歴史に忘れ去られた者の逆襲についてダラダラと語る
実は大河ドラマは苦手の私ですが、現在放送中の「風林火山」は、内野聖陽さんをはじめとする老若男女の役者さんたちの好演ぶりに加え、ストーリーや演出に男泣き要素あり、適度なネタっぽさありと、なかなかに私好みのドラマであって、毎週楽しみに見ています。
さて、前回で千葉真一さん演じる板垣信方が退場し、オープニングのキャストに登場しなくなりました。前々回で大河ドラマ史上に残りそうな壮絶な戦死を遂げたのでこれはまあ仕方ないのですが、この板垣殿の名の登場しないオープニングを見ていたら、まだ死んでいないのにオープニングから消えてしまった登場人物を思い出しました。
それは仲代達也氏が演じた武田信虎、すなわち晴信/信玄の父であります。
このドラマをご覧になっている方であればよくおわかりかと思いますが、この人物、色々とやらかしたおかげで息子と家臣に追放され、そのまま歴史の表舞台からフェードアウトしてしまったお方です。では、この人がいつ亡くなったかご存じですか?
それは天正2(1574)年、年表で見れば信長が東大寺の寺宝・蘭奢待を切り取ったりして絶頂期だった頃。そして武田信玄が亡くなった次の年であります。
…この人物が、これほど長く生きたことを知る人は、存外少ないのではないかと思います。これはひとえに、息子に追放されて以来、戦国史からほとんど全く姿を消してしまったからではありますが、本人はまだ生きているにもかかわらず、表舞台から消えてしまったくらいでほとんど死人並みの扱いを受けるというのは、これは仕方ないことではありますが、さて本人はどう思ったことでしょう。
さて、ここまで考えて思い出したのは、山田風太郎先生の室町もの長編「室町お伽草紙」であります。絶世の美姫を巡り、若き日の信長・謙信・信玄がしのぎを削る本作ですが、実は物語をかき回し、姫らを苦しめる黒幕的存在が、武田信虎という設定となっています。
正直なところ、その情婦の玉藻の方がキャラが立っていて、それほど印象に残るキャラクターでもないのですが、しかし、戦国という時代の青春期、英雄綺羅星の如く輝く時代において、それらに対する存在として、実績・因縁・意外性から考えて、これ以上の適任はいないのではないかと思います。
さすがは山風、史実と虚構の間で筆を遊ばせたら右に出る者がない…と今更ながらに感心しますが、この「歴史に忘れ去られた者の逆襲」というものの味を初めて私に教えてくれたのも山風でした。
その作品の名は「東京南町奉行」。そこそこに知られた作品かと思いますので明かしてしまえば、この作品、かの天保の妖怪・鳥居耀蔵を中心に据えた短編であります。
最近ではアニメでも大活躍の鳥居様が、実は明治まで生きたというのは、知ってる人は皆知っている(?)お話ですが、やはり天保時代にあれだけ大暴れした人物が、その後歴史の表舞台に全く立つことなく生き残り、明治という時代を迎えたというのは、考えるだに不思議な気分になります。
ちなみに鳥居様が、自分がハメた水野忠邦の逆襲にあって罷免され、讃岐丸亀藩にお御預けとなったのは弘化2(1845)年。釈放されたのは明治2(1869)年…二十五年間という長さはともかく、黒船が来航し、維新の嵐が訪れ、幕府が倒れた、まさにその激動の時代を幽閉されて過ごした彼が、その間に何を考えていたのか、大いに気になるところではありますし、そうした歴史の荒波に没した者の想いを引き揚げることができるのも、時代小説、なかんずく時代伝奇小説ならではないかと思います。
さてもう一作、明治の鳥居耀蔵を描いた作品として思い出されるのが、風野真知雄先生の「黒牛と妖怪」。鳥居様の孫の嫁の視点から語られるこの短編は、新橋-横浜間の鉄道開通を背景に、その鉄道――すなわち黒牛――に異様に敵意を燃やす元・天保の妖怪の姿を、ペーソスとミステリ風味で描いた作品であります。
文明開化の象徴の一つである鉄道と、江戸時代の暗黒面の象徴とも言える鳥居様の対比が面白く、またすっかり偏屈じじい扱いの鳥居様の姿に切なさを感じる、なかなかの佳品ですが、本作もまた「歴史に忘れ去られた者の逆襲」でしょう。
しかし風野先生は、最近の文庫書き下ろし時代小説ブームの中でほとんど一貫して、老境にあるか、あるいはドロップアウトした人間を主人公にした、ペーソス溢れる作品を書かれていますが、これはデビュー最初期から変わっていなかったのですね…
(と、これは先日入門者向け五十選で紹介したばかりなので詳しくは書きませんが、この風野先生の「幻の城」は、これはドシリアスな作品ですが、この逆襲劇を最も痛烈な姿で描いた作品であります)
…何だか今回はまとまりがなくなってしまいましたが、たとえ歴史の表舞台から消えたとしても、それがそのままその人物の死を意味するわけではないという、冷静に考えれば実に当たり前の、しかし実はとても大事な事実を気付かせてくれるという力を時代伝奇小説は持っているんですよ、というお話でした。
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