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2008.10.31

「カミヨミ」第9巻 まさかまさかの急展開!

 三日前に亡くなったはずの夫人と共に焼身自殺した少将の謎を追って東北を訪れた天馬・帝月・瑠璃男の三人。少将の足取りを追った三人は、謎の隠れ里に辿り着くが、そこでは老人がおらず、死者が復活するという奇怪な地だった。村人たちや奇怪な怪物たちの襲撃を受けながらも、三人はこの地を支配する絲神の正体を知るが…

 明治伝奇ホラーアクションミステリ「カミヨミ」の最新刊が発売されました。この第九巻に収録されているのは、前巻から始まった「女郎蜘蛛」編。奇怪な死人帰りの謎を追って、お馴染みの三人組が東北の奥地で見たものは…という趣向であります。

 因習に縛られた村や奇怪な土俗的信仰というのは、ある種伝奇ミステリの定番ではありますが、導入部の静かな恐怖を吹き飛ばすように、この巻ではモンスターホラー、アクションホラーとしての要素が一気に前面に飛び出し、相変わらず油断のできない作品だと再認識させられます。

 個人的には、話のひねり具合に比べるとアクション度が高めかな…という気がしないでもありませんが、しかし恐怖の中にちょっといい話(?)的展開あり、お馴染みのミスリーディングあり、そして絲神の意外な正体ありと、どんでん返しもいくつかあってと、やはり本作らしい興趣があったのはさすがというべきでしょうか。

 しかし――敵の正体も判明してそろそろこのエピソードも…と思ったところで、まさかまさかの急展開。単発エピソードの一つかと思いきや、終盤で一気に「カミヨミ」という物語の本筋に関わる事件が発生し、またもや先の読めない展開となってきました。

 果たしてこのエピソードをどのように収束させるのか、そして「カミヨミ」という作品がどこに向かうのでしょうか。何だか物語自体が終盤となった印象すらありますが…


 ちなみに、作中で語られる天馬の国に対する一途な想い(信頼といいますか)は、現代の人間として読んでみると、よく理解できますし、正論ではあるものの、その後の歴史を考えるに、理想論的な色彩は否めません(それを堂々と口にできるのが天馬なのですが…)
 彼が、国家の負の部分と正面から向き合うこととなるのか。そちらも気になるところです。


「カミヨミ」第9巻(柴田亜美 スクウェア・エニックスガンガンファンタジーコミックス) Amazon
カミヨミ 9 (Gファンタジーコミックススーパー)


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2008.10.30

「水滸伝・天導一〇八星」 箱庭の中の豪傑たち

 ここのところ月に二回くらいは水滸伝ネタを書いているような気がしますが、今回はかなり脱線に近いネタ。十年以上前に発売された水滸伝ゲーム「水滸伝・天導一〇八星」の、それもプレイステーション移植版のお話であります。

 このゲームは、ジャンル的にはシミュレーションに分類されるのですが、前作に当たる「水滸伝・天命の誓い」がシステム的には通常のいわゆる歴史シミュレーションものにかなり近かったのに対し、本作はガラッと趣を変えて、なんとも驚いたことにリアルタイム箱庭シミュレーションとでもいうべき内容。
 マップ上をちょこまかと歩き回る三頭身キャラに命令を与えて、自分の要塞に様々な施設を建てて、要塞を発展させていくのがメインなのであります。

 私はPC版の発売と同時に飛びついてプレイしたのですが、ゲームとしてのあまりの勝手の違いと、そして何よりもリアルタイムの慌ただしさについていけず、大してプレイしなかったのですが、今回部屋に積んでいたのを見つけてプレイしてみたPS版は、PC版に比べるとかなりマップ数が減り、また一つのマップのサイズも小さくなったいわばタイニー版。しかしそれが決してマイナスにならず、いい具合のスケール感で、気持ち良く要塞経営に専念できるのです。

 さて、こうして落ち着いてみると感心させられるのは、本作の「水滸伝」らしさの再現度。
 水滸伝と言えば、好漢たちが豪快に暴れ回る姿が最大の魅力ですが、何も好漢たちの才能は戦闘の中でのみ発揮されるものではありません。潜入能力で活躍する盗賊、書や細工・建築などの分野で活躍する特殊技能者、あるいは痺れ酒で相手を盛り潰す奴などもいるわけですが、その辺りは、戦闘メインのシステムでは再現できず、非戦闘員の好漢は、使えない奴の烙印を押されてしまうことになります。

 ところが本作では、個々のキャラに、スキルという名前で得意分野を数値化することによって、好漢たちが戦場以外の場で活躍することを可能にしているのです。
 酒屋技能を持った好漢は酒場で客を盛り潰して金品を奪ったり、盗賊技能を持った好漢は敵地に忍び込んで敵に一服盛ったり…単純に真っ向勝負ばかりではない、融通無碍な好漢たちの活躍が、ここにはあります。

 これはもちろん、ゲームの眼目が戦争から箱庭育成に移ったことを反映してのものではありますが、しかし上記の水滸伝ならではの特色を思えば、原典の実に巧みなゲーム化だわいと、今更ながらに感心した次第。


 しかし本作のオリジナルが発売されてから早十年。その間、三国志や信長は何度もゲーム化されたのに、水滸伝は全く音沙汰無し…
 知名度の差を考えれば仕方ないのかもしれませんが、また本作のような創意に溢れた作品に出会いたいものです(特にコーエーは最近、ニンテンドーDSで意欲作を連発してるので頑張って欲しいです)。


「水滸伝・天導一〇八星」(コーエー プレイステーション用ソフト) Amazon
コーエー定番シリーズ 水滸伝・天導一〇八星

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2008.10.29

「密謀 十兵衛非情剣」 折角の面白さながら惜しい一作

 国友村の鉄砲鍛冶たちが、不審火で全滅した背後に、新式銃の密造計画があることを知った柳生家は、富山に隠棲していたかの柳生十兵衛の隠し孫・大和十兵衛に探索を依頼する。江戸に出た十兵衛を、尾張柳生、大盗・梵天丸一味、さらに謎の武士たちが襲う。陰謀の陰に潜む、二階笠の紋を奉じる一党の正体は…

 十代将軍の治世を舞台に、新式銃の密造を巡る激しい暗闘を描く剣豪小説であります。
 主人公の大和十兵衛は、柳生十兵衛の孫で、柳生流のみならず諸流派の奥義に達した美丈夫、それでいて人と関わるのを嫌うという一風変わった人物。その十兵衛が、暗闘に巻き込まれ、数々の強敵を向こうに回し、やむなく必殺の剣を振ることに相成ります。

 この今十兵衛を囲む登場人物は、お人好しの盗賊に鉄火な辰巳芸者、今連也斎の異名を持つ尾張柳生の麒麟児、巨大な勢力を誇る大盗などなど、まずはエンターテイメントとして定番ながら楽しい面々。 そして描かれる陰謀の正体も、ちょっと大味ではありますが、敵の正体にまつわるどんでん返しが実に面白い――時代ものファンであれば、なるほど、言われてみれば! と感心すること請け合いのトリックであります――作品であります。


 が――キャラクターやアイディアは面白いのですが、残念な部分も多い本作。
 何よりも厳しいのは、文体のテンポがよろしくないため、せっかくの波瀾に富んだ物語の興趣がかなり削がれている点。言わずもがなの説明・表現が多く、ストーリー展開やアクションのリズムが崩れているのは全く勿体ないとしかいいようがありません。

 また、主人公である十兵衛も、自分に関わりがなければ目の前で人が殺されようとも見ぬ振りをするが、一度自分に火の粉がかかれば容赦なく牙を剥くという特異なキャラクターが、物語の中で生きていると言い難いのも厳しいところであります。
 さらにいえば武道に関するかなり初歩的な誤りも散見されるのですが、これはまあ、伊賀の柳生一刀流という例もあるので個人的にはさして気にしません。


 普段であれば書かないような厳しいことまで書いてしまいましたが、それも折角の本作ならではの面白さを惜しんでのこととと思っていただければ…と思います。


「密謀 十兵衛非情剣」(江宮隆之 二見時代小説文庫) Amazon
密謀―十兵衛非情剣 (二見時代小説文庫)

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2008.10.28

「主水之助七番勝負 徳川風雲録外伝」 二番勝負「人斬り斑平」

 柴錬ファン的に第一話を見てググッと期待が高まった「主水之助七番勝負」。今回は花を愛する悲劇の剣鬼「人斬り斑平」であります。

 宿敵たる善鬼を追っての旅の途中、高遠藩に立ち寄った主水之助。そこでは家老襲撃、世嗣の暗殺未遂と次々と不穏な事件が起きておりました。請われるまま家老の元に留まった主水之助は、藩主の側室・三奈と、彼女の幼馴染みである花作りの青年・斑平と出会うのですが…
 こんな今回のエピソード、サブタイトルから判ってしまうように、実はこの斑平こそが凄腕の暗殺者ではあるのですが、彼の振るう剣にはもちろん理由があって…というのが泣かせどころ。

 さて原作の斑平は、その出生から「狗の子」と蔑まれ、ただ花の栽培に精魂を傾ける寡黙な男という設定。ある出会いがきっかけで抜刀術に開眼したことから、藩政を巡る暗闘の中で刺客として利用されてしまう悲劇の剣鬼として描かれていました。
 ドラマの方では、花を栽培していることと暗殺者として利用されるという点は共通ですが、大きく異なるのが、ドラマでは斑平が血刀を振るうのは、藩主の側室となった幼馴染みを守るためである点。原作に比べると甘々ではありますし、ベタではあるのですが、これはこれでいいのです。
(ちなみに原作の方では、斑平が振るう刀が実は…という伝奇的ネタが実に面白いのでこちらも必見)

 ドラマではこの斑平を水橋研二氏が好演。原作でのビジュアル的はもっとアレなのですが、しかし小説とドラマで共通している、純粋で孤独な魂の持ち主という斑平のキャラクターのイメージを見事に具現化しており、普段の静かな佇まいから、殺陣の際の「正統な剣術を知らない者が本能で振るう剣」の動きに豹変するのも、なかなか良かったと思います。

 も一つ、斑平に剣を会得させたのが実は…という本作ならではの因縁付けも、なかなか面白かったと思います。「伝授する」ではなく「会得させる」のが、らしくてよろしい。


 ドラマそのものはもちろん、原作をどのようにアレンジしてくるか、これからも楽しみです。
 と、いきなり次の回の原作がわからない…


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2008.10.27

「無限の住人」 第三幕「恋詠」

 ずいぶん間が空いてしまいましたがアニメ版「無限の住人」第三話…凛の復讐行の第一歩として万次と対決することとなるのは逸刀流統主・天津の片腕にして空前の変態剣士・黒衣鯖人であります。

 天津が逸刀流を結成する前から傍らにいたという、立場的にはかなり重要な位置にいながら、原作冒頭にあっさりと倒された(まあこの頃はこんなに長期連載になるとは思っていなかったわけで…)鯖人ですが、このアニメ版では、鯖人が自分の妻を斬るシーンなど、幾つかのエピソードを追加して、一本丸々、対鯖人戦が描かれています。

