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2008.03.31

「マーベラス・ツインズ 2 地下宮殿の秘密」 第二のライバル登場?

 ライトノベルレーベルからの邦訳出版ということで、ファンの間でも賛否分かれた(けれどもそんなのとは無関係にやっぱり面白いものは面白い)古龍の武侠小説「マーベラス・ツインズ」の、第二巻が発売されました。
 いやはや、こうして見ると第一巻はまだまだ序の口、古龍節はいよいよ冴え渡って大変なことになっております。

 古龍といえば、個性的(すぎる)キャラクターの大量投入・大量退場と、超展開とすら言える起伏に富みすぎたストーリー展開が特徴であり、魅力かと思いますが、それはこの第二巻でも健在。というより全開。
 何故か自分を殺そうとする完全無欠の美少年・花無缺から何とか逃れたか主人公・小魚児が冒険の末に飛び込んだのは、十大悪人の一・色妖女(この渾名でキャラがわかるかと思いますが…)が美少年たちを侍らして君臨する地下宮殿。小魚児は、色妖女の奴隷にされていた陰険狡猾(しかしヘタレ)の美少年・江玉郎とともに宮殿を脱出して、その更に地下に広がっていた謎の迷宮に迷い込むのですが――と、大体この辺りで第二巻の半ば辺りであります。

 ここで登場する江玉郎は、花無缺とは別の意味で小魚児のライバル的雰囲気を持つキャラクター。花無缺が、小魚児とは性格も行動も正反対の持つ人物だとすれば、江玉郎は、行動は同じベクトルながら、性格は(花無缺とは別の方向で)小魚児とは正反対のイヤ~な奴という形に設定されています。
 小魚児は、主人公にしてはかなりダーティーな言動を見せながらも、しかしその一方で英雄の気質を持つ複雑なキャラですが、その小魚児のキャラを際だたせる、似て非なる存在として江玉郎は設定されたのかな、と感心した次第(こっちの勝手な思いこみのような気もしますが…)。

 さて物語の後半では、地下宮殿を脱出したものの、ある事情から手鎖で繋がれてしまった小魚児と江玉郎の道中記が繰り広げられた末に、ラストには再び花無缺とヒロイン鉄心蘭が登場。あまりに意外な(というより意外すぎる)形で命を救われた小魚児の行く先は…と思えば!
 駆け抜けた武林の果てに、時は流れた! と言わんばかりにいきなり三年経過するラストに唖然としたところでどうもこれからが物語の本編となる様子。まさかこんなところでまで一杯食わされるとは…

 どこが伏線でどこがハッタリなのか、主人公のキャラそのままに謎だらけの物語ですが、果たして三年後の登場人物たちはいかがあいなりますか。来月発売の第三巻も楽しみです。


「マーベラス・ツインズ 2 地下宮殿の秘密」(古龍 光栄GAME CITY文庫) Amazon

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2008.03.30

「剣侠」 奇想の中の人間観察

 甲源一刀流開祖・逸見多四郎の弟子でありながら、邪悪な性格から破門された水品陣十郎。父を陣十郎に殺された鴫澤主水と婚約者の澄江、そして陣十郎に苛まれていた美女・源女から源氏代々の財宝の存在を知った剣豪・秋山要介らは木曾に向かう。木曾で待ち受けていた複雑怪奇な因縁と事件に、陣十郎と主水、澄江は様々に翻弄されるが…

 国枝史郎が作家生活の後期に執筆した長編作品の一つであるこの「剣侠」は――源頼義・義家にまつわる黄金伝説が登場する程度で――伝奇性は低めではありますが、時代小説としてみた場合にはまず水準の作品。国枝お得意のフィールドである木曾の山中を舞台とし、敵討ちに財宝探し、縄張り争いに恋の鞘当てと、時代娯楽小説の様々な要素を投入した内容で、なかなか楽しむことができます。

 何よりも(今更ながらに)感心したのは、一寸スラップスティックめいた騒乱の中で展開するキャラクター同士の絡み、そして剣戟シーンの面白さ。
 ドミノ倒し、というより雪崩式に、少しのきっかけから騒動が加速度的に大きくなっていく中で、登場人物たちの出会い、別れ、争う様は、元々狂躁的な部分のある国枝の文体と相まって、何ともいえぬドライブ感が感じられます(特に後半、陣十郎の刀の一閃がもとで、木曾の馬市が阿鼻叫喚の巷と化すシーンは見事)。

 さて、そんな本作でもっとも印象に残るのは、陣十郎のキャラクターです。本来であれば単なる悪役以外のなにものでもない彼ではありますが、しかし、その歩んだ道のりは実に皮肉で、かつ人間的な迷いに満ちたもの。
 ファンであれば良くご存じかと思いますが、赦しを求めて彷徨する殺人鬼、というのは国枝作品にしばしば登場するモチーフであります。陣十郎もまた、その系譜に属するものではありますが、しかし、たとい一時的とはいえ、彼が仏性を示し、不倶戴天の間柄であるはずの主水や澄江と交流する様からは、人間という存在の面白みと哀しみが強く伝わってきます。

 幸か不幸か、どうしても伝奇や幻想といった側面から語られがちの国枝史郎ですが、その奇想の根底に、本作に見られるような人間観察があることは、心の片隅に置いておいてよいのではないでしょうか。


 まあ、やっぱり今回も結末はメタメタなんですが(比較的マシな方ですけどね)


「剣侠」(国枝史郎 未知谷「国枝史郎伝奇全集」第4巻ほか所収) Amazon

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2008.03.29

「BRAVE10」第3巻 彼女を中心に――

 「コミックフラッパー」本誌でのもの凄いプッシュぶりが最近目につく「BRAVE10」の最新巻が発売されました。この第三巻では、第二巻に引き続き、伊佐那海が徳川に追われる理由を求めての出雲への旅から、一転、奥州での伊佐那海争奪戦が描かれます。

 全体の印象としては、アクションが七分にストーリーが三分というところで、なかなか感想が書きにくい部分もあるのですが、今回ようやく明かされた伊佐那岐が狙われる理由、そして徳川の背後で糸を引いていた伊達政宗がそれを狙う理由というのが、伝奇的になかなか面白かったと思います。
(真田と伊達がライバルとなるのは、同じ作者により漫画化されている「戦国BASARA」とかぶりますが、しかし、史実での両者の関係を考えるに、やっぱりオイシイ組み合わせだと思います)

 そしてまた、個人的に感心したのは、伊佐那海を中心に、他の十勇士の彼女に対する接し方から、彼女自身を含めたキャラクターそれぞれの掘り下げが成されている点にもちょっと感心。
 考えてみれば、このような描き方は、物語冒頭から、才蔵と伊佐那海の関わりの中で使われていたもの。それが前の巻あたりから、さらに他の十勇士のキャラクターが少しずつ前面に出てきたこともあって、よりその手法が目立ってきたのかもしれませんが…

 さて、残念ながら今回は十勇士の新登場はありませんでしたが、その代わり(?)前の巻で才蔵と死闘を展開した由利鎌之介が「お前を倒すのは(以下略)」と正調ツンデレ台詞と共に才蔵の助っ人に参戦。
 が、才蔵と共闘するのが、「泣きを入れるまで遊んで」もらえるからという、SなんだかMなんだかわからない理由かわからないのが愉快で、初登場時には読んでいてちょっと引いてしまったキャラが、可愛く見えてきた…かな?


 でも伊達忍者コンビのキャラはいまだに苦手…


「BRAVE10」第3巻(霜月かいり メディアファクトリーMFコミックス) Amazon

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2008.03.28

四月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 もうすっかり桜の芽も膨らんで春目前。四月は出会いと別れの季節、古い世界を離れて新しい世界に飛び込む季節…まあ、時代劇はどっちかというと古い世界ですが、その中にも新しいモノは色々あるんです、と無理矢理まとめて、四月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 ここのところかなり低調だった文庫の時代伝奇小説ですが、四月は新作旧作合わせてなかなかの豊作。
 光文社文庫と並んで伝奇者の数少ない希望の星である徳間文庫からは、上田秀人先生の「織江緋之介見参」シリーズの最新作と、柳蒼二郎先生の「秘伝 元禄血風の陣」(これ、「元禄魔伝」の文庫化かしら)が登場。また、この二人に並ぶ時代伝奇の旗手・米村圭伍先生は幻冬舎文庫から「大江戸チャーリーズエンジェル」…ってこれはどう考えても「紅無威おとめ組 かるわざ小蝶」文庫化なのでしょうが、しかしまあ思い切ったタイトルだなあ。

 また、講談社文庫からは、以前予告が出たものの延期となっていた小説版「髑髏城の七人」が登場。講談社は講談社でもランダムハウス講談社からは「運命峠」「忍者からす」と柴錬先生の名作が…ってこれは新レーベルなのかしら。
 新レーベルといえば、竹書房時代文庫から風野真知雄先生の「正雪の虎(仮)」なる作品が登場(伝奇ものかどうかわかりませんが…)。なんだかすっかり切り込み隊長的スタンスです。

 も一つ、中国ものでは、誰がなんと言おうとワシは応援するもんね、の「マーベラス・ツインズ」第三巻が登場。
 また、一年以上にわたり刊行されてきた文庫版の北方水滸伝も遂に完結。「替天行道 北方水滸伝読本」も同時発売です。取り上げよう取り上げようと思いつつしないで来てしまいましたが、水滸伝ファンブログ(え 的にはそろそろきちんと取り上げますかね。

 さて、漫画の方もなかなか充実。「Y十M」「ヒメガミ」「オヅヌ」「ぼんたん!!」と、楽しみな作品の続巻が次々と登場。さらに、コミカル時代SFの快作「MISTERジパング」が文庫版で刊行開始されます。
 また、「原作愛蔵版 伊賀の影丸」も刊行開始ですのでマニアはどうぞ。

 映像ソフトとしては、なんと言っても「ストレンヂア 無皇刃譚」に注目。また旧作としては、東映から「神州天馬侠」を初めとして吉川英治先生の伝奇ものが四作品八本も発売されてちょっとびっくり。
 中国ものでは、名作「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ」シリーズ初期三作の他、「スウォーズマン 剣士列伝」「迎春閣之風波」と新旧の名作が再販されます。
 そうそう、何故か一部でしか流通していなかった「カムイの剣」もちゃんと発売されるようです。

 最後にゲーム。もう知らんから好きにしなさい、というより「三国志」「西遊記」と来てもう一つ忘れちゃいませんか!? の「無双OROCHI 魔王再臨」はさておき、個人的に最も注目すべきは「学研M文庫presents ものしり江戸名人」。戦国ものの次は江戸、というのはわかりますが、学研M文庫ですよ! 一体誰をターゲットとしているのでしょう。もちろん私は絶対買いますが。また、実用系統ではロケカンお得意の検定ソフト「歴史能力検定協会公認 山川出版社監修 歴検DS」も要チェックかも。


 そして恒例(?)、時代伝奇以外のおすすめは、廉価版で登場のPS2「九龍妖魔學園紀 再装填(re:charge)」。トレジャーハンターが《転校生》するジュヴナイル伝奇の名品を、未プレイの人は是非、是非この機会に! いやほんと、本当に面白いから!

