「秘花伝 御庭番宰領」 伝奇性と男女の切なさと
松平定信が権力を握り、御庭番の仕事がなくなった煽りを受けて一文無しとなった鵜飼兵馬は、大雨の翌日、大川で武士の斬殺体を発見する。馴染みの岡っ引き・駒蔵の元に死体を持ち込んだ兵馬は、そこで更に微笑を浮かべて斬られていた美女の謎に巻き込まれる。二つの事件に関連は…
御庭番の宰領(私的な配下)・鵜飼兵馬の戦いを描く「御庭番宰領」シリーズ、久しぶりの新刊・第四巻が発売されました。
前作がだいぶ市井もの寄りの作品だったので、新刊はどうなるのかと思っていましたが、内容的には第一、二巻に近い味わいで、個人的には嬉しい限りです。
さる藩の剣術指南役でありながら、ある事件をきっかけに主家を追われ、江戸に出て用心棒と御庭番の宰領という二つの顔で暮らす兵馬の苦闘の数々を描く本シリーズ。
本作では、しかし、政権交代の煽りを食って御庭番の仕事がなくなり、兵馬も飯の食い上げ、遂に無宿人同様の身の上になってしまったところからスタートするのが切ないところです。
が、そんな中でもきっちり(?)事件に首を突っ込んでしまうのが兵馬の兵馬たるゆえん。
倉知と釣りに出かけた先で拾ってしまった武士の斬殺体と、謎めいた死微笑を浮かべた美女の斬殺体――一見無関係に見えた二つの死体の謎を追ううちに、兵馬は時の権力者・松平定信の白河藩の暗部と対峙することになるのです。
そしてそれと同時に描かれるのは、その美しさの故に己を殺さざるを得なかった、哀しい女性の物語。
その情の深さ故に自分自身というものを持つことを禁じられ、そして哀しい運命の選択に己を委ねる他なかった彼女の想いは、終盤で示される真相の皮肉さ故に、一層切なく響くのです。
思えば、本シリーズでは、武士として生きる以外の道を知らぬ男たちの死闘と平行して、そんな男たちの陰で、自分自身というものを持つことができず、運命に翻弄される女性たちの姿が一貫して描かれてきました。
本シリーズの魅力は、単なる伝奇性を備えた時代アクションであるのみならず、この切ないまでの男女の姿にあると――今更ながらでお恥ずかしいのですが――気づいた次第です。
「秘花伝 御庭番宰領」(大久保智弘 二見時代小説文庫) Amazon
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