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2009.05.31

「水滸伝」 第06回「梁山泊の夜明け」

 高求の厳命による必死の捜査の結果、十万貫強奪が露見してしまった晁蓋。宋江らの尽力により逃れた晁蓋らを林中は梁山泊に迎え入れる。しかし十万貫を梁山泊のものにせんとする王倫と、林中は激しく対立する。一方、高求は、昔なじみの閻婆惜を使って王倫を罠にかけ、内応を約束させる。しかし偶然居合わせた阮三兄弟により事は露見、王倫は林中に討たれ、晁蓋が新たな首領に推されるのだった。

 TVドラマ「水滸伝」は、第六話の今回で王倫が退場。晁蓋が梁山泊の首領となり、新生梁山泊としてのスタートを切ることになります。
 基本的にあらすじは原典とほぼ同じで、晁蓋の犯行の露見→宋江・朱仝・雷横の協力で逃れる晁蓋→阮三兄弟の活躍で官軍撃退→梁山泊に迎え入れられるも、王倫と険悪なムード→怒りを爆発させた林中が王倫を討つ→晁蓋が新首領に、という流れです。
 しかし、このドラマ版では一応は世直しのために梁山泊に集った王倫を、色々と行き違いがあったとはいえ、ヒーローたる林中がただ斬るのはマズい、という配慮でしょうか、ここで一ひねり。原典では宋江の運命を狂わせることとなった閻婆惜が、ここでは王倫の昔なじみとして登場するのが面白いところです。

 かつては役人を目指したものの、閻婆惜にはまって身を持ち崩したという王倫。その過去を知った高求は、妓楼で閻婆惜を使って美人局的罠で王倫を捕らえ、命を救い、官位まで与えるという餌をぶら下げて、王倫を寝返らせてしまいます。
 しかし天羅地網、その一部始終を、宋江の元に礼状を届けに来たついでに妓楼に遊びに来た(こいつらしょうもなくて素敵)阮三兄弟が立ち聞きしてしまったおかげで全てご破算。最後は林中に無理矢理一対一の決闘(林中地味に鬼や)をさせられた末に生首に…
(ちなみに今回、劇中で「阮小三兄弟」と呼ばれているのにはやっぱり違和感…)

 この辺り、普通に見ていると王倫の情けなさが目立つ――のかもしれませんが、大人になって見てみると、北方水滸伝チックな(?)追い詰められ方をされる王倫は王倫でちょっと可哀想だったな…という印象もあります。まあ、裏切りは弁護できないのですが…


 さて、閻婆惜が王倫の方に行ったおかげで(?)今回は何事もなかったのは宋江。それどころか、刑部としての有能さに目をつけられ、近衛軍参謀に誘われるのだから、原典に比べるとちょっと驚きではあります。

 その他、キャラクターがそろそろ増えてきて、一人一人を追うのもなかなか難しくなってきますが、印象に残ったのは、ようやく女子禁制が解けて梁山泊入りできてもんのすごく嬉しそうな扈三娘。しかしその前で前の妻が一生忘れられんとか言っちゃう林中マジ朴念仁…

 また、前回気になった通り、原典とはキャラクターが入れ替わっていた朱仝と雷横も別の意味で印象に残りました。髭が短くて冷静な方が朱仝、髭が長くて豪快な方が雷横というのは、これは横光水滸伝で公孫勝ではなく劉唐が妖術使ってた的なミスのような気もします。
 が、晁蓋を捕らえに行った際に雷横が、晁蓋殿は恩義があるし捕らえるわけにいかん、お前らそこで居眠りでもしとれ! と、いきなり配下にぶっちゃけるシーンは愉快でした(捕り手を気付かせるためにわざと大声を出した雷横に対し、「どうしたのだ」と声をかけちゃう晁蓋の呑気さも楽しい)。


 …あ、よく考えたら公孫勝が出てきてない。


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 「水滸伝」 第02回「蒼州の熱風」
 「水滸伝」 第03回「熱砂の決斗」
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2009.05.30

「乙女虫 奥羽草紙 雪の章」 白い世界の怪異

 兄の仇を追い男装して会津に向かう少女・おりんは、途中の関所で雲助たちに襲われたところを、熊鷹と白い子犬を供にした浪人・楠岡平馬に助けられる。強引に平馬と道連れになったおりんだが、途中の山中で奇怪な甲虫の襲撃を受け、はぐれてしまう。続発する怪事の背後にあるものは…

 鹿毛色の総髪に痩身、常に穏やかな表情を浮かべながらも、刀を抜けばとてつもない遣い手。お供は熊鷹のハヤテと白い子犬のおユキ――そんな謎の浪人・楠岡平馬を主人公としたシリーズ「奥羽草紙」の第一巻が、この「乙女虫」であります。

 この「乙女虫」とは、山中に迷い込んだ男女に襲いかかるという怪虫のこと。この乙女虫、人の頭ほどの大きさの黒い甲殻に朱の模様をもった甲虫、しかも腹には黄色い目と口を持つとくれば、これはもう完全に妖物と言うべき存在です。
 虫嫌いにはたまらない、そして怪物好きには別の意味でたまらないこの怪物の名の由来は、婚礼直前に自害したという、白沢藩の姫君の怨念が凝って生まれたもの…といいますが、しかしその一方で、藩では娘の神隠しが頻発。さてこの両者の関係は――この謎解きが、本作の柱の一つであります。

 そしてもう一つの柱は、「兄の仇」を追うおりんの物語。江戸で遊学していた彼女の兄が、奇禍にあって亡くなることとなった、その遠因となった男と彼女の因縁が語られていくのですが…
 しかし、男とその親友の名が吉田と宮部、そして彼らの知人で、しかも平馬を執念深く追う人物が「鬼の勘兵衛」というのが、歴史好きにはニヤリとできる仕掛けとなっているのも楽しいのです。


 しかし――そんな本作には、正直なところ、大きな欠点が一つ。
 それは、乙女虫の物語と、おりんの物語、さらにいえば平馬自身の存在に、有機的な結びつきがないことであります。

 もちろん、それぞれのエピソードが交錯はしているのですが、しかし重なったり絡み合うことなく、淡々と描かれているのは何とももったいない。
 特に、乙女虫を生んだ姫の悲恋と、おりんの心に眠る感情、二つを絡み合わせれば、さらに面白くなったと思うのですが…


 とはいえ、白い世界を舞台に描かれる怪異と、しかしそれにも負けぬ平馬の陽性の個性は、なかなかに捨てがたいものがあるのも事実。
 シリーズは残り二巻ですが、本作では謎が残った平馬自身の物語の行方は…さて。


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2009.05.29

「ぼんくら武士道」 ほんもの武士道

 融通の利かない仕事ぶりから変わり者と見られ、「ぼんくら」と揶揄されている村雨藩の勘定吟味方下役・本田蔵四郎は、何者かに襲われた国家老を救ったことから、藩が乗っ取りの危機に瀕していることを知る。藩を救うため、密命を帯びて江戸に向かう蔵四郎だが…

 以前にも何度か触れましたが、今では数少なくなってしまった時代伝奇小説の書き手である鳴海丈先生は、同時に、山手樹一郎先生に代表される明朗時代小説をこよなく愛し、これまでも「ものぐさ右近」シリーズなど、そのリスペクトの念を露わにした作品を発表しています。
 個人的には、バイオレンス色の濃厚な時代伝奇と、人情とユーモア溢れる明朗ものと、ある意味両極端の作品を同時に愛する鳴海先生の人物自体にまず興味があるのですが、それはさておき、先日発表された「ぼんくら侍」も、この明朗時代小説の系譜に属する作品であります。

 お家乗っ取りの陰謀に巻き込まれた主人公が、主家を救うために密命を帯びて旅に出る、というスタイル自体、時代小説の一つの典型でありますが、本作はそこに、茫洋としているようで滅法腕の立つ、優しく心正しき青年侍をヒーローに、鉄火肌だが根は純な美女道中師(ツンデレというのは最近のおたく文化の産物ではなく、由緒正しき日本の文化なのだとつくづく感じます)をヒロインにという人物配置。

 そして行く先々で危難に見舞われるのを、武術の腕と、持ち前の明朗快活な性格で切り抜け、やがてはお家そのものまで…というのは、まさに明朗時代小説のお手本的内容であります。

 もっとも紙幅の都合か、次々と降りかかる危難も、比較的あっさりとくぐり抜けてしまうため、物語の自体はしごくあっさり目の味付け。意地悪く言えば、山手作品のダイジェスト的な作品となっているのは、これは残念なところではあります。

 しかしそれでも、肩の力を抜いて軽い気持ちで読めるのはよいものです。そしてそれよりも何よりも、生真面目で不器用で、しかしどこまでも真っ直ぐで心優しく、愛する者を何よりも大事にし、そして命を賭けるべき時には迷わず己を投げ出す(物語の終盤である人物を向こうに回してのはったりは痛快の一言!)蔵四郎のキャラクターは、やはり魅力的に感じられます。
 こうあって欲しい、こうありたいと思わされる蔵四郎の生き方は、ぼんくらどころではない、本物の武士道なのであります。


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2009.05.28

「囁く駒鳥 影与力小野炎閻魔帳」 炎一座、再びの御目見得

 二人の作者の二人の作品という変則的なスタイルの「鳳凰の珠/満願丹」に収録された「満願丹」でデビューした北町奉行所の影与力・小野炎(ほのむら)が、いよいよ単独デビューであります。
 本書「囁く駒鳥」には、「小夜町江戸暦」と表題作の中編二編を収録、宿敵・泉屋甚右衛門をはじめとする悪党の陰謀に、炎と仲間たちが立ち向かうことになります。

 その姓名から勘の良い方であれば連想できるように、炎の先祖は、平安時代、夜な夜な閻魔冥官として活動していたという怪人物・小野篁。小野神社の神主と歩き巫女の間に生まれ、生家を追われたのを幸いと、今は北町奉行・榊原主計頭の懐刀として、遊撃隊的な立場から江戸市中の怪事件を捜査するという立場にあります。
 先祖譲りか、人並み外れた感受性と優れた頭脳を持つ炎ですが、それに加えて白皙の美貌に、名刀・草薙影踏を振るえば敵する者はないという剣の達人という、ずるいほどのスーパーヒーローぶり。しかしそれでも嫌味にならないのは、元噺家の御用聞きや明き盲の借金取りといった市井の面々とも分け隔て無く付き合うその明るい心根によるものであります。
る名刀です。

 さて、収録一本目の「小夜町江戸暦」は、その炎の又従姉妹の美少女・小夜町が、炎を陥れんとする邪悪な罠の前に、窮地に陥るという一編。題名の「江戸暦」とは、事件の背景に、当時土御門家が専売してきた暦の利権が絡む故でありますが、もう一つ絡んでくるのが当時の政治情勢。

 「満願丹」でも悪事を張り巡らし、本作でも炎たちを苦しめる陰謀の首魁として登場する泉屋住友(かの住友財閥の前身ですな)の江戸の主・甚右衛門。その甚右衛門が与するのが、当時は西丸老中であった水野忠邦であり――本作の、いや本シリーズの背後には、当時の権力の頂点である老中首座の座を狙う忠邦一派の暗躍があるのです。
 本作では更に、後に江戸南町奉行として天保の改革の一翼を担った――この作品の時点ではまだ中奥番ですが――鳥居耀蔵も登場。まだ出番は少ないのですが、早くも町奉行の座を虎視眈々と狙う腹黒ぶりで、こちらの期待通りのキャラクター造形であります。

 この、当時の政治情勢と絡んだ事件設定は、二本目の「囁く駒鳥」でも健在。それもそのはず、本作で描かれるのは、忠邦以前に老中首座であった水野忠成の死が、実は何者かの暗殺であったという意外史なのですから。

 既に老耄の域にあった忠成を死に追いやったのは何者か、そしてそれはいかなる手段によるものか…その謎に挑むのはもちろん炎とその仲間たち、通称「炎一座」ですが、その果てに浮かび上がるのは、気まぐれな将軍と、それに諂う幕閣により、運命を歪められ、人間の尊厳を奪われた人々の姿。
 スーパーヒーローであっても拭うことのできない哀しみが、印象に残る作品です。


 というわけで、実質シリーズ一冊目の時点で、なかなかに盛り上がる本シリーズ(個人的には、折角の設定の伝奇的部分をもっと生かしても良いのに…とは思いますが、これはまあ仕方ないでしょう)。
 忠成が逝き、いよいよ巡ってくる忠邦の時代を前に、炎一座がいかに正義を貫くことになるのか。先行きは厳しいかもしれませんが、それをはねのける活躍に期待します。


 ちなみに本シリーズ、「満願丹」を含めて、事件のトリックが科学的…というか化学的なのがちょっと面白いところ。それほど目立ちませんが、これもシリーズの特徴と言えるかもしれません。


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 「鳳凰の珠/満願丹」 一冊で二度楽しい?