 この鯖人、異装の剣士が多かった初期のキャラクター(最近でも白髪蟹男とかいますが)の中でも群を抜いた変態剣士。太平の世だというのに鎧兜を身につけた巨漢というのはまだいいとして、何よりも特徴的である両肩の巨大な突起の下は、かつて自分が恋し、殺害した二人の女性の首の剥製…それも上述の自分の妻と、そして凛の母という既知外っぷりです。

 このように猟奇もここに極まれりと言うべき鯖人ですが、その行為の根幹を成すのは、己の愛した女性をいつまでも美しいままに保ちたいという想い。それは「永遠」を求めたいという想いの裏返し――嘘か誠か、凛に対しては、凛を殺した後に自分も剥製となるとまで告げているのですから――と言えるのですが、彼の前に立ち塞がる万次は、実にその「永遠」を生きる男であります。

 この構図は、アニメオリジナルだったと思いますが、実に面白い。己の求める永遠のために人を斬る男と、求めざる永遠から逃れるために人を斬る男の戦いというは、実に皮肉かつドラマチックではありませんか。
 死闘のラストで万次が叫ぶ名台詞「死ねるテメェはしあわせ者だっ!!」が、このアニメ版では、より響くこととなったかと思います。


 尤も、そのドラマを描き出すアニメーションとしての絵と動きは今ひとつ…剣戟アクションについては既に期待していませんが(諦め早すぎ)、母の首を見せられて激昂する凛の叫びの画に迫力がないのはいかがなものか。声の方は頑張っていたのに、実に残念であります。


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 無限の住人

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2008.10.26

「ICHI」第1巻 激動の時代に在るべき場所は

 先日公開された綾瀬はるか主演の「ICHI」のコミカライズであります。子母沢寛の「座頭市物語」をベースにした「座頭市」をベースにした「ICHI」をベースにした…というとややこしいですが、本作は本作で独自の魅力を持った作品として成立しており、楽しめます。

 まだ映画の方は見ていませんが、この漫画版では、主人公である座頭のお市と、その相棒とも子分ともつかぬ浪人・藤平十馬の二人のキャラクターのみを借りた全く別の作品の様子。
 舞台は幕末――既に開国が行われたものの、国内は尊皇と佐幕に割れ、物情騒然とした時代。そんな世界で繰り広げられるドラマを、連作短編形式で描いていきます。

 この第一巻に収録されているのは、全五話、三つのエピソード。
 ヘボンを狙う清河八郎ら攘夷浪士と市が対決する「憂国の士」、盲目の女ばかりを狙った槍突きの狂気を描く「折れた魂」、市が武州日野宿の貸元の用心棒として近藤勇らと対峙する「天然理心流」…いずれも幕末の有名人を配したキャッチーな構成ではあるのですが、しかしそれぞれの物語は、そうした有名人のキャラクターに寄っかかったものではないのに、好感が持てます。

 本作のエピソードに共通するのは、登場人物の多くが、激動の時代に翻弄され、己の在るべき場所を――すなわち、あるべき自分自身を――見失っていること。そんな人々の悲劇が、本作の物語を作り上げているのです。

 そんな中でただ一人、揺るぎなく在って裁断の刃を振るうのが市なのですが…しかしそれは、逆に彼女の在るべき場所が全くないが故にも感じられるのが、何とも切ないところであります。

 彼女が刃を振るう由縁は、未だ語られていませんが、その由縁が描かれる時の彼女の姿に――悪趣味かもしれませんが――強く興味をそそられます。
 映画のコミカライズの域を超えて、楽しみな作品であります。


「ICHI」第1巻(篠原花那&子母澤寛 講談社イブニングKC) Amazon
ICHI 1 (1) (イブニングKC)

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2008.10.25

「マーベラス・ツインズ契 3 いつわりの仮面」 まさかの大逆転…

 私が今、掛け値なしに最も続きを楽しみをしている小説の一つ「マーベラス・ツインズ」の新刊が発売されました。複雑怪奇な運命で結ばれた双子の冒険は相変わらずの古龍節全開、またもや新キャラクターたちも登場して、物語は面白くもややこしいこととなっております。

 三ヶ月後に死命を制する決闘の約束をしながらも、それまでは友達として付き合うこととなった小魚児と花無缺。しかし小魚児は、花無缺に彼を殺させようと暗躍する仮面の怪人・銅先生に捕らわれ、花無缺の方も、伝説の大侠・燕南天とやむなく行動を共にすることとなり、二人は再び離ればなれとなってしまいます。
 何とか銅先生の元から逃れた小魚児ですが、その前に現れたのは宿敵たる大悪人・江別鶴の息子・江玉郎。さらに、十大悪人の顔色すら無さしめる魔王・魏無牙――

 さすがに六巻目にもなると、ジェットコースター展開も少しおとなしくなってきたかな、という印象はある今回。これまでひたすら憎々しい悪役ぶりだった江別鶴も、遂に小魚児に文字通り一撃をくらって大侠の仮面にヒビが入りますし、何よりも、これまで顔を合わせれば戦うほかなかった――そしてその結果は確実に小魚児の負けだった――小魚児と花無缺が、一時的とはいえ和解したおかげで、だいぶ読んでいる方も安心できるようになったというか、物語全体の雰囲気も少し変わってきたように思えます。
(しかし、本当に今更ながらに気づきましたが、脳天気かつ大胆不敵なヤツと、無感情なのが徐々に人間的になるヤツの対照的な二人が主人公というのは、私が個人的に大好きな古龍作品「辺城浪子」と同じパターンですね)

 もちろん、そこで油断はできないのが古龍作品。本書の結末で明かされるある事実は全く予想外、まさかの大逆転で、心底仰天いたしました。まさかここでこんなトリックを使ってくるとは…ますます、先が読めなくなって参りました。

 続く第四巻(通算第七巻)では、小魚児と花無缺、それぞれに意外な運命の変転が待ち受けるようですが――続巻は二ヶ月後というのが何ともはがゆい限りです。早く続きを!


「マーベラス・ツインズ契 3 いつわりの仮面」(古龍 コーエーGAMECITY文庫) Amazon
マーベラス・ツインズ契 (3)いつわりの仮面 (GAME CITY文庫 こ 2-6)


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 「マーベラス・ツインズ契 2 めぐり逢い」 絶代英雄、誕生の序曲

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2008.10.24

「魔京」第二篇「髑髏京」 京と京、システムとシステムの対決

 太政大臣として権勢を恣にする平清盛は、平氏が宇宙の中心として栄える世界を生み出すため、世界の中心を規定する力を持つ「京魄」(ミヤコミタマ)を用いて、福原への遷都を目論んでいた。だが何者かが京魄を強奪し、清盛の依頼で探索にあたった真言僧・文覚は、敵の意外な正体を知る。平氏と源氏の争いが激化する中、京のゆくえは…

 第一篇の紹介をしてからだいぶ時間を空けてしまったうちに、平安篇・室町篇・安土桃山篇が終了し、江戸篇に入った朝松健の長編連作伝奇「魔京」。時空に干渉して過去と未来を変容させ、世界の中心を規定する力を持つ呪具・京魄を中心に据え、この国の「京」とは何かを描いていく本作を、これから駆け足で追いかけていきたいと思います。

 今回取り上げるのは、第二篇「髑髏京」。平安時代末期、平清盛を中心に、新たなる京を求める者と、旧来の京を守らんとする者の争いが描かれます。

 今回のエピソードでまず感心させられるのは、物語の中心となる舞台――というより目的地と言うべきでしょうか――を福原としていることであります。
 福原は、わずか半年間とはいえ、確かに我が国の中心たる京だった地であり、そしてその特異性は、史上初めて、武家主導により開かれた京であることにあります。言ってみれば、福原遷都は京概念の一大転換であり、その意味で、京の意味を伝奇的に問い直す本作にまことに相応しいものと言えるのです。

 その福原遷都を巡る争いを、本作では、単に平氏と朝廷・源氏の間の主導権争いとしてだけではなく、世界を変容せんとするシステムと、世界を維持しようとするシステムとの衝突として描くのですから凄まじい。その戦いは当然、現のものに留まるはずもなく、悪源太義平をはじめとする源氏の死霊武者が跳梁し、謎の思念投影体と文覚が秘術でもって激突し――作者お得意の妖術合戦に突入し、歴史上に残るある事件が、その霊的闘争の果てのものとして描かれるのには驚かされます。

 その一方で――分量的には中編ではあるところに、優に大長編一本をかけるほどのアイディア、ガジェット、キャラクターを贅沢に投入したがために、かえって物語が語り足りなく思える部分があるのが個人的には残念なところ。
 一つ一つの事件、戦いが、淡々と――もちろんそれ自体として見ればはきっちりと面白く、盛り上がっているのですが――描かれていくのは、これはこれで歴史の冷徹さというものが感じられるのではありますが…(特にラストは、これで終わり? と感じながらも、同時に、これで良いのだな、と感じさせられる不思議な幕切れでありました)。

 時間と空間の巨大な動きの前には、一人の感慨も小さなもの、と思うべきでしょうか。もっとも本作では、その時間と空間の運行すら、決して不変のものではないのですが――


「魔京」第二篇「髑髏京」(朝松健 「SFマガジン」2007年1月号、3月号、5月号掲載)


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2008.10.23

「月笛日笛」 善の強さは何処に

 加茂の競い馬で、豊臣の馬術師範・鬼怒川蕭白の卑劣な工作により二年連続で敗れた禁門の騎士・六条左馬頭。三年目の雪辱を期し、弟の菊太郎を残して名馬を求める旅に出た左馬頭は、信濃で名馬・吹雪と出会い、飼い主の春美からこれを譲られる。が、蕭白の魔手は次々と六条兄弟に迫る。そして春美にも蕭白との意外な因縁が…

 吉川英治先生が、その作家生活の比較的初期には、時代伝奇小説、そして少年少女小説を数々ものしていたことを知る方も多いと思いますが、戦前の「少女倶楽部」に連載された本作もその一つ。
 掲載誌をみれば女の子向けの小説と思われるかもしれませんが、なかなかどうして、現代の成年男子が読んでも、実にエキサイティングな作品です。

 舞台となるのは、豊臣秀吉が旭日の勢いであった頃。天下の趨勢既に定まったとはいえ、戦国の遺風がいまだ残る殺伐とした時代であります。
 そんな折りに、禁門と武門の意地を賭けて毎年開催される加茂の競い馬が、物語の始まり。禁門方の代表は心正しき美青年貴族、武門方の代表は、奸佞を絵に描いたような氏素性の知れぬ武士とくれば、どちらが主人公でどちらが悪役か、そして両者の間に何が起こるかは明々白々でしょう。

 予想通りに敵方の卑劣な手段にかかって惨敗した六条左馬頭は、弟と共に雪辱を期するのですが、悪党の跳梁は止まず、読んでいるこちらも歯噛みしたくなるばかり。かくて、六条兄弟に、滅亡した大名の遺児、薄幸の町娘等々、善男善女は手に手を取り合って、悪に挑みます。

 …と書くと、いかにもオールドファッションなお行儀の良い時代劇に思えるかも知れません。事実、中盤を過ぎるまでの展開はほぼこちらの予想通り、それでもさすがは吉川先生、子供だましな部分はなく、普通にエンターテイメントとして楽しめる…と思っていたら、全体の3/4辺りを過ぎて、物語の落としどころもそろそろ見えてきたと思った辺りで、主人公を襲う悲惨な運命!

