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2008.12.31

「ガゴゼ」第5巻 神と怨霊への惜別の賦

 室町暗黒伝奇「ガゴゼ」が、この第5巻で完結と知ったときには、少なからず戸惑いを覚えたことでした。確かに物語は盛り上がってきたけれども――いやそれだけに――ここで完結するのはいかにも勿体ない、いやそれ以上に完結できるのか、といささか失礼ながら感じてしまったのですが、それは全くの杞憂。実に見事な結末を見せていただきました。

 足利義満の命を受けた陰陽師・土御門有盛により、力を奪われて無力な少年の姿と化した伝説の大鬼・ガゴゼ。そのガゴゼと、お目付役の式神・チンロンの旅の中で徐々に明らかにされてきた、ガゴゼの存在に秘められた謎と、それが様々な人々に影響を及ぼした果てに生まれた秘密。それが、この第5巻では明らかにされます。

 失われたガゴゼの記憶の在処は。ガゴゼと瓜二つの少年神の正体は。怪神カシリサマを崇める有盛(実は××)の策謀の行方は。義満の傍に召されたヒロイン・鬼無砂の運命は。そしてかつてガゴゼを祀ってきた巫女と鬼無砂が瓜二つの理由は…
 この暗く複雑な、そしてそれだけに魅力的な物語を構成する全ての要素が一つの真実に向かって収束し、その全てが明らかになる――必ずしも直接描かれたわけではありませんが、作中の描写から容易に読み解くことが可能でしょう――展開には、久方ぶりに、良質の伝奇ものに触れたときに感じる、あの興奮と驚きを感じた次第です。

 漫画としても、地獄絵図も容赦なく描き出す作者の筆力は最後まで衰えることなく、そしてまたラストに展開される、京の都を舞台に展開する一大カタストロフが実にクライマックスらしい派手さで、大いに満足いたしました。

 全5巻というのは、決して多い分量ではありませんし、また個人的には中盤の展開はちょっとすっきりしない部分もあったのですが、しかし完結してみれば、実に素晴らしい時代伝奇漫画であったと、断言することができます。


 最後に蛇足を承知で追記すれば、本作が室町時代、それも足利義満の時代を舞台に描かれたことには、確かに必然性があったと、結末まで読んで感じました。

 本作で描かれた、ガゴゼ(とその敵)に代表される、荒ぶる力を持つ人ならぬ存在――すなわち神と怨霊――が、人間の歴史に影響を与えた最後の時代、それこそが「太平記」に描かれた室町時代初期であります。それまでの我が国の歴史は、人間が、人間以上の力を持つ存在を畏れ、宥め、崇めることが、その原動力の一つとして、確かに存在していたのです。
 しかし、それ以降の歴史には、歴史を動かすほどの神と怨霊の姿は、ほとんど見ることができません。言い換えれば、その時期に人間と、神と怨霊の決別が行われたということであります。

 ここで本作を振り返ってみれば、その内容が、まさにこの決別を描いたものであると気付きます(今頃になって気付いたのは汗顔の至りですが…)
 消えゆく神と怨霊への惜別の賦――本作は、あるいはこう表することができるのではないでしょうか。


「ガゴゼ」第5巻(アントンシク 幻冬舎バーズコミックス) Amazon
ガゴゼ 5 (5) (バーズコミックス)


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2008.12.30

「東京事件」第2巻 抹殺されしものの逆襲

 戦後日本を舞台に、時間にまつわる不可能事件に挑む歴史科学研究所、通称「歴研」の活躍を描く異色作の第二巻であります。掲載誌が「特撮エース」から「少年エース」に変更となりましたが、月刊誌連載となったことで、物語のテンポ・連続性は強まり、いよいよ物語は本筋に入ってきたような印象があります。

 この第2巻で描かれる4つの事件――冒頭の、気球とともに現れる何十年も容姿の変わらぬ男の謎を巡る事件をはじめとして、いずれも時間…それも失われた時間、なかったことにされた時間にまつわる怪事件であることは、第1巻のエピソードと共通です。
 しかしいささかこれまでと趣を異にするのは、それらの事件が緩やかな、しかしはっきりとしたつながりでもって、ある巨大な事件の存在を浮かび上がらせることです。

 それこそは、主人公・浦島正木の過去であり、物語の根幹を成す、東京への第三の原爆投下を巡る事件――東京事件。かつて確かに東京に投下されながらも、浦島による歴史改変によってその存在を抹消された原爆・トウキョウパンプキン。
 しかしその代償は決して小さなものではなく、浦島が意識のみが未来と過去を往復する時間失調症に悩まされるように、様々なゆがみが、戦後の東京に生まれることとなります。そして、そのゆがみを利用しようとする者の存在もまた…

 本作の内容は、民俗学の要素が色濃い大塚作品にしては、少々毛色の変わった作品にも感じられます。しかし、この第2巻の内容を見れば、ある歴史を守るために犠牲にされたもう一つの歴史と、その過程で抹消されたモノという構図が、実は、明治以降の近代日本で抹消されてきたモノたちの姿を描き続けてきた他の大塚作品とは共通のものであると気付きます。
(共通といえばロンギヌスの槍ネタですが、さすがに今回は強引すぎた印象が…いやこれは蛇足ですが)

 こうして考えてみれば、そうした存在とそれが生み出すゆがみを修正してきた他の主人公たちと、本作の歴研の存在は――その存在自体が、二つの世界にまたがった不安定なものであることも含めて――さして変わるものではないのです。
 その彼らが挑むことになるのは、歴史のゆがみが生み出した…いや、消し去ることができなかったある存在。果たしてその存在を抹消しきることができるのか。抹消された歴史の恐るべきカウンターに、浦島が、歴研がいかに挑むのか。実に気になるところです。


 にしてもドタマさんは元気だなあ…UFOオタクになっちゃったのはスパイMのベントラベントラが効き過ぎちゃったのかしら。


「東京事件」第2巻(菅野博之&大塚英志 角川コミックス・エース) Amazon
東京事件 (2) (角川コミックス・エース 49-5)


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2008.12.29

「月下の剣客 五城組裏三家秘帖」 ありそうでなかった伊達家秘帖

 生類憐れみの令を嘲笑うかのように江戸で頻発する犬の辻斬り。その現場に、五城組のみが持つ根付けが落ちていたことを知り探索に当たる裏三家の望月彦四郎は、その背後に、再び藩主の座を巡る争いの影を察知する。だが姿なき敵の魔手は次々と彼らを襲い、ついに彦四郎は絶体絶命の窮地に立たされる…

 仙台藩直属の監察機関・五城組の中でも隠密の探索を行う「裏三家」の一つ、望月家の青年当主・彦四郎を主人公としたシリーズの第二弾の登場です。
 前作が実に面白かったので、次はまだかまだかと楽しみにしておりましたが、実に約一年八ヶ月ぶりの続編であります(あまり楽しみすぎて発売日の前日から本屋を十軒以上回った俺バカス)

 本作は、舞台は前作から二年後という設定ですが、内容的には完全に前作を踏まえたもの。登場人物も、味方も敵もそれ以外も、お馴染みの顔ぶれであります(相変わらず、彦四郎の兄貴分の片倉辰吾さんのキャラクターが面白すぎるのです)が、前作では登場しなかった裏三家の残る一つ、海野家の男も登場。彦四郎とも辰吾ともまた違う個性で、物語に新鮮さを加えています。

 それにしても、前作の感想でも同様のことを書きましたが、まだまだ実質第二作目だというのに、本作の安定感というのは大したもの。物語構成の完成度やキャラクターの豊かな個性、時代ものとしての必然性、そして文章力…いずれもあって当たり前の要素ではありますが、しかし存外ないがしろにしている作品も見受けられる中では、やはり評価すべき点でしょう(あまりにもかっちりし過ぎているかな、という感もなきにしもあらずですが…)

 そして何より本作ならではの魅力は、題材選びのユニークさでしょう。本作で描かれるのは、伊達騒動の二十数年後の伊達家の内外を巡る事件。
 戦国時代の伊達家や、伊達騒動そのものを描いた作品は山のようにある一方で、伊達騒動の後の伊達家を描いた作品は実に珍しいのではないかと感じます。このありそうでなかった伊達家物語というのは、なかなかのコロンブスの卵かと思います。
 もちろん御家騒動ものというのは、それこそ歌舞伎・浄瑠璃の昔から一ジャンルと言ってもよいほどに存在してはいるのですが、有名な御家騒動そのものでもなく、かといって全くのフィクションでもなく…その辺りのバランスが、何とも楽しく思えるのです。


 ただし、あえて言ってしまえば、本作だけで物語が完結していないのが、個人的には残念なところ。もちろんシリーズものの宿命として、これはアリではあるのですが、もう少しすっきりした形で続いてくれた方が嬉しかったかな…というのが正直な思いです(完全に前作読者前提なのもちょっと勿体ないかな)。
 もっとも、次の巻が早く出てくれれば、その辺りは問題のないお話。もう二年近く待たされるなどいうことはないように祈りつつ、次巻を楽しみにしている次第です。


「月下の剣客 五城組裏三家秘帖」(武田櫂太郎 二見時代小説文庫) Amazon
月下の剣客 五城組裏三家秘帖2 (二見時代小説文庫) (二見時代小説文庫 た 1-2)


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2008.12.28

「マドモアゼル・モーツァルト」 天才であること、自分であること

 昨日は東京芸術劇場で音楽座のミュージカル「マドモアゼル・モーツァルト」を観てきました。
 演目も劇場も劇団も初めてづくし(さらに言えば、お恥ずかしいことに原作は未読)でしたが、実に興味深く、面白い舞台でした。

 原作は福山庸治氏が20年近く前に「モーニング」誌に連載したコミック。このミュージカルもその連載終了後まもなく初演されたもので、結構な話題となったと記憶しておりますので、ご存じの方も多いと思います。

 本作は、あの天才ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトは実は女性だった! という大胆なアイディアを中心に、「彼女」に振り回される周囲の人々の悲喜劇を描いた物語ですが、題材が題材だけに、ミュージカルとの相性は上々。
 舞台装置は驚くほどシンプルではあるのですが、それが舞台上で繰り広げられる歌と踊り、そしてそれが描き出す物語と相まって、逆にこちらの想像力を縛ることなく、かえって様々な情景をこちらの脳裏に浮かび上がらせるのは、ちょっと日本の古典芸能チックにも感じられて、興味深く感じました。

 しかし何より唸らされたのは、舞台上をほとんど出ずっぱりで彩る存在として、モーツァルトの四大オペラの登場人物をモチーフとした十四人の精霊が登場すること。
 コーラスにダンスに、舞台上を賑やかに飾るというミュージカルとしての演出として優れていたというだけでなく、彼らがモーツァルトの回りに常に存在することで、常に霊感と閃きによって音楽を生み出してきたモーツァルトの天才性を描き出す効果を挙げているのには、この手があったかと感心いたしました。


 さて、本作のような男女入れ替わりの物語というのは、洋の東西を問わず存在しているお話。それだけこのモチーフは魅力的であるということなのでしょうが、しかしそれだけでなく、それぞれの物語で、男女が入れ替わる必然性というものがあるはず。
 では本作におけるそれは…と、観劇中ずっと考えていたのですが、それを一言で表せば、モーツァルトの天才ゆえの孤独を強調するため、なのでしょう。

 天才は常に孤独、というのはよく聞く言葉ではありますし、モーツァルトがその天才であったのも間違いはないでしょう。しかしそのモーツァルトの孤独を、インパクトとフィクションとしての面白味を持ちつつ、かつ天才としての存在感を失わせずに描くか(天から才能を与えられた者が異形であるのは、古来より用いられるモチーフであります)、と考えたときに、なるほど女性説はうまい手法だと感心させられます。

 しかし本作ではそこに留まらず、ジェンダーの問題を絡めることにより「自分が自分であること」を描き出すことによって、天才一個人の物語ではなく、我々にとっても普遍的な共感を呼ぶ物語として仕上げているのが、心憎い仕掛けと感じます。

 もっとも、そのためにはモーツァルトと父、モーツァルトと妻の関係など(特に後者)を、もう少し突っ込んだ方が、彼の心のゆらぎをより明確に描けたのではないかとも感じるのですが…これは時間的な制約もあるのかしらん。


 そんな小さな引っかかりもありますが、まずは、久しぶりにミュージカルらしいミュージカルを観たと、実に満足できる舞台でした。
 聞けば、本作の音楽を担当した小室哲哉の事件で、直前になってCMも流せなくなり、上演も危ぶまれたとのこと。そんな困難を乗り越えて素晴らしい舞台を作り出してくれたキャスト(特にモーツァルト役の高野菜々さんには感心いたしました)とスタッフには、心から敬意を表したいと思います。