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2009.05.27

「白獅子仮面」 第04話「小判の好きな化け猫騒動」

 金持ちたちを殺害していく化け猫の群れ。千両箱が無傷なのに不審を抱いた兵馬は、金が全て偽金にすり替えられていたと知る。久世大和守の姫君が怪しいと睨んだ兵馬は、逆に偽金を利用して化け猫たちを罠にかけるが、無断で久世家に潜入していた縫が人質となってしまう。白獅子仮面に変身した兵馬は、腰元に化けていた化け猫のかしらを倒し、縫らを救うのだった。

 何だか地口みたいなタイトルの今回ですが、敵の企みのスケールは大きく、江戸中の小判を偽金にすり替えて、恐慌を引き起こそうというもの。
 …妖怪とか大魔王が考えることではないような気がしますが、なかなかに偏差値の高い作戦です。
(もっとも、その程度で本当に恐慌が起きるのかなあという気がしますが、田所同心と一平のコントでその辺りをわかりやすく説明しているのが愉快)

 さて、その作戦を遂行するのが化け猫軍団なわけですが、化け猫らしく(?)全員女性。顔の造形的にはピープロ猫科ヒーローチック…と言ったら褒めすぎなレベルですが、姫君や腰元の着物を着て、うら若い女性の声を発する化け猫というのは、やはり存在感があります。火焔大魔王に「猫よ」とか呼ばれているのが萌え。

 しかし、大名家に入り込むことにより、宿敵である大岡越前ら町奉行所の追求を封じるというのはなかなかうまい手。
 そこから、
同心隊による張り込み→幻を追わせておいて本当の化け猫は後から脱出→目的の蔵に偽金の詰まった千両箱を用意して待ちかまえる兵馬→薙刀指南役に化けて潜入した縫を人質に
と畳みかけるような攻防戦となっているのもまた面白いのです。

 結局、縫が化け猫の催眠術により、寺の五重塔からあわや身投げ…というところで兵馬が白獅子仮面に変身(敵の前で変身したのは初めてのような気もしますが、さして気にしてない大魔王と配下)。
 いつも以上にあっさりと妖怪を倒して幕、ですが、今回本当の妖怪はかしらのみだったらしく、かしらが倒されると他の化け猫は人間に戻ったのは、後味の良い終わり方でした。
 ちなみにこのかしら、姫君ではなく腰元の方に化けていて、人の見ていないところでは主従逆転して姫を呼び捨てにかしづかせているのがちょっと倒錯的でユニークでした。


<今回の妖怪>
化け猫

 江戸中の小判を偽金にすり替え、恐慌を起こす作戦を担当する妖怪。着物は女性のままだが、顔と手足が猫のものに変化する。久世大和守の娘・綾姫の腰元・加世に化けており、綾姫や他の腰元を化け猫に変えて操っていた。
 主な武器は手の鋭い鉤爪で、手裏剣として飛ばすこともできる。その他、催眠術(念動力?)で他人を操ったり、幻を見せることも可能。また、尻尾の先にも鋭い爪がついている。


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2009.05.26

「風の陰陽師 3 うろつき鬼」 その力でも得られぬものは

 野望を晴明に阻まれた藤原黒主は、かつて恨みを呑んで死んだ親王とその母の霊を焚きつけて怨霊朝廷を樹立せんと企み、都に奇怪な鬼を放つ。一方、信太の森では謎の美女・玉藻の前率いる魔修羅教なる一団が、信太狐たちを苦しめていた。愛する咲耶子と母・葛の葉を救うため奔走する晴明だが。

 第二巻を紹介してからだいぶ間が空いてしまいましたが、少年時代の安倍晴明を描く「風の陰陽師」シリーズ第三巻「うろつき鬼」であります。
 第二巻のラストで、咲耶子は入内、葛の葉は再婚と、大事な女性二人を同時に失った晴明を、さらに過酷な運命が襲うことになります。

 前作の後、信濃の国守に従って晴明が都を離れた一年の間に、次なる奸計を巡らしていた怪陰陽師・藤原黒主。
 光仁天皇を呪詛した疑いで都を追われ、日を同じくして亡くなった井上内親王と他戸親王の母子の怨霊を甦らせ、怨霊朝廷を打ち立てて皇位を簒奪しようという途方もない陰謀を企む黒主は、骨から死者を再生し、鬼として使役する邪法を以て、都の闇を騒がせます。そしてその魔手は、再び咲耶子へ――

 それと時を同じくして葛の葉ら信太狐が暮らし、晴明にとっても第二の故郷である信太の森を狙うのは、前作で顔見せした妖魔・玉藻の前。あの大妖とは同名異人のようですが(本来であれば日本で暴れるのはもう少し後ですから)、強力な妖魔であることに変わりはなく、魔修羅教なる教団を組織して、人間を、そして信太狐を欲望に狂わせ、葛の葉らを追い詰めていきます。

 こうしてみると、都サイドと信太の森サイド、二つの場所で並行して展開される敵の計画に対して晴明が立ち向かうのは、物語のパターン的に前の巻とほとんど同じ。結末もまた、かなり近い内容ではあるのですが、それをあまり感じさせず、物語に没頭させてくれるのは、作者の力量というものでしょう。

 そして何よりも、結末は似ているといえ、晴明を襲う運命は、この巻の方が遙かに過酷であり、容赦ないものとなっています。
 単純に能力の強さ、術の腕前という点で見れば、晴明は作中でほとんど最強の域にあります(その辺りには不満がなくもありませんがそれは別の話)。しかし、その晴明の力をもってしても得られないもの、失われていくものがあるということは、晴明の力が際だつが故に、より重く、厳しく感じられるのです。

 …考えてみれば、本シリーズは第一巻から、陰陽師の力、超自然的な力も決して万能ではないということ、そして大事なのはそれを扱う者の心であることを描いてきました。
 本作は、その一つの現れと言えるのかもしれません。


 さて本シリーズも続く第四巻で完結。なおも暗躍を続ける黒主の次なる魔手は、平将門に向けられる様子ですが、さて――
 愛する者を完全に失ってしまった晴明が、自分の力とどの様に向き合い、どのように生きていくのか。その答えが出るときが、シリーズの終わる時なのでしょう。

 そして色々な意味で一線を越えようとしている妖狐・赤眉が楽し…いや心配です。

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風の陰陽師〈3〉うろつき鬼


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2009.05.25

六月の伝奇時代アイテム発売スケジュール

 ああ、GWが終わってしまった…と落ち込む間もなくもう六月は目前。梅雨の湿っぽさは勘弁して欲しいですが、なかなかの豊作ぶりに、これで何とか一ヶ月乗り切れる! と言いたくなる六月の伝奇時代アイテム発売スケジュールです。

 文庫小説では、新刊でまず気になるのは、最近売れっ子への道をひた走っている上田秀人先生のシリーズ最新巻「継承 奥右筆秘帳」。
 しかしこのサイト的に最も注目すべきは、えとう乱星先生の「かぶき奉行」第2巻。何ヶ月か前にも新刊情報に乗った気もしますが、今度こそ期待してよいですよね?
 その他、早くも文庫化の「紅無威おとめ組」第2巻、そして連続刊行もラストの「若さま侍捕物手帖」、そして相変わらずハルキ文庫はタイトル出るのが遅いから困る、な(?)竹河聖先生の新刊が注目どころです。


 そして小説に二つか三つくらい輪をかけて豊作なのは漫画。
 「軒猿」「戦国戦術戦記LOBOS」「戦国ゾンビ」「デアマンテ」と、続きが気になる続巻組(しかし戦国もの強いですね)のラインナップだけでも嬉しいのですが…

 ようやくと言うべきか、ついにと言うべきか、余湖裕輝&田畑由秋コンビが隆慶先生に挑んだ「柳生非情剣SAMON」が単行本化。原作の精神性を汲みつつ、さらに一歩踏み込んで見せた(そしてネタっぽさも忘れなかった)内容は大きな反響を呼びましたが、一冊にまとまるのはありがたい話です。

 そしてもう一つ、気になるのは、昨年末から「ヤングガンガン」誌で連載されている「新選組刃義抄 アサギ」の第1巻。画を蜷川ヤエコ先生、そして原作を山村竜也先生というコンビによる新選組譚には、大いに期待しているところです(しかし、この組合せは何だか微妙な気持ちになりますわね…妖奇士ファン的には)。

 その他、豪快な舞台転換(というレベルではないですが)にみんなが驚いた「AZUMI」第1巻、そして秋田書店から刊行開始の「サスケ」あたりが気になるところでしょうか。最初は楽しい少年忍者漫画だったのに、終盤で大変なことになる白土先生の鬼っぷりに未読の人は震えるがいい。


 映像の方では、「必殺仕事人2009」のスペシャルBOX上巻が登場。発売がキングレコードでないことに、一抹の寂しさを覚えます。また、武侠ものの方では「怪盗 楚留香」「鹿鼎記」と大家の作品のドラマBOXが並んでいます。頑張れマクザム。

 一方ゲームでは異色作「己の信ずる道を征け」がやはり気になります。過去の自分の行動と、現在の自分の行動を組み合わせて仕掛けをクリアしていくという、一風変わったパズルアクションゲームとのこと。「ふわ丸」とのコラボは正直微妙にもほどがありますが…


 最後に時代伝奇もの以外では、「劇場版 ゲゲゲの鬼太郎 日本爆裂!!」「劇場版 仮面ライダーキバ 魔界城の王」DC版のソフト化は見逃せない…いや、どっちも伝奇ものですから!(キバを伝奇ものって言ってる奴初めて見た)
 特に前者はフジテレビへの怒りを新たにするという意味でも買わざるを得ない。奴ら…ゆるさん。


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2009.05.24

「深川まぼろし往来 素浪人鷲尾直十郎夢想剣」 夢と現、己と他人の狭間で

 藩命で人斬りとなり、親友を斬った鷲尾直十郎。鬱々とした末に藩と家を捨てた彼は、江戸で無為の日々を送っていた。そんなある日、彼は急死した自分と瓜二つの菓子店の跡取りの替え玉を依頼される。言われるままに代役として店で暮らすようになった直十郎だが、その前に次々と不思議な現象が…

