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2008.01.21

「掘割で笑う女 浪人左門あやかし指南」 怪談と現実と、虚構と真実と

 若い女の幽霊を目撃した者は必ず死ぬという噂が流れる某藩で発生した藩士の連続怪死事件。自身も女の幽霊を目撃した無類の臆病者の青年藩士・苅谷甚十郎は、剣の士で酒と怪談をこよなく愛する浪人・平松左門とともに、うち続く事件に巻き込まれていく。

 古今の推理小説作家の多くが、同時に優れた怪奇小説を残していることは、推理小説ファンであればよくご存じかと思います。
 完全に怪奇小説でなくとも、怪奇色の強い推理小説まで含めれば、その点数は相当な数に上るのではないかと思いますが、これは、大雑把に言ってしまえば、合理的な解答を用意するか、非合理なままで終わらせるかの違いこそあれ、共に常識では考えられないような事件・現象を相手にするため、かと思います。
 言い換えれば、推理小説と怪奇小説は親和性が相当高いということになりますが、もちろんこの状況は――時代ミステリの祖たる岡本綺堂先生に端的に示されているように――時代ものにおいても同様であります。

 前説が長くなりましたが、本作はその時代怪奇推理の最新作にして快作であります。堀割をはじめとして、様々な場所で女の、しかも目撃したものは命を落とすという幽霊が現れるという、さる城下で始まる物語は、怪談と現実、虚構と真実が幾重にも入り交じり、まさしく複雑怪奇、の一言。
 全編これギミックと言うべきスタイルゆえ、詳しい内容については触れにくいのですが、提示された怪異が次の瞬間には虚構と化し、それがまた次の瞬間には現実と転じる展開には、愛すべきワトスン役である甚十郎青年と同様に、読んでいるこちらも、右へ左へ振り回されてしまいました(もっとも、甚十郎と違い、こちらはその振り回されることを大いに楽しませていただきましたが…)。

 さて、本作のユニークな部分、そして何より讃えるべき部分は、怪談が本質的に持つ情報伝達機能を、物語の中心として使用している点でしょう。
 怪談が怪談として成立するためには、単に怪奇現象が描かれるだけではなく、その現象を取り巻く現実というものが、同時に描かれる必要があります。つまり怪談には、怪奇と同時に何らかの現実の描写が含まれる、つまりその中で現実に関する情報が伝達されるわけであります。
 しかし、その情報を――あくまでも怪談においては脇であって目立たず、そして中核となる怪異の非現実性に比して一定のもっともらしさを感じさせる「現実」の情報を――細工し、利用しようとする者がいたとしたら…?

 もちろん、怪奇ミステリは大なり小なりこういった点を利用しているものではあるのですが、本作ではそれを物語のほぼ全般に渡って自覚的に使用し、さらに主人公・左門のキャラクターを怪談マニアと設定することで、それを無理なく物語の中で成立させているのが見事と言えるでしょう。

 単に怪談と時代ミステリを組み合わせるだけでなく、怪談というものの持つ性質・機能に着目して物語を成立してみせた本作。本当にこれがデビュー作なのか、と思ってしまうほどの新人離れした手腕に感心すると共に、早くも次の作品に期待している今の私です。


 ちなみに左門の「正体」が、物語の結構早い段階で、それもベタな形で割れてしまうのでその点だけが残念と思っていたら…ラストのもの凄いすっとぼけぶりにひっくり返りました。いやはや…


「掘割で笑う女 浪人左門あやかし指南」(輪渡颯介 講談社ノベルス) Amazon

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