 そして、小室さんの曲も、こうして時代を超えて受け継がれていけばいいなあ…と思うのでした。

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2008.12.27

「箱館妖人無頼帖 ヒメガミ」第4巻 今、一つの頂点に…

 誠に残念なことに掲載誌の休刊が目前ではありますが、作品のテンションは全く落ちることなく展開する「箱館妖人無頼帖ヒメガミ」の第四巻が発売されました。前巻より開始された、男たちを妖人に変える魔の黒後家楼を巡る戦いの完結編と言うべき今回、アクションまたアクションのつるべ打ちの中で、彪とヒメカを巡るドラマが展開していく、実に読み応えのある内容となっています。

 箱館の町での妖人たちの異常な増加と機を同じくして現れた外国人娼館・黒後家楼。その謎に挑むべく潜入したヒメカ、そして箱館警察の倉田警部長がそこで見たものは…
 と、今回のエピソードを彩る謎のほとんどは、前巻で解決しているため、この巻の大部分を占めるのは、襲いかかる妖人たちの群れとの一大バトル。それも、数多くの無力な娼妓たちを守りつつ、巨大な死の迷宮と化した娼館から脱出しなければならないという、いやがうえにも盛り上がるシチュエーションであります。

 しかしこの巻の見所は、アクションだけではありません。激しい戦いの中で、彪とヒメカの二人を巡るドラマに、一つの大きな転機が訪れることとなるのです。

 物語の冒頭より、未発達ぶり…じゃなかった未熟ぶりが目についてきた彪。この巻では、彪が――敵の陰謀によるものとはいえ――未熟の極みとも言うべき力と心の暴走を始め、ついにはヒメガミたちと対峙することに…
 そしてその中で描かれるのは、これまで抑えられてきた孤独な少女の胸中。周囲から心を閉ざし、ただ一人妖人との戦いを続けてきた中で、唯一心を開きつつあったヒメカの正体を知り、いよいよ荒れ狂う彪に対して、ヒメカ=ヒメガミの選択は…

 この辺りの展開は、あるいは当初の予定ではもう少しゆっくりと描かれる予定だったのかもしれませんが、しかしこの巻で、死闘の中で描かれる二人の少女の対立と和解は、激しい力と力のぶつかり合いの中で描かれるからこそ、その心と心の触れあいが、一層鮮烈に、感動的に響くもの。

 そして全ての恩讐を乗り越えた果てに、ついに出現した巨大な敵に対し、全ての力を一つに集めて戦うラストバトルの盛り上がりは、ここまでに描かれてきたキャラクターたちのアクションとドラマが、絡み合いつつ共に一つの頂点に達したものであり、この作品を読んできて本当に良かった、と断言できます。

(そしてその直前に登場した彪の師匠には吃驚…特にネコ耳)


 さて、本作も残すところはあと一巻。たかが一巻、されど一巻――その中で果たしてどのような物語が展開し、そしてどのような結末が描かれる(あるいは描かれない)のか。正直なところ、巻末の予告以上のことは現段階では全くわかりません(あるいは、新たなるヒメガミの誕生譚として終わる予感はありますが…)。
 しかし、この作者が描くのであれば、きっと間違いはない――今はそう思いつつ、決着の時を心躍らせて待っている次第です。


「箱館妖人無頼帖 ヒメガミ」第4巻(環望 講談社マガジンZKC) Amazon
箱館妖人無頼帖ヒメガミ 4 (4) (マガジンZコミックス)


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2008.12.26

「主水之助七番勝負 徳川風雲録外伝」 三番勝負「邪剣 亀之助」

 既に全七話の放映は終了しましたが、一話だけ私がポカして見ることが出来なかった第三話。その第三話を、あるお方のご厚意で見ることができました。
 今頃で恐縮ですが、これがかなり面白い回だったので、ここに紹介する次第です。

 さて第三話は原典の「剣鬼」シリーズ中、「助太刀佐平次」をベースとした内容ですが、原典とは違い、「剣鬼」を原作で主人公たちの仇討ちの対象である林亀之助としたのがちょっと面白いところではあります。

 原典は、武辺の意地から父を討った林亀之助を追うこととなった江馬右馬丞と、その供の佐兵次を描いた物語。題名にあるように、主に佐平次視点からの物語ではあるのですが、それだけではなく、仇討ちに否定的な右馬丞の立場も等しく描くことにより、運命の皮肉さ残酷さを浮かび上がらせた、印象的な作品です。
 今回のドラマでは、時代背景は変わっているものの、原作の骨格をほぼそのまま使いつつ、そこに本作のレギュラーである主水之助、そして仇討ちの旅を続ける村井姉弟を絡めることにより、より仇討ちというものの虚しさと、武士として生きることの難しさを強調しているように思えます。

 血気盛んな青年武士である村井信太郎(これもまた、柴錬作品にはお馴染みの人物造形であります)は、仇討ちに、いや武士としての生に否定的な右馬丞を軽蔑し、一方で主水之助は彼の生き方に理解を示し、新たな生を応援しようとするのですが、実はこの三者に共通するのは、いずれも仇持ちという点(性格には主水之助の場合はいわゆる仇討ちとは違いますが、倒すべき宿敵のために全てを擲って諸国を放浪する運命という点では共通でしょう)。

 原典では、右馬丞と佐兵次の対比で描かれたこの立場の違いが、このドラマでは、右馬丞を挟んだ信太郎と主水之助の対比という形で――そして時代劇的には異端な右馬丞のスタンスを、主水之助によってフォローすることにより――より明確化されているように感じられます(そして、自分は宿敵を追うことに人生を費やしながら、いやそれだからこそ右馬丞に人間らしい生き方を勧める主水之助の姿が実に良いのです)。

 また、原典では兵法の達人である佐平次を、ドラマでは右馬丞とどっこいの腕前とすることで、原典の右馬丞と佐兵次の対比、そして二人の主従愛も残すことに成功しているように思うのです。

 その一方で非常に残念なのは、彼らと対峙する林亀之助が、何だか時代設定間違えたのではないかと思うくらいトンチキな言動のキャラクターなっていることで――山口馬木也氏の迫力でギリギリ救われている感はありますが、ここで急にフツーの時代劇になってしまったのは、実に残念であります。


 とはいえ、原典の料理の仕方といい、本作の本筋との絡め方といい、実に興味深かった今回。最終話まで見て、ある程度本作を把握した後の、ある意味落ち着いた目で見たから、ということもあるかもしれませんが、なかなかレベルの高いエピソードであったように感じます。

 今回のエピソードを見る機会を与えて下さったK先生には、この場を借りて心より御礼申し上げる次第です。


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関連サイト
 公式サイト

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2008.12.25

「九十九眠るしずめ 明治十七年編」第3巻 驚くほどの安定感

 明治もののけ伝奇アクション「九十九眠るしずめ」の「明治十七年編」第三巻、シリーズ通算で第七巻が、久方ぶりの登場です。
 「敵」の正体と己の力の源を知ったしずめの前に現れた新たなる刺客は、あの土方歳三。さらに第三勢力として、意外な(?)面々までもが…

 実は毎回単行本を読むたびに感心してきたのですが、本作の最大の魅力は、その驚くほど安定したクオリティなのではないかと思っています。
 もちろんアイディアやキャラクターの面白さ、漫画としての画作りの巧みさは言うまでもないのですが、それをまとめて一つの作品として見せる術がずば抜けているように思えるのです。

 この巻では、しずめと目的を同じくしながらも激しく反目する安倍家の少女戦士・清女の過去と、しずめとの和解が描かれます。
 その内容自体は、正直に言って、さして目新しいわけではないのですが、しかしそれでもそれが異形のものどものビジュアル、派手でありながらわかりやすいアクションと結びついたとき、水準以上のものとして見えるのは、さすがとしかいいようがありません。

 その一方で少々気になるのは、前巻からこの巻にかけて登場してきた新しい登場人物たち。
 ある意味、幕末~明治の伝奇ものには定番の顔ぶれではあるのですが、これがあまりにメジャー過ぎるために、物語のバランスを崩すのではないかといささか気にかかります。
 ある意味、どのようなフィクションよりもドラマチックな幕末~明治時代。そこに登場する人物、展開されるドラマに、フィクションが食われてしまうというのは、決して珍しいことではありません。

 史実という厚みがある分、キャラ立ちという点では遙かにアドバンテージのある相手に、しずめやトラゲンら、オリジナルキャラたちが食われることなく、自分を主張していけるか――もちろん、前述の、作者一流の技がある限りは、心配はないとは思いますが…
(思えば、トラゲンのあの凄まじいビジュアルの変化は、この辺りのこともあってなのかしらん)


「九十九眠るしずめ 明治十七年編」第3巻(高田裕三 講談社ヤングマガジンKCDX) Amazon
九十九眠るしずめ 明治十七年編 3 (3) (KCデラックス)


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2008.12.24

1月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 あっという間に一年が終わり、もう来年のことを話しても鬼に笑われない時期になりました。まだ年が改まる実感は湧きませんが、平成21年1月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 新刊小説の方でやはり気になるのは、朝松健先生の「真田昌幸 家康狩り」第3巻と上田秀人先生の「勘定吟味役異聞」第8巻。どちらもこれで完結でしょうか。おっと、てっきり桃園書房の旧作の復刊かと思っていたら大間違い、それどころか連続三ヶ月刊行という噂の風野真知雄先生「妻は、くノ一」シリーズの第2巻も刊行です。
 また、文庫化・復刊の方は全三巻のシリーズ完結編「秘伝元禄無命の陣」、大バカ時代小説「KAIKETSU! 赤頭巾侍」、宇月原先生の山本周五郎賞受賞作「安徳天皇漂海記」など、何だか並べたらあまりのバラエティにクラクラしてくるラインナップです。
 しかし個人的に最も気になるのは、ランダムハウス講談社時代小説文庫からの「若さま侍捕物手帖」第1巻。これまでに様々な出版社から様々な版で刊行されているシリーズだけに、これだけの情報では内容は全くわからないのですが、個人的に最も好きな捕物帖シリーズであり、いまだに全貌がわからないシリーズだけに、レア作品の復活を期待したいところですが…(さすがに無理かな)。

 漫画の方では、新登場は大河ドラマ化と「花の慶次」のパチ人気で二重に波に乗っての登場の「義風堂々!! 直江兼続」第1巻が色々な意味でまず気になるところ。同じく第1巻発売の「軒猿」ともども、当分の間は上杉関連作品が席巻しそうです。
 また、続巻の方は「乱飛乱外」「戦国戦術戦記LOBOS」「巷説百物語」「戦國ストレイズ」となかなか嬉しいラインナップですが、やはり一押しは結構早かったな、という感もある「殿といっしょ」第3巻でしょうか…

 映像作品は、むしろ武侠作品の方が気になるところ。最近は中国のTVドラマシリーズのソフト化も多く、日本のファンとしては嬉しいところですが、その火付け役というべきマクザムからは、古龍原作の「怪盗 楚留香」と梁羽生の「游剣江湖」のBOXが発売。これを機に、ぜひ原作の方も邦訳を…
 その他、時代ものではないですが、「忍者戦隊カクレンジャー」のリリース開始はやっぱり気になりますね。


 最後に時代もの以外では、創元推理文庫からのブラックウッド「心霊博士ジョン・サイレンスの事件簿」が気になるところ。ゴーストハンターもの・オカルト探偵ものは大好物なので、楽しみにしているところです。

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2008.12.23

「侵蝕 奥右筆秘帳」 ただ後の者のために

 突然の薩摩からの御台所付き女中のお抱えに不審を抱いた立花併右衛門と柊衛悟の前に現れた薩摩示現流の剣士団。それこそは、御前――一橋民部卿治済と結んだ薩摩藩からの刺客だった。大奥に刺客を送り込み、我が子であり現将軍の家斉を暗殺して、自ら将軍位に就こうという御前の陰謀に巻き込まれた併右衛門と衛悟の死闘のゆくえは。そして家斉の運命は…

 奥右筆組頭と青年剣士のコンビが幕政の闇に挑む「奥右筆秘帳」シリーズの第三弾であります。
 今回物語の中心となるのは、御前こと一橋治済による将軍家斉暗殺の陰謀。女の城ともいうべき世界であり、外界から隔絶された大奥に自らの息のかかった女を送り込み、将軍の命を縮めようという、ある意味地味ながら恐ろしい手だてを如何に阻止するのか、というのが今回の眼目であります。

 さて、事件の果てに浮かび上がる、史実の陰に隠された江戸幕府の一大秘密、というのは上田作品お得意の――そして私が大好きな――展開ではありますが、今回は、それにはあてはまりません。そのため、物語構造的には比較的シンプルではあるのですが、しかしそのおかげで、本作の、本シリーズの構造というものがよく見えたと感じます。

