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2008.08.31

「無限の住人」 第二幕「征服」

 アニメ「無限の住人」第二話で描かれるのは、ヒロイン・凜を襲った悲劇と、その原因となった凜の父の道場と逸刀流の因縁、そして凜と万次の出会い。前回は万次の紹介編、プロローグとも言うべき内容でしたが、今回からがいわば本編と言えるかもしれません。

 さて、今回のエピソードの、アニメとしての出来を一言で表すと、可もなく不可もなく…というところ。実に淡々と原作をアニメ化していて、正直なところ、こういう時が一番感想が書きにくい。

 もちろん、アニメならではのアレンジとして、無骸流の面子は今回も登場。前回は百淋姐さん一人でしたが、今回は尸良・偽一・真理路と、ほぼ全員登場しております。
 また、逸刀流による浅野道場襲撃シーンでは、原作ではもっと後に描かれた、川上新夜が凜の母にボディペインティングするシーンがここでちゃんと描かれていて、原作の要素の再構成という意味では、きちんとした仕事ぶりだったと思います。
(ちなみにこのシーンでは新夜の他に黒井、凶、静馬と原作初期を彩った逸刀流メンバーが集合。…改めてみると凄い絵面だなあ)

 とはいえ、どうにも淡々と物語をこなした印象が強く、設定紹介編を無難にこなしたなあ、という感想であります。
 もっとも、どう描けば満足するのだ、と言われると、こちらも言葉に詰まってしまうのですが…

 それにしても、今回のエピソードを原作以来、久方ぶりに見てみると、天津の言動の勝手さに驚かされます。
 浅野道場皆殺しは――逆恨みの産物以外の何物でもないのですが――まあ逸刀流の行動原理を鑑みればある意味当然と理解できるのですが、凜の母の凌辱を許可したのは、どう考えても余計としか思えません。
 原作中盤以降、被害者的というか、悲劇的側面を強めていく逸刀流ですが、初めがこれだと全く同情はできないナァ…と、今更ながらに再確認してしまった次第。
 そういう点では、今回アニメで本作を見直してみるのも意味があったかもしれません。


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2008.08.30

「カミヨミ」第1-2巻 これを伝奇と言わずして何を…

 名門の少年軍人・日明天馬は、子供の連続誘拐殺人事件解明のため、異界のモノを括るカミヨミの力を持つ少年・帝月とともに、九州赤間関に向かう。折しも近くの漁村では、大量斬殺事件が発生、天馬の母・日明蘭大佐が率いる軍の始末屋・零武隊が調査に訪れていた。二つの事件の背後には、あってはならない存在の影が…

 伝奇ファンの私の畏友が絶賛していた、柴田亜美の「カミヨミ」の第一章に当たる第一、二巻を読みました。
 恥ずかしながら私にとって柴田亜美と言えば「どきバグ」…いやむしろドラクエ四コマという印象で、あの絵で伝奇? という思いはあったのですが――一読、己の浅はかさを呪いました。これは面白い。
 確かに絵的な面では、特に主人公・天馬のデザイン等、線の太いマンガらしいタッチが、物語のムードに対してそぐわない印象はあるのですが、しかしそういった点を遥かに補って余りあるのが、これを伝奇と言わずして何を伝奇と呼ぶ、と言いたくなるストーリーと構成の妙です。

 舞台となるのは明治三十年代前半、日清・日露両戦争の合間の、日本がまさに富国強兵にひた走っていた時期。しかしその裏側では、維新を期に西(都)から流入した古古しきもの、異界のものが引き起こす事件があり、それに対峙するのが治外法権的特権を持つ零武隊、そして異界と交信し、封じる力を持つカミヨミの存在だった…というのが基本設定。そして天馬少年は、零武隊隊長の息子であり、そしてカミヨミの力を引き継ぐ少女・菊理の許婚という二つの立場から、物語に絡んでいくことになります。
(が、劇中で主にカミヨミの力を振るうのは、菊理の双子の兄であり、妹以上に天馬に愛を向ける帝月というのが、色々な意味でうまい)

 この「赤間関事件」編では、赤間関の海から引き上げられたあるモノが引き起こす惨劇が描かれます。そのモノ自体は、伝奇ものにしばしば登場する存在であり、決して珍しくはありませんが、しかしそこに一ひねりを加えることにより、「あってはならないもの」でありながら、時の政府にとってなくてはならぬもの、という強い存在感が生まれているのには感心いたしました。

 しかし何より気に入ったのは、事件の引き金となり、そして複雑化させたのが、人の欲望そして妄執であり――すなわち、異界のモノではなく、人間の存在である点です。
 わかりやすく言い換えてしまえば、凶器は超自然的存在であっても、犯人とその動機はあくまでも人間のもの。登場人物の一人・八俣警視総監の言葉にあるようにあくまでも「人間の愚かしい欲が事件を起こすの」であり、異界のモノを扱いながらも人間主体の物語である点が、私の好みに実に合いました。
(ちなみにこの人物、オカママッチョというド変態ながら、物語の近代的理性の側面を象徴するような切れ者のキャラで、私は大いに気に入っています)


 第二巻のラストは、えっ、ここでこうなるの? 的な展開ですが、物語的には、あくまでもここからが本番ということでしょうか。この先も読まないわけにはいかなくなってきました。


「カミヨミ」第1-2巻(柴田亜美 スクウェア・エニックスガンガンファンタジーコミックス) 第1巻 Amazon/第2巻 Amazon

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2008.08.29

「鏡花あやかし秘帖 夜叉の恋路」 オカルト探偵鏡花

 駆け出し編集者の香月真澄は、あこがれの作家・泉鏡花の担当となるが、鏡花は常人では見えないもののけたちと親しく交わる不思議な男だった。折しも東京では美少年の連続猟奇殺人事件が発生、その犯人が、一高時代の敬愛する先輩ではないかと考えた真澄は、鏡花に助けを求める。

 「鏡花あやかし秘帖」シリーズ第一弾(の新装版)であります。調べてみると色々と複雑な経緯を辿ったらしい本シリーズですが、現在収録されているレーベルで、本書のように未刊だった作品も収録されるとのことで、これからシリーズに触れようという方にはありがたいことではないでしょうか。

 このシリーズ、美少年(という年ではありませんが)で大の怖がりながら霊感を持つ雑誌編集者・香月真澄君を狂言回しに、もののけと親しく交わり、不可思議な術まで操ってしまう泉鏡花先生(もちろんあの鏡花であります)が、様々な事件に挑むという、一種の怪奇探偵ものであります。
 レーベル的にはBL小説レーベルだけに、「あ、ほも」的内容は色々とあるのですが、まあ男性読者が読んでもギリギリ嫌悪感を抱かないくらいの内容にはなっているので、このブログでも紹介する次第です(明記していませんがこのブログは全年齢全性別を対象としております。おりますったら)。

 シリーズとして見た場合、感心させられるのは鏡花先生をオカルト探偵に仕立ててみせた作者の着眼点。その作品の内容もさることながら、様々な奇行をもって知られる鏡花先生だけに、もののけたちを周囲にはべらせ、怪奇な事件に対峙しても、何となく納得してしまう部分があります(これが例えば岡本綺堂先生だと、そのまま「半七」や「三浦老人」になってしまいますし…)。
 考えてみれば、伝奇ものにしばしば登場する怪しげな賢者役に、ほとんど素のままで実によくマッチする存在である鏡花(しかもハンサムですしな)。この鏡花を脇役とした作品は数々ありますが、主人公に据えたというのはなかなかにコロンブスの卵だと思います。

 さて、単独の作品としての本作ですが、内容的には可もなく不可もなくといったところ。どう考えてもシチュエーション的に雨月物語のあの作品そのままだなあ…と思っていたら、作中でも言及されていたのには苦笑しましたが、題材的にこのレーベルにピッタリとしかいいようのないあの物語を、明治の帝都東京に甦らせたのは、なかなかよいチョイスではないかと思った次第です。
 シリーズの導入編としては、悪くない内容かと思います。


 ちなみに本書には、他に二編、短編が収録されています。真澄君が不思議な水晶玉に魅入られた顛末を描く「水晶の夢」は、掌編ながらなかなかに幻想味が良く出ていて、鏡花の活躍は少ないものの、それがかえって違和感なく受け入れられる内容でありました。
 もう一編の「白菊の露」は…さすがにちょっと。ここで内容には言及しません。


「鏡花あやかし秘帖 夜叉の恋路」(橘みれい 学研もえぎ文庫) Amazon
夜叉の恋路 (もえぎ文庫 鏡花あやかし秘帖)


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 「鏡花あやかし秘帖 からくり仕掛けの蝶々」 鏡花、迷える魂を救う

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2008.08.28

「ジキルとハイドあらわる! 帝都〈少年少女〉探偵団」 ハイドたちとの戦い

 驚天動地の趣向で毎回驚かせてくれた帝都少年少女探偵団の長編シリーズも今回で一区切り。吸血鬼、透明人間、人造人間ときて、さて今回のモンスターは…って、ジキルとハイド!?
 いや、さすがにそれは無理があるのでは…常人よりも力はあるとはいえ、大した特殊能力があるわけでもないし、量産されても…と思っていたら、嬉しい裏切りが待っておりました。

 奇怪な殺人事件の発生から物語が始まる、というのはこれまでのシリーズと全く同じ、そして黒岩涙香先生の超推理でモンスターの正体が…というのも同じなのですが、そこからの展開が凄まじい。
 その後殺人事件の犠牲者はほとんどねずみ算的に増加していくのですが、その犯人は、モンスターなどではなく、直前までごく普通の生活をしていた人間たち。なるほど、ジキルとハイドあらわるとはこういうことか…と膝を打っている場合ではなく、これまでのようにモンスターを退治すればおしまい、ということにはならないわけでこれは相当にまずい状況。
 しかも、黒幕に扇動された大量のハイドたちが万朝報を占拠、涙香先生と探偵団を追いつめていくという展開には、よくもまあこういう展開を考えついたものだと感心いたします。

 そして本作の面白いのは、こうしたアクション&サスペンスだけでなく、そこに一種のミステリ的な合理性が見られる点。
 どうやって多くの人々をハイド化したのか? という犯行手段が、そのまま黒幕にとっては数々の陰謀を潰されてきた宿敵である万朝報を利用し、窮地に陥れる仕掛けとなっているのには唸らされましたし、ラスト、これはもう絶対どうやっても逆転は無理! という状況で、この仕掛けを逆用したかのようにして救いの手が現れる趣向も――いささか理想的に過ぎますが、しかし「ジキルとハイド」という存在、物語の構造を考えればこれは正しい展開です――うまいと思います。
 主人公たちが所属するのが万朝報というマスコミであることを、きちんと活かしてみせた展開であると言えるでしょう。


 もちろん子供向け小説ゆえの限界というか、食い足りない部分は色々とあるのですが、本作のみならず、シリーズを通して、ほとんど反則的な力技でモンスターたちを帝都東京に復活させながら、そのインパクトに留まらず、そのモンスターの本質を活かしてさらに空想の翼を広げて見せた作者の手腕には敬意を表します。
 冒頭に書いたとおり、シリーズは本作で一区切りとのことですが、またいずれ、こちらを驚かせるような物語に出会えることを期待したいと思います。