 まさかこの小説でこのような展開が…と唖然とする間に、悪は滅びず優位のままに物語は進み――と、さすがに結末はハッピーエンドではあるのですが、そこに至るまでの展開は、大波小波大揺れで、本当に最後まで目の離せぬ作品なのでありました(最終決戦でのひどすぎる主人公の扱いにはただ呆然)。


 もちろん、吉川先生が、単に鬼面人を驚かすためや、あるいは予定調和を嫌ったというような理由で、このような展開を描いたわけではないでしょう。
 主人公たちの苦闘の数々から伝わってくるのは、善は善であるから強いのではなく、善悪等しく襲ってくる苦境に負けることなく、己の善を貫くからこそ善は強いのだ、という無言の主張。
 いささかお堅くも感じられるかもしれませんが、決して露骨ではなく、波瀾万丈な展開の中にうまくカモフラージュして、人間として守るべきことを伝えてくるのは、ある意味、少年少女小説のお手本のように思えます。

 ただ…これだけ持ち上げておいてなんですが、一点どうしても気になってしまうのは、本作の題名となっている「月笛日笛」の扱い。
 平安時代に兄妹竹から作られ、互いを恋い慕って響き合う名笛という、本作を象徴するであろうアイテムが、フェードアウトしてしまうのが、いかにも残念に感じられます。

 この時期が、上記の大波乱とほぼ時を同じくしているのはいかにも興味深く、何となく色々と想像してしまうのですが、これはマニアの邪推。
 ちなみに映画化された際のあらすじを見てみると、月笛日笛が、物語のクライマックスで実に見事な使われ方をしていたようで、尚更勿体なく思ってしまうのですが、まあ今言っても詮無いことではあります。

 そうした点を差し引いても、十分以上に面白い作品であることは間違いないのですから――


「月笛日笛」(吉川英治 講談社吉川英治文庫全2巻) 第1巻 Amazon/第2巻 Amazon

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2008.10.22

「主水之助七番勝負 徳川風雲録外伝」 一番勝負

 昨日から放送開始されたテレビ東京の月曜時代劇「主水之助七番勝負 徳川風雲録外伝」――今年の12時間時代劇で放送され、正月早々色々と暗い気分になった「徳川風雲録」の外伝であります。
 しかし「徳川風雲録」自体はこれで完結した作品であり、原作である「徳川太平記」とも無関係に、ここでマツケン演じる土屋主水之助を主役に据えてスピンオフ作品を作っても…と思った私が馬鹿でした。この番組、柴錬ファン的にはもの凄いことになっております。

 開始早々、洞窟の中から解き放たれる野獣のような剣鬼…三田村邦彦(!)演じるその男の名は「大峰ノ善鬼」。おお懐かしい、柴錬先生の作品にそんな作品もありましたなあ…などとこの辺りまでは呑気に観ていたのですが、その後でのけぞりました。

 出獄するなり凶剣を振るう善鬼を追う主水之助が出会った剣鬼、自分の妻を縛り上げて衆目に晒し、助けたければ俺と真剣にて立ち会えと嘯くその男の名は…人面狼之助!!!
 知らない方から見れば凄い名前だなあ…で終わりかと思いますが、柴錬ファンから見れば驚きそのもの。人面狼之助といえば、柴錬の剣豪短編シリーズたる「剣鬼」シリーズの一つ「狼眼流左近」の主人公なのですから…!
(ちなみにこの作品、最近このブログで紹介した「梅一枝」にも収録されています)

 と、ここで遅ればせながら公式サイトを見てみれば、原作として挙げられている作品名は、「徳川太平記」とともに「剣鬼」シリーズ――何たることか、本作は「徳川太平記」からスピンオフした主水之助が、舞台となる時代も場所もそれぞれ異なる「剣鬼」シリーズの剣豪・剣鬼たちと決闘するという、ある意味夢の対決を実現させた作品だったのであります。

 もちろん、登場する剣鬼の設定は相当にアレンジされており、今回の人面狼之助のエピソードも、妻を晒して決闘を続けるという狼之助の異常行動は同じながら、その背後にあるのは公金横領にまつわる陰謀劇と、その犠牲となった夫妻の悲劇であって、まるで異なるのですが、狼之助を演じる西村和彦氏の佇まいが、なかなか柴錬描くところの病的な剣鬼っぽいこともあり、結構楽しむことができました。
 狼之助を憤らせた妻の行動も、これはこれでなかなか柴錬的ではないかと思います(一方の狼之助の方はちょっと甘々かな、という印象はありますが…)

 人面狼之助の技が原作と異なることと(原作では凄まじい眼光で相手の動きを封じる邪剣士でありました)、享保時代の話なのに、善鬼と主水之助の師が一刀流開祖の伊藤一刀斎だったりするのはちと残念ですが…特に後者はさすがにちょっと飛ばしすぎだと思います(善鬼だけだったら同名異人でも通じたと思うんですが…いくら「死なない剣豪」でもこれはちょっと<作者が違う)。

 まあ、細かいことはさておき、さすがにマツケンの貫目は安心して見ていられますし、佐藤藍子と加治将樹演じる敵討ちの姉弟はいかにも柴錬チック(健気な姉に血気に逸ってばかりの弟)だし、ちゃんと剣戟シーンでは血が出るし(別に血が見たいわけではないですが、描写としては必要なものでしょう)、初回はスペシャルということを差し引いても、今後が楽しみな作品であります。


 そして次回の剣鬼は「人斬り斑平」――本当に「剣鬼」尽くしでいくようです。いやはや、テレ東には当分頭が上がりません。

 しかし今回も斬られ役として豪快なエビ反り断末魔を見せてくれた福本先生、毎回ゲスト剣鬼に斬られるんじゃないだろうな…


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2008.10.21

「絵巻水滸伝」 第七十四回「荒野」 群雄、荒野に激突す

 さて、おそらくこのブログでも最も需要が少ないであろうと思いつつもまだまだ続ける、今月の「絵巻水滸伝」感想であります。
 前回、招安の使者を追い返した梁山泊に迫るのは、官軍の大群また大群。今回の内容を一言で表せば、「戦(いくさ)」と言うほかありますまい。

 これまでも官軍をはじめ、様々な戦を繰り広げてきた梁山泊の面々ですが、それまでは、どこか個人と個人の戦いの拡大版といった印象がありました。つまりは、それだけ個人の能力が戦の結果に及ぼす割合が大きかったわけですが、今回は完全に軍と軍、兵と兵の激突、といった内容であります。

 この戦の中で中心となるのは、梁山泊側の九宮八卦陣と、官軍側の四門斗底の陣の激突。刻一刻と変わっていく戦況の中で、それぞれあたかも生きているかのごとく二つの陣が変化を見せ、そしてそれを攻め、守る将たちが激突する様は、これまでの本作にはあまりなかった、合戦ものとしての楽しさ、魅力があります。

 それにしても、今回の梁山泊は、これまでにない苦戦。
 これまで「絵巻水滸伝」の中で梁山泊が経験した一番苦しい戦いは、第一部終盤の大刀関勝戦だと思いますが、あの時は梁山泊の戦力が大幅に削がれていたのに対し、今の梁山泊は、百八人集結した直後の、いわば最も脂の乗りきった時期であります。そんな梁山泊が、意外や意外、正面からの対決で官軍相手にてこずらされるのでありますから、これはかなりの意外事です。
 この梁山泊苦戦の主たる要因となったのは、、官軍側の謎の軍師の存在あってのこと。結局今回は名前は明かされませんでしたが、今後の活躍(?)が楽しみです。

 そしてそんな総力戦の中で活躍する豪傑たちも、ほとんどオールスターキャスト。もちろん実際に数えたわけではありませんが、百八人のうち、九割とはいかないまでも八割は登場したのではないでしょうか。もちろん、これだけの数が登場すると、ほとんど名前だけの登場だけのキャラクターも多いのですが、それでも最大限にそれぞれの個性をアピールしてくれるのが本作の嬉しいところ。
 戦場だというのに自分のビジュアルの心配ばかりしている施恩、他の五虎将はシリアスに活躍しているのに索超と張り合って先陣争いをしている董平…そういうネタ的な描写のみならず、さりげないところで呼延灼と関勝、二人の武将の資質の違いをさらりと描いていたりして、油断できません。

 ついでにも一つキャラネタでいえば、コーエーの水滸伝ファン待望の馬万里が今回遂に登場。あまりに空気を読んだその活躍ぶりに全馬万里ファンが涙したのではないかと思います。正子絵の馬万里が見れなかったのは残念ですが…


 さて、一難去ってまた一難。何とか官軍を一度は撃退したものの、続いて梁山泊の前に現れたのは十人の節度使。招安を受けて官軍についた元賊徒という、ある意味彼らの合わせ鏡とも言える相手に対し、梁山泊が如何に戦うのか。期待して待ちたいと思います。


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 キノトロープ/絵巻水滸伝


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2008.10.20

「江戸歌舞伎の怪談と化け物」 カイミーラの中の魅力

 私はジャケ買いならぬタイトル買いをしてしまうことが往々にしてありますが、本書「江戸歌舞伎の怪談と化け物」との出会いもその一つ。「江戸」に「歌舞伎」に「怪談」に「化け物」――四つとも私の大好物、見逃せるわけにはいかぬ、と勇んで手に取りましたが、期待に違うことなく、実に面白く、興味深い一冊でありました。

 本書で描かれるのは、まさに題名通り、江戸時代の歌舞伎に登場した妖怪・幽霊の有り様や、そうした存在が登場する物語――すなわち怪談――と歌舞伎の関わり。それを、決して論を大上段に振りかぶるのではなく、肩のこらない文章で、楽しく、しかし時にハッとするような鋭さで描いています。

 その内容を語るには、何よりも以下の各章題をご覧いただくのがよいでしょう――

第1章 夏は水中早替り
第2章 玉藻前は人気者
第3章 バケネコ・ミステリー・ツアー
第4章 おばけごっこは、みんな大好き!
第5章 劇場を飛び出す歌舞伎役者
第6章 フランケンシュタインとお岩、そしてその子どもたち
第7章 「化ける女」に化けるのは男
第8章 恋するオサカベ

それぞれ、怪談歌舞伎の嚆矢である「天竺徳兵衛韓噺」とそれを可能とした妙技、九尾の狐・玉藻前に見られるエキゾチシズムとナショナリズム、化猫ものとロードムービーの繋がり、江戸の怪奇見世物、歌舞伎と当時のノベルシーンの繋がり、「フランケンシュタイン」と「東海道四谷怪談」に見られる女性観、幽霊・妖怪となる女性像に込められた意味、そして時代の推移と共に移り変わっていく刑部姫像――実に様々な角度から、江戸歌舞伎、江戸怪談文化を切り取り、その不思議な魅力を教えてくれます。


 その中でも特に私が感心させられたのは、第6章たる「フランケンシュタインとお岩、そしてその子どもたち」であります。
 洋の東西を隔ててほぼ同時代に発表された、メアリ・シェリーの「フランケンシュタイン」と、四世鶴屋南北の「東海道四谷怪談」。一見、怪奇という以外の共通項がないかのように思われるこの二つの作品に、筆者は、「母性」と「出産」という共通項を見出すのです。

