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2008.05.10

「玄庵検死帖」 加野節、健在なり

 長崎で蘭学を修めながらも今は捨扶持扱いの検死役を務める蘭医・逆井玄庵。何者かの文に誘い出された先で、女の惨殺死体を発見した玄庵は、残忍な切り裂き魔に激しい怒りを燃やす。折しも清河八郎が浪士組結成を献策、彼の存在を危険視する幕閣は、玄庵の無外流剣術の腕に目をつけ、刺客として浪士組への同行を命ずる。切り裂き魔の犠牲者たちと清河の間につながりがあることを知った玄庵は、下手人探しも兼ねて京に向かうが。

 実に久々に登場した印象のある加野厚志先生の作品。本作も、数ヶ月前に刊行が予告されながらも続報がなかったので気を揉んでいましたが、めでたくここに登場、ファンとしては欣快の至りであります。
 加野作品は、奇怪な事件に巻き込まれた剣豪ヒーローが、迷宮じみた人間関係・社会情勢の中に巻き込まれ、社会や歴史の巨大な力の前に翻弄されるというのが基本パターン。その事件の容疑者とその人物評価が刻一刻と変化し、果たして誰が本当に善で誰が本当に悪なのか、主人公同様読者も最初から最後まで翻弄される加野節――と言っても私が勝手にそう呼んでいるだけなのですが――は本書でも健在で、幕末剣豪ハードボイルドというべき世界を作り上げています。

 そしてそのミステリタッチの展開とともに注目すべきは、幕末の混沌とした状況の中で蠢き、躍動する浪士たちの描写でしょう。特に、本作の影の主人公とも言うべき清河八郎は、様々な作品において毀誉褒貶相半ばする人物でありますが、本書で描かれるその姿は、なかなかに魅力的。類い希なるカリスマと才知、そして剣技の冴えを持ち、それにふさわしい活躍をみせながらも、やがてそれ以上の巨大な力、社会の枠組みの中に押しつぶされていくその姿は、幕末という時代の一つの象徴であると同時に、加野作品の主人公の陰画とも取れるものがあります。

 また、清河の浪士隊といえば、当然登場するのは後の新選組の面々。「沖田総司」シリーズで生き生きと活躍した彼らにここでまた出会えるとは、嬉しい驚きです。
 特に総司は、相変わらずの純粋かつ剣呑な好青年ぶりで、すっかりと嬉しくなってしまいました(玄庵の後輩という位置づけの斎藤一もちょっと面白い役どころで目を引きます)。

 正直なところ、加野節――特に状況が二転三転…十転ぐらいするあたりは、かなり人を選ぶ部分があるのもまた事実。内容的にも、中盤の京を舞台とした部分が、ちょっと目立ちすぎていて、肝心の玄庵の追う事件の影が薄くなってしまったきらいはあります。しかし、それでもなおそれを補ってあまりある強烈な味わいが、他の加野作品同様、本作にはあります。
 一度クセになったらたまらない加野作品、本作はシリーズ化が決まっているとのことで、愛好家としては実にありがたいお話です。


「玄庵検死帖」(加野厚志 中公文庫) Amazon

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