 本シリーズの主要な登場人物の行動の原動力――忠誠心あり、我欲あり、肉親の情ありと、それは一見様々に見えますが、しかし共通しているのは、その行動から得られた利益を、自分の後の者に残したい、という思いであります。何かを得るために他人を傷つける、、あるいは何かを守るために自分を捨てる…そうした一見相反する行動の中に共通するものがあると、特に本作からは感じられます。
 それを最もはっきりと表しているのは、他でもない、主人公の一人である併右衛門の言葉であります。
「子のためでなくば、出世する意味はない。子孫によい生活をさせてやりたいと思えばこそ、奮闘してきたのだ」
 誰が善で誰が悪か――ほとんどの場合明確には言い切れない本シリーズの人物配置は、実にこの行動原理が根底にあってこそであったかと、まことに恥ずかしながら、今頃になって気付いた次第です。

 しかしさらに面白いののは、主要人物の中で、この原理から離れて行動しているように見える者が二人いることです。
 一人は、一橋治済その人。本シリーズにおいて彼が敵視し、本作ではその命を奪わんとすらした将軍家斉は、実に自分自身の息子なのであります。もちろん、彼には彼なりの理想というものがあるのでしょうが、しかしそのためには自分自身の息子や孫を犠牲にしても構わないと断言するその姿は、本シリーズにおいては明らかに異質な存在であり、それゆえに彼こそが本シリーズ最大の敵と言って良いでしょう。

 そしてもう一人…それは、本作のもう一人の主人公・柊衛悟であります。次男坊として冷や飯喰らいの身の上である衛悟は、何かを残すべき者を持たない存在。それどころか、兄夫婦からは早く養子になれと日夜責められる始末で、一連の事件に巻き込まれるきっかけとなった併右衛門の護衛も、養子先を見つけてもらうことが条件だったのですから…

 その意味では、彼の自由(と言ってよいのかわかりませんが)は、一橋治済とは異なる理由によるものではありますが、しかし、本作のクライマックスにおいて彼が行った選択は、また別の意味で、治済と明確に彼が異なる存在であることを示していると言えます。
 その行動は、併右衛門らから見れば、やはり異常な行動と言えるものではありますが、しかし我々読者の目から見れば、それでこそ主人公と、大きく頷くことができるものであり――そして併右衛門の気持ちをも動かしていくこととなります。

 シリーズスタート以来、作品を読んでいてどこかもどかしさを感じていたのは、衛悟に対する併右衛門の、ある意味冷淡な態度。それは、厳しい言い方をすれば、併右衛門が衛悟を道具扱いしていたことの現れでもありますが、しかし今回、併右衛門のその思いに、変化が生じることになります。

 単なる利害関係の一致ではなく、真に心を合わせた相方の誕生へ――そしてそれが本作の構造にどのような影響を与えていくことになるのか、これは大いに楽しみになってきました。


「侵蝕 奥右筆秘帳」(上田秀人 講談社文庫) Amazon
侵蝕<奥右筆秘帳> (講談社文庫)


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2008.12.22

「夕ばえ作戦」(漫画版)開始 まさかの再会…!

 書店で本を買っていて、何の気なしにレジ脇の漫画雑誌売場を見て、一瞬我が目を疑いました。
 「COMICリュウ」誌の最新号より漫画版の「夕ばえ作戦」連載開始。しかも幻の「夕ばえ作戦」第二部が別冊付録というのですから…

 「夕ばえ作戦」の原作については、いずれきちんんと紹介しようと思っているので、ここではあまり詳細には触れませんが、原作は光瀬龍先生が約45年前(!)に「中一時代」誌に連載したジュヴナイル。
 偶然タイムマシンを手にした中学生が江戸時代にタイムスリップ、風魔一族の残党に苦しめられる人々を救うために大活躍するというお話であります。

 私がこの作品を読んだのは、もう二十年以上昔、リアルタイム世代である十歳上の兄に薦められてでしたが、江戸時代という「異世界」を舞台にしつつも、ジュヴナイル特有のリアリティ(自分の隣でこんな事件が起きているかもしれない、という感覚)に満ちていて、以来、心の作品の一つであります。

 今回の漫画版は、あの押井守が脚色ということで、色々と不安は高まるのですが、本作のヒロインであり風魔の姫である風祭陽子をいきなり冒頭に見せておいて(ちなみに彼女は掲載誌の表紙も飾っております。いい時代になったなあ…)、そこから現代に舞台を移すという構成はいい感じであります。
 もとより原作の舞台は当時の「現代」であって、既に四半世紀近い「過去」なわけで、さすがに原作の無邪気な部分であった(まあ、別の作品でその辺りは説明されているんですが)タイムマシンによるタイムスリップではなく、稗田礼二郎先生を呼んできたくなるようなスポットからの転移に改変されているなど、第一回の時点から、原作からの変更点は少なくありません。
 それでも主人公は茂でちゃんと妹もいるし、親友は明夫、高尾先生はいるし…と、アホなファンはそれだけで嬉しくなってしまうのでした。何よりも、風祭陽子に再会できたのが…!
(その一方で、如何にも意味ありげな明夫の祖母が登場するのがまた面白いのですが)


 さて、別冊付録の方には、これまで単行本未収録だった第二部(幻はやっぱり幻になるべきものだなあ、と思いましたが…)が収録されたほかに、実にわかりやすい原作と当時のジュヴナイルの紹介記事のほか、押井守が光瀬先生との思い出を語る記事もあり、実に興味深いところ。

 しかし、押井守と「夕ばえ作戦」という組み合わせが、どうもピンとこなかったのですが、並々ならぬ思い入れがあるようで、ちょっと安心しました。
 もっともその思い入れが、風祭陽子だけに向けられているようにも見えるのがやっぱり不安ですが…

 原作の魅力である、現代と江戸、学生と忍者という二重に異なる世界の気楽なオーバーラップが、あまりリアル方向に傾かないで欲しいなとは思うのですが、陽子はそのオーバーラップの象徴とも言えるキャラクターであり、その辺りはこれからの様子見と言ったところでしょう。


「夕ばえ作戦」(大野ツトム&光瀬龍&押井守 「月刊COMICリュウ」2009年2月号) Amazon
月刊 COMIC (コミック) リュウ 2009年 02月号 [雑誌]

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2008.12.21

「若さま同心徳川竜之助 秘剣封印」 バランス感覚の妙味

 幾つものシリーズを抱えて完全に売れっ子として波に乗った感のある風野真知雄先生ですが、この「若さま同心徳川竜之助」シリーズも、早くも第五巻目であります。
 柳生の里からの刺客・柳生全九郎を向こうに回した状況で「秘剣封印」とはまた穏やかならざるタイトルですが…

 第四巻のラストで、全九郎に自分の弟弟子にあたる三人の少年を惨殺された竜之助。怒りに燃えて復仇を誓いながらも、しかしその一方で同心稼業は相変わらず。いつの間にか珍事件ならこの男、と周囲に目されてしまい、次から次へと持ち込まれる事件解決のために奔走することとなります。

 そんなわけで、この巻においてもこれまでと同様、四つの怪事件・珍事件の謎解きと、それと平行して、竜之助の葵新陰流を狙う刺客との対決が描かれることとなります。
 この構成自体はシリーズ第一巻からほとんどそのまま引き継がれてきたものですが、しかし、それぞれの事件とその登場人物のユニークさで、まったく飽きがこないのはさすがというべきでしょう。

 特にユニークなのは、シリーズのレギュラーである奉行所の面々でありましょう。
 誰よりも早く江戸を一周し、奉行所最速を目指す同心、誰も呼んでくれないので仕方なく自分で「仏」を自称する同心、いつも帳面を持ち歩いて部下を採点するのが生き甲斐の与力…
 エキセントリックな、しかしよく考えるとこういう人っているかもなあ、というコミカルさとリアルさのぎりぎりのバランス感覚が絶妙で、この辺りが風野作品の人気の理由の一つかな、と感心した次第です。

 そしてこのバランス感覚は、物語全体にも貫かれています。本作を構成する二つの要素――十手ものの要素と剣豪ものの要素は、この巻でも巧みに組み合わされています。
 柳生の里一の天才剣士であり、竜之助の風鳴の剣をも破る剣技を持ちながらも、屋外では活動できないという、究極の引きこもり剣士である全九郎。その彼が、竜之助の弟弟子たちを屋外で斬ることができたのは何故か?
 この謎を軸に、ラストに描かれる竜之助と全九郎の二度目の対決に向けて、盛り上がっていきます(そしてその中で、一種の精神的奇形とも言える全九郎の中の哀しみが浮き彫りにされていくのがまたうまい)。


 そしてラストに明らかになる「秘剣封印」の意味。それは竜之助個人の問題であると同時に、彼の属する徳川家そのものの運命をも暗示しています。

 コミカルな事件と、シリアスな決闘と…竜之助の前途は、まだまだ多難ですが、それは読者にとって楽しみがまだまだあるということ。
 竜之助には申し訳ないですが、この楽しみがまだ続くことを祈りつつ…


「若さま同心徳川竜之助 秘剣封印」(風野真知雄 双葉文庫) Amazon
秘剣封印―若さま同心徳川竜之助 (双葉文庫)


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2008.12.20

「絵巻水滸伝」 第七十五回「壺中天」後篇 恐るべき疑問

 まだまだ頑張る「絵巻水滸伝」感想であります。
 まだまだ頑張る官軍相手に籠城戦を行うこととなった梁山泊ですが、そこには恐るべき陥穽が。武をもっては大宋国に並びなき無敵梁山泊軍団ですが、しかし、いかな豪傑でも、いや豪傑だからこそ苦戦を免れぬその相手とは――

 童貫軍と十節度使との死闘の果てに、梁山泊への撤退を余儀なくされた梁山泊軍。とはいえ、梁山泊は物資は豊富な上に自然の要害、軍事力の点からも、あと数年は戦うことはできるはずですが…そこに待ち受けていたのは、聞探花(武侠小説ファン的には探花と聞くとやっぱりあの人が浮かぶんですが)こと知将・聞煥章の恐るべき罠。

 梁山泊に豪傑たちを押し込めておいて、無理に攻撃はせず、精神的に揺さぶりをかける――拷問の中で一番辛いのは、死刑を宣告しておいてそのまま放っておくことだと聞いたことがあるような気がしますが、そのような弱い心の持ち主は雑兵クラスのお話としても、しかしいつまでも腕を撫して待つだけというのは、いかにも辛いこと。
 しかも、彼ら豪傑は世に容れられぬ極めて自由な心を持った者たちか、心ならずも落草することとなった者たちばかり。そんな彼らが、一カ所に押し込められていれば、果たしてどうなることか。

 ここで「壺中天」という章題の意味がここに来てようやくわかります。衰亡に向かう大宋国において、平和と自由を謳歌できる数少ない楽園たる梁山泊は、過酷な現実の中に生まれた一つの別天地であり、壺中天と言えます。
 しかし、壺中天ありといえど、その壺の中に閉じこめられてしまったら、果たしてその天を楽しむことができるのか…

 さらに今回の展開は、一つの疑問を――水滸伝ファンにとって、心には浮かびながらも突き詰めるのが恐ろしかったある疑問を――浮かび上がらせます。梁山泊に集ったことは、豪傑たちにとって、果たして幸せだったのか…と。
 これはある意味、「水滸伝」という物語の構造を揺るがす危険な疑問ですが、これからの展開を考えれば、避けては通れぬものではあります。

 しかしここで驚かされるのは、その問と対峙するのが(おそらくは)神火将魏定国であることでしょう。失礼ながら、その印象的な渾名と裏腹に、原典では活躍の舞台が限られていたこの豪傑に、こんな形でスポットが当たるとは、一体誰が予想したでしょうか。
(今までにスポットが当たったのって、北方版の瓢箪矢と吉岡平の外伝くらいじゃ…)


 水滸伝ファンとしては実にもやもやしたところで次回に続くこととなった今回の更新分。新年には、気持ちのいい逆転劇をお願いしたいところですが…次回予告のテンションが非常に高いので楽しみです。


公式サイト
 キノトロープ/絵巻水滸伝


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2008.12.19

「猫絵十兵衛 御伽草紙」第1巻 猫と人の優しい距離感

 作者のサイトで知って以来、単行本化を心待ちにしていた「猫絵十兵衛 御伽草紙」の第1巻がついに発売されました。
 本作は、江戸時代を舞台に、鼠除けの猫の絵を専門とする猫絵師の十兵衛と、その相棒で猫又のニタが出会う様々な事件を描いた連作漫画ですが、期待通り実に私好みの作品でした。

 猫の絵はうまいが人の絵は苦手、ぶっきらぼうなようでいて心は温かい十兵衛と、かつては猫仙人を務めていたほどの力の持ち主で、煙管や猪口を持つ姿も堂に入ったニタのコンビが出会うのは、猫と、その周囲の人間たちに関する様々な事件。
 不思議な出来事もあればごく当たり前の日常を描いたものもあり、また必ずしもコンビが活躍するわけでもなく――というより大半がそうなのですが――狂言回し的位置にあるエピソードもあり、なかなかバラエティに富んでいます。