 倉阪鬼一郎先生が時代小説を書くと聞いた時には、少なからずの驚きと共に、一体どのような作品を生み出すのか、大いに興味がありました。
 短編連作であった「影斬り 火盗改香坂主税」は、正直なところこのサイトの趣旨からも、私の興味からも外れた作品でしたが、長編第一作である本作は、実に作者らしい、えもいわれぬ味わいの作品でした。

 主人公・鷲尾直十郎が巻き込まれるのは、深川で評判の菓子店・風花庵の家庭内とある事情。
 引退した先代に代わり店を取り仕切っていたその息子が急死してしまったものの、病床にあり、既に呆けかけた先代に対して、その事実を告げるのはあまりに忍びない――
 そんな問題に店の者が頭を抱えている最中に、姿を見せた直十郎は、偶然ながらその息子に瓜二つ。店の者の願いに応じて替え玉を務めることとなった直十郎ですが、しかし彼の前にいくつかの不思議な事件が起きることとなります。

 このあらすじだけ見れば、そのタイトル同様、本作はいかにも文庫書き下ろし然とした内容に見えますが、しかし、実際に作品を読んでみれば他との違いは歴然。
 作中に漂うのは、濃厚な幻想味――彼岸と此岸の合間を往来するまぼろしの中に、直十郎と、そして読者は迷い込んでいくことになります。

 何よりも、直十郎という主人公自身が、まぼろしのように現世を生きる人物であります。
 藩の政争の中で、指示されるままに人を斬り続け、果ては莫逆の友を斬ったがために一種のノイローゼとなり、友を斬った際に脳裏をよぎったまぼろしの魚の姿に憑かれたまま、全てを捨てて江戸に流れてきた直十郎。
 自分自身を見失った彼が、自分と同じ顔を持った他者として生きるのは皮肉としかいいようがありません。そんな彼が、風花庵での暮らしの中で夢とも現ともつかぬ世界で踏み込んでいく様が、本作では静かな筆致で描かれていくのです。


 正直なところを言えば、本作のこの味わいは、普通の文庫書き下ろし時代小説を期待した方は面食らうであろうことは間違いありません。
 その意味では大いに人を選ぶ作品ではありますが――文庫書き下ろし時代小説のフォーマットを用いつつも、作者でなければ描けない世界を生み出して見せた本作を、私は結構気に入っています。


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深川まぼろし往来―素浪人鷲尾直十郎 夢想剣 (光文社時代小説文庫)

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2009.05.23

「必殺仕事人2009」 第17話「ゴミ屋敷」

 久々に感想を書く気がする「必殺仕事人2009」、今回のサブタイトルは「ゴミ屋敷」。
 …また(微妙な)時事ネタ? という印象ですが、しかし時事ネタでも油断できないこの番組、主水さんと顔なじみの裏稼業の女の登場というだけでwktkでしたが、そこにさらにひねりが加わって、印象深いエピソードとなっていました。

 旗本の空き屋敷に住み着き、そこをゴミ屋敷に変えた女・あやめ(加賀まりこ)。主水とも顔見知りのあやめの正体は、いわくつきの死体を闇から闇へと葬る始末人(not田原俊彦)。なるほど、仕事人とは縁のある商売です。が、ゴミの悪臭に紛れて死体を始末しようと言うのですからすさまじい。

 しかしあやめのゴミ屋敷には、便乗してゴミを捨てにくるどころか、扱いに困った老人を捨てにくる連中が。あやめは雇った若者たちとともに、そんな老人たちを世話して暮らすことに…というのが、今回の基本設定であります。

 これだけであれば、微妙にリアリティのある切ない話ですが、もちろんそれで終わるわけはない。あやめが老人たちとの生活資金に使っていたのは、凶賊・土蜘蛛の十兵衛が隠した五千両――その金を取り戻すために、土蜘蛛一味の魔手があやめたちに迫ることになります。

 最初に述べたように、主水とあやめは昔なじみ…というだけでなく、裏稼業を続けながら、老境まで生き延びてしまった、という共通点を持つ間柄。そんな二人だからこそ醸し出せる独特の空気感・距離感は、間違いなく今回の見所の一つでしょう。

 しかし個人的に今回一番引き込まれたのは、姥捨て山となったゴミ屋敷に集った老人たち。家族に捨てられ、あるいは家族の迷惑とならぬよう自分から家を出て、行き場をなくした老人たちの姿は、老人ネタには弱い私の涙腺に直撃しました(特に「長生きしちゃってごめんなさいね…どうやったら死ねますか?」は卑怯すぎる)。
 そんな老人たちが寄り添い、力を合わせて生きる姿は「一夜限りの夢」であっても…いやだからこそ、胸に響くもの。彼らとの出会いが、あやめが生き方を変えるきっかけとなったのも大いに頷けます。

 それが結局命取りになるわけですが(個人的には、あやめと老人たちがあまりにも無策のまま殺されるのが違和感、というか残念でしたが…演出的にもっと引っぱってもいいのではとも感じましたが、実際それをされたらまた泣かされるからやっぱりいいか…)、しかしおかげで今回の仕事のテンションとこちらの感情移入度は最高潮(それを煽るようにBGMもこれまでとは別の過去曲を投入!)。

 特に、匳は、技自体はいつもの糸による首締めですが、首に糸をかけながら相手の獲物を蹴り飛ばし、相手を組み伏せて(ここでまさかまさかの透明板を使って真下からのアングル撮影!)絞め殺すというシーケンスが抜群に格好良かった。
 今回、主水に次ぐ主役級の扱いだったのが、この匳。あんなナリで実はお人好しというキャラ設定をうまく使って、老人たちの世話を焼く姿が描かれたのですが、そんな彼だけに、感情むき出しでぶつかっていく姿が実に印象的でした。
 匳の仕事シーンのわかりにくさは当初から言われていたことですが、もうスタイルとかパターンとか拘らずに、感情の赴くまま動くのがいいのでは…と思います。

 その他のメンバーも、涼次の豪快すぎる大落下心臓刺し、一発で心張り棒を外す呼吸がいかにもプロな小五郎無双、障子の使い方はさすがの主水さんと見どころ多し。エンディングで、あやめたちの墓の前に佇む(また人を見送る立場になってしまった)主水の姿も素晴らしく、大いに満足いたしました。


 次回は何と殺しのターゲットが小五郎というトリッキーな内容で、これまたひねった展開に期待します。。


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関連サイト
 公式サイト

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2009.05.22

「水滸伝」 第05回「野盗の叫び」

 梁中書が重税を課して集めた十万貫が、高求の元へ運ばれるという噂を聞いた魯智深は、東渓村の名主・晁蓋の元に話を持ち込む。晁蓋は魯智深・扈三娘・公孫勝・阮三兄弟の七人で、これを強奪しようとする。輸送隊を指揮する楊志の裏をかいて、一行にしびれ薬を飲ませる晁蓋らだが、そこに同じく十万貫を狙う林中らが出現、一触即発となる。しかし相手が晁蓋と知った林中は、財を譲り去っていくのだった。

 梁山泊二代目(実質初代)首領・晁蓋の登場編は、原典同様、「智取生辰綱」の一幕。梁中書が集めた不義の財十万貫を、晁蓋ら七人が奪うというエピソードですが、このドラマ版では、原典の内容をかなり忠実に生かしつつも、本作ならではのアレンジを加えています。

 その最たるものが、この強奪劇に、第三勢力として林中を中心とする梁山泊組が加わることでしょう。
 不義の財と聞くと黙ってはいられない林中、厳重な警戒にしぶる王倫に対し、失敗して死んでも挑戦する姿勢が大事! と無茶なことを言って、飛び出していきます。

 一応本作の王倫は、単なる山賊ではなく反体制の意志はあるようですが、林中に比べると慎重派の印象で、前回から既に路線対立していますが、今回はかなり険悪なムードに。
 というか林中、精神論で無茶を言うわ、止めても自分の腹心連れて飛び出していくわ、勝手に仲間を増やそうとするわ、挙げ句勝手に財宝を譲るわと、あまり部下にしたくないタイプです。

 また、晁蓋の下に集う北斗の党七人の顔ぶれも、公孫勝(ドジョウ髭がうさんくさい寺田農)と阮三兄弟は原典通りですが、何故か狼牙棒を振り回す魯智深と、どこにでも顔を出す扈三娘が加わっているのがちょっと異なるところです。
 ちなみに公孫勝の設定は、寺子屋の師匠ということで…さよなら呉学人! 途中で死ぬどころか最初から登場も出来なかった呉先生に合掌。

 そこに久々登場の楊志が加わって、クライマックスはかなり賑やかなのですが…ちょっとガチャガチャしてしまった印象でしょうか。痺れ薬入りの酒を飲む直前に林中が乱入してきて作戦失敗!? と思いきや、扈三娘に景気づけにとその酒を勧められて、輸送隊がうっかり飲んでしまうくだりはばかばかしくて良かったのですが…

 そしてラストは、十万貫を巡って林中と晁蓋があわや一対一の決闘! いくら山形勲でも林中の相手は無理ってものでは…と思っていたら、激突寸前にお互いの名前を知ったことで、矛を収めてめでたしめでたし。
 直前まで「こざかしい」とか「小盗人」とか罵っていたのに、名前を知った途端に態度を変える林中さんはどうかと思いますが、まあ名前が大事なのは原典も同じ…か?


 ちなみに、ほかに雷横と朱仝がチョイ役ですが初登場。しかし、DVDの字幕(意外とキャラクター名がわかりにくいので字幕は実に助かります)だと、髭のある方が雷横、髭のない方が朱仝になっているのですが…美髭公涙目?


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2009.05.21

「裏宗家四代目服部半蔵花録」第4巻 更に化ける忍者活劇

 久々に登場の「裏宗家服部半蔵花録」は、前二巻より「忍狩り」の章が引き続いて展開。
 謎の敵による残忍な忍狩りがなおも続く中、お花・慎吾・十兵衛の関係も進展していき、いよいよ作品として化けてきた感があります。

 これまでと同様、台風の目となるのは柳生十兵衛。相変わらずウザいほどの人なつっこさと明るさでお花にまとわりつき、お花と周囲を困惑させるものの、しかしもちろんそれはあくまでも仮の顔。
 お花こそが服部半蔵花録であるといち早く見破った十兵衛と、弥文&黒岩のベテラン忍びの対決が、この巻のクライマックスとなっています。(このシーンのアクション描写はそれなりに楽しいのですが、もう少し謡をそれっぽくしてくれれば…)

 結局お花たちと十兵衛は、和解したとも手を組んだともいえぬ、微妙な関係のままですが、そこに十兵衛自身のお花への想い――彼女の前では十兵衛が微妙に純なところを見せるのがまた微笑ましい――が絡んでいくのも面白い。
 さらに、非道な忍狩りに対し、無力な自分から脱するために慎吾が何と十兵衛に弟子入り、お花を挟んでの三角関係はややこしくなるばかりです。

 実のところ、今回はお花の活躍(変身)シーンはごくわずかで、彼女の預かり知らぬところで物語が動いている部分が大きいのですが、それでも十分面白いのは、お花周りの人間関係と大仕掛けな謎の部分と、双方のドラマ運びによるものでしょう。
 ことに、ついに判明した黒幕の正体と、十兵衛の父・但馬守が語るその黒幕の「描写」には、なかなかうまいものだと感心いたしました。

