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2008.01.02

ネズミと伝奇時代もののお話

 さて、今年はネズミ年ということで、ネズミにまつわるお話を少々。
 ネズミと言えば、やはり家に住みついて食べ物を齧る厄介者、という印象。特に基本は農耕民族の日本人にとっては、ネズミの害というのは、やはり相当に恐ろしいものだったのだろうと容易に想像できます(というか今家にネズミが出没するので身を持って感じてます)。

 が、その一方で、七福神で田の神様でもある大黒様の遣わしめはネズミですし、多産であるネズミを豊かさのシンボルとするなど、ポジティブな捉え方もあるのが面白いところです。
 この大黒様とネズミの関係はどうも「古事記」で大国主神が野火に囲まれた際に、ネズミが地下の空洞を教えたことにより難を逃れて以来の付き合い(?)のようですが、この辺りからネズミは地中異界の住人というイメージがついて回っている様子。昔話の「おむすびころりん」も、この流れですね。

 と、前置きがずいぶん長くなってしまいましたが、時代伝奇・怪奇方面でネズミといえば、すぐに思いつくのは二人の怪人です。

 まず一人は頼豪阿闍梨。白河天皇の皇子誕生を祈祷し成功したものの、恩賞を延暦寺の横槍でフイにされ、恨みを呑んで死んだ果てに、怪鼠と化して延暦寺の経巻を食い破ったという人物です。
 このお話、「平家物語」をはじめとして様々な書物に記されていますが、高僧とネズミの妖魔という組み合わせが面白いのか、フィクションの世界でも、山東京伝の「昔話稲妻表紙」や馬琴の「頼豪阿闍梨怪鼠伝」に、頼豪本人あるいはモデルとしたキャラクターが登場しています。
 最近の作品にはあまり出番がないのが残念(?)ではありますが、これはやはり山門寺門の対立を知らないとその怨念の背景が今一つわかりにくいためなのかもしれません…(もっとも、その妖怪化した姿は「鉄鼠」として京極夏彦先生の作品で知られることとなりましたが――)

 さて今一人は歌舞伎の「伽羅先代萩」に登場する仁木弾正。お家壟断を目論む奸臣にして、大ネズミに変化する妖術師というユニークなキャラクターであります。
 元々、この物語は伊達騒動の舞台化であり、仁木弾正にも原田甲斐というモデルがいるのですが、もちろん現実の原田甲斐は(たぶん)妖術とは無縁の人物。それが何故、妖術師に、それもネズミの妖術を…というのは、恥ずかしながら不勉強ゆえ謎なのですが、花道のスッポンからドロドロと登場する姿は実に格好良く、強烈に印象に残ります。
 この人物を扱った作品としては、山風の「忍者仁木弾正」がありますが、しかし最もユニークなのは朝松健の「妖術先代萩」でしょう。妖術師・仁木弾正を、モデルである原田甲斐と真っ正面から絡ませた上で、あっと驚く正体まで用意してみせた本作は、古体な怪人を見事に現代に蘇らせてみせた隠れた快作であります。

 と、時代ものでネズミといえばもう一人――そう、鼠小僧次郎吉です。この希代の怪盗を主人公とした作品、あるいは脇役とした作品には枚挙に暇がありませんが、私個人として一つあげるとすれば、山風の「お江戸英雄坂」でしょうか。
 津軽藩主を襲撃とした下斗米秀之進、後の南町奉行・鳥居耀蔵、そしてケチな盗賊・鼠小僧…現代に英雄としてその名を残したのは誰か、という作者の皮肉が強く印象に残ります。


 さて――とりとめもなくネズミをネタに書いて参りましたが、最後に時代ものに登場したネズミで最も私の印象に残ったものを挙げるとすれば、それは「忍者武芸帳」に登場した地走りであります。
 さしもの影一族ですら逃走する、躱すしかなかったあの鼠禍こそ、時代もの最強のネズミじゃないかなあ…

 と、新年の幕開けに全くふさわしくないオチで申し訳ありませんが、ネズミのお話はこれでおしまい。

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