「暁光の断 勘定吟味役異聞」 相変わらずの四面楚歌
権力を巡る暗闘が続く中に起きた絵島生島の醜聞。その陰に陰謀の匂いを嗅ぎ取った新井白石は、水城聡四郎に調査を命じる。やむなくこれに応じた聡四郎だが、それは次期将軍を巡る暗闘の渦中に踏み込むことを意味していた…
時代小説界広しといえども、立場の危うさでは一、二を争う(?)水城聡四郎を主人公とした勘定吟味役異聞シリーズの第六巻が発売となりました。今回の題材は絵島生島事件――この事件については、作品によって様々な切り口があるかと思いますが、本作においては――一貫して権力を巡る暗闘を描くシリーズらしく――大奥、そして江戸城内の権力闘争に端を発した政治的陰謀事件として描かれています。
主人公たる聡四郎は、今では関係最悪となった新井白石の命で嫌々これの調査に当たりますが、もうこれはそういう体質なのでは、と言いたくなるほど相変わらずの四面楚歌。
紀伊国屋文左衛門に柳沢吉保。間部詮房と結ぶ月光院配下の御広敷番伊賀者。聡四郎に興味を見せながらもどこまで信頼できるかわからぬ紀州吉宗に、聡四郎に敵愾心を燃やす吉宗配下の玉込め役――どれ一つとして敵に回したくない相手を向こうに回して、聡四郎がいかに生き延びるか、というのが本作の眼目でしょうか。
しかし…今回はつなぎの一作かな、というのが正直な印象。絵島生島事件は実は物語上はさほどウェイトはなく、後は権力者たちのパワーゲームが繰り広げられるのですが、(山場は幾つかあるものの)背骨となるイベントがないため、全体のストーリーの印象が薄くなってしまった感があります。
さらに個人的に残念なのは、経済を巡るエピソードが、今回は少なかったことでしょうか。物語の重点が次期将軍を巡る争いに移ってきたため、仕方ない面はありますが、本シリーズの最大の特徴であるだけに、些か物足りなく感じてしまいました。
そんな中で、一人、経済的側面から物語を見ているのが紀伊国屋。他の権力者たちとは、身分も依って立つものも異なる人物ですが、それだけに、彼の目から描かれる、口から語られる権力観・権力者像は、一際異彩を放ち、強く印象に残ります。
シリーズ当初から登場しているキャラクターですが、あるいは、影の主人公と呼んでも良いのかもしれません。
さて、色々と厳しいことも書いてしまいましたが、本作で、遂に大きな決断を下した聡四郎。その決断が物語にどのような影響を及ぼすのか。そして剣の師が語る、聡四郎の剣のゆがみとは?
すぐには楽にはなれそうもない聡四郎の運命から、まだまだ目が離せません。
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