「若さま同心徳川竜之助 陽炎の刃」 時代ミステリと変格チャンバラの快作
相変わらず快調なペースで新作が刊行される風野真知雄先生ですが、私が個人的に最も楽しみにしているのは、幕末を舞台に田安家の十一男坊が町方同心となって活躍する「若さま同心徳川竜之助」シリーズ。奉行所ものと剣豪もののブレンド加減が実に楽しいシリーズですが、嬉しいことに順調に巻を重ねて、この「陽炎の刃」で四巻目であります。
これまでのシリーズと同様、全四話の連作短編集スタイルとなっている本書。四つの事件に主人公・福川竜之助こと徳川竜之助が挑むのですが、その事件がまた奇怪な、あるいは間の抜けたものばかりであります。
大店の娘の飼い犬が辻斬りに遭った、火の見櫓に立て篭もって動かない男がいる、座敷牢の男が一夜にして生首となった、死んだはずの男が寒夜に川で泳いでいた――いずれも、一歩間違えれば耳嚢にでも乗りそうな事件ですが(ってそれは別のシリーズ)、竜之助が暴く、その背後に潜んだ真相はどれもユニークなものばかり。
個人的に特に面白かったのは、第一の事件・犬の辻斬り。
この事件は、犬が殺害された後に、飼い主の少女の前に、その犬の幽霊が現れるという実に奇っ怪な展開を見せることになります。二重に不思議なこの事件ですが、背後に潜んだ人間関係・人間心理を知ってみれば、その真相は、なるほど妙ではあるがロジカルで、時代ミステリとしてもなかなか面白いと感心した次第です。
さて、本シリーズのもう一つの魅力は、竜之助が継承する葵新陰流を巡る、他の新陰流との激突。この巻で登場するのは肥前の鍋島新陰流、「柳生武芸帳」にも登場した由緒正しい(?)流派です。
しかしこの新陰流の刺客、何故かなかなか竜之助の前に現れず、彼をストーキングするばかりなのですが――終盤で明かされるその理由と、そこから展開される新陰流対決の内容が実にすっとぼけているというかブッ飛んでいるというか…笑うべきか感心するべきか、思わず悩んでしまうような変格チャンバラですが、それががまた実にこのシリーズらしい(実のところ、ラストの決闘シーンは相当に独創的なんではないかしらん)。
しかしラストではまたもや急展開、一気に物語がシリアスになったところでヒキ、というわけで、やっぱり風野先生、この辺りの呼吸はやっぱりうまい。いつものことながら、次が待ち遠しい作品であります。
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