「エンバーミング」第1巻 人外の怪物が描く人間ドラマ
五年前、謎の怪人に家族を皆殺しにされたヒューリーは、惨劇を共に生き延びた親友レイスと、怪人に復讐戦を挑もうとしていた。が、怪人――人造人間――の強大な力の前にレイスは斃れ、ヒューリーは九死に一生を得る。人造人間の創造主に激しい怒りを燃やすヒューリーだが、その前に現れたのは人造人間となったレイスだった…
ヴィクトル=フランケンシュタインの落し子たる異形の人造人間が跳梁する世界を舞台とした和月伸宏先生の最新作、「エンバーミング -THE ANOTHER TALE OF FRANKENSTEIN-」の、待望の単行本第一巻が発売されました。先に読み切り版で登場した二組の主人公に続く第三の主人公ヒューリーの登場から旅立ちまでを描く第一章「DEAD BODY and REVENGER」全五話が収録されています。
当然のことながら、雑誌掲載時に全て読んでいたのですが、こうして一冊にまとまったものを読んでみると――いや実に面白い。おかしな話ですが、こんなに面白かったのか! と改めて瞠目させられた次第です。
作者の言(和月先生の単行本名物、キャラ&エピソード解説は健在!)によれば、元々読み切りエピソードとして構想されていたプロットとのことですが、そのためか、冒頭から結末に至るまでの構成、演出がとにかく見事。物語の緩急、展開の盛り上げ方、キャラの感情の動きの見せ方が実に巧みで、特にこのエピソードのクライマックスである第五話の展開は――正直なところ、予想できる内容ではあったのですがそれでもその予想の枠を吹き飛ばすように――衝撃的かつドラマチックでありました。
物語を構成するピースが、カチリと美しく全てはまった次の瞬間、全てを粉々に吹き飛ばされた快感とでも言いましょうか――
もちろんこの第一章はまだまだ序章。これからヒューリーがどのような旅を続け、そして他の主人公たちとどのように出会うことになるのか、それはまだ全くわかりません。しかし、その旅が血塗られた、悪意と狂気に彩られたものになることだけはしっかりとわかります。
しかしそれであってもなお、どこか安心して続きを心待ちにできるのは、そのような人外の怪物が跳梁する地獄旅の中にあってなお――いやそれだからこそ――描くことのできる人間ドラマがあるはず、和月先生であればそれを描くはず、と信じているからであります。
その期待を胸にしつつ――もちろん壮絶な伝奇ホラー展開も楽しみにしつつ――気の早い話ですが、続刊を待つ次第です。
なお、個人的にこの単行本で嬉しかったのは、時代背景解説である「エンバーミング博物誌」がきちんと収録されていたこと。
必ずしも本筋と関係ある内容ではないかもしれませんが、しかし読者のほとんどにとって馴染みのない時代である作品世界にディテールを与えるこのコーナーは、一歩間違えれば荒唐無稽なファンタジーともなりかねぬ本編の支えとなるものとして、大いに意義あるものと私は感じているところです。
「エンバーミング -THE ANOTHER TALE OF FRANKENSTEIN-」第1巻(和月伸宏 集英社ジャンプコミックス) Amazon
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