 そんな本作の最大の魅力は、人間と猫の間の距離感の描き方の巧みさでしょう。
 猫という動物は、少しでも興味のある方であればよくおわかりかと思いますが、犬などとは違って実にきまぐれ。ひどく用心深く、そして冷たく振る舞うかと思えば、心を開いた相手にはとことんべったりしてきたり…まあ、その辺りがたまらない魅力であるのですが、いずれにせよ、ある意味しっかり一個の存在として自己を確立した連中であります。

 そんな猫と人間の間にある、時に広がり時に狭まる距離感を、本作においては、どこかのどかな絵柄と物語の中で、江戸の風物をデコレーションにして、温かく描き出しているのです。

 私が作者の長尾まる先生の作品を初めて読んだのは、妖かしを見る力を持った旅絵師を主人公にした「ななし奇聞」ですが、その際に、主人公の妖かしに対するスタンス――特にこれを恐れるわけでも敵対するわけでもなく、それが天然自然の一部であるかのように振る舞う姿が、実に魅力的に感じられたものです。
 それ以来、長尾作品が気になっていたのですが、その魅力は本作においても、人間と猫との関係の描き方において、健在であった…と大変に嬉しく思った次第です。
(ちなみに本書に収録された作品の中で十兵衛が語る、化生の者との接し方のこつというのが、また実に「らしい」ものであって、思わずニンマリさせられたことです)

 そしてまた、人間以外の存在を描くことは、それに映し出さされる人間自身の姿を描くことでもあります。本作で描かれる人間と猫の間の優しい距離感は、同時に人間と人間の間のそれでもあり――それだけにより一層、本作の持つ温かさというものが嬉しいものとして感じられるのです。

 絵柄の温かさ、可愛らしさももあり、猫好きの方には是非、とお薦めできる本作。猫好きである私本人が言っているのですから、間違いはないですよ。
(また、「ねこぱんち」最新号掲載のエピソードが良いんだ…)


「猫絵十兵衛 御伽草紙」第1巻(永尾まる 少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon


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2008.12.18

「悪忍 加藤段蔵無頼伝」第3巻 これも画の力?

 「悪忍」の今泉伸二先生によるコミカライズ版も、はや三巻目。舞台を越前から越後に移し、ターゲットを朝倉から長尾(上杉)に移し、なおも何やら企む段蔵の活躍は…

 シリーズ連載的な掲載ではあるものの、順調に巻を重ねてきた本作。この第三巻は、原作でいえば第五章から第七章の途中までで、ちょうど物語の半ばを過ぎたところであります。

 原作にかなり忠実に漫画化されているだけに、原作既読の身にはそれほど驚き等はないのですが、それでも本作ならではのアレンジがあるのが楽しいところ。
 段蔵が長尾家の薄倖そうな端女と知り合うエピソードが、騎乗の景虎(謙信)の真っ正面に立ち塞がって一刀浴びせかけられるという、漫画向きに派手なエピソードになっていたのもその一例でしょう。
(今回初お目見えの重要キャラ・黒狛の座無左の初登場シーンで地元の商人をカモってたのもオリジナルだったかな)
 ただし、原作では色々な意味で大暴れしてくれた変態忍者・蝦蟇勝の出番がほとんどなかったのが残念ですが…

 画的には、相変わらず荒々しいを突き抜けて荒れてしまった感じる部分もなきにしもあらずですが、原作で思わず吹き出してしまったあのシーン――加賀の一向一揆の指導者の首を取ると言いながら越後の温泉にいた段蔵が富田景政に見つかり、問いつめられた末に、後ろから吹き矢を喰らわせて昏倒させてしまうというあのシーンが、画で見ると真っ当に見えたのは、これも画の持つ力かなあと、妙なところで感心いたしました。

 さて物語の方は、飛び加藤物語の史実(?)にもある呑牛の術を公衆の面前で成功させた段蔵が、ついに景虎の御前に潜り込めるか、というところでこの巻の幕。
 悪を自認する不敵の男が、果たして毘沙門天の化身を自称する英雄を相手に何を企むか。物語はこれからがクライマックス、まだまだ楽しみは尽きません。


「悪忍 加藤段蔵無頼伝」第3巻(今泉伸二&海道龍一朗 新潮社バンチコミックス) Amazon
惡忍加藤段蔵無頼伝 3 (3) (BUNCH COMICS)


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2008.12.17

「戦国絵札遊戯 不如帰 HOTOTOGISU 乱」 何とも勿体ないアイディアの一本

 先日発売されたPSP用ソフト「戦国絵札遊戯 不如帰 HOTOTOGISU 乱」をしばらくプレイしておりました。
 タイトルを見れば大体想像のつくように、本作は戦国時代を舞台としたトレーディングカードゲーム。実際のトレカに手を出すのは怖いが、ゲームソフトであればやってみたい、しかもカードイラストの担当の中には、あの正子公也先生が、ということで早速飛びついたのですが…

 さて、この「不如帰」というネーミングを聞いて、おっと思った方もいるはず。
 「不如帰」といえば、丁度二十年前に発売されたファミリーコンピュータ用の戦国シミュレーションゲーム。当時のゲームとしては(いや、今の目で見てもかなり)斬新な要素を数々取り入れた作品でありました。
 本作は、この「不如帰」と同じアイレム発売、題材も同じ戦国ものという共通点があり、ゲームジャンル・内容的には全く異なるものの、レトロゲーマー的にはちょっとニヤリ、とできました。

 ゲームとしては、手札の中の武将カードを場に出して、相手の武将カードと戦わせるという、ある意味カードゲームとしては定番の内容ではありますが、面白いのはそこに他のジャンルのゲーム的な味わいが取り入れられているところ。
 ゲームの場は5×5マスに区切られ、その中に武将が配置されるのですが、武将は配下の兵種によってマス上の移動パターン(騎兵は特に縦方向の動きに優れ、槍兵は一マスずつだが全方向に移動可能というように)が決まっていて、この辺りは何だか将棋的。
 さらに、武将は味方同士隣接させたり、相手を囲めば有利な追加効果が得られますし、兵種によって有利な相手、不利な相手という相性の要素もあります。また初期状態では遠くのマスの状況はわからず、近寄れば視界が開いてその状況がわかるなど、シミュレーションゲーム的味わいもあります。
 このように単に正面からカードをぶつけ合うだけではなく、どのように武将を配置するか、進軍するかという戦略性があるところは、なかなか面白いな、と感心した次第です。


 しかしながら…このシステムが、思わぬ足かせとなってしまっているのも、残念ながら事実であります。
 5×5マスというフィールドは、プレイしてみるとすぐわかるのですが、あまり広くない…というより明らかに狭い。元々狭い上に、各マスには様々な地形が設定されていて、地形と兵種によっては、入れないマスもあるため、さらに狭く感じられてしまうのです。
 さらに、動かせる武将は1ターンに一人だけ、そして既に他の武将がいるマスには入れない/飛び越えられないため、思わぬ交通渋滞が発生することになってしまうのです。

 もちろん、こうしたシステムをきちんと把握した上で、適切な配置・適切な進軍をするのが正しいプレイの仕方ではあるのですが、実はCOM側があまり賢くないこともあり(川と自軍に前後を挟まれて動けなくなった敵の大将を、離れたところから鉄砲でチクチク削って勝った時の気分たるや…いや、現実にもありそうなシチュエーションではありますが)、なかなか思うようにはいきません。

 もう一回りか二回りフィールドが広く、また1ターンの行動人数も増えていれば、(煩雑になる危険性はもちろんありますが)もう少し違ったプレイ感覚になったのではないかな…と残念に感じた次第です。


 その他、チュートリアルが単なるヘルプファイル状態で見にくかったり、カード入手がパックではなく予めオープンになっている単体カード購入のため、今ひとつモチベーションが上がらなかったり、COM相手の一人プレイ(ストーリーモード)が、ずっとプレイしていると作業感が強かったり(PSPって大人ゲーマーには対戦プレイが意外と敷居が高いのでこれはかなり苦しい)と、ちょっと残念な要素が多く目についてしまうのが、何とも勿体なく感じます。

 複数の人気イラストレーターによるカードによるトレーディングカードゲームという流行に乗りつつ、戦国ものという題材を踏まえた独自のシステムを構築したのは大いに評価できるのですが、もう少し、あと少しだけゲームとしてのシェイプアップがなされていれば…全くもって惜しい、としか言いようがありません。


「戦国絵札遊戯 不如帰 HOTOTOGISU 乱」(アイレムソフトウェアエンジニアリング PSP用ソフト) Amazon
戦国絵札遊戯 不如帰 -HOTOTOGISU- 乱

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2008.12.16

「怪異いかさま博覧亭」第3巻 この面白さに死角なし

 続刊が出るのを今か今かと待ちかまえていたのにさんざんじらされていた「怪異いかさま博覧亭」の第三巻がようやく発売の運びとなりました。両国の見世物小屋を舞台とした妖怪人情コメディたる本作、テンポのよいギャグの切れ味はそのまま、時代ものとしての楽しさに磨きがかかって、いよいよ死角がなくなってきたように感じられます。

 さて、登場キャラクターが徐々に増えていくとはいえ、基本的にクローズドな世界で展開するコメディ漫画である本作について、毎回紹介するというのはなかなか難しい話ではあるのですが、しかしそうした作品だけに、特に内容の進化・深化は敏感に感じられます。。
 具体的に言えば――あくまでも個人的な感想ですが――この第三巻では、作中への江戸豆知識の投入と、それを踏まえたギャグ展開・物語展開が、非常にスムーズに、より効果的なものとなっていると感じられるのです。

 この巻のエピソードで言えば、例えば放生会という行事。時代小説などでは時折描かれることがあるものの、少なくとも最近の時代漫画では滅多にお目にかかれないこの行事を、本作においては、身も蓋もないくらいにシンプルかつ明確に紹介しつつ、登場人物のキャラ立てと、ギャグのネタ振り、そしてここから実におバカな(もちろんホメ言葉であります)物語を展開していくスタート地点として、うまいこと使っているものだと、大いに感心させられます。

 その時代ならではの事物を描くというのは時代ものの魅力の一つですが、単なる知識の紹介で終わっては、折角フィクションの物語を描いている意味がない。その存在を物語の構成要素に絡め、そして物語のテンポとダイナミズムを生み出していく…それをきちんと達成している本作は、良質の時代ものであると、今更ながら感じた次第です。


 まあ、そんなマニアの戯言は置いておくとして、本作の最大の魅力であるギャグの切れ味は今まで同様、いやそれ以上に研ぎ澄まされて、愉快としか言いようがありません。
 個人的にこの巻で一番好きなエピソードは、両国の見世物小屋の連中が、酔い潰した助平侍たちの身ぐるみを剥ぐ際のシーケンス。各自がそれぞれの仕事と特技を生かした上で次々と悪巧みを積み重ね(特に、居合い抜きの浪人が、満面の笑みですり替え用の赤鰯を持ってくるのが大好き)、瞬く間に狐に化かされた哀れな犠牲者ができあがってしまう様には、腹を抱えて笑わせていただきました。
 さらにそれが妖怪馬鹿の逆鱗に触れ、更なるギャグ展開につながっていく辺りの呼吸は、実に見事としか言いようがありません。

 コメディとしての楽しさに、時代ものとしての魅力が一層強まり、いよいよ完成度が高まってきた感のある本作。妖怪ものや時代ものとしてだけでなく、適度に萌えもある上にマスコットにも事欠かないことですし、そろそろ一気にブレイクしてもいいのでは――と、これはファンとしての願望抜きで感じているところであります。


「怪異いかさま博覧亭」第3巻(小竹田貴弘 一迅社REXコミックス) Amazon


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2008.12.15

「平成のぞきからくり 破れ傘長庵」 人間の悪というリアリティ

 この土曜日に、三軒茶屋のシアタートラムで結城座の「平成のぞきからくり 破れ傘長庵」を観て参りました。
 江戸糸あやつり人形+αというこの舞台、ベースとなっているのは河竹黙阿弥の「勧善懲悪覗機関」かと思いますが、この舞台ならではのなかなかにユニークな試みがなされていました。

 本作の主人公は、町医者の村井長庵。この長庵、史実(と伝えられるもの)では享保2年に大岡越前に裁かれたという極悪人でありますが、この長庵の事件を題材とした講談から派生した黙阿弥の作品から、さらに派生したのが本作ということになります。
 娘を売った金を奪うために義弟を殺し、その罪を患者の浪人になすりつける。遊女となったその娘と馴染みになった質屋の若旦那から身請けの金を騙し取る。その金の出所が弟分が質入れした短刀をよその店に流したものと知り、強請をかける。娘に会うために江戸に出てきた妹を弟分に命じて殺させる…
 人間悪の固まりのような長庵と、彼に運命を狂わされていく人々の姿が、生々しく描かれていきます。

