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2008.12.15

「平成のぞきからくり 破れ傘長庵」 人間の悪というリアリティ

 この土曜日に、三軒茶屋のシアタートラムで結城座の「平成のぞきからくり 破れ傘長庵」を観て参りました。
 江戸糸あやつり人形+αというこの舞台、ベースとなっているのは河竹黙阿弥の「勧善懲悪覗機関」かと思いますが、この舞台ならではのなかなかにユニークな試みがなされていました。

 本作の主人公は、町医者の村井長庵。この長庵、史実(と伝えられるもの)では享保2年に大岡越前に裁かれたという極悪人でありますが、この長庵の事件を題材とした講談から派生した黙阿弥の作品から、さらに派生したのが本作ということになります。
 娘を売った金を奪うために義弟を殺し、その罪を患者の浪人になすりつける。遊女となったその娘と馴染みになった質屋の若旦那から身請けの金を騙し取る。その金の出所が弟分が質入れした短刀をよその店に流したものと知り、強請をかける。娘に会うために江戸に出てきた妹を弟分に命じて殺させる…
 人間悪の固まりのような長庵と、彼に運命を狂わされていく人々の姿が、生々しく描かれていきます。

 ここでこの舞台のユニークなところとは、他の登場人物が皆あやつり人形の中で、長庵(とその弟分の三次)のみ、客演の串田和美氏が演じていることであります。
 人間と、人間の1/5くらいの人形が同じ舞台で、対等の存在として物語を演じてみせる――それは、言葉で聞く以上に、実際に目にしてみると奇妙な眺めではありましたが、そこからは直接・間接的なダイナミズムが生まれるのもまた事実(特にラストの捕り手を向こうに回しての長庵の大暴れは突き抜けた爽快感がありました)。
 しかしそれ以上に、本作の内容を考えてみると、そこに今回の演出の意図が透けて見えるように感じられます。

 ――人間と人形の違いというものをひとまず置いておいて本作を眺めた時、強く感じられるのは、長庵の持つリアリティであります。
 義理も人情もなく、次から次へと凶行を繰り返す長庵の姿。その姿には全く共感はできませんが、しかし現代に生きる我々の目から見ると、長庵という男の行動と存在は、「アリ」すなわち「居てもおかしくないな」と思わされます。
 理想も美学もなく、ただいくばくかの金のためであれば、良心など存在しないように身内すら殺す。そんな人間が存在することを、悲しいかな我々は直接、間接を問わず経験として知っているのです。

 それに比べると、長庵以外の人物、特に後半に活躍する久八――若旦那をかばうために品物横流しの罪をひっかぶり質屋を追い出されながらも、なおも若旦那に忠義立てする男――などは、どちらが人間としてあらまほしき存在であることは明白ながら、しかし現代人の目から見れば、厳しく言えば全くリアリティが感じられないのです。

 義理や人情に縛られた、人間らしいリアリティの感じられない存在、それは糸につながれた木偶人形のようなものと比せられるのかもしれません。特にそうした頸木から外れて暴れ回る長庵のような存在からすれば。
 ここに、今回の舞台において、長庵を生身の人間が演じた理由があるのだろうと感じられますし、さらに言えば、長らく上演されていなかった黙阿弥の作品が(村井長庵の名を知っているのは、私たちのようなごく一部のマニアだけでありましょう)今この時に復活する理由もあるのだと感じた次第です。
(が、その一方で、長庵と共に悪事を繰り返しながら、最後には良心の呵責から潰れていく三次の役も、生身で演じられているのは何と解すべきか。これはこれで実にリアルな人間像ですが…)


 ベースとなった黙阿弥の舞台では、大詰めで大岡越前の下で長庵が裁かれ、ついにすべての悪事は露呈して大団円となります。
 しかし今回の舞台においては、長庵は捕らえられるものの、長庵は自分の悪事を否定したまま、すっぱりと幕が下ることとなります。つまりこの時点では、長庵の悪事は立証されていないのです。
 もしかするとこのまま長庵は罪を認めないかもしれない、それはすなわち、彼に恨みを持つ善男善女が報われることなく、誰も幸せになれないまま終わるかもしれない…そんな予感を、抱かされる幕引きでありました。

 そこで描かれるのは、古典的な良識・理想に対する、悪党的な自由の凱歌とも言うべきもの。
 そしてそこにも、いやらしいまでのリアリズムが感じられてしまったのを、何と評すべきでしょうか…実に興味深い舞台でした。

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