀次郎。それに対して一歩も引かずに言い返す中で、清吉は自分の中の気持ちに正直に向き合います。そう、清吉が月まで届く花火を造っていたのは、江戸のみんなの顔を上に向けさせるためではなく、ただただおソラさんのため。どんなに銀さんに挑発されようと、何を見ようと、おソラさんを信じる想い、おソラさんへの想いは揺らぐことはない――

 いやもうね、恥ずかしい話ですがこのシーン、この番組を見ていてほとんど初めて涙が出てきました。自分だってどうしたらよいのか八方塞がりの中、清吉を奮起させるためにあえて悪役を買って出る銀さんの侠気が、もう胸にグッと来たのなんの…
 これがまた、土器投げというこの時代でしか成り立たないシチュエーションを通して、清吉と銀次郎、二人の男が気持ちをぶつけ合う様を描いてみせるのだからたまらない。正直なところ、前回と今回で溜まったもやもやした気持ちが一気に吹っ飛びました。

 そして完全に立ち直った清吉は、追ってきた赤井たちを一蹴して長屋の連中と合流。銀さん曰く明日の朝には終わりというおソラさんを救うため、奪還を宣言して以下次回。


 ――と、思ったよりも早い清吉の立ち直りですが、今回のような男泣きシチュエーションでやってくれたのであればもう文句はありません。
 今回は、前半部分はほぼ舞台と同じ、シチュエーション・台詞を使って(が、屋根の上での耳の台詞が、舞台と同じものなのにシチュエーションの違いで全く正反対の意味に聞こえてくるのが素晴らしい)おソラ・銀さんと清吉をはじめとする長屋の面々の断絶を描いた一方で、飛鳥山を舞台とした後半部分はアニメオリジナル。これまでのエピソードでもそうでしたが、原作舞台のシチュエーション・ネタを巧みに取り込み、イベントの順序の異同はあるもののほぼ原作通りに展開しつつ、アニメとしてオリジナリティを見せるべきところではビシッと決めてみせる、本作の魅力が遺憾なく発揮されていたかと思います。

 さて次回予告では、今回全く姿を見かけなかった(…よな? 真剣に存在を忘れていました)源蔵鳩が、見覚えのある動物たちのもとへ――おお、ここで鉄十が助っ人に来るという展開か!? 確かに鉄十のとこだったら幕府の手も及ばなそうだし、ロケット開発の設備もあるし、うってつけかもしれません。風魔流忍拳くらいは使えるだろうから(無茶言うな)戦力的には問題ないしな! というか橋本じゅんさん分が不足しているので早く補充して下さい。頼むよ!


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2007.08.01

「X天 [ばってん]」第一巻 見参、異形の付け馬ヒーロー?

 江戸時代の吉原を舞台に、付け馬を主人公にした珍しい漫画が、「モーニング2」誌で連載されているこの「X天 [ばってん]」。
 付け馬、あるいは付き馬というのは、吉原などで遊んだ後に代金を支払えない客に付いていき、金を取り立てる人間・職業のこと。小説・TV時代劇では南原幹雄先生の「付き馬屋おえん」シリーズがありますが、漫画の世界ではなかなかお目にかかれないキャラクターではないかと思います。しかもそれが途方もなく強い女装の大男とくれば…

 主人公・椿清十郎は、元は武士ですが、いかなる事情によってか刀を捨て、いまは吉原で付け馬稼業――そして何故か女装でしかも片肌脱ぎ。普段は脳天気な遊び人体の人物ですが、いざ付け馬の仕事となれば、相手が何者であろうと真っ正面から渡り合う度胸と腕っ節を持つ好男子であります。
 そんな彼が、吉原を巡る様々な事件、人間模様に巻き込まれて繰り広げる騒動を、連作短編スタイルで描いた本作ですが、作者が少年漫画出身ということもあってか、全体を通してのノリはかなりコミカル。キャラ立てや、特にアクションシーンなどは、いかにも「マガジンの少年漫画」的なテイストとなっています。
 ちなみにこの第一巻のオビに推薦の言葉を寄せているのは、綾峰欄人氏と上条明峰氏。綾峰氏の作品は読んだことありませんが(噂はかねがね…)上条先生といえば、このサイト的には「SAMURAI DEEPER KYO」の作者であって、これだけでいろんな意味で本作に注目しないわけにはいきません。というより本作を読むことになった二番目のきっかけ(一番目は後述)はこの点であります<さすがにそれはどうかと思う

 実際のところ、時代考証という観点からすると、色々とどうなんでしょう、というところも(結構大事なところで)ありますし、そもそも毎回の付け馬の解説で「要はイヤガラセである」というのはいかがなものか――確かに間違ってはいない面もありますが――とも思いますが、こうした作品でそれを言うのは野暮というものでしょう。主人公をはじめとする登場人物のキャラクターはなかなかユニークですし、ギャグの切れ味も良好(特に第一話のクライマックスには噴き出したなあ)。アクションは、まあこういうテイストということで。
 何よりも舞台設定的にはもっと色々とドロドロとした、重い話になりかねない話を、あえてそこまで踏み込まず、そして主人公の活躍により踏み込ませずに、躍動感のある「イイ話」的にまとめているのは好感が持てますし、こういう時代漫画があっても全然OKでしょう。

 まだまだ発展途上の作品・作者かもしれませんが、今後の展開も期待できそうです。第二巻では主人公の過去も描かれるようなので、おそらくは相当重くなるであろうドラマをいかに転がしていくのか、楽しみに待つこととします。


 ちなみに本作については、まことに恥ずかしながらつい最近まで存在を知らなかったのですが、Web拍手にて情報をいただきました。遅ればせながらここにお礼申し上げます。


「X天 [ばってん]」第一巻(安宅十也 講談社モーニングKC) Amazon

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