 ここでこの舞台のユニークなところとは、他の登場人物が皆あやつり人形の中で、長庵(とその弟分の三次)のみ、客演の串田和美氏が演じていることであります。
 人間と、人間の1/5くらいの人形が同じ舞台で、対等の存在として物語を演じてみせる――それは、言葉で聞く以上に、実際に目にしてみると奇妙な眺めではありましたが、そこからは直接・間接的なダイナミズムが生まれるのもまた事実(特にラストの捕り手を向こうに回しての長庵の大暴れは突き抜けた爽快感がありました)。
 しかしそれ以上に、本作の内容を考えてみると、そこに今回の演出の意図が透けて見えるように感じられます。

 ――人間と人形の違いというものをひとまず置いておいて本作を眺めた時、強く感じられるのは、長庵の持つリアリティであります。
 義理も人情もなく、次から次へと凶行を繰り返す長庵の姿。その姿には全く共感はできませんが、しかし現代に生きる我々の目から見ると、長庵という男の行動と存在は、「アリ」すなわち「居てもおかしくないな」と思わされます。
 理想も美学もなく、ただいくばくかの金のためであれば、良心など存在しないように身内すら殺す。そんな人間が存在することを、悲しいかな我々は直接、間接を問わず経験として知っているのです。

 それに比べると、長庵以外の人物、特に後半に活躍する久八――若旦那をかばうために品物横流しの罪をひっかぶり質屋を追い出されながらも、なおも若旦那に忠義立てする男――などは、どちらが人間としてあらまほしき存在であることは明白ながら、しかし現代人の目から見れば、厳しく言えば全くリアリティが感じられないのです。

 義理や人情に縛られた、人間らしいリアリティの感じられない存在、それは糸につながれた木偶人形のようなものと比せられるのかもしれません。特にそうした頸木から外れて暴れ回る長庵のような存在からすれば。
 ここに、今回の舞台において、長庵を生身の人間が演じた理由があるのだろうと感じられますし、さらに言えば、長らく上演されていなかった黙阿弥の作品が(村井長庵の名を知っているのは、私たちのようなごく一部のマニアだけでありましょう)今この時に復活する理由もあるのだと感じた次第です。
(が、その一方で、長庵と共に悪事を繰り返しながら、最後には良心の呵責から潰れていく三次の役も、生身で演じられているのは何と解すべきか。これはこれで実にリアルな人間像ですが…)


 ベースとなった黙阿弥の舞台では、大詰めで大岡越前の下で長庵が裁かれ、ついにすべての悪事は露呈して大団円となります。
 しかし今回の舞台においては、長庵は捕らえられるものの、長庵は自分の悪事を否定したまま、すっぱりと幕が下ることとなります。つまりこの時点では、長庵の悪事は立証されていないのです。
 もしかするとこのまま長庵は罪を認めないかもしれない、それはすなわち、彼に恨みを持つ善男善女が報われることなく、誰も幸せになれないまま終わるかもしれない…そんな予感を、抱かされる幕引きでありました。

 そこで描かれるのは、古典的な良識・理想に対する、悪党的な自由の凱歌とも言うべきもの。
 そしてそこにも、いやらしいまでのリアリズムが感じられてしまったのを、何と評すべきでしょうか…実に興味深い舞台でした。

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2008.12.14

「元禄大戸島異聞」 男泣き必至の忠臣蔵異聞

 時は元禄十五年十二月、大戸島の住民たちは、海から来る巨大な怪物の脅威に、武士を雇って対抗しようとしていた。後に戦後日本を蹂躙することになる怪獣ゴジラ――その前身に挑む七人の武士の中には、播州浪人・芹沢と尾形の姿があった…

 漫画家、そして時代劇アジテーターとして活躍する近藤ゆたか先生の長編の代表作が「大江戸超神秘帖 豪神」であることは言うまでもありませんが、短編の代表作は、と言われれば、私はこの「元禄大戸島異聞」を挙げます。
 大戸島と聞けば怪獣ファンの方はおわかりかと思いますが、かのゴジラの生まれた地。本作は、江戸時代を舞台に、ゴジラと侍たちの死闘を描いた男泣き度高の名品なのです。

 時は元禄十五年十二月…大戸島の住民たちは、海から来る巨大な怪物の脅威に、武士を雇って対抗せんとします。その怪物こそは、後に戦後日本を蹂躙する怪獣ゴジラ――が水爆実験で突然変異を起こす前の姿――、そしてゴジラに挑む七人の武士の中には、播州浪人・芹沢と尾形の姿が…

 と、今度は時代劇ファンの方であればよくご存知かと思いますが、元禄十五年十二月、播州浪人と来ればこれはもう「忠臣蔵」。
 つまり本作は、なんと「ゴジラ」+「七人の侍」+「忠臣蔵」のハイブリッドなのであります!

 …これではまるでイロモノのようですが、しかし本作を描くのは、時代劇と怪獣ものに並々ならぬ愛を注ぐ近藤先生。まだ大怪獣になる前の、かろうじて生身の人間の攻撃で傷を負わせることができるゴジラと侍たちの攻防は、わずか二十ページという限られた分量を逆手に取るように、冒頭からラストまで死闘の連続で迫力十分であります。
 しかし、それよりも何よりもグッと来るのは、芹沢と尾形が、大石内蔵助から贈られたあの討ち入り装束をまとってゴジラとの決戦に向かうことで――何故彼らが四十七士に加わらなかったか、それは明確には描かれてはいないのですが、かつての同志が主君の仇を討たんとしているまさにその時に、大戸島の島民のため、これが俺達の討ち入りだとばかりにゴジラ相手に命を燃やす二人の姿は、単なるパロディの域を超えた男泣き時代劇の世界であります。

 そして――言うまでもなく芹沢と尾形といえば、昭和二十九年のゴジラとの戦いにおいて重要な役割を果たした人物。その二人とゴジラの因縁の結末を描いて、本作は幕を閉じます
 オキシジェン・デストロイヤーで遂に倒されたゴジラ、その亡骸から海中に消えた錆びた脇差だけが、元禄時代の死闘を物語る…何とも痺れるラストではありませんか。


 本作が発表されたのは、二十年近く前に刊行された「THEゴジラCOMIC」というアンソロジー。骨法でゴジラで霊界な風忍先生の怪作が掲載されたことで一部で知られるアンソロジーですが、こんな名作も載っていたんですよ、と私は声を大にして言いたいところであります。


「元禄大戸島異聞」(近藤ゆたか 宝島社「THEゴジラCOMIC」所収) Amazon

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2008.12.13

「かるわざ小蝶 紅無威おとめ組」 痛快、大人のライトノベル?

 綱紀粛正に燃える老中・松平定信の施策により、育ての親を殺された軽業師の少女・小蝶は、定信をつけ狙ううちに、超美形の青年・幻之介と出会う。定信が私した田沼一族の隠し金を強奪し、庶民に配ろうという幻之介の企てに加わった小蝶は、男装の剣士・桔梗と天才発明家の萩乃とともに計画を進めていくが、事態は思わぬ方向に…

 ユーモア時代伝奇小説とも言うべき、当代ワンアンドオンリーの世界を構築している米村圭伍先生の痛快活劇作であります。
 元々女性主人公が少なくない――というよりそちらの方が多い――米村作品ですが、本作に登場するのはいずれも個性豊かな三人のヒロイン――まだまだ幼いが鼻っ柱は一人前、無双の体術と手裏剣術で大暴れの小蝶。自ら編み出した紅無威夢想流の達人で凛とした風貌の桔梗。お色気過剰で奇想天外な発明を次々繰り出す萩乃…ベタといえばベタな顔ぶれではありますが、米村先生の脂の乗った筆致によって、実に生き生きと活躍する三人の姿を見ているだけで、無性に楽しい気分になってきます。

 お話の方も、何故か定信の下屋敷に収められた田沼一族の隠し金――説明に妙に説得力があるのがまた楽しい――というユニークなターゲットを巡って、誰が味方か誰が敵か、狐と狸の化かし合いがなかなかに面白い。
 ネタ的にも、ほとんど米村作品のレギュラーというべき御庭番さんも登場して可哀想なことになったり、実はあの作品につながっていたりと、作者のファンに対するサービスも十分。

 そしてクライマックス、どう考えてもいかがわし…いや怪しい幻之介にも、実は秘められた思惑があって――と、二転三転する状況に翻弄されるばかりだった小蝶たち三人の怒りが遂に爆発、「艶姿三人娘、われら紅無威おとめ組!」の決めセリフも勇ましく、大暴れする様はまさしく拍手喝采ものであります。

 本作の良い意味で漫画チック、良い意味で軽い味わいは、まさに「大人のライトノベル」といったところでしょうか。
 この言葉自体は私のオリジナルではありませんし、また時代小説を評するにこの言葉を用いることに顔を顰める方もおそらくいるのではないかとはと思いますが、これは私にとっては褒め言葉。個性豊かなキャラクターたちが活躍する波瀾万丈の物語、肩の凝らない楽しさに満ちた大衆文学の王道を行く娯楽作…本作のような作品――尤も、呑気なムードのわりにしっかり人も死ぬし、世間のドロドロした部分もきっちりと描かれる辺りはいかにも米村節ですが――にとって、この「大人のライトノベル」という言葉はピッタリだと思うのですが、いかがでしょうか。


 さて実は本作、物語的には誕生編。思わぬ後ろ盾を得て活動開始した紅無威おとめ組が、果たしていかなる活躍を見せてくれるのか――それはシリーズ第二弾「南総里見白珠伝」が既に刊行されていますが(これまた本作に輪をかけてすんごい内容であります)、事件やキャラクターのネタには事欠かない時代背景だけに、これからの内容にも大いに期待したいところです。楽しい「大人のライトノベル」の、これからの展開を楽しみにしている次第です。


 …しかし元女武芸者だった田沼意次の娘を妻にしている剣術家の冬山大次郎さんカワイソス


「かるわざ小蝶 紅無威おとめ組」(米村圭伍 幻冬舎文庫) Amazon
かるわざ小蝶―紅無威おとめ組 (幻冬舎文庫)

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2008.12.12

「無念半平太」(その二) アンチテーゼとしての剣鬼

 昨日の続き、新潮文庫「無念半平太」収録作のうち、残り三作の紹介であります。

「願流日暮丸」
 後半一作目は、「剣鬼」シリーズ…いや柴錬作品でも珍しい女性を主人公とした作品。松林左馬助――またの名を蝙也斎――の弟子として育てられた少女・日暮丸の物語です。
 松林左馬助は、江戸初期の剣豪。将軍家光の御前にて柳の枝を、地に落ちるまでに十三断し、そのあまりに人間離れした身のこなし、跳躍力を「蝙蝠のごとし」と評されて以来、蝙也斎と称し、願流を起こした達人であります。
 子供の頃に拾われた日暮丸は、彼の下で修行に励み、並の男では及びもつかぬ腕を身につけますが、ある出来事がもとで彼女は師を手に掛けることとなります。その直後に現れた飄々とした兵法者・織田転に敗れた彼女は、転の隙を突くべく、行動を共にするのですが…
 人間らしい情を排しても剣の技を求めるのが剣鬼の道。女に生まれついたがゆえに苦しみ、悲しむ日暮丸の叫びは、しかし、逆説的に性別というものを超えて、剣鬼という存在の非情さを我々に伝えてきます。
 個人的には、柴錬先生の女性観は、正直なところ些か古いという印象があったのですが、本作を読む限りでは、それは当たらないようです。


「無念半平太」
 剣に生き剣に死す者たちの姿を描く「剣鬼」シリーズの中で、本書の表題作である本作は些か異色作かもしれません。無実の罪で切腹した父の仇を討とうと無住心剣流・針ケ谷夕雲に弟子入りした少年を通して、剣というもののもう一つのあり方が描かれます。
 無住心剣流は、江戸初期に勇名を轟かせた剣流(本作ではそれを江戸五剣と呼んでいるのが実に格好良い)の中で、特に心の有り様を重んじたもの。その至上を成す「相抜け」の剣理は、哲学的ですらあり、数ある流派の中で一際異彩を放っています。
 しかしそれは一方で、机上の空論と謗られかねないもの。実際に本作にもそのような態度を取る相手も登場しますが、半平太の目に映る夕雲の行動は、身をもって心ある剣の在り方というものを示しています。
 悪政に苦しめられ、一揆寸前まで追い詰められた故郷の藩の農民を助けることとなった夕雲主従。時に剣で、時に知恵で、犠牲を最小限にしつつ農民たちを救っていく夕雲の姿は、理想的に過ぎるかもしれませんが、しかしこれこそが誠の活人剣と呼ぶべきものであり、剣の力で性急に解決を求めた国家老父子の悲劇的な運命と対比することにより、剣を振るうことのもう一つの、より好ましい意味を、私たちに教えてくれます。