 失礼を承知で申し上げれば、ここにきて更に化けてきたという印象の本作。掲載誌が変更となったとのことですが、これからも変わることなく、いやこれからもどんどん化けていただきたいものです。


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2009.05.20

「AKABOSHI 異聞水滸伝」「月の蛇 水滸伝異聞」 二つの異聞、始まる

 このブログでおそらく最も需要の少ないのは、水滸伝ネタの記事だと思いますが、それでも続けるのは、もちろん私自身が水滸伝の大大ファンだからであります。
 そんな私にとって、この数日非常に気持ちが浮き立っているのは、別々の雑誌で二つの水滸伝漫画――「週刊少年ジャンプ」誌の「AKABOSHI 異聞水滸伝」と、「ゲッサン」誌の「月の蛇 水滸伝異聞」――の連載が開始されたからに他なりません。

 天野洋一氏の「AKABOSHI 異聞水滸伝」は、絵柄といいキャラ造形といい、いかにも今の週刊少年ジャンプに原典を落とし込んでみせたといった印象の作品。

 腐敗しきった宋国の圧政に苦しめられる民衆の間で伝説となっていた義賊「替天行道」の一人が、暴戻な悪徳官吏を倒して民衆を解放して去っていくという第一話のストーリーは、第一話の定番とも言うべき内容ですが、水滸伝でこれをやるとそれなりに新鮮味があるのがよろしい。

 何よりも、終盤まで名乗らない主人公があの豪傑で、あの技をこう描くか! 的な楽しみがあったり、ゲストヒロインと悪役の名が、原典でも因縁があった金翠蓮と鄭屠であったりするのもニヤリとできるところです。

 果たして主人公の言うように、梁山泊には――一般的な意味での――正義はないのか、これから描かれるであろうその真の姿も気になるところです。


 一方、中道裕大氏の「月の蛇 水滸伝異聞」は、民衆の間で絶大な人気を誇る梁山泊が、実は悪の集団だったという意外な(?)設定で描かれる作品。

 偶然とはいえ、こちらも理不尽な暴力に苦しむ語り手を、主人公が救い、去っていくという内容の第一話だったのには、上で定番の内容と書いたもののちょっと苦笑いしましたが、しかし先の見えなさという点ではこちらの方が上かもしれません。

 個人的には、やはり梁山泊が悪人集団というのは、元々一面その通りでもあるのですが、心穏やかならざるものがあります。
 しかし、あからさまに偽名っぽい主人公・趙飛虎の得物が黒い蛇矛だったり――水滸伝で蛇矛遣いといえばあの豪傑なだけに――、最初に登場したのが李忠に周通の桃花山コンビというのが、困ってしまうくらい似合いすぎだったりして、わかっていて壊す感覚が、何とも魅力的です。


 さてこの二作品で興味深いのは、主人公が梁山泊側か、これに抗する側かという違いはあれど、共に梁山泊を単純な正義の味方として描いていないという点で共通していることでしょう。
 もちろん、原典が元々ピカレスクロマンであることを考えれば、それはむしろ当然のスタンスなのかもしれません。しかし、ここではむしろ、梁山泊という反社会的集団を通しての、正義という概念の洗い直しのようにも見えてくる…というのは、いささか牽強付会でしょうか。

 しかし確実にいえるのは、これら二つの作品が、水滸伝という複雑怪奇な物語の魅力を、それぞれの視点から再構築しているということ。
 どうか水滸伝ファンにとってのこの幸せが、長く続きますようにと、祈っている次第です。

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2009.05.19

「東天の獅子 天の巻・嘉納流柔術」第1巻 「気持ちの良い」小説

 本を読んでいて「面白い」「楽しい」と感じることはしばしばありますが、ごくまれに「気持ち良い」と感じることがあります。
 この「東天の獅子」第一巻を読んだときに感じたのは、まさにそれ。講道館の嘉納治五郎と四天王の生き様は、まさにこう評するのが相応しいと感じられるのです。

 本作は柔道の生みの親である嘉納治五郎と、彼を支えた講道館四天王――志田(西郷)四郎、横山作次郎、山田丈太郎、山下義韶――らを通して、柔道の成立過程を描こうという一種の伝記的小説。
 元々は、かのグレイシー柔術の祖とも言うべき前田光世(コンデ・コマ)の伝記として描かれるはずが、あまりに長大になってまず「天の巻・嘉納流柔術」として全四巻が刊行されることとなったというのは、これは実に獏先生らしいエピソードですが、しかしこと本作においては、それを感謝したいほどです。
 東京大学の学生であった嘉納治五郎が、古来から伝わる「柔術」を理論化・体系化して、嘉納流・講道館流柔術とも言うべき新たな格闘技「柔道」を生み出す――そんな無味乾燥な事実を、治五郎をはじめとする登場人物の姿を通じて、実に魅力的物語として、本作は再生しているのですから。

 何よりも印象的なのは、柔術から柔道を生み出そうという治五郎の想いと、それに賛同し、あるいは感化されていく人々の姿であります。
 維新を経て、既に武士の世は終わり、その方便の道である武芸もまた、時代遅れの遺物となった明治という時代――いや、武芸のみならず、日本がかつて持っていた文化、いや気風そのものを顧みず、ただ闇雲に西洋化を進めていこうとする時代。
 そんな時代にあって、柔術を選び、育てていこうとする治五郎の姿は、単に新たな流派を開こうという格闘家の域を超えて、一つの文化を守り、作り上げていこうという人間としての魅力に溢れており――そしてその治五郎と、彼にに触れて同じ道を往こうとする弟子…いや仲間たちの持つ心意気が、何とも清々しく、気持ち良いのです。

 もちろん、どのように新しい理想を掲げようとも、あくまでも柔術は武術――相手を傷つけるための力とは無縁ではいられないもの。これまでそうであったように、夢枕先生の筆は、本作でも、そうした武術の昏い側面も余さず描き出しています(あの大東流合気柔術の武田惣角が、いかにも夢枕格闘小説チックなキャラクターとして描かれているのにはニンマリ)。
 しかし、治五郎と仲間たちは、それすらも前向きに超えていくことができるのではないかと、そう信じることすらできてしまう――本作は、そんな小説です。

 本書の巻頭で、夢枕先生は「書いたことを全て忘れて、一読者としてこの物語に沈溺したいと本気で思う。いいなあ。まっさらな状態でこれが読めるなんて。あなたのことが、ぼくは本当にうらやましい。作者が本気で読者に嫉妬しているのであります。」と記しています。
 「この小説は面白い」は、夢枕先生お馴染みの謳い文句ですが、少なくとも本作においては、上記の言葉が全く真実のものであると、心から感じる次第です。


「東天の獅子 天の巻・嘉納流柔術」第1巻(夢枕獏 双葉社) Amazon
東天の獅子〈第1巻〉天の巻・嘉納流柔術

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2009.05.18

「妖たちの時代劇」 好事家向けの怪談集

 2005年に亡くなった歴史研究家・考証家の笹間良彦氏が、普段の著作の傍らに執筆してきたという時代怪奇小説を収録した短編集であります。

 時代考証関係の著作を数多く遺されている方だけあって、作中に登場する事物や風習等の記述はきっちりしたもの。特に甲冑武具の研究や戦国時代の合戦研究を中心とされていただけあって、これらの要素がストーリーの中心となって物語が展開されていく作品も、数多く収録されています。

 さて、本書には21編の短編が収録されているのですが、しかしその内容は、正直に申し上げれば少々微妙…
 題材としてはユニークなものも多く、なかなか珍しい内容のものもあるのですが、小説としての完成度という点では、いささか厳しいものが――上に記した、考証部分が詳細に書かれているだけになおさら――あります。

 「二つ髪の女」「深川の狼男」など、題名だけで、おっと思わされるものも少なくないのですが…(ちなみに後者は、狼の毛皮で猫の蚤取りを営んでいた男が、間男の末に私刑で殺され…という因縁話。確かにウルフヘッドなんですが…なんですが)

 ちなみに本書は、シモの方面にまつわる作品が多いのも特徴の一つ。例えば上記の「二つ髪の女」も、隠し所の毛が頭髪並みに長い遊女の運命を描いた奇瑞譚で、これはこれで存外取り上げられることが少ない世界ではあり、面白いのですが、いよいよアングラ感が漂ってくるのは否めません。

 ネガティブな感想が多くなってしまい恐縮ですが、これは私のような好事家向けの作品ということで、あまり一般の方には勧めにくいな…というのが、これは正直なところです。


「妖たちの時代劇」(笹間良彦 遊子館歴史選書) Amazon
妖(あやかし)たちの時代劇 (遊子館歴史選書)

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2009.05.17

「白獅子仮面」 第03話「一ツ目の刺客がやって来た」

 火焔大魔王は、野望の障害となる大岡越前と兵馬を除くため、妖怪一ツ目を刺客として送り込む。屋敷を留守にしていたため、一度は襲撃を逃れた二人をなおも狙う一ツ目。自分を囮に一ツ目を誘き出す兵馬だが、田所を人質にされ、捕らえられてしまう。二丁十手を奪われた兵馬は、口笛で呼び出した愛馬に十手を運ばせ白獅子仮面に変身。越前に迫る一ツ目たちを倒すのだった。

 「白獅子仮面」第三話は、妖怪一ツ目との攻防戦。
 大目付も寺社奉行も妖怪の脅威を過小評価する中(冷静に考えたら、越前たちに火焔大魔王は存在を知られていない?)、唯一その危険性を知る越前と兵馬をターゲットにするというのは、なかなか面白いストーリー展開です。

 その一ツ目ですが、何と真っ正面から越前宅を襲撃、三度笠に合羽姿で、立ち塞がる者を薙ぎ倒しながら屋敷に乱入、豪快に屋敷の同心を皆殺しにしていく姿はインパクトがあります。
 …ただ、この一ツ目のデザイン、上半身は裸で、中の人が乳首丸出しで演じているという豪快なもの。頭部は妖怪画チックな被りものなだけに、なかなかシュールな味わいがあります。

 閑話休題、事前の調べが不足で越前と兵馬が留守だったのはマヌケですが、同心たちの死体に術をかけて、越前を襲わせるのも恐ろしい。
 …もっとも、死体が声に反応して襲いかかることを一瞬にして見抜かれてしまったのはやっぱりマヌケです。

 そんなマヌケとはいえ、戦闘力は並ではない一ツ目の群れに、単身立ち向かう兵馬も大概ですが、それでもほぼ互角に戦っているところに、田所と一平のコメディコンビが足手まといとなって捕らえられてしまうのはお約束。
(この二人、兵馬が戦っている間に樽の中に隠れるのですが、田所に苦手の犬をけしかけて外に飛び出させる一平マジ外道)

 変身アイテムである二丁十手を奪われて炎の中に取り残された兵馬、一体どうするのかと思えば口笛で愛馬を呼び出し、十手を持ってこさせるのも面白いですが、ギリギリで変身というのは、やはり変身ものの醍醐味ですね。

 しかし残念なのはその後の一ツ目との決戦。殺陣をカット割りで処理している部分が多く、何だかいつの間にか決着がついている印象です。
 一ツ目のリーダーとも、素手で取っ組み合いの末、大ジャンプから飯綱落としの要領で相手の頭を屋敷の塀に叩きつけるという、字で書くと凄そうだけど映像では微妙な技で決着。
 この辺りのカタルシスのなさは大いに課題に感じられるところで、東映はこの点うまかったなあと、変なところで感心した次第。


