「七人の十兵衛」(その二) 「弱い」十兵衛
昨日の続き、「七人の十兵衛」の紹介であります。
「柳生の鬼」(隆慶一郎)
五味先生以上に柳生新陰流の陰をドラスティックに描いたのが隆慶先生。ある意味、隆慶作品の常連悪役とも言える柳生一門を、逆に主人公に据えた名短編集「柳生非情剣」からの一編です。
およそ十兵衛と言えば、山風作品のように自由闊達な快男児か、あるいは冷血・傲岸な梟雄として描かれることが多い人物。隆慶十兵衛は基本的に後者ですが、本作の十兵衛はまたひと味違う存在として描かれています。
放逐に等しい形で将軍家指南役から離れた十兵衛が、故郷であるはずの柳生の里で向けられたのは周囲からの冷たい視線。それでもなお絶対的に抱いていた彼の自負心を根底から覆された彼は、己を今一度鍛え直すこととなります。
つまり、ここで描かれるのは発展途上の、「弱い」十兵衛の青春の姿。
隆慶先生は、時に後に続く世代に憎悪に近いほど冷たい顔を見せる一方で、青春の蹉跌というものにひどく優しい眼差しを向けることがあるのですが、本作はその後者に当たります。
強いけれど弱かった十兵衛が、必死に立ち上がろうとする姿を描いた本作は、そんな作者なりの優しさが伝わってくる作品であり、それだからこそ、快男児の時も梟雄の時も滅多に見ることのできない十兵衛の涙というものを、違和感なく受け止めることができます。
「柳生十兵衛の眼」(新宮正春)
武芸者や戦士・強者たちが死闘の中で繰り出す秘技というものを(特に短編において)描くことに描くことに定評のある作者には、柳生新陰流を題材とした短編集「柳生殺法帳」がありますが、本作はそのうちの一編です。
隻眼十兵衛の、その残された目を潰すという、ある意味とんでもない任務を課せられた甲賀忍者たちの戦いを描いた本作ですが、その中で描かれるのは、忍者の秘技をも上回る十兵衛の深謀。
十兵衛の隻眼は、彼のトレードマークであることは間違いありませんが、しかしそれが史実であったかはまたよくわからないところ。フィクションの世界に於いても、五味十兵衛のように隻眼か否か不明であったり、またちゃんと両目のある十兵衛も登場していますが、その「わからなさ」に翻弄されるのは、甲賀忍者たちだけではありません。
その一方で、その謎を打ち砕くのが、またある意味実に現代的な――しかし新宮先生の経歴を見ると納得できる――「秘技」である辺り、実に新宮作品らしい一編であります。
「鬼神の弱点は何処に」(笹沢左保)
笹沢左保先生の時代小説は、ミステリ色が強いのが特徴の一つですが、本作はそれが非常にユニークな形で現れている作品です。
鬼神の如き強さを誇る我流の剣士を倒すため、十兵衛を含めた三人の男女が、タイトル通りにその弱点を探して心理戦を繰り広げる本作。
十兵衛たちが、剣士が時折見せる奇矯な、しかしさりげない行動をヒントに、その弱点を推理していく様は、まさにミステリのトリック探しの呼吸で、剣豪小説にこのようなアプローチがあったかと感心させられました。
正直に言って、十兵衛度(?)は薄めな作品なのですが、ラストのどんでん返しの、そのまた先のどんでん返しで彼がとった行動は、剣の道、柳生の道の非情さを強く印象づけます。
あともう一回、おつきあい下さい。
「七人の十兵衛」(縄田一男編 PHP文庫) Amazon
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