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2009.05.30

「乙女虫 奥羽草紙 雪の章」 白い世界の怪異

 兄の仇を追い男装して会津に向かう少女・おりんは、途中の関所で雲助たちに襲われたところを、熊鷹と白い子犬を供にした浪人・楠岡平馬に助けられる。強引に平馬と道連れになったおりんだが、途中の山中で奇怪な甲虫の襲撃を受け、はぐれてしまう。続発する怪事の背後にあるものは…

 鹿毛色の総髪に痩身、常に穏やかな表情を浮かべながらも、刀を抜けばとてつもない遣い手。お供は熊鷹のハヤテと白い子犬のおユキ――そんな謎の浪人・楠岡平馬を主人公としたシリーズ「奥羽草紙」の第一巻が、この「乙女虫」であります。

 この「乙女虫」とは、山中に迷い込んだ男女に襲いかかるという怪虫のこと。この乙女虫、人の頭ほどの大きさの黒い甲殻に朱の模様をもった甲虫、しかも腹には黄色い目と口を持つとくれば、これはもう完全に妖物と言うべき存在です。
 虫嫌いにはたまらない、そして怪物好きには別の意味でたまらないこの怪物の名の由来は、婚礼直前に自害したという、白沢藩の姫君の怨念が凝って生まれたもの…といいますが、しかしその一方で、藩では娘の神隠しが頻発。さてこの両者の関係は――この謎解きが、本作の柱の一つであります。

 そしてもう一つの柱は、「兄の仇」を追うおりんの物語。江戸で遊学していた彼女の兄が、奇禍にあって亡くなることとなった、その遠因となった男と彼女の因縁が語られていくのですが…
 しかし、男とその親友の名が吉田と宮部、そして彼らの知人で、しかも平馬を執念深く追う人物が「鬼の勘兵衛」というのが、歴史好きにはニヤリとできる仕掛けとなっているのも楽しいのです。


 しかし――そんな本作には、正直なところ、大きな欠点が一つ。
 それは、乙女虫の物語と、おりんの物語、さらにいえば平馬自身の存在に、有機的な結びつきがないことであります。

 もちろん、それぞれのエピソードが交錯はしているのですが、しかし重なったり絡み合うことなく、淡々と描かれているのは何とももったいない。
 特に、乙女虫を生んだ姫の悲恋と、おりんの心に眠る感情、二つを絡み合わせれば、さらに面白くなったと思うのですが…


 とはいえ、白い世界を舞台に描かれる怪異と、しかしそれにも負けぬ平馬の陽性の個性は、なかなかに捨てがたいものがあるのも事実。
 シリーズは残り二巻ですが、本作では謎が残った平馬自身の物語の行方は…さて。


「乙女虫 奥羽草紙 雪の章」(澤見章 光文社) Amazon
乙女虫  奥羽草紙 ―雪の章―

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