<今回の妖怪>
一ツ目

 火焔大魔王の命で越前と兵馬の命を狙う一ツ目入道。江戸市中では三度笠に合羽姿で行動する。
 耳の辺りに小型化して持っている前後に穂の付いた槍と体術が武器。ターゲットの声に反応して襲いかかるように死体を操る術も使える。
 白獅子仮面のマントで攪乱されて同士討ちを連発した末に、リーダー格も飯綱落としもどきに倒され全滅した。


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2009.05.16

「やわら侍・竜巻誠十郎 夏至闇の邪剣」 これぞ心の柔術

 竜巻誠十郎に課せられた次なる目安箱改め方の任務は、道灌山の幸徳寺門主に関する不穏な噂の調査だった。奇しくも近くの料理屋の女房が狐憑きとなったという事件を追っていた誠十郎は、この二つの間に何らかの関係があるのではと考えるのだが…

 無記名で一度は却下された目安箱への訴えの真偽を探る影の役目、「目安箱改め方」を拝命した柔術遣いの青年とした「やわら侍・竜巻誠十郎」の第二作目が発売されました。
 目安箱改め方の誕生と、誠十郎の最初の活躍を描いた第一作は、ミステリとしての楽しさと、人間ドラマとしての豊かな味わいを兼ね備えた、いかにも翔田先生らしい作品でしたが、その魅力は、今回も変わることなく貫かれています。

 今回の事件は、江戸道灌山の幸徳寺門主が、妖しげな加持祈祷を行い、いかがわしい女たちを連れ込み、果ては本尊を売り払ったという怪しからぬ噂の真偽を巡るもの。
 これが普通の寺院にまつわる事件であれば、わざわざ目安箱改め方が動く事件ではありませんが、幸徳寺の門主は浄土真宗を束ねる重鎮であり、七代将軍の生母にして吉宗擁立にも尽力した月光院の帰依も厚い人物。しかも、数日後には幕閣も列席する法会が開かれるという状況では、噂を看過できぬ…というわけで、誠十郎の捜査が始まることとなります。

 その一方で誠十郎が巻き込まれたのは、寺近くの料理屋の女房が狐憑きとなって夢遊病者の如く夜な夜な歩き回り、近隣では怪火怪音が相次ぐという事件。生来のお人好しぶりと、奇しき因縁から事件の真実を探ろうとする誠十郎ですが、やがてこれがで思わぬ形で幸徳寺の一件と結びつくことに…

 というように、目安箱改め方の任務――すなわち政治の世界での陰謀が、一見無関係に見える町家で起きた怪事と結びつき、その二つを誠十郎が解き明かすというスタイル自体は、本作も同様ですが、何と言っても胸を打つのは、狐憑き事件の背後に存在する哀しい人の想いと、それに対する誠十郎の見事な解決ぶりでしょう。
 詳細はもちろん伏せますが、事件の中にある人々を救うために誠十郎がみせる粋な計らいは、まさに「心の柔術」とも言うべきものではないか――と感じた次第です。

 もちろん、誠十郎が揮うのは、心の柔術だけではありません。刀を手にした相手に対して、無手で立ち向かう誠十郎の想身流柔術の冴えは今回も健在。かつてない強敵を前に、誠十郎が新たな境地に開眼するという剣豪小説的楽しさもあり、まさに至れり尽くせりの内容であります。


 そしてラストでは、第一作から見え隠れしている真の敵がいよいよ前面に現れるであろうことが仄めかされるのですが――その敵との対決は、おそらくは誠十郎自身を襲った悲劇の真実にも繋がるであろうもの。
 悲嘆に暮れる人々を救う誠十郎の心の柔術が、彼自身をも救うことができるのか…それはこれからのお楽しみです。


「やわら侍・竜巻誠十郎 夏至闇の邪剣」(翔田寛 小学館文庫) Amazon
やわら侍・竜巻誠十郎 夏至闇の邪剣 (小学館文庫)


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2009.05.15

「風が如く」第2巻 でっこぼこな力

 ファンキーな俺様石川五右衛門伝「風が如く」の第二巻が発売されました。この巻に収録されているのは、斎藤道三との対決編。燃える油を巡り、稲葉山城を炎に染めての一大活劇が展開されます。

 相撲対決の果てに、金太郎と坂田さん(パンダ)に自分を認めさせた五右衛門。彼が狙う次なるお宝は、現代からタイムスリップしてきたバイクの燃料となる燃える油・下衆燐(げすりん)であります。
 本作での斎藤道三は、この下衆燐を一手に収めることにより、一介の油商人から大名にのし上がったという設定という史実アレンジっぷりにまずひっくり返りますが、道三が口に含んだ下衆燐を自在に吹き散らして火をつけるという少年漫画的アクションも楽しいところです。

 しかし下衆燐を巡る五右衛門vs道三のタイマンは、クライマックスへの前振りに過ぎないのがたまらない。周囲を顧みず、勝手気儘に振る舞う五右衛門が絶体絶命の危機に陥ったとき――力になるのは、やっぱり仲間たち。
 幼女に現代の高校生にドレッド金太郎にパンダに…もう無茶苦茶な面子が一つの目的に向かうという展開は、ベタもベタ――特に根性なしの高校生・ワープくんが立ち上がる様など――ではあるのですが、奇想天外なアクション(米原先生の画力が唸る!)も相まって、大いに燃えさせていただきました。

 そして、でっこぼこながら何よりも大きな力を得た五右衛門が狙うものは何か…というところで、これから彼らの前に立ち塞がるであろう、巨大な敵が出現したところでこの巻は幕。
 この強大な相手を向こうに回して五右衛門が何をやってくれるのか、どこまでやってくれるのか――これからも、大暴れの末に去っていく五右衛門一派を見送る道三の如く、気持ちよく「やられた!」という気分にしてもらえそうです。


「風が如く」第2巻(米原秀幸 秋田書店少年チャンピオンコミックス) Amazon


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2009.05.14

「惡忍 加藤段蔵無頼伝」第4巻 漫画惡忍、まずは大団円

 「惡忍」コミカライズ版の第四巻にして最終巻が発売されました。惡忍・加藤段蔵が、越後の長尾景虎を向こうに回しての忍びの賭けの果てに、怨敵・千賀地服部家を相手に最後の決戦に挑みます。

 飛び加藤こと加藤段蔵が、長尾景虎=上杉謙信に対して名刀を盗み出すことを請け負い、これを見事にやってのけたというのは、「史実」として伝えられるエピソードですが、本作ではこれを、長尾家直属の忍び衆・軒猿の警戒をかいくぐって、段蔵が直江実綱の宝刀を奪えるか、という形にアレンジしていますが、もちろん腹に一物も二物もある段蔵が、おとなしく術比べをするわけがない。
 軒猿を挑発して怒らせる一方、ついに自分の前に現れた服部保俊ら伊賀衆を罠にはめ、軒猿と相打ちさせんと図るのですが…

 ここから先の展開は、二転三転ではすまない裏切りと逆転の連続。さしもの段蔵もただではすまない強敵たちを相手に、最後の死闘が展開されることになります。

 …が、原作読者からすると、この辺りがあまりに駆け足に見えてしまうのが何とも残念なところ。第三巻までで描かれたのは、ちょうど原作の半ば過ぎだったものが、わずか一巻で残り全てを消化しようというのですから、これはちょっと厳しいものがあったかと思います。
 野暮を承知で原作と比較すれば、二段重ねだったクライマックスを、一つにまとめてしまったゆえの性急さが、感じられるのです。

 とはいえ、原作ではかなり早い段階に描かれた段蔵の過去のエピソードの一つ――段蔵がかつて想いを寄せた薄倖の少女・桔梗の思い出――を終盤に持ってくることによって、段蔵の不敵な横顔の中に潜む怒りの大きさと、戦国乱世とそれを生む大名という存在への復讐のカタルシスを強調させてみせたのは、これは構成の妙と言うべきでしょう。
 戦いはこれからだ、と言わんばかりの終幕も、この構成により、それなりに無理がないものと感じられます。

 …実は、原作ラストで明かされた、段蔵にまつわる驚天動地の秘密がこの漫画版では描かれずに終わっているのですが、あれはむしろ突っ込みどころだったので、これはこれで。

 終盤が駆け足になってしまったのは残念ではありますが、漫画版「惡忍」、まずは大団円であります。


「惡忍 加藤段蔵無頼伝」第4巻(今泉伸二&海道龍一朗 新潮社バンチコミックス) Amazon
惡忍加藤段蔵無頼伝 4 (4) (BUNCH COMICS)


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2009.05.13

「御隠居忍法 恨み半蔵」 御隠居、伊賀の亡霊に挑む

 鹿間狸斎のかつての上司・梶村左太夫が「恨み半蔵が出た」という言葉を残してこの世を去った。その報を携えた家士が狸斎の隠居所にたどり着いて以来、奇怪な事件が彼の周りで頻発し、狸斎は窮地に立たされる。左太夫が遺した「伊賀同心由来記」に記された謎文字の秘密とは…

 久々登場の「御隠居忍法」シリーズ、第五弾の「恨み半蔵」は、伊賀者に伝わる秘事を巡る暗闘に巻き込まれた、御隠居・鹿間狸斎の苦闘記であります。

 羽州笹野領は五合桝村に隠居する元御庭番の狸斎が、自分の元に持ち込まれた事件に巻き込まれ、心身共に危険に晒されながらも何とか解決していくのが、本シリーズの基本スタイルですが、それは本作でも同じ。
 これまでも何度かシリーズに顔を出してきたかつての上司が突然命を落とし、いまわの際に遺したという「恨み半蔵」の影が狸斎に迫ることになります。

 ここで言う「恨み半蔵」とは、伊賀者の間に語り継がれるという幽霊めいた存在。その正体は、不始末をしでかして服部家を没落させた二代目半蔵正就とのことですが、さて遙か以前に亡くなった半蔵正就が、何故、狸斎に祟ることになるのか…それが本作全体を貫く謎として、大いに興味をそそられます。

 しかし、狸斎には元御庭番としての人並み外れた体技や知識はあれど、今の身分はしがない隠居。いやそれどころか、元御庭番という経歴は、狸斎が隠居所を構える小藩の人間にとっては刺激的すぎるもの。
 これまでのシリーズでも何度かありましたが、本作においても狸斎は藩の人間からは危険視され、敵の罠も相まって思わぬ窮地に陥ることになります。

 しかし、そんな中でも狸斎の力となるのは、これまでも狸斎を支えてきた仲間・隣人たち。
 歴史的事件にまつわる亡霊が引き起こした事件に立ち向かうのが、ミクロな、しかし暖かい人々のつながりというのも、なかなか気持ちの良いことではありませんか。


「御隠居忍法 恨み半蔵」(高橋義夫 中央公論新社) Amazon
御隠居忍法 恨み半蔵


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2009.05.12

「つくもがみ貸します」 人と妖、男と女の間に

 深川でお紅と清次の姉弟が営む損料屋・出雲屋には、年月を経て付喪神になった品物が集まっていた。出雲屋に持ち込まれる事件を、貸し出した先で付喪神たちが仕入れてきた噂話を手がかりに解決していく清次だが、姉弟自身にも解決すべき問題が…

 「しゃばけ」の畠中恵先生が、損料屋(今で言えば生活用品のレンタル屋でしょうか)・出雲屋を舞台に描くミステリ風味の連作短編集であります。
 収録されているのは全五編、「利休鼠」「裏葉柳」「秘色」「似せ紫」「蘇芳」と、いずれも日本の色を示すタイトルがふされており、それぞれにまつわる事件が展開していくという趣向です。

