「へるん幻視行」 ハーンの瞳に映るもの
英語教師として松江を訪れた「へるん先生」ことラフカディオ・ハーン。しかし、古き良き日本の風物に限りない愛を向けるハーンを松江で待っていたのは、数々の不可思議な事件だった。ハーンの見えぬ片目に映る、哀しい事件の真実とは…
歴史上の有名人を探偵役とした物語というのは、それこそ枚挙に暇がないほど描かれています。
単なる事件の謎解きだけでなく、その人物自身の魅力、そして後の活動に事件がどのように影響を与えたのか…などと、物語の構造が、読者の興味を色々と掻き立ててくれるかと思いますが、そこには一種のパロディの視点から現実を見るという、伝奇ものに近い魅力があるのではないかな、と個人的には考えている次第です。
さて本作は、そうした作品の中でもへるん先生ことラフカディオ・ハーンを主人公とした作品集。言うまでもなくハーンは後の小泉八雲、日本の怪談奇談に親しみ、「怪談」をはじめとする様々な作品で、我々に貴重な日本の精神的遺産とも言うべきものを残してくれた偉人であります。
こうしたハーンの立場を考えると、なるほど、異境からやって来て事件を解決する「探偵」という存在に、うってつけのマージナルマンではあると感心させられます。
そんなハーンの作品には実はベースとなる実際の事件があった、というスタイルは、これは有名人探偵ものの定番ではありますが、しかし描かれる作品が作品だけに、実に興味深い話。しかもそれが、単純に事件の謎を超自然的存在に帰するのではなく、一定の現実的・論理的解を出し、その上でなお「えっ」と思わせるような不思議の世界を垣間見せてくれるという構造で、これは実に私好みでありました。
題材となっているのは「水飴」「蒲団」「破約」「雪女」の四作品。いずれも有名な原典を、如何に本作が料理してみせたか――それはここでは詳しくは述べませんが、いずれもハーンという人物、その瞳に映った明治の日本という風土を存分に生かした、味わい深い佳品揃いであります。
ことに、原典を読んだとき、ヘタなホラー小説など裸足で逃げ出すほどの恐ろしさに震え上がった「破約」を、見事にロジカルに解釈しつつも、一片の怪奇と哀切さを漂わせた作品に仕上げてみせたのには、まことに感心いたしました。
単行本を見た限りでは、この一巻で完結となっているようですが、へるん先生の日本での生活はまだ始まったばかり。原典となるべき作品もまだまだ山のようにあるわけですから、ぜひとも続編を期待したいところです。
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