「平手造酒」
 本書の掉尾を飾るのは、剣鬼の中の剣鬼と言うべき破滅型の剣士・平手造酒の物語であります。
 平手造酒と言えば、浪曲等の「天保水滸伝」に登場する浪人剣士、北辰一刀流千葉道場の高弟ながら、酒乱のために破門され、流れ流れて下総で笹川繁蔵の客分となり、大利根河原の決闘で命を散らした人物。本作では、この流れを完全になぞりながらも、実に柴錬らしい孤独な剣客像を作り上げているのが何とも興味深いところです。
 本作での造酒は、罪人の首斬りを生業とした家系の出身という設定。家庭環境にも恵まれず孤独に暮らし、千葉道場に入門して天稟を示しながらも、奇矯な言動を示すようになり、遂には道場を破門されます(この直接のきっかけとなったのが、斬り落とした不義者の腕を袂に入れて、夜鷹に引っ張らせるという悪趣味な悪戯というのがまた凄い)。
 そして彼を深く愛する辰巳芸者と共に放浪の旅を続けた末に、繁蔵と出会い…とそれ以降は史実(?)に残る通りですが、しかし死の間際に彼が残す述懐が、それまでの放埒な生き様の中に秘め隠していた彼の心の底を吐露しており、胸を打ちます。
 「剣鬼」シリーズの主人公たちは、その死に臨んで恬淡としていたり、あるいはあっけなく斃れるため、死の直前の心境が明らかにされることは少ないのですが、造酒の最期の言葉は、そんな彼らもやはり、剣鬼である以前に人間であることを教えてくれます。


 以上全六編、いずれもバラエティに富んだ内容ですが、実は共通するのは、主人公が全員著名な剣豪の弟子というのが面白いところ。
 弟子の目から見た剣豪像も興味深いのですが、兵法者という存在自体、ある意味表の歴史のアンチテーゼ的存在。それに加え、歴史に名を残した兵法者の、歴史に名を残さなかった弟子の物語というのは、これは二重のアンチテーゼと言えるように感じられるのです。
 単なるチャンバラ活劇に終わらない、作者の歴史意識が、収録された作品群からは感じられるのです。


「無念半平太」(柴田錬三郎 新潮文庫) Amazon


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2008.12.11

「無念半平太」(その一) 兵法・剣士・武士様々

 折角だから全話レビューすることにしました柴錬「剣鬼」シリーズ紹介。今回は新潮文庫の「無念半平太」に収められた全六作を、二日に分けて紹介したいと思います。

「塚原彦六」
 巻頭に収録されているのは、かの塚原卜伝の第三子ながらその性情を疎まれ、家を捨てて放浪の旅に出た塚原彦六の姿を通じて描かれる、戦国時代の剣の姿の物語。
 庶子として生まれ、常に父に疎まれてきた彦六は、家督を譲る際の試験で不合格となったのを機に家を飛び出し、塚原の姓を捨てての兵法修行。その行くところには常に血風吹きすさぶこととなりますが、しかしそんな彼が挑戦して勝てなかったのは、剣豪大名たる北畠具教。伊勢国司という名門の出でありながら、卜伝より奥義・一の太刀を伝えられたという具教に、彦六は生涯二度に渡って見えるのですが…
 本作の舞台となっている天正の頃は、兵法の勃興期とも呼べる時期。戦場往来で磨かれる――作中で描かれる、陣借りした彦六が戦場で強敵と見え、お互いボロボロになりながら死闘を続けるシーンが強く印象に残ります――その剣は、彦六の生き様そのままにひたすら荒々しく殺伐としたものでありますが、その中で、卜伝の剣はやはり兵法の精華というものであったと感じ入らされるのは、具教の存在感の大きさ。そしてその具教が最後に見せた一の太刀は、戦国の世の兵法というものの一つの在り方を示していると感じます。


「宮本無三四」
 続いて描かれるのは、宮本武蔵ならぬ宮本無三四の物語。武蔵が数々の決闘の果てに剣名を天下に轟かせた頃、無数に現れた武蔵もどき。その中で本作の主人公は、天下に兵法者たるは武蔵と我の二人のみ、三人目四人目はない、という気概で武蔵に挑むこととなります。
 元々無三四は、小太刀で知られる中条流・富田重政の愛弟子。貧しい出生ながらその技を見込まれ、前途洋々と思われた彼の運命を狂わせたのは、鵜戸神宮での武蔵との出会い。己の技に絶対の自信を持ちながらも武蔵に破れた彼は、己の足りぬものは非情の心と思い定め、無用な殺生を繰り返すまさに剣鬼と化すのですが…
 宮本武蔵になれなかった男、いわば武蔵のネガを主人公とする本作は、必然的に宮本武蔵という存在を描き出すこととなります。柴錬作品にもしばしば登場する武蔵は、言ってみれば剣鬼の最高峰とも言うべき存在。ラストでは、その武蔵と無三四の二度目にして最後の決闘が描かれるのですが…さて、この結末をどのように受け取るべきか。剣鬼という存在の空しさと、その往く道の険しさを改めて感じさせられたことです。


「侠客閑心」
 白髪白面の怪剣士・寺西閑心を狂言回しに、妖剣・薬研藤四郎を手にした者たちの悲運の様を描くのが本作。寺西閑心は、歌舞伎や講談等に登場する(何と広辞苑にも記載されている)侠客ですが、本作では柳生兵庫介の直弟子でありながら、寺の墓地の夜回りをして暮らす奇矯な人物として描かれるのが、いかにも柴錬先生らしいところであります。
 その閑心が巻き込まれるのは、湯屋での喧嘩に端を発する、血生臭い争いの数々。閑心は、その争いの中に、ある時は助太刀として、またある時は傍観者として登場するのですが…むしろ本作の主題は、閑心その人ではなく、その争いの中に巻き込まれ、あっけなく命を散らしていく武士たちの、皮肉に満ちた姿であると言えます。
 武士の一分、という言葉がありますが、太平の世にあって武士たちがその一分を示す機会というのは、まずなかったというのが現実であり、そしてその機会というのは、往々にして己の命を捨てることと同義。そんな機会に巡り会ってしまった武士たち――作中では凶相の刀・薬研藤四郎を手にした者たちがこれに当たるのですが、刀自体は別に何をするというでもなく、手にした者が本当に運が悪かった、としか思えないのが面白い――の姿が、本作では淡々と描かれていきます。
 現代の我々から見れば、馬鹿馬鹿しいとしか思えぬ理由で死んでいく武士たちの姿を、どう解釈すべきかは難しい問題かもしれませんが、そんな皮肉な武士の有り様を、武士ともそれ以外ともつかぬ存在である侠客閑心が目撃するという構造は、なかなかに考えさせられるものがあります。


 以下、明日に続きます。


「無念半平太」(柴田錬三郎 新潮文庫) Amazon


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2008.12.10

「主水之助七番勝負 徳川風雲録外伝」 七番勝負「剣鬼 主水之助 対 善鬼」

 全七話の番組も今回でいよいよ最終回。ついに主水之助と、宿敵である大峰ノ善鬼が激突するクライマックスを迎えたわけですが…

 正直な話、今ひとつ盛り上がりに欠けたかな、という印象でありました。

 前回のラストで、これまで仇討ちの旅を続けてきたレギュラーである信太郎が善鬼に返り討ちに遭い、そして今回、善鬼に対して主水之助への刺客依頼(頼み主が何と第二話「人斬り斑平」の回の悪役の兄弟とは…色々な意味でちとびっくり)があり――15年前の因縁に加え、主水之助と善鬼に新たな戦う理由が生まれて…というドラマ展開は盛り上がるのですが、ちょっと15年前の因縁話が弱かったかな、と感じました。

 善鬼と完全に正面から対決して敗れた主水之助が、その直後に師までが善鬼に斬られたことに深い悔いを残すのは、主水之助の性格を考えるとよくわかりますが、その際の事実をお勢伊さんに黙っていた理由がちょっと弱かったような。
 善鬼は師匠(伊藤一刀斎というのはやっぱり違和感あるなあ…)を殺したのは主水之助と、お勢伊に語っていましたが、どうみても完全な悪人の善鬼がそれを語っても、フェイクとしか感じられなかったので…

 もっとも、ここで本当に一刀斎を殺したのは主水之助だった、などの捻りが過去のドラマにあれば、意外性だけでなく、現在の主水之助と善鬼の行動に深みが出たのではないかな…と、誠に僭越ながら思ってしまった次第です。

 まあ、柴錬ファン的には、剣鬼としての善鬼が、単なる殺人狂的な描かれ方なのが何よりも残念でしたが…

 もちろん、クライマックスの決闘シーンは、過去の決闘の展開をなぞりながらも一瞬の逆転で決まるのが良かったですし、斬られた善鬼の病んだ笑顔と、斬った主水之助の沈痛な表情の対比も、さすがに大ベテランは違うと感じましたし、主水之助もまた剣鬼、というラストはベタながら良い結末だとは思うのですが――
(ここで今回のサブタイトルが「主水之助 対 剣鬼 善鬼」ではなく「剣鬼 主水之助 対 善鬼」なのを思い出してグッとくるわけで…)


 何はともあれ、「剣鬼」シリーズをベースとして連続時代劇を作るという、実にユニークかつ野心的な試み――こういう作品を見ると、テレビ東京の時代劇枠は本当に大事だな、と今更ながらに再確認いたします――を見せてくれた本作。最終回でちょっと厳しいことを書いてしまいましたが、まずはラストまで楽しむことができました。
 ネット上の感想を見てみると、原作の方まで読んでいる方は少ないようにも感じましたが、これをきっかけに、少しでも柴錬作品を手にとって下さる方が増えてくれれば、嬉しいのですが。


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関連サイト
 公式サイト

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2008.12.09

「夢視師と紅い星」 夢が繋ぐ二人の運命

 武田信玄の娘・松姫は、織田の若君との婚約を父に破棄されて以来、女を戦の道具としか見ない男たちを忌み嫌っていた。そんなある日、遠乗りに出た彼女は、奇妙丸を名乗る青年と出会い、心惹かれるが…数奇な運命に弄ばれる松姫の前に現れた、夢視師を名乗る二人が見せる真実とは。

 信長や信玄といった戦国時代の巨星を扱った作品は枚挙に暇がありませんが、決して当時を生きたのは彼らだけでなく、その周りに幽く光る星もありました。本作はそうした星のうち、戦国という世に引き裂かれた二人の男女の姿を描いた時代ファンタジーであります。

 本作は「花いのちの詩」シリーズの第一弾。女物の打ち掛けを羽織り、黒い仮面で半面を隠すという傾いたなりの青年・朧、平安時代の姫のような衣をまとい、玻璃の香炉を手にした大人びた口調の幼女・ゆかり――この二人の狂言回しが、時代時代に彷徨える夢を拾い集め、現とつなぎ合わせる…そんな物語です。

 今回描かれるのは、信玄の娘・松姫と、彼女と奇しき因縁で結ばれた奇妙丸なる若者――奇妙丸の「正体」については、歴史に詳しい方であれば先刻ご承知でありましょうが――の運命。
 確かに歴史上存在した二人の、歴史上に残るエピソードを、「夢」というオブラートでくるむことにより、無味乾燥な事実の羅列が、切なくも哀しい悲恋物語として再構築される――こう書くと当たり前ではありますが、時間と空間を超越する「夢」を媒介として、二人の人生の断片を巧みにつなぎ合わせてみせる様は、なかなかによくできたものかと思います。

 そして結末…タイトルに掲げられた「紅い星」が何を指すのか、その意味に気づいた時には、まさしく甘く、はかない想いが胸に湧きます。


 あえて本作の欠点を言えば、奇妙丸の両親が少々目立ちすぎという印象はあるのですが、これはまあ、存在自体が巨大な二人ゆえ、いたしかたない、というところでしょう。二人の描写――特に母親の――自体はなかなか印象的かつ個性的で、私は嫌いではありません。

 さて、朧とゆかり、二人の夢視師は、彼ら自身が夢であるかのように、様々な時代、様々な場所に顔を出す様子。第二弾は時代を遡って源平合戦の頃とのことですが、こちらも彼らの後を追って、次の夢物語に触れてみたいと思います。


「夢視師と紅い星」(藤原眞莉 集英社コバルト文庫) Amazon
夢視師と紅い星―花いのちの詩 (コバルト文庫)

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2008.12.08

年末年始のTV時代劇特集

 諸般の事情により久々にやる気になった小ネタ集。今回は年末年始のTV時代劇特集ですよっと。放送日順に書いていきましょう。(個人的な感想だらけですがご勘弁を)

