「若さま同心徳川竜之助 秘剣封印」 バランス感覚の妙味
幾つものシリーズを抱えて完全に売れっ子として波に乗った感のある風野真知雄先生ですが、この「若さま同心徳川竜之助」シリーズも、早くも第五巻目であります。
柳生の里からの刺客・柳生全九郎を向こうに回した状況で「秘剣封印」とはまた穏やかならざるタイトルですが…
第四巻のラストで、全九郎に自分の弟弟子にあたる三人の少年を惨殺された竜之助。怒りに燃えて復仇を誓いながらも、しかしその一方で同心稼業は相変わらず。いつの間にか珍事件ならこの男、と周囲に目されてしまい、次から次へと持ち込まれる事件解決のために奔走することとなります。
そんなわけで、この巻においてもこれまでと同様、四つの怪事件・珍事件の謎解きと、それと平行して、竜之助の葵新陰流を狙う刺客との対決が描かれることとなります。
この構成自体はシリーズ第一巻からほとんどそのまま引き継がれてきたものですが、しかし、それぞれの事件とその登場人物のユニークさで、まったく飽きがこないのはさすがというべきでしょう。
特にユニークなのは、シリーズのレギュラーである奉行所の面々でありましょう。
誰よりも早く江戸を一周し、奉行所最速を目指す同心、誰も呼んでくれないので仕方なく自分で「仏」を自称する同心、いつも帳面を持ち歩いて部下を採点するのが生き甲斐の与力…
エキセントリックな、しかしよく考えるとこういう人っているかもなあ、というコミカルさとリアルさのぎりぎりのバランス感覚が絶妙で、この辺りが風野作品の人気の理由の一つかな、と感心した次第です。
そしてこのバランス感覚は、物語全体にも貫かれています。本作を構成する二つの要素――十手ものの要素と剣豪ものの要素は、この巻でも巧みに組み合わされています。
柳生の里一の天才剣士であり、竜之助の風鳴の剣をも破る剣技を持ちながらも、屋外では活動できないという、究極の引きこもり剣士である全九郎。その彼が、竜之助の弟弟子たちを屋外で斬ることができたのは何故か?
この謎を軸に、ラストに描かれる竜之助と全九郎の二度目の対決に向けて、盛り上がっていきます(そしてその中で、一種の精神的奇形とも言える全九郎の中の哀しみが浮き彫りにされていくのがまたうまい)。
そしてラストに明らかになる「秘剣封印」の意味。それは竜之助個人の問題であると同時に、彼の属する徳川家そのものの運命をも暗示しています。
コミカルな事件と、シリアスな決闘と…竜之助の前途は、まだまだ多難ですが、それは読者にとって楽しみがまだまだあるということ。
竜之助には申し訳ないですが、この楽しみがまだ続くことを祈りつつ…
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