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2008.03.27

「透明人間あらわる! 帝都〈少年少女〉探偵団」 空前絶後の透明人間譚

 楠木誠一郎先生の「帝都〈少年少女〉探偵団」シリーズ長編第二弾は、「透明人間あらわる!」。前作「吸血鬼あらわる!」は、明治の帝都東京に吸血鬼ドラキュラが現れるという趣向でしたが、今回はタイトルの通り透明人間の脅威が、帝都を予想もつかない形で襲います。

 さて、透明人間に少年探偵というと、やはり江戸川乱歩先生の少年探偵団シリーズから「透明怪人」が思い浮かびますが、本作の透明人間は、タネも仕掛けもまったくない、ガチもガチも透明人間。あらゆる意味で本物の「透明人間」であります。

 冒頭で描かれる、透明人間による姿なき連続殺人に、前作の展開とあまり変わらないのでは…と思っていたら、何と主人公たる帝都〈少年少女〉探偵団と「万朝報」の面々の前に当の透明人間が出現。
 なるほどこれは「透明人間の告白」か、と思っていたところに何と第二の透明人間が登場、ふむ、今回はサスペンスタッチでいくかと思えば…

 その予想をきっぱりと裏切って、中盤以降、読者を待ち受けているのは、怒濤のアクション活劇。鍛冶橋の警視庁を舞台に展開する一大攻防戦は、およそ透明人間文学(って言葉はあるのかしらん)史上、空前絶後のものと断言できます。

 透明人間出現の原理については、前作同様であって既にネタは割れているのですが、しかし、それを逆手に取ったかのようなこのアクション展開は、全くもって想像の範疇外。なるほど、本作の透明人間は○○から生まれたものだから、その気になれば…なのですが、前作の反則級のアイディアが、更なる進化を遂げるとは、大いに感心いたしました。

 もっとも、この怒濤の展開の前に、透明人間のキャラクター性が薄くなってしまったのは残念ですが、これはまあ、元々キャラが濃かった訳でもなかったしなあ、ということで…

 さすがにそろそろ真面目な読者は怒り出すのでは(手遅れ?)という気がしますし、黒幕は劇場型犯罪を狙って自爆しすぎ(これはもしかすると、何かの伏線かもしれませんが…)、そして相変わらず探偵団のメンバーの個性がわかりにくくはあるのですが、それでももうここまで来たら目が離せません。
 第三作「人造人間あらわる!」にも当然手を伸ばす所存です。


「透明人間あらわる! 帝都〈少年少女〉探偵団」(楠木誠一郎 ジャイブ) Amazon

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 「吸血鬼あらわる! 帝都〈少年少女〉探偵団」 吸血鬼の、その正体は…

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2008.03.26

「無限の住人」アニメ化!

 以前から噂はあったやに感じますが、「アフタヌーン」誌最新号にて大々的に報じられた「無限の住人」アニメ化は、やはりちょっとした驚きでした。
 人気という点では映像化されていなかったのが不思議なくらいと思いつつも、描写・ストーリーの点で色々と難しいのかな、と思っていた本作ですが、アニメーション専門チャンネルのAT-Xで放映ということで、その辺はクリアされたということでしょうか。ファンとしては、まずは目出度い、としか言いようがありません。

 さて、何よりも気になるキャストは、万次が関智一、凛が佐藤利奈、天津が野島裕史(あとは公式サイトをご覧下さい)
 個人的には意外半分納得半分といったところで、関智さんは万次にはちょっと声が若くないかなあとか、佐藤利奈さんって座長役しかしらないや(偏りすぎ)とか、天津の線の細さに野島兄は超納得! とか色々ありますが、私でも存じ上げているようなベテランの方が多く、期待して良さそうですね。
 あと、尸良は脳内では勝手に若本声で再生していましたが(安直)、三木眞とは…案外若かったのね、彼(というより、存在自体が放送禁止なコイツがアニメに登場できるのはめでたい限り)。

 しかし何よりも気になるのは、スタッフで――特にシリーズ構成を担当するのが、川崎ヒロユキ氏なのにはちょっと驚きました。
 手堅いようでかなりクセ球を放ってくる氏が、果たしてどのようにむげにんを料理するのか、正直ちょっと想像がつきませんが、その反面、何が飛び出してくるか、楽しみでもあります(このあたり、詳しい方のご意見をうかがいたいところです)。
(そもそも川崎氏が書いた時代ものってそんなにないような…すぐ思い浮かぶのはミリタリーモデルネタの蘊蓄が爆笑ものだった「大江戸ロケット」の恋愛ゾンビの回ですが)


 さて、原作の連載の方では大胆にも真っ正面から江戸城に乱入した逸刀流四人衆が、実に人を食った、そして痛快極まりないパフォーマンスを演じた上で悠々と江戸城を脱出。
 普段の仏頂面がウソのような天津のイイ笑顔も印象的でしたが、しかし、人質にした新番役に対して語った己の想い・思想の、一見真っ当ながらしかし身勝手な歪みっぷりには、ああやっぱり天津だなあ、と。

 原作の方はここしばらく盛り上がりっぱなしですが、アニメの方も原作の良いところを取り入れて、盛り上げて欲しいところです。

 ちなみに今回の扉絵は、おお懐かしやの序幕登場組。この女の子誰だっけ? と一瞬考えてしまったり(アニメのキャストで、町って誰? とも思った俺ファン失格)
 …そういえば序仁の教会はどうするんでしょうなあ。


関連サイト
 公式サイト

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2008.03.25

今週の「Y十M 柳生忍法帖」 忍法銅伯流…

 作者サイトに、十一巻が最終巻と遂に示された「Y十M 柳生忍法帖」、いよいよクライマックス目前、というよりクライマックス突入。おそらくは五月には完結しそうなペースですが…

 おとねさんの血を贄に、再び幻法夢山彦を使わんとする芦名銅伯。夢山彦で天海の苦しむ姿を見せつけて、沢庵ら惑乱させようということなのでしょう。
 もちろんこれを止めようとする十兵衛ですが彼は徒手空拳、片や銅伯の手には白刃。いい加減鬱陶しくなったか、はたまた単にもののはずみか、十兵衛の身に銅伯の刃が――

 が、そこに割って入ったのはおゆら様。その御胸で銅伯の刃を――受けた。
…受けた。
受けた。 orz

 しかし、ここからがおゆら様の真骨頂。己の血に塗れた唇から紡がれた言葉…それは「忍法銅伯流なまり胴」!
 なるほど、おゆら様は銅伯の体質を継いでいたのか!? と一瞬信じたくもなりましたが、しかしどう見てもおゆら様は瀕死。それでも自分は死なないと言い切るおゆら様のけなげさよ――
 末期の願いか、口を吸ってとせがむおゆら様。十兵衛が、彼女の唇に唇を重ねたのは、決して沢庵に促されたからとは思いたくありません。
 あれだけ淫蕩の限りを尽くしたおゆら様が、最期に望んだのは、乙女のような口づけだったとは…

 しかし、収まらないのは銅伯。おゆらの胎内には、己の悲願である芦名復興の御子が宿っていたものを、己の手でそれを無にしてしまうとは――誤爆にもほどがある。ここで「おゆらは死ぬ!」と、自分とおゆらの違いを叫ぶ銅伯の台詞の内容は、原作での地の文で描かれていたことですが、ここで激高する銅伯の怒り・悲しみ・驚き・焦りが伝わってくるような叫びとして取り入れたのは誠に見事なアレンジかと思います。

 そして銅伯は、床の血溜まりから娘の血を集めて啜り始め…ここで再び夢山彦を行おうとするものか、絶対的な勝利から一転、絶望の淵に転がり落ちた銅伯、何を企むか…というところで以下次週。
 本作随一のヒロインの最期を描いた今回は(こういう感想を書いていてなんですが)何よりも一コマ一コマの絵の力が絶大で、漫画化されたことの幸せを噛みしめた次第です。


 …実はおゆら様は双子で、容姿は瓜二つだけど天女のような妹がいて、とか想像するとちょっと幸せになるなあ<現実逃避
(山風だったら二人が途中で入れ替わって、聖女と魔女も逆転したりしそうだけどな)

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2008.03.24

「時代劇の間違った見方 弐」に行ってきました

 昨晩、阿佐ヶ谷ロフトAで開催された「時代劇の間違った見方 弐」というイベントに行ってきました。
 ゲスト出演された近藤ゆたか先生からご招待いただいて、脚本家のA先生と評論家のH先生に挟まれてという、時代劇オタとしては有り難いような恐ろしいようなシチュエーションでありましたがそれはまあいいとして。

 このイベント、要するに、出演者が面白時代劇映像を持ち寄って、ツッコミを入れながら盛り上がろうというもの。昨年の一回目は残念ながら見に行くことはできなかったのですが、初めて見た今回は、ある意味予想通りの、身内の上映会的な楽しいイベントでした。

 実に約四時間にも及ぶイベントで、内容的には一つ一つ書ききれないのですが、印象に残ったものを挙げれば、前回上映されて大ウケだったという萬屋錦之介の「破れ奉行」ネタから引き続いての「破れ」シリーズに、「江戸の牙」や「江戸特捜指令」のひどすぎるヒーローたちの暴れっぷりといったTV時代劇ネタにはじまり、実は豪華な東映ポルノ時代劇の世界に、あまりに小池イズム溢れる勝新版「御用牙」、あるいは海外の間違ったニンジャ・サムライ映画に、何故か「ミラーファイト」まで飛び出して、実に混沌とした(誉め言葉)イベントでした。
 こちらも既に見たことがあるネタから知識では知っていたネタ、果ては初見のネタも幾つかあり、理屈抜きに大笑いさせていただきました。

 しかしながら――失礼を承知で言わせていただけば、時代劇ネタではまだまだ未熟者の私の目から見ても、「これ、そんなに珍しいネタかしら?」とか、「このネタ、みんな笑ってるけど伝奇的には十分アリ/既にあるだろう」とか思ってしまったのも事実。
 まあ後者の感想は置いておくとして、前者は、正直もう少しレアなネタが出てくるものかと思っていたので、ちょっと残念でした。まあ、この辺りは、こちらの思っていた客層(コアな時代劇ファン)と、主催者側のターゲットとしていた客層(とにかく面白い映像を楽しみたい方たち)に差があったということでしょう。
(というか、周囲と明らかに違うタイミング/ネタで盛り上がるタチの悪い客でごめんなさい)

 とはいえ、上記の通り、素直に楽しむ分には実に楽しいイベントでしたし、リアルでは最近まで時代劇ネタで一緒に盛り上がれる人が身の回りにいなかった自分にとっては、こうやって皆で賑やかに辺りはばからず爆笑できるイベントは、なかなか貴重な機会でした。

 果たして次回はいつ、どこで開催されるのかわかりませんが、その時にはまた馳せ参じたいと思いますし、さらに正直に言えば「こういうイベントを開催できるのっていいなあ…」と思った次第です。

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2008.03.23

「耳嚢で訪ねるもち歩き裏江戸東京散歩」 裏世界の散歩ガイド

 江戸時代に書かれた怪談や奇談を扱った書物の中で、現代で最も良く知られているのは――実際にそれを読んだ人間が多いかは別として――やはり根岸鎮衛の「耳袋」でしょう。その名を借りた実話怪談集「新耳袋」から、現代語でリライトされた「旧怪談」、そして最近では、根岸鎮衛その人を主人公にした裏「耳袋」ともいうべき「耳袋秘帖」シリーズがヒットしています。
 そして本書は、その「耳袋」の世界を、古地図で辿ろうという、非常にユニークな試みの一冊。一見際物ながら、古地図ものでは業界屈指の人文社ならではの、なかなか充実した内容となっています。