 さて「しゃばけ」シリーズのもう一つの主役が、江戸で暮らす妖怪たちであったのに対し、本作のもう一つの主役は、出雲屋に集まった付喪神たち。
 …と書くと、口さがない向きは二番煎じなどと言うかもしれませんが、もちろんそんなことはなく(そもそも妖怪の次は付喪神というのは、鳥山石燕的には正しい…というのはこじつけか)、本作には本作独自の味わいが、しっかりと備わっています。

 というのもこの付喪神たち、仲間同士のお喋りは大好きなくせに、人間とは口を利こうとしない。声を聞くことはできても、清次やお紅が声をかけると途端にだんまり…基本的に若だんなのみとはいえ、人間に友好的な連中が多かった「しゃばけ」の妖怪たちとは大違いですが、この何とももどかしいコミュニケーション不全が、ミステリ色の強い本作においては良いスパイスであり、特徴となっています。


 しかし、もどかしいコミュニケーション不全は、何も人間と付喪神の間のみのものではありません。
 本作のもう一つの特徴は、描かれる事件がいずれも男女の間にまつわるものであること。望まぬ縁談に結ばれぬ仲、別れ話のもつれに片想い…どの事件も、同じ人間同士、男と女のコミュニケーションのもつれが生み出したものなのです。

 そしてそんな関係は、主人公である清次とお紅にも当てはまります。お紅を「姉さん」と呼ぶ清次ですが、しかし二人に血の繋がりはなく、しかも清次はお紅を密かに想っているというドキドキ設定。しかし当のお紅は、かつて自分の傍にいた、「蘇芳」の茶碗に因縁を持つ青年の面影が胸を去らず…と何とももどかしい限り。

 この「蘇芳」にまつわる物語が、本作を貫く一つの柱として、最後まで描かれていくのですが――さて、最後に待つものは、ちょっぴり意外で、しかし暖かい結末。
 男と女の間のコミニュケーションは、いつの時代も複雑怪奇ではありますが、しかし必ずしも悪い結果を生むわけでもないのよね、と何とも微笑ましい気持ちにさせられました。


 ちなみに本作、第二話の冒頭に「妖退治で高名な広徳寺」とあるのですが…まあそういうことなのでしょう。


「つくもがみ貸します」(畠中恵 角川書店) Amazon
つくもがみ貸します

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2009.05.11

「水滸伝」 第04回「九紋竜の激怒」

 少華山の頭領となった史進は、華州の絵描きの娘・矯枝と恋仲になっていたが、賀太守に奪われ、自分も捕らわれてしまう。それをを知った林冲は、武松らと共に、灯籠献上の旅に来た宿大尉一行を襲ってこれに成り代わり、華州城に潜入。史進を救い出し太守一味を討つ。しかし矯枝は帰らぬ人となり、心を痛めた史進は梁山泊入りを断り去っていくのだった。

 一話置いて再登場の史進主役回の今回は、原典中盤(七十回本では後半)の華州編をベースとしたストーリー。
 原典では史進の梁山泊入りのエピソードとなるのですが、こちらでは武松や扈三娘たちもくわわって、少々捻った内容となっています。

 第二話の感想でも書いたかもしれませんが、何と言っても感心するのは、史進役のあおい輝彦のはまりっぷり。
 史進は今回、山賊稼業そっちのけで恋に燃えた末に、たった一人で太守の元に乗り込んだ挙げ句、バカみたいにあっさり捕まってしまうのですが、この辺の腕っ節は強いのだけども、お坊ちゃん育ちで青い部分を感じさせるキャラクターは、ビジュアル的にも存在感的にもこの当時のあおい氏にピッタリなのです。
(王矯枝役の人はこれはどう見ても…と思ってたらやっぱり小林幸子。変わらないなあ)

 このドラマ版、無理キャストも結構いますが、違和感なしのキャラも多く、これは意外(というのは失礼ですが)な収穫と思っていますが、史進は間違いなくその一人でしょう。

 一方、その無理キャストの代表がハナ肇の武松ですが、重くなりがちな今回では貴重なギャグメーカーとして活躍。
 特に、登場してすぐの、芦屋雁之助演じる居酒屋のあるじ(曹という名前だったけれど、原典の曹正に当たるのかしらん)とのバカすぎるやりとりには大笑いさせていただきました。
(ギャグと言えば、卓に置いた矯枝にもらった花の側に陳達が足を載せたからといって、いきなり斧を持ち出して卓をぶち壊す史進にも腹を抱えましたが)

 その他、今回は扈三娘を探しに来たという妹・燕麗が登場。容赦なく吹き矢を打ちまくる剣呑な女の子ですが、太股出過ぎ、胸元空きすぎともの凄いコスチュームでちょっとびっくり。
 演じてるのが中山麻理さんだから当然(?)かもしれませんが…

 その他、少華山の陳達と楊春も登場しましたが、原典同様目立たず。朱武がこの二人のキャラも兼ねてるようなビジュアルなので出てこないと思ってましたよ。


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2009.05.10

有楽町で薬売りに出会う

 今日は作品紹介ではなく今日あったことネタ。
 人間、一体どこで時代伝奇関連のブツと会うかわからないなーというお話です。出会った場所は、有楽町の東京国際フォーラム…

 今日は国際フォーラムで開かれた「live image」に行ってきました。
 「live image」というのは、文字通り「image」というインストゥルメンタルの曲を中心にしたCDの参加ミュージシャンによるライブで、国際フォーラムでは毎年この時期に開かれています。
(今年で9回目ですが、私ほとんど毎年行ってます…)

 このライブ、必ずしもシリーズのCDに収録された曲ばかりでなく、ミュージシャンが他の場所で発表した曲も流されたりもします。
 さて今回(というかほとんど毎回)そのミュージシャンの中に、バンドネオンの小松亮太さんが加わっていたのですが、その小松さんがMCで曰く
「次は僕が作曲した曲で、アニソンなんですけどね」
 アニソン?
「チャーリー・コーセイさんが歌った曲なんですが「下弦の月」という曲で…」

 「モノノ怪」のOPキタコレ! 三田さん一人で大興奮。
 しかも映像付き!

 映像の方は、てっきりOP映像+α程度かと思いきや、これが「モノノ怪」全五話+OP・ED映像の編集版。
 この映像はステージ上の三面スクリーンに映されたのですが、嬉しいことに映像は「モノノ怪」でお馴染みのあの襖からスタート。襖が両脇に開いて、映像が真ん中のスクリーンに映されるという、心憎い趣向であります。

 原曲は、くせ者番組にふさわしく、かなりトリッキーなボーカル曲ですが(MCで「歌いにくいので有名な曲」と小松さん自ら評していたほど)、ライブではオフボーカル版。
 その代わりというわけではないでしょうが、ライブでの演奏は、サックス、そしてオーケストラが加わっての豪華版でしたが、これがまた、全く違った味わいで実に良いのです。
 特にサックスの乾いた音色が、驚くほどに曲にマッチして…いや素晴らしいものを聞かせていただきました。


 まあ、「live image」に足を運ぶ人間の中で、「モノノ怪」ファンがどれだけいたかはわかりませんが――というかほんとうにごくわずかだと思いますが――そんな思わぬところでの再会を、大いに嬉しく思いました。

 やっぱりモノノ怪は、薬売りは不滅なんだねえ…というには痛い以外の何者でもない感想ですが、しかしそんな気持ちにもなるというものです。
 粋な計らいと素晴らしい演奏を見せてくれた小松亮太さんと、スタッフに感謝です。


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2009.05.09

「なぜ絵版師に頼まなかったのか 明治異国助人奔る!」 明治日本のポジとネガ

 急速に近代化を進める明治の日本に招かれた雇われ外国人の一人、エルウィン・フォン・ベルツ。ふとした縁からその弟子となった葛城冬馬は、好奇心旺盛なベルツと共に、奇怪な事件の真相究明に奔走することとなるが。

 タイトルを見ただけでミステリファンなら思わず吹き出すであろう本書。言うまでもなくクリスティのあの作品のもじりですが、その他の収録作も、「九枚目は多すぎる」「人形はなぜ生かされる」「紅葉夢」「執事たちの沈黙」と、有名作品のもじりばかり…ですが、単なるパロディで終わらない、一癖も二癖もあるユニークな連作です。

 本書の主人公の一人、ベルツ先生は、明治初期に今の東大医学部に招かれ、その後明治天皇の侍医にもなった人物。恙虫病や脚気などの研究を行い、また草津温泉を再評価するなど、日本とは実にかかわりの深い人物であります。

 そんなベルツ先生と、その弟子となった少年(のち青年)・葛城冬馬、そして彼らと行動を共にする怪人物・市川歌之丞(その後何度も改名)が様々な怪事件に挑むことになるわけですが、単なる有名人探偵ものに終わらない視線が、本書にはあります。

 本書に収められた五つの短編に共通して描かれ、そしてそれぞれの事件の引き金にすらなっているもの――それは日本の急速な欧米化・近代化が生み出した、負の側面とも言うべきもの。

 試みに明治維新から第二次大戦後に至るまでの歴史を振り返ってみた場合、百年足らずのうちに、あまりに急速な進歩を遂げたことに眩暈すら感じます。
 しかしその進歩が、かならずしもポジティブな影響のみを残したわけではないことは、言うまでもない話。急速な進歩の前に捨て去られたもの、変容を余儀なくされたもの――その果てに生じた歪みが、本作では事件の遠景として描き出されているのです。

 思えばベルツ先生は、日本の無批判な欧米化、無秩序な近代化に、強く警鐘を鳴らした人物。そう考えると本書の主人公の一人に、同時代に日本を訪れた他の外国人ではなく、ベルツその人が選ばれたのも大いに頷けます。

 そして本書のそんな性格は、ベルツを支える二人の主人公からも窺えるのです。
 奇しくも明治初年に生まれ、ベルツの弟子となって海外の最新知識を吸収し、優秀な医学者への道を歩む冬馬。彼の姿は、世界に互する国家への道を一直線に進む明治日本のポジの象徴と言えます。

 一方、新聞記者に始まり、骨董屋・市川扇翁、新聞小説家・小山田奇妙斎、僧侶・鵬凛、戯作者・仮名垣魯人へと毎回職業と名前を変えていく歌之丞の姿は、変わりゆく日本の姿についていくために己を変え、結果、己を失っていく明治日本のネガの姿が見て取れるのです。


 つまり本書はミステリの形を借り、明治日本のポジとネガを描き出した作品集…というようにも私には感じられるのです。

 ――そしてポジとネガと言えば写真、いや本書の言葉でいえば絵版。本書自体が、明治日本の絵版と呼ぶのは、ちょっと綺麗すぎるまとめでしょうか。


「なぜ絵版師に頼まなかったのか 明治異国助人奔る!」(北森鴻 光文社) Amazon
なぜ絵版師に頼まなかったのか

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2009.05.08

「秘花伝 御庭番宰領」 伝奇性と男女の切なさと

 松平定信が権力を握り、御庭番の仕事がなくなった煽りを受けて一文無しとなった鵜飼兵馬は、大雨の翌日、大川で武士の斬殺体を発見する。馴染みの岡っ引き・駒蔵の元に死体を持ち込んだ兵馬は、そこで更に微笑を浮かべて斬られていた美女の謎に巻き込まれる。二つの事件に関連は…

