「夢霊」 夜の夢と現世の夢
碁盤の上に乗って月を喰らう夢を、都で成り上がる証の吉夢と信じる青年・晴一は、その夢解きをしてくれた幼なじみの小雨を追って、都に出る。そこで小雨と再会した晴一は、人々から夢を買い取り、その夢を欲する人に売る夢霊師となって、小雨とともに人の夢を生業とすることとなる。晴一は、夢を通して人の世の諸相を知ることになるが…
室町時代を舞台とした、一風変わった時代ファンタジーであります。一風変わった、というのは他でもない、時代ものに様々な職業が登場する中でも、本作の主人公・晴一の職業は相当に変わったものと思われるからです。それは、人々から夢を買い取り、また別の人間にその夢を売るというもの。夢という形のないものに価を付け、それを売り買いするというのは現代人から見ると不思議に思えますが、例えば北条政子の夢買いのエピソードを思い起こせば、なるほど、これは決して荒唐無稽なばかりのものではないでしょう。むしろ、歴史上に見られる人と夢の関わりを踏まえて、ロマンチックで、どこか物悲しい職業を生み出した作者の着眼点に感心します。
それにしても、夢というのは考えてみれば不思議なもので、睡眠時に見る一種の幻覚のことを夢といえば、起きている時に胸に抱く願望や希望のことも夢といいます。この両者の共通点を強いて挙げれば、現時点では現実となっていない、人間の内面にあるヴィジョンということかと思いますが、晴一と小雨の生業は、これを語らせ語ることにより現実化させる(あるいは現実化させない)こと。現代の言葉で表せば、一種のカウンセリングと言えるのかもしれません(しかし、「夢霊師」と書いて「ゆめだまし」と読むのが何とも象徴的ではあります)。
しかし、このような職業が成り立つというのは、その時代を生きる者が、大きな不安と、それと共に大きな希望を抱いていたということでしょう。本作を読み始めた当初は、別に他の時代でもよいのでは…という印象もないわけではありませんでしたが、しかし一つの時代の中で、人がこれほど相反する「夢」を見ることができた、見ざるを得なかった時代という点から考えると、なるほど室町というのは、なかなかに似合いの時代ではあります。
さて、そんな時代の中で、人々のカウンセリングを行ってきた晴一が、最後に直面することとなったのは、己自身と――もう一人、己の最も近くにいた人物の夢。ここに至るまで、様々な人間の内面に触れて、夢というものの持つ意味と、その存在の不可思議さについて様々に考えを巡らせてきた晴一ではありますが、最後の最後で、もう一度、「夢」とは何か、という問いに直面させられることとなります。
その答えが何であるか、そしてそれを受け止めて晴一が下した決断については、これはここでは触れませんが、その決断が招いた、驚くくらい甘甘な――ちなみにこの甘甘ぶり、本作が、そのもう一人の主人公の見る一場の夢だと考えれば、なるほどこれもアリかな、と思えます――中にも一つの救いがある結末は、それなりの説得力があると感じられます。
良くも悪くも、青い部分も感じられる内容ではありますが、それが主人公自身のキャラクターと良い具合に重なって、決して印象は悪くない作品であります。
「夢霊」(桑原美波 講談社) Amazon
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