「若さま侍捕物手帖」第1巻 まだ触れたことのない若さま
ことある毎に書いていますが、いわゆる捕物帖の中で私が最も好きなのは、城昌幸先生の「若さま侍捕物手帖」シリーズ。正体不明の「若さま」が、船宿の二階座敷でごろごろしながら、持ち込まれる謎を快刀乱麻を断つごとく解決していくという趣向の時代ミステリであります。
今回、この「若さま侍捕物手帖」が、ランダムハウス講談社文庫より、全六巻で刊行とのこと、その第一巻が先日発売されました。
この「若さま侍捕物手帖」という作品、いわゆる五大捕物帖の一つに数えられ、これまで幾度となく映画化・TV化されてきた、それなりにメジャーなシリーズではありますが、しかし、五大捕物帖の他の作品と決定的に状況が異なる点が一つあります。
それは、いまだにシリーズの全貌が明らかになっていないこと――昭和十四年に、本書にも収められた第一作「舞扇の謎」(旧題「舞扇三十一文字」)が発表されて以来、戦前戦後を通じて、実にその作品数は数百に及ぶ本シリーズですが、その多さゆえか、様々な媒体に掲載されたゆえか、いまだに完全な作品リストが存在しないという異常事態であります。
(ある作品を微妙にリライトして別題付けている作品などもあって、もう大変)
そんなこともあってか、現在簡単に読むことができない作品がほとんどである本シリーズ。現在では、春陽文庫から刊行されている五冊と、あとは徳間・中公・光文社の文庫からそれぞれ一冊ずつ刊行されている版くらい。それ以外の作品については、古本屋やオークションを当たるしかなかったわけですが…
ここで今回刊行されるランダムハウス講談社文庫版は、かつて桃源社から刊行されていた(当然今では絶版の)全十二巻本から採られた作品、それもできるだけ他の文庫に未収録の作品を集めたものという、私のような根性のないファンには涙ものの素晴らしい企画。このような企画を実現させて下さったランダムハウス講談社には、心より感謝の意を捧げます。
(個人的には先日、桃源社版の一揃いをオークションで競り負けたばかりだからなおさら嬉しい…)
さて、本書に収められたのは全部で十三篇。いずれも短編であります。
正直なところ、今の目で見ると、ミステリ的にはずいぶんとプリミティブな内容で――その上、タイトルでネタ割れしている作品もあったのには吃驚しましたが――その向きの方にはあまりお薦めできない面もあるのですが、しかし、当時の読者層や掲載媒体を考えれば、これはまあ仕方のないところでしょう。
もちろん、そんな中でも、常磐津の師匠の家の野次馬に加わったことから、若さまが人間消失事件の謎を解き明かす「尺八巷談」、陰惨な一家連続殺人の犯人を、季節はずれの花一輪から突き止める「甘利一族」などは、ミステリ的にも見ても十分に面白い。
前者は、トリック自体はさほど珍しいわけではないものの、謎が明かされてからもう一度読み返すと、きちんと全て謎の鍵が冒頭から提示されているフェアさが嬉しいし、後者は、犯人の正体自体はさして意外ではない(というか結構無理がある)ものの、若さまの推理の鮮やかな過程が魅力です。
そして、収録作の分量を見てみれば、今の活字の大きな文庫本で一話あたりわずか二十数頁。
そんな中で、物語の起承転結にミステリ的仕掛け、そして何よりも若さまの楽しいキャラクターをきっちりと書き込んで、各作品をそれなりに読ませる作品として成立させているのは、これは城先生一流の筆によるものというほかないでしょう。
それにしても――暗い世情に厭な事件が相次ぎ、皆何かしらの屈託を抱えて生きざるを得ないような今の世の中では、べらんめえ口調も爽やかに、どこまでも屈託なくその日を暮らしながら、人情の機微に通じる粋な裁きを見せる若さまの存在が、改めて大きく感じられます。
残り五巻、まだ触れたことのない若さまの活躍を、楽しみに待っている次第です。
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