12月13日
「母恋ひの記」
 原作は谷崎潤一郎先生の「少将滋幹の母」であります。高校の時に感想文書かされたなあ…
 川久保拓司さん(「リチャード三世」に出るのね!)目当てに見ようかと思いましたが、黛りんたろうさんのコメントを見ていたらちょっと気になってきました。

12月14日
「忠臣蔵・音無しの剣」
 さすがに昔ほどではないとはいえ、やはり毎年のようにこの日放映される忠臣蔵もの、今年は田村正和主演でちょっとひねった外伝的作品。江戸時代の「カサブランカ」っていかがなものかしら、と思いますが、こういう企画は大歓迎です。
 あとは正和さんがちゃんと動けるかだな…

12月20日
「花の誇り」
 藤沢先生原作であります。年末に海坂藩というのもしっとりというか何というか…ですが、女性主人公というのはなかなか面白いですね。エンケンと蓮司さんにも期待。

12月27日・28日
「徳川風雲録」再放送
 新年早々、何というか重たい気分にしてくれた「徳川風雲録」が二日に渡って再放送。さすがに10時間ぶっ続けはつらいよ、という人にはありがたい年末恒例行事であります。個人的には内田朝陽さんの天一坊オススメ。

1月2日
「寧々 おんな太閤記」
 うーん新年早々橋田壽賀子先生(は原作で今回の脚本は金子成人さんなのね。うーん)…しかし亀ちゃんの秀吉は大いに気になります。

1月3日
「陽炎の辻 居眠り磐音江戸双紙 スペシャル」
 最終回にヒロインが精神をアレして、主人公と共に江戸を離れて療養にというエルガイムみたいなオチで度肝を抜かれた(のはアンタだけだ)「陽炎の辻 居眠り磐音江戸双紙」が早くもスペシャルで登場。正月にこういった安心して見られる時代劇というのは良いですね。
 しかしキャストに第一シリーズで亡くなったはずの檀れいさんがまた出ているのかと思ったら生き写し設定でしたか。

1月4日
「天地人」スタート
 2009年のNHK大河ドラマは言うまでもなく火坂雅志先生原作の「天地人」。キャストが色々と紹介されていますが…あー、うん。個人的にはちょっと。
「必殺仕事人2009」スペシャル
 というわけで、個人的には4日はこっち。「2007」からずいぶん経ちましたが、9日からのシリーズスタートに先駆けて、東・松岡・大倉の必殺シリーズお目見えです(新レギュラーで女性キャラが増えるとな?)。
 スペシャルの方にはゲストで沢村一樹が出るというのも気になります。はっちゃけていただきたい。

1月10日
「浪花の華 緒方洪庵事件帳」スタート
 30分枠になってしまって色々と寂しいNHK土曜時代劇ですが、新年早々、何というか、こう希望の光が…千明様が男装の麗人&茶屋の看板娘役で時代劇初主演出演ですよ! 男装の麗人! 看板娘! 全話録画決定。
 それはともかく、原作は築山桂先生で、主人公は若き日の緒方洪庵先生というのが面白い。上のリンクでは千明様のことしか書かれていませんが(正直でよろしい)、主演は窪田正孝さんです。
 しかし、ヘタレの医者を助けるってあれですか、「我ェ、死んだれや」ですか古尾谷雅人。

1月11日
「あんみつ姫2」
 実をいうと2008年で一番面白かったTV時代劇は「あんみつ姫」だった、と(各所からお叱りを受けるのを承知で)既に結論を出しているのですが、絶対やると信じていた続編が放映決定! これは本当に嬉しいです。
 前作は新年早々に見るのにふさわしい、本当に楽しい作品だったのですが、今回も大いに期待します。個人的にはキャストに早乙女太一君がいないのが残念(…というか父上は!?)ですが、内田朝陽さんの野牛九兵衛っていいな。

3月29日
「暴れん坊将軍」スペシャル
 またずいぶんと先ですが(12月29日説もアリ)、徳田新之助さんがスペシャルドラマとして復活。スペシャルと言われると気になってしまうのが人情、スペシャルらしく派手な作品にしていただきたいですね。

おまけ
現在放送中のテレ東時代劇アワーは「江戸の鷹」
 先月から放映されているのは池田一朗(名前間違えてはいかんでしょ公式サイト)先生脚本、世界の三船主演の「江戸の鷹」! 月曜火曜のみのちょっと変わった放映日なので来年三月いっぱいまでの放映ですが、いや、サブタイトルを見てるだけでもテンションが上がりますね。ラスト三話は絶対見逃すまいぞ。

おまけ2
「隔週刊 東映時代劇 傑作DVDコレクション」 1月6日創刊
 こりゃーちょっと驚きました。あのディアゴスティーニから、今度は「東映時代劇」マガジンであります。ううん、今までこの種のものには手を出していなかったですが、これは気になる…


 というわけで、ぶっちゃけ1月10日を書きたくてネタを集め始めた年末年始のTV時代劇特集。抜けがありましたらご指摘等いただければ幸いです。


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2008.12.07

「斬バラ!」第1巻 これからの独自性に期待

 時は1863年、宿屋の手伝いをしながら剣術道場に通う少年・壱陽と朱彦。ある日、忍び込んできた盗人を追って逆襲を受けた二人は、新選組の沖田総司と名乗る脳天気な青年に命を救われる。宿の女将の頼みで、京に使いの旅に出ることとなった二人は、混沌の巷となった京で様々な人々と出会うが。

 アンテナをそれなりに広げているつもりでもまだまだ抜けが多い時代ものの新刊、本作も書店で初めて知ってほとんどジャケ買い状態で手にしました。
 幕末を舞台に、バイタリティの固まりのような少年二人が、様々な出会いの中で成長していく青春もの…なのでしょう、おそらく。

 宿の次男坊・朱彦と、子供の頃に宿に預けられ彼と兄弟同然に育った壱陽は、剣術道場に通っては大人相手に大立ち回りを演じたりする暴れん坊。身分の差という越えられない壁にぶつかったり、初めての真剣勝負の中で冷静さを失ったりと、この時代ならではの事件はありますが、時代が違ってもティーンズの悩みの根本は大体同じ。自分に何が出来るか、将来に何が待っているか――自分の力を持て余しながらも、自分に正直に突っ走っていく二人の姿には、なかなか好感が持てます。

 作者の片桐いくみ氏の作品を読むのは、私はこれが初めてですが、明るい絵柄にかなりの画力で好印象。刀の持ち方に何となく違和感を感じたり、考証的にどうなのかしら、という点はありますが、漫画としての魅力は十分にあるかと思います。

 もっとも、上でちょっと煮え切らない書き方をしたように、作品が、物語がどのような方向に向かっていくかは、現時点では未知数。壱陽の出生には何やら秘密がある様子だったり、この巻で登場した沖田総司(酔っ払いの沖田総司というのもなかなか新鮮)をはじめとした新選組が二人に絡んでいくのだろうな、と思いますが、まだまだ先は見えません。

 漫画というメディアの中だけでも、幕末ものが決して少なくない中で、どれだけ本作ならではの独自性を出していけるかが、今後のカギだとは思いますが、魅力的な絵柄で、時に(いや大部分?)ゆるく、時にシビアに描かれる少年群像というのは、ちょっと悪くないかな、とも思います。


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2008.12.06

「虚剣」 柳生連也が進む道

 父と引き離されて妹・琴と共に暮らしていた柳生連也は、剣の才能を見込まれ、一人、父に呼び戻される。琴との再会を夢見て修行に励む連也だが、いつしか剣そのものに魅力を感じるようになる。しかし藩主の息子の指南役として江戸に出た連也を待っていたのは、残酷な別れと、剣鬼・十兵衛をはじめとする江戸柳生との対決だった。

 軽んじているわけでは決してないのですが、どうしてもチェックが甘くなってしまうのが、少女向け小説の中の時代もの。実は相当な点数が刊行されているのですが、発売時に気づかず、後になって臍を噛むこともしばしであります。
 本作もそんな作品の一つ。少年期から青年期の柳生連也を主人公とした、青春剣豪小説の佳品であります。

 本作で描かれる連也は、妾腹の子ゆえに父・兵庫助と引き離され、妹・琴と二人暮らしてきたという設定。それが剣才があると知られるや、琴と引き離され、再び父の元に戻されたことから心を閉ざし、ただ強くなるためだけに剣を磨く少年時代を送ることになります。
 そんな中でも、二人の兄をはじめとする周囲の暖かさに触れ、徐々に人間らしさを取り戻していく連也ですが、そんな彼に父が投げかけたのは、「剣は、欠けた人間でなければ極めることはかなわぬ」という言葉。その言葉の意味は、そしてその言葉が現実となるのか――物語は尾張柳生にとっては宿敵とも言える、江戸柳生との対決を経て、連也のある決断をもって幕を閉じることとなります。

 ここで本作が魅力的なのは、連也たち尾張柳生のみならず、敵役である江戸柳生もまた、一人一人が魅力的であり、かつ、連也の成長に大きな意味を持って登場している点でしょう。
 各人の設定自体は、突飛なものは少なく、比較的素直とすら言えるのですが、しかし随所にほどこされたひねりが面白く、どこかで見たようでいて、どこでも見たことのない、そんな柳生一族像が描かれています。

 特にその中でも私にとって強い印象を残したのは、終盤で登場する柳生友矩であります。本作の友矩は、家光との仲を父に裂かれた上に無惨な仕置きを受け、今は柳生の庄で静かに死を待つ身という設定。剣士としての才を捨て、己の愛に生きようとした友矩の姿は、剣を取るか、妹との道ならぬ恋を取るか、道に踏み迷う連也の姿と重なり、もう一人の連也として、大きな意味を持つ存在であり――出番自体は少ないものの、なかなかに味わい深いキャラクターでした。


 そして友矩との対決を経て、十兵衛との決戦に向かう連也が進んだ道、踏み込んだ境地――それが何であるかは、本書のタイトルがその一端を示しておりますが、――、本当にそれが正しい道なのか、ほかに道はなかったのか…確かに他に道はないと理解しながらも、連也の成長を見守ってきた身としては、そんな想いも胸をよぎります。
 作者のサイトによれば、当初本作は烈堂をもう一人の主人公としてシリーズ化を構想していたとのこと。あるいはその構想が現実のものとなっていればどのような結末となっていたのか…本作には大いに満足している一方で、その後の連也がどのような道を歩むのか、その行き着く果てを見たかった、という想いも強く感じた次第です。


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虚剣 (コバルト文庫)

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2008.12.05

「うそうそ」(TVドラマ版) 好印象の続編ドラマ

 昨年TV放映されて好評を博したドラマ版「しゃばけ」の続編「うそうそ」が先日放映されました。キャストの好演とツボを押さえた特撮の使い方で、原作ファンにもしっかり楽しめた前作同様、今回も、原作そのままではないにせよ、楽しめる作品となっておりました。

 基本的なストーリーはほぼ原作のまま、箱根に湯治に出かけることとなった若だんなが、着いた先で天狗に雲助に謎の武士に狙われての大騒動。その背後には、悲しい運命に縛られた少女の存在が…ということで、今回は江戸を離れてのお話。色々と作りやすいことも作りにくいこともあるだろうな…と余計なことを考えましたが、まずは原作のイメージを大きく崩すことなくビジュアライズされていたかと思います。

 原作と最も大きく異なるのは、江戸留守番組にもかなりスポットを当てた展開となっていることで、原作ではほとんど出番のなかった妖怪たちにもそれなりの(本当にそれなりですが)出番があったのは、画面の賑やかさという意味では○でしょう。また、原作はシリーズ全体で見ればどちらかというと番外編的な内容ですが、ドラマとしては「しゃばけ」の直接の続編ということになるわけですし、ここで前作に登場した面子を出しておくのは悪いことではないかと思います。
(もっとも、おとっつぁんはわざわざ箱根までやって来る必要はあったのか…文字通り鈴彦姫の足をひっぱっただけだったですしね)

 もっとも、そのため、原作で描かれた登場人物たちの出番が減ってしまった――お獅子と家鳴りの活躍がすっぱりオミットされたのは実に勿体ない――のは残念ですが最も大事にするべきお比女ちゃん周りのエピソードで、言うべきことはきっちりと言っていたので正解なのでしょう。
 このお比女ちゃん周りでは、特にラストの展開が原作とは全く異なってはいたのですが、原作とはまた違う形で人間の愚かさ・哀しさを見せつけた上で、その上でなお、お比女ちゃんが人間を赦し、父神との和解を望むというのは、悪くない展開であったかと思います。

