「立華 白椿」 主客逆転の中の宇宙的恐怖
おそらくは本邦最大のテーマ・アンソロジーシリーズとして、既に現在のホラー・幻想文学を語る上で欠かすことのできない存在となった「異形コレクション」ですが、その密かな(?)名物といえば、朝松健先生による室町伝奇ものでしょう。
「遊園地」「闇電話」「夏のグランドホテル」等々、およそ室町に絡めるのは不可能だろうというテーマに対しても、きっちりと中身の詰まった室町伝奇を打ち返してくるその技には驚嘆するばかりですが、第三十九冊目にしてショートショート特集たる最新巻「ひとにぎりの異形」でも、限られた紙幅の中で、ユニークな伝奇世界を描き出しています。
半ば気触れた老武将のもとを訪れた数奇坊主が見た一輪の花。白椿にも山茶花にも茶の花にも似ていながら、その全てと違う花の来歴を、老武将が坊主に語るのですが…
その内容をここに記すことは、ショートショートという性質上問題がありますのでここでは伏せますが、人と花という主客が一瞬にして逆転する終盤の展開には、些か大げさかもしれませんが、確固たるものと信じていた足下の大地が崩れ落ちたような恐ろしさがありました。
視点の転換により、既存の価値観を一瞬にして覆すその様は、コズミックホラーのそれに通じるものも感じられ、なるほどさすがはラヴクラフト/クトゥルー神話を自家薬籠中のものとした作者らしい業だわいと感心した次第です。
と、これは全く私個人のお話なのですが、昨年の春から生け花を――といっても本当に真似事程度で、生け花というのもおこがましいものではあるのですが――始めた私にとって、本作はより一層恐ろしいものと感じられました。
我が花を見ているのか、花が我を見ているのか…下手の横好きにとっては考えるだに恐ろしいお話でありますが、しかし一方でこの視点に、華道の真理の一端があるようにも感じられると書いたら、これは蛇足でありましょうか。
「立華 白椿」(朝松健 光文社文庫「異形コレクション ひとにぎりの異形」所収) Amazon
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