「ジキルとハイドあらわる! 帝都〈少年少女〉探偵団」(楠木誠一郎 ジャイブカラフル文庫) Amazon
ジキルとハイドあらわる! (カラフル文庫 く 1-8 帝都〈少年少女〉探偵団ノート)


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2008.08.27

「怪奇死人帳」 異界への索漠たる憧れ

 武士の次男坊・十次郎は、古書店で「死人帳」と題された鉄の表紙の本を手に入れる。そこには、死神の手により死の世界の秘密が記されていた。しかし、秘密を知った十次郎のもとに死神が現れ、彼を死の世界に連れ去ろうとする。必死に抵抗しようとする十次郎だが…

 今はかつてないほどの水木しげるブーム、というか水木先生が世の中に受け入れられている時期かと思いますが、助かるのは、なかなか読むことが出来なかった作品を、比較的手軽に読むことができることであります。
 水木先生の時代怪奇漫画たる本作「怪奇死人帳」もその一つ、以前は手に入れにくい(古本の価格的に)作品だったのが、文庫で読めるとはありがたい話です。

 さて、その本作を一言で表せば、やはり「怪作」と言うべきでしょうか。
 鍵がかけられた鉄の表紙の「死人帳」、その奥付の住所(冷静に考えればこれも何ですが…)に向かってみればそこには店どころか人の住居すらなく、十次郎が見たのは奇石と、その下の洞窟の石棺のみ…
 と、実に伝奇ホラーとして素晴らしい冒頭部分から、死人帳を取り戻しに来た死神が出現するあたりのムードは実にいいのですが、その死神と命を賭けた将棋勝負が始まる辺りから何だか雲行きが怪しく…

 さらに、十次郎が新たに就くこととなったお城のお花番というのが、これが人喰いの怪奇植物をはじめとして奇怪な花の咲き誇る毒草園の番人、さらにそこにはホーソーンの「ラッパチーニの娘」めいた美しくも哀しい毒娘が! となると、十次郎同様、読んでいるこちらも状況のあまりの変転ぶりに、己の意志を失ったかのようにただついていくのがやっと、と大袈裟に言えばそんな気分になります(この辺り、私は未読なのですが、本作のオリジナルである貸本漫画「死人妖棋帳」はどうなのでしょうね)。

 しかしそんなそれぞれの構成要素自体は実に面白いのが本作の不可思議な魅力で、それが終盤に混然一体となって溶け合い、一種の悟りめいた境地にたどり着くのには、他では味わえぬ妙味がありますし――結末で十次郎が感じる、異界への索漠とした憧れの念などを見ると、ああやはり水木作品だなあ、と感じさせられます。


 ちなみに本作、絵的には非常につげ義春タッチなのですが、発表時期的に、つげ先生が水木先生のアシスタントに入った直後くらいと思われるので、これはまあそういうことなのでしょう(してみると、本作の味わいの何割かはつげ先生のおかげなのかしら…)。


「怪奇死人帳」(水木しげる ちくま文庫「妖怪たちの物語」) Amazon

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2008.08.26

「マーベラス・ツインズ契 2 めぐり逢い」 絶代英雄、誕生の序曲

 「マーベラス・ツインズ」も新章「契」に突入してこれで二巻目。十七歳に成長した小魚児の冒険もいよいよ快調、いかにも古龍らしいどんでん返しの連続の果てに、ある「契」がかわされることとなります。

 自分に仕掛けられた罠を逆用して、宿敵の大悪党・江別鶴と武林の名門・慕容家を激突させようと企んだ小魚児。しかし計り知れないのは天機と人心、事態は小魚児も予想しない方向へ。
 さらに小魚児の前に現れたのは、悪人谷に篭っていたはずの育ての親・十大悪人たちと、彼らに敗れ廃人と化したはずの大英雄・燕南天。
 そして小魚児は、幾度となく敗れたライバル・花無缺と、最後の戦いを決意するも…

 と、相変わらずの古龍節、個性的すぎるキャラクターの登場と超展開の連続ではあるのですが、しかし冷静になってみると、この巻で描かれた出来事の一つ一つが、小魚児の心境に大きな影響を与え、変化と成長を促していることに気づきます。

 これまで、舌先三寸で周囲の人間をきりきり舞いさせ、江湖を渡ってきた小魚児。しかしそれは所詮、正道を歩む者の前では邪道に過ぎず、英雄好漢の取るべき道ではないということを、彼は思い知らされます。
 もちろんそれは武侠小説においては言わずもがなの道理ではあるのですが、この巻の後半の内容、すなわち、
自分が花無缺に敵わないと思い知らされる(しかも直接的にぶつかるわけでないのがうまい)
→悪人たちの残酷さと悲惨な末路を見せつけられる
→尊敬する大英雄との出会い
と畳み掛けるように展開するのを見ると、彼の心境の変化が無理なく納得できます。


 そしてラストに描かれるのは小魚児と花無缺のある約束――なるほど、「契」とはこのことであったか、と感心するとともに、共に人並み外れた偉才を持ちながら、それゆえに孤独であった少年二人の交流に、何ともほほえましいものを感じた次第です。

 しかしまだまだ先の見えぬ物語。二人の少年の約束が、この物語にどのような影響を与えるか、それもまたわかりませんが、絶代の英雄の誕生を信じて、続巻を楽しみに待ちます。第3巻が発売される再来月までが長いこと長いこと…


「マーベラス・ツインズ契 2 めぐり逢い」(古龍 コーエーGAMECITY文庫) Amazon
マーベラス・ツインズ契 (2)めぐり逢い (GAME CITY文庫 こ 2-5)

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2008.08.25

「シグルイ」第11巻 新たなる異形の物語

 「シグルイ」も単行本が二桁の大台に乗り、物語的にも残すは藤木と伊良子の御前試合のみ…というところで意外な展開。この第11巻のメインとなるのは、同じ原作に収められた「がま剣法」の物語。怪人・屈木頑之助と兜割りの舟木道場の因縁が描かれます。

 これまで頑之助や舟木一伝斎が、物語の脇で時折顔を見せていたものの、突然「がま剣法」編の登場は、驚き以外の何物でもありませんでした。冒頭に述べたとおり、「無明逆流れ」の物語も、残すは最後の決闘のみ。仮に他の「駿河城御前試合」のエピソードが漫画化されるとしても、それはこの決闘が描かれてから…と思っていたのですから。
 とはいえ、これはこれで考えてみればなかなか良いタイミングかもしれません。
 藤木と伊良子の決闘は、つい先頃まで――牛股師範の大暴走というとんでもないおまけもつきましたが――描かれていたわけで、ここでまた御前試合での対決を…と言われても、ちょっと間隔を空けて欲しいところ。かといって、二人や虎眼流のエピソードも少々食傷気味ではあったので、ここに他の試合の因縁話を持って来るのは、うまい呼吸の外し方かと思います。

 さて、そこで展開する「がま剣法」のエピソードは…何とも言えぬ異形の祭典。人型の蝦蟇というべき頑之助の異形ぶりもさることながら、その彼につきまとわれる舟木道場の娘・千加もまた、思わぬ異形の秘密を持った存在として描かれるのですから――

 その秘密についてはここではっきりとは書きませんが、一言で表せば(某作家ファン悶絶の)「若竹」。ある意味、掲載誌のカラーを考えれば十分アリ、と言えるかもしれませんが、まさかここでこう来るとは…
 もちろんこれは、単なるインパクト重視に留まらず、彼女の存在を、ある意味頑之助と等しい異形のものとして見せることで、単なる被害者に留まらぬものとして、浮かび上がらせる効果をあげています。やはり彼女もまた、「シグルイ」の登場人物ということでしょう。

 しかしながら…少々不満、というか違和感を感じてしまったのは、二人の肉体的な異形があまりにインパクトがありすぎるゆえか、これまで「無明逆流れ」の物語で執拗に描かれてきた、精神の――それも特に封建社会ゆえの――異形の姿が、このエピソードでは薄かったように思えるのです。
 それゆえ、武士道残酷物語というより、単なる残酷物語に見えてしまった…というのは厳しすぎる表現かもしれませんが、正直な印象であります。


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シグルイ 11 (11) (チャンピオンREDコミックス)


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2008.08.24

「現代語で読む「江戸怪談」傑作選」 怪談の意義語る好著

 毎年夏になれば書店に並ぶ怪談本の数々。そのほとんどが現代を舞台としたものですが、中には江戸時代などの古典怪談を集めたものもあって、怪談のバラエティの豊かさというものを感じさせてくれます。
 今年も古典怪談本が何冊か出版されましたが、その中でも、この「現代語で読む「江戸怪談」傑作選」はなかなかに充実した内容で、興味深く読むことができました。

 本書は、基本的にタイトル通り、「諸国百物語」「伽婢子」「因果物語」といった江戸時代の諸国怪談、仏教説話集から採られた怪談を現代語訳して収録しています。
 この現代語訳の部分自体、硬すぎず柔らかすぎずの訳文が楽しく、なかなか面白いのですが、しかし本書の内容は、単なる古典怪談の内容紹介、現代語訳に留まりません。

 本書の最大の特長は、テーマ毎にまとめられた各章に、その解題が付されていることでしょう。
 その物語の題材が、社会風俗史的にどのような意味をもっているのか。その物語を成立させている社会的歴史的背景は何か――と書くと、何やら難しく見えますが、平易な文体でわかりやすく的確に記されており、この辺り、さすがは堤先生と感心いたしました。

 たとえ超自然的な、現実離れした内容が語られていたとしても、怪談というものは、決して現実から完全に乖離したものではなく、それどころか現実というものによって、ある程度その内容を規定されるものであると私は思います。
 それは言い換えれば、怪談というものが現実を映し出す鏡のようなもの、ということですが、本書の解題に描かれているのは、まさにこの点であります。
 人間が何を怖がってきたか、そして何が人間を怖がらせてきたのか…それを知ることが、当時の社会体制や規範意識というものを知るよすがとなるというのは、何だか不思議で、しかし愉快なことであります。

 怪談本としての楽しさは言うまでもなく、その背後にあるもの、突き詰めれば怪談というものが存在する意義まで教えてくれる本書。ビギナーからマニアまでおすすめの好著です。


 ちなみに…伝奇者的には、諸国行脚の僧が富士山で曽我十郎と大磯の虎の亡魂と出会い、武田信玄が曽我五郎の転生であることを告げられるという物語にずいぶんとワクワクさせられたことです。


「現代語で読む「江戸怪談」傑作選」(堤邦彦 祥伝社新書) Amazon
現代語で読む「江戸怪談」傑作選 (祥伝社新書123) (祥伝社新書 123)

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2008.08.23

「飛狐外伝 1 風雨追跡行」 手八丁口八丁の快男児

 先日紹介した「雪山飛狐」のビフォア・ストーリーである「飛狐外伝」の文庫版が刊行開始されました。「雪山飛狐」の中心人物であった好漢・胡斐は、登場時に既にある程度完成された人物で、出番もさほど多くなかったのですが、本作ではその胡斐の子供時代からの成長物語が描かれることになります。
 実は本作、単行本時は「雪山飛狐」からずいぶんと後に刊行されたこともあって、私は未読だったのですが、これを良い機会に早速第一巻を手に取りました。