 なるほど、幽霊となったお岩さんの姿は、確かに産女(うぶめ)でありますし、フランケンシュタインの怪物の存在の背後に、根元的な出産の恐怖を感じ取るのは、確かに頷けるものがあります。そしてこの二つの物語から、男女の出産観の相違を導き出す視線のダイナミズムには、大いに唸らされた次第です(この辺り、講談社BOOK倶楽部に掲載された筆者の言葉がなかなか印象的であります)。
(もっとも、やはり両作における「出産」のウェイトの差は明白であり、共通の題材が存在することをもって、両作を比較するのには苦しい面は存在するかと思います。筆者は、「四谷怪談」におけるそのウェイトの軽さを、作者が男性であることの限界と位置付けていますが…)


 ことほどさように、怪奇者・伝奇者にとっては実にエキサイティングな本書でありますが、――目次からも何となく感じられるかもしれませんが――一冊の書物として見た場合、首尾一貫した主張・構成に欠けるように思えるのも、また事実ではあります。
 そこに物足りなさを感じる方もあるいはいるかもしれませんが、本書の冒頭に述べられているように、歌舞伎は芸術上のカイミーラ(キメラ)。多面的・多層的で当たり前の存在であります。
 そんな存在の中でも特に怪物的な部分と対峙した本書が、さらにカイミーラ的なものとなるのも、あるいはやむを得ないのでは…というのはフォローになっていないかもしれませんが、本書の魅力が、それで欠ける程度のものではないことは、私が保証いたします。

 タイトルを見て感じるものがあった方には、強くおすすめできる一冊です。


「江戸歌舞伎の怪談と化け物」(横山泰子 講談社選書メチエ) Amazon
江戸歌舞伎の怪談と化け物 (講談社選書メチエ 421)

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2008.10.19

十一月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 蝉の鳴き声も途絶え、ついでやってきた秋の虫の音もだんだんと細くなってきて、日増しに寂しくなってくる今日この頃。今年も残すところあとわずか、十一月の時代伝奇アイテムの発売スケジュールであります。

 最近毎月言っているような気がしてきましたが、文庫時代伝奇小説については非常にお寒い十一月。新刊で期待できそうなのは、加野先生の「玄庵検死帖 皇女暗殺控」くらいのようです(といってもこれも、九月に出るはずだったものが延期しただけのような気が…
 一方、文庫化・復刊の方では、そろそろドラマ第二弾の話も聞こえてきそうなしゃばけシリーズの「うそうそ」や、毎月コンスタントに発売されるのがありがたいランダムハウス講談社の柴錬シリーズとして「剣は知っていた」「裏返し忠臣蔵」が刊行されます。「裏返し忠臣蔵」が来たということは、柴錬立川文庫がこれから続くのか? 期待です。

 さて小説の方で、おそらくは伝奇ものではないけれども気になるのが、翔田寛先生の「やわら侍・竜巻誠十郎 五月雨の凶刃」と、楠木誠一郎先生の「甲子夜話秘録 鼠狩り」。前者は何だか翔田先生らしくないいかにも文庫書き下ろし時代小説なタイトルが、後者は「耳袋の次は甲子夜話か!」的な点から(まあ、版元はどちらも同じだいわ文庫なのですが)という、いささか意地悪な点から気になります。

 さて、漫画の方は相変わらず講談社が元気です。先日あまりに急な最終回を迎えて愕然とさせられた「幕末喧嘩博徒 諸刃の麒麟」(巻数表示がないのは一巻のみということでしょうか)、二・三巻同時発売というのがちょっといやな予感の「裏宗家四代目服部半蔵花録」、そしてたぶん内容的にはアレなんだけどやっぱり買ってしまうアニメ版「無限の住人」公式読本などが大いに気になるところであります。
 また、時代伝奇漫画に異様に強い幻冬舎バーズコミックスからは、「デアマンテ 天領華闘牌」と「戦国ゾンビ 百鬼の乱」の、共に第二巻が登場。どちらも先が気になる作品だけに、これは楽しみです。

 ゲームの方では、何故か十三日が特異点と言いたくなるくらいに時代ものゲームが集中。PS3の数少ない希望「侍道3」、PSPの戦国トレカゲーム「戦国絵札遊戯 不如帰-HOTOTOGISU- 乱」、これはベスト版ですがPS2の「戦国無双2 Empires」、おまけにニンテンドーDSには(これを時代ものと呼ぶのは強引ですが)「風来のシレンDS2 砂漠の魔城」と、ハードもジャンルもバラバラとはいえ(むしろそれだからこそ)、よくぞここまで重なったものだと感心いたします。個人的には携帯機の二作品は買う予定。

 そして映像ソフトの目玉は何と言っても「剣」の傑作選DVD-BOX! 数年前にWOWOWで再放送されたものの、今なお伝説のベールで包まれた時代劇が、傑作選とはいえDVD化であります。完全版ではないのがかえすがえすも残念ですが…
 ちなみに時代劇ではありませんが、忍者好きな人間には、「世界忍者戦ジライヤ」のDVD化も見逃せません。


 最後に時代伝奇以外で気になるアイテムは、最近荒山徹先生にもネタにされた(強引)ブライアン・ラムレイのタイタス・クロウ長編シリーズ第二弾「タイタス・クロウの帰還」。クトゥルフ+伝奇アクション(「タイタス・クロウ変容行」という仮題もそれっぽくでOK)というコロンブスの卵的な本シリーズ、第一弾から結構待たされましたが、続巻の刊行は嬉しい限りです。

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2008.10.18

「もののけ草紙」第1巻 少女芸人魔界行?

 書店で高橋葉介先生の新刊を見つけて、その表紙を眺めてみれば、どこかで見た女の子が…そう、本作「もののけ草紙」は、「夢幻紳士 逢魔篇」に登場した、不思議な力を持つ少女芸人「手の目」を主人公とした新シリーズであります。

 「手の目」は、その名の如く、手のひらに目の刺青を持った少女。幻術の類など、様々な超能力を持ち、それを酒の席での座興として生計を立てている芸人であります。本作では、その「手の目」が、行く先々で奇怪なもののけや事件に巻き込まれ、解決していく様が描かれることになりますが、さすがに高橋先生の作品だけあって、彼女自身のキャラクターも、その活躍も、一筋縄ではいかないくせものであります。

 本書は、大きく分けると、「手の目」が放浪する先々で様々なもののけと出会う短編連作の前半と、さる名家の跡取り息子を巡る事件に巻き込まれる描いた後半に分かれるかと思いますが、何といっても面白いのは前半での彼女の暴れっぷり。
 体質なのかやむにやまれぬ事情か、何故かトラブル――それももののけ絡みの――を引き寄せてしまう彼女が、もののけたちと渡り合うのですが、彼女の武器となるのは、超能力よりもむしろその江戸っ子的なクソ度胸。どんな相手を前にしても一歩も引かず、歯切れのいい啖呵とともに、もののけたちを口八丁手八丁であしらう様が、実に気持ちよいのです。

 また、舞台となるのが人里離れた場所、片田舎が多いこともあって、どう考えても都会的な(尤も、結構泥臭いところにも行っているような気もしますが)夢幻魔実也氏との差別化も果たされているものも面白い。個人的には、放浪者による土俗的ゴーストハンターものというところに、私の大好きなマンリィ・W・ウェルマンのあの作品を思い出してしまいました。


 さて後半では、「手の目」もちょっと成長して、既に女性と言うべき年齢に。こちらでは数奇な能力を背負わされた名家の青年と共に行動することになりますが、ちょっと湿っぽくなってしまったのが個人的には残念かな。彼女の心境を思うと、実に切ないものはあるのですが…

 そしてこの第一巻の最終話では、何と「手の目」はすっかり成長して大人の色香溢れる女性に。これなら夢幻魔実也氏も放っておかないのでは…などとついつい余計なことを考えてしまいますが、成長してもやっぱり彼女は彼女、鼻っ柱の強さは健在で(九段先生の先祖と言われても信じるぞ)、これからも怪奇で痛快な冒険を繰り広げてくれるんだろうな…と想像すると、実に楽しいものがあります。
 今後の冒険にも期待です。


「もののけ草紙」第1巻(高橋葉介 ぶんか社コミックスホラーMシリーズ) Amazon
もののけ草紙 1 (1)


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2008.10.17

「蛇神様」 真っ向ストロングスタイルの時代伝奇

 江戸の夜を騒がす謎の「きつね駕籠」。浪人・五十嵐伊織は、ある晩この駕籠に出くわすが、中に乗っていたのは、伊織のかつての許嫁・真琴と瓜二つの人形だった。この謎を追う伊織は、江戸を騒がす一党が、「蛇神様」なる存在を奉じている事を知る。伊織は、女賊・お蓮とともに一味を追うが、敵の魔手は彼を追い詰めていく…

 高木彬光先生といえばやはり本格推理小説界の巨匠でありますが、その高木先生が時代伝奇小説を相当の点数発表していた、というと驚く方がほとんどではないでしょうか。
 正直なところ、飛び抜けて傑作! というものでもないため、現在数作を残してほぼ絶版というのもわからない話ではないのですが、しかし伝奇時代劇アジテーターとしては見逃すのはいかにも勿体ないお話。こうして機会を見ては取り上げていきたいと思います。

 さて、そこで今回取り上げるのは、まず高木時代伝奇では代表作の一つと言ってよいであろう「蛇神様」(別題「蛇神魔殿」)。
 奇っ怪な魔術を操り徳川幕府転覆を狙う怪人たちの陰謀に、浪人剣士や女賊、薄幸の美女が巻き込まれてのミステリタッチの活劇であります。

 こうした角田喜久雄調の時代伝奇小説、いわば真っ向ストロングスタイルの時代伝奇は、今日日流行らないということか、あまり見かけなくなりましたが、しかし面白いものは今読んでも十分以上に面白い。

 生者に瓜二つの生き人形を乗せて夜毎跳梁するきつね駕籠の呪法、その毒牙にかかった者の意志を奪い、意のままに操る蛇神様の魔力…荒唐無稽といえば荒唐無稽、レトロといえばレトロかもしれませんが、しかしそれも料理する人間の腕次第。

 本作では、一体誰が敵で誰が味方かわからない――その意味では、人を意のままに操る蛇神様という設定はうまい――まま状況が二転三転、主人公が次々と窮地に追い込まれていくミステリ、サスペンスの味わいを巧みに織り込んでおり、定番の物語であっても最後までダレることなく楽しむことができます。
(まあ、ガチガチのミステリではないので、真犯人はこの手の作品に慣れていれば途中でわかってしまうのですが…)

 これはまあ、まず頷いてくれる方はいないと思いますが、高木先生、あるいは推理小説ではなく、時代小説をメインフィールドに選んでいれば、角田喜久雄先生の正当後継者ともなっていたのでは、と個人的には思っております。
 正直なところ、作品のクオリティに上下差がある(というかかなり…)ため、現在のこの扱いも不当とばかりは言えないのですが、しかし本作クラスの作品がもっと描かれていれば…と感じている次第です。


 ちなみに本作には「血どくろ組」という、これまた時代伝奇心を騒がせるタイトルの作品があるのですが、これについてはまたいずれ。


「蛇神様」(高木彬光 春陽文庫) Amazon

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2008.10.16

「飛狐外伝 3 風に散る花」 快作の中の脆さ?

