「厄介引き受け人望月竜之進 二天一流の猿」 手堅い面白さの連作集
「耳袋秘帖」シリーズの成功でだいわ文庫の時代小説レーベルを定着させて以来、風野真知雄先生には文庫書き下ろし時代小説界の切り込み隊長的イメージを持っています。
今回、竹書房で時代小説文庫レーベルが立ち上がるにあたっての第一作目も、やはり風野先生の作品。腕は立つが暢気な浮き草暮らしの浪人を主人公にした「厄介引き受け人望月竜之進 二天一流の猿」であります。
主人公・望月竜之進は、一度に三人を相手にすることを想定した三社流を編み出した剣術の達人ですが、しかし教え方が厳しすぎて、何度道場を開いても、門人が逃げ出して潰れるばかりという有様。
しかし根がどうにも暢気な竜之進は、むしろ旅暮らしの方が気楽で良いと諸国を放浪、行く先々で事件に遭遇して…というスタイルの、全五話からなる連作短編集であります。
収録されているのは「二天一流の猿」「正雪の虎」「甚五郎のガマ」「皿屋敷のトカゲ」「両国橋の狐」と、いずれも動物にちなんだタイトルの物語。最終話を除けば、そのそれぞれに、誰でも知っているような江戸初期の有名人・事件が絡んでいる趣向で、ちょっとした伝奇風味も楽しい作品ばかりです。
たとえば表題作の「二天一流の猿」は、かの宮本武蔵が剣法を仕込んだという猿にまつわるユニークな物語。その猿が預けられた剣術家のもとを訪れた竜之進が、こともあろうに佐々木小次郎の遺児がこの猿に挑戦状を叩きつけた、という珍事件に巻き込まれることになります。
もちろんこれには裏があって…というのは当然のこと、怪事件を知恵と剣術の冴えで解き明かす主人公というのは、「耳袋秘帖」をはじめとして風野作品の定番スタイルですが、まさに自家薬籠中のものとして、本書でも手堅い面白さをキープしています。まあ、手堅すぎる気もしないではないですが…
(それにしてもこの猿、武蔵ならぬ柳生宗矩が猿に剣法を仕込んでいたという挿話からやっぱり来ているのかしらん)
そして風野作品のもう一つの特色である、負け組に向けられた眼差しも、本作では健在であります。
風野作品の中では有数の遣い手とはいえ、道場の経営もうまく行かずブラブラしている竜之進は、やはり負け組と言えます。そんな彼の、いや剣術に生きるうちに人生の盛りを越えてしまった男たちの内面がクローズアップされるのが、最後に収められた「両国橋の狐」という作品。
求道の果てに気づいてみれば俺の人生何だったのかしらんというのは、そろそろ個人的に笑えない状況ですが、しかしそれも含めて、何とも切なくもほろ苦い作品で、個人的には一番印象に残りました。
ちなみに本書に収録されたうち、「正雪の虎」は十年前の雑誌掲載作品、「甚五郎のガマ」は十三年前の単行本(「黒牛と妖怪」!)掲載作品がベース。色々と事情はありましょうが、旧作にこんなところで出会うことができたのは、嬉しいことであります。
「厄介引き受け人望月竜之進 二天一流の猿」(風野真知雄 竹書房時代小説文庫) Amazon
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