 誕生してすぐに父・胡一刀が好敵手・苗人鳳との決闘で敗死し、母もその後を追ったために天涯孤独の身の上となった胡斐。「雪山飛狐」では、次に登場した時には既に江湖で威名を轟かせている成長した姿となっていた彼ですが、本書は、彼がまだ幼い子供時代からスタートし、前半では、子供時代の胡斐が、父、そしてその仇である苗人鳳に深い恨みを持つ武術家の遺族の復讐に巻き込まれる様が、そして後半では、それから数年後、江湖を渡り歩くようになった胡斐が、悪辣極まりない権力者・鳳天南に戦いを挑む様が描かれることとなります。

 さて、登場人物ほとんど全てに裏の顔があった「雪山飛狐」ほどではないにせよ、本作の登場人物も、ストレートな英雄好漢は少なく、ほとんどが悪人か陰謀家、あるいはダメ人間なのですが、それを補って余りあるのが、胡斐の陽性のキャラクターであります。
 金庸作品の主人公は、どちらかといえば、人が良かったり思慮深かったりといった、おとなしめの人物造形が多い印象がありますが、胡斐の主人公はそれとはむしろ正反対の、手八丁口八丁の強者というイメージ。武術の腕は言うまでもないことながら、舌先三寸で江湖の連中をきりきり舞いさせ、悪党を叩きのめす様は実に豪快で、むしろ「水滸伝」の豪傑連中的な部分があります。
 「雪山飛狐」では、胡斐以上に印象に残るキャラクターであった胡一刀の豪快さ(それが本書の前半の騒動の種になるのですが…)をそのまま受け継ぐような性格で、個人的には大いに気に入ったところです。


 また、冒頭に述べたように、本作は「雪山飛狐」のビフォア・ストーリーであり、胡斐のみならず、様々な人物の「その前」が描かれることになります。その最たるものが、胡斐の父の仇である苗人鳳でありますが、その他にも、「こいつは昔はこんなだったのか!」的な人物の顔見せありと、読みながらニヤニヤできるものがありました。
 そして同時に本作は、金庸の処女作「書剣恩仇録」のアフター・ストーリーであるのがまた面白い。この第一巻では、「書剣恩仇録」で大活躍した秘密結社・紅花会の第三位で、暗器と太極門の名手・千手如来の趙半山がゲスト出演し、実に気持ちの良い活躍ぶりで、これまたファンにとってはたまらない展開であります。

 もちろん、このような作品間のリンクは、一歩間違えると一見さんお断りになりかねず、また本作独自の物語展開を縛ることにもなりかねないのですが、さすがに金庸先生、少なくともこの第一巻の時点ではその辺りへの目配りには問題なく、独立した作品としてきっちり楽しめるようになっております。
 第一巻のラストには、いかにも金庸節のツンデレ美少女も登場、さてこれから胡斐の運命とどう絡んでいくのか…あと二巻、文庫になるまで待っていられない、というのが正直なところです。


「飛狐外伝 1 風雨追跡行」(金庸 徳間文庫) Amazon
飛狐外伝 1 (1) (徳間文庫 き 12-36 金庸武侠小説集)


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2008.08.22

「黄泉の湯」 不死なるものの性

 源次郎は、狩りの最中に踏み迷った山中で不思議な一軒家に住まう女と出会い、勧められるままに湯に入り、女と一夜を共にする。里に帰った後、妻を娶って平凡に暮らす源次郎だが、彼はいつの間にか不老不死の体となっていた。長年連れ添った妻をはじめ、周囲の者の好奇と嫌悪の目に耐えきれず放浪の旅に出た源次郎は、旅の果てに出会った役行者から、元の体に戻る法を教えられるが。

 全く求めずして不老不死を手にしてしまった男の悲劇を独特の切り口を含めて描いた児童文学(離れした)佳品が本作「黄泉の湯」。
 不老不死の孤独というのは、それこそ文学に留まらず、芸術においては幾多の作品において扱われている題材ではありますが、本作がその中で異彩を放つのは、その孤独に、性――よりはっきりと言えば生殖――の問題を絡めて描いている点でしょう。
(そして、この視点を児童文学において持ち込んだことに驚かされます)。

 山中の一夜を経験して以来、源次郎の体に生じた変化として本作において描かれるのは、単なる(?)不老不死だけではなく、生殖能力の喪失。彼と妻の間には子供が生まれることなく――旅の僧に教えられた術法を用いて、一度は子供を成すのですが、それはおぞましい形で彼の前に現れることになります――そればかりか、彼の手に触れた草木までもが、実を結ばなくなっていくのです。

 不老不死の孤独の最たるものは、人生を己と共に終いまで歩む者が存在しない点かとは思いますが、しかしそれだけでなく、己の後に続く者が存在しないというのもまた、これに勝るとも劣らない孤独でありましょう。いや、生物の使命が、子孫を後に残すことであることを考えれば、これはさらに過酷な運命と言えるのではないでしょうか。
 尤も、生物の生存率と出生率の関係を考えれば、これは実は理に適ったことではあるのかもしれませんが――


 さて、本作においては、この圧倒的な孤独を背負わされた源次郎の運命を、しかし淡々とした筆致で描いていきます。
 かつては愛し合った妻から「きみがわるい」とまで言われ、故郷を捨て放浪を続ける源次郎。周囲の目から逃れ、そして己と相手を不幸にする愛からも逃れ…本来であれば孤独を癒すはずの人との関わりが、更なる孤独を生む源次郎の境遇は、押さえた筆致で綴られるだけに、かえって重い重い気分にさせられます。

 しかしながら、人との関わりが孤独を生んでしまうのは――程度の差はもちろんあれ――現実社会に生きる我々にとっても同様であって、そこに人の持つ一種の業を感じてもしまうのですが…

 そして結末、長い絶望の果てについに源次郎が掴んだ希望がもたらした結末は、それがやはり人との関わりから生まれたものだけに、さらに暗澹たる気分にさせられます。


 ちなみに本作は、一種の絵物語のスタイルで描かれていますが、これがまさに黄泉にたゆたう湯から立ち上る湯気のように、やわらなか感触のモノトーンで描かれていて、本文の雰囲気をさらに高める効果を上げています。
 本作は既に絶版となってるかと思いますが、結構な数の図書館に入っているのではないかと思われますので、もし実物を目にする機会があれば、是非手にとっていただきたいと思います。
(実は現在作者のサイト全文が公開されていますので、まずはこちらでご覧いただくのもよいかと)


「黄泉の湯」(ふゆきたかし 佑学社) Amazon

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2008.08.21

「絵巻水滸伝」 第七十二回「泰山」 思いもよらぬ因縁の糸

 もう四半世紀前(!)になってしまうのですが、1983年に公開された「水滸伝」という映画があります。長大な原作のうち、燕青を主役として、泰山奉納相撲のエピソードを取り出してアレンジした作品は、今見ればたぶん…な出来だと思うのですが、昔の私にとってはずいぶんと面白い映画に思えて、これが水滸伝にはまるきっかけだったように思います。
 さて今月の「絵巻水滸伝」は、この泰山編。やはり燕青が主役となって、奉納相撲で無敵の男・任原と対決するエピソードなのですが…ちょっと意外なアレンジがほどこされていました。

 前回のエピソードからそのまま続いて、東京を飛び出してきた燕青と李逵が、梁山泊にも帰らずに放浪の果てにたどり着いたのが奉納相撲で沸く泰山。この奉納相撲で優勝した者は、罪を赦されて軍に採用されるということで、各地から腕に覚えの無頼漢たちが集まってきたこの泰山で、燕青は様々な男たちと出会うことになります。

 原典では、割合あっさり目のこのエピソード、燕青が奉納相撲に飛び入りして任原を倒し、李逵が大暴れしてその場は滅茶苦茶に…という筋自体は変わらないのですが、そこに絡んでくるのが、この先の物語で登場するキャラクターたちというのが面白い。
 元盗賊ながら今は官軍の十節度使として、梁山泊討伐に現れる王煥と項元鎮。四寇の一として梁山泊と激戦を繰り広げる田虎軍の孫安・崔埜・文仲容(唐斌は?)――
 ここでこの連中が出てくるか! という印象で、思わぬところで因縁の糸を張り巡らせてくるセンスは、「水滸伝」物語を知り尽くした上で再構成する作者ならではのものだな、と嬉しくなります。
 原典の七十一回以降のエピソードは、とかく戦争の連続で、「水滸伝」の最大の魅力であろう、登場人物の生き生きとした活躍、そして登場人物同士の因縁が、それ以前に比べて薄い部分もあるのですが、その辺りを補強しよう、ということなのでしょう。

 まあ、そのあおりを食ったような形で、肝心の任原がほとんど目立ちませんでしたが…(原典と違って生き残ったようなのでまあよいかもしれません)。
 とはいえ、梁山泊で相撲と言ったらこの人、のはずなのに原典ではほとんど無視されていたあの豪傑が思わぬ活躍をみせたりと、その辺りもうまいなあ、と思ってしまうのですが。


 さて、第一部の終盤からこの第二部の序盤に至るまで、ほとんど主人公扱いの燕青でしたが、そこでの描写は、梁山泊の他の豪傑ともまた違う、自由を求める男、という印象。今回の泰山編も、その想いゆえの放浪といったところですが、今回のラストに彼の主人である盧俊義と再会して、ひとまずは己の居場所に戻った様子で、何となく安心いたしました。
 次回タイトルは「招安」、今後の物語に凄まじく大きな影響を与える出来事が起きることになりますが、さてこの「絵巻水滸伝」の豪傑たちは如何に反応を見せるのか…ここ何回かは比較的のんびりしたエピソードが続いただけに気になるところです。


公式サイト
 キノトロープ/絵巻水滸伝


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2008.08.20

「幻山秘宝剣」 念法、時代劇に還る

 妖魔の潜むという災厄の山「おりんの山」。凄まじい面相だが念法なる秘技を操る賞金稼ぎ・工藤悪之進は、奇怪な三人の武士を率いて山の探索に向かう盲目の美剣士・朽葉兵庫に雇われる。さらにいわくありげな三人の男女を加え、山に向かう一行だが、山に潜む奇怪な罠が次々と襲いかかる。

 もうだいぶ以前の作品になりますが、菊地秀行先生の長篇時代伝奇小説第一作が、本作「幻山秘宝剣」であります。
 主人公の名は工藤悪之進、遣うは念法、(それと版元は光文社)とくれば、これはもう「妖魔」シリーズの工藤明彦のご先祖様としか思えない人物なのですが、その悪之進が挑むのは、凶事相次ぐ魔の山。人面の魔獣が徘徊し、奇怪な罠が待ち受けるこの山に分け入ることになったのは、悪之進のほか、いずれも訳ありの男女たち…疑心暗鬼の中、ある者は斃れ、ある者は互いに戦い、またある者は生きるために手を組み――魔の山の謎と、それを巡る複雑怪奇な人々の縁を、工藤流念法が一刀両断、という趣向となっております。

 念法とは、遣い手の念を極限まで高めることにより、念に物理的破壊力のみならず、一種の聖なるパワーを与え、異界の妖魔すら粉砕する力を与えるという秘技。上で述べたとおり、菊地作品の中でも長寿シリーズである「妖魔」シリーズの工藤明彦が得意とする技でありますが、初登場は、作者のデビュー作である「魔界都市新宿」の主人公・十六夜京也の技として――というのは、菊地ファンであれば言うまでもないお話ではあります。
 本作でこの念法の遣い手が登場したのは、お馴染みの技を出すことによって作品の間口を広げるため(そしてもちろんファンサービスもあるでしょう)だとは思うのですが、しかし、それに留まらない意味を持っているように思えます。

