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2009.04.02

春の若さま二題

 ちょっと趣向を変えて、先月刊行された「若さま」を冠する作品を新旧二つご紹介しましょう。

 まずは新の方は、風野真知雄先生の「若さま同心徳川竜之助」シリーズの最新刊「飛燕十手」。
 前作「秘剣封印」で、柳生新陰流最強の刺客を破ったものの、自身も心に深い傷を負った竜之助は、次々と敵を呼ぶ己の葵新陰流・風鳴の太刀を封印することを決意します。

 しかし危険と隣り合わせの同心稼業、自分の剣を狙う刺客もまだ現れかねない状況で、戦いの手段を捨てるのも自殺行為。それならば、同心ならではの武器と言えば…ということで、新たなる必殺技を生み出そうとする竜之助の苦闘が、いつもの怪事件・珍事件捜査と並行して描かれることとなります。

 そして誕生した技はタイトルに示される通りですが、何となく堀江卓先生辺りの昔の時代劇漫画的イメージなのはご愛敬。最近の十手ものではちょっと珍しいノリの必殺技で、いかにも本シリーズらしい人を食ったものと思えます。

 ただしこの巻、個々の事件は解決しているものの、展開された伏線が幾つか回収されておらず、思い切り次の巻に引いているのがちょっとすっきりしない印象。それだけ楽しみが続くということではありますが、中継ぎ的印象は否めません。


 さて、一方旧の方はと言えば、もちろん城昌幸先生の「若さま侍捕物手帖」シリーズ。ランダムハウス講談社からの短編集の刊行は順調に進み、第三巻の登場であります。

 今回収録されているのは、「まんじ笠」「恋の闇路」「一文惜しみの百知らず」「威しぶみ」「猫の弁当」「濡れごと幽霊」「ビルゼン昇天」「罪つくり」の全八編。うち、巻頭の「まんじ笠」は中編というべきボリュームの作品です。

 「まんじ笠」では珍しく(まあ中長編では珍しくないのですがそれはさておき)江戸を離れてぶらりと旅に出た若さま、実は大名家の姫が行方知れずとなった事件の探索を依頼されて…という寸法なのですが、行ってみた先で巻き込まれたのは、博徒同士の争いというのがちょっと面白い。

 片一方の博徒は、言葉本来の意味通り二足の草鞋を穿いた親分で、これはまあ定石通り悪玉。もう一方は、悪玉に対するのですから、気っ風の良い善玉で…しかし、そんなステロタイプな舞台でも、若さまが絡んでくるだけでややこしく、そして面白くなるのはいつもの通りであります。
 推理ものとしてはずいぶん大雑把な内容ではありますが、しかしそれでも楽しめてしまうのは、この若さまのキャラクターと、城先生の巧みな文章あってのことでしょう。

 その他の短編も、お話のパターンとしては、推理もののお手本のような作品ばかりなのですが、しかし作品毎にシチュエーション、キャラクターに趣向が凝らされているのが楽しいところ。
 「濡れごと幽霊」の生々しくもおかしな人物関係、「一文惜しみの百知らず」の強烈な父親のキャラクター等々、決して平凡な作品ではありません。


 ちょいと強引ではありますが、まとめて紹介させていただいた新旧二人の「若さま」。この二作以外にも、「若さま」は時代小説界に幾人も存在しますが、昔から、そして今なおこうして「若さま」が描かれているというのは、やはりそれだけ魅力的な存在ということなのでしょう。いつか、「若さま」ものの研究をしてみたら面白いかもしれませんね。


「若さま同心徳川竜之助 飛燕十手」(風野真知雄 双葉文庫) Amazon
飛燕十手―若さま同心徳川竜之助 (双葉文庫)
「若さま侍捕物手帖」第3巻(城昌幸 ランダムハウス講談社文庫) Amazon
若さま侍捕物手帖三 (ランダムハウス講談社時代小説文庫)


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