 全三巻の「飛狐外伝」の最終巻で描かれるのは、国中の武術の達人が一堂に会した一大武術大会を舞台に、胡斐の、袁紫衣の復讐の行方。さらに「書剣恩仇録」の主人公・陳家洛と紅花会までもゲスト出演し、ラストを飾ります。

 奇しき因縁から清朝高官・福康安と事を構え、お尋ね者となった胡斐。しかし極悪人・鳳天南を討ち果たすため、大胆にも変装して福康安主催の武術大会に潜入する胡斐ですが、その武術大会こそは、武林壊滅を目論む福康安の恐るべき計画で…
 と、ラストにふさわしい文字通りの大舞台で物語は展開、次から次へと登場する達人同士の激突に、胡斐と二人の少女の恋模様の行方、胡斐と紅花会の好漢たちとの交流と、実に盛りだくさんであります。ありますが…

 この最終巻に来て、一気に本作の構造的脆さが出てしまったという印象が、残念ながらあります。
 本作は、「外伝」というタイトルが示すように、「雪山飛狐」の外伝ストーリー。胡斐にとっての最大の目的である父・胡一刀の仇討ち、そして物語世界の根幹を成す謎である胡一刀の死の秘密は、外伝においては描かれ得ません。
 本作での胡斐の行動の目的は、鳳天南により非業の死に追いやられた一家の復讐であり、極端なことを言ってしまえばあくまでも他人事――それに命を賭けるということ自体は英雄として大いに讃えられるべきことではありますが――であります。

 つまり胡斐は、本作の主人公ではありますが、しかし同時に本作の物語の中心からは少しずれたところに位置しており…決して傍観者というわけではなく、主体的に活躍はするのですが、しかし彼よりももっと真実に近い場所にいる者、彼よりももっと復讐にふさわしい者がいるというのは、物語として座りが悪く――もっとも、その座りの悪さが青春のほろ苦さと結びついて、本作ならではの味わいとなっているのですが――その復讐を終えた後の展開が、「物語を終えるための物語」となっているのが何とも残念です。


 もちろん、先に述べたように本作ならではの魅力も多く(特に、本作での陳家洛は、「書剣恩仇録」でのネガティブイメージをかなり払拭した印象)、個々のパーツを見れば、本作が非常に楽しい作品であることは間違いありません。私も飽きることなく一気に読み通すことができました。
 特に苗人鳳夫妻のすれ違いから始まった物語が、一周してそのすれ違いをもって幕となるラストには唸らされた次第です。

 それでもなお、なかなか外伝というのは難しいものだな、という印象は残るのですが…


「飛狐外伝 3 風に散る花」(金庸 徳間文庫) Amazon
飛狐外伝 3 (3) (徳間文庫 き 12-38 金庸武侠小説集)


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 「飛狐外伝 1 風雨追跡行」 手八丁口八丁の快男児
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2008.10.15

「忍びのモノグラム」 ネタは楽しいものの…

 「小説新潮」誌10月号の官能小説特集に掲載された荒山先生のこの短編。荒山先生+官能という時点で既に素晴らしく悪い予感がしていたのですが、見事的中と言うかなんというか、官能というよりは衆道満載の怪作となっておりました…

 舞台となるのは徳川幕府三代将軍家光(と言った段階で荒山ファンは顔がヒクつくと思いますが)の頃。衆道一直線で女色を顧みない家光に手を焼いた春日局に依頼された三人のくノ一が、家光に男色を厭わせ、女色の味を教えようというのが本作のあらすじであります。
 性にまつわる忍法の遣い手と、権力者からの珍妙な依頼、そして皮肉な結末と、明らかに山田風太郎先生の短編忍法帖の一つのパターンを意識した作品と言ってよいでしょう――というか、くノ一の一人の名前が「山田のお風」という時点で既にもう何というか。

 とはいえ、作品のクオリティ的に山風の域に達しているかと言えば、これはまことに申し訳ありませんがまだまだ及ばないという印象。
 誰が喜ぶのかわからない――しかし荒山作品にはもはや不可欠ともいえる――衆道ネタの連発はまあ置いておくとして、主人公格の忍法が基本的に無敵すぎて面白味に欠けるのが最大の理由。
 尤も、その無敵ぶりがラストの皮肉な展開に繋がるのではありますが、オチがかなり強引なこともあって結末の皮肉さと虚しさが薄味になってしまった…と申しましょうか。やはり山風先生の忍法対決のバランス感覚はもの凄いものがあったのだな、今さらながらに感心した次第です。
(更に言ってしまえば、女性描写に魅力がないから、こう、官能ものとしても今一つ…)

 とはいえ、最近では「シャクチ」のような新ジャンルや、伝奇抜きの朝鮮ものなど、比較的、いやかなり真面目な方向の作品が多く、これはこれでちょっと寂しい…と思ってはいたので、やっぱり何だかんだ言ってもこういうネタものも楽しいのですが…美遁ノ術など、術の内容とネーミングの組み合わせがうまいものだなあと真面目に(?)感心いたしました。


 ちなみにモノグラムとは、頭文字をデザイン的に組み合わせた記号のこと。よく使われているのは企業やブランドのマーク、つまりは自分を示すサインであり、その意味でオチで描かれたある史実とも絡んでくる…と思えばよいのかしらん。
 …まあ、お瑠衣美遁ノ術を使う作品であれこれ言うのも野暮なのですが。


 しかしまさか本作が「柳生大戦争」の後日談とは…


「忍びのモノグラム」(荒山徹 「小説新潮」2008年10月号掲載)


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2008.10.14

「家光謀殺 東海道の攻防十五日」 暗殺団vs怪人の攻防戦

 徳川将軍家の威光を見せ付けるために上洛の途につく家光。その命を狙う者たちの存在を偶然察知した甲賀者・芥川七郎兵衛は、松平伊豆守の指示の下、極秘裏に将軍を守護のための「怪人」を集める。宮本武蔵、由比正雪、丸橋忠弥…いずれも一芸に秀でた怪人たちと、姿なき暗殺者たちが、東海道を舞台に火花を散らす。

 笹沢左保先生が、「木枯らし紋次郎」など、時代小説の分野においても活躍されたことはつとに知られていますが、その作品の中には、実に魅力的な伝奇小説も含まれています。本作「家光謀殺」も、まさにその一つであります。

 本作の背景となるのは、寛永十一(1632)年の徳川家光の上洛。幕府の威光を天下に見せ付けるために行われたというこの将軍上洛は、当然のことながら幕府による一大公的行事であり、それゆえに記録も詳細に残っているためか、これまでも時代小説の題材となっています。
 その記録を最大限に活かしつつ、その隙間・背後に秘められた歴史に残らぬ壮絶な攻防戦を描き出すのが本作。上洛の行程を綿密に描かれるだけに、それと並行して主人公たちが全貌の明らかでない暗殺計画を暴き、対決していく様が何ともスリリングに感じられます。

 さて、面白いのは、その計画に立ち向かうのが、一種の非正規部隊というべきチーム――本作で言うには「怪人」たち――であること。将軍の示威行動である上洛において、暗殺の動きがあること自体が表沙汰にはなってはならぬ話。それゆえ召集されたチームは、幕府正規軍からもその存在を隠して隠密裏に動かざるをえず、本作にはいわば特殊部隊ものとしての味わいもあるのです。
 そして何よりもそのメンバーの意外性たるや――特に、幕府とは縁のなさそうな宮本武蔵、いやそれどころか、後に幕府に叛旗を翻す由比正雪と丸橋忠弥が加わっているのには驚かされます。彼らが何のためにチームに加わり、そこで何を見るのかは、本作の魅力の一つであります(ちなみに本作の武蔵像は、作者の一大連作「宮本武蔵」におけるそれと通じるものがあり、シリーズ外伝として読むこともできます)

 展開的には、暗殺計画に現代人から見ると驚くくらい大きな穴があるなど、ちょっと残念な部分もないわけではありませんが、それは本当に些細な瑕疵。歴史に残る十五日間の背後で繰り広げられた死闘を描き切った本作の魅力を損なうものではありません(特に暗殺団の総大将の正体の意外さたるや、伝奇ファン、剣豪小説ファンには堪らないものがあります)。
 骨太な伝奇大作として、おすすめできる作品です。


「家光謀殺 東海道の攻防十五日」(笹沢左保 文春文庫) Amazon
家光謀殺―東海道の攻防十五日 (文春文庫)

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2008.10.13

「朧村正」に期待!

 この水曜日~日曜日までの四日間、東京ゲームショウが開催されていました。さすがに直接足を運びはしませんでしたが、ゲーム好きのはしくれとして、様々なハードの様々なソフトが出品された中で、個人的に一番注目していたのは、Wii用ソフトの「朧村正」でした。

 タイトル自体は昨年から発表されていた(その時は「朧村正妖刀伝」というタイトルだったと記憶していますが)ものですが、以来続報が途絶えていてやきもきさせられたのですが…今回のゲームショウではプレイアブルで出品されていたとのこと。

 当然このブログで取り上げるからには、本作は時代伝奇ゲーム、公式サイトのストーリーでは、江戸時代は元禄期を舞台に、悪霊に魅入られた姫君と抜け忍の少年の退魔行の模様であります。
 ジャンル的にはアクションRPG――それも相当にアクション寄りの――とのことですが、公開されている動画を見るに、3Dではなく、今日日誠に残念ながら絶滅危惧種となってしまった2Dもの。芸術的なドット絵(だけではないと思いますが)でキャラクターが画面狭しと走り回るのはやはり良いものです。



 動画を見ているかぎりでは、どうも面クリ型、それも各面は「美濃」「近江」といった当時の日本の「国」で分かれているようで、これってまるで…と思っていたら、どうやらディレクター氏が影の伝説や源平討魔伝などの和風ゲームを相当意識しているようで、なるほどと頷くと同時に、大袈裟に言えば同好の士の作る作品ということで一層楽しみになった次第です。


 ちなみに…個人的に嬉しいのは、本作が任天堂ハードには結構珍しい時代劇ゲームということ。
 まじめな話、和風ファンタジーや歴史シミュレーションを除けば、任天堂ハードでの時代ものは相当に少なく――DSではさすがにちょこちょこと出てきましたが――今日日大抵のゲーム屋に時代ものコーナーがあることを考えれば、かなり寂しいものがありました。
 これはまあ、時代ものを発売しているソフトメーカーの多くがこれまで販売台数の多い(≒パイの大きい、マイナージャンルでもそれなりに売れる)PS系を主戦場にしていたことがあるのでしょうが、来週発売の「天誅4」や本作のように、これからはWiiの時代ものも増えてくるのかな、と楽しみにしているところです。
 台数的にはメジャーハードなのですから、ソフトのジャンルも色々出ていい、というよりジャンルが色々と出ることがメジャーハードの証の一つでしょうから…


 話が脇に逸れましたが、本作はネットを見る限りではゲームショウでの評判も――特にターゲットであろうゲーマー層に――上々だったらしく、また、海外メディアの注目もかなり集めていたとのこと。
 発売は来春ともう少し先ですが、大いに期待して待ちたいと思っているところです。


「朧村正」(マーベラスエンターテイメント Wii用ソフト)


関連サイト
 公式サイト

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2008.10.12

「奇譚 銭形平次 「銭形平次捕物控」傑作選」 伝奇な平次の冒険?