 「魔界都市新宿」も「妖魔」シリーズも、その重要な要素の一つはチャンバラ。奇怪な術者あるいは妖魔に抗するに、剣技を以て立ち向かう主人公というのは、これはヒロイックファンタジーというよりも、時代劇ファンである作者にとっては、時代劇へのオマージュと思えます。
 冒頭に述べたように、本作は作者の長編時代小説第一作。つまり、ついに時代劇の世界にデビューすることになった時、そこで主人公が操る技は、デビュー作以来の、時代劇オマージュの象徴である念法でなければならなかったのではないか…そう感じるのです。


 さて、そこで本作の内容の方はと言えば、さすがに作者が超伝奇バイオレンス作家として脂の乗りきった時期の作品だけあって、実にテンションの高いエンターテイメントとして、最初から最後まで楽しむことができます。登場するキャラクターたちも、剣客あり隠密あり妖女あり怪老人あり、おまけに人面の魔獣に鉄○○まで登場し、まさに菊地先生ならでは、と言うべき内容となっています。

 …尤も、さすがの鬼才をもってしても、初の長編時代小説で力が入りすぎたか、はたまた時代小説との距離感が掴みにくかったか――あまりに飛ばしすぎた内容に、ちょっと違和感を感じたのも事実。時代伝奇小説というよりは、江戸時代を舞台にした超伝奇小説にしか見えなかったのは、ちょっと残念な部分であります。
 菊地作品お馴染みの、この世のものならぬ現実離れした超人の技が、現代を舞台にした作品であれば違和感なく受け入れられる一方で、現代ではない、現実から少し離れた舞台ではかえって違和感を感じてしまうというのは不思議な話ですが、これは第一作として仕方のない部分なのでしょう

 と、色々言いつつも、やはりラストで明かされる敵の正体の凄まじさには、今読んでも驚かされますし、今の菊地先生の筆で、工藤流念法in時代小説を見てみたい…とつくづく思った次第です。


「幻山秘宝剣」(菊地秀行 光文社文庫) Amazon

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2008.08.19

「戦国妖狐」第1巻 人と闇が隣り合う時代に

 時は戦国、自称武芸者の真介は、人間好きの妖狐・たまと、人間嫌いの仙道・迅火の姉弟と出会う。世直しの旅の最中という二人に興味を持った真介だが、退魔の僧兵団・断怪衆に改造された少女・灼岩を助けたことから、一行は断怪衆との対決を余儀なくされるのだった。

 主に少年画報社で活躍している水上悟志先生の初時代コミックは、人と人外のもの・闇(かたわら)が隣り合って存在していた時代を舞台に、人間好きの闇と、闇になることを目指す人間嫌いの青年の姉弟を主人公とした伝奇活劇であります。

 その絵柄にふさわしいどこか暢気な雰囲気と、シビアでシリアスなドラマ描写を併せ持つのが水上作品の特徴の一つかと思いますが、本作は舞台が死と隣り合わせの戦国時代ということもあってか、相当にシリアス寄りの作品。人が人を、人が闇を、闇が人を殺す時代において、それぞれの想いを胸に生きようとする人々の姿が描かれます。
(それでも城パンチとか、ずいぶんすっとぼけたネタもありますけどね)

 物語的には、この第一巻のラストでようやくテーマが見えてきたというところでしょうか、迅火やこまの過去など、まだまだわからぬ部分も多いのですが、しかしそれはこれからのお楽しみというべきなのでしょう。
 人と闇が隣り合って存在していた時代だからこそ、人とは何か、人と闇の違いは何なのか、より明確に描けるということはあるのでしょう。迅火たちの旅路は、おそらくはそれを証明するものになるだろうと――そう感じているところです。


 ちなみに、水上作品で仙道というと、どうしても思い出してしまうのは「散人左道」。あちらは現代を舞台とした作品ですが、迅火の師匠・黒月斎は、明らかに「散人左道」の左道黒月真君を思い起こさせますし、迅火のオッドアイは妖精眼なのでしょう。
 さらにいえば、黒月斎が、迅火が完成させようとしている精霊転化の発展系の術は、やはり「散人左道」に登場したあの秘術でしょうし…その意味でも今後が気になる作品です。


「戦国妖狐」第1巻(水上悟志 マッグガーデンブレイドコミックス) Amazon
戦国妖狐(1) (BLADE COMICS)

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2008.08.18

「花かんざし捕物帖」第2巻 不幸な女人たちへの眼差し

 山風先生の「おんな牢秘抄」を島崎譲先生が漫画化した「花かんざし捕物帖」の第二巻が発売されました(ちなみに八月の講談社コミックスは、この他にせがわ先生の「Y十M」「バジリスク」文庫と、ちょっとした山風祭りに)。今回は、第一の事件、曲芸師のお玉の物語の解決編と、第二の事件、御家人の妻のお路の境遇の語りまでが、収録されています。

 内容的にミステリであり、また形式的には連作短編スタイルということもあって、なかなか二巻で描かれている内容自体に、ここで触れるのは難しいのですが、この巻から「姫君お竜」の本格的活躍が始まることもあり、いよいよ物語は華やかに、艶やかに動き出したという印象。前半ではお竜の神出鬼没の活躍が小気味よく描かれる(見世物小屋で、自分めがけて投じられた手裏剣を受け止める際のアクションが印象的でした)一方で、後半ではお路が体験した夢魔めいた愛欲の世界がねっちりと描かれ、硬軟(?)とりまぜての描写の巧みさは、さすがにベテランの島崎先生ならでは、と感じます。
(ただ、直参であの髪型はどうなのかしらん)


 さて、以前私は、第一巻の感想を書いた際に「確かに意外なチョイス、意外な取り合わせではありますが、その味は悪くありません」と本作を評しましたが、しかしその印象は誤りだったかもしれません。
 なぜなら、この第二巻を読むに、この島田先生による「おんな牢秘抄」漫画化は意外どころか全く違和感なく、味が悪くないどころか、見事な味わいを醸し出しているのですから――

 山風作品の中でも、原作はかなり異色の作品。内容自体はかなりきっちりとした時代推理ものながら、やはりお姫様が女囚牢に潜入しての活躍というのは、正直なところ、特異体質の忍者同士の死闘よりも、一層現実離れして感じられます(もちろん、それは作品自体の面白さとは全く別の問題であります)。
 しかし――その原作が島崎先生の筆をもって描かれた本作を見れば、そんなことに拘るのが愚かしく思えてきます。現実離れしていると思おうが思うまいが…確かにお竜は、不幸な女人たちはここに――可憐かつ華麗な姿でもって――はっきりとビジュアライズされ、生き生きと動き回っているのですから。

 こと本作においては、原作者は最良の作画者を得た――というのはほめすぎかもしれませんが、少なくとも原作の持ち味を十分以上に引き出していることは間違いありません。


 ちなみに、この第二巻で私が最も好きな場面は、冒頭でお竜が同牢の女囚たちに差し入れをするくだり。
 本筋には直接関わってこない(はずの)場面ではありますが、お竜の心根の美しさと、作者が不幸な女人たちに向ける眼差しの優しさが感じられて、心に残ります。


「花かんざし捕物帖」第2巻(島崎譲&山田風太郎 講談社KCDX) Amazon
花かんざし捕物帖 (2) MiChao!KC (KCデラックス)


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 作家インタビュー

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2008.08.17

九月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 例年にも増して暑い暑い夏、暦の上ではもう秋ですが、気候の上ではいつになったら秋が来るのかわかりません。それでも時間は着実に流れて、九月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 ちょっと淋しかった八月に比べて、九月はなかなかに充実のラインナップ。
 まず文庫小説では、風野先生の好調「若さま同心徳川竜之助」に、もしかすると加野先生の最高傑作になるのでは!? の「玄庵検死帖」のそれぞれ最新刊が登場。
 しかし何と言っても私的に最も注目しているのは、まさかのえとう乱星先生の「かぶき奉行」第二弾。「ほうけ奉行」「あばれ奉行」の立場は!? …というのは置いておくとして、いや再び織部多聞に出会える日が来るとは…全くもってめでたい限りです。

 また、文庫化では貘先生の陰陽師シリーズ長編大作「瀧夜叉姫」、赤城毅先生の「隻眼の狼王」、柴錬先生の「剣魔稲妻刀」など、新旧注目作が揃いますが、さらに何故か今回も荒山先生が「柳生薔薇剣」「柳生雨月抄」と二冊同月に文庫化。しかも後者はよりよって「金春屋ゴメス」と同時…いやはや「大戦争」と同時でなくてよかった。
 その他、個人的には柴田宵曲先生の「奇談異聞辞典」文庫化がかなり嬉しいですね。

 さて漫画の方もまたかなり充実。いよいよ佳境の環望先生「箱館妖人無頼帖 ヒメガミ」に、最後まであのタッチで描ききった蜷川ヤエコ先生の「モノノ怪」など、既刊シリーズの最新刊も大いに楽しみですが、やはり注目はついに単行本第一巻発売の、和月伸宏先生の西洋伝奇「エンバーミング」でしょう。月刊誌に舞台を移し、少し(大いに?)ダークな和月ワールドに期待です。

 最後にゲームは、新作は大胆にもPS3で登場の「侍道」のPSP版が登場。しかしそれ以上に気になるのは同日発売の「薄桜鬼 新選組奇譚」で…いや、乙女ゲーだしIFゲーということであからさまに危険球なのですが(というかamazonのレビューが…)。

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2008.08.16

「無限の住人」 第一幕「罪人」

 放送開始から時間が経っているのに今頃第一話というのもお恥ずかしいですが、ようやくアニメ版「無限の住人」第1話を見ることができました。第1話は原作の序幕、万次の妹・町が殺され、万次が悪党狩りを決心する部分までですが、アニメならではのアレンジも色々とあり、原作読者でもそれなりに楽しむことができました。

 無駄にエロかったり、格ゲー的連続技を叩き込んだり、現代のビル街が出てきたり(東KYOタワー…)と何かとユニークなOPの後は、原作読者的にどうするのか密かに気になっていた賞金稼ぎ・序仁魚仏が、切支丹の隠れ社に変わったとはいえ(まだ原作では時代劇「的」作品ということだったのか、ここ堂々と教会が登場したのですな)ちゃんと司祭スタイルで登場。万次の不死身ぶりを見せつけた上で一蹴されるのですが…

 次の場面では、原作ではまだ登場していなかったヒロイン・凛が、両親の墓に詣でるという形で登場。そればかりか、原作では中盤の登場だった幕府の新番頭・吐鉤群までもが登場、逸刀流統主・天津をスカウトする場面が挿入され、ちょっと驚かされました。
 原作では20巻を超え連載中の作品を、いまアニメ化するということで、当然構成は色々と変わってくることと思われますが、原作中盤で大きな役割を果たす吐(さらに第1話ラストには百淋姐さんも顔見せ)がここで登場するというのは、なかなか面白い試み。私は、個人的には、どうせアニメ化するのであれば思い切ってアレンジして欲しいと思う質の人間なので、先がちょっと楽しみになってきました。

