「岡っ引どぶ」 これぞ柴錬捕物帖
飲む・打つ・買うの三拍子揃った岡っ引き・どぶ。一歩間違えれば牢に入る側に回りかねないどぶだが、彼を見込んだ盲目の天才与力・町小路左門は、どぶに次々と怪事件の探索を命じる。どぶの糞度胸と仕込み十手が、隠された奇怪な真実を暴き出す。
数年前復刊された柴錬先生のこの連作短編集、「柴錬捕物帖」と副題にありますが、捕物帖でも柴錬が書けばこうなる! と言うべき快作であります。
主人公・どぶは、前歴は侍というほか、氏素性のほとんど知れない男。飲む・打つ・買うと品行方正にはほど遠いが、しかし弱者へのたかりは決してしない硬骨漢でもあります。
もっとも、強い相手には遠慮せず、かの河内山宗俊と組んで悪徳商人を向こうに回して一勝負やらかすような無茶苦茶なキャラクターは、やはり柴錬主人公といったところでしょうか。
そしてそのどぶを岡っ引きとして使うのは、盲目ながら眉目秀麗・頭脳明晰の与力・左門。名門の生まれながら病で視力を失い、町奉行所の与力株を買って、独自の立場から怪事件を追う、一種の怪人物であります。
このどぶと左門、あまりに対照的な二人が挑む事件は、その破天荒なキャラクターにふさわしく、伝奇的な怪事件ばかり。
この正編に収められているのは以下の三編――
先祖代々の陰惨な宿業を伝えるという通称・怨霊屋敷に伝わる名刀の行方にまつわる「名刀因果」
体中の肉が落ちた無惨な白骨死体と、驕慢な将軍庶子の姫君の乱行から浮かぶ地獄図絵「白骨御殿」
権勢を誇る幕閣の屋敷で次々と起こる怪事件の陰に、綿々と続く壮絶な怨念が蠢く「大凶祈願」
いずれも、いかにも柴錬先生らしい、奇想に満ち満ちた作品で、粋だ人情だという捕物帖に付き物のそれに背を向けた伝奇ぶりが清々しいばかりです。
しかしこの三編、いずれも武家屋敷を舞台にした物語で、(それなりの理屈はあるにせよ)町方が武家の事件に…? と思わないでもないのですが、しかしむしろそれこそが主人公が岡っ引きである由縁。
三編に共通するのは、武家(屋敷)という確固たる世界の内側の因縁・虚栄・偽善の存在と、それにより最後にはその世界が崩壊していく様。
身分制――というよりインテリゲンチャの負の側面――が生み出した、武家社会の暗部を暴き、崩壊させる役目は、これは武家社会の外側に位置する者がふさわしい、と感じられるのです。
さらに言えば、負の鎖で縛られた共同体を解体する役目を持つ探偵――ネタっぽく言えば結局犯行を止められない点も含めて――という意味で、どぶには金田一耕助的な立ち位置を感じるのですが、さすがにこれは牽強付会に過ぎるかな。
地べたから物申す、を体現したようなどぶの活躍は、続編も刊行(こちらはつい先日復刊されたばかり)されていますので、こちらも近日中に取り上げたいと思います。
「岡っ引どぶ」(柴田錬三郎 講談社文庫) Amazon
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