 私にとって近くて遠いのが捕物帖の世界。色々と読んでいるつもりではありましたが、大きな穴があったりして、その一つが「銭形平次捕物控」シリーズであります。
 そんなこともあって、末國善己氏の編によるオリジナルの作品集「奇譚 銭形平次」には、早速飛びついた次第です。

 収録作品は「金色の処女」「呪いの銀簪」「人肌地蔵」「七人の花嫁」「南蛮秘宝箋」「江戸阿呆宮」「火遁の術」「遠眼鏡の殿様」「密室」の全九編。記念すべきシリーズ第一作である「金色の処女」をはじめとして、伝奇色・怪奇色・ミステリ色の強い作品ばかりを集めた作品集となっています。

 ここで一つ白状してしまうと、私ははじめ、本書を「銭形平次捕物控」シリーズでも伝奇色・怪奇色の強い作品ばかりを集めたものと思いこんでいて、読んでいる最中に「? 全然伝奇じゃない!」などと思ってしまったのですが、ミステリが抜けておりました。まことに申し訳ありません。

 さて、まだ拘るかと言われそうですが、このサイト的に見た場合、特に取り上げるべきは「金色の処女」と「南蛮秘宝箋」の二作品。
 「金色の処女」は、江戸庶民の味方として市井で活躍する平次親分には珍しく(といっても上記の通りシリーズ第一作なのですが)、将軍家光の暗殺計画阻止のために奔走するという物語。しかも探索の最中に平次親分が目撃するのは、美女を生け贄とした奇怪な儀式で、なかなかにエログロ色の強い作品となっております。
 一方、「南蛮秘宝箋」の方は、事件そのものは、豪商を狙う姿なき魔手の謎を追うもので、一見ごく普通の捕物帖ですが、終盤で明かされる敵の正体とその理由というのが何と…! と意外な展開が待っている作品。ラストにも派手な一山が設けられていて、実に楽しい娯楽編として仕上がっております。

 さて、いささか強引に「伝奇な平次」を取り上げてしまいましたが、本書の解説でも触れられている通り、野村胡堂先生は実は元々は時代伝奇小説の名手。剣士たちを翻弄する奇怪な妖女の跳梁と銭屋五兵衛の宝探しが錯綜する「美男狩」、幕末を舞台に幕府の命運を左右する三万両を巡る争奪戦を描くロードノベル「三万両五十三次」など、時代伝奇ファンであれば是非ご覧いただきたい名作であります。
 残念ながら今ではほとんど忘れ去られている伝奇作家としての胡堂先生の姿が、このシリーズ第一作に見られるのはある意味必然であると同時に、何となく皮肉なものを感じます。


 さて、本書の紹介としてはお話が全く横に逸れてしまいましたが、本書のその他の作品も、「奇譚」とはいいつつも、いずれも興趣に満ちたウェルメイドなものばかり。
 この「銭形平次捕物控」は、全383作という膨大なシリーズでありますが、本書は「「銭形平次捕物控」傑作選」という副題そのままに、シリーズ入門書としての機能も果たしている、楽しい一冊だと思います。


「奇譚 銭形平次 「銭形平次捕物控」傑作選」(野村胡堂 末國善己編 PHP文庫) Amazon
奇譚 銭形平次 (PHP文庫 の 8-1)


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 「三万両五十三次」(再録)

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2008.10.11

「封印の娘 大江戸妖怪かわら版」 少年は異界で己を知る

 妖怪変化が暮らすもう一つの江戸を舞台とした和風ファンタジー「大江戸妖怪かわら版」シリーズの第三巻であります。
 我々の世界からこの世界に落ちてきた少年・雀が、人間は自分一人しかいない世界で、一歩一歩成長していく様が描かれるこのシリーズ、今回は雀の前に不思議な女性が現れることになります。

 かわら版記者として活躍する雀が、馴染みの芝居小屋で出会ったのは、座付作者で座頭の娘・雪消。美しい容姿を持つ彼女は、しかし、人食いの血を引くため、生涯を座敷牢に封印されて生きる運命にありました。
 その雪消に惹かれるものを感じた雀は、彼女と仲良くなりますが、しかし悪旗本が彼女に目を付けたことから、思わぬ騒動に巻き込まれることとなります。

 ここで雪消に雀が惹かれたのは、何も色恋沙汰というわけではなく、その瞳に、元の世界でも見たことのある光を見出したから。その光の正体については、ここでは述べませんが(妙に生々しいシチュエーションで描かれるのにはちょっと驚きますが)、なるほど、彼女と雀の関係を、単純な因果話などではなく、こういう形で雀自身の物語に繋げてくるのか…と、私は感心いたしました。

 先の二巻で描かれたのが、雀の人間性回復の物語だとすれば、本作で描かれるのは、雀のアイデンティティ確認の物語と言うべきものであります。
 元の世界で荒みきった生活を送っていたものが――いささか皮肉ですが――人間は己一人しかいない異界で暮らすことにより、人間的な生き方に目覚めていく雀。その彼が、己と全く異なる生き様を強いられる者と出会うことにより、さらに一歩進んで、自分が自分として生きるということの重みと美しさを理解する…和風ファンタジーの姿を借りながら、本作で描かれるのは極めてまっとうな少年の成長物語であると言えるでしょう。


 もちろん、個性と人情豊かなキャラクターたちの顔ぶれも楽しいライトノベルとしても十分以上に楽しめる本作。キャラクター面だけでなく、舞台設定としても、妖怪変化が暮らす江戸は、確かにバーチャルなお江戸ではありますが、現実からデフォルメされたものであるからこそより一層、魅力的に、輝いて感じられます。

 その江戸描写にページを割かれて、全体の割合としては雪消の物語の分量がそれほど多くないのは残念ではありますが、この江戸という存在そのものが、雀の成長に大きな意味を持つものと考えれば、これも仕方ない面はあるのかもしれません。


 と、こちらがのんびりしている間にシリーズ第四巻「天空の竜宮城」も発売された様子。第五巻が出る前に、こちらも読まねばなりません。


「封印の娘 大江戸妖怪かわら版」(香月日輪 理論社) Amazon
封印の娘 (大江戸妖怪かわら版 3)


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2008.10.10

「モノノ怪」第2巻 漫画としてのモノノ怪世界

 「ヤングガンガン」誌で連載されていた漫画版「モノノ怪」――「化猫」。TVシリーズ本編が終了して丁度一年後に、漫画版の方もここに完結であります。
 この第二巻で描かれるのは、坂井家を襲った化猫騒動の結末。次々と屋敷の人間を屠っていく化猫の、形は真は理は…

 と、本作はストーリー面については、「モノノ怪」本編がそうであったように、縦横に絡んだ人間関係の縁が一種のミステリタッチで描かれる本作なので、核心については触れませんが、基本的には――というよりほぼそのまんま――原作(「怪 AYAKASHI」の「化猫」)通り。
 そのため、原作を既に視聴済みの人間としては、あの世界を如何に漫画として描き出したかが特に興味を引くわけですが――第一巻がそうであったように、この第二巻においても、見事の一言。
 原作の独特のビジュアルを、この漫画版においては、ほぼ完璧に紙の上に落とし込んでおり、その再現度については驚くばかりです。

 もちろん、原作のビジュアルをそのまま模写しただけであれば、それは漫画ではなく、単なるイラストの連続になってしまいますが、本作は、美麗な絵を描き出しつつも、そこに動きを与えて、漫画としてのモノノ怪世界を成立させていると感じられます。

 と――これは今更ながらのお話なのですが、本作を読んで改めて感じたのは、アニメ(映像)と漫画(本)という媒体の違いです。
 映像に対しては見る者が基本的に受動的な立場にある一方で、本に対しては能動的な立場にあると言いましょうか…要するに、映像はボーッと眺めていても流れていきますが、本は自分の意志でめくらなければいけないという、当たり前と言えば当たり前のお話。

 突然何故こんなことを言い出したかといえば、映像では目を背けてしまえば過ぎてしまう場面であっても、本ではそうでもいかないという…
 原作の内容をご存知の方であれば、あの場面か、とわかっていただけるかと思いますが、目を背けたくなるような残酷な真を、この漫画では否応なしにこちらに突き付けてきます。
 そう考えれば、「モノノ怪」という作品の構造は、むしろ漫画向き…というのは言い過ぎですが、興味深いことです。

 この蜷川氏の見事な筆で、オリジナルの「モノノ怪」を見てみたい――それが正直な気持ちであります。


「モノノ怪」第2巻(蜷川ヤエコ スクウェア・エニックスヤングガンガンコミックス) Amazon
モノノ怪 2 (ヤングガンガンコミックス)


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2008.10.09

「真田昌幸 家康狩り」第2巻 対決、二つの武士道

 数え七歳となった真田源五郎は、武田家の「人質」として、信玄の下で武将としての英才教育を受けることとなる。一方、天涯孤独となった醜鳥は、思わぬことから、松平竹千代――後の徳川家康になりかわることとなる。源五郎――後の昌幸と家康、対照的な二人は、運命の交錯の果てに、遠州三方ヶ原で遂に激突する。

 徳川家康を最も苦しめた男・真田昌幸の生涯を、伝奇的視点を用いつつ描いた「真田昌幸 家康狩り」の第二巻の登場であります。
 第一巻では、昌幸の誕生から数え五歳での初陣までが描かれましたが、今回は七歳から二十六歳まで、彼の青春期が描かれることとなります。

 扱われる時期が第一巻よりも長く、また戦国史的に見ても激動期にあること、そして何よりも、本作のもう一人の主人公と言うべき徳川家康サイドからの描写もあって、正直なところ、第一巻に比べると慌ただしい印象もあるこの第二巻。
 特に、なかなかに個性的な登場人物たち一人一人に、十分な活躍の場面が与えられているわけではないのが何とも勿体なく感じます。
 しかしながら、ベテランの技と言うべきか、比較的長期間に起きる様々な事件を、複数の視点から描きながらも、展開は巧みに整理されて、混乱することなく最後まで一気に読み通すことができるのは、さすがと言うべきであります。
 内容にも、影武者徳川家康どころか、影武者松平竹千代というアイディアを投入することにより、単に伝奇性の点からのみならず、昌幸と家康の対比、因縁というものを、より鮮明に描き出しているのが目を引きます。

 さて、そんな中で、個人的に非常に興味深く読んだのは、昌幸と「表裏比興」という言葉の出会いであります。
 「表裏比興」は、昌幸を評する際に必ずと言ってよいほど使われる言葉ですが、本作においては、その言葉が信玄の口から、それも武田軍学の秘伝として語られるのが実に面白いのです。
 「比興」とは、言い換えれば「卑怯」であり、そこにはネガティブなイメージがつきまといますが、しかし彼を評する場合には、それは「したたかさ」「しぶとさ」という、むしろポジティブなものに転化します。