 本書は、「耳袋」の中から特に妖怪や幽霊の物語など怪談奇談を抜粋(「耳袋」自体は怪談専門書ではないですからね)し、そのエピソードに関連した江戸の古地図(江戸切絵図)を並記するという構成。古地図だけでなく、それとほぼ同じエリアの現代の東京の地図も掲載されているため、両者を比較することも可能です。
 さらには、「耳袋」とは直接関係ない怪談奇談・伝説・巷説にまつわるスポットも紹介されており、まさに「裏江戸東京散歩」というタイトルに偽りなしといったところでしょう(ちゃんと同社からは「もち歩き江戸東京散歩」という書籍も発売されているのが愉快です)。

 「耳袋」スポット自体は、そうそう都合良く江戸の市中に散らばっているわけではないので、ちょっとこじつけめいた部分もありますが、しかし怪談という物語としてクローズしていた世界が、地図という現実に、文字通り重ね合わせて浮かび上がるというのは、想像以上にエキサイティングなものであります。
(さらに言えば、古地図と現在の地図を重ね比べるというのも、大げさに言えば時空を超える実にダイナミックな行為だと思います)

 上記の通り「耳袋」以外のソレ系スポットも掲載されており、私のようなちょっとわき道にそれたような江戸東京ファンにとっては、実に楽しい一冊。
 逆に言えば、こういう変態物好き以外が読んでも楽しいかどうかはわかりませんが、同好の士にとっては手元にあって損はないかと思います。


「耳嚢で訪ねるもち歩き裏江戸東京散歩」(人文社古地図ライブラリー別冊) Amazon

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2008.03.22

「自来也忍法帖」 やられた! の快感

 嫡子が将軍の眼前で精汁を垂れ流して悶死するという怪事に見舞われ、家斉の子で知的障害者の石五郎を、藩主の娘・鞠姫の婿にすることとなってしまった藤堂藩。だが、怪事の黒幕であり、お家簒奪を狙う忍者・服部蛇丸は、鞠姫と石五郎をも暗殺せんと企んでいた。蛇丸の魔手が二人に迫ったとき、白衣の忍者・自来也が登場、蛇丸一党に敢然と戦いを挑むのであった。

 山風作品で、颯爽たるヒーローの大活躍とハッピーエンドを望むのは、正直なところないものねだりも甚だしいお話ではありますが、しかし、決して皆無ではありません。
 本作はその数少ない例外。上記の通り、お家簒奪を狙う悪人に立ち向かう神出鬼没の覆面ヒーローというのは、これはもう典型的な時代活劇ですが、もちろんそこは山風、一筋縄ではいかない作品となっています。

 何せ、物語の中心人物の一人である石五郎は、将軍家斉の第三十三子という毛並みの良さながら、しかし、少年期の体験が元で、少々おかしくなってしまった人物。言葉もまともに発することのできない人物で、いやはや、ちょっとどころではない危険球であります。
 その一方で、実にヒーローらしいヒーローとして大活躍するのが、覆面の忍者・自来也。ヒロインの危機にどこからともなく現れるその姿は実に格好良いのですが、しかし本作のキモは、その活躍以上に、誰も知らない覆面の下のその素顔の謎であると言えます。

 この手のヒーローものでは、一番それらしくない人物が正体というのがお約束ですが、しかし、そんなこちらの安直な予想をきっちりと裏切るような展開が用意されているのはやっぱり山風先生ならでは。
 いったい誰が自来也なのか? という謎に、様々な「容疑者」が提示される辺りの呼吸は実にミステリ的で、さすがは時代小説かである以前にミステリ作家であり、そしてかつて角田喜久雄先生の「妖棋伝」で怪人縄いたちの正体に興奮したという山風先生ならでは、と感じます。
 さすがに終盤にはその正体もはっきりと見えてくるのですが――しかし、ラストでその正体の人物が口にする言葉を目にしたとき、そのミステリ的フェア精神に、誰もが「やられた!」と言いたくなることでしょう。

 と、自来也のことばかり書いてしまいましたが、本作のもう一つの魅力は、ヒロイン鞠姫の存在でしょう。
 気位が高くパワフルなじゃじゃ馬娘というのは、ある意味非常に典型的なキャラクター。余人が書けばよくあるキャラで終わってしまいそうですが、しかしそこはヒロインらしいヒロインを書かせると実は抜群にうまい山風先生、頑なだった鞠姫が徐々に柔らかい素顔を見せはじめ、最後にはメロメロにデレる様は実に楽しく――ラストを爽快かつ微笑ましいものとしています。


 実は山風先生の自己評価では、あまり高い点がついていない本作、その理由もわからないではないですが、しかし、やはり面白いものは面白い。
 未読の方は是非手に取っていただき、「やられた!」の快感を味わっていただきたいものです。


「自来也忍法帖」(山田風太郎 文芸春秋) Amazon

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2008.03.21

「豪談真田軍記」 ダイナミックな幸村伝

 永井豪とダイナミックプロが、一時期連続して刊行していた永井版講談「豪談」シリーズは、基本的に一作一作は独立しているのですが、その中で数少ない連続もの(というか設定・時間軸がつながっているもの)が、「豪談猿飛佐助」「豪談霧隠才蔵」そしてこの「豪談真田軍記」です。
 前二作は以前にも取り上げたのですが、まだこのブログでは紹介していなかった「豪談真田軍記」を、コンビニコミックで再刊されたこともあり紹介しましょう。

 本作の主人公となるのは、タイトルにある通り、真田幸村とその十勇士。そしてもちろん(?)彼らの活躍の舞台は、大坂の陣ということになります。
 しかしあの永井豪とダイナミックプロが描くのですから、普通の大坂の陣になるわけがありません。何せ、本作を含めた上記三作品での真田家と十勇士は、日本の先住民族・山の民の末裔たる超能力者たちなのですから――

 日本には、かつて自然と交感することにより特異な力を発揮しつつも、仏教等外来のモノに追われて山に移り住んだ覡(シャーマニックな存在)・山の民がいた、というのが三作品の基本設定。
 この設定の下に、「~猿飛佐助」では佐助と、道を違えた同族たる石川五右衛門・服部半蔵との戦いが、そして「~霧隠才蔵」では新たに日本に現れた南蛮の神の信奉者との戦いが描かれるのですが、さて、それでは最終作たる本作で、彼らが戦う敵――徳川家康の背後に潜む本当の敵――は何か?
 それについてはここではっきりとは書きませんが、いかにも永井豪的、いかにもダイナミックプロ的な豪快なブッ飛ばしぶりながらも、この基本設定の下で行われる戦国時代最後の死闘でヒーローたちが敵に回すにピッタリの怪物と言えます(題材的にはよくあるものなのですが、そこに山の民の設定が絡んだことで一味違うものとなっているのは面白いところ)。

 まあ、大抵の人は幸村の最終兵器に頭を抱えるかもしれませんが、時代伝奇ファンであれば大いに楽しめることは間違いない本作。
 戦国ものの常連ヒーローでありながら、祭祀者として描かれたことが非常に少ない(他には朝松健先生の真田三部作くらいではないかしらん)真田幸村を中心に据えた奇想は、まさしく永井豪ならでは、といったところでしょう。
 前二作を読んだ方はぜひ本作も、そして本作を先に読んだ方は前二冊も是非ご覧いただきたいものです(丁度こちらもコンビニコミック化されているようですので――)。


「豪談真田軍記」(永井豪とダイナミックプロ リイド文庫ほか) Amazon

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2008.03.20

「真説水滸伝 最強の豪傑は誰だ」 完成度の高い副読本

 これまであまり興味を引くものがなかったので注意を払っていませんでしたが、コンビニ売りのムック本は、相当数が出ている様子。その中に現れたのがこの「真説水滸伝 最強の豪傑は誰だ」です。
 正直なところ、タイトルを見た時はさほど期待しなかったのですが、いざ手に取ってみればこれが想像以上に出来の良い一冊でした。

 内容としては、水滸伝は梁山泊の豪傑百八人(+α)一人一人に、人となりやエピソードが付された一種の解説本。原典(主に百八人集結まで)ベースの解説に加えて、人望・武芸・知恵・義侠心・得意技・悪漢度という六つのパラメータで、豪傑たちの個性が数値化されているのがなかなかユニークなところです(例えば宋江の場合は人望と義侠心がMAXでその他は今一つとか…)。

 さて、こうした解説本であれば、これまでも色々と出版されていたわけではありますが、本書が既刊と比べて優れている点の一つは、その実に要領を得た解説ぶり。
 三百ページ弱の本書では、豪傑一人当たりの紹介は一~三ページ程度と、かなり限られた分量。にもかかわらず、その中で豪傑それぞれの特徴、性格に来歴、梁山泊での活躍、そしてキャラクターとしての位置づけといった情報を不足感なくまとめており、内容を熟知していないとできないようなまとめ方にまず感心しました。

 しかし本書の真に優れた点は、その解説がポジティブかつ建設的な視点から描かれていることでしょう。
 原典の読者であればよくご存じかと思いますが、水滸伝という物語は、キャラクターやエピソードに、実に穴が多い物語。いきおい、解説本の類ではそうした点に対するツッコミがしばしば見られるわけですが、それが愛ゆえか、はたまた単に冷たいだけか、時にひどくネガティブな記述として現れている場合もあります(ご大家の本でもそうだったりしますから驚き)。
 本書には、それがない。もちろん、それは単なる美化や臭いものに蓋をしているわけではなく、欠点は欠点として受け止めつつ、しかしその欠点が物語に存在する意味を記すことで、より大きな視点からそれを受け止めることを可能としているのです。

 さて、ここで本書のスタッフを見てみれば、その出来の良さも納得。水滸伝研究会とクレジットされているものの、その実、文章は森下翠、イラストは(皆再録ですが)正子公也――つまり「絵巻水滸伝」のコンビであります。
 正直なところ、コンビニ本でこのお二方の名を目にするとは思いませんでしたが、良いものはどんなメディアでも良い。「絵巻水滸伝」にとどまらず様々な水滸伝の完成度の高い副読本として、もちろん水滸伝の入門書として、多くの方に手に取っていただきたい一冊です。


「真説水滸伝 最強の豪傑は誰だ」(水滸伝研究会 茜新社) Amazon

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2008.03.19

「北斗秘拳行」 平安伝奇バイオレンスの嚆矢

 暗花十二拳との死闘を終え、歌枕を訪ねて出羽へ向かう西行。しかしそこでは、七つの寺社に封じられた平将門の七宝剣を狙い、奇怪な秘術を操る淫海・妖海・幽海の三人の妖人が暗躍していた。瀕死の山伏を救ったことから戦いに巻き込まれた西行は、宝剣を守るために死闘を繰り広げるが…