 さて後半は、原作通り、万次と司戸菱安の対決なのですが…この辺り、二人の会話がどうにもマガジン辺りのヤンキーもの的で――まあ基本的に原作通りなのですが――今見ると別の作品のようで相当に違和感が。
 この前後、町が登場するシーンに象徴的に彼岸花が使われていたり、菱安を叩き斬り、破落戸連中を前に町に弔いの言葉をかける万次の表情など、演出としてなかなか良い場面もあったのですが、アクションシーン自体はさほど…という印象でした。


 さすがに絵は原作とは違うタッチとはいえなかなか丁寧でありましたし、放送前はどうかな…と思っていた関智一さんの万次も違和感なく、クオリティ的には悪くはないのですが、少なくとも現時点では良くも悪くも普通の「時代劇」になっていたなあというところ。
 もちろん物語的にはこれからが本番、先に述べたようにどのように構成がアレンジされるかという期待もありますし、まずはお手並み拝見、といきましょう。


 …しかし武士道を説きながら両刀を柄で連結した変態刀を取り出す斉藤応為辰政は笑い所なのか。


関連サイト
 公式サイト

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2008.08.15

「北神伝綺」 抹殺されたものたちの物語

 かつて柳田国男に破門されながらも、柳田の元で裏仕事に携わる異貌の男、兵藤北神。柳田の民俗学が近代国家日本の中で発展していく中で切り捨ててきた闇の部分・山の民にまつわる奇怪な事件に、次々と巻き込まれていく北神だが、彼もまた山の民の血を引く者だった。時代が大きく揺れ動く中、北神自身の運命もまた変転してゆく…

 「木島日記」「八雲百夜」とともに大塚英志の偽史三部作を成す、その第一作がその「北神伝綺」であります
 あの柳田国男の元弟子であり、その柳田の依頼で動く一種の始末屋的存在である異端の民俗学者・兵藤北神を主人公とした本作は、賢治・夢二・晴雨・甘粕・出口・乱歩など実在の人物が次々と登場するユニークなストーリーに、森美夏の蠱惑的な絵の力もあって、今なお色あせない魅力を持つ作品となっています。

 さて、古くからの大塚ファン、というか「摩陀羅」シリーズファンにとってはお馴染みの話ではありますが、「摩陀羅転生編」の登場人物の養父として当初語られた北神の設定は、柳田國男が自ら封じた民俗学の暗黒面「邪学」を継承する人物というもので、何と言うか今にしてみればずいぶんと香ばしいものだったのですが――
 しかしその民俗学の暗黒面が、本作においては意外な、しかし実に興味深い形で描き出されているのです。

 本作の中心となる存在――それは民俗学が科学として成立するために、そして何よりも近代国家において存在していくために不要だった研究成果。伝承の中に現れる、日本人のもう一つのルーツたる山の民であります。
 彼らこそは、明治以降、日本という国家がその一体性を高め、国民国家としての性格を強めていく中で排除されてきたもの(の象徴)として、本来であればそれを掬い上げるべき民俗学から捨て去られ、抹殺された存在。なるほど、これこそはまさしく「民俗学の暗黒面」「封印された民俗学」と呼ぶに相応しい存在でありましょう。


 日本という国は考えてみれば実に不思議な存在で、近世以前には存在しなかった近代国家という存在が、誕生してわずか百年にも満たない期間で瞬く間に成長した(そして一度弾けた)ことになります。
 その急速過ぎる成長の中で殺され、消され、忘れ去られたものたちの存在を、偽りと断じられた歴史の中で、あるいは終わらない昭和の中で描き出すのが大塚作品の一つのスタイルですが、その思想とメカニズムを、本作は、伝奇コミックの姿を借りて極めてロジカルに提示してみせたと言えるでしょう。

 その点からも、この不思議な国家がさらに生み出した虚構の国家である満州国を舞台とした「満州編」が見たかった…とつくづく思う次第です。


「北神伝綺」(森美夏&大塚英志 角川コミックス・エース 全2巻) 上巻 Amazon/下巻 Amazon
北神伝綺 (上) (角川コミックス・エース)北神伝綺  (下) 角川コミックス・エース 125-2


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2008.08.14

「百物語怪談会 文豪怪談傑作選特別編」 文化人の語る怪

 実は僕は怪談、それも実話怪談というのが大の好物なのですが、本書は名だたる文化人たちが集まっての怪談会の模様を収めたもの。実に僕好みの一冊です。
 本書に収録されているのは、「怪談会」「怪談百物語」という、いずれも今からほぼ百年前に発表された怪談記であります(付録として、一種の怪談会記録「不思議譚」も収録)。

 この二つの怪談集に登場するのは、泉鏡花をはじめとして、小山内薫・長谷川時雨・鏑木清方・柳田国男など、実に錚錚たる顔触れ(マニア的には、どちらにも水野葉舟が参加しているのがたまらない)。個人的には絵画も随筆も大好きな清方の怪談が掲載されているというだけでたまりません。

 もっとも、収録された怪談の内容といえば、これは全くもって玉石混淆と言うほかなく、現代の実話怪談ファンの目から見て楽しめるものばかりかと言えば、これは正直に申し上げて首を傾げるしかなく…特に、幽魂(含む生き霊)の知らせネタ――死の間際に知人に挨拶に来るというアレ――が異常に多いのには閉口いたしました。

 しかし、ある意味内容以上に感心してしまったのは、この時期――二十世紀初頭という自然主義文学の勃興期に、これだけの文化人が寄り集まっては怪談を楽しんでいたというその事実。
 本書でも大活躍の泉鏡花と、自然主義文学の関係を考えると、この怪談会の発表時期は何とも意味深く感じられる…というのは半可通の言い草かもしれませんが、面白い符合ではあります。

 何はともあれ、本書に描かれた怪談会の参加者の姿からは、語るのがどれほど恐ろしい物語であっても、どこか愉しさのようなものが感じられます。
 おそらくはこれこそが、怪談がいつの世にも――程度の差はあるのかもしれませんが――受け入れられる由縁なのではないかなと、若干の羨ましさとともに感じた次第です。


「百物語怪談会 文豪怪談傑作選特別編」(泉鏡花ほか ちくま文庫) Amazon

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2008.08.13

「悪忍 加藤段蔵無頼伝」 無頼の悪党、戦国を行く

 伊賀と甲賀の秘技を極めながらも、その双方の忍びを敵に回して戦国を闊歩する孤狼の悪忍・加藤段蔵。京で一仕事終えた段蔵は、次の仕事場を一向一揆に揺れる北陸に定め、越前朝倉家に姿を現す。首尾よく朝倉家に食い込んだ段蔵が狙う相手は果たして…

 漫画版が完結してからこちらを、と思っておりましたが、まだ少しかかりそうなのでやはりいま紹介してしまいます。原作小説たる「悪忍 加藤段蔵無頼伝」であります。

 加藤段蔵といえば、以前、漫画版の紹介の際にも書きましたが、上杉謙信や武田信玄の周囲に出没し、遂にはその技を恐れられて討たれたと伝えられる人物。本作では、朝倉家と加賀一向衆、そして上記の「史実」にも現れる上杉家(長尾家)を向こうに回して、段蔵が縦横無尽に暴れ回ることとなります。

 何せこの段蔵、今は故あって甲賀も伊賀も敵に回す(何たる無茶を!)暮らしですが、かつてはその二つの地で忍びとして、忍将として数々の秘技秘術を叩き込まれた男。いわゆる陰働きたる陰忍としてだけでなく、表に出て人の心を操り動かす陽忍としても超一流なだけに、その活躍も表裏に渡って実に多面的でユニークなのです。
 権力・財力・暴力…強大な力を持つ対手に、ある時はブラフで、またある時はそれ以上に強大な力で立ち向かう段蔵は、しかし、どこまでいっても頼むのは己の身一つ(…一つ?)。他人を利用することはあっても頼ることは決してないその生き様は、まさに「無頼」と言うべきものでしょう。

 そんな段蔵は、まごうことなき悪党ではありますが、しかしここで想起してしまうのは、悪党は悪党でも、鎌倉から南北朝時代にかけて活躍した悪党のほう。既存の権力に抗する者として悪の名でもって呼ばれた彼らは、同時に混沌とした時代に、ある種の主体性をもって切り込んだ存在であり――その姿が、本作の段蔵と被って見えるのです。
(段蔵が、悪党の代表格である楠木正成の名を冠した楠流軍学を修めているのは果たして偶然かしらん)


 さて、そんな痛快な段蔵の冒険譚も、しかし、本作の時点では道半ばといったところ。確かに一つの――それも彼にとって大きな大きな意味を持つ――戦いは終えたものの、それは更なる戦いへの序章に過ぎません。伊賀に甲賀、雑賀との戦いもまだまだ続きますし、サラッと流されましたが彼の出自を考えれば…
 そして、誰もが「それはさすがに…」と突っ込むであろうラストで明かされる豪快なネタもまだまだ描くべきことはあるはず。

 現在雑誌連載中の続編では、武田家を向こうに回しての活躍が描かれるようで、そちらの展開も、実に楽しみなのです。


「悪忍 加藤段蔵無頼伝」(海道龍一朗 双葉社) Amazon
惡忍


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2008.08.12

「雪山飛狐」 武侠藪の中

 雪山を舞台に激しく三つ巴の争いを繰り広げる武林の達人たちが誘われた先は、雪山飛狐なる達人を迎え撃たんとする山荘だった。そこに集った者たちの口から語られるのは、かつて李自成に仕えた四つの家の因縁から始まる、長きに渡る暗闘の歴史と、達人たちの赤裸々な姿だった。

 ドラマDVDの発売と期を一にして文庫化された本作、続けてビフォアストーリーである「飛狐外伝」の文庫化も開始されたこともあり、いい機会と読み返してみました。
 全一巻と、作者の長編作品の中では最も短い作品である本作は、一言で表せば、武侠小説版「藪の中」(あるいは「羅生門」)。すなわち、ある事件を取り巻く人間たちの様々な角度からの証言から、複雑怪奇な真実が浮き彫りとなる――そんな作品であります。

 ある武術流派の頭首の怪死と、その人物が遺したある品物を巡る争奪戦から幕を開ける本作は、その冒頭部分こそ典型的な武侠小説的展開ですが、しかしすぐに本作は独自の色彩を見せることとなります。
 争闘を演じていた一同が雪山の山荘に誘われ、そこで語られるのは、伝説的な達人・苗人鳳の過去の死闘、そしてその発端である李自成配下の四人の達人の因縁。しかし一人が語った物語は、その次に語るまた別の人間が語ることにより、全く別の姿を見せはじめることになるのです。

 かつて中国を席巻した反乱の指導者李自成の死と、彼に仕えた胡・苗・范・田の四人の達人の子孫の間で繰り返される死闘。彼らの子孫である苗人鳳と胡一刀の大決闘。同じく子孫である田帰農の謎めいた死。そして雪山に隠された秘密と陰謀――過去と現在にまたがる様々な謎の真実と、それを取り巻く武林の達人たちの虚飾に満ちた姿が、一人一人の証言を紡ぎ合わせることにより浮かび上がっていく展開は、実にエキサイティングであります。
 そして、物語の題材的にはいかにも武侠小説的なものを背景としているだけに、その中で描き出される赤裸々な人間模様は、より鮮烈に印象に残るのです。