 御庭番の宰領(私的な配下)・鵜飼兵馬の戦いを描く「御庭番宰領」シリーズ、久しぶりの新刊・第四巻が発売されました。
 前作がだいぶ市井もの寄りの作品だったので、新刊はどうなるのかと思っていましたが、内容的には第一、二巻に近い味わいで、個人的には嬉しい限りです。

 さる藩の剣術指南役でありながら、ある事件をきっかけに主家を追われ、江戸に出て用心棒と御庭番の宰領という二つの顔で暮らす兵馬の苦闘の数々を描く本シリーズ。
 本作では、しかし、政権交代の煽りを食って御庭番の仕事がなくなり、兵馬も飯の食い上げ、遂に無宿人同様の身の上になってしまったところからスタートするのが切ないところです。

 が、そんな中でもきっちり(?)事件に首を突っ込んでしまうのが兵馬の兵馬たるゆえん。
 倉知と釣りに出かけた先で拾ってしまった武士の斬殺体と、謎めいた死微笑を浮かべた美女の斬殺体――一見無関係に見えた二つの死体の謎を追ううちに、兵馬は時の権力者・松平定信の白河藩の暗部と対峙することになるのです。

 そしてそれと同時に描かれるのは、その美しさの故に己を殺さざるを得なかった、哀しい女性の物語。
 その情の深さ故に自分自身というものを持つことを禁じられ、そして哀しい運命の選択に己を委ねる他なかった彼女の想いは、終盤で示される真相の皮肉さ故に、一層切なく響くのです。

 思えば、本シリーズでは、武士として生きる以外の道を知らぬ男たちの死闘と平行して、そんな男たちの陰で、自分自身というものを持つことができず、運命に翻弄される女性たちの姿が一貫して描かれてきました。


 本シリーズの魅力は、単なる伝奇性を備えた時代アクションであるのみならず、この切ないまでの男女の姿にあると――今更ながらでお恥ずかしいのですが――気づいた次第です。


「秘花伝 御庭番宰領」(大久保智弘 二見時代小説文庫) Amazon
秘花伝 御庭番宰領4 (二見時代小説文庫)


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2009.05.07

「無縁塚 浪人左門あやかし指南」 怪異というベール

 かつて一家が皆殺しされ、その後も不審な人死や幽霊の目撃が相次ぐ屋敷で、再び幽霊が目撃された。普段であれば真っ先に乗り出すはずの左門も、あの屋敷は本物だと言葉を濁すばかり。屋敷に泊まり込んだ兄弟子が姿を消し、それを探して怪談嫌いの甚十郎も屋敷に赴くのだが…

 怪談と酒に目がない凄腕の浪人・平松左門と、無類の臆病者の青年剣士・苅谷甚十郎を主人公とする怪談ミステリ「浪人左門あやかし指南」のシリーズ第三弾は、陰惨な過去を持つ幽霊屋敷を舞台とした作品。ノベルスで刊行された前二作と異なり、ソフトカバーの単行本としての刊行ですが、その面白さは相変わらず…いや前作以上です。

 仲間たちが巻き込まれた怪事件を、怪談話を糸口に左門が解き明かすのが本シリーズの基本スタイル。
 怪談話の背後に隠された真実を暴き出し、それを元に酒手をせしめる左門にとって、怪談は飯…いや酒の種、面白そうな怪談があれば頼まれずとも首を突っ込む(そしてその話をして甚十郎を怖がらせる)左門ですが、しかし、それが本作の舞台となる屋敷については、「あれは本物」と近づこうとしないのが否応なしに興味をそそります。

 果たして屋敷に出没する幽霊は本物の幽霊なのか、そして過去に起きた陰惨な殺人事件の真実は、姿を消した盗賊団の行方は…と、幾重にも事態が錯綜する中、左門の友人で甚十郎の先輩であるシリーズキャラクター・鉄之助が屋敷で姿を消し、そして甚十郎まで――と、謎めいたムードで物語が進む中、重い腰を上げた左門の快刀乱麻を断つが如し推理が痛快であります。

 前作「百物語」については、以前このブログで書きましたとおり、構成や展開に若干難ありという印象もあったのですが、しかし本作では語られる怪談と事件の関わりもぐっとスマートに整理され、事件の真相に向けて物語が一直線にぐいぐいと進んでいくところに好感が持てます。

 また、これまでの作品では、事件をリードしていく存在として、虚実の情報性を合わせ持つ怪談が描かれてきたところですが、本作ではそれに加え、真実を怪異のベールで包み隠す怪談の性質が描かれ、それが左門の行動の理由ともなっているところに、感心させられました。
(もっともそのために、前二作を評する時にもしばしば引き合いに出された「巷説百物語」に、これまで以上に近い印象を受けないでもないのですが…)

 とまれかくまれ、怪談ファン、時代ミステリファンにとっては、第三弾も期待通りの快作でなにより。個人的にはやはりノベルスの方が似合うシリーズだとは思いますが、この先、どのようなスタイルで発表されようとも追いかけていきたいシリーズです。


「無縁塚 浪人左門あやかし指南」(輪渡颯介 講談社) Amazon
無縁塚 浪人左門あやかし指南


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2009.05.06

「大帝の剣」(漫画版)第3巻 天魔降臨編、無事完結

 「コミックビーム」誌連載中の漫画版「大帝の剣」ですが、ゆったりと、しかし順調に回を重ねて、この第三巻で原作小説第一巻の「天魔降臨編」完結の運びとなりました。

 何しろ夢枕獏作品の第一巻といえば、とにかく凄いキャラクターが後先考えずにガンガン飛び出してくるわけですが、それはこの巻でも同様。原作でも一、二を争う怪物であるところの権三が初登場し、画を担当する渡海氏一流のリアリズムでもって、その異形のお披露目をしてくれます(ちなみにその元になった熊の描写がまたえらく迫力あって…)

 そしてそんなこの巻のハイライトは、何と言っても謎の美剣士・牡丹と美貌の怪忍者・姫夜叉との対決。立っているだけで実に絵になる両者ですが、その両者(というより姫夜叉)が怪人バトルを繰り広げてくれるのですから楽しい。
 姫夜叉の無限に伸びる黒髪など、決して珍しい技ではないのですが、しかし超絶の存在・超絶の技であっても真っ正面から描くと渡海氏の画で見ると、これが実に艶やかに美しくも、悪夢めいた迫力があって実に良いのです。

 一方、主人公の源九郎さんは、夢枕獏的ワクワク感を申に語ったり、夢枕獏的腹のさぐり合いをおやかた様としたり、夢枕獏的小粋なトークを蘭(だよな? しかしさすがにあの髪型はいかがなものか…)としたりと、早くもちょっと地味な扱いでしたが、あのキラキラしたつぶらな瞳には勝てません。

 さて、次の巻からは「妖魔復活編」に突入。まだまだ役者は増えていく――それも怪物クラスが――ことになりますので、それを渡海氏が如何にビジュアライズしてみせるのか、楽しみなのです。


「大帝の剣」(渡海&夢枕獏 エンターブレインビームコミックス) Amazon
大帝の剣 3 (BEAM COMIX)


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2009.05.05

「白獅子仮面」 第02話「雨もないのにカラカサ小僧」

 日照りで深刻な水不足に襲われた江戸。火焔大魔王はこの機に乗じてカラカサ小僧に、井戸に毒を投げ込ませる。相次ぐ被害に、大岡越前は一つを残して井戸の埋め立てを命じ、そこに敵をおびき出そうとする。が、神出鬼没のカラカサ小僧の前に警護の侍は次々と倒され、兵馬も井戸に投げ込まれてしまう。兵馬は白獅子仮面に変身、カラカサ小僧を全滅させるのだった。

 とてつもなく久しぶりですが、誰得な「白獅子仮面」第2話のレビューであります(第1話はこちら)。
 タイトルこそ「雨もないのにカラカサ小僧」と呑気なものですが、これがまたカラカサ小僧史上に残るほど凶暴かつ恐ろしい暴れぶり。カラカサ小僧がテロ集団と化して江戸の町を襲うという、一見シュールな物語ですが、演出のうまさからなかなかに恐ろしく、迫力のあるエピソードとなっていました。

 何しろカラカサ小僧が怖い! デザイン自体は古式ゆかしい(さすがに一本足はきついので二本足になっていますが)カラカサ小僧そのまま――つまり傘の真ん中に大きな一つ目とベロを出した口というアレなのですが、そんなのが手に(あ、手は生えてますね)ナイフを持って、音もなく犠牲者の後ろに近寄ってくる姿の恐ろしさたるや…!
 しかもこのナイフ、真っ正面から日本刀と打ち合ってへし折って圧勝するし、舌の下から手裏剣を連続発射するわともの凄い武闘派。隠密する必要がなくなると、アーヒャヒャヒャと哄笑しながら走り回るのも厭すぎる。しかも空中浮遊/飛行もするので潜入には完璧です。MGSに出れるぞ。

 そして妖怪たちが一度に複数体登場するのが本作の特長の一つですが、このカラカサ小僧も多い時は十体近く登場して襲ってくるから始末に負えない。こんな連中がワラワラと群れをなして現れ、井戸に毒を撒く姿は、作戦の妙な現実性と相まって、悪夢めいた迫力があります。

 それに対する奉行所側も、無事な井戸を、一つを残して全て埋めてしまうという一見無茶苦茶な作戦を立てて、カラカサ小僧を迎え撃つという策をもって対抗するのがなかなか面白いところ。まあ、結局大失敗するんですが。
 コメディリリーフの田所同心に岡っ引きの一平のしょうもないギャグの応酬や、絵に描いたようなお侠な娘ぶりが可愛い越前の妹・縫のキャラクターも良く出ていて、特撮ヒーロー時代劇というより、特撮ヒーロー風味の時代劇という本作独特のムードを構成しています。

 そしてその特撮ヒーロー・白獅子仮面なのですが、さすがにヒーローらしい大活躍。人間相手にはほとんど無敵を誇っていたカラカサ小僧を文字通りちぎっては投げの大暴れで、伊達に半端な妖怪より怖い顔をしているわけではないと感心いたします。
 もっとも、何だか崖の向こうで鞭の音だけヒュンヒュン言ってると思ったら、次々とカラカサ小僧が崖から転がり落ちてきて、最後の一匹が落ちてきたら大爆発、という決着シーンだけはいただけないのですが…

 とはいえ、敵役のカラカサ小僧のキャラクター性だけで十分以上に楽しい今回。本当に油断できない作品です。


<今回の妖怪>
カラカサ小僧

 火焔大魔王の命を受け、水不足で苦しむ江戸の井戸に毒を投げ込んで回る。けたたましい笑い声を上げながら、常時五体以上の群れで行動、手にはナイフ、舌の下から射出する手裏剣を主な武器とし、犠牲者を瞬殺する。傘を開いて空中飛行も可能で、この能力で警戒網をくぐって井戸を襲撃しており、戦闘時には自分の体をミサイルのようにして体当たりしてくる。
 江戸の井戸のほとんどに毒を投じたが、白獅子仮面には歯が立たず、瞬く間に全滅させられる。


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2009.05.04

「必殺仕事人2009」 第14話「武士の異常愛」

 今回の「必殺仕事人2009」は、ストーカー殺人ネタ。ストーカーを取り締まる側がストーカーになるという、時事ネタというよりは、欧米のサスペンスものにありそうなシチュエーションで、物語自体に新味はありませんでしたが、それなりに楽しめる一本でした。