 来年の大河ドラマ原作作家たる火坂雅志先生の時代伝奇小説を発掘しようシリーズ。作者のデビュー作「花月秘拳行」の続編であります。
 西行法師は、実は藤原氏に代々伝わる拳法・明月五拳の使い手だった! …という、見た瞬間にバールのようなもので後頭部を殴られたような衝撃が走る設定の下に展開する「花月秘拳行」シリーズですが、本作で西行が立ち向かうこととなるのは、将門の七本の宝剣を一手に納めてこれに秘められた謎を解き放とうという妖術使いたち。かくてバイオレンスでエロスな古き良き(?)伝奇アクションが展開されることとなります。

 明月五拳の奥義を極め、武術では平安最強の西行に、武術の域を超えたような妖術師をぶつけてくるのは、なるほど考えたな、という印象ですが、さらにその背後の黒幕が実は…という展開が実に面白い。
 正直なところ、勘の良い方であれば正体はすぐにわかるかと思いますが、しかしそれがまたある意味拳法ものの王道とも言える展開で、これはこれで実によろしい。
 もちろんアクションだけではなく、本シリーズの特色の一つである、和歌に隠された謎解き――言うまでもなくこれは西行の歌人としての顔を意識してのものですが――も健在で、何も考えずに読む分には実に楽しい作品であります。

 もっとも…正直なことを言えば、アクション、和歌ミステリの双方とも、第一作に比べれば及ばない面はあるのですが、これは第一作の完成度が高すぎたと言うべきでしょう。
 何よりも今振り返ってみて感心するのは、本作が、本シリーズが、伝奇作品が描かれるにしても、格調高い――という言い方は誤解を招くかもしれませんが、どこか大人しげな作品がほとんどだった平安ものの世界に、いかにも九十年代らしいバイオレンスアクションのテイストを取り入れてみせたことであります。
 現在でも富樫倫太郎が目立つくらいの、この平安伝奇バイオレンスというジャンルを、遙か以前に展開していたそのセンスこそ驚くべし、と言うほかありません。


「北斗秘拳行」(火坂雅志 廣済堂文庫) Amazon

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2008.03.18

「えんの松原」 心の中の昏い森

 故あって女童の姿で内裏で働く少年・音羽は、ふとしたことから東宮・憲平と知り合う。憲平が何者かの怨霊に悩まされていると知った音羽は、怨霊たちが巣くうといわれる宮中の魔所・えんの松原に向かうが、そこで彼が見たものは…

 小野篁伝説を題材とした「鬼の橋」に続く、伊藤遊先生の平安時代を舞台としたのが本作。前作は児童文学の域を超えた深い味わいの作品でしたがが、本作もそれに勝るとも劣らぬ名品であります。

 タイトルの「えんの松原」は、平安時代に――それも怪奇事件に――詳しい方ならばご存じかと思いますが、大内裏に存在したという一種の魔所。「今昔物語集」などには、887(仁和3)年に、この松原から手招きする美男に誘われて中に入っていった女官が、バラバラに食い殺された姿で発見されたという逸話も残る地であります。

 その魔所を主要な舞台として描かれる本作の中心に描かれるのは、対照的な二人の少年。その一人・音羽は、当時は怨霊の仕業と考えられていた疫病で両親を失い、怨霊に深い恨みを持つ少年であり、流浪の果てにつてを辿り、女装して内裏で働いているという一風変わった設定となっています。
 そしてもう一人の少年・憲平は、次代の天皇・東宮でありながら、気も体も弱く、しかも夜毎何者かの怨霊に悩まされている有様。全くの偶然から憲平と知り合った音羽は、彼を救うべく、怨霊の源と思しきえんの松原に挑むことになります。

 さて、この物語の中心にあるのは、憲平に祟る怨霊が何者であるのか、という謎解きであります。
 作中でえんの松原より現れ、憲平を悩ませるのは、彼が一度も会ったことのない、彼と同年代の少女。彼女は何者なのか、そしてなぜ憲平を呪うのか――その答えについては、もちろんここでは述べませんが、しかし、平安時代を舞台とした伝奇ものとしてユニークな趣向であり(このアイディアはちょっと他では見たことがないように思います)、そして同時に、成長物語としての本作にも絡む、実に見事なものでありました。
(さらにそれが音羽の特異なキャラクター像にも絡んでくるのにはただ感嘆)

 そしてさらに、この怨霊の意外な正体から導き出されるのはのは、華やかな都と、その中心部に蟠る魔所・えんの松原との関係であり、それは突き詰めれば、怨霊がこの世に存在する意味にもつながってきます。
 「何故えんの松原が存在するのか」「なぜ怨霊が存在するのか」…その命題が、「自分が自分であるとはどういうことか」という、一見全く関係ない命題と見事に絡まり合い、昇華する結末には、大いに唸らされました。


 内裏の中の魔所は、そのまま人の心の中に潜む昏い闇でもあります。しかしそんな陰の部分も等しくこの世の――人の心の一部として受け止める本作の眼差しは、実に暖かく、そして胸に迫るものがあります。子供たちはもちろんのこと、大人が読んでも――いやあるいは大人が読んでこそ――楽しめる素晴らしい作品だと思います。


「えんの松原」(伊藤遊 福音館書店) Amazon

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2008.03.17

「怪異いかさま博覧亭」第2巻 妖怪馬鹿、真の目的?

 まことに失礼ながら、ほとんどノーマークの状態から飛び出してきて、そのギャグセンスとビジュアルでたちまちこちらを虜にしてくれた妖怪人情コメディ「怪異いかさま博覧亭」に、待望の第二巻が発売されました。

 主人公で妖怪馬鹿の見世物小屋主・榊をはじめとして、様々な登場人物と登場妖怪が繰り広げる騒動を描いた本作ですが、その騒々しくもどこかまったりした感覚は、この第二巻でも健在。
 お話やギャグのネタ自体は、榊の親友で四つ目屋(大人のおもちゃ屋さん)の杉忠がほとんど全エピソードにでずっぱりのせいか(?)、結構シモ方面に行きがちなのですが、しかし絵柄の可愛らしさと、ポンポンとテンポよくギャグが連発されるおかげで、下品という印象がないのは、これはお見事と言うべきでしょう。

 しかし今回何よりも感心させられたのは、主人公のキャラクターの掘り下げであります。
 元々第一巻の時点から、基本はどうしようもない妖怪馬鹿ながらも、どこか(いい意味での)鋭さを感じさせる人物として描かれていた榊ですが、第二巻の冒頭のエピソードでは、彼が見世物小屋を開く真の目的の一端が描かれます。
 その目的自体は、決して古今絶無というものではないのですが、しかし、彼の言動を振り返ってみれば――特に第一巻に収められたろくろ首少女・蓬との出会いのエピソードなど――あ、なるほどと頷けるものがあるのがうまいところ。
 何よりも、榊に、「見世物と晒し物は違う」と、彼の実体験を踏まえた重みのある言葉を、サラリと言わせてしまう(描写してしまう)あたり、思わず唸りました。


 冒頭に続きまことに失礼ながら、掲載誌のマイナーさもあって知名度の点ではまだまだ…な本作。しかし絵柄といい内容といい、いつブレイクしてもよい作品! ――と言っては、これは妖怪馬鹿のはしくれとしての私の身贔屓(?)に見えるかもしれませんが、しかしそれだけの魅力ある作品であることは自信をもって言い切れます。
(まあ、妖怪ネタの絡めてのお話の絵解きの部分が、それまでのギャグの饒舌さと、ちょっと噛み合わせが良くない部分もあるのですが…)

 物語の中の博覧亭では相変わらず閑古鳥が鳴いている…どころか既に住人となっていますが、現実での本作の人気は、門前市をなすほどになって欲しいと切に感じる次第です。


「怪異いかさま博覧亭」第2巻(小竹田貴弘 一迅社REXコミックス) Amazon

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2008.03.16

魔人ハンターミツルギ 第06話「怪獣ガンダラーの襲撃!」

 南蛮渡来の象がサソリ軍団に奪われた。その後、子供たちの行方不明事件が続発、謎を追うミツルギ三兄弟の前に、象を改造した怪獣ガンダラーが現れる。誘拐した子供たちと引き換えに智仁愛の三つの剣を要求された三兄弟は、やむなく剣を引き渡すが、銀河の策によりガンダラーが暴走してサソリ忍者は全滅。ガンダラーもミツルギに倒されるのだった。

○冒頭に登場する南蛮渡来の象は現代の動物園の映像。以降、象の登場はなし。何という手抜…いや工夫。

○サソリ忍者の化けた御庭番たちに襲われる象さんの輸送隊。御庭番のサソリに化けられる率は異常。

○サソリ忍者の隊長は今回もホラーマスクですが、安っぽいながらも結構なグロ野郎。初登場時、御庭番の顔に被さって映るシーンはかなり不気味でした。

○部下たちの惨状も知らず、半蔵は将軍家のお子たちに伺候して象の何たるかを講釈の最中。本作での半蔵の便利屋ぶりはもの凄いものがあります。時代設定的には家康が大御所の頃ですから、このお子は、年齢的にはやっぱり家光でしょうか。弟らしき子もいましたが、やっぱり忠長?

○子供を誘拐された親たちは、市中の迷子石に似顔絵を貼り付けます。迷子石が出てくる時代劇もなにげに珍しいような。しかし親たちの姿を「浅ましい」とか言っちゃう彗星は鬼

○子供誘拐事件の魔手は遂に将軍家にまで…っていうか半蔵超無能。が、誘拐されたお子たちは若返りの術で三兄弟が変身したもの。ミツルギ忍法恐るべし…っていうかもう忍法じゃねえ

○彗星の体に縄を結びつけて銀河が振り回すという男塾チックな忍法風車で倒されるサソリたち。一方、月光も、組紐屋ばりに樹上から縄を相手の首に巻き付けて吊すムーブを見せますが、一瞬吊された男を肩車する裏方さんが見えてるよ!