 しかし今回圧巻(という言葉を敢えて使ってしまいますが)だったのは、若だんなを演じた手越祐也君の存在感でしょう。前回は原作のイメージとちょっとだけ違うかな、という印象もありましたし、今回も若だんなの割りには元気だなあ、という気もするのですが、しかしそんなことが些末に思えるくらい、ピュアで素直で頑張り屋の若だんなを、完璧に演じていたかと思います。
 特に後半のクライマックスの一つであるお比女ちゃんへの語りかけは、中身だけ聞けば本当に大甘で、理想論ではあるのですが、しかし若だんなならではの不思議な説得力を、きちんと感じさせる好シーン。たとえ同じ人間同士でもなかなか理解できない、ましてや人間と神や妖怪の間では…という自分の悩みと他人の悩みの間にある大きな壁を乗り越えようとする若だんなの姿には、思わず涙腺が…(いや私、本当に涙腺が緩いんです)。

 現実の中の、賑やかで楽しい面ばかりでなく、苦く暗い面もしっかりと描き出した上で、それに負けずに真っ直ぐと生きていこうとする人々の姿と、それを見つめる優しい眼差しは、原作同様にこのドラマ版でも健在。前作のラストを踏襲したラストのナレーションも、きっちり「うそうそ」でまとめていたのも好印象でありました。
 前回から異常にはまり役だった仁吉・佐助――特に佐助は、蒼天坊との激突シーンでのガルルフィーバーしそうな勢いが素敵――は言うに及ばず、今回初登場組もなかなかのはまり役揃い。さすがに連続ものは難しいかもしれませんが、まだまだこのメンバーでドラマ化して欲しいと、素直に思えます。おっさん顔じゃない家鳴りにも、馴れましたしね。


 と――ここからは蛇足。原作でもそうでしたが、映像化されてみると改めて若だんなのモテっぷりは異常と再認識いたしました。と言いますか(こういうことはあまり書きたくないのですが)若だんなが異常に可愛らしく撮られているのはいかがなものか! 何というか、映像的に危険球の連続だったような気がします。
 特に松之助兄さんまわりのナニはかなりアレで、大ピンチのシーンでの「やっと名を呼んでくれましたね…」「兄さんの背中、あたたかい…」は本作屈指の迷科白。いいシーンがたちまち、何というか、こう。


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2008.12.04

「玄庵検死帖 皇女暗殺控」 ただ小さな命のために

 老中・安藤信正の命で、江戸に降嫁する皇女和宮の主治医兼護衛者として同行することとなった逆井玄庵。だが、彼の護る和宮は、影武者であった。いつしか名もない影武者の和宮と互いに惹かれあう玄庵だったが、江戸に向かう途中、何者かの狙撃により影武者は命を落とす。復讐に燃えて下手人を追う玄庵だが。

 優れた蘭医にして無外流抜刀術の達人、奉行所の検死医ながら勤王佐幕を口にする天の邪鬼な「逆らい玄庵」の異名を持つ快男児・逆井玄庵の活躍を描いた幕末ハードボイルドの、待望の第三弾であります。

 これまでの舞台から二年遡って今回描かれるのは、玄庵が検死医となる前に出会ったある事件。それは、皇女和宮降嫁にまつわるある秘事――江戸に下る和宮には密かに影武者が用意されていたという、その秘事に心ならずも触れることとなった玄庵が、己が生き延びるため、そして何よりも、歴史のうねりに翻弄された不幸な娘のために、決死の戦いに挑むこととなります。

 皇女和宮を巡っては、史実で語られるものの他にも、替え玉説など、様々なエピソードが伝わっていますが、本作はその替え玉説をアレンジし、攘夷派の襲撃が噂される道中において身代わりとなるため、金で買われた名もない山娘が和宮の影武者を勤めていた、という趣向。
 とかく目立つ玄庵は、襲撃の目を引きつけるため、影武者の主治医兼護衛役として抜擢されるのですが、任に成功しても功を公にできず、失敗すれば詰め腹を切らされるという、損な役回りであります。

 それにしても毎回毎回陰謀に巻き込まれ、割に合わない役目に命を賭ける羽目となる玄庵ですが、しかしそれでも決して己を単なる走狗に貶めることなく、譲れぬものを護って戦うのが、彼の、本シリーズの最大の魅力。
 陰謀に巻き込まれて命を落とした薄幸の娘のために、一文の得にならないのを承知で死地に飛び込む――定番といえば定番ですが、魑魅魍魎跋扈する地獄変の幕末の世にあって、逆井玄庵ここにあり、と言うべきその生き様は実に小気味よく感じられます。

 加野ファンであれば誰が真犯人であるかすぐ気付くかと思いますし、オチも途中で読めてしまうのですが、そんなことは小さい小さい。
 大義名分や天下国家に背を向けて、顧みられることなく消えていく小さな命のために怒りの刃を振るう…そんな玄庵の心意気、ヒロイズムに、我々はただ酔いしれればよいのであります。


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2008.12.03

「主水之助七番勝負 徳川風雲録外伝」 六番勝負

 「主水之助七番勝負」も残すところあと二話。最終回直前ということで、物語の方も、一気に主水之助と善鬼との決着に向けて動き始めましたが、その前に登場する剣鬼は、ちょっとした…いやちょっとどころではない変化球であります。

 今回主水之助と対決するのは、安中藩の同心・井川北斗ですが、しかし今回の真の剣鬼と言うべきは、「薬研籐四郎」。この薬研籐四郎、一見人名のように見えますが、さにあらず。名工・粟田口吉光が打ったという名刀の名前であります。
 柴錬先生の剣鬼シリーズでは、「侠客閑心」に登場し、数々の人間の運命を狂わせた凶相の刀である薬研籐四郎を、このドラマでは持ってきたというわけで、なかなか面白いアレンジの仕方ではあるな、と感心いたします。

 この薬研籐四郎は、応仁の乱を起こす一因となった畠山政長が、攻められて河内正覚寺城で自害する際に手にしていたという短刀。その際になかなか腹に刺さらず、投げ捨てたら薬研に突き刺さったとも、最初の刀ではなかなか腹に刺さらなかったため、薬研をも貫いたというこの刀で腹を切ったとも言われる、曰く因縁付きの刀であります。その後、織田信長、明智左馬助、豊臣秀頼の元に――すなわち、いずれも攻められて敗死した武将の手に――渡ったという短刀が、今回の物語の中心となります。

 道場の腕は最強ながらも、真剣を持つと震えてしまい、町の破落戸からも舐められている井川。彼が、嫁入りを間近に控えた妹と町を歩いていた際、偶然に凶賊と出くわし、何も出来ぬまま己の眼前で妹は斬り殺されるという悲劇に出会い、復讐のために手にしたのが、刀屋にあったこの刀(短刀ではないですが…)。その魔性に突き動かされるように、仇を次々と斬る彼ですが、しかしその暴走は止まらず…というのが今回のあらすじです。

 が、それだけで今回は終わらない。実はこの魔剣が刀屋に並んでいたのは、かつてこの刀を使っていた善鬼が、レギュラーである信太郎の父を斬った際に切っ先を折られ、腹立ち紛れに堀に投げ込んだものが、拾われたという因縁が語られます。
 そして信太郎は、遂に判明した父の仇である善鬼に対し、盗み出した薬研籐四郎で立ち向かうのですが…というところで次回に続く。


 正直なところ、原典では何もせぬまま周囲が自滅していった感がある薬研籐四郎が、今回のドラマでは、持つ者を狂わせる魔剣という、いかにもな剣として描かれていたのはちょっと残念(もっとも、それは一種の錯覚であると善鬼は語るのですが)ですし、善鬼の登場であっさり退場する羽目となった井川同心はお気の毒という印象。
 しかし、実は善鬼が薬研籐四郎を所持しており、そしてこの物語の冒頭から、信太郎が父の仇の残したものとして手にしていた切っ先がこの刀のものだった(善鬼のトレードマークである頬の傷も、この時に折れた切っ先でつけられたもの)というのは、なかなかに面白い趣向だったかと思います。

 追う者、追われる者の因縁が絡み合い、頂点に達したところでいよいよ最終回。最後の決闘に期待します。


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2008.12.02

「眠り猫 奥絵師・狩野探信なぞ解き絵筆」 奥絵師探偵、幽霊を追う

 将軍家斉の御前で描く題材に悩んでいた奥絵師・狩野探信の元に持ち込まれた一幅の幽霊画。絵の祟りで怪死したという作者が、かつて淡い想いを寄せた娘の父だと知った探信は、彼女のために真相を探るが、その先には、ある歌舞伎役者を巡る怪事件があった…

 狩野探信、鍛冶橋狩野家の七世にして、世には「守道探信」と呼ばれた(二世にも探信がいたため区別してこう呼ばれます)この人物は、当代切っての名手と呼ばれた絵師。この探信を探偵役に据えた時代ミステリが、本作であります。

 本作で描かれる探信のキャラクターは、ただ伝統の絵を手本として臨模(模写)するばかりの画風や、一門の間で繰り広げられる権力闘争に辟易して、お守り役で幼なじみの小平太と共にしょっちゅう家を飛び出して遊び歩いては、先代たる父に雷を落とされているというちょっと締まらない人物。
 しかし既存の地位に拘泥しない、そして自由な心を持った探信のキャラクターは、本作のような一風変わった時代ミステリの探偵役としては、なかなか似合いであります。

 その探信がここで挑むことになるのは、凄惨な幽霊画を遺して怪死した絵師の謎。探信も驚くほどの緻密な、まるで「本物」を模写したような絵は、どのようにして描かれたのか。そして絵師の死は、この絵と関係しているのか。
 謎はこれだけに留まらず、三年前に芝居茶屋で起きた殺人事件や、ある演目の度に不思議な失敗を見せる歌舞伎役者と、彼を狙う謎の影の出没まで絡んで、複雑怪奇な様相を見せることになります。

 一見無関係に見えるこれらの事件に共通するのは「幽霊」の存在――もちろん本作はあくまでも合理的なミステリ、不思議の陰には揺るぎない真実があります。
 …正直なところ、事件そのものはそれほど凄いトリックを使っているというわけではないのですが、しかし一枚の絵が過去を真実を暴き出し、そしてそれが新たなる事件の引き金となるというのは、やはりうまいものだな、と感心いたします。

 ミステリの世界では、芸術家探偵というのは少なからず存在するかと思いますが、江戸時代の奥絵師が探偵役というのは相当に珍しいようにも感じられます。
 個人的には各章辺りのページ数が少なく、その分場面展開が頻繁なのに些か違和感を感じましたが、その点を除けば、本作はまずはよくできた時代ミステリ。キャラよし設定よし、続編に期待したいところです。


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2008.12.01

「戦国ゾンビ 百鬼の乱」第2巻 裏の主人公大活躍?

 あまりに直截なタイトルと、そのタイトルを裏切らぬ直球ど真ん中な内容で、第一巻の時点で我々好き者を虜にした「戦国ゾンビ」の待望の続刊であります。

 武田信勝と、彼女を守る武田の精鋭・赤葬兵七人衆が、無限に増殖していく不死身の怪物たちに重囲され…という場面で終わった第一巻ですが、続く本書では、更なる地獄と、そして怪物たちの正体の一端が描かれることとなります。

 本作に登場するゾンビは、人肉を喰らい、そして彼らに殺された者も同様の怪物と化してしまうという、ロメロ流ゾンビとして描かれていますが、本作でも彼らは大活躍(?)。
 獲物を見るやゾンビにはあるまじきスピードで接近してくるわ、一度倒されたように見えても更なる強さを身につけて襲いかかってくるわ(クリムゾンヘッド?)と、ただでさえ反則的な存在だったのが、もうどうやったら勝てるのか…とため息が出るような存在として暴れ回ります。
 武将たちの野望も、兵たちの忠義も、人々の人情も…全て飲み喰らって暴れ回るゾンビたちの姿は、恐ろしいを通り越していっそ爽快ですらあり、赤葬兵たちが表の主人公とすれば、ゾンビたちは間違いなく裏の主人公と言ってよいかと思います。

 さて、その赤葬兵の側も、ある意味パニックホラーのお約束というべきか、ある者は孤独な死闘の中で成長し、ある者は過去の「ちょっといい話」を語り――とそれぞれ人間ドラマを見せてくれますが、遂に初の犠牲者が出てしまいます。
 身も蓋もない言い方をしてしまえば、たぶんこの人かこの人が最初に死ぬだろうな、という人物のうちの一方ではあったのですが、しかしその死に様は、こちらのひねくれた予想を裏切る実に熱く切ないもの。強力のゾンビ相手に見事な組討術を見せてくれたその勇姿は決して忘れません。

 しかし尊い最初の犠牲者にもかかわらず、一行を襲うのは更なる絶体絶命の危機。一方では全ての鍵を握る山本勘助が遂に姿を見せ、この地獄絵巻誕生の理由が明かされようというところで、いよいよ盛り上がる本作。このまま一気に結末まで突っ走っていただきたいものです。


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