 ここでいかにも作者らしいとニヤリとさせられるのは、その彼の生き様の由来を「室町武士道」に見出しているところであります。
 「武士道」と一口に言っても、戦国時代(=室町時代)と江戸時代以降のそれは大きく異なります。江戸時代のそれが封建社会の秩序維持のための規範だとすれば、戦国時代のそれは――私見ですが――力持てる者が己を律しつつも自己実現を図るための生き方。
 室町時代を舞台とした作品を得意とする作者にとって、こうした室町時代の武士のあり方は自家薬籠中の物として描くことができるものでありましょうし、それだからこそ本作の真田昌幸像が印象的に感じられるのか、と悟った次第です。

 さて、上で触れた江戸武士道が生まれたのは徳川政権下。その徳川政権の生みの親は言うまでもなく徳川家康――そう考えてみると、本作で描かれる真田昌幸と徳川家康の対決は、室町と江戸、二つの武士道の対決でもあります。
 史実からすればその結末は明らかと思えるかもしれませんが、本作の中では、そうそう素直に終わるわけがありません。
 今後描かれるであろう、室町武士道の最後の意地の行方を楽しみにしているところです。


「真田昌幸 家康狩り」第2巻(朝松健 ぶんか社文庫) Amazon
真田昌幸家康狩り 2 (2) (ぶんか社文庫 あ 5-2)


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2008.10.08

「水滸伝」 第01回「大宋国の流星」

 八十万禁軍の師範・林中は、役人と揉め事を起こした武松を逃がしてやったことがもとで新任の近衛軍司令官・高求に睨まれて軍籍を剥奪された上、無実の罪で死刑の判決を受ける。宋江のとりなしで流罪となった林中だが、その旅の途上でも高求の魔の手は迫る。

 長いこと見たくてたまらなかった、TVドラマ版「水滸伝」がDVD-BOX化されました。もちろん喜び勇んで飛びついたのですが、これが想像以上によく出来ていて、少なくともこの第一話を見た限りでは、きちんと「水滸伝」している印象です。

 それは、なかなかに気合いの入ったセットなどの美術による点ももちろんですが、何と言っても素晴らしいのは、このドラマの正邪二人の主役と言うべき林中と高求(書きやすい名前でいいなあ…)が、実にイメージ通りのある点。
 林中を演じる中村敦夫は、ギラギラした熱さと寡黙さが同居した演技で、民衆を思う熱血と、軍人としての愚直さを合わせ持つ林中のキャラクターを好演。そのもどかしいくらいの生真面目さは、ああ初期の林冲だよなあ…と感心しました。
 一方の高求の方は、これはもう佐藤慶の高求っぷりが異常な完成度。どこからどう見ても横光漫画の細面の陰険キャラにしか見えないビジュアルに、大いに感動いたしました。

 さてこの第一話は、ストーリー的にはほぼ原作冒頭と同じなのですが、かなり異なっているのが林中を巡るキャラクター配置。魯智深の代わりに林中と交誼を結ぶのは武松ですし、高求の前の林中の上官は何と呼延灼!

 そして本作のヒロイン・扈三娘も、この第一話から顔を見せることとなります。
 この扈三娘、初登場シーンが、一族からの献上品として高求に生き人形として献上されるというかなり強烈な展開なのですが、高求のあまりのアレっぷりに我慢できず(それまで一応我慢していたのが面白い)、真っ向から啖呵を切って高求に喧嘩を売る女丈夫ぶり。
 原作での、腕自慢の令嬢というキャラクターとは異なった、しかしより一層イキの良い、女傑ぶりが実に気持ちのよいキャラクター造形であり、実にイイのであります。

 …が、「水滸伝」ファン的に一番インパクトがあったのは、林中処刑の危機に颯爽と現れ、法理でもって高求をコテンコテンにやっつける刑部頭であります。
 一体誰なんだこの好漢は!? と思ったらこれが宋江。思わず、ウソだーっと、演じる大林丈史氏には誠に申し訳ないことながら、モニタの前でのけ反ってしまった次第。
 色々な宋江を見たが、こんな恰好良いのは初めてだぜ…


「水滸伝」DVD-BOX(VAP DVDソフト) Amazon
水滸伝 DVD-BOX

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2008.10.07

「シャクチ」 新たなる古代日本ファンタジー世界の誕生

 「入魂の新シリーズ開幕!」と銘打って、「小説宝石」誌に掲載された荒山徹先生の新作「シャクチ」。ファンのはしくれとして、荒山作品のパターンもある程度はわかっていたつもりでしたが、なるほどこれは新シリーズと言うにふさわしい、これまでの荒山作品とは、場所も時代もテイストも異なる作品となっておりました。

 この作品の舞台となるのは、紀元前三世紀の中国と日本。この時代の中国と言えば、秦の始皇帝が歴史上初の統一王朝を打ち立てた頃であります。
 ここで勘のいい方、あるいは伝奇好きの方であればすぐにお気づきかと思いますが、始皇帝と日本を繋ぐものと言えば、始皇帝の命により、東海の三神山に不老不死の仙薬を求めて旅立った末に、日本に辿り着いたというあの人物。そう、徐福であります。

 本作の主人公の一人は、その徐福(作中では異称の徐市(正確には「くさかんむりに市」)と表記)。過酷な旅の末、ただ一人オオヤマトに漂着した彼が出会ったもの――それは蛇神を崇拝する未開の部族の青年・サメマでありました。
 サメマの部族のもとで不老不死の法を修め、大陸に帰った徐市に対し、始皇帝はオオヤマトの侵略を命じるのですが…

 と、朝鮮も柳生も、そして過剰なパロディもない本作。描かれるのは、極めて真っ当な(?)伝奇ファンタジーであります。
 先に述べたように有名な「史実」である徐福の渡来を、巧みに換骨奪胎して独自の古代世界観・古代史観を構築している様には、荒山先生の地力というものを感じさせられます。


 さて――本作の末尾に掲げられた参考・引用文献の中にあったのは、あのブライアン・ラムレイの「地を穿つ魔」。これには仰天するとともに驚喜いたしましたが、しかしそれ以上に、本作の雰囲気は何かに似ているような…と思っていたところに、ネット上での炯眼の士の指摘に、アッと驚くとともに納得いたしました。
 本作を覆うムードは、ラムレイよりもむしろR・E・ハワードの怪奇色濃厚なヒロイックファンタジーによく似たものがあったのです。

 なるほど、当時の「文明国」たる秦=中国から見れば、オオヤマト=日本は暗黒大陸ならぬ暗黒島。その暗黒の世界から単身乗り込んできたサメマ改めシャクチの姿は、ハワードの蛮人王に繋がるものがあります。
 そして何より感心すべきは、この場所、この時代を舞台とすることにより、見事に無理なく古代日本ファンタジー世界を構築してみせたことでしょう。

 あるようでいて存外少ない――特に大人向けの作品では――古代日本を舞台としたヒロイックファンタジー。もちろんまだ第一話ゆえ先のことはまだまだわかりませんが、本作が新たなる古代日本ファンタジー世界を切り開くことに、大いに期待したいと思います。


 ところでシャクチは、ミシャグジ神の転訛なのかしらん(日本側の舞台は三輪山周辺なので違和感はありますが…)


「シャクチ」(荒山徹 「小説宝石」2008年10月号掲載)

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2008.10.06

作品集成更新

 このブログ及び親サイトで扱った作品のデータを集めた作品集成を更新しました。今年の四月から十月頭のデータをアップしています。
 もっとこまめに更新しようと思いつつも、またまた貯め込んで半年近くのデータを一気に更新する羽目になりました。もう少しこの辺り省力化できればいいのですが…
 ちなみに更新にあたっては、EKAKIN'S SCRIBBLE PAGE様の私本管理Plusを使用しております。これがまたフリーウェアとは思えないほどの高性能で毎度重宝しております。おすすめです。

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2008.10.05

「BRAVE10」第4巻 そして八番目の勇士

 戦国アクションファンタジーコミック「BRAVE10」も、もう単行本四冊目。真田幸村の下にこれまで集った勇士は七人、そこに八番目の勇士が登場することとなります。

 ヒロイン伊佐那海の秘密を巡り、第三巻では出雲、そして奥州で激闘が繰り広げられましたが、今回の舞台は真田の本拠、信州上田。
 前半では第八の勇士、三好清海入道の登場が、そして後半では伊達家の刺客、二代目石川五右衛門一党との死闘が描かれます。

 三好清海入道といえば、真田十勇士では佐助、才蔵に次ぐ有名人。当然のことながら、これまで様々な作品に登場しているのですが、しかし、他の十勇士に比べると、キャラの幅が狭い――ほとんどの場合、豪快で怪力だけどおつむはちょっと、の巨漢坊主――のも事実。
 果たして本作での清海入道は…と心配半分興味半分で読んでみれば、これが、既存のイメージを踏まえつつ、なかなかユニークなキャラクターとなっておりました。

 この「BRAVE10」版清海入道、ムサい怪力巨漢坊主というのは予想通りでしたが、面白いのが、諸国修業の果てに、「神仏はみな同じ 信じた数だけ救われる」という、ある意味とんでもない結論に達した怪人であること。
 なるほど、今までの清海入道は、ほとんど皆僧形であっても、宗教者としての側面を持っていた作品は数える程度。その宗教という要素を(いかにもこの作品らしいムチャっぷりですが)持ってくるとは、ちょっと感心いたしました。

 さて、後半に登場するのは、二十面相…ならぬ石川五右衛門の娘。伊賀秘伝――そういえば五右衛門といえば元々フィクションの世界では才蔵とは因縁の間柄でした――の毒薬を用いての奇襲で、才蔵たちを苦しめることになります。

 その中で、才蔵は、伊賀者としてではなく、真田の勇士としての自分に目覚めることとなるのですが――
 正直言って、まだ目覚めてなかったんかい!? という感はありますが、そこまでの物語の中で、少しずつ、伊賀者の生き様と真田での生き様の違いを描いてきたこともあり、才蔵の成長を描くイベントとしては、悪くない印象でした。

 さて、残る勇士はあと二人。いずれも本作らしく、一筋ではいかない連中だと思われますが――さて。


「BRAVE10」第4巻(霜月かいり メディアファクトリーMFコミックス) Amazon
BRAVE10 4 (4) (MFコミックス フラッパーシリーズ)


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2008.10.04

「カミヨミ」第6-8巻 小品ではあるけれど…

 今月末に最新巻が発売される明治伝奇ホラーアクションミステリ「カミヨミ」。今回取り上げるのは、まだ紹介していなかった第6巻から第8巻までであります。
 この三冊のメインとなるのは「銀狼館の獣」編と「沈黙の毒」編の二つの中編。天馬が、零武隊が、人知を越えた奇怪な事件に立ち向かうこととなります。

 第6巻から第7巻冒頭まで収録されているのが「銀狼館の獣」編。人里離れた洋館・銀狼館を訪れた天馬・帝月・瑠璃男の主人公トリオ+何故か八俣警視総監が巻き込まれた陰惨な猟奇事件が描かれます。