○誘拐された子供たちは三兄弟から変身アイテムの剣を奪うための人質だった。拒否するかと思えば、あっさり交換を決める銀河兄さん。人質が半蔵だったらサソリもろとも手榴弾で爆殺しそうだけどな。

○ちゃんと迷子石の似顔絵と照らし合わせて子供たちを確認する三兄弟…しかし冷静に考えると意味があるのかこの行動。

○三本の剣を渡す三兄弟。しかしガンダラーはサソリ側をなぜか襲撃。実は剣には象の好物の匂いが染みつけられており、それが銀河の起こした風でガンダラーの鼻に届いたのだ。さすが銀河兄さん謀略家! 逃げるところを首筋にプスプス槍を刺されるサソリ悲惨

○戦闘シーンは珍しく迫力十分。突進してくるガンダラーを、その腹の下に潜り込んでかわすミツルギだが、ガンダラーの長い二本の首と鼻でぐるぐる巻きに。

○投げ飛ばされたミツルギは、のしかかってきたガンダラーに剣を一閃、二本の鼻を切り飛ばします。そして必殺の火炎弾連打…するんだけど尻にプスプス突き刺さるのが爆笑

○が、爆発するガンダラーにミツルギは合掌…考えてみればガンダラー、いや二匹の象も犠牲者。いまや不要となった象の飼育書を手に三兄弟も沈痛な表情を見せるのでした。

○魔人サソリは「徹底的に頭にきたぞ!」とどうやら「徹底的」という言葉がお好きな様子でした。


 南蛮渡来の象の強奪→子供たちの誘拐事件→奪われたミツルギの剣と、一つ一つで一本エピソードが作れそうな題材を三つ盛り込んだためか、全般的にバタバタした印象が強い回。たとえば改造前の象と子供が仲良しになっていて、ガンダラーが子供たちの声に動きが止まる…などもっと象の悲劇にスポットを当てた方が(ベタベタな素人考えですが)よかったかもしれません。ラストの合掌する巨大神と、かわいそうなゾウの運命に思いを馳せる三兄弟の姿が印象的だっただけに、そう思います。


<今回の怪獣>
ガンダラー
 一つの胴体から長い首が二本伸びた双頭の象怪獣。鼻から噴出する可燃性のガスと、鼻で持った笛に仕込まれた槍、そして怪力が武器。南蛮渡来の象を改造したもので、出現の際には以前仕込まれた芸で笛を吹きながら現れる。象の本能が残っており、好物の匂いの前に命令を忘れることも。


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「魔人ハンターミツルギ」(コロムビアミュージックエンタテインメント DVDソフト) Amazon

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2008.03.15

「柳生非情剣 SAMON」後編の2 二人の死人、真の死人

 二週連続掲載でいよいよ完結の「SAMON」。後編の2の今回は、左門と十兵衛の、柳生新陰流同士、いや兄弟同士の死闘が繰り広げられた末に、物語が終わりを迎えます。

 恥ずかしながら、作者のブログを拝見するまで、この「SAMON」では本格的な剣戟シーンがないことを全く失念していたのですが――これはそれだけ物語に不満なく引き込まれていたということだと思うのですが――今回は最初から剣戟の連続。
 左門と十兵衛という、ある意味禁断の、しかしそれだけに剣豪ファンにとっては垂涎のこの勝負を、余湖氏一流の迫力ある筆致で描ききっており、まずは満足です。

 しかし、いささか意外に感じられたのは、この決闘シーンが、ほとんど全般にわたって十兵衛視点、十兵衛サイドから描かれていたこと。
 言うまでもなく本作の主人公である左門の、最初で最後の死闘が、敵側から描かれるというのはちょっと奇妙な気もしましたが、しかし違和感を感じたか言えば、答えは否、であります。

 もちろん、剣戟に引き込まれたということもありますが、しかし最大の理由は、他者の視点を以て彼を見たときにこそ、彼の死人たる所以が最もはっきりと浮かび上がるからでしょう。
 ましてやここで左門に刃を向けるのは、数々の死地を潜り抜け、自らを死人の境地にあると自負する十兵衛。いわばこの戦いは死人と死人の決闘であるわけですが――その中で、両者の間の違いがくっきりと見えてくるのは実にエキサイティングであり、原作者の「死人」観がそこに描き出されるのには感心いたしました。
 また、剣戟の中での十兵衛の葛藤が、原作を収めた短編集「柳生非情剣」に併録された十兵衛主人公の短編「柳生の鬼」にも通じるものがあるのが、原作読者にとっては興味深いところでした。
 左門の刃に奪われた十兵衛の目から流れるものが、血だけではないように見えたのは、それはこちらの感傷かもしれませんが――


 さて、全四回にわたって描かれてきた本作、ちょっとひねくれた隆慶読者である私が言っても何かもしれませんが、原作のイメージを十二分に具現化してみせたキャラクターをはじめとする画といい、原作のエッセンスを巧みに取捨選択してみせた物語構成といい、実に満足のいく作品であったと思います。

 作者自身も希望されているようですが、是非とも、「柳生非情剣」の他の作品――特に、左門の兄弟である十兵衛、宗冬を主人公とした作品――も漫画化して欲しいと、心から願うところです。


「柳生非情剣 SAMON」(余湖裕輝&田畑由秋&隆慶一郎 「コミックバンチ」2008年第15号掲載)


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2008.03.14

「影之伝説 -THE LEGEND OF KAGE2-」 古き良きアクションの味わい

 タイトーの忍者アクションゲーム「影の伝説」の続編「影之伝説 -THE LEGEND OF KAGE2-」が、ニンテンドーDS用ソフトとして発売されました。
 「影の伝説」通称影伝といえば、このじじいめがまだゲーム小僧だった時分にゲーセンでプレイしたものですが、それから長い長い時間を経て登場した本作は、影伝の面影を残しつつも、より洗練されたアクションゲームとして仕上がっていました。

 続編と言いつつも、ストーリー的にはリメイク的な本作。魔人・雪草妖四郎にさらわれた霧姫を救出するため、青年忍者・影が忍者軍団に単身戦いを挑む、というのは影伝まんまですが、もう一人の主人公としてくノ一・千尋というキャラが用意されているのは、まあご時世というやつでしょう。

 さて肝心のゲーム内容はと言えば、これが影伝をはじめとして「最後の忍道」「ストライダー飛竜」といった忍者ゲームの名作を彷彿とさせるアクションゲームとなっていて、なかなかに良い出来となっています。
 何よりも操作性がかなり良好で、ある意味影伝の象徴といえるあの超大ジャンプをはじめとして、壁につかまったりスライディングしたりと、様々なアクションが簡単な操作で自在に出せるのが気持ちよいのです。
(このアクションのうち、スライディング等幾つかはスタート時には使えず、プレイしていくうちに条件がアンロックされていきます)

 思えば影伝は、躍動感やスピード感は素晴らしかったものの、ゲーム性は今一つ大味だったのですが、それが本作ではかなり洗練された印象。残機制ではなく体力制なので、一見ゴリ押しで進めていけるるように思えるのですが、ちょっと先に行けば、それでは到底保たず、きちんとしたパターン構築が――特に各面のラストでバラエティに富んだ攻撃を仕掛けてくるボス相手には――重要になってきます。
 はじめはどう考えても歯が立たないステージ・敵キャラに対し、プレイ経験を積んでいくことで攻略法を見つけていくというのは、これはアクションゲームの醍醐味ですが、本作のゲーム性は、まさにそれです。
 その一方で、本作では敵を連続して倒していくとコンボボーナスがつくため、様々なアクションを駆使して、スピーディに敵を撃破していくことも必要で、この緩急のつけ方はなかなかうまいものだなあと感心いたします。

 正直なところ、各面のボスに至るまでの道中がちょっと単調で、もっと忍者ものらしい様々なギミックが欲しかったなあという気持ちは強くありますし、スキルもスライディング等のアクション系のものは、最初から備えていても良かったのではないかなと、不満点も幾つかあります。
 が、総じて、今風の外見でありながら、驚くほど古き良きアクションゲームのテイストが濃厚な作品で、この手の作品がお好きな方には、迷わずカッチャイナーと言わせていただきます。

 にしても、同日発売の「魂斗羅DS」といい、いまやニンテンドーDSは2Dアクションゲームの最後の砦という趣がありますなあ…


「影之伝説 -THE LEGEND OF KAGE2-」(タイトー ニンテンドーDS用ソフト) Amazon

関連サイト
 公式サイト

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2008.03.13

「お江戸の「都市伝説」」 江戸怪談初心者に

 当方、時代伝奇以外の大好物は実話怪談なのですが、その反面で都市伝説というものがちょっと苦手であったりします。そもそもその違いを述べるだけで一つ記事になってしまいそうなのでここでは省きますが、やっぱりこの二つは別物だよなあ…と。
 と、そんな私でも見逃せなかったのが本書。タイトルからして、明らかに昨今の都市伝説ブームを当て込んだ一冊ですが、しかしいろいろな意味で面白い一冊なのです。

 「都市伝説の原点は、江戸時代にあった!」というキャッチの本書に掲載されているのは、江戸時代の怪談奇談、巷説の類。怪奇現象に妖怪・幽霊、怪事件に著名人の噂…と、なるほど、江戸時代の、という冠がなければ、いわゆる都市伝説本の中身。
 これを、大体一つのネタにつき、文章が一、二ページ、それにイラストが一ページほどつくという構成になっています。

 そのベース、ネタ元となっているのは、江戸時代の随筆・巷説書・怪談本の類。題材はこの世界ではメジャーな(?)ものがほとんどで、原典に当たっているような怪談好きにとっては新味のないものばかり。それも、原典の存在に触れていないものも多く、せめて記事の末尾に原典のタイトルだけでも掲載してくれれば、そこから興味を持った方がそちらに当たることもできるのに…と感じます。

 もっとも、こんなのはマニアの見方以外のなにものでもなく、本書がターゲットとしている読者層からすれば、それは不要な情報ということなのでしょう。肩の力を抜いて、「へえ、こんなことがあったのね」と楽しんでもらえれば、本書の役割は果たされるのでしょう。
 であるとすれば、本書は立派にその用を果たしていると言えます。エピソード数も多いですし、ちょっと今更こんなネタは…というのを除けば(雪女とか鬼婆とか)、江戸怪談の初心者には、かなり目新しい内容なのではないかと思う次第です。


 ちなみに――タチの悪いマニア的な観点からすると、記事につけられたイラストが良くも悪くも大仰で、何というか、往年のジャガーバックスとかその辺りの妖怪本・怪談本的な味わいもちょっとあって、そういう方向からも楽しんでしめる…というのは明らかに間違った視点ですが、それもまた魅力ということで一つ。


「お江戸の「都市伝説」」(PHP文庫 日本博学倶楽部) Amazon

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2008.03.12

今週の「Y十M 柳生忍法帖」 一世一代の大告白

 いよいよクライマックスに突入の「Y十M 柳生忍法帖」ですが、今週は、ここにきて主役交代!? と言いたくなるような展開。柳生十兵衛その人を押し退けて今回メインとなったのは…

 今回完全に主役を食って目立ちまくったのは、そう、おゆら様であります。
 ほりにょたちを殺すという銅伯の決意は固く、そしていくら敵の一味とはいえ、女性を殺すことはできぬと、おゆら様を解放した十兵衛。人質がなくなれば…と、十兵衛を八つ裂きにもしかねない銅伯の前に立ち塞がったのが、ほかならぬ彼女であったのですから、銅伯が驚くのも無理はない。

 もちろん彼女を動かしているのは獣心香の魔力ではありません。彼女を動かすのは、ただ、恋する乙女の一途な心…!
 初登場以来、出番の時には、ぽやーんとしているか、ドSモードか、はたまたエロエロかだったおゆら様に純な乙女心が!? と訝しく思わないでもないですが、しかし想像するに、あのような妖怪爺の娘に生まれれば、子供の頃からまともに育ててもらえるわけがない。そして、望む相手に嫁ぐことなどほとんどなかった時代とはいえ、父の悲願のお家再興のためとはいえ、はたまた自分の肉欲を満たしてくれたとはいえ…明成に対して彼女が恋情を――心と心の結びつきを覚えてはいなかった、ということでしょう。

 かくて、これまでツンにツンを重ねたおゆら様の乙女心の中で抑えていたデレが大爆発、声涙倶に下る、というのはヒフンコーガイすることだからちょっと違いますが、とにかくもの凄い破壊力の乙女の涙とともに、一世一代の大告白で十兵衛に迫ります。

 が、乙女モード全開の中でも、自分の腹の中の明成の子を十兵衛解放の取引に使ってしまうしたたかさはやっぱりおゆら様だなあ…と私は感心しましたが、収まらないのは銅伯。
 芦名衆復興の鍵を握る己の娘が、こともあろうに不倶戴天の敵である十兵衛と駆け落ち宣言、柳生ロミオに芦名ジュリエット(違 状態になったのですから…