 予告で配役を知った時は、「大治郎何ということを! 親父さんが泣いてるぞ…でも山口馬木也ならきっとやらかすと思ってたよ」とか、「柴田恭兵がいればこんなことには…逸馬は役に立たなさそうだし」などと、つまらない中の人ネタが思い浮かびましたが、やっぱり山口馬木也はこういう一見まともそうな悪役(変態)が実によく似合う。

 時代劇メインの若手役者という、まことに有り難い存在であり、ヒーローも悪役もどちらも演じることができる山口氏。
 パッと見好青年的なルックスと、時に鋭すぎる目つきが、この対照的なイメージを浮かばせるのだと思いますが、今回の、ヒロイン・おゆうに変態的執着を見せる同心・森岡という役柄は、その両面的なイメージの氏にとって、はまり役であったと思います。

 また、おゆうを演じた井上和香は、その肉感的な存在感と裏腹に漂う何とはなしの薄幸さ(三田さん今日は色々失礼なことばかり言って申し訳ない)が、これまた、ストーカーの犠牲になる平凡な女性役にピッタリであったと思います。

 ある意味今回の主役である二人がそんなはまり役だっただけに、今回のエピソードも無闇にリアリティがあったかと思います。
(劇中の描写を見る限りでは、おゆうに出会うまでは、森岡がまあ真っ当な同心だったようなのが逆に恐ろしい――)

 その一方で、森岡が自宅の地下蔵にこしらえていたお楽しみ部屋がえらく即物的イメージだったり、森岡の使う目明かしと子分のビジュアルと言動がマンガチックだったり(奉行所での子分の手つき、なにあれ)と、一見ツッコミどころも多いのですが、そういう部分がなければ、非常に陰鬱なお話になっていたかと思いますので、これはある意味仕方ないのだと思います。

 ちなみにその目明かし・聖天の権三が、必殺に時折登場する怪物的キャラなのがまた面白いところ。
 首には鎖で編んだ襟巻き、腹には鉄板を仕込むという無茶な防御力アップぶりがユニークで、そしてこれを如何に攻略するかと思えば、涼次と匳の二人がかり(正確にはお菊も加わっての三人)というのもまた楽しい。
 今回も匳の技は今一つインパクトに欠けていたのですが、変則的な合体技ということで、まあ納得…でしょうか。

 さて次回は涼次の過去話。組み紐屋以来の(だよな?)抜け忍キャラだけに、気になるところです。


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2009.05.03

「鳳凰の珠/満願丹」 一冊で二度楽しい?

 書店で本書を見たときには、少々驚かされました。何しろ、それぞれ関係を持たない、別々の作者の別々の中編を二編収めていたのですから…
 少々イレギュラーな形式ではありますが、しかし収録作はどちらもデビュー作とは思えない佳品でありました。

 最初に収録された伊吹隆志「鳳凰の珠」は、南町同心・安藤鷹之進が、配下の岡っ引きの死と、連続する不可解な火事の謎を追う物語。

 題名にもなっている鳳凰の珠とは、何者かに殺された岡っ引きが手がかりとして残した鳳凰の彫りが入った根付けのこと。鷹之進は、この根付け一つを手がかりに、何者かの影を追って、江戸を駆けることとなります。

 ジャンル的にはいわゆる奉行所もの・十手ものではあるのですが、物語のスタイル的にはむしろ現代の刑事もの的味わいと言いましょうか。派手さはないのですが、同心としての信念を胸に捜査を続ける鷹之進をはじめとして、登場人物一人一人の心情が丹念に――時折丹念すぎるきらいもありますが――描かれており、好感が持てました。

 また、鷹之進に手を貸して活躍する浪人・細工刀の竜次のキャラクターも楽しく、まずはエンターテイメントとしてもよくできた作品であります。


 もう一編の藤村与一郎「満願丹」は、北町奉行所の影与力・小野炎(ほのむら)を主人公とした痛快譚。
 江戸市中に出回る淫薬・満願丹と、越前藩士の奇怪な死の謎を追うという趣向ですが、何と言っても炎のキャラ立ちが素晴らしい。

 名前から想像されるように、炎は、昼は朝廷、夜は閻魔に仕えたという小野篁の末裔。北町奉行・榊原主計頭の懐刀として、独自に怪事件を追う美青年であります。
 その愛刀は神代からの刀匠草薙一族の鍛えたという草薙影踏、炎の剣気を映して青白く刃紋を輝かせる名刀です。

 さらに共に暮らす又従姉妹の小野小夜町は二羽の小鳥を式神に使う美少女、そして炎の周りには、元噺家の御用聞きや明き盲の借金取りなど、ユニークな面子が集まっているのです。

 さあ、シリーズ化もどんと来い! と言わんばかりの布陣ですが、キャラだけでなく、物語の方も、事件内容が当時の政治情勢を映したものとなっており、楽しめるものでした。

 いささか炎のキャラがキメ過ぎの部分はありましたが、まずはよくできたエンターテイメントで、つい先日続編「囁く駒鳥」が――これは一人立ちで――刊行されたのも頷けます。


 以上二編、どちらも奉行所ものというジャンルに属しながら、好対照とも言うべき内容の佳品でした。
 それだけに、このような形式でなくとも、それぞれ単独でも良かったのでは…という印象もありますが、ここは一冊で二度楽しい、と素直に思っておくべきかもしれません。


「鳳凰の珠/満願丹」(伊吹隆志/藤村与一郎 ベスト時代文庫) Amazon
鳳凰の珠/満願丹 (ベスト時代文庫)

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2009.05.02

「「西の京」戀幻戯」 京戀という遠近法

 周防守護・大内家は、第二十四代・大内弘世以来、京に魅入られたかのように、山口に京を再現しようと努めてきた。その執念にも似た想いは、第三十一代・大内義隆で頂点に達するが…京への戀に憑かれた武人貴族の一族の物語。

 その題名通り京都を舞台としたアンソロジー「異形コレクション 京都宵」に収録された、朝松室町伝奇の一編であります。
 室町時代において、言うまでもなく京は幕府の、日本の中心であり(そもそも室町自体は京の地名であるからして…)、京を舞台とした物語には事欠きません。そもそも、これまでに描かれてきた朝松室町伝奇においても、京は主要な舞台の一つとしてしばしば登場してきたのですが――
 しかし、いかにも凡手を嫌う作者らしく、本作で描かれるのは京は京でも京にあらず、京に憑かれた一族の生み出した「西の京」なのです。

 南北朝の争いの中で一族の本拠を山口に定めた大内弘世に始まり、陶晴賢に討たれ山口を炎に包んだ大内義隆に終わる、大内氏八代が、山口の地で花開かせた、京戀ともいうべき狂おしき想いの様が、本作では描かれています。

 初読時には、この前に描かれた「ぬっへっほふ」同様の年代記形式よりも、応仁の乱で京が失われる様を目撃した大内政弘か、あるいは幻の京を体現した大内義隆に最初から焦点を当てた方が良いのでは…という印象もありました。

 しかし、よくよく吟味してみれば、大内一族の姿を、そして西の京たる山口の姿を通して見えてくるのは、その京戀のオリジンたる京の姿であり、そしてそれはとりもなおさず、室町時代というものの姿であります。
(そう考えると、南北朝期に始まり、戦国初期に終わる大内氏、山口の運命は、何とも象徴的です)

 作者の作品にしては伝奇性・怪奇性は抑え目にも感じられますが、とりもなおさずこの遠近法的視点の妙こそが、何よりも伝奇的ではないでしょうか。

 そしてまた――作者は現在、我が国における「京」のあり方を伝奇的に浮かび上がらせる連作「魔京」を展開中ですが、「京」という存在に対する精神性の観点から、本作は「魔京」外伝とも呼べるようにも感じられるのです。


「「西の京」戀幻戯」(朝松健 光文社文庫「異形コレクション 京都宵」所収) Amazon
京都宵―異形コレクション (光文社文庫)

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2009.05.01

「水滸伝」 第03回「熱砂の決斗」

 妻・小蘭の消息を求める林中の前に、梁山泊からの使者・戴宋が現れる。戴宋が勧める梁山泊入りを断り旅を続ける林中の前に現れたのは、林中捕縛の命を受けた済州の守備隊長・楊志だった。長い決闘の果てに林中に敗れた楊志は、捕らえていた小蘭を釈放するが、手柄を狙った副隊長が彼女を人質にし、林中を誘き寄せる。林中を逃がすため、その眼前で小蘭は自ら命を捨てるのだった。

 比較的原典に沿っていた前二回に比べ、ほとんどオリジナルストーリーだった今回。ポイントとなるのは
・青面獣楊志との対決
・梁山泊の初登場
・小蘭の死
の三つでしょう。

 まず楊志ですが、原典ではニヒルというかクールというか、はっきり言うと根暗な印象の強いキャラなのですが、本作ではなかなかに男臭くて不敵なキャラとして描かれています。それもそのはず、楊志を演じるのは佐藤允。左文字小隊の戸川軍曹なんですから、どこまでもふてぶてしい反骨精神の固まりのような好漢として描かれているのは当たり前ってものです。

 本作ではその腕を高く評価されながら、高求に睨まれて地方に飛ばされたという設定の楊志、林中と戦う理由も、報償として捕らえた扈三娘を我が物にするため、というのがなかなか生臭いですが、しかし林中との四日四晩の決闘(やりすぎ)に敗れた後は、事前の約束通り潔く彼女を解放するところはやっぱり男らしくて最高です。

 そしてそんな林中と楊志の対決の一方で、梁山泊が初登場。しかも本作では、梁山泊の方から林中を仲間に加えようと、戴宋(得物は手甲に仕込まれた短刀なんですが、手甲から垂直に立ち上がるからえらい使いにくそうで…これは余談ですが)を遣わすというのがちょっと面白いアレンジです。初代頭領の王倫は原典ではさんざん林中の仲間入りを渋ったのに…まあ、堅物林中は盗賊の仲間になぞなれるか、とあっさりこれを断るのですが。

 が、そこまでして求めた小蘭も、あと一歩で再会できるというところで官軍に捕らえられ、林中を必殺の罠に誘き寄せるための人質に…前回、高求に汚されたことを気に病んでいた小蘭は、哀れ自らの命を捨てて夫を生かす途を選ぶことになります。ある程度は予想されていたとはいえ、これはキツい展開…
 しかし、小蘭を演じた松尾嘉代はえらくフォトジェニックで、溌剌たる土田早苗の扈三娘と並んでも全く遜色はない…というより美女ぶりでは遙かに上。本作では――他の水滸伝翻案でもまま見られるように、というか本作が元のような気もしますが――扈三娘は林中に想いを寄せているのですが、しかしこれは強力すぎるライバルですなあ…


 そして水滸伝ファン的にひっくり返ったのは、途中のエピソードに登場する悪地主。高求に賄賂を送って、地元の庶民たちを苦しめていたその地主の名は時遷…っておい!
 最初は聞き違いかと思いましたが、EDクレジットで確認しても確かに時遷。しかも改心したり仲間入りしたりすることもなく、あっさり林中に討たれてしまって…百八星に最初の犠牲者が!?<違います

 本作では、原作では百八星に列する人物が、梁山泊に加わらなかったり、途中で死んだりというのは聞いていましたが、まさかその第一号がこれとは…いや、おそれいりました。もっとやって下さい。


 あと、地味に李成と聞達が出ているのも面白かったですね。EDクレジット見るまで完璧に忘れてたくらいの存在感でしたが…


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