「蜻蛉切り 兵庫と伊織の捕物帖」 シリーズものゆえの功罪
山中から発見された三人の男女の遺体。その死に、家康配下の猛将・本多忠勝の末裔である本多家が絡んでいると睨んだ南町定町廻同心・本山伊織は捜査を開始する。将軍吉宗の命により、その本多家に伝わる名槍・蜻蛉切りの入手を命じられた目付・天童兵庫も、本多家に迫る。さらに江戸に出没する謎の詐欺師・卍組の謎も絡み、事件は意外な形に展開する。
「兵庫と伊織の捕物帖」第二弾は、乱行を繰り返す旗本周辺で起きた殺人事件の謎解き話。残されたわずかな手がかりから、事件の真相に一歩一歩迫っていく伊織たちの活躍は、まさしく捕物帖・奉行所ものの醍醐味といったところで、陰惨な事件を扱いつつも、どこかコミカルな地の文もあいまって、まずは水準の仕上がりかと思います。
もちろん、単なる奉行所もので終わっては、主人公の一人に幕府目付の兵庫を設定し、タイトルも「兵庫と伊織の捕物帖」としている意味はありません。吉宗の幼馴染にして恋敵(!)、そして伊織の親友である兵庫もこの事件に、目付としての立場から絡んでいくのですが…その絡み方が、また色々な意味で面白いのです。
その特異な立場から(とばっちり的に)名槍の入手を吉宗から命じられる兵庫ですが、吉宗の一見気まぐれな命令は、実はそれ以上にややこしい裏があって、しかもそれは本作の伝奇的ガジェットに密接な繋がりが…という、幾つも組み合わされた要素が、本作ならではの伝奇性と独自性を支えていると言えます。
(まあ、吉宗の行動は冷静に考えると実にしょーもない動機なのですが、しかし「この吉宗なら仕方ない」と思えてしまうのは筆のマジック)
とはいえ、前作に比べると、ちょっとこの伝奇性の絡め方は苦しいところがあるかな、というのが正直なところ。結局、シリーズものとして謎を謎として引っ張っているため、あるキャラクターの活躍がご都合主義的に映りますが、これはシリーズものゆえの功罪といったところでしょうかまた、本作のもう一つの謎である義賊チックな詐欺師「卍組」の絡め方も、ちょっと予定調和的な印象があったかなと思います。
というより、ぶっちゃけたことを言えば、忍者を便利に使いすぎていると思います(これは前作からですが…)
奉行所ものとしてきちんと成立しているため、一個の作品として楽しむには問題ないのですが、伝奇性という点に期待すると若干肩透かしを食うのが残念なところであります。
とはいえ、またもや謎の、そして何だか大いに気になるキャラクターが登場したため、ついつい次の巻にも期待してしまうわけですが…
「蜻蛉切り 兵庫と伊織の捕物帖」(伊藤致雄 ハルキ文庫) Amazon
| 固定リンク
コメント