 物語の中心となるのは、満月の度に獣めいたふるまいを見せる銀狼館の娘・文石の悲恋物語。
 題材的には予想がつくのですが――もっとも、ここであの伝説と絡むとは! と大いに驚かされましたが――結末辺りの展開には思わぬ一ひねりが入ったのには唸らされました。さすがにこの作品、侮れません。
 そして何よりも、人を人たらしめる想いが引き金となって…という切なすぎる展開が胸を打ちます。

 ちなみにこのエピソードでは、八俣さんが色々な意味で大活躍。物語の半分くらい全裸だったんじゃないだろうか…


 そして第7巻後半から第8巻冒頭に収録されているのは「沈黙の毒」編。有力政治家の怪死に端を発して、連続毒殺事件に巻き込まれた零武隊隊員・毒丸を中心に、零武隊メンバーが活躍するエピソードであります。

 本作の弱点は、ビジュアル的には異様に目立つ割に、零武隊メンバーが物語的にはさっぱり目立たないことですが、今回でそれがほんの少し解消されたか、というところでしょうか(あくまでもほんの少しですが…)。
 ただ、伝奇的謎解きとしては、毒と鳥という時点ですっかりネタ割れしていたのが残念です。


 以上二つのエピソードは、第5巻までに比べると、分量的にも内容的にも小品ではあるのですが、これはこれで作品世界を広げるという意味ではアリでしょう。
 そして第8巻からは、死者が甦ったという一件を追う天馬一行が、老人がいない秘密めいた隠れ里で事件に巻き込まれる「女郎蜘蛛」編がスタート。なかなか厭な(褒め言葉)土俗的ムードが漂っていて、この先の展開が楽しみです。

 しかし事件解決直後に配下率いて突入してくる日明大佐は既にほとんど伝統芸のような…


「カミヨミ」第6-8巻(柴田亜美 スクウェア・エニックスガンガンファンタジーコミックス) 第6巻 Amazon/第7巻 Amazon/ 第8巻 Amazon
カミヨミ 6 (6) (ガンガンコミックス)カミヨミ 7 (ガンガンコミックス)カミヨミ 8 (Gファンタジーコミックススーパー)


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2008.10.03

「飛狐外伝 2 愛憎の父娘」 女難拳難の冒険行

 「雪山飛狐」に登場した豪傑・胡斐の少年時代の活躍を描く「飛狐外伝」、全三巻の二巻目であります。
 大悪人・鳳天南を追う胡斐の前に現れるのは、謎めいた二人の少女に親の仇たる快侠。女難拳難、冒険児の旅の行方は前途多難であります。

 私利私欲から無辜の一家を虐殺し、胡斐の怒りを買った鳳天南は、武功ではとても敵わぬ胡斐の前から恥知らずにも遁走。
 それを追う途上、敵の罠にかかり毒で失明の危険に曝された苗人鳳を救うため、胡斐は毒物の達人・毒手薬王のもとに向かいます。

 冒険の末に何とか苗人鳳の危機を救ったものの、この好漢が両親の仇と知った胡斐の心中は複雑の一言。
 さらに、鳳天南を追い詰めるたびに、ひそかに想いを寄せていた美少女・袁紫衣に何故か邪魔をされて取り逃がす羽目となり、まだまだ若い胡斐の心は千千に乱れるばかり――


 と、青春武侠ドラマ的色彩の強い本作。複雑怪奇な人間関係と歴史の皮肉を描いた「雪山飛狐」に比べると、ぐっとわかりやすく、ストレートな活劇となっており、その印象はこの第二巻では特に強まります。

 もちろんそれは、「雪山飛狐」に比べて本作が劣っているということでは全くなく、同じ背景設定を用いながらも、それぞれの面白さがありますが、武侠小説らしさという点では、本作の方が上であると申せましょう。

 もちろん、ストレートな展開であっても、金庸らしい人間関係の綾は健在で、胡斐と苗人鳳、胡斐と彼を慕う二人の少女の関係などは、いかにも一筋縄にいかないことばかりで、作者の狙いにまんまとはめられているとわかりつつも、大いにやきもきさせられます。

 ただ一点、鳳天南が武術の腕的にも人間のスケール的にも、いかにも小物すぎるのが不満だったのですが、この第二巻終盤で明かされる因縁を知って、物語の構成上仕方ないか、と納得。まったく、うまいことを考えるものです。

 物語の方は、胡斐の復讐行の行方に加え、清朝高官の陰謀が秘められた一大武術大会に向けて緊迫度はいよいよ高まるばかり。一読巻置くを能わず、を地で行く快作であります。


「飛狐外伝 2 愛憎の父娘」(金庸 徳間文庫) Amazon
飛狐外伝 2 (2) (徳間文庫 き 12-37 金庸武侠小説集)


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2008.10.02

「箱館妖人無頼帖 ヒメガミ」第3巻 いよいよ物語は核心へ!?

 残念ながら掲載誌の「マガジンZ」は休刊が決定してしまいましたが、作品自体は絶好調の「箱館妖人無頼帖 ヒメガミ」第三巻が発売となりました。
 この巻では、いつかは登場すると思っていた幕末の有名人二人がついに登場、さらに第二巻ラストで登場した新たなるヒメガミたちも加わって、更なる大乱戦、大混戦が描かれることになります。

 この第三巻で舞台となるのは、黒後家楼なる妖しげな外国人娼館。通常では成り立たないような経営で客を集めるこの娼館が出来て以来、かなりを倒したはずの妖人たちが大幅に増加、しかもその正体は、何の変哲もない町の日本人たち…
 この異常事態に彪とヒメカは、黒後家楼に潜入することになりますが、そこに壬生狼=彪を追う箱館警察の警部長も潜入、さらに新たなる三人のヒメガミまで再び登場時…と、実に良い具合に賑やかな展開となっています。

 しかし何と言ってもこのエピソードの目玉は、黒後家楼に現れた二人の男。「明治」で「新選組」と言えば、この人とこの人、いつかは必ず登場するだろうと思っておりましたが、それぞれ実に「らしい」役どころとビジュアルで登場、かつての盟友の娘である彪と肩を並べて、妖人たちと死闘を繰り広げることとなります。

 さて、キャラクター面だけでなく、ストーリー面でも盛り上がっていくこの巻。
 父・歳三と彪、そしてヒメカの出会い。新選組と妖人たちとの意外な関わり。細かいところ(?)では彪の師匠の存在や、警部の二重に意外な正体(一つはともかく、もう一つはまだほのめかす程度ですが…)――これまで物語の背後で伏せられていた事実が一つ一つ明かされていき、いよいよ物語が核心に入ってきたことが感じられます。

 ここで個人的な感想として正直なところを申し上げれば、これまでの本作は登場人物・舞台設定がある程度伏せられたまま、物語が勢い全開で走り出していて、エンジンが暖まる前にギアがトップに入っていた印象があったのですが、ここに来て、エンジンの回転とギアがガッチリと噛み合った感があります。
 かつて幕末の京で繰り広げられた戦いと、明治の箱館で繰り広げられるこの戦い。二つの戦いが交わるところに存在するであろう巨大な謎の全貌が描かれる時が、そしてもちろん、今はまだ未熟――どころか、暴走の兆しまで見えている――彪の成長が、大いに楽しみなのであります。


「箱館妖人無頼帖 ヒメガミ」第3巻(環望 講談社マガジンZKC) Amazon
箱館妖人無頼帖ヒメガミ 3 (3) (マガジンZコミックス)


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2008.10.01

「八犬伝の世界」展 八犬伝物語受容の姿を展示に見る

 「南総里見八犬伝」といえば、言うまでもなく日本の伝奇小説の源流の一つ。そしてその題名通り、千葉県をその主たる舞台とした郷土の物語であります。
 その八犬伝をテーマとした展示会「八犬伝の世界」が、千葉市立美術館で現在開催されていますが、私も先日行ってまいりました。

 展示されているのは、「南総里見八犬伝」の原典はもちろんとして、八犬伝を題材とした錦絵、現代における八犬伝関連作品等。これらのうち、大部分を占めているのは錦絵で、これだけで全体の八割九割を占めるのでは…というほどの点数が展示されており、壮観の一言でありました。

 八犬伝の錦絵は、大別すれば人物をクローズアップして書いたものと、物語中のある場面を書いたものに分かれます。
 前者は、当然のことながら八犬士を描いたものがその大半ではありますが、それ以外の――よほどのマニアでなければ忘れているようなキャラまで――登場人物までも収録した51枚の人物画シリーズ「八犬伝犬の草紙」には感心しました。
 また、場面の方については、作中の場面を、二枚組あるいは三枚組のダイナミックな構図で描いたものがほとんど。当然、人口に膾炙した名場面に人気が集中するわけで、道節火定、芳流閣の決闘、対牛楼の仇討ちといったところがその大半を占めておりました。

 これらの錦絵については、八犬伝という作品のキャラクター性というものが窺われて実に興味深いものがあったのですが、それ以上に考えさせられたのは、これらが八犬伝の普及に果たした役割の大きさ。
 八犬伝の、文体とその長大さは、決して全ての読者にとって読みやすいものではなかった――そしてそれは、現代の我々にとっても同様なのですが――と認識していますが、これらの錦絵が、読者の理解を高め、八犬伝の物語世界への没入を深める大きな助けになったであろうことは想像に難くありません。
 物語のビジュアライズというものは、いついかなる時代においても行われているものですが、そこに錦絵という生産性に優れたメディアが絡むことにより、八犬伝の人気と知名度が更に増したことは想像に難くありません。


 そしてまた、大いに考えさせられたのは、八犬伝と歌舞伎の親和性であります。
 展示されていた八犬伝の錦絵の中には、実際に舞台で演じられた歌舞伎版八犬伝を題材としたものも含まれておりましたが、それ以外の錦絵についても、特に登場人物のビジュアル化の点で、歌舞伎の影響が強く見てとれます。登場人物たちの顔が、当時の人気役者をモデルにしているという部分もありますが、それ以上に、髪型や服装といった点で、歌舞伎における役柄、キャラクター分類といったものに則って描かれているのが目を引くのです。

 もちろん、一つの物語の登場人物たちをビジュアライズする上で――特に八犬伝のような人物数の多い作品ではなおさら――歌舞伎における役柄のパターン化をベースとするのは、有効な手段であり、特に人物の色分けのはっきりした八犬伝では、実にしっくりくる手法であります。
 しかしそれだけではなく――ここからはいささか脱線気味となりますが――歌舞伎における「過去によく似た世界」「過去にあったかもしれない世界」を舞台にして現代(その舞台が上演されたリアルタイム)に通じる物語を演じるという「見立て」の技法は、実は八犬伝にも共通のものであり、そこに、今回の展示において見られた歌舞伎と八犬伝の親和性がそもそも由来しているのでは…などと考えてしまった次第です。


 と、そんなことも考えながらじっくりと見ていたら、全て見終えるのに三時間もかかってしまったこの展示会。
 もちろん、ただ純粋に見るだけでも実に楽しい展示ではありますが、「南総里見八犬伝」という文学作品、伝奇小説が、どのような形で人々の間に受容され、親しまれてきたか――そんなことに思いを馳せるのもまた一興であります。

 八犬伝に興味のある方は見て損はない、いや是非見るべきものかと思います。


関連サイト
 千葉市美術館 八犬伝の世界

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