 単に派手な伝奇活劇としてだけでなく、その中での人間描写の巧みさが金庸作品の魅力であることは言うまでもありませんが、本作で描かれる、行い澄ました達人たちの、その生々しすぎる裏の顔の描かれようは、金庸作品でも出色ではないでしょうか。


 もちろん、決して人のネガティブな面ばかりが描かれるわけでなく、苗人鳳と胡一刀の決闘を通して描かれる、二人の豪快かつ痛快な――まさに、親指を立てて「好漢なり!」と称えずにいられないような――人間像は、二人の子のほほえましい交流の姿と合わせて、本作における一服の清涼剤であるとともに、人と人との有り様における、一つの希望として感じられます。

 しかし、そんな小さな希望すらも雪崩の如く押し流していくのが人の業というもの。
 数々のドラマの果てに到達した、意外な結末は、作者自身がこうとしか描けなかった、というのはもちろんそうなのでしょうが、しかしそれと同時に、作者の「さあ読者諸君、君は人間というものを信じられるかね?」という問い掛けのようにも感じられた次第です。


「雪山飛狐」(金庸 徳間文庫) Amazon
雪山飛狐 (徳間文庫 き 12-35 金庸武侠小説集)

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2008.08.11

「夢霊」 夜の夢と現世の夢

 碁盤の上に乗って月を喰らう夢を、都で成り上がる証の吉夢と信じる青年・晴一は、その夢解きをしてくれた幼なじみの小雨を追って、都に出る。そこで小雨と再会した晴一は、人々から夢を買い取り、その夢を欲する人に売る夢霊師となって、小雨とともに人の夢を生業とすることとなる。晴一は、夢を通して人の世の諸相を知ることになるが…

 室町時代を舞台とした、一風変わった時代ファンタジーであります。一風変わった、というのは他でもない、時代ものに様々な職業が登場する中でも、本作の主人公・晴一の職業は相当に変わったものと思われるからです。それは、人々から夢を買い取り、また別の人間にその夢を売るというもの。夢という形のないものに価を付け、それを売り買いするというのは現代人から見ると不思議に思えますが、例えば北条政子の夢買いのエピソードを思い起こせば、なるほど、これは決して荒唐無稽なばかりのものではないでしょう。むしろ、歴史上に見られる人と夢の関わりを踏まえて、ロマンチックで、どこか物悲しい職業を生み出した作者の着眼点に感心します。

 それにしても、夢というのは考えてみれば不思議なもので、睡眠時に見る一種の幻覚のことを夢といえば、起きている時に胸に抱く願望や希望のことも夢といいます。この両者の共通点を強いて挙げれば、現時点では現実となっていない、人間の内面にあるヴィジョンということかと思いますが、晴一と小雨の生業は、これを語らせ語ることにより現実化させる(あるいは現実化させない)こと。現代の言葉で表せば、一種のカウンセリングと言えるのかもしれません(しかし、「夢霊師」と書いて「ゆめだまし」と読むのが何とも象徴的ではあります)。

 しかし、このような職業が成り立つというのは、その時代を生きる者が、大きな不安と、それと共に大きな希望を抱いていたということでしょう。本作を読み始めた当初は、別に他の時代でもよいのでは…という印象もないわけではありませんでしたが、しかし一つの時代の中で、人がこれほど相反する「夢」を見ることができた、見ざるを得なかった時代という点から考えると、なるほど室町というのは、なかなかに似合いの時代ではあります。

 さて、そんな時代の中で、人々のカウンセリングを行ってきた晴一が、最後に直面することとなったのは、己自身と――もう一人、己の最も近くにいた人物の夢。ここに至るまで、様々な人間の内面に触れて、夢というものの持つ意味と、その存在の不可思議さについて様々に考えを巡らせてきた晴一ではありますが、最後の最後で、もう一度、「夢」とは何か、という問いに直面させられることとなります。
 その答えが何であるか、そしてそれを受け止めて晴一が下した決断については、これはここでは触れませんが、その決断が招いた、驚くくらい甘甘な――ちなみにこの甘甘ぶり、本作が、そのもう一人の主人公の見る一場の夢だと考えれば、なるほどこれもアリかな、と思えます――中にも一つの救いがある結末は、それなりの説得力があると感じられます。

 良くも悪くも、青い部分も感じられる内容ではありますが、それが主人公自身のキャラクターと良い具合に重なって、決して印象は悪くない作品であります。


「夢霊」(桑原美波 講談社) Amazon
夢霊

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2008.08.10

「若さま侍捕物手帖 縄田一夫監修・捕物帳傑作選」 若さま久々の復活

 以前にも書いたかもしれませんが、捕物帖の中で私が最も好きなシリーズは城昌幸の「若さま侍捕物手帖」シリーズであります。いわゆる五大捕物帖の中で、唯一職業探偵が主人公でない本シリーズですが、そのせいか雰囲気もずいぶんと通常の捕物帖と違い、江戸情緒溢れる中にもどこか洒脱な味わいのある爽快な作品なのです。
 この度、徳間文庫の「縄田一夫監修・捕物帳傑作選」の一つとして、本シリーズが収録されましたが、その中には実に半世紀前(!)に単行本化されて以来となる作品も収録されており、ファンとしては誠に欣快の至りです。

 本書に収録されているのは「紅鶴屋敷」と「五月雨ごろし」の二つの中編。うち、今回復活したのは前者であります。
 この「若さま侍捕物手帖」は、ミステリのジャンルで言えば、いわゆる安楽椅子探偵。基本的に主人公の若さまが柳橋米沢町、船宿喜仙の二階座敷で、看板娘のおいとを相手に、床柱を背に膳部を据えてちびりちびりとやっているところに岡っ引きの遠州屋小吉から事件が持ち込まれて、座敷にいながらにして解決、というのがパターンですが、本作においては、珍しく――尤も、中長編ではさすがに座敷に座りっぱなしというわけではないのですが――江戸を飛び出して、若さまは神奈川のはずれの漁村に姿を現すことになります。

 江戸の呉服問屋・越後屋の番頭が殺害された一件の背後に、大規模な抜け荷、それも大大名も絡んでのものが潜んでいると知った小吉ですが、しかしさすがに大名も絡んでの事件に手が出せるはずもなく…というところで小吉が事件を持ち込んだことから若さまの出陣。殺された番頭の肩に、物堅いはずの商人には珍しい赤い鶴の刺青が彫られていたのに目をつけた若さまは、神奈川にある越後屋の寮が、通称・紅鶴屋敷と呼ばれていることから現地に乗り込んで――というのが本作のあらすじ。紅鶴屋敷の謎あり、悪女の跳梁あり、越後屋の身代を巡る争いあり…と、なかなかに盛りだくさんであります。

 とはいえ、探偵ものとしても時代(伝奇)ものとしても、さまでインパクトのあるものではないのが正直なところで、名作かと言われればうーん…というところ。どこに行っても何をしても若さまは若さまで、その伝法な口調も気持ちよく、一種のキャラクターものとして見ると実に面白く、ファンとしてはそれだけで嬉しくなってしまうのではありますが。


 もう一編の「五月雨ごろし」の方は、これは春陽文庫版で非常に手に入れ易かったこともあり既読でしたが、二重生活者の死を発端とする物語で、作中で発生する殺人事件の方は大した謎解きではないのですが、なぜ被害者が二重生活を送ったか、という謎解きに不思議な味わいがある作品でありました(そしてもちろん、こちらでも若さまは若さまらしくて素敵なのですが)。

 結局のところ、シリーズに初めて触れるファンにお勧めかというとちょっと難しいところですが、シリーズの熱心なファンにとっては楽しい一冊であるかと思います。


「若さま侍捕物手帖 縄田一夫監修・捕物帳傑作選」(城昌幸 徳間文庫) Amazon
若さま侍捕物手帖 (徳間文庫 な 18-10 縄田一男監修・捕物帳傑作選)

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2008.08.09

「柳生大作戦」第二回 日朝神器争奪戦

 少々紹介が遅れてしまいましたが、「KENZAN!」誌最新号に「柳生大作戦」第二回が掲載されました。が…一読、もしかして一回読み飛ばした? と悩んでしまうような展開。もちろんそんなわけはないのですが、まだまだ全貌の見えない展開であります。
 今回掲載の第一部第二章の舞台は、西暦668年の日本と高句麗。前回は475年と1592年でしたから、既に三つ目の時代が登場です。

 日本で描かれるのは、新羅の諜者による草薙剣強奪未遂事件。中大兄皇子の庶子・伊賀皇子に仕える服部半蔵(「はっとりはんぞう」…ではなく「はとりべのなかくら」)により、草薙剣を奪って逃走しようとした新羅妖術師が捕らえられるのですが、この事件は、現在半島で進む高句麗討伐と、伊賀皇子からその高句麗に使者が送られたことと何やら関係が…

 そして舞台は唐・新羅連合軍に包囲され、既に風前の灯となった高句麗の平壌城へ。高句麗の実権を握る泉男建と会見した伊賀皇子の使者・秦友足は、高句麗の二つの神器を託す旨、伝えられます。一つは霊的レーダーである沸流鼎、そしてもう一つは何と八岐大蛇の卵(ワンゴン様!?)…
 重囲された城から神器を運び出すために友足が用意していたのは、前回冒頭で登場した百済の神器・指南亀と、金色に輝き空を飛ぶ頭八咫烏――その名も怪鳥・臘鷺守(ろうろす)であります。先生、思いつきでどっかで聞いたような名前つけるの止めてください。
 が、ここで異変発生、友足の一行に紛れ込んでいた“劉仁軌”を名乗る男が騒ぎを起こし、高句麗に捕らえられていた新羅王女とともに、神器の安置された塔に立て篭もって…と、今回はここまで。


 さて、前回の冒頭では百済の滅亡が描かれましたが、今回描かれるのは高句麗の滅亡前夜。前回同様、今回も登場人物たちの口を借りて、朝鮮三国時代の歴史が語られますが、個人的には全く縁遠かったこの時代の朝鮮史はなかなか魅力的に映ります(…という時点で作者の目論見は半ば成功しているように思えます)。

 それにしても、本作で描かれる朝鮮神器の行方を見ていると、考えさせられるのは古代朝鮮と日本の歴史の皮肉。百済が滅んでその難民たちが日本に渡り、高句麗が滅んでその難民たちが日本に渡り…そのことを、本作は神器委譲の形で代表していますが、かつて敵対した国の民が、時を隔てたとはいえ、同じ国に逃れてきたという史実は、不思議な気分にさせられます。

 と、これまた作者の術中に陥った感もありますが、物語の本筋の方は、ちょこちょことバカネタも飛び出してきて、先生いよいよ興が乗ってきましたな、というところ。

 しかし前回と今回で、全く時代が違うにも関わらず、同じ名前の登場人物と同じシチュエーションが登場して――もちろんそれは計算づくですが――ちょっと混乱させられました。
 何よりも、今回のエピソードが、前回の1592年とどう繋がるかが見えないのがちょっと残念ですが(目茶苦茶やっているようで前作は連載各回のキリは良かったですしね)、先が見えない物語を素直に楽しみに待つのがよいのでしょう。とりあえず怪獣(怪鳥)が久しぶりに出てきたのは嬉しいですね。


