「鳳凰の珠/満願丹」 一冊で二度楽しい?
書店で本書を見たときには、少々驚かされました。何しろ、それぞれ関係を持たない、別々の作者の別々の中編を二編収めていたのですから…
少々イレギュラーな形式ではありますが、しかし収録作はどちらもデビュー作とは思えない佳品でありました。
最初に収録された伊吹隆志「鳳凰の珠」は、南町同心・安藤鷹之進が、配下の岡っ引きの死と、連続する不可解な火事の謎を追う物語。
題名にもなっている鳳凰の珠とは、何者かに殺された岡っ引きが手がかりとして残した鳳凰の彫りが入った根付けのこと。鷹之進は、この根付け一つを手がかりに、何者かの影を追って、江戸を駆けることとなります。
ジャンル的にはいわゆる奉行所もの・十手ものではあるのですが、物語のスタイル的にはむしろ現代の刑事もの的味わいと言いましょうか。派手さはないのですが、同心としての信念を胸に捜査を続ける鷹之進をはじめとして、登場人物一人一人の心情が丹念に――時折丹念すぎるきらいもありますが――描かれており、好感が持てました。
また、鷹之進に手を貸して活躍する浪人・細工刀の竜次のキャラクターも楽しく、まずはエンターテイメントとしてもよくできた作品であります。
もう一編の藤村与一郎「満願丹」は、北町奉行所の影与力・小野炎(ほのむら)を主人公とした痛快譚。
江戸市中に出回る淫薬・満願丹と、越前藩士の奇怪な死の謎を追うという趣向ですが、何と言っても炎のキャラ立ちが素晴らしい。
名前から想像されるように、炎は、昼は朝廷、夜は閻魔に仕えたという小野篁の末裔。北町奉行・榊原主計頭の懐刀として、独自に怪事件を追う美青年であります。
その愛刀は神代からの刀匠草薙一族の鍛えたという草薙影踏、炎の剣気を映して青白く刃紋を輝かせる名刀です。
さらに共に暮らす又従姉妹の小野小夜町は二羽の小鳥を式神に使う美少女、そして炎の周りには、元噺家の御用聞きや明き盲の借金取りなど、ユニークな面子が集まっているのです。
さあ、シリーズ化もどんと来い! と言わんばかりの布陣ですが、キャラだけでなく、物語の方も、事件内容が当時の政治情勢を映したものとなっており、楽しめるものでした。
いささか炎のキャラがキメ過ぎの部分はありましたが、まずはよくできたエンターテイメントで、つい先日続編「囁く駒鳥」が――これは一人立ちで――刊行されたのも頷けます。
以上二編、どちらも奉行所ものというジャンルに属しながら、好対照とも言うべき内容の佳品でした。
それだけに、このような形式でなくとも、それぞれ単独でも良かったのでは…という印象もありますが、ここは一冊で二度楽しい、と素直に思っておくべきかもしれません。
「鳳凰の珠/満願丹」(伊吹隆志/藤村与一郎 ベスト時代文庫) Amazon
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