 とはいえ、十兵衛を脅迫するように娘を脅すわけにはいかない。ここは絡め手に…ということか、連れてきたおとねさんに刃を向ける銅伯。これは幻法夢山彦の型、沢庵と十兵衛を脅そうということでしょうか。そんなことよりもむしろ、リストカットされそうなおとねさんの身の方が心配ですが…

 と、色々な方面で風雲急を告げる状態なので、一週お休みというのが恨めしい…

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2008.03.11

「柳生大作戦」第一回 今回の敵役は…

 タイトル発表以来、数多くの荒山ファンを笑いの渦に叩き込んできた「柳生大作戦」第一回が掲載された「KENZAN!」第五号が発売されました。早速、第一回の内容を…(ネタバレのみで構成されていますので以後要注意)

 物語の始まりは475年、朝鮮三国時代の中、百済は新羅と結んで高句麗と当たろうとするも却って高句麗に攻められ、国の運命は風前の灯火という状態。この国難を招いた百済王餘慶司(蓋鹵王)は、百済復興の霊的原動力を生み出す秘術の源として南漢山城地下の霊廟に後宮三千人の美女の「恨」を封じ、その扉を開ける鍵を王族に残します。

 そして時は流れて1592(天正12)年――秀吉の朝鮮出兵の最中のある晩、その南漢山城に近づく一団の姿が。それこそは石田三成と配下たち、その実、百済復興を目指して命脈を保ってきた秘密結社・百済党の面々でありました。
 実は近江百済党の党首であった石田三成は、同じく百済党の一員だった島左近と共に、一千年以上前に封じられた霊廟の扉を、再び開けようとしていたのでした。
 霊廟の中で三成を待っていたのは、この世のものとも思われぬ奇怪な事象…そして遂に三成が百済復興の霊的魔力を得ようとしたその時、百済党の中に潜入していた謎の剣士の手により、三成が完全に魔力を受け継がれるのは妨害されるのですが、しかし…


 というのが連載第一回のあらすじ。今回の掲載文は40数ページ、序章と第一部第一章の掲載ということで、正直なところ分量的には少なめな印象でありますし、まだまだどこが「大作戦」なのかは全くわからない状況です(まあ、「大戦争」だって第一回を読んだだけではどこが「大戦争」かわかりませんでしたが…)。
 しかし内容的には前作以上にバリバリの伝奇もの。滅亡の危機に瀕した百済をいつの日か復活させるため、安巴堅(またあんたか!)が遺した術の真の効果はまだわかりませんが、この人物(の名を持つ者)が絡んでくる以上、ただではすみますまい。

 そして今回の敵役になりそうなのは石田三成。三成が敵役の伝奇ものというのはさして珍しいわけではありませんが、「三成は実は…」「島左近が三成に仕えたのは実は…」「秀吉が明に出兵したのは実は…」と、お得意の「実は○○だったんだよ!」メソッド連発で、今後にも期待できそうです。
(今回は百済団じゃなくて百済党なのは、卍党あたりが念頭にあるのかしら。だって下忍の格好が…)

 その一方でタイトルの「柳生」ですが…実はこの第一回には柳生のやの字も登場しない状況で、今回はどんなオレ柳生が登場することになるのかというファンの期待は、お預けとなった格好なのが残念なところ。
 もっとも、名乗りはなくてもどうみても…な剣士が、三成の陰謀を挫くために登場しましたので、今後は三成一党vs柳生一門、という形になるのでありましょう。時代設定的には十兵衛が生まれる十年以上前でありますが、ということはボクらの大好きなあの柳生さんがバリバリの青年剣士だった時代なわけで――ゴクリ。
(SAKONさんも柳生と密接な関わりを持つ人ですしねえ)

 果たして予想通りあの柳生さんの若き日の姿が拝めるのか。そして彼は白いのか黒いのか? …という間違ったファン的な期待はおいておくにしても、朝鮮古代史と日本史を結びつけて伝奇的な事件を引き起こしてみせる荒山先生の筆は、既に円熟と言っていい域に達しており、純粋に時代伝奇小説として上々の滑り出しではないかと思います。

 正直なところ、前作に比べると今のところネタ分は皆無に等しいですが、もちろんタイトルがタイトルですし、また若竹とか飛び出してきかねないので油断はできないわけで――さて。


「柳生大作戦」(荒山徹 講談社「KENZAN!」vol.5掲載) Amazon

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2008.03.10

「鞍馬天狗」 第八回「角兵衛獅子 後編」そして雑感

 いよいよNHK時代劇の「鞍馬天狗」も最終回、トリに控えるのはあの「角兵衛獅子」…なのですが、前後編の前編のビデオを撮り損ねてしまい、後編しか見れなかったのが情けない。それでも大詰めはきっちり見ることができました。

 幕府が作成した「暗殺人別帳」を手に入れるため、新選組の使者に化けて大胆にも単身大坂城に乗り込んだ鞍馬天狗。首尾良く城代と面会して人別帳を手にしたまでは良かったものの、そこで正体がばれてしまい、城兵全てを相手にする羽目となった天狗は、手負いの身となって米倉に立て籠もることに…
 という今回。原作でもそうだったのですが、この辺りは外に残された者たちが、いかに天狗を救出するか、というのが話の眼目の一つとなります。原作ではこの辺り、杉作少年の活躍が色々あってそれなりに面白かったのですが、今回のドラマではそれがさほど描かれなかったのがちょっと残念ではあります。尤も、長州の刺客隊を単身全滅させた近藤に対して、涙ながらに天狗の窮状を訴えるシーンは、演じる森永悠希君の熱演があって、なかなか良いシーンだったのではないでしょうか。

 と、杉作と言えば、元々少年小説だった原作を、大人向きのドラマに仕立てた場合、どうもやはり彼の存在・活躍が浮いてしまうのですが、そこは存在感を薄めすぎない程度に出番をオミットしつつ、上記のようなシーンを用意することで、本作なりの杉作の描き方が出来ていたような印象はあります(というか、杉作以上に浮いている白菊の存在があったから…)。
 個人的には、主義主張とは無縁な、第三者としての杉作の視点から見る本作ならではの天狗像というものも見てみたかったのですが、それはまあ今回のところは、ということでしょうか。

 そしてラストは、原作通りの天狗と近藤の一騎打ち。個人的には、時代小説数ある中でも最も好きな決闘シーン(というよりその結末が好きなんですが)だったので期待しておりましたが、それなりにそつがない描写で、可もなく不可もなくといったところ。さすがにこの辺りを変に改変されたら…でしたが、まずはめでたしめでたし。
(個人的には、原作ラストの、二人が去っていく場面の爽やかすぎる幕切れも再現して欲しかったのですが…)


 さて、何だかんだ言いつつも、最後まで(一話見損ねましたが)観たこの「鞍馬天狗」。
 さすがに野村萬斎の鞍馬天狗は、飄々とした中にも颯爽とした佇まいがあって良かったですし、正直なところ最初は期待していなかったそれ以外のキャストも、全編通してみればなかなかハマっていたかと思います。特に、実は意外と演じにくそうな「鞍馬天狗」での近藤像を、さほど違和感なく緒形直人が演じていたのはちょっと感心しました。
(あと、ラストの緊迫した展開の中でもきっちり天気予報ネタをやった石原小五郎には別の意味で感心しました)

 しかし個人的には――これまで毎回のようにボヤいてきましたが――天狗の立ち位置が、原作のそれとはちょっと異なる形に描かれていたように見えたのがやはり大いに気になったところ。桂小五郎を、唯一天狗の正体を知る人物として描くことで、必然的に天狗がかなり長州べったりの人物となってしまったのは残念でありますし、ここはもう少し気を使って描写していただきたかった点であります。

 もっとも、振り返ってみれば、チャンバラ時代劇としては――そしてこれがいまや天然記念物的存在になってしまっているわけですが――水準に楽しめた本作。視聴率もなかなか良かったようですから、これは成功というべきなのでしょう。どうやら、これで完全にお別れ、ということでもないようですし…
 残念ながら金曜時代劇は本作で幕、今後はNHK時代劇は、土曜日にわずか三十分枠で、という嘆くべき状態になりますが、しかしその掉尾を飾る作品としての役割は、十二分に果たしたと言えるのかもしれません。


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 「鞍馬天狗」 第六回「天狗と子守歌」

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2008.03.09

「あさひの鎧」 国枝+太平記=?

 色々な意味で混沌とした作品世界を展開させたら右に出るものがいない国枝史郎が、日本史上最も混沌とした時代の一つである鎌倉末期~南北朝期を描いたのが本作。
 題名となっている「あさひの鎧」とは、「太平記」で描かれた、村上義光が護良親王の身代わりとなった際にまとった鎧であり、皇朝への忠心の象徴ともいえるものですが、さてこれを国枝流にどう料理したかといえば…

 物語の始まりとなるのは、屋敷での無礼講の中で倒幕の密議を行っていた日野資朝らが、事露見して捕らえられた正中の変。この露見の原因は、土岐頼春による密告でありますが、この罰で盲目となった頼春と、彼と離ればなれとなったその妻の彷徨が、本作の軸の一つ。
 そしてもう一つの軸となるのが、頼春の弟・小次郎がふとしたことから踏み込むこととなった、飛天夜叉の桂子率いる皇朝方の怪人たちと、その宿敵・鬼火の姥率いる幕府方の怪人たちとの暗闘であります。
 本作は、この二つの軸でもって、時代の混沌というものを浮かび上がらせた作品、と言えるかもしれません…途中までは。

 日野邸での密議に参加した者の名を記した連判状の争奪戦や、美貌の小次郎を巡る恋の鞘当ては、時代ものの定番として楽しめますし、漂泊の殺人鬼に妖術使いの怪老人、それに生体解剖といったガジェットは、いかにも国枝節で楽しめるのですが…
 物語の後半1/3程度は、「太平記」での宮方の動向をほとんどそのままなぞったような展開なのが、何とも言い難い違和感というか、噛み合わせの悪さを感じさせるのです。

 それまで想像力の赴くまま、自由自在に物語を展開していたものが、急にきっちりと枠にはまったようなお行儀の良さになってしまうのは、これは題材的にも執筆時期的にも仕方のないお話なのかもしれませんが、ある種の奔放さが魅力の一つである国枝作品においては、やはり残念なことと私には思えます。

 赦しを求めて放浪する殺人鬼――上述の通り、国枝作品にはしばしば登場するモチーフですが――を救済するのがあの人物という結末は、本作オリジナルの世界と「太平記」の世界が見事に結びついたものであって、非常に好きなのですが…


 と、まことに不真面目な話で恐縮なのですが、本作の裏名場面は、小次郎を巡る桂子と妹の姉妹喧嘩のシーンではないかと思います。一部抜粋すると――
 「何をほざくぞ、貪瞋癡女郎! ……三毒を備えた我執の塊り!(中略)……それより汝の愛嬌顔、潰して醜婦にしてやろうわ! ……如意くらえ!」
 この台詞回しも国枝作品の魅力ではないかと思うのですが如何。