「柳生大作戦」第二回(荒山徹 講談社「KENZAN!」vol.6掲載) Amazon
KENZAN!VOL.6


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2008.08.08

「小説無限の住人 刃獣異聞」 もう一つのむげにんワールド

 剣流統一を画す逸刀流に父を殺された少女・凜は、不死身の男・万次を用心棒とする。逸刀流との戦いを開始する二人だが、しかし彼らの他に逸刀流を狩る影あった。犬の仮面をつけた奇怪な巨漢・イヌガミ――到底常人とは思えぬその存在に凜は関心を抱く。そして遂に逸刀流統主・天津と彼らが対峙する時が来た…

 書店で見かけぬ「無限の住人」の単行本を見つけて、不思議に思って手に取ってみれば、これが何と小説版。それも、作者は大迫純一先生というのに驚きつつ、早速読了いたしました。

 読む前は、原作では描かれなかったエピソードを描いた外伝的内容かと勝手に思っていましたが、これが何と、原作を冒頭から再構成してオリジナル要素を加えた、いわばアナザーストーリーとでもいうべき内容。凜と万次の出会いから始まり、黒衣や凶との戦いを経て、何と無骸流の面々も早々に登場(もっとも、現在放映中のアニメ版でも冒頭から登場していますが)、オリジナルキャラクターを加えて、三つ巴で結末になだれ込んで行くという展開になっています。

 一から物語を始めた上に、原作の序盤~無骸流登場あたりまでのレギュラーキャラをほぼ総登場させて一冊にまとめたという性質上、一人一人のキャラの出番はそれほどでもないのですが、元々が個性の塊のような――その、原作でのブッ飛んだ服装や言動を律義に文章で表しているのが楽しい――連中の上に、それぞれの出番での描写が、原作の味をよく踏まえたものになっていて、違和感や不足感をほとんど感じさせないのは、これはなかなかのものだと思います。特に、黒衣の得物を巡る凜と万次の会話は、二人の微妙な距離感をうまく描いていて感心しました。
(もっともこれは原作読者ゆえの感想で、全く初体験の状態で読めばまた別の感想があるかもしれませんが――)

 さて、原作読者であれば、万次さんの出番のなさというか、勝率の悪さはよくご存知かと思いますが、実はその点は本作でも健在。はじめこれも、一種の原作再現なのかしらんと意地悪なことを考えてしまいましたが、しかしこれがまるで勘違いであったことを思い知らされるのが終盤の展開。
 少々ネタバレになってしまいますが、凜の用心棒である万次が、結果的とはいえ、逸刀流の人間をほとんど斬っていないという状態が、終盤に至って、思わぬ問い掛けを凜に対して投げ掛けることとなります。

 その問い掛け自体は、原作でも幾度となく登場するものではありますが、しかしそれが、このアナザーストーリーとしての展開とうまく噛み合って、何とも言えぬ重みを見せるのには、ただ感心させられた次第です。
 そしてもう一人の万次とも呼べるかもしれないオリジナルキャラ・イヌガミとの死闘を経て、父母の仇である天津を前にした凜がとった行動は、この問い掛けの――つまりは「無限の住人」という物語のテーマの一つへの――答えとして、納得のいくものであったと感じます。

 もちろん、ノベライゼーションゆえの様々な――上に述べたようなキャラ総登場など――制限はあり、またオリジナルキャラもちょっと新味に欠ける部分はあるのですが、しかしもう一つの「無限の住人」として、しっかりと成立している作品だと、感じている次第です。


「小説無限の住人 刃獣異聞」(大迫純一 講談社KCノベルス) Amazon
小説無限の住人刃獣異聞 (KCノベルス)


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2008.08.07

「闇の太守」 闇の向こうの宿星

 この世の影に存在するというもう一つの国「根の国」を束ねるという「闇の太守」。その闇の太守と呼ばれる青年・贄塔九郎は、己の宿星を求めて旅に出る。何かに導かれるように流離う塔九郎の前に、彼の首を狙う兵法者、そして八岐大蛇の首から生まれた物怪たちが立ちふさがる。

 山田正紀先生の作品の中でも、時代小説は常に一定のウェイトを占めていますが、その中でも私が最も好きな作品が、この「闇の太守」(の第一巻)です。
 「剣と魔法の物語」を日本の戦国時代で描くことを目指したという本作、その着眼点のユニークさは言うまでもないことながら――しかも、まだまだ「剣と魔法の物語」が我が国ではマイナーだった頃に、というのが素晴らしい――しかし、さすがは山田正紀、と唸らされるのは、やはり「闇の太守」の存在の独自性でしょう。

 根の国と言えば、日本神話に登場する地中異界、黄泉の国。現世あるいは天上界に対置されるもう一つの世界であります。
 その国を束ねる者ということは、いわばこの世の裏面を支配する者ということ。そして神話の中でこの根の国に赴き、住まう存在が須佐之男命であったことを思えば、闇の太守たる塔九郎が、八岐大蛇の眷属と対峙するというのが、また何とも象徴的であります。

 さて本書は、「出雲人外宮」「飛騨桃源郷」「氷見痩面堂」「甲州陽炎城」の四編で構成される連作短編集のスタイル。その各話において、塔九郎は八岐大蛇の首から生まれた物怪一匹ずつと対決することとなります。
 …ということは、本書で塔九郎の前に現れる八岐大蛇の首は四つ。当然首は全部で八つですから――つまり、本作は半分の時点で途絶しているということになります。

 実はこの「闇の太守」は最終的には四巻まで刊行されて完結しているのですが、しかし、二巻以降については、闇の太守たる塔九郎は登場しているものの、設定は共有されず、ほとんど全く別の物語として展開されています。
 こちらの物語も、もちろんそれなりに面白く、いずれは紹介する機会もあるかと思いますが、しかし闇の太守という存在のミステリアスさ、そしてその存在を中心にした独自の世界観の魅力は、この第一巻のみに存在するもの。冒頭で私が大好きなのが「闇の太守」(の第一巻)と書いた所以です。

 もっとも、「闇の太守」の全貌が明かされずに終わってしまったことは、もちろん実に残念ではあるのですが、しかし、描かれた四つの物語はどれもそれぞれに魅力的な作品であり、見逃すには惜しいものばかり(個人的には第四話「甲州陽炎城」で提示された山本勘助の「正体」の見事な解釈は、いまだに強く印象に残っています)。
 果たして塔九郎が知るはずだった宿星の正体が如何なるものであったのか…それはおそらくこの先も永遠に闇の向こうかと思いますが、四編を元に想像してみるのもまた一興かもしれません。


「闇の太守」(山田正紀 講談社文庫) Amazon

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2008.08.06

「赤鴉 セキア」第2巻 赤鴉衆、薩摩を蹂躙す?

 江戸時代後期、海外から迫る脅威に立ち向かう混血の隠密集団・赤鴉衆の活躍を描くかわのいちろう先生の時代アクション漫画の第二弾であります。
 第一巻ではフェートン号事件の背後での赤鴉衆の活躍が描かれましたが、この巻からは、長崎を舞台に企てられる薩摩藩の巨大な抜け荷計画に、赤鴉衆たちが挑むことになります。

 単行本表紙で「薩摩抜荷編」と題されたこのエピソードの中心となるのは、江戸から長崎にやってきた御庭番・明楽勘介(にしても明楽は、村垣の次に御庭番ではメジャーな姓になった感が…)。彼が、任務で赤鴉衆と出会い、捜査を進める中で、赤鴉衆一人一人の素顔も描かれていくこととなります。

 …というか、この巻に収められたエピソードは、「薩摩抜荷編」というよりも「薩摩蹂躙編」と表したくなる展開。毎回毎回、赤鴉衆の一人一人の、キャラ紹介を兼ねた活躍の中でものすごいかませ犬扱いにされる薩摩隼人の皆さんが、何だか不憫にすら思えてきます。
(一人一人がバカ強い上に、更に仲間まで増えるから本当に始末に負えません。彼らを敵とする者に呪いあれ)

 …と、冗談はさておき(いや冗談ではないんですが)、キャラ紹介にストーリー展開が食われた部分がなきにしもあらずですが、かわの先生のアクション演出は相変わらず達者で、特に敵味方様々な武術を操る人物ばかりの今回は、その描き分けを見ているだけでもなかなか楽しいのです。
 特に、明楽が遣うのは馬庭念流の剣と、時代漫画ではちょっと珍しい流派なのですが、その特徴的な構えと技の描写が面白く、感心させられました。

 ちょうど掲載誌の今月号で、今回のエピソードは完結しましたが、もちろんまだまだ続く赤鴉衆の戦い。一人一人のキャラクターが見えてきたところでもあり、単行本の続巻はもちろん、今後の展開も楽しみであります。


 にしても今回の単行本の帯、私以外に喜ぶ人がいるのかしらんというニッチな仕掛けでちょっと驚いた。


「赤鴉 セキア」第2巻(かわのいちろう リイド社SPコミックス) Amazon
赤鴉~セキア 2 (2) (SPコミックス)


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2008.08.05

「風の忍び 六代目小太郎」 満足する生という問いかけ

 江戸城天守の屋根に上るのを日課とする小普請組の青年・風間伊織。しかし彼の裏の顔は六代目風魔小太郎、先代小太郎と徳川家康の約定により、風魔を束ね、江戸の夜の世界を守護する者だった。そんなある日、江戸に現れた<時渡り>の異名を持つ老忍者が、風魔に挑戦状を叩きつける。次々と江戸で爆弾テロを引き起こす<時渡り>の真意とは…

 時代小説界で伝奇ものの肩身が狭くなっている昨今においてもなお、伝奇ものをメインとした活動を続ける柳蒼二郎先生の新作は、嬉しいことにやはり伝奇もの。
 それも、北条家滅亡後は江戸を盗賊として荒らし回ったという風魔一族が、逆に江戸を陰から守護する者として活躍するというユニークなストーリーの忍者アクションとくれば、もちろん見逃すわけにはいきません。

 本作での風魔は、主人公・伊織の父たる五代目小太郎と家康の約定により、江戸の夜の治安を守ることと引き換えに、江戸の住人たることを許されたという設定。配下たちは吉原の庄司甚右衛門(甚内)と鳶沢町の鳶沢甚内の元で表の暮らしを送り、そして伊織は無役の小普請組の旗本として飄々と暮らす一方、江戸に一朝事あらば、その秘術を駆使して立ち向かうのです。

 面白いのはこの伊織が、風魔小太郎の名にも似合わぬような暢気な人物として描かれていること。暇さえあれば江戸城天守の屋根に上っては家光の不興を買いつつも何故かお咎め無しという謎の男として城中で囁かれ、友とするのは同じく屋根の上仲間の柳生十兵衛と、屋敷がお隣りさんの小野次郎右衛門父子のみ、というのも面白いところです。

 さて、そんな彼らの前に今回現れるのは、戦国時代の生き残りの老忍者、時間と空間を無視したような出没を繰り返すことから<時渡り>の甚左の異名を持つ怪人であります。
 火術を得意とし、体内に火薬を充満させた爆裂女(つまり人間爆弾!)を操る彼が、隠棲していた肥前を出て江戸に出現、爆弾テロを繰り返すのに、風魔は一党を挙げて立ち向かうこととなります。

 しかし、その出没先もさることながら、わからないのは甚左の真意。その気になれば江戸城襲撃も夢ではない男が、何故わざわざ風魔を挑発するように小規模な犯行を繰り返すのか。そして何よりも、何故当人は満ち足りたような表情を見せるのか…その絵解きが、本作の中心となっています。