「あさひの鎧」(国枝史郎 国枝史郎伝奇全集第6巻所収) Amazon

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2008.03.08

「柳生非情剣 SAMON」後編の1 二つの想いの間に

 あの隆慶一郎のあの「柳枝の剣」を、あの田畑&余湖コンビが描くということで、掲載第一回からこのブログで注目してきた「SAMON」も、いよいよ佳境。前編・中編と掲載されてきて、後編は二回に分けての掲載とのことで、起承転結の「転」に当たる今回は、まさに状況が大きく変転することとなります。

 遂に互いの想いを遂げた家光と左門。しかし幕府での柳生家の地位に、この二人の関係が却ってマイナスに働くことを恐れた宗矩は、左門を半ば無理矢理に隠棲させるという挙に出ます。
 しかし家光はあきらめるどころか、左門に再び会うため、左門を宗矩を上回る大大名に取り立てることを思いつく始末。事ここに至ってはと、宗矩は十兵衛を刺客として左門の元に送り込むことに…と、今回はここまで。

 原作を読んだ際には(というよりその元となった史実を知った際には)、家光の、恋は盲目と言わんばかりのあまりの無茶ぶりに唖然とした左門を大名にという件。
 しかし本作における家光と左門の関係は、一貫して、単なる色恋沙汰というだけでなく、互いに心に空隙を抱えた者同士の求め合いという形で描かれてきたため、無茶は無茶ながらも、止むに止まれぬ家光の渇望ともいうべきものが伝わってきて、理解できるものがあります。

 その想いに対置して描かれるのが、宗矩の柳生家発展への執念。ある意味純粋な家光の想いに比して、お家大事、というより己の積み重ねてきたことを失うことを恐れる宗矩の想いは――父・石舟斎との確執のエピソードが補強されていることもあって――これもそれなりに納得できるのですが、全く同情する気になれないのは、これはもう宗矩の逆人徳というべきでしょうか。

 実際のところ、宗矩を描く作者の筆は今回異様なまでに乗っていて、虎眼流並みに大人げない十兵衛にワナワナきたり、「尻一つで」を連呼したりと、原作を離れながらも、隆慶作品での黒宗矩・ダメ宗矩イメージを完璧に再現していて思わず爆笑しました唸らされました。
(今回が荒山徹ファンの間で大反響なのもむべなるかな)

 しかし考えてみれば、原作を離れながらも、原作のイメージをきっちりと再現するというのは、何も宗矩像に限らず、本作においては当初から行われていたこと。
 改めて今回の漫画化が、実に幸福な出会いであったと感心すると同時に、二つの想いの間に立たされた左門と十兵衛の対決が描かれる、「結」たる次回においても、そのスタイルを貫いていただきたいと願う次第です。


「柳生非情剣 SAMON」(余湖裕輝&田畑由秋&隆慶一郎 「コミックバンチ」2008年第14号掲載)


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2008.03.07

「神変卍飛脚」 クロスオーバーな超忍者伝

 残念ながら今ではほとんど一般の方からは忘れ去られているけれども、個人的には非常に気になるという作家が何人かいるのですが、宮崎惇もその一人です。
 日本SF黎明期から活動してきた氏には、SF+時代劇、ファンタジー+時代劇という、今ではさほど珍しくないクロスオーバー的な作品の先駆とも言うべき作品が多いのですが、この短編「神変卍飛脚」もその一つであります。

 武田勝頼が、その死の直前に真田昌幸に遺したという甲州金の謎を巡り、猿飛佐助・風魔小太郎・服部半蔵の三人の忍者が鎬を削る本作は、ごく普通に忍者ものの時代伝奇小説として読んでも水準に楽しい作品。時代もの・忍者もののノンフィクションもものした作者らしく、忍者の操る術や、使う忍具の数々の解説も描き込まれています。

 しかしそうした「普通の忍者もの」的ディテールは、むしろ本作の特異性を浮かび上がらせるための前フリとでも言うべきもの。本作の眼目は、そんな真っ当な忍者たちの及びもつかぬ超絶の能力を発揮する、三人の超忍者の姿にあります。
 瞬く間に己をそして他者を遠隔地に移動させる佐助、手を触れずして周囲のものを自在に動かし破壊する小太郎、相手の心に浮かんだことを己の掌中にあるが如く読みとる半蔵…
 これらの能力は、言うまでもなく様々な小説や漫画でお馴染みのものですが、それがいざ時代小説の中で、それもお馴染みの忍者たちの能力として描かれると――上記の通り普通の忍者ものの枠がきっちりと描かれているだけに――なかなかにインパクトがあります。

 冒頭に述べたように、こうしたクロスオーバー自体は今ではさして珍しくありませんが、一種のコロンブスの卵と呼ぶべき作品であります。

 惜しむらくは、短編であるためか――個人的には本作、長編化の構想もあったのではないかと想像するのですが――終盤が些か慌ただしく、これで終わり? という印象もあるのですが、そういった点を含めてもなお、愛すべき作品と思っている次第です。
(ラストに記された、三人の能力の源についての文章が、またプリミティブな楽しさがあってよいのです)


「神変卍飛脚」(宮崎惇 大陸文庫「日本妖忍列伝」所収) Amazon

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2008.03.06

「花月秘拳行」 衝撃のデビュー作!?

 藤原貴族の間に連綿と和歌の裏口伝として伝えられてきた「明月五拳」の極意を体得した西行は、もうひとつの秘拳「暗花十二拳」の謎を求めて、歌枕を訪ねる陸奥への漂泊の旅に出た。その行く手には、恐怖の和歌地獄と大和朝廷に圧殺された蝦夷の怨念が待ちかまえていた…

 来年の大河ドラマの原作者であるところの火坂雅志先生の過去作品を振り返ろうシリーズ。第一弾はやはりデビュー作たる「花月秘拳行」を取り上げるべきでしょう。

 これまでこのサイトで何回も取り上げている本作ですが、やはり基本アイディアが素晴らしすぎると言わざるを得ません。
 藤原氏の間で密かに伝えられてきた伝説の秘拳(というだけで目頭が熱くなりますが)を、あの西行法師が! という設定を初めて目にしたときの衝撃を、昨日のことのように思い出します。

 確かに西行といえば、色々とエピソードには事欠かない人物。伝奇的には何と言っても東郷隆の「人造記」などで取り上げられている人造人間製造話があるわけですが、あえて(と言わせていただきましょう)そこを外して、拳法を持ってくるとは…!
 おそらくは、このチョイスの背後には、作者が編集者時代にかの菊地秀行先生と繰り広げた古武術探求紀行(この模様を収めた「ザ・古武道 12人の武神たち」がまた名著なんですが)があるのだろうと思いますが、いずれにせよ、それぞれの秘拳のネーミングの妙や、敵味方含めて拳法の奥義に和歌が密接に絡んでくる点といい、一見荒唐無稽な題材を、いかにも「らしく」みせる工夫・技が実に巧みで、新人離れしたものを感じます。

 そして本作が、単にインパクト一発勝負の作品に終わっていないのは、敵方の設定の巧みさがあります。
 「明月」に対する「暗花」というネーミングだけでもシビれますが、その十二拳――雷拳・風拳・嶺拳・影拳・鬼拳・石拳・波拳・枯拳・磯拳・露拳・そして闇拳(数が十二に足りないのは失われた流派も存在するため)――が、それぞれが大和朝廷に恨みを持つもの、大和朝廷のために涙を呑んだ者の伝説に彩られた地で待つというのがたまらない。
 京の藤原氏という、いわば支配者の間に伝わる拳に対置されるのが、東北のまつろわぬ者・異形の者の間に伝えられてきた拳というのは、コロンブスの卵的な部分もありますが、しかし、実に胸躍る対決のシチュエーションであります(その、藤原氏側の代表選手となる西行が、立ち位置的に権力側ではアウトサイダーであるのも興味深い)。

 もちろん、そのテーマを十全に消化しきっているかは微妙であり、また荒削りな部分も様々にありますが、クライマックスの和歌地獄(このネーミングもたまりませんな!)の面白さも含めて、決して忘れられてはならない名品だと信じている次第です。


「花月秘拳行」(火坂雅志 廣済堂文庫) Amazon

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2008.03.05

「Y十M 柳生忍法帖」 もしかしてもの凄いピンチ…?

 冷静に考えると夏前には終わってしまいそうな「Y十M 柳生忍法帖」。今回はそのクライマックスに向けてのタメとも言うべき回でした。

 正直なところ、お話の動き自体はあまり大きくない印象で、遂に磔台も完成して明成も回復、残るは十兵衛・沢庵のもとにいるおゆらを連れ戻すのみ…と、銅伯が十兵衛たちのもとを訪れる、という回。

 あまりに銅伯が余裕こき過ぎていて、これは典型的な悪役の自滅パターンではと心配にもなりますが――もっとも、江戸に行ったきりのお千絵とお笛のことにも気を配っているあたり、油断はない様子――普通に考えれば、これはまず逆転されるおそれはない状況ではあります。

 まず、五人のほりにょ、そして(文字通り首に縄をつけて連れてこられた)おとねさんが人質になっている。そして人質といえば、天海僧正もまた、銅伯に人質にされているようなもの。
 仮にこれらの抑えを無視して十兵衛が動こうとも、銅伯には、十兵衛をして完敗させしめた忍法なまり胴の秘術がある。さらにいえば、万が一銅伯を倒して逃れたとしても、ここは敵地の真ん真ん中、城兵こぞって待ち受ける状況であります。

 これに対する十兵衛のもとには、おゆら様がいるのみですが、これも既に獣心香の魔力が醒めて、デレ期を脱した状況で、これまでのようにいくとは思えません。
 今回のラストでは、一応、十兵衛はおゆら様の首にその腕を回してはいるものの、十兵衛が女性の首をひねることなど、できようとは思えません。

 要するに、外部からの救いの手も、自ら状況を打開する方法もなく――いよいよもって最大の窮地に陥った十兵衛の運命や如何に。 唯一気になるのは、正気に戻りながらも、十兵衛の腕の中で静かな表情を見せるおゆら様ですが…

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2008.03.04

「チョンマゲ江戸むらさ記」 思わぬところで時代劇史

 「チョンマゲ江戸むらさ記」というタイトルでわかる方はピンとくると思いますが、ペリー荻野先生&ほりのぶゆき先生コンビの時代劇エッセイ集であります。
 「関西じゃらん」誌に1997~2006年に連載されたエッセイと、それを2008年の現在読み返しながらのお二人のコメントのカップリングというスタイルで、いつものことながら軽妙にしていい意味に気の抜けた時代劇話が楽しめるという趣向です。

 内容的には、ペリーさんの風間杜夫ネタ、ほりのぶゆきの特撮ネタにホモネタ(表紙のど真ん中のカットからして…)と、定番のネタも多いのですが、面白いのは連載当時のリアルタイムを追った部分がほとんどであるところ。
 俳優の訃報に接して過去作を振り返ったり、ブレイク前夜のマツケンサンバや、今や黒歴史の感すらある石坂浩二の五代目黄門、珍しいところではいしだ壱成の「大江戸ロケット」降板など、期せずして、この十年間の時代劇史的な部分があり、三十年前、二十年前に比べれば相当に寂しい時期であったと思われるこの十年間にも、このようなことがあったのか、という驚きがありました。
(まあ、故人となった時代劇俳優たちがあの世からコメントを寄せるという趣向の最終回で、丹波哲郎(当時はご存命)がオチになっているのは出来過ぎの感がありますが…)