 本作の登場人物たちは、みな今日という日を平穏に送りながらも、しかし老いも若きも、それぞれに満ち足りぬものを抱えていることが示されます。
 両甚内や小野忠明は、次の世代を育てながらも己の死に場所を心中では求め、十兵衛は平穏の中に己の熱い血を燃やす場を求め…一番飄然としている伊織ですら、未来への漠然とした不安を持たぬことはないのです。
 その中で、テロを繰り返しながらも――つまりは太平の世に不満を持つはずの――何故一人平穏な表情を見せる甚左。
 この違いは何なのか、そして人にとって満足する生とは、生きるとはどういうことなのか…些か大仰に言えば、この問いかけが、本作のテーマであると言えます。


 小説として見た場合、シリーズ第一作(?)にもかかわらず、登場人物――特に若手の風魔衆――が多くて少々面食らう部分があり、また細かいことを言えば、風魔像には隆慶節が色濃く残りすぎている部分もあって、粗削りに見える部分は確かにあります。

 しかしながら登場人物はどれも個性的、そして何よりも忍者同士が己の技の名を叫びながら忍法合戦を繰り広げてくれるというのが楽しく、もちろん上に挙げたテーマの存在も含めて、私は楽しく最後まで読むことができました。
 伊織=小太郎の次なる冒険に出会えることを期待します。


「風の忍び 六代目小太郎」(柳蒼二郎 学研M文庫) Amazon
風の忍び―六代目小太郎 (学研M文庫 や 10-2)

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2008.08.04

「戦国戦術戦記LOBOS」第3巻 人間とは、真のプロフェッショナルとは

 戦国アクションの快作「戦国戦術戦記LOBOS」の待望の第三巻です。この巻ではほぼ一冊を使って、前の巻でスタートした、柿崎景家暗殺を巡る「狼」と伊賀日隠衆の死闘の顛末が描かれることとなります。

 景家の首を狙う市蔵たち「狼」と、その宿敵である日隠衆の争いは、どちらが先に暗殺を成功させるかという争いから、互いのメンバーの潰し合いへ展開。忍びである日隠衆はもちろんのこと(?)、「狼」の面々もまた一芸に秀でた達人たち。
 この達人同士のバトルがまた、迫力と奇想に満ちていて実に良いのですが――しかしその一方で、このままバトルものに傾斜していくのかな、それはそれで面白いのだけれど、少し勿体ないような…と一瞬思ったのですが、それはもちろん杞憂でありました。

 そう、両者の死闘の中で描き出されるのは、互いの秘術の冴えのみならず、何故戦うのか、何のために戦うのか――両者が寄って立つものの明確な違いであります。
 日隠衆にとって任務は、己の力を発揮し、誇示する以外の何物でもありません。その意義の前では報酬すら二の次であり、己の身を刃として鍛え上げ振るうことにこそ目的を見出だす彼らは、ある意味最も純粋な存在なのかもしれません。
 それに対して「狼」の方の理由は、ある者は復讐のため、ある者はそのものずばり金のため…比べてみれば「不純」ですらあります。

 が、その「不純さ」が――目的達成に留まらず、任務に何かを望む心こそが、人間の心の証であり、そしてそれこそが人の強さの源になると…死闘の中での「純粋さ」との対比で、自然に描き出されているのです。
 ともに銭金のために戦う存在でありながらも、しかしその目指すところは全く異なる――迫力あるバトルを展開させながらも、人間とは、真のプロフェッショナルとは何か浮かび上がらせる業前には脱帽です。

 そしてこの巻のラストからは、市蔵の過去編がスタート。この中で、おそらくは上記の問いかけがより先鋭化された姿で描かれるのではないか――そう期待しているところです。


「戦国戦術戦記LOBOS」第3巻(秋山明子 講談社シリウスKC) Amazon
戦国戦術戦記LOBOS 3 (3) (シリウスコミックス)


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2008.08.03

「太王四神記」 第17話「冷たき慈悲」

 相変わらず思い出したように感想を書いてますが、感想を書いていない週もやっぱり面白いです「太王四神記」。
 今回は四神を求める旅から帰ったタムドクたちが、事実上火天会に制圧された首都に乗り込んでの決戦、タムドクと火天会大長老との剣術対妖術の直接対決もあって、ほとんど最終回のようなテンションでの大活劇でありました。

 数多くの城を落とし、青龍の神器を手に入れて帰還したタムドク軍を待っていたのは、軍は城内に入れず、王のみ城内に入って禊ぎを受けるべし、という神殿の通達。
 当然これは火天会の罠、利用していたヨン・ガリョに公然と叛旗を翻して本性を剥き出しにした大長老は、重臣たちをガリョの屋敷に閉じ込め、さらには北魏軍を高句麗に迎え入れようとしていたのでありました。

 正直なところ、四神の神器争奪戦がまだ白虎を残しており、まだ決着していなかったため、首都での決戦もまだ先のことと思っていたのですが、ここにきて事態は風雲急。一話丸々使っても良さそうだった神殿でのタムドクとキハの再会と決別をある意味前哨戦にして、あとはひたすら城内に突入したタムドク軍と、火天会の赤忍者たちとの乱戦乱戦また乱戦。
 相変わらず先頭に立って行動しすぎるタムドク(単独行動する癖を治してくださいと遂に苦言を呈されてしまったのに爆笑)と武闘派のチュムチ、それにスジニの三人が赤忍者を相手に大暴れの展開は、なかなか爽快でありました。特にアーチャーなのに近接戦も強いスジニかわいいよスジニ。

 そして遂に諸悪の根源、火天会長老と対峙するタムドクですが――ここまで延々と書いてきて何ですが、今回のメインはここから。もうとにかくこの大長老が素晴らし過ぎる。
 一目で悪の妖術師とわかるビジュアルにも一層磨きがかかり(どう考えてもヒロインよりも衣装持ちですこの人)、まさにラスボスの貫目。見てくれだけでなく、黒い瘴気じみたオーラを操って、人質に取った重臣を手も触れずに捻り殺したり、タムドクの刃を目の前で絡めとって弾き返したりと、妖術をバンバン使って暴れ回ります。
 何よりも、この役を演じるチェ・ミンスと、声を当てる俵木藤汰の演技が素晴らしく、ラストのタムドクとの一騎打ちは、ビジュアル・テンションともに「俺が見たかったのはこれだよ!」という気分で大いに興奮いたしました。
(以前から繰り返していますが、ここまで「悪い朝鮮妖術師」が大活躍するドラマが今まであっただろうか!? …いや朝鮮妖術師自体、普通出てこないですが)

 結局、発動した青龍の神器のパワーにより大長老がリングアウトしてしまったのが残念でしたが、まあここで本当に退場されても困るのでこれはよし。 首都から火天会を追い出し、重臣たちからも信頼を得てめでたしめでたし…という一方で、残る白虎の神器を巡って、ライバルであるホゲは不穏な動きを続けて…というところで、いよいよ物語は終盤戦に突入でしょうか。今回を上回るテンションの高さが今後も見られることを期待します。


 ちなみに本作、来年宝塚で舞台化されるのですね。朝鮮、妖術、それに宝塚――これはどう考えてもあの作家が動くとしか思えないぜ…

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関連サイト
 NHK 総合テレビ公式
 NHK BShi公式

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2008.08.02

「遺恨の譜 勘定吟味役異聞」 巨魁、最後の毒

 八代将軍を巡る暗闘が激しさを増す中、紀伊国屋文左衛門の手により、米相場が暴落する。新井白石の命でこれを追う水城聡四郎と家士の大宮玄馬に次々と刺客の群れが襲い掛かる。その一方、死の床にあった柳沢吉保は、遂に大奥に将軍暗殺の手を伸ばす――

 いよいよ終盤戦に突入した勘定吟味役異聞シリーズ、第七巻の本作では、シリーズ当初から主人公たちの巨大な壁であった柳沢吉保が遂に姿を消すこととなります。
 しかしその妄執とも言うべき徳川綱吉への忠誠心は、徳川将軍家への毒針と化し、最後の最後まで、物語を不気味に掻き回すのが、何ともこの人物らしいところです。

 その吉保をはじめ、八代将軍位を巡るプレイヤーたちの間に挟まれて今回も苦闘を繰り広げるのはもちろん聡四郎。上田作品では、主人公が複数の勢力に付け狙われるのはまず常態ですが、本作でも次から次へと襲撃やストーキングに悩まされることとなります。
 正直なところ、読んでいるうちに、この刺客は誰が送ったものかしらんと混乱する場面もなきにしもあらずですが、読者ですらこうなのだから、聡四郎自身はもっと大変だろう…と変な感心の仕方をしてしまうことも。

 本作ではそんな聡四郎が、罷免されることもなく――言われてみればこれは確かに不思議な話で――勘定吟味役を続けることができる理由が描かれ、なるほど! と膝を打ちましたが、これももちろん聡四郎自身のためを思ってではないところがまた辛い…

 表向きは不気味に静まり返った水面下で繰り広げられる八代将軍位を巡る暗闘。聡四郎は、そこに波紋を起こすために投げ込まれる石の役割を担わされることとなりそうですが――しかし、石ころにだって意地が、自分自身の意志がある。武士として人間として、聡四郎がこの状況に如何に立ち向かっていくのか…いよいよ目が離せなくなってきました。


「遺恨の譜 勘定吟味役異聞」(上田秀人 光文社文庫) Amazon
遺恨の譜―文庫書下ろし/長編時代小説 (光文社文庫―勘定吟味役異聞 (う16-8))


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 「暁光の断 勘定吟味役異聞」 相変わらずの四面楚歌

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2008.08.01

「大帝の剣」(漫画版)第2巻 一種のなんでもあり感?

 夢枕貘の原作を、韓国の新星・渡海がビジュアル化した漫画版「大帝の剣」の第二巻が登場であります。物語はまだまだ序盤ですが、個性的なキャラクターが続々登場、なかなかに賑やかなことになってきました。

 ストーリー的には、ほとんど原作をそのままなぞっており、その意味では原作読者には新味はないのですが、しかしそれだけにビジュアル面が逆にインパクトを持って迫ってくる本作。
 第一巻ではメインキャラがほとんど源九郎しか登場しませんでしたが、この第二巻では牡丹・姫夜叉・申・破顔坊とお馴染みのキャラクターが続々と登場。原作でのイメージを十分以上に踏まえつつも、そこに渡海氏独自の生真面目なまでのリアリズムが加わって、印象的な造形となっています。

 もっとも、時代劇というよりも武侠もの的なデザインには違和感を感じる方もいるかもしれませんが――牡丹などは原作挿絵からずいぶん変わっているだけに特にそう感じるかもしれません――これはこれで原作にもあった一種のなんでもあり感に通じるものがあるかな、という気もいたします。

 正直なところ、あまりに展開がゆったりしていて不安になる面もあるのですが、しかし読んでいる間はこのペースで良いのだ、と思えてしまう不思議な本作。掲載誌である「コミックビーム」同様、マイペースで、しかし途切れることなく描き継がれていけば良いのかな、と感じるところです。


「大帝の剣」(漫画版)第2巻(渡海&夢枕獏 エンターブレインビームコミックス) Amazon
大帝の剣 2 (BEAM COMIX)


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