 また2008年のコメントの方は、居酒屋で飲みながらダベっているかのような放言ぶりが素晴らしい…というか危険球(伊吹吾郎のところでホ○話を振ったり)が多すぎるのもまた愉快。

 まあ、コアな時代劇マニアが読んでどう思うかは別として(一般誌連載ということで、これでも色々と押さえていると思いますしね。というより、いつもながらお二人の「コアな話題を一般層に楽しめる内容に翻訳する」スキルには感服いたします)日頃のアレコレを忘れてゲラゲラ笑う分にはうってつけの一冊かと思います。


 しかし「幻之介世直し帖」と三谷幸喜の「女ねずみ小僧」は見たかったなあ。今だったら絶対全話レビューするのに…


「チョンマゲ江戸むらさ記」(ペリー荻野先生&ほりのぶゆき 辰巳出版) Amazon

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2008.03.03

「魔人ハンターミツルギ」 放映リストほか

 今ごろになってで恐縮ですが、全話レビュー中の「魔人ハンターミツルギ」の放映リストとキャラクター紹介を。
 放映リストから、各話レビューに飛べます。

<放映リスト>

話数 放送日 サブタイトル 監督  脚本  登場怪獣
01 73/01/08  宇宙忍者サソリ軍団をつぶせ!! 土屋啓之助 高久進 デノモン
02 73/01/15 獄門台の生首が笑う! 香月一郎 高久進 ゴールドサタン
03 73/01/22 悪魔の呪いを破れ! 土屋啓之助 西奈一夫 ムカデラー
04 73/01/29 黄金妖怪カネクジラの魔力! 土屋啓之助 松岡清治 カネクジラ
05 73/02/05 地震怪獣出現! 香月一郎 新井光 グラグラン
06 73/02/12 怪獣ガンダラーの襲撃! 香月一郎 松岡清治 ガンダラー
07 73/02/19 動く大要塞ロードス!! 土屋啓之助 まつしまとしあき ロードス
08 73/02/26 黒い悪魔が赤い血を呼ぶ!! 土屋啓之助 島田真之 モグロン
09 73/03/05 決死の空中戦 怪鳥ベラドン! 香月一郎 まつしまとしあき ベラドン
10 73/03/12 悪魔の使者 サソリ怪獣! 香月一郎 秋良はるお カブトン
11 73/03/19 地獄の狛犬 コマンガー! 香月一郎 まつしまとしあき コマンガー
12 73/03/26 サソリ軍団全滅作戦 香月一郎 新井光 マグネッシー

<登場キャラクター>(カッコ内はキャスト)

銀河(水木襄)
 ミツルギ三兄弟の長兄で智の剣を持つ。マフラーの色は青、ヘルメットのラインの色は白。
 いかなる時も沈着冷静(時々冷酷)で、魔人サソリの陰謀を的確に見破る三兄弟の頼もしい指令塔。庶民には優しいが、幕府の権威には冷たい。
 得意技は二刀投げ(相手に刺さった後自動的に戻ってくる)と手榴弾(技?)。行動を起こす時にはハンドサインで弟たちに指令を送る。

彗星(佐久間亮)
 ミツルギ三兄弟の次兄で仁の剣を持つ。マフラーやヘルメットのラインの色は黄色。
 直情径行のきらいがあり、時々突出してしまう。

月光(林由里)
 ミツルギ三兄弟の末妹で愛の剣を持つ。マフラーやヘルメットのラインの色は赤。
 紅一点なのだがあまり目立たない。

巨大神ミツルギ
 ミツルギ三兄弟が智・仁・愛の剣を交えたとき出現するミツルギ一族の守護神。二本の角を持った西洋の鎧を彷彿とさせる姿で、剣と丸盾を持つ。巨体とは思えぬ軽快な動きを見せる。
 必殺武器は胸から連射される火炎弾(ミサイル)。

魔人サソリ
 宇宙のあらゆる妖術・幻術を修め、幾多の怪獣を操る持つ怪人。宇宙の彼方から地球征服のためにやってきたが、なぜか徳川幕府打倒にあくなき執念を燃やす。好きな言葉は「徹底的に○○」。
 いずことも知れぬ闇の中から、ほとんど画面齧り付きのどアップで指令を送るが、ビジュアル的には即身仏なのでとても怖い。

サソリ忍者
 魔人サソリの手足として暗躍する宇宙忍者たち。ミイラ男かスケキヨかという白いマスクで現れるが、人間に変身する能力もある。得意武器は火矢。
 後にリーダークラスのサソリ忍者も登場、こちらはマスクは市販の(…)ホラーマスクらしきものを使用。

道半(緒方燐作)
 ミツルギ一族の長老。三兄弟に智・仁・愛の剣を与え、魔人サソリとの戦いを命じた。その後も時々現れては三兄弟に助力する。最終回ではもの凄い見せ場が…

服部半蔵(大木正司)
 幕府御庭番(えっ?)の頭領。将軍をはじめとして幕府からの信任はそれなりに厚いと思われるが、部下はすぐにサソリ忍者の火矢で殺されるしミツルギ三兄弟は非協力的だし、いつも苦労している中間管理職。後にバイストン・ウェルに戦乱を巻き起こす。


「魔人ハンターミツルギ」(コロムビアミュージックエンタテインメント DVDソフト) Amazon

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2008.03.02

「若さま同心徳川竜之助 風鳴の剣」 敗者となるべき剣

 あれよあれよという間に人気作家(≒ほとんど毎月新刊が発売されている作家)の仲間入りをして、昔ながらのファンとしてはすっかり驚いている(って、何回も書いている気がしますが)風野真知雄先生の「若さま同心徳川竜之助」シリーズ第二弾です。
 幕末を舞台に、田安徳川家の十一男・竜之助がなんと奉行所の見習い同心になって…という設定は一見突飛ですが、しかしさすがは風野先生、前作同様、バランスのよい作品に仕上がっています。

 この第二巻でも、基本的な構成は前作同様、数話の短編連作の一方で、全体を貫くストーリーが展開されるという、最近の風野作品では――というかこのクラスの作品では――お馴染みのパターン。そして今回の全体ストーリーでは、葵新陰流を継承する竜之助に対し、
我らこそ新陰流正統と、かの疋田文五郎を祖とする肥後新陰流の刺客三人が、彼に挑戦してくることとなります。

 普通(?)であればこの刺客三人組は兇悪無惨な連中だったりするのですが、これがまた実に実に愛すべきキャラなのが風野節(登場してわずか数ページで、ああコイツらいいなあと思わされてしまうのがベテランの技と言うべきでしょう)。
 しかし――剣法者同士が激突すれば、その敗者がどうなるかは、明白であります。刺客たちが愛すべきキャラであればあるほど、時代遅れの剣法者同士の戦いの結末は、鋭くこちらの胸に迫ってきます。

 そしてその中で浮かび上がるのは、主人公である竜之助、そして彼の生家(の本流)である徳川家もまた、時代遅れであり、そして敗者となるべき存在であるという事実。
 実は、前作を読んだとき、個人的に少々不思議に思っていたのが、竜之助の設定でした。風野作品においては、主人公は圧倒的に表舞台をフェードアウトした老人、浪人者や窓際族が多いのが事実(唯一、作者をメジャーに押し上げた根岸鎮衛は社会的に功成り遂げた人物でありますが、しかし色々と裏街道を歩いてきた人物でもあります)。一言でいえば、勝ち組ではない人々にスポットを当てた作品がほとんどなのです。
 そんな中で、竜之助は――ほとんど飼い殺しの身だったとはいえ――家柄・年齢ともに異色の存在。しかし、本作を読んで、上記の如くその疑問も解けた気がします。時代設定が幕末なのも、この点と密接に関わってくるのでしょう。徳川家が敗者となる前夜の時代として――

 もちろん、敗者が敗者のままでは終わらないのが風野作品。竜之助が、その若さでこの先の道をどのように切り開いていくのか。
 どうやら第三巻では、彼のルーツとも言うべき、生みの母の謎が語られるようですが…


「若さま同心徳川竜之助 風鳴の剣」(風野真知雄 双葉文庫) Amazon

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2008.03.01

「サムライスピリッツ」(内藤版) 最も魅力的な…

 「トライガンマキシマム」単行本最終巻刊行記念(?)というわけで内藤泰弘版「サムライスピリッツ」を取り上げましょう。
 無印「トライガン」を刊行していた徳間書店の、今は亡き「ファミリーコンピュータマガジン」誌に連載されたものですが、今読み返してみると、単なるゲームの漫画化の枠を超えて、なかなかに味わい深い作品となっています。

 内容的には、ゲーム第一作目をベースとしており、天明期に復活した天草四郎に、覇王丸ら剣士が挑むという基本設定は同じながら――というより基本設定が同じなだけで――ストーリー的には完全にオリジナル。
 比較的読者に近い立ち位置のオリジナルキャラ・小綱(なんとなく緋雨閑丸を思わせるデザインですが)の視点から描かれる物語は、作者のイメージする「サムライ」の「スピリッツ」を十全に描いているかどうかは判断が分かれるかと思いますが、小綱の目に映る覇王丸の姿は抜群に格好良く描き出されています。

 この覇王丸、シリーズ作品の多くで主人公を勤めてはいるものの、冷静に考えてみると、存外に描きづらいキャラのように思えます。
 「豪快」「好漢」「剣術バカ」…覇王丸のキャラクターとしての性格・属性は、こういったものが挙げられるかと思いますが、これはいずれも、時代劇の主人公としては、当たり前と言えば当たり前のものばかり。ゲームとしてはともかく、漫画等でこの属性のみで覇王丸というキャラを描写しようと思えば、明らかに薄っぺらいものとならざるを得ません。

 その点を本作においては、小綱の視点から、あるいは覇王丸自身の視点から、強敵相手――それも人外の者であってすら――に剣を振るう、いや振るわざるを得ない覇王丸の心の動きを描き出すことにより、新たな(オリジナルの)属性を付与することなく、覇王丸を一定の厚みのある存在として描くことに成功しているといえるでしょう。
 こういった評価の仕方はあまり好きではありませんが、「サムライスピリッツ」の漫画化作品が数多ある中で、本作の覇王丸は、最も魅力的な覇王丸の一人と言えるかと思います。

 とはいえ――本作で一番目を引いてしまうのは、過剰なバイオレンス…というか残酷描写なのは、さて何と言ったものか。首や手が飛ぶのは当たり前、人肉嗜食やフリークスも頻出する内容は、よくもまあ小学生も読む雑誌に載ったものだと感心いたします。
 もっとも、直接的な描写かどうかはともかく、内藤作品の持つ「黒さ」というものは今でも健在ではありますし、そして人肉嗜食のフリークスというまんまのキャラが、後に「妖怪腐れ外道」としてサムスピシリーズに登場したことを考えると、これはこれで感慨深いものがあります。

 内容的には打ち切り的なものも強く感じられるのですが、「サムライスピリッツ」の漫画化としても、内藤作品の源流の一つとしても、無視できない作品かと思います。


「サムライスピリッツ」(内藤泰宏 徳間書店) Amazon

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